(参考判例)平成27年11月19日知財高裁判決〔特許権侵害行為差止等請求控訴事件〕
特許法102条1項ただし書の事情および同条2項の推定覆滅事由


1 争点(1)(被告製品1が本件発明1の技術的範囲に属するか)について

  (1) 本件明細書1の記載
 本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2(3)アのとおりであり,本件明細書1の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
   ア 従来の技術
 【0004】印刷欠陥検査装置21は,用紙1に印刷された印刷絵柄2内の印刷欠陥を検査する装置である。ここでいう印刷欠陥とは,インキが付くべきところにインキが付いていなかったり,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっていたりするような,通常の濃度調整では対処できない異常を指している。印刷欠陥検査装置21はラインセンサ11で印刷絵柄2を読み取って,得られた印刷絵柄2の画像データと予め印刷開始後に取込んだ印刷絵柄(正常な印刷絵柄の印刷物)の画像データとを所定のエリア毎に比較し,濃度差が所定の閾値を超えているエリアについては,印刷欠陥が有ると判定するようになっている。なお,比較の単位となる上記のエリアは,ラインセンサ11の画素単位或いは所定画素数のブロック単位で定められている。また,印刷欠陥検査装置21による検査結果は,専用の表示器31に表示される。
 【0006】濃度制御装置23は,印刷絵柄2の濃度を制御する装置である。印刷絵柄2の濃度はインキの供給量で決まり,このインキ供給量は,インキ元ローラ6とインキキー7との隙間量(インキキー開度)により,インキキー7の幅単位で印刷絵柄2の幅方向に任意に設定することができる。濃度制御装置23は,濃度制御用の濃度センサ11により印刷絵柄2を読み取り,得られた印刷絵柄2の濃度データと予め読み取っておいたOKシートの濃度データとをインキキー7の幅単位で比較し,その濃度差に応じて各インキキー7の開度を調整するようになっている。また,濃度制御装置23による制御結果は,専用の表示器33に表示される。
   イ 発明が解決しようとする課題
 【0007】上記の品質管理装置20,21,22,23は,高品質の印刷物を生産する上で,輪転印刷機にとってはいずれも不可欠な装置であるものの,用紙1の走行経路に沿って複数の入力装置10,11,12,13が設置されることになるため,輪転印刷機内に多くの設置スペースが必要になってしまう。また,各品質管理装置20,21,22,23は独立しており,且つそれぞれに専用の表示器30,31,32,33を有しているために,これらの品質管理装置20,21,22,23や表示器30,31,32,33を設置するための多くの設置スペースも必要になってしまう。さらに,このように多くの装置類が必要となるためにコストも高くなってしまう。
 【0008】本発明は,このような課題に鑑み創案されたもので,無駄の無い構成により省スペース且つ低コストで印刷物の品質管理できるようにした,印刷物の品質管理装置及び印刷機を提供することを目的とする。
   ウ 課題を解決するための手段
 【0009】上記目的を達成するための手段として,本発明は,品質管理のためのデータ入力手段としてラインセンサを用い,このラインセンサで読み取った印刷絵柄データを利用して各種の品質管理処理を行うことで,印刷物の品質管理にかかる複数の機能を一つの装置に統合した。
 【0010】…印刷欠陥検出手段は,印刷絵柄データと見本絵柄データとをラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位で比較して画素毎或いはブロック毎に濃度差(或いは濃度に相関するパラメータ値の差)を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出する。インキキー開度制御手段は,印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを印刷絵柄の幅方向に印刷部のインキキーの幅単位で比較してインキキー幅毎に濃度差(或いは濃度に相関するパラメータ値の差)を計算し,計算した差の大きさに応じてインキキーの開度を調整する。そして,印刷欠陥検出に用いる上記の所定の閾値は,インキキー開度制御手段による濃度制御において生じる差の範囲よりも大きい値に設定する(請求項1)。このような構成によれば,ラインセンサが読み取った画像データを印刷欠陥の検出とインキキー開度の調整に有効活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができる。
 【0020】なお,上記の印刷物の品質管理装置において,データ取得手段による見本絵柄データの取得方法は以下の何れかの方法が好ましい。一つは,印刷部で用いられる版を作製した製版システムから,版の作製に用いられた版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得する方法である(請求項6)。もう一つは,所望の印刷品質を備えた見本印刷物をラインセンサにより読み取ることで見本絵柄データを取得する方法である(請求項7)。…
