(参考判例)平成27年11月19日知財高裁判決〔特許権侵害行為差止等請求控訴事件〕
特許法102条1項ただし書の事情および同条2項の推定覆滅事由


 2 争点(4)(被告製品2が本件訂正発明2の技術的範囲に属するか)について

  (1) 本件訂正明細書2について
   ア 本件訂正明細書2の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
 (ア) 産業上の利用分野
 【0001】本発明はオフセット輪転機の版胴に関する。
 (イ) 従来の技術
 【0002】従来のオフセット輪転機の版胴は耐食性,耐摩耗性,汚れ除去性等の観点から,その表面にCrメッキ施工後,研磨加工によりRmax<1.0μmに調整されたもの,又は耐食材を肉盛溶接後研磨加工されたものが用いられていた。
 (ウ) 発明が解決しようとする課題
 【0003】前述の従来技術には,次のような問題点がある。図4に示すように,従来の版胴1に版2を装着して印刷する場合,印圧Pを負荷して接触・回転する相手ブランケット胴3との間で相互に周長差があると,版胴1に装着された版2に接線力Fが作用することになる。
 【0004】このため,この接線力Fによって,版2と版胴1間で,上記周長差に対応した微小すべりを発生し,印刷作業の進行と共に,このすべりが蓄積され,版2と版胴1の相対位置が変化するいわゆる版ずれトラブルが発生する。…
 【0005】本発明は,上記の版ずれトラブルを容易に防止できる版胴を提供することを目的とするものである。
 (エ) 課題を解決するための手段
 【0006】従来,Crメッキあるいは耐食鋼を肉盛溶接後,研磨加工によりRmax<1.0μm程度に仕上げ加工されていた版胴表面粗さを,6.0μm≦Rmax≦100μmに調整する。
 (オ) 作用
 【0007】版胴の表面粗さを6.0μm≦Rmax≦100μmとすることによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させることができ,これにより版ずれトラブルが防止できる。
 (カ) 発明の効果
 【0014】本発明は,版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,該版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整したことにより,版胴の表面は耐食性及び耐摩耗性を向上させると共に版ずれトラブルを防止できる。
   イ 前記アの記載によれば,本件訂正発明2は,オフセット輪転機の版胴に関する発明であり(【0001】),従来の版胴は表面にCrメッキ施工後,研磨加工によりRmax<1.0μmに調整されたもの又は耐食材を肉盛溶接後研磨加工されたものが用いられていたが(【0002】),従来の版胴に版を装着して印刷する場合,ブランケット胴との間で相互に周長差があると,版胴に装着された版に接線力が作用することになるため,版と版胴との間で,周長差に対応した微小すべりを発生し,印刷作業の進行と共に,このすべりが蓄積され,版と版胴の相対位置が変化する,いわゆる版ずれトラブルが発生するという問題があったことから(【0003】,【0004】),版ずれトラブルを容易に防止できる版胴を提供することを目的とし(【0005】),かかる課題を解決する手段として,表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成した版胴の表面粗さを,6.0μm≦Rmax≦100μmに調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させることができ,これにより版ずれトラブルを防止するというものである(【0006】,【0007】,【0014】)。
  (2) 「版」(構成要件I)の意義について
   ア 特許請求の範囲(請求項1)には,「版を装着して使用するオフセット輪転機版胴」と記載されており,オフセット輪転機版胴に装着される「版」の種類を特定のものに限定する記載はない。
 また,本件訂正明細書2の発明の詳細な説明の記載を参酌しても,本件訂正発明2のオフセット輪転機版胴に装着される「版」の種類を特定のものに限定する記載はない。
   イ 乙6(「新聞印刷ハンドブック改訂版」社団法人日本新聞協会2006年4月発行)によれば,「オフセット輪転機の刷版は,PS版(Pre-Sensitized Plate)と呼ばれる版材を使用する。PS版は,あらかじめ感光性物質を支持体に塗布した印刷板の総称として用いる。そのような意味ではフィルム製版で用いる刷版も,CTPで使用する刷版もともにPS版と定義されるが,区別を明確にするために前者をPS版,後者をCTP版(CTPプレート)と呼ぶことが多い。」(30頁),「CTPは従来のフィルム製版と異なり,上位の組み版システムからの画像データを直接CTP版に描画する製版方式を表す。」(43頁)との記載がある。そうすると,フィルム製版で用いる刷版とCTP版とは,描画する方法(製版方法)が異なるにすぎず,いずれも,あらかじめ感光性物質を支持体に塗布した印刷板(PS版)という点では共通し,版胴に装着しての使用方法も異なるものではないと認められる。
