大阪地方裁判所 平成27年6月24日判決
【主債務者である会社代表者の弁済が,主債務の承認と評価されるか】



第二 事案の概要

 一 訴訟物等
 本件は,信用保証協会である原告が,被告Y1株式会社(以下「被告会社」という。)の金融機関に対する債務を代位弁済したと主張して,被告会社に対してはその求償を請求し,被告Y2及び被告Y3は被告会社の求償債務を連帯保証したと主張して,これらの被告に対しては連帯保証債務の履行を求める事案である。
 被告会社及び被告Y2は,原告が認めた弁済以外にも弁済を行ったと主張し,また,被告Y3は,被告会社による求償債務の承認から五年以上が経過したと主張して,消滅時効を援用した。
 二 前提となる事実
 以下の事実は,当事者間に争いがないか,末尾の〔 〕内に挙示した証拠等によって容易に認定することができる(以下,この判決の全体を通じて,事実認定の根拠を挙示する場合には〔 〕を用いる。)。
  (1) 当事者等
 原告は,信用保証協会法に基づき,a市下の中小企業等への信用保証を業とする法人である。原告は,平成二六年五月一九日,b中小企業信用保証協会から現在のX信用保証協会に名称を変更した。
 被告Y2は被告会社の代表取締役である。
 〔争いがない。〕
  (2) 本件求償債権及び連帯保証債務の発生について
   ア 株式会社c銀行は,被告会社に対し,平成一五年一二月一日,下記の内容を含む約定で一億一二四一万円を貸し付けた。
 貸付けの形式 証書貸付け
 利率 年三・一二五%(年三六五日の日割計算)
 遅延損害金 年一四%(年三六五日の日割計算)
 最終弁済期 平成一六年一一月三〇日
 元金の返済方法 平成一五年一二月三一日から平成一六年一〇月まで,毎月末日に三万円,最終弁済期の平成一六年一一月三〇日に一億一二〇八万円を支払う。
 利息支払期及び方法 利息は,第一回目の支払日を平成一五年一二月一日,第二回目の支払日を平成一五年一二月三一日とし,第三回目から毎月末日に次回利息支払日までの分を先払する。
   イ 被告会社は,原告との間で,前記アの貸付け(以下「本件貸付け」という。)に先立つ平成一五年一一月二〇日,本件貸付けに関して,下記の内容を含む信用保証委託契約(以下「本件信用保証委託契約」という。)を締結した。
 ① 被告会社は,原告に対し,本件借入金債務を信用保証することを委託する。
 ② 被告会社が本件借入金債務の全部又は一部の履行を遅滞したため,原告がc銀行から保証債務の履行を求められたときは,原告は,被告会社に通知,催告なくc銀行に弁済することができる。
 ③ 原告が上記の代位弁済をしたときは,被告会社は原告に対し,代位弁済日の翌日から,代位弁済額に対して一四・六%の割合(年三六五日の日割計算)による遅延損害金及び避けることができなかった費用その他の損害を支払う。
 ④ 被告会社が本件借入金債務の履行を怠ったときは,その延滞額に対し,延滞期間(金融機関所定の最終弁済期日の翌日を始期とする。)に応じ,年二・〇%の割合をもって計算された額(年三六五日の日割計算)を,延滞保証料として原告に支払う。
 ⑤ 被告会社又はその保証人の弁済した金額が原告に対する本件信用保証委託契約から生じる償還債務,延滞保証料債務の全額を消滅させるに足りないときは,原告が適当と認める順序,方法により充当することができる。
 〔争いがない。〕
   ウ 被告Y2は,平成一五年一一月二〇日,原告との間で,本件信用保証委託契約に基づいて被告会社が原告に対して負担する求償債務を被告会社と連帯して保証する旨の連帯保証契約(以下「本件連帯保証契約一」という。)を締結した。
 〔原告と被告会社及び被告Y2との間で争いがない。〕
   エ 被告Y3は,平成一五年一一月二〇日,原告との間で,本件信用保証委託契約に基づいて被告会社が原告に対して負担する求償債務を被告会社と連帯して保証する旨の連帯保証契約(以下「本件連帯保証契約二」という。)を締結した。
 〔原告と被告Y3との間で争いがない。〕
   オ 原告は,平成一五年一一月二〇日,c銀行との間で,本件信用保証委託契約に基づき,本件借入金債務を信用保証するとの合意をした。
   カ 原告はc銀行に対し,平成一七年二月一八日,本件貸付けの残元金一億一二〇八万円及び未収利息七五万五〇二六円の合計額一億一二八三万五〇二六円を弁済した(以下,この弁済に基づく原告の債務者に対する求償債権を「本件求償債権」という。)。
  (3) 被告Y2は,被告会社の代表取締役として又は被告Y2個人として,別紙一〈省略〉のA欄記載の日にこれに対応するB欄記載の金額を原告に対して支払った。
  (4) 消滅時効の援用
 被告Y3は,平成二六年一〇月二〇日付け準備書面(2)において,被告会社による最終弁済は平成二〇年一一月二八日に行われたものであり,平成二五年一一月二八日の経過によって主債務(本件求償債権)について消滅時効が完成した,これにより被告Y3の保証債務も消滅したと主張して,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。上記準備書面は平成二六年一〇月二〇日,原告に到達した。
 〔当裁判所に顕著〕
 三 争点
  (1) 別紙二〈省略〉記載の支払が本件求償債権の弁済に充てられたか。
