(参考判例)東京高裁平成16年 1月15日判決〔商業ビルと借地借家法32条〕

百貨店の店舗用建物および駐車場建物の賃料について賃料減額請求をした事案。

■判例 東京地裁平成25年10月9日判決〔ラグジュアリーホテルの賃料減額請求事件〕

審級関係

東京地裁平成15年 2月20日判決(原審)

主文

 1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

 2 上記取消しに係る被控訴人の請求を棄却する。

 3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

 第1 控訴の趣旨

 主文同旨

 第2 被控訴人の請求の趣旨

 被控訴人と控訴人との間の平成元年2月25日付け賃貸借契約書に基づく原判決別紙第1物件目録記載の建物のうち1万0958.87坪及び同第2物件目録記載の建物のうち359.95坪(賃貸面積合計1万1318.82坪)の賃貸借契約にかかる基本賃料は,平成12年2月1日以降月額8692万8538円(消費税を除く。)であることを確認する。

 第3 事案の概要

  1 本件は,控訴人から原判決別紙第1物件目録記載の建物のうち1万0958.87坪及び同第2物件目録記載の建物のうち359.95坪(賃貸面積合計1万1318.82坪。以下,併せて「本件賃借対象物件」という。)を基本賃料月額1億0866万0672円(消費税を除く。)で賃借し,百貨店を営業している被控訴人が,控訴人に対し,上記賃料が不相当に高額になったことを理由に,借地借家法32条に基づいて,賃料を月額8692万8538円(消費税を除く。)に減額請求する旨の意思表示を行ったと主張して,平成12年2月1日以降の本件賃借対象物件の賃料が上記金額であることの確認を求めた事案である(なお,本件賃借対象物件の賃料については,上記基本賃料のほか,被控訴人が,売上に応じた歩合賃料を支払うものとされている。以下,控訴人と被控訴人の間における本件賃借対象物件を目的とした賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。

 本件の争点は,①本件賃借対象物件の基本賃料が不相当に高額となったか否か,②平成12年2月1日の時点における本件賃借対象物件の適正な基本賃料の額はいくらかである。

  2 原判決は,被控訴人の上記請求を月額9731万2000円(消費税を除く。)の限度で認容し,その余を棄却したので,これを不服とする控訴人が控訴したものである。

 なお,被控訴人は,上記敗訴部分につき,控訴も附帯控訴もしていない。

  3 前提となる事実は,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の2(原判決2頁13行目から4頁6行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決3頁19行目の「上記(2)③」を「上記(2)⑤」と改める。)。

 第4 当裁判所の判断

  1 まず,争点①の本件賃借対象物件の基本賃料が不相当に高額となったか否かについて判断する。

 被控訴人が,賃料改定の起算日であると主張している平成12年2月1日の時点(以下「価格時点」という。)における本件賃借対象物件の適正賃料額を算定するにあたっては,不動産鑑定評価基準により承認されている差額配分法,利回り法,スライド法及び賃貸事例比較法の各手法を用いて試算賃料を算定した上で,本件賃貸借契約における具体的事実関係に即して,これらの試算賃料を総合的に判断し,合理的な額を算定するのが相当である。

 そして,差額配分法又は利回り法については,価格時点における本件賃借対象物件の価格(基礎価格)を算定し,これに基づいて,差額配分法及び利回り法による試算賃料を算定すべきである。

 本件においては,被控訴人の依頼に基づく三栄不動産鑑定株式会社(代表者は不動産鑑定士であるC)作成の不動産鑑定評価書(甲第4号証。以下,同鑑定書による鑑定評価を「C鑑定」という。),控訴人の依頼に基づく株式会社横須賀不動産鑑定事務所(代表者は不動産鑑定士であるD)作成の不動産鑑定評価書(甲第6号証。以下,同鑑定書による鑑定評価を「D鑑定」という。)が提出され,また,原審において,鑑定人Eによる鑑定(以下「E鑑定」という。)が実施されている(なお,E鑑定においては,平成14年5月8日に不動産鑑定評価書が,同年9月12日に鑑定補充書及び訂正後の不動産鑑定評価書が提出され,当初の鑑定結果は,訂正後の不動産鑑定評価書によって,変更されている。)。

