福岡高裁平成24年7月31日判決〔交通事故の加害者の保険会社が示談及び訴訟の当初において過失を認めていたが後にこれを争った場合に不誠実な態度であるとして慰謝料が増額された事案〕

【オレンジ法律事務所の私見・注釈】

1 本件は、Y1が上記車両を運転中、同被告の過失により、道路横断中のXと上記車両とが衝突する交通事故があり、これによりXが受傷し、治療費等の損害を被ったとして、Xが、①Y1に対し、不法行為に基づく損害賠償として、②保険会社Y2に対し、被告Y1に対する判決が確定したときに、Y1の運転車両につき締結されていた任意自動車保険契約に基づく被害者からの直接の支払請求として、約2億5000万円の支払を求めた事案である。

2 原審は、Yらは運転上の過失があったと認定した上で、道路状況を含めた事故状況、Y1の過失の内容・程度、事故当時のXの行動等をふまえ、Xの過失を10%とするのが相当であるとした。

その上で、原審は、慰謝料について、Y2の担当者において、本訴提起前に、示談交渉を行い、Xの父に対し、Y1に過失があることを前提に、Xの過失割合を35%とする過失相殺の処理をした上での示談の提案をし、かつ、これ以上の増額の提案はできないので、訴訟を提起することを促したこと、また、本件訴訟において、Yらは、答弁書にて当初Y1の不法行為責任を認める旨の認否(主張)をしていながら、後に、その主張を撤回し、Y1の過失、不法行為責任を争うに至っていることを認定した上で、かかるY2の対応の変更については、不誠実なものであるというほかなく、X側において、不利益、精神的負担を強いられているのであるから、かかる事情を各慰謝料の算定の際に考慮することは許容されるとして、入通院慰謝料270万円、後遺障害慰謝料2100万円が相当であるとした。

3 そこで、Yらは控訴し、Yらが過失を争ったことを慰謝料増額事由として斟酌することは不当であるなどと主張した。

4 本件裁判所は、示談の提案をするまでに、事故の状況を検討した上で過失割合を算定するのに十分な時間(3年以上)が経過していること、示談の提案をする前提としてY2の担当者が把握していた事実と、訴訟において明らかになった事実とが大きく食い違うという事情もないことをふまえ、示談の提案が事案を十分検討しないでなされたものということはできないとし、訴訟係属後も、Yらは、答弁書においてY1の不法行為責任を認める旨の認否をしたにもかかわらず、後にその主張を撤回し、Y1の過失及び不法行為責任を争うに至ったことは、不誠実な態度であるとのそしりを免れないとして、上記事情を斟酌し、後遺症慰謝料を2100万円とした原審の認定は相当であるとして、Yらの控訴を棄却した。

5 これまでも、交通事故の事案において不誠実な態度を慰謝料に斟酌した下級審判例がある(名古屋地裁平成21・9・11判決)。

訴訟において、交渉及び訴訟等において不誠実な態度を慰謝料の増額事由と主張されることは少なくないが、著しく非常識な態度といえるような場合でなければ、これを慰謝料の斟酌事由とされることはない。

本件は、示談や訴訟当初から一変した保険会社の不誠実な態度が慰謝料を増額させた事案として、交通事故を取り扱う弁護士にとって実務上参考になろう。


■参考判例 名古屋地裁平成21年9月11日判決〔訴訟における主張が正当な権利主張を逸脱したものとして慰謝料の増額事由にあたるとされた事案〕

【原文】

主文

 一 本件控訴をいずれも棄却する。

 二 訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一 控訴の趣旨

 一 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

 二 被控訴人の請求を棄却する。

 三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二 事案の概要

 一(1) 本件は、控訴人Y1の運転車両につき、任意自動車保険契約が締結されていたところ、控訴人Y1が上記車両を運転中、控訴人Y1の過失により、道路横断中の被控訴人と上記車両とが衝突する交通事故があり、これにより被控訴人が受傷し、治療費等の損害を被ったとして、被控訴人が、① 控訴人Y1に対し、不法行為に基づく損害賠償として、元金二億二七四九万九六五三円、未払の確定損害金二八四三万五九二三円及び上記元金に対する平成二〇年九月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、② 控訴人会社に対し、上記保険契約に基づく被害者からの直接の支払請求として、控訴人Y1に対する判決が確定したときは、上記①の請求額と同額を支払うよう求めた事案である。

  (2) 原審は、被控訴人の請求のうち元金一億〇六五五万四六八二円及びこれに対する遅延損害金の範囲でこれを認めた。

  (3) 控訴人らは、これを不服として控訴した。

 二 事案の概要

 本件事案の概要は、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

 なお、被控訴人は、当審において、控訴人Y1の過失として、車両等は、交差点を通行するときには、当該交差点の状況に応じ、当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で通行する義務(道路交通法三六条四項)に違反したこと、交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所で歩行者が道路を横断しているときには、その歩行者の通行を妨げてはならない義務(同法三八条の二)に違反したことを追加した。

第三 当裁判所の判断

 一 当裁判所も、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないものと判断する。

 その理由は、次のとおり原判決の付加訂正等を行い、次項において控訴理由に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

  (1) 一三頁二一行目「証人A」を「被控訴人法定代理人親権者父A」に改める(なお、Aは被控訴人の法定代理人であるから、当事者本人尋問の手続により尋問しなければならない(民事訴訟法二一一条本文)。本件では、Aに対する尋問は証人尋問の手続により行われたので訴訟手続に法令違反があるが、当事者が遅滞なく異議を述べなかったことから、責問権は喪失しており、Aに対する尋問の結果は、当然に証拠資料となる。)。

  (2) 一四頁六行目「証人A」を「A」に改め、以下いずれも同様に改める。

  (3) 二〇頁二五行目「つまづく」を「つまずく」に改める。

 二 控訴人らの主張に対する判断

  (1) 控訴人Y1の過失について

   ア 控訴人らは、① 雨天時に時速四〇kmで走行する車両が遅滞なく停止措置をとった場合の制動距離が一七・一六mから二一・四九mであるところ(乙七)、被控訴人が飛び出したのを控訴人Y1が発見した時点で衝突地点の約一五m手前を走行していたのであるから(乙六の一、二)、控訴人Y1に衝突の回避可能性がなく、② 衝突地点の三四・二m手前で被控訴人を発見したとしても、フットブレーキをかけて急激に減速することは交通の円滑を阻害してかえって別の危険を生じさせるので、減速する義務もなく、いずれにせよ同人に過失はないと主張する。

