東京地裁平成26年11月20日判決(第一審)

審級関係

東京高裁平成27年5月21日判決(控訴審)

主文

 1 被告は,原告に対し,108万円及びこれに対する平成25年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

 3 訴訟費用は,これを20分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

 

 

事実及び理由

第1 請求

 被告は,原告に対し,1735万円及びこれに対する平成25年5月10日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 本件は,被告からウェブ上で稼働するシステムの開発を請け負う旨の基本契約を締結した原告が,業務を複数に分割したフェーズのうち,フェーズ1を受注して納品し,次いでフェーズ2を受注した後,その作業内容及び代金額を変更する合意を経て納品し,それぞれ代金の支払を受けたところ,フェーズ2の作業内容及び代金額を変更する際,被告が原告にその後のフェーズも発注することを約束した,又はそのような期待を原告に生じさせたため,原告はその後のフェーズの代金額に転嫁する前提で,既に生じていた費用をフェーズ2の代金額に含めず,かつフェーズ2の代金の減額に応じたにもかかわらず,被告がその後のフェーズを発注しなかったとして,債務不履行又は不法行為に基づき,①変更前のフェーズ2の開発作業に要した費用1555万円及び②フェーズ2の代金額から減額した180万円の合計1735万円についての損害賠償金,並びにこれに対する訴状送達の日である平成25年5月10日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 2 争いのない事実等

  (1) 当事者

   ア 原告は,コンピュータソフトウェアの企画,開発及びその販売等の業務を行う株式会社である(争いのない事実)。

   イ 被告は,コンピュータを利用した各種計算業務及び情報サービスの提供等の業務を行う株式会社である(争いのない事実)。

  (2) 基本契約の締結

   ア 東京エレクトロンデバイス株式会社(以下「TED社」という。)は,平成22年ないし平成23年頃,顧客にウェブ上での製品マニュアルのダウンロード,新商品の注文,製品の使用方法の確認等を可能にする「サポートWebシステム」(以下「本件システム」という。)の再構築を,ヴイエムネット株式会社(以下「VM社」という。)の仲介により,既製品ソフトウェア「○○」をベースとして開発を行う技術を有していた原告に委託しようと考えていたが,原告の信用力が不足し直接契約を締結することができなかったため,VM社の仲介により,TED社と被告との間,被告と原告との間で,それぞれ請負契約を締結することとなった(争いのない事実)。

   イ 原告は,平成23年10月20日,被告に対し,TED社との協議内容に基づき,業務のロードマップを次表の三つのフェーズに分割した上で,次表の合計2211万円(○○ランタイム費等別途)要する旨の見積書を提出した(乙1。ただし消費税を含まない額。以下同じ。)。 

(省略)

   ウ 原告及び被告は,平成23年11月1日,被告が原告にソフトウェア関連業務を委託する旨のソフトウェア基本請負契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した(争いのない事実)。

 ① 被告が原告に委託するソフトウェア関連業務は,企画業務,基本設計業務(要件定義及び基本設計),ソフトウェア作成業務(詳細設計,開発,テスト),運用支援業務,並びにこれらに付帯する業務の一部又は全部とする。

 ② 上記業務に関する契約には,本件基本契約のほか,個別契約が適用される。個別契約の条項が本件基本契約に優先する。

 ③ 個別契約では,業務の範囲,納期,納入物の明細,代金,支払条件等を定める。

 ④ 個別契約は,被告が上記③の各事項を記載した注文書を原告に交付し,原告がこれを承諾して注文請書を提出することにより成立する。ただし,注文書発行日から7日以内に原告が何らの意思表示をしない場合,7日間の経過をもって承諾の意思表示がなされたものとみなす。

 ⑤ 注文書の交付の際,被告は原告に対し,業務を記述した仕様書等を併せて交付する。

   エ 被告及びTED社は,平成23年11月15日,TED社が被告に上記ソフトウェア関連業務を委託する旨の業務委託基本契約を締結し(争いのない事実),以後,後出の原告・被告間のフェーズ1及びフェーズ2に係る個別契約締結に際しても,原告の請負代金額に約1割の被告の取り分を加えた額でそれぞれ個別契約を締結した(弁論の全趣旨)。

  (3) フェーズ1の個別契約の締結

 被告は,平成23年12月27日,原告に対し,フェーズ1の注文書及び発注条件書を交付した。そして,注文書発行から7日以内に原告から何らの意思表示がされなかったため,原被告間において,フェーズ1について次の内容で個別契約(以下「本件フェーズ1契約」という。)が成立した(争いのない事実)。