   エ 発明の実施の形態
 【0022】…一体化品質管理装置40には,このラインセンサ50からの画像データである印刷絵柄データの他,上流工程である製版システム70から見本絵柄のデータ(見本絵柄データ)が入力されるようになっている。見本絵柄データは製版のためのデータであり,製版システム70ではこの見本絵柄データに基づいて版5が作製される。…
 【0023】一体化品質管理装置40の機能は,図2の機能ブロック図に詳細に示されている。図2に示すように一体化品質管理装置40は,印刷絵柄データ記憶部401,見本絵柄データ記憶部402,ヒストグラム作成部403,版掛け誤り判別部404,境界位置ずれ検出部405,断裁見当制御部406,インキキー幅別濃度比較部407,インキキー開度制御部408,画素別濃度比較部409及び印刷欠陥検出部410を備えている。なお,一体化品質管理装置40は一般的なコンピュータを用いて実現することも可能であり,この場合はCPU,RAM,ROM等のコンピュータの構成部品とプログラムとの協働によって,上記の各部401~410が仮想的に構成されることになる。
 【0024】印刷絵柄データ記憶部401は,ラインセンサ50で読み取られた印刷絵柄データを記憶する部位である。ラインセンサ50から印刷絵柄データ記憶部401へは所定の周期で印刷絵柄データが送信され,印刷絵柄データ記憶部401は少なくとも一つの印刷絵柄2に相当する量の印刷絵柄データを一時的に記憶するようになっている。…
 【0025】見本絵柄データ記憶部402は,製版システム70から取得した見本絵柄データを記憶する部位である。製版システム70から見本絵柄データ記憶部402への見本絵柄データの入力は,通信ネットワークを介したオンライン入力でもよく,磁気ディスク等の記録媒体を介したオフライン入力でもよい。なお,ラインセンサ50では一般にスペクトル値が計測される一方,見本絵柄データのデータ形式としては,各色(C,M,Y,K)の網点面積率や濃度や色座標値(L,a,b)が用いられる。一体化品質管理装置40には,これらスペクトル値,網点面積率,濃度及び色座標値を互いに関連づけるテーブル(図示略)が予め 容易 ママ されており,印刷絵柄データと見本絵柄データは,それぞれ同内容のデータ,ここでは濃度に変換された上でそれぞれの記憶部401,402に記憶される。
 【0030】インキキー幅別濃度比較部407とインキキー開度制御部408とは,本発明にかかるインキキー開度制御手段に相当する部位である。インキキー幅別濃度比較部407は,図5に示すように,印刷絵柄データ記憶部401に記憶された印刷絵柄データと見本絵柄データ記憶部402に記憶されている見本絵柄データとを印刷絵柄2の幅方向にインキキー7の幅Wの領域A1単位で比較し,このインキキー幅領域A1毎に濃度差を計算する。
 【0032】画素別濃度比較部409と印刷欠陥検出部410とは,本発明にかかる印刷欠陥検出手段に相当する部位である。画素別濃度比較部409は,図6に示すようにラインセンサ50の画素P単位で印刷絵柄データ記憶部401に記憶された印刷絵柄データと見本絵柄データ記憶部402に記憶されている見本絵柄データとを比較し,画素P毎に濃度差を計算する。なお,画素P単位ではなく,複数の画素Pからなるブロック単位で濃度差を比較してもよい。ブロックの大きさは任意であるが,高い精度で印刷欠陥を検出するにはブロックは小さく設定するのが好ましい。
 【0033】印刷欠陥検出部410は,画素別濃度比較部409で計算された濃度差を所定の閾値と比較する。ここでは,インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のように印刷濃度に異常が生じる欠陥を検出するため,上記の閾値は,インキキー幅別濃度比較部407及びインキキー開度制御部408による濃度制御において通常生じる濃度差の範囲よりも,格段に大きい値に設定されている。…
 【0034】このように,本実施形態の品質管理装置は,ラインセンサ50で読み取られた印刷絵柄データを用いて,版の掛け誤りを判別し,断裁見当を制御し,インキキー開度を制御し,さらに印刷欠陥を検出することができる。したがって,従来のように用紙1の走行経路上に複数のカメラ類を設置するための設置スペースを確保する必要がない。また,一つの一体化品質管理装置40内に全ての機能(掛け誤り判別,断裁見当制御,インキキー開度制御及び印刷欠陥検出)が集約されているので,一体化品質管理装置40と表示器60を一つずつ備えるだけで従来通りの品質管理を行うことができる。したがって,これらの機材のための設置スペースを少なくすることができるとともに,コストも低減することができる。
 【0038】また,上述の実施形態では,製版システムから版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得しているが,所望の印刷品質を備えた見本印刷物(いわゆるOKシート)をラインセンサ50で読み取ることで見本絵柄データを取得することも可能である。この場合は見本絵柄データも印刷絵柄データと同じくスペクトル値となるので,実施形態のようにテーブルを用いたデータ変換を行うことなく,両者を直接比較してその差分からインキキー開度を制御したり,印刷欠陥を検出したりすることも可能である。
