(東京高等裁判所平成27年11月9日判決の原審)
東京地裁平成27年3月17日判決【相続人中のある者が法定相続分を超える遺産を取得する内容の遺産分割協議が破産法160条3項の無償行為否認の対象となるか(消極)】

(控訴審)東京高等裁判所 平成27年11月9日判決
【相続人中のある者が法定相続分を超える遺産を取得する内容の遺産分割協議が破産法160条3項の無償行為否認の対象となるか(消極)】


第2 事案の概要


 本件は,破産者甲山A(以下「本件破産者」という。)の破産管財人である原告が,本件破産者の兄である被告に対し,被告が本件破産者との間でした遺産分割協議のうち,被告がその法定相続分を超えて遺産を取得するものと合意された部分(以下「本件超過取得部分」という。)が本件破産者の支払停止の前6か月以内にした無償行為に当たることを理由に破産法160条3項に基づく否認権を行使するとともに,同法168条4項に基づき本件超過取得部分相当額9256万6440円の価額償還及びこれに対する催告日(訴状送達の日)の翌日である平成24年10月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 1 前提となる事実(争いのない事実と,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,証拠等の記載のないものは当事者間に争いがない。)
  (1) 本件遺産分割協議の成立
   ア 原告と被告は,平成22年1月9日,両名の亡父である甲山B(平成21年7月8日死亡。以下「亡父」という。)を被相続人とする遺産分割協議(以下「本件遺産分割協議」といい,対象となった遺産を一括して「本件遺産」という。)をした。
   イ 本件遺産分割協議の概要は,次のとおりである(ただし,以下の遺産の価額は,相続税の申告書(甲2)及び相続税の更正通知書(甲3)に記載された申告内容による。)。
 (ア) 本件遺産の主なものは,秦野市菖蒲(字名以下は省略する。以下「本件地区」という。)に所在する土地(63筆),建物,有限会社a(以下「a社」という。)の株式(2500株),預貯金及び出資金であり,遺産全部の価額(ただし財産価額から債務及び葬儀費用の合計769万0602円を控除した純資産評価額である。)は,2億3710万2600円である。
 (イ) 本件遺産分割協議では,本件破産者が,宅地1筆及びa社の株式2500株を取得し,被告が残りの遺産全てを取得するとともに,相続債務及び葬儀に関する費用を全て負担するものと合意された。なお,被告の本件破産者に対する代償金支払の合意はなかった。
 (ウ) 本件破産者と被告の取得額(ただし,被告については,取得財産の価額から債務[葬儀費用及び相続債務]769万0602円を控除した純資産額である。)は,本件破産者のそれが2598万4860円,被告のそれが2億1111万7740円であり,被告が取得した上記財産の価額のうち,法定相続分2分の1相当額である1億1855万1300円を超える価額は,9256万6440円となる。
  (2) 本件破産者の支払停止
 本件破産者は,平成22年5月頃,債務整理を弁護士に委任し,同弁護士は,同月6日頃,その旨を記載した受任通知を債権者らに送付した。これにより,本件破産者は支払を停止した(以下,この支払停止を「本件支払停止」という。)。(甲4,5の1ないし3)
  (3) 本件破産者の破産手続開始
 東京地方裁判所は,平成23年6月15日,本件破産者につき破産手続開始決定をし,破産管財人として原告を選任した(同裁判所平成23年(フ)第7892号)。
 2 争点
 本件の主要な争点は,① 本件遺産分割協議のうち本件超過取得部分が破産法160条3項の無償行為として否認の対象となるか(争点1),② 本件超過取得部分につき無償行為であるとして否認権を行使することは権利濫用として許されないといえるか(争点2)であり,各争点についての当事者の主張は次のとおりである。
  (1) 争点1(本件遺産分割協議のうち本件超過取得部分が破産法160条3項の無償行為として否認の対象となるか。)について
 (原告の主張)