   イ ①については、控訴人Y1には、道路交通法三六条四項、三八条の二及び七一条二号により、本件現場である交差点を通行するに当たり、道路、交通等の状況に応じ、当該交差点又はその直近で道路を横断し又は横断しようとする歩行者に危害を及ぼさないような速度と方法で運転すべき自動車運転上の注意義務があり、児童の飛び出し等に十分留意し、そのような事態が生じても、即応して直ちに停止が可能な速度で進行するなどすべき義務があった。それにもかかわらず、控訴人Y1はこれを怠り、漫然と時速四〇km程度の速度で控訴人車を進行させた過失により、被控訴人の飛び出しに対応することができず、急制動を講じたが及ばずに本件事故を惹起したものである。本件においては、控訴人Y1は、衝突地点の三四・二m手前で、被控訴人を含む子どもの一群が本件現場である交差点付近にたたずんでいるのを発見しつつ、上記速度で進行したのであるから、上記義務違反があることは明らかである。

 よって、被控訴人が飛び出した時点を基準として、制動距離から考えて急制動をかけたとしても結果回避可能性がないとする控訴人らの主張は、採用できない。

   ウ ②については、時速四〇kmで走行し、空走時間を〇・八秒にした場合、乗客に不快感を与えない程度にブレーキ操作をした場合の停止距離は二七・〇mとされている(乙一一)。

 控訴人Y1は、衝突地点の三四・二m手前で被控訴人を発見したのであるから、時速四〇km程度の速度で走行していたのであれば、乗客に不快感を与えない程度にブレーキ操作をしたとしても、衝突地点の約七m手前で停止することが可能だった。本件交通事故の時点で天候が小雨であり、路面が濡れていて制動距離が若干伸びる可能性があることを考慮しても、同程度のブレーキ操作により衝突地点よりも手前で停止できることに変わりはない。

 よって、控訴人Y1は、被控訴人を含む子どもの一群を発見してから余裕をもって停止することが可能だったといえるので、控訴人らの主張は採用できない。

  (2) 過失相殺について

 控訴人らは、仮に控訴人Y1に過失を認めるとしても、飛び出したのは被控訴人であるから、五〇%程度の過失相殺をすべきであると主張する。

 しかし、上記のとおり控訴人Y1は衝突地点の三四・二m手前で被控訴人を発見したにもかかわらず、漫然と時速四〇km程度の速度で本件交差点に進入したこと、被控訴人は本件事故当時七歳六か月弱であったことから、原判決の認定どおり、本件事故の過失割合は、控訴人Y1・九〇%、被控訴人・一〇%とするのが相当である。

  (3) 近親者付添費について

   ア 入院付添費

 控訴人らは、看護体制が整っていたのであるから付添費用は必要がなく、必要があるとしても日額八〇〇〇円は高額に過ぎると主張する。

 しかし、本件事故当時被控訴人は小学一年生であったこと、意識不明の重体であったことからすれば、看護体制が整っていたとしても、社会常識上付添の必要が認められる。また、被控訴人の年齢を考慮すれば、付添費日額八〇〇〇円は高額とはいえない。

   イ 自宅付添費

 控訴人は、退院後症状固定までの間、付添の必要が特に高かったと認めるだけの事情がないから、自宅付添費として日額四〇〇〇円は高額に過ぎると主張する。

 しかし、被控訴人は、当初介助されないと着替えができず、段差等もあがるのが困難で、つまずいたり、階段で転倒する危険もあった。症状固定時においても、次に何をすべきか自分で判断して行動することができないため、周囲からの確認や声かけが必要だった。よって、退院後症状固定まで自宅付添の必要性が認められるし、その場合の金額として日額四〇〇〇円が相当である。

  (4) 慰謝料について

   ア 入通院慰謝料について

 控訴人は、入院二か月、通院一か月(実通院日数八日×三)の場合と見て、いわゆる赤い本の入通院慰謝料別表Ⅰにより、一三九万円が相当であると主張する(乙一九)。

 しかし、被控訴人が入院した日数は一二七日であるから、入院日数は四か月を前提に入通院慰謝料を考慮すべきである。通院については、被控訴人は、平成二〇年七月二八日までの約二年二か月の間に七日もしくは八日しか通院していないため、通院日数を一か月として入通院慰謝料を算定すべきである。

 以上のとおり、被控訴人の入院日数を四か月、通院日数を一か月とした上、被控訴人の負った傷害がびまん性軸索損傷、急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、頭蓋骨骨折、骨盤骨折、肝損傷等であり、生死が危ぶまれるような重体であったことを考慮すれば、入通院慰謝料として二七〇万円を認めた原審の判断は正当である。

   イ 後遺症慰謝料について

 控訴人らは、控訴人らが過失を争ったことを慰謝料増額事由として斟酌することはきわめて不当であり、後遺症慰謝料を二一〇〇万円まで増額する必要はないと主張する。

 しかし、控訴人会社は、その担当者において、平成二一年四月ころ、Aに対し、本訴提起前の示談交渉に当たり、控訴人Y1に過失があることを前提に、その過失割合を三五%とする過失相殺の処理をした上での示談の提案をしたこと(甲三)、これ以上の増額の提案はできないので、訴訟を提起することを促したことが認められる。

 本件においては、本件交通事故が発生したのが平成一八年一月二〇日であるから、上記示談の提案をするまでに、事故の状況を検討した上で過失割合を算定するのに十分な時間が経過している。示談の提案をする前提として控訴人会社担当者が把握していた事実と、訴訟において明らかになった事実とが大きく食い違うという事情もない。よって、控訴人会社が行った上記示談の提案が、事案を十分検討しないでなされたものということはできない。

 さらに、訴訟係属後も、控訴人らは、答弁書において控訴人Y1の不法行為責任を認める旨の認否をしたにもかかわらず、後にその主張を撤回し、控訴人Y1の過失及び不法行為責任を争うに至っている。この主張の撤回自体は権利自白の撤回として許されるとしても、上記のとおり、事故から三年たった後にも控訴人Y1に過失があることを前提として示談交渉がなされていたことを考えれば、不誠実な態度であるとのそしりを免れない。

 被控訴人の親権者らは、以上のような控訴人らの態度の変更に憤り、被控訴人の将来を思うと不安になったというのであって、このような心情に至ったのも無理からぬところである。

 よって、上記事情を斟酌し、後遺症慰謝料を二一〇〇万円とした原審の認定は相当である。

  (5) 将来介護の必要性について

   ア 控訴人らは、C医師の意見書(甲一七)の信用性に疑問があるとし、症状固定ころのD医師の診察において身の回り動作能力が一〇項目すべて自立と診断されていること(乙四の二)、E医師の回答(乙一四)によっても将来の状況を具体的かつ的確に推定することは困難であること、被控訴人が退院以来学校生活をおおむね問題なく送り、成績も中程度であること、部活動に参加し自転車通学をしていることなどを理由として、将来介護の必要性がないと主張する。

   イ 原判決も詳細に認定しているところであるが、高次脳機能は幼少であるほど評価がしにくく、年齢が上がるにつれて、学習や生活面で要求される課題が高くなっていくと明らかになってきて、生活場面での困難度が増していくことが多い。症状固定のころは被控訴人は未だ九歳だったのであるから高次脳機能の評価がしにくく、D医師の診察をもって、被控訴人に将来介護の必要性がないということはできない。

