東京地裁平成21年01月20日判決(第一審)


■判例 大阪高裁平成26年6月12日判決〔行政書士が交通事故の被害者との間で締結した契約が弁護士法72条に違反して無効であるとされた事件〕

審級関係

東京高裁平成21年10月21日判決(控訴審)

最高裁第1小法廷平成22年7月20日決定(上告審)

主文

 被告人Y1実業株式会社を罰金300万円に,同Y2を懲役2年に,同AことY3を懲役1年6月に,同BことY4,同Y5,同CことY6,同Y7をそれぞれ懲役1年に処する。

 被告人Y2に対しこの裁判確定の日から4年間,同AことY3,同BことY4,同Y5,同CことY6,同Y7に対し,この裁判確定の日から3年間,それぞれその刑の執行を猶予する。

 被告人ら7人から,被告人Y1実業株式会社がa銀行に対して有する同Y1実業株式会社名義の普通預金債権中,口座番号が同銀行駒川町支店普通(番号省略)のもののうち金161万4261円に相当する部分及び口座番号が同支店普通(番号省略)のもののうち金9268万5081円に相当する部分を没収する。

 被告人Y1実業株式会社から金15億6981万2704円を,同Y2から金14億9181万2704円を,同AことY3から金3000万円を,同BことY4から金2000万円を,同Y5及び同CことY6から各金500万円を,同Y7から金1000万円を追徴する。

 

 

理由

 (罪となるべき事実)

 被告人Y1実業株式会社(以下「被告会社」という。)は,貸金業,飲食店の経営等の業務を営むものであり,被告人Y2は被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括して従事しているもの,被告人AことY3は被告会社の専務取締役と称しているもの,被告人BことY4は被告会社の統括本部長と称しているもの,被告人Y7は被告会社の統括本部長補佐と称しているもの,被告人Y5及び被告人CことY6はいずれも被告会社の部長を務めているものであり,被告人AことY3,同BことY4,同Y7,同Y5及び同Y6(以下,被告人Y2を含めて「被告人6名」という。)は被告会社の業務に従事していたものであるが,被告人6名は,被告会社の業務に関し,いずれも被告会社の業務に従事していたD,E,F,G及びH並びに不動産売買等の業務を営んでいたb社(以下「b社」という。)代表取締役である分離前の相被告人Iと共謀の上,被告人らが弁護士でなく,被告会社及びb社が弁護士法人でもなく,法定の除外事由もないのに,報酬を得る目的で,業として,平成17年10月11日ころ,不動産売買業等を営むc社(以下「c社」ともいう。)から,同社が所有する東京都千代田区〈以下省略〉所在のdビルについて,同ビル各室を賃借していた74名の賃借人との間で賃貸借契約の合意解除を内容とする契約締結交渉を行って合意解除契約を締結した上で各室を明け渡させるなどの業務を行うことの委託を受けてこれを受任し,被告会社及びb社がc社から上記dビルを購入してc社から所有権及び賃貸人たる地位を取得したように仮装した上,被告人Y2らにおいて,別表記載のとおり,同年10月中旬ころから平成18年8月30日ころまでの間,同ビルe号室のf特許事務所ほか79か所において,上記f特許事務所弁理士Jほか73名の賃借人関係者との間で,別表「交渉,合意内容等」欄記載のとおり,賃貸借契約を合意解除し,賃貸人が立ち退き料支払い義務を負い,賃借人が一定期日までに部屋を明け渡す義務を負うことなどを内容とする契約の締結に応じるよう交渉して,その旨の賃貸借合意解除契約を締結するなどし,もって一般の法律事件に関して法律事務を取り扱うことを業とした。

 (証拠の標目) 省略

 (補足説明)

 1 弁護人らは,被告人らが公訴事実記載の立ち退き交渉等の行為を行ったことは争わないものの,被告人らの行為は弁護士法72条にいう「一般の法律事件」に関する「法律事務」の取り扱いに当たらず,被告人らは無罪であると主張するので,以下この点について検討する。

