東京地裁平成25年10月9日判決〔ラグジュアリーホテルの賃料減額請求事件〕

【オレンジ法律事務所の私見・注釈】

1 本件本訴は、XがYとの間で、Yから、XとYが2分の1ずつの割合により共有する37階建ビルの一部であるいわゆるラグジュアリーホテルと呼ばれる最高級ホテルの供用部分を賃借する旨の賃貸借契約を締結し、ホテル運営事業者が同部分をXから賃借し、ホテルを運営しているが、本件ホテルの収益が悪化するなどの事情により、当初にXとYとの間で合意された賃料は不相当になったから、借地借家法32条1項に基づく賃料減額請求権を行使したと主張し、Yに対し、賃料の確認を求めた事案である。

また、本件反訴は、Yが、Xとの間において、上記賃貸借契約締結の際、賃貸借期間1年目において賃料7億3491万円のうち4億3491万円の支払を猶予し、上記ホテルの業績が良好になることを不確定期限として、この4億3491万円を支払うとの合意(以下、「本件合意」という。)をし、同期限が到来したと主張して、Xに対し、上記合意に基づき、4億3491万円及び遅延損害金の支払を求める事案である。

2 まず、裁判所は、本件合意の成否について、XとYの各代表取締役間の会談内容及びその後に作成された議事録の内容や、その作成経過などを検討し、本件合意が成立したとは認められないとした。

次に、裁判所は、賃料の不相当性及び相当な賃料額について、借地借家法32条1項に基づく賃料減額請求の当否及び相当な賃料額を判断するに当たっては、衡平の見地に照らし、同項本文所定の事由のほか、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであるとする最高裁第三小法廷平成15年10月21日判決(サブリース訴訟上告審判決)を前提して判断をした。

すわなち、①XとYとが本件賃貸借契約の賃料額を決定する際に要素とした事情等については、XとYは、本件賃貸借契約における賃料額の決定に当たっては、本件ホテルの業績が反映することをできる限り回避したいとのYの意向を尊重しつつ、本件ホテルの事業収益の見通しを要素の一つとして考慮したが、本件ホテルの事業収益の変動を直ちに賃料額に反映させることまでは予定していなかったと認定した。

また、②XとYがそれぞれ提出した各意見書は、いずれもそのまま採用することができないとしつつ、本件各意見書の判断手法は合理的であり、意見の形成過程における利回り法、スライド法及び差額配分法による賃料の試算手法も、それ自体に合理性に欠けるところはないと認められるとして、問題点があることを考慮しながら本件各意見書の手法や内容を参照して相当賃料額を認定し、Xの請求を一部認容した。

3 本件は、対象不動産がいわゆるラグジュアリーホテルと呼ばれる最高級ホテルであることに特徴があり、賃料減額請求訴訟においては、不動産鑑定士を鑑定人とする賃料額の鑑定を証拠調べの中心に行なうものであるが、これを行なわずに相当賃料額を認定したものと思われる。

上記平成15年判決によれば、相当賃料額の認定にあたっては、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を考慮することになるところ、XとYが提出した各意見書がいずれも判断手法は合理的であるとしつつも、本件賃貸借契約の締結を巡る事情を考慮する必要があることから、鑑定人による鑑定を実施することなく相当賃料額を認定したものと思われる。

なお、商業ビルにおける賃料減額請求をした判例としては、東京地裁八王子支部平成15年2月20日判決とともに、実務上、参考になろう。

■参考判例 最高裁第三小法廷平成15年10月21日判決〔サブリース訴訟上告審判決〕

■参考判例 東京地裁八王子支部平成15年2月20日判決〔商業ビルと借地借家法32条〕

【原文】

主文

 1 被告が原告に賃貸している別紙物件目録2の建物部分に係る賃料は、平成22年4月1日以降1か月5490万円(消費税相当額を含まない。)であることを確認する。

 2 原告のその余の各請求をいずれも棄却する。

 3 被告の請求を棄却する。

 4 訴訟費用は、本訴及び反訴を通じてこれを20分し、その9を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

 

事実及び理由

第1 請求

 1 本訴

  (1) 被告が原告に賃貸している別紙物件目録2の建物部分に係る賃料は、平成22年4月1日以降1か月3500万円(消費税相当額を含まない。)であることを確認する。

  (2) 被告が原告に賃貸している別紙物件目録2の建物部分に係る賃料は、平成23年5月1日以降1か月3000万円(消費税相当額を含まない。)であることを確認する。

 2 反訴

 原告は、被告に対し、4億3491万円及びこれに対する平成22年10月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要及び争点

 1 事案の概要

  (1) 本件本訴は、原告が、被告との間で、被告から、原告と被告が2分の1ずつの割合により共有する別紙物件目録1記載の建物の一部である別紙物件目録2の部分を賃借する旨の賃貸借契約を締結し、ホテル運営事業者が同部分を原告から賃借し、同部分において「bホテル」の名称を冠するホテルを運営しているが、同ホテルの収益が悪化するなどの事情により、当初に原告と被告との間で合意された賃料は不相当になったから、借地借家法32条1項に基づく賃料減額請求権を行使したと主張して、被告に対し、上記の被告との間の賃貸借契約における賃料が平成22年4月1日以降月額3500万円であること及び平成23年5月1日以降月額3000万円であることの各確認を求める事案である。

  (2) 本件反訴は、被告が、原告との間において、上記賃貸借契約締結の際、賃貸借期間1年目において賃料7億3491万円のうち4億3491万円の支払を猶予し、上記ホテルの業績が良好になることを不確定期限として、この4億3491万円を支払うとの合意をし、同期限が到来したと主張して、原告に対し、上記合意に基づき、4億3491万円及びこれに対する請求の日の翌日である平成22年10月14日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 2 前提事実

 以下の各事実については、証拠等を掲記した事実は当該証拠等によりこれを認め、その余の事実は当事者間に争いがない。

  (1) 当事者等

   ア 原告等

 (ア) 原告は、不動産の所有、売買、賃貸借及び管理並びにこれらの代理又は仲介、不動産の鑑定等を目的とする株式会社である。

 (イ) A(以下「A」という。)は、平成17年当時から原告の代表取締役を務める者である。

 (ウ) C(以下「C」という。)は、平成12年7月1日から平成19年6月28日までの間、原告の専務取締役(ビル事業本部長)の地位にあった者であり、同月29日からは原告の取締役副社長を務めている(甲39)。

   イ 被告等

 (ア) 被告は、不動産の取得、処分及び賃貸借等を目的とする株式会社である。

 (イ) D(以下「D」という。)は、平成17年当時から被告の代表取締役を務めており、当時は被告の社長職にあったが、現在は会長職にある(甲2、乙13)。

 (ウ) B(以下「B」という。)は、平成17年当時、被告の都市開発事業本部執行役員兼首都圏事業部用地第一部長の職にあった者であるが、平成21年6月26日、被告の取締役に選任され、平成22年6月29日には代表取締役に就任した(甲2、弁論の全趣旨)。

  (2) 本件建物及びその利用状況

   ア 別紙物件目録1記載の建物(以下「本件建物」という。)は、平成17年1月31日、東京都市計画事業汐留土地区画整理事業に係る保留地(東京都港区○○a丁目先所在の第4街区保留地〔符号・保4-1〕、面積1万7847平方メートル。以下「本件土地」という。)上に建築されたが、原告と被告は、本件建物を、その建築時から各2分の1の割合により共有している(甲3、乙20)。

   イ 本件建物のうち別紙物件目録2記載の部分は、ホテルとしての利用に供されており、「bホテル」の名称を冠して一般に最高級とされるホテル(ラグジュアリーホテル)(以下「本件ホテル」という。)が運営されている(以下、別紙物件目録2記載の部分を「本件ホテル供用部分」という。)。

  (3) 原告と被告との間の賃貸借契約の締結

 原告と被告は、平成17年、被告が原告に対し、本件ホテル供用部分に係る被告の共有持分を、平成17年4月1日から以下の約定で賃貸するとの内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した(ただし、次のイ(イ)の期間の賃料について、イ(ウ)の期間の賃料と同額とし、その一部である年額3億円を支払うとの約定であったのか、年額3億円とする約定であったのかについては、争いがある。)。なお、本件賃貸借契約についての契約書は作成されていない。

   ア 賃貸借期間

 定めなし。

   イ 賃料

 (ア) 平成17年4月1日から同年6月30日まで

 賃料の支払を要しない。

 (イ) 平成17年7月1日から平成18年6月30日まで

 月額2500万円(年額3億円) (消費税相当額を含まない。以下、賃料額について同様。)を支払う。

 (ウ) 平成18年7月1日から平成22年3月31日まで

 月額6124万2500円(年額7億3491万円)とする。

   ウ 賃料支払期日

 当月分を前月末日までに支払う。

  (4) 本件ホテル供用部分におけるホテルの運営(甲3及び4、甲29)

   ア 原告は、平成17年、その100パーセント子会社であるMT&ヒルトンホテル株式会社(以下「MT&ヒルトン」という。)に対し、本件ホテル供用部分を賃貸した。

   イ MT&ヒルトンは、平成17年、「cホテル」との名称を冠するホテルグループを運営する会社法人であるHILTON INTERNATIONAL CO.(ヒルトン・インターナショナル・コーポレイティッド。以下「ヒルトン」という。)との間で、MT&ヒルトンがヒルトンに対し、本件ホテル供用部分において本件ホテルを運営することを委託する旨の契約(以下「本件運営委託契約」という。)を締結した。

   ウ ヒルトンは、平成17年7月1日、本件運営委託契約に基づき、本件ホテル供用部分において本件ホテルの運営を開始し、以後これを運営している。

   エ 原告は、平成22年4月13日、森トラスト総合リート投資法人に対し、本件建物の共有持分2分の1を譲渡し、以後、同投資法人から本件ホテル供用部分に係る共有持分を賃借している。

  (5) 本件賃貸借契約に関する議事録の記載等

   ア 原告と被告との間では、本件賃貸借契約の締結に先立ち、その内容についての交渉が行われていたが、平成17年6月17日、原告の本社社屋において、原告側からは専務取締役(ビル事業本部長)であったC及び課長として交渉に関する事務を担当していたE(以下「E」という。)が、被告側からは都市開発事業本部執行役員兼首都圏事業部用地第一部長であったB及び課長代理として交渉に関する事務を担当していたF(以下「F」という。)が出席して協議が行われ、被告において、その内容を記載した「議事録」と題する書面(乙9。以下「本件議事録」という。)を作成した。本件議事録には、本件賃貸借契約における賃料について、次の記載がある(以下、この記載を「本件記載部分」という。)。また、本件議事録には、確認者として原告側ではCが、被告側ではBがそれぞれ署名、押印をする欄が設けられており、Bによる署名及び押印がされているが、Cの署名及び押印はされていない(乙9)。

 〔本件議事録の記載〕

 (ア) 賃料は734、910千円/年(消費税別途)とする。

 (イ) 上記年額賃料734、910千円/年に拘らず、平成17年7月1日より平成18年6月30日までの1年間においては賃料を300、000千円/年(消費税別途)とする。