 請負代金額 597万円

 納入期限 平成24年1月20日

 作業範囲 要件定義から基本設計まで

 納品物件 基本設計書,既存システムとの変更点まとめ,開発計画書,プロジェクト報告書・進捗報告書・課題管理表(毎週),議事録

  (4) フェーズ1作業期間中の追加機能要望

 TED社担当者,被告担当者及び原告担当者は,平成24年1月11日及び同月16日,TED本社において打合せを行った。その際,TED社担当者から,顧客とメールでやり取りした質問と回答の内容をエクセルに一括取込みする機能など,複数の機能について追加見積りしてほしい旨の要望があった(乙8の1,2)。

  (5) フェーズ1の納品及び代金支払

   ア 原告は,平成24年1月23日,被告に対し,フェーズ1の納品物件として,基本設計の一部,要件確認書,新サポートWebシステム開発プロジェクトキックオフ資料,プロジェクト報告書・進捗報告書・課題管理表及び議事録(ただし議事録は一部)を引き渡し,被告は,同年2月1日,原告に検収書を交付した(争いのない事実)。

   イ 被告は,平成24年2月29日,原告に対し,フェーズ1の請負代金597万円を支払った(争いのない事実)。

  (6) 追加見積り

 原告は,平成24年1月31日,被告に対し,TED社から要望された追加機能について次表のとおり420万円の追加見積書(以下「本件追加見積り」という。)を提出した(甲5の1,乙9)。 

(省略)

  (7) フェーズ2の個別契約の締結

 被告は,平成24年2月8日,原告に対し,フェーズ2の注文書及び発注条件書その1,同その2を交付した。そして,注文書発行から7日以内に原告から何らの意思表示がされなかったため,原被告間において,フェーズ2について次の内容で個別契約(以下「本件フェーズ2契約」という。)が成立した(争いのない事実)。

 請負代金額 1138万円

 納入期限 平成24年5月18日

 作業範囲 基本設計(画面モックアップ)から結合試験まで

 納品物件 基本設計書(改訂版),ソースプログラム,総合テスト環境の構築,プロジェクト報告書・進捗報告書・課題管理表,議事録

  (8) 本件フェーズ2契約締結後の追加機能要望

 TED社は,本件フェーズ2契約締結後,平成24年4月5日の打合せ等において,原告に対し,本件システムのうち顧客管理に関するサブシステムの機能について,様々な要望を伝えた。原告は,同月25日の打合せにおいて,TED社に対し,これらの要望を反映する作業を行うためには,本件追加見積りのほかに更に追加費用が必要である旨申し入れた。これに対し,TED社は,原告に対し,本件追加見積りに含まれる作業範囲と含まれない作業範囲を明確にするよう求めた(争いのない事実)。

  (9) 再見積り

   ア 原告は,平成24年7月18日,被告に対し,フェーズ2以降を次表のとおり新たに分割し,入金済みのフェーズ1と併せ総額6181万1000円とする見積書(以下「本件再見積り1」という。)を提出した(甲3)。 

(省略)

   イ 原告は,平成24年7月30日,被告に対し,フェーズ2以降を次表のとおり分割し,入金済みのフェーズ1と併せ総額6181万1000円とする見積書(以下「本件再見積り2」という。)を提出した(甲4,甲7)。 

(省略)

   ウ 被告担当者C(以下「C」という。)は,平成24年7月30日,TED社担当部長のD(以下「D」という。)に宛てて(VM社代表者のE(以下「E」という。),原告代表者A(以下「原告代表者」という。)及び原告担当者F(以下「F」という。)らにコピー送信),「先日ご相談させていただきましたフェーズ2以降のお見積りに関して,フェーズ2:1800万で内部調整ができましたので,お知らせいたします。」,「尚,7/24のお打合せでお話しさせていただきましたとおり,以下の作業・費用につきましては,フェーズ3へ移動とさせていただけますようお願いいたします。/2次モック対応作業および費用/フェーズ2ご提示費用と1800万との差額」とのメール(以下「本件メール」という。)を送信した(甲6)。

