(参考判例)東京高裁判決平成14年5月29日〔商標法4条10号・指定役務を「飲食物の提供」とする商標の周知性(否定)〕

   飲食物の提供を役務とする引用商標「天一」を一県内のごく狭小地域の需要者の間に認識されている程度であるとして周知性を認めた審決を取り消した事例。

■判例 知財高裁平成26年10月29日第二部判決〔商標法4条10号・指定役務を「飲食物の提供」とする商標の周知性(否定)〕

   主  文

 特許庁が平成10年審判第35365事件について平成13年4月19日にした審決を取り消す。

 訴訟費用は被告の負担とする。

 

 

   事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

 1 原告

 主文と同旨

 2 被告

 原告の請求を棄却する。

 訴訟費用は原告の負担とする。

第2 当事者間に争いのない事実

 1 特許庁における手続の経緯

 被告は,別紙商標目録(1)

 記載のとおりの構成からなり,指定役務を商標法施行令別表の区分による第42類「日本料理を主とする飲食物の提供,アルコール飲料を主とする飲食物の提供,コーヒー・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供」とする商標登録第4017645号商標(平成4年9月30日出願,平成9年6月27日設定登録,以下「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は,商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)附則(以下「改正法附則」という。)5条1項による使用に基づく特例の適用を主張して登録出願がされ,拒絶の査定がされたが,拒絶査定に対する不服審判において,平成9年4月21日,原査定を取り消した上,同条3項により,その商標及び指定役務において競合(類似)する請求人(注,原告)に係る別紙商標目録(2)記載の商標((イ)商標登録第4028534号商標,(ロ)同第4028535号商標,(ハ)同第4028536号商標及び(ニ)同第4028538号商標。以下,これらを併せて「原告商標」という。)と相互に重複する商標(重複商標)として登録すべき旨の審決(以下「登録審決」という。)がされ,権利設定されたものである。

 原告は,平成10年8月7日,被告を被請求人として,本件商標の商標登録を無効にすることについて審判を請求した。

 特許庁は,同請求を平成10年審判第35365事件として審理した上,平成13年4月19日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年5月7日,原告に送達された。

 2 審決の理由

 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,〈1〉本件商標が改正法附則5条2項所定の「自己の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標であってその役務について使用をするもの」に当たらないとして商標法4条1項10号違反をいう請求人(注,原告)の主張について,本件商標は,その登録出願時である平成4年9月ないし登録時(注,登録審決時の趣旨と解される。以下,同じ。)である平成9年4月当時において,少なくとも上毛(群馬県の古称)地方を中心にその近県地域一帯において需要者の間に広く知られたいわゆる周知商標と認め得るものであるから,改正法附則5条2項の適用があるとし,〈2〉本件商標が,請求人に係る「需要者の間に広く認識されている」原告商標と類似し,同一又は類似する役務について使用がされるものであり,また,請求人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがあるとして,商標法4条1項15号違反をいう請求人の主張について,本件商標は,その登録出願時ないし登録時において,上記の地域,範囲を中心に需要者間に広く知られたいわゆる周知商標と認め得るものであり,また,原告商標の周知,著名性は,特例適用を主張する本件商標の登録(重複登録)を排除し得るほどの歴然とした格差をもって需要者間に広く知られたいわゆる著名商標であるとは認め難いとし,〈3〉本件商標の使用が不正競争の目的でされたものとはいい難いとして,本件商標の登録は,改正法附則7条2項の規定によって読み替えて適用する商標法46条1項により無効とすることはできないとした。

第3 原告主張の審決取消事由

 審決は,本件商標について,商標法4条1項10号の適用排除を定める改正法附則5条2項所定の周知性の認定判断を誤り(取消事由1),また,商標法4条1項15号の適用の前提となる原告商標の周知,著名性の認定判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。

 1 取消事由1(本件商標の周知性の認定判断の誤り)

 本件商標は,以下のとおり,登録出願時である平成4年9月30日当時及び登録審決時である平成9年4月21日当時のいずれの時点においても,改正法附則5条2項所定の「自己の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」に当たらないから,改正法附則5条2項の規定によって読み替えられた商標法4条1項10号に該当する。

  (1) 審決は,上毛新聞及び「おおたタイムス」の記事のほかは,特許庁審判官が一方的に調査した証拠によってのみ本件商標の周知性を肯定しているが,その認定判断の根拠は明らかでない。審決は,上記2件の新聞記事を一部手掛りとしながら,「商標自体とこの種飲食店(業)に関する需要者一般の注意力並びに地域事情を含む取引の実情等を総合判断の上,その出願時ないし登録時における相当程度の周知性がある」(審決謄本16頁3行目~5行目)としているが,著名商標として全国的に知られた商標であればまだしも,全国的には知られていない地方都市の通常の飲食店の商標にあっては,当事者が積極的に資料を提出してこない限り,実際には調査のしようもないのであり,反論のしようもない上記のような抽象的な理由をもって当該商標の周知性を認定判断することは誤りである。

  (2) 被告の常務取締役であった寺内英夫が天皇誕生日の祝膳料理の調理師の一人として招かれたことを報じた平成3年12月23日付けの上毛新聞及びそのころ発行の「おおたタイムス」の記事はわずかに1回だけのものである。審決は,「報道内容の特殊性,地方独特のこの種報道に関する伝播性」(審決謄本14頁末行~15頁1行目)を強調しているが,国民が関心を持つ皇室に関する記事であるからといって,そのような名誉となる報道と被告の本件商標である「天一」の知名度とは必ずしも結び付くものではなく,本件商標「天一」が繰り返し報道されてこそ,周知性を獲得することになることは自明のことである。また,近隣のほとんどが知り合いであるような狭い地域の村落であればともかく,首都圏に属する工業都市であって東京との行き来も相当に行われている人口15万有余の群馬県太田市において,地方独特のこの種報道に関する伝播性を強調することは妥当ではない。

 被告は,これまでに宣伝広告活動をほとんどしておらず,せいぜいチラシ等を店舗を中心としたごく狭い範囲で配布していることがうかがわれるだけである。そうすると,太田市以外の上毛地方一帯に住む者にとっては,上記新聞記事は,認識のない被告の和食料理店「天一」を新聞紙上で初めて見たという印象を与えるにとどまり,このことによって広範囲にわたって周知性を獲得するなどということはあり得ないことである。

  (3) 審決は,「おおたタイムス」の記事に基づいて,被告の店舗が当時「太田市を中心に既に4店舗」(審決謄本15頁10行目)あると認定し,その地域において相当の実績があるとしているが,そのような事実はない。被告は,少なくとも本件商標の登録出願当時は,その住所において1店舗の料理店「天一」を経営するほか,太田駅前の「ユニー・ベルタウン」内で「サンドレ」というサンドイッチ製造小売り店舗を営業していたにすぎない。

 2 取消事由2(原告商標の周知,著名性の認定判断の誤り)

  (1) 審決は,原告商標の周知性は相当程度認められるものの,本件商標の登録(重複登録)を排除できる程の歴然とした格差を認めることはできないとした(審決謄本16頁17行目~20行目)が,以下のとおり,誤りである。

   ア 審決は,本件商標の登録出願時における原告の店舗数63店舗のうち,その半数が惣菜専門店であって,本件商標の飲食物の提供の役務とは直接関係がない商品「てんぷら惣菜」という商品を取り扱うものであるから,その店舗数は大幅に差し引いて考えなければならないとする(審決謄本16頁27行目~31行目)。しかし,てんぷら惣菜の小売店は,銀座の老舗である原告の「天一」というてんぷら専門店が営業をしているからこそ全国各地で出店できるのであり,「天一」のてんぷら専門店としての信用と一体となってこれらの商品が販売されるものであって,小売店でも,飲食店でも全く同じ商標,同じ包装紙を採用し,飲食店として一体となった営業を展開している。需要者も銀座のてんぷら専門店のてんぷら惣菜であるから購入するものであり,飲食店と全く別のものとして認識されているわけではない。一般的にも,飲食物では,商品が有名になると,その商品を飲食店で提供したり,原告のように飲食店の品を商品として小売りし,小売店として展開することは広く行われているところである。このような場合は,商品と役務は類似するものであり,関連があるものである。したがって,上記のように,料理店と惣菜小売店とを分けて原告の「天一」の著名性を判断することは,取引の実情に反するものである。

   イ 審決は,「一般に,てんぷら料理を含む各種飲食物の提供に係る役務は,専ら特定・一定の店舗地において提供されるという役務特性又は地域立脚事情から,その取引・流通の範囲は自ずと一定範囲に限られる」(審決謄本17頁6行目~8行目)と認定している。しかし,交通機関と通信手段の発達とに伴い,現在では,人の動きは一定の狭い範囲に限られるものではなく,老舗とか名店とかいわれる飲食店は,常に雑誌,新聞,テレビ放送等を介して広く紹介されており,特に人口も集中し,それに伴いますます交通網の発達が著しい東京を中心として,東京,首都圏にかかわらず,関東地方一円あるいは更に遠距離の広い地域から顧客が集中して来店することは想像に難くない。したがって,審決の上記認定は,明らかに誤りである。

   ウ 審決は,「てんぷら料理は世人一般に極めて馴染まれていて一般家庭においても日常的に摂取されるいわば我が国食文化にあって日本料理の定番メニューというべき普遍的存在であるから,料理自体に特徴を発揮し難い面がある」(審決謄本17頁9行目~12行目)という。しかし,原告の「天一」には,国賓まで訪れるのであり,他の一般のてんぷら料理店にはない格別の特徴があり,てんぷら料理一般が特徴がないことを理由として,原告の「天一」の高級料理店としての特徴まで否定することはできず,上記認定は誤りである。

