(参考判例)平成 18 年 9 月 25 日知財高裁判決〔特許権侵害差止等請求控訴事件 〔椅子式マッサージ機事件〕〕
特許法 102 条 1 項ただし書の事情および同条 2 項の推定覆滅事由


第3 当事者の主張の要点

 以上のとおり,本件特許1~4の無効が確定したため,当審では本件特許5の侵害のみが問題となるところ,本件の主たる争点は,①控訴人各製品が本件特許5の構成要件を充足するかどうか,②同特許権の均等侵害の成否(予備的主張),③本件特許5の有効性,④損害額である(なお,本件特許5の有効性についての当事者の主張は,後記「第4 当裁判所の判断」「3 本件特許5の有効性について」記載のとおり。)。
 1 控訴人各製品についての構成要件充足性
 この点についての当事者の主張は,以下のとおり付加,補充するほかは,原判決の「第2 事案の概要」「2 争点及び当事者の主張」「(1) 控訴人各製品の構成」及び同「(2) 本件各発明と控訴人各製品との対比」「オ 本件発明5について」記載のとおりであるから,これを引用する。
  (1) 構成要件A1,Bの充足性
   ア 「押上げる」(構成要件A1,B)の意義
 (被控訴人の主張)
 原判決は,本件特許5の請求項1の「押上げるように膨脹する」との意味について,尻部,腿部が持ち上げられて筋肉を伸ばし得る程度の押圧力を意味すると判示したが,正当である。
 本件発明5は,尻部や大腿部を押圧する空気袋(座部用袋体)と脚部を挟み付ける空気袋(脚用袋体)とを組み合せた構成であり,袋体の膨張のタイミングを制御し,脚用袋体が膨張して使用者の脚部を挟持した状態で,座部用袋体が使用者を押上げるように膨張することにより,大腿部をストレッチ(引き伸ばし)する作用効果を奏する。
 「ストレッチ」という用語は,特許請求の範囲に記載されている文言ではなく,本件明細書5(甲23)の発明の詳細な説明において,本件発明5の作用効果の記述として用いられているにすぎない。控訴人は,この「ストレッチ」という用語を,床の上で行うストレッチ体操の「ストレッチ」と同義であり,尻部,腿部が持ち上げられる程度では足りないと主張するが,本件発明5は椅子式エアーマッサージ機の発明であり,その座部用袋体は,着座した使用者の体重に抗して膨張するのであるから,使用者の身体自体を上方に持ち上げるようなものでないことは常識的に明らかである。
 したがって,控訴人製品は,いずれも構成要件A1,Bの「押上げる」との構成を充足する。
 (控訴人の主張)
 構成要件A1,Bの「押上げる」との用語の意義についての原判決の認定は誤りである。
 本件発明5の出願当時の公知技術に照らすと,本件発明5は,脚部,尻部の筋肉をストレッチしつつマッサージするという格別顕著な効果を奏するからこそ,特許性が認められたものである。「ストレッチ」との用語は,本件明細書5に定義がない以上,字義どおり,緊張が感じられる程度あるいは張りを感じる程度まで筋肉を伸展・伸張することを意味すると理解すべきである。原判決のいうような尻部,腿部が持ち上げられる程度では,「押上げる」ということはできない。
 控訴人各製品が膨脹する座部用袋体を備えていることは事実であるが,フットレストの脚用袋体を膨脹させてから座部用袋体を膨脹させたときも,フットレストの脚用袋体を膨脹させないで座部用袋体だけを膨脹させたときも,腿部や尻部の筋肉に与える押圧力はほとんど違わない。
 したがって,控訴人製品は,いずれも構成要件A1,Bの「押上げる」との構成を充足しない。
   イ 「脚用袋体が膨張して使用者の脚部を挟持した状態で」との要件(構成要件B)の充足性
 (被控訴人の主張)
 控訴人製品は,「脚用袋体が膨張して使用者の脚部を挟持した状態で」との要件(構成要件B)を充足する。控訴人は,控訴人製品のフットレストの空気袋が膨脹を開始した後に,座部の空気袋が膨脹すると,フットレストの空気袋の空気が座部の空気袋に逆流すると主張するが,仮にそのような事態が生じるとしても,控訴人製品のフットレストの空気袋の圧力が一時減少するにすぎず,その後は,フットレストの空気袋と座部の空気袋の圧力がいずれも増加していくのであるから,脚用袋体が膨張して使用者の脚部を挟持した状態で,座部用袋体が使用者を押し上げるように膨張することに変わりはない。
 (控訴人の主張)
