東京地裁平成24年7月6日判決〔工事のために土地を賃借した賃借人が工事の過程で地下に設置した底盤コンクリートを撤去しないまま賃貸人に土地を返還し、その後賃貸人が土地上にマンションを建築した場合の損害(消極)〕

【オレンジ法律事務所の私見・注釈】

1 本件は、Y、X会社から、本件土地を本件工事のために賃借して本件工事を施工したところ、その過程で本件土地の地下に底盤コンクリートを設置したにもかかわらず、Yがこれを撤去しないまま本件土地をX会社に返還し、たことについて、X会社が、Yが本件底盤コンクリートを残置したまま本件土地を返還したことについて原状回復義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、Yに対し、本件底盤コンクリートの撤去費用相当額である5896万9827円等の支払いを求めたなどの事案である(なお、本件土地の共有持分を有するX1、X2は、底盤コンクリート残置により支払った追加、変更工事による損害についても支払いを求めている。)。

2 本件裁判所は、「平成21年10月3日、積水ハウスが、P1杭の打設工事を行おうとした際、深度約10メートルの地点で、本件底盤コンクリートに接触し、同月6日に本件請負契約に基づく本件マンションの建築工事を一旦中断したこと、その後、積水ハウスは、同月14日に、P1杭の打設工事を再開し、同月15日、これを完了したこと、本件底盤コンクリートの存在によっても、本件マンションの建築工事を行うことは可能であり、実際に、積水ハウスは、本件底盤コンクリートを撤去することなく、本件マンションの建築工事を完了したことが認められる。」と認定した上で、X1及びX2が、本件底盤コンクリートの残置によって、その共有する本件土地の上に本件マンションを建築することができなくなったことはなく、X会社が、費用を支払って本件底盤コンクリートを実際に撤去したことはなく、X1及びX2に対して、本件底盤コンクリート撤去費用相当額を支払ったとも認められないとして、X会社らに本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害が現実に生じたと認めることはできないとした。

 また、本件裁判所は、Yの本件賃貸借契約に基づく原状回復義務は本件マンションの建築等によって、社会通念上履行不能となっているところ、これにより、Yの原状回復義務は、YのX会社に対する底盤コンクリート撤去費用相当額の損害賠償義務に転化しているとの、Xらの主張についても、本件土地の上に本件マンションが存在する状況の下で、X会社が、将来この撤去費用を支出する相当程度の蓋然性があるとも認められないとして、Yの本件賃貸借契約に基づく原状回復義務が履行不能によって消滅したとして、X会社が、Yに対し、本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害賠償請求権を取得したと認めることはできないなどとし、かかるXらの請求を排斥した(なお、底盤コンクリート残置により支払った追加、変更工事による損害の一部については、Xらの請求が認められている。)。

3 債務不履行又は不法行為に基づく責任が認められるためには、損害が発生することが必要であるが、この損害については、いわゆる差額説(不法行為がなかったならば維持されていたであろう被害者の財産状態と不法行為後の被害者の財産状況との差額を損害として捉えるという考え)が通説、判例である。かかる損害については、積極的に既存の財産的利益が減少するという損害と、消極的に財産的利益の増加を逸した損害がある。

 そして、損害は現実に生じる必要があり、本件裁判所も、底盤コンクリート撤去費用相当額の損害が現実に生じたと認めることはできないとして損害を否定したものである。債務不履行又は不法行為責任における「損害」は、突き詰めると非常に難しい問題であると思われるが、本件は一つの事案として参考になろう。

1 被告は、原告X1に対し、322万5075円及びこれに対する平成22年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 被告は、原告X2に対し、322万5075円及びこれに対する平成22年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 原告X1及び原告X2のその余の請求をいずれも棄却する。

