いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して,入力された取引内容に対応する勘定科目を推測している会計処理製品が,発明の名称を「会計処理装置,計処理方法及び会計処理プログラム」とする特許権を侵害しないとした判例(東京地裁平成29年7月27日判決)

主文
事実及び理由
第1 請求
第2 事案の概要
第3 当裁判所の判断

オレンジ法律事務所の私見・注釈

弁護士 辻本恵太

1 本件は,発明の名称を「会計処理装置,会計処理方法及び会計処理プログラム」とする発明についての特許権を有するXが,Y製品の生産等,Y方法の使用が同特許権を侵害していると主張して,Yに対し,特許法100条1項及び2項に基づき,Yによる上記各行為の差止め及び被告製品の廃棄を求めた事案である。

2 本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1,10,13及び14記載の各発明を「本件発明1」,「本件発明10」,「本件発明13」,「本件発明14」といい,これらを総称して「本件発明」という。
 なお,本件発明13を構成要件に分説すると,次のとおりである。

 13A ウェブサーバが提供するクラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理方法であって,
 13B 前記ウェブサーバが,ウェブ明細データを取引ごとに識別するステップと,
 13C 前記ウェブサーバが,各取引を,前記各取引の取引内容の記載に基づいて,前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して,特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと,
 13D 前記ウェブサーバが,日付,取引内容,金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成するステップとを含み,作成された前記仕訳データは,ユーザーが前記ウェブサーバにアクセスするコンピュータに送信され,前記コンピュータのウェブブラウザに,仕訳処理画面として表示され,前記仕訳処理画面は,勘定科目を変更するためのメニューを有し,
 13E 前記対応テーブルを参照した自動仕訳は,前記各取引の取引内容の記載に対して,複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し,優先順位の最も高いキーワードにより,前記対応テーブルの参照を行う
 13F ことを特徴とする会計処理方法。

3 この点,Yは,構成要件13Cについて,本件発明における「対応テーブル」とは,「取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブル」であり,そのクレームの文言上,特定のキーワードの1つ1つに対して特定の勘定科目が対応づけられているテーブルを意味することは明らかである。なお,「テーブル」とは何らかのデータ全般を意味するのではなく,「配列」すなわち対比表のデータのことを意味すると主張した上で,Y製品の本件機能は,いわゆる機械学習を利用して,入力された取引内容に対応する勘定科目をコンピュータが「推測」するものであり,これまでのサービスの提供を通じて自らが保有する莫大な数の実際の仕訳情報の中から抽出した膨大なデータを,学習データとして利用することで,新たな取引についても,より高い確率で適切な勘定科目に仕訳することができるようなアルゴリズムをコンピュータに自律的に生成させ,これを本件機能に用いているのであって,このアルゴリズムは,極めて複雑な多数の数式の組み合わせから構成され,キーワードと勘定科目の「対応テーブル」を参照するなどというものではないし,そもそもキーワードと勘定科目が対応づけられたテーブルなど保持していないとして,構成要件13Cを充足しないと主張した。
 また,Yは,構成要件13Eについて,本件発明における「優先ルール」とは,漠たる「優先する規則」全般を意味するものでなく,クレームの文言自体から明らかなとおり,取引内容に含まれる複数のキーワードに対し適用されるルールであって,複数のキーワードの中から「優先順位の最も高いキーワード」を1つ選出するためのルールであると主張した上で,Y製品の本件機能は,摘要に複数の単語が記載されている場合,それら全ての単語を機械学習により自律的に生成されたアルゴリズムに入力して勘定科目を推定しており,勘定科目の仕訳に用いるキーワードを一つに絞ることはしていないから,そもそも「優先順位の最も高いキーワード」が選出されることはないし,「優先ルール」に相当するものも存在していないとして,構成要件13Eを充足しないと主張した。

4 この点,裁判所は,「対応テーブル」とは,「取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ」を意味すると解されること,取引内容に含まれた1つのキーワード以外のキーワードも仕訳に使用するのであれば,「優先順位の最も高いキーワードを選択し,それにより対応テーブルを参照する」ことをあえて規定する意味がなくなることなどを考慮し,本件発明13は,「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には,キーワードの優先ルールを適用して,優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し,それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより,特定の勘定科目を選択する」という構成のものであると解すべきであるとした。
 他方,実施結果によれば,Y方法が本件発明13におけるそのような構成を採用しているとは認めるに足りず,かえって,いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して,入力された取引内容に対応する勘定科目を推測していることが窺われると判断し,構成要件13C,13Eを充足しないと判断した。
 なお,同様の理由で,Y製品1は構成要件1C,1E及び10Bを充足せず,Y製品2は構成要件14C及び14Eを充足しないとし,さらに構成要件1E,13E及び14Eの構成が本件発明の進歩性を基礎づける本質的部分であるというべきであるなどとして,Y製品1,2並びにY方法について,均等侵害も成立しないと判断した。

5 本判決は,「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には,キーワードの優先ルールを適用して,優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し,それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより,特定の勘定科目を選択する」という,いわゆるルールベースの記載では,機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して勘定科目を推測するような,ルールに基づかないAI技術をカバーすることができないことを示すものである。
 学習モデルの生成に関して,それに対応したクレームを生成する必要があることがわかり,実務上,参考になる。
 なお,特許庁の調査によれば,AI関連発明の国内特許出願件数は,2014年以降急増し,2017年は約3100件(前年比約65%増)である。中でもAIのコア技術に関する出願(国際特許分類G06Nに対応するもの)が約900件(前年比約55%増)となっており,機械学習,中でも深層学習(ディープラーニング)に言及する出願は2014年以降急増しており,2017年のAI関連発明の特許出願の約半数が深層学習であるとのことである(2019.7.1 特許庁HP「AI関連発明の特許出願状況を調査しました」)。

