(原審)東京地裁平成 26 年 11 月 28 日判決〔なめこの品種に関する育成者権侵害差止等請求事件〕

(控訴審)知財高裁平成 27 年 6 月 24 日判決〔なめこの品種に関する育成者権侵害差止等請求控訴事件(種苗法20条1項「品種登録を受けている品種及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種」の判断)〕

第4 当裁判所の判断

 1 争点1(本件育成者権侵害の有無)について
  (1) 育成者権侵害の有無に関する判断基準について
   ア 種苗法は,「新品種の保護のための品種登録に関する制度,指定種苗の表示に関する規制等について定めることにより,品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り,もって農林水産業の発展に寄与すること」(同法1条)を目的とし,同法3条1項に掲げる要件を備えた品種の育成(人為的変異又は自然的変異に係る特性を固定し又は検定すること)をした者(又はその承継人)は,出願審査登録制度(同法第二章品種登録制度参照)に基づく品種登録を受けることにより発生した育成者権を取得し(同法19条1項),一定期間,当該登録品種の利用について排他的独占ができることを規定する(同条2項,同法20条)。植物体の新品種の育成には,専門的知識,技術,経験のほか,長期の年月,多大な労力,資金等を要する場合が多い一方,植物の性質上,いったん新品種が育成されると,これを第三者が増殖することは容易であることから,新品種の育成者の権利を法律上保護する必要があるとして,平成10年法律第83号により全面改正されたものである。
 種苗法の上記規定は,新たな発明を公開し,産業の発達に貢献したことの代償(報償)として,特許登録要件を備えた発明をした者に対しては,特許権という当該特許発明の実施を占有する権利を与えるのと同様,新しい農林水産植物の品種を育成した者に対しては,新しい品種を社会に提供することにより農林水産業の発展に寄与したことの代償(報償)として,育成者権という排他的独占力を有する強力な権利を与えたものと解せられる。
   イ ところで,種苗法においては,育成者権の及ぶ範囲について,「品種登録を受けている品種(以下「登録品種」という。)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種」を「業として利用する権利を専有する。」と定める(同法20条1項本文)のみで,育成者権の権利範囲の解釈について特許法70条のような規定は置かれていない。
 しかし,種苗法において「品種」とは,「重要な形質に係る特性」(特性)の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ,かつ,その特性の全部を保持しつつ繁殖させることができる一の植物体の集合」(同法2条2項)とされ,「農林水産大臣は,農業資材審議会の意見を聴いて,農林水産植物について農林水産省令で定める区分ごとに,第二項の重要な形質を定め,これを公示する」(同条7項)と定められていること,また,品種登録の要件として,「品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」(同法3条1項1号,明確区別性),「同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似していること」(同項2号,均一性),「繰り返し繁殖させた後においても特性の全部が変化しないこと」(同項3号,安定性)の要件を全て満たして初めて新品種としての登録が認められ,農林水産大臣は,品種登録出願につき前条(品種登録出願の拒絶)第1項の規定により拒絶する場合を除いて品種登録をしなければならない」(同法18条1項)とされている。そして,品種登録の際には,「品種登録は品種登録簿に次に掲げる事項を記載してするものとする。・・・四 品種の特性)」(同条2項),「農林水産大臣は,第1項の規定による品種登録をしたときは・・・農林水産省令で定める事項を公示しなければならない。」(同条3項)とされており,これらの種苗法に掲げられた諸規定を総合して解釈すれば,新たな品種として登録を認められた植物体とは,特性(重要な形質に係る特性)において,他の品種と明確に区別され,特性(重要な形質に係る特性)において均一であり,特性(重要な形質に係る特性)において変化しないことという要件を満たした植物体であって,その特性(重要な形質に係る特性)は品種登録簿により公示されることになっているのであるから,品種登録簿の特性表に掲げられた重要な形質に係る特性は,当該植物体において他の品種との異同を識別するための指標であり,これらの点において他の品種と明確に区別され,安定性を有するものでなければならないものというべきである。
