(原審)東京地裁平成 26 年 11 月 28 日判決〔なめこの品種に関する育成者権侵害差止等請求事件〕

(控訴審)知財高裁平成 27 年 6 月 24 日判決〔なめこの品種に関する育成者権侵害差止等請求控訴事件(種苗法20条1項「品種登録を受けている品種及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種」の判断)〕

第3 争点に対する当事者の主張

 1 争点1(本件育成者権侵害の有無)について
 (原告の主張)
  (1) 被告組合の行為
 原告は,被告組合に対し,平成19年9月1日以降,本件登録品種の種菌を供給しなくなったが,被告組合は,その後も,本件登録品種の種菌を使用して栽培した収穫物であるなめこ(「宮城県産めんこいなめこ」との表示を付して市販されていたもの)の生産や販売を継続していた。
 原告の営業部長が,平成20年9月16日,被告組合を訪問したところ,被告組合は,同被告の生産・販売に係るなめこの種菌として,きのこ振興センターの種菌から選抜したものを使用している旨弁明した。
 ところが,原告において,被告組合が被告会社と共に生産・販売していると思われた「宮城県産めんこいなめこ」との表示を付して市販されていたなめこ(以下,被告らのいずれが販売元として表示されているかにかかわらず,「被告製品」という。)を購入して,原告の食用菌研究所において,DNA分析を実施したところ,被告製品は,本件登録品種と同一の品種であり,きのこ振興センターが有していた登録品種(N1号,N2号)とは異なる品種であることが明らかとなった(甲4)。
 被告組合による本件登録品種の無断増殖が判明したことから,原告代表者は,平成21年3月11日,被告組合を訪問し,上記DNA分析の結果を示した上,被告組合が本件登録品種の使用を継続したいのであれば,使用許諾料を支払ってほしい旨申し入れた。
 その後,被告組合の要請により,原告の営業部長が,同年4月4日,被告組合を訪問すると,被告組合は,原告代表者の提案を受諾する旨回答するとともに,原告の新たな登録品種(「KX-N008号」との名称のなめこ)について栽培指導の依頼もしてきた。
 そこで,原告は,被告組合との覚書を取り交わすこととし,原告の営業部長が,同月23日,「なめこ品種(KX-N0006号)増殖使用に関する覚書」(甲5の1)を作成し,被告組合に交付したが,被告組合は,翻意し,「販売していない種菌の使用許諾料を支払うことと金額が高いと感じたことについて,農林水産省生産局知的財産課に見解を求めたところ,同課から支払義務は生じないとの回答を得た」として,上記覚書の締結には至らなかった。
  (2) 被告会社の行為
 被告会社は,平成19年7月以降,被告製品の栽培及び販売を被告組合と共同して行っている。
  (3) 本件育成者権の侵害について
   ア 以下に引用する,農林水産省生産局種苗課編著「逐条解説種苗法」(平成15年5月1日発行)(以下「農水省解説」という。甲16。)に記載されているとおり,育成者権侵害の判断については,原則として,登録品種と侵害が疑われる品種が同一品種であるか否かを判断するには,常に植物自体を比較する必要があるという立場(以下「現物主義」という。)が採用されているところであり,本件試験に係るK2株とG株に関する比較栽培試験の結果,両者の同一性が認められれば,被告らが本件育成者権を侵害していることが証明されたことになる。
 「(1) 種苗法の保護対象は,「品種」という現実に存在する植物体の集団であることから,権利の範囲は,当該植物体の集団に含まれるか否かにより定まる。」
 「(2) 「品種」が登録されると,権利が発生し,登録品種の特性が品種登録簿に記載されるが,品種登録簿の特性表は,植物体の主要な特徴を直接的に権利の範囲を定めるものではない。例えば,バラの登録品種Aの特性表の記載と,侵害が疑われるバラの品種Bの特性が一致したとしても,直ちにAとBが同一品種ということにはならず,特性表の記載事項以外の特性が違っていれば,AとBとは別品種である。したがって,AとBが同一品種であるか否かを判断するには,常に植物自体を比較する必要がある(現物主義)。」
 「(3) 上記のとおり,種苗法の保護対象は,品種登録簿の特性表の記載ではなく,「品種」=現実の植物体の集団であり,他の知的財産権と保護の範囲の確定については,別異の解釈がとられている。これは植物体そのものを対象とする種苗法の特殊性により説明することができる。」
