(参考判例)最高裁判所第二小法廷平成10年6月12日判決〔民法158条の法意をふまえた,民法724条後段の適用排除〕

【オレンジ法律事務所の私見・注釈】

不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6か月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において,その後当該被害者が禁治産宣告を受け,後見人に就職した者がその時から6か月以内に右不法行為による損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法158条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないとした判例。


■判例 水戸地裁下妻支部平成25年10月11日判決〔724条後段の期間制限の適用排除〕

主文

 原判決中,上告人古川博史の国家賠償法に基づく損害賠償請求に関する部分を破棄する。

 前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

 上告人古川治雄及び同古川イツエの上告を棄却する。

 前項に関する上告費用は上告人古川治雄及び同古川イツエの負担とする。 

理由

 上告代理人中平健吉,同大野正男,同廣田富男,同山川洋一郎,同秋山幹男,同河野敬の上告理由について

 一 本件訴訟において,予防接種法(昭和二八年法律第二一三号による改正前のもの)に基づいて実施された痘そうの予防接種により重度の心身障害者となった上告人博史は,その両親である上告人古川治雄及び同古川イツエと共に,被上告人に対し,国家賠償法に基づく損害賠償(以下「国家賠償」という。)を求めている。原審の確定した事実関係の概要及び記録上明らかな本件訴訟の経過は,次のとおりである。

  1 上告人博史は,昭和二七年五月一九日,出生し,同年一〇月二〇日,呉市保健所において,予防接種法(昭和二八年法律第二一三号による改正前のもの)五条,一〇条一項一号に基づき呉市長が実施した痘そうの集団接種(以下「本件接種」という。)を受けた。ところが,上告人博史は,同月二七日から,けいれん,発熱を発症し,以後,けいれんが止まらず,通常ならば直立や歩行ができる時期に至っても,これができない状態となった。

  2 上告人博史は,昭和三五年一月ころには,座ったり,身体を転がして移動することができるようになり,また,わずかに歩けるようになった時期もあったが,その後,高度の精神障害,知能障害,運動障害及び頻繁なけいれん発作を伴う寝たきりの状態となっている。

  3 上告人博史の右1及び2の症状は,本件接種を原因とするものである。

  4 上告人らは,昭和四九年一二月五日,本件訴訟を提起した。なお,上告人博史については,同人が既に成年に達していたにもかかわらず,上告人治雄及び同イツエが同博史の親権者と称して弁護士中平健吉外五名(以下「中平弁護士ら」という。)に本件訴訟の提起ないし追行を委任し,同弁護士らによって第一審の訴訟手続が追行された。

  5 上告人博史は,第一審判決の言渡しの後である昭和五九年一〇月一九日,禁治産宣告を受け,上告人治雄が後見人に就職した。上告人治雄は,上告人博史の後見人として,改めて中平弁護士らに本件訴訟の追行を委任し,同年一一月一日,原審にその旨の訴訟委任状を提出し,同弁護士らは,以降の訴訟手続を追行した。

 二 原審は,右事実関係の下において,上告人らの国家賠償請求について次のように判示して,第一審判決のうち上告人らの請求を一部認容した部分を取り消し,上告人らの請求をいずれも棄却した。

  1 上告人らの本件訴訟の提起は,不法行為の時から二〇年を経過した後にされたことが明らかであり,上告人らの損害賠償請求権は,既に本件訴訟提起前の右二〇年の期間が経過した時点で法律上当然に消滅した。

  2 民法七二四条後段の規定は,損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであるから,当事者からの主張がなくても,除斥期間の経過により右請求権が消滅したものと判断すべきであり,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという上告人らの主張は,主張自体失当である。

  3 一定の時の経過によって法律関係を確定させるため,被害者側の事情等は特に顧虜することなく,請求権の存続期間を画一的に定めるという除斥期間の趣旨からすると,本件で訴えの提起が遅れたことにつき被害者側にやむを得ない事情があったとしても,本件で除斥期間の経過を認定することが正義と公平に著しく反する結果をもたらすということはできない。

 三 上告人らの国家賠償請求に関する原審の右判断のうち,上告人治雄及び同イツエの請求を棄却した部分は是認することができるが,同博史の請求を棄却した部分は是認することができない。その理由は次のとおりである。

  1 民法七二四条後段の規定は,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり,不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には,裁判所は,当事者からの主張がなくても,除斥期間の経過により右請求権が消滅したものと判断すべきであるから,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は,主張自体失当であると解すべきである(最高裁昭和五九年(オ)第一四七七号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁参照)。

  2 ところで,民法一五八条は,時効の期間満了前六箇月内において未成年者又は禁治産者が法定代理人を有しなかったときは,その者が能力者となり又は法定代理人が就職した時から六箇月内は時効は完成しない旨を規定しているところ,その趣旨は,無能力者は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから,無能力者が法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは無能力者に酷であるとして,これを保護するところにあると解される。

 これに対し,民法七二四条後段の規定の趣旨は,前記のとおりであるから,右規定を字義どおりに解すれば,不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しない場合には,右二〇年が経過する前に右不法行為による損害賠償請求権を行使することができないまま,右請求権が消滅することとなる。しかし,これによれば,その心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても,被害者は,およそ権利行使が不可能であるのに,単に二〇年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないこととなる反面,心神喪失の原因を与えた加害者は,二〇年の経過によって損害賠償義務を免れる結果となり,著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得ない。そうすると,少なくとも右のような場合にあっては,当該被害者を保護する必要があることは,前記時効の場合と同様であり,その限度で民法七二四条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべきである。

 したがって,不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において,その後当該被害者が禁治産宣告を受け,後見人に就職した者がその時から六箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法一五八条の法意に照らし,同法七二四条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。

  3 これを本件についてみると,原審の確定した事実は,上告人博史は,本件接種の七日後にけいれん等を発症し,その後,高度の精神障害,知能障害等を有する状態にあり,かつ,右の各症状はいずれも本件接種を原因とするものであったというのであるから,不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内においても,本件接種を原因とする心神喪失の常況にあったというべきである。そして,本件訴訟が提起された後,上告人博史が昭和五九年一〇月一九日に禁治産宣告を受け,その後見人に就職した上告人治雄が,中平弁護士らに本件の訴訟委任をし,同年一一月一日にその旨の訴訟委任状を原審に提出することによって,上告人博史の本件損害賠償請求権を行使したのであるから,本件においては前記特段の事情があるものというべきであり,民法七二四条後段の規定にかかわらず,右損害賠償請求権が消滅したということはできない。

 そうすると,これと異なる見解に立ち,上告人博史の国家賠償請求につき,右請求権は本件訴訟が提起される前に既に消滅したとしてこれを棄却した原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は,原判決のうち右請求に関する部分の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決はこの限度で破棄を免れない。

  4 他方,上告人治雄及び同イツエについては,原審の適法に確定した事実関係の下においては,何ら除斥期間の適用を妨げる事情は認められないから,同人らの国家賠償請求につき,右請求権は本件訴訟が提訴される前に既に消滅したものであるとしてこれらをいずれも棄却した原審の判断は,正当として是認することができる。右部分に関する論旨は,採用することができない。

 四 以上の次第であるから,原判決中,上告人博史の国家賠償請求に関する部分を破棄し,更に審理を尽くさせるため右部分につき本件を原審に差し戻すこととし,上告人古川治雄及び同古川イツエの本件上告は棄却することとする。

 よって,上告人博史の上告について裁判官河合伸一の意見,上告人治雄及び同イツエの上告について同裁判官の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 裁判官河合伸一の意見及び反対意見は,次のとおりである。

 多数意見は,民法七二四条後段の規定は除斥期間を定めたものであり,裁判所は当事者の主張がなくても期間の経過による権利の消滅を判断すべきであるから,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張はそれ自体失当であると判示している。私は,これに賛成することができない。その理由は,次のとおりである。

 一 不法行為制度の究極の目的は損害の公平な分担を図ることにあり,公平が同制度の根本理念である(注)。この理念は,損害の分担の当否とその内容すなわち損害賠償請求権の成否とその数額を決する段階においてのみならず,分担の実現すなわち同請求権の実行の段階に至るまで,貫徹されなければならない。

 これを民法七二四条(以下「本条」という。)後段の規定についていうと,不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が右規定の定める期間内に権利を行使しなかったが,その権利の不行使について義務者の側に責むべき事由があり,当該不法行為の内容や結果,双方の社会的・経済的地位や能力,その他当該事案における諸般の事実関係を併せ考慮すると,右期間経過を理由に損害賠償請求権を消滅せしめることが前記公平の理念に反すると認めるべき特段の事情があると判断される場合には,なお同請求権の行使を許すべきである。けだし,右のような特段の事情(以下「前記特段の事情しという。)がある場合にまで,それを顧慮することなく,単に期間経過の一事をもって損害の分担の実現を遮断することは,その限りにおいて,前記不法行為制度の究極の目的を放棄することになるからである。そして,この理は,国家賠償法に基づく損害賠償請求についても,そのまま適用されるべきものである(同法四条)。

 注 最高裁昭和三六年(オ)第四一三号同三九年六月二四日第三小法廷判決・民集一八巻五号八七四頁,最高裁昭和四七年(オ)第四五七号同五一年三月二五日第一小法廷判決・民集三〇巻二号一六〇頁,最高裁昭和四九年(オ)第一〇七三号同五一年七月八日第一小法廷判決・民集三〇巻七号六八九頁,最高裁昭和五九年(オ)第三三号同六三年四月二一日第一小法廷判決・民集四二巻四号二四三頁,最高裁昭和六三年(オ)第一三八三号平成三年一〇月二五日第二小法廷判決・民集四五巻七号一一七三頁,最高裁昭和六三年(オ)第一〇九四号平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁等参照

 二 多数意見の頭記判示は,本条後段の規定は除斥期間を定めたものであると解すべきことを根拠として,上告人らの主張を主張自体失当としているのであるが,右のように解すべき理由を自ら示さず,最高裁平成元年一二月二一日判決(以下「平成元年判決」という。)を引用するのみである。そこで,同判決を見ると,右の理由として,(1) 本条がその前段及び後段のいずれにおいても時効を規定していると解することは,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わないこと,及び,(2) 本条後段の規定は,一定の時の経過によって法律関係を確定させるため,請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であることの二点が示されている。

  1 しかし,本条後段の規定も時効を定めたものと解しても,本条前段の規定によっては被害者が損害等を知らない限り時効期間の進行が開始しないところ,後段によれば被害者の右認識の有無にかかわらず行為の時から時効期間が進行することになるのであるから,後段の規定もまた,前段の規定とは別の意味で,法律関係の速やかな確定に寄与し得るものである。したがって,右(1)の理由で,本条後段の規定は除斥期間を定めたものと断定することはできない。

