大阪地方裁判所 平成27年6月24日判決
【主債務者である会社代表者の弁済が,主債務の承認と評価されるか】



第三 当裁判所の判断

 一 当裁判所が認定した事実
 末尾に引用した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(上記第二,二記載の前提事実を適宜含めて記載することがある。)。
  (1) 本件求償債権に対するその後の弁済
   ア 原告は,被告会社に対し,本件求償債権の弁済に用いるための払込取扱票を郵送した。この払込取扱票の「払込人住所氏名」欄には,被告会社の本店所在地及び被告会社の名称があらかじめ印刷されていた。
   イ 被告Y2は,平成一八年六月三〇日から平成二六年六月二日までの間,別紙一〈省略〉記載のA欄記載の日に,原告に対し,これに対応するB欄記載の金額を支払った。被告Y2はその支払に当たり,平成二〇年一一月二八日までは原告が送付した払込取扱票を修正することなく用いたが,平成二〇年一二月二九日以降は,「払込人住所氏名」欄にあらかじめ印刷されていた被告会社の住所及び名称を二重線で抹消し,被告Y2の住所及び氏名を記載した。
  (2) 被告会社は,平成一八年一二月頃,a市長及びd税事務所に対し,休業を届け出た。
  (3) 被告Y2及び被告Y3に対する請求
   ア 原告は,被告Y3に対し,平成二六年六月一八日に到達した書面により,本件連帯保証契約二に基づいて被告Y3が原告に対して負担する連帯保証債務の履行を催告した。
   イ 原告は,被告Y2に対し,平成二六年六月二六日に到達した書面により,本件連帯保証契約一に基づいて被告Y2が原告に対して負担する連帯保証債務の履行を催告した。
   ウ 原告は,平成二六年七月一七日,被告らに対し,本件訴えを提起した。
 〔当裁判所に顕著〕
 二 争点に対する判断
  (1) 争点(1)について
 被告Y2が個人として又は被告会社代表者として原告に対してした別紙二〈省略〉の支払について,被告会社及び被告Y2は本件求償債権の弁済に充てられたものであると主張し,原告は延滞保証料債務に充当されたものであると主張する。
 そこで検討すると,前記第二,二の前提事実(2)イ⑤記載のとおり,被告会社は,原告との間で,被告会社が本件貸付けに係る債務を延滞したときは,金融機関(c銀行)が定めた最終弁済期日の翌日から代位弁済の日までの期間に応じ,年二・〇〇%(年三六五日の日割計算)の延滞保証料を支払うことを約したことが認められる。これによれば,被告会社は最終弁済日である平成一六年一一月三〇日までに本件借入れに係る債務を返済することができなかったから,その翌日である同年一二月一日から代位弁済日である平成一七年二月一八日までの八〇日間について,延滞額である一億一二〇八万円に対する二%の延滞保証料四九万一三〇九円(一億一二〇八万円×二%×八〇日/三六五日)を支払う義務を負う。そして,延滞保証料の額は別紙二〈省略〉記載の支払額の合計を上回るものであるところ,別紙二〈省略〉記載の支払に当たって,これを延滞保証料ではなく本件求償債権に充当することが指定されたとか合意されたなど,別紙二〈省略〉記載の支払が本件求償債権に充当されたことを認めるに足りる証拠はない。かえって,被告会社又はその保証人による支払をいずれの債務に充当するかは原告が指定することが合意されていたことが認められることからすると,別紙二〈省略〉の支払が本件求償債権の弁済に充てられたものということはできない。
 以上によれば,別紙二〈省略〉の支払による弁済の抗弁には理由がない。
  (2) 争点(2)(平成二一年六月三〇日の弁済の主体)について
 原告は,遅くとも平成二一年六月三〇日の弁済までは被告会社によるものであると主張するので,弁済の主体について検討する。
 前記第三,一の認定事実(1)ア及びイ記載のとおり,原告は被告会社に対し,払込人住所氏名欄に被告会社の住所及び名称を印字した払込取扱票を送付し,被告Y2も,平成二〇年一一月二八日まではこれを修正することなくそのまま用いて払込みをしていたところ,平成二〇年一二月二九日以降(本件求償債権に対する弁済としては平成二一年三月三一日以降)は一貫してこれを二重線で抹消して被告Y2の住所及び氏名を記載する修正を加えた上で払込を行っていたことが認められる。このことに加え,被告会社は平成一八年一二月に既にa市長及びd税事務所に対して休業を届け出,実質的に活動していなかったことからすると,平成二〇年一二月二九日以降(本件求償債権に対する弁済としては平成二一年三月三一日以降)の支払は,被告Y2が個人として行ったものであるというべきである。
 原告は被告会社が実質的な個人企業であるとも主張するが,小規模といえども法人格を有する会社はその代表者個人と異なる人格を有するから,会社の規模が小さいことは上記判断を左右するものではない。
 したがって,同年六月三〇日の弁済が被告会社によるものであるという原告の主張は,採用することができない。
  (3) 争点(3)について
   ア 原告は,平成二一年六月二〇日以降の弁済が被告Y2の連帯保証債務に対するものであるとしても,被告Y2による弁済行為には被告会社による債務の承認が包含されていると主張する。