  (10) フェーズ2の作業内容及び代金額の変更に関する覚書

 原告及び被告は,平成24年8月10日,フェーズ2について,次の内容の覚書(以下「本件覚書」という。)を締結した(乙16)。

   ① 本件システム再構築におけるスコープ変更(ストレートコンバージョンと要望対応から,完全リニューアルへ)のため,フェーズ2の位置付けを基本設計工程へ変更し,フェーズ2の契約条件を次のとおり変更する。

 納入期限 平成24年9月20日

 納品物件 基本設計書Ver.2(オペレーション仕様書,画面遷移図,画面概要設計書)及び1次モックアップ画面

   ② 変更後のフェーズ2(基本設計工程)総額費用1620万円は,契約済みの本契約1138万円と追加契約の482万円の2契約にて構成する。

  (11) 「フェーズ2(追加分)」の注文書発行

 被告は,平成24年9月7日,原告に対し,「フェーズ2(追加分)」の注文金額を482万円とする注文書及び発注条件書その1,その2を交付した(争いのない事実)。

 上記各発注条件書に記載された条件は次のとおりであった(乙18の2,3)。

 作業範囲 発注条件書その1では「基本設計(画面モックアップ)~結合試験」,発注条件書その2では「基本設計」

 納入期限 平成24年9月20日

 納品物件 基本設計書(改訂版),ソースプログラム,プロジェクト報告書・進捗報告書・課題管理表(毎週)

  (12) 変更後のフェーズ2の納品及び代金支払

   ア 原告は,平成24年9月24日,被告に対し,基本設計書Ver.2(オペレーション仕様書・画面遷移図・画面概要設計書)及び1次モックアップ画面を引き渡し,被告は,同月28日,原告に対し,「フェーズ2」及び「フェーズ2(追加分)」の検収書を交付した(乙21の1,2)。

   イ 被告は,平成24年10月31日,原告に対し,本件覚書で約定された請負代金1620万円を支払った(弁論の全趣旨)。

  (13) 原告への発注の終了

 原告は,変更後のフェーズ2の納品後,被告に対し,新フェーズ3の発注をするよう求めたが,被告は,新フェーズ3の発注を行わなかった(争いのない事実)。

 3 争点

  (1) 被告が,原告に対し,新フェーズ3以降を発注することを約束したか否か

  (2) 被告に,原告に対し,新フェーズ3以降の発注を受けることができるとの期待を生じさせた過失があるか否か

  (3) 損害

 4 争点に対する当事者の主張

  (1) 新フェーズ3以降の発注約束の有無(争点(1))について

   ア 原告の主張

 (ア) TED社は,本件基本契約締結の時点で,本件システムを現状の仕様や運用状況を変更せずに再構築するという,アズイズと呼ばれるシステム開発を原告に委託する意向であった。

 しかし,原告がフェーズ1の作業を終了しようとしていた平成24年1月以降,被告は突如としてフェーズ1に係る追加の要件を提示したため,フェーズ1及びフェーズ2における原告の作業量の増大が避けられないこととなり,原告は420万円の本件追加見積りを提出し,被告はこれを了解した。

 また,被告は,本件フェーズ2契約締結後の同年3月及び同年4月頃,原告に対し,更に大量の追加の要件を提示した。そのため,原告は,同年5月頃,被告及びTED社と協議を行い,フェーズ2以降の業務内容を従来のアズイズから,新規のシステム開発を行うトゥービーという手法に変更し,それに伴い追加費用が発生することを合意した。しかし,変更後の具体的な請負代金額については,被告が原告に対し絶えず追加の要件を提示していたことから,確定に至らなかった。

 原告は,同年7月18日,被告に対し,本件再見積り1を提出したが,同月20日の関係者会議において,突然,TED社から新フェーズ2の費用減額の要請があった。その後,被告担当者のCから,原告の示した新フェーズ2の代金2000万円のうち380万円を新フェーズ3の請負代金として上乗せする代わりに,新フェーズ2の請負代金を1620万円に抑えてほしいと要望があったことから,原告は,結果的に新フェーズ3の代金として入金されるのであれば問題ないと考えて,これに応じ,本件再見積り2を提出した。そして,原告及び被告は,新フェーズ2を1620万円,新フェーズ3を3080万円,新フェーズ4を884万1000円とすることで合意した上,本件覚書を締結した。

