(参考判例)東京高裁平成16年12月22日判決〔サブリース訴訟差戻後控訴審判決〕

サブリース契約において借地借家法32条に基づく賃料減額請求をした事案。

■判例 東京地裁平成25年10月9日判決〔ラグジュアリーホテルの賃料減額請求事件〕

審級関係

東京地裁平成10年 8月28日判決(第一審)

東京高裁平成12年 1月25日判決(控訴審)

東京高裁平成15年10月21日判決(上告審)

主文

 1 原判決を次のとおり変更する。

  (1) 控訴人と被控訴人の間において,原判決別紙物件目録記載の建物の賃貸借契約における賃料が平成7年11月分以降月額940万円であることを確認する。

  (2) 被控訴人は,控訴人に対し,255万6130円及び内金127万8065円に対する平成7年11月26日から,内金127万8065円に対する平成7年12月26日から,各支払済みまで年1割の割合による金員を支払え。

  (3) 控訴人のその余の請求を棄却する。

 2 被控訴人の附帯控訴及び当審における拡張請求を棄却する。

 3 訴訟の総費用は,これを5分し,その2を控訴人の,その余を被控訴人の負担とする。

 4 この判決の第1項(2)は,仮に執行することができる。 

 

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

 1 控訴人

  (1) 原判決を取り消す。

  (2) 被控訴人は,控訴人に対し,控訴人と被控訴人との間の原判決別紙物件目録記載の建物の賃貸借契約における賃料が平成7年11月分以降月額509万7735円であることを確認する。

  (3) 被控訴人は,控訴人に対し,1億2306万2581円及び原判決別紙過払い賃料一覧表のG欄記載の各金員に対し,H欄記載の各起算日から支払済みまで年1割の割合による金員を支払え。

  (4) 本件附帯控訴を棄却する。

 2 被控訴人

  (1) 本件控訴を棄却する。

  (2) 控訴人は,被控訴人に対し,1億3643万0355円及び別紙遅延損害金目録記載の内金額欄記載の各金員に対する起算日欄記載の各起算日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 いわゆるサブリース契約により,被控訴人所有のビルの賃貸を受けてこれを第三者に転貸して貸しビル事業を行っている控訴人が,被控訴人に対して,転貸賃料額が当初想定していた額より大幅に下落したことなどを理由に,借地借家法32条の賃料減額請求権,契約に基づく賃料減額請求権又は事情変更原則による賃料減額請求権を行使した結果,賃料の額(月額1064万0840円。消費税別)が平成7年11月分以降月額509万7735円(消費税別)に減額されているとして,減額された賃料額の確認と,借地借家法32条3項に基づき,平成7年11月分から平成10年1月分までの過払金合計1億2306万2581円と各過払金に対する年1割の割合による法定利息金の支払を求めた。

 これに対し,被控訴人は,控訴人との約定で賃料は平成7年6月22日から平成17年3月21日までの間,上記の額である月額1064万0840円(消費税別)に固定する旨の賃料保証があったものであるとして,上記保証内容の確認と,平成8年1月分から平成13年3月分までの未払額8170万9311円(その後,当審で平成16年9月分までの未払額1億3643万0355円まで請求を拡張した。)及びその遅延損害金の支払を求めた。

 一審判決は,控訴人の本訴請求である,減額された賃料額の確認請求及び過払金の支払請求を棄却し,被控訴人の反訴請求である賃料保証内容の確認請求を認容し(ただし,賃料保証の期間の始期は,平成7年7月1日からとした。),未払金及びその遅延損害金の支払請求を認容した。

 これに対し,控訴人が控訴するとともに請求を拡張して本件建物の平成17年3月22日以降の賃料確認請求を追加し,他方,被控訴人は附帯控訴して一審口頭弁論終結時以降の未払金(平成13年4月分以降平成14年2月分まで)及びその遅延損害金の請求を追加した。

