第五回目 やさしい手形・小切手のお話

広報 秘書 田村 司
いつもお読み頂き有難うございます。
今回は「『裏書』やその他実務上注意すべきこと」について説明します。

説明の便宜上,手形の振出人をA,受取人をB,第1裏書の裏書人をBで被裏書人をC,第2裏書の裏書人をCで被裏書人をD,第3裏書の裏書人をDで被裏書人をE(現所持人)と設定させていただきます。これは,手形がAからBに振出された後,B→C→D→Eと流通したことを意味します。

1,裏書は,手形権利を譲渡するための手段で,基本的な効力が次のとおり3つあります。

⑴ BがAに対する手形権利を譲渡しようとする場合は,裏書をすること,具体的には,手形の裏面の裏書人欄にBの署名(記名捺印)を書き,被裏書人欄に譲渡先Cの氏名・名称を書いて,その手形を譲渡先Cに渡せばよいのです(権利移転的効力,手形法14条1項)。

⑵ そして,「連続した裏書」の手形所持人は,それだけで適法な手形権利者と推定されます(資格授与的効力,手形法16条1項)。
この資格授与的効力は,手形の流通性を確保するための効力です。つまり,手形は裏書を重ねて輾転流通することが予定されていますが,Eにとっては,A,B,Cはどこの馬の骨とも分からない他人であり,本当に手形権利がDまで移転しているか分かりません。しかし,裏書の連続が連続していれば,手形の譲渡人Dのところに手形権利がきちんと移転していることが推定され,自分の所にも手形権利が移転されると安心して手形を取得することができるので,手形の流通性が確保されるのです。

仮に,その手形が例えばBの元で盗難され,不正に流通していた手形であった場合は,手形の譲渡人Dのところに手形権利がきちんと移転してきていないことになりますが,手形譲受人Eがその手形を譲り受けるときに,裏書が連続していれば,その手形が盗難手形であったなどの事情を知っていたか,知り得たような場合でない限り,Eは,手形権利を取得することができます(善意取得。手形法16条2項)。

この資格授与的効力に関連して,金融機関(支払銀行)は,呈示された手形の記載要件に不備があるかどうか,裏書きが連続しているかどうかだけを確認し,それらに問題がなければ,原則として,その手形が盗難手形であったかどうか,その他裏書に不正があったかどうか等について調査する必要はなく,その手形所持人に対して手形金を支払えば,仮にその手形が盗難手形等であり,手形所持人が手形権利を取得していなかったとしても,その支払は有効となり,その後手形権利を取得した者に対して改めて手形金を支払う必要はありません(支払免責,手形法40条3項)

⑶ また,手形の裏書には,手形の振出人Aや引受人が手形金を支払わない支払拒絶があった場合に,裏書人B,C,Dが手形所持人Eに対して,振出人の代わりに手形金額を支払わなければならない義務(遡及義務)を負う,担保的効力もあります(手形法15条1項)

2.しかし,以上の基本的効力の一部がない,特殊な裏書きもあります。

⑴ 無担保裏書(手形法15条1項)は,「無担保」等の担保責任を負わない旨の記載を付記した裏書です。権利移転効力と資格授与的効力は生じますが,担保的効力が生じません。つまり,振出人Aの支払拒絶があった場合であっても,例えば,BがCへの裏書に「無担保」等の付記をして担保責任を負わない旨を明示していたときは,手形所持人Eや,その裏書以後の裏書における被裏書人C,Dに対して担保責任を負いません。

⑵ 裏書禁止裏書(禁転裏書)(手形法15条2項)は「新しい裏書を禁ずる」旨の記載をした裏書です。この裏書は,権利移転効力と資格授与的効力は生じますが,担保的効力が一部生じません。つまり,この記載により,裏書人は,直接の相手方となる被裏書人に対しては担保責任を負いますが,それ以降の被裏書人に対しては,担保責任を負いません。
例えば,先の例で,Bは,Cに対する裏書に「新しい裏書を禁ずる」等の記載を付記をすると,Cに対しては担保責任を負いますが,D,Eに対しては担保責任を負いません。

⑶ 取立委任裏書(手形法18条)は,裏書人が被裏書人に,代わりに手形金を回収すること委任するため,「取立委任につき」「取立のため」などの文言を付記してなした裏書です。例えば,この裏書は,手形権利の譲渡を目的としていないので,権利移転効力は生じませんし,被裏書人が手形金の支払拒絶を受けたとしても,裏書人が被裏書人に対して手形金を支払わなければならないいわれはないので担保的効力は生じていません。ただし,裏書が連続している限り,その被裏書人が適法な取立の代理人であることが推定されるという意味で,取立委任に限定した資格授与的効力が生じます。

⑷ 質入裏書(手形法19条)は,裏書人が被裏書人に対する債務を担保するために,その手形を質に入れる,つまり手形権利に質権を設定するために,「担保のため」「質入のため」などの文言を付記してなした裏書です。この裏書は,手形権利の譲渡を目的としていないので,権利移転的効力は生じませんが,裏書が連続している限り,その日裏書人が適法な質権者であることが推定されるという意味での質権に限定した資格授与的効力は生じ,担保目的で裏書きしているので担保的効力は生じます。