 弁護士C作成に係る意見書(乙133)には,控訴人製品には,座部の空気袋への空気の給排を制御する弁と,フットレストの空気袋への空気の給排を制御する弁とが共通の空気室に設けられており,フットレストの空気袋が膨脹を開始した後に座部の空気袋が膨脹を開始すると,座部の空気袋の膨脹開始時において,フットレストの空気袋の空気が座部の空気袋に逆流することが指摘されている。したがって,控訴人製品は,いずれも,使用者の脚部を挟持した状態で,前記座部用袋体が使用者を押上げるように膨張するものとはいえず,構成要件Bの「脚用袋体が膨張して使用者の脚部を挟持した状態で」との要件を充足しない。
  (2) 構成要件A3の充足性
 (被控訴人の主張)
 原判決は,本件発明5の「脚部をその両側から挟持する脚用袋体が配設された脚載置部」は,左右の各脚部の各々の両側に脚用袋体が配置される構成には限定されないと認定し,控訴人製品3,4が本件発明5の技術的範囲に属すると判断したが,この認定判断は正当である。
 構成要件A3は,「膨張時に使用者の脚部をその両側から挟持する脚用袋体が配設された脚載置部」と規定しており,「左右の脚部のそれぞれをその両側から挟持する脚用袋体」に限定されていない。
 本件発明5における脚用袋体の特徴的機能は,膨張時に使用者の脚部を挟持して固定することにある。こうした本件発明5における脚用袋体の目的,機能に照らすと,「膨張時に使用者の脚部をその両側から挟持する脚用袋体が配設された脚載置部」とは,控訴人製品3,4のように,両方の脚部の間にフットレストの中間壁や同壁に配設されたウレタンチップ等を介在させ,両方の脚部を一体のものとして両側から挟持する場合をも包含すると解すべきである。
 したがって,控訴人製品3,4は,構成要件A3を充足する。
 (控訴人の主張)
 構成要件A3の「使用者の脚部をその両側から挟持する」との文言についての原判決の解釈は誤りである。
 本件発明5は,脚部を挟持し,その動きの自由を奪って拘束した状態で使用者を押し上げるものであり,特許請求の範囲にも「脚部をその両側から挟持する」と記載され,本件明細書5の実施例にも,左右の脚部のそれぞれをその両側から挟持する脚用袋体のみが開示されている。このような記載に照らすと,本件発明5は,左右の脚部の各々の両側に脚用袋体が配置されることを要し,両方の脚部の間に中間壁や同壁に配設されたウレタンチップが介在するにすぎない控訴人製品3,4は,本件発明5の技術的範囲には属さないと解釈することが,自然かつ合理的である。
 2 均等侵害の成否
 被控訴人は,当審において,仮に,本件発明5の「脚部をその両側から挟持する脚用袋体が配設された脚載置部」が,左右の各脚部の両側に脚用袋体が配置される構成を意味するとしても,控訴人製品3,4は本件発明5の構成と均等なものとして,本件発明5の技術的範囲に属すると主張した。この点についての当事者の主張は,以下のとおりである。
  (1) 本質的部分(第1要件)
 (被控訴人の主張)
 控訴人製品3,4は,本訴が提起されたために,控訴人がそれまで製造販売していた控訴人製品1,2を設計変更し,改めて製造,販売を始めた製品である。控訴人製品1,2においては,その脚載置部の両方の側壁に空気袋が配置されていたが,控訴人製品3では,その一方の空気袋がチップウレタン及びウレタンフォームに置換され,控訴人製品4では,一方の空気袋がチップウレタン及び低反発ウレタンに置換されている。
 控訴人が置換した控訴人製品3,4の上記構成は,本件発明5の本質的部分ではない。
 本件発明5の特徴的部分は,構成要件A3の「座部の前部に設けられ,かつ,圧搾空気の給排気に伴って膨脹し,膨脹時に使用者の脚部をその両側から挟持する脚用袋体が配設された脚載置部」との構成,本件発明5の各構成要件を備えた商業化可能な椅子式エアーマッサージ機としての全体的な構成,構成要件Bの脚用袋体と座部用袋体の膨脹のタイミングの構成にある。
 各脚部を袋体によってその両側から挟み揉みすることは,ふくらはぎのマッサージの機械化という,公知技術に全く存在しなかった課題を解決する手段であり,そのために脚載置部に配設された袋体によって脚部を挟みつけるところに特徴がある。
