(東京高等裁判所平成27年11月9日判決の原審)
東京地裁平成27年3月17日判決【相続人中のある者が法定相続分を超える遺産を取得する内容の遺産分割協議が破産法160条3項の無償行為否認の対象となるか(消極)】

(控訴審)東京高等裁判所 平成27年11月9日判決
【相続人中のある者が法定相続分を超える遺産を取得する内容の遺産分割協議が破産法160条3項の無償行為否認の対象となるか(消極)】


第3 当裁判所の判断


 1 認定事実
 前提となる事実,証拠(甲1ないし4,8ないし10,乙1ないし15,18ないし40,証人A,証人D,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,本件の全証拠中にはこの認定に反する証拠は見当たらない。
  (1) 本件遺産の内容
   ア 甲山家は,本件地区において,遅くとも江戸時代から代々続いた庄屋の家柄であり,亡父は,甲山家の当主として,先祖から受け継がれてきた本件地区の多数の農地や山林を中心とした財産を家督相続により取得した。(乙7ないし11,33,証人A,被告本人)
   イ 本件遺産の内容は,① 本件地区に所在する土地63筆(うち宅地4筆,雑種地9筆,田又は畑合計31筆,山林又は保安林合計17筆,原野1筆,公衆用道路1筆),② これら土地のうちの宅地1筆上の建物4棟(居宅建物1棟,土蔵1棟,物置1棟,車庫1棟),③ a社の株式2500株,④ 秦野市農業協同組合等への出資金合計30万1000円,⑤ 現金30万円,⑥ 預貯金合計1511万1013円,⑦ 家庭用財産一式(相続税の申告書における価額は20万円),⑧ a社に対する未収入金471万6667円,⑨ a社に対する貸付金83万4869円,⑩ 未収所得税還付金23万3500円,⑪ 庭園30万円である。なお,これら遺産の細目及び価額は,相続税の申告書(甲2)及び相続税の更正通知書(甲3)に記載された申告内容による。
   ウ 本件遺産中の上記63筆の土地のほとんどは亡父が家督相続により取得したものであり,そのうち53筆が市街化調整区域に,残りの10筆が市街化区域にある。(甲2)
   エ 相続税申告における上記土地63筆の価額の合計金額は2億2524万3683円,このうち市街化調整区域にある土地(53筆)の価額の合計金額は3516万3804円,市街化区域にある土地(10筆)の価額の合計金額は1億9007万9879円であり,市街化区域にある上記10筆の土地の価額は,土地63筆の合計価額の8割を超え,本件遺産のほとんどの価値を占めている。(甲2)
   オ 本件遺産分割協議により本件破産者が取得した土地(秦野市菖蒲字中開戸1104番1所在の宅地[地積393.71m2]。以下「本件開戸土地」という。)は,市街化区域にある宅地であり,相続税申告における価額は2598万4860円である。(甲2)
 なお,本件破産者は,本件開戸土地を亡父の生前から自宅敷地として使用している。(甲8,乙33,36)
  (2) 甲山家の相続についての認識
 亡父の法定相続人は,亡父と妻である亡母との間の子である被告と本件破産者のみであるところ,甲山家では代々跡取りが遺産のほとんどを承継してこれを次世代に承継してきたとの事情があり,家族の間では,長男である被告は亡父の跡取りとして亡父の遺産のほとんどを相続して次世代に継承し,二男である本件破産者は相応の財産を分け与えられて本家から独立するものと認識されていた。そして,被告と本件破産者においても,そのことを子供の頃から了解していた。(乙7ないし11,33,証人A,被告本人)
  (3) 亡母の死亡
   ア 亡母は,昭和62年6月9日に死亡し,その遺産として,同人が実家から承継した本件柳町土地と,同土地上の亡母名義の建物(本件柳町土地と一括して「本件柳町土地等」という。)があり,それ以外には特にめぼしい財産はなかった。(乙33,36)
   イ 亡母の法定相続人は,亡父,被告及び本件破産者の3名であった。(乙4)
  (4) a社の経営
 亡父は,昭和51年頃から,本件柳町土地等を,自ら設立したa社の社屋として利用し同所で不動産業を営んでおり,平成12年2月頃からは,本件破産者が後継者としてa社に入社したので,a社の業務のほとんどを本件破産者に任せるようになった。それ以来,本件破産者は,a社からの給与又は役員報酬で生計を立てるようになった。(甲4,乙1,33,34,36,証人D,証人A,被告本人)
  (5) 亡母の遺産の相続
   ア(ア) 亡母の死亡後,その遺産分割につき何らの協議も行われないまま推移したところ,平成12年,亡父の提案により,本件破産者が本件柳町土地等を単独で相続することになり,同年10月11日には,本件柳町土地等につき本件破産者に対する所有権移転登記が具備された。(乙2ないし6)