 (ウ) 平成17年7月1日より平成18年6月30日までの年額賃料300、000千円と年額賃料734、910千円との差額434、910千円については、bホテルの業績が良好になった時に森トラは住不に支払う。但し、契約書等の書面上明記しない。(平成17年3月14日、森トラ A社長、住不 D社長合意済み)

   イ 被告は、Bにおいて本件議事録の確認者欄に署名、押印をした上、平成17年9月2日ころ、原告に対し、これを送付したが、Cは、その確認者欄に署名、押印をしなかった。

  (6) 原告による調停の申立て

 原告は、平成22年6月21日、東京簡易裁判所に対し、被告を相手方として、本件賃貸借契約における賃料の減額確認を申立ての趣旨とする調停を申し立てた(東京簡易裁判所平成22年(ユ)第216号)が、同調停は、同年12月15日、調停の不成立により終了した。

  (7) 原告と被告それぞれの依頼に基づき作成された各鑑定意見書の記載

   ア 原告の依頼に基づき、不動産鑑定業者である一般財団法人日本不動産研究所、不動産鑑定士G、同H及び同Iが作成した平成23年5月20日付け不動産鑑定評価書(甲17。以下「原告意見書」という。)には、平成22年4月1日時点における本件賃貸借契約の継続賃料の鑑定評価額として、月額4950万円であるとの意見が記載されている(甲17)。

   イ 被告の依頼に基づき、不動産鑑定業者である株式会社佐藤不動産鑑定コンサルティング、不動産鑑定士J、同K、同L、同不動産鑑定士補Mが作成した平成24年3月23日付け鑑定評価書(乙14。以下「被告意見書」という。)には、平成22年4月1日時点における本件賃貸借契約における継続賃料の鑑定評価額として、月額5760万円であるとの意見が記載されている(乙14)。

 3 争点

  (1) 反訴

   ア 本件反訴の適法性

   イ 本件賃貸借契約の平成17年7月1日から平成18年6月30日までの賃料額及び原告と被告との間における原告が被告に対して不確定期限が到来したときは同期間の賃料年額と支払賃料との差額を支払うとの合意の成否

   ウ 不確定期限の到来の有無

  (2) 本訴

   ア 平成22年4月1日時点(以下「第1時点」という。)における賃料減額請求の当否

 (ア) 原告の被告に対する賃料減額請求の意思表示の有無

 (イ) 従前賃料の不相当性及び相当な賃料額

   イ 平成23年5月1日時点(以下「第2時点」という。)における賃料減額請求の当否

 (ア) 原告の被告に対する賃料減額請求の意思表示の有無

 (イ) 従前賃料の不相当性及び相当な賃料額

   ウ 原告による賃料減額請求が信義則違反又は権利の濫用として許されないか

第3 争点に対する当事者の主張

 1 反訴

  (1) 争点(1)ア(本件反訴の適法性)について

 [原告の主張]

 本件本訴は、平成22年4月1日以降及び平成23年5月1日以降における本件賃貸借契約の賃料の減額確認を求めるものであるところ、本件反訴は、本件賃貸借契約における1年目の賃料年額と支払賃料との差額の支払を求めるものであり、本件本訴と反訴は、単に同一の賃貸借契約上の争いにすぎない。

 よって、本件反訴は、民事訴訟法146条1項にいう「本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求」に当たらないから、終局判決において却下されるべきである。

 [被告の主張]

 本件本訴は、本件賃貸借契約における賃料の減額確認を求めるものであるところ、賃料の不相当性及び相当な賃料額を判断するに当たっては、本件賃貸借契約締結の際、原告と被告との間で1年目の賃料年額と支払賃料との差額を支払うとの合意が成立したかを判断する必要があることは明らかである。

 よって、本件反訴は、民事訴訟法146条1項にいう「本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求」に当たり、適法である。

  (2) 争点(1)イ(本件賃貸借契約の平成17年7月1日から平成18年6月30日までの賃料額及び原告と被告との間における原告が被告に対して不確定期限が到来したときは同期間の賃料年額と支払賃料との差額を支払うとの合意の成否)について

 [被告の主張]

   ア 原告と被告は、平成17年6月17日、本件賃貸借契約の同年7月1日から平成18年6月30日までの賃料について、同年7月1日以降と同額の年額7億3491万円と合意した上、原告が平成17年7月1日から平成18年6月30日までは年額3億円を支払い、被告はその余の支払を猶予することとし、本件ホテルの業績が良好になったときには、原告が被告に対し、同期間に支払われる3億円と賃料年額7億3491万円との差額4億3491万円(以下「本件差額」という。)を支払うとの合意(以下、本件ホテルの業績が良好になったときには、原告が被告に対して本件差額を支払うとの合意を「本件合意」という。)をした。

   イ 原告と被告とが本件合意をしたことは、以下の事情からして明らかである。

 (ア) 被告の代表取締役であるDは、平成17年3月14日、本件賃貸借契約の条件に関する交渉を目的として、Cと会談したが、その際、Cに対し、原告が被告に対し、本件ホテルの事業が好調になったときに本件差額を支払うことを約束した。

 (イ) Bらは、平成17年6月16日、上記(ア)の約束を確認し、具体化するため、Cらと面談し、その際、同日に被告と原告との間で合意に達した内容について議事録を作成することを合意し、当該議事録として、本件議事録が作成されたところ、本件議事録には本件合意が明記されている。

 (ウ) 原告は、本件議事録を作成する過程において、本件合意に関する部分の記載について異議を述べたことはなく、むしろ、これを前提として原告内部における決裁手続を進行させていたのであるから、最終的に本件議事録にCが署名、押印をしなかったとしても、これにより、本件合意が成立したと認めることが妨げられるものではない。

 (エ) 本件議事録に記載されている事項のうち、本件合意に関する部分以外の記載による合意は、すべてその記載内容に沿って履行されている。

 (オ) ヒルトンに本件ホテルの運営を委託することを主導したのは原告であり、被告は、本件賃貸借契約の締結に至るまでの間、一貫して、本件賃貸借契約の賃料と本件ホテルの収益とを連動させることを拒絶し、賃料を定額賃料とすることを求めていたのであって、原告が被告に対して本件ホテルの業績が良好になったときに本件差額を支払うことを約束したからこそ、本件賃貸借契約における1年目の賃料の支払を3億円とすることで合意したものである。

 [原告の主張]

   ア 原告と被告とが本件合意をしたことは否認する。原告は、被告との間で、本件賃貸借契約の平成17年7月1日から平成18年6月30日までの賃料を年額3億円とすることで合意しており、以下の事情からして、本件合意が成立していないことは明らかである。

 (ア) Cは、平成17年3月14日、Dと会談したが、その際にDとの間で基本的に合意に達した事項は、本件賃貸借契約について、1年目の賃料を3億円とすること及び2年目以降の賃料を7億3491万円とすることのみである。

 Dは、上記会談の際、上記のとおり1年目の賃料を減額する代わりに、本件ホテルの業績が良好となった場合には、利益を被告に還元するよう申し入れたが、その趣旨は、本件ホテル供用部分の持分を有する者としてより多くの利益分配を受けたいと希望したものにすぎない。

 Cは、上記会談の際、Dの上記申入れを了承しておらず、原告の代表権を有するAにおいて、上記申入れを承諾したことはない。

 (イ) 原告と被告との間において、本件合意をしたことを示す書面は一切作成されていない。本件議事録は、平成17年6月17日に行われた会談の内容をそのまま記載したものではなく、原告と被告の各担当者間において、成案の成立に向けた立案過程を記録したにすぎないものである上、Cは、本件議事録の記載内容についてAの了解を得ることができなかったため、本件議事録に書面、押印をしていない。

 (ウ) 原告と被告は、本件賃貸借契約の締結以降、同契約に係る契約書の作成に関する交渉を行ったが、この交渉過程において、被告自身が、本件合意が成立したとは認識していなかった。

   イ 仮に、原告と被告との間で本件合意が成立していたとしても、「本件ホテルの業績が良好になったとき」との意味内容が不明確である上、本件議事録において、本件合意については契約書等の書面上明記することはしないと記載されていることに照らせば、本件合意は、裁判上請求することができる権利義務について合意したものではなく、訴求力を有しない。

 [被告の反論]

 原告の主張は、否認し又は争う。

   ア 仮に、原告が、その真意ではないにもかかわらず、本件合意をしたとしても、民法93条本文により、本件合意は有効である。また、原告の代表権を有するAが本件合意を承諾していないとしても、被告が、Cが原告の代理権を有していると信じたことにつき正当な理由があるから、表見法理(民法109条及び110条)に基づき、本件合意の効果は原告に帰属する。

   イ 本件合意が合意であると評価される以上、当然にこれに基づいて裁判上の請求をすることができるのであり、これを訴求力がない、あるいは自然債務であると解することはできない。

  (3) 争点(1)ウ(不確定期限の到来の有無)について

 [被告の主張]

   ア 本件合意における「本件ホテルの業績が良好になったとき」とは、本件ホテルの業績が良好化したとき又は良好化することが不可能となったときに期限が到来するとする不確定期限と解するのが相当である。

   イ 被告は、原告に対し、平成22年10月12日、本件差額の支払を請求したが、この時点において、本件ホテルの業績が良好化することが不可能となっており、又は業績が良好化するために必要な相当の期間が経過していた。

   ウ よって、不確定期限が到来したものであり、被告は、原告に対し、本件合意に基づき、4億3491万円及びこれに対する請求の日の翌日である平成22年10月14日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

 [原告の主張]

 被告の主張は、否認し又は争う。

 2 本訴

  (1) 争点(2)ア(第1時点における賃料減額請求の当否)について

   ア 原告の被告に対する賃料減額請求の意思表示の有無について

 [原告の主張]

 (ア) 原告は、平成22年1月27日、被告に対し、本件賃貸借契約の賃料を本件ホテルの業績により変動させる案が記載された書面を示した上、同賃料を平成22年4月1日以降平成24年3月31日までの間、月額3500万円に減額するよう請求する旨の意思表示をした。

 (イ) 原告は、平成22年3月30日、被告に対し、原告が被告に対して平成22年4月1日以降の賃料の減額を申し入れていることを記載した書面を交付し、改めて賃料減額を請求する旨の意思表示をした。

 [被告の主張]

 原告の主張は、否認し又は争う。

 (ア) 借地借家法32条に定める賃料減額の意思表示は、明確になされる必要があるところ、被告が平成22年1月27日に原告から提示された書面には、賃料減額を求める旨の記載は全くない。原告は、同日、被告に対し、本件ホテルの収益を折半する方式により賃料を決定する旨の考え方を口頭で述べたにすぎない。

 (イ) 原告が平成22年3月30日に被告に交付した書面は、原告が過去に賃料減額の意思表示をした認識である旨が記載されているのみであり、同記載のある書面の交付をもって、賃料減額請求の意思表示であると評することはできない。

   イ 従前賃料の不相当性及び相当な賃料額について

 [原告の主張]

