弁護士が書く埼玉の中小企業のための秘密保持契約

1 秘密保持契約とは
2 秘密保持契約の効果
3 注意すべきポイント
 ①秘密保持の対象となる情報の特定
 ②秘密情報の取扱・管理
 ③知的財産権
4 さいごに
5 参考ひな形

弁護士 尾形 駿

1 秘密保持契約とは

 情報社会とも評される現代では,企業の経営資源である人・モノ・金・情報のうち,情報の重要性は高まってきたことから,より一層情報の管理に力を入れる中小企業も増えてきた印象を抱く。
そして,情報管理の一環として,企業は,従業員や取引先と秘密保持契約を締結することがある。
 秘密保持契約とは,英語でNon-disclosure agreementと表記し,略して,NDA呼ばれることも多い。
その名称からも分かるとおり,企業の秘密情報が第三者に外部漏洩したりすることを防ぐことを目的とした契約である。
 弊所の顧問先は,埼玉県内やその近郊にある中小企業が多いが,そのような顧問先からも,取引先との秘密保持契約に関する質問やその契約書のチェックを依頼されることが多い。 そこで,今回は,秘密保持契約書に関して,意義や散見される注意点の一部について書いてみたい。

2 秘密保持契約の効果

(1)予防効果
 秘密保持契約を締結することによって,契約の相手方は,秘密情報管理に対する意識が高まり,その契約に反しないように行動するため,契約上秘密保持の対象となる情報(以下「秘密情報」という。)の漏洩等を防止しやすくなる(予防効果)。

(2)事後的救済効果
 契約の相手方が秘密情報を漏洩した場合など契約の内容に違反したときは,当然,その相手方に対して,法的な請求が可能となる(事後的救済効果)。

 まずは,契約上の効果として,契約内容に違反した相手方に対して,債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)等をすることが可能となる。
 また,契約上の効果のみならず,不正競争防止法上の効果として,情報漏洩等をした相手方に対して,差止請求(同法3条),損害賠償請求(同法4条),信用回復措置請求(同法14条)が可能となる可能性が高まる。
 不正競争防止法上の効果を受けるには,不正競争防止法の「営業秘密」(同法2条6項)に該当することが必要となるが,「営業秘密」と認められるための3要件(秘密管理性,有用性,非公知性)のうち特に秘密管理性の要件該当性が高まり,不正競争防止法の救済も受けられる可能性が高まるということである。
不正競争防止法の詳細については,またの機会に書きたいと思う。

3 注意すべきポイント

①秘密保持の対象となる情報の特定

 秘密保持契約において,重要なポイントとして,ます挙げられるのは,秘密情報を特定することである。
 秘密保持契約書のチェック等をしていると,「本契約における「秘密情報」とは,・・・技術上または営業上の情報その他一切の情報をいう。」というような記載のある契約書が散見される。
 秘密情報の特定が曖昧であると,契約の相手方が秘密保持の対象となる情報の範囲を認識できず,秘密として管理されなくなってしまう等のおそれが生じてしまう(予防効果の希薄化)。
 また,契約の相手方がある情報の管理を怠った場合等に,事後的に(究極的には,裁判所が),当該情報が秘密情報に含まれるかの判断が困難となり,相手方の責任追及ができなくなる(事後的救済の不確実性)。
 つまり,秘密情報をしっかりと特定することで,予防効果も上がる上,事後的救済も図りやすくなる。
以下,契約書において,秘密保持の対象を特定するために工夫できる手段をいくつか挙げたい。

(1)具体的情報の記載
 秘密情報を具体的に特定できる場合には,その情報を具体的に記載することが重要である。 具体的に秘密情報に該当する情報を記載することによって,契約の相手方も秘密情報に該当するかどうかを判断しやすくなり,秘密管理性が保たれやすい。

(2)別紙での指定
 契約作成段階で,秘密情報に該当する情報が具体的に確定している場合には,(1)のような記載も可能であると思われるが,後に,秘密情報に該当する情報の追加や更新が望まれる場合もある。
 そこで,そのような場合に対応するために,秘密情報を別紙でリスト化しておき,随時更新する旨の規定を定めておくことも考えられる。

経済産業省が出しているサンプルでは,以下のような条項例が記載されている。

甲が乙に秘密である旨を指定して開示する情報は,別紙のとおりである。なお,別紙は甲と乙とが協力し,常に最新の状態を保つべく適切に更新するものとする。

(3)秘密であることの明示
 情報を開示する際に,開示者が秘密情報であることを明示した情報を秘密保持の対象とする旨の記載をすることも考えられる。

 このような記載は,リーガルチェックを依頼された秘密保持契約書のドラフトにおいても,巷に出回っている秘密保持契約書サンプルにおいてもよく見かけられる。
 具体的には,「開示の際に秘密であることを明示した・・・情報」というような記載である。
開示者が秘密情報であることを明示する方法としては,文書の場合には,その文書に「秘密情報」と記載したり,映像や口頭で開示した情報の場合には,別途当該情報が秘密情報に該当する旨の記載をした書面を交付する等の方法が考えられる。