 したがって,被告は,原告に対し,新フェーズ3以降を発注することを約束していた。

 (イ) 確かに,TED社からは,平成24年7月18日までの打合せにおいて,新フェーズ3の発注を約束しない旨伝えられていた。VM社のEによる同年6月22日のメールにも,新フェーズ3の発注を約束するものではない旨記載されていた。しかし,発注約束があったのは,同年7月20日の関係者協議の後のことであり,それ以前の上記やり取りの内容は,原告の主張と矛盾しない。

 (ウ) 本件メールには,新フェーズ2の費用を新フェーズ3に移動する旨記載されている。したがって,本件メールが送信された平成24年7月30日までには,原告と被告との間で,被告が原告に新フェーズ3を発注するとの合意又は被告が原告に新フェーズ3の内容である開発作業のうち作業済みの費用を支払うとの合意が成立したことが明らかである。

   イ 被告の反論

 (ア) 本件基本契約において,請負契約の具体的内容は,個別契約により定めることとされていた。これは,システム開発において極めて一般的な多段階契約方式であり,同方式は,各工程における個別契約の内容やその締結の可否を,契約の両当事者が,工程ごとの進捗状況等を都度確認しながら検討できるようにすることを目的とするものであって,次工程の個別契約が締結されることへの期待を除外することが当事者の合理的契約意思として標準化されている。

 ところが,原告・被告間において個別契約が成立したのは,フェーズ1,フェーズ2及び「フェーズ2(追加分)」のみである。フェーズ3以降については,個別契約は成立していない。また,被告が原告に対しフェーズ3以降の発注や支払を約束したことはない。

 なお,本件追加見積りについては,TED社も概ね了解していたが,TED社から,予算の都合上,契約は平成24年4月以降にしてほしいとの要望があったため,同見積りの時点では追加費用に関する契約は結ばれていない。

 (イ) 本件フェーズ2契約締結後,TED社からの追加機能の見積りの要望があったため,被告は,原告及びVM社と協同して,プロジェクト継続に向けて資料作成等に当たった。しかし,TED社から,何度も要望を出しているのに原告が反映しない,原告が作成する資料が不十分で,通常であればベンダ側(原告)が作成すべき資料をTED社が作成しなければならない状況となっている,TED社の要望を原告担当者が理解していない,といった問題点が指摘されるようになった。そして,TED社からは,平成24年4月以降の打合せにおいて,今後プロジェクトを進めるかどうかは見積り等を見た上で検討すること,プロジェクトの中止もあり得ることが度々指摘されていた。また,同年5月16日には,TED社担当者から原告及び被告に対し,「今後の開発の継続については,仕様,金額,納期を個別契約で合意し,責任ある開発体制においてスタートすることを条件とさせていただきます。」との厳しいメールも送付された。

 このように,原告及び被告は,TED社から,プロジェクトの継続が保証されていないことについて度々念を押されていた。

 (ウ) VM社のEも,平成24年6月22日,原告に対し,「改訂後の第三フェーズ以降の“追加”予算は上記再見積りをもってTEDの社内稟議がこれから申請されます。D部長も明言している通り,まだこの追加開発予算は承認されているわけではありませんので,くれぐれも第三フェーズ以降の作業,人員確保など費用が発生する項目は予算承認,正式発注までは動かないように宜しくお願い致します。」とのメールを送っている。

 (エ) そもそも,被告は,信用補完のためにTED社と原告との間に入ったにすぎず,プロジェクトの継続の有無について独自に判断できる立場にはない。TED社をしてフェーズ3以降に進ませられるかどうかは,原告自身が説得すべき立場にある。

 (オ) 原告を含む参加者の検証を経た議事録にも,新フェーズ3の発注が約束されていないことを前提とした記載しかない。

 (カ) なお,本件メールの記述は,新フェーズ3の発注を前提としたものではなく,仮に新フェーズ3を発注する場合には,金額に配慮してほしいことを要望したものにすぎない。

 (キ) 本件第1再見積り提示後,TED社は,フェーズ2に1800万円(被告取り分を除いた原告への支払額は1620万円)までしか増額できない旨述べたので,原告及び被告はフェーズ2の代金を1620万円とする本件覚書を締結した。

