名古屋高裁平成27年2月26日判決〔弁護士法23条の1第2項に基づく転居先等についての照会に対する回答拒絶が違法であり、過失があるとして不法行為の成立が認められた事例〕

【オレンジ法律事務所の私見・注釈】

1 本件は、X1からの申立てを受けたX2弁護士会が、Y(日本郵便株式会社)に対して、弁護士法23条の1第2項に基づく転居先等についての照会を求めたところ、Yがその照会に対する回答拒絶をしたため、X1およびX2弁護士会が、当該回答拒絶が不法行為を構成するとして、Yに対して、損害賠償を求めた事案である。

2 事実関係等の概要は次のとおりである。

X1は、X2弁護士会に所属するA弁護士に対して、Bとの間の裁判上の和解に基づいてBの財産に強制執行をすることを委任した。X1からの委任を受けたA弁護士は、X2弁護士会に対し、Bの転居先等について、弁護士法23条の1第2項に基づく照会をするよう申し出た(以下「本件申出」という。)。

X2弁護士会は、A弁護士からの申出を適当と認め、Yに対し、Bの転居先等について23条照会をした(以下「本件照会」という。)。しかし、Yは、X2弁護士会に対し、本件照会に応じない旨回答した(以下「本件拒絶」という。)。

X1及びX2弁護士会は、Yによる本件拒絶が不法行為を構成するとして、Yに対して、損害賠償請求を求めて提訴した。

原審では、①本件照会に対するYの本件拒絶に正当な理由があるか否か、②本件照会に対する本件拒絶に関するYの過失の有無が争点になったところ、原審は、①本件拒絶に正当な理由がないと判断したものの、Yに過失がないと判断し、X1及びX2弁護士会の請求を棄却した。

原審に対して、X1及びX2弁護士会が控訴した。

3 これに対して、名古屋高裁は、以下のとおり、原判決を変更し、YのX2弁護士会に対する1万円の損害賠償義務を認めた。なお、X1の控訴は棄却されている。

まず、名古屋高裁は、①本件照会に対するYの本件拒絶に正当な理由があるか否かについて、以下のとおり判断した。すなわち、23条照会は、事件を適正に解決することにより国民の権利を実現するという公益を図る制度であるから、照会先である公務所又は公私の団体は、23条照会により報告を求められた事項について、照会をした弁護士会に対し報告をする公法上の義務を負う。他方、23条照会の対象とされた情報について、照会先において、当該情報を使用するに当たり、個人の秘密を侵害することがないよう特に慎重な取扱いをすることが要求される場合もあり得るから、照会先において、報告をしないことについて正当な理由があるときは、その全部又は一部について報告を拒絶することが許されると解される。その上で、転居先等の住所は、人が社会生活を営む上で一定の範囲で開示されることが予定されている情報であり、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない等の事情がある一方、本件拒絶によりX1が司法手続きによって救済が認められた権利を実現する機会を奪われることになり、これにより損なわれる不利益が大きいから、本件拒絶は正当な理由を欠くものであり、違法である。

次に、名古屋高裁は、②本件照会に対する本件拒絶についてYの過失の有無ついて、以下のとおり判断した。すなわち、23条照会に基づいて前科の照会に回答したことを違法であると判断した判決によれば、照会の目的等や照会事項によっては、23条照会に対し報告することが違法とされる場合があることは明らかである(最高裁昭和56年4月14日判決)。しかし、照会の目的や照会事項に問題がないと判断される場合についてまで報告をしなくとも違法とされないということにはならない。そして、Yは、本件照会に際し、本件照会の目的や本件照会事項について何らの考慮もしていないのであるから、その検討は不十分であったといえる。したがって、本件拒絶についてYに過失があったと認められる。

最後に、名古屋高裁は、23条照会については、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士の使命の公共性がその基礎にあると解されるのであり、これを依頼者の私益を図るために設けられた制度とみるのは相当でない。そのため、23条照会に対する報告がされることによって依頼者が受ける利益については、その制度が適正に運用された結果もたらされる事実上の利益に過ぎないとして、X1の控訴を棄却した。

他方、名古屋高裁は、X2弁護士会の請求について、以下のとおり判示して、X2弁護士会の請求を1万円の限度で認容した。すなわち、X2弁護士会は、本件拒絶により、本件照会が実効性を持つ(報告義務が履行される)という法的保護に値する利益を侵害され、国民の権利を実現するという目的を十分に果たせなかったのであるから、これによる無形損害を被ったと認められる。そして、X2弁護士会の無形損害は、本判決において、本件拒絶について、正当な理由がなく、Yの不法行為を構成すると判断されることにより、相当程度回復されるものと考えられる等一切の事情を考慮すれば、X2弁護士会の損害については、1万円と認めるのが相当である。

4 本判決は、転居先の回答を拒否したことが正当な理由がないため違法と判断した上で、照会先に損害賠償義務を認めた。転居先の照会については、相当数の申立てがあると考えられので、今後の23条照会の実務に影響を与えるものと思われる。また、本判決が示した判断内容は、転居先の住所以外の情報の照会を拒否することに、正当な理由があるのかを考える上でも参考になろう。


■参考判例  最高裁第三小法廷昭和56年4月14日判決〔23条照会に基づいて前科の照会に回答したことを違法であると判断した判決〕

主文

 1 控訴人弁護士会の控訴について

  (1) 原判決を次のとおり変更する。

  (2) 被控訴人は、控訴人弁護士会に対し、1万円及びこれに対する平成23年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  (3) 控訴人弁護士会のその余の請求を棄却する。

 2 控訴人X1の控訴について

 控訴人X1の本件控訴を棄却する。

 3 訴訟費用は、控訴人弁護士会と被控訴人との関係では、第1、2審を通じて、これを30分し、その1を被控訴人の負担とし、その余を控訴人弁護士会の負担とし、控訴人X1と被控訴人との関係では、控訴費用を控訴人X1の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

 1 控訴人X1

  (1) 原判決中、控訴人X1に係る部分を取り消す。

  (2) 被控訴人は、控訴人X1に対し、1万5250円及びこれに対する平成23年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 控訴人弁護士会

  (1) 主位的請求

   ア 原判決中、控訴人弁護士会に係る部分を取り消す。

   イ 被控訴人は、控訴人弁護士会に対し、30万0380円及びこれに対する平成23年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  (2) 予備的請求(当審における追加請求)

 被控訴人が、弁護士法23条の2に基づき控訴人弁護士会がした別紙の照会について、控訴人弁護士会に対し報告する義務があることを確認する。

第2 事案の概要

 1 控訴人X1は、控訴人弁護士会に所属する平野憲子弁護士(以下「平野弁護士」という。)に対し、訴外●●●(以下「●●●」という。)との間の裁判上の和解に基づいて同人の財産に強制執行をすることについて委任した。平野弁護士は、控訴人弁護士会に対し、別紙のとおり、(1) ●●●宛ての郵便物についての転居届の提出の有無、(2) 転居届の届出年月日、(3) 転居届記載の新住所(居所)、(4) 転居届記載の新住所(居所)の電話番号(以下、併せて「本件照会事項」といい、個別の照会事項については「本件照会事項(1)」などという。)について、被控訴人に弁護士法23条の2第2項に基づく照会(以下「23条照会」という。)をするよう申し出た(以下「本件申出」という。)。控訴人弁護士会は、本件申出を適当と認め、被控訴人に対し、本件照会事項について23条照会をした(以下「本件照会」という。)。しかし、被控訴人は、控訴人弁護士会に対し、本件照会に応じない旨回答した(以下「本件拒絶」という。)。本件は、控訴人らが、本件拒絶が不法行為を構成すると主張して、被控訴人に対し、(1) 控訴人X1において、1万5250円(慰謝料1万円及び本件申出に当たり支払った費用5250円)及びこれに対する不法行為の日(本件拒絶を受けた日)である平成23年10月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、(2) 控訴人弁護士会において、30万0380円(郵便費用380円及び無形損害40万円のうち30万円)及びこれに対する控訴人X1と同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。

 原審は、被控訴人が本件照会事項の全部について報告を拒絶したことには正当な理由を欠くところがあったが、被控訴人に過失があるとまではいえないと判断して、控訴人らの本訴請求をいずれも棄却したところ、控訴人らがこれを不服として控訴した。

 当審において、控訴人弁護士会は、(2)の損害賠償請求を主位的請求とした上、原審で主張していた各損害に当審における弁護士費用10万5000円を加えた合計50万5380円の一部としたほか、予備的請求として、前記第1の2(2)の確認請求(以下「本件確認請求」という。)を追加するとの申立てをした。被控訴人は、本件確認請求について、本案前の答弁として訴えの却下を求め、本案の答弁として請求棄却を求めた。

 2 前提事実

  (1) 当事者

 控訴人X1は、後記(2)の別件訴訟の原告であった者である。

 控訴人弁護士会は、弁護士法31条に基づき昭和24年9月28日に設立された法人である。

 被控訴人は、郵便の業務等を営む株式会社であり、平成24年10月1日、郵便局株式会社が現商号に商号変更し、郵便事業株式会社を合併し、その事業等を承継したものである(以下、郵便事業株式会社についても「被控訴人」という。)。

  (2) 別件訴訟(甲1)

 控訴人X1は、平成22年2月8日、●●●らに未公開株の購入名下に金銭を騙し取られたとして、同人らに対し不法行為に基づく損害賠償等を請求する訴訟を名古屋地方裁判所に提起した(同裁判所平成22年(ワ)第823号。以下「別件訴訟」という。)。その後、控訴人X1と●●●の間で、同年9月16日、●●●が損害賠償債務として200万円の支払義務があることを認め、このうち20万円を同年10月29日限り控訴人X1に支払い、約定どおり支払ったときは、控訴人X1は、その余の支払義務を免除することなどを内容とする裁判上の和解が成立した(甲2)。

  (3) 本件申出(甲3)

 平野弁護士は、別件訴訟において、控訴人X1の訴訟代理人であったところ、平成23年9月26日、弁護士法23条の2第1項に基づき、控訴人弁護士会に対し、本件照会事項について被控訴人(晴海支店)に23条照会をするよう申し出た(本件申出)。本件申出に当たっては、控訴人弁護士会所定の「照会申出書」(別紙2枚目。以下「本件申出書」という。)が提出され、「受任事件及び照会を求める理由」と題する書面(同3枚目。以下「照会理由書」という。)、「照会を求める事項」と題する書面(同4枚目。以下「照会事項書」という。)及び控訴人X1作成の委任状が添付されていた。照会事項書には、本件照会事項が記載され、照会理由書には、別件訴訟の事件番号のほか、●●●らによる未公開株詐欺の被害について損害賠償請求をした別件訴訟について●●●との間で裁判上の和解が成立したが、●●●が支払をしない旨、依頼者である控訴人X1は、同和解に基づき、●●●に対し、動産執行等の強制執行手続をしたいと考えている旨、そのためには●●●の住居所等が判明していることが必要となるが、●●●は、現在住民票上の住所に居住していない旨が記載されていた。

 控訴人X1は、本件申出に当たり、控訴人弁護士会所定の費用5250円を支払った(甲31、36)。

  (4) 本件照会(甲4)

 控訴人弁護士会は、本件申出を適当と認め、翌27日、被控訴人(晴海支店)に対し、本件照会事項について23条照会をした(本件照会)。本件照会に当たっては、被控訴人に対し、「弁護士法第23条の2による照会書」(別紙1枚目。以下「本件照会書」という。)のほか、本件申出書、照会理由書、照会事項書及び委任状の各写しが送付された。

  (5) 本件拒絶(甲5)

 被控訴人(晴海支店)は、控訴人弁護士会に対し、同年10月14日付けの書面で、本件照会には応じかねる旨回答した(本件拒絶)。

 控訴人弁護士会は、同月17日、上記の回答の書面を受領し、平野弁護士は、同日、控訴人弁護士会からこれを受領した(甲5、弁論の全趣旨)。

  (6) 本件通知書の送付(甲6)

