(参考判例)名古屋地裁平成21年9月11日判決〔訴訟における主張が正当な権利主張を逸脱したものとして慰謝料の増額事由にあたるとされた事案〕

【オレンジ法律事務所の私見・注釈】

事故により死亡した年金受給者である女性の死亡慰謝料について,加害者が,訴訟の当初,本件事故と被害者の死亡との因果関係を認めようとせず,無過失あるいは5割の過失相殺を主張していたことにつき,本件事故態様等からすると,正当な権利主張を逸脱したものといえるとして,慰謝料の増額理由に当たると認めて,2200万円を認めた事案。


■参考判例 福岡高裁平成24年7月31日判決〔交通事故の加害者の保険会社が示談及び訴訟の当初において過失を認めていたが後にこれを争った場合に不誠実な態度であるとして慰謝料が増額された事案〕

【原文】

主文

主文

 一 被告は,原告に対し,三一〇一万三九一〇円及びこれに対する平成一九年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 二 原告のその余の請求を棄却する。

 三 訴訟費用はこれを五分し,その一を原告の,その余を被告の負担とする。

 四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 請求

 被告は,原告に対し,三八八九万〇七三六円及びこれに対する平成一九年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要

 本件は,原告の亡母A(以下「A」という。)と被告との間の交通事故(以下「本件事故」という。)につき,原告が,被告に対し,自動車損害賠償保障法三条の運行供用者責任に基づき,三八八九万〇七三六円及びこれに対する本件事故の日である平成一九年八月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 一 前提事実(争いのない事実及び後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

  (1) 本件事故の発生

   ア 日時 平成一九年八月六日午後七時一五分ころ

   イ 場所 広島県三原市港町三丁目四番一三号 やき鳥「○○」先路上

   ウ 加害車両 自家用普通乗用自動車(車両番号〈省略〉。以下「被告車両」という。)

   エ 同運転者兼所有者 被告

   オ 歩行者 A

   カ 事故態様 道路横断中の歩行者に加害車両が衝突したもの

  (2) 被告の責任原因

 自動車損害賠償保障法三条の運行供用者責任

  (3) 本件事故による原告の受傷及び死亡

 原告は,本件事故による脳挫傷により平成一九年八月七日に死亡した(甲一二の一・二,乙二の四)。

  (4) 相続関係

 Aの相続人としては,子が二名(原告とB)存在していたが,これら相続人は,平成二〇年一月二八日に遺産分割協議を行い,本件事故によるAの損害賠償請求権を原告が全部取得するという内容の遺産分割協議が成立した(甲一六)。

 二 争点

  (1) 本件事故の態様及び過失相殺

   ア 被告の主張

 本件事故は,被告が被告車両を運転し,本件事故現場である交通整理の行われていない丁字路交差点に向けて進行し,宮沖一丁目方面から円一町一丁目方面に向けて右折しようとしていたが,被告が,別紙交通事故現場見取図(以下「別紙図面」という。)①の地点で被告車両を一時停止させ,左右の動静を確認したところ,同図面で「やき鳥 ○○」と表示される店舗の前に二人の人が立っていたものの何ら横断者等は存在しないことが確認できたため,再度,被告車両を上記丁字路交差点に向けて時速約一〇~一五キロメートルで進行させ,同図面②の地点で左方を確認し,右折を開始し,進行方向である右方に目を戻したところ,同図面③の地点で被告車両が既に右折を開始しており,かつ,横断歩道が南北に各二〇メートル先に存在するにもかかわらず,横断歩道を使用せず,上記丁字路交差点の右折方向出口付近道路を小走りで横断しようとしていたAを同図面の地点で認め,急制動の措置を取るも間に合わず,被告車両前部をAに衝突させた事故である。

 本件事故は,専ら,Aが,右折を開始していた被告車両の存在を認めるべきであったにもかかわらず,横断歩道を使用せず,右折方向出口付近の車道を安全確認を懈怠して小走りで横断しようと飛び出したために発生した事故である。

 他方,被告は,被告車両を丁字路交差点に向けて進行させるにあたり,右方の確認をし,横断者がいないことを確認後,丁字路交差点の右折進入に不可避的に必要となる左方の確認を行っているのであり,左方の安全確認のために日を離した一・六秒から二・四秒の間Aの発見が遅れたことをもって過失があるとはいえない。