 経済産業省が出しているサンプルでは,以下のような条項例が記載されている。

甲又は乙が口頭により相手方から開示を受けた情報については,改めて相手方から当該事項について記載した書面の交付を受けた場合に限り,相手方に対し本規程に定める義務を負うものとする。

口頭,映像その他その性質上秘密である旨の表示が困難な形態又は媒体により開示,提供された情報については,開示社が相手方に対し,秘密である旨を開示時に伝達し,かつ,当該開示後❍日以内に当該秘密情報を記載した書面を秘密である旨の表示をして交付することにより,秘密情報とみなされるものとする。

 秘密であることの明示をするという方法で営業秘密の対象が明確となる一方,情報開示者が秘密であることを明示することを失念した場合には,秘密保持の対象として扱われなくなってしまうおそれがあるので,注意されたい。

(4)目的規定の記載
 事後的救済に関する部分であるが,目的規定を記載しておくことが,秘密保持の対象となる情報に該当するかの判断の際に,役立つ場合がある。
 秘密保持の対象情報の定義が多少不明確でも,なるべく具体的な目的を記載することで,その目的に照らして,秘密保持の対象となるかを判断しやすくなると思われる。

②秘密情報の取扱・管理

 契約の相手方に対して,どこまで秘密情報の管理や取扱いの制限を求めるかが一つのポイントとなる。

(1)複製制限
 秘密保持の対象となっている情報の複製を制限することで,契約の相手方からの第三者に対する情報漏洩等を防ぐことができる。
 複製に関する条項は,秘密保持契約書によく見られるが,その制限の仕方はいくつかパターンがある。
制限の厳しい順に,
①複製の一切の禁止
②事前の承諾がある場合に限り複製可能
③複製した場合には事後報告が必要
④複製した場合には原本同等の保管方法が必要
といった内容である。

 厳格にすればするほど(①に近づけるほど),秘密情報の漏洩等が防ぎやすくなるが,その反面,情報受領者の情報活用の円滑性は失われることとなるため,個々の取引の内容に応じたバランスを考える必要がある。

(2)秘密情報の返還等
 契約の相手方に対して,秘密保持の対象となる情報を含む媒体記録等を提供した場合,半永久的に提供したままにしてしまうと,契約の相手方が秘密情報の漏洩等をしてしまうおそれが高まる。
 そこで,秘密保持の対象となっている情報を含む媒体記録等の返還等に関する規定を設けることで,秘密情報の漏洩等を防ぐことができる。 このような返還に関する条項もよく見かける。

経済産業省のサンプルでは,以下のような例が記載されている。

第〇条(返還義務等)
1.本契約に基づき相手方から開示を受けた秘密情報を含む記録媒体,物件及びその複製物(以下「記録媒体等」という。)は,不要となった場合又は相手方の請求がある場合には,直ちに相手方に返還するものとする。
2.前項に定める場合において,秘密情報が自己の記録媒体等に含まれているときは,当該秘密情報を消去するとともに,消去した旨(自己の記録媒体等に秘密情報が含まれていないときは,その旨)を相手方に書面にて報告するものとする。

(3)第三者への再委託・第三者との共同開発の制限
 企業がある他社に特定の業務を委託する場合に,その他社が第三者へ当該業務を再委託すると,秘密情報が第三者に漏洩等してしまうおそれが生じる。
 また,企業が他社と共同研究開発する場合に,その他社が第三者と同一目的の共同開発をすると,秘密情報が第三者に漏洩等してしまうおそれが生じる。
 そこで,企業が他社と業務委託契約や共同開発契約を締結する際に秘密保持契約を取り交わすときは(業務委託契約や共同開発契約の中の条項として秘密保持条項を記載することが大半だと思われる),再委託や第三者との共同開発を制限することが考えられる。
 制限の方法としては,第三者への再委託や第三者との共同開発を一切禁止する方法と,事前の許可がある場合に限り第三者への再委託や第三者との共同開発を許すという方法がある。