 控訴審判決は,本件控訴を棄却し,控訴人の拡張請求に係る訴えを却下し,被控訴人の附帯控訴に基づき,被控訴人の請求を認容した。

 これに対し,控訴人が上告及び上告受理の申立てを行ったところ,最高裁判所は,上告受理申立てを受理した上,控訴審判決中,控訴人の平成7年11月分以降の賃料確認請求及び過払賃料返還請求並びに被控訴人の未払賃料支払請求に関する部分を破棄して差し戻すとともに,被控訴人の賃料保証内容の確認請求に関する部分を破棄して一審判決中同請求に係る部分を取り消して同請求に係る訴えを却下し,控訴人の平成17年3月22日以降の賃料確認請求に係る部分の上告を却下した。

 したがって,当審における審理の対象は,控訴人の平成7年11月分以降の賃料確認請求及び過払賃料返還請求並びに被控訴人の未払賃料支払請求に関する部分となり(なお,被控訴人は,上記未払賃料支払請求を当審において拡張したことは前示のとおりである。),本件における主要な争点は,①本件において借地借家法32条の賃料減額請求の行使要件である賃料の「不相当」性の有無,②本件における相当賃料額である。

 2 当事者の主張は,当審における主張を付加するほかは,一審判決の「事実」欄第2に記載のとおりであるから,これを引用する。

 (控訴人の当審における主張)

  (1) 控訴人のした賃料減額請求は,賃料の「不相当」性の要件を具備している。すなわち,当事者間では平成5年3月19日に従前賃料につき合意されたところ,これが不相当となったとして,控訴人は減額の意思表示をしたものである。

  (2) 本件確認書2は,新たな合意をしたものではなく,本件確認書1の合意を確認するとともに,被控訴人においても月額保証賃料の減額を希望する控訴人の立場を考慮して3か月の協議期間を設け,この期間経過後,賃料額について双方の合意を得るよう努力する旨が定められている。

  (3) 本件において相当賃料額を決定するに当たっては,被控訴人の収支の検討が不可欠である。

  (4) 控訴人は,被控訴人に対して,平成14年5月31日,1899万3644円を支払ったが,これは差戻し前の控訴審判決主文第3項の債権が同日の時点で存在することを前提とする計算方法によるものであるから(月額1064万0840円と940万円との差額につき発生する遅延損害金),同日の時点で同債権全額が存在しなければ,控訴人は,上記支払につき,被控訴人に対して不当利得返還請求権を有することになる。したがって,控訴人は,本件で被控訴人の未払賃料請求が一部でも認められる場合には,予備的に,平成16年10月6日の第3回口頭弁論期日において,被控訴人の賃料債権と上記不当利得返還債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をする。

 (被控訴人の当審における主張)

  (1) 本件において,賃料保証特約が定められたことや保証賃料額が決定された経緯からすれば,借地借家法32条の賃料減額請求の行使要件である賃料の「不相当」性があるとはいえない。

  (2) 借入金の金利低下を理由に賃料減額を認めることは相当ではない。

第3 当裁判所の判断

 1 事実経過

 一審判決の「理由」欄第1記載の争いのない事実及び証拠(一審判決の「理由」欄第2挙示の証拠,甲70,乙163)並びに弁論の全趣旨を総合すれば,次のとおり認められる。

  (1) 共同ビル事業の合意

 控訴人と被控訴人は,昭和62年6月から,被控訴人はその現に所有する土地を,控訴人は将来取得する土地あるいは借地権をビルの敷地として提供し,また,それぞれが資金を出し合ってビルを建築し,これを控訴人と被控訴人とが共有して貸しビルとして賃貸すること,そして,被控訴人所有のビル部分については,控訴人が第三者に転貸する目的で被控訴人から賃借し,貸しビルとして転貸することを内容とする共同のビル事業について協議を始め,昭和62年12月23日に合意書(乙1)を作成した。

