(参考判例)東京地裁八王子支部平成15年2月20日判決〔商業ビルと借地借家法32条〕

百貨店の店舗用建物および駐車場建物の賃料について賃料減額請求をした事案。

■判例 東京地裁平成25年10月9日判決〔ラグジュアリーホテルの賃料減額請求事件〕

審級関係

東京高裁平成16年 1月15日判決(控訴審)

主文

 1 原告と被告との間の平成元年2月25日付賃貸借契約書に基づく別紙第1物件目録記載の建物のうち1万0958.87坪及び第2物件目録記載の建物のうち359.95坪(賃貸面積合計1万1318.82坪)の賃貸借契約にかかる基本賃料は,平成12年2月1日以降月額9731万2000円(消費税相当額は別)であることを確認する。

 2 原告のその余の請求を棄却する。

 3 訴訟費用はこれを2分し,その1を被告の,その余を原告の負担とする。 

 

事実及び理由

第1 請求

 1 原告と被告との間の平成元年2月25日付賃貸借契約書に基づく別紙第1物件目録記載の建物のうち1万0958.87坪及び第2物件目録記載の建物のうち359.95坪(賃貸面積合計1万1318.82坪)の賃貸借契約にかかる基本賃料は,平成12年2月1日以降月額8692万8538円(消費税相当額は別)であることを確認する。

 2 訴訟費用は被告の負担とする。

第2 事案の概要

 1 本件は,被告から,別紙第1物件目録記載の建物のうち1万0958.87坪及び第2物件目録記載の建物のうち359.95坪(賃貸面積合計1万1318.82坪)を賃借している原告が,賃貸借契約で定められた現行の基本賃料が,不相当に高額となっていると主張して,借地借家法32条に基づき,賃料減額請求の意思表示をし,減額請求後の賃料の確認をしている事案である。

 2 前提となる事実(証拠の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)

  (1) 原告は,主として百貨店業を営む会社であり,被告は別紙第1物件目録記載の建物(以下「本件店舗建物」という。)及び別紙第2物件目録記載の建物(以下「本件駐車場建物」という。)を所有し,主としてその賃貸管理業を行う会社である。

  (2) 原告と被告は,本件店舗建物のうち1万0958.87坪及び本件駐車場建物のうち359.95坪(賃貸面積合計1万1318.82坪,以下「本件賃借対象物件」という。)につき,原告と被告との間の昭和62年3月24日付基本協定書に基づいて,平成元年2月25日,概ね次の内容の賃貸借契約を締結し(以下「本件賃貸借契約」という。),原告は,同年3月1日に,被告から,本件賃借対象物件の引渡を受け,それ以降,これを「丸井国分寺店」として使用してきた(甲1号証,2号証,3号証の1及び2,弁論の全趣旨)。

 ① 使用目的 百貨店業及びこれに関連する事業

 ② 賃貸期間 平成元年(1989年)3月1日から平成26年(2014年)2月末日までの25年間

 ③ 賃貸面積 1万1318.82坪

 ④ 賃料 賃料は,基本賃料と歩合賃料の合計額とし,基本賃料と歩合賃料は次のとおりとする。

 (基本賃料)

 契約面積1坪当たり9600円

 月額1億0866万0672円(消費税相当額別)

 (歩合賃料)

 月額売上高が,基準月額売上高(平成元年4月1日から平成2年3月31日までの各月における売上高から税金等を除いた額)を超えた場合,超えた部分の金額に2パーセントを乗じた額とし,平成2年4月分から支払う。

 ⑤ 賃料改定 基本賃料の改定は,初回を平成3年4月1日とし,以後3年毎に行う。

 ⑥ 敷金 22億2754万3776円

 なお敷金とは別に,原告から,被告に対し,入居保証金51億9760万2144円が預託されている。

  (3) 本件賃貸借契約の賃料のうちの基本賃料については,上記(2)⑤の約定にもかかわらず,契約締結以来一度も改定されずにいた。

  (4) 原告は,本件賃貸借契約の賃料が,近隣の事例と比較した場合に著しく高額に過ぎて不相当になったとして,被告に対し,平成12年1月14日に口頭で,同月31日に書面で,本件賃貸借契約の基本賃料について次のとおり減額の意思表示をした(甲5号証,弁論の全趣旨)。

 ① 改定率 現行基本賃料の20パーセントの減額

 ② 改定後の基本賃料 月額8692万8538円(消費税相当額別)

 ③ 改定起算日 平成12年2月1日

  (5) 原告は,平成12年9月26日,立川簡易裁判所に対し,被告を相手方として,本件賃貸借契約の基本賃料の減額確認の調停を申立てたところ(同裁判所平成12年(ユ)第35号),同事件は,被告の希望により東京地方裁判所に移送され手続が進められたが(同裁判所平成12年(ユ)第160号),結局,平成13年3月21日不調により終了となった。

 3 争点

  (1) 平成12年2月1日の時点における本件賃借対象物件の適正な継続月額賃料の額はいくらか。

  (2) 上記の本件賃借対象物件の平成12年2月1日の時点における適正な継続月額賃料の額を前提とした場合,同時点における,本件賃貸借契約の適正な基本賃料の額はいくらとなるか。

第3 争点に対する判断

 1 争点(1)(本件賃借対象物件の適正な継続賃料額)について

  (1) 本件賃借対象物件について,原告において賃料の減額請求をしている平成12年2月1日の時点(以下「価格時点」という。)における適正賃料額を算定するにあたっては,不動産鑑定評価基準により承認されている差額配分法,利回り法,スライド法及び賃貸借事例比較法の各手法を用いて試算賃料を算定し,本件賃貸借契約における具体的事実関係に即してこれらの各手法に基づく試算賃料を総合的に判断して合理的な額を算定するのが相当である。