   エ 審決は,「天一」が辞書に存在する語であり,各別特異な名称ではなく,また,不特定多数の者によって古くから飲食店の店名として使用され得るものであるとする(審決謄本12頁37行目~13頁2行目,17頁12行目~16行目)。しかし,そもそも辞書を引用しなければならないほどの語が一般的に知られた用語であるとはいえず,「天一」がありふれた用語であるとは到底認め難く,また,同じような店名の店が若干あったとしても,それによって原告の著名性が影響を受けるものではない。「天一」といえば原告を指す銀座のあの「天一」だという実績は既に確立している。

  (2) 審決は,原告商標について「特例適用を主張する本件商標の登録(重複登録)を排除し得る程の歴然とした格差をもって需要者間に広く知られたいわゆる著名商標であるとは俄に認め難く」(審決謄本16頁18行目~20行目)とし,さらに,原告の「『天一』の著名性を客観的に明らかにし得るものとはいい難く,その全国規模の周知性を認めるにはなお不十分といわなければならない」(同17頁18行目~20行目)とし,重複登録を排除できるのはいわゆる著名商標(全国的に知られた商標)でなければならないとしているが,商標法4条1項15号は,単に「他人の業務に係る…役務と混同を生ずるおそれがある商標」としているのみであり,いわゆる著名商標を要件としているものではないから,これは明らかに誤りである。

第4 被告の反論

 審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。

 1 取消事由1(本件商標の周知性の認定判断の誤り)について

  (1) 被告が「天一」の名称で飲食店を開店したのは昭和45年10月のことであり,以後営業を継続して現在に至っているから,営業期間は,本件商標の登録出願時で22年間,登録審決時で26年間に及んでおり,以下のとおり,本件商標「天一」は改正法附則5条2項所定の周知性を獲得している。

 すなわち,被告店舗は,太田駅南口から続く太田市南一番街の商店街の中心に位置し,開店後何度かの改装を繰り返しながら,昭和56年までには大幅な増築を終え,現在に至っている。被告店舗は,1階が客席13(1室は和室)で58人収容の和室レストラン,2階が180人収容の大宴会場,3階が和風個室7室の小宴会場となっており,飲食店としては太田市及び近隣市町村において1,2を争う規模となっている。料理は,生物,揚げ物,うなぎ料理などを中心とした和食中心であり,鍋料理,かに料理,ふぐ料理なども取り入れ,一般客だけでなく,忘年会,新年会,法事などにも幅広く利用されている。被告は,新聞広告,雑誌等による宣伝,広告はしていないが,折り込み広告や日常の宣伝活動は適宜行ってきている。地方都市の飲食店においては,口コミ等により周知性を高めていくのが常態であり,被告が料理とサービスを充実させて実績を重ね,信頼を獲得する営業努力をした結果,「天一」の名称が,太田市及び近隣市町村の需要者間に広く周知されていたものである。

  (2) 原告は,上毛新聞及び「おおたタイムス」の記事が本件商標の周知性を立証するに十分でないと主張するが,本件商標が,一般に流通する商品と異なり,特定の営業施設で需要者に直接提供される日本料理を主とする飲食物の提供等という地域密着性が強い役務に対して使用されている事実を踏まえると,「報道内容の特殊性,地方独特のこの種の報道に関する伝播性ほか諸般の社会事情」(審決謄本14頁末行~15頁1行目)を考慮して周知性を判断することは不可欠である。被告が上記のとおり太田市及び近隣市町村に広く知られていて,実績があったからこそ,被告の常務取締役であった寺内英夫が平成3年の天皇誕生日の祝賀会と平成4年の元旦の新年祝賀会の祝膳の料理人に選ばれたわけであり,この事実を本件商標の周知性判断の資料とした審決に誤りはない。

 2 取消事由2(原告商標の周知,著名性の認定判断の誤り)について

 審決の「首都圏と地域圏という地域的・相対的事情も併せ考慮するに,本件商標の登録出願時又は登録時における請求人商標の周知性が本件商標のそれを優に上まわって存在したとする客観的情勢も認められず,また,該事実を窺わせるような状況も見出せない」(審決謄本17頁20行目~23行目)との認定は妥当である。すなわち,原告は,地方都市では札幌市,広島市,奈良市,呉市及び福山市に限って出店しているのであって,飲食物の提供は役務の中でも地域密着性が強く,首都圏は別として,地方都市においては依然として,「その取引・流通の範囲は自ずとその営業施設のある一定の範囲に限られる」(同頁8行目)というべきである。

第5 当裁判所の判断

 1 取消事由1(本件商標の周知性の認定判断の誤り)について

  (1) 本件商標は,別紙商標目録(1)記載のとおりの構成からなり,商標法施行令別表の区分による第42類「日本料理を主とする飲食物の提供,アルコール飲料を主とする飲食物の提供,コーヒー・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供」を指定役務として,改正法附則5条1項による使用に基づく特例の適用を主張して,平成4年9月30日に登録出願し,平成9年4月21日の登録審決を経て,同年6月27日に設定の登録がされ,改正法附則5条3項により,その商標及び指定役務において競合(類似)する原告商標と相互に重複する商標(重複商標)として権利設定されたものであることは,当事者間に争いがない。そして,同目録の記載によれば,本件商標は,いずれも横書きした「天一」,「Tenichi」の文字からなり,構成中の「Tenichi」の欧文字部分は同左上部に大書された「天一」の漢字に相応する表音「テンイチ」を「天一」の「一」の下部に小さく欧文表記したものであることが認められる。

 他方,甲第3ないし第6号証及び弁論の全趣旨によれば,原告商標は,商標登録第4028534号商標(以下「原告商標(イ)」という。)が同目録(2)(イ)記載のとおりの構成からなり,商標登録第4028535号商標(以下「原告商標(ロ)」という。)が同目録(2)(ロ)記載のとおりの構成からなり,商標登録第4028536号商標(以下「原告商標(ハ)」という。)が同目録(2)(ハ)記載のとおりの構成からなり,商標登録第4028538号商標(以下「原告商標(ニ)」という。)が同目録(2)(ニ)記載のとおりの構成からなること,原告商標(イ)ないし(ハ)は平成4年9月2日に登録出願,同(ニ)は同月22日登録出願,いずれも商標法施行令別表の区分による第42類「てんぷら料理の提供」を指定役務として,平成9年7月18日に設定の登録がされたこと,原告商標(イ)は,横書きした「天一」の文字からなり,原告商標(ロ)は,縦書きした「天一」の文字からなり,原告商標(ハ)は,「天一」の表音「テンイチ」の欧文表記を横書きした「Ten-ichi」の文字からなり,原告商標(ニ)は,いずれも横書きした「TEN-ICHI」,「deux」の文字からなり,「天一」の表音「テンイチ」の欧文表記した「TEN-ICHI」の下部に,「2」を意味するフランス語の「deux」を配したものであることが認められる。

  (2) ところで,改正法附則5条の使用に基づく特例の適用の主張を伴う商標登録出願(以下「特例商標登録出願」という。)に係る商標は,商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)の施行(平成4年4月1日)後6月を経過した日の当時,実際に使用をしているものであるから,その中には,既に需要者の間に自己の業務に係る役務を表示するものとして広く認識されているものも含まれており,その商標同士が同一又は類似の役務について使用をする同一又は類似の商標である場合もある。このような需要者の間に広く認識されている商標は,より大きな信用が化体されているものであり,本来,その保護が特に重要と考えられるところ,上記改正後の商標法4条1項10号をそのまま適用すると,このような関係にある商標は,その双方が商標登録を受けられないことになるが,これは,同じ抵触関係にありながら,広く認識されているような事情にないいわゆる未周知の役務に係る商標が同条3項の規定により双方とも商標を受けられることとの関係からすれば,衡平を失し,既に使用されている役務に係る商標を適切に保護しようとの趣旨に反することとなる。改正法附則5条2項は,このような問題を回避するため,特例商標登録出願に係る商標の中でも,自己の業務に係る役務を表示するものとして広く認識されている商標については,商標法4条1項10号の適用を排除することとしたものである。もっとも,特例商標登録出願であっても,商標法4条1項10号及び同法8条2項以外の規定については,上記改正法の施行後6月の間にされた通常の役務に係る商標登録出願と同様の適用があるから,改正法附則5条2項により商標法4条1項10号の適用から排除された商標も,同項15号の規定の対象となり,同号の「混同を生ずるおそれ」は,類似の概念と異なり,個々の商標の周知性の程度を勘案した具体的な出所の混同のおそれを問題とすることになる。そうすると,周知性の程度が著しく異なり混同を生ずるおそれがある場合には,その程度において劣後する商標についての特例商標登録出願は拒絶されることとなる結果,使用に基づく特例の適用を主張したことにより重複登録が認められるのは,いわゆる周知商標同士又は著名商標同士の場合になるものと解される。そして,使用に基づく特例の適用を主張したことにより重複登録が認められるのは,上記のとおり需要者の間に広く認識されている商標はより大きな信用が化体されており,このような商標として保護を受けることによるものであって,特例商標登録出願により重複登録が認められた登録商標も,重複登録に係る当事者以外の第三者が当該商標権の侵害行為を行うときは,単独で商標登録された通常の商標権と同様の効力を有し,差止請求,損害賠償請求又は信用回復措置請求によりこれを排除することができ,また,商標権の移転や使用権の設定も可能である。飲食物の提供に係る役務は,特定の店舗地において提供されるという役務の性質上,需要者が一定の地域に限定されるのが通常であるが,上記の諸点に加えて,交通機関と通信手段の発達に伴い,現在では,人の動きは特定の狭い範囲に限定されるものではなく,飲食店であっても,雑誌,新聞,テレビ放送等のマスコミを通じて広く宣伝あるいは紹介されていることなどを考慮すれば,本件商標について,改正法附則5条2項所定の周知性を肯定するためには,登録出願時である平成4年9月30日及び登録審決時である平成9年4月21日当時のいずれの時点においても,1県内のごく狭小地域の需要者の間に認識されている程度の周知性があるだけでは足りないものと解すべきである。