  (2) 本件発明1の特徴
 前記(1)の記載によれば,本件発明1の特徴は,以下のとおりであると認められる。
   ア 従来の品質管理装置は,用紙の走行経路に沿って複数の入力装置が設置されることになるため,輪転印刷機内に多くの設置スペースが必要になり,また,各品質管理装置が独立しており,かつそれぞれに専用の表示器を有しているために,品質管理装置や表示器を設置するための多くの設置スペースも必要になってしまい,多くの装置類が必要となるためにコストも高くなってしまうという問題があったことから(【0007】),本件発明1は,無駄のない構成により省スペースかつ低コストで印刷物の品質管理ができるようにした,印刷物の品質管理装置及び印刷機を提供することを目的とする(【0008】)。
   イ 本件発明1は,前記アの課題を解決するために,品質管理のためのデータ入力手段としてラインセンサを用い,このラインセンサで読み取った印刷絵柄データを利用して印刷欠陥検出及びインキキー開度の調整の両品質管理処理を行い,印刷欠陥検出手段では,印刷絵柄データと見本絵柄データとを所定の単位毎に濃度差等を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出し,インキキー開度制御手段では,印刷絵柄データと見本絵柄データとをインキキーの幅単位で比較してインキキー幅毎に濃度差等を計算し,計算した差の大きさに応じてインキキーの開度を調整し,印刷欠陥検出に用いる所定の閾値は,インキキー開度制御手段による濃度制御において生じる差の範囲よりも大きい値に設定する構成とした(【0009】,【0010】)。
   ウ 本件発明1は,前記イの構成により,ラインセンサが読み取った画像データを印刷欠陥の検出とインキキー開度の調整に有効活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができるという効果を奏する(【0010】)。
  (3) 「見本絵柄データ」(構成要件C~F)について
   ア 特許請求の範囲(請求項1)の記載
 請求項1の構成要件Cは「上記印刷絵柄の見本となる見本絵柄データを取得するデータ取得手段と,」,構成要件Dは「当該データ取得手段が取得した見本絵柄データを記憶する見本絵柄データ記憶部と,」,構成要件Eは「上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位で比較して上記画素毎或いは上記ブロック毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出する印刷欠陥検出手段と,」,構成要件Fは「上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記印刷絵柄の幅方向に上記印刷部のインキキーの幅単位で比較して上記インキキー幅毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差の大きさに応じて上記インキキーの開度を調整するインキキー開度制御手段とを備え,」である。これによれば,本件発明1の「見本絵柄データ」は,印刷機の印刷部で用紙に印刷された印刷絵柄の見本となるデータであり(構成要件C),見本絵柄データ記憶部に記憶され(構成要件D),印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段の両手段において,印刷絵柄をラインセンサで読み取った印刷絵柄データとの比較に用いられるものである(構成要件E,F)。
 しかし,請求項1の記載からは,本件発明1における「見本絵柄データ」の内容,すなわち,印刷欠陥検出手段において印刷絵柄データとの比較に用いられる見本絵柄データと,インキキー開度制御手段において印刷絵柄データとの比較に用いられる見本絵柄データとの関係(併用構成が含まれるか否か)は一義的に明らかであるとはいえない。
   イ 発明の詳細な説明の記載
 (ア) 本件明細書1には,「データ取得手段による見本絵柄データの取得方法は以下の何れかの方法が好ましい。一つは,印刷部で用いられる版を作製した製版システムから,版の作製に用いられた版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得する方法である(請求項6)。もう一つは,所望の印刷品質を備えた見本印刷物をラインセンサにより読み取ることで見本絵柄データを取得する方法である(請求項7)。」(【0020】)との記載がある。このように「見本絵柄データ」は,①版の作製に用いられた版作成用の画像データ(製版データ)を取得する方法と,②所望の印刷品質を備えた見本印刷物(OKシートデータ)を取得する方法の二つの取得方法の「何れか」の方法により取得するのが好ましいと明記する一方で,両取得方法を併用することを示唆する記載は存しない。