 そうとはいえ,まだまだ先行技術の少ない分野であり,オレンジ法律事務所としては,顧問先企業などに積極的な出願を応援したい。

弁護士 辻本恵太

主文

 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

 1 被告は,別紙被告製品目録記載の製品を生産し,又は使用してはならない。
 2 被告は,別紙被告製品目録記載の製品を廃棄せよ。
 3 被告は,別紙被告方法目録記載の方法を使用してはならない。

第2 事案の概要

 本件は,発明の名称を「会計処理装置,会計処理方法及び会計処理プログラム」とする発明についての特許権を有する原告が,被告による別紙被告製品目録記載の各製品(以下,順に「被告製品1」などといい,総称して「被告製品」という。)の生産等,並びに別紙被告方法目録記載の方法(以下「被告方法」という。)の使用が上記特許権を侵害していると主張して,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,被告による上記各行為の差止め及び被告製品の廃棄を求める事案である。
 1 前提事実等(証拠を掲記したほかは,当事者間に争いがない。)
  (1) 当事者
   ア 原告
 原告は,中小企業及び個人事業主向けに経理の自動化を可能とするソフトウェアの開発,提供等を業とする株式会社である。
   イ 被告
 被告は,家計簿アプリのソフトウェア開発,提供等を行うとともに,他サービスとして会計ソフト等の開発,提供等を業とする株式会社である。
  (2) 原告の特許権
 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,これに係る特許を「本件特許」という。また,本件特許出願の願書に添付された明細書を「本件明細書」という。)を有している。
   ア 特許番号   第5503795号
   イ 発明の名称   会計処理装置,会計処理方法及び会計処理プログラム
   ウ 出 願 日   平成25年10月17日
   (特願2013-55252の分割,原出願日平成25年3月18日)
   エ 登 録 日   平成26年3月20日
  (3) 本件特許の特許請求の範囲
 本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1,10,13及び14の記載は,本判決添付の本件特許に係る特許公報の該当項記載のとおりである(以下,各発明を順に「本件発明1」,「本件発明10」,「本件発明13」,「本件発明14」といい,これらを総称して「本件発明」という。なお,本件発明10は,本件発明1に従属する発明をいう。)。
  (4) 本件発明の構成要件
 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,分説した構成要件をそれぞれの符号に従い「構成要件1A」のようにいう。)。
   ア 本件発明1
 1A クラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理装置であって,ユーザーにクラウドコンピューティングを提供するウェブサーバを備え,
 1B 前記ウェブサーバは,ウェブ明細データを取引ごとに識別し,
 1C 各取引を,前記各取引の取引内容の記載に基づいて,前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して,特定の勘定科目に自動的に仕訳し,
 1D 日付,取引内容,金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成し,作成された前記仕訳データは,ユーザーが前記ウェブサーバにアクセスするコンピュータに送信され,前記コンピュータのウェブブラウザに,仕訳処理画面として表示され,前記仕訳処理画面は,勘定科目を変更するためのメニューを有し,
 1E 前記対応テーブルを参照した自動仕訳は,前記各取引の取引内容の記載に対して,複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し,優先順位の最も高いキーワードにより,前記対応テーブルの参照を行う
 1F ことを特徴とする会計処理装置。
   イ 本件発明10
 10A 前記ウェブ明細データをインターネット上から自動的に取得するウェブ明細データ取得部をさらに備える
 10B ことを特徴とする請求項1に記載の会計処理装置。
   ウ 本件発明13
 13A ウェブサーバが提供するクラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理方法であって,
 13B 前記ウェブサーバが,ウェブ明細データを取引ごとに識別するステップと,
 13C 前記ウェブサーバが,各取引を,前記各取引の取引内容の記載に基づいて,前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して,特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと,
 13D 前記ウェブサーバが,日付,取引内容,金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成するステップとを含み,作成された前記仕訳データは,ユーザーが前記ウェブサーバにアクセスするコンピュータに送信され,前記コンピュータのウェブブラウザに,仕訳処理画面として表示され,前記仕訳処理画面は,勘定科目を変更するためのメニューを有し,
 13E 前記対応テーブルを参照した自動仕訳は,前記各取引の取引内容の記載に対して,複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し,優先順位の最も高いキーワードにより,前記対応テーブルの参照を行う
 13F ことを特徴とする会計処理方法。
   エ 本件発明14
 14A ウェブサーバが提供するクラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理プログラムであって,
 14B 前記ウェブサーバに,ウェブ明細データを取引ごとに識別するステップと,
 14C 各取引を,前記各取引の取引内容の記載に基づいて,前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して,特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと,
 14D 日付,取引内容,金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成するステップとを含み,作成された前記仕訳データは,ユーザーが前記ウェブサーバにアクセスするコンピュータに送信され,前記コンピュータのウェブブラウザに,仕訳処理画面として表示され,前記仕訳処理画面は,勘定科目を変更するためのメニューを有し,
 14E 前記対応テーブルを参照した自動仕訳は,前記各取引の取引内容の記載に対して,複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し,優先順位の最も高いキーワードにより,前記対応テーブルの参照を行う
 14F ことを特徴とする方法を実行させるための会計処理プログラム。
  (5) 被告の行為
 被告は,いわゆるクラウド型会計ソフトとして「MFクラウド会計」のサービスを提供しており,これにより,被告製品を生産,使用し,また,被告方法を使用している。
 原告は,被告方法のうちの勘定科目提案機能(以下「本件機能」という。)に係る部分の構成は別紙「原告主張に係る被告方法の構成」のとおりであり,被告製品についても同構成により特徴付けられると主張するのに対し,被告は,別紙「原告主張に係る被告方法の構成」のうち下線が付された部分の構成を争う。
  (6) 被告製品及び被告方法の構成要件充足性
 原告は,被告製品1が本件発明1及び10の技術的範囲に属し,被告製品2が本件発明14の技術的範囲に属し,被告方法が本件発明13の技術的範囲に属すると主張し,被告はこれを争う。
 被告製品1は,構成要件1A,1B,1D及び10Aを充足し,被告製品2は,構成要件14A,14B及び14Dを充足し,被告方法は,構成要件13A,13B及び13Dを充足する。
  (7) 均等侵害の成立要件
 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,同部分が特許発明の本質的部分ではなく(以下「第1要件」という。),同部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(以下「第2要件」という。),上記のように置き換えることに,当業者が対象製品等の製造等の時点において容易に想到できたものであり(以下「第3要件」という。),対象製品等が,特許発明の出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく(以下「第4要件」という。),対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは(以下「第5要件」という。),上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解される(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)。
