東京高裁平成21年10月21日判決(控訴審)


■判例 大阪高裁平成26年6月12日判決〔行政書士が交通事故の被害者との間で締結した契約が弁護士法72条に違反して無効であるとされた事件〕

審級関係

東京地裁平成21年01月20日判決(第一審)

最高裁第1小法廷平成22年7月20日決定(上告審)

主文

 本件各控訴を棄却する。 

 

理由

 本件各控訴の趣意は,被告人7名の弁護人(被告人一色昭男こと一色明雄及び同二宮和男の主任弁護人)笠原靜夫並びに被告人一色昭男こと一色明雄及び同二宮和男の弁護人下平坦が連名で作成した控訴趣意書記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官小林健司作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。

 論旨は,要するに,原判決は,被告人三井正男,同四谷治男こと金治男,同五木元男こと林元男,同六田文男,同一色昭男こと一色明雄及び同二宮和男が,同X実業株式会社(以下「被告会社」という。)(以下,被告会社以外の被告人6名を「被告人ら」と総称することがある。)の業務に関し,弁護士法72条(以下「本条」ということがある。)所定の「その他一般の法律事件」に関して法律事務を取り扱うことを業とした旨判示するが,被告人らが受託した,東京都千代田区所在のYビル(以下「本件物件」という。)について,各室の賃借人74名との間で賃貸借契約の合意解除を内容とする契約締結交渉を行って合意解除契約を締結した上で各室を明け渡させるなどの業務(以下「本件業務」という。)は,「その他一般の法律事件」には該当しないから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈適用の誤りがあるというのである(なお,論旨には,事実誤認を主張する部分があるが,法令解釈適用の誤りの主張の前提となる事情に関する事実誤認の主張であるから,以下において併せて判断する。)。

 1 そこで検討するに,弁護士は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし,広く法律事務を行うことをその職務とするものであり,そのため,弁護士法には,厳格な資格要件が設けられ,かつ,その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど,諸般の措置が講じられているところ,かかる資格を有さず,何らの規律にも服しない者が,自己の利益のため,みだりに他人の法律事件に介入することを業とする行為を放置すれば,当事者その他の関係人らの利益を損ね,法律生活の公正かつ円滑な営みを妨げ,ひいては法律秩序を害することになるので,同法72条は,このような行為を禁圧するために制定されたものと考えられる(最高裁判所大法廷昭和46年7月14日判決・刑集25巻5号690頁参照)。

 以上のような弁護士法72条の立法趣旨にかんがみれば,同条にいう「その他一般の法律事件」には,同条に例示されている事件以外で実定法上事件と表記されている案件はもとより,これらと同視し得る程度に法律上の権利義務関係に問題があって,争訟ないし紛議の生じるおそれのある案件も含まれると解するのが相当であって,これと同旨の原判決に所論の法令解釈適用の誤りはない。

 2 所論は,「その他一般の法律事件」とは,訴訟事件等法文に列挙された具体的例示に準ずる程度に法律上の権利義務に争いがあり,あるいは疑義が存するため法律的解決を要する案件,換言すれば,法律的に解決すべき「事件性」のある案件と解すべきであるとするとともに,「「その他一般の法律事件」といえるためには,事件というにふさわしい程度に争いが成熟したものであることを要するとする「事件性必要説」が妥当であり,争いや疑義は具体化又は顕在化したものであることが必要と考える」旨の平成15年12月8日に開催された法曹制度検討会において示された法務省の見解が適正な解釈であるとした上,「「その他一般の法律事件」とは,同条(弁護士法72条)に例示されている事件以外で実定法上事件と表現されている案件だけでなく,これらと同視し得る程度に法律関係に問題があって,争訟ないし紛議のおそれのあるものをも含む」とする原判決は,事件性不要説に立つものであるとして,これを論難している。しかし,所論のいう「事件性」が何を意味するかは必ずしも明らかではなく,原判決がいかなる意味においても「事件性」を不要とする趣旨であるともいえないので,所論が事件性不要説と事件性必要説を対置し,原判決が事件性不要説に立っているとした上で原判決を論難する点は,相当とは思われない。しかし,所論が,「その他一般の法律事件」といえるためには,「争いや疑義が具体化又は顕在化したものであることが必要である」という趣旨であれば,かかる解釈は,狭きに失すると思われる。例えば,「その他一般の法律事件」に該当することに異論がないと思われる督促手続に関する事件についてみると,その多くは,債務名義を取得するために申し立てられるのであって,必ずしも争いや疑義があるわけではない。これを争いや疑義が具体化又は顕在化したものでないとの理由で本条の規制の外に置くことが不当であることは明らかであるし,実定法上「事件」と表記されるものとそうでないものとを区別し,後者についてのみ「争いや疑義が具体化又は顕在化したものであること」が必要であるとするならば,それは合理性のない恣意的な解釈であるとの批判を免れない。実質的にみても,不当な圧力その他の事情によって,本来具体化又は顕在化すべき争いや疑義が,具体化又は顕在化するに至らなかった場合に,これをいまだ争いや疑義が具体化又は顕在化していないとして,本条に該当しないものとすれば,そのような解釈は,本条の立法趣旨である関係者の法律生活の公正な営みを妨げるものというべきであり,その立法趣旨にもとるといわざるを得ない。このように争いや疑義が具体化又は顕在化していなければ,弁護士以外の者も報酬を得る目的で業として他人の法律上の権利義務関係に介入できるとすれば,力の強い者,奸智にたけた者などを不当に利し,反面において,関係人に正当な権利を主張する機会を失わしめることとなるなどの弊害が生じ(現に,本件においても,いわゆる地上げにより多大な利益を得ることを目的として業務を受託した被告人らが,被告会社が本件物件の所有者である旨虚偽の事実を申し向けるなどした上,賃借人らに不安や不快感を感じさせるような振る舞いをした結果,賃借人らが交渉継続をあきらめ,争訟ないし紛議が具体化又は顕在化する前に賃貸借契約の合意解除に応じ,本件物件から立ち退くに至ったという事例が多数あったことが認められる。),ひいては法律秩序が害されるおそれがあり,同条の立法趣旨に反することとなるというべきである。また,「争いや疑義が具体化又は顕在化した」ときには弁護士に引き継げばよいものとすれば,それは,弁護士法27条が禁止する非弁護士との提携の禁止の潜脱につながることにもなろう。本条に例示されている事件や実定法上事件と表記されている案件と同視し得る程度に法律上の権利義務関係に問題があって,争いや疑義が具体化又は顕在化するおそれのある案件すなわち争訟ないし紛議の生じるおそれのある案件は,法律的観点から公正かつ円滑な解決が図られなければならず,まさに,法律専門家であり,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士に委ねられるべきであって,弁護士以外の業者の介入を許した場合の上記のような弊害を避け,法律秩序を維持するためには,このような案件も「その他一般の法律事件」に含まれると解しなければならない道理である(もとより,正当業務行為として違法性を阻却される場合があり得ることは別論である。)。