 そして,上記の点は,農水省解説において採用されているところの,登録品種と侵害が疑われる品種が「同一品種であるか否かを判断するには,常に植物自体を比較する必要がある」という現物主義(原告は,この立場によるべきであると主張している。)の下でも,妥当するといわなければならない。すなわち,育成者権の侵害を認めるためには,少なくとも,登録品種と侵害が疑われる品種の現物を比較した結果に基づいて,後者が,前者と,前者の特性(特性表記載の重要な形質に係る特性)により明確に区別されない品種と認められることが必要であるというべきである(なお,「明確に区別される」かどうかについては,特性表に記載された数値又は区分において,その一部でも異なれば直ちに肯定されるものではなく,相違している項目,相違の程度,植物体の種類,性質等をも勘案し,総合して判断すべきである。仮に,品種登録簿の特性表に記載された特性をもって,特許権における特許請求の範囲のごとく考える立場〔以下「特性表主義」という。〕によるとすれば,侵害が疑われる品種について,(登録品種の現物ではなく)登録品種の品種登録簿の特性表記載の特性と比較して,登録品種と明確に区別されない品種と認められるか否かを検討すれば足りることになるが,その場合においても,「明確に区別される」かどうかを総合的に判断すべきことは同様である。)。
  (2) 鑑定嘱託の結果について
   ア 本件鑑定書の「5.考察」には,次のとおり記載されている(鑑定嘱託の結果)。
 「菌糸性状試験では,異菌株判別法の一つである対峙培養から3菌株間に帯線及び嫌触反応が全く観察されなかった。また各項目においても3菌株間に明瞭な相違は確認されなかった。一方,菌糸成長最適温度及び菌糸体成長温度では温度帯によって有意差が認められるものが確認された。
 栽培試験では,K1株において子実体発生を確認できなかった。菌廻りも遅延する傾向があり,発生操作後トリコデルマ等の害菌の被害を容易に受け,子実体発生までに至らなかった。K2株とG株との比較では外観上の明瞭な相違は認められなかった。収量,菌柄の太さ及び菌柄の長さには有意差が認められるものの,菌さんの大きさ,菌さんの厚さ,有効茎数には有意差は認められなかった。
 ナメコ空調栽培では,種菌が原因と考えられる子実体の発生不良がしばしば起こる。その原因として種菌の微生物学的純粋性と熟度の問題及び母菌の継代過程で劣化・退化と称される菌株の性質の変化が指摘されている。本鑑定に供試した種苗登録されたK1株とK2株は同一菌株であるはずだが,本試験結果では大きく栽培特性が異なる結果となった。その原因として,2菌株の保管管理状況の相違が考えられる。ナメコは自然に脱二核化が起こり,二核菌糸の植え継ぎ回数が多くなるにつれてクランプ結合数がかなり急激に減少する傾向が報告されている。また,菌株の植え継ぎによって栽培特性と菌叢の変化が生じ,子実体収穫時期や収量に明確な影響を与え,菌株の保管管理状態によっては脱二核化による子実体の発生不良現象を引き起こすことが報告されている。また,脱二核化した菌糸はオガ粉培地においても菌廻りが薄く,培地全体が軟弱化すると報告がある。そのような発生不良株は発生操作後に害菌の侵害を受け,栽培を継続できない培地が多発する。本試験結果においても子実体発生不良であったK1株は菌廻りが薄く(写真.13),培地全体が軟弱化し,発生操作後に著しい害菌の侵害を受けた(写真.14)。K1株の寒天培地上菌糸を検鏡したところ,二核菌糸の特徴であるクランプ結合は確認できなかった(写真.25)。
 これらの母菌や種菌の変異については,林野庁森林総合研究所を中心として研究が行われ「きのこ変異判別と変異発生予防」(農林水産省相林水産技術会議事務局・林野庁森林総合研究所,1999)としてまとめられている。種菌メーカーはこれらを基に独自の基準をもって品質管理を行っていると考えられ,K2株は比較的良好な条件で管理されていたものと推察される。
 以上のことから,本試験結果の菌糸性状試験及び栽培試験の調査項目の一部に有意差は認められるが,3菌株は遺伝的に別の特性を有するということは言えない。」
   イ 本件鑑定書の「5.考察」では,3菌株(K1株,K2株,G株)を用いて行った菌糸性状試験の調査項目の一部に有意差が認められるとしているにもかかわらず,その有意差が本件登録品種の特性と異なるのか,異なるとすればそれはどの程度かについて,何らの見解も示しておらず,有意差が認められるにもかかわらず,「3菌株は遺伝的に別の特性を有するとは言えない」との結論が導かれた理由は,不明であるといわざるを得ない。