  2 次に右(2)の理由であるが,まず,本条後段の規定の文理はむしろ時効を定めたものと解するのが,その沿革からしても,妥当であろう。ことを実質的に考えても,一定期間の経過によって法律関係を確定させるため,権利の存続期間ないし行使期間を画一的に定めるものとして除斥期間制度を採ることが相当とされる理由としては,一般に,相手方の保護,それ以外の取引関係者等の法的地位の安定,その他公益上の必要等があり得るところ,これを本条後段の規定について見ると,権利者の期間徒過を理由としてその徒過につき責むべき事由のある相手方を画一的に保護するというのは不当であり,前記の不法行為法の究極の目的にも沿わない。取引関係者の地位の安定,その他公益上の必要という理由も,不法行為に基づく損害賠償請求権については考えることができない。

 平成元年判決が掲げる前記(1)(2)の理由は,いずれも,本条後段の規定をもって除斥期間を定めたものと断定する理由としては,十分でないというほかない。

 三 そもそも,ここでの問題の核心は,不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が本条後段の期間内にこれを行使しなかった場合に,(イ) 当該事案における具体的事情を審理判断し,その内容によっては例外的に右期間経過後の権利行使を許すこととするのか,それとも,(ロ) そのような審理判断をすることなく,常に期間経過の一事をもって画一的に権利行使を許さないこととするかである。そして右のいずれの立場を採るにしても,その理由が示されなければならない。しかるに,平成元年判決の判示するところは,除斥期間の概念を中間的に用いてはいるけれども,結局,(ロ)と解するのが相当であるからそう解するというに尽きるのであって,問題の核心について十分な理由を示しているとはいえないと思われる。

 以上のとおり,平成元年判決は,不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が本条後段の規定の定める期間内に訴えを提起しなかったときは,そのしなかったことに関する事情のいかんを問わず,同請求権は期間の経過によって当然に消滅するから,これに反する主張はそれ自体失当として排斥すべきものとしているのであるが,少なくとも前記特段の事情のある場合については,そのように解することは不法行為制度の目的ないし理念に反するものであり,また,そのように解する十分な理由も示されていないといわざるを得ない。したがって私は,平成元年判決は,少なくとも右の限度で変更されるべきものと考えるのである。

 四 ところで,前項で述べた(イ)(ロ)いずれの立場を採るかは,学説上,本条後段の規定による期間制限を時効と解するか,又は除斥期間と解するかの問題として,論じられている。そして,かっては右規定をもって除斥期間を定めたものと解する学説が通説であるとされていた。しかし,実は,それらの学説は,本件のような事案とそこに含まれる前記の問題を視野に入れて検討した上で提唱されたものではなかった。平成元年判決以後,この判決が契機となって前記問題が鮮明に意識されるようになり,多くの学説が発表されたが,そのほとんどは右規定をもって消滅時効を定めたものと解している。私は,これら近時の時効説の説くところは概ね首肯できると考えるし,また,その説を採れば,義務者の時効援用権の行使を信義則あるいは権利濫用の法理によって制限するという既に確率した調整手法を用いることによって,私の正当と考える結論を容易に導くことができる。

 しかしながら,本条後段の規定が除斥期間と消滅時効のいずれを定めたものとするかについては,前記の問題のほかにも多くの重要な問題があり,関連する論点も多岐にわたる。他方,たとえ除斥期間を定めたものとしても,義務者がその利益を受けることを制限する方法があり得ることは近時の学説が明らかにしているところである。したがって,本件において除斥期間説と時効説のいずれが正しいかを決する必要はなく,相当でもない。要は,前記特段の事情の存在が主張され,あるいはうかがわれるときには,期間経過の一事をもって直ちに権利者の権利行使を遮断するべきではなく,当該事案における諸事情を考究して具体的正義と公平にかなう解決を発見することに努めるべきなのであって,それについて民法一条の宣言する信義誠実ないし権利濫用禁止の法理に依拠するか,あるいは,前述の不法行為制度の目的ないし理念から出発するかは,結局,同じ山頂に達する道の相違として,いずれであってもよいと考えるのである。

 五 本件においては,上告人らがその主張する不法行為に基づく損害賠償請求権について本条後段の規定の定める期間内に訴えを提起しなかったことは原審の確定するところであるが,上告人らは,原審において,前記特段の事情の存在を理由に右規定による制限を受けない旨を主張していると解することができる。そして,かかる主張を主張自体失当として排斥すべきものとした平成元年判決が変更されるべきものであることは前述のとおりであるから,これと同旨の理由により上告人らの右主張を採用しなかった原判決は,まずその点で法令の解釈を誤った違法があるというべきである。この違法は,原判決のうち上告人らの国家賠償請求に関する部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,原判決中の右部分は破棄を免れず,更に審理を尽くさせるため右部分を原審に差し戻すべきものである。



主文

 一1 控訴人の被控訴人梶山健一(一五の二),同梶山喜代子(一五の三),同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)に対する本件控訴をいずれも棄却する。

  2 原判決主文第二項中,被控訴人梶山健一(一五の二),同梶山喜代子(一五の三),同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)の国家賠償法に基づく各請求のうち別紙取消一覧表の同人らに対応する「金額」欄記載の各金員の支払請求を棄却した部分をいずれも取り消す。

  3 控訴人は,被控訴人梶山健一(一五の二),同梶山喜代子(一五の三),同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)に対し,それぞれ別紙認容金額一覧表(一)の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金員を支払え。

  4 被控訴人梶山健一(一五の二),同梶山喜代子(一五の三),同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)の当審において拡張したその余の請求及びその余の附帯控訴をいずれも棄却する。

 二1 原判決主文第一項中,被控訴人古川博史(五六の一),同古川治雄(五六の二)及び同古川イツエ(五六の三)の各勝訴部分をいずれも取り消す。

  2 右被控訴人らの右取消部分に係る各請求(当審における請求拡張部分を含む。)をいずれも棄却する。

  3 右被控訴人らの附帯控訴をいずれも棄却する。

 三1 原判決主文第一項中,番号一ないし一四,一六ないし三三,三五ないし四八,五〇ないし五五及び五七ないし六三(枝番をすべて含む。)の被控訴人ら(以下主文において「被控訴人吉原充外一五一名」という。)の各勝訴部分をいずれも取り消し,かつ,原判決主文第二項中,右被控訴人らのうち別紙取消一覧表記載の者らの国家賠償法に基づく各請求のうち同人らに対応する同表の「金額」欄記載の各金員の支払請求を棄却した部分をいずれも取り消す。

  2 控訴人は,被控訴人吉原充外一五一名に対し,それぞれ別紙認容金額一覧表(二)の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金員及びこれに対する同人らに対応する同表の「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  3 被控訴人吉原充外一五一名の当審において拡張したその余の請求をいずれも棄却する。

  4 控訴人のその余の控訴及び被控訴人吉原充外一五一名のその余の附帯控訴をいずれも棄却する。

 四 別紙「仮執行に基づく給付の返還額一覧表」記載の被控訴人らは,控訴人に対し,それぞれ右表の同人らに対応する「返還額」欄記載の各金員及びこれに対する昭和五九年五月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 五 訴訟費用は,第一,二審を通じ,控訴人と被控訴人梶山健一(一五の二),同梶山喜代子(一五の三),同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)との間においては,右被控訴人らに生じた費用を三分し,その二を控訴人の負担とし,控訴人と被控訴人古川博史(五六の一),同古川治雄(五六の二)及び同古川イツエ(五六の三)との間においては,控訴人に生じた費用を六二分し,その一を右被控訴人らの負担とし,控訴人と被控訴人吉原充外一五一名との間においては,右被控訴人らに生じた費用を三分し,その二を控訴人の負担とし,その余は各自の負担とする。


《目次》

事実

第一節 当事者の求めた裁判

 第一 本件控訴

 第二 附帯控訴

第二節 主張

 第一 当審における請求の拡張等に伴う付加,訂正等

 第二 因果関係について

 (控訴人)

  一 ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係

   1 脳炎・脳症の意義

   2 脳炎・脳症の発症機序

  二 予防接種とその後に発生した疾病との因果関係を認定するための要件について

 (被控訴人ら)

  一 ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係

   1 救済措置における因果関係の肯定

   2 ワクチンによる副反応の定型化の困難性

   3 副反応の追跡調査の不備

   4 ポリオ生ワクチン接種後の脳炎・脳症の発症

   5 白木博士の合理的理論

  二 因果関係判定の要件についての控訴人の主張に対する反論

 第三 安全配慮義務違反による債務不履行責任について

 (被控訴人ら)

  一 予防接種と控訴人国の安全配慮義務

  二 予防接種の副反応の危険及び禁忌事項についての周知義務とその懈怠

 第四 国家賠償法上の請求について

  一 過失について

   1 厚生大臣の過失について

 (被控訴人ら)

 (一) 種痘の強制接種を行った過失

  (1) 初めに

  (2) 痘そうの流行の経緯と痘そうの予防対策

  (3) 種痘の免疫効果と副反応

  (4) 乳幼児に対する強制接種の意義と必要性

  (5) 結論

  (6) 控訴人の主張に対する反論

 (二) 種痘の若年接種を実施させた厚生大臣の過失について

 (三) 腸チフス・パラチフスワクチン(以下「腸パラワクチン」という。)の強制定期接種を実施させた過失

 (四) 百日せきワクチンの若年接種を実施させた過失について

 (五) 百日せきワクチン,二種混合ワクチン,三種混合ワクチンの規定量を誤った過失について

 (六) インフルエンザの一律勧奨接種を実施させた過失について

 (七) インフルエンザワクチンの乳幼児接種を実施させた過失

 (八) 禁忌該当者の識別を誤った過失について

  (1) 集団予防体制の持つ問題点について

  (2) 不充分な禁忌を設定した控訴人国の過失

  (3) 禁忌該当者に接種を実施させないための十分な措置を講じなかった過失

 (控訴人)