 2 争点
  (1) 文言侵害の成否(争点1)
 構成要件1C,1E,1F,10B,13C,13E,13F,14C,14E及び14Fの充足性
  (2) 均等侵害の成否(争点2)
  (3) 被告製品及び被告方法の特定の適否(争点3)
 3 争点に関する当事者の主張
  (1) 争点1(文言侵害の成否)について
 《原告の主張》
  ア 被告方法と本件発明13との対比
 (ア) 構成要件13C
  a 同構成要件を充足すること
 本件発明に係る「対応テーブル」とは,「取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持するデータ」を意味する。「テーブル」という用語が,たとえば「ルックアップテーブル」の用例にみられるように,「入力に対応する出力を対応づけるデータ」を意味することは当業者にとって明らかである。
 一方,被告方法は,摘要の記載に基づいて,記載に含まれうるキーワードと勘定科目とを対応づけておき,これを参照するが(構成c),当該対応づけは,教師あり学習の成果として生成された対応づけを表すデータとして記憶されている(構成g)から,被告方法においては,摘要の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを表すデータを参照して,勘定科目の自動付与がされている。このことは,被告が提供するサービスについて原告が行った動作確認の結果(甲6,8,9)から明らかである。
 したがって,被告方法は,構成要件13C「前記ウェブサーバが,各取引を,前記各取引の取引内容の記載に基づいて,前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して,特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと,」を充足する。
  b 被告の主張に対する反論
 クレームの文言上,対応関係の個数について何ら限定的な記載がないから,「対応テーブル」について,取引内容の記載に含まれうるキーワードに複数の勘定科目が対応づけられているものが除かれることはない。
 また,本件発明のクレームには,「対応テーブル」について,数式を用いて入力に対応する出力を対応づけるものは除かれるとの解釈をすべき限定もない。加えて,「ルックアップテーブル」の概念には入力に対応する処理を行う関数を呼び出すことで入力に対して出力を対応づけることが包含されており(甲13),「テーブル」の概念においても当然関数が呼び出されることが包含されている。したがって,被告方法のアルゴリズムにおいて数式が用いられていることのみをもって本件発明の「対応テーブル」の非充足という結論は得られないことが明らかである。
 さらに,被告が指摘する自動仕訳の結果(乙1)について,そこに記載された本取引①ないし⑭は,例えば,本取引⑥の摘要「店舗チケット」に記載された「店舗」「チケット」「店舗チケット」の三つの単語全てを用いるというのが被告の主張であるところ,被告は,本取引⑥の仕訳結果は,「店舗」に対応する「福利厚生費」又は「チケット」に対応する「短期借入金」のいずれかになるはずであるとして,「店舗チケット」に対応づけられた勘定科目を看過している。また,本取引⑮ないし⑱について,被告は,本件機能は,単にキーワードのみに着目して,特定の単語に対応する特定の勘定科目を出力していないと主張するが,構成要件13Cは「前記各取引の取引内容の記載に基づいて」仕訳処理を行うとされ,「取引内容の記載『のみ』に基づ」くと規定されてはいないから,被告の主張は前提を欠く。さらに, 本取引⑲ないし㉒では,未知のキーワードの一部に勘定科目と対応づけられているものがあれば,当該勘定科目が付与されるし,未知のキーワードについては一律に金額に応じた勘定科目を付与する例外処理の存在も窺われ,本訴提起後に被告が改変を施した結果とも解することができる。
 (イ) 構成要件13E
  a 同構成要件を充足すること
 本件発明における「優先ルール」とは,文言どおり「優先する規則を意味する。
 一方,被告方法においては,摘要の記載に複数のキーワードが含まれる場合に,いずれか1つのキーワードによりキーワードと勘定科目との対応づけを参照した結果に基づいて,当該キーワードに対応づけられた勘定科目が付与されており(構成e),当該対応づけは,教師あり学習の成果として生成された対応づけを表すデータとして記憶されている(構成g)。このことは,被告が提供するサービスについて原告が行った動作確認の結果(甲6,8,9)から明らかである。
 複数のキーワードのうち,いずれか1つのキーワードによりキーワードと勘定科目との対応づけを参照した結果に基づいて勘定科目を付与することは,当該キーワードをその他のキーワードよりも優先的に扱うことに他ならないから,被告方法においては,複数のキーワードが含まれる場合にいずれか1つを最も優先するルールが適用されているというべきである。
 したがって,被告方法においては,学習成果であるキーワードと勘定科目との対応づけを表すデータを参照した自動仕訳において,複数のキーワードが摘要の記載に含まれる場合にいずれかのキーワードを優先する処理がされており,構成要件13E「前記対応テーブルを参照した自動仕訳は,前記各取引の取引内容の記載に対して,複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し,優先順位の最も高いキーワードにより,前記対応テーブルの参照を行う」を充足する。
   b 被告の主張に対する反論
 構成要件13Eには,優先順位の最も高いキーワードにより対応テーブルを参照して自動仕訳を行うことが規定されているのであって,当該キーワード以外のキーワードの取り扱いについて限定的な記載はない。本件明細書においても,いずれか1つのキーワードに限られず,各キーワードが対応テーブルの参照において用いられる例が開示されている(段落【0059】)。したがって,本件発明における「優先ルール」について,いずれか1つのキーワード以外を一切仕訳において用いないものであると限定解釈することはできない。
 (ウ) 構成要件13F
 被告方法は,クラウドシステム上で行われる会計処理であるから(構成a),構成要件13F「ことを特徴とする会計処理方法。」を充足する。
   イ 被告製品1と本件発明1及び10との対比
 構成要件1C及び1Eは,構成要件13C及び13Eと実質的に同一であるから,被告製品1は構成要件1C及び1Eを充足する。また,被告製品1は,会計処理を行うクラウドシステムであるから(構成a),構成要件1F「ことを特徴とする会計処理装置。」及び構成要件10B「ことを特徴とする請求項1に記載の会計処理装置。」を充足する。
   ウ 被告製品2と本件発明14との対比
 構成要件14C及び14Eは,構成要件13C及び13Eと実質的に同一であるから,被告製品2は構成要件14C及び14Eを充足する。また,被告製品2は,クラウドシステムにおいて会計処理を提供するためのプログラムであるから,構成要件14F「ことを特徴とする方法を実行させるための会計処理プログラム。」を充足する。
 《被告の主張》
   ア 被告方法と本件発明13との対比
 (ア) 構成要件13C
 本件発明における「対応テーブル」とは,「取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブル」であり,そのクレームの文言上,特定のキーワードの1つ1つに対して特定の勘定科目が対応づけられているテーブルを意味することは明らかである。なお,「テーブル」とは何らかのデータ全般を意味するのではなく,「配列」すなわち対比表のデータのことを意味する。
 一方,被告製品の本件機能は,いわゆる機械学習を利用して,入力された取引内容に対応する勘定科目をコンピュータが「推測」するものである。機械学習とは,「コンピュータにヒトのような学習能力を獲得させるための技術の総称」といわれており,コンピュータが,データ識別等の判断に必要なアルゴリズムを,事前に取り込まれる学習データから自律的に生成し,新たなデータについてこれを適用して予測を行う技術のことをいう。被告は,これまでのサービスの提供を通じて自らが保有する莫大な数の実際の仕訳情報の中から抽出した膨大なデータを,学習データとして利用することで(すなわち,既に正解が判明している大量の取引データをコンピュータに入力して学習させることで),新たな取引についても,より高い確率で適切な勘定科目に仕訳することができるようなアルゴリズムをコンピュータに自律的に生成させ,これを本件機能に用いているのである。このアルゴリズムは,極めて複雑な多数の数式の組み合わせから構成されるものであって,キーワードと勘定科目の「対応テーブル」を参照するなどというものではないし,そもそもキーワードと勘定科目が対応づけられたテーブルなど保持していない。