 控訴人製品3,4は,一方の袋体を側壁に設けたチップウレタン等で置換し,袋体の膨張によって生じる押圧力と,これによって生じる側壁からの反作用の力で脚部を両側から挟み付けるものである。側壁に設けたチップウレタン等は,袋体と同じマッサージ作用を行うものであり,袋体かチップウレタン等かの相違は,本件発明5の構成要件A3の本質的部分に関係するものではない。
 (控訴人の主張)
 控訴人が置換した上記構成は,本件発明5の本質的部分である。
 本件発明5の本質的部分は,脚載置部の凹状受部の相対向する側面に空気袋をそれぞれ配設した点にある。本件特許5の出願当時,脚受部に中間壁のある構造は公知であったのであるから,本件発明5の本質的要素は,使用者の脚を個別的にその両側からそれぞれ袋体で挟持する構成を採用した点にある。被控訴人も,本件特許5の拒絶理由通知に対する意見書(乙28)において,使用者の脚をその両側から挟持することを引用刊行物との相違点として強調しているのであるから,この点が本件発明5の特徴点であると考えていたことは明らかである。
 そうすると,本件発明5と控訴人製品3,4の構成とは,本件発明5の本質的部分において異なることになる。
  (2) 置換可能性(第2要件)
 (被控訴人の主張)
 控訴人製品3,4は,控訴人製品1,2の一方の空気袋をチップウレタン等で置換しただけの製品であり,それによって,本件発明5を実施する控訴人製品1,2と全く同じように,脚部(ふくらはぎ)を包み込むような挟み揉みマッサージ作用を行うものである。一方の空気袋がチップウレタン等で置換されていても,脚部の両側から空気袋で押圧されるのと実質的に同一であり,一方の空気袋の押圧力によって相対する面に設けられたチップウレタン等からも脚部に対して押圧力が生じ,両側からの挟み揉みによるマッサージ効果は生じる。実際に控訴人製品3,4を使って脚部のマッサージを行ってみると,一般の使用者にはどちら側が空気袋で,どちら側がウレタンか区別することはできない。
 したがって,控訴人製品3,4は,一方の脚用袋体をチップウレタン等で置換しても,本件発明5の椅子式エアーマッサージ機と同一の目的を達し,同一の作用効果を奏するものである。
 (控訴人の主張)
 控訴人製品3,4は,本件発明5の椅子式エアーマッサージ機と同一の目的を達し,同一の作用効果を奏するものではない。
 本件発明5の空気袋は,能動的に人体を押圧する押圧部材であり,他方,控訴人製品3,4のチップウレタン等は,受動的に使用される緩衝材にすぎないのであるから,両者間には作用の点を含めて大きな差異がある。例えば,控訴人製品4において,フットレストの側壁に貼られたウレタンの厚さは約25mmであるのに対し,膨脹した空気袋の厚さは約130mmにも達する(乙135~137)。チップウレタン等の側には,空気の給排による押圧作用も開放作用もなく,逆に,相対向する空気袋の押圧・開放動作を受け止め,脚部が袋体から受ける押圧を緩める働きをしている。空気袋の膨脹による押圧の押付力の反力としての緩衝材の押圧と空気袋による膨脹の押圧力は明らかに異なるのであり,控訴人製品3,4のチップウレタン等は,これまで一般に使用されてきた緩衝材以上の機能を果たすものではない。
 したがって,控訴人製品3,4のチップウレタン等と空気袋の間に置換可能性があるとはいえない。
  (3) 置換容易性(第3要件)
 (被控訴人の主張)
 椅子式マッサージ機の脚部が直接フットレストの側壁と接触することを緩和するためにチップウレタン等を採用することに何の困難もなく,本件発明5のマッサージ機の脚部をその両側から挟持する手段として,袋体に代えてチップウレタン等を採用することは容易である。控訴人は,脚載置部の側壁の一方を緩衝材のウレタンで置換したマッサージ機の構成について,特許権を取得したことを強調するが,発明の特許要件における容易想到性と均等の置換容易性とは,全く内容を異にする別の判断である。
 (控訴人の主張)
 上記のとおり,空気袋とウレタンとの間には作用の点を含めて大きな差異があり,置換が容易であるとはいえない。控訴人は,本件発明1を先行技術とした上で,脚載置部の側壁の一方を緩衝材のウレタンで置換したマッサージ機の構成につき,新規性,進歩性を有するものとして,特許権を取得しているのであり(乙97~103,117),このことからも置換が容易ではないことは明らかである。
  (4) 控訴人製品の容易推考性(第4要件)
 (被控訴人の主張)