  (2) 平成二一年六月三〇日に行われた弁済が被告会社によるものであるか。
  (3) 被告Y2による連帯保証債務の弁済が被告会社の代表者としてした主債務の承認に当たるか。
 四 争点についての当事者の主張
  (1) 争点(1)(別紙二〈省略〉の弁済の充当)について
 【被告会社及び被告Y2の主張】
 証拠〈省略〉から証拠〈省略〉によれば,本件求償債権に対しては,原告が認めた弁済のほか,別紙二〈省略〉記載のとおり,三六万五〇〇〇円の弁済がされている。なお,別紙一〈省略〉のうち原告が本件求償債権に対する弁済と認めたのはC欄及びD欄に記載があるものであり,それ以外のものをまとめたのが別紙二〈省略〉である。
 【原告の主張】
 別紙二〈省略〉記載の弁済は,被告会社が本件信用保証委託契約に基づいて原告に対して負担する延滞保証料債務四九万一三〇九円に充当されたものであり,本件求償債権に対する弁済に充当されたものではない。すなわち,被告会社は,本件借入金債務の履行を怠ったときは,その延滞額に対し延滞期間に応じ年二・〇〇%の割合の金員を延滞保証料として原告に支払う旨を約していたところ(前記第二,二の前提事実(2)イ④),被告会社は本件借入金債務の最終弁済期の翌日である平成一六年一二月一日から代位弁済日である平成一七年二月一八日までの八〇日間である。したがって,四九万一三〇九円(一億一二〇八万円×二%×八〇日/三六五日)の延滞保証料債務が発生した。
 被告会社は,平成一七年一一月三〇日から平成二五年四月二二日までの間に,原告が認めた弁済のほかに四九万一三〇九円を弁済したが,原告は充当指定特約(前記前提事実)により,延滞保証料債務に充当した。
 よって,被告会社及び被告Y2が主張する弁済は本訴請求に対する抗弁としては理由がない。
  (2) 争点(2)(平成二一年六月三〇日の弁済をした者)について
 【原告の主張】
 原告は,主債務者である被告会社の本店所在地宛て,被告会社が振込人名として不動文字で記載された払込取扱票を郵送し,平成二一年六月三〇日まで,その払込取扱票を使用して振込がされていること,被告会社が従業員数四名の実質個人企業であることを併せ考慮すると,少なくとも平成二一年六月三〇日までの弁済は被告会社によるものであり,同日に被告会社が主債務を承認したものである。
 【被告Y3の主張】
 平成二〇年一二月二九日から平成二一年六月三〇日にかけて行われた払込は,払込人住所氏名について印字された住所氏名を抹消し,被告Y2の住所氏名を記載して行われたものである。この状況からは,連帯保証人である被告Y2が連帯保証債務の弁済として行った意思が明確である。
  (3) 争点(3)(被告Y2による弁済が主債務の承認に当たるか。)について
 【原告の主張】
   ア 株式会社の代表取締役は株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有しているから,株式会社が負担する債務を承認する権限を有している。すなわち,株式会社の代表取締役は,株式会社が負担する主債務の連帯保証人である場合であっても,連帯保証人の地位に併せて,主債務者の代表取締役として,主債務の承認をし得る立場にある。
   イ 保証債務の附従性に照らすと,連帯保証債務の弁済は,通常,主債務が消滅せずに存在していることを当然の前提とする。しかも,債務の弁済が債務の承認を表示するものにほかならないことからすると,主債務者である株式会社の代表取締役兼連帯保証人の地位にある者がした弁済は,これが連帯保証債務の弁済であっても,債権者に対し,株式会社が併せて負担している主債務の承認を表示することを包含するものといえる。これは,主債務者である株式会社の代表取締役としての地位と連帯保証人としての地位にある個人が,主債務者である株式会社の代表取締役としての地位と連帯保証人としての地位により異なる行動をすることが想定しがたいからである。したがって,主債務者である株式会社の代表取締役兼連帯保証人の地位にある者がした弁済は,主債務者である株式会社の代表取締役による承認として,主債務の消滅時効を中断する効力を有する。
 なお,最高裁平成二五年九月一三日判決第二小法廷判決・民集六七巻六号一三五六頁(以下「平成二五年最判」という。)は,保証人が主債務を相続した事案については,保証人が主債務を相続したことを知りながら保証債務の弁済をした場合に,当該弁済が,特段の事情のない限り,主債務による承認として当該主債務の消滅時効を中断する効力を有する旨判示している。
 【被告Y3の主張】
 被告会社と被告Y2は別人格である。被告Y2個人の行為と被告会社代表者としての行為は区別される。被告Y2は,被告Y2個人の行為であることを明示して,平成二〇年一二月二九日から平成二一年六月三〇日までの各弁済を行っており,連帯保証人である被告Y2が連帯保証債務の弁済として行った意思が明確に示されている。よって,上記弁済が被告会社代表者として主債務の弁済をしたものでないことは明白である。そして,保証人が債務を承認しても主債務の消滅時効は中断しないのが確定した判例である。
 原告が引用する平成二五年最判は,保証人であった者が主債務を相続した事案に関するものであり,主債務者と保証債務が別人格に帰属する本件とは事案が異なる。