 また,本件鑑定書の「5.考察」では,栽培試験の結果について,K1株においては子実体発生を確認できなかったとして,K2株とG株の比較について言及するものの,本件鑑定嘱託における鑑定嘱託事項である「品種登録原簿に記載された重要な形質に係る特性と異なるか否か,異なる場合にはその異なる程度(明確に区別できる程度か否か)について判定する」ことは,行われていない。
 したがって,鑑定嘱託の結果に基づいて,G株(被告会社の販売に係る被告製品から抽出した種菌の栽培株)に係る品種がK1株(本件登録品種の種菌として種苗センターに寄託されたものの栽培株)に係る品種と「特性により明確に区別されない」と認めることはできないし,G株に係る品種がK2株(原告が本件登録品種の種菌として保有していたと主張するものの栽培株)に係る品種と「特性により明確に区別されない」と認めることもできない。
 なお,鑑定嘱託の結果に基づいて,K2株に係る品種が本件登録品種であると認めることができないことは,いうまでもない。
   ウ 本件鑑定嘱託における鑑定嘱託事項は,登録時審査基準に基づく特性項目ではなく,その後に制定された新審査基準に基づいた特性項目に係るものであって,本件特性表における特性項目と一致していないところがあり,すべての項目にわたって比較することはできないが,仮に,本件鑑定書に示されたデータを用いて,本件特性表に記載された本件登録品種の特性と本件試験に供されたG株に係る品種の特性との対比を試みるとすれば,別紙6「品種登録時における「重要な形質に関する特性」と鑑定に供されたG株の特性の対比」に記載のとおりとなる(品種登録時の項目の括弧内に記載された特性は,新審査基準に照らした場合の記載である。)。
 このように,本件鑑定書に記載されたG株の特性と,本件登録品種の特性表記載の特性には,異なっているように見受けられる項目が複数存在していることから,仮に特性表主義の立場に立った場合であっても,G株の特性が本件登録品種の特性表記載の特性と「特性により明確に区別されない」ことが立証されているとはいえない。
  (3) 原告の主張について
 この点,原告は,本件試験の結果は信頼できるものとし,現物主義に基づき,本来は,K1株とG株の比較栽培試験により侵害の有無を判断すべきであるとしつつも,K1株の子実体不発生から,K1株と同品種であるはずの原告保有株K2株とG株を比較した本件試験の結果を根拠に両株に明確な区別は認められないとした上,K1株の子実体不発生の原因と,K1株とK2株の同一性立証のために,A報告,A追加報告,B報告を提出し,なめこにおけるDNA分析技術について甲9号証ないし甲11号証を提出し,その有用性を主張する。
 確かに,DNA分析による品種識別の方法も存する(前記前提事実等に摘示した育成権侵害対策細則2条3項参照)が,一般に,DNA分析は,全ゲノムを解析するものではなく,特定のプライマーを用いることにより,品種に特徴的であると考えられる一部のDNA配列を分析するにすぎないから,品種識別に利用する際は,「妥当性が確認されたDNA品種識別技術を用いて」行うことが要求されている。乙41号証によれば,いちご,リンゴなどの一部の植物体においては品種識別技術が確立していることが認められるものの,なめこにおけるDNA分析による品種識別技術が妥当性が確認されたものとして確立されているとは認められず,A報告,A追加報告,B報告で採用されているDNA分析技術は,なめこが同一品種であるかどうかを判定するために妥当性が確認されたDNA品種識別技術であるということはできない(甲9ないし11は,いずれも原告の関与した研究成果に係るものであり,A報告,A追加報告,B報告で採用されているDNA分析技術において用いられたプライマーの選択の妥当性を判断するために適切な資料とはいえない。)。
 したがって,A報告,A追加報告,B報告に基づく原告の主張は,採用することができない。
  (4) 小括
 以上によれば,被告らが本件登録品種又はこれと重要な形質に係る特性により明確に区別されないなめこの種苗の生産等を行ったとか,その収穫物を販売したと認めることは,困難であるというべきであり,ほかに被告らが本件育成者権を侵害する行為をした,あるいは,していると認めるに足りる証拠はない。
 2 争点2(本件各請求は信義則違反又は権利濫用として許されないか)について
  (1) 上記1のとおり,被告らが本件育成者権を侵害した,あるいは,していると認めることができない以上,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件各請求は,いずれも理由がないことに帰するが,事案にかんがみ,品種登録がされた後において,登録品種が種苗法3条1項2号又は3号の要件を備えなくなったことを抗弁として主張することの可否等について,検討する。
