大阪地裁平成 27年6月 28日判決〔破袋機とその駆動方法に関する特許権侵害差止等請求事件〕

控訴審 知財高裁平成 28 年6月1日判決 〔特許法102条1項ただし「販売すること ができないとする事情」の解釈とその立証責任〕

4 本件特許出願の原出願日前に頒布された刊行物である乙33(特開平7-1388号公報)に記載の発明(乙33発明)を主引例とする進歩性欠如の無効理由の有無(争点4-(2))について

  (1) 乙33号証の記載について
 平成5年6月17日に出願され,平成7年1月6日に公開された,特開平7-1388号公開特許公報(乙33)には,次の記載がされ,また図面が添付されていると認められる。
   ア 「図1乃至図3において,ごみの入った袋を切り裂く破袋機1は,上部開口をホッパー11で形成し且つ下方向にテーパを成した処理空間を形成する傾斜側板12,15を有したケーシング10と,ケーシング10の下方部において両端板16,17間で回転可能に長手方向に水平に横架された円筒ロータ20と,ロータ20の周面上に周方向に1つ軸方向に順次90°づつずらして一定間隔で複数組配列したなぎなた状破袋刃30,・・・と,ロータ20を回動する可逆転ギアードモータ41とチェーン等の回転力伝達機構42とから成る回転駆動装置40とから構成されており,破袋刃30が上方から回転して来る側(図1の左側)の側板12の下部13が長手方向に複数に(本実施例では6つに)区分されて各々独立して横方向に揺動可能に上縁部で側板12の上部に蝶番連結されている。各区分側板13a~13fは破袋刃30に接近可能な位置にスプリングSによって弾性付勢されており,また外側をはみ出し受け板14で囲まれている。」(【0007】)
   イ 「ケーシング10は,長手方向に設けられた取出し用ベルトコンベアC上方に底の開口10aが位置するように四隅において支持柱Pによって支持されている。端板16,17は,その外面に固定した軸受B,Bによって円筒ロータ20を軸承している。また,上記側板下部13と他方の側板15の下部には,ごみ袋を破袋刃30の回転軌跡T内に寄せる逆V断面の三角形リブ18,19が突設されている。」(【0008】)
   ウ 「破袋刃30は,矢印Aの正転方向において後進上反りのなぎなた(表刀)形状を成しており,刃を鋸歯状にしてゴミ袋に対する喰い込みを良くして確実に破袋できるようにしている。ロータ20の逆回転時にも破袋できるように,刃30の後端部にも切り裂きエッジを形成してもよい。この場合,他方の側板15の下方部を,区分して弾支する構造にしてもよい。」(【0010】)
   エ この破袋機1の作動について,概説すると,モータ41によって矢印Aの方向に例えば毎分30~60回転のスピードでロータ20を回動し,ホッパー11から連続して大量のごみ袋Wを投入して行くと,ごみ袋は傾斜側板12,15の相互に隣接した三角形リブ18,19の谷部の破袋刃30が通過する箇所で次々となぎなた(長刀)状の破袋刃30の鋸歯によって切り裂かれて,内部のごみはケーシング底開口10aから下方のベルトコンベアC上に落下して次の選別所へ搬出されることになる。もし,ごみ袋内の,またごみ袋と共に比較的硬いプラスチック製品や木製品等が投入された場合に破袋刃30を傷めないように,それら硬い廃棄物に刃30が当たると同時にその部分の区分側板13a~13fをスプリングSに抗して押し開き,硬い廃棄物を下方に落下させる。なぎなた状の刃30は,ごみ袋やごみに対して余り攪拌せずに接線タッチで静粛に切込みを行うし,硬い物に対する衝撃も小さい。」(【0011】)
   オ 図面1
図略
   カ 図面2
図略
   キ 図面3
図略
  (2) 乙33発明の認定
 前記(1)によると,乙33号証には,次の乙33発明が記載されているものと認められる。なお,ケーシング10は,上記イ及び図1ないし3から,支持柱Pによる四隅が支持される矩形枠体であるといえる。
 矩形枠体からなるケーシング10と,
