知財高裁平成 28 年6月1日判決
〔特許法102条1項ただし「販売することができないとする事情」の解釈とその立証責任〕


(原審)大阪地裁平成 27年6月 28日判決〔破袋機とその駆動方法に関する特許権侵害差止等請求事件〕



4 争点(4)(損害額)について

   (1) 特許法102条1項の損害
   ア 特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,同項本文において,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施能力の限度で損害額と推定し,同項ただし書において,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,従前オールオアナッシング的な認定にならざるを得なかったことから,より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
 特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。また,「単位数量当たりの利益額」は,特許権者等の製品の販売価格から製造原価及び製品の販売数量に応じて増加する変動経費を控除した額(限界利益の額)であり,その主張立証責任は,特許権者等の実施能力を含め特許権者側にあるものと解すべきである。
 さらに,特許法102条1項ただし書の規定する譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が「販売することができないとする事情」については,侵害者が立証責任を負い,かかる事情の存在が立証されたときに,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものであるが,「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情を対象とし,例えば,市場における競合品の存在,侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴),市場の非同一性(価格,販売形態)などの事情がこれに該当するというべきである。
   イ 譲渡数量について
 証拠(乙95)及び弁論の全趣旨によれば,一審被告は,平成21年8月28日から平成25年3月頃までの間に,シリアル番号「15096」,「15097」,「15099」~「15103」の被告製品を譲渡したことが認められる。
 また,弁論の全趣旨によれば,一審被告は,シリアル番号「15094」の被告製品のうち,平成21年8月21日に制御操作盤を除く他の部分を,同年10月14日に制御操作盤を,それぞれ顧客先に搬入したことが認められる。そして,被告製品は,大要,フレーム部,回転ドラム部,駆動部,制御操作盤により構成されているものであり,このうち制御操作盤は,破袋機の(手動・自動)運転制御を担う構成であり(乙1),本件特許発明の実施に欠かせないものであるから,制御操作盤が顧客先に搬入されることにより,先に搬入されていた他の構成部分と併せ侵害品としての被告製品の譲渡(納品)が完了したものと認められる。
 したがって,平成21年8月28日(本件特許権の設定登録の日)から平成25年3月頃までの間における被告製品の譲渡数量は,合計8台である。
   ウ 「侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額」について
 (ア) 前記アのとおり,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。
 これを本件について見るに,証拠(甲12,13,21,22)及び弁論の全趣旨によれば,一審原告は,「HTP-3」,「HTP-6」,「HTP-10」,「HTP-15」,「HTP-20」,「HT-3」,「HT-6」,「HT-10」,「HT-15」,「HT-20」の各機種の破袋機(原告製品)を販売していたこと,一審原告は,これらの破袋機について,「一軸揺動式で軸への巻き付き固着は一切ありません。回転刃物が正転・逆転の回転角(調整可)を2パターン交互に繰り返すことにより効率の良い破袋と巻き付きを防止しています。」などと,その原理の説明をしていたことが認められる。上記事実によれば,原告製品は,本件特許発明1,2の実施品,あるいは,少なくとも被告製品と市場において競合関係に立つ製品に当たるものと認められる。
 (イ) 証拠(甲23)及び弁論の全趣旨によれば,一審原告は,平成22年11月29日から平成26年3月28日までの間に,原告製品について14台の発注を受けたこと,その売上額の合計は9039万円であることが認められる。
 (ウ) 経費