経済産業省のサンプルでは,以下のような例が記載されている。

第〇条(再委託)
1.乙は,甲の事前の書面による承諾を得ずに,本業務の全部又は一部を第三者へ再委託してはならない。
2.前項の事前の書面による承諾に基づき本業務を再委託する場合には,乙は自己が負う義務と同等の義務を再委託先に対して書面にて課すとともに,甲に対して再委託先に当該義務を課した旨を書面により報告し,かつ乙は当該秘密情報の開示に伴う責任を負うものとする。
3.前項に加え,乙は再委託先から次の各号の承諾を得なければならない。また,乙は,当該承諾を得た旨を甲に書面で報告する
① 事故発生時には直ちに甲に対しても通知すること
② 事故再発防止策を協議する際には甲の参加も認めること ③ 再委託先における秘密情報の具体的管理状況の報告は,甲の閲覧も認めること
③ 再委託先における秘密情報の具体的管理状況の報告は,甲の閲覧も認めること

第〇条(第三者との共同研究の禁止)
甲又は乙は,相手方の事前の書面による承諾なしに,第三者との間で本共同研究と同一の目的となる研究を行ってはならない。

③知的財産権

 企業が他社と共同開発契約をする場合には,契約の一方が他方を出し抜いて,共同開発した成果物を我が物としてしまう等の現象を防がなければならない。
 そこで,そのような現象を防ぐ条項を設けておく必要がある。

具体的な条項については,経済産業省のサンプルに網羅的に上がっているので,以下参照されたい。

第〇条(知的財産権の出願等)
1.甲又は乙は,本契約の有効期間中及びその失効後○年間において,本共同研究により研究成果が生じた場合は,速やかに相手方に通知しなければならない。
2.甲又は乙は,前項に規定する研究成果に係る知的財産権については,原則として,甲乙双方の共有とし,その持分は原則として折半とするものとする。
3.甲又は乙は,前項に規定する研究成果に係る知的財産権の出願又は設定登録の申請(以下「出願等」という。)を行う場合には,共同で出願等するものとする
4.甲又は乙は,前項に規定する知的財産権の出願等の手続及びその権利保全に要する一切の費用について,原則として,折半して負担するものとする。
5.甲又は乙は,前項に規定する費用を負担しないときは,当該知的財産権に係る自己の持ち分を相手方に譲渡するものとする。譲渡に必要な事項は,別途,甲と乙とが協議して定めるものとする。
6.甲又は乙は,外国において知的財産権を出願等する場合には,別途甲と乙とが協議して,これを定めるものとする。

第〇条(研究成果の公表等)
甲又は乙は,本契約の有効期間中及び契約終了後○年間は,本共同研究によって得られた研究成果を公表又は第三者に開示しようとする場合には,その内容,時期,方法等について,書面により事前に相手方の承諾を受けるものとする。

第〇条(研究成果の実施)
1.本共同研究の研究成果及び第○条(知的財産権の出願等)の規定による共有の知的財産権について甲又は乙以外の第三者(それぞれの子会社を含む。)に実施させる場合には,予め甲と乙とで協議し,実施の可否及びその条件等を定めるものとする。
2.前項の規定に基づき,共有の知的財産権を第三者に実施させた場合の実施許諾料は,当該知的財産権に係る甲及び乙の持分に応じて,それぞれに配分するものとする。

第〇条(持分の譲渡)
甲又は乙は,本共同研究の結果生じた知的財産権の持分を第三者に譲渡する場合には,書面により事前に相手方の承諾を受けるものとする。

第〇条(利用発明等)
1.甲又は乙は,第○条(知的財産権の出願等)に規定する発明の利用発明又は改良発明(以下「利用発明等」という。)をし,これらについて知的財産権の出願等をしようとするときは,その内容を相手方に書面で事前に通知しなければならない。
2.甲又は乙は,前項による通知があったときは,甲と乙とで協議し,当該利用発明等の取扱いについて決定する。

4 さいごに(契約書より重要なこと?)

 以上,秘密保持契約書に関する一般的なポイントの一部を挙げたが,特に予防という観点からは,書面の記載内容もさることながら,契約前及び契約後を通じて,契約の相手方とコミュニケーションを十分とり,認識を共有させ,秘密保持に関する運用を適切に継続していくことが何よりも重要である。
 したがって,契約書の記載内容の工夫に加え,コミュニケーションの工夫も意識しなければならない。

 また,秘密保持契約に限らず,契約の背景事情には様々な個別的な事情があるので,最終的には,個別具体的な事情も考慮して,契約内容が決まってくることも多いため,必ずしも上記のような条項を入れられるとは限らない。

 情報漏洩に不安のある契約であれば,事前に,企業の取引の実態や背景事情に理解のある弁護士等に相談されてもよいかもしれない。

5 参考となる秘密保持契約書ひな形

 本文中で引用した経済産業省のサンプルは,経済産業省のHP内にある『【参考資料】秘密情報保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~』の中に記載されている『各種契約書等の参考例』の第4ないし第7に挙げられているものである。