東京高裁平成24年3月14日判決〔保険代位により取得した損害賠償請求権の消滅時効の起算点〕

【オレンジ法律事務所の私見・注釈】

1 本件は、被控訴人Yが運転する普通乗用自動車に衝突された交通事故により重度の後遺障害が残存した被保険者Aに対して自動車保険契約に基き、人身傷害補償保険金7536万4083円を支払った控訴人Xが、保険代位により損害賠償請求権を取得したとして、被控訴人Yに対し、上記保険金相当額の損害金等の支払いを求めた事案である。

2 本件は、被保険者Aの症状固定時に損害賠償請求をすることが事実上可能な状態になったことから、控訴人Xが代位取得した被控訴人Yに対する損害賠償請求権の消滅時効は症状固定日から進行しており、その日から三年の経過により時効消滅したかどうかが争われた。

3 この点、原審は、損害保険金を支払った保険会社による被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権の代位取得は法律上当然の移転であり、保険金支払の時に移転の効力が生じ、代位によって権利が移転しても、権利の同一性には影響がなく、代位が生じたことによって、損害賠償請求権の消滅時効の起算点が左右されるものではないこと、Aが平成17年3月18日に症状固定の診断を受けたことに照らすと、Xが代位取得したYに対する損害賠償請求権について、遅くとも平成17年3月18日から消滅時効が進行し、原告が本件訴訟を提起した平成22年6月25日の時点では、既に3年が経過しているから、消滅時効が完成していたこと等として、Xの請求を排斥した。

4 また、本件東京高裁においても、控訴人Xは、保険者が被保険者(被害者)に人身傷害補償保険金を支払った場合の保険代位の範囲に関するいわゆる訴訟基準差額説によれば、本件損害賠償請求権は、別件損害賠償請求訴訟において被害者と被控訴人Yとの間で別件和解が成立した時(平成22年12月27日)に保険代位の要件が充足され、控訴人に移転するなどと主張したが、いずれの控訴人Xの主張も採用することができないとして、消滅時効の成立を認めた原判決を維持し、控訴を棄却した。

5 学説上、被保険者が第三者に対して有する権利を、保険者が保険代位により取得して行使するため、代位によって権利が移転しても権利の同一性には影響がなく、その権利が本来服すべき消滅時効にかかるものと考えられているが、本件も同様の考え方を示したものである。

保険会社にとって交通事故に関する保険代位権の保全管理方法を改めて考えさせられる判決といえよう。

【原文】

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。 

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人は、控訴人に対し、7536万4083円及びこれに対する平成18年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

 本件は、被控訴人が運転する普通乗用自動車に衝突されて重度の後遺障害が残存した被保険者に対して自動車保険契約に基づき人身傷害補償保険金7536万4083円を支払った控訴人が、保険代位により、被保険者の被控訴人に対する自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償請求権を取得したとして、被控訴人に対し、上記保険金相当額の損害金及びこれに対する保険金支払日の翌日である平成18年10月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 2(1) 前提事実等並びに争点及びこれに対する当事者の主張は、当審における控訴人の主張を後記3のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第3 前提事実等」及び「第4 争点及びこれに対する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

  (2) 原審は、控訴人が保険代位により取得した損害賠償請求権は、本件訴訟が提起された時点で既に消滅時効が完成しており、被控訴人がその消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことにより消滅したというべきであるとして、控訴人の請求を棄却した。控訴人は、これを不服として本件控訴を提起した。

 3 当審における控訴人の主張

  (1) 訴外Cの被控訴人に対する損害賠償請求権(以下、同損害賠償請求権のうち、控訴人が保険代位に基づき取得した損害賠償請求権を「本件損害賠償請求権」という。)の控訴人への移転時期について

 本件損害賠償請求権は、以下のとおり、別件損害賠償請求訴訟において訴外Cと被控訴人との間で訴訟上の和解(以下「別件和解」という。)が成立した時(平成22年12月27日)に保険代位の要件が充足され、控訴人に移転する。したがって、控訴人は、訴外Cによる別件損害賠償請求訴訟の提起により消滅時効が中断した状態の本件損害賠償請求権を取得したものである。

   ア 保険者が被保険者(被害者)に人身傷害補償保険金を支払った場合の保険代位の範囲に関するいわゆる訴訟基準差額説(保険会社は、訴訟において認定された被保険者〔被害者〕の損害額のうち同人の過失割合に対応する額を既払保険金が上回る場合に限り、その上回る額についてのみ、被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するとの見解)によれば、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定し、人身傷害補償保険金の支払により被保険者が確定的に損害の填補を受けたことにならない限り、保険会社が損害填補義務を履行したことという保険代位の要件を充足したことにはならず、保険代位の効果は発生しない。

