東京高等裁判所 平成27年11月9日判決
【相続人中のある者が法定相続分を超える遺産を取得する内容の遺産分割協議が破産法160条3項の無償行為否認の対象となるか(消極)】

(原審)東京地裁平成27年3月17日判決
【相続人中のある者が法定相続分を超える遺産を取得する内容の遺産分割協議が破産法160条3項の無償行為否認の対象となるか(消極)】


第3 当裁判所の判断

 当裁判所も,控訴人の本件否認権行使は理由がないので,控訴人の請求は棄却すべきものと判断する。
 その理由は,以下のとおりである。
 1 争点1(遺産分割協議が無償行為に当たるか。)について
  (1) 控訴人は,遺産分割協議は,相続放棄をすることができない状態になった後に,共有状態にある遺産を相続人間で分割協議することによって他の相続人が相続によって取得したことにするものであるから,法定相続分又は具体的相続分を超える財産の取得につき対価性を伴わない場合には,遺産分割協議による財産の移転行為は,贈与と同様に破産法160条3項の「無償行為」と評価すべきであると主張する。
 そこで,共同相続人が行う遺産分割協議において,相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為が,それによって法定相続分又は具体的相続分を下回る遺産しか取得しない者が行う「無償行為」となるかについて検討すべきことになる。
  (2) 破産法160条3項は,破産者が支払の停止等があった後又はその6月以内にした無償行為及びこれと同旨すべき有償行為は,破産手続開始後,破産財団のために否認することができると規定する。この無償行為否認においては,破産者の詐害意思を要しないこと,支払停止前6月まで否認の範囲が拡大されていること,受益者の主観的要件を要しないことにおいて,一般の詐害行為否認の特則としての性質を有するものと解するのが相当である。
 「無償行為」とは,破産者が経済的な対価を得ないで財産を減少させ,又は債務を負担する行為であると解され,その典型的な例は贈与である。
 このような「無償行為」について,上記のとおり,破産者及び受益者の主観を顧慮することなく,専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めた根拠は,その対象たる破産者の行為が対価を伴わないものであって,破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるためであると解される(最高裁判所昭和62年7月3日第二小法廷判決・民集41巻5号1068頁)。
  (3)ア ところで,遺産分割協議は,相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について,その全部又は一部を,各相続人の単独所有とし,又は新たな共有関係に移行させることによって,相続財産の帰属を確定させる行為である。
 したがって,遺産分割協議は,その性質上,財産権を目的とする法律行為であるということができるから,共同相続人間で成立した遺産分割協議は,民法424条1項所定の詐害行為取消権行使の対象となり得るものであり(最高裁判所平成11年6月11日第二小法廷判決・民集53巻5号898頁),破産法160条1項所定の詐害行為否認の対象となり得る場合もあるものと解される。
   イ 民法906条は,遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをすると定めている。
 共同相続人は,単純承認をし,あるいは,限定承認又は相続の放棄をせずに民法915条1項の熟慮期間を経過した結果として単純承認をしたものとみなされた場合であっても,その後に遺産分割協議を行うときに,上記の一切の事情を考慮し,相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について,その全部又は一部を,各相続人の単独所有とし,又は新たな共有関係に移行させることができる。その際,相続人間での自由な協議と処分が認められている以上,相続人全員の合意で遺産を法定相続分ないし具体的相続分と異なる割合で分割することはもとより妨げられず,代償金等の経済的な対価を伴っていなくとも差し支えない。このように,遺産分割については,いわゆる「遺産分割自由の原則」があり,法定相続分や具体的相続分とは異なる割合での分割も可能であって,遺産分割協議による分割は,それが共同相続人の自由意思に基づく合意によるものであれば,基本的にはこれを尊重すべきものである。
 したがって,相続人である破産者が遺産分割によって法定相続分ないし具体的相続分を下回る遺産しか取得しなかったとしても,それは,民法906条に則り,上記の一切の事情を考慮した結果であることもあり得るから,その詐害性を直ちに認めることはできないというべきである。
 そうすると,贈与や債務免除のような,経済的な対価を伴わない限り,破産者の財産を減少させる行為と評価するほかない行為は,破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であって,類型的に「無償行為」として破産法160条3項が軽減された要件で否認を認める上記の根拠が妥当するのに対し,遺産分割協議については,経済的な対価がないということから,無償行為否認について軽減された要件で否認を認めることについての上記の破産法上の根拠がそのまま妥当するとはいえない。
