交通事故の加害者の自白保険会社が独立当事者参加をした場合には交通事故の加害者の自白が効力を有しないとした上で,事故の発生が認められないとした事案

岐阜地裁平成 24 年 1 月 17 日判決

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(本件事故の発生の有無)について

(1) A事件において,被告Y1及び被告長八総建は本件事故の発生について自白し ているが,同事件について,参加人が原告及び被告長八総建,被告Y1を相手方として独 立当事者参加しており(B事件),合一確定の要請により,当事者の一人がした訴訟行為 は共同関係にあるとみなされる他の当事者に不利益になるものは,その効力を生じない(民訴法47条4項,40条1項)から,上記自白の効力は生じないものと解される。 以下,本件事故の存否について検討する。

(2) 原告が本件事故現場である駐車場(以下「本件土場」という。)に原告車両を駐車した経緯について 原告は,原告が個人経営していた会社を株式会社化する手続について,被告Y1に食事 をしながら相談に乗ってもらうため,本件事故の2,3日前である平成20年6月6日か 7日の夕方,本件土場に原告車両を駐車したが,飲酒したので本件土場に置いておいたと供述する。 しかし,原告は,平成20年6月2日に,D司法書士に株式会社設立登記一式等にかか る手続費用を支払い(甲19),同月10日には株式会社梅村工業の設立登記を了してい る(甲20)から,上記6月6日か7日に被告Y1に法人化の手続の相談をするというの も不自然であるし,被告Y1も,元請から受領した図面の引渡し及び仕事の打合せであるとの供述をしている。 また,被告Y1と飲食することは事前に決まっていたのであるから(原告),原告所有 の他の車(ワゴン車等)に乗っていくこともできたのに,営業車両としても使用していた とする原告車両で出掛ける理由には乏しい。さらに,本件土場は,被告長八総建が資材置 場及び駐車場として使用している未塗装の場所であり,毎日現場へ行くトラックや作業員 の車が出入りし,相互に接近した状態で駐車されている(丁1,被告Y1)ことは,被告 長八総建の下請けであった原告も十分承知していたにもかかわらず,いつ取りに行くかも 決めないまま(原告),1600万円以上の代金で約2か月前に購入したばかりの原告車両を本件土場に2,3日も放置しておくことは極めて不自然である。

(3) 本件事故態様について 被告Y1は,本件事故態様について,甲2のとおり,被告車両である2トントラックを 駐車するため,本件土場の原告車両の右隣に駐車していた車両(1の車)の前に止めよう としてバックしたところ,衝撃がしたため原告車両に衝突したことに気がついて停止し,その後前進した旨供述する。 しかし,被告Y1は,1の車を目指してバックしていたのであるから,原告車両の前部 の位置まで来たときには,被告車両は1の車の左側面の位置まで来ていなければならない ところ,余りにも原告車両側に寄り過ぎている。被告Y1は,原告車両が本件土場に2, 3日間駐車されたままであることを認識していたのであるから,その駐車位置や向きは承 知していたはずであるし,被告Y1は運転席の窓を開けて目視しながらバックしていたと いうのであるから,急いでいたとか,夕方で雨が降っていたという事情があったとしても, 上記運転は不自然である。また,原告車両の左前には建築資材やカラーコーンが山のよう に置かれていたから(丁1の4,7の写真,被告Y1),被告車両が原告車両の左前方から斜めにバックしてくるというのも考え難い。

(4) 本件事故態様と原告車両の傷との整合性

ア 原告車両の損傷箇所(丙9,丙14,丁2,証人Eにより認められる。) 原告車両には,ボンネットフードに,右前照灯の位置から最長35 cm,右フロントフ ェンダーパネルに,前照灯の位置から最長25 cm の各擦過傷がある。両傷の間隔は35 cm(内側)から37cm(外側)である。 右前照灯のレンズが破損しているが,灯器は無傷であった。フロントバンパー,ラジエーターグリルにも損傷はなく,歪みも認められなかった。 フロントバンパーと左右フェンダーパネル取付部位に後退はなく,前部の押し込みは認められなかった。

イ 被告車両がバックした場合に,原告車両に接触する箇所 (ア) ボンネットフード及び右フェンダーパネルの擦過傷について 原告車両の右フェンダーパネルの損傷部先端は地上高86 cm,ボンネットフードの損 傷部先端は地上高84 cm であり,被告車両の高さと比較すると,被告車両の荷台フレー ム下部(86 cm),荷台フレーム下ブラケット(下端81 cm,上端86 cm)が接触することになると考えられる(丙5,8)。

(イ) 前照灯レンズの破損について 原告車両の前照灯の高さは,上端84 cm,下端58 cm(丙7,p12)であり,被告 車両の高さと比較すると,突入防止バンパー(上端63 cm,下端53 cm)が接触することになると考えられる(丙6,p14,丙8)。

