ある表示が商品の不正競争防止法の品質誤認表示といえるためには,その前提として,需要者の間において,当該表示が商品の品質や内容を示す表示であると一般に認識されることが必要であるとし,品質誤認表示該当性を否定した事例(大阪地裁平成29年3月16日判決)

主文
事案及び理由
第1 請求
第2 事案の概要
第3 争
点に関する当事者の主張
第4 当裁判所の判断

オレンジ法律事務所の私見・注釈

弁護士 辻本恵太

1 本件は,XがYに対し,Yがかばん,小物入れ(ポーチ)の帆布製品に「工楽松右衛門」及び「帆工楽松右衛門」の表示を付した商品(Y商品)を販売あるいは販売のために展示し,その説明書に「工楽松右衛門帆布」の表示を,その広告に同表示及び「工楽松右衛門帆布本店」の表示を用いているところ,これらのYの各表示が,Y商品の品質,内容及び製造方法を表示するものであって,不正競争(品質誤認表示)に該当するとして,Yの各表示の表示行為,並びにY商品の販売及び販売のための展示の差止め,Y商品等からのYの各表示の抹消,謝罪広告を新聞に一回掲載すること,不法行為に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。

2 なお,平成27年法律第54号による改正前の不正競争防止法2条1項13号(現行法20号。以下現行法を記載する。)は,以下の通りである。

二十 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為」

3 裁判所は,ある表示が商品の「品質,内容・・・について誤認させるような表示」といえるためには,その前提として,需要者の間において,当該表示が商品の品質や内容を示す表示であると一般に認識されることが必要であると解されるとした。
 その上で,Y商品がバッグ,ショルダーバッグ,リュックサック等のかばん及び小物入れ(ポーチ)であり,Yは,店舗のほかインターネット通販により販売していることを理由に,その需要者は,全国の一般消費者であると認められるとした。
 そして,工楽松右衛門が,江戸時代に,それまでの帆より丈夫な,太く撚った糸を使用して織った帆布を創製し,それが「松右衛門帆」ないし「松右衛門」と呼ばれたことは,多数の文献に記載されているが,それらは,主として船舶関係の学術書の類のものが多く,全国の一般消費者の間に周知となったとは認め難く,また,一般向けの文献としては,司馬遼太郎著の小説であり,512万部を売り上げている「菜の花の沖」などに記載があるが,「松右衛門」や「松右衛門帆」はその中のごく一部で取り上げられているにすぎず,それ以外の一般向け文献も,広く読まれているものか不明であり,「精選版日本国語大辞典第3巻」の中に収録されている言葉とその意味の全てが一般に知られているとはいえないなどとして,現在の全国の一般消費者において,「工楽松右衛門」ないし「松右衛門」の名や事績が広く知られているとは認められないとした。
 裁判所は,上記のような需要者の認識を踏まえれば,「工楽松右衛門」等のYの各表示に接した需要者が,それが被告商品の品質や内容を示す表示であると認識するとは認められないから,それらが商品の「品質,内容・・・について誤認させるような表示」に当たるとはいえないと判断した。

4 前述のとおり,不正競争防止法2条1項20号は,品質,内容等について誤認させるような表示(品質誤認表示)を不正競争としている。
 これまで品質誤認表示であると判断された裁判例としては,①酒税法上「みりん」でないものを「本みりん」であるかのように表示した事案(京都地裁平成2年4月25日判決),②電気用品安全法所定の検査をせずにPSE表示を付せた事案(知財高裁平成25年3月28日)などがあるが,「本みりん」も「PSE表示」も,そもそも商品の特定の品質や内容を示すものであることについて争われていない。
 これに対して,本裁判例は,ある表示が商品の品質誤認表示といえるためには,そもそも,需要者の間において,当該表示が商品の品質や内容を示す表示であると一般に認識されることが必要であることを判示したものである。
 そして,この裁判例によれば,種類や内容を示すものであることを明示して使用されているわけではない限り,需要者以外が当該表示が商品の品質や内容を示す表示であることを認識していたとしても不正競争にはあたらないということになる(本件でいえば,船舶関係の学術書の読者等が,工楽松右衛門がそれまでの帆より丈夫な太く撚った糸を使用して織った帆布を創製し「松右衛門帆」ないし「松右衛門」と呼ばれたことを認識していたが,不正競争にあたらない)。
 このことは,企業のブランディング戦略を考える上で,参考になる。