 原告には,新フェーズ3の発注が約束されていなくても,変更後のフェーズ2を1800万円(被告・TED社間の価格)で合意して本件覚書を締結する動機があった。すなわち,当初,フェーズ2は平成24年5月末が納期となっていたが,それを達成することは不可能な状況であったため,TED社から,本件フェーズ2契約を解除される可能性があった。また,VM社からも,原告代表者に対し,「1800万円をもらって続行するか第二フェーズをキャンセルされるかの二者択一という状況であることはご理解下さい。」とのメールが送付されていた。このように,原告としては,本件フェーズ2契約を履行遅滞により解除されるか,変更後のフェーズ2を1800万円(原告・被告間の価格は1620万円)で合意し,本件再見積り1との差額380万円を新フェーズ3に回すかのいずれかを選択しなければならない状況にあった。そして,原告は,新フェーズ3が発注されない可能性があるとしても,フェーズ2の金額をTED社の要請どおりとして継続する方が利益になると判断して,本件覚書締結に至った。すなわち,本件覚書は,フェーズ3に先立つ一切の作業に対する請負代金の合意である。

  (2) 被告の過失の有無(争点(2))について

   ア 原告の主張

 (ア) 新フェーズ3は,開発作業を内容とするフェーズであったが,当初は,フェーズ2が開発作業を内容とするフェーズとして予定されていた。新フェーズ3の内容が開発作業となったのは,当初の見積り外の追加機能の要望をTED社及び被告が出したことにより,当初想定されていた要件確認及び要件定義を超える作業が必要になり,新フェーズ2がこの要件定義の作業に相当するフェーズとして定められたためである。

 TED社及び被告からの追加機能の要望は,当初のフェーズ1に着手した直後から出されており,フェーズ1の納期までに追加機能が整理される状況ではなかったため,原告及び被告は,暫定的な成果物をもってフェーズ1を終了させ,追加作業と開発作業を進めるため,本件フェーズ2契約を締結した。この時点で,被告がフェーズ2の開発作業の進展を期待していたことは,自ら開発フェーズである本件フェーズ2契約を締結した以上,当然である。

 原告は,本件フェーズ2契約が成立したことにより,追加機能の要望に対応するとともに,フェーズ2の開発作業にも着手した。フェーズ2の開発作業に着手してからも,TED社及び被告から五月雨式に追加機能の要望が出されたが,事後的に追加機能の要望が出されたとしても,開発作業として確定できる部分及び転用できる部分があったことから,原告は,当該部分について開発作業を進めていた。実際に,原告は,平成24年5月11日までに,850万円分の実費を投入して開発作業を進めていた。その間,TED社及び被告からは,フェーズ2の開発作業の中断の指示はなかった。そのため,同日の時点で,原告は,当初のフェーズ2の作業に係る費用の支払を受けられるものと期待・確信していた。

 同年7月18日以降,本件再見積り1を踏まえ,新フェーズ全体の費用の調整がされた。原告は,TED社及び被告から,既に終了している開発作業に係る180万円分及び作業に着手していない開発作業(3次モック)に係る費用200万円を新フェーズ3に移動することで,新フェーズ2の代金を減額するとの提案を受けた。その際,Cから,新フェーズ3の発注を留保するとの意向は示されなかった。CがTED社に送付した本件メールにおいても,そのような留保は付されていなかった。さらに,同年8月1日の関係者協議においても,TED社及び被告から,新フェーズ3の発注を留保するとの意向は示されなかった。このように,新フェーズ2の費用を新フェーズ3に移動してもよい旨の提案をTED社及び被告から受けたことで,当初のフェーズ2の作業に係る費用の支払を受けられるものとの原告の期待・確信は,強められた。

 (イ) 被告は,原告との間で,本件システムの開発に関し,要件定義,基本設計,詳細設計,開発,総合テストという一連の事項について原告に委託することを前提として協議を行い,実際にフェーズ1及びフェーズ2を発注し,作業の追加すら要望していたのであるから,原告の信頼を裏切り,無用の費用支出を招くことのないようにする信義則上の義務を負っていた。

 ところが,被告は,フェーズ2を原告に発注し,原告がフェーズ2に係る開発作業を進めていることを認識し,又は認識し得た状況において,追加要望をTED社とともに出すことにより,本件システム開発全般のフェーズ改変が見込まれていたにもかかわらず,フェーズ2に係る開発作業の中止を原告に指示することなく,その進行を黙認していた。加えて,被告は,フェーズ2の作業として既に終了していた作業に係る費用及び未着手だが新フェーズ2の費用として見積もられていた費用について,新フェーズ3の代金に移動することを示唆した。結果として,被告は,原告に新フェーズ3を発注せず,原告の信頼を裏切ったのであるから,被告の上記義務違反は明らかであり,被告には契約責任及び不法行為責任が認められる。