  (3) そこで,本件商標の周知性について検討する。

   ア 証拠(乙第21,第22,第26,第31~第33号証)によれば,被告は,昭和38年11月26日に設立され,当初は家具店を営んでいたが,昭和45年10月,群馬県太田市の東武鉄道伊勢崎線,同小泉線太田駅南側の通称南一番街に店舗を構え,1階を食堂,2,3階を宴会場とし,「天一」の表示を使用した和食料理店を経営するようになったこと,同被告店舗(以下「被告本店」という。)は,数度の増改築を経て,昭和56年には3階建てとなり,1階が客席13,うち1室は和室,58人収容の和室レストラン,2階が180人収容の大宴会場,3階が和風個室7室の小宴会場となっており,料理は,生物,揚げ物,うなぎ料理,鍋料理,かに料理,ふぐ料理など和食が主であり,一般客のほか,忘年会,新年会,法事などにも利用されていることが認められる。

 なお,審決は,「その報道時(注,平成3年12月23日)において被請求人(注,被告)店舗は太田市を中心に既に4店舗あり」(審決謄本15頁9行目~10行目)とし,同日ころ発行の「おおたタイムス」(甲第8号証)には,「市内に三店,足利に一店」との記載がある。しかし,被告代表者の陳述書(乙第33号証)によれば,被告は,被告本店のほかにサンドイッチ販売店,居酒屋,カラオケなども経営しているが,これらの店舗においては,「天一」とは異なる営業表示を使用していることが認められ,被告が被告本店のほかに本件商標ないし「天一」の営業表示を使用した店舗を営業していることを認めるに足りる証拠はない。

   イ ところで,被告は,本件商標は,登録出願時及び登録審決時において周知である旨主張して,乙第1~第20号証,乙第25号証,第28~第31号証を提出する。

 これら乙号各証のうち,乙第1号証(平成3年12月23日付け上毛新聞)には,平成3年に,当時被告の常務取締役を務めていた寺内英夫が,皇居で開催される同年の天皇誕生日の祝賀会と平成4年の元旦の新年祝賀会の料理人に選ばれたことについての記事が掲載されているが,同記事は,「太田の寺内さん」,「皇居で祝膳を調理」等の見出し,寺内英夫の写真及び6段の本文から成り,被告を和食料理店「天一」として紹介するものである。また,甲第8号証(そのころ発行の「おおたタイムス」)にも同様の記事が掲載され,同記事は,「天皇誕生日に祝膳を調理」,「日本料理店『天一』の寺内英夫さん」の見出し,寺内英夫の写真及び6段の本文から成り,被告は太田市内に3店舗,足利に1店舗を有しているなどと紹介している。しかし,これらの新聞記事中に本件商標それ自体の記載がないことはもとより,その内容も被告の経営する「天一」の商号を使用した飲食店を紹介するというよりは,皇居で開催される祝賀会の料理人に選ばれた寺内英夫を紹介する内容のものであって,しかも1回掲載されたにすぎない。そうすると,審決のいう「報道内容の特殊性,地方独特のこの種報道に関する伝播性ほか諸般の社会事情」(審決謄本14頁末行~15頁1行目)を考慮しても,上記新聞記事の被告の役務を表示するものとして本件商標を認識させる効果を過大に評価することはできない。

 乙第3号証(ミニコミ誌)には,「手頃な価格でおいしい天ぷらが食べられると評判のお店,天一」などと被告本店を紹介する記載があり,乙第4号証(求人広告誌)には,本件商標類似の標章を付した被告の求人記事が掲載されているが,これらの頒布時期,頒布地域及び頒布部数は不明である。また,乙第33号証(被告代表者の陳述書)によれば,被告は,忘年会,新年会の時期や改装時などに,適宜,新聞折り込みによる広告をしていることが認められ,乙第6~第11号証,第19号証(被告本店の折り込み広告)中には,本件商標を付したものもあるが,これらの頒布時期,頒布地域及び頒布部数は不明であり,被告が新聞広告などは出していないことは,乙第33号証の記載から明らかである。

 乙第5号証(写真)によれば,被告の送迎用バスの車体側面には青色で「日本料理」の記載とともに本件商標が表示されていることが認められるが,上記写真の撮影時期は不明であり,また,本件商標を表示したバスを使用して客を送迎していたとしても,上記表示は特に目立つ表示ではなく,その宣伝効果が大きいものとは認め難い。また,乙第31号証(昭和59年当時の被告本店を撮影した写真)によると,被告本店の駐車場には「天一専用駐車場」との赤色の看板が設置され,店舗には正面,側面及び正面アーケードに本件商標の構成の一部である「天一」の看板が設置されていることが認めれるが,いずれも通常の看板であり,特段の宣伝効果を発揮しているものとは認め難い。

 乙第13~第18号証,第20号証(被告本店のメニュー)には,本件商標が付されているが,これらの使用時期は不明であり,また,メニューは来店者が目にすることはあっても,それ以外の者が目にすることはないのが通常であるから,本件商標の周知性を基礎付けるものということはできない。なお,甲第11号証(被告の本件商標に係る平成4年9月30日付け商標登録願)に添付された「商標の使用の事実を示す書類」中の被告の箸袋及びメニューの写真によれば,被告が当時使用していた箸袋及びメニューには本件商標が付されていることが認められるが,これらも本件商標の周知性の的確な証拠といえないことは,上記と同様である。なお,乙第2号証(自由民主党総裁の平成4年2月27日付け感謝状)は,被告の常務取締役であった寺内英夫の調理文化の向上,発展に寄与した功績を賞するものではあっても,直ちに本件商標の周知性を基礎付けるものではない。

 さらに,本件原告は,本件被告に対し,不正競争防止法(平成5年法律第47号による改正前のもの。以下「旧不正競争防止法」という。)1条1項2号,1条の2第1項,商法20条,21条及び商標法に基づき,「株式会社天一」の商号及び「天一」の営業表示の使用差止等を求める訴え(東京地裁昭和59年(ワ)第6476号,東京高裁昭和62年(ネ)第1462号,以下「前訴」という。)を提起し,第1,2審とも本件被告が勝訴したが,その第1審判決(甲第9号証)及び控訴審判決(乙第25号証)中では,営業表示としての周知性ではあるが,本件被告は昭和45年以来今日(注,控訴審の判決言渡日は昭和63年3月29日)まで和食料理店「天一」として太田市及びその近隣地域の住民により広く利用され親しまれてきているとされているにすぎない。

 また,乙第28号証(昭和62年4月28日付け毎日新聞)は,前訴第1審判決を報道する記事を掲載し,乙第29号証(昭和63年3月30日付け日本経済新聞)及び乙第30号証(同日付け上毛新聞)は,前訴控訴審判決を報道する記事を掲載しているが,これらの記事は,いずれも判決の内容を客観的に報道するものであり,各1回掲載されたにすぎないから,本件商標の周知性を基礎付けることはできない。

 そして,他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。

   ウ そうすると,上記認定の事実によれば,被告が本件商標を使用している店舗は,太田市内に1店舗を有するのみであり,広告,宣伝も,適宜新聞折り込み広告を行っていたことはうかがえるが,頒布地域,部数等は明らかでなく,他に特段のものは見当たらないのであるから,これらの事情に照らすと,本件商標は,登録出願時(平成4年9月30日)において,たかだか太田市及びその近隣地域において被告の役務を表示するものとして需要者の間に認識されていたものと認めるのが相当であり,その後,登録審決時(平成9年4月21日)までの間に,格別の事情の変更があったことをうかがわせる証拠はない。したがって,本件商標が,「少なくとも上毛(群馬県の古称)地方を中心にその近県地域一帯において本件商標の登録出願時である平成4年(9月)ないしその登録時である平成9年4月当時においてなお相当程度の周知性を有していた」(審決謄本15頁2行目~4行目)として,改正法附則5条2項所定の周知性を肯定した審決の認定判断は誤りというべきである。

  (4) しかしながら,本件商標は,特例商標登録出願に係る商標であり,原告商標の重複商標として権利設定されたものであるから,本件商標が周知性を欠くものであっても,原告商標の周知性の程度いかんによっては,重複商標として認められ,改正法附則5条2項の規定によって読み替えられた商標法4条1項10号に該当しないこととなる余地もあることは,上記(2) のとおりである。そこで,進んで,原告商標が,原告の役務を表示するものとして本件商標の商標登録出願時及び登録審決時において需要者の間に広く認識されていたか否かについて検討する。

   ア 証拠(甲第9号証,第13~第138号証,第140~第146号証,以下,枝番を省略)によれば,次の事実が認められる。

 原告の創業者である矢吹勇雄は,昭和5年に東京日本橋の人形町に「天一」の商号で個人営業のてんぷら料理店を開業し,昭和7年には銀座8丁目に店舗を移転した上,店内に換気扇を設置したり,てんぷら油等を工夫するなどの改良を重ね,てんぷら料理店「天一」の評価を高めて,昭和23年,個人営業を株式会社組織に改めて原告を設立した。原告の店舗は著名人によっても利用されるようになり,昭和59年2月発行の雑誌「財界」(甲第25号証)には,「天ぷらを芸術にした天下一の天一商法」の見出しの下に,原告を著名なてんぷら料理店として紹介する記事が掲載された。