弁護士 辻本恵太

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主文

 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

 1 被告は,別紙物件目録記載の商品に別紙表示目録記載1及び2の表示を表示し,同商品の説明書に同目録記載3の表示を表示し,同商品の広告に同目録記載3及び4の表示を表示し,又は同目録記載1及び2の表示を表示した同商品を販売し若しくは販売のために展示してはならない。
 2 被告は,別紙物件目録記載の商品,同商品の説明書及び同商品の広告における別紙表示目録記載1ないし4の表示を,それぞれ抹消せよ。
 3 被告は,原告に対し,別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に一回掲載せよ。
 4 被告は,原告に対し,3993万円及びこれに対する平成27年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 本件は,原告が被告に対し,被告が帆布製品に別紙表示目録記載1及び2の表示を付した商品(以下「被告商品」という。)を販売あるいは販売のために展示し,その説明書に同目録記載3の表示を,その広告に同目録記載3及び4の表示を用いているところ,同目録記載1ないし4の表示(以下「被告各表示」といい,それぞれを「被告表示1」,「被告表示2」などという。)は,被告商品の品質,内容及び製造方法を表示するものであるところ,被告商品がそのような品質等を有さないにもかかわらず,それを有するものと誤認させるような表示であるから,被告による被告各表示を表示する行為が平成27年法律第54号による改正前の不正競争防止法2条1項13号(現行法14号,以下現行法を記載する。)の不正競争(品質誤認表示)に該当するとして,①同法3条1項に基づき,被告各表示の表示行為,並びに被告商品の販売及び販売のための展示の差止め,②同条2項に基づき,被告商品等からの被告各表示の抹消,③同法14条に基づき,別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に一回掲載すること,④同法4条に基づき,不法行為に基づく損害賠償として,3993万円及びこれに対する不正競争後の平成27年10月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合の遅延損害金の支払を,それぞれ求めた事案である。
 1 争いのない事実等(当事者間に争いのない事実,並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
  (1) 当事者
 原告は,兵庫県高砂市の魅力を発信するため,歴史的文化の発掘や復元をもとにした地域ブランド品の研究開発,アンテナショップの運営等の事業を行う特定非営利活動法人(NPO法人)である。
 被告は,兵庫県姫路市〈以下略〉において,組合員の事業の用に供する販売店等の共同施設の設置及び維持管理に関する調査研究等の事業を行う組合である。
  (2) 工楽松右衛門
 工楽松右衛門(くらくまつえもん,1743年~1812年)は,江戸時代後期に活躍した播州高砂(現在の兵庫県高砂市)出身の廻船業者で,当時用いられていた重ねた木綿布をつなぎ合わせて作られていた帆(「刺帆(さしほ)」)が,破れやすく,水を含んだ場合に重くなり操作性に難のあったことからその改良に挑み,創意工夫の末,播州木綿の細糸を撚り合わせた太糸を用いた,軽くて丈夫な厚手広幅の一枚布(「織帆(おりほ)」)を織り上げる技法を考案し,この技法で作られた帆布を全国に普及させた人物である(甲1の1ないし4)。
  (3) 被告の行為
   ア 被告商品の販売等
 被告は,平成21年3月から,被告表示1及び2を付したトートバッグ,ショルダーバッグ,リュックサック等のかばん及び小物入れ(ポーチ)などの被告商品を,兵庫県姫路市所在の「P1」と称する店舗及び岡山県倉敷市所在の「倉敷 工楽松右衛門帆布本店」と称する店舗において展示し,販売しているほか,インターネット通販サイト大手の「Amazon」を通じてインターネット販売を行っている(甲4ないし甲6,枝番を全て含む。)。
 また,被告は,被告商品を販売する際,被告表示3を含む説明書を添えている(甲12)。
 さらに,被告は,「工楽松右衛門帆布 WEB SITE」と題する被告の公式サイト(●(省略)●)において,被告表示3を掲載し,また,上記「倉敷 工楽松右衛門帆布本店」と称する店舗の看板及び暖簾,並びにそのウェブサイト(●(省略)●)に被告表示3及び4を掲載し,被告商品を宣伝広告している(甲4,5)。
   イ 被告商品
 被告商品は,①経糸・緯糸とも10番手の綿糸を3本撚り合わせたものを使用し,②経糸が36本,緯糸が24本打ち込まれた,③平織の仕様の,いわゆる8号帆布に相当するものを用いて作られている。なお,8号帆布は一般に日本国内において流通している帆布である。(甲7,乙1)
  (4) 原告による松右衛門帆の再現及び商品の販売
 原告は,「松右衛門帆」として神戸大学海事博物館に所蔵されている帆布を大学教授らの協力によって分析し,その分析結果に沿って忠実に再現した帆布を制作し,これを用いたかばん等を平成22年12月頃から販売している(甲2の1及び2,甲10の1及び2)。
 2 争点
  (1) 被告各表示は,商品の「品質,内容・・・について誤認させるような表示」といえるか(争点1)
  (2) 原告の損害額(争点2)
  (3) 謝罪広告の必要性(争点3)