 ケーシング10の下方部における両端板16,17に水平に回転可能に横架されたロータ20の周面上に周方向に1つ軸方向に順次90度ずつずらして一定間隔で複数組配列したなぎなた状破袋刃30と,
 ケーシング10内に設けられた傾斜側板12,15は,テーパをなした処理空間を形成するとともに,ごみ袋を破袋刃30の回転軌跡Tに寄せる逆V端面の三角形リブ18,19が突設され,
 ロータ20を回動する可逆転ギアードモータ41とを有し,
 ロータ20を回動させることにより,傾斜側板12,15の相互に隣接した三角形リブ18,19の谷部の破袋刃30が通過する箇所で次々となぎなた状の破袋刃30の鋸歯によってごみ袋を切り裂く
 破袋機。
  (2) 本件特許発明1と,乙33発明の対比
   ア 乙33発明の「矩形枠体からなるケーシング10」,「ケーシング10の下方部における両端板16,17に水平に回転可能に横架されたロータ20の周面上に周方向に 1 つ軸方向に順次90度ずつずらして一定間隔で複数組配列したなぎなた状破袋刃30」は,それぞれ,本件特許発明1に係る発明の「矩形枠体からなる破袋室」(構成要件A),「破袋室の一方の対向壁面間に水平に軸支された回転体の表面に,回転軸に直角な垂直板からなる複数の板状刃物を,該回転軸から放射方向に且つ該放射方向が軸方向に所要角度ずれるように凸設した可動側刃物」(構成要件B)に相当する。
   イ 乙33発明の「ケーシング10内に設けられた傾斜側板12,15は,テーパをなした処理空間を形成するとともに,ごみ袋を破袋刃30の回転軌跡Tに寄せる逆V断面の三角形リブ18,19が突設され」と,破袋室の他方の平行な対向壁面より板厚みを水平に凸設配置された垂直板からなる複数の板状刃物を,前記回転体の軸方向に配列した固定側刃物」(構成要件C)とは,「破袋室の壁面より,板厚みを水平に凸設配置された固定側の突設物」という点で共通する。
   ウ 乙33発明の「ロータ20を回動する可逆転ギアードモータ41とを有し」と,本件特許発明1の「回転体に対して正・逆転パターンの繰り返し駆動を行う駆動制御手段」(構成要件D)とは,「回転体に正逆転駆動を行う駆動制御手段」という点で共通する。
   エ 乙33発明の「ロータ20を回動させることにより,傾斜側板12,15の相互に隣接した三角形リブ18,19の谷部の破袋刃30が通過する箇所で次々となぎなた状の破袋刃30の鋸歯によってごみ袋を切り裂く」と,本件特許発明1の「可動側と固定側の垂直板からなる複数の板状刃物が所定間隔で噛合するように,回転体の正・逆転パターンの繰り返し駆動に伴って固定側の垂直板からなる板状刃物間を可動側の垂直板からなる複数の板状刃物が通過し,所定間隔で噛合する可動側と固定側の垂直板からなる複数の板状刃物間で袋体を破袋する」(構成要件E,F)は,「可動側の垂直板と固定側の突設物が所定間隔で噛合するように,回転体の回転に伴って固定側の突設物間を可動側の垂直板からなる板状刃物が通過し,所定間隔で噛合する可動側の垂直板と固定側の突設物との間で袋体を破袋する」点で共通する。
  (3) 本件特許発明1と,乙33発明の一致点及び相違点
 前記(2)によると,本件特許発明1と,乙33発明とは,次の点で一致し,次の点で相違する。
   ア 一致点
 矩形枠体からなる破袋室と,
 破袋室の一方の対向壁面間に水平に軸支された回転体の表面に,回転軸に直角な垂直板からなる複数の板状刃物を,該回転軸から放射方向に且つ該放射方向が軸方向に所要角度ずれるように凸設した可動側刃物と,
 破袋室の壁面より板厚みを水平に凸設配置された固定側の突設物と,
 回転体に対して正逆転駆動を行う駆動制御手段と,
 可動側の垂直板と固定側の突出物が所定間隔で噛合するように,回転体の回転に伴って固定側の突設物間を可動側の垂直板からなる板状刃物が通過し,所定間隔で噛合する可動側の垂直板と固定側の突設物との間で袋体を破袋する
 破袋機。
   イ 相違点1
