(参考判例)東京地裁平成20年6月17日判決〔後遺障害14級9号の労働能力喪失期間の制限〕

14級9号の事案で,労働能力喪失期間が5年以下に制限された事案(5年とされた事案)。

■判例 神戸地裁平成25年10月10日判決〔後遺障害14級9号の労働能力喪失期間の制限〕

主文

 1 被告は,原告に対し,金173万4113円及びこれに対する平成14年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告のその余の請求を棄却する。

 3 訴訟費用は,これを25分し,その3を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

 1 請求の趣旨

  (1) 被告は,原告に対し,金1434万4241円及びこれに対する平成14年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  (2) 訴訟費用は被告の負担とする。

  (3) 仮執行の宣言

 2 請求の趣旨に対する答弁

  (1) 原告の請求を棄却する。

  (2) 訴訟費用は原告の負担とする。

第2 事案の概要等

 1 本件は,原告(昭和○年○月○日生の女性,事故当時42歳)が運転する乗用車と,被告が運転するタクシーが都内のT字路交差点で衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)について,原告が,被告に対し,自賠法3条及び民法709条に基づく損害賠償を求めた事案である。

 2 争いのない事実等(当事者間に争いがないか,各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

  (1) 本件事故の発生(甲1,3,乙8)

   ア 日時 平成14年9月9日午後0時8分ころ

   イ 場所 東京都練馬区東大泉1丁目35番先路上

   ウ 原告車 自家用普通乗用自動車(練馬〈省略〉)

 同運転者 原告

 同所有者 訴外住美産業株式会社

   エ 被告車 事業用普通乗用自動車(練馬〈省略〉)

 同運転者 被告

 同所有者 被告

   オ 態様 信号機による交通整理の行われていないT字路交差点で,大泉街道を直進中の原告車と,交差する一方通行道路から右折のため進入した被告車が衝突した。

  (2) 原告の傷害

 原告は,本件事故により,頚椎捻挫,腰椎捻挫等の傷害を負い,平成16年11月17日,ひらの亀戸ひまわり診療所整形外科の医師から症状固定と診断された(甲2)。

  (3) 後遺障害等級認定

 原告は,平成17年6月28日,自賠責保険の事前認定において,自賠法施行令2条別表第2の後遺障害非該当との通知を受けたが,当該認定に対し異議を申し立て,平成18年9月15日,同後遺障害併合14級に該当するとの通知を受けた(甲15,16)。また,原告は,労災保険から,労災基準の後遺障害14級9号に該当するとの認定を受けた(甲6)。

  (4) 原告に対する既払金

 原告は,本件事故による損害につき,被告から計322万8922円(内訳:治療費74万4322円,休業損害248万円,通院交通費4600円)の支払を受けたほか,自賠責保険から75万円の支払を受け,労災保険から595万6366円の支払を受けた(甲5の1ないし25,6,16,乙4の2,5の2,6の2,10)。したがって,原告は,本件事故による損害の填補として993万5288円の支払を受けたことになる。

 3 争点及び当事者の主張

  (1) 事故態様,過失割合

 (原告の主張)

 本件事故は,渋滞のためほぼ停止状態にあった原告車に対し,本件交差点を右折しようとした被告車が停止線の手前で一時停止をすることなく衝突してきたものであるから,原告に過失はない。

 (被告の主張)

 原告車は進行速度は遅かったものの,停止まではしていなかった。本件事故の過失割合は,物損の示談と同様の原告2割,被告8割が相当である。

  (2) 原告の損害額

 (原告の主張)

   ア 治療費等 0円(既払金控除後の金額)

   イ 通院交通費 7万9040円(既払金控除後の金額)

   ウ 休業損害 644万8501円(既払金控除後の金額)

 原告は,本件事故当時建築会社に勤務し,月額50万円の給与を得ていたが,本件事故日から症状固定日までの約2年3か月間にわたり就労することができなかった。

   エ 傷害慰謝料 212万円

   オ 後遺障害慰謝料 35万円(既払金控除後の金額)

 原告には,本件事故により自賠法施行令2条別表第2の14級に該当する程度の後遺障害が残存したもので,これに相応する慰謝料は110万円である。

   カ 後遺症逸失利益 404万6700円

 基礎収入は,上記ウの収入(年収600万円)とし,労働能力喪失率は後遺障害等級14級に対応する5パーセント,症状固定時からの就労可能年数を23年(その場合のライプニッツ係数は13.489)として算定すべきである。

   キ 弁護士費用 130万円

 (被告の主張)

   ア 治療費等 126万5888円(被告側の負担金74万4322円と労災医療給付金52万1566円の合計額)