 証拠(甲23,25,26)及び弁論の全趣旨によれば,一審原告における原告製品の販売,製造,納品の形態に関し,①一審原告は,原告製品の製造を第三者に外注しており,外注費を含めた上記14台の仕入額(原材料費,消耗材料費,外注加工費及び納品輸送費等)の合計は,4121万1631円であること,②製造された原告製品は,外注先から注文者(一審原告の顧客)に直接納品されること,③一審原告は,原告製品の在庫を保有しておらず,原告製品について製品保険を付していないこと,④一審原告は,破袋機を専門に取り扱う営業担当者を雇用していないことが認められる。
 上記事実によれば,原告製品の取引における,原材料費,消耗材料費,加工費,納品費用(輸送費を含む)等は,上記①の仕入額に含まれているものと認められる。また,上記のとおり,一審原告は,破袋機を専門に取り扱う営業担当者を雇用しておらず,上記14台の原告製品を製造,販売するために増加した人件費,すなわち,上記①の仕入額とは別に変動経費として控除すべき人件費が生じていると認めることはできず,さらに,一審原告は原告製品の在庫を保有しておらず,製品について保険を付していないことから,保管費や保険費用等が変動経費として生じていると認めることもできない。
 以上によれば,前記①の仕入額のほかに原告製品の売上額から控除すべき変動経費を認めるに足りない。
 (エ) 限界利益
 そうすると,原告製品1台当たりの限界利益額は,351万2740円((9039万円-4121万1631円)÷14。円未満切捨て。以下同じ。)と認めるのが相当である。
   エ 実施能力について
 一審被告の譲渡数量は8台であって,平均すれば,年間1台か2台程度であること(弁論の全趣旨),一審原告は,平成22年11月29日から平成26年3月28日までの間に,原告製品について14台の受注実績があること,一審原告は,原告製品の製造を外注していること等の事実に照らせば,本件侵害行為の当時,一審原告には,侵害行為がなければ生じたであろう製品の追加需要に対応して原告製品を供給し得る能力があったものと認められる。
   オ 譲渡数量に単位数量当たりの利益を乗じた額
 譲渡数量に単位数量当たりの利益を乗じた額は,2810万1920円(351万2740円×8台)となる。
   カ 特許法102条1項ただし書の事情(「販売することができないとする事情」)の有無
 (ア) 一審被告は,「販売することができないとする事情」として,原告製品以外にも,第三者が製造販売する同種の破袋機が市場に存在し,その販売数量は,被告製品と同程度の年間1台か2台程度であったと推認されることを主張する。
 証拠(乙55~70)によれば,一審原告及び一審被告のほかにも,破袋機を製造販売する第三者が存在すること,これら第三者のうちには,自社が販売する破袋機の特徴として,自社の商品カタログにおいて「独自の刃形状と自動反転により破袋後の袋の絡み付きを少なくしています。2軸の破袋刃により抜群の破袋効果を発揮します。シンプルな構造のためメンテナンスが容易であり,安価な破袋刃を採用しランニングコストの低減化を図っております。」などと紹介する者(乙61),自社のホームページにおいて,「詰まりや巻き込みを独自の工夫で防止しました。噛み込み防止ストッパー,ウェイトバランサー,正逆回転で処理困難物は選別され,巻き付きもほとんど除去されます。」などと紹介する者(乙63)や「2軸の回転刃により効率よく破袋を行い,従来の破袋機と比べてビニール袋のかみ込みなどが少なく,選別作業が容易です。」などと紹介する者(乙66)があることが認められる。
 しかし,本件特許発明1及び2は,前記1(3)のとおり,①機構が簡素化されるとともに,連続して効率よく破袋することができ,②袋体のブリッジ現象の発生を防止することができ,③破袋後の袋破片が回転体,固定側刃物に絡みつくことがない等の破袋作業にとって優位な効果を奏するものであるところ,上記事実のみから,上記第三者の販売する破袋機が,本件特許発明1及び2と同様の作用効果を発揮するものであるとの事実を認めるに足りない。また,本件全証拠によるも,破袋機市場における販売シェアの状況や第三者が販売する破袋機の価格は不明である。したがって,上記認定事実をもって,一審原告において,被告製品の譲渡数量に相当する原告製品を販売することができない事情があるということはできず,他にその事情があると認めるに足りる証拠はない。
 (イ) なお,一審被告は,原告製品の価格は,被告製品の価格に比べ高額である旨主張する。