 そこで,まず,差額配分法又は利回り法の前提となる価格時点における本件賃借対象物件の基礎価格を算定し,ついで,差額配分法,利回り法,スライド法及び賃貸借事例比較法による各試算賃料の額を検討し,最後に,これらの各試算賃料の額に基づき価格時点における適正賃料額を判断することとする。

  (2) 価格時点における本件賃借対象物件の基礎価格について

 ① 証拠(甲1号証,6号証,乙5号証の1ないし15,6号証の1及び2,7号証の1ないし4,8号証の1及び2,12号証の1ないし3,13号証の1ないし3,15号証,29号証の1及び2,鑑定)によれば,次の事実が認められる。

 ア 被告は,訴外東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)から,8896.97平方メートルの土地(そのうち,1488.92平方メートルは,線路上空土地)を賃借し,その土地上に本件店舗建物及び本件駐車場建物を建築したが,JR東日本からの賃借土地8896.97平方メートルのうち,東側の仕入用土地及び屋外車路部分合計343.05平方メートルは,現況ではホテル敷地となっていて,本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地としては使用されていない。そして,被告は,本件店舗建物及び本件駐車場建物の建築確認の申請にあたっては,上記の敷地に加えて,JR国分寺駅南口広場のうちJR東日本が所有する台形状の部分の面積1450.35平方メートルの土地も建物の敷地として申請し,建築確認を受けた。

 イ 上記の本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地は,本件店舗建物の側が,幅員12メートルの都道に面し,本件駐車場建物側が幅員9.5メートルから10.5メートルの国分寺市道に面している。

 ウ 本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地は,都市計画法上の商業地域内にあり,建築基準法の建ぺい率は80パーセント,許容容積率は,JR国分寺駅南口広場に面する部分が500パーセント,JRの線路側の北側部分が400パーセントであり,平均すると,許容容積率は432パーセントとなる。

 エ 本件店舗建物及び本件駐車場建物の対象となっている敷地の面積は,前記①のとおり,JR東日本からの賃借土地8896.97平方メートルからホテル敷地となっている343.05平方メートルを控除し,JR国分寺駅南口広場のうちの台形状の部分の面積1450.35平方メートルを加えた1万0004.27平方メートルであるが,本件店舗建物及び本件駐車場建物の建築確認申請にあたっては,上記の1万0004.27平方メートルの土地のみならず,低層の駅舎が建築されているJR国分寺駅の駅舎の敷地及び訴外西武鉄道株式会社が所有する駅舎の敷地をも含めた国分寺ターミナルビルの敷地全体(面積1万4117.28平方メートル)で容積率の計算がなされたため,本件店舗建物及び本件駐車場建物の実際の使用容積率は,下記のとおり569パーセントとなっている。

 記

 {5万3285.292m2(本件店舗建物の延床面積)+1万5819.021m2(本件駐車場建物の延床面積)−1万2183.10m2(容積率の計算から除外される駐車場の車室・車路部分の面積)}÷1万0004.27m2≒569%

 オ 本件店舗建物のうち3万6227.606平方メートル(1万0958.87坪)及び本件駐車場建物のうち1189.919平方メートル(359.95坪)が本件賃借対象物件となっており,原告が,本件店舗建物部分を「丸井国分寺店」の店舗として,本件駐車場建物部分を「丸井国分寺店」の仕入及び荷さばきホールとして使用している。また,本件店舗建物の残りの部分は,JR国分寺駅の自由通路,被告が管理する国分寺L専門店街及び被告事務所などとして使用されている。

 ② 本件賃借対象物件は建物の一部であるところ,一般に,建物の経済的価値には,建物自体の価格のみならず,その建物が建築されている敷地に対する権利も含まれることから,差額配分法又は利回り法によって建物の賃貸借の試算賃料を算定する場合には,建物自体の積算価格にその建物を建築するのに必要な面積の敷地の価格を対象不動産の基礎価格としている。

 そして,このような観点から見た場合,上記①の事実を前提とすれば,本件店舗建物及び本件駐車場建物の経済的価値に含まれる敷地の面積は,被告がJR東日本から賃借している土地面積8896.97平方メートルからホテル敷地となっている343.05平方メートルを控除し,JR国分寺駅南口広場のうちの台形状の部分の面積1450.35平方メートルを加えた1万0004.27平方メートルと判断するのが相当である(以下,この面積の土地を「本件対象土地」という。)。

 また,本件貸借対象物件は,本件店舗建物の一部と本件駐車場建物の一部によって構成されているのであるから,差額配分法又は利回り法によって建物の賃貸借の試算賃料を算定する前提としての建物の積算価格については,本件店舗建物の部分の価格のみならず,本件駐車場建物部分の価格も算定した上でこの価格を合算する方法をとることが相当である。

 ③ 鑑定人市川洋介(以下「市川鑑定人」という。)は,価格時点における本件対象土地の1平方メートル当たりの更地価格を算定するにあたり,まず,取引事例比較法を用いて,近隣地域及び同一需給圏内の類似地域より選択した事例に,事情補正,時点修正及び標準化補正を施し,各事例の地域と近隣地域との間で価格形成に作用する地域要因の比較検討を行って,比準価格を1平方メートル当たり146万6000円から157万4000円と試算した上で,その中庸値を採用して,取引事例比較法の比準価格を1平方メートル当たり153万円と試算し,これと本件の対象土地と同一需給圏内の類似地域に存する東京都基準地(国分寺(都)5―2)の公示価格を基準とした価格の1平方メートル当たり142万円とを比較した上で,取引事例比較法による比準価格を重視して価格時点における本件対象土地の1平方メートル当たりの標準価格を153万円と査定し,さらに,本件対象不動産に,実効容積率が高いという個別的要因があることから,上記の標準価格に3パーセントの増加の価格修正をした結果,価格時点における本件対象土地の1平方メートル当たりの更地価格を158万円と算定した。