 そうすると、被保険者が加害者に対して有する損害賠償請求権の権利移転時期は、和解等により総損害額及び過失割合が確定した時期である。

   イ 最高裁平成20年10月7日第三小法廷判決・裁判集民事229号19頁(以下「平成20年10月7日判決」という。)は、被保険者が加害者に対して有する損害賠償請求権について、保険会社が人身傷害補償保険金を支払った時点で当然に代位が生じるという考えを採っていない。

   ウ 控訴人は、別件和解が成立した平成22年12月27日以前の同年6月25日に本件訴訟を提起しているが、これは、保険代位に関する法律関係についての判断が困難な中で、苦肉の策として行ったものであり、本件損害賠償請求権の移転を前提としたものではない。

  (2) 本件損害賠償請求権を行使することができる時期について

 控訴人が代位取得した本件損害賠償請求権を現実に行使することができることになったのは、以下のとおり、別件和解が成立した時(平成22年12月27日)からであるから、控訴人が代位取得した本件損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、権利を行使することができる時期の点からみて、別件和解成立日の翌日の同月28日である。

   ア 消滅時効の起算点である「権利を行使することができる時」(民法166条1項)とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに、権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることが必要である(最高裁昭和45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁、最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・民集50巻3号383頁、最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1334頁、最高裁平成15年12月11日第一小法廷判決・民集57巻11号2196頁参照)。

   イ これを人身傷害補償保険についてみると、訴訟基準差額説によれば、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定した時に初めて人身傷害補償保険金を支払った保険会社の代位の可否や加害者に対して請求し得る具体的な金額が定まることになるから、上記の各最高裁判決に照らせば、この時から、上記保険会社の加害者に対する権利行使を現実に期待することができることとなる。そうすると、この時から、保険会社が代位取得した加害者に対する損害賠償請求権の消滅時効が進行すると解すべきである。

   ウ なお、保険会社が、独自に人身損害や事故態様の調査を行い、訴訟上の総損害額や過失割合を判断することは事実上困難であること、総損害額及び過失割合の確定前にやむを得ず提起している訴訟は不合理な内容とならざるを得ないこと、保険会社は、保険金の迅速な支払による被害者保護を実現するため、事故態様や過失割合の詳細な調査が保険代位の有無の判断をすることなく、早期の保険金支払をしていることなどの諸事情に鑑みれば、控訴人が訴外Cに人身傷害補償保険金(7536万4083円)を支払った平成18年10月16日から本件損害賠償請求権の消滅時効を進行させることは、権利行使を現実に期待する根拠を欠くものであるとともに、保険金の早期支払による被害者保護という人身傷害補償保険の趣旨を没却するものである。

第3 当裁判所の判断

 1 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、当審における控訴人の主張に対する判断を後記2のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第5 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

 2 当審における控訴人の主張に対する判断

  (1) 本件損害賠償請求権の控訴人への移転時期について

 控訴人は、保険者が被保険者(被害者)に人身傷害補償保険金を支払った場合の保険代位の範囲に関するいわゆる訴訟基準差額説によれば、本件損害賠償請求権は、別件損害賠償請求訴訟において訴外Cと被控訴人との間で別件和解が成立した時(平成22年12月27日)に保険代位の要件が充足され、控訴人に移転する旨主張する(前記第2の3(1))。

 しかし、前記引用に係る原判決の「第5 当裁判所の判断」中の1(1)に説示のとおり、損害保険金を支払った保険会社による被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権の代位行使は、商法662条1項又は保険法25条1項に基づく法律上の当然の移転であるから、保険金支払の時に移転の効力が生じ、代位によって権利の同一性には影響がないと解される。そして、人身傷害補償保険も損害保険の性質を有するものである以上、人身傷害補償保険についてだけ特段別異に解する理由はないというべきである。

 そうすると、本件損害賠償請求権は、控訴人が訴外Cに対し、人身傷害補償保険金(7536万4083円)を支払った平成18年10月16日に、保険代位によって控訴人に移転したものというべきである(甲48、乙12)。