⑸ 期限後裏書(手形法20条)は,手形の流通段階を終えて精算段階に入った後(支払拒絶証書の作成後又はその作成期間経過後)にされた裏書です。この裏書きは,権利移転的効力と担保的効力は生じますが,流通段階を終えた後の裏書なので,手形の流通性を確保するための資格授与的効力は生じません。

3,その他
⑴ 「裏書禁止裏書」と似て非なるものとして,「裏書禁止手形(指図禁止手形)」(手形法11条2項)があります。手形に「指図禁止」またはこれと同一の意義を持つ文言(たとえば「裏書禁止」とか「〇〇〇殿限り」というような文言)を記載した手形です。
裏書禁止裏書は,振出人は手形が流通することを想定していたものの,裏書人が自分と直接の関わりがない被裏書人に対して担保責任を負いたくないために行った裏書ですが,裏書禁止手形は,そもそも振出人が手形の流通を想定していない手形で,仮に裏書をしたとしても,先の述べた裏書の効力は生じません。

⑵ 「拒絶証書不要」文言を抹消している場合があります。
手形が手形金の支払拒絶等により不渡りになった場合,手形裏書人に対して担保責任を追及(遡求)することになります。このとき,本来は,不渡りになったことを証明するために「支払拒絶証書」(公正証書)の作成が必要ですが,実務上は,手形に「拒絶証書不要」の文言が印刷されているために,支払拒絶証書の作成は不要です。
しかし時に拒絶証書不要の文言を2本線で消して訂正印が押されている場合もあります。この場合は,原則通り支払拒絶証書の作成が必要になります。急いで公証人役場へ行って公証人に拒絶証書の作成をしてもらって下さい。

⑶ 鉛筆の筆記用具を使用して手形要件が書かれている場合があります。
手形の振り出しに関して,法律上は筆記用具の規定がなく,手形用紙に金額や支払日等を鉛筆で記載しても,手形としては有効です。しかし,鉛筆などは書き替えが容易なので,金額や支払日等が変造,改ざんされる危険が高くなります。金融機関の「手形用法」では,改ざんされない筆記用具をお使いくださいとなっていますが,それでも期日を鉛筆で書かれている場合もあります。
手形金の金額が高額に改ざんされると,手形振出時に想定していなかった,存外に高額の手形金の支払請求を受けたり,満期が前に改ざんされると,支払期限前に手形金の支払の請求を受けて不渡処分になったり,満期が後ろに改ざんされると,消滅時効期間が後ろにずれて,免れるはずの支払を余儀なくされたり,様々なトラブルが生じ得ます。

特に,最近は消せるボールペンが広く使われておりますが,鉛筆と同じように改ざんの危険が高いので,使わないようにしてください。

⑷ 最悪事態の救済措置として利得償還請求権というものがあります。
通常の金銭債権の消滅時効は10年ですが,手形債権の消滅時効は3年と,とても短くなっています。例えば,下請が元請から工事代金の支払いのために手形を受け取ったが,手形の消滅時効が完成してしまった場合,下請は工事代金の支払いを受けることができなくなり,元請は工事代金を支払わなくて良いのでしょうか。そんなときのために,手形所持人には利得償還請求権という権利があります(手形法85条)。

手形債権の消滅時効が完成した場合,手形所持人は,手形債務者に対して,手形債務者が手形債務の弁済を免れることにより受けた利益の金額の支払いを請求することができるとされています。この権利については様々な議論があるので,詳しくは専門書等をご参照下さい。

⑸手形・小切手は国際的取引で使われることはご存じですか。
そのときに適用される法律のことを「準拠法」と表現します。
ジュネーブ統一条約の国内施行に伴い,商法典から手形法・小切手法の部分が削除され手形法(1932年)小切手法(1933年)が成立しました。
それで国際的取引における準拠法は,抜粋しただけでも次の条文で規定されています。
支払うべき通貨(手形法41条)手形行為能力と他の準拠法(手形法88条~94条),
輸出・入の貿易関係の方はご参考にして下さい。

以上述べたことは,難しい部分なので,軽い気持ちで読んでおいて頂き,必要になったとき再度読んで頂ければ嬉限りです。実務上の注意してほしい,理解してほしいことに絞ってやさしく掲載しておりますので,会社・企業での業務としては,専門書で再確認していただければ,もっと理解が深まることと思います。

銀行実務経験をもとに,掲載しましたが,権利関係でお困りのときは,自己判断せずに弁護士などにぜひ相談の上,お取り扱いすることを強くお勧めいたします。

すこしでも事業のお役にたてましたら,それが私の喜びです。
五回のシリーズで端折って掲載いてきましたがとりあえず終了といたします。
今回もお読み頂き誠に有難うございます。

なお今回のブログ掲載にあたり,片山弁護士の加筆を頂きすすめました。