 仮に,被告に前方注視義務違反の過失があり,責任が認められたとしても,少なくとも五割の過失相殺がされるべきである。

   イ 原告の主張

 被告は,前記日時場所において,普通乗用自動車(加害車両)を運転中,交通整理が行われていない丁字路交差点を右折するにあたり,前方左右の安全確認をする義務があるのにこれを怠り,漫然と進行を続け,折から同交差点を東から西に向かって横断歩行中のAに加害車両を衝突させて脳挫傷の傷害を負わせて死亡させたものである。本件事故は,道幅が広い道路を横断中の歩行者に対し,道幅が狭い道路から出て右折しようとした四輪車が衝突した事故類型であり,Aが満八〇歳という高齢者であったことなども考慮すれば,Aには過失相殺をすべき過失はないというべきである。

 Aが横断しようとしていた道路は車道部分の幅員がわずか七・五メートルにすぎない。したがって,Aが高齢者であるとしても,これを横断すること自体に全く問題はない。また,本件事故現場から北に二〇メートル以上離れた地点に横断歩道があったとしても,当時八〇歳と高齢であったAにわざわざ二〇メートル以上も離れた不便な横断歩道まで行ってから道路を横断することを要求するのは不当であり,Aが横断歩道を渡っていなかったことをもって過失相殺事由とするのは当を得ない。Aは飛び出していないし,ゆっくり歩いていたのであり,小走りで横断したものではない。

  (2) 損害額

   ア 原告の主張

 ① 治療費 二七万四一〇六円

 Aは,本件事故後,すぐに広島県三原市内の土肥病院に救急車で搬送され,救命救急治療を二日間にわたって受けた。その際,治療費として,同市内の山田脳神経外科の治療費と合わせて二七万四一〇六円を要した。

 ② 入院雑費 三〇〇〇円

 上記病院での入院雑費として一日一五〇〇円の二日分の三〇〇〇円が相当である。

 ③ 葬儀費 一七三万四三九九円

 Aの葬儀には一七三万四三九九円を要した。

 ④ 逸失利益 一〇一五万三三三七円

 Aは,昭和○年○月○日生まれであって,本件事故による死亡当時八〇歳であった。Aは,生前に厚生年金(老齢年金と通算老齢年金)を受給していたが,年額は合計で一七四万六三〇〇円であった。また,満八〇歳の女性の平均余命は一一・三二年であるから,一一年のライプニッツ係数(八・三〇六)を用いて逸失利益を算定することが合理的である。生活費控除を三〇%として,逸失利益は次の算式のとおり一〇一五万三三三七円となる。

 一七四万六三〇〇円×(一-〇・三)×八・三〇六=一〇一五万三三三七円

 ⑤ 死亡慰謝料 二四〇〇万円

Aは,本件事故により死亡した。しかるに,被告は,本件事故とAの死亡との因果関係を認めようとせず,さらに,被告の無過失を主張した。これは,過去に自分で認めた自動車運転過失致死責任を否定することであり,被告には本件死亡事故を引き起こした点についての反省の情及び責任感が全く窺えない。このような不誠実な被告に対する死亡慰謝料の額は通常の金額よりも増額されるべきである。よって,死亡慰謝料は二四〇〇万円が相当である。

 ⑥ 弁護士費用 三〇〇万円

 本件は,被害者であるAが道路を横断中に被告の前方不注意で轢かれて死亡したという単純な事故であるにもかかわらず,被告は,上記のとおり本件事故とAの死亡との因果関係を認めず,また,被告は無過失であると主張するなど,客観的に見ればおよそ認められない不合理な主張をしている。よって,原告としては,弁護士に訴訟行為を委任してこれを遂行する必要がある。この場合の弁護士費用は三〇〇万円が相当である。