   イ 被告の反論

 (ア) 多段階契約方式において,次工程の個別契約の締結への期待を安易に認めることは,当事者の合理的意思に反し,誤りであり,契約当事者に,契約外ないし不法行為上の注意義務を課する余地はない。

 (イ) いわゆる契約締結上の過失の理論においては,注意義務の発生根拠として,信頼の惹起行為又は信頼の裏切り行為が存在することが要求されているが,本件では,いずれの行為も存在しない。

 被告は,フェーズ3の契約締結を期待させるような言動は一切しておらず,むしろ,フェーズ3の契約締結について期待を抱かせないように何度も警告していた。原告がフェーズ2の契約期間中に何らかの作業を継続していたことを被告がある程度認識していたとしても,原告はフェーズ2の成果物の完成義務を負っていたのであるから,作業を進めることは当然である。これを積極的に止めなかったからといって,信頼を惹起する先行行為に当たるわけではない。

 そして,前記(1)イ(被告の反論)のとおり,被告は原告に対しフェーズ3以降の発注や支払を約束したことはなく,また,原告は,TED社及びVM社から再三にわたり,フェーズ3以降の継続が確実でないことを伝えられていたのであるから,被告が原告に対しフェーズ3以降の発注を受けることができるとの期待を持たせたことはない。

 原告が,フェーズ3以降の発注を受けられるものと思い込んでいたとしても,それが法的に保護されるものとはいえない。

 (ウ) 本件システムの開発における原告の作業の進め方については,かねてからTED社が問題視しており,実際の成果物も,未完成の部分が多く,フェーズ1の段階から,個別契約において定められた成果物の範囲を減縮して納品を受けざるを得ない状況であった。このように,原告は,作業の進め方及び成果物の完成度合いのいずれについても,当初から,発注者であるTED社が満足できるものを全く提供できていなかった。そのような状況に加えて,今後,当初の見積りを大幅に超えた多大な費用がかかるとの提案が原告からなされたのであるから,TED社及び被告が原告にフェーズ3の個別契約を発注しなかったのは,極めて合理的かつ正当な判断であった。

  (3) 損害(争点(3))について

   ア 原告の主張

 (ア) 原告は,当初のフェーズ2において開発(プログラミング)作業を行い,平成24年2月1日から同年5月10日までの間に850万円,同月11日以降705万円の費用を支出した。なお,本件フェーズ2契約締結後,TED社からは追加の要件が次々出され,原告は見積りを出し直すなどの作業を行っていたが,これと同時並行的に,当初の本件フェーズ2契約に基づく開発作業を進めていた。その際,機能が追加されることになるとしても,一度行った作業が無駄にならないように開発作業を行っていた。これらの費用は,精算がされないまま,新フェーズ3に組み込まれた。

 (イ) 原告は,TED社及び被告の要望により新フェーズ2の代金額から180万円を減額し,新フェーズ3分に上乗せした。この減額分は,原告が得べかりし利益である。

 (ウ) よって,原告には合計1735万円の損害が生じている。

   イ 被告の反論

 (ア) 原告が主張する開発(プログラミング)作業の成果物であるプログラムは,当初は本件フェーズ2契約の納品物に含まれていたが,本件覚書による変更によって納品物から除外され,開発作業は新フェーズ3の作業対象とすることとされた。したがって,開発作業の成果物については,そもそも変更後のフェーズ2の作業対象ではなく,被告は,これに関する請負代金又は損害賠償の支払義務を負っていない。

 また,原告がこのような開発作業を行っていたことを示す客観的証拠は全く存在しない。当時の議事録にも,プログラミングに関する記載はない。

 さらに,原告が開発作業を行っていたと主張する時期には,まだ画面設計や画面遷移を確認する作業が行われていたのであるから,その段階で開発作業を行うことは実務上不可能であった。もし,そのような状況で開発作業を行ったとしても,画面設計や画面遷移が変更になると,開発作業をやり直さなければならなくなり,無駄な作業になるだけだからである。

 (イ) 本件フェーズ2契約は,請負契約とされているところ,原告は成果物を完成させておらず,出来高の主張もしていない。また,請負においては,特段の合意がない限り,作業に要する費用は請負人が負担すべきものである。しかも,原告は,請負代金額を上回る損害を主張しているが,仮にそれが事実だとすれば,プロジェクト管理をする原告自身のコントロールミスである。