   イ 本件鑑定書について
 本件鑑定書では,「本試験結果の菌糸性状試験及び栽培試験の調査項目の一部に有意差は認められるが,3菌株は遺伝的に別の特性を有するということは言えない。」と結論付けられている。これは,被告らが,原告の本件登録品種の種菌と同じ種菌を使用して栽培した収穫物であるなめこを生産・販売していることを裏付けている。
 (ア) 菌糸性状試験の結果
 本件鑑定書は,「菌糸性状試験では,異菌株判別法の一つである対峙培養から3菌株間に帯線及び嫌触反応が全く観察されなかった。また,各項目においても3菌株に明瞭な相違は確認されなかった。」と述べており,これは,「3菌株は遺伝的に別の特性を有するということは言えない」との結論の1つの根拠になっている。ただし,「菌糸成長最適温度及び菌糸体成長温度では温度帯によって有意差が認められるものが確認された」とあった。
 (イ) 栽培試験について
 本件鑑定書は,「栽培試験では,・・・K2株とG株との比較では外観上の明瞭な相違は認められなかった。収量,菌柄の太さ及び長さには有意差が認められるものの,菌さんの大きさ,菌さんの厚さ,有効茎数には有意差は認められなかった。」としており,これも,「3菌株は遺伝的に別の特性を有するということは言えない」との結論の根拠になっている。
 (ウ) K1株とK2株の栽培特性が異なる結果となった原因について
 本件鑑定書は,「K1株とK2株は同一菌株であるはずだが,本試験結果では大きく栽培特性が異なる結果となった。」とし,「その原因として,2菌株の保管管理状況の相違が考えられる。ナメコは自然に脱二核化が起こり,二核菌糸の植え継ぎ回数が多くなるにつれてクランプ結合数がかなり急激に減少する傾向が報告されている。また,菌株の植え継ぎによって栽培特性と菌叢の変化が生じ,子実体収穫時期や収量に明確な影響を与え,菌株の保管管理状態によっては脱二核化による子実体の発生不良現象を引き起こすことが報告されている。また,脱二核化した菌糸はオガ粉培地においても菌廻りが薄く,培地全体が軟弱化するとする報告がある。そのような発生不良株は発生操作後に害菌の侵害を受け,栽培を継続できない培地が多発する。本試験結果においても子実体発生不良であったK1株は菌廻りが薄く(写真.13)培地全体が軟弱化し,発生操作後に著しい害菌の侵害を受けた(写真.14)。K1株の寒天培地上菌糸を検鏡したところ,二核菌糸の特徴であるクランプ結合は確認できなかった(写真.25)。」としている。
 本件試験の結果は,科学的,かつ,合理的なものであり,信用に値するが,栽培試験の一部について若干の疑義があり,その疑義を解明するために現在利用可能な方法は,DNA分析である。
   ウ A報告及びA追加報告について
 鳥取大学農学部A作成の平成25年10月4日付け報告書(以下「A報告」という。甲19)に示されるように,本件試験で使用された本件登録品種の菌株(K1株)が子実体不発生のため,同菌株と原告の保有するN006号の菌株(K2株)に関し,原告が考案したDNA分析を行ったところ,両菌株が同一であることが明らかとなった。
 ただし,A報告では,この点が,完全に解明されたとは言い難かったため,鳥取大学農学部A作成の平成26年5月20日付け報告書(以下「A追加報告」という。甲22)が作成された。
 A追加報告は,A報告では,「プライマー1295AG8T-3においては,種苗管理センターより送付された菌株において,バンドの消失と思われる現象が見られ,パターンが一致しなかった。」ことを踏まえ,追加のDNA分析を行ったものである。その結果,「KX-N006号(種)の子実体形成不良及びプライマーセット1295AG8T-3で増幅される約900bpのバンドの消失は,共に,原菌株であるKX-N006号(キ)の一核化(脱二核化)が原因であることで説明可能である。」とされ,さらに,K1株とK2株の同一性に関し,「種苗管理センター菌株(判決注:K1株)とキノックス社保存菌株(判決注:K2株)が同一であること(厳密には種苗管理センター残存B核とキノックス社菌株B核の同一性)の証明が必須である。・・・両B核DNAの相同性について,さらに多くの変異座について調べ,これらのマルチローカス遺伝子型が偶然一致することの確率を算出することで,同一性を示すことが近道のように思われる。そこで,今後は,次世代シーケンサーによるSNP探索(Rad-seqまたは別手法)を検討する必要があると考える。」とされた。