 ⑦ 損害額合計 三九一六万四八四二円

以上の①ないし⑥の合計額は三九一六万四八四二円である。

 ⑧ 既払金 二七万四一〇六円

 ⑨ 請求額 三八八九万二四九三円

 ⑦の三九一六万四八四二円から⑧の既払金二七万四一〇六円を控除した三八八九万〇七三六円が損害額の残額である。

   イ 被告の主張

 ① 治療費は認める。

 ② 入院雑費は認める。

 ③ 葬儀費用は一一〇万円が相当である。

 ④ 逸失利益は七二五万二三八三円を上回ることはない。

 基礎収入(年金)が一七四万六三〇〇円であること,満八〇歳の女性の平均余命が一一・三二年でライプニッツ係数八・三〇六を用いるべきことは原告の主張のとおりである。生活費控除率は五〇%とすべきである。これによると,次の算式のとおり,逸失利益は七二五万二三八三円となる。

 一七四万六三〇〇円×(一-〇・五)×八・三〇六=七二五万二三八三円

 ⑤ 死亡慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。また,死亡慰謝料の増額事由の主張は失当である。被告は,刑事記録上明らかになった事故態様について事実主張をし,原告主張の請求原因に対して反論をしたのみであり,これをもって慰謝料を増額するという主張は失当である。

 ⑥ 弁護士費用は一五〇万二〇三二円を上回ることはない。

 本件事故の場合,仮に,被告の過失が認められたとしても,弁護士費用を除く損害の総額は二八六二万九四八九円であり,かつ,少なくとも五割の過失相殺がされ,既払金二七万四一〇六円が控除されるので,弁護士費用の算定にあたっての賠償額元本は一四七九万一六五五円となる。したがって,弁護士費用としては一五〇万二〇三二円を上回ることはない。

第三 当裁判所の判断

 一 争点(1)(事故態様及び過失相殺)について

  (1) 前記前提事実に加え,《証拠省略》によれば,次の事実が認められる。

   ア 本件事故現場は,おおむね別紙図面のとおりである。すなわち,広島県三原市港町三丁目四番一三号「やき鳥 ○○」先路上であり,宮沖一丁目方面から東に向かう幅員六・四メートルの東西の道路(以下「東西道路」という。)が,円一町一丁目方面から港町一丁目方面に南北に走る道路(以下「南北道路」という。片側一車線であり,丁字路交差点の南側においては,南行き車線が幅員三・六メートル,北行き車線が幅員三・九メートルであり,車道の西側に幅員二・〇メートル,東側に幅員一・八メートルの歩道が設置されている。)に突き当たる丁字路交差点(以下「本件丁字路交差点」という。)の南側出口付近である。本件丁字路交差点の南西角には三原市役所があり,本件丁字路交差点の東には,同交差点の中央辺りから南側にかけて「やき鳥 ○○」がある。本件丁字路交差点の西側の入り口には東西道路を横断する横断歩道が設置されており,その手前(西側)には停止線が引いてある。

   イ 本件事故前,被告は,被告車両を運転して,東西道路を東向きに進行し,本件丁字路交差点を右折しようとした。他方,Aは,本件丁字路交差点の南出口付近の「やき鳥 ○○」前から西に向かって南北道路を横断しようとして,南北道路の車道を三メートルほど進んだあたりで右折してきた被告車両前部と衝突した。

   ウ 被告は,右折の際,別紙図面①の地点(停止線のあたり)で停止し右方を確認して「やき鳥 ○○」の前の歩道上に二人の歩行者が立っているのを確認した後発進し,同図面②の地点(横断歩道に被告車両が運転席あたりまでがかかった地点)で左方を確認したところ,左方から本件丁字路交差点に向かって南北道路を走行してくる車両が約一〇メートルくらい先に見えたので,左方を見ながら急にハンドルを切って右折進行し,同図面③の地点あたりで目線を前に戻したところ,三・九メートルほど前の同図面の地点(南北道路の車道の東端から西に向かって二・七メートル進んだ地点)にAを認めて危険を感じ,ブレーキを掛けたが,二・〇メートルほど進んだ同図面④の地点で同図面の地点(南北道路の車道の東端から三・〇メートル進んだ地点)のAに被告車両を衝突させた。被告は,上記②の地点から③の地点まで進行する間,左方から車両が来ないかを確認することばかりに気を取られ,進路前方(右折前の状態で右方)を見ていなかった(被告は,「よく見ていなかった」と述べているが,ある程度は右方にも注意を向けていた旨の供述は特にない上,③の地点あたりで目線を前に戻したというのであり,かつ,既に南北道路を二・七メートルも横断しているAをはじめてそこで見つけたというのであるから,③までは前方を全く見ていなかったと認めるのが相当である。)。