 (ア) 本件ホテルの収益を基礎とすべきこと

 以下のとおり、本件賃貸借契約の賃料の不相当性及び相当な賃料額を判断するに当たっては、本件ホテルの収益を基礎とすべきである。

  a 本件ホテル供用部分は、本件ホテルの運営に供されているところ、一般に、ホテルの賃貸借契約においては、オフィスや住宅の賃貸借契約と異なり、賃借目的物においてホテルを運営する事業を行う必要があることや、賃料相場が形成されていないといった特色があり、ホテルの売買や賃貸借の事例においては、ホテル事業の収益を重視した取引が行われている。本件賃貸借契約においても、本件ホテルの収益のみが賃料の原資となるものであるから、本件賃貸借契約における賃料は、本件ホテルの収益を基礎として算定するほかない。

  b 本件建物は、原告と被告とが共同で新築したものであり、本件賃貸借契約も、原告と被告の共同事業の一環として、本件ホテル供用部分の使用収益の方法を決定するために締結されたものであって、その際、原告は、被告に対し、ヒルトンから提示された本件ホテルの収益予測に関する資料を提示していた。そうすると、本件賃貸借契約における賃料は、共有持分権者間における共有物の使用に関する償金の性質を有するというべきであるが、民法上、共有物の使用の対価は共有物の使用により得られた収益を各持分に応じて分配するのが原則とされているから、本件においては、共有物の使用の対価である本件ホテルの収益を原告と被告の各持分に応じて分配するべきである。

 (イ) 相当な賃料額

  a 収益分析法による賃料額

   (a) 上記(ア)のとおり、本件賃貸借契約における賃料額は、本件ホテルの収益を基礎として算定すべきところ、第1時点における賃料額は、原告意見書において収益分析法により算定された月額3700万円とするのが相当である。不動産鑑定評価基準上も、収益分析法により継続賃料を定めることが否定されているわけではない。

   (b) 原告意見書においては、収益分析法により賃料を算定するに当たり、ホテルの事業収益の指標であり、賃料の支払原資たる性質を有する標準的な営業総利益(GOP)を査定し、GOPから、マネジメントフィーや家具・什器・備品等リザーブ料(家具等の整備、更新に必要な費用。以下「FF&Eリザーブ料」という。)等の固定性支出を控除し、これに被告の共有持分割合である2分の1を乗じることにより、月額賃料を3700万円と算定しているが、その算定過程は、ホテルの賃料額を収益分析法により求める際の標準的手法に基づくものであり、不合理な点はない。

   (c) 本件ホテルは、世界的なホテルチェーンであり、日本国内においても多数のホテルを運営するヒルトンにより運営されているのであるから、本件ホテルの事業収益は、安定的かつ信頼性の高いものであり、この点においても、原告意見書における収益分析法により算定された賃料額は、信頼性が高い。

  b 原告意見書による鑑定評価額

   (a) 仮に、上記aの収益分析法により算定された賃料を相当な賃料額とすることができないとしても、第1時点における相当な賃料額は、原告意見書における鑑定評価額である月額4950万円とするのが相当である。

   (b) 原告意見書は、現行賃料の決定時点である平成17年4月1日時点及び第1時点における本件建物及び本件土地の基礎価格を算定するに当たり、本件建物の用途別の価値格差指数、すなわち、本件建物のうち事務所部分を基準とした場合のホテル部分(本件ホテル供用部分)、店舗部分、駐車場部分等の各用途別効用比(基準を「100」とした場合の指数)を査定しているところ、平成17年4月1日時点における本件ホテル供用部分の効用比を「25」と査定し、第1時点における同効用比を「15」と査定している。このように本件ホテル供用部分の効用比が下落した原因は、賃料の原資となる本件ホテルの収益が大幅に悪化したことにより、本件ホテル供用部分の実質賃料が下落した一方、事務所部分の実質賃料が上昇したことを考慮したからであって、上記の効用比の算定過程に不合理な点はない。

  c 被告意見書が不合理であること

 被告意見書は、以下の点において合理性を欠くものであるから、これを相当な賃料額算定の根拠とすることはできない。

   (a) 被告意見書は、不動産鑑定士が自らの職責において算定すべき数値である減価償却費負担割合やFF&Eリザーブ料について、原告意見書の数値を流用している。

   (b) 被告意見書は、本件建物及び本件土地の基礎価格を算定するに当たり、本件ホテル供用部分の用途別効用比を合理的、具体的な査定根拠を示すことなく恣意的に査定している。

   (c) 被告意見書は、差額配分法による賃料の試算において、正常実質賃料と実際実質賃料の差額を配分するに当たり、賃貸人に帰属する割合を3分の1と査定しているが、本件賃貸借契約に至る経緯等からすれば、かかる配分は恣意的に被告に有利になされたものである。

   (d) 被告意見書は、差額配分法により、正常実質賃料を月額5190万円と試算しているが、かかる賃料額は、本件ホテルの実際の収益を原資とした場合の支払可能額(損益分岐点)を大幅に上回る金額であって、およそ市場において成立する余地のない過大な水準である。

 (ウ) 第1時点における賃料の不相当性

 本件賃貸借契約の賃料は、平成18年7月1日から月額6124万2500円と合意されていた(以下、この賃料を「本件従前賃料」という。)が、上記(イ)のとおり、本件賃貸借契約における第1時点の相当な賃料額は、月額3700万円、高くとも月額4950万円を上回らないから、本件従前賃料は、第1時点において不相当となっていたといえる。

 [被告の主張]

 (ア) 第1時点において賃料が不相当となっていないこと

  a 借地借家法32条に定める各事情について

   (a) 平成17年の本件土地の公租公課は4億6298万3800円、平成18年の本件建物の公租公課は5億8897万3500円であるのに対し、平成22年における本件土地の公租公課は7億5694万2531円、本件建物の公租公課は5億8155万4938円であり、本件建物等に対する租税の負担は増加している。

   (b) 被告意見書によれば、本件建物及び本件土地の価格は、平成17年4月1日時点より第1時点の方が上昇しており、これは原告意見書においても同様である。

   (c) 平成17年4月1日時点から第1時点までの経済事情を示す指標はほぼ横ばいであり、経済事情はほとんど変動していない。

   (d) 以上のとおり、借地借家法32条に定める各事情からすれば、本件賃貸借契約の賃料はむしろ増額すべきであり、第1時点において本件従前賃料が不相当になっていたとはいえない。

  b 原告と被告との間で賃料を減額しない旨の合意があったこと

 原告と被告は、平成18年から平成19年にかけて、本件賃貸借契約に係る契約書を作成するため、その草案のやりとりをしていたところ、その過程において、原告と被告は、本件賃貸借契約について、定期建物賃貸借契約とすることを前提として、その契約期間や借地借家法32条の適用の排除について協議を重ねていたが、契約締結から5年間にわたり借地借家法32条の適用を排除することについては、合意に達していた。

 よって、本件においては、上記の賃料増減額請求権を排除する旨の合意を覆すほどの経済事情の大きな変動等がなければ、賃料が不相当になったとはいえないというべきである。

  c 本件ホテルの事業収益は賃料額に影響しないこと

 前記1(2)[被告の主張]イ(オ)記載のとおり、被告は、本件賃貸借契約の締結に当たり、原告に対し、その賃料について、本件ホテルの収益と連動させることを拒絶し、定額賃料とすることを求め、その結果、定額賃料として賃料額が合意されたのであり、この際、原告が、被告に対し、本件ホテルの収益予測に関する資料を提示することはなかった。このような本件賃貸借契約の締結に至る経緯からすれば、本件賃貸借契約においては、本件ホテルの事業収益が賃料額に影響を及ぼすことは排除されているというべきである。

 また、本件ホテルを実際に運営しているのは、原告でなくMT&ヒルトンであって、原告は、MT&ヒルトンに対し、本件ホテル供用部分に係る被告の共有持分を転貸しているにすぎないところ、原告は、ホテル業一般を営んでいるのであって、MT&ヒルトンから収受する賃料のみを収益の基礎としているわけではない。このような収益構造からすれば、原告からの転借人にすぎないMT&ヒルトンにおける本件ホテルの事業収益が、本件賃貸借契約における賃料に影響を及ぼすことはない。

  d 以上によれば、本件従前賃料が第1時点において不相当となっていたということはできない。

 (イ) 相当な賃料額

  a 被告意見書における鑑定評価額の修正

 被告意見書は、第1時点における継続賃料の鑑定評価額を月額5760万としているが、同意見書においては、上記(ア)c記載の本件賃貸借契約の締結に至る経緯やその特殊性といった主観的事情が反映されていないから、これらの点を考慮して被告意見書の鑑定評価額を修正すべきである。前記のとおり、原告と被告は、本件ホテルの収益と賃料とを連動させないこととして賃料を合意したことや、借地借家法32条の適用を排除する旨の合意があったことからすれば、被告意見書における鑑定評価額は、相当程度上方に修正されるべきであり、大和不動産鑑定株式会社が作成した平成25年3月6日付け調査報告書(乙36)のとおり、第1時点における賃料相当額は、低くとも月額6060万円を下回らないというべきである。

  b 収益分析法のみを算定根拠とすることはできないこと

 原告は、収益分析法のみを用いて本件賃貸借契約の相当な賃料額を算定すべきである旨主張するが、本件賃貸借契約において本件ホテルの事業収益が賃料額に影響を及ぼすことが排除されていることは上記(ア)cのとおりである。また、原告の上記主張は、不動産鑑定評価基準及び鑑定理論上採用されていない独自のものである上、原告意見書も原告の上記主張に沿って相当な賃料額を算定しているわけではない。

  c 原告意見書が不合理であること

 原告意見書は、以下の点においてその合理性を欠くものであり、これを相当な賃料額算定の根拠とすることはできない。

   (a) 原告意見書は、その総合判断において、利回り法、差額配分法及びスライド法の各手法により算定された月額賃料について、差額配分法に16分の14の比重を置いて鑑定評価額を算定しているが、これは、鑑定評価額が低額になるよう恣意的に算定したものである。

   (b) 原告意見書は、本件建物及び本件土地の基礎価格を算定するに当たり、第1時点における本件ホテル供用部分の用途別効用比を平成17年4月1日時点に比して約40パーセントも下落させているが、これは、①本件ホテル供用部分の実質賃料を本件ホテルの収益を基礎に算定することにより恣意的に下落させている点、②本件ホテル供用部分の床価格を算定するに当たり、本件ホテル供用部分の実質賃料を還元利回りで除しているところ、同還元利回りを平成17年4月1日時点から上昇させているが、その利率は、原告意見書が他の部分において採用した各利回りの利率と整合しない点、③第1時点における事務所部分の実質賃料について、実際実質賃料を採用しているが、これは不相当に高額なものである点、などにおいて不合理である。

   (c) 原告意見書において採用されているFF&Eリザーブ料の金額は、MT&ヒルトンにおいて実際に支出した金額に比して高額である。

   (d) 原告意見書がスライド法において採用した変動率の数値について、合理的な説明がなされていない。

  (2) 争点(2)イ(第2時点における賃料減額請求の当否)について

   ア 原告の被告に対する賃料減額請求の意思表示の有無について

 [原告の主張]