 これに対し、控訴人は、保険者が被保険者(被害者)に人身傷害補償保険金を支払った場合の保険代位の範囲についてのいわゆる訴訟基準差額説についてるる主張するが、保険代位の範囲について訴訟基準差額説を採用するか否かにより、保険代位の時期が左右されるものではないことに加え、本件保険契約中の人身傷害補償担保特約20条1項も、人身傷害補償保険金の支払による本件損害賠償請求権の移転時期について「保険金の支払時」と定めていること(丙13)、控訴人は、平成19年5月24日付けの「代位求償のご連絡(保険会社用)」と題する書面において、被控訴人側保険会社に対し、上記保険金の支払により本件損害賠償請求権を代位取得したことを通知している(乙11、12)ことに照らせば、控訴人の前記主張は失当である。

 なお、控訴人の主張する平成20年10月7日判決と本件は事案を異にするとともに、同判決は保険代位の時期について判示したものではないことに照らせば、同判決によって、上記の移転時期についての判断内容が左右されるものではない。

 また、控訴人は、訴外Cによる別件損害賠償請求訴訟の提起により消滅時効が中断した状態の本件損害賠償請求権を取得した旨主張するが、控訴人が代位取得した被控訴人に対する本件損害賠償請求権は、同訴訟の提起により消滅時効が中断したものということはできない。

 したがって、控訴人の前記主張は、採用することができない。

  (2) 本件損害賠償請求権を行使することができる時期について

 控訴人は、代位取得した本件損害賠償請求権を現実に行使することができるのは、別件和解が成立した時(平成22年12月27日)からであるから、控訴人が代位取得した本件損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、権利を行使することができる時期の点からみても、別件和解成立日の翌日の同月28日である旨主張する(前記第2の3(2))。

 しかし、前記引用に係る原判決の「第5 当裁判所の判断」中の1(2)ウに説示のとおり、実務上、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定する前に、人身傷害補償保険金を支払った保険会社が加害者に対して訴訟を提起する事例は見受けられることに加え、現に、控訴人も、被保険者である訴外Cに対する人身傷害補償保険金の支払後、被控訴人に対し、本件損害賠償請求権の代位取得に基づく求償権行使の意思表示をし(乙11、12)、別件和解が成立した平成22年12月27日よりも前の同年6月25日に、自らの判断において訴外Cに支払った人身傷害補償保険金全額(7536万4083円)の支払を求めて本件訴訟を提起していることなどの事情に照らせば、別件和解成立まで本件損害賠償請求権の行使を現実に期待することができなかったといえないことは明らかである。

 また、証拠(甲48、乙11、12)によれば、控訴人は、本件事故による訴外Cの受傷につき平成17年3月18日にその症状が固定したことを踏まえて、平成18年10月16日に訴外Cに対し、人身傷害補償保険金(7536万4083円)を支払ったと認められることに照らせば、平成17年3月18日から本件損害賠償請求権の消滅時効が進行するとしても、これをもって控訴人に不意打ちであったということもできない。

 以上によれば、控訴人の前記主張は、採用することができない。

  (3) 控訴人は、その他代位取得した本件損害賠償請求権は時効消滅していない旨るる主張するが、いずれも当審の上記判断を左右するに足りるものとはいえない。

第4 結論

 よって、控訴人の請求は理由がないからこれを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

主文

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

 被告は、原告に対し、7536万4083円及びこれに対する平成18年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 本件は、被告が運転する普通乗用自動車に衝突されて重度の後遺障害が残存した被保険者に対して自動車保険契約に基づき人身傷害補償保険金7536万4083円を支払った原告が、保険代位により、被保険者の被告に対する自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償請求権を取得したとして、被告に対し、上記保険金相当額の損害金及びこれに対する保険金支払日の翌日である平成18年10月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

第3 前提事実等

 以下の事実等は、当事者間に争いがないか、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。

 1 自動車保険契約の締結(争いがない。)

 原告は、後記2の交通事故(以下「本件事故」という。)発生当時、Bとの間で、C(以下「訴外C」という。)を被保険者とする自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。本件保険契約には、人身傷害補償担保特約が含まれていた。

 2 本件事故の発生(甲1の1・6・8、弁論の全趣旨)

  (1) 日時 平成13年7月20日午後9時42分ころ

  (2) 場所 福島県耶麻郡北塩原村大字桧原字剣ヶ峯1093番地530先路上(県道米沢・猪苗代線)

  (3) 態様 被告は、その保有する普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)を運転して上記県道を走行中、前方不注視により、訴外Cが被告車両の進路前方左側の歩道から車道に踏み出したのに気付かずに被告車両を訴外Cに衝突させ、訴外Cを跳ね飛ばした。

 3 被告の責任原因(争いがない。)

