東京高等裁判所平成27年5月21日判決〔システム開発に係る多段階契約において、個別契約の成否及び個別契約の発注がある旨誤信させたことによる契約締結上の過失の有無が争われた事例〕

【オレンジ法律事務所の私見・注釈】

1 本件は、Yとの間で「サポートWebシステム」(本件システム)の再構築に係る開発業務を請け負う基本請負契約(本件基本契約)を締結したXが、Yに対し、個別契約が成立したことを前提に個別契約に基づくYの債務不履行またはXに期待を生じさせた点に係るYの過失による不法行為(契約締結上の過失)に基づく損害賠償の支払を求めた事案である。

2 事実関係等の概要は次のとおりである。

X及びYは、本件基本契約に基づき、工程を3つのフェーズに分割し、各フェーズ毎に個別契約を締結するか否かを決定することにした(なお、本件において、当初、AがXとの間で基本契約を締結することを検討していたものの、Xの信用力が不足していたため、YがAとXの間に入る形で、X及びYが本件基本契約を締結するに至った。つまり、実質的な発注者はAである。)。

その後、Xは、機能の追加要望を受けたこともあって、前述したフェーズ2以降を分割した上で、Yに対して、新フェーズ2ないし4とする旨の再見積を提出し、Yとの間でフェーズ2の対価を当初の見積もりから一部減額する覚書(本件覚書)を締結した。

Xは、変更後のフェーズ2の納品後、Yに対して、新フェーズ3の発注をするよう求めたが、Yは、新フェーズ3の発注を行わなかった。

そこで、Xは、Yに対して、①Yが複数のフェーズから構成される本件システムの開発業務のうちの最終段階にある開発設計段階(新フェーズ3)の作業を発注したことを理由とした債務不履行に基づく損害賠償(争点①)、または②Xに対して発注を受けることができるとの期待を生じさせ、新フェーズ3の代金額に転嫁する前提でフェーズ2の開発費用1555万円をフェーズ2の代金額に含めず、かつ、180万円を減額したにもかかわらず、Yはこれを発注しなかったとして、Xに期待を生じさせた点に係るYの過失による不法行為に基づく損害賠償(争点②)の請求を求める訴訟を提起した。

3 原審(東京地裁平成26年11月20日判決)は、争点①について、フェーズ2の契約締結後、AからXに対してフェーズ3以降の発注を約束しない旨の意向が度々伝えられていた等の事情を考慮すると、フェーズ3以降を発注するという明示的判断がないまま、Yとして、その発注をXに対して約束するとは考えがたいとして、請求を棄却した。

他方、原審は、争点②について、Xが提示したフェーズ2の再見積り額のうち180万円については、追加発注による補填又は代替的な補償措置をXが受けることができると期待することは無理からぬことであり、上記期待を抱かせたことについてYには過失があり、不法行為に基づく損害賠償責任があるとして、4割の過失相殺をした108万円の限度で請求を認容した。

原審に対して、Xが控訴し、Yが附帯控訴した。

4 これに対して、東京高裁は、争点①について、原審と同様の理由によりXの請求を棄却した。

他方、東京高裁は、争点②について、次のとおり述べて、原審を変更し、Xの請求を棄却した。

すなわち、そもそも、控訴人と被控訴人との間で締結された本件基本契約においては、本件システム再構築の請負業務は多段階契約方式で行われるものであり、フェーズ毎の個別契約の締結をまって、業務の範囲、納期、納入物の明細、代金支払条件等が定まるものとされていたのであるから、本件基本契約の締結によって、本件システム再構築の全工程の個別契約の締結までもが当然に約束されたものとはいえない。

また、YがAに対して送信したメールは、YがAに対して、フェーズ3を発注する際のYの要望を告げたという域を出ないものであって、YがXに対して新フェーズ3の発注を確約したことを示す根拠となるものでもない上に、XにYから新フェーズ3が発注されると誤信させるような内容ではないし、Xにそのような期待を抱かせるものともいえない。

したがって、Xが、新フェーズ3が発注されれば、これによってこれまでの開発作業の対価を回収することが可能であると考え、そのことに期待を寄せていたと認められるとしても、Yから新フェーズ3の発注が約束されたことを前提としてXが本件覚書を締結したとまで認めることはできないから、上記のような期待は単なる期待感にすぎず、法的保護に値するものということはできない。