 2 「その他一般の法律事件」について

 まず,弁護士法72条にいう「法律事件」とは,同条に例示されている事件の外,法律上の権利義務に関し争いがあり,疑義があり,または新たな権利義務関係を発生させる案件をいうと解され,同条が規定する「その他一般の法律事件」とは,同条に例示されている事件以外で実定法上事件と表現されている案件だけではなく,これらと同視しうる程度に法律関係に問題があって,争訟ないし紛議のおそれのあるものをも含むと解される。この点弁護人らの,法律的に解決すべき「事件性」が必要であるとの主張については,何らかの要件を付加するものとすれば相当でなく,採用の限りでない。

 関係各証拠によれば,被告人らの業務は,そもそも立ち退き交渉がまとまるか否か,仮にまとまるとしても,立ち退き猶予期間や立ち退き料の額をめぐり賃借人らとの間に紛議が生ずることが事柄の性質上十分に予想されるものであったと認められる。被告人らの業務は弁護士法72条にいう「その他一般の法律事件」に該当するというべきである。

 3 「その他の法律事務」について

 弁護士法72条にいう「その他の法律事務」とは,同条に例示されている事務に準じ,法律上の効果の発生,変更する事項の処理をいうと解される。

 関係各証拠によれば,被告人らの業務の内容は,被告会社がdビルの所有者となったかのように仮装して,その各室の賃借人らとの間でdビルに係る賃貸借契約の合意解除を内容とする交渉を行って合意解除契約を締結し,当該賃借人らにこれを明け渡させるなどの交渉をするというもので,dビル全体の明け渡し完了の期限はc社,b社及び被告会社の間で取り決めていたものの,個々の賃借人についての合意解除契約の条件の設定は,立ち退き猶予期間の長短を含め,被告会社の裁量において行っていたと認められる。とすれば,この内容は,真の所有者であるc社を代理して交渉した上,互譲を経て合意解除契約を締結するという実質を有し,弁護士法72条に例示されている「代理」及び「和解」に準ずるものということができ,「その他の法律事務」に該当するものというべきである。

 4 被告人らの認識について

 被告人らは,本件立ち退き交渉等の業務が弁護士法に違反するとの認識もなかった旨供述している。しかし,関係各証拠によれば,被告人らは,被告会社がdビルの所有者であるかのように仮装することをc社に対して提案し,実際に行っていると認められるが,これは,賃借人らが真の所有者であるc社との交渉を求めるなどして,実質的には代理人の性格を有する被告人らとの交渉を拒否することを防止するための方策であったと認定できる。とすれば,被告人らは,本件の業務が,代理及び和解に準ずる性質のものであることを十分に認識した上で,こうした方策を講じたものといえ,弁護士法違反を基礎づける事実の認識にも欠けていたと疑われるところはなく,被告人らの各供述にかかわらず,本件の故意を有していたと認められる。

 5 よって,被告人らには弁護士法72条違反の罪が成立する。

 (法令の適用)

第1 罰条

 被告会社につき 刑法60条,弁護士法78条2項,77条3号,72条

 被告人6名につき 刑法60条,弁護士法77条3号,72条

第2 刑種の選択(被告人6名につき) 懲役刑を選択

第3 執行猶予(被告人6名につき) 刑法25条1項

第4 没収(被告会社及び被告人6名につき)

 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律13条1項1号

第5 追徴(被告会社及び被告人6名につき)

 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律13条1項1号,16条1項本文

 (没収及び追徴に関する判断)

 1 検察官は,本件による犯罪収益を合計40億5015万6953円であるとした上,被告会社及び被告人6名から現存する9429万9342円を没収し,被告人全員からそれぞれ残余の39億5585万7611円を追徴すべきと主張する。