 そこで検討すると,主債務である本件求償債務を負うのは被告会社であるから,そもそも主債務の承認を行うことができるのは被告会社に限られる。したがって,被告Y2がした連帯保証債務の弁済が主債務である本件求償債務の承認を包含しているといえるためには,その弁済が被告Y2個人としての行為であるにとどまらず,被告会社の代表取締役として行った行為としての性格を有することが必要である。そして,被告Y2の行為がそのような性格を有するかどうかは,当該行為の内容のほか,外形(相手方から見て誰の行為であると理解し得るか),当該行為に至る経緯,被告会社の活動状況などの事情を勘案しつつ,被告Y2の意思を合理的に解釈することによって判断すべきである。この点について,確かに一般的には,原告が主張するように,連帯保証人を兼ねる代表取締役による債務の承認は,代表取締役としての主たる債務の承認と連帯保証債務の承認を包含することが多いと考えられる。しかし,連帯保証人兼代表取締役の行為がこれらの双方の側面を併せ持つかどうかは個別の事案における行為の解釈の問題であるところ,本件においては,前記のとおり,被告Y2は被告会社の住所及び名称を敢えて抹消した上で被告Y2の個人の住所及び氏名を記載して振込みを行っていることからすれば,被告Y2は被告代表者の行為という性格を敢えて排斥しようとする意図を有していたことが認められるし,このことは外形上も(したがって原告にとっても)認識することができたというべきである。また,被告会社の状況についてみると,被告会社は平成一八年には休業を届け出,事実上活動を停止していたのであり,このことからしても,被告Y2は被告会社の代表取締役として被告会社の行為を行う意思を有していなかったと認められる。
 以上によれば,被告Y2による平成二〇年一二月以降の振込は,被告Y2個人としての行為という性質を有するにすぎず,これに加えて被告会社の代表者としての行為の性質を併せ持ったものであると評価することはできない。
   イ 原告は,連帯保証人が主債務者を相続した旨を知りながら行った保証債務の弁済が主債務の承認に当たるとして主債務の時効の中断を認めた平成二五年最判を援用し,①保証債務の弁済は通常主債務が消滅せずに存在していることを前提としていること,②主債務者兼保証人の地位にある個人が主債務者としての地位と保証人としての地位により異なる行動をすることは想定しがたいという上記最判の理由は本件にも妥当するとして,本件においても連帯保証債務の弁済によって主債務の時効が中断すると主張する。しかし,前記のとおり,主債務を承認することができるのは主債務者のみであり,平成二五年最判もそのことは当然に前提としていると考えられる。平成二五年最判の事案においては,同一の法人格が主債務者と連帯保証人とを兼ねており,連帯保証債務の弁済も主債務の承認もともに当該法人格の行為であるからこそ,連帯保証債務の弁済という行為を,その前提となる主債務の承認を包含するものと解釈することができたと考えられる。これに対し,本件においては,前記のとおり被告Y2は個人として行動しているところ,被告Y2が個人として主債務を承認することはできないから,被告Y2による連帯保証債務の弁済を主債務者による主債務の承認と解することはできない。
 原告は,被告Y2は被告会社の代表取締役として被告会社の業務に関する一切の行為をする権限を有していたから,被告Y2は被告会社の主債務を承認し得る立場にあったと主張する。しかし,被告Y2が被告会社の代表権限を有していることと,実際にこの権限に基づいて被告会社の業務に関する行為を行うこととは別であり,被告Y2個人としてした行為が当然に被告会社のためにした行為に当たるわけではない。この点は,ある行為を本人のために行う権限を有する代理人が当該行為を行ったとしても,それが代理人として本人のためにした行為であるか,自分自身のためにした行為であるかが問題になり得るのと同様である。そして,払込取扱票の修正,被告会社の休業等の本件における事情からして被告Y2の行為を被告会社の代表権限に基づく被告会社の行為であるとみることはできないことは,前記のとおりである。
 また,会社とその代表者個人とでは,財産の状況等が異なり,場合によっては利害が対立することもあり得るから,会社代表者としての地位と代表者個人としての地位により異なる行動をすることが想定しがたいともいえない。平成二五年最判の事例においては同一の法人格が主債務者と連帯保証人を兼ねており,いずれの地位に基づいて行動したとしても,その法的な主体が当該法人格であることに変わりがなく,財産状況の違いや利害関係の対立は生じ得ないが,本件はこれと事案を異にする。
 なお,原告は,債務の承認は効果意思を必要としない観念の通知であり,権利の存在を認識する一方的な行為であると主張する。これは,被告Y2個人としての地位と被告会社代表者の地位のいずれに基づく行為であるかにかかわらず,現実の行為者は被告Y2という同一の人格である以上,債務の存否という認識の有無においては異なる行動をすることは想定しがたいという趣旨であると思われる。確かに,有無についての被告Y2という同一の人物の認識が地位によって異なることはないが,その認識を外部に表明するかどうかは,会社及び個人がその効果を勘案しながらそれぞれの立場に基づいて決定するのが通常であって,その結論は会社と個人とで異なり得る。
 以上によれば,会社の代表者が個人として行った連帯保証債務の弁済について平成二五年最判の射程は及ばないというべきであり,連帯保証債務の弁済がその前提となる主債務の承認を包含するとはいえない。
   ウ なお,会社代表者としての行為であろうと,個人としての行為であろうと,現実の行為者が同一人物である点を強調すれば,会社代表者兼連帯保証人による連帯保証債務の承認についても平成二五年最判が妥当し,原則として主債務の承認を包含するという考え方が成り立ち得ないではない。しかし,仮にこのような考え方を採るとしても,平成二五年最判は例外を認めないものではなく,特段の事情の有無が問題になる。そして,被告Y2は敢えて会社の名称等を抹消して会社代表者としての行為であることを否定していることなどからすると,本件においては,被告Y2は会社代表者として主債務を承認する意思を有していなかったと認めるべき特段の事情があるといえる。したがって,本件の事情の下では,被告Y2の行為は主債務の承認を包含しないというべきである。
   エ 以上によれば,被告Y2が連帯保証人として連帯保証債務を弁済したことによっては,主債務の承認が生じたということはできない。