 そして,上記の市川鑑定人の土地の価格評価の手法は,不動産鑑定基準に合致し,その算定の過程も合理的であるので,価格時点における本件対象土地の1平方メートル当たりの更地価格を158万円と認めるのが相当である。

 この点につき,被告は,市川鑑定人が,当初裁判所に提出した不動産鑑定評価書において,本件対象土地の街路条件のうち,接面街路の幅員を,誤って7.2メートルの舗装都道と把握して評価を行い,その後の鑑定補充書において,上記の接面街路の幅員を,12メートルの舗装都道に訂正しているにもかかわらず,訂正後の不動産鑑定評価書においても本件対象土地の1平方メートル当たりの更地価格の金額を変更しないのは不当であると主張する。

 しかしながら,市川鑑定人が,鑑定補充書及び第4回口頭弁論期日における鑑定人尋問において述べるとおり,本件対象土地の価格形成要因は,街路条件のみによって決定されるものではなく,交通接近条件,環境条件,行政条件及びその他の条件が相乗的に影響することによって決定されるのであり,これらの点は,市川鑑定人の評価においては,不動産鑑定評価書の別表(1)の取引事例の比較・検討において反映されており,さらに,各取引事例から算定された比準価格の1平方メートル当たり146万6000円から157万4000円を基に,その中庸値の1平方メートル当たり153万円が,取引事例比較法の比準価格とされているのであるから,本件対象土地の接面街路の幅員の把握が変更されることによって,直ちに,本件対象土地の1平方メートル当たりの更地価格の金額が変更されることにはならないというべきであって,被告の主張は失当といわざるを得ない。

 また,被告は,本件対象土地に対応する本件店舗建物及び本件駐車場建物の実際の使用容積率は569パーセントであって,本件対象土地の法定許容容積率の432パーセントより31.7パーセント超過しているのであるから,取引事例比較法による標準価格に対して,大幅な増加の価格修正がなされるべきであるのに,市川鑑定人が,この点について増加の価格修正を3パーセントに止めているのは不当であると主張する。

 しかしながら,本件対象土地については,その地上に建物を建築するに当たって,JR国分寺駅及び西武鉄道の駅舎の敷地をも含めて容積率の計算をした場合には,法定許容容積率を大幅に超える容積率の建物を建築することができるという点で,価格の増額要因が認められるものの,他方で,市川鑑定人が,鑑定補充書及び第4回口頭弁論期日における鑑定人尋問において述べるとおり,本件対象土地駅舎に建築された本件店舗建物及び本件駐車場建物は,隣接したターミナルビルの性質上,通常の店舗及び事務所建物に比べるとエスカレーター及びエレベーターなどの共用部分が占める部分が多くなり,その結果,賃料の支払対象となる有効部分としての有効利用度は低くなっているという点で,減価要因も認められるのであるから,本件店舗建物及び本件駐車場建物の実際の使用容積率が高いことが,直ちに,本件対象土地についての大幅な増加の価格修正に結びつくものではなく,被告の主張は失当というべきである。

 ④ つぎに,市川鑑定人は,価格時点の本件店舗建物及び本件駐車場建物の積算価格を査定するに当たって,原価法を適用し,本件店舗建物と類似の建物の建築費を参考にして再調達原価104億4000万円(19万6000円×5万3285.29平方メートル≒104億4000万円)と査定した上で,主体部分と設備等の付帯部分の割合を6対4とし,主体部分につき経済的残存耐用年数を29年,付帯部分につき経済的残存耐用年数を4年とした上で,定額法により減価を行い,観察減価法による修正はないものとして,本件店舗建物の積算価格を56億5500万円と査定した。また,本件駐車場建物と類似の建物の建築費を参考にして再調達原価12億6600万円(8万円×1万5819.02平方メートル≒12億6600万円)と査定した上で,主体部分と設備等の付帯部分の割合を8対2とし,主体部分につき経済的残存耐用年数を24年,付帯部分につき経済的残存耐用年数を4年とした上で,定額法により減価を行い,観察減価法による修正はないものとして,本件駐車場建物の積算価格を7億6200万円と査定した。

 さらに,市川鑑定人は,前記③の価格時点における本件対象土地の1平方メートル当たりの更地価格158万円に基づいて算定した本件対象土地の積算価格158億1000万円(158万円×1万0004.27平方メートル≒158億1000万円)に上記の本件店舗建物の積算価格56億5500万円及び本件駐車場建物の積算価格7億6200万円の合計64億1700万円を加えた総合計222億2700万円をもって本件店舗建物及び本件駐車場建物及びその敷地全体の積算価格とし,本件店舗建物及び本件駐車場全体に対する本件賃借対象物件の効用比率を66.4パーセントと判断した上で,価格時点における本件賃借対象物件の積算価格を147億6000万円と査定した。

 そして,上記の市川鑑定人の土地の本件貸借対象物件の積算価格評価の手法は,不動産鑑定基準に合致し,その算定の過程も合理的であるので,価格時点における本件賃借対象物件の基礎価格を147億6000万円と認めるのが相当である。

 ⑤ これに対し,三栄不動産鑑定株式会社作成の甲4号証の不動産鑑定評価書(以下「山田鑑定評価書」という。)においては,本件店舗建物及びその敷地の合計の積算価格を合計182億円とした上で,本件賃借対象物件の効用比率を72パーセントと判断して,価格時点における本件賃借対象物件の基礎価格を131億円と査定する旨の記載部分があり,また,株式会社横須賀不動産鑑定事務所作成の甲6号証の不動産鑑定評価書(以下「横須賀鑑定評価書」という。)には,本件対象土地の積算価格を187億0800万円とし,本件店舗建物及び本件駐車場建物の合計の積算価格を67億2200万円とした上で,本件貸借対象物件の効用比率を64.65パーセントと判断して,価格時点における本件賃借対象物件の基礎価格を164億4000万円と査定する旨の記載部分がある。