 被告は、被告車両の保有者であり、被告車両を自己のために運行の用に供していた者として、訴外Cに対し、自動車損害賠償保障法3条に基づき、本件事故により訴外Cに生じた損害を賠償すべき責任がある。

 4 訴外Cの受傷内容等(甲3の1・2、5の1・2、38、39)

 訴外Cは、本件事故により、外傷性くも膜下出血、びまん性軸索損傷、両肺挫傷、出血性ショック、右第五中手骨・右大腿骨・両下腿骨・両脛腓骨・骨盤骨折、後腹膜腔・腹腔内出血、右血気胸、左血胸、脳浮腫、外傷後水頭症、左大腿切断等の傷害を負い、平成17年3月18日に症状固定の診断を受けたが、後遺障害等級併合第1級に該当する高次脳機能障害、両上下肢麻痺、左大腿切断等の後遺障害が残存した。

 5 本件事故により訴外Cに生じた損害(争いがない。)

 本件事故により訴外Cに生じた損害(弁護士費用を除く。)は、合計2億7363万5005円〔①治療関係費、②バリアフリー住宅改装費、③休業損害、④後遺障害による逸失利益、⑤慰謝料(ただし、訴外Cの両親の近親者慰謝料を含む。)、⑥損害賠償請求準備費用、⑦後見人報酬〕である。

 6 原告の人身傷害補償保険金の支払(争いがない。)

 原告は、平成18年10月16日、本件事故に関し、本件保険契約の人身傷害補償担保特約に基づき、訴外Cに対し、人身傷害補償保険金7536万4083円を支払った。

 7 訴訟の経過(顕著な事実)

  (1) 訴外Cは、平成19年12月26日、被告に対し、本件事故による損害の賠償を請求する訴訟(以下「別件損害賠償請求訴訟」という。)を提起した。

  (2) 原告は、平成22年6月25日、本件訴訟を提起した。

  (3) 平成22年12月27日、別件損害賠償請求訴訟において、訴外Cと被告との間で、被告が、訴外Cに対し、本件事故による損害賠償債務として、既払金を除き1億6560万円の支払義務があることを認めること等を内容とする訴訟上の和解が成立した。

  (4) 被告は、平成23年5月17日の本件第22回弁論準備手続期日において、原告に対し、原告が保険代位により取得した被告に対する損害賠償請求権につき、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

第4 争点及びこれに対する当事者の主張

 1 原告が保険代位により取得した被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は、いつから進行するか。

 (被告の主張)

  (1) 訴外Cは、本件事故について、遅くとも症状固定の診断を受けた平成17年3月18日には、加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害及び加害者を知ったといえるから、原告が人身傷害補償保険金の支払により訴外Cから代位取得した被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は、同日から進行する。被告は、その日から3年以上が経過した平成23年5月17日の本件第22回弁論準備手続期日において、上記時効を援用する旨の意思表示をしたから、上記損害賠償請求権は時効により消滅している。

  (2) 原告は、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定し、保険会社からの人身傷害補償保険金の支払によって被保険者が確定的に損害の填補を受けたことにならない限り、保険代位の要件は充足されておらず、保険代位の効果が発生しないため、消滅時効は進行しないと主張する。

 しかしながら、保険者は、保険給付の時点で、被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権を、その実体法上の権利の性質を変更することなく、当然に承継取得するのであって、代位取得される権利は、被害者の加害者に対する損害賠償請求権にほかならないから、代位の事実が介在しても、被代位債権である損害賠償請求権についての消滅時効の起算点や時効期間に何らの消長を来すものではない(福岡高等裁判所平成9年(ネ)第1078号平成10年6月5日判決・判例タイムズ1010号278頁参照)。人身傷害補償保険についても、同様に、保険金の支払によって当然に代位が生じ、保険会社は、保険金支払の時点で、被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するというべきである。したがって、原告の上記主張は失当である。

  (3) また、原告は、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定したときにはじめて、人身傷害補償保険金を支払った保険会社の代位の可否や加害者に対して請求し得る具体的な金額が定まるため、そのときが、保険会社にとって権利行使が現実に期待することができるようになったとき、すなわち、消滅時効の起算点に該当するとも主張する。

 しかしながら、被保険者(被害者)が加害者に対して有する損害賠償請求権は、事故と同時に発生し、かつ、保険会社は被保険者に対する保険金の支払によって、当然にこれを代位取得するのであるから、保険会社は、加害者に対し、いつでも権利行使をすることが可能である。そして、現実に、保険会社によって加害者に対する求償金請求訴訟が提起され、被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求訴訟と併合審理される例は幾多も存在する。したがって、原告の上記主張は失当である。

