(参考判例)平成 18 年 9 月 25 日知財高裁判決〔特許権侵害差止等請求控訴事件 〔椅子式マッサージ機事件〕〕
特許法 102 条 1 項ただし書の事情および同条 2 項の推定覆滅事由


別紙

 1 「第2 事案の概要」「3 審決(甲1の1)の要旨」
 「(1) 請求人(控訴人)の主張
   ア 引用文献
    ① 審判甲2(特公昭44-13638号公報,本訴乙80)
    ② 審判甲3(意匠登録第296760号公報,本訴乙4)
    ③ 審判甲5(「ナショナルエアーマッサーあしラーク」のパンフレット,本訴乙151)
   イ 無効理由
 本件発明5は,(a)乙80,(b)乙80及び4,(c)乙80及び151,(d)乙80,4及び151に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない(以下,上記符号に応じて「無効理由a」などという。)。
  (2) 引用刊行物に記載された発明
 審決は,各引用刊行物に記載された発明について,以下のとおり認定した。
   ① 乙80に記載された発明(以下「乙80発明」という。)
 「上端に指圧頭部29が取り付けられ,圧縮空気が送り込まれる複数の蛇腹状伸縮筒27を有する指圧装置であって,該蛇腹状伸縮筒27が配設された腰掛部3,腰掛部3の前部に配置され肘掛部4の内壁面に該蛇腹状伸縮筒27が配設された脚載置部,及び腰掛部3の後部に所定の傾斜角度をもって設けられた背凭れ部2とを有する安楽椅子1と,圧縮空気を送り込む空気圧縮機7と,この空気圧縮機7からの圧縮空気を接続ホース26を介して前記各蛇腹状伸縮筒27に逐次分配して送り込む分給回転バルブ19と,蛇腹状伸縮筒27内の圧力と伸縮回数を調節する手段とを備える指圧装置。」
   ② 乙4に記載された発明(以下「乙4発明」という。)
 「座部及びこの座部の後部に所定の傾斜角度をもって設けられた背もたれ部を有する椅子本体と,前記座部の前部に設けられかつ使用者の左右の脚部をそれぞれその両側及び後側から包囲する凹状の脚載置部と,指圧子と,を備えた指圧椅子」
   ③ 乙151に記載された発明(以下「乙151発明」という。)
 「着脱式の複数の空気袋体からなり,ふくらはぎ部に装着された空気袋体に圧搾空気が供給されてふくらはぎを圧迫した後に,太もも部に装着された空気袋体に圧搾空気が供給されて太ももを圧迫するエアーマッサージ機」
  (3) 判断
   ア 無効理由dについて
 「本件発明5と乙80発明とを比較すると,乙80発明は,少なくとも本件発明5の「座部用袋体への圧搾空気の給排気動作に同期させて脚用袋体への給排気を行う動作モードにおいて,前記脚用袋体が膨脹して使用者の脚部を挟持した状態で,前記座部用袋体が使用者を押し上げるように膨脹する」態様構成を備えておらず,また,乙80には,上記態様構成を示唆する記載もない。さらに,上記態様構成は,乙4及び乙151にも開示されていないものである。
 そして,本件発明5は,かかる態様構成により,「腿部および尻部の筋肉は引き伸ばされることになり,ストレッチされつつ同時にマッサージがなされる」という明細書に記載の効果を奏するものである。
 確かに,乙80発明は,「上端に指圧頭部29が取り付けられ,圧縮空気が送り込まれる複数の蛇腹状伸縮筒27」,「該蛇腹状伸縮筒27が配設された腰掛部3」及び「肘掛部4の内壁面に該蛇腹状伸縮筒27が配設された脚載置部」を備えており,一方,マッサージ装置において,指圧頭部付きの蛇腹状伸縮筒を用いたタイプと袋体を用いたタイプの双方共に周知のものであるから,「蛇腹状伸縮筒」と「袋体」の一方を他方で置換すること自体は当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認められるが,仮に,乙80発明において,肘掛部4の内壁面に配設された「蛇腹状伸縮筒27」を「袋体」で置換したとしても,該置換した袋体は,単に,右脚の右外側部分と,左脚の左外側部分とに配設されているだけのものとなり,本件発明5の実施例における中間壁もないから,「袋体の膨脹により使用者の脚部を両側から挟持した状態」になり得ないものである。