第3 争点に関する当事者の主張

 1 争点1(被告各表示は,商品の「品質,内容・・・について誤認させるような表示」といえるか)について
 【原告の主張】
  (1) 被告各表示が「品質,内容」についての表示に当たること
   ア 工楽松右衛門は,「帆布の祖」と呼ばれ,高田屋嘉兵衛を題材にした司馬遼太郎著「菜の花の沖」にもしばしば登場し,今日,その名が知られており,その名自体が同人の創製した帆布を指すように用いられている場合もある。
 また,「松右衛門帆」は,「松右衛門」の「帆」,すなわち,工楽松右衛門が創製した帆布という意味であるが,江戸時代の文献だけでなく,現代においても,研究論文,学術書・歴史書・伝記,郷土史・広報誌,新聞記事等に,「松右衛門帆」が工楽松右衛門の創製した帆布を指す普通名詞として使用されるなどしており,長年にわたってこのように用いられていることから,それ自体が帆布の品質を表す用語として定着し,世間一般に広く通用しているものである。
   イ 被告表示1
 「帆」又は「帆布」の文字を含まない「松右衛門」の語が,それ自体,「松右衛門帆」を指す用語として用いられ(甲22),また,「松右衛門帆」が「松右衛門」の呼び名で流通し親しまれていたことは史実である(甲29の1)。また,言語学的視点からも,「精選版 日本国語大辞典」には「松右衛門」の語に「松右衛門帆」の略語としての用法があることが明記されており(甲30),現代日本語の用語としても,「松右衛門」が「松右衛門帆」と同義であることは明らかである。需要者において,「松右衛門」の語を「松右衛門帆」を指して用いている様子もある(甲8の3枚目)。
 したがって,「松右衛門」の語には,「松右衛門帆」の略語としての意味があり,「松右衛門帆」は,それ自体が帆布の品質を表す用語として定着し,世間一般に広く通用しているものであることは,前記のとおりであるから,「松右衛門」も,これと同義であるから,被告表示1は,品質を表すものであるといえる。
   ウ 被告表示2ないし4
 「帆布の祖」として名高い「工楽松右衛門」の名前に帆布そのものを指す「帆」あるいは「帆布」又は,帆布を販売する店舗を表す「帆布本店」の語句を組み合わせた表示を実際に帆布製のかばん等に付した場合,需要者に対し,「工楽松右衛門が創製した帆布を生地に用いた商品である」,「通常の帆布とは異なる,より上質の帆布を生地に用いた商品である」(当該商品が一定の品質を有している)と理解させるものであるから,被告表示2ないし4は,品質を表すものである。
   エ 「内容」の表示
 被告各表示が,「品質」表示に当たらないとしても,商品の「内容」が,商品の属性情報を広く含むと解されることからすれば,「内容」を表すものであるといえる。
  (2) 被告各表示が品質,内容につき「誤認させるような表示」であること
   ア 「松右衛門帆」の品質
 「松右衛門帆」は,次のような規格を持つものである。
 ① 経糸に「双糸」(2本の糸を撚り合わせて1本の糸にしたもので,3.5番手の単糸に相当する)を,緯糸には同じ「双糸」を三本撚り合わせた極太糸を使用
 ② 1インチ(2.54㎝)の打ち込み本数は,経糸が24本,緯糸が20本
 ③ 経糸及び緯糸を,それぞれ2本引き揃えて交互に織り合わせた平織構造
   イ 被告各表示による品質誤認
 被告各表示により,「松右衛門帆」としての品質を有するものとの表示があるといえるところ,被告商品には,いわゆる8号帆布に相当するものが使用されており,その品質において,全く別物であることは明らかであり,前記のとおり,「松右衛門帆」それ自体が帆布の品質等を表すものである以上,品質に誤認を生じさせる表示であるといえる。
 品質についての誤認が生じるか否かを判断する上で,需要者が当該表示に係る品質(当該表示が通常有すべき品質)を詳細に認識している必要はなく,需要者が,当該表示によって実際に当該商品が有している品質と異なった品質を有するものと誤信するおそれのあるものをいうと解すべきである。「松右衛門帆」と表示された被告商品に接した需要者は,「松右衛門帆」の品質につき詳細に認識していないとしても,「帆布の祖」として名高い工楽松右衛門が創製した帆布と同様の品質を有した商品であると誤信するおそれがあることは明らかであり,被告各表示は,品質に誤認を生じさせるものである。
 また,需要者は,「松右衛門帆」と8号帆布とを比較した経験や価格差等の情報を有するものではないから,被告が主張するような実際の手触りや価格等が誤認を生じさせないとはいえない。
   ウ 被告各表示による内容誤認