 E医師の意見書(乙一四)も、被控訴人は介護保険法に定義される介護や支援が必要な状態ではないと述べるにとどまり、その余の記載は、むしろ将来介護の必要性をうかがわせる内容となっている。

 被控訴人が退院以来学校生活をおおむね問題なく送ることができたのも、小学校においては教諭や被控訴人の友人らの支援によるところが大きい。被控訴人は、中学校に入ってからは学習上の困難が生じていることがうかがわれ(甲三三)、むしろ、将来介護の必要性を基礎づけるものといえる。

 被控訴人はブラスバンド部に所属しているものの、指先を動かすためのリハビリ的な意味でクラリネットを担当しているのにとどまり、クラリネットを演奏できるわけではない(A・一四七項)。自転車通学をしているものの、自転車に乗っていて転倒することもある(A・一四八項)。

 C医師は、今後、被控訴人が日常生活を送るに当たって事故等を防止するためには、長期にわたる周囲の見守り、声かけなどの支援が必須となるとの診断を下しているが(甲一七)、同医師は小児神経学が専門で多数の臨床経験があること、尋問に対する回答内容が具体的かつ合理的であることから、上記診断の信用性は高い。

 よって、被控訴人に対しては、常時の介護が必要ではないとしても、症状固定後も親族等による随時の看視及び援助が必要な状況にあるものといえ、将来介護の必要性が認められる。

   ウ 以上のとおり将来介護の必要性が認められるところ、原判決は、介護費用について、症状固定後、被控訴人の母が六七歳となるころまでの二四年間については、主として近親者による看護を前提として日額三〇〇〇円を要するものとし、その後、平均余命を考慮し、さらに四二年間については、主として職業付添人による看護を前提としながら、常時看護が必要とまでは断じがたいことをふまえ、日額七〇〇〇円を限度に認めた。

 控訴人らは、上記介護費が高額に過ぎると主張するが、被控訴人の後遺障害の内容から考えて、上記介護費が高額であるとはいえない。

  (6) 弁護士費用について

 原審は、本件の弁護士費用として九六八万円が相当としているが、本件の事情を総合すると、上記弁護士費用が特に高額であるとはいえない。

  (7) 既払金に関する充当合意について

 本件においては、既払金のうち治療費については元本に充当する旨の黙示の合意を認定するに足りる証拠はない。

 三 以上のとおりであるから、原審の認定は相当である。

 よって、主文のとおり判決する。

主文

 一 被告Y1は、原告に対し、一億一九一一万五六二一円及び内一億〇六五五万四六八二円に対する平成二〇年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 二 被告会社は、原告の被告Y1に対する前項の判決が確定したときは、原告に対し、一億一九一一万五六二一円及び内一億〇六五五万四六八二円に対する平成二〇年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

 四 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

 五 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 請求

 一 被告Y1は、原告に対し、二億五五九三万五五七六円及び内二億二七四九万九六五三円に対する平成二〇年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 二 被告会社は、原告の被告Y1に対する判決が確定したときは、原告に対し、二億五五九三万五五七六円及び内二億二七四九万九六五三円に対する平成二〇年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要

 本件は、被告Y1の運転車両につき、任意自動車保険契約が締結されていたところ、被告Y1が上記車両を運転中、同被告の過失により、道路横断中の原告と上記車両とが衝突する交通事故があり、これにより原告が受傷し、治療費等の損害を被ったとして、原告が、① 被告Y1に対し、不法行為に基づく損害賠償として、損害額元金二億二七四九万九六五三円、未払の確定損害金二八四三万五九二三円及び上記元金に対する平成二〇年九月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、② 被告会社に対し、上記保険契約に基づく被害者からの直接の支払請求として、被告Y1に対する判決が確定したときは、上記①の請求額と同額を支払うよう求めた事案である。

 一 前提事実

 以下の事実は、当事者間に争いがないか、又は、括弧内掲記の証拠・弁論の全趣旨により容易に認められる。

  (1) 事故の発生

 次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(乙六の一)。

 発生日時 平成一八年一月二〇日午後三時三〇分ころ

 発生場所 福岡県八女郡〈以下省略〉先路上(以下「本件現場」という。)

 当事者 被告Y1、原告

 事故の態様 被告Y1が普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転し、本件現場付近路上を広川方面から久留米市荒木方面に向かい進行していた際、折から当該道路を横断してきた原告に衝突した。

  (2) 保険契約の締結等

 被告会社は、本件事故当時、a株式会社との間で、被告車につき交通事故を惹起させた場合には、それによる損害賠償額を補填することを目的とした任意自動車保険(対人賠償保険)契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。また、同保険契約における約款では、対人事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生した場合は、損害賠償請求権者は、被告会社が被保険者に対して支払責任を負う限度において、被告会社に対して、当該損害賠償額等の支払を請求することができる旨が定められている(甲四)。そして、被告Y1は、本件事故当時、a株式会社の従業員として勤務中に、その業務の執行につき被告車を運転していたところ、本件事故が発生したのであるから(乙一二)、これについて、被告会社は、本件保険契約に基づき、被告Y1の原告に対する当該賠償額が判決により確定した場合には、原告に対し、当該額を支払うべき義務を負う。

  (3) 原告の受傷等

   ア 原告は、本件事故により、びまん性軸索損傷、急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、頭蓋骨骨折、骨盤骨折、肝損傷等の傷害を受け、次のとおり、福岡県久留米市内のb病院にて入通院を要した(甲一七、乙一の一、二の一)。

 (ア) 入院

 平成一八年一月二〇日~同年五月二六日(入院日数一二七日)

 (イ) 通院

 平成一八年五月二七日~平成二〇年七月二八日(通院実日数七日)

   イ 原告は、平成二〇年七月二八日に症状固定した旨の診断を受け、自動車損害賠償保障法施行令別表第二に係る等級(以下「自賠責等級」という。)三級三号に該当する旨の認定を受け、その理由として、次の旨が指摘されている(甲二、一五、乙一五)。

 (ア) 注意力低下、左半身巧緻障害等の症状については、後遺障害診断書上、びまん性軸索損傷との傷病名の記載が認められている。この点、頭部画像上、びまん性軸索損傷をうかがわせる異常所見が認められ、また、受傷当初から意識障害が継続して認められることや、その後の症状の経過をふまえれば、本件事故の脳外傷に起因する高次脳機能障害が残存しているものと捉えられる。