 (ウ) 原告が損害の証拠として提出する甲第11号証から甲第20号証までは,時機に後れた攻撃方法であり,却下を求める。

第3 当裁判所の判断

 1 新フェーズ3以降の発注約束の有無(争点(1))について

 原告は,平成24年7月20日の関係者協議の後,同年8月10日の本件覚書締結までの間に,被告から新フェーズ3の発注が約束された旨主張する。

 しかしながら,本件システム再構築については,基本契約と個別契約とを切り分けて発注する多段階契約方式がとられているところ,本件フェーズ2契約締結後,同年5月11日の関係者協議,同月16日にTED社担当部長のDが被告担当者のCに送ったメール,同月23日の関係者協議,同年6月22日にVM社のEが原告担当者に送ったメール及び同年7月25日にEが原告代表者に送ったメールにおいて,フェーズ3以降の発注は約束しない旨のTED社の意向が原告に度々伝えられていたことが認められる(乙13の1,2,乙14,乙25,乙27)。実質的な発注者であるTED社のこのような従前からの意向を前提とすると,フェーズ3(原告のいう新フェーズ3)以降を発注するというTED社の明示的判断がないまま,被告としてその発注を原告に約束するということは考え難いところ,TED社がそのような明示的判断を示したと認めるに足りる証拠はない。

 確かに,同年7月30日の本件メールには,被告が,TED社に対し,作業及び費用の一部をフェーズ3に移動することを求める記載がある。しかし,Eは,これに先立つ同月24日,原告代表者に対し,TED社が,見積りの減額がされなければ本件フェーズ2契約のキャンセルも辞さない強い態度をとっていることを伝えるメールを送った上,同月25日,原告代表者に対するメールにおいて(被告担当者のCらにコピー送信),TED社の意向として,「二次モックは不要。フェーズ3へ移動してもよい。フェーズ2減額分はフェーズ3へ移動してもよい。」との記載とともに,「フェーズ3については,新たな社内稟議が必要なので,プロジェクト続行の約束はできない。」と記載している(乙27。なお,甲10によれば,Eの同メールや本件メールで2次モックと記載されているのは,本件再見積り1における3次モックを指すものと認められる。)。すなわち,TED社は,フェーズ3(原告のいう新フェーズ3)への作業及び費用の移動に言及しながらも,必ずしも同フェーズの発注を約束していないのであって,そうしたTED社の意向は原告及び被告に伝えられていた。そして,本件メールには,作業及び費用の移動について「7/24のお打合せでお話しさせていただきましたとおり」と記載されていることからすると,本件メールも,上記TED社の意向を前提としたものであったと解される。そうすると,これらのやり取りをもって,被告から原告への発注約束があったと認めることはできない。

 原告代表者も,いつ,誰から誰に対して,新フェーズ3の発注約束が伝えられたのかについて明確な供述をしていない。

 以上によれば,この点についての原告の主張は採用することができない。

 2 被告の過失の有無(争点(2))について

  (1) 基本契約と個別契約とを切り分けて締結している本件システム再構築に係る発注方式(多段階契約方式)の下では,次工程の個別契約を締結することが当然に約束されているものではないが,発注者である被告において,請負人である原告に対し,次工程の個別契約が締結されるものとの正当な期待を生じさせた場合には,信義則に照らし,被告はその期待を侵害したことについて不法行為上の損害賠償義務を免れないものと解される。

  (2) そこで検討するに,原告は,本件フェーズ2契約締結から,本件覚書締結までの間,TED社から新たな要件の提示を次々受け,その対応を行っていたが,それと並行して,本件フェーズ2契約に基づき,既に完了した部分の基本設計に基づき,開発作業(プログラミング)を行っていたものと認められる(甲9,甲10,甲14の1ないし3,甲15,甲17,原告代表者,証人G。なお,甲11から甲20までの書証の提出によって,訴訟の完結を遅延させることとなるとは認められないから,これを却下しないこととする。)。ところが,本件覚書において,フェーズ2の位置付けは開発作業を含まない基本設計工程に変更されたことから,原告が既に行っていた開発作業の対価は,本件覚書による変更後のフェーズ2の代金総額1620万円の中では手当てされないこととなったといえる。にもかかわらず,原告が本件覚書の締結に応じたのは,被告から開発作業を含むフェーズ3(原告のいう新フェーズ3)が発注され,これによって開発作業の対価を回収することが可能であると期待したからであると認められる(甲10,原告代表者)。

