違法な仮差押命令申立てと債務者がその後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなかったことにより喪失したと主張する逸失利益の損害との間に相当因果関係がないとされた事例(最高裁平成31年3月7日判決)

主文
理由

オレンジ法律事務所の私見・注釈

弁護士 辻本恵太

1 本件は,上告人Xが,被上告人Yに対し,売買契約に基づき代金2813万8940円及び遅延損害金の支払等を求めるものであり,Yは,Xによる債権の仮差押命令の申立てがYに対する不法行為に当たるとし,これによる損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張するなどして,Xの本訴請求を争った事案である。

(1)上告までの経緯については,判決記載の通りであるが,Yは,日用品雑貨の輸出入及び販売等を目的とする株式会社であり,平成22年から平成27年までの年間売上高が26億円から57億円程度であり,同年9月当時,現金,預金債権及び売掛金債権だけでも16億円余りの資産を有しており,複数の大手百貨店との間で取引を行っていた。 Xは,Yに対し,印刷物等の売買契約に基づく代金等の支払を求める本件本訴を提起したところ,第1審判決は,平成28年1月,上告人の本訴請求を1310万1847円及び遅延損害金の限度で認容した。もっとも,Xは,仮執行宣言の申立てをせず,第1審判決に仮執行宣言は付されなかった。

(2)Xは,平成28年4月18日,本件売買代金債権を被保全債権として,Yの取引先百貨店(第三債務者)Zに対する売買代金債権につき,Yを債務者とする本件仮差押申立てをし,4月22日,本件仮差押命令が発令され,4月23日,第三債務者であるZに送達された。4月28日,Yが本件仮差押命令において定められた仮差押解放金約1497万円を供託したため,本件仮差押命令の執行を取り消す旨の決定がされ,その頃,Zに対してその旨の通知がされた。
Yは,本件仮差押命令の取消しを求める保全異議の申立てをしたところ,平成28年7月,本件仮差押命令を保全の必要性がないとして取り消し,本件仮差押申立てを却下する旨の決定がされた。Xは,上記決定を不服として保全抗告をしたが,同年10月,保全抗告を棄却する旨の決定がされた。

(3)Yは,平成28年6月の原審口頭弁論期日において,上告人に対し,本件仮差押申立てが違法であることを理由とする不法行為による損害賠償債権を自働債権とし,本件売買代金債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした。Yは,本件損害賠償債権に関して,本件仮差押申立てによりYの信用が毀損されたとして,本件仮差押申立ての後に被上告人とZとの間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失したYの得べかりし利益等の損害の発生を主張し,本件相殺を本訴請求についての抗弁とした。

(4)原審は,本件仮差押申立ては,当初からその保全の必要性が存在しないため違法であり,Yに対する不法行為に当たるとしたうえで,本件仮差押命令の発令当時,被上告人と本件第三債務者との取引期間は1年4箇月であり,被上告人におけるその他の大手百貨店との取引状況等をも併せ考慮すると,被上告人は,本件仮差押申立てがされなければ,本件第三債務者との取引によって少なくとも3年分の利益を取得することができたこと,Zが,Yの信用状況に疑問を抱くなどして被上告人との間で新たな取引を行わないとの判断をすることは,十分に考えられ,上告人はこのことについて予見可能であったから,本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間には相当因果関係があるなどとして,本件損害賠償債権の額を本件逸失利益等の損害合計1522万4244円とし,本件売買代金債権は本件相殺によりその一部が消滅したと認め,Xの本訴請求を一部認容した。

2 しかしながら,本判決は,Yは,平成27年1月から平成28年4月までの1年4箇月間に7回にわたりZとの間で商品の売買取引を行ったものの,YとZとの間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったとはうかがわれないし,上記の期間,ZのYに対する取引の打診は頻繁にされてはいたが,これらの打診のうち実際の取引に至ったものは7件にとどまり,4,5箇月にわたり取引が行われなかったこともあったというのであって,Yにおいて両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったということはできないことからすると,ZがYとの間で新たな取引を行うか否かは,Zの自由な意思に委ねられていたというべきであり,本件仮差押申立ての当時,Yがその後もZとの間で従前と同様の取引を行って利益を取得することを具体的に期待できたとはいえないと判断した。
 その上で,本判決は,金銭債権に対する仮差押命令及びその執行は,特段の事情がない限り,第三債務者が債務者との間で新たな取引を行うことを妨げるものではないし,本件仮差押命令の債務者であるYは,売上高及び資産を有する会社であったところ(1(1)参照),本件仮差押命令の執行は,本件仮差押命令がZに送達された日の5日後である平成28年4月28日には取り消され,その頃,Zに対してその旨の通知がされており,ZがYに新たな商品の発注を行わない理由として本件仮差押命令の執行を特に挙げていたという事情もうかがわれないことに照らせば,本件第三債務者において本件仮差押申立てにより被上告人の信用がある程度毀損されたと考えたとしても,このことをもって本件仮差押申立てによって本件逸失利益の損害が生じたものと断ずることはできないとして,本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間に相当因果関係があるということはできないと判断した上で,本件逸失利益以外の本件仮差押申立てと相当因果関係のある損害の有無等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととした。