 4 原告株式会社東京コミユニケーシヨンズの請求を棄却する。

 5 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の、その余を原告らの負担とする。

 6 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

 1 被告は、原告株式会社東京コミユニケーシヨンズに対し、5896万9827円及びこれに対する平成22年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 被告は、原告X1に対し、3270万9989円及びこれに対する平成22年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 被告は、原告X2に対し、3270万9989円及びこれに対する平成22年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 本件は、被告が、原告株式会社東京コミユニケーシヨンズ(以下「原告会社」という。)から、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を後記本件工事のために賃借して後記本件工事を施工したところ、その過程で本件土地の地下に後記本件底盤コンクリートを設置したにもかかわらず、被告がこれを撤去しないまま本件土地を原告会社に返還したことについて、

  (1) 原告会社が、被告が後記本件底盤コンクリートを残置したまま本件土地を返還したことは、原告会社に対する賃借人が負う原状回復義務の違反である、仮に、原状回復義務が損害賠償請求権に転化せずに消滅したとすると、被告は、後記本件底盤コンクリートの撤去費用相当額を不当に利得していることになると主張して、債務不履行に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、被告に対し、後記本件底盤コンクリートの撤去費用相当額である5896万9827円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年5月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うことを求め、

  (2) 原告X1(以下「原告X1」という。)及び原告X2(以下「原告X2」という。)は、それぞれ本件土地の2分の1の共有持分を有しているところ、被告が後記本件底盤コンクリートを残置したことによって、その撤去費用相当額につき本件土地の地価が下落した、本件土地におけるマンションの建築工事が遅延したことによって追加費用が発生したと主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、後記本件底盤コンクリート撤去費用相当額である5896万9827円及び工事遅延による損害額645万0150円の合計6541万9977円について、原告X1及び原告X2の共有持分の2分の1に相当する3270万9989円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年5月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うことを求めた事案である。

 2 前提となる事実

  (1)ア 原告会社は、広告代理業等を目的とする株式会社であり、B(以下「B」という。)が、平成18年1月25日に死亡するまで原告会社の代表取締役を務めていた。原告X1は、平成18年2月20日、原告会社の代表取締役に就任し、現在も原告会社の代表取締役である。

   イ Bは、昭和53年6月13日、相続によって本件土地の所有権を取得した。原告X1及び原告X2は、Bが平成18年1月25日に死亡したことによって、それぞれ本件土地の共有持分2分の1を相続した。(甲1)

  (2) 被告は、平成14年8月28日、「北区○○付近再構築工事」という名称の工事(以下「本件工事」という。)を起工することを決定した(乙1)。

  (3) 被告は、平成14年8月、本件工事を施工するために、Bが所有する本件土地について、被告が原告会社から次の内容で賃借するとの賃貸借契約を締結した(甲2の1及び2の2、以下「本件賃貸借契約」という。)。

   ア 使用目的

 下水道管敷設に伴う立坑設置工事用地

   イ 賃貸借期間

 平成14年10月1日から平成16年3月31日まで

   ウ 賃料

 月額130万円

   エ 原状回復

 被告は、賃貸借期間が満了したときは、本件土地を原状に回復し、原告会社の承認を得た上で、原告会社に返還する。

  (4) 原告会社と被告は、本件賃貸借契約の期間を数次にわたり延長した上で、平成16年7月30日、本件賃貸借契約の期間を同年11月30日まで延長するとの合意をした。

  (5) 太平・三登建設共同企業体は、被告から本件工事を請け負い、本件土地において、下水道管きょを敷設するため、掘進機を据え付けて工事を行ったところ、掘進機の据え付けのため、本件土地及び本件土地と隣接する都道の地下約10メートルの位置に、厚さ約10センチメートル、設置面積約43.8平方メートルの底盤コンクリート(以下「本件底盤コンクリート」という。)を設置した。(乙51)

  (6) 太平・三登建設共同企業体は、本件工事完了に当たり仮設物を撤去したが、本件底盤コンクリートを撤去しなかった。被告は、平成16年11月30日、本件土地を原告会社に返還した。