 原告は,「天一」の営業表示を使用した店舗を,てんぷら料理店及びてんぷら惣菜専門店を含めて,昭和62年ころには,東京都内に18支店23店舗,神奈川県内に3支店3店舗,千葉県内に3支店4店舗,浦和市に1支店1店舗,広島市及び札幌市に各1支店2店舗,合計27支店35店舗を有していたが,その後も全国に出店を進め,本件商標が商標登録出願された平成4年9月30日当時,関東地方では,東京都内に33店舗,千葉県内に8店舗,埼玉県内に5店舗,横浜市に3店舗,関東地方以外では,広島県内に6店舗,札幌市に3店舗,奈良市に2店舗,金沢市,大阪市及び愛知県豊田市に各1店舗,合計63店舗を有するに至っていた。その後,登録審決がされた平成9年4月までの間に,東京都内に4店舗,神戸市に2店舗,福岡県北九州市に2店舗,広島市,静岡県浜松市,金沢市及び高松市に各1店舗,合計12店舗を出店した。

 原告は,前訴の係属する以前から雑誌,新聞等による広告,宣伝をし,ガイドブック,雑誌等にも広く紹介されていたが,前訴の判決後においても,東京新聞(甲第137号証)及び日本経済新聞(甲第138号証)に原告商標(イ)又は同(ロ)を表示した広告を定期的に掲載し,朝日新聞(甲第79,第104号証)及び中国新聞(甲第112号証)にもスポットで広告を掲載したほか,平成4年3月発行の雑誌「日経ビジネス」(甲第140号証)に原告商標(イ)を表示した広告を掲載した。

 原告商標(イ)ないし(ニ)は,原告の営業表示「天一」とともに,前訴の判決後において,平成元年12月発行の雑誌「AERA」(甲第62号証)に,原告商標(ニ)の構成文字「TEN-ICHI deux」について「有名ブランドの後ろに,小さく『2』とか『bis』の符号をつけ『妹(弟)』ブランドを作るのが,流行っている。イメージは下げず,大衆化,多様化に対応する企業戦略」と,平成8年1月発行の雑誌「料理天国」(甲第135号証)に「天ぷらを広く国際的に認知されるまでにしたのは銀座の天一の功績が大きい」と紹介されたのを始め,新聞記事や多数の週刊誌,月刊誌等に紹介記事が掲載された。また,原告は,ガイドブックあるいは料理店,レストランを紹介する一般向けの書籍等においても,著名なてんぷら料理店として紹介する記事が多数掲載されており,テレビのグルメ番組でも,数回,著名なてんぷら店として紹介され,テレビコマーシャルも放映した。

   イ 上記認定の事実を総合すれば,原告商標は,本件商標の商標登録出願時(平成4年9月30日)及び登録審決時(平成9年4月21日)において,原告の役務を表示するものとして,少なくとも関東地方ないし首都圏の需要者の間に広く認識されていたものと認めるのが相当である。前訴判決(甲第9号証,乙第25号証)は,原告の「天一」の表示がその営業を示すものとして,太田市及びその近隣地域の居住者に広く知られていると認めることはできないとするが,同判決は,本件商標の登録出願時より4年余り前における旧不正競争防止法上の営業表示としての周知性に係る認定判断にすぎないから,上記認定を左右するものではない。

  (5) 以上の認定判断によれば,本件商標は,上記いずれの時点においても,原告商標と周知性の程度において著しい隔たりがあるというべきであるから,本件商標について改正法附則5条2項所定の周知性を肯定した審決の認定判断の誤りは,本件商標の商標登録は商標法4条1項10号に違反してされたものとはいえないとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。付言するに,被告が本件商標につき改正法附則3条による継続的使用権を有する余地のあることは別論である。

 2 以上のとおり,原告主張の審決取消事由1は理由があり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は取消しを免れない。

 よって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 岡本岳 裁判官 宮坂昌利)

 

 

 (別紙)商標目録〈省略〉

 審決

 平成10年審判第35365号

 請求人 株式会社 天一

 代理人弁理士 梅村莞爾

 被請求人 株式会社 天一

 代理人弁理士 本多一郎

 上記当事者間の登録第4017645号商標の商標登録無効審判事件について,次のとおり審決する。

 結論

 本件審判の請求は,成り立たない。

 審判費用は,請求人の負担とする。

 理由

 1 本件商標

 本件登録第4017645号商標(以下,「本件商標」という。)は,商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)附則(以下,「改正法附則」という。)第5条第1項による使用に基づく特例の適用を主張して,平成4年9月30日に登録出願,後掲(1) に示すとおり「天一」の邦文字及び「Tenichi」の欧文字よりなり,第42類「日本料理を主とする飲食物の提供,アルコール飲料を主とする飲食物の提供,コーヒー・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供」を指定役務として,平成9年6月27日に設定の登録がされたものである。

 なお,本件商標は,改正法附則第5条第3項により,その商標及び指定役務において競合(類似)する後述請求人商標と相互に重複する登録商標(重複商標)として,権利設定されたものである。

 2 請求人の主張

 請求人は,本件商標は登録を無効とする,審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求めると申し立て,その理由及び被請求人の答弁に対する弁駁を次のように述べ,証拠方法として,甲第1号証乃至甲第108号証を提出した。

 本件商標は,商標法第4条第1項第10号及び第15号に該当し,同法第46条第1項第1号により無効にすべきものである。すなわち,本件商標は,「自己の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標であってその役務について使用をするもの」になっていないにも拘わらず誤って係る商標であるとされたものであり,改正法附則第5条第2項の適用がされるものではない。

 本件商標は,本件請求人に係る「需要者の間に広く認識されている」登録第4028534号商標,登録第4028535号商標,登録第4028536号商標及び登録第4028538号商標(以下,「請求人商標」という。)と類似し,同一もしくは類似する役務について使用がされるものである。本件請求人の商標「天一」は,著名な商標となっているから,本件商標は,本件請求人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがある商標である。以下に詳述する。

  (1)  本件商標の「周知」の有無について

 本件商標の登録出願に係る査定不服審判(平成6年審判第7712号,以下,「関連審判審判」という。)において,本件商標の「周知」に関する証拠方法として示されたものは,出願人会社の常務である寺内英夫が,昭和天皇の58歳の誕生祝賀会と新年祝賀会の祝膳の板前となった記事が掲載された新聞2紙(関連審判事件における甲第1号証の1及び甲第1号証の2)と本件請求人が訴えを起こした商号使用禁止等請求事件(東京地方裁判所昭和59年(ワ)第6476号,昭和62年4月27日判決言渡)の東京地裁判決(関連審判事件における甲第2号証,以下,「地裁判決」という。)だけであり,これをもって,本件商標が太田市及びその近隣で周知されているとされた。

 しかしながら,天皇の祝膳の板前に選ばれたことは,極めて名誉なことであるが,そのことから直ちに出願人の商標が周知されているとは言えない。

 また,これらの記事は,一日だけ掲載がされたもので,関心があるものは読むこともあろうがこれだけで本件商標が周知されているとの証明にはならない。これらの新聞の発行部数が4万7千部と多いと言うが,東京及びその周辺の首都圏には,全国の4分の1,すなわち2千5百万人以上の人口があることと比較すると,首都圏に比べれば,微々たる部数といわなければならない。

 そもそも,この群馬県太田市は,人口が約14万5千人の北関東の小都市である。このような小都市にたった1軒だけの店舗により,しかも宴会場を備えた格別特徴のあるとは思えない,天ぷら,刺身,鰻までとりそろえた和食の料理店について使用される商標が商標法にいう「周知」商標となることはない。

 また,本件請求人は,地裁判決が述べる「被告は昭和45年以来今日まで宴会もできる和食料理店「天-」として,太田市とその近隣の地域の住民により広く利用され親しまれてきている」(同判決の当該判示部分)との部分をことさらに強調して,本件商標が「周知商標」であると主張をする。

 しかしながら,この判決では「周知」とはしないで,わざわざ「広く利用され親しまれてきている」と認定をしている。他の箇所では「周知性」「周知」としている。裁判所は明確に認定事実を識別し,使い分けをしているものである。

 すなわち,当該訴訟事件は,いわゆる銀座天一(本件請求人)側から,太田天一(本件商標権者)と出所の混同が生じるので不正競争防止法により,商号使用禁止等の請求がされたものであり,そもそも太田天一の周知性や著名性について争ったものではなく,銀座天一がどの程度著名であるかが争点となったものである。

 その結果,銀座天一は,当時としては,東京及びその近郊で知られているだけでこの太田市までにはその著名性が及んではいないとされたなかで,太田の「天一」について使用禁止を認定できないというだけの実績は認めなければならないということから,このような表現によって事実認定をしているものである。太田天一の使用を中止させることはできないことの理由付けとしてこのような表現で認定をしたに過ぎず,これをもって太田天一の周知性を積極的に認定しているとは言えない。裁判所としては,太田天一に「継続的使用権」(改正法附則第3条)に相当する地位を認めていると理解するのが妥当であると考える。

 しかも,当該判決は,昭和62年に言渡しがあったものである。既に10年以上も経過をしている。著しい速度で変化している現今の経済情勢において,10年前とでは,当然状況も変化しているはずである。商標法においても,本件商標のような重複商標については,最初の存続期間更新時,すなわち,10年後に更新登録出願をさせて,再度混同を生ずるおそれを審査することとしている(改正法附則第11条)。本件においても,現状に基づいた新たな観点から事実認定がされるべきものである。以上の判決をもって周知性を認定することは妥当でなく,このような証拠しか提出がされていない本件商標を周知商標と認定することは妥当でない。

  (2)  請求人の「天一」商標の著名性について

 本件請求人は,現在,商標「天一」のもとにてんぷら料理の提供をおこなう店舗と,惣菜としてのてんぷらを小売りする店舗とを全国に80店出店している。本件商標の登録出願時である平成4年9月当時でも63店を出店していた。

 このなかで,東京及びその近郊の首都圏以外では,愛知県の豊田,金沢,京都,大阪,奈良,神戸,広島,福山,高松,札幌,小倉でてんぷら料理店及び惣菜小売店を出店している。