  (2) 賃料保証の合意

 上記合意書に基づいて,控訴人による土地や借地権の取得など,事業の実現に向けた準備が進められるとともに,被控訴人と控訴人との間で,控訴人の賃借する部分の賃料について交渉が進められた。そして,平成4年9月に,控訴人は,被控訴人に対して,控訴人が被控訴人に賃料を保証する期間は10年とし,その間の賃料は月額坪当たり2万6600円とする旨の賃料保証の提案をし(乙110,111),平成5年1月には,控訴人は,被控訴人に対し,月額賃料を2万8000円(坪当たり),被控訴人に対する月額賃料保証をその95パーセント(坪当たり2万6600円)とする予想収支表(乙70)を交付し,本件共同事業を実行すれば,借入金を返済してもなお被控訴人の手元には利益が残る旨説明した。その結果,被控訴人はこの提案を承諾し,平成5年3月19日,控訴人,被控訴人及び株式会社目黒リアライズ(控訴人の100%子会社)は,本件確認書1(甲9)を調印した。この確認書には,①被控訴人は,目黒リアライズが共同事業者としての地位を控訴人から承継することを承諾すること,②被控訴人が控訴人に対して賃貸する本件賃貸部分について,控訴人が自己の責任においてこれを転貸すること,③控訴人は被控訴人に対し,本件建物竣工後10年間に限り賃料を保証すること(賃料保証期間),④控訴人が被控訴人に保証する賃料(賃料保証額)の算定方法は,「本件建物総専有面積×被控訴人の事業比率×賃料保証単価」とすること,⑤賃料保証単価は,坪当たり月額2万6600円(平方メートル当たり8047円)とすること,⑥転貸料の85パーセント相当額が上記賃料保証額を超えた場合には,それ以降,控訴人は被控訴人に対して転貸料の85パーセント相当額を保証すること,⑦賃料保証期間満了後は,控訴人は被控訴人に対し,転貸料の85パーセント相当額を保証すること,⑧本件建物の竣工後3か月間については,控訴人の被控訴人に対する賃料支払免除期間とすること,⑨控訴人は被控訴人に対し,賃料支払免除期間終了後,敷金として1億5600万円を預託することが定められていた。なお,上記の賃料支払免除期間については,その後,平成7年6月30日まで延長された。

  (3) 保証賃料額が合意された事情

 上記の保証賃料額は,当時の賃料相場が月額坪2万2000円であったことからすると,これより高額であった。このような高額の賃料が保証されたのは,被控訴人が借入れを予定していたビル建築費用についての銀行融資の返済等を考慮したためであった。

 そして,賃料を支払う立場の控訴人も,このビル事業のためにすでに投じた多額の資金やその資金により取得した多額の資産(土地や借地権)が,被控訴人との貸しビルの共同事業に利用されず遊休化したり,あるいは上記の資産を損失覚悟で売却しなければならないとすると,多額の損失が生じるので,控訴人に支払う10年間の保証賃料と転貸賃料との逆ざや(控訴人がテナントから収受する転貸料が,控訴人が被控訴人に対して支払う賃料保証額に満たない場合に,控訴人の負担となる両者の差額部分)による損失を計算に入れても,賃借して共同の貸しビル事業を営む方が有利であると判断したからであった(控訴人の担当者は,当時,予想される逆ざやは,坪当たり月額3000円程度であると予測していた。)。

  (4) 建築資金の借り入れと金利負担

 平成5年3月19日,控訴人と被控訴人及び目黒リアライズは,上記本件確認書1(甲9)を取り交わし,また,同年4月9日,関係者間で「共同ビルに関する基本協定書」(甲10)が作成された。これらを基本として,関係者は,ビルの建築に取りかかり,被控訴人は,建築資金として11億円の銀行融資を受けることとした上,平成5年6月14日,第一勧業銀行から5億円の融資を受けた。この融資金は,年利6.09%の固定金利であって,仮に期日前に返済する場合でも満期(10年後に一括返済)までの固定金利との差額は支払わなければならない約定であった。さらに,被控訴人は,借入れ極度を6億8000万円とする当座貸越契約を第一勧業銀行との間で締結して6億円の融資を受けた(この金利は短期プライムレート+0.75%とする変動金利であった。)。