 控訴人弁護士会は、同月27日、被控訴人(晴海支店)に対し、本件照会の必要性及び相当性について、動産執行等のために事件の相手方の住所等を確認する目的の照会である旨、回答を拒否されると動産執行をすることが不可能となり、他に代替手段もない旨、東京高等裁判所平成22年9月29日言渡判決(以下「東京高裁判決」という。)が判示しているとおり、転居届に係る情報は、憲法21条2項後段の「通信の秘密」にも郵便法8条1項の「信書の秘密」にも該当せず、転居届に係る照会に回答する義務は、同条2項の守秘義務に優越する旨などを記載した通知書(以下「本件通知書」という。)を送付し、本件照会に応じるよう求めた。

 控訴人弁護士会は、本件通知書を送付するに当たり、簡易書留費用380円を支払った(甲44の1ないし3)。

  (7) 再度の報告拒絶(甲7)

 被控訴人(晴海支店)は、控訴人弁護士会に対し、同年11月9日付けの書面で、東京高裁判決を根拠として転居届に係る23条照会に応ずることは困難であると判断しており、本件照会には応じかねる旨回答した。

 3 争点及び当事者の主張

 4(1)ないし(3)のとおり、当審における当事者の補充主張を、4(4)及び5のとおり、同追加主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」の3に記載するとおりであるから、これを引用する(なお、略称は、原判決の略称による。)。

 4(1) 本件拒絶に正当な理由があるか

 【被控訴人】

   ア 転居届に係る情報は、郵便物の転送のために被控訴人に提供される情報であり、住所情報とは異なって、個々の郵便物の配達以外の目的で使用されることはなく、開示することが予定されていない。また、住所情報については、開示の対象は純粋な「住所」であり、開示の種類が住民基本台帳の閲覧及び住民票の写しの交付に限定され、法文上、開示の可能な場合が具体的に列挙されている。ドメスティック・バイオレンス(以下「DV」という。)やストーカーの被害者については、その申立てにより、加害者の閲覧請求を拒否することが可能である。これに対し、23条照会については、開示対象の種類も限定されず、開示される要件も明確でない包括的な規定しかなく、DVやストーカーの被害者を保護する制度も設けられていない。

 なお、電話番号については、住所情報のような情報開示の制度はなく、一定の範囲の他者に開示されることが予定されている情報ということはいえない。

   イ 照会に当たっての弁護士会の審査については、弁護士会ごとに差異が出ることが予想されるし、必要性、相当性等の判断が厳密でない場合もある。それにもかかわらず、弁護士会にはペナルティがない一方、照会を受ける側が報告を拒絶した場合には損害賠償請求を受け得る立場に置かれるというのは、著しく不公平である。

  (2) 被控訴人に過失があるか

 【控訴人ら】

   ア 最高裁判所の判例がない場合、高等裁判所の判例がこれに準ずる効力を持つし、東京高裁判決は、被控訴人を名宛人とするものである。しかるところ、本件照会事項(1)ないし(3)は、同判決で報告を拒絶することに正当な理由がないとされた事項と全く同一であるから、本件照会事項(1)ないし(3)に対する報告を拒絶することが違法であることについては、合理的な平均人においても被控訴人においても、十分予見可能であった。また、同判決に従えば、転居届に係る情報を報告しても、「信書の秘密」を侵害することの故意がないから、刑事罰を科されるおそれはない。

 電話番号についても、住居所と同様、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている情報であるとともに、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえないから、東京高裁判決の射程の範囲内にある。しかるところ、同判決の論理に従えば、転居届に記載された新住居所の電話番号についても、23条照会に対する報告義務が被控訴人の守秘義務に優越すると判断することができる。したがって、本件照会事項(4)についても、合理的な平均人及び被控訴人において、報告を拒絶することが違法であることが十分予見可能であった。

   イ 結果回避義務違反

 23条照会に対する報告義務は、公法上の義務であるが、その目的には弁護士会の権利や利益を保護することが含まれている。したがって、その義務の違反は、弁護士会の権利や利益を侵害しない義務の違反として、不法行為法上の結果回避義務違反となる。そして、不法行為における過失を判断するに当たっては、通常人を基準として、(ア)損害が発生する可能性の大きさ、(イ)被侵害利益の重大さ、(ウ)結果回避義務を負わせることによって犠牲にされる利益について、(ア)及び(イ)と(ウ)との比較衡量がされるべきである。

 しかるところ、(ア)本件拒絶については、23条照会に係る控訴人弁護士会の事実調査及び証拠収集に関する権限を侵害するのみならず、控訴人弁護士会がその権限を適切に行使することによって担保されてきた国民からの期待や信頼を失わせる可能性が高い。控訴人X1についても、報告を受ける権利ないし利益が侵害され、多大な精神的苦痛を受ける可能性が高い。また、(イ)本件拒絶が許容されれば、他の公私の団体も同様に23条照会に対し報告をしなくなるおそれがあり、そうなれば、司法制度を維持するための23条照会の制度が事実上崩壊するため、司法の担い手である控訴人弁護士会の受ける被害は甚大である。控訴人X1も、強制執行を免れようとしている●●●に対し権利を実現するための手段を奪われるのであり、これによる財産的損害及び精神的苦痛は甚大である。他方、(ウ)被控訴人が守秘義務違反に問われるリスクについては、東京高裁判決があるためほぼ皆無であるし、投資詐欺の被害者からの追求を免れるために転居先を秘匿している●●●において、被控訴人の守秘義務違反を主張することは、現実にはあり得ない。転居届に係る情報については、「通信の秘密」や「信書の秘密」は問題となり得ないし、昭和56年判例も、被控訴人の被る不利益の判断要素とはなり得ない。

 したがって、本件において、(ア)及び(イ)は、(ウ)に比べはるかに勝っているから、被控訴人には、結果回避義務違反の過失が認められる。なお、転居届に係る23条照会に対し報告することについて、過大な経済的コストはかからないから、被控訴人には、結果回避可能性もある。

 【被控訴人】

   ア 結果回避義務を尽くしたこと

 被控訴人は、東京高裁判決について分析し、専門家である弁護士(東京高裁判決の被控訴人代理人)の見解を得た上、これを踏まえて社内で意見交換や協議等をしたが、同判決の内容については不当であると考えられた。また、東京高裁判決を根拠として転居届に係る情報を開示した場合、照会の目的によっては、通信の秘密を侵害する危険を排除できず、同判決の示した基準では、照会事項によっては郵便法8条2項の守秘義務が23条照会に対する報告義務に優越する場合があり、両義務の優劣について、個別に判断することは困難であった。そこで、被控訴人は、照会者と訴訟になるおそれはあるものの、取扱いの相違についての説明が困難ではなく、転居者に対する不法行為となる危険や支店の事務処理が混乱する危険がないか、若しくは小さいことを考慮して、結局、転居届に係る23条照会に対し、一律に報告しないことを決定したのである。このように、被控訴人は、23条照会への対応についてでき得る限りの検討を加え、それに基づいて本件拒絶がされたのであるから、被控訴人は、結果回避義務を尽くしたといえる。

   イ 23条照会に対する報告義務については、その具体的内容が法律等に規定されたものではなく、照会ごとに内容が異なるから、一定の者の法益を侵害する蓋然性の高い行為を類型化した行為規範、注意義務の具体化という性質を有しておらず、これを不法行為法上の結果回避義務として評価することはできない。また、弁護士会は、23条照会について、個々の弁護士の申出の必要性や相当性の判断をするにすぎず、独自の利益がない。

 控訴人X1については、本件拒絶によって、●●●に対する当面の債権の行使に障害が生ずるにすぎず、直ちにそれが不可能になるわけではないし、本件拒絶に違法性があったとしても、その程度は大きくない。本件照会に対して報告していれば動産執行が可能であったかも不明である。控訴人弁護士会については、その主張する財産的損害は、低額である上、本件拒絶により生ずる損害ではない。また、23条照会に対する報告を受けることについて、控訴人弁護士会が人格的な価値に関わる社会的評価を有するものではなく、報告が拒絶される場合も想定される以上、本件拒絶によりその社会的評価が低下することはあり得ない。

 したがって、控訴人らが主張するように、損害が発生する可能性の大きさや被侵害利益の重大さを考慮したとしても、被控訴人に過失があるとはいえない。

  (3) 控訴人らの権利、利益が侵害されたか

 【控訴人X1】

 23条照会の主体が弁護士会とされる趣旨は、照会の必要性及び相当性の判断について、弁護士を監督する地位にある弁護士会の自律的な判断に委ねることをもって、制度の適正かつ慎重な運用を担保することにある。しかるところ、依頼者においても、同制度によって情報を得ることで自己の権利の実現ないし利益を享受する法的利益を有しているのであり、これは、単なる反射的利益ではない。控訴人X1は、複数回にわたり●●●の住民票を取得し、現地調査をしたが、同人の転居先が不明であったため、被控訴人が東京高裁判決に従うものと期待して、平野弁護士を通じて本件申出をした。ところが、本件拒絶を受けたため、控訴人X1は、●●●に対する動産執行を実現する法的利益を害されたのである。

 【控訴人弁護士会】

 23条照会をする権限は、弁護士会に委ねられているところ、弁護士会は、個々の弁護士からの申出について、適正にその権限を行使する必要があり、照会を受ける側は、弁護士会に対する報告を義務付けられている。23条照会は、このような制度設計により、国民の基本的人権の擁護と社会正義の実現を図ろうとしている。控訴人弁護士会は、弁護士会照会手続規則(甲16。以下「本件規則」という。)のとおり、照会を受けた公務所等が報告をしない場合は催告し、報告を拒絶した場合は説得し、抗議の文書を送付するなどの処置を取ることになっている。個々の弁護士が直接自己に対し報告を求めることができず、弁護士会がこのような措置を取ることになる以上、弁護士会は、これらの措置により、国民の基本的人権の擁護と社会正義の実現を目的とする23条照会の趣旨を全うする責務がある。しかるところ、控訴人弁護士会は、本件拒絶により、23条照会によって報告義務者から報告を受けることができるという権利、利益を侵害されたのである。

 【被控訴人】

 弁護士会は、所属弁護士から申出がなければ照会をすることができず、その申出が弁護士法23条の2の要件に該当しているか及び濫用的な照会でないかについて審査をするにすぎない。そして、報告を受けたものの、内容が希望するものでなかった場合と比較しても、報告を拒絶されることによって侵害される利益が弁護士会にあるとは観念し難い。また、報告を強制することはできず、報告義務の違反があったからといって、弁護士会に対する国民の信頼が害されるものではない。したがって、23条照会について、弁護士会に独自に保護されるべき権利ないし利益はない。

 仮に、23条照会について、弁護士会に独自の利益を認め、報告を拒絶したことについて不法行為が成立するとすれば、結果として、照会を申し出た個々の弁護士に対し、直接自己に対して報告を求めることができる地位を与えることになり、23条照会の権限を弁護士会に与えた立法者の意図に反する。

  (4) 控訴人弁護士会の損害

 【控訴人弁護士会】

 控訴人弁護士会は、本件控訴を提起するに当たり、代理人弁護士らと委任契約を締結し、着手金10万5000円を支払った。そこで、これを加えた合計50万5380円のうち、有形の損害380円及び無形の損害の一部である30万円の合計30万0380円を請求する。

 5 控訴人弁護士会の当審における予備的追加請求について

 【控訴人弁護士会】

  (1) 確認の利益があること

 23条照会に対して報告を求めることについては、条文の規定の仕方からして、裁判上の請求を予定していないと考えられるから、報告請求の給付の訴えを提起することはできない。また、報告を拒絶したことについて、不法行為に基づく損害賠償請求が認められるためには、報告義務違反のみならず、過失や損害の発生等が要件とされるのであるから、損害賠償請求とは別に、報告義務の存在について確認する意味がある。

 また、本件では、報告義務の存否について争いがあるため、現実に控訴人弁護士会の権利又は法的地位が不安定となっているところ、この点について訴訟物として判断がされ、報告義務が存在することの確認がされれば、被控訴人が自主的に本件照会に対して報告することが期待できる。

 したがって、本件については、確認の訴えという方法によることが適切であって、報告義務が存在することを確認の対象とすることが妥当であり、控訴人に即時確定の利益があるから、確認の利益がある。