   エ 原告の食用菌研究所の解説について
 原告の食用菌研究所では,同研究所の研究者が考案したDNA分析について,「STS(Sequence Tagged Sites)化した10塩基前後のプライマーでPCR(判決注:DNA断片増幅技術)を行って,出現する特定のバンドによって品種を識別するというイネなどの植物の品種識別で広く採用されているRAPD(Random Amplified Polymorphic DNA)-STS法を採用することで,再現性が劣るといわれているRAPD法の欠点を補い,再現性良く品種間の識別を行うことが可能な解析方法となっている。」と解説し(甲20の1),この方法が2007年に日本きのこ学会誌(Vol.15,No.4)(甲20の2)に掲載されている。
   オ B報告について
 東北大学大学院農学研究科B作成の平成26年7月18日付け「第9637号なめこ種(KX-N006号)から人為的に作出された単核株と,当該品種の種苗管理センター保管株との間の遺伝的同一性に関するDNA塩基配列分析結果報告」(以下「B報告」という。甲23)では,その「背景」の項で,「本研究室では,次世代シーケンサーを用いて簡便かつ効率的にゲノムDNA内の数多くの領域のDNA塩基配列を読み取って比較する新手法を開発し,動物や植物の種内変異の検出に有用であることを確認している(B,2014年日本森林学会発表〔判決注:甲24〕)。そこで本分析実験では,この手法を用いてゲノムDNA内の複数領域の塩基配列を比較し,KX-N006号のプロトプラスト再生一核菌糸株と種苗管理センター保有株との遺伝的同一性について鑑定を行った。」とした上,「結果と考察」の項で,「鳥取大学でB核と判定された4-24,4-48,5-10の3つのDNA塩基配列を比較すると,これらは全て共通の配列(遺伝子型)を示しており,同じ核から由来する遺伝的に同一の株であることが明瞭に示された。」「種苗管理センター株(判決注:K1株)は2核菌糸(N+N)の株ではなく,(N)すなわち脱二核化した単核株であるとする推定を強く示唆する結果であると解釈できる。また,各座の遺伝子型について比較を行ったところ,種苗管理センター株は,すべての遺伝子座でB核の遺伝子型と完全に一致した。」「以上の鑑定嘱託の結果,種苗管理センター保管の第9637号なめこ種KX-N006号株(判決注:K1株)は,(株)キノックス社保管のKX-N006株(判決注:K2株)が脱二核化(A核が欠落)した単核株(B核のみ)であると結論する。」としている。
   カ 比較栽培試験の結果に対する疑念の解消について
 比較栽培試験で同一性について立証すべきであることは当然であるが,本件試験の結果,品種登録時に種苗管理センターに提出した種菌の保存状況に若干問題があり,比較栽培試験の結果に若干の疑念が生じたので,その点を補完すべく上記の各種DNA分析を利用して,比較栽培試験の結果生じた若干の疑念の解消を図ったものである。この方法が認められなければ,正規の手続を行って本件品種登録をした育成者権者の正当な権利確保が不可能となってしまう重大な事態を招来する。
   キ 小括
 以上より,被告らが販売している被告製品は,違法に育成された本件登録品種の種苗を使用して栽培された収穫物であり,被告らの行為は,本件育成者権を侵害する。
 (被告らの主張)
  (1) DNA分析について
 原告は,DNA分析の結果から,被告組合の生産・販売していたなめこが侵害品であると主張するが,DNA分析は,なめこの品種識別方法として確立されていないから,被告組合が本件育成者権を侵害しているとはいえない。すなわち,DNA分析は,単に遺伝的特性の判定ができるだけであって,比較栽培試験を実施しなければ得られない栽培特性,すなわち,品種登録簿の特性表に掲載された重要な形質などを創出して,対比判定など行うことは不可能である。栽培特性は,実際に現物同士を同一条件で栽培してみなければ得られないものである。
 したがって,DNA分析によっては,品種が類似するかどうかの判定はできない。
  (2) 被告組合と被告会社とは異なること
 被告会社は,被告組合とは別の法人格を有する法人であり,被告会社と原告との間で本件許諾契約が締結されたものではない。