 (イ) その障害程度については、後遺障害診断書上、「WISC―Ⅲ(ウィスク・スリー。知能検査) 言語性IQ:79、動作性IQ:57 全IQ:65」とされ、「神経系統の機能の障害に関する医学的意見」(b病院発行)上、「集中力はかけている様子」との所見が認められる。また、「日常生活状況報告」上、「じっとしていられずに、落ち着き無く動き回ったりする」ことが多くなっているとされる一方、食事動作、更衣動作、入浴動作等では左半身巧緻障害により手助けを要するとの記載が認められ、「神経系統の機能の障害に関する医学的意見」上、「走ったときにバランスをくずす、ボタンがうまくはめられない等 軽度障害あり」とされていることなども併せて総合的に評価すれば、「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服すことができないもの」として自賠責等級三級三号に該当するものと判断する。

  (4) 原告の損害の一部

 本件事故により原告が被った損害のうち、争いのないものは、次のとおり合計一六三万〇六〇六円である。

   ア 治療費 一四二万九六〇六円

   イ 入院雑費 一九万〇五〇〇円

   ウ 文書作成料 一万〇五〇〇円

  (5) 既払金

 被告会社から原告の損害につき、次のとおりの支払がされた。

 平成一八年二月二二日 二〇万八二二〇円

 同年三月一七日 三四万一九二三円

 同年九月二七日 八一万六九四四円

 平成一九年二月二七日 三万五七六九円

 平成二〇年九月四日 二万六七〇〇円

 二 主要な争点

  (1) 被告Y1の過失の有無(前方注視義務違反、徐行義務違反、安全運転義務違反等の有無)(被告Y1の不法行為責任を認める旨の主張の撤回の可否、この撤回が禁反言の法理に反するか否かを含む。)(原告の過失の有無・程度を含む。)

  (2) 本件事故による原告の損害・額(特に、将来介護費の必要性等)

 三 原告の主張

  (1) 被告Y1の過失等

   ア(ア) 被告Y1は、自動車の運転者として自車の進行方向に対する注視義務があったにもかかわらず、これを怠り、漫然と進行した過失により自車を原告に衝突させ、原告に傷害を負わせた。したがって、被告Y1は、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。

 (イ) 被告車は、本件事故当時、少なくとも時速六〇km以上の速度で進行していたものである。

 被告Y1は、原告を含む児童の一群を認識した時点で、直ちに被告車を徐行させていれば、原告が道路を横断しようとしても直ちに停止することが可能であったものであり、優に衝突を回避することができた。

 被告Y1は、当時の視認状況等からすれば、徐行義務(道路交通法七一条二号)、安全運転義務(同法七〇条)等に違反して本件事故を惹起したといえる。

   イ(ア) 被告らは、被告Y1が不法行為責任を負う旨の自白を撤回するが、この自白は、権利自白ではなく、過失を構成する主要事実を自白しているものであり、事実の自白としての拘束力が認められ、かかる自白の撤回は許されない。

 (イ) 被告らは、本件事故から一貫して被告Y1の不法行為責任を認めており、原告は、被告会社担当者の勧めにより、本訴提起に至ったものである。それにもかかわらず、被告らは、本件事故から三年一〇か月ほどが経過した時点で、これまでの態度を翻し、上記責任を否定するかのような主張をしており、これは、禁反言の法理に反する。

 このような被告らの態度は、原告及びその家族に対し、無用の不安や精神的苦痛を強いるものであり、慰謝料の算定において斟酌されるべきである。

   ウ 本件事故当時、七歳であった原告には、過失相殺として斟酌すべき事情はない。

  (2) 原告の損害

   ア 本件事故により原告に生じた損害は、前提事実(4)に加えて、次のとおりであり、合計二億二七四九万九六五三円となる。

 (ア) 近親者付添費 五〇四万三一五〇円

  a 入院付添費 一〇七万三一五〇円

 日額六五〇〇円×一二七日×一・三

 傷害が重篤であり、被害者が幼児であったことから三割増とした。

  b 自宅付添費 三九七万円

 日額五〇〇〇円×七九四日

 傷害が重篤であることにかんがみれば、退院後、症状固定時まで原告の日常動作に関して常に家族の見守り、手助けが必要であった。

 (イ) 交通費 七万六〇〇〇円

  a 通院交通費 二万八〇〇〇円

 タクシー代往復 四〇〇〇円×七日(通院日数)

  b 付添人交通費 四万八〇〇〇円

 ガソリン代 二万四〇〇〇円

 日額二リットル×一リットル当たりのガソリン単価一〇〇円×一二〇日

 駐車場代 二万四〇〇〇円

 日額二〇〇円×一二〇日

 (ウ) 慰謝料 二五五八万円

 入通院慰謝料 三五八万円

 後遺障害慰謝料 二二〇〇万円

 (エ) 逸失利益 九七六八万四二二五円

 基礎収入 四八八万二六〇〇円

 (賃金センサス平成一九年全労働者)

 新ホフマン係数 二〇・〇〇六六

 労働能力喪失率 一〇〇%

 (オ) 将来介護費 七六八〇万五六七二円

 原告は、後遺障害の程度からすると、原告に対する看視及び援助が常時必要な状況にある。

 症状固定時から原告の母親が六七歳となるまでの二四年間は近親者介護を要し、その費用を日額五〇〇〇円とし、その後原告が平均余命である七六歳になるまでは職業付添人による介護を要し、その費用は日額一万円として、次のとおりとなる(新ホフマン係数を用いる。)。

 五〇〇〇円×三六五日×一五・四九九七+一万円×三六五日×(二八・七九二五-一五・四九九七)

 (カ) 弁護士費用 二〇六八万円

   イ 被告会社からの入金額を民法四九一条により上記アで算出された額に法定充当すると、平成二〇年九月四日時点で、次のとおりとなる。

 損害額残元金 二億二七四九万九六五三円

 確定損害金 二八四三万五九二三円

 四 被告らの主張

  (1) 被告Y1の過失の否定

   ア 被告Y1は、時速四〇km弱で走行していたところ、原告が道路に飛び出すと同時にこれを発見し、すぐさま制動の措置をとったが停止できずに衝突したものとみられる。このように、被告Y1は、とり得る限りの衝突回避の措置をとったので、過失はない。被告らは、被告Y1が不法行為責任を負うことを認めた従前の主張(権利自白)を撤回する。

   イ 本件では、過失判断が容易ではなく、被告会社が任意の賠償交渉の段階で厳密な過失検討を行わなかったことにも相当な理由があり、当該自白の撤回は、禁反言の法理に反しない。