  (5) 賃貸借契約による引渡し

 平成7年3月22日,共同ビルが竣工した。そして,被控訴人は,その所有部分である原判決別紙物件目録記載の建物の引渡しを受けた上で,期間を平成17年3月21日までの10年とし,その間上記(2)の坪当たりの金額により算定される保証賃料である月額1064万0840円(消費税別)を支払う旨の合意に基づいてその所有部分を控訴人に引き渡し,控訴人は,これを第三者への転貸に供し,自己の所有部分のビルと併せて貸しビル事業を開始した。

  (6) 保証賃料額の減額要求

 本件確認書1が締結された平成5年から同7年にかけて,首都圏のオフィスビルの賃料相場は更に下落したことから,控訴人は,平成6年頃から,近隣の貸しビルの賃料相場が下落しているとして,保証賃料額の減額を被控訴人に要求し始めた。そして,平成7年3月には,賃料額の変更請求を可能とする契約条項を被控訴人が承諾するように要求したが,被控訴人はこれを拒絶した。そして,その後も,控訴人は,賃料相場の下落を理由として,保証賃料の減額を求め続けた。しかし,被控訴人は,控訴人が平成5年3月19日の本件確認書1により賃料を保証したからこそ本件共同事業を続けることを決意し,銀行からの多額の資金の借入れを行い,控訴人との約束どおり購入費用や建築費用などの諸費用を支払ったのであるとして,控訴人に対して,賃料保証の約束の遵守を求めた。

 このような賃料保証額等をめぐる交渉の後,控訴人と被控訴人は,平成7年7月17日,同日付けの確認書(甲第12号証,本件確認書2)に調印し,①控訴人は,被控訴人に対し,本件確認書1による約束等により,平成7年7月3日限り,敷金1億5600万円を支払うべきところ,同日,内金6441万3379円を支払ったが,本日(7月17日),残金9158万6621円を支払ったこと,②月額賃料保証額については,本件確認書1において取り決めた基準(坪当たり月額2万6600円)により,月額1064万0840円であることを確認し,控訴人は被控訴人に対し,これを平成7年7月分より毎月25日限り当月分を支払うものとすること,③控訴人が,本件確認書1による合意にもかかわらず,保証賃料の減額を希望したところ,被控訴人も控訴人の立場を考慮し,控訴人及び被控訴人は,これについて協議することとし,3か月の協議期間の後,賃料額について双方の合意を得るように努力することをそれぞれ確認する旨の合意をした。なお,控訴人は,本件確認書2(甲12)の月額賃料保証額の合意が暫定的なものである旨を主張するが,その記載に照らせば,本件確認書2は,本件確認書1で合意された月額賃料保証額を確認したものであって,この金額を暫定的なものと合意したものであると認めることはできない。

  (7) 控訴人による賃料減額請求

 しかし,その後の協議によっても折り合いが付かなかったため,控訴人は,平成7年10月24日に被控訴人に到達した書面で,同年11月分以降の月額賃料を509万7735円(坪当たり1万3787円,消費税別)に減額する旨の意思表示をした。これに対し,被控訴人は,上記減額請求を争う姿勢を示したものの,双方の交渉の過程で,平成7年11月8日,被控訴人は,敷金返還期限を延長する案とともに,月額賃料を940万円(消費税別)とする案を,控訴人に提案したが,結局,合意に至らなかった。

  (8) 控訴人の賃料支払状況

 控訴人は,平成7年7月分から同年12月分までは月額1064万0840円(消費税別)の賃料を支払った。しかし,平成8年1月分以降は,上記被控訴人の提案額である月額940万円(消費税別)の賃料を支払うにとどめたため,前記の保証賃料額との差額(消費税込み)等は,別紙遅延損害金目録記載のとおりである。

