(参考判例)最高裁第三小法廷平成23年9月20日決定〔全店一括順位付け方式の預金債権の差押・上告審〕

債権差押命令の申立てにおける差押債権の特定については,差押債権の表示につき,各第三債務者の全ての店舗又は貯金事務センターを対象として順位付けをした上,同一の店舗の預貯金債権については,先行の差押え又は仮差押えの有無,預貯金の種類等による順位付けをした貯金債権の差押え(全店一括順位付け方式)を求めた事案


■判例 最高裁第三小法廷平成24年7月24日決定〔将来預金等の差押〕

主文

 本件抗告を棄却する。

 抗告費用は抗告人の負担とする。 

理由

 抗告代理人加藤淳也,抗告復代理人松澤良人,同鬼頭浩二の抗告理由について

 1 本件は,抗告人が,抗告人の相手方に対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として,相手方の第三債務者a銀行,同b銀行及び同c銀行に対する預金債権並びに第三債務者d銀行に対する貯金債権の差押えを求める申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。抗告人は,その申立書において,差し押さえるべき債権(以下「差押債権」という。)を表示するに当たり,各第三債務者の全ての店舗又は貯金事務センター(以下,単に「店舗」という。)を対象として順位付けをした上,同一の店舗の預貯金債権については,先行の差押え又は仮差押えの有無,預貯金の種類等による順位付けをしている。

 2 原審は,本件申立ては,差押債権の特定(民事執行規則133条2項)を欠き不適法であるとして,これを却下すべきものとした。

 3(1) 民事執行規則133条2項は,債権差押命令の申立書に強制執行の目的とする財産を表示するときは,差押債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならないと規定している。そして,債権差押命令は,債務者に対し差押債権の取立てその他の処分を禁止するとともに,第三債務者に対し差押債権の債務者への弁済を禁止することを内容とし(民事執行法145条1項),その効力は差押命令が第三債務者に送達された時点で直ちに生じ(同条4項),差押えの競合の有無についてもその時点が基準となる(同法156条2項参照)。

 これらの民事執行法の定めに鑑みると,民事執行規則133条2項の求める差押債権の特定とは,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならないと解するのが相当であり,この要請を満たさない債権差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。債権差押命令の送達を受けた第三債務者において一定の時間と手順を経ることによって差し押さえられた債権を識別することが物理的に可能であるとしても,その識別を上記の程度に速やかに確実に行い得ないような方式により差押債権を表示した債権差押命令が発せられると,差押命令の第三債務者に対する送達後その識別作業が完了するまでの間,差押えの効力が生じた債権の範囲を的確に把握することができないこととなり,第三債務者はもとより,競合する差押債権者等の利害関係人の地位が不安定なものとなりかねないから,そのような方式による差押債権の表示を許容することはできない。

  (2)  本件申立ては,大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対象として順位付けをし,先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満たないときは,順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の差押えを求めるものであり,各第三債務者において,先順位の店舗の預貯金債権の全てについて,その存否及び先行の差押え又は仮差押えの有無,定期預金,普通預金等の種別,差押命令送達時点での残高等を調査して,差押えの効力が生ずる預貯金債権の総額を把握する作業が完了しない限り,後順位の店舗の預貯金債権に差押えの効力が生ずるか否かが判明しないのであるから,本件申立てにおける差押債権の表示は,送達を受けた第三債務者において上記の程度に速やかに確実に差し押えられた債権を識別することができるものであるということはできない。そうすると,本件申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。

 4 以上と同旨をいう原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

 私は法廷意見に与するものであるが,本件申立ての如く,差押債権を表示するに当たり,各第三債務者の全ての店舗を対象として順位付けをした(以下,かかる方式を「全店一括順位付け方式」という。)上,同一の店舗の預貯金債権については,先行の差押え又は仮差押えの有無,預貯金の種類等による順位付けをした申立てにつき,法廷意見とは異なり,差押債権の特定性(民事執行規則133条2項)を認める高等裁判所の決定例も存するところから,法廷意見を若干敷衍する。

 1 これまでに全店一括順位付け方式による申立ての可否が問われた裁判例は,差押債権がいずれも債務者の第三債務者たる金融機関に対する預貯金債権であり,また従来の学説も専らかかる場合を念頭に置いて検討されてきた。