 原告は、被告に対し、平成23年4月19日、書面により、同年4月分から6月分までの賃料の支払の免除を申し入れるとともに、同年4月26日、書面により、同年4月1日以降の賃料の減額を請求する旨の意思表示をした。

 [被告の主張]

 原告の主張は、否認し又は争う。

 原告が平成23年4月26日に被告に交付した書面には、賃料減額の交渉を申し入れる旨が記載されているのみであり、原告による賃料減額の意思表示が明確に記載されているわけではない。

   イ 従前賃料の不相当性及び相当な賃料額について

 [原告の主張]

 (ア) 平成23年3月11日、東日本大震災が発生し、これに伴い福島第一原子力発電所における事故が生じ、これらの事象により本件ホテルの業績は悪化し、同年3月における本件ホテルのGOPは228万9000円、同年4月は262万円となり、平成23年度の本件ホテルのGOPは、年額9億4731万6000円にまで下落していた。これは、原告意見書における標準的なGOPである年額12億7500万円や平成22年度のGOPである年額11億5952万8000円を大幅に下回る。

 (イ) 本件賃貸借契約における第2時点以降の賃料としては、平成23年10月28日時点における同年度のGOPの予測額である10億4504万9000円から3割の固定性支出を控除し、控除後の金額に被告の共有持分割合である2分の1を乗じることにより得られる収益賃料である月額約3000万円が相当である。

 (ウ) 以上によれば、本件賃貸借契約の賃料は、第2時点においては、本件従前賃料はもちろん、第1時点における減額後の賃料も不相当となっていたというべきであり、賃料額は、月額3000万円が相当である。

 [被告の主張]

 原告の主張は、否認し又は争う。

 東日本大震災による影響は、比較的短期間で解消されており、本件従前賃料又は第1時点の減額後の賃料が不相当となったことを基礎付ける事情についての主張、立証がない。

  (3) 争点(2)ウ(原告による賃料減額請求が信義則違反又は権利の濫用として許されないか)について

 [被告の主張]

 本件賃貸借契約における以下の事情に照らせば、原告の被告に対する賃料減額請求は、信義則に違反し又は権利の濫用であり、許されない。

   ア 本件ホテル供用部分において本件ホテルが運営されることとなったのは、原告の強い意向に基づくものであり、被告は、原告に対し、本件ホテルの事業リスクを負わない旨を一貫して申し入れていた。

   イ 被告が原告に対し、本件差額の支払について一定期間支払を猶予しているにもかかわらず、原告は、本件ホテルの開業後わずか5年足らずの時点で賃料の減額請求をするに至った。

   ウ 本件運営委託契約においては、本件ホテルの事業リスクをMT&ヒルトンが一方的に負うものとされているところ、このような方式を選択したのは、原告自身である。

 [原告の主張]

 被告の主張は、否認し又は争う。

第4 当裁判所の判断

 1 認定事実

 証拠(甲29、甲39、乙13、証人E、証人C、被告代表者Bのほか後掲各証拠)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件賃貸借契約に関し、以下の各事実が認められる。

  (1) 本件土地の取得(乙13、乙20)

   ア 平成11年6月、東京都市計画事業汐留土地区画整理事業(以下「本件区画整理事業」という。)において、本件土地が売却されることとなり、売却入札要綱が発表され、原告と被告は、共同で上記入札に参加することとした。そして、平成12年3月28日に行われた入札の結果、原告及びその関連会社である森産業トラスト株式会社並びに被告の関連会社である住友不動産建物サービス株式会社(以下、原告及び森産業トラスト株式会社並びに住友不動産建物サービス株式会社を併せて「原告等3社」という。)は、共同で本件土地を落札し、同年6月23日、本件区画整理事業の施行者である東京都から、代金803億1150万円で、共同して本件土地を購入した。

   イ 本件土地について、都市計画法上の容積率の上限は700パーセントであるが、本件区画整理事業上、再開発地区整備計画を策定することにより、容積率の上限を900パーセントとすることができることとされ、その場合は、建築物の使用容積率(容積対象延べ面積の敷地面積に対する割合)を810パーセント以上とし、その810パーセントの部分では、本件土地上における建築物の容積対象延べ面積に対する文化交流系施設の整備割合を27.78パーセント以上とすること及び使用容積率が810パーセントを超える部分については、文化交流系施設の整備割合を25パーセント以上とすることとされていた。そのため、本件土地においては、容積率の上限を900パーセントとすることが許容されたが、建築物の使用容積率のうち約248パーセント分については、これを文化交流系施設とすることが求められていた。

 上記の文化交流系施設とは、商業活動を営むホテル・飲食・物品販売・サービス業の店舗やホール、劇場、映画館、スポーツ・余暇施設、生涯教育・社会教育施設等の用途に利用される施設をいうとされていた。

  (2) ホテル運営事業者の選定

   ア 原告は、平成13年2月ころ、本件土地上に建築予定の建物に、世界的なホテルグループを運営する会社法人であるStarwood Hotels&Resorts Worldwide Inc.(スターウッド・ホテルズアンドリゾーツ・ワールドワイド・インク。以下「スターウッド」という。)が「dホテル」のブランドを冠して運営するラグジュアリーホテルを招致することとし、同年7月、原告等3社は、東京都に対し、文化交流系施設としてラグジュアリーホテルを導入することを提案する再開発地区整備計画の要請書を提出した。

   イ 原告等3社は、平成13年12月13日、スターウッドとの間で、スターウッドが日本国内に設立する会社に対して本件土地上に建築する建物のうちホテルとして使用する部分を、次の約定により賃貸する旨の基本合意をし、合意書を取り交わした。

 (ア) 賃料

 1坪当たり月額7500円にホテルの総売上の5パーセントを加算した額

 (イ) 賃貸期間及び契約形態

 期間を50年間とする定期建物賃貸借契約

   ウ 原告、被告及びスターウッドは、平成15年6月ころまでには、スターウッドが日本国内に設立する会社について、その資本金等の合計68億7500万円のうち41パーセントをスターウッドが出資し、原告と被告が各7.56パーセントを出資することなどについて概ね合意に達していた。

   エ ところが、スターウッドは、平成15年7月から8月ころ、前記イの基本合意に基づくホテル運営事業から撤退することとなり、同年11月21日には、原告及び被告との間で、スターウッドの参加を前提とするホテル運営事業の推進を断念し、その中止に関して損害賠償責任を負わないことなどを合意し、その旨の覚書を作成した(乙11)。

   オ 本件建物の建築工事は、平成14年10月には開始されていたが、被告は、上記のスターウッドの撤退を受けて、原告に対し、本件建物のうちホテルとして使用する部分の用途を、住宅の用途に転換し、高級レジデンシャルと称する賃貸用高級マンションとして使用するよう提案したが、用途を転換した場合の具体的建築計画等を提示することはなかった。また、原告は、被告から提案を受けたものの、前記(1)イのとおり、本件建物においては、許容容積率のうち一定割合を文化交流系施設にする必要があるが、被告の提案する用途ではこの必要を充たさないと判断していたことから、同提案を具体的に検討することはなかった。

   カ 原告は、スターウッドの撤退により、本件建物におけるホテル事業の開始に遅れが出ることを懸念し、スターウッドに代わるホテル運営事業者を選定することとし、ヒルトンに打診したところ、ヒルトンは、参画の意向を示したが、前記イのようなホテル運営事業者がホテル部分を賃借してホテルを運営する方式ではなく、ヒルトンがホテル運営業務を受託して運営する方式を採ることを希望した。そこで、原告は、ヒルトンの希望に応じることとし、平成15年11月24日、ヒルトンとの間で、ホテル運営業務の委託契約の基本条件を定める合意をし、覚書を取り交わした。

  (3) 本件建物の完成までの賃貸借契約についての交渉経緯

   ア 被告は、本件土地の取得以降、本件建物について、これをホテルとして使用する場合には、その部分をホテル運営事業者に対して賃貸する方式によることを想定しており、ホテル事業に直接関与することは避けたいとの意向を有していたところ、前記(2)カのとおり、原告がヒルトンに対してホテルの運営を委託する方式を採用することとなったため、原告に対し、本件建物のホテルとして使用する部分に係る自己の共有持分を賃貸することを希望し、以後、原告との間で、賃貸借契約の締結に向けての交渉を行うこととなった(乙10)。

   イ 原告と被告は、平成15年12月ころまでに、本件建物におけるホテル事業に関し、次の事項について合意するに至った。

 (ア) 被告は、原告に対し、本件建物のうちホテルとして使用する部分に係る共有持分を賃貸する。

 (イ) 原告は、ヒルトンとの間で、ホテルの運営業務の委託契約を締結する。

 (ウ) ホテルの内装造作及び家具、什器、備品等(FF&E)の整備に要する費用は、原告と被告が2分の1ずつ負担する。

 (エ) ホテル開業後の経費及び設備更新等に伴う費用は、原告が負担する。

   ウ 原告は、平成15年12月4日、被告に対し、本件賃貸借契約における賃料について、以下の3案を提示した。

 (ア) 定額賃料とする案

 賃料を年額6億円とする。

 (イ) 売上歩合賃料とする案

 賃料を、オーナーズリターン(ヒルトンによるホテル運営により運営委託者が得る収益)から3億円を控除した額の2分の1とする。ただし、年額5億円を最低保証賃料とする。

 (ウ) 賃料をホテル事業からの収益を折半した額とし、ホテル事業を共同事業とする案

   エ 被告は、平成15年12月8日、原告に対し、上記ウ(イ)の売上歩合賃料とする案を被告において検討するために必要な資料として、ホテルの稼働開始後の売上、客室単価、稼働率、GOP、オーナーズリターン等が記載されたホテルの事業計画の提出を求め、そのころ、原告は、これに応じて、被告に対し、ヒルトンが作成した「10年収支計画」と題する表(甲54。以下「本件収支計画表」という。)を交付した(甲53及び54)。

 本件収支計画表には、本件ホテルの稼働開始から10年度にわたる客室稼働率や平均単価、収入、GOP、オーナーズリターン等の予測数値が記載されており、オーナーズリターンは、第1年度が約18億5000万円、第2年度が約19億5000万円、第3年度が21億7000万円、第4年度が約23億円と記載されていた(甲54)。

 原告は、本件収支計画表を踏まえて、本件ホテルにおけるオーナーズリターンは、1年で約20億円程度であると見込んでいた。

   オ 被告は、平成16年4月27日、原告に対し、前記ウの3つの賃料案のいずれも受け入れることはできないとした上、対案として、年額8億6853万円(1坪当たり月額1万3000円)の定額賃料とする案を提示した。

   カ 原告は、平成16年11月19日、被告に対し、定額賃料とする案として、改めて以下の案を提示した。

 (ア) 平成17年7月1日から平成18年6月30日まで

 年額3億円

 (イ) 平成18年7月1日から平成19年6月30日まで

 年額5億円

 (ウ) 平成19年7月1日から平成47年12月31日まで

 年額7億3000万円(1坪当たり月額約1万1000円)

 原告が、上記のとおり1、2年目の賃料を3年目以降の賃料より低額とすることを求めたのは、ホテル事業の運営が軌道に乗り定常的な状態となるまでに2年程度を要するとの見通しに基づくものであった。

