元銀行員の田村が解説「電子記録債権と手形債権の比較」

 広報担当 秘書 田村 司

オレンジ法律事務所は,埼玉では商標権や,特許に於て強みを持っています。それは,知的財産総合支援センター埼玉で専門相談の弁護士として,辻本弁護士が携わっているからです。更に片山弁護士が特許庁勤務していた経験があり,知的財産関係の専門性の層を厚くしています。

それ以外として,ビジネス法務では手形などの証拠資料や個人では相続の手続や交通事故などのあらゆる分野を手掛けています。今回の執筆にあたり,商標権などに強い片山弁護士の指導を受けて完成いたしました。

 

今回は,平成20年12月1日から施行された「電子記録債権」について,銀行経験を交えて,手形債権との相違を分かり易く説明いたします。以前掲載の「第二回目やさしい手形・小切手のお話」・「第五回目 やさしい手形・小切手のお話」からお読み頂ければ理解が深まるものと思います。

 

1,まず,ご存じかもしれませんが「債権」の定義について簡単に説明致します。

 

債権は「ある特定の人に対して,ある特定の行為(給付)を請求することができる権利」です。

 

簡単な例として,「私がAさんにピアノを弾いてあげます。対価としてAさんは私に1,000円を払います」という約束をしたとします。

 

この例を分解しますと2分割できます。

そうするとAさんは「私にピアノを弾くことを求める権利(債権)」を持ちます。

同時に, Aさんは「私に1,000円の対価を払う義務(債務)を負います。

 

この裏返しで,私は「Aさんに対して1,000円の対価を支払うことを求める権利(債権)」をもちます。

同時に,私は「Aさんにピアノを弾く義務(債務)」を負います。

 

契約の分解図イメージ図

 

この契約は,私はAさんに対してピアノを弾く債務を負い,Aさんは私に対して1000円を支払う債務を負うという,当事者双方がお互いに対価的な債務を負う,双務契約です。したがって,

Aさんは,私がピアノを弾くまでは1,000円払わないと言えます。

これに対して,私もAさんが1,000円払わないとピアノを弾かないと言えます。

このようなお互いの主張(反論)を「同時履行の抗弁」といいます。

 

2,次にこの例に基づいて手形が振り出されたときの手形債権について説明します。

 

Aさんは,今は現金がないので,後日私に対する対価を支払うために,私に対して約束手形で振出すことになったとします。

そうすると,Aさんは,私に対する手形債務を負い,私は,Aさんに対して手形債権を持つことになります。

 

3,では,この「手形債権」と比較しながら,「電子記録債権」について説明します。

 

⑴ それぞれの債権は,どのように発生するのでしょうか。

「手形債権」は,債務者(振出人)が債権者(受取人)に対して,手形を振り出して手形を振り出して,交付する(手渡す)ことにより発生します。

「電子記録債権」は,債権者と債務者の双方が,電子債権記録機関に「発生記録」の請求をし,その電子債権記録機関が記録原簿に「発生記録」を行うことにより発生します(電子記録債権法第15条)。

 

記録原簿のイメージ図

 

⑵ 手形債権や電子記録債権の発生により,原因債権は消滅するでしょうか。

原因債権は,手形の振出しや,債権の電子記録の原因となった債権,先の例における,私がAさんに対して1000円の対価の支払いを求める債権です。

手形債権の場合も電子記録債権の場合も,原因債権は消滅しません

 

⑶ 手形債権と電子記録債権の譲渡方法はどのようになっているでしょうか。

手形債権の譲渡方法は,譲渡人が裏書をして,譲受人に手形を交付することです。

電子記録債権の譲渡方法は,譲渡人と譲受人の双方が電子債権記録機関に「譲渡記録」の請求をし,これにより電子債権記録機関が記録原簿に「譲渡記録」を行うことです(電子記録債権法第17条)。

 

⑷ Aさんは,手形債権や電子記録債権の譲受人に対して,先の例の同時履行の抗弁権を主張することができるでしょうか。

先の例で,私が,Aさんが振り出した手形をBさんに裏書きして,手形債権をBさんに譲渡した場合,AさんはBさんに対して,先の例の同時履行の抗弁権を主張して,手形金の支払を拒むことができるでしょうか。

これはできません(人的抗弁の切断,手形法17条)。

では,私がBさんに電子記録債権を譲渡した場合はどうでしょうか。

このときも,Aさんは,Bさんに対して,同時履行の抗弁権を主張して,支払を拒むことができません(人的抗弁の切断,電子記録債権法第20条1項)。

 