そのため、争点②についてのXの請求も棄却されるべきであると判示した。

5 本判決は、多段階契約方式に関するシステム開発契約の概要とともに、多段階契約方式の場合における各フェーズの個別契約の成否及びこれが否定された場合の契約締結上の過失の有無を判断する上で参考になろう。

審級関係

東京地裁平成26年11月20日判決(第一審)

主文

 1 本件控訴を棄却する。

 2 本件附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

 3 上記取消部分につき控訴人の請求を棄却する。

 4 訴訟費用は、第1、2審を通じ、控訴人の負担とする。

 

 

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

 原判決を次のとおり変更する。

 被控訴人は、控訴人に対し、1735万円及びこれに対する平成25年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 附帯控訴の趣旨

 主文2、3項と同旨

第3 事案の概要

 1 本件は、被控訴人(被告)との間で「サポートWebシステム」(本件システム)の再構築に係る開発業務を請け負う基本請負契約(本件基本契約)を締結した控訴人(原告)が、被控訴人に対し、被控訴人が複数のフェーズから構成される本件システムの開発業務のうちの最終段階にある開発設計段階(新フェーズ3)の作業を発注することを約束し又は控訴人に対して発注を受けることができるとの期待を生じさせ、新フェーズ3の代金額に転嫁する前提でフェーズ2の開発費用1555万円をフェーズ2の代金額に含めず、かつ、180万円を減額したにもかかわらず、被控訴人はこれを発注しなかったとして、当該約束に基づく被控訴人の債務不履行又は控訴人に期待を生じさせた点に係る被控訴人の過失による不法行為に基づく損害賠償として、控訴人に生じた損害合計1735万円及びこれに対する訴状送達の日である平成25年5月10日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。

 原審は、新フェーズ3について被控訴人から控訴人に対する発注約束があったものとは認められないとしたが、控訴人が提示したフェーズ2の再見積り額のうち180万円については、追加発注による補填又は代替的な補償措置を控訴人が受けることができると期待することは無理からぬことであり、上記期待を抱かせたことについて被控訴人には過失があり、不法行為に基づく損害賠償責任があるとして、4割の過失相殺をした108万円の限度で請求を認容した。これに対し、控訴人が控訴し、被控訴人が附帯控訴した。

 2 争いのない事実等、争点及び争点に対する当事者の主張は、原判決を以下のとおり改め、3に当審における控訴人の主張を、4に当審における被控訴人の主張をそれぞれ付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2から4までに記載のとおりであるから、これを引用する。

  (1) 原判決10頁3行目の「2000万円のうち」の次に「既に作業の終了していた部分に該当する180万円及びまだ作業の終了していなかった部分に該当する200万円の合計」を加える。

  (2) 原判決17頁13行目の「新フェーズ3」を「フェーズ3以降」と改める。

 3 当審における控訴人の主張

  (1) 発注約束について

 原判決は、被控訴人が提出した関係者協議の議事録、発注元である東京エレクトロンデバイス株式会社(TED社)担当者のDや仲介業者であるヴイエムネット株式会社(VM社)代表者のEが送信したメールなどから、新フェーズ3以降の発注は約束しない旨のTED社の意向が控訴人に対して度々伝えられていたことが認められ、実質的な発注者であるTED社の当該意向を前提とすると、新フェーズ3を発注するというTED社の明示的判断がないまま、被控訴人が新フェーズ3の発注を控訴人に約束するということは考え難いとして、被控訴人が控訴人に対して新フェーズ3の発注を約束したとの控訴人の主張を認めなかった。

 しかしながら、本件システムの開発業務の委託につき、TED社、被控訴人及び控訴人間で協議が行われた平成23年11月の段階で、要件定義及び基本設計、詳細設計及び開発、システム導入及び操作指導の各業務を被控訴人が控訴人に対して発注することが約束されていたところであり、控訴人と被控訴人との間の本件基本契約(乙3)は、控訴人が被控訴人からの強い要望によってやむなく締結したものにすぎず、実態としては請負代金を分割払することに合意したことを証する書面というほかない。平成23年11月の時点で、控訴人と被控訴人との間では開発フェーズ(すなわち本件フェーズ2契約に係るフェーズ2及び新フェーズ3)の発注が約束されていたのであり、開発フェーズに取り組む前提となる要件定義等の作業についても、TED社及び被控訴人の都合で当初の予定から大幅な変更を余儀なくされたのであるから、被控訴人は控訴人に対し新フェーズ3を発注する義務を負っていたというべきである。