 「破袋室の壁面より板厚みを水平に凸設配置された固定側の突出物」に関して,本件特許発明1においては「破袋室の他方の平行な対向壁面より板厚みを水平に凸設配置された垂直板からなる複数の板状刃物を,前記回転体の軸方向に配列した固定側刃物」であるのに対し,乙33発明は,「ケーシング10内に設けられた傾斜側板12,15は,テーパを成した処理空間を形成するとともに,ごみ袋を破袋刃30の回転軌跡Tに寄せる逆V断面の三角形リブ18,19が突設される」ものである点。
   ウ 相違点2
 本件特許発明1に係る発明が,「回転体に対して正・逆転パターンの繰り返し駆動を行う駆動制御手段を有し,可動側と固定側の垂直板からなる複数の板状刃物が所定間隔で噛合するように,回転体の正・逆転パターンの繰り返し駆動に伴って固定側の垂直板からなる板状刃物間を可動側の垂直板からなる板状刃物が通過し,所定間隔で噛合する可動側と固定側の垂直板からなる複数の板状刃物間で袋体を破袋する」ものであるのに対し,乙33発明は,「ロータ20を回動する可逆転ギアードモータ41とを有し,ロータ20を回動させることにより,傾斜側板12,15の相互に隣接した三角形リブ18,19の谷部の破袋刃30が通過する箇所で,次々となぎなた状の破袋刃30の鋸歯によってごみ袋を切り裂く」ものである点。
   エ 被告の主張について
 被告は,乙33発明における三角形リブ18,19が,本件特許発明1の固定側刃物に相当することを主張するが,乙33文献の記載全体をみても,三角形リブ18,19が刃物として機能するものと解すべき記載はなく,被告の主張のように,相違点を構成しないものと解することはできない。
 また,可逆転ギアードモータ41を備えることが,回転体の正・逆転パターンの繰り返し駆動を行う駆動制御手段に相当し,相違点を構成しないものと解することができないことは後述のとおりである。
  (4) 相違点の検討
   ア 相違点1について
 乙33文献の段落【0005】には,「更に,上記傾斜側板には,下縁部に横断面逆V形の三角形リブを上記破袋刃間に対応して突設させるとごみ袋は隣接リブ間のV状底に寄って破袋刃によって効率的に切られるように構成される。」との記載がある。
 そうすると,ごみ袋は,隣接リブ間のV状底に寄せられた,すなわち三角形リブ間のV状底にごみ袋が保持された状態で,破袋刃が通過することによりごみ袋が切り裂かれることになるのであるから,乙33文献の記載から,三角形リブの先端に刃先部を設ける動機づけは見当たらないし,被告指摘の乙34文献記載の発明は,二軸破袋機に関する発明,乙35文献記載の発明は,工作機械等より排出される切粉を効率よく連続して裁断する切粉裁断装置に関する発明,乙36文献記載の発明は,生ゴミを発酵させる生ゴミ処理装置の攪拌爪配列構造に関するものであって,一軸破袋機の発明である本件特許発明1とは技術分野を異にし,これら文献の記載に固定側刃物を一軸破袋機に設けることについての開示や示唆は認められない。
 したがって,相違点1に係る構成を,乙33発明から,又は乙34文献ないし乙36文献記載の発明と組み合わせることにより,容易に想到し得たものということはできない。
   イ 相違点2について
 乙33発明のロータ20は,可逆転ギアードモータ41により,正転・逆転のいずれの方向にも回転させることができるものである。
 しかし,ロータ20をどのような態様で逆回転させるかについては乙33文献には一切記載がなく,また,技術常識にかんがみても,破袋機の回転体(ロータ)が正・逆転駆動され得るものであるとしても,ここから直ちに乙33発明のロータ20が,前記1(6)で検討した「正・逆転パターンの繰り返し駆動」を行うとまでは認められない。
  (5) まとめ
 したがって,本件特許発明1は,乙33発明それ自体,又は乙33発明と乙34文献ないし乙36文献に記載の発明を組み合わせることにより容易に想到できたものということはできず,進歩性を有するものである。
 また,本件特許発明2,3は,本件特許発明1の構成を全て備えるものであるから,本件特許発明1が進歩性を有する以上,本件特許発明2,3もまた同様である。
 したがって,本件特許発明1ないし3は,特許法29条2項に違反するとの無効理由を有さない。