  (2) 訴えの追加的変更が認められること

 本件確認請求に係る訴えについては、私人間のものであり、被控訴人が23条照会に対して報告しなかったことについては、公権力の行使に当たる行為でもないから、行政事件訴訟法4条の「公法上の法律関係に関する確認の訴え」に当たらない。仮にこれに当たるとしても、本件確認請求に係る請求原因や訴訟資料については、従前の損害賠償請求に係るものと共通であるから、訴えの追加的変更に準じてこれに追加することができる。

 また、原審において、損害賠償請求について審理が尽くされている以上、被控訴人の審級の利益を保護する必要はないから、本件確認請求を追加することについて、被控訴人の同意は不要である。

 【被控訴人】

  (1) 確認の利益がないこと

 控訴人弁護士会は、被控訴人に対し、23条照会に対する報告義務の違反を理由として、不法行為に基づく損害賠償請求をしているところ、本件確認請求は、紛争の解決にとって、損害賠償請求以上に有効ないし適切な方法ということはできない。また、23条照会の制度上、報告義務に違反した場合の罰則や報告を強制する規定はないから、別途、報告義務の存在について確認することは、その制度設計を逸脱することになるし、紛争の抜本的な解決にもならない。さらに、控訴人弁護士会については、公務所又は公私の団体に対して23条照会に係る報告を求める権利がないし、照会を受けた側の報告義務について、申出関係者とは独立して、法的保護に値する地位にあるともいえない。したがって、本件確認請求について、控訴人弁護士会には確認の利益がない。

  (2) 訴えの追加的変更が許されないこと

 23条照会に対する報告義務は、公法上の義務であるから、本件確認請求に係る訴えは、行政事件訴訟法4条の「公法上の法律関係に関する確認の訴え」に当たる。したがって、本件確認請求は、同種の訴訟手続による場合との民事訴訟法136条の要件を満たしていないから、損害賠償請求との併合は許されない。

 また、控訴審において、民事訴訟に「公法上の法律関係に関する確認の訴え」を追加する場合、相手方の審級の利益に配慮して、その同意が必要となる。しかし、被控訴人は、控訴人弁護士会が本件確認請求に係る訴えを追加することに同意しないから、訴えの追加的変更は許されない。

第3 当裁判所の判断

 1 当裁判所は、控訴人弁護士会の本訴請求については主文1項(2)の限度で理由があり、控訴人X1の本訴請求については理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。

 2 争点(1)(本件拒絶に正当な理由があるか)について

  (1) 23条照会に対する報告義務について

 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする(弁護士法1条1項)。23条照会の制度は、このような弁護士の使命にかんがみ、弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び証拠の発見収集を容易にし、事件の適正な解決に資することを目的として設けられたものと解される。また、弁護士会は、弁護士及び弁護士法人の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士及び弁護士法人の事務の改善進歩を図るため、弁護士及び弁護士法人の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的としている(同法31条1項。なお、弁護士法人について規定されたのは、平成14年4月1日である。)。23条照会については、このような弁護士会の目的にかんがみ、その制度の適正な運用を確保する目的から、照会の権限を公法上の法人である弁護士会に付与し、権限の発動を個々の弁護士の申出に係らせつつ、その申出が23条照会の制度の趣旨に照らして適切であるかを判断することについて、弁護士会の自律的な判断に委ねたものと解される。そうすると、23条照会は、依頼者の私益を図る制度ではなく、事件を適正に解決することにより国民の権利を実現するという公益を図る制度として理解されるべきである。したがって、照会先である公務所又は公私の団体は、23条照会により報告を求められた事項について、照会をした弁護士会に対し報告をする公法上の義務を負うものと解するのが相当である。

 もっとも、23条照会の対象とされた情報について、照会先において、当該情報を使用するに当たり、個人の秘密を侵害することがないよう特に慎重な取扱いをすることが要求される場合もあり得るところである。したがって、23条照会については、照会先に対し全ての照会事項について必ず報告する義務を負わせるものではなく、照会先において、報告をしないことについて正当な理由があるときは、その全部又は一部について報告を拒絶することが許されると解される。

  (2) 転居届に係る情報は、憲法21条2項後段の「通信の秘密」及び郵便法8条1項の「信書の秘密」に当たるか

   ア 憲法21条2項後段は、「通信の秘密は、これを侵してはならない。」と規定し、これを受けて、郵便法8条1項は、「会社(被控訴人)の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない。」と規定している。しかし、本件で問題となっている転居届は、通信や信書そのものではなく、個々の郵便物とは別個のものである。そして、そこに記載された情報について報告がされても、個々の通信の内容が推知されるものではない。したがって、転居届に係る情報は、憲法21条2項後段の「通信の秘密」にも郵便法8条1項の「信書の秘密」にも該当しないと解するのが相当であるから、被控訴人は、本件照会事項について、「通信の秘密」や「信書の秘密」に基づく守秘義務を負うものではない。

   イ(ア) 被控訴人は、転居届に係る情報について、個々の郵便物の受取人の宛て所そのもの、場合によっては宛名ともなることから、現実に郵便物が転送された場合、同情報には当然に「通信の秘密」の保障が及ぶ旨主張する。しかし、本件照会事項については、個々の通信とは関係のない情報としての転居届に記載された新住居所等の報告を求めるものであるから、「通信の秘密」の対象となる事項であるとはいえず、その保障が及ぶものではない。

 (イ) 被控訴人は、転居届について郵便物の転送を前提としており、個々の郵便物と密接に関係せざるを得ないから、転居届に係る情報については「通信の秘密」に準じて取り扱われる必要がある旨主張する。しかし、転居届は、郵便物を転送する前提のものであるとしても、具体的な郵便物を離れて転居先を一般的に明らかにするものにすぎず、その存在により直ちに個々の郵便物の転送の有無が明らかになるものではない。したがって、転居届に係る情報について現実に転送された具体的な郵便物に関連する情報(個々の通信と結び付いている情報)に準じて取り扱われる必要があるとはいえない。

 (ウ) さらに、被控訴人は、23条照会の真の目的が特定の郵便物の転送先を知ることにある場合の不都合性を指摘する。しかし、制度の悪用については、その適切な運用を図るべき立場にある弁護士会において、防止措置を講じるなど別途対処すべき問題である。

  (3) 正当な理由について

   ア 郵便法8条2項は、郵便の業務に従事する者が、郵便物に関して知り得た他人の秘密を漏えいすることを禁じている。そして、控訴人らは、転居届に係る情報が「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に当たり、被控訴人が同項に基づく守秘義務を負うことについて争っていないところ、被控訴人は、上記守秘義務が23条照会に対する報告義務に優越すると主張するので、以下検討する。

   イ 前記(1)で説示したとおり、23条照会の制度は、事件を適正に解決することにより、国民の権利を実現するという司法制度の根幹に関わる公法上の重要な役割を担っているというべきである。そうすると、照会先が法律上の守秘義務を負っているとの一事をもって、23条照会に対する報告を拒む正当な理由があると判断するのは相当でない。被控訴人は、郵便法8条2項の守秘義務が、憲法21条2項後段を受けて定められていることを殊更に強調するが、国民の権利の実現や司法制度の適正な運営もまた、憲法上の要請にほかならないのである。したがって、報告を拒む正当な理由があるか否かについては、照会事項ごとに、これを報告することによって生ずる不利益と報告を拒絶することによって犠牲となる権利を実現する利益との比較衡量により決せられるべきである。

 被控訴人は、郵便法8条2項に基づく守秘義務が優越する根拠として、(ア)特別法である郵便法上の守秘義務は、一般法である23条照会に対する報告義務に優越すること、(イ)報告義務について、明文の規定がなく、拒否事由や除外事由も規定されていないこと、(ウ)照会先において意見や異議を述べる機会がないこと、(エ)弁護士会の審査が厳密でない場合もあること、(オ)転居届については、被控訴人の従業員に証言拒絶権があり、文書提出義務除外文書であること、(カ)守秘義務違反について罰則を科される危険があることなどを挙げる。

 しかし、(ア)については、独自の見解であって採用することができない。(イ)及び(ウ)については、そのような事情があるからといって、直ちに守秘義務が報告義務に優越するとの結論が導かれるものではないところ、23条照会の制度趣旨にかんがみれば、報告義務が守秘義務に優越する場合もあることは、優に認められる。(エ)については、特定の情報について守秘義務を負う者は、当該情報を使用するに当たり、個人の秘密を侵害することがないよう特に慎重な取扱いをすることが要求されるというべきであるから、漫然と23条照会に応じ、その全てを報告した場合、守秘義務に違反したと評価されることもあり得るところである。しかし、23条照会については、照会先に対し、全ての照会事項について必ず報告する義務を負わせるものではなく、報告をしないことについて正当な理由があるときは、その全部又は一部について報告を拒絶することが許されると解されることは、上記のとおりである。そうすると、守秘義務を負う照会先は、23条照会に対し報告をする必要があるか自ら判断すべき職責があるといえる。弁護士会の審査に不備があり得るとしても、被控訴人において、この職責を放棄し、常に守秘義務を優越させて報告を拒むことを肯定する理由にはならないというべきである。被控訴人は、不当な23条照会をした弁護士会にはペナルティがないというが、審査に不備があれば、照会先から責任を追及され得るところであるし、弁護士会に対する信頼の失墜を招き、照会の権限を弁護士会に与えた現行の23条照会制度の存続自体にも影響しかねないのであるから、弁護士会においても、厳密な審査をする動機付けは働くといえる。(オ)については、仮に、被控訴人が主張するように、その業務に従事する者について、証言拒絶権に係る民事訴訟法197条1項2号が類推適用されるとしても、同号所定の「黙秘すべきもの」とは、一般に知られていない事実のうち、弁護士等に事務を行うこと等を依頼した本人が、これを秘匿することについて、単に主観的利益だけでなく、客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいう(最高裁平成16年11月26日第二小法廷決定・民集58巻8号2393頁)。したがって、転居届に係る情報であるとの一事をもって、直ちに同号に基づく証言拒絶権があるとか、同号を前提とする同法220条4号ハ前段に基づいて文書提出義務を負わないということにはならない。(カ)について、転居届に係る情報が、侵害について罰則の定めがある郵便法8条1項の「信書の秘密」に該当しないことは、上記のとおりである。また、事業者である被控訴人は、通信の秘密の保護の対象であるか、個々の通信とは無関係の情報であるかについて、自ら識別して情報を取り扱うべき立場にあり、かつそれが可能な立場にあるといえる(甲8、41、42)。被控訴人の主張は、いずれも採用することができない。

   ウ 本件についての検討

 (ア) 報告することによって生ずる不利益について

 本件照会事項は、個々の郵便物の内容についての情報ではなく、住居所や電話番号に関する情報であって、前記(2)のとおり、憲法21条2項後段の「通信の秘密」や郵便法8条1項の「信書の秘密」に基づく守秘義務の対象となるものではない。また、住居所や電話番号は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には開示されることが予定されている情報であり、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。そして、控訴人弁護士会を含む各弁護士会は、会員である個々の弁護士に対し、23条照会により得られた報告について、慎重に取り扱うよう求め、当該照会申出の目的以外に使用することを禁じ(甲16、17)、依頼者により情報の漏洩や目的外の使用がされることがないよう配慮することを求めるなどしているのであるから(甲58)、本件照会事項に係る情報が不必要に拡散されるおそれは低いと判断される。

 この点に関し、被控訴人は、転居届に係る情報については開示が予定されていない旨、23条照会に当たっては、住所情報とは異なり、開示の対象や種類が限定されておらず、DVやストーカーの被害者を保護する制度も設けられていない旨主張する。しかし、転居届に係る情報は、公的な開示手続の面において、住民基本台帳に記載された住所情報とは異なるとしても、特定の郵便物の送付先を離れた情報としての住居所(郵便法35条によれば、転居届は、郵便物の送付先(転送先)を任意に指定するものではなく、転居先の住居所を届け出るものである。)や電話番号である以上、社会生活において開示されることが予定されているといえるのである。また、情報を開示する際にDVやストーカーの被害者の保護について考慮する必要が一般にあるとしても、本件においては比較衡量をするに当たって考慮すべき要素とならないことは、照会理由書の記載から明らかである。被控訴人の主張は、上記の判断を左右するものではない。

