(参考判例)平成27年11月19日知財高裁判決〔特許権侵害行為差止等請求控訴事件〕
特許法102条1項ただし書の事情および同条2項の推定覆滅事由


第2 事案の概要(略称は,審級により読み替えるほか,原判決に従う。)

 1 本件は,控訴人が,①被控訴人において,原判決別紙被告製品目録1記載の装置(被告製品1)を製造,販売等する行為は,控訴人の有する,発明の名称を「印刷物の品質管理装置及び印刷機」とする特許権(特許番号第3790490号。本件特許権1)を侵害する行為であると主張し,被控訴人に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品1の製造,販売等の差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,被告製品1の廃棄を求め,併せて,損害賠償請求権(民法709条,特許法102条3項)に基づき,平成18年4月7日から平成23年5月31日までの間の被告製品1の製造,販売等に関する損害額1億3440万円の一部として500万円の支払を求め,②被控訴人が原判決別紙被告製品目録2記載の版胴(被告製品2)を製造,販売等した行為は,控訴人の有していた,発明の名称を「オフセット輪転機版胴」とする特許権(特許番号第2137621号。本件特許権2)を侵害する行為であると主張し,被控訴人に対し,損害賠償請求権(民法709条,特許法102条1項ないし3項)に基づき,平成8年2月28日から平成23年3月26日(存続期間満了日)までの間の被告製品2の製造,販売等に関する損害額●●●●●●●円の一部として2億4000万円の支払を求めた事案である。
 なお,附帯請求は,損害賠償金の合計額に対する訴状送達日の翌日である平成23年7月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金請求である。
 原判決は,①被告製品1は,本件特許権1に係る特許(本件特許1)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(本件発明1)の技術的範囲に属しないから,被控訴人が被告製品1を製造,販売等する行為は,本件特許権1の侵害行為に該当せず,②被告製品2は,本件特許権2に係る特許(本件特許2)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(本件発明2)の技術的範囲に属するが,本件特許2は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許2に係る権利を行使することはできない(特許法104条の3)として,控訴人の請求をいずれも棄却した。
 そこで,控訴人が,原判決を不服として控訴したものである。
 控訴人は,本件特許2の請求項1について,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判を請求し(甲16),平成25年6月4日に,訂正明細書のとおり訂正することを認める旨の審決がされ(甲17,18。訂正2013-390073号),そのころ確定した(以下「本件訂正」という。)。
 2 前提事実(争いのない事実以外は,証拠等を末尾に記載する。)
  (1) 当事者等
   ア 控訴人は,三菱重工業株式会社(以下「三菱重工」という。)の100%子会社であり,印刷機械・紙工機械の製造販売,据付け,アフターサービス,修理,改造及び保守並びに上記機械の部品の製作販売等を営んでいる。
 控訴人は,平成22年7月1日,会社分割(吸収分割)によって三菱重工の印刷・紙工機械事業を承継し,これと同時に,商号を「三菱重工印刷紙工機械販売株式会社」から現商号へと変更した。
   イ 被控訴人は,新聞用輪転機,新聞輪転機用自動化・省力化機器,商業用輪転機,商業輪転機用自動化・省力化機器等の製造及び販売等を業とする株式会社である。
  (2) 本件各特許権
 控訴人は,下記アのとおりの内容の本件特許権1を有しており,また,下記イのとおりの内容の本件特許権2を有していた。
   ア 本件特許権1
 特許番号  特許第3790490号
 発明の名称 印刷物の品質管理装置及び印刷機
 出願日   平成14年3月29日
 出願番号  特願2002-97824
 登録日   平成18年4月7日
   イ 本件特許権2
 特許番号  特許第2137621号
 発明の名称 オフセット輪転機版胴
 出願日   平成3年3月26日
 出願番号  特願平3-61845
 登録日   平成10年7月31日
   ウ 本件各特許権は,控訴人が,前記(1)アのとおり会社分割(吸収分割)により三菱重工から印刷・紙工機械事業を承継した際に,会社分割に基づく一般承継により取得したものである。
   エ 本件特許権2は,平成23年3月26日,存続期間満了により消滅した。
  (3) 特許請求の範囲の記載
   ア 本件特許1の請求項1
 本件特許1に係る特許請求の範囲の請求項1の記載(本件発明1)は,次のとおりである。
 印刷機の印刷部の下流に配置されて上記印刷部で用紙に印刷された印刷絵柄を読み取るラインセンサと,当該ラインセンサで読み取られた印刷絵柄データを記憶する印刷絵柄データ記憶部と,上記印刷絵柄の見本となる見本絵柄データを取得するデータ取得手段と,当該データ取得手段が取得した見本絵柄データを記憶する見本絵柄データ記憶部と,上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位で比較して上記画素毎或いは上記ブロック毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出する印刷欠陥検出手段と,上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記印刷絵柄の幅方向に上記印刷部のインキキーの幅単位で比較して上記インキキー幅毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差の大きさに応じて上記インキキーの開度を調整するインキキー開度制御手段とを備え,上記所定の閾値を,上記インキキー開度制御手段による濃度制御において用いる上記の濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲よりも大きい値に設定したことを特徴とする,印刷物の品質管理装置。
