交通事故の加害者の自白保険会社が独立当事者参加をした場合には交通事故の加害者の自白が効力を有しないとした上で,事故の発生が認められないとした事案

岐阜地裁平成 24 年 1 月 17 日判決

第2 事案の概要

1 本件は,原告が,被告Y1が起こした別紙交通事故目録記載の交通事故(本件事故」 という。)について,同人に対し民法709条に基づき,被告長八総建に対し改正前民法 44条1項に基づき,損害賠償請求をしたのに対し,同被告らが本件事故の発生及び同人 らの責任を認めたところ(A事件),被告長八総建との間で別紙保険契約に基づく自動車 保険契約を締結している参加人が独立当事者参加を申し立て,原告と被告長八総建及び被 告Y1に対し,本件事故に関して上記保険契約に基づく保険金支払がないことの確認を求 める事案(B事件),原告が,同人が自動車保険契約を締結している被告三井住友に対し, 本件事故について保険金の支払を求める事案(C事件)である。

2 前提事実(争いのない事実並びに掲記証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実,なお,以下書証はA事件及びB事件で提出された書証を引用するものとする。)

(1) 被告長八総建と参加人との間の保険契約の締結 被告長八総建は,参加人との間で,別紙保険契約目録記載の保険契約を締結している。 原告は,参加人に対し,本件事故について,上記保険契約に基づく保険金の支払請求をしたところ,参加人は平成20年7月3日付け内容証明郵便で,原告及び被告Y1に対して保険金の支払拒否の通知をした(丙1,2)。

(2) 原告と被告三井住友との間の保険契約の締結

ア 原告は,平成19年10月25日,被告三井住友との間で,次のとおり,車両 保険等を含む自動車保険契約を締結した。

1 証券番号 〈省略〉 2 保険種類 一般自動車総合保険(SAI) 3 保険期間 平成19年11月10日午後4時から平成20年11月10日午後4時 まで

4 被保険自動車 メルセデスベンツ 5 車両保険金額 655万円

イ 原告は,平成20年4月17日,被告三井住友との間で,上記保険について次のとおり,自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)の変更手続をした。

1 証券番号 〈省略〉 2 保険種類 一般自動車総合保険(SAI) 3 保険期間 平成19年11月10日午後4時から平成20年11月10日午後4時 まで

4 被保険自動車 原告車両 5 車両保険金額 1610万円 6 特約 本件保険契約には,保険証券に代車費用担保特約の適用がある旨記載がある。 本件保険契約には,保険証券にもらい事故弁護士費用等担保特約の適用がある旨記載がある。

(3) 本件保険契約に含まれる保険内容 本件保険契約に適用される一般自動車総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。) には,以下のように定められている。

ア 本件約款第3章第1条第1項 被告三井住友は,衝突,接触,墜落,転覆,物の飛来,物の落下,火災,爆発,台風, こう水,高潮その他偶然の事故によって保険証券記載の自動車(被保険自動車)に生じた 損害及び被保険自動車の盗難によって生じた損害に対して,この車両条項及び一般条項に 従い,被保険自動車の所有者(被保険者)に車両保険金(車両損害及び費用)を支払う。

イ 同3項 被保険自動車には,その付属品を含む。

(4) 本件保険契約に付帯されている特約 本件保険契約には,以下の内容の特約が付帯されている。

ア (55)代車費用担保特約(実損払) (ア) 第1条 この特約は,被保険自動車に普通保険約款車両条項の適用がある場合で,かつ,保険証 券にこの特約を適用する旨記載されているときに適用される(同特約(55)第1条)。

(イ) 第2条(この特約による支払責任) 被告三井住友は,次の各号のいずれかに該当する事由により被保険自動車が使用できなくなり,かつ,被保険者が代車を借り入れた場合は,被保険者が代車費用を負担したことによって被った損害に対して,この特約に従い,被保険者に代車費用保険金を支払う。

1 普通保険約款車両条項および被保険自動車について適用される他の特約の規定により保険金支払の対象となる事故にともなって被保険自動車に損害が生じること

(ウ) 第5条(支払保険金の計算) 1回の事故につき被告三井住友が支払う代車費用保険金の額は,次の1の額に2の期間 を乗じた額とする。

1 次号の代車借入期間における被保険者が負担した1日当たりの代車費用(ただし, 保険証券記載の保険金日額を限度とする。

2 被保険者が最初に代車を借り入れた日以降の代車借入期間(ただし,30日を限 度とする。)