 (一) 種痘の強制接種を行った過失について

  (1) 痘そうの予防対策における種痘の役割について

  (2) 乳幼児に対する定期種痘

  (3) 我が国の定期接種の廃止時期の妥当性について

  (4) 初種痘年齢を早期に引き上げなかった措置の妥当性

 (二) 腸パラワクチンの強制定期接種を実施させた過失について

  (1) 腸パラワクチンの有効性と必要性

  (2) 腸パラワクチンの一律定期接種の必要性

  (3) 一〇歳以下の小児に対する腸パラワクチン接種の必要性

  (4) 腸パラワクチン定期接種廃止時期の相当性

 (三) 百日せきワクチン接種の過失について

  (1) 百日せきワクチン及び同ワクチンを含む混合ワクチン採用の経緯

  (2) 百日せきワクチンの若年接種実施の経緯

  (3) 百日せきワクチン接種年齢の定めの合理性

  (4) 被控訴人らの主張に対する反論

 (四) 百日せきワクチン及び混合ワクチンの規定量を誤った過失について

  (1) 右過失と本件各健康被害との因果関係

  (2) 百日せきワクチンの接種量・菌量に関する規定と改正経緯

  (3) 百日せきワクチンの菌量及び力価並びに副反応

  (4) 我が国における百日せきワクチン及び百日せき混合ワクチン接種量の規定の相当性について

  (5) 被控訴人らの主張に対する反論

 (五) インフルエンザ予防接種実施の過失について

  (1) インフルエンザ予防接種の必要性と有効性

  (2) 我が国におけるインフルエンザ予防接種政策の相当性

  (3) 乳幼児接種の実施に過失がないことについて

  (4) 結論

 (六) 禁忌者に接種した過失について

  (1) 集団予防接種体制について

   ――禁忌との関連において

  (2) 禁忌事項設定に不明確及び過誤のないこと

   (3) 禁忌該当の判断と予診体制

   2 接種担当者の過失について

 (被控訴人ら)

 (一) 禁忌推定による過失責任

  (1) 禁忌者の推定と立証責任

  (2) 過失の推定

  (3) 本件における禁忌看過の過失の主張

 (二) 接種担当者に過失がなかったとの主張に対する反論

  (1) 田渕豊英(三〇の一)

  (2) 池本智彦(四二の一)

  (3) 高橋真一(四六の一)

  (4) 秋田恒希(六〇の一)

 (三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張

 (四) ワクチン過量接種の過失及び複数ワクチン同時接種の過失

  (1) 被害児河又典子(三四の一)につき過量接種を行った過失

  (2) 複数ワクチン同時接種を行った過失について

 (控訴人)

 (一) 最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決について

 (二) 接種担当者に禁忌看過に関し過失がないことについて

  (1) 被害児田渕豊英(三〇の一)

  (2) 被害児池本智彦(四二の一)

  (3) 被害児高橋真一(四六の一)

  (4) 被害児秋田恒希(六〇の一)

 (三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張に対する反論

 (四) ワクチン過量接種の過失及び複数同時接種の過失について

   (1) 被害児河又典子(三四の一)につき,過量接種の過失の不存在

  (2) 被害児梶山桂子(一五の一)につき,ワクチンの複数同時接種を行った過失の不存在

   3 接種担当者の過失についての控訴人国の帰責事由

 (被控訴人ら)

 (一) 本件接種担当者の過失と控訴人国の賠償責任

 (二) 法の定める期間後にされた接種についての控訴人国の責任

 (三) 勧奨接種を受けた者についての控訴人国の責任

  (1) 監督者としての控訴人国の責任

  (2) 費用負担者としての控訴人国の責任

 (控訴人)

 (一) 法六条の二所定の予防接種について

 (二) 法の定める期間後にされた接種について

  (1) 国の機関委任事務に該当しないことについて

  (2) 監督責任について

  (3) 国家賠償法三条について

 (三) 勧奨接種について

  (1) 監督責任について

  (2) 国家賠償法三条の責任について

   4 実施主体の過失による国家賠償責任について

 (控訴人)

 第五 損失補償請求について

  一 国賠償請求に損失補償請求を併合することの可否

 (控訴人)

 (被控訴人ら)

   1 時期に遅れた主張

   2 併合審理の適法性

  二 損失補償請求権の存否

 (控訴人)

   1 憲法一三条,一四条一項,二五条と損失補償請求権

   2 憲法二九条三項と損失補償請求権

 (一) 初めに

 (二) 憲法二九条三項の要件

 (三) 憲法二九条三項に基づく損失補償請求の限界

 (四) 生命・身体被害と憲法二九条三項

  (1) 生命・身体被害に関する憲法二九条三項の類推適用の困難性

  (2) 本件予防接種禍に対する憲法二九条三項の類推適用の困難性

  (3) 本件予防接種禍と正当な補償

  (4) その他の問題点

 (五) いわゆる手続的類推適用説について

   3 もちろん解釈説について

   4 本件救済制度と損失補償請求

 (一) 本件救済制度と損失補償請求の可否

 (二) 給付に関する処分と損失補償請求との関係

 (三) 本件救済制度による被害者救済の相当性

   5 消滅時効及び除斥期間

 (一) 会計法三〇条の五年の時効期間の経過

 (二) 民法七二四条前段の類推適用による三年の消滅時効期間の経過

 (三) 民法一六七条一項による一〇年の時効期間

 (四) 民法七二四条後段の類推適用による二〇年の除斥期間

 (五) 時効援用権の濫用について

 (被控訴人ら)

   1 生命・健康に対する特別の犠牲と憲法二九条三項の類推適用

   2 控訴人の主張に対する反論

 (一) 生命・健康被害に対する憲法二九条三項の類推適用

 (二) 予防接種禍に対する憲法二九条三項の類推適用

 (三) 「特別犠牲」,「正当補償」の観念の多義性と裁判規範としての適応性

 (四) 勧奨接種と特別の犠牲

 (五) 生命・健康被害の補償と慰謝料・弁護士費用

  (1) 慰謝料

  (2) 弁護士費用

 (六) 本件救済制度との関係

 (七) 本件救済制度による給付の相当性

   3 損失補償請求と消滅時効・除斥期間

 (一) 時期に遅れた主張

 (二) 会計法三〇条の五年の時効期間について

 (三) 民法七二四条前段の類推適用による三年の清滅時効期間について

 (四) 民法一六七条一項による一〇年の時効期間について

 (五) 二〇年の除斥期間の主張について

 (六) 権利濫用

 第六 損益相殺について

 (被控訴人ら)

   一 障害基礎年金について

   二 第三者からの見舞金について

   三 「医療費」,「医療手当」及び「葬祭料」について

 第三節 証拠関係

  (別紙)

  仮執行に基づく支払額一覧表(1)〜(8)請求金額一覧表

  死亡被害者の請求損害損失額一覧表(1)〜(3)

  死亡被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)〜(4)

  Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表(1)〜(3)

  Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)〜(3)

  Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表

  Bランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表

  Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表

  Cランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表

  給付一覧表(1)〜(26)

  接種及び予診の状況

  禁忌該当の事由

  本件救済制度一覧表

  予防接種法の救済制度に基づく将来給付一覧表(1),(2)

  国の給付と損失額との比較表(1),(3)

 理由

  第一 請求原因一(当事者)と同二(事故の発生)等について

  第二 因果関係について

   1 因果関係を認めるための要件

   2 ポリオ生ワクチンと脳炎・脳症との因果関係について

 第三 損失補償請求について

  一 損失補償請求の訴えの適法性の有無

  二 損失補償請求権の存否

 第四 禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について

  一 禁忌該当者であることの推定について

1

2

 (一) 被害児田渕豊英(三〇)

 (二) 被害児池本智彦(四二)

 (三) 被害児高橋真一(四六)

 (四) 被害児秋田恒希(六〇)

 (五) 結論

  二 厚生大臣が禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について

1

2

 (一) 予防接種実施の法的形態等

 (二) 予防接種の副作用の危険性について

 (三) 禁忌の意味と禁忌についての規定の変遷

 (四) 禁忌規定遵守の効果について

 (五) 予診等の体制

 (六) 勧奨接種の体制について

 (七) 禁忌識別のための予診の対象事項とその性質

 (八) 我が国における予防接種の実施体制と運用の実際

  (1) 個別接種と集団接種

  (2) 集団接種の運用体制

  (3) 集団接種の運用の実態

 ア 昭和二〇年代から昭和三三年の旧実施規則制定ころまで

 イ 昭和三三年の旧実施規則制定ころから昭和四五年ころまで

 ウ 昭和四五年ころ以降

 エ

  (4) 渋谷区予防接種センターの運用について

 (九) 予防接種の副反応事故を巡る厚生省の姿勢

 (一〇) 接種を担当する医師等の状況と厚生省の施策

 (十一) 一般国民に対する周知の態勢について

3

4

 第五 被害児古川(五六)を除くその余の被害児及びその両親の被った損害について

  一

  二1

2

 (一) 死亡した各被害児の損害について

  (1) 得べかりし利益の喪失

  (2) 介護費

  (3) 慰謝料

  (4) 結論

 (二) 死亡した各被害児の両親の損害の算定根拠

  (1) 慰謝料

  (2) 結論

 (三) 日常生活に全面的介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(Aランク生存被害児)の損害の算定根拠

  (1) 得べかりし利益の喪失

  (2) 介護費

  (3) 慰謝料

  (4) 結論

 (四) Aランク生存被害児の両親の損害の算定根拠

  (1) 慰謝料

  (2) 結論

 (五) 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(Bランク生存被害児)の損害の算定根拠

  (1) 得べかりし利益の喪失

  (2) 介助費

  (3) 慰謝料

  (4) 結論

 (六) Bランク生存被害児の両親の損害の算定根拠

  (1) 慰謝料

  (2) 結論

 (七) 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各生存被害児(Cランク生存被害児)の損害の算定根拠

  (1) 得べかりし利益の喪失

  (2) 介助費

  (3) 慰謝料

  (4) 結論

 (八) Cランク生存被害児の両親の損害の算定根拠

  (1) 慰謝料

  (2) 結論

 第六 控訴人の抗弁について

  一 違法性阻却事由について

  二 損害賠償請求権の時効及び除斥期間について

   1 三年の消滅時効(民法七二四条前段)

   2 除斥期間(民法七二四条後段)

  三 損益相殺について

   1 抗弁第三項について

   2 抗弁第四項1について

 (一) 障害基礎年金について

 (二) 地方自治体単独給付分について

 (三) 「医療費」,「医療手当」及び「葬祭料」について

 (四) その他

   3 抗弁第四項2及び第五項について

 第七 結論

  一 各人の認容総額について

   1 損益相殺後の損害額について

   2 弁護士費用

   3 相続関係について

   4 結論

  二 結論

 (別紙)

 当審提出の書証成立関係一覧表

 現在の状況一覧表(1)〜(35)

 死亡被害児損害額計算票

 死亡被害児両親損害額計算票

 生存被害児(Aランク)損害額計算票

  生存被害児(Aランク)両親損害額一覧表(1)〜(3)

  生存被害児(Bランク)損害額計算票

  生存被害児(Bランク)両親損害額一覧表

  生存被害児(Cランク)損害額計算票

  生存被害児(Cランク)両親損害額一覧表

  被控訴人ら債権額一覧表(1)〜(9) 