 (イ) 報告を拒絶することによって犠牲となる利益について

 本件照会の目的は、控訴人X1が●●●に対し強制執行(動産執行)をするため、●●●の住居所を知ることにあると認められる。そして、動産執行を申し立てるに当たっては、債務者である●●●の住所を明らかにする必要があるところ(民事執行規則21条1号)、当時、●●●は、住民票上の住所には居住していなかったのである(乙1)。そうすると、本件照会に対する報告が拒絶されれば、控訴人X1は、司法手続によって救済が認められた権利を実現する機会を奪われることになり、これにより損なわれる利益は大きい。そして、本件照会事項(1)ないし(3)は、転居届の有無及び届出年月日並びに転居届記載の新住居所であり、強制執行(動産執行)をするに当たり、これを知る必要性が高いといえる。

 これに対し、本件照会事項(4)は、新住居所の電話番号であるところ、これを知れば、さらに通信事業会社に照会するなどして、住居所についての情報を取得することができる可能性があるとしても(甲46)、住居所を知る手段としては間接的なものである。そして、平野弁護士において、過去に●●●の電話番号を知っていたのであれば(甲2によれば、平野弁護士は、別件訴訟の和解の際に●●●と対面しているから、これを知る機会が全くなかったわけではないといえる。)、これに基づいて照会をすべきである。他方、これまで知らなかったのであれば、上記のような手段としての間接性からしても、●●●の電話番号を知る利益について、被控訴人の守秘義務に優先させるのは相当でない。本件照会事項(1)ないし(3)について報告を求めている本件照会において、さらに同(4)について報告を求める必要があったということはできない。

   エ 前記ウの(ア)と(イ)を比較衡量すれば、本件においては、本件照会事項(1)ないし(3)については、23条照会に対する報告義務が郵便法8条2項の守秘義務に優越し、同(4)については、同項の守秘義務が23条照会に対する報告義務に優越すると解するのが相当である。したがって、本件照会事項の全部について報告を拒絶した被控訴人の対応については、正当な理由を欠くものであり、違法であったといわざるを得ない。

 なお、被控訴人は、昭和56年判例の基準に当てはめれば、本件拒絶には正当な理由があった旨主張するが、後記3(2)イで説示するとおり、同判例については、前科及び犯罪経歴に係る23条照会が問題となった事案についての事例判例というべきであるから、転居届に係る本件照会について、同判例への当てはめをするのは相当でない。被控訴人の主張は、採用することができない。

 3 争点(2)(被控訴人に過失があるか)について

  (1) 本件拒絶に至る経緯

 証拠(甲10、23の1・2、乙21、22)及び弁論の全趣旨によれば、本件拒絶に至る経緯について、次の事実を認めることができる。

   ア 東京高裁判決

 平成22年9月29日、東京高裁判決が言い渡された。その内容は、次のようなものであった。

 (ア) 事案の概要

 ●●●(以下「●●●」という。)は、平成17年、●●●(以下「●●●」という。)らを被告として、東京地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起し、平成19年12月13日、●●●らに対する一部認容判決がされた。東京弁護士会に所属するC弁護士は、同訴訟において、●●●の訴訟代理人であったところ、平成20年7月7日、東京弁護士会に対し、a ●●●宛ての郵便物についての転居届の提出の有無、b 転居届の提出年月日、c 転居届記載の転送先、d 転居届の筆跡の状況(回答に代わる転居届の写しの送付依頼)、e 転居届受理の際の本人確認の有無及びその方法について、被控訴人(銀座支店及び小石川支店)に23条照会をするよう申し出た。申出に当たっては、上記損害賠償請求訴訟の判決に基づく強制執行申立事件に係るものである旨、同訴訟は、いわゆる未公開株式商法の被害についての訴訟である旨、●●●の●●●らに対する請求を一部認容する判決が言い渡されており、同判決に基づく強制執行の準備に当たり、●●●の居住地を正確に探知する必要がある旨、●●●は、本来被害の回復に充てられるべき財産を隠匿している可能性があり、債務名義に基づいて●●●に対し動産執行をするに当たり、居住地を調査する必要がある旨などが明らかにされていた。しかし、被控訴人(小石川支店)は、同月11日、郵便法8条に抵触することを理由として、被控訴人(銀座支店)は、同月22日、同条に抵触し、同法80条の罰則があることを理由としてそれぞれ報告を拒絶した。そこで、●●●は、被控訴人が報告を拒絶したことが不法行為を構成するとして、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起した。

 (イ) 裁判所の判断

  a 被控訴人の守秘義務について

 23条照会の趣旨によれば、照会先は、報告を求められた事項について、報告をする公法上の義務を負う。ただし、正当な理由があるときは、報告を拒絶することが許されるというべきである。転居届については、通信、信書そのものとはいえず、これに係る情報が報告されても、個々の通信の内容は推知されないから、被控訴人は、「通信の秘密」や「信書の秘密」に基づく守秘義務を負わない。しかし、被控訴人は、同情報について、郵便法8条2項に基づく守秘義務及びプライバシーに基づく守秘義務を負う。

  b 守秘義務と報告義務との優劣について

 照会事項aないしcについては、(a) 単に住居所に関する情報であり、(b) 人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されているから、実質的な秘密性は低いと評価すべきであり、(c) 報告がされても、これが知られる範囲は限定的なものといえる一方、23条照会の制度趣旨からして、報告をする必要性は高い。したがって、照会事項aないしcについては、被控訴人の報告義務が郵便法8条2項に基づく守秘義務及びプライバシーに基づく守秘義務に優越すると解され、被控訴人が報告を拒絶したことに正当な理由があったとは認められない。

 照会事項d及びeについては、転居届に記載された事項の報告を超えて、被控訴人が郵便の業務を遂行する過程で取得した情報の開示を求めるものであり、秘密性が高い一方、●●●に対し強制執行するという照会の目的からして、情報の重要性は低い。したがって、照会事項d及びeについては、郵便法8条2項に基づく守秘義務が23条照会に対する報告義務に優越すると解され、被控訴人が報告を拒絶したことに正当な理由があったと認められる。

  c 不法行為の成否について

 依頼者については、23条照会に対する報告が受けられない場合、直ちに法的保護に値する法益の侵害があったとみることは困難であるから、被控訴人が照会事項aないしcについて報告を拒絶したことは、●●●に対する不法行為を構成するとはいえない。

  d 補論

 被控訴人に対し、照会事項aないしcについて改めて報告することを要請したい。さらに、新住居所という転居届に記載された情報に関しては、23条照会に応ずる態勢を組むことを切に要請したい。

   イ 役員らに対する説明

 被控訴人において上記訴訟の担当者であった●●●(以下「●●●」という。)は、東京高裁判決を受けて、平成22年10月中旬頃までに、当時の被控訴人の役員らに対し、同判決の概要について説明し、意見の聴き取りをした。役員らからは、同判決の事案には特異な事情があり、これを一般化すべきではないとか、同判決の要請が被控訴人にとってどの程度の拘束力があるのか検討する必要があるなどの意見が出された。

   ウ 弁護士との協議

 東京高裁判決の事案において被控訴人の訴訟代理人であった二島豊太弁護士及び岡部美奈子弁護士らは、同月15日頃、被控訴人に対し、意見書(乙21。以下「本件意見書」という。)を提出した。本件意見書では、東京高裁判決における転居届の解釈について、理由中の判断であり、被控訴人はこれに拘束されず、最高裁判所の判断も得ていないので、当該事案に係る転居届の情報について、報告を拒絶することはできなくはない旨、前記ア(イ)b(a)ないし(c)の判断については問題点がある旨が述べられていた。また、今後の取扱いについて、郵便法8条2項の守秘義務と23条照会に対する報告義務の優劣の判断は、必ずしも簡単とはいえず、昭和56年判例がある以上、弁護士会の審査に頼るわけにはいかない旨、個別判決により照会に対し報告すべきとの判断が示されない限り、郵便法8条2項を優先せざるを得ない旨が述べられていた。併せて、原則として23条照会に対し報告する体制を整えることも考えられるが、報告する範囲としては、新住居所に限られる旨、開示された情報の保持者から損害賠償請求を受けた場合に、東京高裁判決に基づいて故意、過失がなかったと主張できる範囲として、債務名義に基づいた強制執行を目的とする場合は、無条件で報告することは可能と考えられる旨も述べられていた。

 ●●●は、本件意見書を踏まえて、上記弁護士らと意見交換をした。

   エ 方針の決定

 ●●●は、同年11月下旬から12月上旬にかけて、被控訴人の役員らに対し、転居届に係る23条照会への対応について、(ア)●●●の件を含め一律に報告しない、(イ)●●●の件についてのみ転居先及び届出日を報告する、(ウ)東京高裁判決と同一の条件の場合に限り転居先及び届出日を報告する、(エ)転居先及び届出日を一律に報告するとの4つの方針案を示し、検討がされた。その結果、被控訴人は、東京高裁判決について、内容が不当であること、照会の目的等によっては、通信の秘密を侵害する可能性が排除できないこと、照会事項によっては、郵便法8条2項の守秘義務が優越すると判断されていること、最高裁判所の判断がされていないこと、東京高裁判決が示した基準では、守秘義務と報告義務との優劣を個別に判断するのが困難であることを考慮し、また、照会者と訴訟となるリスクはあるものの、転居者側への不法行為となるリスク及び支店の事務処理が混乱するリスクがないか、若しくは小さいことから、(ア)の方針を採用することとした。

   オ 本件拒絶

 被控訴人は、各支店に対し、前記エ(ア)の方針に沿った弁護士会宛ての統一回答書式を配布していたところ、被控訴人(晴海支店)は、これに基づいて、本件拒絶をした。

  (2) 過失についての判断

   ア 既に述べたとおり、23条照会について、照会先は、照会事項ごとに、これを報告することによって生ずる不利益と、報告を拒絶することによって犠牲となる権利を実現する利益とを比較衡量した上で、対応を判断すべきであるといえる。ところが、前記(1)で認定したとおり、被控訴人は、東京高裁判決を受けて社内で検討をした結果、転居届に係る23条照会について一律に報告しないとの方針を決定し、同方針に基づいて、本件照会事項についても報告をしなかったものである。そうすると、被控訴人については、上記のような比較衡量をしなかった以上、通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と本件拒絶をしたと評価し得るところである。しかし、被控訴人は、予見可能性がない旨、結果回避義務を尽くした旨を主張して、過失があったことを争うので、以下検討する。

   イ 予見可能性について

 (ア) 昭和56年判例について

 昭和56年判例の事案では、23条照会に対し報告したことについて、違法であり過失があるとの判断がされている。しかし、その判決の要旨は、前科及び犯罪経歴に係る23条照会を受けた政令指定都市の区長が、照会文書中に照会を必要とする事由としては「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」との記載があったにすぎないのに、漫然と照会に応じて前科及び犯罪経歴の全てを報告することは、前科及び犯罪経歴については、従来通達により一般の身元照会に応じない取扱いであり、23条照会にも回答できないとの趣旨の自治省(現在の総務省)行政課長回答があったなどの事実関係の下においては、過失による違法な公権力の行使に当たるというものである。したがって、同判例は、当該事案についての事例判例というべきである。本件意見書も、同判例について、照会事項が適切であるかについて、弁護士会の審査に頼るわけにはいかないことの根拠としているにすぎない。

 (イ) 東京高裁判決について

 東京高裁判決の理由中の判断については、被控訴人において、これに従う法的な義務を負うものではない。しかし、同判決の事案は、前記(1)ア(ア)のとおり、本件と類似する事案であり、同裁判所の判断として、同(イ)のとおり、本件で被控訴人が主張している点についての判断が示されているのである。そして、同判決について、同種事案に多大な影響があることは、本件意見書でも指摘されているところである。

 また、東京高裁判決がされた当時、転居届に係る情報について、郵便法8条1項の「信書の秘密」に該当するとの見解が一般的であったとか、そのような見解が立法に関与した者によって明確に示されていたとはうかがわれない。●●●が、東京高裁判決に係る口頭弁論終結日(平成22年6月28日)の直前である同月21日、総務省情報流通行政局企画課長から聴き取ったという電話回答(乙14)や、東京高裁判決後の同年12月14日、同局を訪れて被控訴人の前記(1)エの方針を説明し、その対応方針に異論がない旨の回答を得たこと(乙22)については、いずれも当該見解が一般的であることや立法関与者の明確な見解であることを示すものではない。