 証拠(甲23,乙41~45)及び弁論の全趣旨によれば,平成22年11月29日から平成26年3月28日までの間に,一審原告が受注した原告製品14台のうち,最も低額なものは418万円であり,最も高額なもので950万円であって,その1台当たりの平均額は約645万円であったこと,被告製品の販売価格は,350万円程度であることが認められる。しかし,対象製品が破袋機という一般消費者ではなく事業者等の法人を需要者とする製品であり,また,その耐用期間も少なくとも数年間に及ぶものであること(弁論の全趣旨)に照らすと,上記の程度の価格差があるからといって,直ちに原告製品と被告製品の市場の同一性が失われるということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 (ウ) 以上のとおり,本件において,特許法102条1項ただし書に該当する事情があるということはできない。
   キ 一審被告の主張について
 (ア) 一審被告は,①被告製品は,1種類の正・逆転パターンの制御しかできず,正転角度と逆転角度を均衡にしたときのみが本件特許権の侵害となるにすぎないこと,②被告製品は,納品時は正転60秒,逆転60秒にセットされており,この状態では,ブリッジ現象が生じることが明らかであり,本件特許発明1及び2の作用効果を奏しないこと,③被告製品の正転タイマ及び逆転タイマによる正逆転制御(1種類のパターンでの制御)では,本件特許発明1及び2は,進歩性を欠くこと,④被告製品の制御は,本件特許発明の作用効果を考慮したとき,本件特許発明とは全く別異であり,実施は不可能であるものの形式的には本件特許の請求項の制御を実施し得る場合が考えられるというにすぎないことを考慮すれば,被告製品における侵害部分が,購買者の需要を喚起するということはあり得ないから,本件特許発明1及び2の寄与率が30%を超えることはない旨主張する。
 (イ) ①の点について
 本件特許発明1の「正・逆転パターンの繰り返し駆動」は,前記2(3)のとおり,単なる右回転又は左回転ではなく,右回転と左回転の組合せを1パターンとして,1種ないし複数種類のパターンを繰り返す駆動であって,1パターン内の右回転と左回転は均衡した回転角度とされているものを意味するものと解される。被告製品が1種類の正・逆転パターンの制御しかできないものであったとしても,結局,被告製品は,本件特許発明1及び2を充足するような使用方法が可能である。他方,被告製品に本件特許発明の効果以外の特徴があり,その特徴に購買者の需要喚起力があるという事情が立証されていない以上,寄与率なる概念によって損害を減額することはできないし,特許法102条1項ただし書に該当する事情であるということもできない。
 (ウ) ②の点について
 仮に,被告製品の納品時におけるタイマセットの状態のままでは,本件特許発明1及び2のブリッジ現象の発生の防止という作用効果を奏しないとしても,被告製品は,前記2(3)のとおり,定期正転時間,定期逆転時間を,それぞれ,0から3000秒の範囲で,10分の1秒単位で数値により設定することができるものであるから,結局,被告製品は,本件特許発明1及び2を充足するような使用方法が可能である。そして,前記(イ)と同様に,寄与率なる概念によって損害を減額することはできないし,特許法102条1項ただし書に該当する事情であるということもできない。
 (エ) ③の点について
 1種類の正・逆転パターンでの制御であると,本件特許発明1及び2が進歩性を欠くとの点については,これを認めるに足りる証拠はない。
 (オ) ④の点について
 被告製品の制御が,本件特許発明1の「正・逆転パターンの繰り返し駆動」に相当するものであることは,前記2(3)のとおりであり,被告製品の制御と本件特許発明1及び2の制御とが別異のものであるとする一審被告の主張は,その前提を欠く。
   ク 小括
 以上によれば,特許法102条1項に基づく損害額は,2810万1920円であると認められる。
  (2) 一審被告が保守作業を行ったことによる損害
 一審原告は,一審被告は被告製品を保守することで,被告製品の譲受人による被告製品の使用を継続させ,又はこれを容易にさせているということができるから,譲受人による被告製品の使用につき,その行為の幇助者として共同不法行為責任に基づき,損害賠償責任を負う旨主張する。
 しかし,一審原告の上記主張は,幇助の対象となる使用行為を具体的に特定して主張するものではないから,失当である上,一審被告が,被告製品について具体的に保守行為を行ったことを認めるに足りる証拠はない。また,被告製品の使用により一審原告が被った損害(逸失利益)は,前記(1)の譲渡による損害において評価され尽くしているものといえ,これとは別に,その後被告製品が使用されたことにより,一審原告に新たな損害が生じたとの事実については,これを具体的に認めるに足りる証拠はない。さらに,保守行為によって特許製品を新たに作り出すものと認められる場合や間接侵害の規定(特許法101条)に該当する場合は格別として,そのような場合でない限り,保守行為自体は特許権侵害行為に該当しないのであるから,特許権者である一審原告のみが,保守行為を行うことができるという性質のものではない。
 以上によれば,一審原告の上記主張は理由がない。