事実

第一節 当事者の求めた裁判

第一 本件控訴

 控訴人は,「一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。二1 本案前の申立てとして,原審昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件に係る被控訴人藤木のぞみ(六三の一),同藤木秀(六三の二),同藤木トモコ(六三の三)の各損失補償請求の訴えを却下する。2 本案の申立てとして,被控訴人らの各請求(当審における請求拡張部分を含む。)を棄却する。三 別紙仮執行に基づく支払額一覧表の氏名欄記載の各被控訴人は,控訴人に対し,同表「仮執行に基づく支払額」欄記載の各金員並びに右各金員に対する昭和五九年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。四 訴訟費用は,第一,二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに第三項につき仮執行宣言を求め,被控訴人らは,控訴棄却並びに民訴法一九八条二項に基づく請求に対し請求棄却の判決を求めた。

第二 附帯控訴

 被控訴人らは,「原判決を以下のとおり変更する。控訴人は別紙請求金額一覧表記載の各被控訴人らに対し,各被控訴人に対応する同表「請求金額」欄記載の各金員及びこれに対する各被控訴人に対応する同表「遅延損害金起算日」欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(当審において,遅延損害金の起算日については被控訴人ら全員が請求を拡張し,また,別紙請求金額一覧表の「番号」欄に*が付されている被控訴人らは請求元本についても,請求を拡張した。)。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め,控訴人は,附帯控訴を棄却し,被控訴人らの当審における請求拡張部分を棄却するとの判決を求めた。

第二節 主張

 当事者双方の主張は,当審における請求の拡張等に対応して,第一記載のとおり付加,訂正,削除し,また,第二以下の各見出し記載の争点につき,当審における主張に対応して,原審での双方の主張を敷衍し,各項目記載のとおり付加するほかは,原判決事実摘示のとおりであるから,これを引用する。

 なお,控訴人は,「別紙仮執行に基づく支払額一覧表氏名欄記載の各被控訴人の代理人は,昭和五九年五月一八日,国の支出官厚生省大臣官房会計課長に対し,仮執行の宣言を付した原判決に基づき,右表の仮執行に基づく支払額欄記載の各金員の支払を求め,控訴人が右判決によって履行を命じられた債務の存在を争いながら右判決に基づく仮執行を免れるため支払うものであることを承知の上,右支出官から同欄記載の金員の合計額を受領し,取立てを了しているから,民訴法一九八条二項により給付したものの返還を求める。」と述べた。

第一 当審における請求の拡張等に伴う付加,訂正等

 一 原判決B六七頁七行目から八行目の「請求の原因末尾添付損害額一覧表(一)ないし(八)記載」を,「別紙死亡被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3),死亡被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(4),Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3),Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3),Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表,Bランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表,Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表及びCランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表」と改める。

 二 同B六七頁九行目の「本節末尾添付損害額一覧表(一)」を,「別紙死亡被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)」と改める。

 三 同B六七頁一一行目からB六八頁一二行目までを以下のように改める。

 「 得べかりし年収としては,男女とも,平成元年の賃金センサスによる全男子労働者平均賃金に相当する金四七九万五三〇〇円とみるのが相当である。そして,生活費控除は五割とし,就労可能期間を一八歳から六七歳まで,ライプニッツ方式により中間利息を控除し,本件予防接種当時の現価として得べかりし利益を計算するものとする。

 なお,女子についても,家事労働による得べかりし利益を考慮するならば,得べかりし利益としては,右四七九万五三〇〇円を下回ることはない。

 (2) 介護費

 発症後死亡に至るまで一年以上生存した各被害児については,本件接種後死亡に至るまでの間介護を要したことによる損害または損失は,年三六五万円(一日一万円)を下らない。ライプニッツ方式により中間利息を控除し,接種当時の現価として計算する。

 (3) 弁護士費用

 得べかりし利益と介護費との合計額の一〇パーセントとみるのが相当である。

 (4) 各人の金額

 以上により死亡被害者の損害又は損失を被控訴人各人ごとに計算すると,別紙死亡被害者の請求損害損失額一覧表(1)(2)(3)のとおりとなる。

 なお,被害児伊藤純子(一一の一)は,昭和六一年七月一九日,『ワクチン後脳炎に伴う誤えん性肺炎による呼吸不全』によって死亡した。したがって,同人については,一八歳から二〇歳までのAランク生存被害者としての逸失利益及び二〇歳から六七歳までの死亡被害者としての逸失利益並びに発症後死亡するまでの介護費及び慰謝料が損害額又は損失額となる。また,被害児高橋尚以(五五の一)は,平成四年二月二八日,インフルエンザ予防接種の脳炎後遺症により肺炎を併発し,死亡したので,同人については,一八歳から三一歳までのAランク生存被害者としての逸失利益及び三一歳から六一歳までの死亡被害者としての逸失利益並びに発症後死亡するまでの介護費及び慰謝料が損害額又は損失額となる。」

 四 同B六八頁一三行目の「本節末尾添付損害額一覧表(二)」を,「別紙死亡被害者両親の請求損害損失一覧表(1)ないし(4)」と改める。

 五 同B六九頁一行目の「各一五〇〇万円」を「各一二五〇万円(ただし,被害児伊藤純子(一一の一)及び同高橋尚以(五五の一)の両親については,各五〇〇万円)」と改め,七行目末尾に行を改めて,「(3) 各人の金額 別紙死亡被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(4)のとおりとなる。」を加える。

 六 同B六九頁九行目の「本節末尾添付損害額一覧表(三)」を「別紙Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)」と改める。

 七 同B六九頁一五行目から同B七〇頁二行目までを以下のように改める。「Aランク被害児の介護に要する費用相当額の損害又は損失は,少なくとも年三六五万円(一日一万円)である。本件接種後平均余命に至るまで介護を必要とする。ライプニッツ方式により中間利息を控除して,本件接種当時の現価を計算する。」

 八 同B七〇頁四行目の「一〇〇〇万」を「一五〇〇万円」に,同一三行目の「各一〇〇〇万」を「各五〇〇万円」と改める。

 九 同B七〇頁六行目末尾に行を改めて,「(5) 各人の金額 別紙Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)のとおりとなる。」を加える。

 一〇 同B七〇頁七行目の「本節末尾添付損害額一覧表(四)」を「別紙Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)」がと改める。

 一一 同B七〇頁一五行目の末尾に行を改めて,「(3) 各人の金額 別紙Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)のとおりとなる。」を加える。

 一二 同B七〇頁一七行目の「本節末尾添付損害額一覧表(五)」を「別紙Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」と改める。

 一三 同B七一頁一行目から二行目の「過去及び将来の」を削る。

 一四 同B七一頁四行目から一一行目までを以下のように改める。

 「 Bランク被害被害児の介助に要する費用相当額の損害又は損失は,少なくとも年一八二万五〇〇〇円(一日五〇〇〇円)を下らない。そして,本件接種後平均余命に至るまで介助が必要である。ライプニッツ方式により中間利息を控除し,本件接種当時の現価を計算する。」

 一五 同B七一頁一三行目の「一〇〇〇万円」を「一二〇〇万円」と改める。

 一六 同B七一頁一五行目の末尾に行を改めて,「(5) 各人の金額 別紙Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表のとおりとなる。」を加える。

 一七 同B七一頁一六行目の「本節末尾添付損害額一覧表(六)」を「別紙Bランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表」と改める。

 一八 同B七一頁一八行目の「各一〇〇〇万円」を「各四〇〇万円」と改める。

 一九 同B七二頁二行目末尾に行を改めて,「(3) 各人の金額 別紙Bランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表のとおりとなる。」を加える。

 二〇 同B七二頁四行目の「本節末尾添付損害額一覧表(七)」を「別紙Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」と改める。

 二一 同B七二頁七行目の「六七パーセント」を「六〇パーセント」に改め,同七行目から八行目の「過去及び将来の」を削る。

 二二 同B七二頁九行目から一二行目までを以下のとおり改める。

 「(2) 介助費 Cランク被害児の介助に要する費用相当の損害又は損失は,少なくとも年一八二万五〇〇〇円(一日五〇〇〇円)であり,一五歳まで介助を必要とした。ライプニッツ方式により中間利息を控除し,本件接種当時の現価を計算する。」

 二三 同B七二頁一六行目末尾に行を改めて,「(5) 各人の金額 別紙Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表のとおりとなる。」を加える。

 二四 同B七二頁一七行目の「本節末尾添付損害額一覧表(八)」を「別紙Cランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表」と改める。

 二五 同B七二頁末行の「各一〇〇〇万円」を「各三〇〇万円」と改める。

 二六 同B七三頁三行目末尾に行を改めて,「(3) 各人の金額 別紙Cランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表のとおりとなる。」を加える。

 二七 同B七三頁一〇行目末尾に「また,被控訴人澤柳清(五の二)は,昭和六一年五月一六日死亡したため,同人の損害賠償又は損失補償請求権は,同人の妻富喜子(五の三)が二分の一,子である被控訴人澤柳一政(五の一),同被控訴人澤柳尚子(五の四)及び澤柳英行(五の五)がそれぞれ六分の一の割合で相続した。」を加える。

 二八 同B一二七頁の「生死の別」欄の「生」を「昭和六一年七月一九日死亡」に改め,同B一二八頁の「現在の症状」欄の末尾に「なお,同児は,昭和六一年七月一九日,『ワクチン後脳炎に伴う誤えん性肺炎による呼吸不全』によって死亡した。」を加え,同B三三八頁の「生死の別」欄の「生」を「平成四年二月二八日死亡」に改め,同B三三九頁の「現在の症状」欄の末尾に「なお,同児は,平成四年二月二八日,インフルエンザ予防接種の脳炎後遺症により肺炎を併発し,死亡した。」を加える。

 二九 同B四八六頁末行の「相続した事実」の次に「,被害児澤柳一政(五の一)の父清(五の二)が昭和六一年五月一六日死亡し,妻である富喜子(五の三)が二分の一,子である被害児一政(五の一),被控訴人澤柳尚子(五の四)及び同澤柳英行(五の五)がそれぞれ各六分の一の割合でこれを相続した事実」を加える。

 三〇 同B四九六頁六行目から七行目の「昭和五七年一二月三一日」を「平成三年三月末日」と,同七行目「抗弁末尾添付別紙二」を「別紙給付一覧表(1)ないし(26)」に改める。

 三一 同B五八五頁五行目の「抗弁末尾添付別紙二」から一五行目までを「別紙給付一覧表(1)ないし(26)記載の事実及び原判決の事実摘示抗弁末尾添付の別紙二の「備考」欄記載の事実は認める。」に改める。

第二 因果関係について

 (控訴人)

 一 ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係

 ポリオ生ワクチン接種とその副反応としての脳炎・脳症との因果関係は,今日における医学的知見に基づく限り,肯定し得ないものである。

  1 脳炎・脳症の意義

 脳炎は脳の炎症性疾患であり,その原因のほとんどは細菌又はウイルス感染によるものである。

 脳症は炎症を伴わない脳のびまん性の病変であり,原因不明のものが多い。

 脳炎・脳症の臨床症状としては,発熱,意識障害(昏睡,昏迷,傾眠),けいれんの発症を伴うものである。

 脳炎・脳症の臨床症状や病理学的所見は,それが予防接種の副反応の場合も,それ以外の原因による場合も何ら異なるものではない。(予防接種副反応の非特異性)。

 意識障害は比較的軽度とされる場合でも,臨床的に明らかに異常な状態を呈するから,医師や家族が気が付かないということはあり得ない。意識障害についてカルテに記載がないのであれば,それは,脳炎・脳症が発症していなかったことを強く推認させる。

