債務名義の執行力の向上(民事執行法改正)

弁護士 辻本 恵太

1 はじめに

 「民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律」(令和元年法律第2号)が令和元年5月17日に公布され,令和2年4月1日に施行となった。
 この改正は,私たちオレンジ法律事務所の弁護士を含む,多くの交渉,訴訟に携わる弁護士にとって,心躍る改正であり,施行される令和2年4月1日を心待ちにしていた。判決などの債務名義の執行力の向上は,民事司法制度への信頼を飛躍的向上させることと期待している。
 民事執行法改正は多岐にわたるが,一部を紹介したい。

2 裁判で勝つことと金銭を支払ってもらえることは同じではない

 まず,①貸した500万円を返してもらえないので裁判を起こした(貸金返還請求訴訟)。②1年近く裁判をして勝訴判決を得て確定した。それでも,借りた人(裁判で負けた人)が500万円を返してくれないということはある。
 裁判に勝ったのに,債務者が任意に支払わない場合等のために,強制的に債権の実現を確保するため,強制執行という制度が設けられている。
 勝訴判決を得たり,相手方との間で裁判上の和解が成立したにもかかわらず,相手方が金銭を支払ってくれなかったり,建物等の明渡しをしてくれなかったりする場合,判決など(債務名義)を得た人(債権者)の申立てに基づいて,相手方(債務者)に対する請求権を,裁判所が強制的に実現する手続きを強制執行という

3 強制執行をするためには対象となる財産を特定する必要がある

 強制執行には,競売手続,担保不動産収益執行手続等の不動産執行,債務者の勤務先の給料や,銀行預金を差し押さえるなどの債権執行,その他がある。
 重要なのは,不動産執行であれば,対象となる不動産,債権執行であれば対象となる債権など,どの財産を対象とするのかを特定しなければならない点である。「債務者が持っているどこかの土地の差し押さえをして競売したい」,とか,「債務者のどこかの銀行の預金を全部差し押さえて取り立てたい」というような申立てはできないのである。
 さらに付言すると,現行では,銀行預金の差押えの場合,●●銀行●支店というように支店名まで特定しなければならない。勝訴判決を得た債権者にとって,この点は,非常に苦労する。

4 改正民事執行法とこれまでの財産開示制度

 民事執行法は平成15年及び平成16年に全般的な見直しが行われ,判決などの債務名義を取得しても財産が隠匿されるなどして強制執行できないことに対する対策として,財産開示制度が制定された。しかし,「30万円以下の過料」という不出頭や虚偽陳述などの制裁が弱すぎる上,不功奏要件(民事執行法197条1項各号)があるため,制度制定後も申立件数が少ないままであった。ちなみに,私も,弁護士として,財産開示制度を利用をしたのは2件だけであるが,それでも,弁護士としては多い方で,一度も利用したことがない弁護士も多いと思われる。
 それが,「6月以下の懲役または50万円以下の罰金」と罰則が大幅に強化された(改正法213条1項)。なお,不功奏要件のうち,民事執行法197条1項2号の疎明の運用が相当緩和されたとの説明がされている。

5 第三者からの情報取得手続

 4で説明した財産開示制度は,債務者の自己申告の制度のため実効性に限界がある。
 そこで,自己申告ではなく,銀行等の第三者からの情報の取得の手続きが本改正により実現された(改正民事執行法204条以下)。この第三者からの情報取得手続こそ待望の制度である。
 第三者から入手できる情報は,以下の4つである。

 ①不動産に関する情報(不動産情報)

  債務者名義の不動産(土地・建物)の所在地や家屋番号

 ②給与(勤務先)に関する情報(勤務先情報)

  債務者に対する給与の支給者(債務者の勤務先)

 ③預貯金に関する情報(預貯金情報)

  債務者の有する預貯金口座の情報(支店名,口座番号,額)

 ④上場株式,国債等に関する情報(株式情報)

  債務者名義の上場株式・国債等の銘柄や数等

(1)①不動産情報

 このうち,①の不動産情報については,不動産情報が登記所から提供されることになったが,登記所における不動産に関するシステムの構築などの整備が必要であるため,公布の日から2年を超えない範囲内で政令で定める日までの間は適用しないとされており,令和3年5月16日までに開始予定である。開始が待ち遠しい。

(2)③預貯金情報

 預貯金の執行のために銀行の支店まで特定しなければならないことをふまえると,③の預貯金情報(支店名,口座番号,額)が開示されるということは,かなり重要な改正といえる。不功奏要件の疎明の運用が緩和された現行においては,金銭債権についての強制執行の申立てをするのに必要とされる債務名義を取得しさえすれば,この手続は難しくはない。なお,情報提供がなされたときには,裁判所は,債務者にそのことを通知しなければならないが(改正法208条2項,1項・207条1項),情報提供された預貯金の差押え前に,預貯金を引き出されてしまうと情報提供手続をした意味が失われる。そこで,執行裁判所としては,合理的な期間,債務者への通知を留保する運用をする予定であると聞いている

(3)④株式情報

 銀行預金は,いつでも引き出されるおそれがあり,必ずしもまとまった大きな預金があるとは限らず,それ以外の金融資産を有していることもある。そこで,④の株式情報(上場株式・国債等の銘柄や数等)の取得手続が制定された。口座管理機関(社債,株式等の振替に関する法律2条4項)である証券会社等の金融商品取引業者や銀行など(「振替機関等」)から上場株式・国債等の銘柄や数等(「振替社債等に関する情報」)を取得する手続きが定められることになったのである。この手続きによって上場株式,投資信託受益権,社債,地方債,国債などの財産情報の取得が可能になったことは実務上大きな意味がある

(4)②勤務先情報

 最後に,②勤務先情報について説明する。
 情報提供をする第三者は,1月1日の時点で債務者の住所がある市区町村か,厚生年金を扱う団体(日本年金機構,国家公務員共済組合,国家公務員共済組合連合会,地方公務員共済組合,全国市町村職員共済組合連合会又は日本私立学校振興・共済事業団)のどちらか又は両方である。
 ただし,申立権者は「執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者」のうち,その請求権が「民事執行法151条の2第1項各号(扶養義務等)に掲げる義務に係る請求権又は人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権」のみとされた点に留意されたい。

6 最後に

 弁護士をしていると,裁判で勝ったのに,なぜお金を支払ってもらえないのか?そんなの不合理ではないか?と言われることがある。
 これは,依頼者から裁判に勝った後に言われるばかりではない。初回の打ち合わせのときに,弁護士としては,敗訴リスクだけでなく,未回収リスクについても説明をしなければならないのだが,そのときに言われることも少なくない。
 未回収リスクのために,多額の債権について,依頼自体を断念し,泣き寝入りをする依頼者もいる。敗訴リスクは,法的知識と事実認定により,概ね,予測可能であるが,未回収リスクは,予測し難いことも多々ある。確率の問題だ。

 裁判に勝ったものの,相手方が支払う資産を有していなければ,金銭を支払ってもらうことはできない。依頼者が納得できない気持ちは理解できるが,これはどうしようもないことである。
 しかし,裁判に勝ったが,相手方が資産を隠蔽することにより,相手方から金銭を支払ってもらえないのは,何とかしなければならない

 今回の民事執行法改正による判決などの債務名義の執行力の向上は,弁護士が依頼者のためにできる範囲が増えた結果,弁護士の信頼が高まるとともに,民事司法制度全体への信頼を飛躍的に向上することを願うばかりである。

(了)