イ (32)もらい事故弁護士費用等担保特約 (ア) 第1条 この特約は,保険証券にこの特約を適用する旨記載されている場合に適用される。 (イ) 第2条(この特約による支払責任) 被告三井住友は,被保険者が次の各号のいずれかに該当する偶然な事故により被害を被 ること(自動車被害事故)によって,保険金請求権者が,賠償義務者に対する自動車被害 事故にかかわる法律上の損害賠償請求を行う場合は,それによって当会社の同意を得て支 出した弁護士等費用を負担することによって被る損害に対して,この特約に従い,弁護士 等費用保険金を保険金請求権者に支払う。 1 自動車の運行に起因する事故 2 自動車の運行中の,飛来中もしくは落下中の地物との衝突,火災,爆発または自 動車の落下

(ウ) 第4条 この特約において,次の用語は,次の定義による。 (弁護士等費用) 訴訟費用,弁護士報酬,司法書士報酬,行政書士報酬,仲裁,和解もしくは調停に要した費用またはその他権利の保全もしくは行使に必要な手続きをするために要した費用をいう。

(6) 原告は,被告三井住友に対し,平成20年6月ころ,本件保険契約に基づいて 車両保険金等の請求をしたが,被告三井住友は,同年8月21日付け内容証明郵便により, 支払拒否の通知をした。 また,原告は,被告三井住友に対し,平成22年5月末ころ,本件保険契約に基づいて 弁護士費用等の請求をしたが,被告三井住友は,原告に対し,平成22年6月4日付け内 容証明郵便により,支払拒否の通知をした。

(7) 原告は,平成20年11月1日,岐阜簡易裁判所に対し,被告Y1,被告長八 総建及び被告三井住友に対し,損害賠償等の支払を求める調停を申し立てたが(岐阜簡易 裁判所平成20年(ノ)第178号,以下「本件調停」という。),不調に終わった。

3 争点

(1) 本件事故(保険事故)の発生の有無 (原告)

ア 原告は,平成20年6月6日ないし7日の夕方,被告Y1と仕事の話をしながら食事をすることになり,被告長八総建の土場である本件事故現場に原告車両を駐車し, 食事に出掛けた。原告は,食事の際飲酒したので,原告が経営する会社の従業員に連絡をして迎えに来てもらい,原告車両はそのまま本件事故現場に置いておいた。 原告は,同月9日の午後4時過ぎ頃,被告Y1から本件事故の連絡を受け,その日の夜 に原告車両を取りに行ったが,傷の状況は確認しなかった。 本件事故の当事者である被告Y1及び被告長八総建は,答弁書において請求原因を自白 し,尋問においても本件事故の発生を認めており,本訴において一貫した説明をしている。 本件事故現場は,未舗装の地面であり,凹凸がある上,被告車両が後退する際には同車 両自体も上下に揺れて高さが変化し,原告車両のような損傷がつくことも合理的に説明できる(C鑑定,甲8,10)。

イ Z は,原告車両を含むベントレーを複数台販売し,自社で整備もしており,同 社の見積りによる原告車両の修理代は,原告車両の希少性及びそのグレードを反映した妥 当なものである。

(参加人)

ア 本件事故現場である土場に,高級車である原告車両を2,3日も放置しておくことは不自然である。

イ 被告車両の後部には,突入防止バンパーが装着されているため,仮に被告車両 が後退して原告車両の前部に衝突したとしても,原告車両は突入防止バンパーの位置(荷 台フレーム下ブラケットから22.5 cm)よりも奥まで潜り込むことはないところ,原 告車両のボンネットフードの剥離塗装は,前照灯の位置から最長35 cm にまで及んでおり,前照灯はガラスのみしか破損しておらず,灯器は全く無償であった。 被告車両の荷台フレーム外側と突入防止バンパーとの間には25 cm の間隔が存在しており,この幅であれば,突入防止バンパーとは衝突しないが,原告車両のボンネットフー ドの剥離塗装と右フェンダパネルの剥離塗装の間隔は,35 cm(内側)~37 cm(外側) であり,突入防止バンパーと衝突しないで,同一機会に生じる損傷ではない。 また,被告車両の荷台フレーム下端及び荷台フレーム下ブラケットに原告車両の塗膜片 は付着していなかった。

ウ Z 作成の修理見積書(甲3)は,実際にはパテ修正しか行っていないにもかかわらず,あたかも全ての部品を交換したかの如き内容となっている。 また,Z 作成の請求書(甲11)には,実際にはフロントバンパー,ラジエータグリルの損傷がないにもかかわらず,それらの修理費用が含まれている。 原告は,原告車両の損傷が軽微で板金・塗装等で修理が完了したことを知った上で,あえて高額な見積書を作成して,保険金を取得し,その差額を利得しようとしたと推察される。

(被告三井住友)