ウ 上記により,原告車両の前照灯レンズの破損は,被告車両の突入防止バンパーによる接触が原因であるとも考えられるが,他方,被告車両荷台フレーム下ブラケットから突入防止バンパーまでの長さは22.5 cm しかない(丙6,P6)ため,被告車両が バックして原告車両に衝突したとしても,前照灯内部やフロントバンパーに損傷が生じておらず,被告車両が原告車両の前部を押し込んだ形跡がない以上,原告車両のボンネット フード,フロントフェンダーパネルの傷は,最長で22.5 cm しか生じないはずである。この点,被告車両の荷台フレーム外側と突入防止バンパーとの間には25 cm の間隔が あり,この25 cm の幅であれば,原告車両は突入防止バンパーには接触しないことにな り,上記22.5 cm よりも奥まで損傷が生ずるとも考えられるが,ボンネットフードの 擦過傷と右フェンダーパネルの擦過傷との間隔は35 cm から37 cm であり,しかも, 右フェンダーパネルの外側から原告車両の右端まで数 cm 以上の間隔が認められるから, ボンネットフードの損傷が被告車両の接触により生じたのであれば,必ず被告車両の突入 防止パンパーが原告車両の前照灯位置に衝突することになり,ボンネットフードの擦過傷 が22.5 cmよりも奥まで生じることはない。 よって,原告車両の各損傷が同一機会に生じる可能性はないと解されるから,同損傷は,本件事故態様との整合性が認められない。

エ 原告は,C鑑定(甲8,甲10)をもとに,原告車両の損傷と本件事故態様の整合性に疑問はないと主張する。 しかし,C鑑定は,原告車両と被告車両に約10度の交差角があることを前提として, 右フェンダーパネルとボンネットフードの損傷は被告車両がハンドル操作をせずにそのま ま前進した際に生じたものであるとしているところ,これは,右フェンダーパネルとボン ネットフードの損傷が,いずれも原告車両の車体と同一方向に生じていること(丙7,丁 2)と合致しない上,同鑑定では,ボンネットフード及びフェンダーパネルの損傷は,被告車両の荷台フレーム下端との接触により発生したものとされ,荷台フレーム下ブラケッ トはフェンダーパネルに衝突しないとしているところ,荷台フレームよりも5 cm 下方に 存在する同ブラケットがフェンダーパネルに全く接触しないという結論には疑問がある。 C鑑定は,原告車両のフロントバンパーに変形があることを前提としていること等も考慮すると,同鑑定は上記ウの結論を覆すものではないと解するのが相当である。 また,原告は,本件土場は未舗装の地面であり,凸凹があるから本件損傷も生じうると 主張するが,本件土場は被告長八総建の駐車場として日常的に車の出入りがある場所であ り,被告車両は1の車の前に停めようとバックしていたのであるから,それほどの凸凹があるとは思われない(丁1)。 さらに,原告は,原告車両のフェンダーパネルの傷に土様の物体が付着しており,被告車両の衝突によって生じたことを示していると主張する。 しかし,これは,参加人及び被告三井住友の調査では発錆であると認定されており(丙 9の6/13付け写真6頁,丁2),1日で錆が発生することもある(証人E)上,被告車 両の荷台フレーム及び荷台フレーム下ブラケットに原告車両の塗膜片の付着は全く認められない(丙7)から,上記原告の主張は採用できない。