 また、平成24年7月下旬から同年8月1日までの控訴人と被控訴人との交渉に焦点を当ててみたとしても、控訴人と被控訴人との間では、新フェーズ3の発注を前提として、新フェーズ2の金額の一部を新フェーズ3の金額へ移動させるとのやり取りが交わされていたのであるから、被控訴人が控訴人に対して新フェーズ3を発注するとの合意は、遅くとも同年7月25日から同年8月1日の時点で成立していた。同年7月25日以前において、新フェーズ3の発注を保留する旨のTED社の意向が示されていたとしても、この事実を過大に評価し、TED社の明示的判断の有無と関連付けて、被控訴人の控訴人に対する新フェーズ3の発注の約束がなかったとする原判決の判断は誤りである。

  (2) 期待の保護範囲について

 原判決は、控訴人が被控訴人から開発作業を含む新フェーズ3が発注され、これによって既に行った開発作業の対価を回収することが可能であると期待した事実を認定したものの、当該期待のうち正当なものとして保護される範囲につき、新フェーズ2の代金額として控訴人が被控訴人に提示した平成24年7月18日付け見積書(本件再見積り1)による3次モック分を除いた1800万円と同年8月10日付け覚書(本件覚書)にて合意された新フェーズ2の費用1620万円の差額180万円については当該保護の範囲に含まれ、被控訴人も控訴人が上記期待を有するであろうことを認識可能であったといえ、上記期待を抱かせたことについての過失があると判示したが、180万円を超える部分については控訴人がその支払を受けられるとの期待の裏付けを得ていないとして当該保護範囲に含まれない旨を判示し、被控訴人の過失も認定しなかった。

 しかしながら、控訴人が請負代金の支払を受けられると期待した金額は、新フェーズ2から新フェーズ3への移動を打診された既に終了している開発作業に係る費用180万円に限られず、平成23年11月時点における控訴人と被控訴人との合意及び本件フェーズ2契約に基づいて控訴人が行った開発作業に係る費用1555万円に及ぶものである。

  (3) 過失相殺について

 原判決は、新フェーズ3の発注がされない可能性がTED社や被控訴人から示されていた点を踏まえ、控訴人において、新フェーズ3の発注がされない場合に、移動分についてどのように扱われるかなど、TED社の意向や被控訴人担当者CがTED社のDに宛てた平成24年7月30日付けメール(本件メール)の趣旨などを被控訴人に詳細に確認しないまま、本件覚書を締結したことが控訴人の過失に当たるとして、4割の過失相殺を行うのが相当であると判示した。

 しかしながら、上記TED社の意向は、新フェーズ3の発注を前提として新フェーズ2の金額を新フェーズ3の金額へと移動させるやりとり交わされた平成24年7月25日以前の事情にすぎず、本件覚書の締結に際し、控訴人に過失と評価されるべき事情は一切存在せず、過失相殺を行う根拠を欠くことは明らかである。また、仮に過失相殺の余地があるとしても、4割を相当と解する余地もない。

 4 当審における被控訴人の主張

  (1) 法的保護に値する正当な期待の不存在について

 原判決は、基本契約と個別契約とを切り分けて締結している本件システム再構築に係る発注方式(多段階契約方式)の下では、次工程の個別契約を締結することが当然に約束されているものではないが、発注者である被控訴人において、控訴人に対し、次工程の個別契約が締結されるものとの正当な期待を生じさせた場合には、信義則に照らし、被控訴人はその期待を侵害したことについて不法行為上の損害賠償義務を免れないとした上で、控訴人にはフェーズ3以降の発注は約束されていない旨の意向が度々伝えられたという事実を認定したにもかかわらず、フェーズ2からフェーズ3に移動された180万円については、フェーズ3以降の業務が発注されることで補填され、又は代替的な補償措置を受けられるものとの正当な期待が控訴人にはあり、そのような期待を抱かせたことについて被控訴人には過失があると判示した。