 被告会社は,その設立当時から,なめこ種菌を第三者から正規に入手し,これを自家増殖することによりなめこの生産等を実施して,現在に至っているところ,なめこは,種苗法施行規則16条の植物ではなく,種苗法21条3項の場合には当たらないことから,同条2項の規定により,被告会社のなめこの生産等の実施には,本件育成権者の効力は及ばない(判決注:上記主張は,被告会社が第三者から入手した種菌の中に,本件登録品種に係るものが含まれていたとすれば,それは最初に原告によって譲渡されたものと考えられるという趣旨を含むものと善解される。)。
 本件試験に供されたG株は,被告組合ではなく,被告会社が生産・販売したなめこから採取されたものであるところ,上述したところによれば,被告会社が原告との関係で無断増殖を行ったとか,本件育成者権を侵害したなどの誹りを受ける理由はない。
 したがって,仮に,本件試験の結果が原告の主張に沿うものであったとしても,被告会社との関係では無意味なものであり,被告組合との間においては何ら関係ないものである。
  (3) 現物主義について
 原告は,現物主義によって判断すべきである旨主張するが,現物主義は,AとBが同一品種であるか否かを判断するには,常に植物体を比較する必要があるというものであるから,原告は,本件鑑定嘱託に基づく試験に供されたK1株とG株との比較栽培試験結果を示すべきであるが,同試験の結果において,それは示されていない。
 仮に,比較栽培試験にK2株を介在させて行う場合は,まず,K2株とK1株との同一性を試験し,同一の場合にG株との同一性の有無の判別が可能になるが,既にこの試験は実施できない状態になっている。
  (4) 専門委員によって示された見解について
 平成25年5月7日の第17回弁論準備手続期日に立ち会った専門委員からは,本件鑑定書ではK1株とK2株との関係が不明であることが指摘された。原告は,この指摘事項を明らかにするため,A報告において,K1株とK2株のDNA分析を行い,バンドパターンを比較したが,K1株にバンド消失と思われるパターンが一致しないものが見つかった。「このバンド消失の原因は,・・・種苗管理センター保有の菌株の子実体形成能が,失われている事実から類推すると,異なる菌株であると考えるよりは,むしろ,一核化等の菌株の劣化によるものである可能性が高いと考えられる。」とされた。
 しかし,その後,平成26年1月24日の第22回弁論準備手続期日に立ち会った専門委員からは,この考えを否定する見解,つまり,K1株とK2株とはDNA分析でも同一とはいえないという見解が示された。
 A追加報告では,バンドパターンが一致しなかったことを踏まえ,追加のDNA分析を行ったものであるが,①なぜバンドは消失したのか,②KX-N006号は一核化しているのかを調査したところ,①については,プライマーセット1295AG8T-3で増幅される約900bpのバンド消失は,当該領域がKX-0006号の二核株に存在する対立遺伝子に由来するものであって,片方の核が脱落し,一核化する際に,2つの遺伝子のうち,対立遺伝子間のわずかな配列の違いにより,プライマ―セット1295AG8T-3では増幅できない方の遺伝子を有する核が残ったと考えられる旨,②については,一核化した他の株と同様のバンドパターンを示すことから,種苗管理センターで保管されていたKX-N0006号も一核化したと考えられる旨が報告されている。
 しかし,この結論は,新手法の解析及び設計によるものであって,未だ普及して広く採用されている方法でなく,研究段階のものであるから,将来性に期待できる方法であるとしても,本件に適用することは時期尚早である。この手法が未だ研究段階にあることは,A追加報告の「今後の展開」において,「種苗管理センター菌株とキノックス社保存菌株が同一であること・・・の証明が必須である。そのためには各種方法があると考えられるが,両B核DNAの相性について,さらに多くの変異座について調べ,これらのマルチローカス遺伝子型が偶然一致することの確率を算出することで同一性を示すことが近道のように思われる。そこで,今後は,次世代シーケンサーによるSNP探索(RAd-seqまたは別手法)を検討する必要があると考える」とあることからもうかがえる。
 また,原告から提出されたB報告の結論も新手法によって導出されたもので,これを本件に適用することは時期尚早である。研究段階にあることは,第125回日本森林学会講演要旨集(甲24)の「15-04 次世代DNAシーケンシングによる森林分子生態学研究」において,「次世代シーケンサー」は,「この新手法によってこれまで得られた成果を紹介し,その利用可能性や問題点等について議論し,森林分子生態学的研究分野における次世代シーケンシング技術に貢献したいと考えている」とされていることからも明らかである。
