(参考判例)大阪地裁平成26年4月24日判決〔後遺障害14級9号の労働能力喪失期間の制限〕

14級9号の事案で,労働能力喪失期間が5年以下に制限された事案(3年とされた事案)。

■判例 神戸地裁平成25年10月10日判決〔後遺障害14級9号の労働能力喪失期間の制限〕

主文

 1 被告は原告に対し,200万2619円及びこれに対する平成23年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告のその余の請求を棄却する。

 3 訴訟費用はこれを7分し,その5を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

 4 この判決は第2項を除き仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

 被告は原告に対し,707万1825円及びこれに対する平成23年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

 本件は,原告運転の自動車と被告運転の自動車との間に発生した交通事故につき,原告が被告に対し,不法行為に基づき,人的損害の賠償の支払い及びそれに対する事故日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

 2 前提事実(いずれも争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実である。なお,特に必要がある場合を除き,証拠の枝番掲示は省略する。)

  (1) 本件事故の発生

   ア 日時

 平成23年6月14日午前10時50分ころ

   イ 場所

 大阪市西成区天神ノ森1丁目3番22号先路上

   ウ 被告車両

 被告運転の普通乗用自動車 なにわ○○○う○○○○

   エ 原告車両

 原告運転の普通乗用自動車 なにわ○○○す○○○○

   オ 態様

 被告車両が原告車両に追突した。

  (2) 事故後の状況

   ア 原告は,頸部捻挫,左肩打撲,背部打撲(甲2の1),頸部・腰部捻挫,左肩関節捻挫,胸部打撲(甲3の1)の診断を受け,以下のとおり通院した。

 (ア) 越宗整形外科

 事故から平成23年6月29日までの間に3日間通院

 (イ) 整形外科さかもとクリニック

 平成23年6月30日から平成24年1月30日までの間に80日間通院

 (ウ) 帝塚山整骨院

 平成23年6月18日から平成23年6月30日までの間に10日間通院

 (エ) 友愛会病院

 平成23年7月3日通院

   イ 平成24年4月17日,原告は自賠責において,頸のつっぱり,痛み,しびれ,右肩から手先にかけてしびれ,左上肢痛しびれ強く筋力低下及び筋萎等の症状について後遺障害14級9号,腰痛,両下肢のしびれ等の症状について,同じく14級9号の認定を受け,舌の違和感や脇腹の痛み,左肩関節の可動域制限等の症状については非該当とされた(甲16)。

 3 損害に関する原告の主張

  (1) 治療費 51万8114円

  (2) 薬剤費 3万1420円

  (3) 通院交通費 3849円

  (4) 文書料 2700円

  (5) 休業損害 392万0576円

  (6) 通院慰謝料 132万0000円

  (7) 後遺障害慰謝料 110万0000円

  (8) 後遺障害逸失利益 170万6649円

 基礎収入788万4000円

 5%,5年間

  (9) 既払金 -217万1483円

  (10) 弁護士費用 64万0000円

  (11) 合計 707万1825円

 4 争点

  (1) 傷害発生の有無

  (2) 治療期間,休業の相当性

  (3) 基礎収入

 5 争点に関する当事者の主張

  (1) 傷害発生の有無

   ア 被告の主張

 (ア) 本件追突事故は,原告車両の後ろ約1.7メートルの地点で停車中の被告車両のブレーキがゆるんで微速度で前進して追突したものであり,被告車両による原告車両の押し出し運動は一切ない。したがって,原告がむち打ち運動によって頚部捻挫等を起こす受傷原因はない。

 (イ) 物損もリアバンパーのみであり,その修理代も14万4291円に過ぎず,この意味でも原告が受傷する理由がない。

 (ウ) 原告は平成9年の交通事故で頚部捻挫,腰部捻挫を受傷し,以後1年間の通院をして損害賠償を受領しており,その経験がある故に今回の請求を行ったものである。

   イ 原告の主張

 (ア) 原告は後遺障害診断書の発行を受け14級認定を受けているのであり,受傷や通院の相当性,後遺障害の発生は明らかである。被告側意見書も受傷と本件事故との因果関係を認める方向のものになっている。診療録上も原告の受傷を疑うべき記載はない。