 なお,被告は,そもそも原告が開発作業を行っていた証拠はない旨反論するが,前掲証拠によれば,本件フェーズ2契約の納期が迫っていたため,要件が変わっても後で利用可能な部分を中心に開発作業を行っていた旨の証人Gの証言は,実際にソースコードが作成されているなど裏付けを有し,信用することができる。

  (3) そこで,原告の前記期待のうち正当なものとして保護される範囲について,以下検討する。

   ア まず,フェーズ2の代金額として原告が本件再見積り1で提示した額から本件覚書締結までに減額された分(本件再見積り1におけるフェーズ2の1次モック及び2次モックの見積額合計1800万円と,本件再見積り2において提示され本件覚書で合意された1620万円の差額180万円)について見ると,TED社は,本件再見積り1を受けて,見積額の減額を要求する際,「フェーズ2減額分はフェーズ3へ移動してもよい。」という意向と,「フェーズ3については,新たな社内稟議が必要なので,プロジェクト続行の約束はできない。」という意向を,同時に述べたことが認められる(前記1)。

 このようなTED社の意向は,前記1のとおり,フェーズ3の発注を約束したものとは認められないとしても,やや不明確であるといわざるを得ないこと,その中でも代金の一部180万円についてはフェーズ3への移動が明示的に認められていること,その趣旨は,フェーズ3における実作業相当代金とは別に単純に180万円を上乗せして請求することができると解釈し得ること,当該移動分は本件フェーズ2契約に基づき原告が既に負担した費用であるにもかかわらずフェーズ2からの値引きを要求されたものであることに鑑みると,原告として,当該移動分については,追加発注による補填又は代替的な補償措置を受けられるものと期待することは無理からぬところであったといえる(なお,同様に移動の対象とされた3次モックの開発作業は,まだ行われていなかったところ,これについては損害としての主張立証がない。)。

 そして,被告は,代金の一部をフェーズ3に移動するとのTED社の意向に沿った本件メールを原告にもコピー送信した上で,本件覚書の締結に至ったのであるから,原告が上記期待を有するであろうことを認識可能であったといえ,上記期待を抱かせたことについて過失があるというべきである。

   イ 他方,原告が行った開発作業の費用のうち,上記移動分180万円を超える部分については,原告は,その支払を受けられるとの期待の裏付けを得ていない。原告としては,本件覚書締結に際し,開発作業の費用全額の支払を受けられるものと期待するのであれば,そのことを被告に伝達する機会があったといえるが,原告が,開発作業にどの程度費用がかかっているかを被告に伝えたり,その費用について別途支払を受けられるとの約束を取り付けたりしたと認めるに足りる証拠はない。

 原告は,TED社及び被告から,既に終了している開発作業に係る費用180万円及び作業に着手していない開発作業(3次モック)に係る費用200万円を新フェーズ3に移動するとの提案を受けたことによって,既に行った開発作業に係る費用の支払を受けられるものとの原告の期待が強められた旨主張する。しかし,上記提案をもって,明示された移動分以外の費用全額の支払を受けられるとの原告の期待を正当化するものとまで評価することはできない。

   ウ したがって,原告の前記(2)の期待は,移動分180万円について追加発注又は代替的な補償措置を受けられるものと期待した限度において保護されるものと解される。

 3 損害(争点(3))について

 前記2によれば,原告がTED社及び被告からフェーズ3への移動を提案された180万円に限り,原告の損害と認められる。なお,原告が実際に180万円以上の費用をかけて本件フェーズ2契約に基づく開発作業を行っていたことは,甲8,甲17,原告代表者の供述,証人Gの証言により,優に認められる。

 もっとも,フェーズ3の発注がされない可能性はTED社及び被告から示されていたのであるから,原告において,仮にフェーズ3の発注がされない場合に,移動分についてどのように取り扱われるのかなど,TED社の意向や本件メールの趣旨を被告に詳細に確認しないまま,本件覚書を締結した点は,原告の過失と評価されるから,4割の過失相殺を行うのが相当である。

 4 結論

 よって,原告の請求は,不法行為に基づき,損害賠償金108万円及びこれに対する訴状送達の日である平成25年5月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合(なお,前記期待の侵害の法的性質は不法行為であり,商事法定利率は適用されないものと解する。)による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余を棄却することとして,主文のとおり判決する。