 本件発明5は,出願時における公知技術から当業者が容易に想到し得たものではないから,その脚載置部の側壁の一方を緩衝材のウレタンで置換したにすぎない控訴人製品3,4についても容易推考性は否定されるべきである。
 (控訴人の主張)
 仮に,置換可能性及び置換容易性が認められるのであれば,控訴人製品3,4は,本件発明5の特許出願時に,当時の公知技術から当事者が容易に推考できたものである。
  (5) 意識的な除外(第5要件)
 (被控訴人の主張)
 控訴人は,本件特許5の出願人が,使用者の両脚部を全体としてその両側から袋体で挟持する構成を意識的に除外して出願したと主張するが,凹状の脚載置部に袋体を配置し,脚部(ふくらはぎ)を挟み揉みマッサージする公知技術は,本件特許5の出願当時には全く存在しなかったのであるから,本件発明5の構成要件A3は,新規かつ特徴的な構成であり,当業者が容易に想到し得たものとはいえない。また,本件特許5の出願手続において,被控訴人が控訴人製品3,4の上記構成を意識的に除外したことを示す事実もない。
 (控訴人の主張)
 本件発明5の出願当時,脚載置部に中間壁を設けること,袋体によりマッサージを行うこと,マッサージ椅子にとどまらず身体の各部との接触を緩和する材料としてチップウレタン等を採用することは公知の技術であり,被控訴人はこれらの公知技術を前提として本件特許5の出願を行ったものである。そうすると,使用者の両脚部を全体としてその両側から袋体で挟持する構成は,被控訴人が構成に取り込もうとすればできたはずの構成である。しかるに,被控訴人は,側壁の一方が袋体ではない構成を選択せずに,袋体の両側配設の構成のみを選択したのであるから,脚部の一側方のみが袋体である構成は,その素材の種類にかかわらず,本件発明5から意識的に除外されたものと評価できる。
 3 損害額
  3-1 特許法102条1項に基づく請求
   (1) 控訴人製品の販売台数
 (被控訴人の主張)
 本件特許5が登録された平成12年10月20日から平成14年3月までの控訴人各製品の売上げは,合計7万4824台である。
 (控訴人の主張)
 本件特許5が登録された平成12年10月20日から平成14年3月までの控訴人各製品の売上げは,控訴人製品1につき1876台(FHC-306につき330台,FHC-316につき1546台),控訴人製品2につき2万1771台(FMC-100につき1万8177台,FMC-200につき3594台),控訴人製品3(FHC-317)につき3384台,控訴人製品4につき4万1948台(FMC-100Nにつき2万4178台,FMC-200Nにつき2816台,FMC-300につき1万4954台)の合計6万8979台である(乙74)。
   (2) 被控訴人製品の単位数量当りの利益の額
 (被控訴人の主張)
 原判決が認定しているように,被控訴人製品の単位数量当りの利益の額は1万6650円である。
 (控訴人の主張)
 被控訴人の主張は争う。直接労務費と製造設備費は,少なくとも経費として利益計算の根拠から控除すべきである。
   (3) 被控訴人の実施能力
 (被控訴人の主張)
 被控訴人は,平成9年度に被控訴人製品を10万5129台販売しており(甲36),平成12,13年度に控訴人製品の販売数量に相当する需要があれば,これに応じる能力は十分あった。
 (控訴人の主張)
 被控訴人製品は,全量が被控訴人の親会社である株式会社東芝に販売され,東芝がフジ医療器に販売し,フジ医療器が販売活動を行っていることは,被控訴人自身が認めている事実である。したがって,被控訴人自身は,本件発明5の実施能力を有しない。
   (4) 侵害行為がなければ権利者が販売することができた物
 (被控訴人の主張)
 被控訴人製品は,本件特許5を実施していないとの控訴人の主張は争う。
 (控訴人の主張)
 被控訴人製品の座部用空気袋は,脚部用空気袋が全く膨脹していない状態で膨脹を開始するか,もしくは,脚部用空気袋と同時に膨脹を開始するものであり,脚部用空気袋が膨脹してから,その後に座部用空気袋が膨脹を開始することはない(乙76)。したがって,被控訴人製品は構成要件Bの「脚用袋体が膨脹して使用者の脚部を挟持した状態で,座部用袋体が使用者を押し上げるように膨脹」することはなく,同製品は本件特許権5の実施品とはいえない。被控訴人は,本件発明5を実施していないのであるから,特許法102条1項は適用されるべきではないにもかかわらず,原判決はこの点について何ら判断していない。