 (ウ) 本件について

 そうすると、被控訴人において、転居届に係る23条照会を受けた場合、照会事項や照会の目的等について検討することなく一律に報告を拒絶すれば、違法と判断され得ることについては予見可能であったといえる。なお、被控訴人は、本件照会に対し報告すべきかについて、照会理由書からは判断できなかった旨の主張をするが、本件拒絶に当たり、実際には照会理由書の内容について検討をしていない以上、この点は、本件において被控訴人の過失を否定する事情とはならない。また、被控訴人は、権利侵害についての予見可能性がなかった旨の主張もするが、東京高裁判決において前記(1)ア(イ)cのような判断がされたとか、弁護士会の損害について否定する論考があったというだけでは、予見可能性を否定するには足りないというべきである。

   ウ 結果回避義務について

 (ア) 前記(1)エのとおり、被控訴人が転居届に係る情報について23条照会に対する報告を一律に拒絶することとした理由は、a 東京高裁判決の内容が不当であると考えられたこと、b 照会の目的等によっては、通信の秘密を侵害する可能性が排除できないこと、c 同判決も、照会事項によっては、郵便法8条2項の守秘義務が優越するとしていること、d 同判決について、最高裁判所の判断がされていないこと、e 同判決が示した基準では、守秘義務と報告義務との優劣を個別に判断することが困難であること、f 照会者と訴訟になるおそれはあるものの、転居者側への不法行為となる危険及び支店の事務処理が混乱する危険がないか、若しくは小さいことなどである。しかるところ、被控訴人は、これらの判断の下で本件拒絶をしたのであるから、結果回避義務を尽くした旨主張するので、以下検討する。

 (イ) a及びdについて

 被控訴人において、東京高裁判決の内容が不当であると判断することや、同判決について最高裁判所の判断がされていない以上、同判決に拘束される必要がないと判断することについては、直ちに不合理な対応ということはできない。しかし、被控訴人において、自らの主張こそが正当であると判断していたからといって、過失が否定されるものではないことは、論を俟たない。また、被控訴人自身、照会者と訴訟になるおそれがあることについては認識していたのであるから、その結果敗訴する危険についても認識していたといえる。

 (ウ) b及びcについて

 被控訴人が検討したとおり、照会の目的等や照会事項によっては、23条照会に対し報告することが違法とされる場合があることは、昭和56年判例からも明らかである。しかし、そうであるからといって、照会の目的や照会事項に問題がないと判断される場合についてまで報告をしなくとも違法とされないということにはならない。そして、被控訴人は、本件照会に際し、本件照会の目的や本件照会事項について何らの考慮もしていないのであるから、その検討は不十分であったといえる。

 (エ) e及びfについて

 被控訴人は、守秘義務と報告義務との優劣について個別に判断するとすれば、事務処理上の負担が大きく、結論を出すのが困難な場合もあることから、一律に報告を拒絶した上で照会者と個別に訴訟をする方がその被る不利益が小さいと判断して、一律に報告しないとの方針を決定したという。しかし、守秘義務と報告義務は、いずれも被控訴人が負う法律上の義務であるところ、複数の義務が衝突し、一方を履行するためには他方を怠らなければならない場面は、本件のような場合に限られない。そして、そのような場面においては、義務を負う者は、複数の義務の軽重を比較して、より適切な選択をすべきなのであり、このような比較をすることなく一律に一方を選択することは、不当といわなければならない。

 守秘義務と報告義務との優劣について、判断することが困難な場合があることは予想されるが、23条照会に当たっては、一般に、照会先に対し、問い合わせをする弁護士会が明らかにされているとうかがわれる(甲29)。本件照会書にも、控訴人弁護士会の23条照会担当の直通電話番号が記載されているし、本件申出書には、平野弁護士の事務所の電話番号やファクシミリ番号が記載されていたのである(甲4)。したがって、被控訴人は、照会の必要性等に疑義があれば、その点について確認することもできるのである。23条照会は、公益のためとはいえ、照会先に対し、突然、予定外の事務処理上の負担を掛けるものであるし、被控訴人においても、これを避けたいとの考慮が働くことは理解できないわけではない。しかし、このような事情を理由として、公法上の義務である23条照会に対する報告義務を怠ることは、その義務の重要性からして許されるべきではない。照会先の負担の軽減等については、弁護士会による制度の適切な運営や被控訴人を含めての協議や申合せをすることなどによって解決されるべきである。

 (オ) したがって、結果回避義務を尽くしたとの被控訴人の主張は、採用することができない。

   エ 以上のとおりであるから、本件拒絶について被控訴人に過失があったと認められる。

 4 争点(3)(控訴人らの権利、利益が侵害されたか)及び同(4)(控訴人らに損害が発生したか)について

  (1) 控訴人X1について

 既に述べたとおり、23条照会については、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士の使命の公共性がその基礎にあると解されるのであり、これを依頼者の私益を図るために設けられた制度とみるのは相当でない。そして、23条照会の申出があった場合、弁護士会は、その権限に基づいて、適切と判断した場合にのみ照会をするところ、依頼者は、弁護士会に対し、23条照会をすることを求める実体法上の権利を持つものではないと解される。そうすると、23条照会に対する報告がされることによって依頼者が受ける利益については、その制度が適正に運用された結果もたらされる事実上の利益にすぎないというべきである。また、本件拒絶について、控訴人X1の権利、利益等を害する目的でされたとは認められないから、侵害行為の態様(違法性の程度)との関係からみても控訴人X1の権利ないし法的保護に値する利益が侵害されたということはできない。控訴人X1は、●●●に対する動産執行を実現する法的利益が害されたと主張するが、仮に控訴人X1にそのような利益があるとしても、本件拒絶によりそれが害されたとは認められない。控訴人X1の主張は、採用することができない。

  (2) 控訴人弁護士会について

   ア 権利、利益の侵害について

 23条照会の制度は、弁護士法1条1項に規定された弁護士の使命の公共性にかんがみ、昭和26年6月9日に弁護士法23条の2として規定され、60年以上にわたり利用されてきた制度である。23条照会について強制力はないとしても、報告義務があると解されることは、既に述べたとおりである。そして、23条照会をする権限については、その制度の適正な運用を確保するため弁護士会にのみ与えられている。弁護士会は、23条照会について個々の弁護士からの申出がその制度趣旨に照らして適切であるかについて自律的に判断した上で照会の権限を行使するものである。控訴人弁護士会を含む各弁護士会は、自らの権限を適切に行使するため、23条照会に関し、規則や負担金規程を設ける(甲16、28、31)、手引を作成する(甲29、46、乙12の2)、控訴人弁護士会など照会件数が多い弁護士会においては調査室等を置く(甲30、58)などの措置を講じ、照会の必要性、相当性、範囲、表現等について複数の弁護士による審査をしている(甲58)。その上部団体である日本弁護士連合会も、規則のモデル案(甲17、27)やマニュアル(乙12の1)を作成しているほか、裁判所の真実の発見と公正な判断に寄与することが重要であるとして、23条照会の制度の機能が拡充、強化されるよう活動しているところである(甲32、33)。このように、法律上23条照会の権限を与えられた弁護士会が、その制度の適切な運用に向けて現実に力を注ぎ、国民の権利の実現という公益を図ってきたことからすれば、弁護士会が自ら照会をするのが適切であると判断した事項について、照会が実効性を持つ利益(報告義務が履行される利益)については法的保護に値する利益であるというべきである。

 被控訴人は、23条照会について、弁護士会には独自に保護されるべき利益がない旨主張する。しかし、弁護士会は、弁護士法31条1項に規定されているように、弁護士及び弁護士法人の品位を保持し、その事務の改善進歩を図るという固有の目的の下、自らの事務を行うものである。また、弁護士会は、法人であるから(同条2項)、その会員である弁護士とは別個に、独自の人格的な利益も観念することができる。そして、前記(1)のとおり、23条照会は、依頼者の私益を図るために設けられた制度ではなく、弁護士の職務の公共性に基礎を置くものである。弁護士会は、弁護士に依頼することで権利が実現できるという弁護士全般に対する国民の信頼を維持するため、その自治団体として活動しているといえる。そうであれば、弁護士会には、23条照会が実効性を有することについて、申出をした弁護士とは別個の独自の利益があるというべきである。また、23条照会に対し報告がされることにより、その申出をした弁護士が利益を受けることがあるとしても、その制度の適正な運用という公益が実現されたことによる事実上の利益にすぎないことは、前記(1)で控訴人X1について述べたところと同様である。したがって、弁護士会に独自の利益を認めたからといって、個々の弁護士に対し直接自己に報告を求めることができる地位を与えることにはならない。被控訴人は、報告された内容が希望するものでなかった場合との比較をいうが、23条照会をする弁護士会が、特定の内容の報告を希望しているとは認められないから、そのような比較をすることはできない。被控訴人の主張は、いずれも採用することができない。

   イ 損害について

 (ア) 財産的損害

 控訴人弁護士会は、本件通知書を送付するための費用について、本件拒絶による損害である旨主張する。しかし、本件通知書は、控訴人弁護士会が、本件拒絶について翻意を求めるために、自らの判断で送付したものである。本件規則7条2項は、報告が拒絶された場合、照会の趣旨を説明し、報告するよう説得することができる旨定めているにすぎないし、その手段についても、必ずしも文書の送付には限定されておらず、電話や面談等によることも予定されている。したがって、本件通知書を送付するための費用について、控訴人弁護士会において支出を余儀なくされたものと評価することはできず、本件拒絶と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

 (イ) 無形損害

 控訴人弁護士会は、本件拒絶により、a 23条照会に係る適正な権限行使を阻害され、b その制度を適正に運用することができず、国民の信頼を失い、c 本件拒絶に対処する労力を負担することを強いられ、d 本件訴訟を提起し、遂行する労力を負担することを強いられた旨主張する。

 しかるところ、控訴人弁護士会は、本件拒絶により、本件照会が実効性を持つ(報告義務が履行される)という法的保護に値する利益を侵害され、国民の権利を実現するという目的を十分に果たせなかったのであるから、これによる無形損害を被ったと認められる。他方、控訴人弁護士会が、本件拒絶により現実に国民の信頼を失ったとは認められない。また、本件拒絶に対処するため各種措置を講じることについては、公益目的のため23条照会の制度の適正な運用を図るべき立場にある控訴人弁護士会において、通常の業務に含まれるというべきであり(甲30)、その労力を負担したことをもって、本件拒絶による損害と認めることはできない。

 次に、損害の程度について検討すると、控訴人弁護士会の無形損害は、本判決において、本件拒絶について、正当な理由がなく、被控訴人の不法行為を構成すると判断されることにより、相当程度回復されるものと考えられる。そして、この点を含め本件における一切の事情を考慮すれば、控訴人弁護士会の損害については、1万円と認めるのが相当である。

 (ウ) 当審における弁護士費用

 前記(イ)のとおり、本件拒絶に対処することは、控訴人弁護士会にとって通常の業務の一環というべきである。また、その業務に当たることとなっている控訴人弁護士会の調査室の室員は、弁護士経験5年以上を有する10名以内の弁護士であるところ(甲30)、当審において、控訴人弁護士会の訴訟代理人として法廷に出頭した弁護士のほとんどは、上記の調査室の室員である(甲48、49、当裁判所に顕著な事実)。そうすると、控訴人弁護士会において、控訴を提起するに当たり、弁護士に委任することを余儀なくされたとはいい難い。当審における弁護士費用について、本件拒絶による損害と認めることはできない。

 5 本件確認請求について

 本判決は、控訴人弁護士会の主位的請求について、全部認容するものではないが、本件確認請求については、主位的請求である損害賠償請求が全部棄却である場合の予備的請求であることが明らかである。したがって、控訴人弁護士会の主位的請求を一部認容する本判決において、本件確認請求について判断する必要はないものである。

 6 まとめ

 以上のとおりであるから、控訴人X1の本訴請求は理由がなく、控訴人弁護士会の本訴請求は、1万円及びこれに対する本件拒絶を受けた日である平成23年10月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであり、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