 各鑑定の概要は,次のとおりである。

   (1) C鑑定の概要

 C鑑定は,対象となる土地価格については,1平方メートル当たり130万円とし,格差修正率をプラス2パーセント,建付増価率を20パーセントと査定して土地価格を142億円とし,本件店舗建物の敷地価格をその88パーセントの125億円,本件店舗建物の積算価格を57億円とした上で,効用比率72パーセントを乗じて,評価対象部分の基礎価格を131億円と査定した。

 そして,差額配分法の適用に当たって,評価対象部分の正常実質賃料相当額を,積算法によれば8402万7000円,賃貸事例比較法によれば8336万円であることから,8382万7000円と査定し,評価対象部分の現行の実際実質賃料を1億1910万円と査定し,差額賃料を2分の1法を適用して配分して,1億0146万3000円と査定した。

 次に,利回り法の適用については,粗利回りベースによる継続賃料利回りを4.26パーセントとして,利回り法による試算賃料を4650万円と査定した。

 また,スライド法の適用に当たっては,東京23区の百貨店年間売上高等を重視して変動率をマイナス16パーセントと査定し,スライド法による試算賃料を1億1389万9000円と査定した。

 さらに,賃貸事例比較法の適用に当たっては,1平方メートル当たりの比準価格を2610円と査定し,賃貸事例比較法による試算賃料を9455万4000円と査定した。

 最後に,差額配分法による試算賃料を中心に,スライド法及び賃貸事例比較法による試算賃料を関連づけ,利回り法による試算賃料を参酌して,月額実質賃料を9707万2000円と査定し,これから敷金及び保証金の運用益を控除して鑑定評価額を月額8445万9000円(ただし,基本賃料のみで,歩合賃料を除く。)と決定したものである。

   (2) D鑑定の概要

 D鑑定は,対象となる土地価格については,1平方メートル当たり187万円で,187億0800万円,建物価格については,本件店舗建物が59億2000万円,本件駐車場建物が8億0200万円の合計254億3000万円で,対象物件配分率64.65パーセントを乗じて対象物件の基礎価格を164億4000万円と査定した。

 そして,差額配分法の適用に当たって,評価対象部分の正常実質賃料相当額を,積算法によれば1億2598万7000円,賃貸事例比較法によれば1億2541万8000円であることから,1億2559万円と査定し,評価対象部分の現行の実際実質賃料を1億2739万5000円と査定し,差額賃料を2分の1法を適用して配分して1億2649万3000円とし,預託一時金の運用益を控除して,差額配分法による支払賃料を1億0941万6000円と査定した。

 次に,利回り法の適用については,価格時点の継続賃料利回りを6.5パーセントとして,利回り法による試算賃料を1億3577万2000円から預託一時金の運用益を控除した1億1869万5000円と査定した。

 また,スライド法の適用に当たっては,国分寺駅ビル(本件店舗建物)における売上高の推移を重視して変動率をマイナス6.9パーセントと査定し,スライド法による試算賃料を1億0554万6000円と査定した。

 さらに,賃貸事例比較法の適用に当たっては,1平方メートル当たりの継続比準実質賃料を5510円と査定し,賃貸事例比較法による試算賃料を,1億3241万1000円から預託一時金の運用益を控除した1億1533万4000円と査定した。

 最後に,利回り法に10パーセント,それ以外の手法について各30パーセントの重み付けを行った結果鑑定評価額を月額1億1100万円(ただし,歩合賃料を含む。)と決定したものである。

   (3) E鑑定の概要

 E鑑定は,対象となる土地価格については,1平方メートル当たり153万円に3パーセントの修正率を乗じて158万円として158億1000万円,建物価格については,本件店舗建物が56億5500万円,本件駐車場建物が7億6200万円の合計222億2700万円で,対象物件配分率66.4パーセントを乗じて対象物件の基礎価格を147億6000万円と査定した。

 そして,差額配分法の適用に当たって,評価対象部分の正常実質賃料相当額を,積算法によれば1億0535万円,賃貸事例比較法によれば9204万円であることから,1億0202万円と査定し,評価対象部分の現行の実際実質賃料を1億2514万円と査定し,差額賃料を2分の1法を適用して配分して1億1358万円とし,預託一時金の運用益を控除して,差額配分法による試算賃料を9836万円と査定した。