   (5) 特許法102条1項ただし書に該当する事情
 (被控訴人の主張)
    ア 背中,肩,首などを機械式のもみ玉でマッサージする家庭用マッサージ椅子は1980年代末に松下電工から発売され,20万円以上の価格であるにもかかわらず多く売れ,家庭用マッサージ椅子が将来の有望な商品として注目されていた。
 被控訴人は,ふくらはぎのマッサージができるという,これまでのマッサージ椅子には全くなかった機能を有する製品によって市場参入を図った。マッサージ椅子は被控訴人にとって全く新しい分野の商品で,独自の販売ルートを有していなかったことから,フジ医療器にマッサージ椅子の販売をすべて委ねたが,脚部,座部,背中部のマッサージをすべて空気袋(エアバッグ)で行う被控訴人製品(甲37)は,消費者に好評で,平成9年度には年間10万台以上という,この種の製品としては非常に多い販売数を記録した。
    イ 他方,控訴人は,以前は機械式のマッサージ椅子を製造販売していたが,平成11年1月に控訴人製品1を発売した。この製品は,背中は機械式のもみ玉によってマッサージを行い,座部と脚部(ふくらはぎ)は空気袋によるマッサージを行う製品であった。控訴人が続いて平成12年4月に発売した「i.1」(アイワン)という商品名の製品(控訴人製品2)は非常に多く売れ,すぐに市場占有率が第1位の製品となった。控訴人の売上高は平成10年度までは年間70億円くらいであったが,上記2製品の発売以後,急激に売上高を伸ばし,平成14,15年度には160億円以上に達した(この数値は会社全体の売上高で,控訴人の商品構成は上記のマッサージ椅子が90%以上を占めている。)。
 本件特許権5を侵害する控訴人製品1,2の発売によって,被控訴人の製品の販売数は急激に減少した。控訴人の製品が多く売れたのは,ふくらはぎのマッサージに空気袋を使用し,背中のマッサージにはもみ玉を使うという組合せが消費者に受け入れられたことが原因であると考えられるが,被控訴人は他社の特許の存在を考慮して,背中のマッサージにもみ玉を使う製品は製造しなかった。この結果,被控訴人の特許の存在を無視して商品開発を行った控訴人が,市場において有利な立場に立つことになった。
    ウ 控訴人の市場占有率の拡大により,松下電工も危機感をもち,平成11年8月から,従来の背中部のもみ玉によるマッサージに加え,ふくらはぎを空気袋でマッサージする製品を本格的に販売し始めた(乙61~63)。また,被控訴人の製品を販売していたフジ医療器は,市場で急激にシェアを伸ばした控訴人製品2に対抗するために,平成12年ころから独自に,背中をもみ玉でマッサージし,ふくらはぎを空気袋でマッサージする自社製品を製造,販売し始めた(乙67)。これによって,被控訴人の製品の販売数の減少はさらに顕著なものとなり,平成14年には,被控訴人のマッサージ椅子の事業は全く成り立たない状態になった。
 なお,控訴人が挙げる第三者の製品のうち,フランスベッドの「貴賓席(MFD-2)」(乙64)やツカモト株式会社の「i-seat」(乙65)は,脚部マッサージ用の脚載置台を有しているが,これらの脚マッサージは電動のバイブレータによるものであって,空気袋によるものではない。また,三洋電機株式会社の「家族の椅子」(乙66)は「ワイド4つ玉」と称する機械的なメカニズムによるもので,これも空気袋によるものではない。オムロンの販売するフットマッサージャ(乙68)や座椅子式装置「楽椅子座」(乙62)は,被控訴人製品や控訴人製品とは価格帯や性能が異なり,消費者にとって控訴人製品の代替品とはなり得ない。
    エ このように,本件特許5の成立時点では,他の競合メーカーも現れ,控訴人の侵害行為による被控訴人製品の販売数の減少は単純な関係ではなくなったのは事実である。控訴人の売上高が平成12~14年度に顕著に増大しているのと同様,松下電工やフジ医療器も製品の売上げを大きく伸ばしている。被控訴人は,平成12年以降の販売数の急激な落ち込みについて,そのすべてを控訴人が侵害品を販売したことによるものとして損害額を算出すべきであると主張しているものではなく,競合品の存在について特許法102条1項ただし書を適用すること自体には異論はない。