 しかし,全店一括順位付け方式による申立ての可否は,第三債務者が金融機関の場合に限らず,第三債務者が全国あるいは一定の地域に多数の店舗展開をし,当該店舗毎あるいは一定数の店舗を束ねたブロック毎に仕入代金の管理がなされている百貨店,流通業者,外食産業等の場合や,支店単位あるいはブロック単位毎に下請業者の管理を行っている全国規模のゼネコン,広い地域で事業を展開する土木建設業者等の場合にも問題となるのであって,それらの場合も視野に入れた上で,かかる方式による申立ての可否を検討する必要がある。

 2 差押命令(仮差押命令の場合も同様であり,以下双方の場合を含めて検討する。)の第三債務者に対する送達により,差押債権につき弁済禁止や処分禁止の効力が及ぶのであるから,差押債権の特定は,第三債務者において差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかにかつ確実に差し押さえられた債権の種類及び金額を具体的に識別できるものである必要がある。

 債権者が差押命令の申立てに当たって債務者の第三債務者に対する債権の内容を具体的に把握することは一般に困難であるから,差押債権につき特定基準を具体的に措定することによって間接的に特定すること(間接的特定)も許容されるが,裁判所は,差押命令の発令に際し,申立てにおいて措定された特定基準が上記の要件を満たしているか否かを判断するに当たって,第三債務者の状況を直接認識することはできないから,当該第三債務者の置かれている社会経済的状況の下で,一般に当該第三債務者が速やかにかつ確実に差押債権の種類及び金額を識別するに足りるだけの基準たり得るか否かとの観点から判断するべきである。

 かかる観点から特定基準を考える場合,特段の事情がない限り,第三債務者の債務管理の単位を基準として差押債権の種類及び金額が特定されるべきであり,それを超えて,複数の債務管理の単位に係る債務者の第三債務者に対する債権につき,差押えの順位を付けてなされる債権差押命令の申立ては,かかる申立てに基づく債権差押命令が発令されても,第三債務者が差押債権の種類及び金額を速やかにかつ確実に識別することが困難であるというべく,したがって差押債権の特定を欠くものといわざるを得ない。

 なお,金融機関に対する預金債権の差押えにつき全店一括順位付け方式による差押債権の特定を認める見解は,金融機関がそれに対応できるコンピュータシステム(CIFシステム)を設置しているとか,金融機関は預金保険制度の適用に対応する名寄せシステムを設けているから対応が可能なはずである等としているが,現時点においてCIFシステムが全店一括順位付け方式による差押えに直ちに対応できる機能を有していることを示す資料は公表されておらず,また,預金保険制度の適用に対応する名寄せシステムは,その目的を異にするものであり,同システムをもって上記の方式による差押えに直ちに対応できるものではない。

 3 ところで,全店一括順位付け方式を肯定する見解は,第三債務者が差押債権を識別するに至るまでに若干の時間を要することを認めながら,差押命令の送達から第三債務者が差し押さえられた債権を識別するに至るまでの間に,第三債務者から債務者に対してなされた弁済は民法478条により保護され,第三債務者の民法481条による責任は同条を柔軟に解釈することにより対応が可能であり,また,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,差押えの対象外の債権の支払を遅延しても債務不履行責任を問われることはないので,同方式による差押命令を認めても支障はない旨主張している。

 しかし,上記の民法478条,481条に関する議論は論者によって十分に詰められていないし,債権の流動化を含む経済取引の迅速化が求められている今日,債務者の第三債務者に対する債権につき,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,債務者への支払に応じてよいか否かが判然としない浮動的な状態が生ずることは,取引上重大な支障をもたらすことになりかねない。なお,論者によっては,かかる浮動的な状態が生じたとしても,債務不履行の問題は生じないとする者もあるが,そのような浮動的な状態が生ずることによる取引上の支障は,債務不履行責任の追及という事後的な手続では到底救済され得ないような不利益を債務者にもたらしかねないのである。

 殊に預金債権の差押えに関して言えば,普通預金口座(総合口座)におけるATMが普及している今日,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,第三債務者である金融機関が債務者の預金につきATMの利用を停止し,結果的にその対象預金が差押えの対象外であった場合には,債務者の不利益の問題が生じ,他方,結果的に差押えの対象であった預金がその間にATMにより払い出された場合には,民法481条による責任の有無の問題が生ずる。また,差押債権に当座預金が含まれている場合には,差押債権の識別作業中,当該当座預金を支払口座とする手形,小切手の決済を如何にするかという信用秩序に影響を及ぼしかねない問題をも生じかねないのである。