3 弁護士にとって,かなり有名な最高裁判例であるため,解説をすることを躊躇を覚えるが,少しだけ,解説する。

(1)まず,違法な保全命令の申立てについては,故意又は過失があったときは,民法709条により,債権者は,これにより債務者が受けた損害を賠償する責任を負い,賠償すべき損害の範囲は,民法416条が類推適用される(最高裁昭和48年6月7日判決,最高裁平成8年5月28日判決)。

(2)次に,違法な保全命令の申立てにおける申立人の過失の判断方法について,仮処分命令が異議若しくは上訴手続で取り消され,あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡されて確定した場合には,他に特段の事情のない限り,申立人に過失があったものと推認するのが相当であるとした最高裁判決がある(最高裁昭和43年12月24日判決)。この最高裁判決も頭に入っていなければ弁護士業務はできない重要な裁判例である。
この点,本件のように,保全の必要性が当初から存在しない場合にも申立人の過失が推定されるかどうかを示した最高裁判例はなく,下級審裁判例も判断が分かれている。この点,原審は推認肯定説を採用したものの,本件はいずれの立場かを明らかにしていない。

(3)原判決と本判決で判断が分かれたのが,違法な保全命令の申立後に,債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなった場合に,債権者は,これによる逸失利益の損害を賠償する責任を負うかという点である(相当因果関係が認められるか)。
前記昭和48年最高裁判例では,債務者が違法な仮処分によって被ったと主張する営業利益の喪失や信用失墜による無形損害等は,通常生ずべき損害に当らず,特別の事情によって生じたものとした上で,賠償責任を否定しており,消極的に判断した下級審裁判例も多い(ただし,債務者の被った精神的損害として無形損害300万円を認めたものもある。大阪地裁平成9年3月28日)。
本件のように継続的売買について,債務者が第三債務者との取引によって将来の利益を取得することが確実(高度な蓋然性)というためには,①継続的売買契約の成立が認められるか,②取引解消につき信義則上の責任が認められるような事情(=債務者において両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったということはできない)が必要と思われる。
この点,本件では,「YとZとの間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったとはうかがわれない」うえ,「ZのYに対する取引の打診は頻繁にされてはいたが,これらの打診のうち実際の取引に至ったものは7件にとどまり,4,5箇月にわたり取引が行われなかったこともあった」などの事情から,売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったとはいえないとされた。
さらに,本判決は,金銭債権に対する仮差押命令及びその執行は,特段の事情がない限り,第三債務者が債務者との間で新たな取引を行うことを妨げるものではなく,ZがYとの間で新たな取引を行うか否かは,Zの自由な意思に委ねられていたこと,本件仮差押命令の執行は,本件仮差押命令がZに送達された日の5日後である平成28年4月28日には取り消され,その頃,Zに対してその旨の通知がされていたことなどをふまえて,本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間に相当因果関係があるということはできないとして,同部分につき,差し戻したものである。

(4)仮差押命令申立てや仮処分命令申立ては,弁護士ならではの,かなり強力な紛争解決手段ではあり,オレンジ法律事務所では,毎年,埼玉の裁判所でも,埼玉以外の裁判所でも,それなりの件数を申し立てているが,その反面,申立人や代理人弁護士が負うべきリスクは大きい手段である。
当たり前のことではあるが,弁護士は,不完全な調査も含めて無知であることが,依頼者,相手方,そして自分自身に良くない結果をもたらすものであることから,日頃から裁判例を読むなどして研鑽を積み,かつ,具体的な案件ごとに隙なく調査をしなければならないといえよう。