   エ Aは,三原市役所の駐車場に車を止め,大師堂に参った後,西に進んで南北道路に出て,その東側の歩道を北に進んで「やき鳥 ○○」の前まで来て,本件事故現場あたりで南北道路を西へ横断しようとして本件事故にあったものと推測される(なお,これは,原告が推測するAの本件事故直前の歩行経路等である。)。すなわち,Aは,本件事故現場に来る前に,本件事故現場から南に約二〇メートルほど行ったところにある南北道路の横断歩道の前を通過し,その横断歩道で南北道路を横断することなく,本件事故現場あたりで南北道路を横断しようとしたものであると推測される。

   オ 本件事故当時,天候は晴れで,午後七時一五分ころで日没時刻は過ぎていた(日没は午後七時〇八分ころである。)が,まだ薄暗くなりかけた状態であり,前照灯を点灯させなくても車両の運転に全く支障はなく,被告の見る限り,前照灯を点灯させて運転している車両はなかったし,被告も前照灯を点灯させずに運転をしていた。

  (2) これに対し,被告は,南北道路を横断する際,Aが小走り(早歩き)であった旨主張し,Aが急いで道路を横断しようとしていた旨陳述ないし供述する(なお,刑事事件の捜査段階での供述にも「早歩きのような感じで渡っている」との表現がある。)。しかし,Aが急いで横断しようとしていた旨陳述する陳述書においても「(ご高齢であるためか)それほど迅速に移動はされていませんでした」と陳述していること,被告は,前記認定のとおり衝突する直前までAに気付いておらず,被告がAに気付いてからAに衝突するまでにAが進んだ距離が〇・三メートルにすぎないことから,被告がAの歩行が小走りであったと認識していたとは認め難く,被告の上記主張及びそれに沿う陳述ないし供述は採用できない。なお,仮に,Aが早歩きで横断していたとしても,それだけでは,Aの過失割合を高くする事由とはいえないところ,被告は,Aが飛び出したと主張する。しかし,Aが飛び出したと認めるに足りる証拠はない(Aが急いで横断しようとしていた旨記載する陳述書においても,Aが飛び出した旨の記載はない上,上記のとおり,被告は,Aが横断を開始したころを見ていないのであるから,Aが飛び出したとの認識を有したとは到底考えられないし,他に,Aが飛び出したとの事実を認めるに足りる証拠はない。)。他に,Aの過失割合を高くするような事情があった旨の主張も立証もない。

  (3) 車両は,交差点に入ろうとし,及び交差点内を通行するときは,当該交差点の状況に応じ,当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し,かつ,できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない(道路交通法三六条四項)し,交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所において歩行者が道路を横断しているときは,その歩行者の通行を妨げてはならない(同法三八条の二)。そして,道路交通法三八条の二にいう「交差点」の「直近」とは,交差点のすぐ近く,おおむね二,三メートルから一〇メートル以内をいうものと解されるところ,本件事故現場は前記(1)イの認定事実に照らし,これに該当するといえる。

 本件においては,上記(1)の認定事実によれば,被告は,本件丁字路交差点を右折する際,同交差点又はその直近で南北道路を横断する歩行者に特に注意し,かつ,できる限り安全な速度と方法で進行すべき義務があるにもかかわらず,これを怠り,南北道路の左方から来る車両にばかり注意をし,右方で南北道路を横断しようとする歩行者であるAに対する注意を怠り,右方を見ないまま本件丁字路交差点の南側出口付近である別紙図面の③の地点まで進行し,そこで南北道路を既に東から西に約二・七メートルも横断しているAにはじめて気がついて急ブレーキを掛けたが間に合わずに本件事故を発生させているのであり,被告には,本件事故につき,上記義務を怠った過失がある。