 次に,利回り法の適用については,価格時点の継続賃料利回りを5.1パーセントとして,利回り法による試算賃料を,当初は1億1162万円から預託一時金の運用益を控除した9640万円と査定したが,その後6272万5000円から預託一時金の運用益を控除した4750万円と訂正した。

 また,スライド法の適用に当たっては,百貨店年間売上高の推移を重視して変動率をマイナス13パーセントと査定し,スライド法による試算賃料を9863万円と査定した。

 さらに,賃貸事例比較法の適用に当たっては,1平方メートル当たりの継続比準実質賃料を4800円と査定し,賃貸事例比較法による試算賃料を,1億1535万円から預託一時金の運用益を控除した1億0013万円と査定した。

 最後に,当初は,差額配分法に40パーセント,その他の手法に各20パーセントの重み付けを行った結果,鑑定評価額を9838万円と決定したが,その後,利回り法を除外し,差額配分法に50パーセント,それ以外の手法について各25パーセントの重み付けを行った結果,鑑定評価額を月額9887万円(ただし,歩合賃料を含む。)と訂正したものである。

  2 そこで,差額配分法及び利回り法による試算賃料算定の前提となる,価格時点における本件賃借対象物件の基礎価格について検討する。

   (1) 証拠(甲第1号証,第6号証,乙第5号証の1ないし15,第6号証の1及び2,第7号証の1ないし4,第8号証の1及び2,第12号証の1ないし3,第13号証の1ないし3,第15号証,第29号証の1及び2,鑑定〔原審〕)に,弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実を認めることができる。

 ① 控訴人は,東日本旅客鉄道株式会社(契約当時は日本国有鉄道。以下「JR東日本」という。)から,8896.97平方メートルの土地(そのうち,1488.92平方メートルは,線路敷の上空部分である。)を賃借し,その土地上に本件店舗建物及び本件駐車場建物を建築したが,JR東日本からの上記賃借土地のうち,東側の仕入用土地及び屋外車路部分の合計343.05平メートルは,現況ではホテル敷地とされ,本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地としては使用されていない。そして,控訴人は,本件店舗建物及び本件駐車場建物の建築確認の申請に当たり,上記の敷地に加えて,JR国分寺駅南口広場のうちJR東日本が所有する台形状の部分の面積1450.35平方メートルの土地も敷地として申請し,建築確認を受けた。

 ② 本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地は,本件店舗建物の側が幅員12メートルの都道に面し,本件駐車場建物の側が幅員9.5ないし10.5メートルの国分寺市道に面している。

 ③ 本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地は,都市計画法上の商業地域内にあり,建築基準法の建ぺい率は80パーセント,容積率は,JR国分寺駅南口広場に面する部分が500パーセント,JRの線路側の北側部分が400パーセントであり,平均した容積率は約432パーセントとなる。

 ④ 本件店舗建物及び本件駐車場建物の対象となっている敷地の面積は,前記①記載のとおり,JR東日本からの賃借土地8896.97平方メートルからホテル敷地となっている343.05平方メートルを控除し,JR国分寺駅南口広場のうちの台形状の部分の面積1450.35平方メートルを加えた1万0004.27平方メートルであるが,本件店舗建物及び本件駐車場建物の建築確認申請にあたっては,上記の1万0004.27平方メートルの土地のみならず,低層の駅舎が建築されているJR国分寺駅の敷地部分及び西武鉄道株式会社が所有する駅舎の敷地をも含めた国分寺ターミナルビルの敷地全体(面1万4117.28平方メートル)で容積率の計算がなされたため,本件店舗建物及び本件駐車場建物の実際の使用容積率は,569パーセントとなっている。

 ⑤ 本件店舗建物のうち3万6227.606平方メートル(1万0958.87坪)及び本件駐車場建物のうち1189.919平方メートル(359.95坪)が本件賃借対象物件であり,被控訴人は,本件店舗建物部分を「丸井国分寺店」の店舗として,本件駐車場建物部分を「丸井国分寺店」の仕入及び荷さばきホールとして使用している。また,本件店舗建物の残りの部分は,JR国分寺駅の自由通路,控訴人が管理する国分寺a専門店街及び控訴人の事務所などとして使用されている。

