大阪地裁平成 27年6月 28日判決〔破袋機とその駆動方法に関する特許権侵害差止等請求事件〕

控訴審 知財高裁平成 28 年6月1日判決 〔特許法102条1項ただし「販売すること ができないとする事情」の解釈とその立証責任〕

3 本件特許出願の原出願日前に公知となっていた破袋機にかかる発明(本件公知発明)を主引例とする進歩性欠如の無効理由の有無(争点4-(1))について

  (1) 公知破袋機が存在したか等について
 被告は,自社製品である公知破袋機が遅くとも平成16年4月2日当時存在したとして,その旨の証拠(乙11,14等)を提出するので検討する。
 乙14号証は,本件訴訟提起後の平成24年10月22日に作成された被告の従業員の報告書であり,当該報告が依拠する公知破袋機に関する図面は,いずれも被告の社内に保管されていたCADのデータを印字したものである。
 もっとも,公知破袋機の納入先とされる株式会社プリテック及び福井環境事業株式会社は,既に公知破袋機を廃棄し(乙11),又は被告に返却しており(乙13),現時点においてその構成を明らかにすることはできない状態であるし,前記の被告において電子データとして保管されていたCADの図面等が納入先に納品保管されていたわけでもない。被告提出の図面に,第三者の検収,確認等を受けた痕跡のあるものも存しない。
 そうすると,公知破袋機の存在及び公知破袋機が本件公知発明の構成を備えることを立証するものは,専ら被告内に保管された資料や電子データによることになり,かつ,当該資料や電子データに,作成された当時の状態で保存されていることを客観的に担保するような措置はとられていないことからすると,これら資料を根拠に,公知破袋機が,本件公知発明を備えたものとして,平成16年4月2日当時存在したものと認めるには足りず,他にこれを認め得る的確な証拠はない。
 しかし,上記の点を措いて,仮に乙14号証に記載のとおりの公知破袋機が存在したとしても,本件公知発明があることにより,本件特許発明1ないし3が無効事由を有することにはならないものと判断する。その理由は次のとおりである。
  (2) 公知破袋機の構造について
 乙14号証によると,公知破袋機は,次の構成を備えるものと認められる。
   ア 直方体状の枠体Aからなる破袋室Bを有する。
   イ 破袋室Bの一方の対向壁面間に水平に軸支された一本の回転体Cを有する。
   ウ この回転体Cの表面には,回転体Cの回転軸に直角な垂直板からなる複数の板状刃物が設けられ,この板状刃物は,回転軸から放射方向に且つ該放射方向が軸方向に所要角度ずれるように突設した可動側刃物Dである。
   エ この回転体Cと平行にして破袋室Bの一方の対向壁面間には,一本の非回転体Eが設けられ,この非回転体Eには,板厚みを水平に垂直板からなる複数の板状刃物が凸設され,更に,回転体Cの非回転体E側と反対側斜め上方から,板厚みを水平に垂直板からなる複数の板状刃物が下方に向けて凸設され,これら両方の板状刃物が固定側刃物Fである。
   オ それぞれ独立した正転タイマ及び逆転タイマにより,回転体Cが正逆転駆動を行う駆動制御手段を有する。
   カ 可動側と固定側の複数の板状刃物が所定間隔で噛合するように,回転体Cの正逆転駆動に伴って固定側刃物F間を可動刃物Dが通過し,所定間隔で噛合する固定側刃物Fと可動側刃物D間で袋体を破袋する。
   キ 以上の構造を有する破袋機。
  (3) 本件公知発明の認定
 上記(2)の公知破袋機の構造及び証拠(乙14)から,本件公知発明の構成は,次のとおりと認められる。
 直方体状の枠体Aからなる破袋室Bと,
 破袋室Bの一方の対向壁面間に水平に軸支された回転体Cの表面に,回転軸に直角な垂直板からなる複数の板状刃物を,該回転軸から放射方向に且つ該放射方向が軸方向に所要角度ずれるように凸設した可動側刃物Dと,
 回転体Cと平行にして破袋室Bの一方の対向壁面には1本の非回転体Eが設けられ,この非回転体E側には板厚みを水平に凸設される垂直板からなる複数の板状刃物及び回転体Cの非回転体E側と反対側斜め上方から板厚みを水平に垂直板からなり下方に向けて凸設される板状刃物で構成された固定側刃物Fと,
 それぞれ独立した正転タイマ及び逆転タイマにより,回転体Cに対して正・逆転駆動を行う駆動制御手段とを有し,
 可動側と固定側の垂直板からなる複数の板状刃物が所定間隔で噛合するように,回転体Cの正・逆転駆動に伴って固定側の垂直板からなる板状刃物F間を可動側の垂直板からなる板状刃物Dが通過し,所定間隔で噛合する可動側の垂直板Fと固定側の垂直板Dからなる複数の板状刃物間で袋体を破袋する
 破袋機。
  (4) 本件公知発明と,本件特許発明1の対比(一致点及び相違点)
 本件公知発明の「直方体の枠体A」は,本件特許発明1の「矩形枠体」に相当し,本件公知発明の「非回転体E」と,「回転体Cの非回転体E側と反対側斜め上方」はいずれも「回転体と平行な部材」であって,空間を画する作用も有するから(前記1(5)参照),本件特許発明1の「破袋室の他方の平行な」「壁面」と「回転体と平行な一対の部材」である点で共通する。
 本件公知発明の「それぞれ独立した正転タイマ及び逆転タイマにより,回転体Cに対して正・逆転パターンの繰り返し駆動を行う駆動制御手段」と,本件特許発明1の「回転体に対して正・逆転パターンの繰り返し駆動を行う駆動制御手段」は,「回転体に対して正・逆転駆動を行う駆動制御手段」である点で共通する。