  (7) 原告X1及び原告X2は、本件土地上に鉄筋コンクリート造7階建ての店舗・共同住宅(以下「本件マンション」という。)を建築することを計画し、平成21年3月27日、積水ハウス株式会社(以下「積水ハウス」という。)との間で、次の内容で、積水ハウスが本件マンションを建築する請負契約を締結した(甲4、以下「本件請負契約」という。)。

   ア 工事価格 3億1000万円

   イ 工期 平成21年9月1日から平成22年7月31日まで

  (8) 原告X1及び原告X2と積水ハウスは、平成21年8月21日、本件請負契約の工期を平成22年6月21日までと変更した(甲13)。

  (9) 積水ハウスは、平成21年9月1日、本件請負契約に基づいて本件マンションの建築工事に着工し、基礎工事として本件土地への杭打設工事を行っていたところ、同年10月3日、杭の内の1本(以下「P1杭」という。)が、深度約10メートルの地点で障害物に接触したため、同日、P1杭の打設工事を中断した。積水ハウスは、同月6日、P1杭以外の杭の打設工事を完了し、その後、本件請負契約に基づく本件マンションの建築工事を中断した。

 被告は、同月13日、本件土地上の2つの地点でボーリング調査を実施し、その結果、前記の地中障害物が本件底盤コンクリートであることが判明した。

  (10) 積水ハウスは、平成21年10月14日、P1杭の打設作業を再開し、本件底盤コンクリートを撤去しないまま、その一部を破砕した上で、同月15日、P1杭の打設作業を完了し、同年11月5日、本件請負契約に基づく本件マンションの建築工事を再開した。

  (11) 積水ハウスは、平成22年3月18日付で、本件底盤コンクリートが残置されていたことによる追加、変更工事に要した費用の合計が802万1000円(消費税を除く。)であり、187万8000円を値引きして、消費税を含めた工事金額は合計645万0150円であるとの見積書(以下「本件見積り」という。)を原告X1及び原告X2に提出した(甲9)。

 原告X1及び原告X2と積水ハウスは、同年6月8日、前記の追加、変更工事について、値引き額を合計102万1000円にすることとした上で、その代金を735万円(消費税を含む。)とすることで合意し、原告X1及び原告X2は、同年7月20日、積水ハウスに対し、前記735万円を含めた本件請負契約に基づく工事代金を支払った(甲14から16までの各1及び2)。

  (12) 積水ハウスは、平成22年7月21日、本件マンションの建築工事を完了した。

 3 争点及びこれに対する当事者の主張

 本件においては、被告が、過失により本件底盤コンクリートを残置したまま本件土地を返還したことについては争いがなく、本件の争点は、原告らに損害又は損失が生じているかに関する争点である次の(1)及び(2)である。

  (1) 原告らに本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害又は損失が生じているか。

 (原告らの主張)

   ア 原告会社について

 更地の状態から本件底盤コンクリートを撤去するためには5896万9827円の費用を要する。本件底盤コンクリートの撤去は、本件賃貸借契約における原状回復義務の内容となっているところ、本件底盤コンクリートを撤去する債務は、本件土地上に本件マンションが建築されたことにより、社会通念上履行不能となり、被告に対する本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害賠償請求権に転化している。

 また、原告会社は、本件土地の所有者であったBから、本件土地を賃借した上でこれを被告に転貸していたから、原告会社は、Bに対して本件土地の原状回復義務を負っていたところ、仮に、被告の原状回復義務が損害賠償請求権に転化せずに消滅したとすると、原告会社は、Bを相続した原告X1及び原告X2に対して、本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害賠償義務を負うという損失を被り、被告は、本件底盤コンクリートの撤去義務を免れるという利益を得ることになるから、被告は、原告会社に対し、本件底盤コンクリート撤去費用相当額の不当利得返還義務を負う。