  (2) 種苗法に基づく品種登録(同法18条1項)は,農林水産大臣が行う行政処分であり,農林水産大臣は,出願品種が①同法3条1項(区別性,均一性及び安定性の具備),②同法4条2項(未譲渡性の存在),③同法5条3項(育成者複数の場合の共同出願),④同法9条1項(先願優先)又は⑤同法10条(外国人の権利享有の範囲)の規定により,品種登録をすることができないものであるときは,品種登録出願を文書で拒絶しなければならない旨定める(同法17条1項1号)とともに,品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたことが判明したときは,これを取り消さなければならず(同法49条1項1号),品種登録が取り消されたときは,育成者権は品種登録の時にさかのぼって消滅したものとみなされる(同条4項1号)。
 そして,種苗法において特許法104条の3が準用されていないのは,特許法のように独自の無効審判制度を設けていないことによるものと考えられ,種苗法においても,品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたものであり,農林水産大臣により取り消されるべきものであることが明らかな場合(農林水産大臣は,品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたことが判明したときはこれを取り消さなければならないのであって,その点に裁量の余地はないものと解される。)にまで,そのような品種登録による育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の請求が許されるとすることが相当でないことは,特許法等の場合と実質的に異なるところはないというべきである。なぜなら,上記①ないし⑤の規定に違反し,取り消されるべきものであることが明らかな品種登録について,その育成者権に基づいて,当該品種の利用行為を差し止め,又は損害賠償等を請求することを容認することは,実質的に見て,育成者権者に不当な利益を与え,当該品種を利用する者に不当な不利益を与えるものであって,衡平の理念に反する結果となるし,また,農林水産大臣が品種登録の取消しの職権発動をしない場合に,育成者権に基づく侵害訴訟において,まず行政不服審査法に基づく異議申立て又は行政訴訟を経由しなければ,当該品種登録がその要件を欠くことをもって育成者権の行使に対する防御方法とすることが許されないとすることは,訴訟経済に反するといわざるを得ないからである。したがって,品種登録が取り消される前であっても,当該品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたものであって,取り消されるべきものであることが明らかな場合には,その育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の権利行使は,権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁,知財高裁平成18年12月21日判決・判例タイムズ1237号322頁参照)。
 ところで,品種登録がされた後において,登録品種が種苗法3条1項2号又は3号に掲げる要件を備えなくなったことが判明したときも,品種登録の取消しの効果自体は遡及しない(同法49条4項柱書本文)ものの,農林水産大臣が品種登録を取り消さなければならず(同条1項2号),その点に裁量の余地はないことは,同様であると解される。そうすると,このような後発的取消事由が発生したことが明らかな品種登録について,その事由の発生後,未だ農林水産大臣によって品種登録が取り消されていないという一事をもって,その育成者権に基づいて,当該品種の利用行為を差し止め,又は損害賠償等を請求することを容認することは,実質的に見て,育成者権者に不当な利益を与え,当該品種を利用する者に不当な不利益を与えるものであって,衡平の理念に反するとともに,訴訟経済にも反するというべきである。
 したがって,品種登録が取り消される前であっても,当該登録品種が同法3条1項2号又は3号に掲げる要件を備えなくなったことが明らかな場合には,そのことが明らかとなった後は,その育成者権に基づく差止め又は損害賠償請求等の権利行使は,権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。
  (3) 本件品種登録が取り消されるべきことが明らかといえる事由があるかについて,以下検討する。
 後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