⑸ それぞれの債権の保証には違いがあるのでしょうか。

手形債権の保証は,原則として,保証人が,手形上に「保証」を意味する文言を記入して,署名することにより発生します(手形法30条1項,31条1項,2項)。

これに対して,電子記録債権の保証は,保証人が,保証する旨,保証人の氏名等を電子記録することにより発生します(電子記録債権法31条,32条1項各号)。記載又は記録により発生するという点では共通しています。

また,手形保証の場合は,手形の振出しが偽造だったなどの理由により,主債務である手形債権が発生しなかった場合であっても,手形保証は,発生します(手形保証の独立性。手形法32条2項)。

これに対して,電子記録保証の場合も,主債務である電子記録債権が発生しなかった場合であっても,原則として,電子記録保証は発生します(電子記録保証の独立性,電子記録債権法33条1項)。ただし,電子記録保証の独立性は,保証人が個人である場合には適用されません。

 

⑹ 債権の支払いがなされずに債権の支払請求訴訟になる場合には,次のような違いがあります。

手形の場合は,原則として,手形訴訟という簡易な手続の訴訟になります(民事訴訟法第5編)。

しかし,電子記録債権は通常の民事訴訟の手続に従うことになります。

 

 

4,電子債権記録機関についての説明を致します。

電子記録債権法に基づき主務大臣による電子債権記録機関の指定をうけた者がなります。

電子債権記録機関の指定先は,つぎの通りです。(平成29年10月1日現在)

①,「でんさい」 (株)全銀電子債権ネットワーク

②,「電ペイ」  みずほ電子債権記録(株)

③,「電手」   日本電子債権機構(株)

④,      SMBC電子債権記録(株)

⑤,      Tranzax電子債権(株)などが指定されています。

そして,登録機関の特質としては,「①,⑤」は中小企業を含めての対応中心です。

「②,③,④」はグループ内での決済の効率化対応で,主に大企業中心と思われます。

詳細情報は各機関,各金融機関にご照会ください。

 

5,以下(株)全銀電子債権ネットワークの「でんさい」に限っての説明を致します。

取引方法については,手形の振出しのときは,だれでも手形の振出は出来ません。「でんさい」の利用についても,だれでも出きるわけでは無く,支払能力をもっているなどの5条件を満たす必要あり。

そして,債務者と取引先(債権者,譲受人,保証人等)などが関係しますので,窓口金融機関にご相談ください。

契約方式は,利用者,窓口金融機関,「でんさいネット」の三者間の利用契約となります。

通貨は円のみ(手形は通貨に規制なし)。

「譲渡禁止」は出来ません(手形は券面に「譲渡禁止」により可能です)。

保証人は原則債権者がなります。譲受人が保証を要しない場合は保証不要が可能です。

 

6,「でんさい」には支払不能処分制度があり,手形・小切手のときのような取引停止処分制度があるようです。

その内容の概略はつぎの通りです。

➀,支払不能の事由が全参加金融機関に通知されます。

同一債務者について,支払不能が6か月以内に2回以上生じた場合は,債務者に取引停止処分が課せられます。

②,「でんさい」の利用が2年間禁止されます。

③,その他の利用についての詳細は窓口金融機関に照会ください。

今回の解説は,あくまでもイメージ把握を目的としています。

「電子記録債権」の具体的取扱方法は各金融機関にご確認ください。

 

皆様のお役に立つこと,それが私の喜びです。今回もお読み頂き誠に有難うございました。

 

参考文献

居林次男著『手形・小切手法の実務解説』 (株)中央経済社 平成2年3月1日 初版発行

島原 宏明著『手形法学への誘い』 八千代出版 2004年3月10日第1版2刷発行

執筆者・青栁幸一他113名『補訂版 図解による法律用語辞典』 自由国民社 2004.2.1補訂版2刷発行

 

言葉の解説欄

主たる債務・・・ある人の債務を他の者が保証するとき、保証を受ける債務を「主たる債務」といいます。

また保証人が負う債務を「保証債務」といいます。

人的抗弁・・・支払い請求されたとき,特定の者に対してだけ主張出きる抗弁(↔物的抗弁)

 

同時履行の抗弁・・・双務契約の当事者の一方が履行の請求を受けた場合でも,相手方の履行の提供までは自己の履行を拒絶できる権利。(売買契約では買主は代金支払債務,売主は商品の引渡債務を負っている。)

 

原因債権・・・ Aと私のピアノ演奏契約は、手形の振出等の手形行為に至った原因となる実質的な法律関係であり、これを手形の原因関係といいます。この原因関係から生じた債権を原因債権といいます。