   イ 原告X1及び原告X2について

 原告X1及び原告X2は、被告が過失により本件底盤コンクリートを残置したまま本件土地を返還したことによって、本件土地の地下約10メートル以下の部分を空間的に利用することができなくなっており、また、本件底盤コンクリートが、都道の地下の下水道立管を取り巻くように都道の地下部分にまたがって設置されているため、被告の了解なく本件底盤コンクリートを撤去することは不可能であって、原告X1及び原告X2が、将来本件土地を第三者に売却する際には、以上の事実を説明する必要がある。このような事情からすれば、本件土地の価格は、本件底盤コンクリート撤去費用相当額である5896万9827円分下落している。

 したがって、原告X1及び原告X2には、前記撤去費用相当額の損害又は損失が生じており、被告に対し、同額の不法行為に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有している。

 (被告の主張)

 原告会社は、本件底盤コンクリートを現実に撤去したわけでもないし、撤去費用相当額を原告X1及び原告X2に支払ったわけでもないから、現実に原告会社に同額の損害が生じてはいない。また、本件土地上には、既に本件マンションが建築されているのであるから、本件底盤コンクリートの存在によって本件土地の価格は下落していない。

  (2) 原告X1及び原告X2が支払った追加、変更工事代金が、被告による本件底盤コンクリートの残置と相当因果関係のある損害、又はこの残置によって同原告らに生じた損失であるか。

 (原告らの主張)

 積水ハウスは、本件底盤コンクリートが残置されていたことにより、本件請負契約において当初予定されていなかった追加、変更工事を行っており、これに要した費用は、645万0150円(消費税を含む。)である。

 原告X1及び原告X2は、積水ハウスから前記追加、変更工事代金の請求を受け、現実にこれを支払っているから、同額の損害が生じている。これは、被告による本件底盤コンクリート残置と相当因果関係のある損害である。

 また、この追加、変更工事代金は、本件底盤コンクリート残置によって原告X1及び原告X2に生じた損失であり、同原告らは、被告に対し、この代金額の不当利得返還請求権を有する。

 (被告の主張)

 原告らが主張する追加、変更工事には、当初から本件マンションの工事金額に含まれていた作業や、必要ない作業、実際に行われたか疑わしい作業等が含まれており、また、その金額も不当に過大なものである。

第3 当裁判所の判断

 1 争点(1)について

  (1) 前提となる事実(8)及び(9)によれば、平成21年10月3日、積水ハウスが、P1杭の打設工事を行おうとした際、深度約10メートルの地点で、本件底盤コンクリートに接触し、同月6日に本件請負契約に基づく本件マンションの建築工事を一旦中断したこと、その後、積水ハウスは、同月14日に、P1杭の打設工事を再開し、同月15日、これを完了したこと、本件底盤コンクリートの存在によっても、本件マンションの建築工事を行うことは可能であり、実際に、積水ハウスは、本件底盤コンクリートを撤去することなく、本件マンションの建築工事を完了したことが認められる。

 以上認定した事実からすれば、原告X1及び原告X2が、本件底盤コンクリートの残置によって、その共有する本件土地の上に本件マンションを建築することができなくなったことはない。また、原告会社が、費用を支払って本件底盤コンクリートを実際に撤去したことはなく、原告X1及び原告X2に対して、本件底盤コンクリート撤去費用相当額を支払ったとも認められない。

 したがって、原告らに、本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害が現実に生じたと認めることはできない。

  (2) この点、原告らは、被告の本件賃貸借契約に基づく原状回復義務は、P1杭の打設及び本件マンションの建築によって、社会通念上履行不能となっているところ、これにより、被告の原状回復義務は、被告の原告会社に対する本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害賠償義務に転化していると主張する。

 しかしながら、前記のとおり、原告会社が、現実に本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害を被っていると認めることはできないし、本件土地の上に本件マンションが存在する状況の下で、原告会社が、将来この撤去費用を支出する相当程度の蓋然性があるとも認められないから、被告の本件賃貸借契約に基づく原状回復義務が履行不能によって消滅したとして、原告会社が、被告に対し、本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害賠償請求権を取得したと認めることはできない。