 (イ) 亡父が上記の相続を提案したのは,亡父の将来の相続において,被告が本件地区の不動産を中心とした財産のほとんどを承継することを踏まえ,本件破産者に対し,甲山家から独立をするために必要な財産を分け与える必要があると考えたこと,本件柳町土地等は甲山家に代々承継されてきた財産ではなかったので,二男である本件破産者に分け与えるのには適していたこと及び本件破産者がa社の経営を既に事実上承継しており,今後本件柳町土地等において事業を継続することが見込まれたことといった事情によっていた。(乙33,36)
   イ(ア)a 本件柳町土地は,最寄り駅である小田急電鉄小田原線渋沢駅から近く,本件地区内の土地と比べると,利便性が相当高い地域にあり,不動産鑑定士中津川治作成の意見書(乙32)によれば,亡母の死亡時である昭和62年6月9日時点の本件柳町土地は6680万円(1m2当たりの単価27万5000円)と評価されている。(乙32)
  b なお,亡父の死亡の年である平成21年分路線価図(甲11)を参考にすると,本件柳町土地の路線価は2461万6000円(1m2当たりの単価10万円)となり,本件破産者は,債務整理前の平成22年3月25日に本件柳町土地等を代金1500万円で売却した。(甲11,12)
 (イ) 亡母の相続における被告と本件破産者の法定相続分は,4分の1ずつであるので,上記(ア)aの評価額を前提とすれば,亡母の相続においては,本件破産者が本件柳町土地の取得により5010万円を被告との関係で過大に取得したことになり,上記(ア)bの路線価を前提とすれば,1846万2000円を被告との関係で過大に取得したことになる。
  (6) a社の債務免除及び経営の承継
   ア a社は,平成12年2月に本件破産者が入社する前から赤字経営が続き,その資金不足分を亡父からの借入れで補ってきたところ,本件破産者の入社後,資金需要が増えて金融機関からの融資を受ける必要が生じた。そこで,亡父は,a社の融資審査が通り易くなるよう,顧問税理士の助言を受けた上,a社の亡父に対する債務を免除することにし,平成13年度から平成21年度(平成13年8月1日から平成21年7月31日まで)にかけて合計4542万円の債務を免除した。(乙21ないし25,27ないし31,34,35,37,38,証人D)
   イ 本件破産者は,平成20年3月にa社の代表取締役に就任し,その頃までには亡父が全部保有していた発行済株式3000株のうちから500株を譲り受けており,さらに,本件遺産分割協議によって亡父所有の2500株を取得した結果,全株式の保有者となった。(甲9,乙1,36)
 なお,本件破産者は,本件支払停止に当たってa社の取締役を辞任し,これに伴って上記保有株式全部を手放したが,本件破産者に代わって本件破産者の妻が唯一の取締役に就任してa社を経営している。(乙1,13,33,36,証人A)
  (7) 本件開戸土地への抵当権設定等
 亡父は,平成15年,本件開戸土地を将来本件破産者に相続させることを見込んで,本件破産者が本件開戸土地上に自宅を建築することを了承した上,本件破産者が自宅建築資金の調達のために借り入れた住宅ローン(債権者は横浜銀行で貸付総額は4000万円である。以下「本件住宅ローン」という。)の保証人となるとともに,本件住宅ローンの保証会社を権利者とする抵当権を本件開戸土地に設定した。(甲8,乙19,証人A)
  (8) 被告による本件住宅ローン債務の負担
 本件住宅ローンの債権者である横浜銀行は,本件破産者が破産手続開始決定を受けた後の平成22年12月2日,被告に対し,同日付け相殺通知書の送付により,本件住宅ローン債務の残金と,被告が相続した亡父名義の上記銀行の預金約800万円(普通預金3口と定期預金1口の残高合計)とを対当額で相殺した。(乙19)
  (9) 被告による相続債務その他諸費用の負担
   ア 被告は,本件遺産分割協議において,亡父の債務全額及び葬儀費用全額を負担するものと合意されたことに基づき,相続債務総額282万3290円及び葬儀費用約700万円を負担した。(甲2,10,乙33)
   イ 被告は,本件遺産分割協議の後,司法書士に対する報酬(本件遺産分割協議書作成,本件破産者及び被告に対する所有権移転登記手続及び関連する事務に対するもの)合計111万7605円全額を自ら負担したほか,本件破産者が滞納した相続税(本税分及び利子税の合計約407万円)も負担した。(乙14,15,20,弁論の全趣旨)
   ウ また,甲山家代々の当主が菩提寺を含む複数の寺社や地域社会との関係を重んじて,祭礼の都度寄付をしたり,必要があれば人手も出したりして地元に貢献してきた経緯があるため,被告は,甲山家当主として,今後も同様の人的物的負担を継続していくことが期待されている。そして,上記の寺社に対する寄付だけでも毎年約70万円を要していたので,被告は,当主でいる間の長期間にわたり,上記経済的負担を余儀なくされる見込みである。(甲10,乙33,被告本人)