 品質誤認でないとしても,需要者が被告表示1ないし4に接した場合,被告商品の内容について「『松右衛門』なる人物に由来する,通常の帆布と異なる特殊な帆布で作られた商品である」との誤認を生じる。すなわち,商品に古風な人物名を冠するブランディングの方法は,我が国の商取引においては一般的な手法であり(例として,「伊右衛門」,「柿右衛門窯」,「一澤信三郎帆布」など),被告表示1ないし4が付された被告商品又はその広告等を目にした需要者は,これらの例と同様,当該帆布製の商品をして,「松右衛門」なる人物に由来する(同人物がその考案又は製造に関与している)帆布が用いられた製品であるという認識を抱くことになる。
 しかし,被告商品に用いられている8号帆布は,被告も認めるとおり,需要者の多くは帆布に関する細かい知識など有していないであろうから,たとえ,被告商品に「8号帆布」と付記されているにせよ,被告表示1ないし4にある「工楽松右衛門」あるいは「工楽松右衛門帆布」等の表示を目にした者には,両生地の差異を明確に認識することなく内容の誤認が生じる。
 【被告の主張】
  (1) 被告各表示は,商品の「品質,内容」についての表示ではないこと
   ア 「松右衛門帆」の概念が一般に認知されていないこと
 工楽松右衛門が,今日,その名が広く知られているとの評価は争う。工楽松右衛門は,地元播磨地域の偉人でありながら,その名や功績が世間一般に知られていない現状があるからこそ,これを一人でも多くの人に知ってもらうために,被告は,地域興しとして事業を行っているものである。被告の店舗を訪れる客のうち,工楽松右衛門の名や功績を知っている人は僅かである。
 また,「松右衛門帆」とは,どのようなものを指すのかについては,文献等にも明記されておらず,原告が主張する「品質」は,専門家の協力を得て現物を再現してみた結果を説明したものであり,そのような品質等が需要者に広く周知されているとはいえない。
 原告は,書物や日本語辞典において「松右衛門」が「松右衛門帆」を指す意で用いられている場合があること等を指摘するが,帆布や当時の歴史の専門家はさておき,需要者にそのような用法が定着しているとはいえない。
   イ 被告表示1
 「工楽松右衛門」は人名を意味する表記であり,品質の表示には当たらない。
   ウ 被告表示2ないし4
 「工楽松右衛門」という人物と,「帆」布を開発したとされる功績とを結びつけるために表示してきたものであり,何ら品質を表示するものではない。
  (2) 被告各表示が品質,内容について「誤認を生じさせるような表示」でないこと
 被告は,被告商品を,8号帆布を使用して製造しており,自身が販売・展示する被告商品についても「綿100%8号糊引き帆布」を素材としていることを明確に表示している。また,被告商品は,原告の商品とその外観,手触り,風合い及び価格帯も全く異なり,需要者が誤認することはあり得ない。原告も,その質の違いを自身のホームページや販売所で強調している。
  (3) 以上からすれば,原告が復元した松右衛門帆と被告製品が用いている生地とは異なるものであるが,被告各表示により,需要者に品質,内容等に誤認を与えるものではなく,被告各表示は,「商品の・・・品質,内容・・・について誤認させるような表示」とはいえない。
 2 争点2(原告の損害額)について
 【原告の主張】
  (1) 被告が被告商品に使用しているかのように表示している「松右衛門帆」は,原告のみが復元・商品化に成功しているものであるところ,原告が「松右衛門帆」を用いて製造販売するかばん及び小物入れと被告商品との間には相互補完性が認められ,原告の損害は,被告表示1及び2を付した被告商品を販売することにより被告が得た利益が原告の損害と推定される(不正競争防止法5条2項)。
 被告は,店舗販売及びインターネット販売により,月合計110万円を売り上げており,その販売利益は,6割程度の合計66万円と算定される。
 したがって,被告の平成23年3月1日から平成27年9月末日までの販売による利益は,3630万円(66万円×55か月)を下らない。
  (2) また,本訴提起のための弁護士費用相当額363万円についても,相当因果関係のある損害である。
  (3) 以上から,3993万円が原告の損害である。
 【被告の主張】
 原告の主張は否認ないし争う。
 3 争点3(謝罪広告の必要性)について
 【原告の主張】
 原告は,被告に対し,本訴直前まで不正競争行為を止めるよう求めてきたが,被告はこれに応じなかった。原告が多大な費用と労力をかけて「松右衛門帆」を復元し,商品化に漕ぎつけた一方で,被告は,原告からの通知により,自己の商品が「松右衛門帆」本来の品質等を備えていないことを知りながら,今日まで不正競争行為を継続している。
 被告の本件不正競争行為により,原告の営業上の信用は大きく損なわれているから,別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告が全国紙の朝刊に掲載されない限り,被告による不正競争の被害は回復されない。
 【被告の主張】
 原告の主張は,争う。