 (イ) 原告車両の損傷はバンパー内部のリインホースメントにまで損傷が及んでおり,相当の衝撃があったものというべきである。

 (ウ) したがって,原告は本件事故で受傷したものである。

  (2) 治療期間,休業の相当性

   ア 被告の主張

 (ア) 万一本件事故で原告が受傷したとしても,8か月に及ぶ加療を必要とする受傷はない。

 (イ) 原告に治療が必要であったとしても,事故後2~3か月までであり,それ以後については治療の必要はなく,また医学的に就労を禁止すべき事情もない。

   イ 原告の主張

 (ア) 原告については平成24年1月30日の段階で主治医が症状固定と診断しており,これが相当である。

 (イ) 原告は建築業者に勤務しており娯楽器具の組み立て等に従事していたところ,通院やしびれの症状で細かい作業ができず,就労できなかった。したがって,急性期以後についても休業は相当なものであった。

 (ウ) したがって,治療期間や就労不能の期間を短期に限ることはできない。

  (3) 基礎収入

   ア 原告の主張

 (ア) 原告の事故前3か月の収入は197万1000円であり,これを92で割ったものを休業損害の日給とすべきである。

 (イ) また,197万1000円を3で割り12を乗じた788万4000円を年収とすべきである。

   イ 被告の主張

 争う。

第3 当裁判所の判断

 1 前提事実について

 上記前提事実については,いずれも問題なく認められる。

 2 事故の発生および責任について

 上記の事故状況については争いがなく,本件事故はもっぱら被告の責任で発生したものというべきであるから,被告は原告の損害について賠償責任を負う。

 以下,原告の損害について検討する。

 3 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおりの事実が認められる。

  (1) 事故の状況(乙1,2の6,14,15,弁論の全趣旨)

   ア 被告車両は原告車両の後方で信号待ちをしていたところ,ブレーキを踏み外してしまって被告車両が前方に進行し,追突した。

   イ 原告車両は被告車両に追突され,バンパーとリインホースメントに変形が生じる損傷を受けた。

  (2) 原告の診療経過(甲2ないし7,15,乙17ないし20,弁論の全趣旨)

   ア 事故当日,原告は越宗整形外科を受診し,頚部捻挫等の診断を受けた。上腕二頭筋反射,上腕三頭筋反射,ホフマン反射正常,手指しびれあり,明らかな骨折なし,変形性関節症あり,保存的に経過観察との診断を受けた。また,帝塚山整骨院でも施術を受けた。

   イ 原告は平成23年6月30日から整形外科さかもとクリニックに転医し,MRI検査を受けたが,頭部に明らかな異常は発見されなかった。その後も治療を続けたが,同年7月23日に保険会社からの支払いがなされなくなり,健康保険に切り替えた。

   ウ 原告はその後も同クリニック等で治療を続け,平成24年1月30日に症状固定となった。

  (3) 原告の勤務に関する状況(原告本人,弁論の全趣旨)

   ア 原告は中学卒業後,肉屋に数年間勤務し,その後は短期間で職を転々とする生活をしていた。

   イ 事故の数ヶ月ほど前,原告は仕事がない状態であり,友人に相談したところ,パチンコ台の設置作業の仕事を紹介された。原告はそれまでパチンコ台に関する仕事に携わったことはなかったが,試用期間のような形で一時的に働くこととして,これを引き受けた。また,給与の金額については,友人であることを理由として,他の職人とは異なった金額とされ,友人から原告に対し,金額についで他の職人には言わないようにと指示をされた。

  (4) 症状固定後の原告の状況(原告本人,弁論の全趣旨)

   ア 原告は事故後,症状だけでなく,親族関係等の事情もあり,特段勤務することなく生活をしていた。

   イ 平成25年6月ころ,別の友人からバーベキューと乗船に誘われ,上下動の大きい船の先端部分に座っていたところ,波を被り,その際に前十字靱帯を切る怪我を負った。

   ウ 現時点でも,原告は首の違和感等を自覚している。

 4 以上を前提として検討する。

  (1) 受傷の有無について

   ア 上記によれば,本件事故によって原告車両のバンパーやリインホースメントが変形する程度の衝撃を受け,また原告は病院にて頚部捻挫等の診断を受けているのであって,原告が受傷したこと自体は優に認められる。

   イ 被告は,本件事故が軽微であることや,原告が以前同様の事故で賠償を受けたことがあること等を理由に,受傷の事実を争う。しかし,本件事故が低速での追突事故であることは確かであるが,追突事故である以上軽微であっても一定程度の頚部捻挫が生じることは不自然であるとはいえないし,また従前の保険金請求歴が受傷の事実認定に直接影響するわけでもない。