   ア 遺産分割協議は,熟慮期間中に相続放棄をするのとは異なり,いわゆる遺産共有となっている相続財産について,一旦相続を承認してもはや放棄することができない状態になった後にこれを相続人間で分割協議することにより他の相続人が相続によって取得したことにするものであるから,実質的には相続人間で贈与するのと同視し得るものである。
 したがって,遺産分割協議において法定相続分を超える財産の取得があった場合,これについて相応の代償が支払われず,対価性を伴わない場合には,贈与と同様に無償と評価されて無償否認の対象となり,対価性があることの立証責任は,受益者である財産の取得者が負うべきである。
 ただし,特別受益又は寄与分による相続分の変動が立証されれば,上記無償性の判断は,特別受益又は寄与分の存在を前提とした具体的相続分を基準として判断されることとなる。
   イ 本件においては,上記財産の取得者は被告であるから,被告が上記対価性の存在,特別受益又は寄与分の存在の立証責任を負っていることになるところ,これらの立証はされていない。
 そうすると,被告が本件遺産分割により取得した純資産総額2億1111万7740円のうち,被告の法定相続分相当額である1億1855万1300円を超える部分については,本件破産者から被告に対する資産の移転行為であり,これについて,遺産分割上,被告により本件破産者に対して相応の代償金は支払われていないから,本件超過取得部分の資産の移転は,破産法160条3項の無償行為に該当する。
 (被告の主張)
   ア 本件遺産分割協議は,社会的相当性のある行為であって,無償行為の否認の前提要件となる「不当性」がない。
 すなわち,本件においては,甲山家が北条氏の家臣であったという名家で,その資産には鎌倉時代から継続して保有する山林等の不動産が多く,そのほとんどは商品取引市場とは無関係の存在として代々跡取りが承継し,共同相続によって遺産分割をしたことがないことから,長男である被告が跡取りとして甲山家を承継することに十分な合理性があるといえる。
 また,本件破産者の債権者らの債権の取得時期からみて,債権者らが本件の相続開始を期待していたものとは考え難いこと,本件遺産分割協議の当時,本件破産者が主債務者の経営状態の悪化の事情を知らず,その4か月以内に本件破産者につき支払停止事由が生じたことは偶然にすぎないといえることから,本件遺産分割協議は社会的に相当なものといえる。
   イ 本件破産者が,本件破産者及び被告の亡母C(以下「亡母」という。)の遺産(秦野市柳町〈以下省略〉所在の土地[地積246.16m2]。以下「本件柳町土地」という。なお,本件柳町土地の相続当時の評価額は6680万円である。)を単独で取得して法定相続分(4分の1)を超過した5010万円を受益したこと,本件破産者が亡父からa社に対する債権放棄の形で合計4542万円相当の生前贈与を受けたこと,本件破産者が借りた住宅ローンのうち800万円を被告が肩代わりして支払ったこと,被告が亡父の相続を原因とする本件破産者への所有権移転登記等の費用111万7605円を負担したこと,被告が亡父の葬儀費用として700万円を負担したこと,被告が亡父の菩提寺の檀家総代として又は甲山家と親交のある神社への納付金として毎年70万円の寄付をする必要がありその20年分の金額は1400万円に上ることからすれば,本件破産者は,既に1億円を超える受益をしてきたことになる。
   ウ そうすると,本件遺産分割協議のうちの本件超過取得部分には,何ら無償性はない。
  (2) 争点2(本件超過取得部分につき無償行為であるとして否認権を行使することは権利濫用として許されないといえるか。)について
 (被告の主張)
 甲山家は,かつて北条氏の家臣であった家柄であり,地元でも有数の名家であるところ,本件の遺産分割は,その甲山家が代々引き継いできた財産の相続であって,遺産である不動産は,単なる財産的な意義を超え,それらが分割されずに特定の相続人に対して相続されることに歴史的意義がある。したがって,本件遺産分割協議は何ら不当なものではないから,原告の本件の否認権行使は権利濫用として許されない。
 (原告の主張)
 甲山家が秦野市における名家であることは認めるが,その余の事情については知らず,権利濫用の主張については争う。