 また,乙80発明は,複数の蛇腹状伸縮筒27に圧縮空気を逐次分配するようにしたものであるが,該蛇腹状伸縮筒27により,乙80の第8図の如く大腿部から脚にかけてa~fの符号で示された指圧の急所を,当該符号の順に逐次押圧する実施例のみならず押圧順を適宜変更したものを考慮しても,各指圧の急所が異なるタイミングで押圧されるにとどまり,腿部又は尻部の筋肉が引き伸ばされることにならないのは明らかである。
 したがって,乙80発明は,ストレッチ効果を奏するための上記態様構成を開示するものとは到底いえない。
 つぎに,乙4には,使用者の左右の脚部をそれぞれその両側及び後側から包囲する凹状の脚載置部を有する指圧椅子が記載されており,仮に,この脚載置部の両側内面に袋体を配設するように改変した場合には,「脚用袋体が膨脹して使用者の脚部を挟持した状態」になり得ると解されるものの,このものは,座部用袋体を備えておらず,したがって,ストレッチ効果を奏するための上記態様構成が全く考慮されていないことは明らかである。
 さらに,乙151には,ふくらはぎ部に装着された空気袋体に圧搾空気が供給されてふくらはぎを圧迫した後に,太もも部に装着された空気袋体に圧搾空気が供給されて太ももを圧迫するエアーマッサージ機が記載されてはいるが,このものは,単に,空気袋体の膨脹により,ふくらはぎ部から太もも部へ順次加圧を行うだけのものであり,ストレッチ効果を奏するための上記態様構成とは全く無関係のものである。
 本件発明5は,「腿部を含む脚部,尻部の筋肉をストレッチしつつマッサージをする」ことを課題として,「脚用袋体が膨脹して使用者の脚部を挟持した状態で,前記座部用袋体が使用者を押し上げるように膨脹する」構成要件を採用することにより,「座部用袋体が膨脹して身体が上方に持ち上げられるとき,膨脹した脚用袋体によって使用者の脚部はその両側から挟持されているので,腿部および尻部の筋肉は引き伸ばされることになり,ストレッチされつつ同時にマッサージがなされるという効果を奏する」ものであり,このような課題や作用効果について開示のない乙80,乙4に基いて,当業者といえども,「脚用袋体が膨脹して使用者の脚部を挟持した状態」とする構成を想到することは困難であり,まして,「脚用袋体が膨脹して使用者の脚部を挟持した状態で,前記座部用袋体が使用者を押し上げるように膨脹する」構成を想到することはさらに困難である。
 また,単に装着式の複数の袋体からなるマッサージ機を開示する乙151をあわせて検討しても,前記構成を想到することが困難であることに変わりはない。
 なお,請求人が提出した他の証拠を参酌しても,上記態様構成が周知技術であると解するに足る証拠は見出せない。
 そうすると,本件発明5が,乙80,乙4,乙151に記載の発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
 したがって,無効理由dには理由がない。」
   イ 無効理由aないしcについて
 「本件発明5が,乙80,乙4,乙151に記載の発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることができない以上,本件発明5が,乙80に記載の発明及び周知技術に基いて,あるいは,乙80,乙4記載の発明及び周知技術に基いて,さらには,乙80,乙151に記載の発明及び周知技術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとすることができないのは明らかである。
 したがって,無効理由aないしcにも理由がない。」
  (4) 結論
 「以上のとおりであるから,請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件発明5についての特許を無効にすることはできない。」」