第4 結論

 よって、原判決は、一部失当であって、控訴人弁護士会の本件控訴の一部は理由があるから、原判決中、控訴人弁護士会に係る部分を上記のとおり変更し、仮執行宣言の申立てについては、その必要がないものと認められるから、これを付さないこととし、控訴人X1の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 木下秀樹 裁判官 達野ゆき 裁判官 舟橋伸行)

 〈以下省略〉

主文

 1 原告らの請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

 1 原告X1

  (1) 被告は、原告X1に対し、1万5250円及びこれに対する平成23年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  (2) 訴訟費用は被告の負担とする。

  (3) 仮執行宣言

 2 原告弁護士会

  (1) 被告は、原告弁護士会に対し、30万0380円及びこれに対する平成23年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  (2) 訴訟費用は被告の負担とする。

  (3) 仮執行宣言

 3 被告

  (1) 原告らの請求をいずれも棄却する。

  (2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第2 事案の概要等

 1 本件は、原告らが、被告において、被告に提出された第三者からの転居届(転送届)の有無及び転送先の住所等について、原告弁護士会から弁護士法23条の2第2項所定の照会(以下「23条照会」という。)に対する報告を求められながら、その回答をしなかったことは、原告弁護士会及び同弁護士会に照会申出をした弁護士への依頼者である原告X1に対する不法行為を構成する旨主張し、その損害賠償として、被告に対し、原告X1が、1万5250円及びこれに対する平成23年10月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、原告弁護士会が、30万0380円及び平成23年10月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 2 前提事実(当事者間に争いがないか、末尾に掲げた証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)

  (1) 原告X1は、平成22年2月8日、●●●(以下●●●という。)外7名を被告として、未公開株詐欺商法による不法行為等を理由とした損害賠償請求訴訟(名古屋地方裁判所平成22年(ワ)第823号。以下「別件訴訟」という。)を提起したところ、同年9月16日、原告X1と●●●との間で、別紙和解条項記載の内容の裁判上の和解が成立した(甲1、2)。

  (2) 別件訴訟で原告X1の訴訟代理人であった原告弁護士会所属の平野憲子弁護士(以下「平野弁護士」という。)は、平成23年9月26日、原告弁護士会に対し、照会申出書(以下「本件申出書」という。)を提出して、次のとおり、23条照会の申出をした(甲3)。

   ア 照会先

 被告(晴海支店)

   イ 受任事件

 別件訴訟

 (ア) 依頼者(原告)

 原告X1

 (イ) 相手方(被告)

 ●●●

   ウ 照会を求める理由

 依頼者は、相手方らにより未公開株詐欺被害を受けたため、平成22年2月8日、名古屋地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起し、平成22年9月16日、相手方との間で、裁判上の和解が成立した。

 しかし、相手方は、上記和解における支払期限までに支払をせず、その後も、支払をしようとしない。

 このため、依頼者は、相手方につき、上記和解に基づき動産執行等の強制執行手続を採りたいと考えているところ、同手続を行うためには、依頼者に、相手方の住居所等が判明していることが必要となる。

 相手方は、住民票上の住所を、「東京都中央区〈以下省略〉」としているが、現在、住民票上の住所には居住していない。

 そこで、依頼者は、相手方に対し動産執行等の強制執行手続を行うため、照会先に対し、相手方の転居先等についてご回答いただきたく、本照会に及んだ。

   エ 照会事項(以下「本件照会事項」という。)

 (ア) ●●●宛ての郵便物についての「転居届」の提出の有無(照会事項1)

 (イ) 「転居届」の届出年月日(照会事項2)

 (ウ) 「転居届」記載の新住所(居所)(照会事項3)

 (エ) 「転居届」記載の新住所(居所)の電話番号(照会事項4)

  (3) 原告X1は、平成23年9月26日、原告弁護士会に対し、23条照会のために必要な費用として、5250円を支払った(甲36)。

  (4) 原告弁護士会は、本件申出書を審査して申出を相当と判断し、平成23年9月27日、被告(晴海支店)に対し、本件申出書を添付した照会書(以下「本件照会書」という。)を送付して、本件照会事項について報告を求める23条照会(以下「本件照会」という。)をした。

  (5) 被告(晴海支店)は、本件照会には応じかねる旨を記載した平成23年10月14日付け回答書を原告弁護士会に送付し、同月17日、同回答書は原告弁護士会に到達した(甲5)。

  (6) 原告弁護士会は、原告弁護士会の調査室会議において、上記(5)の回答書に対する対応を協議し、次の内容を記載した通知書(以下「本件通知書」という。)を作成し、原告弁護士会の副会長において発信許可をした上、平成23年10月27日、被告(晴海支店)に対し、本件通知書を送付して、本件照会に回答することを求めた(甲6、弁論の全趣旨)。

   ア 大阪高等裁判所平成19年1月30日判決は、23条照会を受けた公務所又は公私の団体は、当該照会により報告を求められた事項について、照会をした弁護士会に対して、法律上、報告する公的な義務を負うものと解するのが相当であるとしている。

   イ 東京高等裁判所平成22年9月29日(本件通知書の「6月28日」は誤記)判決(以下「東京高裁判決」という。)は、「転居届は、通信、信書そのものとはいえず、個々の郵便物とは離れて存在するものである。そして、転居届の情報が報告されても、個々の通信の内容は何ら推知されるものではないから、同情報は憲法21条2項後段の「通信の秘密」に該当せず、郵便法8条1項の「信書の秘密」にも該当しないと解される。」と判示した上、本件照会事項(ア)ないし(ウ)と同一の照会事項につき、「個々の郵便物の内容についての情報ではなく、単に住居所に関する情報である」、「住居所は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている情報であり、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。したがって、その実質的な秘密性は低いと評価すべきものである。」などと指摘して、これらについて報告すべき義務は、郵便法8条2項の「郵便物に関して知り得た他人の秘密」としての守秘義務に優越すると判示しており、本件照会事項(エ)が同(ウ)の関連事項にすぎず郵便物とは全く別個の情報であることからすれば、本件照会に対する回答拒否に正当な理由がないことは明らかである。

   ウ 転居届の内容について回答を拒否されると、相手方が占有する動産の所在場所が分からず、動産執行を行うことが不可能となり、他に代替手段もない。本件照会は必要かつ相当なものである。

  (7) 原告弁護士会は、本件通知書を被告に発送するに際し、簡易書留費用として380円を拠出した(甲44の1ないし3、弁論の全趣旨)。

  (8) 被告(晴海支店)は、平成23年11月9日、原告弁護士会に対し、被告としては、東京高裁判決を根拠として転居届に係る23条照会に応ずることは困難と判断しているので、本件照会には応じかねる旨を回答した(甲7)。

 3 争点及び当事者の主張

  (1) 本件照会に対する被告の報告拒絶に正当な理由があるか

   ア 原告らの主張

 (ア) 23条照会の制度は、弁護士が基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする(弁護士法1条1項)ことに鑑み、弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び証拠の発見収集を容易にし、当該事件の適正な解決に資することを目的として設けられたものであり、その適切な運用を確保する目的から、照会する権限を弁護士会に付与し、その権限の発動を個々の弁護士の申出に係らせつつ、個々の弁護士の申出が23条照会の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を当該弁護士会の自律的判断に委ねて濫用的照会の排除の制度的保障を図るという2段階の構造を有している。このような23条照会の趣旨によれば、23条照会を受けた者は、報告を求められた事項について、照会した弁護士会に対し報告をする公法上の義務を負う。

 (イ) 他方で、「通信の秘密」(憲法21条2項後段)とは、通信の秘密に属する通信内容や事務上の事項について調査、探求をしてはならないこと(積極的知得行為の禁止)、通信事務取扱者が通信の秘密について知り得た事項につき秘密を守るべきこと(漏えい行為の禁止)を意味し、郵便法8条1項の「信書の秘密」は、憲法21条2項後段を受けてこれを具体化したものであるが、転居届は通信、信書そのものとはいえず、個々の郵便物とは離れて存在するものであって、転居届の情報が報告されても、個々の郵便物の内容は何ら推知されるものではないから、同情報は、憲法21条2項後段の「通信の秘密」に該当せず、郵便法8条1項の「信書の秘密」にも該当しない。

 もっとも、本件照会事項(イ)ないし(エ)は転居届に記載された事項で、本件照会事項(ア)はその前提となる事項であるところ、これらはいずれも郵便法8条2項の「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に当たるので、被告は同項に基づく守秘義務を負う。しかし、これらは個々の郵便物の内容についての情報ではなく、単なる住居所に関する情報であるところ、住居所は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている情報であり、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえず、その実質的な秘密性は低いと評価すべきものであるし、本件照会事項について報告がされても、この情報を得るのは、原告弁護士会のほか、照会申出をした平野弁護士及びその依頼者である原告X1のみであるから、これが知られる範囲は限定的なものである。

 (ウ) これに対し、23条照会は、前記のとおり、弁護士が受任した事件を処理するために所属弁護士会に照会申出をし、同弁護士会が照会を相当と認めた情報について報告を求めるものであるから、その制度趣旨からして、23条照会に対する報告の必要性は高いというべきである。

 (エ) よって、被告が本件照会事項について報告すべき義務は、郵便法8条2項に基づく守秘義務に優越するから、本件照会事項について、被告が報告を拒絶したことには正当な理由がない。

   イ 被告の主張

 (ア) 「通信の秘密」(憲法21条2項後段)の保障の対象には、通信の内容のみならず、通信の存在それ自体に関する事項、すなわち、通信・信書の差出人・受取人の氏名・住所・居所、差出個数、年月日等も含まれる。そして、郵便法8条1項の「信書の秘密」は、憲法21条2項後段を、被告が取り扱う信書に関して規定したものであり、その範囲は信書に関わる「通信の秘密」の範囲と同一である。

 転居届に従って郵便物が転送される場合、転居届の情報は、個々の郵便物の宛て所そのものに成り代わり、その郵便物の受取人の宛て所そのもの、場合によっては宛名ともなるから、転居届に従って既に郵便物の転送がされた場合には、転居届の情報には当然に通信の秘密の保障が及ぶ。また、転居届を提出する郵便利用者は、郵便物の受け取りを前提として転居届を提出するのであるから、一定期間のうちには当然転送されてくる郵便物が存在する。したがって、転居届そのものが郵便物の転送を前提とした存在であり、転居届は個々の郵便物と密接に関係せざるを得ないから、転居届そのものが「通信の秘密」に準じて取り扱われる必要がある。そして、憲法上の保障である「通信の秘密」が、23条照会に対する報告義務に優越することは明らかであるから、被告による本件照会への報告拒絶には正当な理由がある。

 (イ) さらに、転居届の情報は、郵便物の転送を前提とした情報であるから、少なくとも郵便法8条2項の「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に該当する。

 そして、郵便法8条が憲法21条2項後段を受けて定められたものであること、弁護士法23条の2は包括的な情報開示に関する根拠規定であるのに対し、郵便法の規定は信書及び郵便に関わる事項についての情報開示に関して限定的な守秘義務が定められているものであること、23条照会に従い情報を開示した場合、被告が不法行為責任を負うリスクを負担せざるを得ないなど不都合性があること、郵便法8条2項の守秘義務には明文の規定があるが、23条照会における公的な回答義務は弁護士法上明文の規定がないこと、23条照会は法文上拒否事由や除外事由が規定されず、照会を受ける者に事前に意見を述べる機会もなく、事後に異議を述べて争う機会もないため、同照会への報告義務が民法上の違法性が生じる意味での法的義務であるとすることには疑問があるのに対し、郵便法8条1項に違反した場合には罰則の適用があり、同条2項に違反した場合には、その行為が違法性を帯びると判断され、その結果不法行為が成立する余地があること、被告の社員は転居届に関して証人として尋問された場合、証言拒絶権を有すること、転居届は文書提出義務除外文書に該当することなどからすれば、転居届の情報に関する秘密保持義務は23条照会への報告義務に優先するから、被告のした本件照会に対する報告拒絶には正当な理由がある。