   ウ 本件事故当時、被告Y1は、徐行義務を負っていなかった。

  (2) 原告の損害等についての反論

   ア 近親者付添費

 (ア) 入院付添費は否認する。当該日額が高額に過ぎ、割増の必要性もない。

 (イ) 自宅付添費は否認する。原告は、退院後は概ね通常の日常生活を送っており、付添いを要する状況ではなかった。

   イ 慰謝料

 (ア) 入通院慰謝料

 一三九万円の限度で認める。

 (イ) 後遺障害慰謝料

 一九九〇万円の限度で認める。

   ウ 逸失利益

 四二二一万〇四八二円の限度で認める。

 基礎収入は、年額三四三万二五〇〇円とし、一〇歳に対するライプニッツ係数一二・二九七三を用いるべきである。

   エ 将来介護費

 否認する。原告は、細かい作業に若干の支障が生じているが、日常生活動作の上で介護を要するまでの状況にない。

   オ 弁護士費用

 争う。

   カ 法定充当の主張への反論

 原告の法定充当に係る主張は、争う。当該弁済は、原告の法定代理人である原告の両親の承認の下に、被告会社からb病院に対し、治療費として支払われたものである。したがって、原告と被告会社との間には、当該弁済を損害金元金(治療費)に充当する旨の少なくとも黙示の合意がある。

第三 当裁判所の判断

 一 被告Y1の過失の有無等

  (1) 前提事実並びに関係証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

   ア 本件現場付近の状況は、概ね別紙図面のとおりであった。本件現場を通る当該道路(以下「本件道路」という。)は、中央線が設けられ、片側一車線となっており、本件事故当時の被告車の進行方向からみて、右側には、歩道が設けられていた(乙六の一・二)。

 被告車が進行していた当該道路については、最高速度を時速四〇km、追越しのための右側部分はみだし禁止、駐車禁止の交通規制がされていた(乙六の一)。

 本件事故当時の本件現場付近の天候は、小雨であった(乙六の一・二、一二)(これを覆すに足りる証拠はない。)。

 被告Y1の裸眼での両目の視力は、〇・五又〇・六程度であり、本件事故当時、被告Y1は、裸眼で被告車を運転していた(被告Y1)。

   イ 本件事故当時の被告車の進行方向に従って周辺の状況をみると、本件現場より手前に信号機による交通整理がされているa交差点があり、そこを通過すると、その交差点付近の右側にc小学校がある。その小学校付近の当該道路沿いには、校門があり、その付近の電柱には「とび出し注意」との看板が設置されている。そこを通過すると、当該道路に沿って右側に町立d保育園があり、そこを通過すると、当該道路は、緩やかに左に曲がっており、当該カーブを通過すると、ほどなく本件現場に至る(甲五~七)。

   ウ 本件事故当時、被告Y1は、a株式会社の営業担当の従業員として勤務しており、その勤務中、福岡県八女市内の客先から福岡市内の営業所に戻る途中、被告車を運転して本件現場にさしかかり、本件事故を惹起したものであった(乙一二)。

 被告Y1は、本件事故当時、被告車を運転し、概ね次のような経過となったものとみられる。

 時速四〇km程度の速度で本件現場にさしかかり、被告車が別紙図面の1(正確には丸で囲まれた数字である。以下、表記する同図面上の各地点の表示については、いずれも正確には丸で囲まれているものであるが、便宜上、丸を外した形で表記するものとする。)の地点で、同図面のAの地点の子供らの一群を見つけ、被告車が同図面の2の地点で、本件道路右側の上記一群付近から走って飛び出してきた原告が同図面のアの地点に来ているのを見つけ、急制動の措置を講じたが及ばず、被告車が同図面の3の地点で、自車前部右側を原告に衝突させ、原告は、被告車のボンネット上に乗り上がる形となった後、被告車左側の路面上に落下・転倒した(乙六の一・二、一二、被告Y1)。

  (2) この点、証拠(被告Y1)において、同被告は、上記(1)ウと異なる陳述をする部分があるが、同証拠における同被告の陳述は、本件現場に至る前の時点で、フットブレーキを踏んで減速させたのか、あるいは、アクセルペダルから足を離してエンジンブレーキのみにより減速させたにとどまるのかなどといった部分につき、自己の陳述録取書(乙一二)とも異なる陳述をするなど、あいまいな印象を受ける部分が散見され、原告が飛び出してきた場所や、原告を初めて確認した地点についても、実況見分調書(乙六の一)と異なる印象を受ける陳述をする部分があり、これは、目撃者立会・指示による実況見分調書(乙六の二)の記載内容とも矛盾するように思われ、陳述の一貫性や裏付けに乏しく、信用性に乏しいというほかない。

 なお、原告は、本件事故当時の被告車の速度が時速六〇km以上であったなどと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。ただし、他方で、被告Y1が、本件事故当時、実際にメーター等により速度を確認しながら被告車を運転していたとまでは認められず、本件現場に至る前にフットブレーキで減速したり、アクセルペダルから足を離してエンジンブレーキにより減速したかどうかについても、被告Y1の陳述に変遷があって認定困難であり、本件道路のカーブの存在等の道路状況をふまえると、本件事故当時の被告車の速度については、概ね時速四〇km程度であったと認定できるにとどまる。

  (3) そこで、上記を前提に検討するに、本件現場付近の本件道路の状況からすると、別紙図面のとおり、車道と歩道の区別はされているものの、歩道と車道側の路側帯との間は、せいぜい縁石が設置されている程度にとどまり、小学生程度の児童であっても容易にその縁石を乗り越えるなどして車道内に進入することが可能な状況にあったといえる。また、本件現場は、別紙図面のとおり、被告車の進行方向からみて、右側に交差道路があるほか、左側にも川原へ下るあぜ道があって、(少なくとも丁字路の)交差点となっており、本件事故当時の被告Y1においても、少なくとも道路右側の交差道路との関係で、本件現場付近が交差点となっていることは容易に認識でき、別紙図面のAの地点にいた子どもの一群は、歩道上ではなく、同図面のとおり、当該交差道路が本件道路に接する付近の道路上にいたものであって、被告Y1は、これを認識していたものといえる(甲七、乙六の一・二)。

 そうすると、当時の原告はもちろん、当該子どもの一群も、小学生であったものと推察され、いずれも児童に該当し、被告Y1は、遅くとも別紙図面の1の地点付近で、本件現場付近に児童がいることを認識したといえるほか、上記一群がいた場所や、当時の時間帯等からみて、下校途中等のため、本件道路沿いの歩道等を歩行中に、当該Aの地点で立ち止まっているに過ぎず、この一群が動き出す可能性を容易に認識し得る状況にあったといえる。

 そして、道路交通法七一条二号の「歩行」とは、人が歩いて行動する場合をいうので、同号の規定の趣旨及び保護対象者の特質等から考えると、通常の速度で歩いているときはもちろん、走っている場合も含まれると解され、道路の右側・左側の別を問わず、斜め横断や道路の中央歩行であっても差し支えないと解される。同号の義務は、保護対象者に危険が及ぶ位置関係にあるときに生ずるものと考えられる。