 また,本件明細書1には,本件発明1の実施形態として,①印刷欠陥検出手段で用いられる「見本絵柄データ」とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」が,いずれも「製版システムから取得した版作成用の画像データ」(製版データ)である形態(【0022】~【0025】,【0030】,【0032】,【0033】)及び②「上述の実施形態では,製版システムから版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得しているが,所望の印刷品質を備えた見本印刷物(いわゆるOKシート)をラインセンサ50で読み取ることで見本絵柄データを取得することも可能である。」として,印刷欠陥検出手段で用いられる「見本絵柄データ」とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」が,いずれも「OKシートデータ」である形態(【0038】)が記載されている。他方,両手段で用いられる「見本絵柄データ」として,一方が「製版データ」,他方が「OKシートデータ」というように,異なるデータを併用する形態についての記載は一切ない。
 むしろ,本件明細書1には,①「見本絵柄データ」として「製版データ」を取得した場合は,ラインセンサで読み取った「印刷絵柄データ」がスペクトル値であるので,「印刷絵柄データ」を「見本絵柄データ」と同内容のデータ(例えば濃度)に変換した上で記憶部に記憶する必要があるが(【0025】),②「見本絵柄データ」として「OKシートデータ」を用いる場合は,「見本絵柄データも印刷絵柄データと同じくスペクトル値となるので,実施形態のようにテーブルを用いたデータ変換を行うことなく,両者を直接比較してその差分からインキキー開度を制御したり,印刷欠陥を検出したりすることも可能である。」(【0038】)と記載されているように,「見本絵柄データ」として「製版データ」又は「OKシートデータ」が用いられる場合の処理について記載するのみで,「製版データ」及び「OKシートデータ」が併用して用いられる場合の処理については何ら言及がない。
 (イ) 本件発明1は,前記(2)のとおり,無駄のない構成により省スペースかつ低コストで印刷物の品質管理ができるようにした,印刷物の品質管理装置及び印刷機を提供することを目的とし,品質管理のためのデータ入力手段としてラインセンサを用い,このラインセンサで読み取った印刷絵柄データを利用して印刷欠陥検出及びインキキー開度の調整の両品質管理処理を行うことによって,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができるという効果を奏するというものである。
 そうすると,上記目的や効果は,本件発明1において,「見本絵柄データ」として「製版データ」及び「OKシートデータ」が併用して用いられる場合をその技術的範囲に含まないと解すべき根拠となるものではないが,逆に,両者を併用して用いる場合をその技術的範囲に当然含むと解すべき根拠となるものでもない。
   ウ 控訴人の主張について
 控訴人は,本件明細書1には,請求項7が請求項6の従属項として記載されているとして,請求項7の品質管理装置を根拠に,本件明細書1には,「製版データ」を取得する方法と「OKシートデータ」を取得する方法の両方の方法によって見本絵柄データを取得してよいことが記載されている旨主張する。
 請求項6は,請求項1の構成要件Cの「データ取得手段」を受けて,上記データ取得手段が「製版データ」を取得することを特徴とする「請求項1~5」のいずれか1項に記載の品質管理装置を規定しており,請求項7は,上記データ取得手段が「OKシートデータ」を取得することを特徴とする「請求項1~6の何れか1項に記載」の品質管理装置を規定しているから,請求項7には,製版データに加え,OKシートのデータを取得し,これらを見本絵柄データ記憶部に記憶する形態が文言上規定されていることになる。
 しかし,前記イ(ア)のとおり,本件明細書1には,「見本絵柄データ」として,「製版データ」と「OKシートデータ」の両取得方法を併用することの記載も示唆もない。また,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」として,一方が「製版データ」,他方が「OKシートデータ」というように,異なるデータを併用する形態についての記載も示唆も一切ないのであるから,請求項7は,サポート要件の観点からは問題があるといわざるを得ない。
 したがって,請求項7の存在を根拠に,本件明細書1の発明の詳細な説明には併用構成についての記載も示唆も存しないにもかかわらず,請求項1における「見本絵柄データ」が「製版データ」及び「OKシートデータ」の併用を含むものであると解すべきであるということはできない。
   エ 「見本絵柄データ」(構成要件C~F)の意義
 以上によれば,特許請求の範囲(請求項1)の記載に加え,本件明細書1の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,本件発明1において,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」は,「製版データ」又は「OKシートデータ」のいずれかであって,両手段における「見本絵柄データ」として「製版データ」及び「OKシートデータ」を併用する場合は含まれないものと解するのが相当である。