   キ 原告が上記カの提案をした後、原告の担当者であるEは、被告の担当者であるFとの間で、本件賃貸借契約における条件に関する交渉を継続したが、進捗はなかった。

  (4) 本件建物の使用の開始等

   ア 平成17年1月31日、本件建物が完成した。本件ホテル供用部分は、主として、28階から37階部分と宴会場及びチャペルとして使用される1階及び2階部分の南側であり、本件建物のその余の部分も賃貸され、3階から26階部分は事務所として、地下1、2階及び2階部分の残部が店舗として、地下4階から地下1階までが駐車場として使用されることが予定されており、同年2月1日から、上記事務所部分及び店舗部分についての賃貸借が開始された。

   イ 平成17年2月1日から6月30日までの間、本件ホテル供用部分について、これを本件ホテルとして使用するための内装工事が行われ、その工事費用の総額77億円は、原告と被告が2分の1ずつを負担した(甲28)。

   ウ ヒルトンは、平成17年7月1日、本件運営委託契約に基づき、本件ホテルを開業し、その運営を開始した(前提事実(4)ウ)。

  (5) CとDとの面談

   ア 前記(3)キのとおり、本件ホテル供用部分の内装工事が行われる段階となっても、原告と被告との間で本件賃貸借契約の賃料等に関する交渉が進捗しなかったことから、平成17年3月、原告の当時の専務取締役であるCと、被告の代表取締役であるDが面談することとなった。

   イ Cは、平成17年3月14日、被告の本社社屋を訪れ、Dと面談し、本件賃貸借契約における賃料についての協議を行った(以下、このCとDとの面談を「本件面談」という。)。

 本件面談において、Cは、Dに対し、本件賃貸借契約における賃料についての原告の意向として、1年目を3億円、2年目を5億円、3年目を7億3000万円とする前記(3)カと同じ案を改めて提示した。これに対し、Dは、1年目を3億円とすることはやむを得ないとして了承したが、2年目を5億円とすることは了承せず、2年目以降の賃料を1坪当たり月額1万1000円(年額7億3491万円)とするのであれば了承する旨述べ、その際、1年目を3億円とする代わりに、ホテルが将来儲かった場合には被告に対して利益を還元するよう申し入れ、利益を還元することは「男の約束」であると述べた。

   ウ Cは、本件面談の後、原告の代表取締役であるAに対し、Dが提案した1年目及び2年目以降の賃料案を報告したところ、Aは、同賃料案を了承した。この際、Cは、Aに対し、Dが「男の約束」であるとして述べた内容としてCが理解したところを併せて報告した。

  (6) 本件議事録の作成に至る経緯

   ア C及びEとB及びFは、平成17年6月17日、本件面談を踏まえて、本件賃貸借契約の各種条件に関する協議を行った(以下、この協議を「本件協議」という。)。本件協議において、Bらは、本件面談においてDが述べた「男の約束」がある旨を述べたが、Cらは、そのような「男の約束」は契約書等の書面に記載するような内容ではない旨返答した。

   イ 被告が本件協議の内容について議事録を作成することを希望したため、平成17年7月20日から同年8月25日ころまでの間、EとFは、議事録の内容を確定すべく、電子メールにより草案を複数回にわたってやりとりしたが、その過程において、Eは、以下の点について記載を修正するよう求めていた(乙1から8〔枝番を含む。〕)。

 (ア) 被告が作成した草案には、書面の表題として「議事(合意)録」や「合意録」等の記載があったが、Eは、Cが代表権を有していないため、議事録として作成する場合にのみ、Cが署名、押印することが可能であるとして、「合意」との文言を使用しないよう求めた。

 (イ) 被告が作成した草案には、本件差額に関し、「平成17年7月1日より平成18年6月30日までの年額賃料300、000千円と年額賃料734、910千円との差額419、949千円については、bホテルの業績が良好になった時に森トラは住不に支払う。」と記載されていたが、Eは、上記の「差額419、949千円」を「差額434、910千円」に修正し、これに「ただし、契約書等の書面上明記しない。」と付記することを求めた。

   ウ Eは、上記イのFとのやりとりを随時Cに報告しており、Cの確認を受けた上、平成17年8月25日、Fに対し、本件議事録と同内容が記載された議事録案を電子メールにファイルとして添付し、本文に「添付案であればOKです。」と記載した電子メールを送信した。そこで、被告は、同年9月2日ころ、原告に対し、Bが署名、押印した本件議事録を送付したが、Cは、本件議事録の記載内容についてAの了承が得られなかったため、その確認者欄に署名、押印をしなかった(前提事実(5)、乙8の1及び2、乙9)。

  (7) 本件賃貸借契約に係る契約書の作成についての交渉経緯(甲48から52)

   ア 原告と被告は、平成18年8月から平成19年4月までの間、本件賃貸借契約についての契約書を作成すべく、双方の作成した草案をやりとりするなどしたが、本件賃貸借契約を借地借家法38条に定める定期建物賃貸借契約とすること及び同法32条の適用はないものとする旨の特約を盛り込むことの点においては、双方の草案は共通していたものの、原告が契約期間を30年間とすることを希望したのに対し、被告がこれを5年間とすることを希望し、結局、契約書の作成には至らなかった。

   イ 原告は、平成19年11月及び平成21年3月、本件賃貸借契約を定期建物賃貸借契約としない通常の賃貸借契約書の草案を作成し、これを被告に送付したが、被告の了承は得られず、対案等の提示もなかった。

   ウ 原告と被告が上記ア及びイにおいて作成した本件賃貸借契約に係る契約書の各草案には、いずれにも本件合意についての記載はない。

  (8) 本件土地及び本件建物の公租公課

 平成17年における本件土地の公租公課は4億6298万3800円、平成18年における本件建物の公租公課は5億8897万3500円であったが、第1時点においては、本件土地の公租公課が7億5694万2531円、本件建物の公租公課が5億8155万4938円であった(甲17)。

  (9) 本件ホテルの事業収益の推移

 平成18年以降の本件ホテルの事業収益は、次のとおりである(甲17、甲42)。

   ア 平成18年

 (ア) 営業総収入 61億2914万5943円

 (イ) 営業総利益(GOP) 17億1944万2223円

   イ 平成19年

 (ア) 営業総収入 63億6344万7444円

 (イ) 営業総利益(GOP) 19億1970万0354円

   ウ 平成20年

 (ア) 営業総収入 54億7382万9671円

 (イ) 営業総利益(GOP) 15億3868万1868円

   エ 平成21年

 (ア) 営業総収入 47億5835万5027円

 (イ) 営業総利益(GOP) 13億4143万9447円

   オ 平成22年

 (ア) 営業総収入 47億3679万7988円

 (イ) 営業総利益(GOP) 13億2188万0946円

   カ 平成23年

 (ア) 営業総収入 41億8510万9000円

 (イ) 営業総利益(GOP) 10億8539万5693円

 2 反訴について

  (1) 争点(1)ア(本件反訴の適法性)について

 本件本訴は、原告が、被告に対し、借地借家法32条1項に基づく賃料減額請求権を行使したと主張して、本件賃貸借契約における減額された賃料額の確認を求めるものであるところ、本件反訴は、被告が、原告に対し、本件合意に基づき、本件賃貸借契約における1年目の賃料と支払賃料との差額の支払を求めるものである。

 そうすると、本件本訴と本件反訴は、本件賃貸借契約という同一の契約に基づく賃料に関する請求を目的とするものである上、後記4(1)のとおり、本件本訴において、原告による賃料減額請求の当否及び相当な賃料額の判断には、本件賃貸借契約において賃料額が決定されるに至った経緯等を考慮する必要があるところ、本件反訴の請求原因事実である本件合意も賃料額の決定される過程における事実であることを考慮すれば、本件反訴は、本件本訴の目的である請求と関連する請求を目的とするものであるといえる。

 よって、本件反訴は、適法である。

  (2) 争点(1)イ(本件合意の成否)について

   ア 原告と被告との間では、本件賃貸借契約に係る契約書が作成されておらず、本件合意がされたことを直接に証する文書も作成されていないところ、平成17年3月14日のCとDによる本件面談を踏まえて、同年6月17日に原告側のC及びEと被告側のB及びFとの間で本件賃貸借契約の賃料等についての協議(本件協議)が行われており、その内容が本件議事録に記載されているが、その一部である本件記載部分(前提事実(5)ア)は、本件合意が成立したことが記載されたと理解することができるものである。また、Eは、議事録の記載についてCの確認を受けた上、平成17年8月25日、Fに対し、本件記載部分と同内容が記載された議事録案をファイルとして添付し、本文に「添付案であればOKです。」と記載した電子メールを送信している(前記1(6)ウ)。これらは、同年6月17日までに本件合意が成立したことを推認させ得る事情であり、Bの陳述書(乙13)及び供述には、本件面談を踏まえて行われた本件協議において、原告と被告が本件合意に至った旨の部分がある。

   イ そこで、まず、本件面談の状況についてみるに、Dは、本件面談において、Cに対し、将来本件ホテルの業績が良好となった場合には、被告に利益を還元するよう申し入れ、利益を還元することは「男の約束」であると述べた(前記1(5)イ)のであるが、この申入れにいう「利益の還元」の内容は、本件面談までに原告が提案していた賃料額と本件面談においてDが提案した賃料額との差額を念頭に置いたものであると理解することができるものの、本件面談においては具体的に明確にされていないといわざるを得ない。また、Dの言によれば、利益を還元するのは、本件ホテルの業績が良好となった場合であるというのであるが、具体的にどのような条件が満たされた場合をもって本件ホテルの業績が良好となった場合とするかについても明確にされていない。さらに、Dは、1年目を3億円とすることはやむを得ないとして了承したのであるが、1年目の賃料額を2年目以降と同額の年額7億3491万円とするが、1年目はそのうち3億円を支払うことで足り、その差額の支払を猶予する趣旨であることを具体的に述べてはいない。これらの事情にかんがみれば、本件面談におけるDの申入れは、1年目の賃料額を年額3億円とすることを了承しつつ、原告に対し、漠然と本件ホテルの業績が良好となった場合には、2年目以降の賃料額との差額を念頭に置いた額の金員を追加して支払うよう努力することを求めるものにとどまると理解せざるを得ない。Dは、利益を還元することは「男の約束」であると述べているが、これも、原告に対して誠実に上記のような努力をするよう強く求めるにとどまると解され、利益の還元として一定の額の金員を支払う義務を負うように求めるものとまで解することはできない。そうすると、本件面談において、Dが本件合意の申込みをしたと認めることは困難である。

 他方、Cが本件面談においてDから本件合意の申込みを受けたのであれば、原告は、直ちに部内において具体的検討をしてしかるべきであるのにそのような対応をした形跡がなく、このことは、Cが、Dの申入れの趣旨を、利益を還元するよう努力することを求める漠然としたものであったと理解していたことを示すものであって、Dの申入れが上記のような誠実な努力を強く求めるにとどまるものであったことを裏付けるということができる。