 ここで,本件訂正発明2は,前記(1)のとおり,ブランケット胴との間で周長差があると,版胴に装着された版に接線力が作用して,版と版胴との間ですべりを発生し,版ずれトラブルが発生するという問題を解決するため,版胴の表面粗さを調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させるというものであるが,「フィルム製版で用いる刷版」と「CTP版」とは,あらかじめ感光性物質を支持体に塗布した印刷板(PS版)という点では共通し,版胴に装着しての使用方法が異ならないにもかかわらず,版ずれトラブルが発生する原因が異なると認めるに足りる証拠はない。
   ウ 以上によれば,「版」(構成要件I)を,PS版に限定して解釈すべき理由はないというべきであり,PS版のみならずCTP版も構成要件Iにいう「版」に含まれると解される。
 なお,本件特許2の出願当時,PS版が一般に用いられており,日本においてはまだCTP版が実用化されていなかったとしても(乙6),前記ア及びイに照らせば,かかる事情は前記認定を左右しないというべきである。
   エ 被控訴人の主張について
 被控訴人は,乙7や甲11の記載を根拠に,PS版からCTP版への変更に伴い,PS版の時代にはなかった「版ずれ」の問題が新たに浮上したとして,本件訂正発明2は,PS版の版ずれを課題とする発明であって,CTP版の版ずれを課題とするものではないから,構成要件Iの「版」は,PS版を意味するものと限定解釈されるべきである旨主張する。
 乙7(特開2008-105227号公報)には,「…これまで,アルミニウムなどの金属を支持体とする平版印刷版では,一般に版伸びまたは版ずれなどによる色ずれは起こらないとされていた。」との記載があるが,これに続けて,「高速輪転機による新聞オフセットカラー印刷においては,…印刷条件によって,版伸びまたは版ずれに起因した色ずれが起こることがしばしば観察されている。従来の白黒印刷においては重ね刷りの必要がなかったため,このような色ずれの問題は生じることはなかった。一方で,高速輪転機による新聞オフセットカラー印刷においては色ずれが生じることが確認されており,…」との記載があり(【0006】),「…このような色ずれの原因の一因として,平版印刷版の版ずれが考えられる。そしてこの版ずれの原因は,単に版がずれたためなのか,版が伸びたためなのか,あるいは,それらの複合効果によるのか,現時点では明確には解明されていない。しかしいずれにしても,高速に回転するブランケットとの摩擦によって,版胴に装着した版そのものが伸びるか,版胴に装着するために折り曲げた版の銜え(くわえ)部分が伸びるかずれるかして,版ずれが生じ,そしてこの版ずれによって色ずれが起こるものと考えられる。」との記載がある(【0007】)。
 また,甲11(株式会社日経首都圏印刷社報「しゅとけん」2010年9月号の記事)には,「八潮,千葉両工場(東京機械製輪転機)を悩ませてきた版ズレ問題が,新たに採用したヘアーライン加工により解決へ大きく前進した。」との記載とともに,「版ズレは,CTP版に移行以来の問題で,二年前から頻繁に発生するようになった。」との記載があるが,その解決策として,「版胴表面にヘアーライン加工を施し,版胴表面と刷版裏面との摩擦力を高める方法が東京機械より示された。」と記載されている。
 これらの記載からは,CTP版において版ずれが発生する原因やその解決方法が,本件訂正発明2における課題やその解決方法と異なるものであると認めることはできず,むしろ,その記載内容に照らせば,本件訂正発明2における課題やその解決方法と同じであることがうかがわれるというべきである。
 したがって,これらの記載を根拠として,本件訂正発明2の技術的範囲はPS版の版ずれの問題に限定されるべきであるとする被控訴人の主張は,理由がない。
  (3) 被告製品2の充足性
 構成要件Iの「版」には,PS版のみならずCTP版も含まれるから,被告製品2の構成iは,本件訂正発明2の構成要件Iを充足するものと認められる。
  (4) 小括
 被告製品2(1)ないし(3)が,本件訂正発明2の構成要件J,K’及びLを充足することは,前記第2の2(5)イのとおりであるから,被告製品2(1)ないし(3)は,本件訂正発明2の技術的範囲に属する。