 以上の次第で,上記所論は採用できない。

 3 そこで,本件についてみると,本件業務は,賃貸人側の事情から,賃借人らとの交渉により,賃貸借契約期間中に同契約の合意解除と明渡しの実現を図るものであり,賃借人らにおいて合意解除に応じるか否か,応じるとしても本件物件からの立ち退きの時期や立ち退き料の額をどうするかなどの法律上の権利義務関係は,あらかじめ確定しているわけではなく,今後の賃借人らとの交渉にかかっているところ,賃借人らは,本件物件の立地などに着目して,事業用に賃借し,それぞれの業務を行っていたことから,賃貸借契約期間中に同契約を解除し,本件物件から立ち退くこととなれば,移転先を確保し,移転作業を行うなどのために多大な費用や労力を要するのみならず,業務の拠点を移転することによる営業上の損失等も軽視できないから,賃貸借契約の合意解除に向けた交渉においては,上記法律上の権利義務関係について,争訟ないし紛議の生じ得ることは当然に予想されたところである(現に,多くの賃借人とは,合意に至るまでに複数回の交渉を重ねている。)。

 このように,交渉によって,法律上の権利義務関係を変更し,新たな権利義務関係を設定することを内容とする本件業務は,その性質上,争訟ないし紛議の生じるおそれの高いものということができ,弁護士法72条に例示されている事件と同視し得る程度に法律上の権利義務関係に問題があり,争訟ないし紛議の生じるおそれのある案件であって,同条にいう「その他一般の法律事件」に該当するというべきである。

 この点につき,所論は,本件物件の賃借人らとの間で賃貸借契約を巡る紛争は皆無であり,各賃借人の賃借権について法律上の権利義務に関する争いや疑義はなかったとして,本件において争訟ないし紛議のおそれがあるとした原判決には事実の誤認がある旨主張するものと解されるが,賃借権の存在やその内容等に関して争いや疑義がなかったとしても,その契約を合意解除するための交渉に当たっては,前記のとおり,争訟ないし紛議の生じ得ることが当然に予想されるのであり,所論は当を得ないものである。

 4 以上のとおり,原判決に所論指摘の法令の解釈適用の誤りも事実の誤認もなく,論旨は理由がない。

 なお,当審における事実取調べの結果によれば,原判決が没収を言い渡している株式会社三井住友銀行に対する被告会社名義の普通預金債権(駒川町支店扱い,口座番号〈番号略〉のもののうち金161万4261円に相当する部分及び口座番号〈番号略〉のもののうち金9268万5081円に相当する部分)につき,同銀行は,本件による没収保全命令を受け,別段預金として管理していることが認められる。

 また,原判決は,(罪となるべき事実)別表番号24の「交渉,合意内容等」に関し「敷金の返還分を含めた1500万円の立ち退き料支払と引換えに」と認定しているが,関係証拠によれば,当該賃借人は敷金を差し入れておらず,立ち退き料に敷金返還分を含まないことを前提として交渉,合意がされたと認められるから,上記認定は事実を誤認したものであるが,これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえず,原判決中,同別表番号10の「交渉場所 交渉の相手方」欄に「前記ビル**1号室」とあるのは,「前記ビル**2号室」の,同「交渉者」欄に「七瀬久男こと王慶雄」とあるのは,「八代久男こと王慶雄」の,同別表番号71の「年月日」欄に「10下旬」とあるのは,「10月下旬」の,いずれも明白な誤記と認める。

 よって,刑事訴訟法396条により本件各控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。