営業秘密の不正取得等の侵害立証に関する文書提出命令(積極)

裁判年月日 平成 27 年 7 月 27 日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 決定
事件番号 平27(モ)273号
事件名 文書提出命令申立事件

第 3 当裁判所の判断 ― 2 判断

 (1)不正競争防止法7条1項は,不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟において,裁判所が,当事者の申立てにより,当事者に対し,侵害行為について立証するため必要な書類の提出を命ずることができる旨規定するところ,当事者間の衡平の観点から模索的な文書提出命令の申立ては許されるべきではないことや,当事者が文書提出命令に従わない場合の制裁の存在(民事訴訟法224条)等を考慮すると,そこにおける証拠調べの必要性があるというためには,その前提として,侵害行為があったことについての合理的疑いが一応認められることが必要であると解すべきである。

 (2)そして,前記認定事実によれば,相手方が本件技術情報の少なくとも一部を取得したことが認められ,本件技術情報がHGOの製造プロセス及びその仕上焼鈍設備に関する技術情報であること,相手方がHGOの製造業者であること,相手方は,申立人のもと従業員ないしその関連会社と技術協力契約等を締結した上,本件技術情報の少なくとも一部の取得に先立ち合計数億円を支払っていることなどからすれば,現段階においては,本件技術情報の不正取得及び不正使用があったことの合理的疑いが一応認められるというべきであるから,前記認定事実(4)記載の各事実によって基本事件の争点との関連性が認められる本件文書については,証拠調べの必要性が認められる。

 なお,相手方は,Aの供述は信用できない旨主張するが,AはHGO業務標準において●●●立場にあった者であるところ,前記認定事実(4)記載のとおり,Aないしその弁護人が本件刑事事件において本件文書等を証拠として提出して相手方が申立人のもと従業員を通じて本件技術情報を不正に取得したと主張したこと,及びAが本件パリ面談の際に本件文書等を根拠として別紙「文書提出命令申立書」の別紙2該当部分記載のとおり相手方が申立人の営業秘密を不正に取得し使用した旨の説明をしたことが認められるのであるから,本件文書は,Aの供述の信用性にかかわらず,不正競争による営業上の利益の「侵害行為について立証するため」に必要な書類であると認められる。

 (3)相手方は,本件技術情報が不正競争防止法2条6項にいう営業秘密の要件を具備しない旨主張する。

 この点,高品質なHGOを工業的に製造するためには,各製造工程において制御すべき条件を一連のものとして条件設定する必要性があり,その条件を設定するためには膨大な実験及び現場試験をする必要があると考えられることから,そのような試行錯誤の結果として得られた操業ノウハウや工業生産設備の操作方法等を含む本件技術情報は客観的にみてこれに接する関係者に秘密性を認識させる性質の情報であるといえる。そして,証拠(甲23ないし25,174ないし196,233ないし238,253,254)によれば,申立人が,機密保持規程に基づき,本件技術情報を含む電磁鋼板工場の全設備について第Ⅰ種設備として指定し,「設備,作業内容,製造工程等の面における機密性が著しく高いため,または第三者との契約による制限のため機密保持上当該設備への立入りを社外者はもとより,従業員といえども原則として認めない」扱いとし,関係者には秘密保持の誓約書を提出させるなどの秘密管理の努力をしてきたことが認められ,一方,申立人が従業員等による機密資料の持出しを容認していたことや本件技術情報が操業条件など実務的な有用性を持つまとまりを持った情報として公開されていたことを認定できる証拠は現時点では提出されていない。さらに,相手方による本件技術情報の取得・使用の有無及び態様に係る事実が本件技術情報の営業秘密該当性の判断にも役立つものであることも考慮すると,現段階においては,本件技術情報の営業秘密性の点をもって証拠調べの必要性を否定することは到底できないというべきである。