 したがって、被告Y1は、当時視力が十分な状態でなかったにもかかわらず、裸眼のまま運転していたことも併せると、本件事故当時、上記子どもらの一群を認識した時点で、道路交通法七一条二号又はこれに準じて道路、交通等の状況に応じ、児童を含む他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転すべき自動車運転上の注意義務があり、児童の飛び出し等に十分留意し、そのような事態が生じても、即応して直ちに停止が可能な速度で進行するなどすべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、漫然と時速四〇km程度の速度で被告車を進行させた過失により、原告の飛び出しに対応することができず、急制動の措置を講じたが及ばずに本件事故を惹起したものといえる。被告Y1が上記一群を認識したのは、別紙図面の1の地点であり、そこから三四・二m先(同図面参照)の本件事故の地点(同図面の3)に至るまでに、上記義務を履践する時間的・距離的余裕は十分にあったといえ、被告Y1に回避可能性がなかったなどということはできない。

 よって、被告Y1には過失があったというべきである。

  (4) 過失相殺の可否等につき検討するに、本件事故当時、原告(平成一〇年○月○日生)は、七歳六か月弱であったものであり、証拠(甲二六、乙四の一、証人A〈以下「A」という。〉)によっても、その当時、原告が事理を弁識する能力を全く欠いていたとは認め難いが、他方で、その年齢や事故状況からすると、上記能力を十分に有していたとまでは認められない。したがって、当該損害の算定に当たり、原告の過失を斟酌することは許されるが、原告が上記能力を十分には有していなかったことを考慮して当該過失割合につき判断すべきである。

 そこで、これまで認定した道路状況を含めた事故状況、被告Y1の過失の内容・程度、事故当時の原告の行動、原告の上記能力の程度をふまえると、本件事故の過失割合については、被告Y1・九〇%、原告・一〇%とするのが相当である。

 二 原告の損害・額等

  (1) 証拠(甲一七、二六、二七、Bの回答書、証人A)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

   ア(ア) 原告に認められるびまん性脳損傷・びまん性軸索損傷は、交通事故等で強い外力が脳に加わった時、脳に回転力が生じ、脳深部が断裂して、軸索の損傷が起こる病態をいう。好発部位は、大脳皮質、脳梁や脳幹部である。

 びまん性脳損傷・びまん性軸索損傷により、運動障害や高次脳機能障害を来すことは周知の事実であり、原告についても、上記損傷等により、境界知能、高次脳機能障害、左上肢の軽度運動機能低下が生じたものとみられる。

 原告のように、受傷当時小児であった場合、成人の場合とは異なり、一八歳ころまで脳の発達がみられるが、びまん性脳損傷・びまん性軸索損傷によって正常の発達が阻害されることが多い。高次脳機能は、幼少であるほど評価がしにくいが、年齢が上がるにつれて、学習や生活面で要求される課題が高くなっていくと明らかになってきて、生活場面での困難度が増していくことが多い。

 (イ) 原告については、びまん性脳損傷、急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、頭蓋骨骨折、骨盤骨折という脳全体への傷害、全身への傷害が生じており、このことからすると、もっと後遺障害が重くても不思議ではないが、小児であったため脳の可塑性(復元力)が成人よりも大きいため、現状の程度の障害にとどまっているものとみられ、これは極めて幸運といえる。寝たきりになるような重度の運動麻痺や、高度な知的障害(精神遅滞)をきたしてもおかしくない受傷であったと思われる。ただ、いまだ脳の発達途上であるため、本当の脳機能障害の後遺障害評価が明確になっていくのは、これからである。

   イ(ア) 原告は、本件事故後、b病院に入院し、平成一八年一月二〇日~同年二月二二日の間、NCU(脳神経外科集中治療室)で治療を受け、その後、同日以降本館一般病棟に、同年三月二四日以降は、リハビリ医療センター病棟に移り、同年五月二六日に退院した。

 (イ) 原告がNCUにいた間、原告の父は、原告の母を毎日上記病院に送り、仕事が終わった後、上記病院へ行き、原告の母とともに自宅に戻る生活をしていた。

 原告が一般病棟に移った後は、基本的には原告の母が上記病院に泊まり込んで、上記病院での付添看護を続け、原告の父は、原告の母と交代で休日の前日の夜に上記病院に行き、その休日の夜まで上記病院で過ごす生活をし、休日以外でも昼休みや仕事の合間を見つけて、日々b病院に通った。一般病棟で原告の母又は父が泊まり込む際には、別個のベッドが用意されていたわけではなく、原告が寝ていたベッドで添い寝をする形で就寝していた。

 原告がリハビリ医療センター病棟に移ってからは、原告の母は、独立した簡易ベッドで就寝することができるようになった。

 (ウ) 原告は、平成一八年五月二六日、b病院を退院し、同年六月一日からc小学校に復学した。その当初しばらくは、原告の母や祖母(原告の父の母)が、上記小学校まで一緒に付き添って通学しており、上記小学校では、教諭ら、原告の友人らが原告を支援してきた。

   ウ(ア) 原告の現状については、運動が苦手であり、バランス感覚に問題があり、ぎこちない動きをし、足の運びに難があり、つまずいたり、転んだりすることが多く、かすり傷、擦り傷が絶えない。洋服の脱ぎ着等の際に手助けが必要なことが多い。手先の動きにつき、細かい作業等ができないことが多く、上記小学校で始まった裁縫については、全くできない。ボタンを留めるのも苦手で、ジーパンのボタンを留めることはできないし、蝶々結びもできない。洗面器を使えずにシャワーに頼ることが多かったり、食事の際に食べ物をこぼすことがある。学業については、算数が苦手であり、原告の父が、分数や小数点等が入った計算問題を原告に教えながら問題を解いているときには理解しているようでも、しばらく時間をあけて同じ問題を解かせると、原告が計算方法を忘れていることがままある。原告は、文章から計算式に変更するような問題については、理解していないことが多い。

 (イ) 原告は、友人関係については、特定の友人とかなり仲が良いが、上記小学校等で多人数全体で遊んでいるような場合に、他の児童らから離れて下がって見ている状態のときがある。

 (ウ) 原告は、自分で次にすべきことを考え出して作業を進めていくなどといったことができないため、自宅においては、原告の父母等の周囲の者が、原告に対し、具体的な指示をしなければ、日常生活をすることができず、バランス感覚に問題があり、転倒の危険もあるので、自宅内で原告のみにすることはなく、他者が手助けや、声かけ等をして見守るようにしている。

   エ 原告の担当医師による平成二二年七月ころ(あるいは、それ以降平成二三年ころまで)の当時の原告についての意見は、次のとおりである(かかる意見は、各種検査結果、診察所見をふまえたものであり、予後に関する意見についても基本的には蓋然性の高いものであると思料するところであり、これを覆すに足りる証拠はない。)。