 以上から,A報告,A追加報告,B報告によっても,K1株とK2株とは同一とはいえないという先の専門委員の見解が変更されるとは考えられない。
 2 争点2(本件各請求は信義則違反又は権利濫用として許されないか)
 (被告らの主張)
  (1) なめこ種菌は,長期間栽培特性を安定的に維持することが難しく,原告から供給された種菌に不良品が生じたことは,きのこ業界において周知の事実である。
 本件鑑定書及びA報告からみると,原告が本件登録品種の種菌として種苗管理センターに寄託した種菌の栽培株(K1株)では栽培試験ができず,したがって,その特性も不明なものとなっている。このため,本件登録品種は,品種登録の要件のうち,均一性(同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似していること)及び安定性(繰り返し繁殖させた後においても特性の全部が変化しないこと)を喪失しており,これは品種登録の取消事由(種苗法49条1項2号,3条1項2号及び3号)に該当するものとなっている。
 このような状態で,原告が種菌を供給しなくなった後も,被告組合が本件登録品種の種苗から収穫物であるなめこの生産・販売を継続し,侵害行為をしているとなどとする原告の主張は,信義則違反ないし権利濫用というべきであり,認められない。
  (2) 原告が被告組合に納品した種菌に多数の不良品が混入していたこと
 本件登録品種の種菌は,原告から被告組合に対し,本件許諾契約に基づき,毎月10本納品されていたが,取引開始からほぼ1年半後の平成15年4月には,納品された種菌からなめこが発生せず,あるいは,発生したものの栽培したなめこに品種登録時の特性が出ない不良が見つかったので,被告組合は,同月15日,10本を原告に返品した。その後,平成15年5月から平成16年2月の間は納品がなく,同年3月から納品が再開されたが,これらにも不良品が混入していたため,被告組合は,平成16年6月1日,平成17年12月21日,平成18年10月1日及び平成19年2月1日,それぞれ1本ずつ返品し,同月7日には12本返品した。また,被告組合は,同年9月1日,通常より多い20本を購入したが,これにも大量の不良品が含まれており,同年10月以降,原告は,一方的に納品を中止し,現在に至っている。
 ところで,被告組合の空調栽培施設は,設立当初から使用していた種菌,いわゆる自家菌と,その後,原告から購入した本件登録品種(KX-N006号)の両方に使用でき,被告組合代表者が発明し,特許を取得したキノコの培地及びキノコ栽培法により栽培できる施設となっている。この空調栽培施設は,種菌との相性が重要であり,相性が合わないとなめこが発生せず,発生しても商品にならないなめこが育ってしまう危険性がある。そのため,種菌の選定は最も重要なこととなっている。
 上記のとおり,原告から被告組合に納品された本件登録品種の種苗に不良品が見つかった後,原告は,被告組合に対し,本件登録品種の供給が難しくなると告げ,新たな登録品種(KX-N008号)への切替えを勧めた。そこで,被告組合は,自らの空調栽培施設に適合するかを試験するため,平成17年8月にこれを購入してみたが,KX-N008号については,本件登録品種(KX-N006号)に比較すると,栽培環境が違い,栽培期間が長くなるなどの課題が見つかり,栽培施設の改造が必須となって,被告組合の空調栽培施設には適合しないことが判明した。被告組合は,平成18年9月以降も,数回に分けて,KX-N008号を試験してみたが,やはり適合しなかった。そこで,被告組合は,原告に対し,本件登録品種(KX-N006号)の種菌の納品を要請したが,原告は,平成19年10月以降,一方的に本件登録品種の納品を中止したのである。
 なお,本件許諾契約は解除されておらず,現在も有効に存在しているから,原告は,被告組合に対し,本件登録品種(KX-N006号)の種菌を供給する義務を負っている。
  (3) 原告は,平成19年10月以降,被告組合に一方的に納品を中止したことについて合理的な説明をしていない。
 原告は,株式会社きのこ本舗に対し,平成23年2月まで,本件登録品種(KX-N006号)の種菌とするものの販売をしてきたとも主張するが,これが本件登録品種と同一の特性を備えた種菌であるかは不明であるし,原告が,本件登録品種の種菌をそれ以降も保有し,販売できる状態にあるのかも不明である。