 しかしながら,山田鑑定評価書における評価は,本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地の面積を,被告がJR東日本から賃借している土地面積の8896.97平方メートルとした上で,本件店舗建物及び本件駐車場建物の現状の延床面積による効用増加率を求め,これに土地・建物価格比に基づいた地価配分率を乗じて建付増加率を20パーセントと査定して,土地価格を増加修正して本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地の価格を算定する手法を用いているところ,この手法は,現実に本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地として利用されている部分の土地面積を確定して,その面積に当該土地の1平方メートル当たりの価格を乗じて敷地の価格を算定する手法に比べると,評価額がやや不正確とならざるを得ない。さらに,山田鑑定書における評価は,建物の価格についても,本件賃借対象物件のうち本件駐車場建物部分(原告が,「丸井国分寺店」の仕入及び荷さばきホールとして使用している部分)の価格の積算はせずに,当該部分の価値を,本件賃借対象物件の効用比率の中で評価するという手法をとっているところ,この手法は,本件店舗建物と本件駐車場建物の価格をそれぞれ積算した上で,これに本件賃借対象物件の効用比率を乗じて本件賃借対象物件の積算価格を算定する手法に比べると,評価額がやや不正確となるので,山田鑑定評価書の本件賃借対象物件の基礎価格の査定は採用できない。

 他方,横須賀鑑定評価書における評価は,取引事例比較法の比準価格を1平方メートル当たり191万円とした上で,本件対象土地の価格の積算をしているが,この比準価格は,市川鑑定人の1平方メートル当たり153万円や山田鑑定評価書の1平方メートル当たり130万円の各比準価格と比較して高すぎるので,この価格を前提として本件対象土地の価格の積算をし,本件賃借対象物件の基礎価格を算定している横須賀鑑定評価書の本件賃借対象物件の基礎価格の査定も採用できない。

  (3) 差額配分法による試算賃料について

 ① 証拠(甲1号証,2号証,3号証の1及び2,乙19号証)によれば,本件賃貸借契約の基本賃料は,月額1億0866万0672円,歩合賃料は,月額売上高が,基準月間売上高を超えた場合に,超えた部分の金額に2パーセントを乗じた額を支払うとされているところ,価格時点である平成12年2月1日を含む平成11年度(平成11年4月1日から平成12年3月31日まで)の歩合賃料の平均月額は165万8000円であるので,価格時点における,本件賃貸借契約の実際支払賃料は1億1031万8000円となること,本件賃貸借契約においては,原告から被告に対して,敷金22億2754万3776円と入居保証金51億9760万2144円が預託されており,敷金については,契約終了時に利息を付さずに全額返還され,入居保証金については,利息を付さないで,賃貸開始日から10年間据置で,11年目から向こう15年間に渡り年賦均等返還することと定められていることが認められる。

 ② 市川鑑定人は,土地について4パーセント,建物について6パーセントとして,価格時点の総合期待利回りを4.6パーセントと判断し,前記(2)③の本件賃借対象物件の基礎価格147億6000万円にこの期待利回りを乗じて純賃料を6億7896万円と査定し,これに,価格時点での必要経費の額(5億5996万円に算定された実質賃料の2パーセントに当たる建物維持費を加えた額)を加えた積算賃料を12億6420万円(月額1億0535万円)と査定した。そして,本件賃借対象物件と同一需給圏内の類似地域における新規賃貸事例を収集して所定の補正を行って比準した新規賃料としての比準賃料を1平方メートル当たり月額3830円とし,これに,被告が大規模小売店舗立地法附則2条により廃止された大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(以下「大店法」という。)3条によって丸井国分寺店の売場面積として届け出ている面積の2万4031平方メートルを乗じて比準賃料の総額を9億2040万円を算定し,この比準賃料と上記の積算賃料との重視割合につき,本件賃借対象物件の規模が極めて大きく,比準賃料の算定過程において,同一需給圏内の類似地域における標準的な物件との個別的な要因の違いによる修正を行っても,積算賃料に比べてその価格の信頼性にやや劣るところがあるため,積算賃料3に対して比準賃料1の割合で積算賃料の方を重視して,新規賃料を1億0202万円とした。

 さらに,市川鑑定人は,価格時点における実際支払賃料を基本賃料月額1億0866万0672円と平成12年度の歩合賃料の平均月額125万4000円の合計額の1億0991万5000円とする前提に立った上で,この額に敷金22億2754万3776円と入居保証金51億9760万2144円の運用益の合計1522万1000円を加えた実際支払賃料を1億2514万円とし,上記の新規賃料1億0202万円と実際支払賃料の1億2514万円との差額について折半法を適用して,実際支払賃料1億2514万円から差額の2312万円の2分の1である1156万円を控除して折半法による試算賃料1億1358万円を算定し,この折半法による試算賃料1億1358万円から,上記の敷金と入居保証金の運用益1522万1000円を控除した9836万円を差額配分法による試算賃料とした。

 ③ そして,上記の市川鑑定人の本件賃借対象物件についての差額配分法による試算賃料の算定の手法は,不動産鑑定基準に合致し,その算定の過程も概ね合理的であると判断されるが,そのうち,価格時点における実際支払賃料の点については,価格時点である平成12年2月1日を含む平成11年度(平成11年4月1日から平成12年3月31日まで)の歩合賃料の平均月額の165万8000円と基本賃料月額1億0866万0672円との合計額の1億1031万8000円を前提とする方が正確であるので,その部分を修正し,差額配分法による試算賃料を,下記のとおり9855万9000円と認めるのが相当である。