第4 当裁判所の判断

 1 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  (1) 帆布の種類等
 帆布とは,細い糸を何本か撚り合わせて平織りした厚手の布のことをいい,通常,10番手の太さの糸を複数合わせて撚った縦糸と横糸を交互に上下させて織られた(平織りされた)ものであり,撚り合わせた糸を使うことで丈夫で耐久性に富み,通気性にも優れているという特性を有する。帆布は,織る際の撚り合わせの糸の組み合わせで,号数が決められており,号数が小さいものほど撚り合わせの糸は多く,厚く重く硬い生地とされている。8号帆布とされるものは,10番手の糸を縦糸で3本,横糸で3本をそれぞれ撚り合わせ,縦糸の密度を34~38インチ,横糸の密度を24~28インチとして平織りしたもので,1㎡の重さが約500グラムという規格のものである。(甲7)
  (2) 「松右衛門帆」,「松右衛門」に関する文献等
   ア 「日本庶民生活史料集成 第十巻 農山漁民生活 全二十巻」(1970(昭和45)年発行,発行所:株式会社三一書房)には,「今西氏家舶縄墨私記」(文化10(1813)年浦賀同心組頭今西幸蔵が著わした家と船とに関する技術書)の「松右衛門帆と言,太糸竪横二た筋つゝにて織たる帆あり。尤幅廣にして貳尺貳,三寸あり。是又品の違あり」との記載を紹介し,「松右衛門帆」の注には,「天明五(一七八五)年播州高砂の工楽松右衛門が創案した帆布で,本書にいうように,太い木綿糸をもって縦糸二筋・横糸二筋(ただし両耳の幅二寸ほどは縦糸一筋にする)で二尺五寸という大巾の厚い布地に織り上げたもの。ために『織帆』とも呼ばれる。それまでの帆布が『刺帆』という,制作に手間がかかる割には弱いものだったので,この丈夫な新帆布は化政期以後になると急速に普及し,松右衛門帆の名で呼ばれるようになった。」との記載がある。(甲15)
   イ 「海事資料館研究年報,26:1-10」(1998(平成10)年発行,著者松木哲,紀要論文)には,「江戸時代の和船は,松右衛門帆と言われる帆を使用していた。しかし,この松右衛門帆は天明年間に高砂の松右衛門が創製した帆布であり,それ以後全国に急速に普及したため,江戸時代後期から明治にかけて,それどころか所によってはおそらく昭和になっても,松右衛門帆が使用されていた。」との記載があり,また,上記「今西氏家舶縄墨私記」には,「太糸を縦横2筋ずつに織った松右衛門帆があり,幅が広く2尺2,3寸で品質には上下があると述べている。」と記載されているとしている。また,「松右衛門帆は,組織図のように布の両端1寸ほどを縦糸を1本とし,それ以外の縦糸および横糸は2本を並べた平織りの布である。」とし,残存する松右衛門帆の寸法(幅や糸数(2本組/尺))は,同一ではなく(縦糸が134~176本,横糸が101~157本程度),その重さも一平方尺当たり78グラムのものや95グラムのものがあった旨の記載がある。(甲17)
   ウ 「帆布の今昔」(昭和52年発行,発行者:関西重布会(非売品))には,帆船の帆に用いる「帆木綿」を近代的な綿帆布に発展させたのが「松右衛門帆」と称せられるもので,「先ず細い糸を合わせ太い糸をつくり,更に手撚りして太くし,・・・」,「何れも両耳約1寸巾を付してある点より見て帆布織りの難所『耳だれ』に苦心し改良,又改良の結果の耳織りであろうことが伺われる」と記載されている(甲1の1)。
   エ 「ものと人間の文化史 76-Ⅰ・和船Ⅰ」(1995(平成7)年発行,発行所財団法人法政大学出版局)には,「刺帆は製作に手間がかかりすぎた。にもかかわらず,強度は不十分でとかく破れやすく,帆走を常用化するに至った十八世紀以降の廻船では,これが悩みの種とさえなっていた。(改行)こうした背景があって出現したのが,織帆つまり松右衛門帆である。」,「松右衛門帆は縦糸・横糸とも刺帆の糸とは比較にならないような太い糸で織ってあり,その厚さからみても強度は優に刺帆の数倍はあったものと思われる。」,「一端の幅はのちに二尺五寸(七十六センチ)にほぼ規格化するが,こうした広幅で厚い帆布を織るためには,織機の改良からはじめなければならなかったはず・・・」などの記載がある(甲1の4)。