 (ウ) また、郵便法8条1項の「信書の秘密」を侵害した場合、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金という重い罰則が定められているが、同項と同条2項はその保障対象の明確な区別が困難であり、このような場合に転居届の情報を弁護士会に対して回答しなければならないとすれば、被告の業務従事者は重い罰則を科される危険を負担しなければならないことになり、不合理である。

 (エ) 転居届の情報は、憲法21条2項後段の「通信の秘密」に対象事項そのもの、もしくはこれと密接な関連性を有し、「通信の秘密」に準じて取り扱われるべき情報であって、「前科及び犯罪経歴」の情報と同様に、その秘密保持につき高度の要保護性を有すること、本件照会事項は原告X1が将来にわたり強制執行をするために必要不可欠とはいえないか、少なくとも原告らはその立証をしていないこと、原告らにおいて、転居届と郵便物との結び付きがないことの主張、立証がないこと等の事情を、23条照会に関する最高裁昭和56年4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁(以下「昭和56年判例」という。)の基準に当てはめると、本件照会に回答することは、開示対象者との関係で不法行為に該当する可能性があるから、これを避けるために行った本件照会に対する報告拒絶には正当な理由がある。

  (2) 原告X1の権利・利益の侵害の有無

   ア 原告X1の主張

 弁護士法23条の2がその照会の主体を弁護士会にしたのは、所属弁護士会による照会の必要性、相当性の判断を、弁護士を監督する地位にある弁護士会の自律的判断に委ねることをもって、23条照会制度の適正かつ慎重な運用を担保する趣旨であり、申出をした弁護士の依頼者も、同制度によって情報を得ることにより自己の権利の実現ないし利益を享受する法的利益を有している。原告X1は、被告の報告拒絶により、●●●に対する動産執行を実現する法的利益が妨げられたというべきである。

   イ 被告の主張

 23条照会に対する照会先の報告義務は、弁護士会に対するものであり、申出をした弁護士や依頼者個人に対するものではないから、照会先から回答を得られるかどうかについて、依頼者に権利ないし法的に保護された利益があるとはいえないから、被告の報告拒絶は、原告X1の権利ないし法的に保護された利益を侵害するものとは認められない。

  (3) 原告弁護士会の権利・利益の侵害の有無

   ア 原告弁護士会の主張

 23条照会の主体は、弁護士法23条の2の構造上、弁護士会に属するものであり、弁護士会が照会の権限を有している。

 本件においては、被告の報告拒絶により、23条照会によって報告義務者から報告を受けることができるという原告弁護士会の権利・利益が害されている。

   イ 被告の主張

 弁護士会は、所属弁護士からの照会の申出がなければ照会を行うことはできず、照会の申出が弁護士法23条の2の要件に該当しているか、濫用的な照会ではないかについて審査を行うのみであり、これらのチェック機能を与えられているにすぎない。

 また、弁護士会は、照会の内容に関して一切の関わりがないが、照会によって必ず希望する報告が得られるとは限らないのであって、報告が得られたが内容が希望するものでなかった場合と比較しても、報告を拒絶されることによって侵害される利益が弁護士会に存在するとは観念し難い。

 したがって、原告弁護士会は、独自に保護されるべき権利又は利益を有しない。

  (4) 本件照会に対する報告拒絶についての被告の過失の有無

   ア 原告らの主張

 (ア) 本件照会事項は、電話番号を除き、東京高裁判決の事案の照会事項と全く同一であり、電話番号も、住居所と同様に、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている情報であるとともに、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえないから、その照会についても同判決の射程の範囲内にある。そして、同判決は、転居届は通信、信書そのものではなく、転居届に記載されている新住居所の報告を求めることは通信の秘密とは無関係であると明示した上、住居所についての23条照会に対する報告義務は被告の守秘義務に優越し、被告による報告拒絶には正当な理由がなく、23条照会に対する報告義務違反があると判示しているから、被告には本件照会事項(ア)ないし(ウ)に対する報告拒絶が違法であることの十分な予見可能性があり、また、同判決の論理に従えば、転居届記載の新住居所の電話番号についての23条照会に対する報告義務が被告の守秘義務に優越することも十分判断することができたといえ、被告には本件照会事項(エ)に対する報告拒絶が違法であることの予見可能性も十分にあったといえる。

 さらに、同判決では、補論として、「この判決を契機として、本件照会に改めて応じて報告することを要請したい。また、さらに、新住居所という転居届に記載された情報に関しては、本判決の意のあるところを汲み、23条照会に応ずる姿勢を組むことを切に要請したい。」と異例の意見表明までしている。

 (イ) また、総務省が策定した「郵便事業分野における個人情報保護に関するガイドライン」の解説は、事業者が保有する個々の信書の送達には関連しない個人情報(契約者情報、料金の支払状況等)については、基本的には信書の秘密の保護の対象外になるとした上、23条照会の場合には原則として照会に応ずるべきであるが、当該個人データが本人の信書の秘密に該当する場合には当該データを提供することは適当ではないとしているから、これによれば、被告は原則として転居届に記載されている新住居所や電話番号についての23条照会に応ずるべきことになる。

 (ウ) 被告が援用する昭和56年判例の事案の照会事項は、前科及び犯罪経歴という最も他人に知られたくない情報であって、他者への開示が予定されていない情報であるのに対し、本件照会事項である住居所や電話番号は、一定の範囲の他者への開示が予定されている情報であって、事案を全く異にしているから、本件は昭和56年判例の射程外である。昭和56年判例の事案においては守秘義務が23条照会に対する報告義務に優越すると判断することは困難でない。

 (エ) そして、本件照会は、動産執行をする前提として、債務者が居住している可能性がある場所の照会をするものであり、かような目的のものでの照会であるため、弁護士会としても、必要性・相当性があると判断して照会をしていることは本件申出書から明らかであり、電話番号についても、契約者に対する通信事業会社の請求書の送付先等を照会することで居所を把握することが可能であるため、弁護士会をして照会の必要性、相当性があると判断したものであるから、本件申出書の記載によって本件照会が必要かつ相当なものであることは被告において十分に判断することができ、被告には過失が認められる。

 また、特段の事情がない限り、被告が転居届記載の新住居所についての23条照会に係る事案の個別事情に関する事実(転居届以外に新住居所を調べる方法がないかどうか、強制執行を動産執行により行う必要があるかどうかの事情)等を調査する必要がないことは、東京高裁判決に判示されているとおりである。

   イ 被告の主張

 (ア) 昭和56年判例は「市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。」と判示し、23条照会への回答を行ったことについての損害賠償請求を認めているところ、23条照会については、この判決の先例的価値が高い。

 (イ) 本件照会に対する報告拒絶につき被告に過失があるとする原告らの主張の根拠は東京高裁判決の存在にあるが、23条照会に対し報告する義務が被告の守秘義務に優越するなどの判示部分は、傍論にすぎず、上告審である最高裁の判断を経ていないこと、住居と居所とを分けて秘密性の検討をしておらず、民事訴訟法等の関係法規との整合性の検討をしていないこと等の問題があり、被告は、これらの諸点を検討の上、本件照会に対する報告拒絶をしたものであるから、報告拒絶が違法であることについて予見可能性があったとはいえない。

 (ウ) 本件申出書には、前記2(2)の事項しか情報提供がなく、差し押さえるべき動産が所在する場所と郵便物の受取場所とが一致することの記載や、●●●が住民票上の住所には居住していない事情の開示がないため、昭和56年判例が示す「他に立証方法がないような場合」という基準を満たすかを判断することができない。

 また、転居届記載の新住居所の電話番号については、仮に電話番号に基づき通信事業会社に照会する意図があったとしても、そのような意図は本件申出書の記載上知り得ない上に、通信事業会社に照会すれば、住民票記載の情報以上のものが取得できる可能性があるとの立証もされていない。原告らは、通信事業会社の契約者に対する請求書又は領収書の送付先の氏名及び住所について照会することが可能であると主張するが、従前このような説明はなかった。

 さらに、本件照会書の記載からは、●●●が別件訴訟において裁判上の和解に合意した事情を推認することはできず、和解の経緯も不明である。

 そのほか、原告らにおいて、転居届と郵便物との結び付きがないことの主張、立証もない。

 (エ) 東京高裁判決においても、23条照会における報告の拒絶は依頼者に対する不法行為を構成するものとはいえない旨判断しており、被告が原告X1の権利侵害及び損害を予見することはできない。

 また、弁護士会が23条照会に対する報告を得ることに関して、人格的な価値に関わる社会的評価を有するといえないとの論考もあり、被告において、原告弁護士会の損害を予見することもできない。

 (オ) そして、被告が原告らの権利侵害や損害の発生を回避するための手段は、本件照会に対して報告するか、転居届の情報の開示が個々の通信と結び付くことを具体的に説明するしかないところ、転居届の情報の開示が個々の通信と結び付くことを具体的に説明することで、具体的な信書の有無等を明らかにすることは、郵便法8条1項に違反し、同法80条2項に該当する行為であるし、本件照会に対して転居届の情報を開示することは、被告には23条に対し報告する義務が郵便法上の守秘義務に優越することについての予見可能性がないことから困難である。本件においては、損害発生の蓋然性の低さ及び被侵害利益の軽微さに比して、被告には、容易にとりうる結果回避の手段がないのである。

 (カ) 以上を総合考慮すると、本件では被告に過失を認めることはできない。

  (5) 被告の報告拒絶と相当因果関係のある原告X1の損害の有無、損害額

   ア 原告X1の主張

 原告X1は、●●●に対する動産執行が不可能になったことで精神的苦痛を受け、その精神的損害は少なくとも1万円は下らない。

 また、本件照会に対する報告を被告が拒んだ結果、原告X1が拠出した照会費用5250円が無駄になった。

 以上のとおり、原告X1は、被告の報告拒絶により、少なくとも1万5250円の損害を被った。

   イ 被告の主張

 原告X1の主張する精神的苦痛は●●●に対する動産執行が不能になったというものであり、単に経済的損失として算定され得るものにすぎないし、被告の報告拒絶は、原告X1の経済的利益には何らの影響も与えない。

 また、23条照会の申立てによって必ず希望する回答が得られるとは限らず、仮に被告が報告に応じたとしても、原告X1が望む情報が開示されるかどうか、開示されたとしても、動産執行が可能か否かは不明であるから、本件照会の申立費用の拠出は、被告の報告拒絶と因果関係がない。

  (6) 被告の報告拒絶と相当因果関係のある原告弁護士会の損害の有無、損害額

   ア 原告弁護士会の主張

 (ア) 原告弁護士会は、被告の報告拒絶により、改めて回答を求めるために通知書の発送をせざるを得なくなったため、本件通知書発送のための簡易書留郵便費用380円を支出しているが、この費用は被告の報告義務違反と因果関係のある財産的損害である。

 (イ) 原告弁護士会は、被告の回答拒否により、①23条照会の適正な権限行使を阻害されたという無形の損害を被ったほか、②我が国の司法制度を維持するための制度である23条照会制度を適正に運用できないという社会的評価の低下と、23条照会制度に基づく原告弁護士会の事実調査能力、証拠収集能力に対する国民の信頼が失われ、基本的人権の擁護と真実発見等の社会正義の実現を果たすことへの国民の信頼が失われるという社会的評価の低下という損害を被り、③被告の報告拒絶に対処するため、調査室会議において、被告に対して通知書を送付するかどうか、その内容をどのようなものにするかについて協議した上で本件通知書を作成するための労力の負担を強いられ、④23条照会手続の適正な運用を図るという責務の実現のために本件訴訟を提起し、遂行するための労力も強いられた。

 以上の原告弁護士会が被った無形の損害を金銭で評価すれば、その額は、上記①ないし③につき合わせて30万円、上記④につき10万円の合計40万円を下らない。

 (ウ) 原告弁護士会は、上記損害合計40万0380円のうち、(ア)の380円と(イ)の一部である30万円の合計30万0380円を一部請求する。

   イ 被告の主張

 (ア) 23条照会の制度が適正に運用できないとすれば、それは同制度の不備に基づくものであり、被告の不法行為に基づくものではないし、我が国の法制度上、郵便法8条には除外規定がなく、被告は、23条照会と守秘義務との優劣を自ら判断せざるを得ないのであり、そのような法制度において被告が報告を拒絶したとしても、それは郵便法を遵守した結果にすぎず、それによって23条照会の制度の担い手である弁護士会の社会的評価を低下させることにはならない。