 しかしながら、本件システム再構築に係るフェーズ毎の個別契約は何ら契約関係にない者との間で締結されるものではなく、両者の間では、本件基本契約を締結することにより本件システム再構築の請負業務が多段階契約方式で行われること、換言すれば、次工程の個別契約を締結することが当然に約束されているものではないことが相互に明確に確認されていた(本件基本契約4条参照)のであり、控訴人もシステム開発事業を専門的に行う業者であって、こうした多段階契約方式の趣旨について当然熟知していたはずであるから、控訴人が次工程の個別契約の締結を望んだとしても、主観的な希望を超えて法的保護に値する正当な期待が生じることはない。

  (2) 被控訴人の過失の不存在について

 原判決は、控訴人が法的保護に値する期待を抱いたことについての被控訴人の責任の論拠について、被控訴人は、新フェーズ2の代金の一部を新フェーズ3に移動するとのTED社の意向に沿った本件メールをTED社に送信すると同時に控訴人にもコピー送信した上で、本件覚書の締結に至ったのであるから、控訴人が上記期待をするであろうことを認識可能であった点を指摘した。

 しかし、まず、控訴人と被控訴人とは、本件覚書を締結することで180万円の取扱いについて明確な合意を形成している。また、本件プロジェクトは多段階契約方式であることに加え、控訴人は本件覚書を締結する前に、記録に残る方法によって、フェーズ3以降の発注は約束されていないことについて何度も警告を受けていた。その他にも、被控訴人は、控訴人に対し、次工程の個別契約の発注は約束されていない旨を口頭で度々伝えていた。それにもかかわらず、被控訴人が控訴人に対しても本件メールのコピー送信をして、本件覚書を締結したという事情をもって、被控訴人に過失があるという理路は不可解である。本件は企業間で行われた商取引であり、記録に残る方法によって、明確に伝達されている事項については、あえて重ねて確認をすることがないというのが取引の実情であって、控訴人が誤解をする可能性に配慮して、連絡を取ったり打合せたりする都度、取引相手が誤解していないかどうか重ねて確認をする義務など被控訴人にはそもそも存在しない。

  (3) 契約締結上の過失による信頼利益の損害の不存在について

 原判決は、本件覚書の締結によって新フェーズ3に移動した180万円について契約締結上の過失責任の対象となると説示した。しかし、契約締結上の過失における責任の範囲は、理論上信頼利益の範囲に限られるため、相手方が契約が締結されるものと誤信したことと直接の因果関係のある出費しか賠償の対象にならない。本件においては、控訴人が本件覚書を締結することによって200万円分の作業及び費用がフェーズ3以降に移動し、180万円についてフェーズ3が発注されたときにその費用として支払われることになったが、そのことによって、控訴人が現実に支出した費用を観念することはできない。そして、原判決が損害として認める180万円は、控訴人が、本件覚書よりも前の時点において、控訴人が開発に要した費用であるとされているが、いまだ法的保護に値する期待を有していない時期に出費した費用が、その後、法的保護に値する期待を獲得したことによって理由を遡って信頼利益となることはない。さらに、控訴人が既に負担したとされる開発費用は、控訴人の利益も含んでいる可能性のある金額である。このように、原判決が認めた180万円は、信頼利益とはいえず、契約締結上の過失の損害として認められるものではなく、本件覚書の締結との間で因果関係がないことも明らかである。

第4 当裁判所の判断

 1 当裁判所は、原審と異なり、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおり改め、2に当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。

  (1) 原判決19頁14行目から15行目にかけての「上記TED社の意向を前提としたものであったと解される。そうすると」を「フェーズ3以降の発注は約束できない旨のTED社の明確な意向を前提としつつも、控訴人との間で2次モック(本件再見積もり1中の3次モック)を作業から削り、フェーズ2の代金額も本件再見積り1の見積額から180万円減額する調整をつけたことから、TED社が被控訴人にフェーズ3を発注することとなったときにはこれらの点の考慮をお願いしたい旨を被控訴人がTED社に要望したものと認められる(甲6、原審における証人C)。しかも、本件メールはあくまでも被控訴人からTED社へのメールにすぎないのであり」と改める。

