知財高裁平成27年6月24日判決
〔なめこの品種に関する育成者権侵害差止等請求控訴事件(種苗法20条1項「品種登録を受けている品種及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種」の判断)〕

(原審)東京地裁平成26年11月28日判決〔なめこの品種に関する育成者権侵害差止等請求事件〕

オレンジ法律事務所の私見・注釈


1 本件は,種苗法(以下,単に「法」という。)に基づき品種登録(以下,「本件品種登録」という。)したなめこ(以下,「本件登録品種」という。)の育成者権(以下「本件育成者権」という。)を有するX(控訴人)が,Y組合及びY会社(被控訴人ら。以下,両者を併せて単に「Yら」という。)による「なめこ」の生産等が本件育成者権を侵害するとして,Yらに対し,法33条に基づくその生産等の差止め及び廃棄,法44条に基づく謝罪広告,並びに不法行為に基づく損害賠償として,Y組合に対しては2037万0848円及びこれに対する遅延損害金の,Y会社に対しては301万6000円及びこれに対する遅延損害金の,各支払を求めた事案である。
  原審は,Xの各請求をいずれも棄却したため,Xが控訴した。
2 原審及び控訴審の主な争点は,Y組合の生産等に係る「なめこ」及びY会社の販売に係る「なめこ」の種苗が,本件登録品種又はこれと「特性により明確に区別されない品種」(法20条1項)に係る種苗にあたり,本件育成者権侵害があったかどうかである。
3 控訴審裁判所は,以下のように述べて原判決を維持した。
(1) まず,育成者権侵害の判断基準について,次のように判示した。
   ①法による保護の対象は,「現実に存在する植物体の集合そのもの」である。
   ②育成者権の及ぶ範囲である,「品種登録を受けている品種(以下『登録品種』という。)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種」(法20条1項)」のうち,「登録品種と特性により明確に区別されない品種」は,「登録品種と特性に差はあるものの,品種登録の要件としての区別性が認められる程度の明確な差がないもの」である。
   ③「品種登録の際に,品種登録簿の特性記録部(特性表)に記載される品種の特性(法18条2項4号)」が育成者権の範囲を直接的に定めたものかどうかについて,「品種登録制度の保護対象が『品種』という植物体の集団であること」及び「栽培条件等により影響を受ける不安定な部分が残ることなどからすると,栽培された品種について外観等の特徴を数値化することには限界が残らざるを得ない」ことから,「育成者権の範囲を直接的に定めるものということはでき」ない。
   ④したがって,「育成者権の効力が及ぶ品種であるか否かを判定するためには,最終的には,植物体自体を比較して,侵害が疑われる品種が,登録品種とその特性により明確に区別されないものであるかどうかを検討する(現物主義)必要があるというべきである。」
(2) これに続いて,Xが提出した鑑定嘱託の結果が,K1株(種苗管理センターに寄託された本件登録品種の種菌株)とK2株(控訴人が本件登録品種の種菌として保有していたと主張する種菌株)及びG株(被控訴人会社の販売するなめこから抽出した種菌株)の異同について次のように判示した。
   ①「遺伝的に別の特性を有するということは言えない」と述べていることについて,比較した特性が不足していることを理由に「育成者権の効力が及ぶ品種であるか否かを判定するための前提となる植物体自体の比較(現物主義に基づく比較)が,十分に行われたと評価することは困難である。」とし,「本件鑑定書に記載の鑑定嘱託の結果に基づいて,K1株・・・と,その余の2つの供試菌株であるK2株・・・ないしG株・・・とが『特性により明確に区別されない』と認めることはできない。」
   ②もっとも,「K2株とG株とは,両者の特性差が各形質毎に設定される階級値の範囲内に概ねとどまっているということができるから,両者は,『特性により明確に区別されない』と認めることは可能であるというべきである。したがって,何らかの形でK1株とK2株の同一性を立証することができるならば,K1株(本件登録品種)とG株も『特性により明確に区別されない』と認める余地が生じることになる。」
(3) さらに,Xが提出したK1株とK2株との同一性を肯定することができるとするDNA分析結果をまとめたA報告,A追加報告及びB報告について,次のように判事した。
   ①「DNA分析の手法は,全ゲノムを解析するのではなく,特定のプライマーを用いることにより,品種に特徴的であると考えられる一部のDNA配列を分析するものであるから,品種識別に利用する際には,その正確性,信頼性を担保するためにも,妥当性が確認されたものとして確立された分析手法を採用することが必要であるというべきである。」
   ②「しかるに,なめこについては,品種識別のためのDNA分析手法として,その妥当性が確認されたものとして確立されているものが存在することを認めるに足りる証拠はない」。
   ③「そして,A報告,A追加報告及びB報告において用いられているDNA分析手法は,」「なめこの品種識別を行うための手法として妥当なものであるかどうかについて,他の研究者による追試や検証等が行われ,科学界において,その評価が確立しているとまで認めるに足りる証拠はないのであるから,これを『その妥当性が確認されたものとして確立された』DNA分析手法と同視し得るものとして,そのまま採用することには躊躇を覚えざるを得ない。」
   ④「よって,これらの報告に基づき,種苗管理センターに寄託された本件登録品種の種菌と,控訴人が本件登録品種の種菌と主張する種菌との同一性を肯定できるとする控訴人の主張は,採用することができない。」
(4) 結論として,「被控訴人らが本件登録品種又はこれと特性により明確に区別されないなめこの種苗の生産等を行い,あるいは,その収穫物を販売したと認めるに足りる証拠はない。」「そうすると,控訴人の請求は,その余の争点について判断するまでもなく理由がないから,これを棄却した原判決は相当である。」と判示した。
4 特許法は技術的思想としての「発明」(特許法1条)を保護することを目的としているので(特許法1条),特許権の侵害の有無の判断は「特許請求の範囲」(特許法70条1項等)に記載された技術的思想と被疑物件の構成を比較して行う。これに対して,種苗法は現実の植物体としての「新品種」の保護を目的としているので(種苗法1条),育成者権の侵害の有無の判断は植物体同士を比較する現実主義により行う。本判決は,育成者権の侵害の有無の判断について現実主義を採用することを明らかにしたことにより注目されている。
  もっとも,現実主義は既に実務において定着しており,問題は現実主義をいかに全うするかである。本判決(及び本判決の原審の判決)の意義は,むしろ「3(2)ないし(4)」のような,現実主義に基づく十分な比較を行ったと評価できるかどうかの指標を示したことにあると考えられる。

(2017・7・17 弁護士 片山輝伸)