 したがって,本件公知発明と,本件特許発明1は,次の一致点,相違点が認められる。
   ア 一致点
 矩形枠体からなる破袋室と,
 破袋室の一方の対向壁面間に水平に軸支された回転体の表面に,回転軸に直角な垂直板からなる複数の板状刃物を,該回転軸から放射方向に且つ該放射方向が軸方向に所要角度ずれるように凸設した可動側刃物と,
 回転体と平行な一対の部材に板厚みを水平に凸設配置された垂直板からなる複数の板状刃物を,前記回転体の軸方向に配列した固定側刃物と,
 回転体に対して正・逆転駆動を行う駆動制御手段を有し,
 可動側と固定側の垂直板からなる複数の板状刃物が所定間隔で噛合するように,回転体の正・逆転駆動に伴って固定側の垂直板からなる板状刃物間を可動側の垂直板からなる板状刃物が通過し,所定間隔で噛合する可動側と固定側の垂直板からなる複数の板状刃物間で袋体を破袋する
 破袋機。
   イ 相違点1
 本件特許発明1の固定側刃物は,破袋室の対向壁面に設けられているのに対し,本件公知発明の固定側刃物Fは,非回転体E側には板厚みを水平に凸設される垂直板からなる複数の板状刃物,及び,回転体Cの非回転体E側と反対側斜め上方から板厚みを水平に垂直板からなり下方に向けて凸設される板状刃物で構成されている点。
   ウ 相違点2
 本件特許発明1の回転体の回転制御は,「正・逆転パターンの繰り返し駆動を行う駆動制御」であるのに対し,本件公知発明の回転体Cの回転制御は「それぞれ独立した正転タイマ及び逆転タイマにより,回転体Cに対して正・逆転駆動を行う駆動制御」である点。
  (5) 相違点の検討
   ア 相違点1について
 本件明細書には,次の記載がある。
 「この発明によると,破袋室の中央に1つの刃物回転体とその回転軸方向の両側に設けた固定刃物群とから構成され,機構が簡素化され,かつ前記回転体を正・逆転パターンの繰り返し駆動とすることにより,破袋室へ投下される袋体を確実に捕捉し,可動側刃物の両側に形成した各破袋空間で交互にかつ連続して効率よく破袋することができる。」(【0016】)
 この記載から,本件特許発明は,破袋室の中央に1つの刃物回転体とその回転軸方向の両側に設けた固定刃物群とから構成されることと,正・逆転パターンの繰り返し駆動とすることとが協働して,破袋室へ投下される袋体を確実に補足し,可動側刃物の両側に形成した各破袋空間で交互にかつ連続して効率よく破袋することができるという作用効果を奏するものであるといえる。
 そうすると,本件特許発明1の「破袋室の他方の平行な対向壁面より板厚みを水平に凸設配置された垂直板からなる複数の板状刃物を,前記回転体の軸方向に配列した固定側刃物」の構成の技術的意義は,破袋室の平行な対向壁面,すなわち,回転体の回転軸方向の両側に固定側刃物が回転体の軸方向に配列されることになり,このため,可動側刃物の両側に破袋空間が形成され,破袋室に投入された袋体をまんべんなく破袋することが可能となることである。
 他方,証拠(乙13,14)によると,本件公知発明は,正転,逆転のどちらでも破袋ができるように,固定側刃物の一方を改造前の二軸回転型破袋機の回転体として使用していたものに設け,他方を枠体を利用して設けたものであり,本件特許発明1の固定側刃物のように回転体とのその両側部の対向壁面との間に破袋空間を生じさせる構造となってはおらず,破袋空間は非回転体E側の一方向のみに形成されるのであって,袋体が回転体の非回転体Eの反対側に投入されたとしても,非回転体E側の破袋と同等の破袋は行われず,「可動側刃物の両側に形成した破袋空間で交互に且つ連続して効率よく破袋することができる」という本件特許発明の作用効果を奏することはない。
 また,本件公知発明の認定の基礎となる乙14号証を参照しても,本件公知発明における回転体Cの斜め上方から凸設された板状刃物の位置を,非回転体Eとは反対の側部に変更して用いる示唆がされていることを認めるに足りない。
 したがって,本件特許発明1の相違点1の構成は,本件公知発明に比して顕著な効果を奏するものであり,当業者にとって容易に想到できるものということはできない。
   イ 相違点2について
 本件公知発明の回転体の回転制御が,その構成(「それぞれ独立した正転タイマ及び逆転タイマにより,回転体Cに対して正・逆転駆動を行う駆動制御」)から,前記1(6)で検討した「正・逆転パターンの繰り返し駆動」と同一であるかは,証拠上不明といわざるを得ない。
   ウ まとめ
 以上によれば,本件特許発明1は,相違点1に係る構成を採用することによって,可動側刃物の両側に同等の破袋空間を形成し,刃物回転体の正転時,逆転時に,均等に破袋を行い得るようにした点で,本件公知発明に対し新規性,進歩性が認められるというべきであるし,破袋室中央の刃物回転体とその回転軸方向の両側に設けた固定刃物群からなる構成に,回転体を正・逆転パターンの繰り返し駆動とする構成を付加した一軸破袋機が,本件特許の出願時において,周知あるいは公知であったことを認めるに足りる証拠もない。
  (6) まとめ
 以上によると,本件特許発明1は,本件公知発明から,容易に想到できたものということはできず,進歩性を有するものである。
 また,本件特許発明2,3は,本件特許発明1の構成を全て備えるものであるから,本件特許発明1が進歩性を有する以上,本件特許発明2,3もまた同様である。
 したがって,本件特許発明1ないし3は,特許法29条2項に違反するものではなく,無効理由を有さない。