 このことは,実際にMFクラウド会計の本件機能を使って,様々な入力例に対して提案される自動仕訳の結果(乙1)によっても明らかである。例えば,本取引⑥における「店舗チケット」の入力に対する出力は,「店舗チケット」を構成する「店舗」に対応する「福利厚生費」又は「チケット」に対応する「短期借入金」のいずれでもない「旅費交通費」となっているし,本取引⑦も同様であるが,このような結果は,原告が主張するような「対応テーブル」が存在するとすれば説明がつかない。また,本取引⑮と⑯,⑰と⑱,⑮と⑰,⑯と⑱をそれぞれ比べると分かるように,取引金額やサービスカテゴリーが変わることによって,表示される勘定科目が異なったものになっているから,本件機能は,単にキーワードのみに着目して,特定の単語に対応する特定の勘定科目を出力している訳でもなく,このことからも本件機能が「対応テーブル」を有していないことは明らかである。さらに,本取引⑲ないし㉒では,通常の日本語にはない単語,すなわち「対応テーブル」に登録されているはずのない単語が摘要に記載されている場合であっても,特定の勘定科目が表示されており,本件機能が,ある特定のキーワードに着目して,かかるキーワードと勘定科目との「対応テーブル」を参照するという方法を採用していないことを端的に示している。
 このように,被告方法は,摘要の記載に含まれ得るキーワードと勘定科目との対応づけなど保持しておらず,勘定科目を自動的に付与するために,そのような対応づけを参照することもないから,構成要件13Cを充足しない。
 (イ) 構成要件13E
 本件発明における「優先ルール」とは,漠たる「優先する規則」全般を意味するものでなく,クレームの文言自体から明らかなとおり,取引内容に含まれる複数のキーワードに対し適用されるルールであって,複数のキーワードの中から「優先順位の最も高いキーワード」を1つ選出するためのルールである。
 一方,本件機能は,摘要に複数の単語が記載されている場合,それら全ての単語を機械学習により自律的に生成されたアルゴリズムに入力して勘定科目を推定しており,勘定科目の仕訳に用いるキーワードを一つに絞ることはしていないから,そもそも「優先順位の最も高いキーワード」が選出されることはないし,「優先ルール」に相当するものも存在していない。