 先の判決当時と比較しても(その当時の店舗は「支店目録」に記載されている)飛躍的に増加しており,銀座天一の営業規模・営業活動の内容ともに拡大をしているのみならず,全国展開の店舗としてこの10年間で一方で質的にも変化をしているものである。

 この間,我が国の生活環境の影響から,グルメブームといわれる時代を迎え,レストラン・料理店の老舗,名店がマスコミ等でも日常的に紹介がされるようになり,銀座天一も例外に漏れず,広く雑誌,新聞,テレビ放送等で取り上げられている。

 また,この間,銀座天一は,継続して,新聞等で「天一」商標に関する広告をおこなっており,「天一」商標の宣伝も積極的におこなってきた。

   (ア)請求人の経歴

 請求人の経歴については,関連審判事件において甲第2号証として提出した地裁判決の当該記載箇所に示される通りである。

   (イ)店舗数について

 しかしながら,先の判決から10年以上の歳月が経過している現在では,本件請求人の店舗数も大幅に増加することとなり,てんぷら料理店と惣菜のてんぷら小売店とをあわせると80店舗,本件商標の登録出願時である平成4年9月30日当時でも63店舗を出店していた(甲第4号証証明書)。因みに先の判決当時は,27支店,35店舗であった。

 さらに,その出店場所も,先の判決で認定がされた「東京とその近郊」のみではなくなっている。その後,東京都内及びその近郊にも積極的に出店をしているが,同時に東京以外の地方都市でも多数の店舗を出店している。

 従って,銀座天一は,先の判決当時とは異なり,東京を中心としたその近郊ばかりでなく,広く全国的に店舗展開がされ,これに伴い既に全国的に著名なてんぷら料理店となっている。

 結局,銀座天一は,銀座天一のてんぷら料理の神髄と伝統を守り,日本の食文化の粋を理解していただく,すなわち国賓,国外からの賓客をもてなすことのできる銀座本店内の超高級店の「天一山」(甲第7号証,天一山のパンフレット)を頂点として,銀座本店,ソニー店,赤坂店,天一茶寮,帝国ホテル店等の高級店,さらにこれら高級店を広く大衆に普及するようなデパート内の店舗,そしてさらに天一のてんぷらを総菜として家庭でも広く利用していただくための総菜専門小売店と,広く「天一」の裾野を広げる営業活動をしてきたものである。

 先の判決当時は,精々,赤坂店や天一茶寮等の高級店を中心とした展開から,デパートの出店を始めていた時と言える。その後デパートの出店が順調に進み,デパート内でのてんぷら料理店と総菜小売店は相当の店舗数となっており,このような推移をみても現在の銀座天一の営業の内容も規模も,先の判決当時とは比較ができない程の違いがあることが理解できる。銀座天一は,その経営の質も量ともに本件被請求人の「天一」とは同一に論じることのできるものではない。

   (ウ)広告及び出版物による展開

 新聞広告については,先の判例で認定されたとおり,それ以後も東京新聞及び日本経済新聞の首都圏版であるが,定期的に継続して掲載をしている。

 東京新聞では,題字下の一番目立つところ(甲第10号証)その他で(甲第11号証)定期的に「天一」の広告をしている。又,日本経済新聞では株式欄や演劇・映画欄のところに(甲第12号証),夕刊では毎日継続して「天一」の広告を掲載してきているものである。

 更に,先の判決においてその事実が認定されている「文芸春秋」における「天一」の広告についても,以後現在まで広告を一貫して掲載している(甲第14号証)。NTTのタウンページにも広告が掲載されている(甲第15号証)。更に,時としてスポットで朝日新聞(甲第13号証の1乃至5)等にも広告をしている。

   (エ)広告以外の出版物における「天一」に関する記事について

 このところのいわゆるグルメブームにより,てんぷら料理の「老舗」,「有名店」「うまいもの店」を紹介する書籍及び雑誌等の記事には,必ずといってよいほど「天一」は紹介され,てんぷら料理店のことになると「天一」が紹介されている(甲第17号証乃至甲第95号証)。

 先の地裁判決では,「一般大衆向けの広告,宣伝については必らずしも積極的ではない。」と認定がされているけれども,これら甲第17号証から甲第95号証の銀座天一に関する記事の多さだけでも,いかに銀座天一が著名になっているかは容易に理解されることと確信する。

   (オ)惣菜としての「天一」てんぷらの小売り販売について

 また,店舗内で食されるだけのてんぷら料理店の外に,広く各家庭内で食されるてんぷら惣菜の専門小売店を各地のそごうデパートを中心として,東京ばかりでなく,各地の地方都市において出店し(甲第4号証,証明書),てんぷら料理店のサービスマークと同じ「天一」の商標のもとで販売をしている。この小売りされる「天一」商品は広い範囲の顧客を対象とするものである。この商品販売による実績が「天一」商標の著名性を高めることに相当寄与をしていることは容易に理解できるところである。

 これらの事実が相乗効果となって,「天一」といえば,あそこの有名な銀座のてんぷら料理店の「天一」かと全国的に広く認識が行き渡っているものである。現今の交通及びマスコミの普及発達を考えると,現在では,太田のある群馬県内においても「銀座天一」は相応の著名性をも得ているといっても過言ではないであろう。

   (カ)Ten-ichi deuxについて

 「天一」の本店の天丼は有名であり,エッセイなどにも取り上げられているものであるが(甲第89号証,甲第90号証,甲第92号証),その天丼をもっと手軽に食べられる店をということと,若い方に好まれるようにモダンな明るい作りの店舗として「Ten―ichi deux」を平成1年(1989年)に東京都中央区の西銀座に出店をした。老舗が新たな感覚でしかも低価格で提供をするということで,業界から注目されたばかりでなく,マスコミでも広く取り上げられているものである(甲第22号証乃至甲第24号証,甲第28号証,甲第31号証,甲第34号証,甲第37号証,甲第38号証,甲第40号証ほか)。

   (キ)銀座天一の業績について

 法人の申告所得ベースでは,平成1年(1989年)では,飲食店では47位(甲第96号証),平成2年(1990年)では申告所得が6億3千百万円(甲第97号証),平成3年(1991年)では申告所得が7億5千百万円(甲第98号証)と立派な営業成績をあげている。

   (ク)事業理念について

 現在の銀座天一の経営哲学については,甲第83号証(婦人画報300頁)に示される通りであって,国賓等の外国からの賓客をおもてなしするてんぷら料理店として現在にまで至っているものである。例えば昭和62年には「天一」は,米国ABCテレビによる世界のトップレストラン・ベストテンに日本で唯一選ばれている(甲第45号証)。単なる有名店にして名声を得ることや店舗拡張による売上げ増による儲けのみに目を向けて,店舗展開をしてきたものではないのである。

 先の地裁判決では,銀座天一が国賓をお迎えする店舗であることを認めながら群馬県内の店舗で「天一」の使用を差し止めることができる程の状態にはないと認定をした。しかしながら,本件では,「天一」が重複して登録され,現状以上に「天一」が他人によってある程度自由に使用されようとしているものである。日本のいわば文化を守ろうとし,また広く社会の文化をも考慮しつつ営業を展開するものにとっては,耐え難いことと言える。

   (ケ)天一美術館について

 なお,以上の趣旨から,財団法人天一美術文化財団を主務官庁文化庁で設立をし,矢吹記念美術館を群馬県上越谷川において本年から開館をしたことを付言しておく。たまたまではあるが,太田天一と同じ群馬県において天一美術文化財団が「天一美術館」として活動をしているものである(甲第99号証)。

   (コ)出所の混同のおそれ

 以上の通り,本件請求人の「天一」は,全国的に著名性を得ているものであり,本件被請求人の「天一」との間に出所の混同を生ずるおそれがある。

 本件被請求人の店舗は,今のところ小都市に1店舗のみ出店されているので,目立たないために混同をしていないようにみえるが,これがデパートやもう少し大きな都市に出店がされれば,本件請求人との間に混同を生じることは明らかである。このような本件被請求人には,「重複登録商標」を認めるべきではなく,「継続的使用権」が妥当なところである。

  (3)  弁駁の理由

 (a)被請求人の「天一」(本件商標)の周知性に関して

 (天皇誕生日の祝賀会等に参加した寺内英夫について)被請求人の当時の常務である寺内英夫が天皇誕生日の祝賀会等において調理をすることに選ばれたということと被請求人の「天一」の周知性とは直接の関連性はない。したがって,このことによって被請求人の「天一」の周知性が立証されたことにはならない。なお,この寺内英夫は,現在は被請求人の常務取締役でも役員でもない。被請求人の店にいない料理人の寺内英夫の個人的な名誉のことをいつまでも被請求人の「天一」の周知性の証拠,しかも唯一の証拠としていることはおかしなことである。その後,同寺内料理人が店にいないことになれば,仮に新聞記事のことが一時評判になったとしても,当然のことながらその評判も長続きするものではない。

 そして,平成3年12月23日付上毛新聞とおおたタイムズの掲載記事は,「太田の寺内さん」を中心に紹介されており,商店名「天一」は付属的なものであり,被請求人が前記答弁書に述べるほど周知性および著名性を有するものでない。何故ならば,被請求人は上記上毛新聞の発行数は27万6千部であるから太田市を中心とする地域において,太田「天一」はすでに周知性と著名性を有すると強調するが,発行部数と地域の読者がその記事を目にする数とは別の問題であることは,一般的な常識である。

 してみれば,被請求人の太田「天一」は,人口15万人の地方都市である太田市に1店舗のみの営業をしているだけで,この店舗の営業に関する広告について,太田市またはその周辺地域,あるいは首都圏に対してどういう形でなされているのかの証拠は一切提出されておらず,上記の寺内氏の紹介記事のみである。

