(参考判例)東京地裁平成23年3月31日判決〔無催告解除(特約)に基づく解除(消極)〕

賃料不払期間が10か月にわたることを過大に重視することはできないとし,無催告解除(特約)に基づく解除が認められなかった事例。

主文

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

 1 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載1の建物を収去して別紙物件目録記載2の土地を明け渡せ。

 2 被告は,原告に対し,平成21年2月15日から別紙物件目録記載2の土地の明渡し済みまで1か月5万円の割合による金員を支払え。

第2 当事者の主張

 1 請求原因

  A 平成21年2月14日付け解除について

   (1) 原告は,不動産の売買,賃貸,管理,鑑定及びその仲介斡旋などを目的とする特例有限会社である。

 被告は,不動産の賃貸借並びにその売買などを目的とする株式会社である。

   (2) Aは,昭和51年(1976年)10月4日当時,別紙物件目録記載2の土地(以下「本件土地」という。)を所有していた。(甲4)

   (3) Aは,昭和51年(1976年)10月4日,被告(当時の商号は「国土建設公業有限会社」)に対し,本件土地を,次の約定で賃貸し,同契約に基づき,本件土地を引き渡した(以下,この賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。

 賃貸借期間 昭和51年(1976年)10月4日から平成8年(1996年)10月3日までの間

 賃料 月額8889円

 支払期限 翌月分を毎月末日までに前払い。

   (4) 被告は,昭和52年(1977年)11月10日,本件土地上に別紙物件目録記載1の建物(以下「本件建物」という。)を新築し,現在も所有している。

   (5) Aは,昭和64年(1989年)1月7日,原告に対し,本件土地を売却し,同月18日,その旨の所有権移転登記を経由した。

   (6) 原告と被告は,平成4年(1992年)1月ころ,同月分からの本件賃貸借契約の賃料を月額2万9360円に変更する旨の合意をした。

   (7) 被告は,平成20年3月分以降の賃料を支払期限が過ぎても,支払わなかった。

   (8) 原告は,平成20年12月26日,被告に対し,同年3月分から同年12月分までの賃料を支払うよう催告したが,平成21年2月14日に至るも,賃料は支払われなかった。

   (9) 原告は,平成21年2月14日,被告に対し,本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

   (10) 平成21年2月15日以降の本件土地の相当賃料額は,1か月5万円を下らない。

  B 平成22年3月5日付け解除について

   (1) 上記A(1)ないし(6)及び(10)のとおり

   (2) 本件賃貸借契約の平成21年3月分の賃料及び同年5月から平成22年3月分までの賃料の弁済期が経過した。

   (3) 原告は,平成22年3月5日の本件弁論準備手続期日において,平成21年3月分及び同年5月1日から平成22年3月5日までの毎月2万9630円の賃料並びにそれらに対する各弁済期から年6分の割合による遅延損害金の不払を原因として,本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

  C よって,原告は,被告に対し,本件賃貸借契約の終了に基づき,本件建物を収去し,本件土地を明け渡すこと,及び平成21年2月15日から本件土地の明渡済みまで1か月5万円の割合による遅延損害金の支払を求める。

