書面による通知が宛先に尋ね当たらないとして返送された場合であっても通知の到達を肯定した事例(前橋地裁高崎支部平成31年1月10日判決)

主文
事実及び理由
第1 請求の趣旨
第2 当事者の主張
第3 裁判所の判断

オレンジ法律事務所の私見・注釈

弁護士 辻本恵太

Xは,Yが,平成10年1月14日,群馬県群馬郡所在の当時の原告宅において,Xの両親及び祖母を殺害したと主張して,Xの両親及び祖母のYに対する損害賠償請求権を相続したとして,Yに対し,損害賠償請求をするべく提訴した事件である。
なお,Yは,被告は,公示送達による呼出しを受けたが,本件口頭弁論期日に出頭しなかった。
裁判所は,①民法724後段の法的性質,②同条による請求権を保存するために必要な行為,③所在不明者に対する通知の効力について判断をした。
この点,①民法724後段の法的性質については,除斥期間を定めたとする確立した判例(最高裁第一小法廷平成元年12月21日判決等)があり,同様の判断をした。
また,②について,裁判所は,売主の瑕疵担保責任による損害賠償請求を保全するためには,売主の担保責任を問う意思を裁判外で明確にすれば足りるとした最高裁第三小法廷平成4年10月20日判決)を引用し、除斥期間の満了までに裁判外で権利行使の意思を明確にすれば足り,裁判上の権利行使を行うまでの必要はないとした。
また,③所在不明者に対する通知の効力については,16年以上前に職権消除された被告の住民票上の最後の住所地に宛てて発送され,宛先に尋ね当たらないとして返送されていることから,現実にYが本件通知の内容を了知し得たとは言い難いけれども,YがXの両親らを殺害し以降行方不明となっていることが認められるところ,Yは本件事件に係る刑責の追及を逃れるため,自ら住所を移転したにもかかわらず,あえてその届出をせずに居所の発覚を免れようとしているという本件事情の下においては,Yは自らの行為に起因する不利益を甘受すべきであると言わざるを得ないから,本件通知は,Yが了知し得べき客観的な状態を生じたとして,被告に到達したものと認めるべきであるとした。
3  ①については確立した判例があり,②については,除斥期間による請求権の消滅を妨げるのに必要な行為としては,期間内に裁判上の権利行使をする必要があるとする裁判例(札幌高裁平成30年3月15日判決)と,裁判外で権利行使の意志を明確にすれば足りるとする裁判例(大阪高裁平成6年3月16日判決)があって判例は確立していないが,いずれにしても,2020年4月1日施行となった債権法改正により,民法724条後段の20年の期間が消滅時効期間であると定められたため,これらの点についての実務上の意義は大きくはない。
他方,宛て所に尋ね当たらないため返送されたにもかかわらず,通知の到達を認めた裁判例は,見当たらない。所在不明者に対しては民法98条1項の公示による意思表示があるため,本裁判例は,本件の特殊な事情を考慮した極めて限定的な事例判断をしたものと考えられ,実務上,参考になる。
2020・5・10 弁護士 辻本恵太

主文

 1 被告は,原告に対し,1億0370万3520円及びこれに対する平成10年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。
 3 この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求の趣旨