 被請求人は,さらに「『おいしい』と評判の口コミ情報が拡がることにより,その地域に密着した著名性が生じることが『飲食物の提供』の役務の提供に関しては,よくあることである。被請求人『天一』はまさにそのようにして需要者に愛され続け著名になったのである」という。しかしながら,太田市内で1ケ所の営業を営むだけで,被請求人が述べるほど「著名」と言えるだろうか。この著名性を示すものとして提出された証拠資料は,先に述べた新聞記事2紙のみであり,しかも1日だけの記載である。他に繰り返し太田「天一」の存在を広告している証拠は何らなく,地方紙の新聞記事のみをもって全国に知られた著名な商標とは言えないものである。

 上記のことから,被請求人のいう太田「天一」の周知性および著名性を有するという答弁書における再度の主張は,全くの理由なしと言わざるを得ない。

 (b)地裁判決に関して

 被請求人は,「広く利用され親しまれてきている」は,法律上の概念である「周知」の同義語として使用しているにすぎず,事実関係をわかりやすく説明するためにかかる表現を用いたとするが,そのような根拠はどこにもない。いわゆる「周知」であれば,このような表現方法はとらずに,太田天一に確固たる地位,一定の利益状態が既に形成されていることがわかる表現方法を用いたはずである。判決全体の趣旨からみても,被請求人の主張には賛成できない。この表現は明らかに,いわゆる「周知」とは異なる。

 なお,請求人が地裁判決を重要視し云々と批判するが,このような証拠方法しか提出していない被請求人からかかる反論を受けるいわれはない。被請求人は,当該判決のような古い例ばかりではなくて,被請求人の「天一」の現在の周知性を直接的に立証する証拠方法を本件無効審判事件において提出すればよいのであって,周知であれば,そのような証拠を提出することは容易なはずである。

 さらに,被請求人は,地裁判決の当該訴訟事件において銀座天一の著名性が争点ではなかったとするが,両「天一」の営業上の混同の有無を明らかにするために,銀座天一がどこまで知られていたか,太田まで知られていたか,すなわち不正競争防止法にいう「著名な」店名であったのかが争われたのであって,銀座天一の著名性は「争点」であった。この点に関する被請求人の主張は誤りである。

 被請求人は,乙第1号証を提出して被請求人の「天一」が太田を中心とした圏内で「周知」であるどころか「著名」であると主張するが(本審判事件答弁書),被請求人は,人口が15万人の地方都市の太田に1店舗しかなく,その1店舗だけで継続して営業がされているということだけが明らかにされていて,その「天一」の周知性や著名性を具体的に示す証拠はわずかに10年前の判決のみである。具体的な証拠を提出して自己の商標の周知性なり著名性を立証するのでなければこのような主張は無意味である。

 また,被請求人は,平成11年3月29日付答弁書において,上記東京地裁の判決によっても太田「天一」は「広く利用され親しまれてきている」との文言は,事実関係の箇所あるいは事実認定の箇所で用いられており,これらからも「周知」の意味合いを有するとしている。しかしながら,上記地裁判決は,イ)不正競争防止法に基づく請求,ロ)商法20条,21条に碁づく請求,ハ)商標権に基づく請求に対するものであるが,このうち判示事項は,「1.店舗に来店する顧客に夫ぷら料理を提供することを主たる業とし,東京その他に多数の支店を有する料理店の商号及び営業表示の周知性が,大部分の店舗は東京及びそれに近隣する都市に集中しているという営業形態や,テレビ,ラジオ等を通じて一般消費者に自己の商号又は営業表示を広告,宣伝しているわけでないこと等からして,右店舗の所在地と掛け離れた地域には及ばない」として,不正競争防止法に基づく請求を認めず,「2.店舗において飲食した顧客から特に注文された場合に例外的に持ち帰り用に有償で提供される折詰料理であって,店頭で業として継続的又は反復的に販売されていないもの及び宴会料理の残り物を入れた折詰は,いずれも市場において交換することを目的として生産されるものではないから,商標法にいう商品には当たらない」として,商標に基づく請求も認められなかったものである。

 さらに,被請求人は,平成11年3月29日付答弁書において上記判決の既判力に言及しているが,この判決は上記のイ)ロ)及びハ)に基づく請求に対するものであり,被請求人のいう太田「天一」の周知性及び著名性とは別のものである。したがって被請求人の主張する太田「天一」に対する周知性及び著名性は,被請求人の単なる思いこみであり第三者をして周知あるいは著名であるとする証拠にはなり得ないものである。

 (c)請求人の「天一」(請求人商標)の著名性に関して

 請求人は,先の東京地裁判決を引用して,請求人の「天一」の著名性を否定しようとする。しかしながら,請求人主張(上記2(2) )において明らかにしているように,当該判決当時と比較すると,請求人の営業内容は,飛躍的に拡大しており,またマスコミにおいても「天一」は様変わりといってよいほど広く煩瑣に取り扱われるようになっている。10年も前の判決に基づく被請求人の反論は,現状に沿ったものと言えるものではない。

 請求人は,大田「天一」が太田市内で営業していることは認識をするものであるが,交通網の発達によりいわゆる群馬都民や銀座「天一」関係の店に寄った多くの方々は,当然にこの太田「天一」と銀座「天一」とは同一のグループかと混同を生ずるものである。

 被請求人は,請求人商標「天一」の著名性を無視しているが,請求人は,さらに銀座「天一」が如何に著名性を有するかを証明するために,甲第100号証から甲第107号証を提出する。このうち甲第100号証から甲第103号証は,太田「天一」と同じ群馬県内にある谷川温泉に設置された「天一美術館」の紹介資料であり,同資料中に「この美術館は,銀座の天ぷら店,天一の創業者,矢吹勇雄氏のコレクションを公開する美術館」として旅行者向けに全国範囲で紹介されている。また甲第104号証から甲第107号証は,小淵現総理大臣と米国のクリントン大統領とが,銀座「天一」で昼食をとられたことを紹介している記事であるが,これらは全国紙である読売新聞,毎日新聞,産経新聞,MAINICHI Daily News に掲載されたことにより,全国の読者に銀座「天一」の存在を知らしめているものである。

 3 被請求人の答弁

 被請求人は,結論同旨の審決を求めると答弁し,その理由及び請求人の弁駁に対する再答弁を次のように述べ,証拠方法として,乙第1号証及び乙第2号証(被請求人提出の平成3年12月23日付上毛新聞写しを「乙第2号証」とした。以下,同じ。)を提出した。

  (1)  請求人は,本件商標は請求人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがある商標であり,商標法第4条第1項第10号および第15号に該当し,同法第46条第1項第1号により無効にすべきものであると主張するが,かかる主張はすべて理由のないものである。以下にその点を明らかにする。

  (2)  請求人は,被請求人が関連審判事件(平成6年審判第7712号)において証拠として掲げた新聞2紙の記事に基づく本件商標の周知性を否定するが,かかる証拠から周知性は十分窺い知ることができるものである。天皇の祝膳の板前に選ばれるということは非常に稀有なことであり,請求人が考えるよりも重要な意味をもつ。しかも本件被請求人の板前は,天皇誕生日の祝賀会および元旦の新年祝賀会と二度の祝膳で活躍している。一度のみならず,二度ともなれば人々の関心を惹くことは必然であり,かかる名誉な板前のいる店として天一は名声を得ている。

 発行部数約4万7千部の「おおたタイムズ」のみならず,群馬県内において県民に最も広く読まれている発行部数約27万6千部を誇る「上毛新聞」に掲載されたことで,被請求人の提供する料理およびサービスの質の高さは群馬県太田市に限らず群馬県全域および栃木県や埼玉県の一部地域といった近県地域にまで知れ亘るものとなった。

  (3)  次に請求人は地裁判決を取り上げ重きをおいて種々主張しているが,その主張はすべて請求人の強い思い込みによるものであり,失当である。まず,請求人は判決文で使われている語句について,裁判所が「広く利用され親しまれてきている」と「周知」の語句を識別し使い分けていると主張するが,裁判所が前者の語句を使用しているのは,被告(被請求人)に関する事実確認の箇所であり,「周知」の同義語として使用しているにすぎず,事実関係をわかりやすく説明するためにかかる表現を用いたものであると思料される。

 また,請求人は争点についても誤認している。当該訴訟事件は請求人と被請求人の両「天一」の営業上の混同の有無を争ったものであり,請求人が主張するように請求人「天一」の著名性を争ったものではない。因みに判決文の理由中,請求人「天一」に関するものとして「著名」の語は全く使用されておらず,請求人の主張中で初めて登場したものである。

 当該訴訟事件において,両者が混同しないと判断された理由として,原告(請求人)は,a.テレビ,ラジオ等による一般的大衆向け宣伝,広告については必ずしも積極的でない,b.周知性の地域的範囲は,原告の店舗所在地とかけ離れた地域には及ばない,点を挙げている。本件審判請求書には,請求人「天一」の著名性を立証する資料として,パンフレット,新聞・雑誌記事が挙げられており,請求人の業務の拡大ぶりが窺えるが,依然として著名とは言い難いものである。なぜなら,上記判断基準により推察するに,イ.請求人には最も効果的な手段であるテレビ,ラジオによる旨宣伝広告を行った事実はなく,積極的な宣伝広告を行ったとはいえない,ロ.請求人は,太田市付近はおろか,北関東地区(群馬県,栃木県,茨城県)で営業を行った事実はない。寧ろ,請求人は被請求人の営業との混同を避けるために自主的にすみわけをしているようにも受け止められる。従って,両者は混同していない。