 原告の主な傷害は頚椎・腰椎捻挫であること,本件事故の規模は大きなものではないこと,原告の治療内容は事故後間もなくしてリハビリ・理学療法になっており,平成15年1月末ころの段階で軽快しつつあるとの担当医による診断がなされていることなどからして,原告が本件事故による傷害の症状固定まで2年3か月もの長い期間を要したとは考え難い。原告の治療長期化には,本件事故以前からの頚部・腰部の経年性変化が寄与したものと考えられるから,その意味においても原告の主張する治療期間は相当でない。

   イ 通院交通費 8万3640円

   ウ 休業損害 不知ないし争う。

 原告の主張する基礎収入(月収50万円)は否認する。仮に休業損害が認められるとしても,原告の相当な休業期間は長くて8か月である。

   エ 傷害慰謝料 不知ないし争う。

 仮に傷害慰謝料が認められるとしても,他覚所見を伴わないむち打ち症での通院12か月を前提とすべきである。

   オ 後遺障害慰謝料 110万円

   カ 後遺症逸失利益 不知ないし争う。

 仮に後遺症逸失利益が認められるとしても,原告の労働能力喪失期間は3年程度とみるべきである。

   キ 弁護士費用 不知ないし争う。

第3 当裁判所の判断

 1 争点(1)(事故態様,過失割合)について

  (1) 前記第2の2(1)の事実並びに証拠(甲3,17,乙1,2の1及び2,8,9,原告本人,被告本人。ただし,後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

   ア 本件事故現場のT字路交差点は,幅員の広い大泉街道に,幅員の狭い一方通行道路が接続する交差点である。同交差点は信号機による交通整理の行われていない交差点であり,一方通行道路からの入口側には,一時停止の標識及び停止線が設けられている。

   イ 本件事故当時,大泉街道はガードレール及びガードパイプが設置されて幅員が狭くなっており,一方通行道路からの入口は同道路を進行する車両にとって通常よりも前方となり,当該入口の手前にも停止線が設けられていた。また,当該入口の左側には1台の車両が停止していた。

   ウ 原告は,本件事故当日,仕事先に行くために,原告車を運転して,大泉街道を直進していた。原告は,大泉街道を通行する車両が多く,道路状況が混雑していたことから,原告車を低速度で走行させていた。

   エ 一方,被告は,大泉学園駅に向かい,被告車を運転して,一方通行道路を進行しており,上記T字路交差点で右折して大泉街道に入ろうと考え,上記イの停止線の手前で被告車を減速させて右折の合図を出した。

   オ その後,被告は,大泉街道の右方に進入するスペースがあることに気を取られ,左方を十分確認せずに右折を開始し,自車の左前方を走行中の原告車に気付かないまま,被告車の左前角部分を,原告車の右側運転席ドア付近に衝突させた。

   カ 本件事故により,原告車は右側面に軽度の凹損を生じたが,被告車にはほとんど損傷は残らなかった。

  (2) 上記認定事実によれば,被告は,一方通行道路から,信号機による交通整理の行われていないT字路交差点を右折して,大泉街道に進入しようとしていたもので,一方通行道路からの進入車両に対しては道路標識等により一時停止すべきことが指定されており,交差点入口左側には見通しの障害となる車両が存在していたのであるから,交差点の手前で被告車を一時停止させた上,前方左右の状況に十分注意してできる限り安全な速度と方法で進行しなければならない義務があった(道路交通法36条4項,同法43条参照)にもかかわらず,右折先の状況に気を取られ,交差点の手前での一時停止を怠り,左方に対する注意も疎かにして漫然と被告車を交差点内に進入させたために,先に交差点内に進入していた原告車に対し,急制動等の回避措置をなんら取ることなく被告車を衝突させたことが認められ,被告には,本件事故を惹起した過失がある。

 他方,原告についても,本件事故現場のT字路交差点を直進して通過するに当たっては,交差点の右方から進入してくる車両があることは予測できたのであるから,安全な方法で進行しなければならない義務があったのにこれを怠った過失があるが,本件事故当時の道路状況に鑑みると,原告車の側で被告車との衝突を回避し得た可能性は少なかったものと考えられる。

 そして,上記認定の双方の過失の態様に照らせば,本件事故発生について原告の過失割合は1割,被告の過失割合は9割であると認められ,原告の後記損害については,上記過失割合に従って過失相殺をするのが相当である。

 なお,仮に,被告車が,上記(1)イの停止線の手前で一時停止したことを前提としても,当該停止線の位置からでは,左前方に存在していた障害車両のために見通しに支障があったことが窺われ,その場合,被告は更に注意しつつ徐行して左右の見通しが可能な地点まで進出し,安全確認のために必要があれば再度一時停止しなければならないと解される。そして,前掲各証拠によれば,被告がそのような運転方法を取っていないことは明らかであるから,上記過失割合についての判断は左右されない。