 記

 1億1031万8000円+1522万1000円=1億2553万9000円(実際実質賃料)

 1億2553万9000円+(1億0202万円−1億2553万9000円)÷2≒1億1378万円

 1億1378万円−1522万1000円=9855万9000円

 ④ これに対し,被告は,市川鑑定人の新規比準賃料の算定過程につき,小規模店舗を新規賃貸事例の対象に選択したことは不相当であり,また,その新規賃料の補正の過程において,修正条件である「建物の品等及び管理の状況」欄の「規模等」で10パーセントの補正をした上に,「契約条件等の格差補正」の「一括契約・規模等」で30パーセントの補正をし,さらに,補正の結果試算された比準賃料の1平方メートル当たり月額3830円に大店法の届出面積を乗じて比準賃料の総額を算定していることから,同一事由により3重の補正を行っている結果,実際の経済価値に比較して不当に低額な新規比重賃料となっていると主張する。

 しかしながら,本件賃借対象物件は,ターミナルビル内の店舗でありその賃借面積も3万7417.525平方メートルと規模が大きいものであるところ,証拠(甲4号証,鑑定)によれば,価格時点当時に,近隣に,同等の規模及び用途などを満たす新規賃貸事例を得ることは困難であったことが認められるので,市川鑑定人が小規模店舗を新規賃貸事例の対象に選択したことは不相当とはいえない。被告が挙げる横須賀鑑定評価書において選択された新規賃貸事例は,JR横浜線の「A」駅構内の物件(地下1階11階建の建物内の1階から11階までの専門店)1例であるが,この物件は,本件賃借対象物件と同一需給圏内の類似地域にある物件とはいい難いものであるから,この1事例から比準して新規比準賃料を査定することは相当とはいえない。

 また,市川鑑定人が,鑑定補充書及び第4回口頭弁論期日における鑑定人尋問において述べるとおり,本件賃借対象物件は,標準的な店舗の賃貸借に比べて規模がかなり大きく,したがって,この点で,1平方メートル当たりの賃料は低く補正されるべきであるし,また,本件賃借対象物件はビル全体を1棟借りであるから,エレベーターやエスカレーターなどの共用部分も賃借面積の中に含まれるために,ビルの一部を店舗の売り場として賃借する場合に比べて,1平方メートル当たりの賃料は低く補正されるべきであり,さらに,本件賃貸借契約は,その期間が通常の建物の賃貸借よりはかなり長い25年間であり,標準的な店舗の賃貸借契約に比べて空室損失や貸し倒れ損失等のリスクが低いという貸主側の利点が認められ,この点も1平方メートル当たりの賃料が低く補正されるべき事由となるのであるから,「建物の品等及び管理の状況」の修正条件において10パーセントの補正をした上に,「契約条件等の格差修正」の修正条件において30パーセントの補正をしたとしても,同一事由により2重の補正を行っていることにはならない。

 さらに,市川鑑定人は,補正の結果試算された比準賃料の1平方メートル当たり月額3830円に大店法の届出面積を乗じて比準賃料の総額を算定しているが,これは,市川鑑定人の選択した新規賃貸事例がいずれもビルの1階部分の店舗であるのに対し,本件賃借対象物件は地下2階部分から9階部分までの各階層があり,基準階である1階部分に比べて,それ以外の階層については効用が劣ることなどから,1平方メートル当たりの比準賃料に,本件賃貸借契約の契約面積である3万7417.525平方メートルをそのまま乗ずるより,大店法の届出面積の2万4031平方メートルを乗じた方が適切な新規比準賃料が求められると判断したものと考えられるので,市川鑑定人の新規比準賃料の算定過程が,同一事由により3重の補正を行い,その結果,実際の経済価値に比較して不当に低額な新規比準賃料となっているとの被告の前記主張は,失当というべきである。

  (4) 利回り法の試算賃料について

 ① 市川鑑定人は,前記(2)で求めた価格時点における本件対象土地の積算価格158億1000万円に基づき,現行の基本賃料が合意された本件賃貸借契約締結時(平成元年2月25日,以下「合意時点」という。)と価格時点との土地の価格の変動率を,東京都基準地及び周辺の地価公示標準地の価格の変動率や地域の実情等を参考に変動率を30分の100と査定して,合意時点の本件対象土地の価格を527億円とし,また,前記(2)で求めた価格時点における本件店舗建物の再調達原価104億4000万円と本件駐車場建物の再調達原価12億6600万円の合計額117億0600万円に基づき,合意時点と価格時点との建物の価格の変動率を,建築指数の変動率等を参考に92分の100と査定して,合意時点の本件店舗建物及び本件駐車場建物の価格を127億2000万円とした。

 そして,上記の合意時点の本件対象土地の価格と本件店舗建物及び本件駐車場建物の価格の合計額の654億2000万円に前記(2)で求めた本件店舗建物及び本件駐車場全体に対する本件賃借対象物件の効用比率66.4パーセントを乗じて合意時点における本件賃借対象物件の基礎価格を434億4000万円とした。