 (原告の主張)

 原告が保険代位により訴外Cから取得した被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は、別件損害賠償請求訴訟において訴外Cと被告との間で訴訟上の和解が成立した日の翌日(平成22年12月28日)から進行すると解するべきである。その理由は、次のとおりである。

  (1) 権利取得の時期

 保険者が被保険者(被害者)に人身傷害補償保険金を支払った場合の保険代位の範囲については判例・学説上争いがあるが、保険会社は、訴訟において認定された被保険者(被害者)の損害額のうち同人の過失割合に対応する額を既払保険金が上回る場合に限り、その上回る額についてのみ、被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するとの見解(いわゆる訴訟基準差額説)が妥当である。そのため、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定し、人身傷害補償保険金の支払により被保険者が確定的に損害の填補を受けたことにならない限り、保険会社が損害填補義務を履行したことという保険代位の要件を充足したことにはならず、保険代位の効果は発生しないと解さざるを得ない。

 したがって、本件においても、訴外Cの被告に対する損害賠償請求権は、別件損害賠償請求訴訟において訴外Cと被告との間で訴訟上の和解が成立したときに保険代位の要件が充足され、原告に移転するのであるから、そのときから消滅時効が進行することになるのは当然である。

  (2) 権利を行使し得る時期

 また、消滅時効の起算点である「権利を行使することができる時」(民法166条1項)とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに、権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることが必要である(最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁参照)。

 そうすると、訴訟基準差額説によれば、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定したときにはじめて、人身傷害補償保険金を支払った保険会社の代位の可否や加害者に対して請求し得る具体的な金額が定まることになり、上記保険会社に加害者に対する権利行使を現実に期待することができるようになるのであるから、このときから、保険会社が代位取得した加害者に対する損害賠償請求権の消滅時効が進行すると解するべきである。したがって、本件においては、原告が代位取得した被告に対する損害賠償請求権を現実に行使することができるようになったのは、別件損害賠償請求訴訟において訴外Cと被告との間で訴訟上の和解が成立した時からであるから、権利を行使し得る時期の点からみても、原告が代位取得した損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、上記和解成立日の翌日(平成22年12月28日)である。

 2 被告による消滅時効の援用が権利の濫用に当たるか。

 (原告の主張)

 原告は、本件訴訟を提起する以前は、① 人身傷害補償保険の取扱いについて定まった法理が存在しなかったこと、② 人身傷害補償保険金を支払った保険者は、被保険者に代位せず、被保険者が受領した同保険金と加害者からの損害賠償金の合算額が損害額を上回った場合には、被保険者から上回った金額に相当する金員を不当利得として返還を受けることができ、それで足りるとの見解(丙12)を採っていたことなどから、人身傷害補償保険金支払後の平成18年11月14日、原告の代理人弁護士と訴外Cの代理人弁護士との間で、原告は訴外Cの被告に対する損害賠償請求権を代位取得せず、これにより訴外Cに不当な利得が生じた場合には、訴外Cはその利得を原告に返還することを合意した。したがって、原告は、当時、訴外Cの被告に対する損害賠償請求権を代位取得する意思がなく、訴外Cが被告に対して提起した別件損害賠償請求訴訟において、実質上原告の取り分となる部分も含めて訴外Cに争ってもらうという意思を持っていたし、訴外Cも、原告のそうした意思を前提として別件損害賠償請求訴訟を遂行してきた。このように、別件損害賠償請求訴訟において原告の代位取得した被告に対する損害賠償請求権が実質的に争われてきたという事情があるのであるから、消滅時効の制度趣旨からして、原告は権利の上に眠っていた者には該当せず、証拠の散逸による立証の困難性、長期間存続した権利関係の破壊といった問題もない。

 また、原告は、上記のとおり、訴外Cにおいて実質上原告の取り分となる分を含めて別件損害賠償請求訴訟で争ってもらうという対応をしていたため、これと矛盾する訴訟を提起することは、実質上できなかったにもかかわらず、被告は、原告が保険代位により取得した訴外Cの損害賠償請求権の消滅時効について、時効期間満了前に原告に打診をせず、別件損害賠償請求訴訟の終盤に至ってから、突然、消滅時効の完成を主張し始めたもので、被告による消滅時効の援用は原告にとって不意打ちであった。