   オ 被告製品1の充足性
 被告製品1は,原判決別紙「被告製品1の構成」記載のとおり,紙面監視手段において,良紙時点でティーチング(基準値取り込み)をして取得したRGB基準データ(本件明細書1における「OKシートデータ」に相当)を印刷絵柄の見本として用い(構成e),濃度判定手段において,製版システムから取得したCMYK目標濃度データ(本件明細書1における「製版データ」に相当)を印刷絵柄の見本として用いる(構成f)ものであり,「製版データ」と「OKシートデータ」を併用するものである。
 よって,被告製品1は,本件発明1における「見本絵柄データ」(構成要件C~F)を充足しない。
  (4) 「上記所定の閾値を…大きい値に設定した」(構成要件G)について
   ア 特許請求の範囲(請求項1)の記載
 請求項1の構成要件Gは「上記所定の閾値を,上記インキキー開度制御手段による濃度制御において用いる上記の濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲よりも大きい値に設定した」である。このように,構成要件Gは,印刷欠陥検出手段(構成要件E)において,「印刷絵柄データ」と「見本絵柄データ」の比較により算出されるラインセンサの画素毎或いは所定画素数のブロック毎に計算される濃度差等との比較に用いられる「所定の閾値」を,インキキー開度制御手段(構成要件F)による「濃度制御において用いる上記の濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲」(「濃度制御において用いる濃度差等の範囲」)よりも大きい値に設定したことを規定する。
   イ 発明の詳細な説明の記載
 (ア) 「濃度制御において用いる濃度差等の範囲」の意義については,構成要件Fにおいて対応する記載がなく,その意義が明確ではない。そこで,本件明細書1の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,本件明細書1の「インキキー開度の変化に伴うインキ供給量の変化が,印刷絵柄2と見本絵柄との濃度差を解消する方向にインキキー7を作動させる」(【0031】),「印刷欠陥検出部410は,画素別濃度比較部409で計算された濃度差を所定の閾値と比較する。ここでは,インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のように印刷濃度に異常が生じる欠陥を検出するため,上記の閾値は,インキキー幅別濃度比較部407及びインキキー開度制御部408による濃度制御において通常生じる濃度差の範囲よりも,格段に大きい値に設定されている。…」(【0033】)等の記載がある。
 これらの記載によれば,本件発明1において,インキキー開度制御は,インキキーの開度の大小によって通常生じる濃度差の範囲において,印刷絵柄データと見本絵柄データの比較により計算された濃度差等を解消するようインキキー開度を調整するものであると解することができる。
 そうすると,「濃度制御において用いる濃度差等の範囲」とは,インキキー開度制御が,同制御により対処可能な程度の一定の濃度差等の範囲でのみ行われるものであることを前提として,インキキー開度制御を行う濃度差等の差分の範囲の上限値を意味するものとして記載されているものと解するのが相当である。
 そして,「所定の閾値」とは,印刷欠陥検出手段において,印刷絵柄データと見本絵柄データとの間の濃度差等につき,当該数値を超えた場合に印刷欠陥を検出するものとして設定されるものであり,「濃度差等の範囲」とは,インキキー開度制御を行う濃度差等の差分の範囲の上限値を意味するものと解されるから,「所定の閾値」及び「濃度差等の範囲」は,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段において用いられる「濃度差」又は「濃度に相関するパラメータ値」のデータ形式(濃度,スペクトル値,網点面積率,色座標値等【0025】)に応じて,それぞれ設定されるものと解される。
 (イ) 以上を前提に,構成要件Gの意義について検討するに,本件明細書1の【0010】には,構成要件Gが,構成要件E及びFとともに,「ラインセンサが読み取った画像データを印刷欠陥の検出とインキキー開度の調整に有効活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現する」ために必要な構成であることが記載されている。
