契約書に訴訟についての管轄合意しかない場合に調停についての管轄合意があったと解釈されないとされた事例(大阪地裁平成29年9月29日決定)

オレンジ法律事務所の私見・注釈

弁護士 辻本恵太

1 基本事件は,X(相手方・基本事件申立人)が,Y(抗告人・基本事件相手方)との間でレンタル基本契約を締結した上,Yに対し建設機械等を貸し渡すなどしたにもかかわらず,Yが賃貸料等を支払わないとして,その支払を求めるというものである。
 レンタル基本契約の契約書には,「合意管轄等」として,「この契約について訴訟の必要が生じたときは,大阪地方裁判所又は茨木簡易裁判所を管轄裁判所とすることに合意します。」との条項があるところ,Xは,本件条項における「訴訟」には「調停」も含まれるとして,茨木簡易裁判所に対し,調停を申し立てた。
 これに対し,Yは,本件条項は,飽くまで,訴訟に関する管轄合意であって,調停に関する管轄合意ではないとして,基本事件の大津簡易裁判所への移送を申し立てたが,原審は,これには理由がないとしてこれを却下する旨の決定をしたところ,抗告人が不服として即時抗告をした。

2 裁判所は,民事調停法3条1項は,調停事件については,特別の定め又は合意で定めない限り,調停事件の相手方の住所等を管轄する簡易裁判所が管轄裁判所とする旨定めるが,その趣旨は,主として,合意による紛争解決を目的とする調停事件については,相手方の出頭の便宜に配慮し,調停の円滑な進行に資するところにあると解されると判示した。
 そのうえで,本件条項が,その文言上,訴訟についての管轄を定めるものであることは明らかであるところ,上記の趣旨に照らせば,本件条項をもって,訴訟のみならず調停についても管轄合意があったと解釈することは,調停を起こされる側の出頭を困難にし,調停の円滑な進行を阻害することになりかねないなどとして,本件条項をもって,調停について管轄合意があったと解釈することはできないとの判断を示した。
 したがって,基本事件は,茨木簡易裁判所の管轄に属さず,大津簡易裁判所の管轄に属するものと認められるとして,Yの移送申立てを認容した。

3 契約書に訴訟についての管轄合意しかない場合に,調停についての管轄合意も含むと解することができるかについては,積極説もあるが,本決定は,消極説を採用したものである。
 調停について管轄の合意すら成立できないようであれば,そもそも法的紛争を話合いにより解決することは困難であるように思えるため,消極説は説得的であると考える。
 なお,実務上,契約書において,訴訟についての管轄合意を定めることは多いが,調停についての管轄合意を定めることは多くはない。訴訟と比較して,民事調停を申し立てることはさほど多くはないが,本決定を踏まえると,契約書を作成するにあたっては,必要に応じて,訴訟のみならず調停についての管轄合意も明確に定めるべきであり,実務上,参考になる。
 また,本決定は,最後に,XもYも訴訟用の委任状を提出しているため,異議申立て等の手続行為についての委任がなされているか疑念が生じることを敢えて説示している。民事調停事件においては,非訟事件手続法23条2項によれば,次の事項が特別委任事項となるので,参考にされたい。

非訟事件手続法
第二十三条 ・・・
2 手続代理人は、次に掲げる事項については、特別の委任を受けなければならない。
一 非訟事件の申立ての取下げ又は和解
二 終局決定に対する抗告若しくは異議又は第七十七条第二項の申立て
三 前号の抗告、異議又は申立ての取下げ
四 代理人の選任

弁護士 辻本恵太

主文

 1 原決定を取り消す。
 2 基本事件を大津簡易裁判所に移送する。
 3 抗告費用は,相手方の負担とする。

理由

第1 抗告の趣旨及び理由

 1 抗告の趣旨
 主文1,2同旨
 2 抗告の理由
 基本事件について,抗告人と相手方との間に管轄合意がないのに,抗告人の本店所在地を管轄する大津簡易裁判所ではなく,茨木簡易裁判所に管轄を認めた原審の判断には誤りがある。

