知財高裁平成 28 年6月1日判決
〔特許法102条1項ただし「販売することができないとする事情」の解釈とその立証責任〕


(原審)大阪地裁平成 27年6月 28日判決〔破袋機とその駆動方法に関する特許権侵害差止等請求事件〕



オレンジ法律事務所の私見・注釈

1 本件は,発明の名称を「破袋機とその駆動方法」とする発明に係る本件特許権を有するXが,Yが製造販売する破袋機(被告製品)は,本件特許権に係る特許(本件特許)の特許請求の範囲の請求項1,2及び4記載の各発明(本件特許発明)の技術的範囲に属するから,Yが被告製品を生産,譲渡等する行為は,本件特許権を侵害する行為であり,また,Yから被告製品を購入した顧客が,業として被告製品を使用する行為は本件特許権を侵害する行為であるところ,Yが顧客の使用する被告製品を保守する行為は,顧客による被告製品の使用という本件特許権の侵害行為を幇助するものである旨主張して,一審被告に対し,①特許法100条に基づき,被告製品の生産,譲渡等の差止め並びに被告製品及びその半製品の廃棄,②不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金の一部である2816万9021円(被告製品の譲渡による損害額2810万1920円と被告製品の保守による損害額357万9837円の合計額の一部)及びこれに対する不法行為の後の日である平成26年10月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
  原判決は,①被告製品は,本件特許発明1及び本件特許発明2の技術的範囲に属するが,本件特許発明3の技術的範囲に属さない,②本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるとはいえない,③Yが被告製品を譲渡したことによる損害額は1756万3700円(特許法102条1項)である,④Yが被告製品を保守したことによる損害賠償請求は理由がないなどとして,Xの請求を,①被告製品の生産,譲渡等の差止め並びに被告製品及びその半製品の廃棄,②1756万3700円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余は棄却した。
  X及びYが,それぞれ敗訴部分を不服として控訴したものである。なお,Xは,本件特許発明3の侵害に基づく請求を取り下げた。
2 本判決は,被告製品が本件特許発明1,2の技術的範囲に属する旨判示した上で,損害について次の通り判示して,Xの請求を増額するよう変更した。
  すなわち,「特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,同項本文において,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施能力の限度で損害額と推定し,同項ただし書において,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,従前オールオアナッシング的な認定にならざるを得なかったことから,より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
  特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。また,「単位数量当たりの利益額」は,特許権者等の製品の販売価格から製造原価及び製品の販売数量に応じて増加する変動経費を控除した額(限界利益の額)であり,その主張立証責任は,特許権者等の実施能力を含め特許権者側にあるものと解すべきである。
  さらに,特許法102条1項ただし書の規定する譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が「販売することができないとする事情」については,侵害者が立証責任を負い,かかる事情の存在が立証されたときに,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものであるが,「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情を対象とし,例えば,市場における競合品の存在,侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴),市場の非同一性(価格,販売形態)などの事情がこれに該当するというべきである。」
  その上で,原判決は,被告製品の譲渡数量が8台であり,限界利益額が351万2740円であり,譲渡数量に単位数量あたりの利益を乗じた額は2810万1920円(=8台×351万2740円)であると認定した。また,原告製品の受注実績や,Xが原告製品の製造を外注していること等の事実に照らし,Xには,侵害行為がなければ生じたであろう製品の追加需要に対応して原告製品を供給し得る能力があったものと認められるとし,販売シェアの状況や第三者が販売する破袋機の価格は不明であり,Xにおいて,被告製品の譲渡数量に相当する原告製品を販売することができない事情があるということはできないと判断した。
3 本判決は,特許法102条1項について,「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解したものであるが,他の裁判例も同様に,同一の特許権者の製品と侵害品が競合する可能性があれば足り,同一のものであることは要しないとしている(知財高裁平成27・11・19)。
  ただし書の「販売することができないとする事情」として,天災等により不可欠な部品が取得できなくなった場合,当該発明の実施が禁止するような法改正がなされた場合等に限定するべきとする考え方もあるが,ことさらに限定することなく,本判決のように侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情と考えるべきといえる。この場合,寄与度という概念で損害が調整されていたものが「販売することができないとする事情」の解釈に吸収されるように思われる。
  また,本判決が判示したように,かかる事情については,被告側に立証責任があると考えるべきである。
  本判決は,特許法102条1項の適用に関して,立証責任や具体的な解釈を示したものとして,実務上,参考になろう。


(2017・4・29 弁護士 辻本恵太)


(参考判例) 特許権侵害差止等請求控訴事件 〔椅子式マッサージ機事件〕

(参考判例) 特許権侵害行為差止等請求控訴事件