 ② 市川鑑定人は,合意時点における年額の実際実質賃料の16億5890万7000円(基本賃料年額13億0392万8000円と乙19号証の平成2年度の歩合賃料年額5648万2000円の合計によって求められた13億6041万6000円に,敷金22億2754万円についての年5.0パーセントの運用益1億1137万7000円と入居保証金51億9760万2144円についての年3.6パーセントの運用益1億8711万4000円の運用益を加えた額)を合意時点における本件貸借対象物件の基礎価格を434億4000万円で割って合意時点の実質賃料利回り3.8パーセントを算定し,合意時点から価格時点までの間にバブル経済の崩壊による土地の価格の大幅な下落等の著しい変動があるため,下記のとおり,主として土地の価格の変動率を参考に変動率を求めた上,上記のようなバブル経済の崩壊による土地の価格の変動についての貸主と借主の負担割合を均等として,上記の実質賃料利回りを修正し,価格時点の継続賃料利回りを5.1パーセントと査定した。

 記

 2.8%÷30分の100(土地の価格の変動率)×0.81(土地と建物全体の価格に対する土地の価格の割合)×0.5(貸主と借主の負担割合を均等とした調整率)≒5.1パーセント

 ③ そして,市川鑑定人は,前記(1)で求めた価格時点における本件賃借対象物件の基礎価格147億6000万円に継続賃料利回り5.1パーセントを乗じて,価格時点での実質賃料を7億5270万円(月額実質賃貸借料6272万5000円)と算定し,この月額実質賃貸借料6272万5000円から前記(3)で求めた敷金と入居保証金の運用益1522万1000円を控除して求めた4750万円を,本件賃借対象物件についての利回り法の試算賃料とした(これらの数値は,いずれも,鑑定補充書において修正後のものである。)。

 上記市川鑑定人の本件賃借対象物件についての利回り法の試算賃料の算定の手法は,不動産鑑定基準に合致し,その算定の過程も合理的であるので,本件賃借対象物件についての利回り法の試算賃料を4750万円と認めるのが相当である。

 ④ これに対し,被告は,市川鑑定人の実質賃料利回りの修正につき,土地の価格の変動のみを把握して修正していることは不相当であり,また,土地建物という元本に対してその果実としての賃料との相関関係に依拠して試算賃料を求める利回り法において,貸主と借主との調整を加味することはその趣旨に反するものであると主張する。

 しかしながら,不動産価格は常に変動の過程にあるので,通常の変動についてまで利回りの修正の要素とするのは実際的ではなく,利回りの修正は著しく変動している元本についての修正に留めるべきであるから,市川鑑定人が,主として土地の価格の変動率を参考に実質賃料利回りの修正を行っていることは不相当とはいえない。

 さらに,市川鑑定人が,鑑定補充書及び第4回口頭弁論期日における鑑定人尋問において述べるとおり,合意時点から価格時点までの間のバブル経済の崩壊による土地の価格の下落は急激で,しかも一般の経済要因とは異なる特別の要因を含んでいるため,その変動率をそのまま利回りの修正に用いた場合には,基本利回りからあまりにもかい離した利回りとなってしまうことから,市川鑑定人は,貸主と借主の両者に均等に土地の変動率の負担を配分して利回りの修正率を決定したものであって,このような利回りの修正率の調整が,利回り法の趣旨に反するものとはいえず,被告の前記主張は失当というべきである。

  (5) スライド法の試算賃料について

 ① 市川鑑定人は,合意時点である平成元年と価格時点である平成12年との間の経済変動率について,消費者物価指数・全国総合指数,百貨店年間売上高,丸井国分寺店の売上高(不動産鑑定評価書の記載上は「商業販売統計・百貨店販売額」となっているが,第4回口頭弁論期日における鑑定人尋問において,丸井国分寺店の売上高に訂正している。)及び地価の変動率を変動の要因として挙げて,消費者物価指数・全国総合指数につき11.7パーセントのプラス,百貨店年間売上高につき18.2パーセントのマイナス,丸井国分寺店の売上高につき2.5パーセントのマイナス,地価の変動率につき70.0パーセントのマイナスの各変動率を算定した上,そのうち,消費者物価指数・全国総合指数と百貨店年間売上高を重視し,さらに,消費者物価指数・全国総合指数と百貨店年間売上高の重視割合につき,前者を2,後者を8の割合で評価して12.2パーセントのマイナスの変動率を算定し,この数値に,丸井国分寺店の売上高及び地価の変動率を参考として,経済変動率を13パーセントのマイナスと判断した(以上の数値については,市川鑑定人が,第4回口頭弁論期日における鑑定人尋問において,鑑定評価書の内容を補充したものである。)。

 そして,市川鑑定人は,合意時点における実際支払賃料の月額1億1336万8000円(基本賃料年額13億0392万8000円と乙19号証の平成2年度の歩合賃料年額5648万2000円の合計によって求められた13億6041万6000円の12分の1)に上記の13パーセントのマイナスの変動率を乗じて,スライド法の試算賃料を9863万円とした。

 上記の市川鑑定人の本件賃借対象物件についてのスライド法の試算賃料の算定の手法は,不動産鑑定基準に合致し,その算定の過程も合理的であるので,本件賃借対象物件についてのスライド法の試算賃料を9863万円と認めるのが相当である。

 ② これに対し,被告は,市川鑑定人が,スライド法の試算賃料の算定過程で用いた経済変動率の13パーセントのマイナスの数値は,消費者物価指数・全国総合指数の11.7パーセントのプラスと百貨店年間売上高の18.2パーセントのマイナスの平均値を求めるために,本来,2指標の和を2で除すべきところを,2倍にしてしまうという単純な誤りを犯したことによって算定されたものであると主張するが,市川鑑定人は,不動産鑑定評価書の17頁に,「消費者物価指数の内,総合指数(全国)及び百貨店年間売上高を重視し,本件対象店舗の売上高及び地価変動率を参考にして本件の経済変動率を△13%と判定した。」と記載しているとおり,消費者物価指数・全国総合指数と百貨店年間売上高の2指標の変動率の数値のみを単純に平均して経済変動率を求めているものではないから,被告の上記主張は,単に,11.7パーセントのプラスと18.2パーセントのマイナスを足して2倍にした数値が13パーセントのマイナスとなるとの数字上の一致から,市川鑑定人の経済変動率の判断過程を憶測し,その憶測に基づいて市川鑑定人の判断を批判するものに過ぎず,相当とはいえない。