 しかしながら,過去に優れた販売実績を有していた被控訴人製品が,空気袋による脚部マッサージの機能を備える控訴人製品の市場参入によって大きな打撃を受けたことは事実である。原判決は,控訴人の製品販売量は平成11年12月10日から平成14年3月31日までの約2年4か月で合計9万6054台であると認定したが,もし,この期間の被控訴人製品の販売数量が,控訴人の市場参入以前と同様であれば,同製品の2年4か月間の販売量は20万台以上になったはずである。ところが,実際には上記2年4か月の間の被控訴人製品の販売量は約5万台であった。つまり,被控訴人製品の販売減少量は約15万台で,これは控訴人製品の販売量よりもはるかに多いのであり,もし控訴人の侵害行為がなければ,被控訴人が,上記2年4か月の間に,実際の販売量よりも7万4824台は多く販売できたと考えることに何の不合理もない。本件のように実際に目に見える形で顕著な逸失利益の損害が発生している事案においては,事案の実態に応じた妥当な損害額を算定すべきである。仮に,競合品の存在を考慮して特許法102条1項ただし書を適用したとしても,被控訴人が販売することができなかったとされるべき割合は多くて3分の2であり,その分については実施料相当額として販売額の5%が適用されるべきである。
    オ 控訴人は,自らの営業努力や独自のデザイン等について強調するが,前記のとおり,控訴人の2年4か月の間の販売数量が9万6054台であるとするならば,被控訴人の過去の実績に比べてはるかに少ないのであるから,控訴人の営業努力等は特許法102条1項ただし書の事情として考慮するほどのものではない。
 (控訴人の主張)
    ア 原判決は,特許法102条1項ただし書につき,「被控訴人の事業規模,被控訴人の過去における販売実績等を総合考慮すると,本件において法102条1項ただし書に該当する事情が存在すると認めることはできない」と認定判断した。
 しかしながら,控訴人製品が他社製品にない独自の特徴を有していることや控訴人自身の独自の営業活動は,被控訴人の事業規模や被控訴人の過去における販売実績と無関係あるいは併存して存在し得る事情であり,1項ただし書の「販売することができない事情」には,「侵害者の営業努力,市場における代替品の存在等」も含まれるというのが立法趣旨である(平成10年改正工業所有権法の解説,特許庁総務部総務課・工業所有権制度改正審議室編19頁)。
    イ 本件においては,被控訴人製品と同種の有力な競合代替品が市場に存在すること,控訴人は椅子式マッサージ機のメーカーとしては老舗であり,その営業努力が売上げに貢献していること,控訴人製品のセーリングポイントが本件発明5以外にあることが明瞭であることなどの事情があり,これらの事情は特許法102条1項ただし書の「販売することができない事情」として考慮すべきである。
 (ア) 被控訴人は,平成10年度から平成12年度にかけて,販売台数が激減したと主張する。しかしながら,被控訴人製品の市場占有率が低下した最大の原因は,被控訴人が被控訴人製品の販売を全面的に依存しているフジ医療器が自社製品の販売を力を入れ出したこと,被控訴人製品が陳腐化したことにある。
 すなわち,被控訴人は,独自の販売網を持たず,被控訴人製品の販売を全面的にフジ医療器に依拠していたため,被控訴人製品の売上げがフジ医療器の自社製品の販売の拡大によって影響を受けることは不可避であった。フジ医療機器は,被控訴人製品を販売する一方で,独自の自社製品として5機種を販売しており,被控訴人の販売数量が激減したと主張されている時期の平成12年4月には「エアーソリューション」(乙67の2,3)を,平成13年8月には「サイバーリラックス」(乙67の5)を発売している。これらの製品は,脚受部の両側壁にそれぞれ空気袋を配置するなど,被控訴人製品とほとんど同一構成の製品である。
 また,椅子式マッサージ機の市場占有率が第1位の松下電工の「もみ&エア」,「モミモミ・リアルプロ」も,同時期に発売されており,これらの製品は,空気袋によりマッサージする椅子式マッサージ機であって,脚受部の両側壁にそれぞれ空気袋を配置するなど,被控訴人製品とほとんど同一構成の製品である。