  (3) また、原告らは、本件土地の価格は本件底盤コンクリート撤去費用相当額分下落しているから、原告X1及び原告X2には同額の損害が生じている旨主張し、本件底盤コンクリート撤去費用を総額で5896万9827円とする積水ハウス作成の契約内訳書と題する書面(甲8)を援用する。

 しかしながら、この書面は、積水ハウスが、更地の状態から本件底盤コンクリートを撤去する費用を見積もった書面に過ぎず、本件土地の価格を査定した書面ではないし、本件土地上には既に本件マンションが建築されているのであるから、本件土地の価格が、更地の状態から本件底盤コンクリートを撤去する費用相当額下落していると認めることはできない。そして、他に、本件土地の価格が現実に下落していると認めるに足りる証拠はない。

  (4) 以上からすれば、原告会社は、本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害又は損失が生じていることを前提に、債務不履行に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、被告に対し、本件底盤コンクリート撤去費用相当額の支払を求めているところ、この請求は理由がない。また、原告X1及び原告X2は、本件土地の価格が本件底盤コンクリート撤去費用相当額分下落していることを前提に、不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、被告に対し、本件底盤コンクリート撤去費用相当額の支払を求めているところ、この請求も理由がない。

 2 争点(2)について

  (1) 前提となる事実(11)及び(12)によれば、積水ハウスは、平成22年3月18日付で、本件底盤コンクリート残置による追加、変更工事に要した費用の合計が802万1000円であり、値引き額を187万8000円とした上で、工事金額を645万0150円(消費税を含む。)と見積もったこと、原告X1及び原告X2は、同年6月8日、積水ハウスとの間で、前記追加、変更工事について、値引き金額を102万1000円とした上で、代金を735万円(消費税を含む。)とすることで合意し、同年7月20日、この金額を積水ハウスに対して支払ったことが認められる。

 以上のとおり、本件底盤コンクリートの残置によって、本件マンションの建築工事について、追加、変更工事が必要となり、原告X1及び原告X2は、積水ハウスとの間で、追加、変更工事の代金を735万円(消費税を含む。)と合意した上で、現実にこれを支払っているから、原告らが追加、変更工事による損害として主張する645万0150円は、被告が本件底盤コンクリートを残置したことにより、原告X1及び原告X2が支払った金額であると認められる。

 これに対し、被告は、原告らが主張する追加、変更工事代金について、本件底盤コンクリート残置に起因する費用ではない、あるいは、不相当に高額であると主張するので、以下検討する。

  (2)ア 積水ハウスは、本件見積りにおいて、本件マンションの建築工事の追加、変更工事は、地中障害における変更工事と、地中障害における工期延長とがあり、地中障害における変更工事は、杭工事と障害位置測定工事からなるとしていること、杭工事に要する費用は、P1杭打設の費用(150万円)、杭打設機材損料(60万円)、掘削残土搬出の費用(26万円)、P1杭打設給水分(14万5000円)、汚泥処理費(57万円)(いずれも消費税を除く。)であり、P1杭打設費用は、運搬費、労務費、機械損料、仮設工事の各費用からなるとしている(甲19)。

   イ 積水ハウスの従業員であり、本件マンションの建築工事の作業所所長であったC(以下「C」という。)の陳述書(甲22)には、杭工事について次の記載がある。

 (ア) 積水ハウスは、当初、平成21年10月5日までに杭打設工事を完了させる予定であったが、同月3日、P1杭の打設工事中に地中障害物と接触して、工事を中断した。その時点では、地中の障害物がどのようなものか判明しておらず、工事再開の目処がたっていなかったことから、同月6日までに他の杭打設工事を完了させた上で、工事を中断した。その後、安全のために、P1杭孔を埋め戻すこととし、同月7日、P1杭孔の中のベントナイト液を一旦排出した上で、工事現場の土を掘削して、P1杭孔を埋め戻した。最初にP1杭孔を掘削した際の掘削残土は、同月3日に既に産業廃棄物処分していたため、1回分余分に掘削残土を排出することとなった。その費用が、掘削残土搬出費用である。また、P1杭以外の打設についても、同月6日まで1日遅延したため、それが、杭打設機材損料である。