 4 さらに,全店一括順位付け方式による債権差押えを認める場合には,法廷意見にて指摘するとおり競合する債権差押えとの間で問題を生ずる。すなわち,全店一括順位付け方式による差押命令が発せられた後に,他の債権差押命令が発せられた場合,その差押えの効力如何(先行する差押えに係る転付命令により後の差押えが空振りとなるか,差押えの競合により後の差押えに係る転付命令が無効となるか,差押えの競合がなく直接の取立てが可能となるか等)は,先行する全店一括順位付け方式の差押えによる差押債権の識別作業が完了するまで不明の状態に置かれることになり,先行して複数件の全店一括順位付け方式の差押命令が発せられている場合には,それら複数件の差押えの対象債権の識別作業が完了するまで,その後の差押えの効力如何が判明しないこととなり,債務者及び第三債務者のみならず,後れて差し押さえた差押債権者の地位を非常に不安定なものとすることになる。

 また,全店一括順位付け方式を認めると,請求債権額が相当額に及ぶ場合には,債権者は一件の債権差押えの申立てをもって,債務者の第三債務者に対して有する債権を包括的に差し押さえる効果を得ることとなるが,かかる状態が生ずることは債権者間の公平の観点からは望ましい事柄ではないと考える。

 5 以上述べた諸点からすれば,全店一括順位付け方式による債権差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠くものといわざるを得ない。

主文

 1 本件抗告を棄却する。

 2 抗告費用は,抗告人の負担とする。

理由

第1 抗告の趣旨及び理由

 1 抗告の趣旨

  (1) 原決定を取り消す。

  (2) 抗告人の申立てにより,別紙請求債権目録〈省略〉記載の債権の弁済に充てるため,同目録記載の執行力ある債務名義の正本に基づき,相手方が各第三債務者に対して有する別紙各差押債権目録〈省略〉記載の債権を差し押さえる。

  (3) 相手方は,前項により差し押さえられた債権について,取立てその他の処分をしてはならない。

  (4) 第三債務者らは,第2項により差し押さえられた債権について,相手方に対し,弁済をしてはならない。

 2 抗告の理由

 抗告の理由は,別紙「抗告理由書」〈省略〉に記載のとおりである。

第2 事案の概要

 1 本件は,抗告人(原審債権者)が,相手方(原審債務者)に対する名古屋地方裁判所平成22年(ワ)第7106号損害賠償請求事件の執行力ある判決正本に基づいて,相手方が各第三債務者に対して有する預金債権(第三債務者株式会社d銀行については,貯金債権。以下同じ。)につき,差押命令を求めた事案である。

 抗告人は,差押債権とする相手方名義の預金債権につき,各第三債務者の複数の店舗(第三債務者株式会社d銀行については,貯金事務センター。以下同じ。)に預金債権がある場合には支店番号(第三債務者株式会社d銀行については,申立人の付した番号。以下同じ。)の若い順に従うとし,同一店舗扱いの預金債権については,差押えの有無やその種別等による順位を付した上で,差押命令を求めた。

 2 原審は,債権差押命令の申立てに際しては,差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならないところ(民事執行規則133条2項),これは,第三債務者が二重払いの危険や債務不履行責任を追及されることを防止するためのものであるが,本件申立ての差押債権の表示では,本件の第三債務者らが差押債権を調査し,支払停止の措置を執るまでには相当の時間を要することになり,二重払いの危険や債務不履行責任の追及のおそれが生じることは否定できず,差押債権の特定がされているものと認めることはできないとして,本件申立てを却下した。

 これに対し,抗告人が抗告した。

第3 当裁判所の判断

 1 当裁判所も,本件申立ては,差し押さえるべき債権の特定がされているものと認めることはできないから,却下すべきものと判断する。その理由は,後記2のとおり付加するほか,原決定の「理由」欄の第2に記載のとおりであるから,これを引用する。