  (2) 原判決19頁24行目の「締結されるものとの」の次に「法的保護に値する」を加える。

  (3) 原判決20頁11行目の「にもかかわらず」から22頁12行目までを次のとおり改める。

 「しかしながら、そもそも、控訴人と被控訴人との間で締結された本件基本契約においては、本件システム再構築の請負業務は多段階契約方式で行われるものであり、フェーズ毎の個別契約の締結をまって、業務の範囲、納期、納入物の明細、代金支払条件等が定まるものとされていたのであるから、本件基本契約の締結によって、本件システム再構築の全工程の個別契約の締結までもが当然に約束されたものではなかったものである。

 また、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

 ア TED社、控訴人及び被控訴人が一同に会するなどして協議を重ねる中で、平成24年5月以降、度々フェーズ3以降の工程の発注は約束されたものではない旨のTED社の意向が控訴人及び被控訴人に協議の場やメールで伝えられていた。特に同年6月以降、控訴人代表者とTED社のDとの間におけるフェーズ2の代金額と作業内容の調整の交渉において、被控訴人のC及びVM社代表者のEが間に入って協議がされたが、控訴人代表者は、Dから、フェーズ2の代金額の調整がつかなければ、契約自体をキャンセルせざるを得ない旨を告げられ、仲介に入っていたEも控訴人代表者に対し、本件フェーズ2契約自体をキャンセルされてしまうよりは、フェーズ2の代金額の減額に応じて少しでも納得のいく対価を確保した方がいいのではないかと助言を添えるなどした。(乙27、28)

 イ 最終的に同年7月25日の段階において、Eは、控訴人代表者に対し、Dから得たTED社の感触として、TED社が被控訴人に支払うフェーズ2の代金額を1800万円きっかりとしてほしいこと、2次モック(本件再見積り1中の3次モック)は不要なのでフェーズ3に移動してもよいこと、フェーズ2減額分はフェーズ3に移動してもよいこと、フェーズ3については新たな社内稟議が必要なので、プロジェクト続行の約束はできないことをメールで伝え、当該メールはCに対してもコピー送信された。(乙27、28)

 ウ 上記メールを受けて、控訴人、被控訴人及びVM社との間で協議した結果、CはDに対し、TED社が被控訴人に支払う新フェーズ2の代金額を1800万円とすることで控訴人と内部調整ができたことなどを内容とする本件メールを送信し、被控訴人の控訴人に支払う新フェーズ2の代金額を1620万円とする本件再見積り2を送付するとともに、本件メールを控訴人代表者にコピー送信した。(甲4、6、10、乙28)

 エ 他方、上記の内部調整の結果として、控訴人と被控訴人との間でも、変更後のフェーズ2には2次モックを含まないものとした上で、フェーズ2の代金額を総額1620万円とする旨の本件覚書が締結され、TEDと被控訴人との間でも、フェーズ2に関し、同様の平成24年9月1日付け覚書が締結された。(乙16、19、28)

 以上の事実によれば、本件メールは被控訴人がTED社に対してフェーズ3を発注する際の被控訴人の要望を告げたという域を出ないものであって、被控訴人が控訴人に対して新フェーズ3の発注を確約したことを示す根拠となるものでもないというべきである。そして、控訴人代表者としても、上記のような交渉経緯を経て本件メールのコピー送信を受けたことを認識していたものであり、本件メールの内容からしても、これまでの経緯に反してTED社が被控訴人や控訴人に対して今後本件プロジェクトを続行する意向を示したことをうかがわせるものでないことは明らかであるから、被控訴人が送信した本件メールは、控訴人に被控訴人から新フェーズ3が発注されると誤信させるような内容ではないし、控訴人にそのような期待を抱かせるものともいえない。控訴人代表者が、新フェーズ3が発注されれば、これによってこれまでの開発作業の対価を回収することが可能であると考え、そのことに期待を寄せていたと認められる(甲10、原審における控訴人代表者本人)としても、被控訴人から新フェーズ3の発注が約束されたことを前提として控訴人が本件覚書を締結したとまで認めることはできないから、上記のような期待は単なる期待感にすぎず、法的保護に値するものということはできない。