 この点について、Bの陳述書及び供述には、本件面談において、DがCに対し、1年目は減額でよいとは言っておらず、後に本件差額の支払を求める旨を述べたかのように解される部分がある。しかし、Bは、本件面談に同席しておらず(B本人)、上記の部分は自己の直接の体験に基づかないものであり、その内容も具体性に欠け、上記の事情にも照らせば、この部分によりDが本件合意の申込みをしたと認めることはできない。

   ウ 次に、本件協議の内容についてみるに、本件記載部分が、EとFの間で議事録の草案をやりとりし、Eによる修正の要求を容れた結果であることからみて、Bらは、本件協議において、Dが本件面談の際に、本件ホテルの業績が良好になったときには原告が被告に対して本件差額を支払う約束をするよう申し入れたと主張し、本件協議までに本件合意が成立したことを確認するよう求めていたことがうかがわれる。しかし、本件協議においてBらが上記のように主張していたとしても、Bらは、Dによる申入れの趣旨を、実際よりも踏み込んだもの、すなわち、DがCに対して原告が本件差額の支払義務を負う合意をするよう申し込んだものと理解し、Aが本件面談の際にこれを承諾していた、あるいは、本件面談の後に承諾したはずであると考えていたに過ぎないとみる余地が十分にあり、本件面談においてDが本件合意の申込みをしたことが裏付けられるものではない。

 また、Bらは、本件協議において、Cらに対し、本件面談における「男の約束」がある旨述べている(前記1(6)ア)が、これも、Bらが上記のような理解に立脚していたことを示すものではあるが、Dが本件合意の申込みをしたことを裏付けるとはいえない。

 したがって、上記のような本件協議におけるBらの主張等を考慮しても、本件面談においてDが原告に対して本件合意の申込みの意思表示をしたと認めることはできない。

   エ 他方、前記アのとおりEが「添付案であればOKです。」と記載した電子メールを送信したにもかかわらず、Cは、本件議事録に署名、押印をしなかったのであるが、これは、本件記載部分について原告の代表者であるAの了承が得られなかったためであり(前記1(6)ウ)、Aが本件面談から本件協議までの間に本件合意をすることを容認したとも考えられない。

 もっとも、EがFに対して上記の電子メールを送信した経過(前記1(6)ウ)によれば、Cは、Eに対し、いったんは本件記載部分を含む記載のある議事録に確認者として署名、押印する意向を示していたことが認められる。しかしながら、Cとしては、本件面談におけるDの申入れの趣旨を前記イのようなものと理解しており、その尋問において供述するように、Dから本件合意の申込みがあったとは認識していなかったが、Bらが原告において本件差額を支払う義務を負うような決着を強く望んでいると考え、ともかくAの判断を仰いでみることとし、本件合意をすることについてAの了承が得られれば本件議事録に署名、押印をしようと考えていたことがうかがわれる。また、Cは、本件協議においてDの言う「男の約束」は契約書等に記載するような内容ではない旨述べており、本件議事録の表題を「合意録」等の原告と被告との合意自体を記載した書面であることを意味するものとすることについて一貫して異議を唱え、原告が被告に対して本件差額を支払うとの条項を契約書等の書面に明記しないことを付記することを求めている(前記1(6)ア、イ)が、これらも、Cの認識と考え方が上記のようなものであったことと整合する態度であるということができる。そうすると、Cが上記のように本件議事録に署名、押印する意向を示したことは、必ずしも本件記載部分が事実を正確に反映したものであることの根拠となるものではなく、Dが本件合意の申込みをしたこと、あるいは、Aが本件協議までに本件合意をすることを了承していたことを推認させるものではないというべきである。

   オ 以上によれば、前記アの事情から、Dが本件面談において本件合意の申込みをしたことを推認することはできず、まして、Aが本件合意をすることを了承していたことを推認することもできないのであって、前記アのBの陳述書及び供述の部分を採用することもできず、他に本件協議の日に本件合意が成立したことを認めるに足る証拠はない。

   カ なお、本件記載部分は、本件合意が成立したことの記載であると理解することができるのであるが、Dの意を受けたBが、このような本件記載部分のある本件議事録に署名、押印した上、原告に送付していること(前提事実(5)、前記1(6)ウ)からすれば、遅くともこのころまでには、被告が原告に対し、本件合意についての申込みの意思表示をしたとみることもできる。しかしながら、Cは、本件議事録について、Aにその記載内容の確認を求めたところ、その了承を得ることができなかったため、本件議事録に署名、押印しなかった(前記1(6)ウ)のであり、原告の代表権を有するAが上記申込みを承諾したことを認めるに足る証拠はないから、原告と被告との間において、本件合意が成立したと認めることはできない。

  (3) 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、被告の反訴請求は、理由がない。

 3 争点(2)ア(ア)(原告の被告に対する第1時点における賃料減額請求の意思表示の有無)について

  (1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

   ア 原告は、平成22年1月27日ころ、被告に対し、「bホテル:賃借料検討資料」と題する書面(甲9)を交付したが、同書面には、本件ホテルの平成22年度の営業総利益を平成21年度における実績値の90パーセントと想定して平成22年度の営業総利益(GOP)を算定し、そこから諸経費及びFF&Eリザーブ料等を控除して得られる年額8億4000万円に被告の共有持分割合である2分の1を乗じた額である4億2000万円をもって、本件賃貸借契約における賃料の年額とする案が記載されている(甲9)。

   イ 原告は、平成22年3月30日、被告に対し、同日付け「eビルディングホテル部分の賃料について」と題する書面(甲16)を交付したが、同書面には、原告は、平成22年4月1日が賃料改定日であると認識しており、被告に対し、平成21年から改定後の賃料の減額を申し入れているとの記載がある(甲16)。

  (2) 上記(1)の各事実によれば、原告は、被告に対し、遅くとも平成22年3月30日までには、本件賃貸借契約について、賃料の減額を請求するとの意思表示をしたと認められる。

 上記(1)イの書面の記載自体には、原告が賃料減額を請求する意思であることが明確に現れているとまではいえないが、上記(1)アのとおり、原告は、同書面の交付に先立ち、被告に対し、賃料額を従前賃料より低額である年額4億2000万円(月額3500万円)とすることを申し入れていたのであり、これを同書面の記載に併せれば、同記載においては、原告が賃料の減額を求める意思であることは明確になっているということができ、被告もこれを十分に認識することができるということができる。したがって、上記(1)イの書面の交付をもって、原告が賃料減額請求の意思表示をしたものであると認めることができる。

 4 争点(2)ア(イ)(第1時点における賃料の不相当性及び相当な賃料額)について

  (1) 借地借家法32条1項に基づく賃料減額請求の当否及び相当な賃料額を判断するに当たっては、衡平の見地に照らし、同項本文所定の事由のほか、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきである(最高裁平成15年10月21日第三小法廷判決・民集57巻9号1213頁参照)。

 なお、被告と原告は、双方がそれぞれ本件建物の共有持分に応じて本件ホテル供用部分を使用する権利を有するところ、本件賃貸借契約は、被告が自ら直接に同部分を使用せず、これを原告の使用に委ねることを内容とするものであり、一面において物の共有者間の共有物の使用についての契約の性質を有するといえるが、他面、被告が、本件ホテル供用部分について持分に応じた使用のみをなし得る原告に対し、これを全面的に使用収益させる契約であるから、賃貸借の性質を有するということができる。そこで、本件賃貸借契約における契約関係を、前提事実(3)のように、これを「被告の共有持分の賃貸借」と呼ぶこととする。

  (2) 原告と被告が賃料額決定の要素とした事情等について

   ア そこで、原告と被告とが本件賃貸借契約の賃料額を決定する際に要素とした事情等について検討する。

 (ア) 前記1(1)から(5)のとおり、原告と被告は、当初、本件土地上に建築する建物にラグジュアリーホテルを招致することとし、ホテルとして使用する部分をスターウッドに対し共同で賃貸することを予定していたところ、スターウッドが撤退したために、原告においてホテル運営事業者を選定し、ヒルトンが本件建物においてホテルを運営することとなったが、ヒルトンの希望により、ヒルトンが委託を受けてホテルを運営する方式をとることとなった。しかし、被告は、ホテル事業に直接関与することを避けたい意向であり、本件ホテル供用部分に係る共有持分を原告に賃貸することを希望し、原告と被告は、被告のこの希望に沿って、本件賃貸借契約の締結に向けて交渉をすることとなった。そして、賃料額の交渉においては、まず、原告が、ヒルトンの作成した本件収支計画表に記載された本件ホテルの事業収益に関する予測を基に、本件ホテルの収益に連動する方式を含む3案を提示したところ、被告は、本件収支計画表を原告から入手し、これを検討した上で、定額賃料とする案を希望して対案を提示し、以後、原告と被告との間では、定額賃料とすることを前提に、その金額について交渉を継続し、本件面談を経て、賃料の合意に至ったものである。

 このような経過を経て原告と被告とが合意した賃料額は、本件ホテルの開業後の1年目(平成17年7月1日から平成18年6月30日まで)が年額3億円、2年目以降が年額7億3491万円であった。他方、本件収支計画表に記載された本件ホテルの事業によるオーナーズリターンの予測額は、2年目以降毎年19億円から25億円程度であり、上記の2年目以降の賃料額は、オーナーズリターンを被告に共有持分割合に応じて配分した場合の額を相当程度下回るものであると認められる。

 また、原告と被告は、本件賃貸借契約を締結した後、契約書を作成すべく交渉しているが、その過程では、双方とも、本件賃貸借契約を定期建物賃貸借契約とした上、一定期間は借地借家法32条1項に定める賃料増減額請求権を排除することには異論がなかったものと認められる。

 (イ) 以上のとおり、被告は、ホテル事業に直接関与することを避ける意向を有しており、この意向に沿って、原告と被告が共同してヒルトンにホテルの運営を委託する方式は採用されず、本件ホテル供用部分に係る被告の共有持分を原告に賃貸する方式が採用されたものであること、本件賃貸借契約における賃料額について、被告は、本件ホテルの事業収益の変動に連動して変動する方式により定めることを拒絶し、定額賃料とすることで合意し、その賃料額も、当時に予測された本件ホテルの事業収益を持分割合に応じて配分する場合の賃料額よりも相当程度低額とすることで合意したこと、原被告とも、本件賃貸借契約につき一定期間は借地借家法32条1項に定める賃料増減額請求権を排除することに異論がなかったことに照らせば、原告は、本件ホテルの事業収益の変動を賃料額に反映させることをできる限り回避したいとの被告の意向を一定程度尊重していたということができる。

 もっとも、被告としても、本件土地上に建築する建物の用途をホテルとし、ラグジュアリーホテルを招致することについては了解しており(前記1(2)ア)、スターウッドが撤退する以前には、スターウッド及び原告との間で、原告と共同してホテル供用部分をスターウッドが設立する会社に賃貸し、賃料額をホテルの業績と一定程度連動させることで基本的に合意し(同イ)、また、同会社にも原告と同額の出資をすることもほぼ合意に達していたのであり、ホテルの業績が賃料に影響を与えることを容認する姿勢であったということができる。そして、被告は、スターウッドの撤退後においても、本件賃貸借契約における賃料額の交渉において、本件収支計画表の交付を受けてこれを検討する(前記1(3)エ)など、本件ホテルの事業収益について一定の調査、検討をした上で、本件面談を迎えている。これらの事情に照らせば、原告のみならず被告も、本件ホテルの事業収支の見通しを考慮した上で、本件賃貸借契約における賃料額を決定するに至ったことは疑う余地のないところである。