 脳炎・脳症が発症したということは,臨床症状としては,意識障害の発現をみたということを意味する。

 急性の中枢神経系疾患としては熱性けいれん,メニンギスムス,てんかん,脳炎・脳症があるが,このうち,熱性けいれん(発熱,けいれんを呈するも,一過性で治癒する。),メニンギスムス(髄膜刺激症状《項部硬直》ないし短期間の意識障害を呈するも,一過性に治癒するもの)が回復した後に後遺症が残ったとすると,そこでは後遺症を残すに足るだけの病変(脳実質の障害)か生じているはずである。かかる脳の病変は意識障害を伴わないままで発現することはない。

 したがって,予防接種後,熱性けいれんの発現をみたが,意識障害がなく,熱性けいれんやメニンギスムスと診断される症状を呈したにかかわらず,何らかの中枢神経系の疾患に伴う後遺症を残した場合,この後遺症は予防接種を原因とするものではないとうべきである。また,けいれんのみを反復する場合は,てんかんであり,予防接種が直接てんかんを起こすとは考えられない。もっとも,予防接種後,意識障害・けいれんを伴う脳炎・脳症が発症し,その後遺症としててんかんが発症することはあり得る。

 結局,予防接種後の重篤な中枢神経系の副反応として考えられるのは,脳炎・脳症のみである。

  2 脳炎・脳症の発症機序

 脳炎・脳症の発症機序はいまだ明らかでない。特に脳症については殆ど不明であるが,一応,以下のように推定される。

   (一) 脳炎

 脳炎については,ウイルスが脳を直接侵襲することにより発症するもの及びウイルスや細菌の感染に引き続いて発症するもの(以下「ウイルス性脳炎」という。)と何らかのアレルギー機序が関与して発症すると考えられるもの(以下「アレルギー性脳炎」という。)などがある。

 (1) ウイルス性脳炎

 一つはウイルスに感染すると,ウイルスが中枢神経以外の組織で増殖し,それが血液や末梢神経などを経て脳に至り,ウイルスが脳実質を直接侵襲して起こる脳炎であり「日本脳炎,単純ヘルペス脳炎等),もう一つは,ウイルス感染後何らかのアレルギー機序が関与して発症するのではないかと考えられる脳炎である。この発症機序は不明の点が多い。

 (2) アレルギー性脳炎

 従前,狂犬病予防接種後にしばしば脳炎が発症することが知られていた。このころの狂犬病ワクチンには神経組織(脳物質)が多量に含まれていた。このため,同ワクチンの被接種者に,すべての動物の脳物質にある共通抗原によって感作されたT細胞が遅延型アレルギーの機序により,(自己免疫)脱髄性脳炎を惹起したと考えられる。

 しかしながら,神経組織を有しないウイルスによってもアレルギー性脳炎が発症するとの考え方もあるが,未だその機序は実証されておらず,仮説の域を出ていない。

 (3) 脳症の発症機序について

 脳症は病理学的には炎症所見を伴わない脳浮腫を病態とする脳の疾患であり,脳浮腫の発症機序は不明な点が多い。

 (4) ポリオ生ワクチンについて

 ポリオ生ワクチンは,外来ウイルスの混在のないサルの腎臓細胞に弱毒化されたポリオウイルスを接種,培養し,増殖させたものを精製して純度の高い弱毒化されたポリオウイルスを採取し,これに白糖と微量の抗生剤を添加してワクチン調整したものである。

 ポリオ生ワクチンの投与は生後三箇月から一八箇月の間に0.05ミリリットルを二回経口投与する。

 この経口ポリオ生ワクチンは極めて副作用の少ない優秀なワクチンであり,ただ投与後しばらくして臨床的にポリオと区別し得ない症例(ポリオ様麻痺)のあることが知られているだけである。

 すなわち,ポリオ生ワクチンの成分は,弱毒化したポリオウイルス,白糖,微量の抗生剤であり,サルの腎臓細胞がごく微量含まれている可能性を否定できないが,組織培養安全試験を行い,更に精製して安全を確認しているのであり,また,経口投与ということから,胃・腸の粘膜を通して必要な成分のみを吸収するという濾過作用が働くから,異物に対する反応は極めてマイルドであり,牛乳が異種たんぱくであるのに飲用しても副反応がないのと同様,サルの腎臓細胞による副反応は否定できるのである。

 したがって,副作用が生ずるとすると,それはポリオウイルスによるものであるところのポリオ様麻痺以外にない。

 (5) 脳炎・脳症について

 ポリオウイルスの特徴は,脳脊髄幹の特定の細胞と区域だけがウイルスに感染しやすいというもので,運動を司る神経細胞の障害が起こるのであり,運動領野を除いた大脳皮質等を障害することはない。ところが,脳炎・脳症は,病理学的にいうと脳の強い浮腫であって,脳全体が腫れ上がり,そのため脳の容積が増加し,脳の各部位が圧迫されるものである。しかし,右のように,ポリオウイルスの自然感染によって直接脳全体が侵されることはないから,脳炎・脳症は発症しないのである。

 もっとも,延髄にまでポリオウイルスによる障害が及び,呼吸麻痺が生じ,無酸素状態が持続することにより,脳の広範な障害が惹起され,結果的に脳炎・脳症と同様な症状(意識障害・けいれん等)が生ずることも考えられないではないが,その場合も,必ずポリオの臨床上の症状である脊髄型の麻痺(手足の弛緩性の麻痺)を合併するのが特徴である。更にいわゆる延髄型ポリオの臨床症状である呼吸麻痺,循環障害が現れる可能性も高いのである。このような延髄型ポリオにおける前駆症状ないし臨床症状がみられないのに,脳炎,脳症のみがポリオ生ワクチンの投与によって生じるということはあり得ない。

 (6) ポリオの潜伏期について

 体内に入ったポリオウイルスが腸内で増殖する期間は七日から一〇日位であり,この増殖したウイルスが血液中に入って発熱等の臨床症状を呈するまでに,通常二,三日を要する。

 したがって,ポリオ生ワクチンによる副作用の潜伏期は九日から二週間であり,早くても七日から二週間である。なお,麻痺の後遺症が生じるまでの期間は,ポリオ生ワクチン投与後二,三週間を要する。

 (7) ポリオ生ワクチンによる脳炎・脳症の発症の蓋然性について

 ポリオ生ワクチンによる脳炎・脳症発症の因果関係を肯定する根拠としては,以下のようなものが挙げられるが,いずれも,合理性に乏しく,医学上多くの疑問がある。

 ア 西ドイツのクリュッケ教授の論文は,症例報告を纏めたものであるが,ポリオ生ワクチンとアレルギー性脳炎との関係を時間的密接性のみでとらえた症例の解析としての意味しかない。両者の因果関係を医学的に証するものとしては無価値の論文である。要するに,ポリオ生ワクチンを接種した患者を解剖したらアレルギー性脳炎を疑わせる所見の患者がいたというにすぎず,ポリオによるアレルギー性脳炎の発症機序には何ら触れておらず,クリュッケ教授自身も,その原因についてポリオウイルスか混合感染かあるいは自然発症が偶発したのかわからないと記述しているところである。

 イ 埼玉医科大学の皆川正男の論文も,両者の因果関係について全く論じられていない。ただ結論のみが唐突に記載されているにすぎない。また,本症例は接種後七日を経て急性脳症が生じているが,ポリオ生ワクチンによる副反応の発症には九日ないし二週間を要するのであから,ポリオ生ワクチンによる副反応とは考えにくい。

 ウ 白木博次のヒスタミン原因物質説は,今日の医学上の一般的知見からすると,到底肯認することのできない特異な仮説である。

 白木説による発症機序は,

 ①急性脳症を起こす典型例として疫痢に罹患した場合があるが,この場合は,赤痢菌が腸内に感染して腸壁で増殖する時にヒスタミンあるいはヒスタミン様の物質を産出し,この物質が脳の血管の拡張,収縮をもたらす。

 ②ヒスタミンを幼若犬の頸動脈に注入した結果,脳に血管けいれんが起き,そのために脳の神経細胞が破壊されたという実験結果が報告されている。

 ③ワクチン接種によって肥伴細胞の免疫抗体(IgE)にワクチンが働き,そこからヒスタミンが放出されるということも明らかにされている。

 ④ポリオ生ワクチン接種により疫痢の場合と同様,腸壁でヒスタミン様物質が産出され,あるいは肥伴細胞からヒスタミンが放出され,かかる物質が脳血管のけいれんを導き,急性脳症を引き起こすという仮説を立てることが可能であるというものである。

 しかし,仮に疫痢が赤痢菌によるアナフィラキシー反応によるショック様症状であるとみるとしても,ポリオ生ワクチンと疫痢では余りに状況が異なっているというべきである。疫痢は,赤痢菌増殖による激しい腸炎症状を伴い,大量のエンドトキシン産生がショック症状を引き起こすと考えられるかもしれないが,ポリオ生ワクチンにはショック症状を引き起こすほど大量のヒスタミンを産生するような物質は含まれていない。

 仮に何らかの物質がある患者に特異的に働き,アナフィラキシーショックを引き起こしたと考えても,以下のような矛盾が生ずる。すなわち,ポリオ生ワクチンの副反応としての脳症をアナフィラキシーショックの機序で説明すると,それが臓器に特異的に起こるとする科学的根拠はないのである。脳に影響を及ぼすほどのヒスタミンが全身に投与された場合,ヒスタミンによる全身血管の拡張が起こり,虚脱に陥るはずであり,急激な血圧低下,循環不全が起こり,死亡するはずである。このように脳血管のみがヒスタミンの影響を受けることはあり得ない。ヒスタミンあるいはヒスタミン様物質が急性脳症を引き起こすものであることの科学的根拠はない。

 そもそも,疫痢の脳症状についての白木教授の見解自体が,仮説の域を出ていないのである。

 また,②についても,実験的に大量のヒスタミンを注射した場合と,生理的に体内で産出される量のヒスタミンの影響を同一に考えてよいか,極めて疑問である。また,頸動脈に直接ヒスタミンを注入した例と白木教授の仮説とを比較すること自体無理がある。