   (2) まず,C鑑定は,本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地の面積を,控訴人がJR東日本から賃借している土地面積の8897平方メートルとした上で,本件店舗建物及び本件駐車場建物の現状の延床面積による効用増加率44パーセントを求め,これに土地,建物の価格比に基づいた地価配分率45パーセントを乗じて建付増価率を20パーセントと査定し,土地価格を増加修正して,本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地の価格を算定する手法を用いている。しかし,この手法は,現実に本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地として利用されている部分の土地面積を確定して,その面積に当該土地の1平方メートル当たりの価格を乗じて敷地の価格を算定する手法に比べると,評価額が不正確とならざるを得ない。

 さらに,C鑑定における評価は,建物の価格についても,本件賃借対象物件のうち本件駐車場建物部分(被控訴人が「丸井国分寺店」の仕入及び荷さばきホールとして使用している部分)の価格の積算はせずに,当該部分の価値を,本件賃借対象物件の効用比率の中で評価するという手法をとっているが,この手法も,本件店舗建物と本件駐車場建物の価格をそれぞれ積算し,本件賃借対象物件の効用比率を乗じて本件賃借対象物件の積算価格を算定する手法に比べると,評価額が不正確になることは否めないことを考えれば,C鑑定の本件賃借対象物件の基礎価格の査定は,直ちにこれを採用することはできないというべきである。

   (3) 次に,原判決は,おおむねE鑑定の鑑定結果に依拠し,被控訴人の請求を一部認容したものであり,控訴人は,同鑑定結果を強く争っているので,以下,その相当性,正確性について判断する。

 ① 鑑定人E(以下「E鑑定人」という。)は,差額配分法及び利回り法の基礎となる価格(基礎価格)を算定するため,価格時点における本件対象土地(本件店舗建物及び本件駐車場建物の敷地である前記1万0004.27平方メートルの部分)の1平方メートル当たりの更地価格を算定するに当たり,まず,取引事例比較法を用いて,近隣地域及び同一需給圏内の類似地域より選択した事例に,事情補正,時点修正及び標準化補正を施し,各事例の地域と近隣地域との間で価格形成に作用する地域要因の比較検討を行って,比準価格を1平方メートル当たり146万6000円から157万4000円と試算した上で,その中庸値を採用して,取引事例比較法の比準価格を1平方メートル当たり153万円と算定した。そして,E鑑定人は,同価格と本件対象土地と同一需給圏内の類似地域に存する東京都基準地(国分寺(都)5-2)の公示価格を基準として求めた価格である1平方メートル当たり142万円とを比較した上で,取引事例比較法による比準価格を重視して価格時点における本件対象土地の1平方メートル当たりの標準価格を153万円と査定した。E鑑定人は,さらに,本件対象土地上の建物の実効容積率が高いという個別的要因があることから,上記の標準価格に3パーセントの増加の価格修正をした結果,価格時点における本件対象土地の1平方メートル当たりの更地価格を158万円と算定し,これに土地面積1万0004.27平方メートルを乗じて,本件対象土地の価格を158億1000万円と査定した。

 ② しかし,E鑑定人は,当初裁判所に提出した不動産鑑定評価書(以下,「当初の鑑定書」などという。)において,本件対象土地の街路条件のうち,接面街路の幅員を誤って7.2メートルの舗装都道と把握して評価を行い,その後の鑑定補充書及び訂正後の不動産鑑定評価書(以下「訂正後の鑑定書」などという。)において,接面街路の幅員を12メートルと訂正したにもかかわらず,訂正後の鑑定書における本件対象土地の1平方メートル当たりの更地価格の金額を変更していない。

 この点について,E鑑定人は,鑑定補充書及び原審での鑑定人尋問において,本件対象土地の価格形成要因は街路条件のみによって決定されるものではなく,交通接近条件,環境条件,行政条件及びその他の条件が相乗的に影響することによって決定されるのであり,これらの点は,当初の鑑定書や訂正後の鑑定書の別表(1)の取引事例(上記比準価格査定の際の対象とした近隣地域及び同一需給圏内の類似地域より選択した事例)の比較,検討において反映されており,さらに,各取引事例から算定された比準価格の1平方メートル当たり146万6000円から157万4000円を基に,その中庸値の1平方メートル当たり153万円が,取引事例比較法の比準価格とされているのであるから,本件対象土地の接面街路の幅員が訂正されることによって,直ちに本件対象土地の1平方メートル当たりの更地価格の金額が変更されることにはならない旨を述べる。

