東京高裁平成27年 7月16日判決


(上告審)最高裁第三小法廷 平成29年2月28日判決
【歩合給の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の賃金規則上の定めが公序良俗に反し無効であるのか】

(第1審)東京地裁平成 27 年 1 月 28 日判決

第2 事案の概要

 1 事案の要旨
 本件は,1審被告に雇用されていた1審原告らが,歩合給の計算に当たり残業手当等に相当する額を控除する旨を定める1審被告の賃金規則上の規定は無効であり,1審被告は,控除された残業手当等相当額の賃金支払義務を負うと主張して,1審被告に対し,雇用契約に基づき,未払賃金(主位的には時間外,休日及び深夜の割増賃金として,予備的には歩合給として)及びこれに対する1審被告を退職した1審原告らについては退職日の翌日以降,賃金の支払の確保等に関する法律(以下「賃確法」という。)6条1項に基づく年14.6%の割合による,その余の1審原告らについては最終支払期日の翌日以降,商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の各支払を求めるとともに,労働基準法(以下「法」という。)114条に基づき,上記未払賃金のうち法37条の規定に違反して支払われていない時間外,休日及び深夜の割増賃金(主位的請求に対応する。ただし,その支払期日から本件訴えの提起までの間に2年が経過したものを除く。)と同一額の付加金及びこれに対する判決確定の日の翌日以降の民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である
 2 原判決は,1審原告らの未払賃金請求を,歩合給として,原判決別紙認容額等一覧表の「認容額」欄記載の金員及びこれに対する1審被告を退職した1審原告らについては退職日の翌日以降,その余の1審原告らについては最終支払期日の翌日以降年6分の割合による遅延損害金の限度で認容し,1審原告らのその余の請求を棄却した。
 これに対し1審原告ら及び1審被告の双方が控訴し,第1のとおりの判決を求めた。なお,1審原告らは,未払賃金の元本については原審認容の限度で支払を求める旨,不服の範囲を限定した。
 3 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次項のとおり当審における1審被告の主張を,5項のとおり当審における1審原告らの主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2「事案の概要」の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。なお,略語は特記しない限り原判決の例による。
 4 当審における1審被告の主張
  (1) 本件規定の有効性
   ア タクシー乗務員は,実質的には個人事業主であり,規制の範囲内で時間外労働等をするか否かの判断ができることを望み,実態としても,自ら判断しており,使用者が労働者に時間外労働等を命令するという法37条が想定する場面とは必ずしも合致しない。本件規定は,その合致していない現状に対応して,歩合給の制度を設計しているものであり,私的自治の範囲内のものとして許されることといわねばならない。
   イ 本件規定においては,歩合給から時間外労働等の割増金が控除されていることは明白であり,乗務員に公開され,入社に際しても説明されている。乗務員は,無駄な時間外労働等は,これによる残業手当等の割増金が歩合給を定めるための対象額(対象額A)から控除されることを理解しているから,これを控えることになり,その結果,本件規定により長時間労働は抑制される。
   ウ 乗務日報等の報告書やタコグラフ等の運用記録用計器によって1審被告が乗務員の勤務状況を事後に把握することは,効率性や費用の点で現実的ではないから,時間外であれば乗務員が車内で寝ていても賃金が増えるような不合理な事態を避けるため,本件規定を導入する必要がある。
  (2) 割増金の控除部分全体を無効とすることの不当性
 本件規定の無効が肯定されるとしても,「割増金」の控除部分全体を無効とすることは不当である。
 法定時間外労働等に当たる割増金を特定することができないのであれば,そもそも無効部分が不明であるということになり,ひいては,1審原告らの請求は,無効部分が特定されないものとして,棄却されるべきである。
  (3) 割増金に代わる他の控除の必要性
 本件規定の「割増金」の控除部分のみが無効になるというのでは,乗務員に不当に利益を与え,当事者間の公平を害する。本件規定で割増金の控除ができないとすれば,これに代わる一定の控除がされるべきである。
 5 当審における1審原告らの主張
  (1) 遅延損害金の利率
   ア 原判決は,本件規定は長きにわたり問題にされておらず,1審被告が本件規定が有効であると主張して1審原告らの請求を争うことに相応の合理性があったとして,遅延損害金の利率について賃確法6条1項の適用を否定する。
   イ しかし,a労組が本件規定を問題にしなかったのは,同組合が1審被告と密接な関係にあり,その意向に逆らうことができなかったからである。
 また,乗務員から異議が出なかったのは,本件規定が,非常に複雑なものとなっており,給与明細上も残業手当,深夜手当ないし公出手当が実際に支払われたかのように理解できるものだった(換言すれば,まさか歩合給から同額が差し引かれているとは理解できない。)からである。
 労働基準監督署から問題点を指摘されなかったのは,労働基準監督署の性質上,法37条違反の有無について解釈の余地がある場合は,簡単には動けないからである。
  (2) 付加金の相当性
 1審被告は,形式上時間外割増手当を支払ったように装いながら,歩合給の計算過程においてこれを差し引いて支給している。このように,本件は悪質な事案といえるから,付加金の支払を命じるのが相当である。