 本件明細書1には,本件発明1の実施形態として,印刷欠陥検出手段で用いられる「見本絵柄データ」とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」が,いずれも「製版システムから取得した版作成用の画像データ」(製版データ)である形態(【0022】~【0025】,【0030】,【0032】,【0033】)及び「上述の実施形態では,製版システムから版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得しているが,所望の印刷品質を備えた見本印刷物(いわゆるOKシート)をラインセンサ50で読み取ることで見本絵柄データを取得することも可能である。」として,印刷欠陥検出手段で用いられる「見本絵柄データ」とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」が,いずれも「OKシートデータ」である形態(【0038】)が記載されている。そして,これらの実施形態において,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段において,印刷絵柄データと見本絵柄データを比較して濃度差等を計算し,これを「所定の閾値」や「濃度差等の範囲」と比較する方法として,①「見本絵柄データ」として「製版データ」を取得した場合は,ラインセンサで読み取った「印刷絵柄データ」がスペクトル値であるので,「印刷絵柄データ」を「見本絵柄データ」と同内容のデータ(例えば濃度)に変換した上で記憶部に記憶する必要があるが(【0025】),②「見本絵柄データ」として「OKシートデータ」を用いる場合は,「見本絵柄データも印刷絵柄データと同じくスペクトル値となるので,実施形態のようにテーブルを用いたデータ変換を行うことなく,両者を直接比較してその差分からインキキー開度を制御したり,印刷欠陥を検出したりすることも可能である。」(【0038】)ことが記載されている。
 これに対し,本件明細書1には,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とで,印刷絵柄データと見本絵柄データとの比較を異なる形式のデータで行う場合については何ら言及がない。
 (ウ) ところで,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とで,印刷絵柄データと見本絵柄データとの比較を同じ形式のデータで行う場合には,控訴人が主張するように,「所定の閾値」が「濃度差等の範囲」より小さいと,濃度制御が可能な濃度差を印刷欠陥として検出してしまうという不都合が生じ得ることから,【0033】にあるように,「インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のように印刷濃度に異常が生じる欠陥を検出するため,上記の閾値は,インキキー幅別濃度比較部407及びインキキー開度制御部408による濃度制御において通常生じる濃度差の範囲よりも,格段に大きい値に設定されている」必要があることが,本件明細書1の記載から理解できる。
 これに対し,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とで,印刷絵柄データと見本絵柄データとの比較を異なる形式のデータで行う場合には,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とは,ラインセンサで読み取った同じ印刷絵柄データを用いる点で共通するのみで,それぞれ別個の制御を行っているのであるから,従来技術におけるのと同様,「所定の閾値」と「濃度差等の範囲」の大小関係を問題とする必要がないものと解され,構成要件Gの技術的意義を本件明細書1の記載から理解することはできない。本件明細書1には,前記のとおり,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とで,印刷絵柄データと見本絵柄データとの比較を異なる形式のデータで行う場合については何ら言及がないから,このような場合を予定していないと解するほかない。
   ウ 「上記所定の閾値を…大きい値に設定した」(構成要件G)の意義
 以上によれば,本件発明1において,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段の両手段において比較に用いられる「印刷絵柄データ」と「見本絵柄データ」(濃度差又は濃度に相関するパラメータ値)は,同じデータ形式のものであり,したがって,印刷欠陥検出手段における「所定の閾値」とインキキー開度制御手段における「濃度差等の範囲」も,同じデータ形式によって設定されるものであって,所定の閾値を濃度差等の範囲よりも「大きい値に設定」するとは,前者を後者よりも数字として大きい値に設定することを意味するものと解するのが相当である。
 上記解釈は,構成要件Gが,「所定の閾値」が「濃度差等の範囲」よりも大きい「値」に設定したことを規定し,両者の数値自体の大小関係を問題とするものと解されることとも整合する。
 また,上記解釈は,前記(3)のとおり,本件発明1において,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」は,「製版データ」又は「OKシートデータ」のいずれかであって,両手段における「見本絵柄データ」として「製版データ」及び「OKシートデータ」を併用する場合は含まれないものと解することとも整合し,本件発明1の構成要件EないしG全体の解釈としても自然なものであるということができる。
   エ 控訴人の主張について