 このことも,本件機能を使った実際の自動仕訳の結果(乙1)から明らかである。例えば,本取引⑦は,「商品店舗チケット」の入力に対し勘定科目の推定結果として「仕入高」が出力されているが,各キーワードである「商品」,「店舗」及び「チケット」を入力とした場合(本取引①ないし③)の出力である「備品・消耗品費」,「福利厚生費」及び「短期借入金」のいずれとも一致していないから,本件機能に「優先ルール」が存在しないことが明らかである。
 したがって,被告方法は構成要件13Eを充足しない(そもそも,上記(ア)のとおり,本件機能は「対応テーブル」を保持していないから,この点からも構成要件13Eを充足しない。)
 (ウ) 構成要件13F
 被告方法は,少なくとも構成要件13C及び13Eを充足しないから,構成要件13Fも充足しない。
   イ 被告製品1と本件発明1及び10との対比
 構成要件13C及び13Eについてと同様の理由により,被告製品1は,構成要件1C及び1Eを充足しない。また,このことにより,被告製品1は,構成要件1F及び10Bも充足しない。
   ウ 被告製品2と本件発明 14 との対比
 構成要件13C及び13Eについてと同様の理由により,被告製品2は,構成要件14C及び14Eを充足しない。また,このことにより,被告製品2は,構成要件14Fも充足しない。
  (2) 争点2(均等侵害の成否)について
 《原告の主張》
 仮に,被告方法において参照される対応づけを表すデータ(構成g)に本件発明の「対応テーブル」と異なる部分があるとしても,均等侵害が成立する。
   ア 第1要件について
 本件発明は,原告サービスの開発過程で生まれた,従来技術には見られない特有のコンセプトであり,①ウェブ明細データをクラウドコンピューティングにおける会計処理に用い,②当該ウェブ明細データに含まれる各取引に与えるべき勘定科目を自動的に付与するための対応づけを保持させておく。そして,③上記対応づけを各取引内容の記載に基づいて参照する際に,当該記載に複数のキーワードが含まれる場合に,取引の正確な分析の上で支配的なキーワードを優先する処理を行うことによって,上記対応づけに保持されていない,いわば未知の記載が入力されても,仕訳結果の精度を高める。上記①ないし③が有機的に結びつくことによって,本件発明は,クラウド会計ソフトにおける仕訳の自動化を初めて実用的に可能とし,原告サービスの劇的な普及を支えたから,上記①ないし③が,本件発明の本質的部分である。
 被告製品及び被告方法は,①ウェブ明細データをクラウドコンピューティングにおける会計処理に用い(構成a及びb),②当該ウェブ明細データに含まれる各取引に与えるべき勘定科目を自動的に付与するための対応づけを保持させておき(構成cないしg),③上記対応づけを各取引内容の記載に基づいて参照する際に,当該記載に複数のキーワードが含まれる場合,取引の正確な分析の上で支配的なキーワードを優先する処理を行う(構成e及びg)。
 したがって,被告製品及び被告方法は,本件発明の本質的部分である上記①ないし③をすべて用いるものであり,本質的部分において異なる部分はなく,均等侵害の第1要件を充足する。
   イ 第2要件について
 本件機能も本件発明も,入力された取引を特定の勘定科目に自動的に仕訳する機能を有している点においては共通しており,また,ウェブ上から明細データを取り込むことによって取引を入力しているから,被告製品及び被告方法においても,事後的なウェブ明細データの分析を通じた自動仕訳という本件発明と共通した課題解決原理によって,簡便な会計処理装置,会計処理方法及び会計処理プログラムを提供するという本件発明と同一の目的を達することができる。
 被告製品及び被告方法において,対応づけを表すために,本件発明の「対応テーブル(狭義解釈)」を機械学習の学習成果によって置換すれば,ヒトにより生成された「対応テーブル(狭義解釈)」と同等の結果をもたらすことが明らかであり,それが機械学習の目的であるといっても過言ではない。
 したがって,被告製品及び被告方法は,均等侵害の第2要件を充足する。
   ウ 第3要件について
 被告製品の生産及び使用並びに被告方法の使用は,平成28年8月30日に開始されているところ,当該開始時点において,本件発明の「対応テーブル(狭義)」を機械学習の学習成果により置き換えることは,当業者において容易に想到できたことが明らかである。
 被告が用いる機械学習のソフトウェアは「Microsoft Azure」であると合理的に解されるところ,「Microsoft Azure」は,機械学習サービスである「Azure Machine Learning」を平成26年11月から無償のトライアルとして広く提供しており,この当時から,機械学習に「必要な環境は全て提供されていて,Webブラウザーとインターネットに接続できる回線があれば,すぐに始めることができ」るようになりつつあった(甲15)。してみれば,被告製品の生産及び使用並びに被告方法の使用の開始時点である平成28年8月30日には,キーワードと勘定科目との対応づけをヒトによって生成するのではなく,学習データさえあれば「 Azure MachineLearning」を用いて機械学習の成果物とすることが極めて容易であった。