 被告は,別紙図面②から③に進行する間,右折に際して不可避となる左方の安全確認をしていたのであり,その間右方の注視を怠ったからといって過失があるとはいえない旨主張するが,南北道路を横断する歩行者が現れることは当然に予測がつくこと(被告も,本件事故の二,三か月前に一度だけではあるが,本件丁字路交差点の本件現場付近を「やき鳥 ○○」側から三原市役所側に横断歩道を利用せずに横断する歩行者を見たことがある旨供述する。)からすれば,左方ばかり見たまま右方を見ずに右折進行すること自体が極めて危険な運転であるというほかないし,左方の確認は,南北道路に進入する前に停止して行い,南北道路を左方から進行して来る車両があってもその進行を妨げることなく安全に右折できることを確認し(それができない場合は左方からの直進車が通過するのを待つべきである。),その上で,右方の安全を確認し,南北道路を横断する歩行者等に衝突しないように安全に進行すべき注意義務があるというべきであり,左方を向いたまま右方を注意せずに右折進行することを可とする前提の被告の上記主張は到底採用できない。そもそも,被告は,前記認定のとおり,左を見たときに左から車両が来ているのを一〇メートルくらい先に見たので急いで右にハンドルを切って右折したのであるが,わずか一〇メートル先に本件丁字路交差点を通過しようとする直進車が来ているのなら,同車が通過するのを待ってから右折すべきである(被告は,同旨のことを警察官から言われた旨供述している。)のに,同車が通過する前に急いで右折してしまおうとして進行したために右方への注意を怠ってしまったのであり,被告が右方の注意を怠ったのは,左方の安全確認のために不可避的に生じたものなのではなく,むしろ,左方から来る車両が約一〇メートルという近接した距離に迫っているのに急いで強引に右折を開始するという無謀な運転をしたためであるというべきであり,被告の本件事故における右方への注意義務違反は,通常の過失に比較してむしろ著しいものであると評価すべきである。

 他方,歩行者は,道路を横断しようとするときは,横断歩道がある場所の附近においては,その横断歩道を横断しなければならない(同法一二条一項)ところ,「横断歩道のある場所の附近」とは横断歩道からおおむね三〇メートル以内の場所であると解される。また,附近にある横断歩道は,横断しようとする道路にある横断歩道を指し,交差する他の道路にある横断歩道は含まれないと解すべきである。

 本件においては,本件現場のそれぞれ二〇メートルないし二五メートル程度(三〇メートル以内であることは明らかである。)離れた位置に北側の横断歩道と南側の横断歩道があり,南側の横断歩道は,Aが横断しようとした南北道路に設置された横断歩道であると認められるから,同横断歩道を基準にして,本件現場は,道路交通法一二条一項にいう「横断歩道のある場所の附近」に該当するといえる(なお,北側の横断歩道は,Aが南北道路を横断する前にいた南北道路の東側の歩道から西側の歩道に向かう横断歩道であるという点では,歩行者が横断しようとする道路にある横断歩道であるかのようであるが,本件現場が本件丁字路交差点の南側にあり,北側の交差点が本件丁字路交差点の北側にあることから,北側の横断歩道を横断すると,Aが南北道路を横断して向かおうとしていた南北道路の西側とは,東西道路をはさんで反対側〔東西道路の北側〕に出てしまう〔そこから三原市役所の駐車場に行くには,今度は東西道路の横断歩道を横断しなければならない。〕のであるから,横断しようとする道路にある横断歩道には該当しないというべきであり,北側の横断歩道のみを基準にした場合は,本件事故現場は,道路交通法一二条一項にいう「横断歩道のある場所の附近」に該当しないというべきである。)。したがって,本件事故現場において南北道路を横断しようとしたAは,道路交通法一二条一項の定める横断方法に違反した過失があるといえる。

 なお,原告は,八〇歳と高齢のAにわざわざ二〇メートル以上も離れた不便な横断歩道まで行ってから道路を横断することを要求するのは不当であり,Aが横断歩道を渡っていなかったことをもって過失相殺事由とするのは当を得ない旨主張するが,道路交通法に規定された横断方法を無視した主張であり,失当である。しかも,本件においては,Aは,前記(1)エのとおり,本件事故現場付近に来る前に,南側の横断歩道の前を通過していると推測されるのであり,そこで南側の横断歩道を通って南北道路を横断すればよかったのであり(三原市役所の駐車場に行く経路としては,南側の横断歩道を横断するのと,本件事故現場を横断するのとで,歩行距離に違いはない。),Aが南側の横断歩道を横断しなかったことを過失相殺事由とすることが許されるのはもちろん,南側の横断歩道を横断すべきであったというのが高齢ゆえにAに酷であるということもできない。