 2 争点(2)(原告の損害額)について

  (1) 治療費等 126万5888円

 証拠(乙3の1ないし3,4の1及び2,5の1及び2,6の1及び2,10)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故による傷害の治療等のために,本件事故日から平成16年11月17日の症状固定日までの間に,126万5888円(被告からの既払金74万4322円と労災医療給付金52万1566円の合計額)の支払を要したことが認められる。

 なお,被告は原告の治療の長期化には頚椎・腰椎の経年性変化の素因が重大な影響を及ぼしていると考えられることなどから,相当な治療期間は限定される旨主張するが,前記症状固定日の診断は医師によりなされたものであること,原告の頚椎・腰椎の経年性変化は疾患に該当しないこと等に鑑みると,上記被告の主張を採用することはできない。

  (2) 通院交通費 8万3640円

 証拠(甲12の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故日後,ひらの亀戸ひまわり診療所等に通院し,その間に要した通院交通費は8万3640円(原告負担分7万9040円及び被告からの既払金4600円の合計額)であることが認められる。

  (3) 休業損害 717万9845円

 証拠(甲3,4の1ないし6,5の1ないし25,11,12の1及び2,13,14,17,18,乙7,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は平成12年10月ころまで生命保険会社の外交員として約14年間勤務し,平成11年中は617万7719円,平成12年中は479万8950円の給与収入を得ていたもので,本件事故当時は建築会社に月収50万円(年収600万円)の契約で雇用されていたこと,原告は本件事故後平成15年3月ころまで,週3,4日整形外科にリハビリのため通院していたこと,原告は平成16年1月ころから仕事への復帰を計画し,同年2月ころから月に5日ないし7日程度電話番等の仕事をするようになったが,勤務先会社を同年9月30日に解雇されたこと,原告は平成17年6月から別の会社での仕事を始めたことなどの事実が認められ,これらの事実に加えて,前記のとおり,原告の傷害は頚椎捻挫,腰椎捻挫等であり,本件事故から平成16年11月17日の症状固定日までの間,その症状は段階的な回復傾向にあったことが窺われることなどに照らすと,原告は本件事故から上記症状固定日までの通院期間中に,次の計算式のとおり,717万9845円の休業損害を被ったものと算定するのが相当である。

 計算式 (50万円-8万円)〔平成14年9月8日から同月30日まで〕+(600万円×100%÷365×182日)〔平成14年10月1日から同15年3月31日まで〕+(600万円×60%÷365×275日〔平成15年4月1日から同年12月31日まで〕+(600万円×20%÷366×322日)〔平成16年1月1日から同年11月17日まで〕=717万9845円(円未満切り捨て。以下同じ。)

  (4) 傷害慰謝料 186万円

 前記原告の受傷の部位・程度,症状固定時までの通院期間及び治療経過等に照らせば,傷害慰謝料の額は186万円と認めるのが相当である。

  (5) 後遺障害慰謝料 110万円

 前記原告が本件事故によって被った後遺障害の内容,程度に照らせば,後遺障害慰謝料の額は110万円と認めるのが相当である。

  (6) 後遺症逸失利益 129万8850円

 前記のとおり,原告は,本件事故後自賠責の事前認定手続を経て自賠法施行令別表第2の後遺障害併合14級の認定を受けたもので,上記原告の症状固定時の症状,その後の同人の生活状況等の事実によれば,原告は本件事故の結果,症状固定日である平成16年11月17日から5年間(その場合のライプニッツ係数は4.3295),労働能力を5パーセント喪失したものというべきであり,原告の後遺症逸失利益は,次の計算式のとおり,129万8850円となる。

 計算式 600万円×5%×4.3295=129万8850円

  (7) 以上によれば,原告の損害額の合計は,1278万8223円であり,これから前記1(2)の原告の過失割合1割を減額すると,1150万9401円となる。

 3 損害の填補

 前記第2の2(4)のとおり,原告は本件事故による損害の填補として合計993万5288円の支払を受けているから,これを上記2(7)の過失相殺後の原告の損害額から控除すると,被告が原告に対し賠償すべき弁護士費用以外の損害額は157万4113円となる。

 4 弁護士費用 16万円

 本件事故と相当因果関係のある原告の弁護士費用相当の損害額は,16万円と認めるのが相当である。

 5 結論

 以上の次第で,原告の請求は,金173万4113円及びこれに対する本件事故発生日である平成14年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。