 しかし,不動産の適正賃料は,当該不動産の価格形成にかかわる種々の要素を考慮して算定すべきものであるところ,土地の接面街路の幅員については,建築基準法52条により,当該土地の容積率の基準とされ,また,幅員が12メートル以上の場合と12メートル未満の場合とでは,異なる規制に服するものとされていることを考えれば,接面街路の幅員は,基礎価格の算定に当たって,相応の評価を要すべき事項に当たるものと解される。

 もとより,適正賃料の評価は,不動産鑑定評価基準に則って行われるべきであることは前記のとおりであるが,その細目については,評価人の合理的裁量がはたらく余地があることは否定し得ないところであり,したがって,E鑑定人の上記陳述のように,種々の要素を個別に数値化することなく,総合的判断の際に斟酌することも許容される場合があるものと解される。しかし,E鑑定人は,上記比準価格の算定において,本件対象土地には増減の修正を行っていないのに対し,比較対象物件のうち,接面街路が幅員12メートル程度の舗装都道の事例については3パーセント,同10メートル程度の舗装都道の事例については2パーセントが,それぞれ増額要因とされ,幅員6メートル程度の舗装市道の事例については逆に3パーセントの減額要因としていることに照らせば,本件対象土地の接面街路の幅員が当初認識していた7.2メートルではなく,12メートルであったことが判明したのであれば,比較対象物件の修正についても補正が必要であり,比準価格もそれに応じて変更されてしかるべきであって,E鑑定人がこれを行わなかったことは,上記比較事例との均衡を欠くといわざるを得ず,このことは,E鑑定で示された基礎価格自体の正確性に疑問を差し挟むべき事情に当たるものといわなければならない。

 ③ また,E鑑定においては,本件対象土地の基準容積率が432パーセントであるのに対し,実際の容積率がおよそ500パーセントであることを増価要因とし,標準価格の1平方メートル当たり153万円の価格に3パーセントを加算して更地価格を求めているが,その実際の容積率が569パーセントであったことは,前記認定のとおりである。

 この点について,E鑑定人は,当初の鑑定書が前提としていた容積率に誤りがあったとしても,評価額を変更する必要はないとし,その理由につき,鑑定補充書及び原審における鑑定人尋問において,本件対象土地に建築された本件店舗建物及び本件駐車場建物は,駅舎に隣接したターミナルビルであることの性質上,通常の店舗及び事務所建物に比べるとエスカレーターやエレベーターなどの共用部分が占める部分が多く,その結果,賃料の支払対象となる有効部分としての利用度が低くなっているという点で,減価要因も認められるのであるから,本件店舗建物及び本件駐車場建物の実際の使用容積率が高いことが,直ちに本件対象土地についての大幅な増加の価格修正に結びつくものではない旨を述べる。

 しかし,本件対象土地については,実際の使用容積率が基準容積率を30パーセント余りも上回っており,このことによって,本件対象土地上の建物の賃貸面積が増加し,収益を上げることができるのであるから,本件賃借対象物件の敷地や本件賃借対象物件の増価要因になるものというべきである。そして,E鑑定人が,当初本件対象土地に関する実際の容積率が500パーセントであることを前提に3パーセントの増額をしたことに照らせば,これが569パーセントであったことが判明した以上,さらに増価すべきであったと解するのが相当である(ちなみに,C鑑定においては,前記のとおり,実際の使用容積率が基準容積率を上回っており,周辺土地の容積率の寄与を受けているものであることを理由に,本件賃借対象物件の敷地につき,20パーセントの建付増価をしている。)。もっとも,このような要因のすべてを個別に数値化しなければならないものでないことは,前述のとおりであるが,E鑑定においては,容積率が500パーセントであることを前提に3パーセントの増額をしているのであるから,上記の誤りが判明した以上,それに応じた補正がされなければ,鑑定評価としての一貫性を欠くものといわなければならない。