 2 請求原因に対する認否等

  (1) 請求原因A(1)のうち,被告に関する部分は認め,原告に関する部分は不知。

  (2) 請求原因A(2)ないし(4)は認める。

  (3) 請求原因A(5)は不知。

  (4) 請求原因A(6)は認める。

  (5) 請求原因A(7)は否認する。

  (6) 請求原因A(8)及び(9)のうち,被告が原告から催告及び解除の意思表示を記載した書面を受け取ったことは認め,その余は否認ないし争う。

  (7) 請求原因A(11)は不知。

  (8) 請求原因B(1)は,請求原因A(1)ないし(6)の認否と同じ。

  (9) 請求原因B(2)は顕著な事実であり,同(3)は当裁判所に顕著な事実である。

 3 抗弁 信頼関係不破壊の評価根拠事由

 本件賃貸借契約には次のとおり,信頼関係が破壊されていない特段の事情があるから,賃料未払等の事情があっても,賃貸借契約を解除することは信義則に反し許されない。

  (1) 被告代表者の父Cは,被告を設立し,平成10年ころまで被告の代表者を務めていた。被告代表者は,Cが平成11年ころ体調を崩したため,同年11月30日,Cに代わり,被告の代表者に就任した。しかしながら,被告代表者は,上海を中心とした仕事に従事していたため,被告の業務内容である賃貸不動産の管理は,専ら,被告代表者の母D及び被告代表者の妻に委ねていた。ところが,被告代表者の妻が平成18年5月3日に急逝し,Dも同年10月12日に死亡したため,被告の業務内容を詳しく知る者がいなくなったため,被告代表者は,十分な引継ぎが受けられないまま,被告の業務を引き継ぐことになった。

 Dは,平成17年1月13日,みずほ銀行小金井支店との間で,本件賃料を自動送金する旨の自動送金サービス契約(以下「本件自動送金契約」という。)を締結し,平成20年2月分までは,この契約に基づき,原告に送金されていた。本件自動送金契約の期間は平成17年2月から平成20年1月であったため,平成20年1月に同年2月分の賃料が送金された後は,送金が行われなかった。

 被告代表者は,本件自動送金契約につき,引継ぎが行われなかったため,同契約の終了後も,新たな契約を締結することなく放置してしまったため,本件賃料の未払が生じた。

  (2) 被告は,原告からの催告を受け,原告に対し,不払の理由の説明,謝罪及び賃料の振込先を確認するため,再三再四連絡したが,原告と一切連絡がとれないようになった。

  (3) 被告は,平成21年2月16日,原告代理人の指定口座に平成20年2月分から平成21年2月分までの未払賃料に遅延利息を加算した合計40万4709円を振り込む方法により支払った。

  (4) 原告が現金書留の受取を拒否したため,被告は,平成21年3月分の賃料を供託し,その後も毎月の供託を継続している。

  (5) 被告は,本件建物を共同住宅として第三者に賃貸し,毎月約25万円の賃料収入を得ているほか,他に貸店舗3店,5階建てのビル,アパート(18室)及び土地を有しており,関連会社を含めると多くの不動産を所有している。他方,本件賃貸借契約の賃料は月額2万9630円であり,支払能力があり,今後も継続して支払う意思がある。

 4 抗弁に対する認否等

  (1) 抗弁柱書は否認ないし争う。

  (2) 抗弁(1)は知らない。

  (3) 抗弁(2)は否認ないし争う

  (4) 抗弁(3)は認める。

  (5) 抗弁(4)のうち,被告が現金書留を送付したこと及び平成21年4月分の賃料名目で供託をしていることは認め,その効果は争う。

  (6) 抗弁(5)のうち,賃料が月額2万9630円であることを認め,その余は知らない。

 5 再抗弁 信頼関係不破壊の評価障害事実

 次の事情を考慮すれば,本件賃貸借契約について,信頼関係が破壊されていない特段の事情があるとはいえない。

  (1) 被告は,事務処理上の煩雑さを免れるため自動引落しを利用した。

  (2) 被告は,本件賃貸借契約の賃料が適正に引落されているかを確認しなかった。

  (3) 被告は,未払賃料の支払を催告されてから,解除の意思表示をされるまで1か月以上も支払をしなかった。

  (4) 被告は,原告の本店所在地に郵送で賃料を支払うことは可能であった。

  (5) 被告による未払賃料の支払及び賃料名目での供託は本件賃貸借契約の解除の意思表示がされた後である。

  (6) 原告は,平成21年4月分の賃料の受領を拒絶した事実はあるが,同年3月分及び同年5月分以降の賃料の提供を受けた事実はないにもかかわらず,被告は受領を拒否されたと供託原因を偽って同年3月分及び同年5月分の賃料に関する供託をしたが,供託原因を欠くものであり無効である。

  (7) 平成21年3月分の賃料については,本訴提起後である平成22年1月27日まで,賃料の供託をしなかった。

  (8) 本件賃貸借契約の契約書では,「賃借人が二カ月以上賃料の支払を怠ったときは,賃貸人は,この賃貸借契約を解除してただちに土地の明渡を請求することができる。」と定め,無催告で契約を解除することができることを定めたものであるところ,原告は支払を催告し,解除の意思表示をするまで1か月以上の猶予期間を置いたものである。