 また,ワクチン接種によって肥伴細胞の免疫抗体にワクチンが働き,そこからヒスタミンが放出される根拠として,石坂公成博士の論文を挙げるが,右論文は根拠とならない。

 なお,白木教授は,ワクチンはサルの腎臓細胞にウイルスを培養して製造されるものであるから,ウイルスと腎臓細胞との間で有害物質が産出される可能性もあり,また,ワクチンにはチメロサール等の保存剤が添加されており,これらの物質が急性脳症やあるいは遅延型アレルギー反応を起こすとも考えられるとする。しかし,ポリオ生ワクチンの成分にはチメロサール等の保存剤は添加されていない。また,ポリオウイルスと腎細胞との間で有害物質が産出される可能性もない。

 以上,白木説は,いずれの点からしても,科学的合理性を欠いているといわなければならない。

 本件における伊藤純子(一一の一),井上明子(二四の一),中村真弥(三八の一),小久保隆司(四八の一),及び大平茂(五一の一)の五名についてはいずれも手足に弛緩性麻痺や更には呼吸麻痺及び循環障害が発生したことを窺わせる証拠はなく,右各被害児らの障害は,ポリオ生ワクチンの投与によって生じたとは考えられない。

 二 予防接種とその後に発生した疾病との因果関係を認定するための要件について

 予防接種とその後に発生した疾病との因果関係が肯定されるためには,それについて通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るという高度の蓋然性の証明が必要である。そして,ワクチン接種によってある疾病(本件では脳炎・脳症)が起こり得るというためには,①接種から一定期間内に発生した疾病が,それ以外の期間における発生数よりも統計上有意に高いことを示す信頼できるデータが存在し,かつ,②当該予防接種によって,そのような疾病が発生し得ることについて,医学上,合理的な根拠に基づいて説明ができることが要件となる。次に,現実に発生した疾病が接種したワクチンによって起こったとするためには,③接種から発症までの期間が,好発時期あるいはそれに近接した時期と考えられる中に入り,かつ,④少なくとも他の原因による疾病と考えるよりは,ワクチン接種によるものと考える方が妥当性のあることを要件として,高度の蓋然性の有無を判断すべきである。なお,この①の要件を採用できない理由として,我が国において,控訴人が調査義務を負うにかかわらず,正確な調査がされていないことを挙げることは,本来客観的であるべき因果関係の証明に規範的評価ないし価値判断を持ち込むもので,極めて不当である。

 これに対し,被控訴人ら主張の四要件なるものは,その内容及び相互の関連性が極めてあいまいかつ不合理であり,客観的な因果関係認定の判断基準とするには不適当である。すなわち,まず,①の空間的密接性という要件は極めて比喩的表現で,科学的な概念で構成されたものではない。次に,②の「他の原因となるべきものが考えられないこと」という要件については,当該疾病が他の原因によって発生したことが証明されない限り,①,③,④の要件のみをもって当該予防接種によって生じたものと推認することにほかならず,事実上の推定の域を越え,実質上立証責任の転換を図っていることになって,不当である。このような要件を正当化するためには,予防接種後の一定期間内に発生した疾病は他の原因が明らかでない限り,すべて予防接種によるとの経験則が存在するとしなければならないが,通常予防接種後の神経系疾患の臨床症状や所見は,予防接種以外の原因による疾患のそれと異なるものではない(非特異性)ため,具体的に発生した疾患が予防接種によるものであるか,あるいは他に原因があるかを的確に判断するのは困難であり,特に脳炎,脳症においては元々原因不明なものが全体の六〇パーセントないし七〇パーセントを占めているため,その判定はより困難であって,そのような状況からして,右のような経験則があるとは到底いえない。また,「副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと」という要件も,比較対象が原因不明である以上,本来原因不明のものにどれだけ強烈な症状が現れるか医学的に解明できていないことになる。そうすると,他の原因不明のものによる症状との比較という考え方自体が不合理である。

 (被控訴人ら)

 一 ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係

  1 救済措置における因果関係の肯定

 ポリオ生ワクチンによる脳炎・脳症の発症が争われているのは,伊藤純子(一一の一),井上明子(二四の一),中村真弥(三八の一),小久保隆司(四八の一),大平茂(五一の一)の五名であるが,この五名については既に本件訴訟提起前に国が予防接種に起因する被害であることを認めていた。

 すなわち,予防接種による被害者が昭和四五年七月三一日付け閣議了解に基づく措置の実施による医療費等の支給を受けるについては,予防接種事故審査会による予防接種と事故との間の因果関係の認定を受けなければならない。また,昭和五一年六月一九日法律第六九号による予防接種法の改正に伴って昭和五二年二月二五日施行された同法所定の法的措置による医療費等の支給を受けるについても,伝染病予防調査会(昭和五三年の法改正後は,公衆衛生審議会)による因果関係の認定を得なければならない。

 右予防接種事故審査会と伝染病予防調査会は,いずれも専門分野の医学者を主要メンバーとして厚生省内に設置された審査機関であり,認定の採否は出席したメンバー全員一致でなされる。

 前記五名も,いずれもこの両手続において被害がポリオ生ワクチンの投与によって生じたことを認定されている。この審査の過程には原審証人木村三生夫,当審証人平山宗宏も参加し,一致して因果関係を認めている。

 にもかかわらず,控訴人は本訴において,伊藤及び井上についてはいったん因果関係を認めておきながら途中からこの自白を撤回し,五名につき因果関係を否定するに至っている。

  2 ワクチンによる副反応の定型化の困難性

 ワクチン液は生物学的製剤に属するが,それは当該ウイルスだけで構成されているのではなく,その製造過程でワクチンの培養に使われる培地・培養細胞・臓器由来の有害物質,外来微生物,微生物の構成有害成分あるいはその産生した有害物質,添加物質(保存剤,アジュバント,安定剤,抗生物質等),外来有害物質等の物質を含んでいる。ワクチン製剤については,無菌試験,不活化試験,各種物質否定試験などによって一定の基準に合格したものだけが予防接種に使用される仕組みになつている。しかし,それらは一定の基準に合格しただけで,その検体にいかなる微生物も存在しないことを意味するものではない。副反応の原因となる得るその他の夾雑物が一切含まれていないことを意味するものでもない。

 大量に生産されるワクチン製剤の中には種々の物質が含まれており,これらの異物が人体の中でどのように反応を示すかは医学的に完全には解明されていない。経験科学としての医学ては,せいぜい高度の蓋然性を追及するだけにとどまる。

 他方,異物であるワクチン製剤を受け入れる個体側の反応も千差万別であり,特に乳幼児は,健康状態の変化も著しく,とりわけ脳構造未発達で,周囲の環境や身体条件の微妙な変動によって急激な変動を起こしやすい。このようなことが,ワクチン接種による副反応の定型化を困難にしている。

  3 副反応の追跡調査の不備

 副反応の解明は,ワクチン接種によってどのような副反応が接種後どのような期間に,どの位の頻度でみられるかを調査することによっても,ある程度可能である。しかし,控訴人はこのような副反応ついてのきちっとした調査をしなかった。国の安全を軽視した副反応調査の不備のため,どのワクチンからどのような副反応を生じるかは,より一層不明確になっている。

  4 ポリオ生ワクチン接種後の脳炎・脳症の発症

 伊藤純子(一一の一)井上明子(二四の一),中村真弥(三八の一),小久保隆司(四八の一),大平茂(五一の一)の五名については,ポリオ生ワクチン投与以外に何ら脳炎・脳症を発症させるような事情を見当たらない。そして,ポリオ生ワクチン投与後に脳炎・脳症が発症した者は右五名に限らない。木村三生夫教授が予防接種事故審査会に申請があったデータを集めたところ,事例数は三〇例にも上っている。しかも,それらは緩やかではあるが,明らかに接種後五ないし六日に集積性がみられる。その他,クリュッケの報告や皆川教授の報告,あるいは大阪市立桃山病院の医師グループの報告(二歳の男児が二度のポリオ生ワクチンの投与によっていずれも下痢・発熱の症状が発現し,更にポリオ生ワクチン投与量の一〇分一の量でテストしたところ,症状的に明らかな即時型アレルギー反応を示したというもの)等,ポリオ生ワクチン投与後に脳炎・脳症が発症したとの相当数の報告が存在する。

  5 白木博士の合理的理論

   (一) 白木博士は,ワクチン接種の副反応の形態を,①ウイルス血症型(生きたウイルスが体内に入って増殖した結果発症する。),②いわゆる遅延アレルギー反応型,③急性脳症型,の三種類の組み合わせで説明した。

 ポリオ生ワクチンの経口投与についてもこの三つの反応形態があると説かれている。

   (二) このうち遅延アレルギー型の脳炎について,白木博士は以下のように説明している。

 各種のウイルスの自然感染に際して脳脊髄白質炎やギランバレー症候群が生ずることがあるが,これは細胞免疫型の自己免疫反応として中枢神経炎又は末梢神経炎が引き起こされるものであると古くから説明されている。神経細胞を含んだワクチン(例えばかっての狂犬病ワクチン)については,中枢神経系炎を引き起こすことはよく知られているが,種痘等神経細胞が含まれてないはずのワクチンについても脱髄生のアレルギー性脳炎が発症する。ノーベル医学賞を受賞したバーネットは,これはワクチンウイルス自体か,ワクチンの製造過程において,又はワクチン接種後の体内におけるウイルスの増殖に際して,動物の神経組織に似た物質が生じ,それが神経組織と同じ抗原を作り,いわゆる共通抗体を通じて神経系にいわゆる遅延アレルギー型反応を引き起こすと説明する。

 ポリオ生ワクチンについては,ポリオウイルスはサルの腎臓細胞で培養される。サルの腎臓細胞はウイルスが増えることによって変質し,動物の神経組織と同じ成分を持った物質ができることも否定できない。このような物質がワクチンの投与によって人の体内に入った場合,攻撃的なリンパ球とか単核細胞,抗原・抗体複合物などの神経系をアタックするような抗体ができて,神経系に達し,いわゆるアレルギー反応を起こすと考えられる。

 以上が白木博士の理論である。

   (三) ポリオ生ワクチンによる脳の即時型副反応については,白木博士は,以下のように説明する。

 疫痢や疫痢様疾患によって即時型副反応としての急性脳症が生じることは,これまでに知られていることである。疫痢の場合には,赤痢菌が幼児の腸管を通じて増殖する過程でヒスタミンを始め様々な活性物質を産生し,これらの物質が血管系に働いた場合にはそれがショックの原因となり,即時型アナフィラキシー反応としての急性脳症並びにショック症状を並列的に引き起こすことは,故高津教授の実証したところである。同教授は,赤痢菌によらない疫痢様疾患の場合についても,疫痢と共通した病理発生機構が存在すると考え,実際に腸壁,肝,尿などからヒスタミンとその派生物質その他の活性物質を証明し,それらは赤痢菌や不明の原因物質と腸管との間で形成された共通の代謝産物であると考えた。