 ③ また,被告が挙げる横須賀鑑定評価書には,スライド法の経済変動率につき,本件店舗建物内の丸井国分寺店と国分寺L専門店街の売上高の変動率を重視して,スライド率を6.9パーセントマイナスと判断する旨の記載部分がある。

 しかしながら,スライド法は,合意時点と価格時点との間の客観的な経済情勢の変化を継続的賃料に反映させる手法であるから,市川鑑定人のように,個々のテナント企業の営業努力等の影響が強い当該賃借対象物件の店舗の売上高よりは,一般的な経済事情の変動を反映した指標を重視する方が,スライド法の採用に当たっては適切であり,これに加えて,山田鑑定評価書においては,スライド法の経済変動率につき16パーセントのマイナスとされていることを考慮すると,上記の横須賀鑑定評価書の経済変動率の数値を採用することはできないというべきである。

  (6) 賃貸事例比較法の試算賃料について

 ① 市川鑑定人は,本件貸借対象物件と同一需給圏内の類似地域であり,かつ,同類型の契約内容を持つ継続賃貸借事例3例(H,I及びJ)を選択し,その各事例の売場面積当たりの実質賃料に所定の補正を行って1平方メートル当たり月額4602円と5090円と4602円の試算賃料を算定し,その中庸値の1平方メートル当たり月額4800円を継続賃料としての比準実質賃料の額とし,これに,大店法の届出面積の2万4031平方メートルを乗じて比準実質賃料を1億1535万円とし,この比準実質賃料から前記(2)において求められた敷金と入居保証金の運用益1522万1000円を控除した1億0013万円を比準法による試算賃料とした。

 上記の市川鑑定人の本件賃借対象物件についての賃貸事例比較法の試算賃料の算定の手法は,不動産鑑定基準に合致し,その算定の過程も合理的であるので,本件賃借対象物件についての賃貸事例比較法の試算賃料を1億0013万円と認めるのが相当である。

 ② これに対し,被告は,市川鑑定人が,採用した継続賃貸借事例のIについての比準賃料の補正の過程において,「借進み」が認められるとして120分の100の修正をしているのは実態に即しないものであると主張する。

 しかしながら,証拠(甲6号証,乙34号証,鑑定)によれば,市川鑑定人が,継続賃貸借事例として採用したIは,本件店舗建物内の国分寺L専門店街の賃借事例であり,不動産鑑定評価書別表(4)の当該事例の実質賃料の額は,国分寺L専門店街の被告と各テナントとの間の各賃貸借契約における実質賃料の平均額であり,また,国分寺L専門店街の平成元年の開業当時のテナントの募集は,賃料,敷金及び入居保証金等の賃貸借条件があらかじめ被告から提示された公募によってなされたことが認められるところ,市川鑑定人が,鑑定補充書及び第4回口頭弁論期日における鑑定人尋問において述べるとおり,国分寺L専門店街の賃料水準については,バブルの崩壊により近隣地域における一般的な水準が下落傾向にある中で,バブル経済期に属する平成元年に,駅ビルに入居するというステータス等の要因によって,各テナントが,被告から提示された賃料額をそのまま受け入れるという経過で決定された賃料水準がそのまま固定されているという点で割高になっている可能性が高く,したがって,120分の100の「借進み」ないし割高の修正をすることが,実態に即しないものであるということはできず,被告の前記主張は失当といわざるを得ない。

 ③ また,被告は,市川鑑定人が,採用した継続賃貸借事例のHについての比準賃料の補正の過程において,修正条件である「契約条件等の格差修正」において,本件賃借対象物件について大店法の届出面積に含まれない荷さばき場等が含まれるとして110分の100の修正を加えた上で,算定された1平方メートル当たりの比準賃料に大店法の届出面積を乗じて比重賃料の総額を算定していることは,誤りであると主張する。

 しかしながら,市川鑑定人が,鑑定補充書及び第4回口頭弁論期日における鑑定人尋問において述べるとおり,市川鑑定人は,本件賃借対象物件と継続賃貸借事例のHとの間の契約条件等の格差について,荷さばき場等が契約の面積に含まれているかという単純な面積の比較のみならず,その利用状況等も考慮に入れて格差の判断をしているのであるから,本件賃借対象物件について荷さばき場等が含まれることを理由として110分の100の修正をした上で,1平方メートル当たりの比準賃料に大店法の届出面積を乗じて比準賃料の総額を算定したとしても,誤りであるとはいえず,被告の上記主張は失当というべきである。

 ④ なお,被告が挙げる横須賀鑑定評価書には,1平方メートル当たりの比準賃料を5510円とした上で,これに大店法の届出面積の2万4031平方メートルを乗じ,そこから預託一時金の運用益を控除して賃貸事例比較法の試算賃料を算定する旨の記載部分があるが,この1平方メートル当たりの比準賃料の5510円は,賃料の比較の対象となる賃借面積を本件賃借対象物件の契約面積である3万7417.525平方メートルに引き直すと,1平方メートル当たり3539円となり,市川鑑定人の上記と同様に契約面積に引き直した場合の1平方メートル当たりの比準賃料3080円や山田鑑定評価書の1平方メートルの比準賃料2610円(但し,山田鑑定評価書においては,この額に評価数量3万6227.606平方メートルを乗じて賃貸事例比較法の試算賃料を算定している。)と比較すると高額すぎ,上記の横須賀鑑定評価書の比準賃料の価格を採用することはできないというべきである。