   イ 本件訂正前の本件特許2の請求項1
 本件特許2に係る特許請求の範囲の請求項1の記載(本件発明2。なお,平成6年法律第116号による改正前の特許法64条による出願公告後の補正がされたもの。)は,次のとおりである。
 版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,該版胴の表面粗さRmaxを1.0μm≦Rmax≦100μmに調整したことを特徴とするオフセット輪転機版胴。
   ウ 本件訂正後の本件特許2の請求項1
 本件訂正後の本件特許2に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下線部は訂正部分である。以下,本件訂正後の請求項1に記載の発明を「本件訂正発明2」といい,本件訂正後の本件明細書2を「本件訂正明細書2」という。)。
 版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,該版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整したことを特徴とするオフセット輪転機版胴。
  (4) 構成要件の分説
 本件発明1及び本件訂正発明2を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A」などという。)。
   ア 本件発明1の構成要件
 A 印刷機の印刷部の下流に配置されて上記印刷部で用紙に印刷された印刷絵柄を読み取るラインセンサと,
 B 当該ラインセンサで読み取られた印刷絵柄データを記憶する印刷絵柄データ記憶部と,
 C 上記印刷絵柄の見本となる見本絵柄データを取得するデータ取得手段と,
 D 当該データ取得手段が取得した見本絵柄データを記憶する見本絵柄データ記憶部と,
 E 上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位で比較して上記画素毎或いは上記ブロック毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出する印刷欠陥検出手段と,
 F 上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記印刷絵柄の幅方向に上記印刷部のインキキーの幅単位で比較して上記インキキー幅毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差の大きさに応じて上記インキキーの開度を調整するインキキー開度制御手段とを備え,
 G 上記所定の閾値を,上記インキキー開度制御手段による濃度制御において用いる上記の濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲よりも大きい値に設定した
 H ことを特徴とする,印刷物の品質管理装置。
   イ 本件訂正発明2の構成要件
 I 版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,
 J 前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,
 K’該版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整した
 L ことを特徴とするオフセット輪転機版胴。
  (5) 被控訴人の行為
   ア 被告製品1
 (ア) 被控訴人は,業として,被告製品1の生産,譲渡及び譲渡の申出を行っている。
 (イ) 被告製品1の構成は,原判決別紙「被告製品1の構成」記載のとおりである(以下,原判決別紙「被告製品1の構成」記載の構成をそれぞれ「構成a」などという。)(甲9,10,弁論の全趣旨)。
 (ウ) 被告製品1の構成a,b,hは,本件発明1の構成要件A,B,Hを各充足する。
   イ 被告製品2
 (ア) 被控訴人は,本件特許2の存続期間中に,業として,以下の行為を行った。
  a 被控訴人は,平成20年12月,株式会社高速オフセットから,オフセット輪転機2セットを受注し,原判決別紙被告製品目録2(1)記載の摂津工場内に,平成22年8月及び平成23年2月各1セットずつ納入した(以下,納入された輪転機を「被告輪転機2(1)」といい,その部品として販売納入された版胴を「被告製品2(1)」という。)。
  b 被控訴人は,平成22年9月頃,株式会社日経首都圏印刷から,原判決別紙被告製品目録2(2)記載の八潮工場内に設置されたオフセット輪転機2セット(以下,同輪転機を「被告輪転機2(2)」という。)の各版胴にヘアライン加工を施す工事を受注し,同年10月までに,同工事を施工した(以下,加工された版胴を「被告製品2(2)」という。)。
  c 被控訴人は,平成22年10月頃,株式会社日経首都圏印刷から,原判決別紙被告製品目録2(3)記載の千葉工場内に設置されたオフセット輪転機2セット(以下,同輪転機を「被告輪転機2(3)」という。)の各版胴にヘアライン加工を施す工事を受注し,同月,同工事を施工した(以下,加工された版胴を「被告製品2(3)」という。)。」
 (イ) 被告製品2(1)ないし(3)の構成jないしlは,本件訂正発明2の構成要件J,K’及びLを各充足する。
 3 争点
  (1) 被告製品1が本件発明1の技術的範囲に属するか。
   ア 「見本絵柄データ」(構成要件C~F),「上記所定の閾値を…大きい値に設定した」(構成要件G)の充足性
   イ 「上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した…インキキー開度制御手段」(構成要件F)の充足性
  (2) 本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか。
  (3) 本件特許権1の侵害に基づく損害額
  (4) 被告製品2が本件訂正発明2の技術的範囲に属するか。
  (5) 本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか。
   ア 新規性の欠如
   イ 進歩性の欠如
   ウ 記載要件違反
  (6) 本件特許権2の侵害に基づく損害額