 また,遺産分割協議は,相続人である破産者の財産を形成していたものが無償で贈与された場合と異なり,元々破産者の財産でなかったものが,遺産分割の結果によって相続時にさかのぼってその効力を生じ,破産者の財産とならなかったことに帰着するものであるから(民法909条),この点からみても,破産法160条3項所定の無償行為として,類型的に対価関係なしに財産を減少させる行為と解するのは相当ではないというべきである。
   ウ 実質的にみても,債務者たる相続人が将来遺産を相続するか否かは,相続開始時の遺産の有無や相続の放棄によって左右される極めて不確実な事柄であり,相続人の債権者は,直ちにこれを共同担保として期待すべきではないというべきものである(最高裁判所平成13年11月22日第一小法廷判決・民集55巻6号1033頁)。
 つまり,破産者がその被相続人の死亡という偶然の事情によって遺産を共有することになったとしても,相続開始前に破産者に対する債権を取得していた破産債権者にとっては,いわばそれは偶然による特別の幸運である。
 そして,控訴人が例として挙げる破産者が思わぬ贈与を受けた場合や宝くじに当選した場合とは異なり,上記説示のとおり,相続においては共同相続人が,民法907条1項に基づいて全員の合意で遺産を法定相続分ないし具体的相続分と異なる割合で分割することが妨げられないものである。加えて,破産債権者は,元来,破産者の財産を引き当てにしていたので,破産者の被相続人の財産に対する破産債権者の期待を特に強く保護する必要はないから,遺産分割協議が破産債権者を害する程度(有害性)が大きいとは当然にはいえないというべきである。
   エ 以上のとおり,共同相続人が行う遺産分割協議において,相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為を当然に贈与と同様の無償行為と評価することはできず,遺産分割協議は,原則として破産法160条3項の無償行為には当たらないと解するのが相当である。
 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
 もっとも,遺産分割協議が,その基準について定める民法906条が掲げる事情とは無関係に行われ,遺産分割の形式はあっても,当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときには,破産法160条3項の無償行為否認の対象に当たり得る場合もないとはいえないと解される。
 2 争点2(本件遺産分割協議のうちの本件超過取得部分に係る合意が無償行為に当たる特段の事情の有無)について
 そこで,本件遺産分割協議に関して,本件超過取得部分に係る合意につき無償行為に当たる特段の事情の有無について検討する。
  (1) 認定事実
 上記前提事実に加えて,後掲証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
   ア 本件遺産の内容
 甲山家は,本件地区において,遅くとも江戸時代から代々続いた庄屋の家柄であり,亡父は,甲山家の当主として,先祖から受け継がれてきた本件地区の多数の農地や山林を中心とした財産を単独相続により取得した(乙4,7ないし11,33,36,原審における証人甲山A(本件破産者。以下「証人甲山」という。)及び被控訴人本人)。
   イ 甲山家の財産の承継
 亡父の法定相続人は,亡父と妻である亡母との間の子である被控訴人と本件破産者のみであるところ,甲山家では代々跡取りが遺産のほとんどを承継してこれを次世代に承継してきたとの事情があったので,家族の間では,長男である被控訴人は亡父の跡取りとして亡父の遺産のほとんどを相続して次世代に継承し,二男である本件破産者は相応の財産を分け与えられて本家から独立するものと認識されていた。そして,被控訴人と本件破産者においても,そのことを子供のころから了解していた。(乙4,7ないし11,33,34,36,37,原審における証人甲山,証人D(以下「証人D」という。)及び被控訴人本人)
   ウ 亡母の死亡
 (ア) 亡母は,昭和62年6月9日に死亡し,その遺産として,同人が実家から承継した本件△△土地と,同土地上の亡母名義の建物(本件△△土地と一括して「本件△△土地等」という。)があり,それ以外には特にめぼしい財産はなかった(乙33,36,弁論の全趣旨)。
 (イ) 亡母の法定相続分は,亡父,被控訴人及び本件破産者の3名であった(乙4)。
   エ a社の経営
 亡父は,昭和51年ころから,本件△△土地等を,自ら設立したa社の社屋として利用し同所で不動産業を営んでおり,平成12年2月ころからは,本件破産者が後継者としてa社に入社したので,a社の業務のほとんどを本件破産者に任せるようになった。それ以来,本件破産者は,a社からの給与又は役員報酬で生計を立てるようになった。(甲4,乙1,33,34,36,37,原審における証人D,証人甲山及び被控訴人本人)
   オ 亡母の遺産の相続
 (ア) 亡母の死亡後,その遺産分割につき何らの協議も行われないまま推移したところ,平成12年,亡父の提案により,本件破産者が本件△△土地等を単独で相続することになり,同年10月11日には,本件△△土地等につき本件破産者に対する所有権移転登記が経由された(乙2ないし6,33,36,原審における証人甲山及び被控訴人本人)。
 なお,亡母が死亡した年である昭和62年分路線価図(乙12)に基づく本件△△土地の路線価は1821万5840円(1m2当たり7万4000円),亡父の死亡の年である平成21年分路線価図(甲11)に基づく本件△△土地の路線価は2461万6000円(1m2当たり10万円)であり,本件破産者が平成22年3月25日に本件△△土地等を処分した際の売却価格は計1500万円であった(甲11,12,乙12)。