 さらに、本件で被告が支払うべき損害賠償金は、訴外Cが被告に対して有していた損害賠償金と実質上同一かつ表裏の関係にあるものであって、本来的に支払われるべき正当な金員であり、支払を拒むことに合理的な理由がある金員ではない。訴訟基準差額説の下において、人身傷害補償保険をどのように取り扱うのが妥当かについて苦慮を続けてきた原告の犠牲の下、被告に保護されるべき利益がないことは明らかである。

 以上によれば、被告による消滅時効の援用は、原告の不利益の下、被告において不当に利益を得るものであり、かつ、不意打ちであって、信義則上許されず、権利の濫用に当たるといわざるを得ない。

 (被告の主張)

 被告による消滅時効の援用が信義則上許されず、権利濫用に当たるとの原告の主張は争う。

 平成18年11月14日に、原告の代理人弁護士と訴外Cの代理人弁護士との間で、原告は訴外Cの被告に対する損害賠償請求権を代位取得せず、これにより訴外Cに不当な利得が生じた場合には、訴外Cはその利得を原告に返還することを合意したとの点は、不知又は否認する。

 たとえ原告が訴外Cとの間でいかなる協議を行っていたとしても、債務者たる被告に対して権利を行使したものではない。また、原告の被告に対する権利行使の是非が問題となったのは、原告が別件損害賠償請求訴訟に補助参加をした平成21年9月4日以降であり、消滅時効の起算点を本件事故日(平成13年7月20日)と症状固定の診断を受けた日(平成17年3月18日)のいずれとしたとしても、その時点で既に消滅時効が完成していた。したがって、原告は権利の上に眠っていたとのそしりを免れない。

 被告による消滅時効の援用は、正当な権利の行使であって、原告に対する不意打ちには当たらない。

 3 過失相殺

 (被告の主張)

 本件事故現場手前からの見通しは不良であり、また、被告が殊更に脇見等により前方注視を欠いた事実はなかった。他方、訴外Cは、被告車両のヘッドライトから、被告車両が右方から接近していることを察知することが極めて容易であったにもかかわらず、左方からの車両にのみ気を取られ、右方を何ら確認せずに歩道から車道に飛び出した。したがって、過失相殺率が30パーセントを下回ることはない。

 (原告の主張)

 本件事故は、被告が、制限速度(時速40km)を時速15km以上も超過して被告車両を走行させた上、路外のペンションの灯りに気を取られ、もともと路肩にいた訴外Cに気付かず、これを見落としたという著しい前方不注視により発生したものであり、過失相殺率が20パーセントを超えることはない。

第5 当裁判所の判断

 1 争点1について

  (1) 損害保険金を支払った保険会社による被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権の代位取得は、平成20年法律第57号による改正前の商法662条1項(以下、単に「商法662条1項」という。)又は保険法25条1項に基づくものであるところ、これは、法律上当然の移転であり、保険金支払の時に移転の効力が生じ、代位によって権利が移転しても、権利の同一性には影響がないと解される。

 人身傷害補償保険も、保険事故の発生により被保険者に生じた人身損害を填補することを目的とするものであって、損害保険の性質を有するものと解されるから、人身傷害補償保険金を支払った保険会社による被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権の代位取得についても、人身傷害補償保険金支払の時に、権利の同一性を保ったまま、上記損害賠償請求権が保険会社に移転するのであり、代位が生じたことによって、上記損害賠償請求権の消滅時効の起算点が左右されるものではないと解するのが相当である。

 そして、本件においては、前記前提事実等4のとおり、訴外Cが平成17年3月18日に症状固定の診断を受けたことに照らすと、訴外Cは、遅くともそのころには、被告に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害及び加害者を知ったものと認められ、訴外Cの被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は同日から進行するというべきである。そうすると、原告が代位取得した被告に対する損害賠償請求権についても、遅くとも平成17年3月18日から消滅時効が進行し、原告が本件訴訟を提起した平成22年6月25日の時点では、既に3年が経過しているから、消滅時効が完成していたことになる。

  (2) これに対し、原告は、①人身傷害補償保険金の支払による保険代位の範囲に関する訴訟基準差額説によれば、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定しない限り、人身傷害補償保険金を支払った保険会社に権利は移転しないこと、②訴訟基準差額説によれば、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定しない限り、保険会社の代位の可否や加害者に対して請求し得る具体的な金額が定まらないため、保険会社に権利行使を現実に期待することはできないことを根拠として、原告が保険代位により取得した被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は、別件損害賠償請求訴訟において訴訟上の和解が成立した日の翌日(平成22年12月28日)から進行すると主張する。