 2 争点1(本件遺産分割協議のうち本件超過取得部分が破産法160条3項の無償行為として否認の対象となるか。)についての判断
  (1) 遺産分割協議の無償性の判断に当たっては,① 遺産分割の方法について,民法906条が,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して行うべきものと定め,これら個別的な事情を考慮することによって共同相続人間の実質的公平を実現した遺産の配分をすることを期待しているものと解されること,② 遺産分割は審判による分割のみならず,共同相続人間の合意によっても行うことができ,この場合には,具体的相続分とは異なる割合での分割を妨げられないことに鑑みると,法定相続分又は具体的相続分を超えた遺産の取得を合意した遺産分割(代償金の支払合意をしていない場合である。)が直ちに無償性を肯定されると解するのは相当とはいえず,無償性を認めるには,当該遺産分割において考慮された個別具体的な事情(同条に例示された個別的な事情のほか,一切の事情の一つとして,被相続人が生前に漏らしていた意思も含まれると解される。)を検討し,これらを総合的に考慮しても当該遺産分割が共同相続人間の実質的公平を実現するものとはいえないと認められた場合であることが必要であると解される。
  (2) そこで,上記第2の1記載の前提となる事実及び上記1記載の認定事実を踏まえて,本件遺産分割協議において考慮された個別事情について検討する(以下で認定する個別事情は,いずれも上記前提となる事実,上記1の認定事実及び弁論の全趣旨によって認められるものである。)。
   ア 第1の個別事情として,本件遺産のうちの主要部分が亡父が家督相続によって取得した土地であり,これらは代々庄屋として農業を営んできた歴史的経緯から,取引の対象となることなく歴代の当主に受け継がれてきたものであることが認められる。
 そして,証拠(乙33,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,甲山家においては,現在は家業として農業を営んでいるわけではないために家業の存続の要請があるとはいえないものの,上記1の認定事実によれば,甲山家が本件地区における旧家として多数の土地を所有するだけではなく,代々の当主が地元に根付いて地域社会に相応の貢献をしてきた家柄であるとの事情も認められるので,このような事情も併せると,本件遺産分割において,本件遺産中の多数の土地が代々当主に受け継がれていたとの上記事情を尊重して,跡取り一人にこれら土地のほとんどを取得させる遺産分割協議をすることは,不合理とはいえず,そのことのみで公平でないとはいえない。
   イ(ア) 第2の個別事情として,亡父において,被告に本件遺産のほとんどを相続させる代わりに,本件破産者には独立して生計を維持するための財産を分け与えるという意図から,① 甲山家が代々承継して守ってきた財産とは別の本件柳町土地等については,亡母の相続の際,本件破産者に優先的に取得させ,② 本件破産者にa社の経営を引き継がせた上,a社の亡父に対するほとんどの債務を免除し,③ 本件破産者の住宅を本件開戸土地上に建築することを認め,亡父自らが本件住宅ローンの保証人になったり同土地に抵当権を設定したりして,本件破産者の住居を確保できるようにしたことが認められる。
 これらの各事情は,被相続人である亡父の生前の意思の表れであるから,原則として,遺産分割の方法決定の要素の一つとして尊重されるべきである。
 (イ)a 上記(ア)の各事情を客観的にみると,上記(ア)①については,本件柳町土地の亡父の死亡時における時価が亡母の死亡時におけるよりも相当下落していたものとみられるものの,本件柳町土地は,本件遺産の土地よりも利便性が高く市場性のある土地ということができ,亡母の死亡時にはいわゆるバブル期ではあるものの相当な高値になったとの評価が一応可能であること,加えて,本件柳町土地を本件破産者が取得することは,a社の経営基盤を得たという意味もあることが認められ,本件破産者に決して少ないとはいえない経済的利益を与えたものと評価し得る。
  b 上記(ア)②については,a社が亡父の営んでいたいわゆる個人企業であり,本件破産者が亡父の生前からその経営を事実上承継してこれによって生計を営むようになったと認められることに鑑みると,本件遺産分割協議の時点においてa社の株式の純資産額が無価値であったとしても,亡父のa社に対する合計4542万円の債務免除は,本件破産者によるa社の承継の事実と併せてみれば,本件破産者に対する生計の資の贈与又はこれに準ずる行為と評価する余地が十分あるといえる。そうすると,本件破産者が,上記(ア)②の事情によって,本件遺産分割協議に先立ち,上記債務免除額相当の経済的利益を受けていたとみることが一応可能である。