 2 上記1で認定したところからすれば,本件は,不動産賃貸業等を営む会社である控訴人が,土地所有者である被控訴人の建築したビルにおいて転貸事業を行うことを目的とし,被控訴人に対し一定期間の賃料保証を約し,被控訴人において,この賃料保証等を前提とする収支予測の下に多額の銀行融資を受けてビルを建築した上で締結されたサブリース契約である。このような契約であっても,建物賃貸借契約に当たる以上,借地借家法の適用があり,特段の事情のない限り,賃料増減額請求に関する同法32条も適用があることは明らかであり,本件にかかる特段の事情は認められない。なお,本件には賃料保証特約が存し,控訴人の前記賃料減額請求は,同特約による保証賃料額からの減額を求めるものであるところ,借地借家法32条1項は,強行法規であって,賃料保証特約によってその適用を排除することができないものであるから,控訴人は,上記賃料保証特約が存することをもって直ちに保証賃料額からの減額請求を否定されることはない。

 3 そこで,控訴人による本件賃料減額請求権の行使が,借地借家法32条1項本文所定の賃料減額請求権行使の要件を具備しているか否か,これを具備している場合に相当賃料額はいくらかが問題となる。

 ところで,本件のようなサブリース契約にあっては,賃料減額請求の当否や相当賃料額を判断するに当たって,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情を総合考慮すべきであり,特に本件においては,上記の賃料保証特約の存在や保証賃料額が決定された事情をも考慮すべきである。

 このような見地から検討するに,前記認定事実によれば,控訴人は,当該賃料保証額が,当時の賃料相場よりも高い上,当時の賃料相場が下落傾向にあったため,この内容で契約を締結すると控訴人に赤字が発生することを予見した上で,本件確認書1を取り交わしたこと(もっとも,予想される逆ざやは坪当たり月額3000円程度であると予測していた。),被控訴人は,このような合意内容を信頼して,本件共同事業に協力し,多額の借財をし,資金をこれに投じたことが明らかである。

 しかし,他方で,一審における鑑定人若林眞の鑑定の結果によれば,本件賃貸借契約が,サブリース契約でない通常の賃貸借契約であったと仮定した場合の平成7年11月1日の時点における適正賃料額は月額603万5000円であると認められ,本件賃貸借契約における賃料保証月額1064万0840円とは相当の乖離があること,現実に,控訴人が収受したテナントからの毎月の転貸料は平成7年7月においては471万5408円,同年8月は513万3742円,同年9月から平成9年9月までは536万6402円,同年10月から平成12年3月までは537万2258円にすぎないことが認められる(甲51)。そして,本件の共同事業で被控訴人がもっとも関心が高いのは予想収支が確保されるか否かであると考えられるところ,被控訴人が負担する10年間の土地建物の公租公課についても,当初予測では9948万4000円であったところ,現実には6137万1081円であること(甲87,88),被控訴人の借入れのうち6億円については短期プライムレート+0.75%とする変動金利によるものであったところ,そのベースとなっている短期プライムレートは低下していること(甲74の1,2),そして,本件において前記の賃料保証特約の存在や保証賃料額が決定された事情,当事者間の交渉の経緯をも考慮すると,控訴人が本件賃料減額請求権を行使した平成7年10月23日の時点において,経済事情の変動等により,又は近傍同種の建物の賃料に比較して従前の保証賃料は不相当なものになったと認められ,控訴人による本件賃料減額請求権の行使は,借地借家法32条1項本文所定の建物の借賃が「不相当となったとき」との要件を満たすものということができる。

 4 そこで,本件の相当賃料額について判断する。

 一審における鑑定人若林眞の鑑定の結果によれば,平成7年11月1日の時点における適正賃料額が月額603万5000円であることは前記のとおりである。しかし,上記鑑定結果は,本件賃貸借契約がサブリース契約でない通常の賃貸借契約であったと仮定した場合の適正賃料額を示すものであり,本件が,不動産賃貸業等を営む会社である控訴人が,土地所有者である被控訴人の建築したビルにおいて転貸事業を行うことを目的とし,被控訴人に対し一定期間の賃料保証を約し,被控訴人においてこの賃料保証等を前提とする収支予測の下に多額の銀行融資を受けてビルを建築した上で締結されたサブリース契約であることからすれば,上記鑑定額をもって直ちに本件の相当賃料額であるということはできない。本件における相当賃料額を決定するに当たっては,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情を総合考慮すべきであり,特に本件においては,上記の賃料保証特約の存在や保証賃料額が決定された事情を考慮しなければならず,とりわけ,被控訴人が本件の事業を行うに当たって考慮した予想収支,それに基づく建築資金の返済計画をできるだけ損なわないよう配慮して相当賃料額を決定しなければならないというべきである。