 2 抗告人の主張について

  (1) 抗告人は,原審は,「本件申立ての差押債権の表示では,第三債務者らが差押債権を調査の上,支払停止の措置をとるまでには相当の時間を要する」と判示するが誤りであり,大阪地方裁判所が,別件で,第三債務者a銀行株式会社に対して行った調査嘱託の結果によれば,「複数の店舗に預金債権があるときは,支店番号の若い順による。」として差押命令が発令された場合の支払停止までの所要時間について,最低1時間~1時間30分との回答がされており,本件の他の第三債務者らも,いわゆるメガバンクであるから,同程度と考えられると主張する。

 しかし,大阪地方裁判所の別件における調査嘱託に対し,第三債務者a銀行は,支払停止まで最低でも1時間~1時間30分かかり,作業は機械的な単純作業ではないため,預金債権の特定が困難な場合には,所要時間は更に延びると回答しているものである(《証拠省略》)。そうすると,本件申立てのような,すべての支店につき網羅的に行う差押えでは,第三債務者が支払停止の措置を執るまでには相当の手間や時間を要すると考えられ,原審の判断は,相当である。

  (2) 抗告人は,別件で,「支店番号の若い順による」として預金に対する差押命令が発令された例があるが,金融機関は,問題なく,取引のある支店についての預金額を把握し,第三債務者の陳述書を提出していると主張する。

 しかし,抗告人提出の第三債務者の陳述書写し(《証拠省略》)をみると,本店と複数の支店の預金に対し差押命令が発令されたことがうかがえるものの,全支店を網羅したものか否か判然としないし,支払停止の措置を執るまでにどれほどの時間を要したかは不明である。したがって,第三債務者の陳述書が提出されているからといって,第三債務者の過度の負担がなかったといえるものではない。

  (3) 抗告人は,原審は,顧客情報システム(CIFシステム)を保有し,これを利用して債務者の有する預金債権を特定できる場合があるとしても,そのようなシステムが差押債権の特定や支払停止等の作業を短時間に完遂することを可能とする十分な機能を有しているものと認めるに足りる事情はない旨判示するが,誤りであり,今日において,顧客情報がコンピュータで管理されており,預金者の有する預金債権を容易に特定でき,支払停止等の作業を短時間に完遂できることは,明らかであると主張する。

 しかし,本件各第三債務者がCIFシステムを有しているとしても,これが,どのような機能を有し,これを用いると,どの程度の時間で,どれだけの作業を行えるのかについては,これを明らかにする確たる資料はない。したがって,原審の判断は,相当である。

  (4) 抗告人は,金融機関たる第三債務者の数の店舗に対し,これに順位を付した差押命令が認められた裁判例(《証拠省略》)があると主張する。

 しかし,これらの裁判例は,特定地域の少数の支店の預金(《証拠省略》)又は本店及び特定地域の少数の支店の預金(《証拠省略》)を差押えの対象としたもので,すべての支店の預金を網羅的に対象とする本件申立てとは事案が異なり,第三債務者の負担が同程度とは考えにくい。

  (5) 抗告人は,その他るる主張するが,原審の判断を左右するに足りない。

 3 よって,原決定は相当であり,本件抗告は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり決定する。

主文

 1 本件抗告を棄却する。

 2 抗告費用は,抗告人の負担とする。

理由

第1 抗告の趣旨及び理由

 1 抗告の趣旨

  (1) 原決定を取り消す。

  (2) 抗告人の申立てにより,別紙請求債権目録〈省略〉記載の債権の弁済に充てるため,同目録記載の執行力ある債務名義の正本に基づき,相手方が各第三債務者に対して有する別紙各差押債権目録〈省略〉記載の債権を差し押さえる。

  (3) 相手方は,前項により差し押さえられた債権について,取立てその他の処分をしてはならない。

  (4) 第三債務者らは,第2項により差し押さえられた債権について,相手方に対し,弁済をしてはならない。

 2 抗告の理由

 抗告の理由は,別紙「抗告理由書」〈省略〉に記載のとおりである。

第2 事案の概要

 1 本件は,抗告人(原審債権者)が,相手方(原審債務者)に対する名古屋地方裁判所平成22年(ワ)第7106号損害賠償請求事件の執行力ある判決正本に基づいて,相手方が各第三債務者に対して有する預金債権(第三債務者株式会社d銀行については,貯金債権。以下同じ。)につき,差押命令を求めた事案である。