 (イ) 同月7日の時点で、リース機材であるバックホーや水槽、他の現場で使用する予定があったドリリングバケット、底ザライバケット、払い底バケット、孔壁測定機等の機材を大型トラックで搬出する必要があったため、これらを搬出している。水槽を搬出する必要があったため、ベントナイト液も同日産業廃棄物処分した。これらの機材は、その後再度搬入しており、これらの運搬費用のうち、水槽を除くものが運搬費である。水槽についての運搬費と、その後の給水費用が、P1杭打設給水分である。また、ベントナイト液の処理費用が、汚泥処理費である。

 (ウ) 積水ハウスは、同月14日にP1杭打設工事を再開し、同月15日に打設作業を完了しているから、そのための費用として、2日分の労務費、機械損料及び仮設工事費が生じている。

 (エ) これらの費用については、積水ハウスにおいて、一定の利益を計上している。

   ウ Cの前記陳述書の記載については、その内容自体に特段不自然なところはなく、前提となる事実(9)及び(10)の本件マンションの建築工事の推移とも合致している。また、本件見積りの見積金額についても、地中に障害物が存在したことにより、当初予定していなかった作業を行う必要が生じたという経緯や、積水ハウスが得るべき一定の利益が計上されていることからすれば、杭工事の前記各費用が不相当に過大であったと認めることはできない。

   エ この点、被告は、水槽、ドリリングバケット、底ザライバケット等を平成21年10月7日に一旦返却し、その後再搬入したとのCの陳述書の記載は虚偽であって、これらの運搬費用が必要となった事実はないと主張し、被告の職員であるDの陳述書(乙60)及び同月13日にボーリング調査を行った際の写真(乙61)を援用する。

 しかしながら、Dの陳述書の記載は、同月9日以降も、本件土地には、水槽やバケット類が存在したが、その種類、容量や個数についての記憶はないというあいまいな内容であり、ボーリング調査の際の写真についても、同月13日の時点で、複数のバケット類や水槽が本件土地上に存在したことがうかがえるのみで、これらの証拠によっては、Cの陳述書の記載が虚偽であると認めるに足りない。

   オ また、被告は、Cの陳述書の記載のうち、平成21年10月3日に掘削残土を廃棄し、工事現場の土を新たに掘削してP1杭孔を埋め戻したとの記載や、同月7日にベントナイト液を一旦廃棄したとの部分は、虚偽であり、産業廃棄物処分に関する費用は新たに生じていない以上、本件見積りにある掘削残土搬出及び汚泥処理費用が必要となったことはないと主張する。

 しかしながら、甲20の2及び20の3によれば、積水ハウスは、同月3日に42立方メートルの建設汚泥を廃棄し、同月7日に45立方メートルの建設汚泥を廃棄していることが認められるのであり、Cの陳述書中の前記部分はこれらの事実と整合するから、同月3日にP1杭の掘削残土を廃棄したとの点や、同月7日にベントナイト液を廃棄したとの記載が虚偽であるとは認められない。

 被告は、本件土地は狭量であり、杭孔埋め戻しのための土を掘削することが困難であることからすれば、P1杭の杭孔の埋め戻しには、もともとのP1杭の掘削残土や、他の杭の打設のための掘削残土を用いた可能性が高く、そのような掘削残土を廃棄することは、当初から予定されていたのであるから、本件底盤コンクリートの残置によって生じた費用ではないとも主張するが、被告が主張するような処理が行われたことを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

   カ したがって、追加、変更工事のうち、杭工事に関する被告の主張は理由がない。

 そして、他に、杭工事に関し、本件見積りに記載された工事の項目や、各項目に対応する工事費用について、これが不要であるとか、費用が過大であると認めるに足りる証拠はないから、前記の杭工事費用については、被告の本件底盤コンクリート残置と相当因果関係を有する損害ということができる。