 ④ そして,E鑑定が採用した1平方メートル当たり153万円の標準価格に,接面街路が12メートルであることにつき,比較対象物件と同様に3パーセントを増価し,さらに,実際の容積率が569パーセントであることにつき,控え目にみて20パーセントの増価要因として試算すると,本件賃借対象物件の敷地の更地価格は,1平方メートル当たり約189万円になる。この価格は,D鑑定における1平方メートル当たりの更地価格約187万円及びC鑑定における同約160万円を上回るものである。

  3 スライド法による試算賃料について

   (1) E鑑定においては,スライド法による試算賃料について,マイナス13パーセントの経済変動率を用い,月額9863万円としたが,E鑑定人は,上記マイナス13パーセントを採用した理由につき,原審での鑑定人尋問において,合意時点である平成元年と価格時点である平成12年との間の経済変動率について,消費者物価指数・全国総合指数,百貨店年間売上高,丸井国分寺店の売上高(不動産鑑定評価の記載上は「商業販売統計・百貨店販売額」となっている。)及び地価の変動率を変動の要因として挙げて,消費者物価指数・全国総合指数につきプラス11.7パーセント,百貨店年間売上高につきマイナス18.2パーセント,丸井国分寺店の売上高につきマイナス2.5パーセント,地価の変動率につきマイナス70.0パーセントの各変動率を確定した上,この中から消費者物価指数・全国総合指数と百貨店年間売上高を重視し(その余は参考にとどめる),前者を2,後者を8程度の比重で評価して得た結果である旨を述べている。

   (2) しかし,E鑑定人の上記陳述は,経済変動率をマイナス13パーセントとした根拠につき,明確な説明になっているとはいい難い。殊に,地価変動率を参考にとどめた点はともかくとして,実情を強く反映していると思われる丸井国分寺店の売上に係る変動率を除外しながら,百貨店年間売上高の変動率を特に重視したことについての合理性の裏付けとなるような事情も見出せないことに照らせば,E鑑定人が採用したマイナス13パーセントという数値の相当性については,疑問が残るものといわざるを得ない。

   (3) この点について,C鑑定においては,東京23区の百貨店年間売上高がマイナス16.7パーセントであること,東京都の商業販売統計・百貨店販売額がマイナス12.7パーセントであることを重視し,変動率をマイナス16パーセントと査定しているが,これに対しても同様の批判が当てはまるものである。

   (4) これに対して,D鑑定においては,被控訴人の店舗を含む国分寺駅ビルにおける売上高の推移を重視し,変動率をマイナス6.9パーセントと査定しているが,E鑑定及びC鑑定と比較すると,相応の根拠を待った査定と評価することができる。

  4 賃貸事例比較法による試算賃料について

   (1) E鑑定人は,本件賃借対象物件と同一需給圏内の類似地域であり,かつ,同類型の契約内容を持つ継続賃貸借事例3例(当初及び訂正後の鑑定書の別表(4)記載のH,I及びJ)を選択し,その各事例の売場面積当たりの実質賃料に所定の補正を行って1平方メートル当たりそれぞれ月額4739円,5090円,4602円の賃料を算定し,その中庸値の1平方メートル当たり月額4800円を継続賃料としての比準実質賃料の額とし,これに,大店法の届出面積である2万4031平方メートルを乗じて比準実質賃料を1億1535万円とし,この比準実質賃料から敷金と入居保証金の運用益1522万1000円を控除した1億0013万円を,賃貸事例比較法による試算賃料として算出した。

   (2) E鑑定人は,採用した継続賃貸借事例I(国分寺a専門店街の事例)の比準賃料補正の過程において,「借進み」が認められるとして120分の100の修正をしたが,その理由につき,原審での鑑定人尋問において,賃料水準については,バブル経済の崩壊により近隣地域における一般的な水準が下落傾向にある中で,バブル経済期に属する平成元年に,駅ビルに入居するというステータス等の要因によって,各テナントが,控訴人から提示された賃料額をそのまま受け入れるという経過で決定された賃料水準がそのまま固定されているという点で割高になっている可能性がある旨を述べている。