 (4)相手方は,HI-Bプロセス関連文書について,特に消滅時効及び除斥期間を主張するが,平成20年(2008年)10月3日(本件刑事事件の控訴審判決の翌日)の時点で申立人が加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況にあったと認めるに足りる証拠は現時点では提出されていないから,少なくとも,HI-Bプロセス関連文書に係る損害賠償請求権の全部が時効により消滅していると認めることは現段階ではできない。なお,現時点において一応認められる前記認定事実記載の事実関係を前提とすれば,基本事件における不正競争防止法違反に係る請求の準拠法は日本法であると解すべきである。

 また,相手方は,SLプロセス関連文書について,特に不正使用の点を争うが,前記認定事実(2)記載のとおり,相手方が本件技術情報のうちSLプロセスに関する技術情報の少なくとも一部を不正に取得した事実が認められ,かつ,相手方独自の開発経過を裏付けるに足りる証拠は現時点においては提出されていないから,現段階では,相手方には本件技術情報の不正使用についての合理的疑いが一応認められる。

 さらに,相手方は,ROF関連文書について,特に不正取得行為の介在についての悪意の点を争うが,前記認定事実(3)記載のとおり,相手方が取得したことにつき当事者間に争いのない甲A第12号証ないし甲A第14号証及び甲A第25号証には申立人のROFに係る情報であることを示す記載があること,並びに,相手方はE社及びDとの間で高額な対価を支払う旨の技術研究契約等を締結していること等に照らして,現段階においては,相手方が悪意であった合理的疑いが一応認められる。

 したがって,これらの相手方の主張は,いずれも現段階における本件文書の証拠調べの必要性を否定するものではない。

 (5)相手方は,文書番号7ないし11に係る各文書については,平成15年(2003年)ころから平成18年(2006年)ころにかけての文書であるから,申立人の主張する本件技術情報の不正取得の時期とは異なる旨主張するが,申立人の主張は,相手方が申立人のもと従業員等を通じて継続的・組織的に本件技術情報を不正取得してきたという趣旨の主張なのであって,基本事件における攻撃防御の対象時期には平成15年(2003年)ころから平成18年(2006年)ころも含まれているから,相手方の主張には前提において誤りがあり採用できない。

 相手方は,文書番号15,16,20,21に係る各文書については,Aが供述する各文書の内容を争わないから証拠調べの必要性を欠く旨主張するが,上記自白により,文書番号15,16には●●●が相手方従業員に対してSLプロセスに関する申立人の八幡製鐵所での現場生産の状況や製造技術上のポイントに関して述べた内容等が記載されており,文書番号20,21の表紙部分には,相手方が作成し,押印された評価書が付けられていることは争いがないことになるが,これらの文書全体の具体的内容は本件パリ面談におけるA供述によっても未だ不明確というほかないから,これらの文書について証拠調べの必要性があることは明らかである。

 相手方は,文書番号17に係る文書については,一部(1頁と37頁)を任意提出したことにより証拠調べの必要性を欠く旨主張するが,一部開示された部分には「●●●」,「●●●」「●●●」などの記載があると認められ(申立人の平成27年6月22日付け「上申書(文書の任意提出について)に対する反論書」の参考資料1),前記認定事実と併せ考えれば,この文書のその余の部分の関連性及び証拠調べの必要性が優に認められる。

 (6)相手方は,さらに,本件文書には相手方の営業秘密を含むものがあり,提出を拒むことについて正当な理由があると主張するが,それ以上に本件文書の開示によりいかなる不利益が生じるのか具体的に明らかにしないところ,営業秘密の保護に関しては,民事訴訟法及び不正競争防止法上の手当がされていること,及び申立人と相手方との間には,平成26年7月16日付け秘密保持契約が締結されていることなどからすれば,本件文書に相手方の営業秘密を含むものがあってもそれだけでは原則として上記正当な理由には当たらないと解すべきであり,前記認定に係る証拠調べの必要性に照らして,単に本件文書が相手方の営業秘密を含むと抽象的に主張するのみでは,相手方においてその提出を拒むことについて正当な理由があるとは到底認められない。