  (4)万が一,請求人商標「天一」が他の地域において著名性を獲得していたとしても,本件商標「天一」も(2) で上述したとおり,まさに太田市を中心とした圏内で需要者をして「天一」といえば直ちに被請求人を想起せしめる程著名なものであり,よって,本件商標と引用商標との双方が併存登録されることに関して何ら問題はない。乙第1号証(有斐閣発行,網野誠著「商標」抜粋写し)によると,地域性の強い「飲食物の提供」という本件役務の性質に鑑みれば,正に本件商標は「著名商標」として商標権の付与により積極的に保護されて然るべきものといえよう。

  (5)請求人は天一美術館の存在を付言しているが,本件とは何ら関わりもないものである。当該審判請求書に添付された天一美術館のパンフレットにも請求人の営業を想定させるものは何もない。

  (6)以上述べた如く,被請求人の「天一」は,周知性は勿論著名性を有するものであり,また,請求人の「天一」との間に出所の混同を生ずるおそれはない。よって,請求人の主張は全て理由がない。

  (7)請求人の弁駁に対する再答弁

   (ア)証拠資料への疑問

 請求人は,前出「おおたタイムズ」よりもはるかに発行部数が多く,関連審判事件においてその存在が明らかであった「上毛新聞」(乙第2号証)(発行部数約27万6千部)に言及していない点は疑問が残る。

   (イ)被請求人の「天一」の周知性について

 a.天皇誕生日の祝賀会等に参加した寺内英夫について

 天皇誕生日の祝賀会および元旦の新年会の料理人に選ばれることが如何に名誉なことであり,それが店の評判および評価に如何に貢献したかは容易に想像できるはずである。太田市はおろか,群馬県においてもかかる名誉を受けた人物が一体何人いるであろうか。かかる新聞記事は平成3年12月23日付上毛新聞と,「おおたタイムズ」に掲載されたものである。この点は,乙第2号証により明らかである。にもかかわらず,被請求人の「天一」の周知性を否定する請求人の弁駁は,全くの理由なしと言わざるを得ない。

 また,請求人は「寺内英夫」が現在被請求人の「天一」の役員でないことを指摘しているが,同氏は,被請求人「天一」の創業者の次男であり,現在は役員を退いているが依然調理師として活躍している。被請求人「天一」は,もともとは有限会社で小規模な家族経営から出発しており,同氏の調理師としての腕前は「天一」の発展に大きく寄与したものである。

 従って,天皇誕生日の祝賀会および元旦の新年会の料理人に選ばれたのが最近のことであり,また,寺内英夫が現時点においても調理師として被請求人の「天一」と深くかかわりがある以上,同氏の名声は依然「天一」にも残っているものであり,かかる事情より被請求人「天一」が本件商標の出願日(平成4年9月30日)前から登録査定時,ひいては現在に至るまで周知性および著名性を有することを再度主張する。

 b.東京地裁の判決について

 地裁判決がその判示において,被請求人「天一」を「広く利用され親しまれている」とした表現は「周知」の意と同義に解すべきであって,これを別義のものとする請求人の主張は誤っている。

 また,請求人は被請求人の証拠方法に対し批判しているが,被請求人の証拠方法として提出した裁判の判決文は,どんな証拠方法よりも最も信頼できるものではないのかと思料する。東京地裁で争われた事件は,昭和62年4月27日に判決が出され,東京高裁に控訴したが棄却され確定したものであり,既判力を有するものである。現在でも有効であることは明らかである。

 また,請求人が言う程,古いものでもない。

 更に,他の証拠方法として提出した新聞記事も,本願商標の出願の日(平成4年9月30日)前の平成3年のものであり,出願時の周知性及び著名性を証拠付けるものとしてはこれ以上のものはないと考える。

   (ウ)請求人の「天一」(銀座天一)の著名性に関して

 「グルメブーム」といわれる現今おいしいものの店に対する人々の関心と知識が広がっているものの,情報があっても,実際に店がなければ消費者は誤認のしようがない。まして,地域に根づき「天皇誕生日の祝賀会」等の料理人を務めた者がいるとして有名な店と,その地域では店舗を一店も有さず,活字上でしか見られない店とでは,混同誤認が生じるはずはない。地理的制約事情よりして,需要者は両者を別々のものと認識した上で利用することは明白である。

 4 当審の判断

 本件商標は,商標の構成を後掲(1) に示すとおり「天一」,「Tenichi」の文字よりなるところ,構成中の「Tenichi」の欧文字部分は同左上部に大書された「天一」(てんいち)の邦文字に相応する表音「テンイチ」を欧文表記したものであって,それ以外に何らの意味合い等を看取せしめないものとみるのが自然である。

 そして,「天一」(てんいち)の邦文字は,元々,「1)中国で,星の名。天帝の神。戦闘をつかさどり,人の吉凶を知るという。2)「天一神」に同じ。「天一神」(てんいちじん)・・・陰陽道でまつる神の名。・・・」(三省堂発行大辞林「てんいち」[天一]の項より)を意味する語であって,該語は,古くより国内各地の飲食店(レストラン,すし店,中華料理店等)の店名として屡々見受けられる店名である(因みに,日本電信電話株式会社発行電話帳の当該掲載名称をみると請求人に係る店舗のほか国内全域で相当数の同一名称を数えることができる。)。

 請求人は,本件商標がその指定役務について周知要件を欠いているにも拘わらず,改正法附則第5条第1項により請求人商標(登録第4028534号商標,登録第4028535号商標,登録第4028536号商標及び登録第4028538号商標)と重複する特例商標として登録されたものであるから,商標法第4条第1項第10号及び同法第4条第1項第15号に該当すると主張している。

 そこで,被請求人に係る和食料理店「天一」の周知性(又は著名性)の存否について検討するに,前記各法条の規定の適用は査定時又は審決時において該当していても出願時において該当していなければその適用がない旨定められているから(商標法第4条第3項),本件商標の登録出願がされた平成4年(9月)当時ないし本件商標の登録がされた平成6年査定不服審判第7712号事件(以下,「関連審判事件」という。)の審決時である平成9年4月(21日)当時を基準にその当否を判断すべきものと解するのが相当である。そして,一般に,周知商標とは日本国内であまねく周知でなくとも一定の地域・範囲において需要者に広く認識せられた商標をいい,また,著名商標とは日本国内であまねく周知された全国的に著名な商標をいうものとされるから,その周知の程度・範囲については,商標自体と需要者一般の注意力その他取引の地域範囲等取引の実情等を総合勘案の上,個別具体的にその範囲・レベルを客観的に判断すべきものと解するのが相当である。

  (1)  本件審判において,被請求人の提出した乙第2号証は,平成3年12月23日発行の(群馬県域の)上毛新聞写しであって,当該報道記事によれば,社会面のトップ記事として,「太田の寺内さん」「皇居で祝前の調理」とする見出しの下,被請求人料理店「天一」の常務であり板前である「寺内英夫」氏が当該年の天皇誕生日と元日の両日に亘って催される宮中祝賀会の祝膳調理師の一人として招かれる栄誉に浴した旨を報じたものである。

 また,本件審判の被請求人(本件商標の登録出願人)である「株式会社天一」が関連審判事件において,甲第1号証の1として提出した地方紙「おおたタイムズ」写し(本件審判における当事者双方の主張の全趣旨に照らし,本書証の存在については争いがないので,これを「関連書証A」として,以下,審理する。)によれば,前記報道時(平成3年12月23日)の直後の頃に発行されたものとみられる群馬県太田市域の地方紙「おおたタイムズ」において,「天皇誕生日に祝膳を料理」,「日本料理店『天一』の寺内英夫さん」なる記事見出しの下,同店舗規模が同市に3店舗,足利(市)に1店舗存するとする紹介記事等とともに,前記同様,宮中祝賀会の祝膳調理師の一人として招かれる栄誉に浴した旨を報じたことが認められる。

 そして,前記上毛新聞は群馬県全域規模で凡そ27万6千部の発行部数(購読者数)があり,前記「おおたタイムズ」(関連書証A)は県下太田市を中心に4万7千部の発行部数があること(これら新聞報道の事実及び発行部数については,両当事者間に争いはない。),また,前記報道が地方固有の伝播性を伴って珍重かつ希有な出来事として報じられたであろうこと,或いは,飲食の分野という大衆一般に馴染み易い関心事であること,さらに,特定料理店と当該料理人(板前)とは表裏一体のものであって業種固有の堅固な関係を有するものであること,また,本件商標の登録出願の時日(平成4年9月30日)が前記新聞報道から間もない(9月経過)時期であること等の各点よりして,前記料理人であり板前である「寺内英夫」氏の氏名及び料理店の名称であり店名である「天一」は,太田市を含む群馬県下及び一部近県に及ぶ範囲までも広く流布され需要者の記憶印象に強く刻まれた事実であろうことを推認するのに十分であって,本件商標「天一」は,その料理店の名称又は店名としての知名度と相侯って,少なくとも上毛(群馬県の古称)地方を中心にその近県地域一帯において本件商標の登録出願の当時既に相当程度の周知性を獲得し得たものとみるのが相当である。

  (2)  請求人は,本件商標の周知性は否定されるべきであると述べているが,以下の(ア)ないし(オ)に述べる各理由により,その主張はいずれも採用することができない。

   (ア)請求人は,関連審判事件において本件商標の「周知」に関する証拠方法として示されたものは,前記新聞2紙(関連審判事件における甲第1号証の1及び甲第1号証2)と別途請求人が訴えを起こした商号使用禁止等請求事件の東京地裁判決(関連審判事件における甲第2号証,以下,「地裁判決」という。)だけである旨述べているが,関連審判事件審決(平成9年4月21日審決)は,当該出願に関して改正法附則第5条第1項によりその提出を義務づけられた「商標の使用の事実を示す書類」及び同審判事件に関して提出された前記甲各号証を斟酌し,かつ,商標自体とこの種飲食店(業)に関する需要者一般の注意力並びに地域事情を含む取引の実情等を総合判断の上,本件商標の出願時ないしは登録時(審決時)における周知性を是認したものというべきであって,必ずしも関連審判事件に係る書証(甲号証)のみでその当否を判断したものではないから,その主張は妥当でなく,採用の限りでない。