 そこで,被控訴人の予想収支への影響について検討する。まず,被控訴人の借入金負担の点について見ると,被控訴人は,銀行からの借入返済予定表や残高証明を提出しないため,その詳細は明らかではない。また,控訴人が提出する予想収支表等(甲75,87,88)においては,被控訴人の借入金を11億円とするものではないから,これらの収支表等を直ちに採用することもできない。ところで,被控訴人の借入れのうち,年利6.09%の固定金利の5億円の借入金については,期日前に返済する場合でも満期(10年後に一括返済)までの固定金利との差額は支払わなければならない約定であるから変化がないが,変動金利の6億円の融資については,ベースとなっている短期プライムレートが,平成5年6月当時は年4.00%であったところ,同年8月末には年3.75%,同年9月末には年3.375%,同年12月9日には年3.00%,平成7年4月12日には年2.75%,同年4月25日には年2.375%,同年7月14日には年2.00%,同年9月14日には年1.625%,平成10年9月16日には年1.50%,平成11年3月18日には年1.375%,平成12年8月24日には年1.50%,平成13年3月28日には年1.375%と推移していることが認められる(甲74の1,2)。そこで,融資を受けた後の金利の軽減額を概算してみると,平成5年6月以降の10年間で総額約1億2900万円となり,これを月額にすると約107万円程度の金利負担が軽減されたものと認めることができる。また,前記認定からすれば,被控訴人が負担する10年間の公租公課についても,当初予測を下回る結果(10年間で約3811万円,月額にすると31万円余り減少)となっていることが明らかである。したがって,これらの軽減額を超えない限度で従前賃料が減額されたとしても,被控訴人が,当初,予測した収支内容を損なうことになるものではないということができる。そして,従前賃料である1064万0840円(消費税別)から上記の軽減額を単純に控除すると約926万円となり,その金額を上回る額であれば,被控訴人の資金の返済計画に大きな支障が生ずることもなく,衡平の見地から考えて,前記のような賃料保証があっても被控訴人はその減額を受忍すべきであるというべきである。

 ところで,控訴人が平成8年1月分以降月額940万円(消費税別)の賃料を支払っていることは前記のとおりであるが,この940万円という金額は,上記の金利軽減分を減額した額と大きく異なるものではない。そして,この金額は,当事者間の交渉の過程で,他の条件を伴うものであったとはいえ被控訴人提案に係るものであったこと,控訴人もこの提案に同意しなかったものの,一応提案に係る金額に従って支払い続けていること,その他本件に顕れた諸事情を総合考慮すると,平成7年11月分以降の本件相当賃料額は,月額940万円(消費税別)と定めるのが相当である。なお,これによっても,控訴人が実際に収受する転貸料に満たないこととなるが,控訴人は逆ざやとなることを承知した上で本件の共同事業を開始したものであり,本件においては賃料保証特約の存在があったなど保証賃料額が決定された経緯等を考慮すれば,上記の賃料をもって相当というべきである。

 5 以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求のうち減額賃料確認請求については平成7年11月分以降月額940万円(消費税別)であることを確認する限度で理由があるからこれを認容し,過払金請求については平成7年11月分及び同12月分についてはそれぞれ127万8065円が過払となるからこれと借地借家法32条3項所定の利息金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却することとする。また,被控訴人の未払賃料請求については,附帯控訴部分及び当審における拡張請求部分のいずれも理由のないことが明らかである。

 よって,主文のとおり判決する。