   ア そこで、まず、人身傷害補償保険金の支払による保険代位の範囲について検討する。

 証拠(丙13)及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約に適用される約款において、① 保険会社である原告は、自動車の運行に起因する事故等の急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者等が被る損害に対して、人身傷害補償担保特約に従って保険金を支払うとされていること(人身傷害補償担保特約第2条)、② 被保険者の故意又は極めて重大な過失によって生じた損害については保険金が支払われないとされているが(同特約第7条)、極めて重大な過失に該当しないような過失があった場合の免責については規定されていないこと、③ 保険代位について、「保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合については、普通保険約款一般条項第23条(代位)第1項の規定を適用します。この場合には、同項中の『被保険者』を『保険金請求権者』と読み替えるものとします。」とされていること(同特約第19条)、④ 普通保険約款一般条項第23条第1項は、「被保険者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には、当会社(原告)は、その損害に対して支払った保険金の額の限度内で、かつ、被保険者の権利を害さない範囲内で、被保険者がその者に対して有する権利を取得します。」とされ、代位の範囲について商法662条1項にはない「被保険者の権利を害さない範囲」という限定が加えられていることが認められる。

 以上の規定に照らせば、被保険者(被害者)が人身傷害補償保険金の支払を受けた後に加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起した場合において、被害者にも過失があるとされたときは、保険会社は、同訴訟において認定された被害者の損害額のうち同人の過失割合に対応した額と人身傷害補償保険金の支払額とを対比して、後者が前者を上回るときにはじめて、その上回る額についてのみ、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得することができるにとどまると解する(訴訟基準差額説)のが相当である。

   イ しかしながら、そもそも、上記(1)のとおり、人身傷害補償保険金が支払われた時点で、法律上当然に、被保険者(被害者)から保険会社へ、加害者に対する損害賠償請求権が権利の同一性を維持しつつ移転するというべきであり、このことは、保険代位の範囲について訴訟基準差額説を採るか否かによって左右されるものではない(本件保険契約に含まれる人身傷害補償担保特約第20条第1項も、人身傷害補償保険金の支払による被保険者の有する請求権の移転時期について「保険金の支払時」と定めているところである。丙13)。被害者の加害者に対する損害賠償請求権の消滅時効は、被害者がその損害及び加害者を知った時から進行するのであって、権利の同一性を維持したまま保険会社に移転した損害賠償請求権について、被害者側が締結した保険契約に基づく人身傷害補償保険金の支払という加害者が何ら関与していない事情によって、その消滅時効の起算点がこれより遅れると解すべき理由は見当たらない。

   ウ また、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定する前であっても、人身傷害補償保険金を支払った保険会社において、被害者の協力を得るなどして、その人身損害や事故態様の調査を行い、被害者に生じた損害額並びに過失の有無及び程度等について検討し、その結果に基づいて加害者に対する損害賠償請求権の代位の可否やその範囲を判断した上で、加害者に対する権利行使をすることは可能である。現に、実務上、被保険者(被害者)と加害者との間の損害賠償請求訴訟において総損害額及び過失割合が確定する前に、人身傷害補償保険金を支払った保険会社が加害者に対して訴訟を提起する事例は、まま見受けられるところであるし、原告自身も、前記前提事実等7のとおり、別件損害賠償請求訴訟において訴外Cと被告との間で訴訟上の和解が成立する前に、本件訴訟を提起して権利を行使しているところである。

   エ 以上によれば、原告が根拠とするところは、いずれも理由がなく、原告の主張は採用することができない。

 2 争点2について

  (1) 前記前提事実等7のほか、当裁判所に顕著な事実として、以下の事実が認められる。

   ア 訴外Cは、被告に対し、平成19年12月26日、別件損害賠償請求訴訟を提起した。訴外Cは、別件損害賠償請求訴訟において、当初、被告に対し、原告から支払を受けた人身傷害補償保険金を控除せずに損害賠償を請求し、同保険金全額を控除すべきであるとの被告の主張を争っていた。

   イ 原告は、平成21年9月4日、別件損害賠償請求訴訟に訴外Cを被参加人として補助参加した。

   ウ 原告の補助参加後、被告は、平成21年12月11日付け準備書面において、原告が、その支払った人身傷害補償保険金の限度で、訴外Cの被告に対する損害賠償請求権を代位取得する結果、訴外Cは、その限度で被告に対する損害賠償請求権を喪失し、被告に対して請求することのできる金額が上記保険金の額だけ減少することになると主張するとともに、将来、原告から、被告に対する損害賠償請求権を代位取得したとして請求を受けた場合には、消滅時効を援用する予定であると主張した。