ア 本件事故現場に,超高級車である原告車両を野晒しにして置いておく合理性はない。

イ 被告Y1は原告車両の右隣の車の前に駐車しようとしていたのに,被告車両の左後部を原告車両の右前ライトの内側に接触させており,余りにも原告車両に寄り過ぎている等,事故態様が不自然である。

ウ 原告は,原告車両の修理費用として600万円余りもの高額の修理費を請求しているが,実際にかかる修理費は47万7719円に過ぎず,原告が保険事故を偽装する 十分な動機がある。

エ 原告車両には1610万円もの高額な車両保険が付されていたが,原告車両は, 平成19年8月30日,Z がオートオークションで870万円で落札し,その後在庫車両 として残っていたものであるから,平成20年4月当時1617万1450円もの価値を 有するはずはない。

オ 原告は,平成18年11月10日から平成20年11月10日の2年間に3回 もの保険事故が発生したとして車両保険金等の請求をしている。

(2) 損害 (原告)

ア 修理費用 本件事故により本件自動車が上記のとおり損傷し,Z から平成20年9月4日,修理費 用として600万7386円(消費税込)の見積書の提示を受けた(甲3)。 上記見積書による本修理を実施しようとしていたところ,参加人及び被告三井住友からの一方的な支払拒否により中断したため本修理ができなくなった。原告車両は,株式会社 アプラスにより所有権留保が付されていたところ,本修理がなされないまま,同社により 引き揚げられ,売却された。 したがって,仮修理自体は終了し,少なくともこれに対応する修理代金の損害が生じていることは明白である(甲11)。

イ 代車費用の発生 原告車両が損傷し修理が必要であったため,本件事故後,原告は Z から代車としてメルセデスベンツSクラスを3か月間借り受けた。 原告車両が極めて高級かつ希少な外国車であることからすると,同ベンツは代車としての相当性を有している。 原告は,Z から同年9月29日,代車費用として434万7000円(内訳1日当たり 4万5000円の3か月分,消費税込)の請求を受けた(甲4)。

ウ 弁護士費用等の負担 原告は,原告訴訟代理人弁護士らに対し,本件事故の損害賠償に関する紛争解決を依頼 し,本件調停の申立てのため,弁護士費用42万円及び調停申立費用2万6200円を支 払った。 さらに,原告は,原告訴訟代理人弁護士らを訴訟代理人として,上記調停が不調となった後,当庁に対し,被告Y1に対して損害賠償請求訴訟を提起し,その弁護士費用として 21万円及び申立費用として2万6800円を支払った。 本件事故が保険事故に該当することは明らかであり,被告三井住友が不当に車両保険金 の支払を拒否したため,被告三井住友及び被告Y1,被告長八総建に対し調停を申し立て, また,被告Y1及び被告長八総建に対する訴訟を提起せざるを得なくなったのであって, 不当な同意拒否であり,被告三井住友が同意をしていないことをもって支払義務の不存在 を主張することは信義則に反し許されない。

エ 本件事故につき被告三井住友が原告に対して支払う代車費用保険金の額は,前 記代車費用担保特約第5条から,1日あたりの代車費用中保険証券記載の保険金日額である5000円に,代車を借り入れた期間のうち30日を乗じた額である15万円となる。 オ よって,原告は,被告Y1及び被告長八総建に対し,上記修理費,代車費用及 び弁護士費用(着手金63万円)の合計1098万4386円及びこれに対する本件事故 日である平成20年6月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金 の支払を求める。 また,原告は,被告三井住友に対し,本件保険契約に基づく車両保険金請求権に基づき, 615万7386円及びこれに対する原告が上記保険金の支払を請求した日の後である平 成20年7月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を 求めるとともに,本件保険契約に基づく弁護士費用等保険金請求権に基づき,68万30 00円及びこれに対する平成22年6月5日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合 による遅延損害金の支払を求める。

(参加人)

ア 修理費について 原告車両の修理費相当額は,45~47万円程度であることは明白である(丙11,丁 3)。

イ 代車費用について 修理費は,せいぜい45万円程度であるのに,その修理期間に修理費の10倍に相当する代車費用を支出する経済的合理性はない。 原告は,本件事故当時,原告車両以外にワゴン車1台,ジムニー1台,トラック3~4 台を保有していた。原告車両は,極めて趣味性,嗜好性の強い車であり,営業活動に使用 していた頻度はそれほど多くないと思われる。 よって,代車の必要性,相当性は認められない。 (被告三井住友)