 抗告人は,差押債権とする相手方名義の預金債権につき,各第三債務者の複数の店舗(第三債務者株式会社d銀行については,貯金事務センター。以下同じ。)に預金債権がある場合には支店番号(第三債務者株式会社d銀行については,申立人の付した番号。以下同じ。)の若い順に従うとし,同一店舗扱いの預金債権については,差押えの有無やその種別等による順位を付した上で,差押命令を求めた。

 2 原審は,債権差押命令の申立てに際しては,差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならないところ(民事執行規則133条2項),これは,第三債務者が二重払いの危険や債務不履行責任を追及されることを防止するためのものであるが,本件申立ての差押債権の表示では,本件の第三債務者らが差押債権を調査し,支払停止の措置を執るまでには相当の時間を要することになり,二重払いの危険や債務不履行責任の追及のおそれが生じることは否定できず,差押債権の特定がされているものと認めることはできないとして,本件申立てを却下した。

 これに対し,抗告人が抗告した。

第3 当裁判所の判断

 1 当裁判所も,本件申立ては,差し押さえるべき債権の特定がされているものと認めることはできないから,却下すべきものと判断する。その理由は,後記2のとおり付加するほか,原決定の「理由」欄の第2に記載のとおりであるから,これを引用する。

 2 抗告人の主張について

  (1) 抗告人は,原審は,「本件申立ての差押債権の表示では,第三債務者らが差押債権を調査の上,支払停止の措置をとるまでには相当の時間を要する」と判示するが誤りであり,大阪地方裁判所が,別件で,第三債務者a銀行株式会社に対して行った調査嘱託の結果によれば,「複数の店舗に預金債権があるときは,支店番号の若い順による。」として差押命令が発令された場合の支払停止までの所要時間について,最低1時間~1時間30分との回答がされており,本件の他の第三債務者らも,いわゆるメガバンクであるから,同程度と考えられると主張する。

 しかし,大阪地方裁判所の別件における調査嘱託に対し,第三債務者a銀行は,支払停止まで最低でも1時間~1時間30分かかり,作業は機械的な単純作業ではないため,預金債権の特定が困難な場合には,所要時間は更に延びると回答しているものである(《証拠省略》)。そうすると,本件申立てのような,すべての支店につき網羅的に行う差押えでは,第三債務者が支払停止の措置を執るまでには相当の手間や時間を要すると考えられ,原審の判断は,相当である。

  (2) 抗告人は,別件で,「支店番号の若い順による」として預金に対する差押命令が発令された例があるが,金融機関は,問題なく,取引のある支店についての預金額を把握し,第三債務者の陳述書を提出していると主張する。

 しかし,抗告人提出の第三債務者の陳述書写し(《証拠省略》)をみると,本店と複数の支店の預金に対し差押命令が発令されたことがうかがえるものの,全支店を網羅したものか否か判然としないし,支払停止の措置を執るまでにどれほどの時間を要したかは不明である。したがって,第三債務者の陳述書が提出されているからといって,第三債務者の過度の負担がなかったといえるものではない。

  (3) 抗告人は,原審は,顧客情報システム(CIFシステム)を保有し,これを利用して債務者の有する預金債権を特定できる場合があるとしても,そのようなシステムが差押債権の特定や支払停止等の作業を短時間に完遂することを可能とする十分な機能を有しているものと認めるに足りる事情はない旨判示するが,誤りであり,今日において,顧客情報がコンピュータで管理されており,預金者の有する預金債権を容易に特定でき,支払停止等の作業を短時間に完遂できることは,明らかであると主張する。

 しかし,本件各第三債務者がCIFシステムを有しているとしても,これが,どのような機能を有し,これを用いると,どの程度の時間で,どれだけの作業を行えるのかについては,これを明らかにする確たる資料はない。したがって,原審の判断は,相当である。

  (4) 抗告人は,金融機関たる第三債務者の数の店舗に対し,これに順位を付した差押命令が認められた裁判例(《証拠省略》)があると主張する。

 しかし,これらの裁判例は,特定地域の少数の支店の預金(《証拠省略》)又は本店及び特定地域の少数の支店の預金(《証拠省略》)を差押えの対象としたもので,すべての支店の預金を網羅的に対象とする本件申立てとは事案が異なり,第三債務者の負担が同程度とは考えにくい。

  (5) 抗告人は,その他るる主張するが,原審の判断を左右するに足りない。

 3 よって,原決定は相当であり,本件抗告は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり決定する。