 (ア) 控訴人は,本件発明1は,同じラインセンサ(構成要件A)で読み取った印刷絵柄データを,印刷欠陥検出手段(構成要件E)にも,インキキー開度制御手段(構成要件F)にも活用する構成が従来には存在しなかった新しい構成であって,構成要件Gは,上記新規の構成に伴って,印刷欠陥検出手段で用いる「所定の閾値」とインキキー開度制御手段で制御する「濃度差等の範囲」との大小関係を前者が後者よりも客観的に見て大きな値に設定されているという具体的な構成として記載したものである旨主張する。
 (イ) 本件明細書1の【0010】には,構成要件Gが,構成要件E及びFとともに,「ラインセンサが読み取った画像データを印刷欠陥の検出とインキキー開度の調整に有効活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現する」ために必要な構成であることが記載されている。
 加えて,控訴人が,本件特許1の出願経過において,特許庁審査官による拒絶理由通知(乙12)を受けて,上記拒絶理由解消のため,平成18年2月6日付け補正書とともに提出した意見書(乙5)には,「…本願発明(請求項1)の印刷物の品質管理装置…によれば,印刷欠陥検出手段410及びインキキー開度制御手段408が印刷絵柄データ記憶部401が記憶した印刷絵柄データと見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データ40とを比較する際に,印刷欠陥検出手段410が用いる所定の閾値を,インキキー開度制御手段408による濃度制御(インキキー開度制御)において用いる差の範囲よりも大きい値に設定するので,本来,専ら印刷物の濃度制御にのみ用いられるラインセンサ50で読み取った情報をインキキー開度の調整に加えて,インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のような印刷欠陥の検出にも有効に活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができる(段落0010,0033~0035)。」(3頁8行目~18行目)と記載していることに鑑みれば,構成要件Gに記載された構成は,一つのラインセンサで読み取った印刷絵柄データを印刷欠陥検出とインキキー開度制御の双方に用いることを可能とする具体的構成として記載されているものであることが明らかである。
 本件明細書1の記載及び上記意見書の記載によれば,構成要件Gに係る大小関係を有する印刷欠陥検出手段における「所定の閾値」及びインキキー開度制御手段における「濃度差等の範囲」の設定によって,従来は,独立して別個に行われていた濃度制御と印刷欠陥に係る制御に対して,専ら印刷物の濃度制御にのみ用いられていたラインセンサで読み取った情報をインキキー開度の調整に加えて,インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のような印刷欠陥の検出にも有効に活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができる,という本件発明1の作用効果を奏するものであると理解される。
 そうすると,構成要件Gは,控訴人が主張するように,印刷欠陥検出手段で用いる「所定の閾値」がインキキー開度制御手段で制御する「濃度差等の範囲」よりも客観的に見て,すなわち,両手段における制御との関連はないが,それぞれ設定された数値を同じデータ形式に変換して比較した結果,前者が後者よりも大きな値となっていることを規定したにすぎないと解するのは相当でない。
 (ウ) また,乙10文献には,印刷胴の後に配置された撮像機(CCD撮像機)が読み取った画像に基づき,印刷紙面の所定範囲内の印刷画線面積ないし濃度を測定した上で,当該所定範囲に対応する原画情報から測定した画線面積ないし濃度を求め,両者を比較判定する印刷検査装置が開示されており(【0032】,【0038】等),この印刷検査装置は,印刷機の立ち上がり時と定常運転時との両者の制御を射程に入れ(【0001】,【0018】等),不良印刷紙の排出とインク量調整の両制御を行うものであることが記載されている(【0042】~【0043】等)。そして,乙10文献の印刷検査装置は,「コラム毎に撮像機による印刷画線の濃度レベルをフィルムスキャナによる画線面積や必要インキ量と比較し,この比較結果が許容指定値範囲内にあれば,印刷濃度が適正であると判断する。また,許容指定値範囲内になければ,印刷濃度が不適正であると判断する。そして,不良印刷紙として排出したり,インキポンプ送出し量や湿し水送出し量を調整する。」ものであることが記載されている(【0048】)。
 さらに,乙10文献の「例えば,比較演算の結果がいずれかのコラムで所定の許容値範囲になければ,印刷濃度が不適正であると判断して,アラームを起動すると共に,当該紙面を除去装置でラインから除去したり,当該許容値範囲に入るように中央制御盤においてインキポンプ調整弁18を微調整して,インキポンプ送出し量を適正にする。」(【0071】,【図1】),「ネガフィルム1~nに対してフィルムスキャナー29を適用し,走査結果の測定値…に対し,変換部で係数α1~αnをかけて,比較部28へ送る。」(【0090】),「…新聞紙面のコラム1~nに対し,CCD撮像機20を適用してCCD撮像機20からの信号を信号処理22して比較部28へ送る。比較部28の結果を…表示装置30で表示すると共に,排紙装置6で不良印刷紙を排出する。また,比較部28の差異情報は,インキポンプ及び/または湿し水装置の調整量データとして送出する。」(【0091】,【図13】)等の記載からすると,乙10文献の印刷検査装置は,不良印刷紙の排出を行う制御とインキ量調整の制御の両制御を一体として行うものであることを把握することができる。