ア 修理費について 損害賠償請求とは異なり,車両保険により填補される修理費は,約款で定められた範囲 でしか支払われない。 そして,車両保険においては,事故発生時点における一般的な修理技法により,外観上, 機能上,社会通念に照らし原状回復したと認められる程度に復旧するために必要な修理費 用に限定されているし,その判断は,被告三井住友がすることとされている。 被告三井住友が認定する本件ベントレーの修理費は,47万7719円である(丁3)。 参加人の修理見積額は,45万2823円であり(丙9),被告三井住友の見積額と近く, 被告三井住友が認定した修理費47万7719円が,一般的な修理技法により,外観上, 機能上,社会通念に照らし原状回復したと認められる程度に復旧するために必要な修理費用である。

イ 代車費用について 代車費用の支払は,1日5000円を最高限度として,実際に代車を借り入れて代車費 用を負担した場合になされるものであり,実際に代車を借り入れていない場合には代車費 用は支払われない。 原告は他にも車を所有しているはずであり,代車使用の必要性がない。 原告が実際に代車を使用していたのであれば,長期間経過した現在も未だにその料金を 支払っていないのは不自然である。

ウ 弁護士等費用保険金について (ア) 被告三井住友が,もらい事故弁護士費用担保特約に基づき,支払義務を負うのは,同特約第2条第1項1,2のいずれかに該当する偶然な事故により被害を被ることによって,保険金請求権者が,賠償義務者に対する自動車被害事故にかかわる法律上の損害 賠償請求を行う場合で,被告三井住友の同意を得て支出した弁護士等費用に限られる。 しかし,前述のとおり,偶然な事故発生の事実が認められないので,そもそも弁護士等 費用保険金の発生要件を満たさない。また,被告三井住友は,原告に対して,原告の弁護 士等費用の支出について同意などしていない。

(イ) 次に,同持約第9条2は,以下のとおり定める。 被告会社は,次の各号のいずれかに該当する損害賠償請求または法律相談を保険金請求 権者が行う場合は,それにより生じた費用に対しては,弁護士費用等保険金を支払わない。

1 被害に対して保険金の請求が行われる保険契約(共済契約を含みます)の保険者 に対する損害賠償請求またはこれにかかわる法律相談

2 損害賠償請求を行う地及び時において社会通念上不当な損害賠償請求またはこれにかかわる法律相談 本件調停は,被告Y1,被告長八総建とともに,被告三井住友をも相手方としている。 また,原告は,被告三井住友に対して保険金請求訴訟を提起し,被告Y1,被告長八総建 に対する損害賠償請求事件と併合されている。 原告の被告Y1,被告長八総建に対する損害賠償請求事件は,実質的には,参加人の対 物賠償責任保険の直接請求及び被告三井住友に対する保険金の請求に他ならず,同特約第 9条2の1に該当し,弁護士費用等保険金は支払われない。 さらに,原告は,本件調停及び本訴において,修理費を偽って600万7386円もの 莫大な金銭や,434万7000円もの莫大な金額の代車料を請求するなど,社会通念上 不当な損害賠償請求を行っているといえるのであり,同特約第9条2の2に該当し,弁護 士費用等保険金は支払われない。

(ウ) また,同特約第11条12は,以下のとおり定める。

1 保険契約者または保険金請求者は,保険金請求者が損害賠償請求を行う場合または訴訟の提起を行う場合には,被告三井住友に次の各号に掲げる事項について事前に書面 で通知しなければならない。 a 損害賠償請求を行う相手の氏名または名称およびその者に関して有する情報 b 被害の具体的内容 c 損害賠償請求を行う相手との交渉の内容 d その他当会社が必要と認める事項 2 保険契約者または保険金請求者が,正当な理由がなくて前項の規定に反した場合, 被告三井住友は,弁護士費用等保険金を支払わない。 原告は,被告三井住友にこれらの点につき,書面による通知を何らすることもなく被告 Y1,被告長八総建に対して訴訟提起を行っているから,同特約第11条2により,被告 三井住友は弁護士費用等保険金の支払義務を負わない。 (エ) 同持約第14条は,以下のとおり定める。 被告三井住友に対する保険金請求権は,保険金請求権者が弁護士費用および法律相談費 用を支出した時から発生し,これを行使することができる。 すなわち,原告が実際に弁護士費用を支出していなければ,弁護士費用等保険金請求権 は発生せず,支出した後でなければ行使しえない。 原告は実際に弁護士費用をいつ支払ったのかの主張・立証を一切していないから,原告 の弁護士費用等保険金請求権が発生したと認められない。 また,本件は,独立当事者参加人及び被告三井住友の保険会社2社から保険金の支払を 拒否された,いわゆるモラルリスク事案である。調停による解決など見込めないにもかかわらず,原告は,訴訟提起前に調停など申立て,無駄な弁護士費用を発生させてしまったのであり,そのような無駄な費用まで被告三井住友が支払わなければならないというのは 信義に反する。