 ポリオ生ワクチンの投与によって腸内で増殖するポリオウイルスについても,疫痢又は疫痢様疾患の場合と同様ヒスタミン様の物質が産生されることは,充分あり得る。

   (四) なお,当審において平山証人は,ポリオ生ワクチンによってはウイルス血症としてのポリオ症状がまれに発生するだけであり,延髄まで侵されると脳の浮腫も起こり得るし,脳炎と同じ症状を呈することもあるが,いずれも手足の麻痺を伴わないことはない,アレルギー性脳炎は狂犬病ワクチンのように脳を材料にして作った場合に生じるもので,ポリオ生ワクチンにはそのような成分は入っていないから,発生しない,ポリオウイルスが腸管内で増殖した場合,毒性物質を産出することは知られておらず,疫痢のような反応がポリオの腸管内増殖によって起こることは考えられないから,ポリオ生ワクチン投与によって即時型アナフィラキシーとしての脳症を起こすこともない,と主張する。しかし,右によっても,ポリオ生ワクチンによる副作用がウイルス血症型に限られるということの合理的説明はされていない。また,種痘後の脳脊髄白質炎のように,ワクチン液に動物の神経ないし脳組織が含まれていなくとも,ワクチン接種の副反応としていわゆる遅延アレルギー型の脳炎が生じるのであって,平山証人も白木説を否定する実証的データを有していないのである。さらに,ポリオウイルスが腸管内で増殖した場合に毒性物質を産生することは知られていないというが,逆に毒性物質を産生しないことも確かめられていないのである。この点における白木理論は,高津,諏訪,石坂等の学者の研究に裏付けられており,医学的に充分合理性を有する。

   (五) このように,ポリオ生ワクチン投与の副反応として,いわゆる遅延アレルギー型脳炎と即時型アレルギー反応としての急性脳症が発症し得るとする白木博士の理論は,医学的合理性と妥当性を有している。我が国有数のワクチン学者である福見秀雄博士も,ポリオ生ワクチンで脳性麻痺が絶対起こらないという学問的証左はないとしているところである。

 このように,我が国有数の権威者がその因果関係を否定せず,その発生機序について合理的な理論を展開していること,実際にもポリオ生ワクチン投与後に相当数の脳炎・脳症の被害が報告されていて,副反応として即時型アレルギー反応が生ずるとの実証データも存在することなどを考え合わせれば,ポリオ生ワクチンの投与が原因で脳炎・脳症が発生することについては高度の蓋然性がある。

 二 因果関係判定の要件についての控訴人の主張に対する反論

 要件①のうち空間的密接性とは接種から一定の合理的期間内に疾病が生ずるという時間的密接性だけでなく,疾病の生ずる部位により時間的密接性が変化していくことを考慮して加えたもので,因果関係の認定を厳格にこそすれ,科学的でないという批判は当たらない。

 要件②については,①,③,④の要件が存在している場合,原則としてワクチン接種によって疾病が生じたことの高度の蓋然性があると考えるのが,経験則である。予防接種後の合理的な相当期間内に,それまでには存在していなかった脳炎・脳症等の症状が発症した事故の場合,この高度の蓋然性が破れるのは,他の原因によって疾病が生じたことが証明されたときである。他の原因の可能性が一般的,抽象的に存在したというだけでは,「高度の蓋然性」は破られたとみるべきではない。なぜなら,ワクチン接種後の一定期間内に医学上合理的根拠を有する疾病が質的,量的に強い態様で生じたことの重みは,他の原因があり得るという程度の事情によってほとんど影響を受けないと考えるべきだからである。②の要件は,このように本来因果関係の存在を否定するための消極的要件であり,これをもって立証責任の転換が行われていると考えるべきではない。

 要件③は,ワクチン接種の脳炎等の副反応は,多くの場合,他の原因不明による症状に比較して症状が質量的に強く現れる事実に着目して加えられたものである。

 むしろ,この関係で控訴人の主張する「少なくとも他の原因による疾病と考えるよりはワクチン接種によるものと考える方が妥当性があること」という要件は一種のトートロジーになってしまい,適切な要件ではないことが明らかである。

第三 安全配慮義務違反による債務不履行責任について

 (被控訴人ら)

 一 予防接種と控訴人国の安全配慮義務

 控訴人国は,劇薬であるワクチンの接種を,伝染病の発生,まん延を防止する目的で,国民に対し強制ないし勧奨したものである。

 このような法律上又は事実上の強制に基づく予防接種については,接種を強制した控訴人国は,以下のような事情を考えると,予想されるべき被接種者への重篤な被害の発生を極力防止すべき高度の安全配慮義務を負っていたというべきである。

  1 控訴人国には予防接種による被害発生について予見があった。すなわち,ワクチン接種により重篤な副反応が生ずる事実は,専門家の間では既に昭和の初めころから知られていた。戦後においても,昭和二六年以降の人口動態統計によれば,毎年予防接種による死亡者数が報告されていたのである。

  2 予防接種の強制は被接種者による自主選択権を失わせるものであった。本件の予防接種は,法による接種であれ勧奨による接種であれ,国の公権力による強制によってされたものであって,被接種者又は保護者は自らの判断によってこれを回避する可能性は全くなかった。被接種者は予防接種の危険性を告知されておらず,禁忌事項の具体的告知を受けていなかった。このような場合,予防接種を強制する側は,被接種者の安全のために,その危険の回避,減少について全責任を負うべきであり,可能な限りの安全配慮措置をとるべき条理上の義務を負うのである。

  3 予防接種について控訴人国は,情報,知識を事実上独占していた。このように情報と知識を独占する控訴人国は,予防接種の安全維持のため,事故発生の危険を回避,減少させるべき最高度の安全配慮義務を負っていたというべきである。

 二 予防接種の副反応の危険及び禁忌事項についての周知義務とその懈怠

 このような安全配慮義務の一環として,国は,予防接種を実施するに当たって,予防接種により重篤な副反応が発生する危険があること及び予防接種の禁忌事項ないしこれに該当すると考えるべき症状等を接種を担当する医師及び被接種者ないしその保護者に具体的かつ明確に周知すべき義務があったというべきである。しかるに,控訴人国は,接種担当医に対する禁忌事項の周知徹底を怠ったし,また,被接種者ないし保護者に対し,予防接種の副反応の危険性及び禁忌事項について十分周知しようとしなかった(なお,この点の詳細は,第四の一の1(八)項参照)。

 そして,このような控訴人国の義務懈怠の結果,本件各事故が発生したものである。

第四 国家賠償法上の請求について

 一 過失について

  1 厚生大臣の過失について

 (被控訴人ら)

   (一) 種痘の強制接種を行った過失

 (1) 初めに

 ワクチンは本来人の生命,身体に害を与える危険性の高い物質であるから,個人が自己防衛の目的で自らの意思により接種を受ける場合はともかく,社会における伝染病の流行を防止するという社会防衛の目的で個人に接種を強制することは本来許されるべきことではない。

 予防接種の強制接種が許されるとするならば,それは伝染病の流行を防止するのに感染源対策や感染経路対策だけでは不十分であって,強制接種を行うことが必要不可欠であり,かつ,当該伝染病の流行の可能性とこれによって生ずる被害の程度,当該予防接種の効果,予防接種によって生ずる重篤な副反応が生ずる頻度等を比較考量して,予防接種を行うことが社会にとって利益であると考えられる場合だけである。

 国ないし厚生大臣は,法が種々の伝染病について定期及び臨時の予防接種を定めているからといって,安易にこれを実施してはならない。前記のような事情を判断して強制接種が不要と判断されたときは,定期接種であっても法の改正を待たずに敢然とこれを中止すべきである。なお,ことは生命・身体に重大な影響を及ぼす問題であるから,専門家の間で意見の対立があったというだけで手をこまねいていてよいとすることはできないものである。

 (2) 痘そう流行の経緯と痘そうの予防対策

 我が国においては,痘そうは,第二次大戦後,昭和二一年には戦地の復員者を中心とする流行があったものの,その後患者数は激減し,昭和二七年二名,昭和三〇年一名となり,昭和三一年以降は国内での患者発生は零であった。移入患者は,昭和四八年及び四九年に各一名あったものの,いずれも二次患者の発生がないままに収束している。このような患者数の推移に照らすと,我が国は,昭和二五年には事実上,痘そうの非常在国となったとみられる。

 そして,痘そうは人の間でのみ伝播するものであるから,患者を社会から隔離し,患者の移入を阻止する等の感染源対策,感染経路対策が極めて有効である。特に国内の患者が零となった後は,感染源となり得るのは国外からの移入患者のみであるから,痘そうの予防対策の基本は,患者の国内への侵入を阻止することに置かれるのは当然といわなければならない。具体的には,①常在国又は流行地からの国際旅客に対する検疫の強化及び国際旅客に対する種痘の義務付けによる患者の国内侵入の防止を基本とし,②患者が国内に侵入した場合は,速やかに患者を隔離し,接触者や接触の危険のある者に対し,緊急種痘(リング・ワクチネーション)を実施する等の方策が有効である。

 (3) 種痘の免疫効果と副反応

 種痘の免疫効果は,ディクソンによれば,初種痘の場合で,痘そうの罹患率は,被種痘者対比で,一年後は一〇〇〇分の一,三年後で二〇〇分の一,一〇年後で八分の一,二〇年後で二分の一,その後は一である。したがって,従来我が国で採用されていた一歳時,小学校入学前及び小学校卒業前の三度の種痘の接種を受けても,三〇歳を超えれば,種痘の免疫効果は殆ど期待できないことになる。

 他方,種痘によって重篤な副反応が生ずることは,ジェンナー以来知られていた。我が国における調査は不十分なものであるが,昭和四四年に種痘調査委員会が東京都と川崎市で行った調査によると,乳幼児の被接種者一〇〇万人当たりの合併症発生数は,脳炎・脳症50.5人,熱性けいれん25.3人等合計二七八人であった。厚生省の人口動態統計でも,昭和二六年から四二年までの間に,種痘合併症によって一七四名が死亡しているが,そのうち一五七名が三歳未満の乳幼児である。諸外国の調査でも,神経合併症だけについてみても,被接種者一〇〇万人当たり二ないし二五〇名の被害者が発生している。

 (4) 乳幼児に対する強制接種の意義と必要性

 以上のような諸事情の下で,乳幼児に対する定期強制接種を維持する必要と利益の有無をみるに,乳幼児はそもそも行動範囲が限られているから,国外からの移入患者に対して接触する機会は最も少なく,感染の可能性は殆どないし,他の者に対して感染させる感染源となる可能性も最も少ない。他方,小学校卒業後二〇年を経過するおおよそ三〇歳以上の者は,乳幼児に比べれば,はるかに自ら感染し,他への感染源となる機会が多いのに,既に種痘の効果が零に近くなったまま,放置されている。