 なお,仮に被告が用いる「機械学習のソフトウェア」が「Azure MachineLearning」でないとしても,上記開始時点における技術水準として,機械学習の利用が容易になっていたことは変わらず,置換容易性に影響を与えない。
 また,「優先ルール(狭義)」についても同様であり,これをヒトによって生成するのではなく,機械学習の成果物とすることは極めて容易であった。
 したがって,被告製品及び被告方法は,均等侵害の第3要件を充足する。
   エ 第4要件及び第5要件について
 第4要件及び第5要件の充足を否定する事情は見当たらない。
 《被告の主張》
 原告は,本件発明の構成中,被告製品及び被告方法と異なる部分として,「対応テーブル」のみを前提としているようであるが,前記のように,被告製品及び被告方法は,さらに少なくとも「優先ルール」をも充足しないから,仮に原告の主張を前提としても,均等侵害が成立することはない。この点を措いても,被告製品・方法は,少なくとも均等侵害の第1要件,第2要件,第3要件及び第5要件を欠くから,均等侵害は成立しない。
   ア 第1要件について
 本件発明は,出願審査の過程において,進歩性欠如等を理由とする平成25年11月1日付拒絶理由通知(乙3)を受けた。本件発明の構成要件13E以外の構成は,拒絶理由通知の引用文献(乙4,乙5)に全て開示されていた。そのため,原告は,平成25年12月17日付手続補正書(乙6)において,構成要件13Eの構成を追加する減縮を行い,その結果特許査定を受けた。以上の経緯によれば,本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は,構成要件13Eであることが明らかである。
 したがって,本件発明の本質的部分は,取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの「優先ルール」を適用し,優先順位の最も高いキーワードにより,「対応テーブル」の参照を行う構成であるから,当該構成を備えていない被告製品・方法は,本件発明と本質的部分が相違しており,均等侵害の第1要件を欠いている。
   イ 第2要件について
 本件発明は,各取引の取引内容の記載に複数のキーワードが含まれている場合において,「優先ルール」を適用することによりキーワードを1つに絞り,そのキーワードを用いて「対応テーブル」を参照することにより,各取引の勘定科目を自動的に仕訳するものである。
 これに対して,被告製品・方法は,取引内容の記載に複数のキーワードが含まれている場合はそれら全てのキーワードと,さらにサービスカテゴリや金額も,機械学習により自律的に生成されたアルゴリズムに入力して,勘定科目を選択している。
 このように勘定科目を選択するアルゴリズムが全く異質である以上,どれだけ精度の高い勘定科目を選定できるかという作用効果は,本件発明と被告製品・方法とで異なっていると考えられる。
 したがって,両者の作用効果(適切な勘定科目を選択する精度)は異なっており,均等侵害の第2要件も欠いている。
   ウ 第3要件について
 各取引の取引内容の記載に複数のキーワードが含まれている場合において,「優先ルール」を適用することによりキーワードを1つに絞り,そのキーワードを用いて「対応テーブル」を参照することにより,各取引の勘定科目を自動的に仕訳するという本件発明の構成と,取引内容の記載に複数のキーワードが含まれている場合はそれら全てのキーワードと,さらにサービスカテゴリや金額も,機械学習により自律的に生成されたアルゴリズムに入力して,勘定科目を選択するという被告製品・方法の構成は,技術的に全く異質のものであり,現時点においてさえ置換が容易といえないことが明らかである。したがって,均等侵害の第3要件も欠いている。
 なお,被告製品・方法においては,「Microsoft Azure」を利用していない。
   エ 第5要件について
 上記のとおり,原告は,本件特許の出願審査の過程において,拒絶理由を解消するために構成要件13Eを追加する補正を行い,これにより特許査定を受けることができた。これによれば,原告は,構成要件13Eを備えない構成を特許請求の範囲から意識的に除外したものであるから,均等侵害の第5要件も欠いている。
  (3) 争点3(被告製品及び被告方法の特定の適否)について
 《原告の主張》
 被告が提供する会計サービス「MFクラウド会計」は,それが一つの会計ソフトとして有償又は無償で提供されているものであり,本件機能を含む各機能が個別に提供されるものではないから,原告は本件機能追加以降の上記サービスを対象として,被告製品及び被告方法を十分特定している。
 《被告の主張》
 原告が請求原因において対象としているのは,被告が平成28年8月20日にリリースした勘定科目提案機能(本件機能)であるところ,被告製品及び被告方法には,本件機能と無関係な多くの機能を提供するシステム,プログラム及び方法が含まれているから,広範に過ぎて特定が不十分であるし,本件訴訟の提起が濫用的な権利行使であることを強く窺わせるから,原告の請求は直ちに棄却されるべきである。