 そこで,まず本件における犯罪収益の価額につき検討する。関係各証拠によれば,c社からb社名義の口座に35億6567万5344円が振り込まれているが,これは,dビルの各室の明渡しに関し,c社から被告会社及びb社に支払われる報酬とdビルの各室の賃借人らに支払われる立ち退き料等の経費とが,その割合の明示なく一括して交付されたものである。次に,その金額から1億2500万円を差し引いた34億4067万5344円が被告会社名義の口座に振り込まれているが,差し引かれた1億2500万円はb社が報酬として取得したものである。さらに,被告会社名義の預金口座に,dビルの賃借人らからの立ち退きまでの賃料合計4億8448万1609円が振り込まれているが,これも,c社とb社,b社と被告会社の各合意により,c社が,被告会社及びb社側で報酬と経費に充てられるものとして受領を認めたものであると認定できる。一方,この35億6567万5344円と4億8448万1609円を合計した40億5015万6953円のうち,被告人らがdビルの各室の明渡しを受けるに当たり,22億6104万4907円が経費(その内訳は立ち退き料21億5412万0550円,賃料等日割返還分172万4461円及び管理費1億0519万9896円である。)として,各賃借人らに支払われるなどして実際に費消されたことが認められる。

 ところで,組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律に基づく没収・追徴は,不法な収益の循環を断ち切り,不法な収益を全面的に剥奪することにより,経済面から組織犯罪を禁圧する趣旨に出たものである。本件では,確かに,c社からb社名義の口座に振り込まれた約35億6600万円は,被告会社及びb社に支払われる報酬と立ち退き料等の経費とがその割合の明示なく一括して交付され,また,賃料合計約4億8400万円も同趣旨で受領を認められたものであるけれども,立ち退き料等の経費については,もともと本件犯行を遂行する過程において費消されることが当然に予定されていたことが明らかであるから,そのような経費として既に費消された分については,同法2条2項各号のいずれにも該当せず,犯罪収益には当たらないと解するのが相当である。

 そうすると,本件における犯罪収益は,40億5015万6953円から上記22億6104万4907円を差し引いた17億8911万2046円となる。

 この点検察官は,本件で賃借人らに支払われた立ち退き料等は,被告人らにおいて裁量的にその金額を定め得たものであって,大幅に変動しうるものであるなどとして,交付された金銭全額を報酬と見るべきであると主張する。しかしながら,上記のとおり,本件における被告人らの行為は,真の所有者であるc社を実質的には代理して,賃借人らと交渉する点において弁護士法違反と評価されるものである。また,c社においても立ち退き料等を計算した上で業務委託していたことは推認できるのであり,c社から交付された40億5015万6953円の中には費消されることが当然に予定される立ち退き料等の費用が含まれて算定されていたというべきであり,被告人らの裁量の余地があるとはいえ,交付した全額が報酬として「犯罪収益」に該当するといえるものではない。検察官の主張は採用できない。

 2 以上のとおりとしても,検察官は,被告会社及び被告人6名からそれぞれ犯罪収益全額を没収・追徴すべきであると主張するので,具体的没収・追徴額について判断する。

 確かに,被告会社及び被告人6名は本件について共同正犯となる以上,没収・追徴という付加刑についても,原則として全部の責任を負うべきものである。しかしながら,本件における没収・追徴は任意的なものであって,これらを科すか否か,科すとしてどの範囲で科すかについては,裁判所の裁量を認める趣旨と解される。

 本件においては,主文掲記の被告会社の2口座に合計9429万9342円の犯罪収益が現存していると認められ,これを原則どおり,被告会社及び被告人6名から没収することについては,特段問題はない。しかし,追徴については,上記のとおり,17億8911万2046円の犯罪収益のうち,被告会社はここからb社の報酬額1億2500万円を除いた16億6411万2046円を取得したとまでしか評価できないこと,被告人6名については被告会社が取得した金額をさらに分配したもので,この約16億6400万円全額を取得した者がいるとは認められないことからすれば,被告会社及び被告人6名において犯罪収益から没収分を差し引いた全額を追徴するのはいささか酷に失する。

 以上のことからすれば,具体的に追徴する金額については,没収分を差し引いた上で,実際に得た報酬額に応じて,被告会社から15億6981万2704円(17億8911万2046円から没収分9429万9342円及びb社の報酬額1億2500万円を差し引いた額)を追徴するほか,被告人Y2から14億9181万2704円,同AことY3から3000万円,同BことY4から2000万円,同Y5及び同Y6から各500万円,同Y7から1000万円を追徴するにとどめるのが相当である(なお,被告人6名それぞれから,各人の追徴額の範囲内において被告会社と連帯して追徴することにする。)。