主文と同旨

第2 当事者の主張

 1 請求原因
 (1) 当事者等
 原告は,訴外A及び訴外Bの間に生まれた子であり,訴外C(A,B及びCを併せて「Aら」という。)は原告の祖母である。
 (2) 被告の不法行為
 被告は,平成10年1月14日,群馬県群馬郡a町大字b(現・群馬県高崎市b町)所在の当時の原告宅(以下,単に「原告宅」という。)において,Aらを殺害した(以下,この事件を「本件事件」という。)。
 (3) Aら及び原告の損害
  ア Aに係る損害
 (ア) 逸失利益
 Aは,本件事件当時48歳であったことから,本件事件当時の賃金センサス平成10年第1巻第1表男性労働者学歴計45歳~49歳の平均賃金である705万1700円がAの基礎収入となる。
 そうすると,Aの逸失利益は,下記のとおりの計算により,5965万5337円となる。
 計算式 705万1700円×(1-0.3(生活費控除率))×12.0853(就労可能期間19年に対応するライプニッツ係数)=5965万5337円
 (イ) 慰謝料
 Aは,何ら落ち度がないにもかかわらず,被告の理不尽かつ身勝手な犯行により突如その生命を奪われたのであり,その精神的肉体的苦痛は筆舌に尽くしがたく,これを金銭的に評価すれば3000万円を下らない。
 (ウ) 合計
 Aの被った損害は,上記(ア)及び(イ)の合計8965万5337円である。
  イ Bに係る損害
 (ア) 逸失利益
 Bは,本件事件当時48歳であったことから,本件事件当時の賃金センサス平成10年第1巻第1表女性労働者学歴計45歳~49歳の平均賃金である371万1300円がBの基礎収入となる。
 そうすると,Bの逸失利益は,下記のとおりの計算により,3139万6521円となる。
 計算式 371万1300円×(1-0.3(生活費控除率))×12.0853(就労可能期間19年に対応するライプニッツ係数)=3139万6521円
 (イ) 慰謝料
 Bは,何ら落ち度がないにもかかわらず,被告の理不尽かつ身勝手な犯行により突如その生命を奪われたのであり,その精神的肉体的苦痛は筆舌に尽くしがたく,これを金銭的に評価すれば3000万円を下らない。
 (ウ) 合計
 Bの被った損害は,上記(ア)及び(イ)の合計6139万6521円である。
  ウ Cに係る損害
 Cは,何ら落ち度がないにもかかわらず,被告の理不尽かつ身勝手な犯行により突如その生命を奪われたのであり,その精神的肉体的苦痛は筆舌に尽くしがたく,これを金銭的に評価すれば3000万円を下らない。
  エ 原告固有の損害
 (ア) 慰謝料
 Aらは原告のかけがえのない肉親であったところ,同人らは被告の身勝手な犯行により殺害され,原告は突如失望と悲嘆のどん底に突き落とされた。かかる原告の被った精神的苦痛を金銭的に評価すれば1500万円は下らない。
 (イ) 弁護士費用
 原告は,被告が引き起こした本件事件により,弁護士を依頼して本件訴訟を提起することを余儀なくされたことから,被告の上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として,942万7592円の損害を被った。
 (ウ) 合計
 原告の被った損害は,上記(ア)及び(イ)の合計2442万7592円である。
 (4) Aらの相続
 Aらは,本件事件により殺害されたが,その死亡に係る正確な先後関係は不明瞭であることから,Aらは同時に死亡したものと推定される。その結果,原告は,Cを8分の1の割合で代襲相続し,またB及びAを2分の1の割合で各相続した。
 したがって,原告は,上記(3)ア記載のAの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権のうち4482万7668円を,同イ記載のBの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権のうち3069万8260円を,同ウ記載のCの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権のうち375万円分を各相続した(合計7927万5928円)。
 (5) よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,原告固有の損害2442万7592円に,Aらから相続した7927万5928円を加えた合計1億0370万3520円及びこれに対する不法行為日である平成10年1月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 2 民法724条後段について
 (1) 民法724条後段は,民法起草者の意図や,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)による改正などを踏まえれば,消滅時効を規定したものと解釈すべきである。
 (2) 仮に,民法724条後段を除斥期間の規定と解釈する場合であっても,原告は,被告の逃走中は訴訟提起ができないと思っていたこと,本件事件後の原告の精神状態上,訴訟を提起できるような状態になかったこと,被告には除斥期間の経過の利益を得させる必要性がないこと,殺人事件の被害者遺族には特別の配慮が必要であることといった事情から,本件事件においては,同条後段の適用を制限すべきである。
 (3) また,仮に民法724条後段が適用される場合であっても,原告は,本件事件から20年が経過する以前である平成30年1月12日に,被告に対して,被告の不法行為に基づきその損害賠償責任を問うことを明確に示した内容の内容証明郵便を発送した。
 同郵便は宛所尋ねあたらずとして返送されているが,同郵便の宛先は,住民票除票上確認できる被告の最後の住所地であり,同郵便が被告に到達しなかったのは被告が本件事件後に逃走を継続していることが原因である。
 したがって,原告は除斥期間経過前に上記損害賠償請求権を保存したものであるから,かかる損害賠償請求権は消滅していない。