 フジ医療器及び松下電工の上記製品が,本件特許権5を侵害するとしても,特許法102条1項ただし書において考慮することが妨げられるものではなく,本件特許権を侵害するものであれば,かえって市場の競合製品であることは明らかである。特許権者が権利を行使しないとの態度で接している侵害品についても,特許権者による市場機会の利用が不可能であるという点では侵害品ではない代替品と変わらないのであるから,同項ただし書の考慮の対象外とすべき理由はない。
 (イ) 他方,控訴人製品の売上げが伸びたのは,控訴人製品特有のデザインや優れた機能,控訴人の営業努力やブランドイメージによるところが大きい。
 そもそも,マッサージ製品は,機能,デザイン,価格に販売のポイントが置かれ,複数の工業所有権が集合的に利用されて製品が成り立っているのが一般である。控訴人製品は,市場に多くの競合品や代替品が出回っている中で,そのデザインが好まれて販売が増進したものであり,このデザインについては意匠登録もしている(乙70の50,91)。
 また,控訴人製品のセーリングポイントはセンサーにより治療ポイント(つぼ)を自動検索する機能であり,このもみ玉の可動範囲自動調整は高く評価され,新聞や雑誌にも取り上げられ,消費者にも支持されている(乙58,59,61)。このようなセンサー機能は,被控訴人製品にはない。
 さらに,控訴人は,最も歴史を有するマッサージ機の専業メーカーであり,そのブランドイメージとあいまって,上記の商品特性を消費者に効果的に広告宣伝したこと(乙60)が大きく売上げに貢献している。
   (6) 寄与度
 (被控訴人の主張)
    ア 本件発明5の製品価値に対する寄与は,構成要件Bの作用効果のみによるのではなく,ふくらはぎのマッサージ効果や椅子式エアーマッサージ機の全体的構成も製品の価値に寄与するものであるから,本件特許1,3が無効とされても,本件特許5の価値は構成要件Bに限定されずに評価されるべきである。
 本件発明1,3はエアーマッサージ機の基本的構成に関する発明であり,本件発明5は,本件発明1,3との関係では,脚用袋体と座部用袋体の膨張のタイミングに特徴を有する部分的な改良発明といえる。しかしながら,本件明細書5は,椅子式エアーマッサージ機の基本的構造である本件発明1,3に相当する内容を開示しているのであるから,本件特許1~4の無効が確定することにより,本件特許5の位置付けは当然変わってくる。
 本件発明5は,公知技術に対し,3つの特徴を有する。第1に,構成要件A3は脚部をその両側から狭持する脚用袋体が脚載置部に配設され,同脚載置部が座部の前部に設けられた新規な構成であり,この構成によってふくらはぎに対する有効なマッサージ作用が行われる。第2に,本件発明5は,座部,椅子本体,脚載置部,圧搾空気供給手段,分配手段,入力手段,制御手段を備えた椅子式マッサージ機であり,実際の製品に即した商品化可能な具体的な構成を有する椅子式エアーマッサージ機である。通常,特許侵害の損害賠償で寄与率が問題になるのは,特許発明が装置の部品を対象とする場合などであるが,本件発明5は,椅子式エアマッサージ機の全体にわたる具体的構成を開示している点で異なる。第3に,構成要件Bに規定された新規な構成によりストレッチ効果が得られる。
 本件発明5のこれらの構成は,消費者が被控訴人製品を購入する上で特に重要な動機となる要素であり,製品の販売促進に大きく寄与した。
    イ 仮に,本件特許5の価値が構成要件Bに依拠して評価されるとしても,構成要件Bの寄与度は大きい。
 被控訴人製品では,被控訴人製品のパンフレット(例えば,甲37の1)に説明されているように,動作モードとして,コース選択スイッチ(全身コース,上半身コース,下半身コース)と,首・肩,背中,背筋,腰,尻,太もも,脚の7箇所のエアバッグを複合的に選択できるポイント複合選択スイッチがあり,そのうちの「太もも」を含むコース又はポイントを選択した上で「脚部同時スイッチ」を押すと,本件発明5の構成要件Bに該当する動作となる。
 控訴人は,「脚部使用状態」(水平状態)ではストレッチ作用は全く生じないと主張する。確かに,脚載置部を収納(垂直)状態にした方が使用者の膝が曲がった状態となるので,ストレッチ効果をより強く感じることができるが,水平状態であっても,脚用袋体の膨張によって脚部が固定され,座部用袋体が膨張したときに,脚部(膝部)が上方へ移動することを妨げるから,本件発明5のストレッチ効果が生じる。