 (ウ) 以上のとおり、原告と被告は、本件賃貸借契約における賃料額の決定に当たっては、本件ホテルの業績が反映することをできる限り回避したいとの被告の意向を尊重しつつ、本件ホテルの事業収益の見通しを要素の一つとして考慮したものと認められるのであって、本件ホテルの事業収益の変動を直ちに賃料額に反映させることまでは予定していなかったというべきである。

   イ これに対し、原告は、本件賃貸借契約に関する事情からすれば、本件ホテルの事業収益を基礎として賃料の不相当性及び相当な賃料額を判断すべきであり、第1時点における賃料額は、原告意見書において収益分析法により算定された月額3700万円とするのが相当である旨主張する。

 しかしながら、上記アのとおり、原告と被告は、本件賃貸借契約における賃料額を決定するに当たり、本件ホテルの事業収益の見通しを考慮したのであるが、本件ホテルの事業収益の変動を直ちに賃料額に反映させることまでは予定していなかったというべきであるから、本件賃貸借契約が共有者間における契約であることなど原告の指摘する点を考慮しても、賃料の不相当性及び相当な賃料額を判断するに当たって、専ら本件ホテルの事業収益に依拠し、あるいは、これに大きな比重を置くことは相当でないというべきである。

 また、不動産鑑定評価の手法の一つである収益分析法とは、一般の不動産を利用する企業経営による総収益を分析して、対象不動産が一定期間に生み出すであろうと期待される純収益を求め、これに必要経費等を加算して対象不動産の賃料を試算する手法であるが、本件において、相当な賃料額を定めるに当たり、本件ホテルの事業収益を基礎に収益分析法により求めた賃料額のみを採用することは、専ら本件ホテルの事業収益に依拠して賃料額を定めることにほかならず、本件賃貸借契約の賃料額を決定する際に考慮した事情に照らし、相当でないというべきである。

 よって、原告の上記主張は、採用することができない。

   ウ 他方、被告は、原告と被告は、本件ホテルの事業収益が本件賃貸借契約の賃料額に影響を及ぼすことを排除する旨合意していたから、本件ホテルの事業収益を考慮して賃料の不相当性及び相当な賃料額を判断することはできない旨主張するが、前記アに説示したとおり、原告と被告が、賃料額の決定に当たり、本件ホテルの事業収益の変動が賃料額に反映されることを完全に遮断することまでを合意していたとは認められないから、本件賃貸借契約における賃料額の不相当性及び相当な賃料額を判断するに当たって、本件ホテルの事業収益を考慮しないことも相当でないというべきである。

 よって、被告の上記主張は、採用することができない。

  (3) 原告意見書及び被告意見書について

 第1時点における本件賃貸借契約の継続賃料について、原告意見書には月額4950万円、被告意見書には月額5760万円との意見が鑑定評価額として記載されているので、上記各意見書(以下「本件各意見書」という。)について検討することとする。

   ア 本件各意見書の判断手法

 本件各意見書は、いずれも、同一使用目的で継続して賃貸借する場合の月額支払賃料(継続賃料)の額を鑑定評価額として求めたものであり、第1時点及び現行賃料を定めた時点(平成17年4月1日。以下「本件現行賃料決定時点」という。)における賃料評価の基礎となる対象不動産(本件ホテル供用部分)の価格(基礎価格)を査定した上、利回り法、差額配分法、スライド法の三つの手法によりそれぞれ賃料を試算し、各試算賃料を勘案して鑑定評価額を決定しているものであって(甲17、乙14)、その判断手法は合理的であるということができる。

   イ 配分率及び効用比について

 (ア) 本件各意見書における本件ホテル供用部分の基礎価格の差異

 本件各意見書は、本件ホテル供用部分の基礎価格の査定においては、いずれも、まず、本件建物及び本件土地の積算価格を求め、これに本件ホテル供用部分の効用比及び面積を勘案して査定した配分率を乗じた上、同部分に係る家具、什器、備品等(FF&E)の価格を加算し、これに被告の共有持分割合である2分の1を乗じることにより、基礎価格を査定しており、その査定の手法は合理的である。

 しかしながら、このように同一の手法により査定された本件ホテル供用部分の基礎価格は、原告意見書では、第1時点において58億円、本件現行賃料決定時点において89億5000万円と査定されており、被告意見書では、第1時点において94億円、本件現行賃料決定時点において105億円と査定されている。このように、本件ホテル供用部分の基礎価格の査定に少なくない差異が生じているのは、上記の配分率に差異があることによるものであり、この配分率の差異は、同部分の用途別効用比の査定の差異により生じたものと認められる(甲17、乙14)。

 (イ) 配分比及び効用比の意義

 本件建物は、本件ホテル供用部分のほか、事務所、店舗等の各用途に供される複数の部分から構成されている(前記1(4)ア)。このように、一棟の建物が異なる用途に供される複数の部分から構成されている場合、土地・建物の一体としての効用は、建物の用途、階層等の如何にかかわらす一様に発揮されるものではなく、部分ごとに効用に応じた差異があり、建物の部分ごとの価値は、この差異に応じて異なることとなるから、一棟の建物のうち特定の用途に供される部分のみを評価対象とする場合は、次のような方法により価格を算定することとなる。

 まず、ある部分を基準として、その部分の専用部分の単位面積当たりの価値を100とし、他の部分の用途、階層、位置別の単位面積当たりの価値を100に対する指数で表した数値である効用比を査定する。次に、これに各部分の面積を乗じて各部分の効用積数を算定し、各部分の効用積数を一棟全体の効用積数の合計値で除することによって求めた割合を配分率とし、一棟の建物及びその敷地の価格に対象部分の配分率を乗ずることによって、当該対象部分の基礎価格を算定する。

 本件ホテル供用部分の配分率を求めるには、本件建物のホテル、事務所、店舗、駐車場の用途に供される各部分について、用途別、階層別、位置別の効用比を査定することとなる(以上につき、甲40)。

 (ウ) 前記(ア)のとおり、本件各意見書においては、本件ホテル供用部分の配分率に差異があり、原告意見書は、第1時点での配分率を5.64パーセント、本件現行賃料決定時点での配分率を9.05パーセントとしているのに対し、被告意見書は、第1時点での配分率を9.05パーセント、本件現行賃料決定時点での配分率を10.67パーセントとしているが、この配分率の差異は、本件ホテル供用部分の用途別効用比の査定の差異に起因するものである。すなわち、本件各意見書は、いずれも、本件建物のうち事務所部分を基準とし、同部分の用途別、階層別、位置別の各効用比を「100」として本件ホテル供用部分の各効用比を査定しているところ、階層別及び位置別の効用比は一致しているが、用途別効用比については、原告意見書が本件現行賃料決定時点での本件ホテル供用部分の効用比を「25」、第1時点での同効用比を「15」としたのに対し、被告意見書は、本件現行賃料決定時点での同効用比を「30」、第1時点での同効用比を「25」と査定しているために、被告意見書における配分率よりも、原告意見書における配分率が低くなったものである。

 (エ) そこで、本件各意見書における効用比の査定について、検討する。

  a まず、被告意見書についてみるに、被告意見書は、本件現行賃料決定時点における用途別効用比について、実際に収受された事務所部分の月額実質賃料(1坪当たり3万2640円)と本件ホテル供用部分の月額実質賃料(1坪当たり1万1000円)を基礎に査定している(乙19、乙26、乙30)ところ、この判断手法自体には合理性があるということができる。

 しかしながら、被告意見書作成者は、第1時点における用途別効用比について、実際に収受された事務所部分の月額実質賃料(1坪当たり3万7332円)と査定された本件ホテル供用部分の正常月額実質賃料(1坪当たり9300円)を基礎として査定したと説明している(乙26)が、上記の本件ホテル供用部分の正常実質賃料をどのようにして査定したかについての具体的根拠は明らかでなく、むしろ、効用比に任意の数値を当てはめることにより、正常実質賃料の試算を繰り返し、効用比が被告意見書作成者において相当と考える数値となるように正常実質賃料を算出したことがうかがわれる。

  b 次に、原告意見書についてみるに、原告意見書は、用途別効用比について、事務所部分に対する各用途部分の床価格の割合によることとし、当該床価格は、その用途部分の1坪当たりの実質賃料から経費を控除して得られる純収益を還元利回りで除することにより査定している(甲40、甲46)ところ、この判断手法自体には合理性があるということができる。

 原告意見書作成者億、上記の床価格の査定に用いた本件ホテル供用部分の実質賃料を、本件現行賃料決定時点では本件従前賃料と近似する1坪当たり月額1万1900円とし、第1時点では1坪当たり月額7000円から7500円としているが、第1時点の実質賃料は、本件ホテルの事業収益の減少により下落したものであると説明している(甲40、甲46)。しかしながら、前記(2)のとおり、原告と被告が本件賃貸借契約の賃料額の決定の要素とした事情等からすれば、鑑定評価額を形成する過程で使用する第1時点での実質賃料を査定するに当たっても、専ら本件ホテルの事業収益に依拠し、あるいは、これに大きな比重を置くことは相当でないことに変わりはなく、上記の説明のように、本件ホテルの事業収益の減少に依拠して実質賃料を査定することは、相当でないというべきである。

 また、原告意見書では、上記の床価格を算定するに当たって用いる第1時点での還元利回りが、事務所供用部分については、本件現行賃料決定時点から低下しているのに対し、本件ホテル供用部分については、本件現行賃料決定時点から上昇している(甲40)ところ、このような還元利回りの変動が合理的であることについて十分に説得的な説明がされているとはいえない。

   ウ 前記アのとおり、本件各意見書は、いずれの判断手法も合理的なものであり、また、各作成者は、いずれも不動産鑑定の分野において定評があり、その専門的知見に欠けるところはない(弁論の全趣旨)ものの、上記イの諸点を考慮すると、本件各意見書のいずれの意見も、そのまま採用することはできないといわざるを得ない。

  (4) 相当な賃料額について

 上記(3)のとおり、本件各意見書の相当な賃料額についての各意見は、いずれもそのまま採用することができないのであるが、本件各意見書の判断手法は合理的であり、意見の形成過程における利回り法、スライド法及び差額配分法による賃料の試算手法も、それ自体に合理性に欠けるところはないと認められるから、相当な賃料額は、上記(3)のような問題点があることを考慮しつつ、本件各意見書の手法や内容を参照して認定するのが相当である。