   オ 「歴史群像シリーズ特別編集 図説『江戸の科学力』」(発行:株式会社学習研究社)には,「松右衛門が工夫して作り上げた織帆である。・・・『松右衛門帆』とも呼ばれたこの帆は,太い木綿の縦糸と横糸で織られており,厚くて丈夫,刺帆とは比べものにならない強度をもっていた。・・・細い木綿糸を十数本撚り合わせて太い糸にし,二尺五寸(約七六センチ)幅に織り上げなければならない。」,「苦労のかいあって『松右衛門帆』は評判となり,またたくまに津々浦々の廻船に使用された。」との記載がある(甲20)。
   カ 「工樂松右衛門略敍」(平成21年発行,著者/発行人・松岡秀隆[兵庫県神崎郡福崎町],制作・交友プランニングセンター/友月書房[神戸市中央区])には,松右衛門が「,縦糸も横糸も直径1ミリを超える太さにした。このようにして,厚くて丈夫な帆布ができた。」とし,松右衛門帆の特徴について,上記「今西氏家舶繩墨私記」の記載が引かれている(甲1の3)。
   キ 産繊新聞(平成23年8月15日)には,上記「今西氏家舶繩墨私記」の記載を引き,「松右衛門帆の特長は・・・①太い糸を使うことで刺帆に比べて強度があったこと,②広幅としたことで縫い合わせる手間を減らしたこと-であった。」と記載されている(甲25)。
   ク 「菜の花の沖」(司馬遼太郎著)には,「縦糸・横糸ともに直径一ミリ以上もあるほどの太い糸で,これをさらに撚り,新考案の織機にかけて織った。」,「『松右衛門帆』とよばれたが,ふつう単に『松右衛門』とよばれた。」との記載がある(甲29の1)。
   ケ 「精選版 日本国語大辞典 第三巻」(2006(平成18)年発行,発行所:株式会社小学館)には,「【松右衛門】」として,「①江戸の新橋から南品川にかけての一帯を持場とした非人頭の通称。また,その配下の非人たち。」,「②『まつえもんほ(松右衛門帆)』の略。〔今西氏家舶縄墨私記(1813)〕」との記載,「【松右衛門帆】」として,「江戸時代,天明五年(一七八五)播磨国(兵庫県)高砂の工楽松右衛門が創製した帆布。太い木綿糸で厚手の丈夫な布地を二尺余りの広幅に織りあげたもの。従来の刺帆に対して織帆とも呼び,格段に丈夫なため以後帆布の代表的なものとなった。松右衛門。」との記載がある(甲30)。
   コ 工楽松右衛門について,「松右衛門帆」に関する上記アないしクを含む,書籍(甲1の1ないし4,甲15ないし甲18,甲20,甲21,甲23,甲29の1),新聞(甲2の1及び2,甲25),ウェブサイト(甲22),パンフレット(高砂市,甲24)には,概ね,工楽松右衛門ないし松右衛門が,「松右衛門帆」を創製したこと,あるいは,その経緯として,18世紀後半に,それまで船に使用されていた帆である「刺帆」が,破れやすいなどの欠点があったことから,工夫して「松右衛門帆」を作り上げたことなどの記載がされている。
 2 争点1(被告各表示は,商品の「品質,内容・・・について誤認させるような表示」といえるか)について
  (1) ある表示が商品の「品質,内容・・・について誤認させるような表示」といえるためには,その前提として,需要者の間において,当該表示が商品の品質や内容を示す表示であると一般に認識されることが必要であると解される。そして,本件において,被告各表示は,被告商品に用いられている帆布の種類や内容を示すものであることを明示して使用されているわけではないところ,原告は,「松右衛門帆」ないし「松右衛門」が,工楽松右衛門が創製した帆布の品質ないし内容を示す普通名詞として世間一般に広く通用していると主張することから,まずこの点を検討する。