 かえって,原告のウェブサイトでは,平成20年3月現在の情報及び平成23年3月現在の情報として,本件登録品種の種菌の販売をしていないことが明らかにされており(乙20,29),現在も同様であると考えられる。
  (4) 空調栽培用なめこ種菌は栽培特性が不安定で寿命が短いこと空調栽培用なめこ種菌は,栽培特性が不安定で,しかも寿命が短い欠点がある。
 このことは,竹原太賀司「試験場だよりナメコ栽培特性の安定化をめざした新品種の育成」(乙27の6)のほか,熊田洋子ほか「ナメコ種菌の安定性向上技術の開発」(乙33)において,「ナメコ・・・発生不良株は,脱二核化した受容核になれない扁平な菌叢を構成する菌糸が植継ぎより増加し,最終的に全体が扁平な菌叢に変化して,子実体が形成されなくなる現象が観察されている。・・・ナメコ菌株の寒天培地による継代培養は,保存期間の長期化により脱二核化の危険性が高くなるが,扁平な菌叢の占有率が30%以下の菌株では,気中菌糸が密な菌叢部から連続的に植継ぎを行えば,栽培特性の変化と脱二核化の危険性が低い。しかし,多くの菌株を植えて保存することは作業面から難しいため,ナメコにおいては,比較的長期間栽培特性を安定的に保つ保存法の開発が必要である。」と記載されていることから,明らかである。
 本件登録品種(KX-N006号)も空調施設栽培用種菌であるため,同様の欠点を抱えており,品種登録時の特性を維持できなくなっているものと思われる。
 また,本件登録品種(KX-N006号)は,そもそもその誕生の履歴からみても,品種登録時の特性を維持することが難しい種菌であると考えられる。すなわち,本件登録品種に係る品種登録願の「1.出願品種の植物体の特性」には,「この品種は出願者の極早生品種「東北N104号」の子実体から組織分離を繰り返すことにより選抜して育成されたものである。」と記載され,「3.出願品種の育成の経過」には,「母親東北N104号,父親空白(無)」と記載されており(乙31の1),本件登録品種は,母親のみで育成されたものであって,品種登録時の特性を維持することが難しい種菌,換言すると,変化しやすい種菌であることが裏付けられる。
 なお,「組織分離」とは,キノコ組織の一部を培地上で培養することをいう(乙27の3)。
 (原告の主張)
 争う。
 3 争点3(侵害行為の差止等請求及び謝罪広告の可否)
 (原告の主張)
  (1) 差止等請求
 被告らは,過去から現在に至るまでに原告の育成者権を侵害し,今後も同様の侵害行為をするおそれがあるということができる。被告組合及び被告会社の代表者を務める菅原進は,平成22年12月21日に「宮城県産めんこいなめこ」の商標の登録出願をし,平成23年6月17日に商標権の設定登録を得ている(甲27)事実からしても,今後も同様の侵害行為をするおそれを推認できる。
  (2) 謝罪広告請求
 被告らが本件登録品種の種菌の違法な増殖により生産した収穫物を本件登録品種の正規の収穫物(原告の収穫物)より廉価で販売したことにより,本件登録品種の種菌及び菌床の価格相場や商品イメージが低下し,原告の業務上の信用が害された。そこで,原告は,被告らに対し,信用回復措置として,別紙2-1及び2-2記載の謝罪広告をそれぞれ別紙3-1及び3-2の条件で掲載することを求める。
 (被告らの主張)
 すべて争う。
 4 争点4(損害賠償請求の可否及びその額)
 (原告の主張)
  (1) 原告の業務上の信用を害したこと
 被告らが本件登録品種の種菌の違法な増殖により生産した収穫物を本件登録品種の正規の収穫物(原告の収穫物)より廉価で販売したことにより,本件登録品種の種菌及び菌床の価格相場や商品イメージが低下し,原告の業務上の信用が害された。
  (2) 被告組合による損害
   ア 菌床の生産及び販売に係る損害
 原告は,本件登録品種の種菌を生産,販売し,被告組合は,本件登録品種の種菌を毎月50本必要としていたところ,別紙5記載のとおり,被告組合が,原告から購入した本数はそれよりも些少であり,被告組合は,必要本数から購入した本数を差し引いた差引本数欄記載の本数を違法増殖していることになる。
 また,被告組合は,平成19年7月ころ,宮城県大崎市松山18番地所在のなめこ工場を買収し,増産態勢を敷いたことにより,少なくとも4割の増産を実施した。なお,被告組合は,原告から高圧殺菌装置千代田式本体TFK40(w)(以下「高圧殺菌装置」という。)を購入しているが,この高圧殺菌装置の一日当たりの殺菌本数は4608本である(甲6の2)。