第3 裁判所の判断

 1 被告は,公示送達による呼出しを受けたが,本件口頭弁論期日に出頭しない。
 2 請求原因(1)について
 証拠(甲2の1から2の8)によれば,原告はAとBの間に生まれた子であり,またCはAの母であって,原告の祖母であると認められる。
 したがって,請求原因(1)は認められる。
 3 請求原因(2)について
 (1) 証拠(甲1の2,2の2,2の4,4)及び弁論の全趣旨によれば,① 平成10年1月14日朝,原告はAらと挨拶を交わしており,Aらはその頃まだ生存していたこと,② 遅くとも同日午後11時03分頃までに,原告宅において,Aらが死亡していたこと,③ Aらの死因は,Aにつき胸部刺創による失血死,Bにつき背部刺創に基づく肋間動静脈・肺損傷による失血死,Cにつき絞頚による窒息死であったこと,④ Cは同日午後7時に,Bは同日午後7時30分に,Aは同日午後8時30分にそれぞれ死亡したと推定されることが認められる。
 以上の事実によれば,同日夜,当時の原告宅において,Aらが殺害されたと認められる。
 (2) そして,前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,① 被告が原告に対して執拗に声をかけたり,食事に誘ったりした上,次第に路上で待ち伏せをしたり,車で付け回したりするなどのつきまとい行為を行っていたこと,② 原告は被告のこうした行動に恐怖を感じ,極力顔を合わせないようにしていたこと,③ 同日午後9時頃,原告が原告宅に帰宅すると,居宅内に被告がおり,被告に無理矢理Cの部屋まで連れていかれたこと,④ 被告は,上記③の際,明らかに異常な興奮状態であったこと,⑤ 原告の説得に応じて被告が原告宅から立ち去った後,原告が警察に通報したところ,原告宅に臨場した警察官が,同所において,Aらの遺体を発見したこと,の各事実が認められる。
 かかる事実に加え,警察が,指紋に類する証拠等から被告を犯人と特定していること及び被告が本件事件後に行方不明となっていることも併せ考えると,被告がAらを殺害したと認めるのが相当である。
 (3) したがって,請求原因(2)は認められる。
 4 請求原因(3)について
 (1) 請求原因(3)ア(Aの損害)について
  ア 逸失利益について
 証拠(甲1の2)及び弁論の全趣旨によれば,Aは,自営業を営んでいたことが認められるところ,その基礎年収は,本件事件当時の賃金センサス平成10年第1巻第1表男性労働者学歴計45歳~49歳の平均賃金である705万1700円と認める。また,逸失利益の算定に当たっては,生活費として3割を控除するのが相当である。
 そうすると,Aの逸失利益は,下記の計算により,5965万5337円と認める。
 計算式 705万1700円×(1-0.3(生活費控除率))×12.0853(就労可能期間19年に対応するライプニッツ係数)=5965万5337円
  イ 慰謝料について
 本件事件の態様,当時の年齢その他本件に現れた一切の事情に照らし,本件事件によりAに生じた精神的苦痛に対する慰謝料は3000万円を相当と認める。
  ウ したがって,請求原因(3)アは認められる。
 (2) 請求原因(3)イ(Bの損害)について
  ア 逸失利益について
 証拠(甲1の2)及び弁論の全趣旨によれば,Bは,パートとして就労を行う兼業主婦であったことが認められるところ,その基礎年収は,本件事件当時の賃金センサス平成10年第1巻第1表女性労働者学歴計45歳~49歳の平均賃金である371万1300円と認める。また,逸失利益の算定に当たっては,生活費として3割を控除するのが相当である。
 そうすると,Bの逸失利益は,下記の計算により,3139万6521円と認める。
 計算式 371万1300円×(1-0.3(生活費控除率))×12.0853(就労可能期間19年に対応するライプニッツ係数)=3139万6521円
  イ 慰謝料について
 本件事件の態様,当時の年齢その他本件に現れた一切の事情に照らし,本件事件によりBに生じた精神的苦痛に対する慰謝料は3000万円を相当と認める。
  ウ したがって,請求原因(3)イは認められる。
 (3) 請求原因(3)ウ(Cの損害)について
 本件事件の態様,当時の年齢その他本件に現れた一切の事情に照らし,本件事件によりCに生じた精神的苦痛に対する慰謝料は3000万円を相当と認める。
 したがって,請求原因(3)ウは認められる。
 (4) 請求原因(3)エ(原告固有の損害)について
  ア 慰謝料について
 本件事件の態様,Aらとの人的関係,本件事件後の原告の心身の状況その他本件に現れた一切の事情に照らし,本件事件により原告に生じた精神的苦痛に対する慰謝料は1500万円を相当と認める。
  イ 弁護士費用について
 原告が,原告訴訟代理人らに本件訴訟追行を委任したことは,当裁判所に顕著であり,本件事案の内容,審理経過,認容額等に照らし,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として,942万7592円をその損害と認める。