 (イ) 亡父が上記(ア)の本件破産者による相続を提案したのは,亡父の将来の相続において,被控訴人が本件地区の不動産を中心とした財産のほとんどを承継することを踏まえ,本件破産者に対し,甲山家から独立をするために必要な財産を分け与える必要があると考えたこと,本件△△土地等は甲山家に代々承継されてきた財産ではなかったので,二男である本件破産者に分け与えるのには適していたこと及び本件破産者がa社の経営を既に事実上承継しており,今後本件△△土地等において事業を継続することが見込まれたことがその理由であった(乙33,36,原審における証人甲山及び被控訴人本人)。
   カ a社の債務免除及び経営の承継
 (ア) a社は,平成12年2月に本件破産者が入社する前から赤字経営が続き,その資金不足分を亡父からの借入れで補ってきたところ,本件破産者の入社後,資金需要が増えて金融機関からの融資を受ける必要が生じた。そこで,亡父は,a社の融資審査が通りやすくなるよう,顧問税理士の助言を受けた上,a社の亡父に対する債務を免除することにし,平成13年度から平成21年度(平成13年8月1日から平成21年7月31日まで)にかけて合計4542万円の債務を免除した。(乙21ないし25,27ないし31,34,35,37,38,原審における証人D)
 (イ) 本件破産者は,平成20年3月にa社の代表取締役に就任し,そのころまでには亡父が全部保有していた発行済株式3000株のうちから500株を譲り受けていたが,本件遺産分割協議によって,亡父所有の2500株を取得した結果,全株式の保有者となった(甲9,乙1,33,36,原審における証人甲山及び被控訴人本人)。
 なお,本件破産者は,本件支払停止に当たってa社の取締役を辞任し,これに伴って上記保有株式全部を手放したが,本件破産者に代わって本件破産者の妻が唯一の取締役に就任してa社を経営している(乙1,13,33,36,原審における証人甲山及び被控訴人本人)。
   キ 本件○○土地への抵当権設定等
 亡父は,平成15年,本件○○土地を将来本件破産者に相続させることを見込んで,本件破産者が本件○○土地上に自宅を建築することを了承した上,本件破産者が自宅建築資金の調達のために借り入れた住宅ローン(債権者はd銀行で,貸付総額は4000万円である。以下「本件住宅ローン」という。)の保証人となるとともに,本件住宅ローンの保証会社を権利者とする抵当権を本件○○土地に設定した(甲8,乙19,原審における証人甲山)。
   ク 被控訴人による相続債務等の負担
 (ア) 被控訴人は,本件遺産分割協議において,亡父の債務全額及び葬儀費用全額を負担するものと合意されたことに基づき,相続債務総額282万3290円及び葬儀費用約700万円を負担した(甲2,10,乙33)。
 (イ) 被控訴人は,本件遺産分割協議の後,司法書士に対する報酬(本件遺産分割協議書作成,本件破産者及び被控訴人に対する所有権移転登記手続及び関連する事務に対するもの)合計111万7605円全額を自ら負担したほか,本件破産者が滞納した相続税(本税分及び利子税の合計約407万円)も負担した(乙14,15,20,弁論の全趣旨)。
  (2) 無償性の特段の事情の有無について
   ア 上記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,本件遺産分割協議は,亡父が平成21年7月8日に死亡したことから,それから約6か月後の平成22年1月9日にされたものである。
 そして,上記前提事実及び認定事実に鑑みると,本件遺産分割協議については,(ア) 本件遺産中の多数の土地が代々当主に受け継がれていた経過を尊重して,長男である被控訴人にこれらのほとんどを取得させたものであること,(イ) 他方,亡父の生前の事情として,亡父は,本件破産者に対して,①甲山家が代々承継して守ってきた財産とは別の本件△△土地等については,亡母の相続の際,本件破産者に優先的に取得させ,②本件破産者にa社の経営を引き継がせた上,a社の亡父に対するほとんどの債務(合計4542万円)を免除し,③本件破産者の住宅を本件○○土地上に建築することを認め,亡父自ら本件住宅ローンの保証人になったり,同土地上に抵当権を設定したりして,本件破産者の住居を確保できるようにしていたことが認められる。また,本件遺産分割協議によって,被控訴人が甲山家の当主として本件遺産の大部分を占める土地の維持管理のほか,相続債務その他諸費用の負担をするに至っていることが認められる。
 してみれば,本件遺産分割協議は,本件破産者においては,本件遺産分割協議以前に一定の経済的利益を受けていたことを踏まえてなされたものであるということができる。
   イ そうすると,本件遺産分割協議について,遺産分割協議の基準について定める民法906条が掲げる事情とは無関係に行われたものであり,遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めることができるような特段の事情があるということは困難である。
 なお,上記前提事実及び認定事実並びに弁論の全趣旨によれば,本件遺産分割協議は,相続開始後1年以内に行われており,本件破産者の破産債権者の大半も相続開始以前から存在していたので,本件遺産が事実上債務者である本件破産者の財産を構成し,一般債権者もそこから弁済を受けることを合理的に期待し得る状態にあったとは評価することができないというべきである。
 したがって,その余の点について更に判断するまでもなく,本件遺産分割協議は,破産法160条3項の無償行為には当たらないから,本件否認権行使は理由がないというべきである。