  (2) 「松右衛門帆」の意義について
 上記1(2)の文献の記載によれば,江戸時代の天明5年,高砂の工楽松右衛門が帆船の帆としてそれまでの「刺帆」と異なる厚くて丈夫な帆布を創製し,その帆布は廻船に用いられて急速に普及し,「松右衛門帆」ないし「松右衛門」と呼ばれたことが認められる。
 しかし,前記文献によれば,「松右衛門帆」と呼ばれる帆布も様々なものがあり,その品質にも上下があるとされ,実際,現存する「松右衛門帆」もその規格は様々で,縦糸及び横糸に使用する糸の太さ,すなわち,撚り合わせる糸の太さや本数は明確でなく,また,単位当たりの重さもまちまちであったとされており,多くの「松右衛門帆」の記載に共通して述べられている内容としては,縦糸及び横糸に木綿の細糸を撚り合わせた太い糸を使用し,縦糸横糸ともに二筋の平織りで,巾が約2尺5寸程度の広幅の帆布であるというにとどまる。この点について,原告は,「松右衛門帆」の内容として,より詳細な規格を主張するが,前記の文献からすると,そこまで明確な規格を有するものであると認めることはできない。
 以上からすれば,上記のような内容の帆布が,江戸時代において,「松右衛門帆」ないし「松右衛門」と呼ばれたと認められる。
  (3) 「松右衛門帆」,「松右衛門」に対する需要者の認識
   ア 前記第2の1争いのない事実等(3)ア記載のとおり,被告商品は,トートバッグ,ショルダーバッグ,リュックサック等のかばん及び小物入れ(ポーチ)であり,被告は,これらを,兵庫県姫路市及び岡山県倉敷市所在の店舗のほか,インターネット通販により販売している。したがって,被告商品の需要者は,全国の一般消費者であると認められる。
   イ そこで,このような需要者の認識を検討するに,上記のとおり,工楽松右衛門が,江戸時代に,それまでの帆より丈夫な,太く撚った糸を使用して織った帆布を創製し,それが「松右衛門帆」ないし「松右衛門」と呼ばれたことは,上記1(2)のとおり,多数の文献に記載されている。しかし,それらは,(a) 主として船舶関係の学術書の類のもの(「ものと人間の文化史76-Ⅰ・和船Ⅰ」[甲1の4],「日本庶民生活史料集成 第十巻 農山漁民生活」所収の「今西氏家舶縄墨私記」[甲15],「日本農書全集 第十五巻」[甲16],「海事資料館研究年報,26:1-10」所収の「松右衛門帆」[甲17],「北淡海・丸子船の館」ホームページ[甲22]),(b) 高砂市等の郷土史の類のもの(高砂市教育委員会発行「風を編む 海をつなぐ 工楽松右衛門物語」[甲1の2]),神戸市中央区の交友プランニングセンター/友月書房制作の「工樂松右衛門略叙」[甲1の3],「北前船と尾道湊との絆」[甲19],新潟・兵庫連携企画展図録「北前船」[甲21],「高砂市史」[甲23],高砂市の市勢要覧2014[甲24]),(c) 帆布等の業界関係の類のもの(関西重布会発行「帆布の今昔」[甲1の1],産繊新聞平成24年1月15日[甲14]及び平成23年8月15日[甲25]),(d) 原告の商品や被告商品を紹介する新聞記事や広報誌(甲2の各号,3,26及び27)が多く,これらの文献により「松右衛門帆」等が全国の一般消費者の間に周知となったとは認め難く,また,これらの文献の記載が全国の一般消費者の認識を表しているとも認め難い。