  ウ したがって,請求原因(3)エは認められる。
 (5) 以上により,請求原因(3)は認められる。
 5 請求原因(4)について
 上記3のとおり,Aらは本件事件により死亡し,その推定死亡時刻は上記3(1)④のとおりとされるが,実際のAらの死亡につき正確な先後関係は明らかでないから,同時に死亡したものと推定され(民法32条の2),これを覆す事情は認められない。したがって,Aらは同時に死亡したものと認める。
 そして,証拠(甲2の1から2の8)によれば,A及びBの相続人は,原告及びその兄であるから,原告は,B及びAを2分の1の割合で相続することとなる。また,Cの相続人は,Cの子・Aの子である原告及びその兄のほか,A以外のCの子3名であるから,原告はCを8分の1の割合で相続することとなる。
 したがって,請求原因(4)は認められる。
 6 以上により,請求原因事実はすべて認められる。
 7 民法724条後段の20年の期間の経過について
 (1) 本件事件は平成10年1月14日に発生したものであることから,本件事件に係る原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)が,民法724条後段により消滅しているかが問題となる。
 (2) この点,原告は,民法起草者の意図や,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)による改正等に鑑み,民法724条後段の規定について,消滅時効を定めたものと解釈すべきであるとし,被告が消滅時効を援用していない本件においては同条が問題になる余地はない旨主張する。
 しかし,同条後段が除斥期間を定めたものであることは確立した判例(最高裁判所平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁,最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁,最高裁判所平成21年4月28日第三小法廷判決・民集63巻4号853頁参照)であって,上記改正によって,同条後段の趣旨が消滅時効である旨明示されたことをもって,現行法の解釈をも変更するのは相当でないから,かかる原告の主張は採用できない。
 (3) そこで,本件損害賠償請求権が,20年の除斥期間内に保存されたかを検討する。
  ア 証拠(甲5の1・2,15)及び弁論の全趣旨によれば,① 原告及びその兄は,代理人弁護士をして,平成30年1月12日午後6時から午後12時までの間に,新東京郵便局から,被告に対し,前橋市内にある被告の住民票上の最後の住所地(なお,同住民票は,平成13年3月29日,実態調査により職権消除されている。)に宛てて,内容証明郵便で,本件損害賠償請求として合計3億円の支払を求める旨の通知(以下「本件通知」という。)を発出したこと,② 本件通知は,同月16日,宛所に尋ねあたらないとして原告ら代理人弁護士の事務所に返送されたことが認められる。
  イ 除斥期間の定められている請求権を保存するには,除斥期間の満了までに裁判外で権利行使の意思を明確にすれば足り,裁判上の権利行使を行うまでの必要はないと解される(最高裁判所平成4年10月20日第三小法廷判決・民集46巻7号1129頁参照)ところ,原告は,本件通知をもって,本件損害賠償請求権を行使する意思を明確にしたと認められる。
  ウ また,本件通知は,16年以上前に職権消除された被告の住民票上の最後の住所地に宛てて発送され,宛先に尋ね当たらないとして返送されていることから,現実に被告が本件通知の内容を了知し得たとは言い難いけれども,前記のとおり,被告は,Aらを殺害し,以降行方不明となっていることが認められるところ,被告は本件事件に係る刑責の追及を逃れるため,自ら住所を移転したにもかかわらず,あえてその届出をせずに居所の発覚を免れようとしているという本件事情の下においては,被告は自らの行為に起因する不利益を甘受すべきであると言わざるを得ないから,本件通知は,被告が了知し得べき客観的な状態を生じたとして,被告に到達したものと認めるべきである
  エ さらに,東京都から前橋市までの距離や昨今の郵便事情等を踏まえれば,本件通知は,遅くとも発送から2日後である同月14日までには被告に到達したと評価できる。
  オ 以上によれば,原告は,被告に対する本件通知をもって,平成30年1月14日までに本件損害賠償請求権を保存したと認められる。
 (4) したがって,原告の被告に対する本件損害賠償請求権には,民法724条後段は適用されず,本件損害賠償請求権は消滅していない。

第4 結論

以上によれば,原告の請求には理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。