  (3)ア 甲18の2、19によれば、積水ハウスは、本件見積りにおいて、障害位置測定工事の費用として、合計23万6000円を見積もっていること、この工事の内容は、スウェーデン式サウンディング調査であったことが認められる。

   イ 被告は、スウェーデン式サウンディング調査は、本来、地盤の強度を調査するために実施する調査で、地層のサンプルを採取することができず、地中の障害物の性状等を調査することはできないこと、地中にやや大きな礫があれば、そこで止まってしまうことなどからすれば、本件における地中障害物の調査として不適切なものであるから、スウェーデン式サウンディング調査に要した費用は、本件底盤コンクリート残置と相当因果関係のある損害ではないと主張する。

 この点について、Cの陳述書中には、スウェーデン式サウンディング調査を行った理由として、P1杭の打設が中断した際、地中の障害物については、本件底盤コンクリートである可能性が高かったことから、被告において、平成21年10月13日にボーリング調査を行うことが決まったものの、ボーリング調査のみでは、地中障害物の範囲がわからないため、地中障害物の範囲を特定するため、同月10日にスウェーデン式サウンディング調査を実施した旨の記載がある。そして、スウェーデン式サウンディング調査は、地盤調査の方法の一つであり、ロッドの先にスクリューポイントという器具を付け、これを地面に突き立てて地盤に貫入させていく方法が用いられる(乙28、弁論の全趣旨)ところ、甲18の2によれば、本件土地について実施されたスウェーデン式サウンディング調査は、本件土地上の10箇所の地点で実施されており、その内、2点については、9.8メートルから10.8メートルの地点で、他の2点については、0.45メートルから0.53メートルの地点で貫入しなくなり、それ以外の6点は約12メートルの地点まで貫入したことが認められる。

 以上からすれば、本件において、スウェーデン式サウンディング調査は、地中の障害物の範囲を特定する目的で行われたと認められるから、サンプル採集ができなかったとして、その必要性がなかったとはいえないし、また、少なくとも6点においては、約12メートルの地点まで貫入しており、これらの地点に地中障害物が存在しないことが確認されたということができるから、この点からも必要性がなかったということはできない。

   ウ これに対し、被告は、積水ハウスがスウェーデン式サウンディング調査を実施した平成21年10月10日の時点では、より適切なボーリング調査を実施することが決定していたのであるから、スウェーデン式サウンディング調査は必要なかったと主張する。

 しかしながら、同日の時点では、地中障害物が、本件底盤コンクリートであるとの確証は得られていなかった(前提となる事実(9))のであり、このような状況を前提とすれば、2つの地点でのみ調査を行うこととされたボーリング調査(前提となる事実(9))とは別に、より多くの地点でスウェーデン式サウンディング調査を実施したからといって、これを不要なものであったということはできない。

 なお、被告は、「スウェーデン式サウンディング調査とボーリング調査との比較」と題する書面(乙58)を援用し、スウェーデン式サウンディング調査が地中障害物の調査に適していない旨主張するが、乙58は被告の下水道局が作成した書面にすぎないし、その記載内容を考慮しても、スウェーデン式サウンディング調査が不要であったとはいえないとの判断を左右するものではない。

   エ したがって、この点に関する被告の主張は理由がない。

 そして、他に、本件見積りにおける障害位置測定工事が不要であったとか、工事費用が過大であったと認めるに足りる証拠はないから、障害位置測定工事の費用は、本件底盤コンクリートの残置と相当因果関係のある損害と認められる。

  (4)ア 甲19によれば、積水ハウスは、地中障害における工期延長として、本件底盤コンクリートが残置されていたことによる工期延長の費用として、仮設費55万円、現場管理費1か月分187万8000円及び一般管理費1か月分228万2000円を計上していることが認められる。