(5) 修理費用について 原告は,平成20年9月4日に Z から修理費用として600万7386円(消費税込)の見積書の提示を受けた(甲3)として,上記金額を請求している。 上記見積書の内容は,フロントバンパー,ラジエータグリル,ボンネット,フロントフ ェンダーを全て新品に交換するという内容になっているところ,実際に原告車両に行われた修理は,板金補修である(丁4,証人F)。 この点,証人Fは,被告三井住友から修理費は出すので修理してもらっていいと言われ たので,修理を始めたところ,修理が進んだ後に突然支払わないと言われたため,仮修理の段階に止まったと証言する。 しかし,前記前提事実のとおり,被告三井住友が車両保険金を支払わない旨の通知をし たのは平成20年8月21日であるのに,Z は,それ以前に部品の発注をしておらず(証人F),同年7月16日には板金補修を行っている(丁4)。 本修理として部品交換が予定されていたのであれば,仮修理である板金補修は行う必要 がないから,原告は当初から本修理として板金補修をするつもりであったものと推認される。 原告は,当初「Z は原告車両の修理を完了したと思っていたが,本件訴訟を進めていく 中で,Z から仮修理だということを聞いた。」などとして(甲15),修理は完了したこと を前提に前記600万円以上の修理費用を請求していたのに,本人尋問では,「Z から原 告車両を受け取る際に,「しっかりは直していない。取りあえず乗れるような状況にはし ておいた。」と聞いた。」などと矛盾した供述をしたり,平成22年9月21日付け仮修 理の請求書(甲11)を Z に作成してもらった経緯について曖昧な供述に終始している。 また,原告は,本件事故の夜,自ら原告車両を Z へ持ち込んだにもかかわらず,傷につ いては,ちらっと見ただけで,細かいところは見ていないとか,修理内容については知ら なかったなどと供述しているところ,自ら車好きを自認し,高級外国車である原告車両を 本件事故の2か月余り前に購入したばかりであるのに,損傷程度や修理内容について関心を示さないのは極めて不自然と言わざるを得ない。 そもそも,原告が原告車両の修理が仮修理に止まっているという主張をし始め,甲11を提出するに至ったのは,参加人から被告三井住友に対する調査嘱託の結果,平成22年 7月30日付け回答書により,原告車両の修理が鈑金修理に止まっているということが判 明したためであると解されること,甲11の請求書の内容も,前記(4)アのとおり,フロ ントバンパー及びラジエーターグリルの損傷や歪みは認められなかったにもかかわらず, 「フロントバンパーの板金/塗装」,「グリル脱着,変形修正」が含まれており,証人F もラジエーターグリルの補修方法について曖昧な証言に終始していること等からすれば,それ自体信用性に乏しい。 原告車両の修理費用は,参加人及び被告三井住友の見積りによれば,45~47万円程 度であり,両社の修理範囲・箇所は全く同じであるから(丙9,丁3,証人E),上記原 告車両の修理費用としては,上記金額が相当であると認められる。そうすると,原告が過大な修理費用を請求し,差額を不当に利得しようとしていたことが窺われる。

(6) 代車費用について 原告は,高級外国車である原告車両を営業車として使用していたため,代車として同ク ラスのベンツSクラスが必要であったと主張し,代車費用として434万7000円(日額4万5000円)を請求する。 しかし,原告の仕事が土木作業関係であり,本件事故当時は被告長八総建の下請けの仕 事をしていた(原告)ということからすると,営業活動との関連性には疑問があるし,仮 に営業活動に使用されていたとしても,2,3日本件土場に置いておいても,仕事には何 ら支障はないというのであるから(原告),使用頻度はそれほど多くないものと思われる。 したがって,代車としてベンツSクラスを使用する必要性は乏しい上,実際に3か月間 もの間,原告が上記ベンツを代車として使用していたことを認めるに足りる証拠はなく,この点からも原告が不当な利得を得ようとしていたことが窺われる。

(7) 原告車両の購入価格について 原告は,平成20年3月26日,Z から原告車両を1617万1450円で購入し(登 録年月日同年4月14日),そのうち817万7900円は一括で支払い,残金は株式会社アプラスの自動車ローンを組んだと主張する(甲1,15)。 しかし,原告車両は,平成19年8月30日に Z が870万円で落札したものであり (丁18の5),その後,平成20年1月21日及び同月28日に Z がオートオークショ ンに出品したものの,落札されず,Z の在庫車両として残っていたものである(丁18の3,18の6の7)。 このような原告車両が,平成20年3月当時,1617万円もの価値を有していたかは 疑問である上,原告は,仕事上自宅に800万円もの大金を置いているとか,その支払に ついて Z から領収証をもらわなかったなどと,常識では考え難い供述をしていること,原告は, 本件事故後,上記自動車ローン月13万円の支払を滞納するようになり,結局,本件継続 中に株式会社アプラスに引き揚げられたことからすれば,実際に原告が Z に1617万1450円で原告車両を購入したかについては疑問がある。 そして,原告が,平成20年4月17日,被告三井住友との間で,被保険自動車を原告 車両に変更するとともに,車両保険金を1610万円に増額し,2か月もたたないうちに 本件事故が発生したという経緯を併せ考慮すると,原告が保険金を不当に利得しようとしていたことが窺われる。

(8) 以上の事実を総合すれば,本件事故発生の事実は認められないというべきである。 そうすると,原告の被告Y1及び被告長八総建に対する損害賠償請求は理由がなく,参 加人の原告,被告長八総建及び被告Y1に対する本件保険契約に基づく保険金支払債務は存在しないものと認められる。 また,本件事故(保険事故)の発生が認められない以上,原告の被告三井住友に対する車両保険金及び弁護士費用等保険金の支払請求も認められない。 なお,原告は,被告三井住友に対し,本件事故の発生が認められない場合は,予備的に, 原告以外の第三者により原告車両の損傷が生じたとして,保険金を請求するとしている。 しかし,被告Y1自ら本件事故を自認し,原告に事故の連絡をするとともに,参加人に対 し事故報告しているのであるから,他の事故は存在し得ないというべきあるし,保険金請 求者は,保険事故の発生について,識別可能な程度に特定して主張立証すべきと解される ところ,原告は何らこれを行っていないのであるから,上記原告の予備的主張は採用できない。