第2 事案の概要

 1 基本事件は,相手方(基本事件申立人)が,抗告人(基本事件相手方)との間でレンタル基本契約(甲3,以下「本件基本契約」という。)を締結した上,抗告人に対し建設機械等を貸し渡すなどしたにもかかわらず,抗告人が賃貸料等を支払わないとして,その支払を求めるというものである。
 本件基本契約に係る契約書には,「合意管轄等」として,「この契約に関して疑義又は紛争が生じたときは,甲(抗告人),乙(相手方)協議の上,円満に解決します。甲,乙及び連帯保証人は,この契約について訴訟の必要が生じたときは,大阪地方裁判所又は茨木簡易裁判所を管轄裁判所とすることに合意します。」との条項(以下「本件条項」という。)があるところ,相手方は,本件条項における「訴訟」には「調停」も含まれるとして,茨木簡易裁判所に対し,調停を申し立てた。
 これに対し,抗告人は,本件条項は,飽くまで,訴訟に関する管轄合意であって,調停に関する管轄合意ではないとして,基本事件の大津簡易裁判所への移送を申し立てた(本件申立て)。
 2 原審は,本件申立てには理由がないとしてこれを却下する旨の決定をしたところ,抗告人が不服として即時抗告をした。

第3 当裁判所の判断

 1 そこで,検討すると,民事調停法3条1項は,調停事件については,特別の定めがある場合を除いて,調停事件の相手方の住所等を管轄する簡易裁判所又は当事者が合意で定める地方裁判所若しくは簡易裁判所の管轄としており,民事訴訟における管轄とは異なり,原則として,当事者が合意で定めない限り調停事件の相手方の住所等を管轄する簡易裁判所が管轄裁判所となる。この趣旨は,主として,合意による紛争解決を目的とする調停事件については,相手方の出頭の便宜に配慮し,調停の円滑な進行に資するところにあると解される。
 そして,本件条項が,その文言上,訴訟についての管轄を定めるものであることは明らかであるところ,上記の趣旨に照らせば,本件条項をもって,訴訟のみならず調停についても管轄合意があったと解釈することは,調停を起こされる側の出頭を困難にし,調停の円滑な進行を阻害することになりかねず,相当でない。本件において,茨木簡易裁判所で調停を行うためには,調停を起こす側(相手方)は,これを起こされる側(抗告人)との間で新たに管轄合意を締結する負担を負うことになるが,合意による紛争解決を図るという調停の目的に沿った合理的な負担といえ,このように解しても特段の不都合はない。
 したがって,本件条項をもって,調停について管轄合意があったと解釈することはできない

 よって,基本事件は,茨木簡易裁判所の管轄に属さず,大津簡易裁判所の管轄に属するものと認められる。
 2 なお,相手方は,本件条項を全体として解釈すれば「訴訟」には「この契約に関して・・・紛争が生じた場合」も広く含まれると主張するが,上記1の説示に照らせば,そのような解釈は相当でないというべきである。ちなみに,大阪地方裁判所では,管轄合意書の提出がない調停申立てについては,管轄する簡易裁判所へ移送する運用をしている。
 ところで,抗告人も相手方も本件調停手続及び不服申立手続について,訴訟用の委任状を提出しているが,委任事項として手続行為の記載がない。平成23年法律第51号により制定された非訟事件手続法の施行日である平成25年1月1日以降,委任事項として手続行為の記載のある委任状が一般的に用いられており,委任事項を厳格に解するときは,手続行為の適法性に問題が生じる可能性があることを念のために附言する
 3 以上のとおり,基本事件は,茨木簡易裁判所の管轄に属しないと認められるから,民事調停法4条1項本文に基づき管轄裁判所である大津簡易裁判所へ移送すべきである。
 よって,本件抗告は理由があるから,主文のとおり決定する。