第3 当裁判所の判断

 1 争点1(文言侵害の成否)について
  (1) 構成要件13C及び13Eについて
   ア 構成要件13C及び13Eの解釈
 前記のとおり,本件発明13の構成要件13Cは,「前記ウェブサーバが,各取引を,前記各取引の取引内容の記載に基づいて,前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して,特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと,」というものであり,構成要件13Eは,「前記対応テーブルを参照した自動仕訳は,前記各取引の取引内容の記載に対して,複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し,優先順位の最も高いキーワードにより,前記対応テーブルの参照を行う」というものである。
 そして,①テーブルとは,「表。一覧表。」(広辞苑第6版)の意味を有することからすると,本件発明13における「対応テーブル」とは,結局,「取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ」を意味すると解されること,②仮に取引内容に含まれた1つのキーワード以外のキーワードも仕訳に使用するのであれば,「優先順位の最も高いキーワードを選択し,それにより対応テーブルを参照する」ことをあえて規定する意味がなくなるし,「対応テーブル」(取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ)をどのように参照するかも不明になること,③本件明細書においても,取引内容に含まれた1つのキーワードのみを仕訳に使用する構成以外の構成は一切開示されていないこと,以上の諸点を考慮して,上記構成要件の文言を解釈すると,結局,本件発明13は,「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には,キーワードの優先ルールを適用して,優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し,それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより,特定の勘定科目を選択する」という構成のものであると解すべきである。
   イ 原告の主張について
 これに対し,原告は,構成要件13Eには,優先順位の最も高いキーワードにより対応テーブルを参照して自動仕訳を行うことが規定されているのであって,当該キーワード以外のキーワードの取り扱いについて限定的な記載はなく,いずれか1つのキーワード以外を一切仕訳において用いないものであると限定解釈することはできず,本件明細書においても,いずれか1つのキーワードに限られず,各キーワードが対応テーブルの参照において用いられる例が開示されている(段落【0059】)とか,構成要件13Cは「前記各取引の取引内容の記載に基づいて」仕訳処理を行うとされ,「取引内容の記載『のみ』に基づ」くと規定されていないと主張する。
 しかしながら,上記アで説示したとおり,原告主張のように,取引内容に含まれた1つのキーワード以外のキーワードも仕訳に使用するのであれば,「優先順位の最も高いキーワードを選択し,それにより対応テーブルを参照する」ことをあえて規定する意味がなくなるし,「対応テーブル」(取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ)をどのように参照するかも不明になるから,原告の上記解釈は不合理なものといわざるを得ない。
 現に,本件明細書には,取引内容に含まれた1つのキーワード以外も仕訳に使用することは一切開示されていない。なお,原告の指摘する段落【0059】の記載は,「上記例に戻ると,本発明の一実施形態では,対応テーブルに,「モロゾフ」,「JR」,「三越伊勢丹」がそれぞれ登録されており,「モロゾフ」はおおよそ取引が推測できるpartnerキーワードとして,「JR」は多角的な企業グループとして,「三越伊勢丹」は商業施設名として登録されている。上記例は,当該対応テーブルを参照するとこの3つのキーワードに部分一致することとなるが,この中で,最も説明力が高いと考えられる「モロゾフ」が勘定科目を規定し,「接待費」が候補として自動的に表示される。」というものであるから,取引内容に含まれる「モロゾフ」という1つのキーワードのみによって対応テーブルを参照していることが明らかである。
 したがって,原告の上記主張はいずれも採用できない。
  (2) 被告方法について
   ア 被告方法の認定
 原告による被告方法の実施結果は,別紙「原告による被告方法の実施結果」記載のとおりであり,被告による被告方法の実施結果は,別紙「被告による被告方法の実施結果」記載のとおりである。
 上記2つの実施結果は,両立しうるものというべきであり,また,それぞれの信用性を疑わせるような事情は特に認められないところ,後者の実施結果によれば,次の事実が認められる。
 すなわち,入力例①及び②によれば,摘要に含まれる複数の語をそれぞれ入力して出力される勘定科目の各推定結果と,これらの複数の語を適宜組み合わせた複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果をそれぞれ得たところ,複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果が,上記組み合わせ前の語を入力した場合に出力される勘定科目の各推定結果のいずれとも合致しない例(本取引⑥⑦⑭)が存在することが認められる。例えば,本取引⑦において,「商品店舗チケット」の入力に対し勘定科目の推定結果として「仕入高」が出力されているが,「商品店舗チケット」を構成する「商品」,「店舗」及び「チケット」の各単語を入力した場合の出力である「備品・消耗品費」,「福利厚生費」及び「短期借入金」(本取引①ないし③)のいずれとも合致しない。
 また,入力例③及び④によれば,摘要の入力が同一であっても,出金額やサービスカテゴリーを変更すると,異なる勘定科目の推定結果が出力される例(本取引⑮ないし⑱)が存在することが認められる。
 さらに,入力例⑤及び⑥によれば,「鴻働葡賃」というような通常の日本語には存在しない語を入力した場合であっても,何らかの勘定科目の推定結果が出力されていること(本取引⑲ないし㉒)が認められる。
 以上のような被告による被告方法の実施結果によれば,原告による被告方法の実施結果を十分考慮しても,被告方法が上記アのとおりの本件発明13における「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には,キーワードの優先ルールを適用して,優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し,それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより,特定の勘定科目を選択する」という構成を採用しているとは認めるに足りず,かえって,被告が主張するように,いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して,入力された取引内容に対応する勘定科目を推測していることが窺われる。
 なぜならば,被告方法において,仮に,取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照しているのであれば,複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果が組み合わせ前の語による推定結果のいずれとも合致しないことや,摘要の入力が同一なのに出金額やサービスカテゴリーを変更すると異なる勘定科目の推定結果が出力されることが生じるとは考えにくいし,通常の日本語には存在しない語をキーワードとする対応テーブル(対応表のデータ)が予め作成されているとは考えにくいからそのような語に対して何らかの勘定科目の推定結果が出力されることも不合理だからである。