   ア 本件ホテル供用部分の基礎価格について

 (ア) 前記(3)のとおり、本件各意見書の基礎価格の査定については、いずれも用途別効用比の査定の点において相当とはいえないが、査定の手法自体はいずれも合理的であり、本件建物及び本件土地の積算価格並びにFF&Eの価格は、近似し、あるいは同額であり、この点においては、本件各意見書は、これらの価格の正確性について互いに補強しあっているということができる。また、用途別効用比については、本件各意見書の数値が全く根拠を欠くものであるとまではいえず、各作成者がそれぞれの専門的知見に基づいて裁量的に定めているとみることができる。そうすると、これらの各数値については、原告意見書と被告意見書のいずれか一方が上限を画し、他方が下限を画しているとみるのが相当である。

 (イ) 上記(ア)の各点にかんがみれば、本件ホテル供用部分の基礎価格の査定に当たっては、本件建物及び本件土地の積算価格並びにFF&Eの価格についても、配分率についても、本件各意見書の各数値の平均値を採用するのが相当である。そして、これらを基礎として、本件各意見書の手法により本件ホテル供用部分の基礎価格を査定すると、第1時点での基礎価格は75億4345万円であり、本件現行賃料決定時点での基礎価格は96億9935万円となる(具体的数値は、別紙「賃料試算表」の「認定」の項の番号1から18の各欄に記載したとおりである。)。

   イ 利回り法による試算賃料

 (ア) 本件各意見書は、いずれも利回り法により第1時点における賃料を試算しており、その試算手法は、いずれも、本件現行賃料決定時点での純賃料利回りを査定し、これに第1時点までの変動率を乗じて第1時点での継続賃料利回りを算出し、これを本件ホテル供用部分の基礎価格に乗じて得られる純賃料に必要経費等を加算して実質賃料を算出するというものであって、合理的であるということができる。

 本件各意見書は、基礎価格のほか、試算に用いる必要経費等の額、変動率に差異があるが、これらは、前記ア(ア)と同様、必要経費等の額のように、相互に近似していて、本件各意見書がその額の正確性について互いに補強しあっているといえる要素や、変動率のように本件各意見書の各作成者がそれぞれの専門的知見に基づいて裁量的に定めているとみることができる要素であり、原告意見書と被告意見書のいずれか一方が数値の上限を、他方が下限を画しているとみるのが相当である。

 (イ) 上記(ア)の各点にかんがみれば、利回り法による試算賃料は、前記アの基礎価格を基に、上記(ア)の賃料試算過程における各要素の数値として、本件各意見書の平均値を採用し、上記(ア)の手法により試算するのが相当である。そして、このような方法により算定される試算賃料は、月額5530万円(10万円未満は四捨五入する。以下の各試算賃料について同じ。)となる(具体的数値は、別紙「賃料試算表」の「認定」の項の番号19から24の各欄に記載したとおりである。)。

   ウ スライド法について

 (ア) 本件各意見書は、いずれも、スライド法により第1時点での賃料を試算しており、その試算手法は、本件現行賃料決定時点における純賃料を査定した上、これに第1時点までの変動率(スライド率)を乗じて第1時点での純賃料を算出し、これに第1時点での必要経費等を加算して実質賃料を算出するというものであって、合理的であるということができる。

 本件各意見書は、上記の変動率及び必要経費等の額に差異があるが、これも、前記ア(ア)と同様に、原告意見書と被告意見書のいずれか一方が数値の上限を、他方が下限を画しているとみるのが相当である。

 (イ) 上記(ア)の各点にかんがみれば、スライド法による試算賃料は、前記アの基礎価格を基に、上記(ア)の賃料試算過程における各要素の数値として、本件各意見書の各数値の平均値を採用し、上記(ア)の手法により試算するのが相当である。そして、このような方法により算定される試算賃料は、月額5500万円となる(具体的数値は、別紙「賃料試算表」の「認定」の項の番号42から46の各欄に記載したとおりである。)。

   エ 差額配分法について

 (ア) 本件各意見書は、いずれも、差額配分法により第1時点での賃料を試算しており、その試算手法は、第1時点における本件ホテル供用部分の経済価値に即応する正常実質賃料を求め、これと第1時点での実際実質賃料との差額について賃貸人に帰属する割合を判定し、当該差額に当該割合を乗じて得られる配分額を実際実質賃料に加算して実際実質賃料を算出するというものである。また、積算法による積算賃料及び収益分析法による収益賃料を査定した上、これらを比較検討することによって上記の正常実質賃料を査定しているが、このような試算手法は、合理的であるということができる。

 (イ) そこで、まず、積算法による積算賃料について検討するに、本件各意見書は、いずれも、第1時点における基礎価格に期待利回りを乗じて得た純賃料に、第1時点における必要経費等を加算することにより、積算賃料を得ているが、この手法自体は合理的である。

 本件各意見書は、上記の期待利回り及び必要経費等の額に差異があるが、前記ア(ア)と同様の理由により、本件各意見書の各数値の平均値を採用し、上記の手法により積算賃料を算定するのが相当である。そして、このように算定される積算賃料は、月額4510万円である。

 (ウ) 次に、収益分析法による収益賃料について検討するに、本件各意見書は、いずれも、本件ホテルの事業収支を分析の上、第1時点における標準的なGOPを査定し、これから固定性支出を控除して収益賃料を得ているが、この手法自体は合理的である。

 本件各意見書は、上記の第1時点における標準的なGOP及び固定性支出の額に差異があるが、前記ア(ア)と同様の理由により、本件各意見書の各数値の平均値を採用し、上記の手法により収益賃料を算定するのが相当である。そして、このように算定される収益賃料は、月額4300万円である。

 (エ) そこで、上記(ウ)及び(エ)により得られた各賃料を基にして、正常実質賃料を査定することとなるところ、上記各賃料は、その算定過程においていずれも同等の説得力を有する上、その賃料額も近似するものである。

 また、前記(2)の原告と被告が賃料額決定の要素とした事情等によればば、収益賃料を積算賃料より重視することは相当でないというべきであり、第1時点における正常実質賃料は、上記(イ)の積算賃料と(ウ)の収益賃料の平均値である月額4410万円とするのが相当である。

 (オ) 最後に、上記(エ)の正常実質賃料である月額4410万円と、実際実質賃料である月額6124万2500円との差額である-1714万2500円について、賃貸人である原告に帰属する部分を査定することとなる。この差額配分割合について、原告意見書は、賃貸人への帰属割合を2分の1としている一方、被告意見書は、これを3分の1としている。

 そこで、検討するに、上記の正常実質賃料と実際実質賃料の差額が生じた要因のうち、一般的あるいは地位的要因については、原告と被告のいずれか一方に起因するものであるということはできない。しかしながら、前記(2)においてみたように、本件賃貸借契約の締結に当たっては、被告は、本件ホテルの事業収益の変動を賃料額に反映させることをできる限り回避したいとの意向を有しており、原告においても、この被告の意向を一定程度尊重していたと認められるのであるから、上記の差額の発生要因のうち、本件ホテルの事業収益の減少に起因する部分については、賃借人である原告がやや多くの割合を負担するのが、当事者間の衡平に適うというべきであり、上記の差額の40パーセントを、賃貸人である被告に配分するのが相当である。

 そうすると、差額配分法による試算賃料は、月額5440万円となる(具体的数値は、別紙「賃料試算表」の「認定」の項の番号25から41の各欄に記載したとおりである。)。

   オ 上記アからエのとおり、利回り法、スライド法及び差額配分法により得られた各試算賃料は、それぞれが一定の規範性を有するものであり、概ね近似した賃料額が得られていることからも、信頼性を有するといえる。また、前記(2)の原告と被告が賃料額を決定する際に要素とした事情等をみても、上記各試算賃料のうちいずれかを重視すべきであるとはいえない。なお、賃貸事例比較法による試算賃料は、比較すべき適切な事例が得られないため、得ることができず、採用しないこととなる。

 したがって、上記の利回り法、スライド法及び差額配分法により得られた各試算賃料を同等の説得力を有するものと評価し、第1時点における相当な賃料額は、これらの平均値である月額5490万円であると認めるのが相当である。

  (5) 本件従前賃料の不相当性について

 上記(4)のとおり、本件賃貸借契約の第1時点での相当な賃料額は、月額5490万円であるところ、本件従前賃料の額がこの相当賃料額とかなりの程度乖離していることに照らせば、本件土地及び本件建物の公租公課の負担が第1時点において軽減しているとはいえず(前記1(8))、近傍同種の建物の借賃が必ずしも明らかではないなど借地借家法32条1項に定める事由について考慮しても、第1時点における賃料額は、不相当となっていたと認められる。

 これに対し、被告の依頼により大和不動産鑑定株式会社が作成した「調査報告書」と題する書面には、本件賃貸借契約における第1時点の継続賃料が月額6060万円であるとの意見が記載されている(乙36)。しかしながら、上記書面は、被告意見書を基礎としつつ、本件ホテルの事業収益の影響を排除するとの観点から、これに適宜修正を加えたものであり、上記(3)及び(4)の説示に照らして、これを採用することはできない。

 また、原告と被告が賃料額決定の要素とした事情等を従前賃料の不相当性及び相当な賃料額を判断する際に考慮すべきことは前記(1)のとおりであるが、この事情等については、上記(4)のとおり、相当な賃料額の査定において考慮されており、さらに、この事情等を考慮しても、第1時点において、本件従前賃料の額は不相当となっていたというべきである。

  (6) 以上によれば、本件賃貸借契約における相当な賃料額は、第1時点以降、月額5490万円(消費税相当額を含まない。)であると認められる。

 5 争点(2)イ(第2時点における賃料減額請求の当否)について

 原告は、第2時点以降の賃料減額請求について、その賃料の不相当性及び相当な賃料額を基礎付ける事情として、東日本大震災に伴う本件ホテルの事業収益の悪化を主張するところ、前記4(2)のとおり、原告と被告が賃料額決定の要素とした事情等に照らせば、賃料の不相当性及び相当な賃料額を判断するに当たっては、専ら本件ホテルの事業収益に依拠し、あるいは、これに大きな比重を置くことは相当でないというべきであるから、原告の上記主張は、これをそのまま採用することができない。そして、第2時点は、第1時点からわずか約1年後であることをも考慮すると、第2時点において賃料が不相当となっていたことを基礎付ける事情についての主張、立証はない。

 よって、原告の第2時点における賃料の減額請求は、その効力を生じないから、同減額請求に基づく原告の第2時点以降の賃料の確認請求は、理由がない。

 6 争点(2)ウ(原告による賃料減額請求が信義則違反又は権利の濫用として許されないか)について

 被告は、原告による賃料減額請求は、信義則違反又は権利の濫用であり許されないと主張するが、前記4(2)の原告と被告が賃料を決定した経緯等に照らしても、原告による賃料減額請求が、信義則に違反し、あるいは権利の濫用であると評すべき事情は認められないから、被告の上記主張は、理由がない。

 7 結論

 以上によれば、原告の本訴請求のうち本件賃貸借契約の第1時点以降の賃料の確認請求は、月額5490万円(消費税相当額を含まない。)であることの確認を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がなく、第2時点以降の賃料の確認請求は理由がない。また、被告の反訴請求は、理由がない。

 よって、原告の本訴請求を上記の限度で認容し、その余の請求を棄却することとし、被告の反訴請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。