 6 再抗弁に対する認否

 抗弁柱書は否認ないし争う。

  (1) 抗弁(1)ないし(3)は争うことを明らかにしない。

  (2) 抗弁(4)のうち,平成21年3月分を郵送したことは認め,その余は争うことを明らかにしない。

  (3) 抗弁(5)は争うことを明らかにしない。

  (4) 抗弁(6)は否認ないし争う。原告は,予め賃料の受領を拒否しており,口頭の提供は必要でないから,供託は有効である。

  (5) 抗弁(7)は争うことを明らかにしない。

  (6) 抗弁(8)は否認ないし争う。

第3 当裁判所の判断

 【請求原因の判断】

 1 平成21年2月14日付け解除について

  (1) 請求原因A(1)のうち,被告に関する部分については当事者間に争いがなく,その余の部分は,証拠(甲1)及び弁論の全趣旨により認められる。

  (2) 請求原因A(2)ないし(4)は,当事者間に争いがない。

  (3) 請求原因A(5)は,証拠(甲4の1・2)及び弁論の全趣旨により認められる。

  (4) 請求原因A(6)は当事者間に争いがない。

  (5) 請求原因A(7)について,平成20年3月分の賃料の支払期限が経過したことは顕著な事実である。

  (6) 請求原因A(8)のうち,原告が平成20年12月26日,未払賃料の支払を催告したことは当事者間に争いがなく,平成21年2月14日が経過したことは顕著な事実である。

  (7) 請求原因A(9)について,原告が解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

  (8) 請求原因A(10)について

 原告は,本件土地の賃料相当額が1か月5万円を下らないと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。本件賃貸借契約の賃料が月額2万9630円であることに照らせば,本件土地の賃料相当損害金は2万9630円であることが認められる。

  (9) 以上によれば,請求原因Aは,請求原因A(10)を除き,すべて認められ,請求原因Aについては,本件土地の賃料相当損害金が2万9630円である限度で認められることとなる。

 2 平成22年3月5日付けの解除について

  (1) 請求原因B(1)は,請求原因A(1)ないし(6)及び(10)について,上記1で判示したとおりである。

  (2) 請求原因B(2)は顕著な事実であり,同(3)は当裁判所に顕著な事実である。

  (3) 平成22年3月5日付け解除については,信頼関係を破壊したことを理由とする無催告解除を主張するのか,無催告解除特約を理由として解除を主張するものかは必ずしも判然としない。いずれにしても,本件賃貸借契約について,原告と被告間の信頼関係が破壊されていることについて,平成21年2月14日付け解除と異なり,原告において主張立証しなければならないところ,再抗弁事由が信頼関係破壊の評価根拠事由となり,抗弁事由が信頼関係破壊の評価障害事由と位置付けられるので,かかる主張がされているものとして善解して検討するに,本件において,平成22年3月5日付けの解除の意思表示がされるまでに平成21年3月分及び平成22年5月分以降の賃料の全額について供託がされていること(乙4の1ないし12),平成21年3月分及び平成22年5月分以降の賃料について,供託原因の一部に誤りがあるとしても,原告が本件賃貸借契約が終了したことを前提としており,原告が受領を拒否することが予想されていた(弁論の全趣旨)との事実にかんがみれば,平成22年3月5日付けの解除の時点において,本件賃貸借契約につき,原告と被告間の信頼関係が破壊されていたことを認めるに足りない。

 したがって,請求原因Bは認められない。

 【抗弁及び再抗弁の判断】

 1 抗弁について

  (1) 争いのない事実並びに証拠(乙2,4の1ないし12,乙5,6の1及び2,乙8,9)及び弁論の全趣旨によれば,抗弁(1),(3),(4)の事実が認められ,また,抗弁(5)については,本件建物を第三者に賃貸することにより月額25万円程度の家賃収入があること,本件賃貸借契約の賃料を引き落としていた被告の銀行口座には,賃料を支払う十分な余裕があったことが認められる。