 さらに、原告弁護士会の弁護士会照会手続規則(以下「本件規則」という。)7条において報告拒絶に対する処置が定められていることなど、報告拒絶がされた場合には一定の対応が予定されており、原告弁護士会の調査室が報告拒絶への対応のため調査、協議等を行うことは、通常業務の範囲内のものであり、数額の算定が困難である労力が強いられたものにはなり得ない。

 (イ) 本件規則8条2項には、報告拒絶に対する処置等をするにつき費用を要する場合には、原告弁護士会が申出会員に対して費用を負担させることができる旨の規定があるところ、その請求をするか否かは原告弁護士会の裁量であり、申出会員にあえて請求しないのであれば、因果関係論としても、当該費用の拠出が本件の損害となるはずがない。

第3 当裁判所の判断

 1 争点(1)(本件照会に対する被告の報告拒絶に正当な理由があるか)について

  (1) 23条照会を受けた者の報告義務について

 23条照会の制度は、弁護士が基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命とすることに鑑み、弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び証拠の発見収集を容易にし、当該事件の適正な解決に資することを目的として設けられたものであり、その適正な運用を確保する目的から、その照会の権限を、弁護士の指導、監督等に関する事務を行うことを目的とする公法上の法人である弁護士会に付与し、その権限の発動を個々の弁護士の申出に係らせつつ、個々の弁護士の申出が23条照会の制度の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を弁護士会の自律的判断に委ねたものと解される。

 このような23条照会の趣旨によれば、23条照会を受けた公務所又は公私の団体は、当該照会により報告を求められた事項について、照会をした弁護士会に対し報告をする公法上の義務を負うものと解するのが相当であるが、他方において、23条照会の制度が照会の相手方の権利利益の保護に関する定めを欠いていること、昭和56年判例の事案においては23条照会に漫然と応じた相手方に第三者に対する損害賠償責任が認められていること等に照らせば、照会を受けた者に対してすべての照会に必ず回答すべき義務を負わせる趣旨でないことはおのずから明らかであり、報告をしないことについて正当な理由を有するときは、報告を拒絶することが許されると解される。

  (2) 被告の負う守秘義務について

   ア 通信の秘密、信書の秘密に基づく守秘義務の有無

 憲法21条2項後段は、「通信の秘密は、これを侵してはならない。」と規定し、これを受けて、郵便法8条1項は、「会社(被告)の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない。」と規定している。

 しかし、本件で問題となっている転居届は、通信や信書そのものではなく、個々の郵便物とは別個の存在であって、そこに記載された本件照会事項に係る情報が報告されても、個々の通信の内容が推知されるものではないから、同情報は、憲法21条2項後段の「通信の秘密」に該当せず、郵便法8条1項の「信書の秘密」にも該当しないと解される。したがって、被告は、本件照会事項について、「通信の秘密」や「信書の秘密」に基づく守秘義務を負うことはないというべきである。

 これに対し、被告は、転居届の情報が、個々の郵便物の受取人の宛て所そのもの、場合によっては宛名ともなることから、転居届に従って既に郵便物の転送がされた場合には転居届の情報には当然に「通信の秘密」の保障が及ぶと主張するが、本件照会事項は、個々の通信とは関係のない情報としての転居届に記載された新住居所等の報告を求めるものであるから、上記主張は採用できない。また、被告は、転居届そのものが郵便物の転送を前提とした存在であり、転居届は個々の郵便物と密接に関係せざるを得ないから、転居届そのものが「通信の秘密」に準じて取り扱われる必要があるとも主張するが、転居届の存在により直ちに個々の郵便物の転送の有無が明らかになるものではないから、上記主張も採用できない。

   イ 郵便物に関して知り得た他人の秘密に基づく守秘義務の有無

 郵便法8条2項は、被告が「郵便物に関して知り得た他人の秘密」を漏えいすることを禁じているところ、転居届は、被告が郵便業務を遂行する過程で取得するものであるから、転居届の情報は、「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に当たるというべきである。

 したがって、被告は、本件照会事項について、郵便法8条2項に基づく守秘義務を負っているということができる。

  (3) 本件照会に対する報告を拒絶するについての正当な理由の有無

   ア 以上のとおり、本件においては、被告が郵便法8条2項に基づく守秘義務を負っている本件照会事項について、原告弁護士会が23条照会をしたことの結果として、被告における上記守秘義務と公法上の報告義務とが衝突しており、これをいかに解すべきかが問題となる。そして、23条照会を受けた相手方が弁護士会に対して報告する法的義務を負う旨の明文の規定を欠いていること等を重視するならば、他の法律において相手方に守秘義務が明文で認められている照会事項については、一律に又は原則として、報告を拒絶することに前記(1)の「正当な理由」が認められると解する立場もあり得ないではない。

 しかしながら、前記(1)の23条照会の制度趣旨からすれば、同制度には、国民の権利救済の実現に資するという司法制度の根幹にかかわる公法上の重要な役割が認められているというべきであり、このような23条照会の役割の重要性に鑑みれば、これに対する報告を拒む「正当な理由」は、相手方が法律上の守秘義務を負っていることだけで一律に又は原則として認められると解することは相当でなく、照会事項のそれぞれについて、当該事項に係る情報の秘匿性の程度や、国民の権利救済の実現のために報告を受ける必要性の程度等を踏まえた利益衡量によって、拒絶することに正当性が存するかどうかが判断されるべきである。

   イ そこで、かかる見地から検討するに、本件照会事項は、個々の郵便物の内容についての情報ではなく、単に住居所や電話番号に関する情報であって、前記のとおり、被告が、憲法で保障されている「通信の秘密」(憲法21条2項後段)や、罰則の適用がある「信書の秘密」(郵便法8条1項)に基づく守秘義務を課せられているものではない。また、住居所や電話番号は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には開示されることが予定されている情報であり、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。

   ウ 他方、本件照会の主要な目的は、●●●に対して強制執行(動産執行)をするため、●●●の住居所を知ることにあるが、この目的は、国民の権利救済の実現に資するという23条照会の制度の役割に沿うものである。

 そして、本件照会事項(イ)及び(ウ)は、●●●宛ての郵便物についての転居届の届出年月日及び転居届記載の新住居所について、本件照会事項(ア)はその前提として転居届の提出の有無についての情報の報告を求めるものであり、強制執行(動産執行)をするための必要性が高いといえる。これに対し、本件照会事項(エ)は、●●●の住居所を知るという目的のために直接的なものとはいえず、本件照会事項(ア)ないし(ウ)に対する報告に加えてこれが必要であるかについては疑問を呈する余地がある。しかしながら、証拠(甲46)によれば、明らかにされた電話番号に係る電話の契約者に対する請求書又は領収書の送付先についてさらに通信事業会社に照会するなどして、住居所についての情報を取得する可能性が存することは認められるから、少なくとも本件照会事項(ア)ないし(ウ)に対する報告によってもなお●●●の現在の住居所が判明しないという場合については、強制執行(動産執行)をするため、本件照会事項(エ)の報告を求める必要性があることは否定できないといえる。

   エ 以上のような、本件照会によって報告を求められた情報の秘匿性の程度や、報告の必要性の程度に照らせば、被告が本件照会事項(ア)ないし(ウ)について報告すべき義務は、これらについて被告が負うべき守秘義務に優越すると解するのが相当であり、本件照会事項(エ)についても、少なくとも他に●●●の現在の住居所を知るための適切な手段が存しない場合には、これを報告すべき義務が守秘義務に優越すると解する余地がある。したがって、本件照会事項の全部について報告を拒絶した被告の対応には、正当な理由を欠くところがあったといわざるを得ない。

 2 争点(4)(本件照会に対する報告拒絶についての被告の過失の有無)について

  (1) 以上のとおり、当裁判所は、少なくとも本件照会事項の一部については、被告が本件照会に対する報告を拒絶したことには正当な理由を欠くところがあったと判断するが、被告に不法行為責任が認められるためには、更に進んで被告の故意又は過失等の要件を満たすことを要する。

  (2) そもそも被告は、郵便法上、「信書の秘密」(郵便法8条1項)及び「郵便物に関して知り得た他人の秘密」(郵便法8条2項)についての守秘義務を負っており、「信書の秘密」を侵した場合には2年以下の懲役又は100万円以下の罰金という重い罰則が科せられることとなる。そして、本件照会事項についての報告が「信書の秘密」に関わるものであるかどうかは、報告を拒絶する正当な理由の存否の判断に影響するものと考えられ、それゆえに当裁判所も前記1(2)においてこれを詳細に検討したものであるが、「信書の秘密」の対象範囲について、これを直接に判断した最高裁判例は存しない。加えて、「郵便物に関して知り得た他人の秘密」を侵したにすぎない場合であっても、被告は、当該秘密に係る情報を不当に報告することで守秘義務違反を理由に利用者から法的責任の追及を受ける立場にある。

  (3) 本件においては、被告に課せられた守秘義務と報告義務とが衝突しているところ、このうちいずれの義務が優越すると解すべきかについては既に判示したとおりであるが、その判断は、弁護士法や郵便法等の関連諸規定の趣旨を踏まえた解釈を前提とし、各照会事項ごとに情報の秘匿性の程度や報告を受ける必要性の程度等を踏まえた利益衡量に基づく微妙な判断とならざるを得ないから、その判断が事後的に誤りとされたからといって、直ちに過失があるとすることは酷であり、相当でないというべきである。かかる場合においてあり得る一つの考え方は、前記1(1)のように公的な存在である弁護士会において相当であると判断されて23条照会が行われた以上、相手方はその判断を信頼して照会に応ずれば過失がないとすることであろうが、漫然と23条照会に応じた相手方の損害賠償責任を肯定した昭和56年判例が現に存在するのであるから、そのような考え方を採用できないことは明らかであり、したがって、23条照会を受けた相手方としては、これに応ずるかについて慎重な対応を採ろうとすることも無理からぬものがある。

  (4) そして、被告が本件照会事項あるいは転居届の情報に関する23条照会に対して報告を拒絶することに正当な理由が認められるかについて、被告の負う守秘義務との関係から判断した最高裁判例はなく、かえって、漫然と23条照会に応じた相手方の損害賠償責任を認めた昭和56年判例が存することは上記のとおりである。もとより昭和56年判例の事案における照会事項は前科及び犯罪経歴であって、本件とは事情を異にするものであり、原告らは、上記事案においては守秘義務が23条照会に対する報告義務に優越すると判断することは困難でないと主張するのであるが、そのような照会事項についてすら、現実に当該弁護士会が23条照会を行っていたことは看過できない事実であるし、上記事案の照会事項に比して本件照会事項がどの程度の秘匿性を有するのかについて判断した最高裁判例が存するわけでもない。

  (5) 原告らは、東京高裁判決の判決理由中の説示を援用して、被告に過失が認められる根拠とするが、同判決は結論としては損害賠償請求を棄却しているために被告においてこれに不服を申し立てる機会はなく、上告審の判断を経ていないものであるし、同判決の判文自体から、原審は異なる見解を採っていたことがうかがわれることに照らしても、被告において、同判決の説示に従わないときには直ちに過失が認められるとまではいえない。また、原告らが援用する総務省による解説の記載も、被告において本件照会に応じないことが違法であると認識してしかるべきものであるとまではいえない。

  (6) 本件の事実関係を見ても、被告に送付された本件申出書及び本件照会書には、動産執行等の強制執行手続を行うため、現在住民票上の住所に居住していない●●●の転居先等について被告の報告が必要である旨は記載されているものの、住居所に加えて電話番号まで照会することの必要性についての理由は不明であるのみならず、●●●の住居所を知るための他の手段の有無等を判断するために必要な事情は明らかにされていないし、その後に送付された本件通知書も、本件の個別具体的な事情を明らかにするものではなかった。

  (7) 以上の事情を総合勘案すれば、本件において、郵便法8条2項の守秘義務を負っている被告が本件照会に対して報告できない旨の回答をしたことに相応の事情が存したことは否定できず、被告に過失があるとまではいえないというべきである。

 3 以上によれば、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 上田哲 裁判官 久保孝二 裁判官 髙場大地)