 右折時の被告の歩行者に対する注意義務違反の大きさ(特に,別紙図面②から③まで,進路前方〔右折前の右方〕を見ていないこと),Aが横断歩道附近で横断歩道を横断しなかったこと,Aが高齢であること,本件道路附近は民家や店の並ぶところであることなどを考慮すれば(なお,本件事故が日没後に発生したものであるとはいえ,まだ薄暗くなりかけた程度の明るさであり,前照灯を点灯しなくても運転に支障はなく,現に前照灯を点灯していなかったというのであるから,夜間の事故であることをもってAの過失割合を高く評価するのは相当ではない。),過失割合はAが五パーセント,被告が九五パーセントとするのが相当である。

 二 争点(2)(損害額)について

  (1) 治療費が二七万四一〇六円,入院雑費が三〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。

  (2) 《証拠省略》によれば,Aの葬儀関係費用として合計一七三万四三九九円を出費したことが認められるところ,本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用分の損害としては一三〇万円が相当である。

  (3) 逸失利益について

 Aは,昭和○年○月○日生まれであって,本件事故による死亡当時八〇歳であったこと,生前に厚生年金(老齢年金と通算老齢年金)を受給していたが,年額は合計で一七四万六三〇〇円であったこと,満八〇歳の女性の平均余命は一一・三二年であるから,一一年のライプニッツ係数(八・三〇六)を用いて逸失利益を算定することが合理的であることは当事者間に争いがない。そして,Aの年齢,Aが独居者であり,年収が年金による一七四万六三〇〇円であることからすれば,生活費控除率を五〇パーセントとして,下記の計算式のとおり,逸失利益を七二五万二三八四円と認めるのが相当である。

 一七四万六三〇〇円×(一-〇・五)×八・三〇六=七二五万二三八四円(一円未満は四捨五入。以下同様)

  (4) 死亡慰謝料について

 Aは,本件事故により死亡したところ,被告は,本件訴訟の当初においては,本件事故とAの死亡との因果関係を認めようとせず(平成二一年四月二二日の第六回口頭弁論期日において陳述した同月九日付け準備書面三により,本件事故と死亡との因果関係を認めるに至った。),さらに,被告の無過失を主張し,仮に,被告に過失があるとしても,五割の過失相殺を主張するとしていたが,本件事故の態様に照らし,五割の過失相殺の主張は明らかに過大なものであるといわざるを得ない。特に,被告が右折するに際し,左方からの直進車が約一〇メートルという極めて近い距離に迫っているのに急いで右折を開始したのは極めて危険な運転であるというべきであり,そのような危険な運転をするために右方を見ずに右折発進して本件事故に至っていることからすれば,被告の過失が極めて大きいことは明らかであり,しかも,被告は,刑事事件の捜査において,警察官から直進車が通過してから右折を開始するべきであった旨言われているというのであるから,本件訴訟の始まった時点においては,本件事故における被告の過失が大きく,過失相殺の五割になるなどということはあり得ないことを十分に認識し得たというべきである。そうすると,上記のような本件訴訟における被告の主張は,正当な権利主張を逸脱したものというべきであり,慰謝料の増額事由に当たると解される。そして,以上のような事情を考慮すれば,死亡慰謝料の額としては二二〇〇万円が相当である。

  (5) 過失相殺

 以上の(1)ないし(4)の合計三〇八二万九四九〇円から五パーセントの過失相殺をした残額である二九二八万八〇一六円から既払金である二七万四一〇六円を控除した二九〇一万三九一〇円が弁護士費用を除いた被告の原告に対して賠償すべき額である。

  (6) 弁護士費用について

 前記(5)の認容額や本件訴訟の経緯(特に被告の応訴態度)等の諸事情に照らせば,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用分の損害は二〇〇万円が相当である。

 三 以上によれば,原告の請求は,被告に対し,三一〇一万三九一〇円及びこれに対する平成一九年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がない。

 四 よって,主文のとおり判決する。