  (2) 他方,抗弁(2)は,これを認めるに足りる証拠はない。被告は,原告に対し,不払の理由の説明,謝罪及び賃料の振込先を確認するため,再三再四連絡したと主張し,これに沿うものとして乙第1号証の1及び2を提出し,乙第9号証の陳述書において,その旨を述べた。しかしながら,被告が乙第1号証の2の書面を被告主張の時期に発送したこと裏付ける客観的証拠はなく,電話をしたことについても通話履歴等のこれを裏付ける証拠は提出されていないこと,原告が連絡を受けたことを否定していることを併せ考慮すれば,平成21年2月14日付け解除の意思表示の前に被告が原告に電話をし,上記書面を送付したことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ず,被告の上記主張は採用できない。

 かえって,被告は振込先の原告の口座を知らなかったと主張するが,不動産賃貸業を業とする会社において,地代の振込先の預金口座を知らなかったとは思われないこと,取引銀行が地代の振り込みをすれば,一般に地代の振り込みをした旨の書面等を被告に送付するものと思われ,被告の代表者において,本件賃貸借契約の賃料が預金口座から引き落とされていたことを認識していたと認められること,取引先銀行に問い合わせすれば,振込先の口座は容易に判明したと思われるところ,被告はそのような措置を講じていないこと(弁論の全趣旨),原告から平成21年12月26日に未払賃料を支払うように催告を受けながら,平成22年1月2日から同月7日までの間,同月15日から同月21日までの間,2回にわたり上海に出張し,さらに,平成20年2月7日から同月12日までの間,バリ島に旅行しており,その間,賃料を支払うための措置を講じなかったこと(乙9),未払賃料を支払うだけの資力を有していたことを併せ考慮すれば,被告において,10か月もの賃料の未払を解消するために十分な注意を払っていたものとは思われない。

 2 再抗弁について

  (1) 争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認めら再抗弁(1)ないし(7)はいずれも認められる。

  (2) 再抗弁(8)について

 民法541条によれば,未払賃料の支払を催告した上で賃貸借契約を解除することは可能であり,原告主張の条項は,無催告解除を認めたものと解するのが相当である。したがって,再抗弁(8)も認められる。

 3 1及び2を踏まえて検討する。

 賃貸借は当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約であるところ,賃料債務は賃貸借契約の要素であり,賃貸人として賃料を対価として取得することを目的として賃貸することにかんがみれば,賃料不払の事実は,賃貸人の信頼を裏切るものであり,賃貸借契約関係の継続を困難となる不信行為の有無を判断する上で重要な要素の一つである。一般に賃料の不払があっても,賃借人に資力があり,賃料の不払が一時的な過誤によるものであるときは,信頼関係不破壊の特段の事由があることになろう。本件において,被告には賃料を支払う資力があったにもかかわらず,未払賃料を支払うよう催告を受けた後も,未払賃料を支払うための措置を講じたものとは認められず,かえって,未払賃料の支払を放置したまま,3度に渡り,海外に出かけていたことになり,未払賃料を支払うことについて真摯な態度であったとは到底いうことはできず,信頼関係不破壊の特段の事情があるとの評価を妨げる事由がある。

 しかしながら,被告には賃料を支払う資力があり,平成21年2月14日付け解除の意思表示を受けた後に,未払賃料に相当する金員を原告代理人口座に振り込み,供託したことからすれば,平成21年2月14日付け解除の意思表示の当時,被告において,賃料を継続的に支払うことが可能であったことが認められる。さらに,本件土地の賃料は月額2万9639円と現在の物価水準に照らして高額ではなく,10か月間の不払賃料もその総額は29万6390円にとどまること,不払の期間が10か月間にも及ぶ場合,通常であれば,当事者間の信頼関係に多大な影響を及ぼすといえるが,本件の場合,原告の側において賃料の不払を覚知したのが平成20年12月になってからであり(弁論の全趣旨),その間催告がなかったことをも併せ考慮すれば,賃料不払の期間が10か月間にわたることを過大に重視することはできない。

 さらに,原告が本件賃貸借契約が存在することを前提として,本件土地を取得したこと,被告が本件賃貸借契約につき,相当程度の投資をして本件建物を建築したことを総合すれば,信頼関係が破壊されていない特段の事由がある評価することができる。

第4 結論

 以上によれば,原告の請求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。