   エ その後、訴外Cは、別件損害賠償請求訴訟において、平成22年8月30日付けの訴え変更申立書により、人身傷害補償保険金の受領により被告に対する損害賠償請求権が減少することを前提として請求を減縮した。

 他方、原告は、同年6月25日、被告に対して本件訴訟を提起し、同年11月30日、本件訴訟の口頭弁論は別件損害賠償請求訴訟の口頭弁論に併合された。

   オ その後、平成22年12月27日の本件第19回弁論準備手続期日において、別件損害賠償請求訴訟について、訴外Cと被告との間で、被告が、訴外Cに対し、本件交通事故による損害賠償債務として、既払金を除き1億6560万円の支払義務があることを認めること等を内容とする訴訟上の和解が成立した。

   カ 被告は、平成23年5月17日の本件第22回弁論準備手続期日において、原告に対し、原告が保険代位により取得した被告に対する損害賠償請求権につき、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

   キ 原告は、本件訴訟では、訴外Cとの間の上記ウの平成18年11月14日付け合意が有効であるとの主張はしていない。

  (2) 原告は、原告と訴外Cとの間で、原告は訴外Cの損害賠償請求権を代位取得せず、訴外Cに不当な利得が生じた場合には訴外Cはその利得を原告に返還することなどを合意していたため、本件訴訟の提起前から、別件損害賠償請求訴訟において、原告が保険代位により取得した被告に対する損害賠償請求権が実質的に争われてきたと主張する。

 しかしながら、上記(1)によれば、別件損害賠償請求訴訟は、人身傷害補償保険金の支払による代位が生じた後に訴外Cが提起したものであり、また、原告が補助参加人として上記合意に依拠する主張をしたのは、原告が代位取得した損害賠償請求権の消滅時効が完成した後のことであるから、別件損害賠償請求訴訟の提起や原告の上記主張は、原告の被告に対する裁判上の請求や催告には該当しないというべきである。仮に、別件損害賠償請求訴訟において原告が代位取得した損害賠償請求権が実質的に争われてきたと評価することができるとしても、原告が裁判上の請求等の時効中断措置を執っていなかった以上、被告が消滅時効を援用することの妨げにならないことは当然である。

 また、原告は、その主張を前提としても、上記合意が有効であって、原告は人身傷害補償保険金の支払により訴外Cに代位することはないと判断して、被告に対する権利行使をしなかったものであり、原告がそのように判断していたことは、被告が何ら関与するところではない。

 したがって、原告主張の事情が存在したからといって、被告が消滅時効を援用することが権利の濫用となることはないというべきである。

  (3) また、原告は、上記合意に基づく自らの対応と矛盾することになるため、求償金請求訴訟を提起することが実質上できなかったのに、被告は、消滅時効について予め原告に打診することなく、突然、消滅時効を援用しており、原告に対する不意打ちになると主張する。

 しかしながら、援用権者が、時効完成前に、消滅時効によって権利を喪失する者に対し、消滅時効について打診をすることは、消滅時効を援用する場合の要件ではないし、被告自身は、そもそも上記合意には何ら関与しておらず、上記合意に沿うような主張をしていたわけでもない。また、原告において被告が消滅時効を援用しないであろうと信頼したとしても無理もないといえるような事情を被告が作出したと認めるに足りる証拠はない。したがって、被告が、消滅時効について予め原告に打診することなく、消滅時効を援用したことは、原告に対する不意打ちには当たらないというべきである。

  (4) さらに、原告は、被告が原告に支払うべき損害賠償金は本来的に支払われるべき正当な金員であり、消滅時効の援用は、人身傷害補償保険をどのように取り扱うのが妥当かについて苦慮を続けてきた原告の犠牲の下、被告が不当に利益を得るものであって許されないと主張する。

 しかしながら、原告が人身傷害補償保険をどのように取り扱うのが妥当かについて苦慮していたことについて、被告に帰責すべき事情を認めるに足りる証拠はない。したがって、被告が消滅時効の援用によって不当に利益を得たということはできない。

  (5) 以上によれば、被告が、原告が保険代位により取得した損害賠償請求権につき消滅時効を援用することは、信義則に反するものではないし、権利濫用にも当たらない。そうすると、前記1(1)のとおり、原告が保険代位により取得した損害賠償請求権は、本件訴訟が提起された時点では、既に消滅時効が完成しており、被告がその消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことにより、消滅したというべきである。

 3 以上によれば、争点3について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第6 結論

 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。