 そこで,被告らは,遅くとも同年8月以降平成21年8月末日までの間は毎月70本必要としていたと考えられ(そのうち20本は被告会社の必要本数と考える。),被告らが原告から購入した本数はそれよりも些少であるから,被告らは,必要本数から購入した本数を差し引いた別紙5記載の差引本数欄記載の本数を違法増殖していることになる。
 そして,原告は,被告組合に対し,本件登録品種の種菌を1本当たり4320円にて販売していた。すなわち,原告は,拡大培養する生産者に対しては,基本価格(1440円)にロイヤリティを付加した価格で販売していた。ロイヤリティは,基本価格1440円を100倍にした金額(144万4000円)の2パーセントに当たる額(2880円)とし,原告は,被告組合に対し,4320円(=1440円+2880円)で販売していた。
 原告の製造原価は,1本当たり,基本価格(1440円)の20パーセントである288円であり,別紙5によれば被告らの違反本数の合計は5022本であり,被告組合の違反本数は,被告会社の違反本数500本(=20本×平成19年8月から平成21年8月までの25か月分)を引いた4522本(=5022本-500本)となるから,必要経費は,130万2336円(=288円×4522本)である。
 したがって,原告が被告組合の行為によって被った損害は,販売利益の合計1953万5040円(=4320円×4522本)から130万2336円を引いた1823万2704円である。
   イ 本件調査費用 63万8144円
 原告は,本件の調査費用[交通費+品種識別経費]として,次のとおり,合計63万8144円を費やした。
 (ア) 交通費 合計11万4144円
  ① 仙台,築館,大崎の各法務局への交通費
    1万5600円
  ② 平成20年9月16日の原告の営業部長の築館への交通費
    4350円(甲7の1)
  ③ 平成21年3月11日の原告代表者の築館への交通費
    1万0250円(甲7の2)
  ④ 平成21年4月4日の原告の営業部長の築館への交通費
    8994円(甲7の3)
  ⑤ 平成21年4月23日の原告の営業部長の築館への交通費
    4350円(甲7の4)
  ⑥ 平成21年5月8日の原告代表者,原告の研究所の所長,原告の営業部長の農林水産省・知的財産課への交通費
    7万0600円(甲7の5)
 (イ) 品種識別経費 52万4000円 (甲8)
   ウ 弁護士費用
 本件の弁護士費用としては,150万円が相当である。
   エ 以上のアないしウを合計すると,原告の被った損害額は2037万0848円となる。
  (3) 被告会社による損害
   ア 菌床の生産及び販売に係る損害
 被告会社は,月に20本の必要本数があり,別紙5に記載のとおり,平成19年8月から平成21年8月までの25か月間,合計216万円(=4320円×20本×25か月)の利益を得たものと考えられる。
 そして,必要経費は,原告の製造原価は,1本当たり基本価格(1440円)の20パーセントである288円であり,被告会社の違反本数は,平成19年以降500本であるから,14万4000円(=288円×500本)となる。
 したがって,原告が被告会社の行為によって被った損害は,合計216万円から14万4000円を引いた201万6000円である。
   イ 弁護士費用
 本件の弁護士費用としては,100万円が相当である。
   ウ 以上,ア及びイを合計すると,原告の被った損害額は301万6000円となる。
 (被告らの主張)
  (1) 被告らは,既に主張したとおり,いずれも侵害行為をしていないため,原告の業務上の信用を害したという指摘は当たらない。
 また,本件許諾契約に基づき,平成13年6月以降,原告から被告組合に,本件登録品種(KX-N006号)の種菌が納品されていたが,不良品返品によるトラブルの以外には,納品本数を巡るトラブルはなく,良好な信頼関係で取引が継続されてきたのであり,必要本数が月に50本あったということはない。
  (2) 仮に,必要本数が月に50本であったとしても,商行為によって生じた債権であり,事実があった時から5年を経過しているため,既に消滅時効が完成している。
  (3) 被告組合と被告会社は別人格であり,原告が主張する売上減の数量は,原告と本件許諾契約を締結していない被告会社には,妥当しない。