   ア 原告と被告組合は,平成10年6月10日,本件登録品種について,本件許諾契約を締結し,平成13年8月頃から,被告組合は,原告から,毎月10本程度の本件登録品種の種菌を購入し,これを本件許諾契約に基づいて増殖使用して,なめこの栽培を繰り返していた(甲3)。
   イ 平成15年4月には,原告から被告組合に対して納入された種菌に,なめこが発生せず,あるいは,発生したものの栽培したなめこに品種登録時の特性が出ない不良が見つかったため,10本返品したことがあり,それ以降,1年に1度程度,不良品が見つかった際には返品した(乙45,弁論の全趣旨)。
   ウ 平成19年1月,同年2月にも,原告から被告組合に納入された種菌に不良品が見つかったことから,被告組合は,同年19年9月には通常より多い20本を原告から購入したが,不良品が含まれていた(弁論の全趣旨)。
   エ 平成19年10月以降,原告は,被告組合に対し,本件登録品種の種菌の供給を中止し,その理由については明確にせず,また,本件許諾契約も解除していない(当事者間に争いがない。)。
   オ 原告のウェブサイトでは,「会社案内・主要商品」として,「登録品種一覧(2008年3月現在)」の「なめこ」欄には,「KX-N006号※」の記載があり,「※の品種は,現在販売いたしておりません。」と紹介されており(乙20),「登録品種一覧(2011年3月現在)」の「なめこ」欄にも,同様に,「KX-N006号※」の記載があり,「※印の品種は,現在販売いたしておりません。」と紹介されていた(乙29)。
 なお,この点に関し,原告は,平成23年9月2日までは本件登録品種の種菌を,長崎県南島原市所在の株式会社雲仙きのこ本舗に販売していた旨主張するが,原告は,同主張を裏付ける証拠を容易に提出することができる立場にあるにもかかわらず,あえてこれを提出しないのであって,上記事実を認めることはできない。
   カ 空調施設栽培用なめこ種菌については,本件登録品種の品種登録前から,栽培特性が不安定で寿命が短いことが知られていた。すなわち,なめこ空調栽培に用いられる極早生系統は,子実体収量等栽培特性が不安定であるという欠点があり,従来から菌株の劣化,退化減少との関連が知られており,この現象は,二核菌糸(きのこ栽培に用いる倍数体菌糸)が一核菌糸(胞子から発芽するきのこを作らない菌糸)に戻ってしまう脱二核化現象と,脱二核化して生じた一核菌糸は,二核菌糸よりも成長が速いため,一核菌糸が培地に蔓延しやすいこと,せっかく選抜した優良系統も,シイタケなどと比べるとその寿命は極めて短くなっているのが実情であり,また,脱二核化した菌糸は,オガ粉培地においても菌廻りが薄く,培地全体が軟弱化し,害菌の侵害を受けやすく,栽培を継続できない培地が多発することも知られていた(乙27の6,鑑定嘱託の結果)。
   キ 原告が本件品種登録時に種苗管理センターに寄託していた種菌の栽培株(K1株)について,本件鑑定書では,栽培試験において,「菌廻りも遅延する傾向があり,発生操作後トリコデルマ(判決注:不完全菌類の代表的な土壌菌の一つ)等の害菌の被害を容易に受けて,子実体発生までに至らなかった。」とされた上,その原因として,「ナメコは自然に脱二核化が起こり,二核菌糸の植え継ぎ回数が多くなるにつれてクランプ結合数がかなり急激に減少する傾向が報告されている。」「K1株は菌廻りが薄く(写真.13)培地全体が軟弱化し,発生操作後に著しい害菌の侵害を受け(写真.14)。K1株の寒天培地上菌糸を検鏡したところ,二核菌糸の特徴であるクランプ結合は確認できなかった」ことなどが示されており,脱二核化が起きたために,子実体が発生しなかったと推察されている(鑑定嘱託の結果,乙27の5,27の9)。
   ク 以上アないしキの事実を総合すると,本件登録品種は,遅くとも平成20年3月時点においては,原告自らが種菌として広く販売するに足りる程度に特性を維持することができないと判断していたものと認められるから,遅くとも,同時点において,種苗法3条1項2号(均一性)及び3号(安定性)に関する登録要件を欠くことが明らかとなったと認めるのが相当であり,同法49条1項2号所定の取消事由が存在することが明らかであると認められる。
  (4) したがって,原告が,取消事由が存在することが明らかな本件品種登録に係る本件育成者権に基づき,被告らに対し,差止請求及び廃棄請求をすることは,権利濫用に当たり,許されないというべきである。
 また,原告の被告らに対する損害賠償請求のうち,取消事由が発生したことが明らかとなった時点以降の被告らの行為を理由とする部分についても,権利濫用に当たり,許されないというべきである。
 なお,本件品種登録に取消事由が発生したことが明らかとなった平成20年3月時点より前に,被告らが本件育成者権を侵害したことにより,原告に損害が発生したと認めるに足りる的確な証拠がないことは,既に説示したとおりである。