  (2) 相当治療期間について

   ア 原告については整形外科さかもとクリニックより平成24年1月30日を症状固定日とする後遺障害診断書が作成されているところ(甲15),その記載内容に特段不自然不合理な点は見られず,また同クリニックにおける診療について,特段医師としての裁量を逸脱するような不相当なものが含まれていた形跡もない。そして,平成24年1月30日というのは事故から概ね8か月程度であり,頸椎捻挫の治療期間として著しく長期であるともいえないことも考慮すると,本件において原告の症状固定日が平成24年1月30日であり,同日までの治療について相当性があるということについて,疑う余地はない。したがって,治療実費については同日までの分を相当とする。

   イ もっとも,記録上うかがわれる範囲の診療経過や最終的な後遺障害の内容,また原告が事故後就労していない経緯等を考慮すると,休業損害については,症状固定までの全期間について,100%相当性があるということは必ずしもできない。この点は後に検討する。

  (3) 基礎収入

   ア 原告は,事故前3か月間において,月額64万8000円ないし67万5000円の給与を得ていたことを示す資料が提出されており,労働実態自体はあったものと認められる(甲13,14)。

   イ しかし,上記によれば,①原告は中学卒業後肉屋に数年勤務した後は特段の定職を持たないまま転職を繰り返し,事故数ヶ月前の段階で無職であったこと②原告は友人からパチンコ台の設置の仕事を紹介され,それまでパチンコ台に関する仕事の経験や専門技術を有していたわけでもない状況で,試用期間ということで一時的に勤務することとしたものであること③給与については一般的な職人の給与等を参考に決めたわけではなく,友人としての関係から定めたものであり,他の職人の給与とは大きく離れて高額であったと考えられること等の事情がある。

   ウ そうすると,原告が得ていた給与の相当部分については,必ずしも労働の対価としての性質を有しておらず,もっぱら友人関係による便宜供与であったと考えられ,その部分を休業損害や逸失利益の基礎となる収入として計算することはできない。そして,諸般の事情を考慮して検討すると,原告の収入のうち労働対価といえる部分は,平成23年度賃金センサス・男子・大工・年齢計の平均賃金である376万9300円(現金給与額月額29万2600円,特別給与額25万8100円)の範囲にとどまるというべきである。

  (4) 相当休業割合,労働能力喪失期間

   ア 上記によれば,①原告の症状は他覚的所見のない神経症状であり,最終的な労働能力喪失率も5%にとどまるものであること,②原告は事故後勤務をしていないものの,それは症状のみが原因というわけではなく,親族関係に関する様々な問題も原因となっていること,③原告は平成25年6月ころ,船に乗っていて波を受け前十字靱帯を切る怪我をしているが,少なくともこの時点で原告はバーベキューや乗船の誘いに応じ,かつ上下動の激しい部分に座って乗船を楽しめるだけの身体状態にあったこと等の事情が認められる。

   イ これに加え,事故による衝撃の程度,症状固定までの期間等も総合考慮すると,原告の休業について,症状固定前の期間についてもその全部を本件事故と相当因果関係があるものとすることはできないし,また症状固定後口頭弁論終結までの間に相当程度の回復が生じているといわざるを得ないところである。したがって,休業損害については,症状固定までの時期についてその50%の範囲で認め,また労働能力喪失期間は症状固定から3年間であると認める。

 5 以上を前提として,損害について検討する。

  (1) 治療費 51万8114円

 金額は甲2ないし5より認める。

  (2) 薬剤費 3万1420円

 金額は甲6,7より認める。

  (3) 通院交通費 3849円

 各病院の所在場所(甲8ないし11)等に照らし,相当と認める。

  (4) 文書料 2700円

 金額は甲12,17より認める。

  (5) 休業損害 94万4829円

   ア 1日単価 1万0326円

   イ 休業日数 183日

   ウ 相当休業割合 50%

  (6) 通院慰謝料 88万0000円

 通院経過や症状内容に照らし,この金額を相当とする。

  (7) 後遺障害慰謝料 110万0000円

 後遺障害の内容に照らし,この金額を相当とする。

  (8) 後遺障害逸失利益 51万3190円

   ア 基礎収入 376万9300円

   イ 喪失率 5%

   ウ 喪失期間 3年間(ライプニッツ2.723)

  (9) 小計 399万4102円

  (10) 既払金 -217万1483円

  (11) 合計 182万2619円

 6 弁護士費用は18万円を相当とする。

 7 したがって,原告の請求には主文記載の範囲で理由があるので,主文のとおり判決する。