 控訴人は、控訴人が被控訴人に提示した平成24年7月30日付け本件再見積り2(甲4)をもって、新フェーズ2を1620万円、新フェーズ3を3080万円、新フェーズ4を884万1000円とすることを被控訴人と合意した上で本件覚書を締結した旨の主張もし、控訴人代表者はこれに沿う供述をするが(原審における控訴人代表者本人)、本件再見積り2は本件プロジェクトの作業全般に関し、フェーズ毎に控訴人が被控訴人に要求する代金額を見積ったものにすぎず、たとえこれが作成日の時点でTED社に送付されているとしても、本件覚書の内容は上記認定のとおりフェーズ2の成果物及び請負代金について成果物を特定して代金額を定めて合意したものであって、新フェーズ3や新フェーズ4の内容等については何らの合意を含むものでもないから、フェーズ2以外の部分に関してまで本件再見積り2の内容が前提となって本件覚書が締結されたとみることはできないし、甲4号証をもって控訴人と被控訴人との間の新フェーズ3や新フェーズ4の個別契約の成立を裏付ける証拠とみることもできない。

 以上のとおりであり、被控訴人には控訴人に対して不法行為を構成するような過失があるとはいえないし、たとえ控訴人が新フェーズ3の発注を受けることができると期待したとしても、それが法的保護に値する正当な期待であったともいえないから、その余について判断するまでもなく、控訴人の不法行為に基づく賠償請求は理由がない。」

 2 当審における控訴人の主張について

  (1) 控訴人は、被控訴人が控訴人に対してフェーズ3以降の業務を発注することの合意は、平成23年11月の時点であったものであり、本件基本契約は請負代金の分割払を合意したものにすぎない旨主張する。しかしながら、本件基本契約は、単に請負代金を分割払することを合意したものにとどまらず、本件プロジェクトをフェーズ毎の多段階契約方式により締結することとし、基本契約書を締結したものの、その後にフェーズ毎に作業内容や代金額を定めた個別の請負契約を締結することを予定するものであり、その具体的作業内容や代金額自体は正に工程毎の交渉に委ねられることとしたものであるから、被控訴人が控訴人に対してフェーズ3以降の業務を発注することが平成23年11月の時点で確定的に合意されていたとはいえない。したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

  (2) また、控訴人は、平成24年7月25日から同年8月1日にかけての被控訴人と控訴人との間でフェーズ2の代金額の一部を新フェーズ3に移動させるとのやり取りがあったのは、被控訴人が新フェーズ3の発注をすることが前提であり、TED社の新フェーズ3の発注を保留する旨の明示的判断の有無と関連付けるのは誤りである旨主張する。しかしながら、そもそも本件プロジェクトの発注元はTED社であり、被控訴人は、信用補完のためにTED社と控訴人との間に入ったという立場にすぎず、本件プロジェクトの継続の有無について独自に判断することができる立場にないのであるから、TED社が控訴人及び被控訴人に対してフェーズ3の発注を保留する旨の意向を再三にわたり一貫して示していたことは、被控訴人が控訴人に対して新フェーズ3の発注を控える事情として重要視すべきであるし、被控訴人がTED社に対して送信した本件メールは、あくまでもフェーズ3の発注を保留としているTED社に対し、控訴人と内部調整をしてフェーズ2の代金額を減額するなどの了承を取り付けたので、今後、フェーズ3を発注する場合には金額に配慮してほしい旨を被控訴人として要望したものにすぎないというべきである。実際、TED社が被控訴人に対しフェーズ3の発注をしていないことは当事者間に争いのない事実であり、本件メールが被控訴人から控訴人に対してコピー送信されたとしても、これを被控訴人と控訴人との間で新フェーズ3の発注の合意があったことを示すものとみることはできないし、控訴人が本件メールの内容を見て、被控訴人から新フェーズ3の発注がされると期待したということもできないことは、上記に訂正して引用した原判決の説示するとおりである。したがって、控訴人の上記主張も採用することができない。

 3 以上のとおりで、控訴人の請求は理由がないから、これと結論を異にする原判決は相当ではなく、被控訴人による本件附帯控訴は理由がある。よって、控訴人の本件控訴を棄却するとともに、被控訴人の本件附帯控訴に基づき原判決中被控訴人敗訴部分を取り消し、控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。