 (ア) 原告の日常生活における問題点及び検査所見、診察所見を総合した所見は、次のとおりである。

  a 学習面に関しては、ひらがなの読みに関する問題はないが、算数や書字に困難がある。全体的知能が、平成二〇年の検査値よりも回復してはいるが、全IQ74と境界域であることやDN―CAS認知評価システムにおけるプランニング(目の前の状況を把握して認知すること、順序立てて考えをまとめること、衝動的な反応や行動を抑えて熟考すること、現在の状況と過去の記憶を照らし合わせて判断すること)や、注意機能(提示された刺激と競合する妨害刺激に対する反応を抑制し、特定の刺激に選択的注意を向けること)の低さから、学年が上がるにつれて、ますます学習上の遅れが目立ってくる、特に中学以降は、特別支援教育を受ける必要性が高いと考える。

  b 友達関係は、悪くないが、一歩下がって遊んでいる。保護者によると感情面でほとんど怒ることはなく、トラブルは苦手な様子という。学年が上がり、友達関係や遊びが複雑になってくると、自信のなさや不安感から孤立していく可能性がある。少なくともリーダーシップをとって物事を行っていくことは困難であると思われる。子どもの行動チェックリスト(CBCL)の保護者評価でも、社会性の問題が九八パーセンタイル(一〇〇人の子どもを集めて、注意に問題ない子どもから集めて九八番目ということ)を超えており、病的に高い(高度に幼い、大人に頼る、太り過ぎている、付き合い方が不器用であるなど)。

  c 運動面では、小学校低学年レベルの協調運動はできているが、b病院リハビリテーションセンターでの平成二一年一〇月三〇日の評価では、左上肢の軽度運動機能低下を認める。教師の記述で、新しい動きを覚えるのに時間を要するとの記載がある。蝶結びもできていないので、微細運動、粗大運動ともに低下があるものと考える。

  d 行動や注意機能について、保護者による不注意、多動・衝動性のチェックリストでは、不注意が九五パーセンタイル以上と高く(行動が幼い、注意が続かない、落ち着きがない、ボーっとして他の考えにふける、勉強に集中できず成績が悪いなどの問題点がある。)、CBCL保護者評価でも注意の問題が異常高値である。DN―CASでは、不注意とプランニングが低く、注意機能や実行機能(プランニング)に大きな問題を持っていることがはっきりした。不注意と実行機能(プランニング)が低いと、学習や仕事にも多大な影響を及ぼすことが知られている。

 (イ) 原告は、小学生で、事故後ということもあり、教師や両親による指示や声かけによる支援が他の生徒以上にされており、保護された環境で比較的不自由なく過ごしているようにみえる。しかしながら、中学校入学以降は、学習内容や日常生活で要求される実行機能課題も高度になっていく反面、高次脳機能障害に由来する記憶・記銘力の障害、遂行能力の障害の影響が大きいため、生活ないし学習上の行動に支障をきたすことが多く、同世代の者が対応できるような課題でも原告単独での解決が困難になっていくことが予想される。したがって、今後原告が日常生活を送るに当たって事故等を防止するためには、長期にわたる周囲の見守り、声かけなどの支援が必須になる。

 (ウ)a WISC―Ⅲ知能検査結果は、境界知能であり、学習に強く関わっている実行機能や知能の問題もあるため、将来的に知能が年齢相当の発達を示さない可能性が高い。知能検査の結果も少しずつ下がっていくことが予想される。個人差はあるが、小児期に境界域であった人が、青年期に達して、IQが50~60台に低下するというのはよく経験することである。また、知的障害に加えて、年齢に見合った社会性が育たないと、一般就労にも困難を生じるし、日常生活にも多くの困難を生じる。

  b 上記知能検査で境界知能であることは、正常知能の子に比べて全体的認知能力が劣るということで、それに基づく日常生活や学業での困難から、CBCLで示されるような社会性、注意に係る問題行動が起きやすい。DN―CASでもプランニングや不注意等、認知機能の問題があるため、ADHD(注意欠陥・多動性障害)レーティングスケールⅣで不注意得点が異常高値という行動特性を引き起こすこととなる。

  c プランニングが弱いと、家庭や学校で当たり前にできるはずの日課(食事、更衣、登校、帰宅後の宿題の実行、入浴、翌日必要な物の準備等)で、何を今すべきか、すべきことの優先順位を判断できず、結局はできない。親から何回も指摘されたり、教師や友達から指示されて初めて課題が遂行できることも多い。学年が上がり、要求される課題が難しくなるほど、困難は大きくなる。

  d 原告については、中学入学以降、学年が上がるにつれて上記のような障害・問題が目立ってくると考えられ、中学では特別支援教育が必要となり、高校については公立高校入学、大学進学が困難になる可能性が高い。これは、学習内容が難しくなる一方、認知機能の発達が頭打ちになるからである。

  e このような障害・問題に対処するためには、親族を含む第三者によるフォロー・援助が必要であり、具体的には次のような働きかけが必要である。

 予定表を作成し、確認しながら実行させる。

 視覚的なもの(写真や図)を用いて説明する。

 一度にたくさんの指示を出さず、一つのことが終わったら、次の指示を出す。

 注意をひきつけてから話す。正面から話をする。

 指示されたことにつき、復唱させたり、メモをとらせる。プリントを用意する。

 できないことを非難しない。できたこと、よいことはすぐに褒める。

 適度に休憩を入れる。

 聞いたことを理解できない場合も、何度も繰り返しわかりやすく時間をかけて説明する。

 学習面での遅れにつき、適切な教材(ます目を大きくするなど)、個別指導、パソコン、計算機等を使用する。

  (2) そこで、原告の損害・額につき検討する。

   ア 近親者付添費 四一九万二〇〇〇円

 (ア) 入院付添費

 原告は、入院当初重篤な症状であったものであり、これに対し、主として原告の母が泊まり込みで付き添い、当初から原告に対し、声かけ等に努め、原告において、動作がみられるようになってからは、車椅子に乗る際の介助や、転倒等した際の補助等を行い、原告の父もまた頻繁に面会に来たり、原告の母と交替して付き添っていたものと認められる(甲二六、二七、証人A)。かかる事情をふまえると、当該入院付添費として日額八〇〇〇円を認めるのが相当である。そこで、次の計算式のとおりとなる。

 八〇〇〇円×一二七日=一〇一万六〇〇〇円

 (イ) 自宅付添費

 原告は、平成一八年五月二六日b病院を退院した後も、当初着替え等については介助しないとできない状態であり、また、段差等を上がることも困難で、つまづくことが多い状態が続いており、自宅内には階段等があったため、概ね常時家族のいずれかが付き添っていた状況であったことが認められる。なお、原告は、平成一八年六月一日から復学しており、担当教諭の配慮もあり、一応の通学・学校生活を続けることができていたものと認められ、症状固定と診断された平成二〇年七月二八日ころの時点においても、日常活動の一部につき確実に行うためには周囲からの確認や声かけが必要な状態であったものと認められる(甲二七、乙三の二、四の一、証人A)。

 したがって、この退院後、症状固定までの七九四日間については、自宅等において、少なくとも随時看視、声かけ、介助といった近親者による看護が必要な状況にあったものといえ、その費用としては、日額四〇〇〇円を認めるのが相当である。したがって、次の計算式のとおりとなる。