弁護士 辻本恵太

主文

原判決のうち別紙記載の部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

 上告代理人久米川良子の上告受理申立て理由(ただし,排除された部分を除く。)について
 1 本件本訴は,上告人が,被上告人に対し,売買契約に基づき代金2813万8940円及び遅延損害金の支払等を求めるものである。被上告人は,上告人による債権の仮差押命令の申立てが被上告人に対する不法行為に当たるとし,これによる損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張するなどして,上告人の本訴請求を争っている。
 2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
  (1) 上告人は,各種印刷物の紙加工品製造等を目的とする株式会社である。
 被上告人は,日用品雑貨の輸出入及び販売等を目的とする株式会社であり,平成22年から平成27年までの年間売上高が26億円から57億円程度であり,同年9月当時,現金,預金債権及び売掛金債権だけでも16億円余りの資産を有していた。
  (2) 上告人は,被上告人に対し,印刷物等の売買契約に基づく代金等の支払を求める本件本訴を提起したところ,第1審判決は,平成28年1月,上告人の本訴請求を1310万1847円及び遅延損害金の限度で認容した(以下,第1審判決においてその請求が認容された売買代金債権(遅延損害金を含む。)を「本件売買代金債権」という。)。なお,上告人は,仮執行宣言の申立てをせず,第1審判決に仮執行宣言は付されなかった。
 上告人及び被上告人は,いずれも第1審判決を不服として控訴した。
  (3) 上告人は,平成28年4月18日,本件売買代金債権を被保全債権として,被上告人の取引先百貨店(以下「本件第三債務者」という。)に対する売買代金債権につき,被上告人を債務者とする仮差押命令の申立て(以下「本件仮差押申立て」という。)をし,同月22日,これに基づく債権仮差押命令(以下「本件仮差押命令」という。)が発令された。本件仮差押命令は,同月23日,本件第三債務者に送達された。
  (4) 被上告人が本件仮差押命令において定められた仮差押解放金約1497万円を供託したため,平成28年4月28日,本件仮差押命令の執行を取り消す旨の決定がされ,その頃,本件第三債務者に対してその旨の通知がされた。
  (5) 被上告人は,本件仮差押命令の取消しを求める保全異議の申立てをしたところ,平成28年7月,本件仮差押命令を保全の必要性がないとして取り消し,本件仮差押申立てを却下する旨の決定がされた。上告人は,上記決定を不服として保全抗告をしたが,同年10月,保全抗告を棄却する旨の決定がされた。
  (6) 被上告人は,平成28年6月の原審口頭弁論期日において,上告人に対し,本件仮差押申立てが違法であることを理由とする不法行為による損害賠償債権(以下「本件損害賠償債権」という。)を自働債権とし,本件売買代金債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示(以下「本件相殺」という。)をした。
 被上告人は,本件損害賠償債権に関して,本件仮差押申立てにより被上告人の信用が毀損されたとして,本件仮差押申立ての後に被上告人と本件第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失した被上告人の得べかりし利益(以下「本件逸失利益」という。)等の損害の発生を主張し,本件相殺を本訴請求についての抗弁とした。
  (7) 被上告人は,複数の大手百貨店との間で取引を行っており,本件第三債務者との間でも,平成27年1月9日から平成28年4月27日までの間に7回にわたり本件第三債務者から発注を受けて商品を売却し,その売買代金総額は約5011万円(うち約2991万円は平成28年4月27日の売却に係るもの)であった。
 3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件損害賠償債権の額を本件逸失利益等の損害合計1522万4244円とし,本件売買代金債権は本件相殺によりその一部が消滅したと認め,上告人の本訴請求を一部認容した。
  (1) 本件仮差押申立ては,当初からその保全の必要性が存在しないため違法であり,被上告人に対する不法行為に当たる。
  (2) 本件仮差押命令の発令当時,被上告人と本件第三債務者との取引期間は1年4箇月であり,被上告人におけるその他の大手百貨店との取引状況等をも併せ考慮すると,被上告人は,本件仮差押申立てがされなければ,本件第三債務者との取引によって少なくとも3年分の利益を取得することができた。そして,本件仮差押命令の送達を受けた本件第三債務者が,被上告人の信用状況に疑問を抱くなどして被上告人との間で新たな取引を行わないとの判断をすることは,十分に考えられ,上告人はこのことについて予見可能であったから,本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間には相当因果関係がある。
 4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 被上告人は,平成27年1月から平成28年4月までの1年4箇月間に7回にわたり本件第三債務者との間で商品の売買取引を行ったものの,被上告人と本件第三債務者との間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったとはうかがわれないし,被上告人の主張によれば,上記の期間,本件第三債務者の被上告人に対する取引の打診は頻繁にされてはいたが,これらの打診のうち実際の取引に至ったものは7件にとどまり,四,五箇月にわたり取引が行われなかったこともあったというのであって,被上告人において両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったということはできない。これらのことからすると,本件第三債務者が被上告人との間で新たな取引を行うか否かは,本件第三債務者の自由な意思に委ねられていたというべきであり,被上告人と本件第三債務者との間の取引期間等の原審が指摘する事情のみから直ちに,本件仮差押申立ての当時,被上告人がその後も本件第三債務者との間で従前と同様の取引を行って利益を取得することを具体的に期待できたとはいえない。そして,金銭債権に対する仮差押命令及びその執行は,特段の事情がない限り,第三債務者が債務者との間で新たな取引を行うことを妨げるものではないし,本件仮差押命令の債務者である被上告人は,前記2(1)のとおりの売上高及び資産を有する会社であったところ,本件仮差押命令の執行は,本件仮差押命令が本件第三債務者に送達された日の5日後である平成28年4月28日には取り消され,その頃,本件第三債務者に対してその旨の通知がされており,本件第三債務者が被上告人に新たな商品の発注を行わない理由として本件仮差押命令の執行を特に挙げていたという事情もうかがわれない。これらのことに照らせば,本件第三債務者において本件仮差押申立てにより被上告人の信用がある程度毀損されたと考えたとしても,このことをもって本件仮差押申立てによって本件逸失利益の損害が生じたものと断ずることはできない。
 以上を総合すると,本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間に相当因果関係があるということはできない。
 5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,別紙記載の部分は破棄を免れない。そして,本件逸失利益以外の本件仮差押申立てと相当因果関係のある損害の有無等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。