 他方,(e) 一般向けの文献としては,「みなとの偉人たち」(甲18),「歴史群像シリーズ特別編集 図説『江戸の科学力』」(甲20),「菜の花の沖」(甲29の1)があり,また,(f) 辞典として,「精選版日本国語大辞典第3巻」(甲30)がある。これらのうち,「菜の花の沖」は,司馬遼太郎著の小説であり,512万部を売り上げていることから(甲29の2),相当数の人に読まれていることが認められるが,同小説は数巻にわたるもので,「松右衛門」や「松右衛門帆」はその中のごく一部で取り上げられているにすぎないから(甲29の1),同小説によって,直ちに同小説に記載されている,「松右衛門」の名や「松右衛門帆」を創製した功績,「松右衛門帆」がどのような品質,製造方法のものであり,「松右衛門」とも呼ばれるものであったことが一般に知られるものとなったとは認めるに足りない。そして,それ以外の一般向け文献も,広く読まれているものか不明である上,工楽松右衛門や「松右衛門帆」に関する記載はその中のごく一部で取り上げられているにすぎない。また,上記の辞典には,「松右衛門」の見出しと,「松右衛門帆」の内容,「松右衛門」が「松右衛門帆」を表す場合があることが記載されているが,語義の2番目として記載されているにすぎない上,同辞典は,少なくとも3巻にわたる非常に多数の語が収録されているものであることからすれば,その中に収録されている言葉とその意味の全てが一般に知られているとはいえないし,同辞典に掲載されることによって周知されるものでもないから,その記載から直ちに,「松右衛門帆」がどのようなものであるか,また,「松右衛門」の語が「松右衛門帆」を指す場合があることが,一般に知られているとは認められない。
 以上からすると,現在の全国の一般消費者において,「工楽松右衛門」ないし「松右衛門」の名や事績が広く知られているとは認められず,また,「松右衛門帆」が,工楽松右衛門が創製した特定の品質ないし内容の帆布を意味するとの認識を有するとは認められない。
  (4) 被告各表示について
 上記のような需要者の認識を踏まえれば,「工楽松右衛門」等の被告各表示に接した需要者が,それが被告商品の品質や内容を示す表示であると認識するとは認められないから,それらが商品の「品質,内容・・・について誤認させるような表示」に当たるとはいえない。
 確かに,「松右衛門」が人名であることは容易に認識できることから,「松右衛門帆」との表示は,「松右衛門」に「帆」を結合させたものと認識できる。そして,原告は,このことから,被告各表示が,「『松右衛門』なる人物に由来する,通常の帆布と異なる特殊な帆布で作られた商品である」という認識を需要者に与えるもので,商品の「内容」に誤認を生じさせる表示である旨主張する。しかし,工楽松右衛門がどのような人物かが需要者に周知でない以上,被告各表示における「松右衛門」との表示は,原告も主張するとおり,一種のブランドとして認識されることも十分あり得ることである。そして,その場合に,その古風な人物名から伝統ある高品質なイメージを生じさせ得るとしても,それは,出所表示に由来する抽象的なブランドイメージにすぎず,そのことをもって,被告商品が一定の内容を有する特殊な帆布で作られたとの認識や,被告商品が工楽松右衛門なる人物によって考案ないし製造された帆布で作られたとの認識を需要者に一般的に生じさせるということはできず,被告各表示が,商品の「内容」についての表示であるということもできない。
  (5) 以上からすれば,「工楽松右衛門」という人物の名である被告表示1のみならず,これに「帆」,「帆布」又は「帆布本店」を結合させた被告表示2ないし4についても,商品の「品質,内容」を表示するものとはいえず,これらに接した需要者が,これを商品の「品質,内容」を表示するものと認識しない以上,被告各表示が品質,内容について「誤認させるような表示」であるともいえない。
 3 結論
  (1) 以上から,被告の行為は不正競争防止法2条1項14号に定める不正競争とは認められないから,原告の請求は,その余につき判断するまでもなく,いずれも理由がない。
  (2) よって,原告の請求は,これをいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用し,主文のとおり判決する。