  c 上記(ア)③については,住宅建築を亡父の死亡に先立って認められたことによって,本件破産者は,本件開戸土地の利用の経済的利益を現実に得て生活の基盤ができたといえるのであるし,亡父自らが本件住宅ローンの保証人になるとともに物上保証人になったことによって,被告が亡父の債務を承継した相続人として,本件住宅ローンの一部(800万円)を現実に負担したと認められるから,本件破産者は,これらの各事情によって,本件遺産分割協議に先立ち,上記800万円(上記保証契約自体による利益)を超える経済的利益を受けていたといえる。
 (ウ) 以上によれば,本件破産者は,亡父によって,本件遺産分割協議に先立ち,甲山家から独立して生計を営むのに十分な経済的利益を受けていたものということができる。
 したがって,上記(ア)①ないし③の各事情を考慮して遺産分割協議をすることは,公平でないとは認め難い。
   ウ(ア) 第3の個別事情として,被告は甲山家の当主として菩提寺を含む複数の寺社や地域社会に貢献することが期待されているため,今後も先代の当主と同様の負担を負うことを余儀なくされること,その経済的負担としては,少なくとも毎年合計70万円(寺社への寄付)が見込まれる上,地元における冠婚葬祭における経済的負担も通常の家庭よりも相当大きいことが認められる。
 これらの各事情は,共同相続人の社会的地位に関わる事情であるから,遺産分割の方法決定の要素の一つとして尊重されるべきである。
 (イ) また,客観的にみても,被告が当主としての上記のような経済的負担その他有形無形の負担を背負う立場にいることによって被告が現実に経済的損失を被ると評価し得るから,これら各事情を考慮して,被告に法定相続分を超える財産を取得させる遺産分割協議をすることは,直ちには公平でないとはいえない。
  (3) 上記(2)の検討を踏まえ,本件遺産分割協議における本件破産者と被告に対する遺産の配分が共同相続人間の実質的公平を実現するものとはいえない場合に当たるかにつき検討する。
   ア まず,上記1の認定事実によれば,被告が相続した本件遺産のうち多数を占める53筆の土地は,市街化調整区域にあるため取引対象となることが考え難い上にさほどの収益を生むものでもないにもかかわらず,被告は,事実上,甲山家の当主としてこれらを維持管理する責任や地域社会における有形無形の様々な負担を担っており,しかも,これらの責任や負担は当主でいる間は続くため,それらの責任や負担が長期間にわたって継続することが見込まれるといえる。そして,上記認定の年間70万円の寺社への寄付だけを取り上げてみても,それが20年間続けば1400万円にも上ることとなり,それ以上継続して負担が累積することも十分あり得ることに鑑みれば,被告の上記責任や負担は相当重いものといえる。
   イ これに対し,本件破産者は,本件遺産分割協議に先立ち甲山家からの独立に十分な経済的利益を受けており,その経済的利益の金額を単純計算してみると,それを高めに見積もれば1億円を超え(亡母の相続における過大取得分5510万円,a社の債務免除額4542万円,本件住宅ローンの上記相殺額800万円の合計金額は1億0852万円となる。)控えめに見積もっても7200万円程度にはなり(亡母の相続における過大取得分1846万2000円,a社の債務免除額4542万円,本件住宅ローンの上記相殺額800万円の合計金額は7188万2000円となる。)更にこれらの経済的な利益と本件遺産分割協議によって本件破産者が取得した財産を合わせると,控えめに見積もっても9800万円程度と算定され(上記7188万2000円と本件開戸土地の価額2598万4860円の合計金額は9786万6860円となる。),この金額は,本件遺産の総額の2分の1相当額(1億1855万1300円)と比較して,著しい差があるとまでは認め難い。
 加えて,上記の本件破産者の事情に,上記ア記載の被告が当主となったことにより負う責任や負担を併せて総合的に考慮すると,本件破産者は,本件遺産分割協議によって,実質的には,法定相続分相当額に匹敵する程度の財産を取得したとみる余地が十分あり得る。
   ウ 以上によれば,本件遺産分割協議のうちの本件超過取得部分は,被告が本件破産者に代償金の支払をしないことを前提としても,本件破産者と被告の共同相続人間の実質的公平を実現するものとはいえない場合に当たると認めることは困難であるといわざるを得ない。
  (4) したがって,本件超過取得部分が無償行為として否認の対象となるとは認め難い。