 (量刑の事情)

 1 本件は,被告人らが,共犯者らと共謀の上,弁護士資格及び法定の除外事由がないのに,c社からdビルの所有権がb社及び被告会社に移転したかのように仮装した上,同ビルの各室の賃借人らと立ち退き交渉等を行い,賃貸借契約の合意解除契約を締結するなどして明渡しを受けたという弁護士法違反の事案である。

 2 まず,被告人ら共通の情状についてみるに,本件においては,多額の報酬を目的として,立ち退き交渉等の業務を受任し,その遂行過程において,賃借人らに対して被告会社がdビルの新所有者となったなどと虚偽の事実を申し向けて交渉のテーブルにつかせようとする一方で,ビル内でお経を唱えたり,必要なメンテナンスをしないなど,早期に立ち退かせるための嫌がらせと受け止められかねない振る舞いまでして交渉を有利に進めようとしていたものである。こうした犯行態様は,職業的なものである上,賃借人らの正当な交渉を行う利益を害するものであり,弁護士法の趣旨を損なう悪質なものというほかない。

 また,本件の結果として,dビルの各室の賃借人らにおいて実質的所有者と適式妥当な形で交渉する機会を奪われた面があるばかりでなく,c社が破綻処理されるなどの事態に立ち至っている。本件の社会的影響もまた大きなものがある。

 3 次に,被告人らの個別の情状についてみる。まず,被告会社及びその代表取締役である被告人Y2は,所有権移転を仮装するという本件の枠組みを共犯者Iとともに発案したものである。さらに,被告人Y2が,他の共犯者らに立ち退き交渉の分担を指示し,自らも重要なテナントの立ち退き交渉に当たっていたことをも併せ考慮すれば,同被告人は,被告会社の代表取締役として,本件犯行において主導的かつ必要不可欠な役割を果たしたというべきである。さらに,同被告人は,本件の報酬として約15億7000万円もの膨大な利益を,自らが実質的に支配していた被告会社の代表者として取得している。以上によれば,被告会社及び被告人Y2の責任は本件の共犯者らの中で最も重いというべきである。

 次に被告人AことY3についてみると,被告会社の専務取締役を称し,本件においても被告人Y2を補佐して複数のテナントの明け渡し交渉を分担していたものである。さらに,被告人AことY3が本件の報酬として3000万円もの多額の現金を被告人Y2から受け取っていることをも併せ考慮すれば,被告人AことY3が,本件の立ち退き交渉において被告人Y2に次ぐ重要な役割を果たしたことは明らかである。以上によれば,被告人AことY3の責任は軽いものではない。

 また,被告人BことY4,同Y5,同Y6,同Y7についてみるに,これらの被告人も本件において複数の賃借人と立ち退き交渉等を行ったものである。さらに,被告人BことY4においては2000万円,同Y7においては1000万円,同Y5及び同Y6においては各500万円という,いずれも多額の報酬を被告人Y2から受け取ってもいる。以上によれば,被告人BことY4,同Y5,同Y6,同Y7の各責任も軽いものとは言い難い。

 4 しかしながら他方で,被告人らは,被告人Y2を含めていずれも上記のとおり本件立ち退き交渉等の業務が弁護士法に違反するとの認識はなかった旨供述しているが,故意の存否を左右しないとはいえ,これを虚偽であるとして否定するに足りる証拠はない。被告人らは本件犯罪の成否を争うが,このような証拠上認められる被告人らの認識状況等の被告人らに有利に斟酌できる事情もないではない。また,被告人AことY3,同BことY4,同Y5,同Y6,同Y7については,同Y2の指揮命令に従って本件に関与したものであって,その関与の態様は従属的といえる。さらに,被告人Y6,同Y7には前科前歴はないことなどの事情もある。

 5 以上の事情を総合考慮するとき,主文の刑が相当であると判断した。