   イ 原告の主張について
 これに対し,原告は,被告による被告方法の実施結果(乙1)のうち,本取引①ないし⑭については,例えば,本取引⑥の摘要「店舗チケット」に記載された「店舗」「チケット」「店舗チケット」の三つの単語全てを用いるというのが被告の主張であるところ,被告は,「店舗チケット」に対応づけられた勘定科目を看過していると主張する。しかしながら,被告は,例えば本取引⑥の摘要「店舗チケット」について「店舗チケット」をキーワードとしているといった主張はしていないし,そのような事実を認めるに足りる証拠もない。
 また,原告は,本取引⑲ないし㉒では,未知のキーワードの一部に勘定科目と対応づけられているものがあれば,当該勘定科目が付与されるし,未知のキーワードについては一律に金額に応じた勘定科目を付与する例外処理の存在も窺われ,本訴提起後に被告が改変を施した結果とも解することができる,と主張する。しかしながら,被告方法について,本取引⑲ないし㉒における未知のキーワードの一部に勘定科目と対応づけられているものがあるとか,未知のキーワードについて一律に金額に応じた勘定科目を付与する例外処理が存在するとか,本訴提起後に被告が被告方法に改変を施したといった原告主張のような事実を認めるに足りる証拠は一切ない。
 したがって,原告の上記主張はいずれも採用できない。
  (3) 小括
 したがって,被告方法は構成要件13C及び13Eを充足しない。
 さらに,原告は,被告製品1が本件発明1及び10の技術的範囲に属し,被告製品2が本件発明14の技術的範囲に属するとも主張するが,上記と同様の理由により,被告製品1は構成要件1C,1E及び10Bを充足せず,また,被告製品2は構成要件14C及び14Eを充足しない。
 2 争点2(均等侵害の成否)について
  (1) 均等侵害の第1要件について
   ア 本件発明の目的
 本件発明は,中小企業及び個人事業主に対し,発生主義の原則に従うべき時期的制約が緩やかであるという実情に沿った,簡便かつ安価な会計処理装置,会計処理方法及び会計処理プログラムを提供することを目的とする(本件明細書段落【0009】)。
   イ 本件特許の出願経過
 後掲各証拠によれば,原告は,本件特許の出願過程において,出願前に公知であった特開2011-170490号公報(乙4)及び特開2004-326300号公報(乙5)記載の発明に基づく進歩性欠如等を理由として,拒絶理由通知(起案日平成25年11月1日。乙3)を受けたこと,そのため,原告は,平成25年12月17日提出の手続補正書(乙6)において,本件発明1,13及び14について構成要件1E,13E,14Eの構成を追加する旨の手続補正を行い,それを受けて,平成26年1月7日,特許査定を受けたこと(甲1),以上の事実が認められる。
   ウ 公知文献の記載内容
 特開2011-170490号公報(乙4)には,SaaS型汎用会計処理システムにおいて,①事業者システム30から取得した仕訳対象データを解析し、仕訳に必要な取引明細情報を抽出すること(段落【0056】),②仕訳対象データに含まれる各取引をマッチング対象として、各取引の取引明細情報内の摘要文字列と明細マッチング情報MD2内の摘要条件の文字列(キー情報)とを照合し,一致した場合には、その文字列に対応する明細マッチング情報MD2内の「勘定科目」を読み出すことで、当該取引の勘定科目を自動判定するマッチング処理を行うこと(段落【0078】-【0086】),③マッチング処理が完了した時点で、各明細情報の一覧を示す取得明細一覧画面をユーザ端末20に送信して表示させ,当該取得明細一覧画面上で一つの取引を選択すると,当該取引の仕訳情報入力画面をユーザ端末20に送信して表示させ,仕訳情報である「相手勘定科目」,「相手補助科目」,「摘要」等の入力・変更ができること(段落【0087】-【0093】),が開示されていると認められる。
   エ 本件発明の本質的部分について
 本件明細書の従来技術として上記ウの公知文献は記載されておらず,同記載は不十分であるため,上記公知文献に記載された発明も踏まえて本件発明の本質的部分を検討すべきである。
 そして,上記公知文献の内容を検討すると,上記ウ①,②から,取引明細情報は,取引ごとにマッチング処理が行われることからすれば,乙4に記載されたSaaS型汎用会計処理システムにおいても,当該取引明細情報を取引ごとに識別することは当然のことである。
 また,上記ウ③の「取得明細一覧画面上」の「各明細情報」は,マッチング処理済みのデータであるから,「取得明細一覧画面」は「仕訳処理画面」といえる。
 さらに,上記ウ③の「仕訳情報入力画面」は,従来から知られているデータ入力のための支援機能の一つに過ぎず(段落【0002】,【0057】),表示された取引一覧画面上で各取引に係る情報を当該画面から直接入力を行うこと及び該入力の際プルダウンメニューを使用することも普通に行われていること(特開2004-326300号公報(乙5)段落【0066】-【0081】)からすれば,「取引明細一覧画面」に仕訳情報である「相手勘定科目」等を表示し変更用のプルダウンメニューを配置することは当業者が適宜設計し得る程度のことである。
 以上によれば,本件発明1,13及び14のうち構成要件1E,13E及び14Eを除く部分の構成は,上記公知文献に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,本件発明1,13及び14のうち少なくとも構成要件1E,13E及び14Eの構成は,いずれも本件発明の進歩性を基礎づける本質的部分であるというべきである。
 このことは,上記イの本件特許に係る出願経過からも裏付けられる。
 原告は,構成要件1E,13E及び14Eの構成について均等侵害を主張していないようにも見えるが,仮に上記各構成要件について均等侵害を主張していると善解しても,これらの構成は本件発明1,13及び14の本質的部分に該当するから,上記各構成要件を充足しない被告製品1,2並びに被告方法については,均等侵害の第1要件を欠くものというべきである。
  (2) 均等侵害の第5要件について
 上記イ認定の本件特許に係る出願経過によれば,原告は,構成要件1E,13E及び14Eの各構成を有さない対象製品等を本件発明1,13,及び14に係る特許請求の範囲から意識的に除外したものと認められるから,被告製品1,2並びに被告方法については,均等侵害の第5要件をも欠くというべきである。
  (3) 小括
 したがって,被告製品1,2並びに被告方法については,均等侵害も成立しない。
 3 結論
 よって,その余の点について検討するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
 (なお,本件においては,原告から「被告が本件機能につき行った特許出願にかかる提出書類一式」を対象文書とする平成29年4月14日付け文書提出命令の申立てがあったため,当裁判所は,被告に対し上記対象文書の提示を命じた上で,特許法105条1項但書所定の「正当な理由」の有無についてインカメラ手続を行ったところ,上記対象文書には,被告製品及び被告方法が構成要件1C,1E,13C,13E,14C又は14Eに相当又は関連する構成を備えていることを窺わせる記載はなかったため,秘密としての保護の程度が証拠としての有用性を上回るから上記「正当な理由」が認められるとして,上記文書提出命令の申立てを却下したものである。原告は,上記対象文書には重大な疑義があるなどとして,口頭弁論再開申立書を提出したが,そのような疑義を窺わせる事情は見当たらないから,当裁判所は,口頭弁論を再開しないこととした。)