    ウ 被控訴人製品において,脚部のマッサージのために,「脚同時」のボタンと,もものマッサージを含むコース又は「もも」のポイント選択のボタンが押される確率は,被控訴人の計算では約56%であり,また,構成要件A3による脚部マッサージが消費者の重要な購入動機となることに鑑みれば,被控訴人製品に「脚部同時スイッチ」を押さない使用態様があることを考慮しても,本件発明5の被控訴人製品における寄与率は少なくとも50%を下らない。
 実際のところ,原判決の認める被控訴人製品の単位数量当りの利益の額1万6650円に50%の寄与率を掛けて得られる8325円は,実施料相当額として考えられる金額と比べて決して高い金額ではない。
 (控訴人の主張)
    ア 原判決は,本件発明1~5の侵害を認めた上で,寄与度として5%のみを減額した。しかしながら,当審においては本件発明5のみの損害が問題となるのであるから,原判決の認容した損害額は大幅に減額されるべきである。
    イ 控訴人は,本件発明5の製品価値に対する寄与度の認定に当たっては,構成要件Bの作用効果のみならず,ふくらはぎのマッサージ効果や椅子式エアーマッサージ機の全体的構成も考慮されるべきであると主張するが,本件発明5の構成要件A1~7は,いずれも新規な構成といえるものではなく,発明の寄与は,これまでにない用途を見出した点に限定して考慮されるべきである。
    ウ 本件発明5のストレッチ効果は,被控訴人製品のパンフレットにも全く触れられていない。被控訴人製品の製品である「ロイヤルチェア」「自悠席」「エアーリラックス」の各パンフレット(甲37)を見ても,「脚用袋体が膨脹して使用者の脚部を挟持した状態で,座部用袋体が使用者を押上げるように膨脹すること」には全く触れられていない。確かに,脚部と首,肩,背中,背筋,腰,尻,太ももを同時膨脹させる「脚部同時スイッチ」のことは記載されているが,太ももの袋体と脚用袋体が同時に膨脹することは商品購入の動機付けとなるものではない。
 また,被控訴人製品の上記パンフレットは,脚載置部を座部と水平状態に突出された状態(本件特許5の特許公報の図2の状態)を「使用時」とし,垂直に下げた状態(同図1)を「収納時」と掲載している。これによれば,現実の商品の使用においては,脚載置部を突出させた状態で使用することが予定されているが,この状態ではストレッチ作用は生じない。
 被控訴人製品では,設定されている種々の動作モードのうち,特定の動作モードが選択されたときにのみ,しかもその動作モードでの運転時間における一部の時間においてのみ,脚部空気袋と座部空気袋の膨脹開始順序がたまたま一致するにすぎない。すなわち,ロイヤルチェアMC-133(甲9,37の1)を例にすると,①「脚部収納状態」と「脚部使用状態」のうち,「脚部収納状態」とし,②マッサージ動作として「コース選択」(各部位の袋体を順次膨脹させるにすぎない)と「ポイント複合選択」のうち,後者を選択し,③その中から「脚同時」ボタンを押し,④ポイント複合選択「肩・首」「背中」「背筋」「腰」「しり」「もも」のうち,「もも」ボタンを押すことにより,初めて脚の袋体とももの袋体が同時に膨脹する構成として作動する。このような動作が選択される確率は,控訴人の計算によると,2.1%である。
    エ このように,本件特許5は,売上げには全く寄与していないのであるから,結局のところ,損害賠償は認められるべきではなく(最判平成9年3月11日民集51巻3号1055頁(小僧寿し事件)参照),認められるにしても大幅に減額されるべきである。
  3-2 特許法102条3項に基づく請求(予備的主張)
 (被控訴人の主張)
 特許侵害の損害賠償額はいかなる場合も特許法102条3項の実施料相当額を下回ることがないことから,もし,被控訴人製品の単位数量当りの利益である1万6650円に寄与度を乗じた金額が,侵害品1個当たりの実施料相当額(控訴人製品の価格11万円×5%=5500円)を下回る場合は,被控訴人は同項の実施料相当額を損害として主張する。
 また,仮に,競合品の存在を考慮して特許法102条1項ただし書を適用したとしても,被控訴人によって販売できないとされた分については,特許法102条3項の実施料相当額として販売額の5%が損害として認められるべきである。
 (控訴人の主張)
 被控訴人の主張は争う。