   イ 被告は、これらの費用のうち、現場管理費及び一般管理費について、本件請負契約の契約金額からすれば、現場管理費率は約5.49パーセント、一般管理費率は約6.34パーセントが妥当な水準であるところ、前記の金額は、追加、変更工事における純工事費を基準とすると、現場管理費率が約49パーセント、一般管理費率が約40パーセントという過大な比率になっていると主張する。

 しかしながら、Cの陳述書によれば、この現場管理費及び一般管理費は、工事の遅延期間を1か月として、本件マンションの建築工事全体の1か月分の現場管理費、一般管理費として算出したことが認められ、本件土地の地中の障害物の存在が明らかになった後、本件マンションの建築工事全体が中断したこと(前提となる事実(9)及び(10))からすれば、工事全体を基準とした現場管理費及び一般管理費の算出が不当であるとはいえない。

   ウ また、被告は、本件でP1杭以外の杭打設工事は、平成21年10月6日まで行われていること、P1杭打設工事が再開されたのは同月15日であることから、本件マンションの工事が遅延した期間は、正味8日間に過ぎず、それ以上の期間を遅延期間に含めるべきではないと主張する。

 しかしながら、前提となる事実(9)及び(10)に加え、甲5から7まで、22及び弁論の全趣旨によれば、本件マンションの建築工事においては、当初、杭の打設工事は、同月5日に完了することが予定されていたところ、P1杭の打設が完了したのは同月15日であり、同日以降、本件底盤コンクリートを撤去するかどうかが確定しないため、本件マンションの建築工事全体が中断したこと、積水ハウスと被告は、同月9日、14日及び23日に本件底盤コンクリートに関する協議を行っているところ、14日の協議においては、積水ハウスがP1杭を打設することについて、被告は異議を述べていないこと、最後に協議が行われた同月23日の時点で、本件底盤コンクリートの残置についての補償方法、補償金額等は決定されておらず、積水ハウスは、原告X1及び原告X2が本件底盤コンクリートの撤去を求めていると伝え、被告は、本件底盤コンクリートを撤去すること自体は可能であるが、本件マンション建築の遅延による損害は支払えない旨を回答し、積水ハウスと被告との間の交渉は同日で決裂したこと、その後、原告X1及び原告X2は、弁護士と相談するなどした上で、本件底盤コンクリートを撤去せずに本件マンションの建築工事を続けることを決め、同年11月5日に工事を再開させたことが認められる。

 以上の事実によれば、本件マンションの建築工事は、同年10月5日の時点で、杭打設工事を完了する予定であったところ、P1杭の打設が同月15日完了し、その後工事が中断して、同年11月5日に、当初の予定では同年10月5日までに終了していたはずの段階から工事が再開したということになるから、本件マンションの建築工事は1か月遅れたと認められる。そして、工事が中断した同月15日以降も、本件底盤コンクリートの残置に関する補償や撤去に関する問題は解決せず、原告X1及び原告X2は、あくまで本件底盤コンクリートの撤去を望んでいたのであり、同月23日に積水ハウスと被告との交渉が決裂した後、弁護士との相談を経て工事を再開させたのが同年11月5日となったとして、それが不当であるということはできない。

 したがって、本件マンションの建築工事の1か月の遅れという結果は、被告が責任を負うべき本件底盤コンクリートの残置と相当因果関係があると認められる。

   エ 以上によれば、この点に関する被告の主張は理由がない。

 そして、他に、本件見積りにおける地中障害における工期延長の費用が不要又は過大であると認めるに足りる証拠はないから、地中障害における工期延長の費用は、本件底盤コンクリートの残置と相当因果関係のある損害と認められる。

  (5) 以上のとおりであるから、原告X1及び原告X2が支払った追加、変更工事代金645万0150円は、被告が責任を負うべき本件底盤コンクリート残置と相当因果関係のある損害と認められる。

 したがって、原告X1及び原告X2は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、それぞれ、その2分の1である322万5075円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年5月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

 3 結論

 よって、原告X1及び原告X2の請求は、主文第1項及び第2項の限度で理由があるからこれを認容し、原告会社の請求並びに原告X1及び原告X2のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。