 これに対し,乙10文献には,不良印刷紙の排出を行う制御とインキ量調整の制御の両制御における閾値の関係についての明示的な記載は見当たらないものの,「印刷紙面の各コラムの印刷濃度が適性範囲内にあっても,印刷紙面全体として,コラム間の濃度ばらつきが許容できない程になる場合がある。このような状態を防止するために,コラム間の濃度ばらつきを小さくするように制御する。」(【0052】),「このために,本発明では,前記比較結果の各々が許容指定範囲内のどこにあるかを比較し,この比較結果のばらつきが同一紙面内で大きいときは,このばらつきを小さくするように,インキ送り量や湿し水量をさらに制御する。」(【0053】)とあるように,印刷画線の濃度レベルが適性範囲内にあっても,インキ送り量や湿し水量を制御する場合があることが記載されているから,乙10文献の印刷検査装置では,不良印刷紙として排出するかを判断するのに用いられる「許容指定値」は,インキ送り量調整に用いられる「濃度ばらつきの差」よりも大きいものとされていることを把握することができる。
 乙10文献に記載された「不良印刷紙の排出を行う制御」は,「コラム毎」(「コラム」は,印刷単位となり,例えば,コラム毎にインキポンプが配置される。【0019】等)に撮像機による印刷画線情報と原画情報とを比較するものであり,「インキ量調整の制御」における比較単位と異ならない。これに対し,本件発明1は,「印刷欠陥検出手段」における「印刷絵柄データ」と「見本絵柄データ」の比較単位は「ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位」とされ(構成要件E),「インキキー開度制御手段」における比較単位が「インキキーの幅単位」とされているのとは異なる。そうすると,乙10文献に記載された「不良印刷紙の排出を行う制御」が,直ちに,本件発明1の「印刷欠陥検出手段」に相当するとはいえない。しかし,乙10文献には,上記のとおり,同じラインセンサで読み取った情報を,不良印刷紙として排出すべき印刷欠陥の検出にも,濃度制御のためのインキ量調整にも活用する構成が開示されていること,しかも,不良印刷紙として排出するかを判断するのに用いられる「許容指定値」は,インキ送り量調整に用いられる「濃度ばらつきの差」よりも大きいものであることも把握可能であることからすれば,控訴人が主張するように,構成要件Gがいわば自明な客観的事実を規定したにすぎないとして,本件発明1の技術的範囲を拡張して解釈することは相当でないというべきである。
 (エ) 以上によれば,控訴人の上記主張は理由がない。
   オ 被告製品1の充足性について
 被告製品1の紙面監視手段(構成e)は,印刷絵柄データのスペクトル値(RGBデータ)とRGB基準データのスペクトル値を,読取センサの画素単位でR,G,Bそれぞれについて比較し,その差分を上記画素毎に計算し,上記差分が不良紙判定用閾値を超える場合には,不良紙と判定するものであるから,不良紙判定用閾値(「所定の閾値」に相当する。)は,スペクトル値として設定されるものであると解される。これに対し,被告製品1の濃度判定手段(構成f)は,CMYK濃度データ(面積率)に変換済みの印刷絵柄データと,CMYK目標濃度データを比較し,C,M,Y,Kそれぞれについて網点面積率の差分を計算し,特定のインキキーの幅に属する上記各領域における差分の平均を,インキ制御用閾値と比較することにより,インキキーの開度制御を行うものであるから,インキ制御用閾値(「濃度差等の範囲」)は,C,M,Y,Kの網点面積率として設定されているものであると解される。
 すなわち,被告製品1は,印刷欠陥を検出する紙面監視手段(構成e)とインキキーの開度を調整する濃度判定手段(構成f)とでは,用いる見本となるデータは別のもの(前者はRGB基準データ,後者はCMYK目標濃度データ)であり,両閾値は,あくまで印刷欠陥検出処理とインキキー開度制御という2つの別個の制御に係る閾値であり,関連付けて設定する必要のないものである。そうすると,両者は,わざわざデータを変換した上で両閾値のデータ形式を同一のものとして大小関係を設定する技術的意義はないから,紙面監視手段における不良紙判定用閾値はR,G,Bの各スペクトル値で,濃度判定手段における濃度差等の範囲はC,M,Y,Kの網点面積率で,設定されているものと解される。
 したがって,被告製品1は,印刷欠陥検出手段における「所定の閾値」とインキキー開度制御手段における「濃度差等の範囲」が,同じデータ形式によって設定されたものとはいえないから,構成要件Gを充足しない。
  (5) 小括
 以上のとおり,被告製品1は,構成要件C~F及びGを充足せず,本件発明1の技術的範囲に属しないから,争点(2)及び(3)について判断するまでもなく,本件特許権1の侵害に基づく控訴人の請求は理由がない。