  (7) 各試算価格の調整と適正賃料の決定について

 ① 市川鑑定人は,差額配分法の試算賃料を9836万円,利回り法の試算賃料を4750万円,スライド法の試算賃料を9863万円,賃貸借事例比較法の試算賃料を1億0013万円とした上で,そのうち利回り法による評価の手法は,本件のように,合意時点の価格時点との間にバブル経済の崩壊等の経済情勢の激しい変動がある場合には,その補正を行ってもやや信頼性が劣ることから,利回り法の試算賃料を参考価格に止め,残りの3手法による試算賃料につき,差額配分法の試算賃料を2,スライド法の試算賃料を1,賃貸借事例比較法の試算賃料を1とする割合で反映させて,価格時点の本件賃借対象物件の適正賃料を9887万円とした(これらの数値は,いずれも,鑑定補充書において修正後のものである。)。

 ② 上記の市川鑑定人の各試算賃料の調整に基づく本件賃借対象物件の適正賃料の算定の手法は,不動産鑑定基準に合致し,その算定の過程も概ね合理的であると判断されるが,前記(3)③のとおり,各試算賃料のうち,差額配分法による試算賃料については,9855万9000円とすべきであるから,その部分を修正し,価格時点の本件賃借対象物件の適正賃料を,下記のとおり月額9896万9500円と認めるのが相当である。

 記

 {9855万9000円×2+9863万円+1億0013万円}÷4≒9897万円

 2 争点(2)(本件賃借対象物件の適正な基本賃料の額)について

  (1) 前記第2の2(前提となる事実)のとおり,本件賃貸借契約の賃料は,その額が変動しない基本賃料と,原告が,本件賃借対象物件において営業している丸井国分寺店の売上高に応じてその額が月毎に変動する歩合賃料とに分かれており,そのうち基本賃料については,平成元年2月25日の契約締結以来,その額が一度も改定されていないところ,原告は,被告に対し,平成12年1月14日に口頭で,同月31日に書面で,本件賃貸借契約の賃料のうち,基本賃料についてのみ,平成12年2月1日以降,現行より20パーセントの減額をする(改定後の基本賃料を消費税相当額別で月額8692万8538円とする。)旨の意思表示をしている。

 借地借家法32条1項本文は,「建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。」と規定しており,同条の賃料増減請求権は,合意された賃料が,その後の経済事情の変動により,不相当となっている場合に,不相当となった賃料で当事者を拘束することが,継続的な契約関係である建物賃貸借契約において妥当ではないことから,契約当事者に,他方当事者に対する契約条件の変更の請求を認めたものである。

 そして,本件賃貸借契約の歩合賃料のように,賃借対象物件で営業している店舗の売上高に応じて賃料の額が変動する賃料については,経済事情の変動に基づく賃料の増減請求をする必要が生じないことになるので,賃貸借契約の賃料のうち,賃料額が固定されていない部分については契約条件の変更を求めず,賃料額が固定されている部分についてのみ減額の契約条件の変更を求めることも,借地借家法32条1項本文の趣旨には反しないと解され,したがって,前記の原告による賃料減額請求の意思表示のように,本件賃貸借契約の賃料のうち基本賃料についてのみ減額請求をすることも許されるというべきである。

  (2) 前記1(7)のとおり,価格時点における本件賃借対象物件の適正賃料は,月額9897万円と認められるが,この適正賃料の額は,前記1において論じたとおり,本件賃借対象物件について,「平成12年2月1日現在の適正な継続月額賃料はいくらか。ただし,同賃料の算定にあたっては,基本賃料(固定賃料)のみならず歩合賃料も含めて評価すること。」との鑑定事項に基づいて鑑定を行った市川鑑定人の鑑定結果にその算定の根拠をおくものであるから,上記の価格時点における本件賃借対象物件の適正賃料額は,当然に歩合賃料を含めた賃料の額となっているというべきである。

  (3) そこで,価格時点における本件賃借対象物件の適正賃料の月額9897万円につき,これを,価格時点における基本賃料と歩合賃料に配分する必要があるところ,前記1(3)とおり,上記の価格時点における本件賃借対象物件の適正賃料の算定過程においては,価格時点である平成12年2月1日を含む平成11年度(平成11年4月1日から平成12年3月31日まで)の歩合賃料の平均月額は165万8000円であるため,この歩合賃料の平均月額165万8000円と基本賃料月額1億0866万0672円を合わせた1億1031万8000円を実際支払賃料とする前提に立って,適正賃料の額を算定しているのであるから,価格時点における適正賃料の月額9897万円の配分としては,上記の平成11年度の歩合賃料の平均月額の165万8000円に基づいて,同額を歩合賃料に,その残額の9731万2000円を基本賃料に配分することが相当である。

 したがって,価格時点における,本件賃借対象物件の適正な基本賃料の額は,9731万2000円と認められる。

  (4) そして,借地借家法32条1項本文は,「建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。」と規定しているところ,前記1の判断の過程から明らかなとおり,現行の基本賃料が合意された平成元年2月25日から,価格時点の平成12年2月1日までの間に,上記の「土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動」があったことは優に認められ,さらに,現行の基本賃料は,価格時点における本件賃借対象物件の適正な基本賃料の額の9731万2000円と比較すると,金額で1134万9172円,率で約10パーセントの差異が生じており,不相当となっているといわざるを得ないのであるから,原告は,被告に対し,上記の適正な基本賃料の額による賃料の減額請求をすることができるというべきである。

 3 結論

 以上のとおり,原告の本件請求は,本件賃貸借契約の基本賃料が平成12年2月1日以降月額9731万2000円(消費税相当額は別)であることを確認する範囲で理由があり,その余は理由がない。

 よって,主文のとおり判決する。