 四〇〇〇円×七九四日=三一七万六〇〇〇円

   イ 交通費 二万四〇〇〇円

 (ア) 通院交通費

 原告は、通院交通費(タクシー代)に係る主張をするが、これを裏付けるに足りる証拠はなく、当該交通費を認定することはできない。

 (イ) 付添人交通費

  a ガソリン代については、当該入院当時の原告の父等のb病院に至るまでの経路(どの部分の経路が同病院に向かう、あるいは同病院から去る費用として、特段の費用を要したのか)等につき、具体的な立証はなく、本件事故と相当因果関係のある損害として認定することが困難である。当該入院の当時、原告の父等が一定程度のガソリン代の負担を要したことが推察されるが、かかる事情については、入通院慰謝料の算定において考慮することとした。

  b 駐車場代については、当該入院の当時、原告の父が、連日のように上記病院を訪れるなどしていたことが認められ、上記病院の駐車場代として一回につき少なくとも二〇〇円程度を要していたものと推認されるので(甲二六、証人A、弁論の全趣旨)、本件事故と相当因果関係のある損害として、次の計算式のとおりの額を認めるのが相当である。

 二〇〇円×一二〇日=二万四〇〇〇円

   ウ 慰謝料 二三七〇万円

 (ア) 原告の当該入通院期間、通院実日数、受傷内容等、諸般の事情を考慮すると、入通院慰謝料として、二七〇万円を認めるのが相当である。

 (イ) 原告の後遺障害の内容等、諸般の事情を考慮すると、後遺障害慰謝料として、二一〇〇万円を認めるのが相当である。

 (ウ) なお、被告会社においては、その担当者において、本訴提起前に、示談交渉を行い、原告の父に対し、平成二一年四月ころ、被告Y1に過失があることを前提に、原告の過失割合を三五%とする過失相殺の処理をした上での示談の提案をし、かつ、これ以上の増額の提案はできないので、訴訟を提起することを促したことが認められる。また、本件訴訟において、被告らは、当初被告Y1の不法行為責任を認める旨の認否(主張)をしていながら(答弁書)、後に、その主張を撤回し、被告Y1の過失、不法行為責任を争うに至っている(平成二一年一二月一七日付け準備書面(1)等)(甲三、二六、証人A)。

 この点、被告らは、その主張において、当初、被告Y1の過失を認める旨明示していたものではなく、上記不法行為責任を認める旨を主張するにとどまっていたことからすれば、直ちに(被告Y1の過失を認める旨の)事実の自白をしていたものと断じることはできず、権利自白に過ぎなかったものとして、その拘束力を認めることは困難と思われる。また、被告らにおいて、被告Y1の過失の有無につき改めて検討した結果、かかる主張の撤回に至ったものと認められ(弁論の全趣旨)、この撤回が禁反言の法理に反するとまで断じることも困難なように思われる。

 しかしながら、被告会社の担当者においては、本訴提起前、終始被告Y1の過失の存在を前提として示談の交渉を行い、その前提で、訴訟提起を勧めるなどしていたことが認められ、被告Y1の過失を争う可能性があるかのような姿勢を示していたとは認められず(甲二六、被告Y1)、かつ、被告会社においては、本件事故当日の事故受付の手続において、「対向車が通り過ぎた後、対向車陰より子供が飛出し衝突」などという内容で、本件事故の態様の概略を認識していたことが認められる(乙一三)にもかかわらず、本件事故後、比較的長期間が経過した後に、突如被告Y1の過失を争うに至り、その結果、原告側においては、それに対する対応を強いられ、原告の父母(法定代理人親権者)においては、かかる被告会社の対応の変更に憤り、原告の将来を思うと不安でならない状況に陥っていることが認められる(甲二六、二七、証人A)。そうすると、かかる被告会社の対応の変更については、不誠実なものであるというほかなく、その結果、原告側において、上記のとおりの不利益、精神的負担を強いられているのであるから、かかる事情を各慰謝料の算定の際に考慮することは許容されるものと思料する。そして、このように考慮した結果が、上記(ア)、(イ)である。

   エ 逸失利益 五一八六万七三七二円

 基礎収入については、原告主張のとおり、全労働者平均年収として、四八八万二六〇〇円を用いるのが相当であり、原告の後遺障害の内容(自賠責等級三級)からすると、労働能力喪失率は一〇〇%とする。

 原告(事故当時七歳)の事故時から六七歳までの六〇年のライプニッツ係数が一八・九二九三、事故時から一八歳までの一一年のライプニッツ係数が八・三〇六四であり、その両係数の差が一〇・六二二九であるので、これを用いるべきであり、逸失利益については、次の計算式のとおりとなる。

 四八八万二六〇〇円×一〇・六二二九≒五一八六万七三七二円

   オ 将来介護費 二六二二万四五五七円

 前記(1)で認定した原告の後遺障害に係る事情からすると、原告に対しては、症状固定後も親族等による随時の看視及び援助(声かけ、指示等)が必要な状況にあるものといえ、症状固定後、原告の母(昭和三九年九月生)が六七歳となるころまでの二四年間については、主として近親者による看護を前提として日額三〇〇〇円を要するものとし、その後、平均余命を考慮し、さらに四二年間については、主として職業付添人による看護を前提としながら、ただし、常時看護が必要とまでは断じ難いことをふまえ、日額七〇〇〇円を限度に認めるのが相当と思料する。

 そこで、中間利息控除については、ライプニッツ係数を用い、二六年の係数から二年の係数を控除した残数一二・五一五八、六八年の係数から二六年の係数を控除した残数四・九〇〇一を用いると、次の計算式等のとおりとなる。

 三〇〇〇円×三六五日×一二・五一五八=一三七〇万四八〇一円

 七〇〇〇円×三六五日×四・九〇〇一≒一二五一万九七五六円

 上記両算出額の計 二六二二万四五五七円

   カ 上記オまでの合計等

 (ア) 上記ア~オの合計は、一億〇六〇〇万七九二九円となり、これに前提事実(4)の損害額を加算すると、一億〇七六三万八五三五円となり、これに前記一(4)のとおりの被告Y1の過失割合九〇%を乗じると、約九六八七万四六八二円となる。

 (イ) 上記額のほか、本件訴訟の経過等、本件に顕れた諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として、九六八万円を認めるのが相当であり、これを上記(ア)の過失相殺後の算出額に加算すると、一億〇六五五万四六八二円となる。

 (ウ) そこで、上記額につき、前提事実(5)のとおりの既払金を法定の充当方法に従い充当すると、別紙計算書のとおりとなる。なお、被告らが主張するような既払金の充当に係る合意の存在を認めるに足りる証拠はない。

 三 結語

 以上の次第で、原告の請求は、主文一項及び二項の限度で理由があり、その余は理由がない。

 よって、主文のとおり判決する。