   (イ)請求人は,当該料理店の料理人が天皇の祝膳の板前に選ばれたことをもって直ちに出願人の商標が周知されたものとはいえず,また,新聞報道も単発的でその地域も首都圏に較べれば微々たる地域範囲に止まるから,それら報道事実をもって本件商標が周知されているとの証明にはならない旨述べているが,前記(1) において認定したとおり,報道内容の特殊性,地方独特のこの種報道に関する伝播性ほか諸般の社会事情よりして,本件商標「天一」は,少なくとも上毛(群馬県の古称)地方を中心にその近県地域一帯において本件商標の登録出願時である平成4年(9月)ないしその登録時である平成9年4月当時においてなお相当程度の周知性を有していたものとみるのが相当であって,これと首都圏事情とを単純に比較考量することは,むしろ妥当性を欠くものであるから,その主張は採用の限りでない。

   (ウ)請求人は,太田市という地方の小都市にたった1軒だけの店舗により提供される役務について使用される商標が商標法にいう「周知」商標となることはない旨述べているが,前記に認定したとおり,その報道時において被請求人店請は太田市を中心に既に4店舗あり,一地方であるとはいえ相当程度の営業規模を有していたものであるから,その主張は当を得たものでなく,採用の限りでない。

   (エ)請求人は,地裁判決(本審判事件において該判決は書証として提出されていないが,その存在については請求人・被請求人両当事者の主張の趣旨よりみて事実上争いがないので,これを「関連書証B」として,以下,審理する。)の判示事項を引用して本件商標の周知性は積極的に認容されたものでなく,むしろ,裁判所としては被請求人に「継続的使用権」(改正法附則第3条)に相当する地位を認めていると理解するのが妥当であり,また,判決は昭和62年に言渡しがあったもので,既に10年以上も経過をしている現今においては経済情勢等も変化しているから,地裁判決をもって周知性を容認することは妥当でない旨述べている。

 しかしながら,関連書証Bに示される地裁判決(不正競争防止法に基づく商号使用禁止等請求事件)は民事事件であって,本件審判に直接関わるものとはいえないとしても,不正競争防止法においていう「商品等表示」には商標も含まれていて,もともと商標法とは密接に関連する法分野に関するものであり,また,その紛争当事者は本件審判の請求人・被請求人であって,判示内容も両当事者(特に請求人側)の「天一」に係る料理店の商号及び営業表示に関し,当請店舗の営業規模・営業形態・広告宣伝状況等に亘って具体的にその周知性の程度及びその周知性の及ぶ範囲等について判示しているものであるから,たとえ,該判決の言渡(昭和62年4月27日)が10年以上も前であり,かつ,サービスマークの登録制度を商標法体系に取り込んだ改正商標法(平成4年4月1日施行)の施行前の判決であるとしても,当該料理店の商号又は営業表示と当該商標とはその機能・役割において密接に関連するものであるから,請求人「天一」(いわゆる「銀座天一」)の周知性に関しその程度及び地域範囲について一定の限界を示した関連判示事項は本件審判の審理を行う上で十分参酌し得るものというべきである。

 ただし,本件審判は,本件商標の登録の適不適について当事者の主張に基づき当該無効事由の存否について商標法所定の法条の趣旨及び規定に照らし個別・具体的に判断すべきものであって商標法が独自に律すべきものと解されるところ,本件商標の周知性については,改正法附則第3条その他関連各法条の趣旨及び規定に照らし,その使用状況,地域的特殊事情等を考慮し,かつ,商標自体とこの種飲食店(業)に関する需要者一般の注意力並びに地域事情を含む取引の実情等を総合判断の上,その出願時ないし登録時における相当程度の周知性があるとした前記認定を相当とするものであるから,地裁判決後10年以上経過しているとの事情又は地裁判決に対する独自の解釈論を述べる請求人の主張は必ずしも妥当でなく,前記認定を左右するに足りない。

 そして,この認定は専ら本件商標の登録の適否に関わるものであって,請求人の縷々述べる請求人商標又はいわゆる「銀座天一」の周知性を些かも損ねるものでなく,また,本件商標又は請求人商標が最初の権利更新時(10年後),改めて出所混同のおそれがあるものかどうかの審査を経ることとされる点(平成8年法律第68号商標法附則第11条)については,別個に判断されるべきこと請求人主張のとおりである。

   (オ)請求人は,請求人商標(「天一」)は本件商標の周知性を遥かに凌ぎ全国規模で需要者に知られたいわゆる周知・著名商標である旨主張し,証拠方法(甲各号証)を提出しているが,それら証拠によっては,本件商標の登録出願時における請求人商標の周知性は相当程度認め得るものの,特例適用を主張する本件商標の登録(重複登録)を排除し得る程の歴然とした格差をもって需要者間に広く知られたいわゆる著名商標であるとは俄に認め難く,したがって,この点を理由に本件商標の周知性を否定する請求人の主張は妥当でなく,採用の限りでない。

 すなわち,甲第4号証は,請求人会社代表者作成による平成10年7月時点の請求人営業に係る「天一」店舗所在地をその開設時期とも併せ掲載した時系列一覧表とみられるところ,同表には全部で80店舗掲載されていて,本件商標の登録出願時である平成4年9月当時においてすでに63店舗あったことが認められる。しかしながら,同63店舗中の約半数は総菜専門店,すなわち,本件商標又は請求人商標に係る指定役務(飲食物の提供に関わる役務)とは直接関連しない商品(「てんぷら惣菜」に係る商品)の取引分野に係るものであるから,それら店舗数は大幅に割り引いて考慮せざるを得ないばかりでなく,その営業地域も大多数が東京,横浜,千葉及び埼玉のいわゆる首都圏地域に集中していて,それ以外では僅かに札幌市,広島市,奈良市,呉市及び福山市に各一店舗点在したにすぎず(殆どの場合,件外「そごう百貨店」に係る店内店舗と認められる。),また,その後,本件商標の登録時である平成9年4月頃までに請求人の「天一」に係る営業規模が飛躍的に伸びたとする状況も見出せないから,これをもって当該役務を表彰する請求人商標(「天一」)が全国的に周知性を獲得したいわゆる著名商標であるとは到底いい難く,請求人商標の著名性を客観的に示すものとすることはできない。

 また,このほか提出された請求人店舗に係る広告用パンフレット(甲第5号証ないし甲第9号証),各種新聞・雑誌広告及び旅行関連又はいわゆる食べ歩き関連各種情報誌(甲第10号証ないし甲第95号証)によれば,本件商標の登録出願の当時すでに請求人会社が請求人商標又は請求人店舗に関して相当程度の地域・範囲に亘って反復広告・宣伝活動を展開していた事実が認められる。しかしながら,一般に,てんぷら料理を含む各種飲食物の提供に係る役務は,専ら特定・一定の店舗地において提供されるという役務特性又は地域立脚事情から,その取引・流通の範囲は自ずと一定範囲に限られること,また,てんぷら料理は世人一般に極めて馴染まれていて一般家庭においても日常的に摂取されるいわば我が国食文化にあって日本料理の定番メニューというべき普遍的存在であるから,料理自体に特徴を発揮し難い面があること,そして,元々「天一」(てんいち)の邦文字は,「天一神」(てんいちじん)に由来する文字(成語)であって,我が国各地の不特定多数の飲食店業者(レストラン,すし店,中華料理店等)により古くからその店名ないしは営業表示として用いられ又は採択され得る名称であって格別特異な名称とはいえないこと等の各事情並びに商標自体と需要者一般の注意力その他諸般の事情を考慮の上,当該役務の取引の実情に照らして総合判断するに,前記甲号証をもって直ちに請求人商標又は請求人「天一」の著名性を客観的に明らかにし得るものとはいい難く,その全国規模の周知性は認めるになお不十分といわなければならない。そして,首都圏と地域圏という地域的・相対的事情も併せ考慮するに,本件商標の登録出願時又は登録時における請求人商標の周知性が本件商標のそれを優に上まわって存在したとする客観情勢も認められず,また,該事実を窺わせるような状況も見出せない。

 その他,提出に係る甲号証は,本件商標の指定役務の分野とは直接関係のない「天一美術館」に関するもの,あるいは,ごく最近の請求人店舗を訪れた外国要人に関する新聞報道記事等(甲第99号証ないし甲第108号証)であって,それら証拠によってもなお本件商標の登録出願時又は登録時における請求人商標の著名性を客観的に示すものとはいえない。そして,ほかに,前記認定を左右するに足りる証拠はない。

  (3)  請求人・被請求人両当事者の主張の全趣旨よりして,本件商標が不正競争の目的で使用されていたものとする事実はなく,その証拠も見出せない。

 以上の(1) ,(2) 及び(3) に述べたとおり,本件商標は,その登録出願時ないし登録時において,前記認定の地域・範囲を中心に需要者間に広く知られたいわゆる周知商標と認め得るものであり,また,請求人提出の証拠をもってしては,本件商標の登録出願時又は登録時における請求人商標の周知・著名性は,特例適用を主張する本件商標の登録(重複登録)を排除し得る程の歴然とした格差をもって需要者間に広く知られたいわゆる著名商標であるとは俄に認め難いものであり,かつ,本件商標の使用が不正競争の目的でされたものとはいい難く,その証拠もないから,結局,本件商標の商標法第4条第1項第10号及び同第15号該当を理由にその登録の無効を述べる請求人の主張は妥当でなく,その理由をもって本件商標の登録を無効とすることはできない。

 したがって,本件商標の登録は,改正法附則第7条第2項によって読み替えて適用する商標法第46条第1項により,これを無効とすることはできない。

 よって,結論のとおり審決する。