 しかし,乙第34号証によれば,上記事例は,平成元年からの継続賃料であって,新規賃料の借り進んだ事例ではないことが認められ,また,競争によって成約賃料がつり上がったといった事情も認められない。そうすると,E鑑定人が述べる事情はいずれも推測に基づくものであって,このような関係から,120分の100の「借進み」ないし割高の修正をすることは,実態に反するものであって,E鑑定の上記査定については疑問が残るといわざるを得ない。

  5(1) E鑑定の評価は,前記基礎価格に基づく差額配分法で試算した賃料を月額9836万円,同じく利回り法により試算した賃料を同じく4750万円,スライド法により試算した賃料を同じく9863万円,賃貸事例比較法により試算した賃料を同じく1億0013万円とした上で,差額配分法で試算した賃料に2を乗じた金額にスライド法及び賃貸事例比較法により試算した賃料を加えた額を,4で除して得られた金額である(当初の鑑定書における適正賃料の計算は,利回り法による賃料9640万円を含めたものであったが,訂正後の鑑定書における利回り法による賃料は上記の金額に変更され,適正賃料の計算から除外された。)。

 しかし,E鑑定が算定した基礎価格については,前記のとおり,その算定過程に相当とはいえない点があり,その結果算出された基礎価格の正確性には疑問が残る。E鑑定は,この基礎価格に基づいて,上記差額配分法及び利回り法による試算賃料を算定しているが,基礎価格の正確性に疑問がある以上,E鑑定における差額配分法及び利回り法による試算賃料の数額は,直ちに採用し得ないものといわなければならない(なお,利回り法による試算賃料が適正賃料算定の際に考慮されていないことは,上記のとおりである。)。

 また,E鑑定におけるスライド法や賃貸事例比較法による試算賃料のみから,本件賃貸借契約における適正賃料を判断することも相当とはいえない(スライド法においてE鑑定人が採用した経済変動率の相当性に疑問が残ることは,前記のとおりであるし,そもそもスライド法は,経済変動率のみに依拠するもので,それ以外の個別的な要素が反映されたものではない。また,比準賃料の算定における対象物件のうちの1件については,その補正に前記のとおりの疑問があり,また,2件は,いずれも賃貸面積が1500平方メートル,8500平方メートル程度のもので,本件と規模が大きく異なるものである上,本件賃借対象物件との類似性の程度等も明らかでない。)。

   (2) また,C鑑定における本件賃借対象物件の基礎価格の正確性にも疑問が残ることは,前記説示のとおりであるから,C鑑定における差額配分法による試算賃料月額1億0146万3000円,利回り法による試算賃料月額4650万円は,直ちにこれを採用することはできない。

 そして,C鑑定におけるスライド法及び賃貸事例比較法による試算賃料(スライド法につき月額1億1389万9000円,賃貸事例比較法につき9455万4000円)については,上記E鑑定について述べたのと同様の問題があるから,これらに基づいて本件賃借対象物件の適正賃料を定めることもできないものというべきである。

   (3) 本件においては,C鑑定及びE鑑定における評価額(適正賃料)が,現行賃料を下回るものとされているが,前記説示のとおり,上記各鑑定に基づいて,本件賃借対象物件の価格時点における適正賃料を確定することは相当でない。

 そして,D鑑定における適正賃料が月額1億1100万円とされていること(同賃料額は,歩合賃料を含むものであるが,平成11年度の歩合賃料の平均月額165万8000円を控除しても,現行の基本賃料を上回る。),前記のとおり,E鑑定における敷地価格の算定につき,街路条件で3パーセント,実際の容積率で20パーセントの増価を行って得られる更地価格が,C鑑定やD鑑定におけるそれを上回る金額になることなどの事情にかんがみれば,価格時点における本件賃借対象物件の基本賃料が,不相当に高額であったと認めることはできない。

  6 まとめ

 上記のとおり,本件においては,本件賃借対象物件の価格時点における賃料が不相当に高額になった(借地借家法32条1項)との要件について,E鑑定及びC鑑定によってはこれを認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

 そうすると,被控訴人には,本件賃借対象物件についての賃料減額請求権が発生したとはいえないことになるから,被控訴人の本件請求は,失当といわざるを得ない。

 第5 よって,被控訴人の請求を一部認容した原判決は相当でないから,原判決中控訴人敗訴部分を取り消し,上記取消しに係る被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。