 これらの成人を放置したまま,乳幼児に強制的に種痘を接種しなければならない合理的理由はない。

 なお,乳幼児に強制接種をする理由として,成年後に再種痘をした場合に,初種痘に比して速やかに免疫効果を挙げ,副反応も少ないことを挙げる説があるが,この説は科学的でも,合理的でもない。前者については,これに沿う実証的データは存在しないし,後者の再種痘の際に副反応が少ないとの点も,再種痘の場合は乳幼児のときの初種痘と成人になってからの再種痘と二回種痘するわけであるから,副反応の危険にも二度遭遇するわけで,二度の合計危険率が成人の初種痘の危険率より少ない場合にかぎって成り立つ議論であるところ,これを肯定するデータも存在しない。

 ところが,種痘による被害としては,前記のように,死者だけでも毎年一〇人以上出ているし,生存者も含めると,毎年の被害者は,少なく見積もっても数十人に達すると推認される。

 しかるに,昭和五二年以降我が国には国外からの移入患者の発生はなかったこと,世界的にみても,痘そう患者の数は第二次大戦以後減少し,特に昭和四一年以降はWHOの撲滅計画が実行に移されたこと,我が国の検疫体制や患者発見後の医療体制も整備されつつあったことからすると,我が国において,昭和三一年以降前記種痘被害に見合う毎年数十人以上の痘そう患者が発生することは到底予測できないところであった。

 (5) 結論

 以上のとおり,我が国が実質的に痘そうの非常在国となった昭和二五年以降,乳幼児に種痘の強制接種を行うことは,痘そうの流行の防止に有効とはいえないばかりか,それを実施することによって得られる利益よりもはるかに多くの害をもたらしている。

 予測された痘そうの流行による被害者の数と種痘の重篤な副反応による被害者数を比較しても,種痘の副反応による被害者の数の方が多いから,乳幼児に対する定期接種は社会にとっても利益はない。

 したがって,昭和二七年以降,控訴人国は乳幼児に対する定期強制接種を廃止すべきであったのであり,漫然これを継続して本件被害者に副反応による被害を与えたことについて,控訴人国には過失がある。

 仮に昭和二七年の廃止が時期尚早であったとしても,我が国から痘そうの患者が全くいなくなった昭和三一年には廃止すべきであった。更には,英国とアメリカが定期接種の廃止を決めた昭和四六年には,WHOの痘そう根絶計画の進展により常在国は飛躍的に減少していたから,定期接種を継続する合理的理由がないことは一層明白になっていた。

 なお,以上で述べた定期接種廃止の是非についての考え方は,実際にアメリカと英国が昭和四六年に定期接種を廃止した際に採用されている。

 そして,我が国においても,既に昭和二九年に,明石英教授や金子義徳教授らにより,予防接種による利益と危険をバランスにかけてその実施の有無を検討すべきであることが示唆されている。さらに,昭和四七年になってからであるが,大谷杉士教授は,野島徳吉教授とともに,種痘の即時廃止を唱え,福見秀雄国立予防衛生研究所部長や染谷四郎国立公衆衛生院次長も,定期種痘への批判を展開していた。

 (6) 控訴人の主張に対する反論

 以上のとおり,痘そうの移入とそこから生ずる流行による被害はきわめて不確実で,いつ生ずるか分からず,たとえ被害が出ても一定限度におさまるのに対して,乳幼児に対する強制接種を行うことにより毎年確実に数十人を超える重篤な副反応の被害者が発生していたのである。これらの被害者を専門的知見による予測が困難であるとか,評価が一義的でないという理由によって放置することは許されない。そして,定期接種廃止の是非を時宜に即して的確に行うためには,継続的な合併症の追跡等,被害に関する調査が必要であるにもかかわらず,控訴人国は被害の調査を殆ど行わなかった。そのため,合併症による死者の数は最後まで人口動態統計に依拠せざるを得なかった。そればかりでなく,控訴人国は被害の実態をなるべく国民に知らせないようにしていた。このように国民に事実を隠し,自らなすべき調査も殆どしなかった控訴人国は,高度に専門的知見に基づく予測であるとか,予測には一義的に確定し得ない部分があるとかの理由で,定期接種の廃止の判断を遅延した責任を免れることはできないものである。

   (二) 種痘の若年接種を実施させた厚生大臣の過失について

 (1) 予防接種に使われるワクチンは,前記のように,人体にとって本来的に危険なものであり,予防接種は一定割合で死亡や脳炎,脳症等の重篤な後遺症を惹起するものである。それ故,国が伝染病予防というプラス面と死亡又は重篤な後遺症をもたらすというマイナス面を同時に有する種痘の若年接種を法律をもって強制しようという以上,プラスとマイナス,コストとベネフィットを正確に把握し,そのベネフィットがコストを上回ることを確認し得た場合のみこれを実施すべきである。

 そして,種痘の定期強制接種をコストベネフィット・バランシングの上行うよう決定した場合でも,予防接種の実施に当たって,被接種者の生命・身体に対する侵害は可能な限り小さくすべきであることは当然であるから,厚生大臣は,より危険の少ない接種年齢が考えられる場合には,速やかに安全な接種年齢への変更を行うべきは当然である。若年接種を実施しないことが被接種者の生命・身体の危険を避けるため必要,不可欠であるという場合に限って,厚生大臣は若年接種を中止させる注意義務があるとするのは,発想が逆転している。

 (2) 生後一歳未満の乳幼児,特に生後六箇月未満の乳児は脳及び血液関門の発育が不十分であるため,年長児や成人に比して神経系の反応が強烈で,それ故に損傷を受けやすいし,乳幼児の場合,病気や異常がある場合でも,それが未だ隠されていて明らかになっていない場合が多い。したがって,これらの点を考慮すると,一歳未満の乳幼児については,伝染病の具体的流行と感染の可能性を考慮して,その必要性が明らかでない限り,少なくとも一律の集団接種は避けるべきである。

 (3) さらに,天然痘の非常在国においては,外国から入ってきた天然痘患者に零歳児が接触する機会はもともと少ないから,接種年齢を一歳以上に引き上げても,伝染病に対する社会の全体的抵抗力には殆ど影響がなく,したがって,若年接種の危険が高いことがわかりさえすれば,接種年齢の引上げは容易に実行できるはずである。

 (4) そして,他の先進諸国における動きを見ると,昭和三五年(一九六〇年),英国保健省の医務官グリフィスは,種痘の副作用と致死率は一歳未満児において最も高いことを明らかにし,これを受けて保健省の常設医事勧告委員会は,保健大臣に,それまで接種が生後四ないし五箇月の間に行われていたのを改め,生後二年目に行うよう勧告した。保健大臣はこれを容れて,昭和三七年(一九六二年)一一月,全国の機関にその旨を指示した。この後,昭和三九年(一九六四年),保健省のコニーベア博士は,一九五一年から一九六〇年までの間,英国及びウエールズにおいてされた種痘接種の副作用を調査した結果,種痘疹及び種痘後脳炎の発生率が一歳未満児において他の年齢群に比し,圧倒的に高いことを確認した。

 また,英国に続きオーストリアも昭和三八年に接種年齢を一歳以上に引き上げた。

 アメリカも,以下の調査に基づき,昭和四一年に一歳から二歳に引き上げた。すなわち,アメリカ厚生保健省公共保健局伝染病センター種痘部門のジョン・ネフ以下の研究者は,昭和三八年(一九六三年),全米及びノース・カロライナ,ロードアイルランド,ワシントン,ワイオミングの四州における調査を行い,一歳未満児の副作用は他のいかなる年齢グループのそれよりも二倍ないし五倍大きいことを明らかにし,また,接種を一歳以降に延ばし,禁忌を一層注意深く避ければ,様々な副作用の三分の二を防ぐことができるとの指摘をした。右結果や英国の前記変更を考慮して,アメリカンアカデミーの伝染病コントロール小児科委員会と予防接種に関する公共保健局勧告委員会は,共に昭和四一年(一九六六年),種痘の第一次接種は一歳以後に行われるべきことを勧告した。

 アメリカに続いては,ドイツが昭和四二年(一九六七年),接種年齢を一八箇月ないし三歳に引き上げた。

 かくしてわずか五年のうちに,英国,オーストリア,アメリカ,ドイツにおける種痘政策の変更が行われた。

 (5) 以上述べた先進諸国における接種年齢引上げの事実とその理由・根拠は,当時厚生省が容易に知り得た事実である。

 しかるに,控訴人国は,一九六〇年代末に至るまで強制一律接種を行いながら,予防接種の社会予防効果の面にのみ目を向け,その副作用と危険に全く注意を払わず,右諸国の年齢引上げの事実と理由を漫然と見過ごしたのである。

 いずれにせよ,我が国も英国が接種年齢を引き上げた昭和三七年(一九六二年)には,接種年齢を生後一年に引き上げるべきであった。しかるに,控訴人国は,昭和四五年八月,種痘事故の頻発に直面するや,法律が接種年齢を二箇月以上一二箇月としているのに,科学上格別の根拠もないまま,公衆衛生局長通達により泥縄式に六箇月から二四箇月に変更し,なお六箇月以上,一歳未満児への接種を続けた。そして,昭和五一年(一九七六年)になって予防接種法を改正し,接種時期を生後三六箇月から七二箇月に引き上げたのである。ヨーロッパ諸国とアメリカの迅速な対応例を見るとき,一歳未満児への接種廃止が昭和五一年以前にできなかったとする合理的理由は全くない。右年齢引上げの遅れは控訴人国の怠慢に起因するものであることは明らかであり,昭和四八年まで種痘の若年接種を続行させた厚生大臣に過失があることは明らかである。

   (三) 腸チフス・パラチフスワクチン(以下「腸パラワクチン」という。)の強制定期接種を実施させた過失

 国民の生命・健康を守るべき責務を有する控訴人国として,予防接種の実施を決定するためには,ワクチンの副反応による犠牲者の発生を考慮してもなお実施しなければならない科学的根拠が必要である。腸パラワクチンの予防接種は現在既に廃止されているが,そもそも腸パラワクチンが腸パラ流行防止の手段として有効であるとする科学的根拠は当初から存在していなかった。他方,副反応の危険性だけは確実に予測可能であったのである。厚生大臣は,一律強制接種を採用すべきではなかったのであり,少なくとも,一〇歳以下の子供に対しては実施すべきでなかったことが明らかであった。また,遅くとも本件腸パラワクチン接種時点(昭和三五年)までには廃止すべきであった。すなわち,

 (1) 腸パラワクチンの副反応の激しさは既に戦前においても定評があった。法制定時に,腸パラワクチンについては特に禁忌徴候の有無について健康診断を必要とした(一二条二項)のも,このような同ワクチンの副反応の危険性を考慮したものであった。それにもかかわらず,犠牲者は相次いでいた。昭和二二年から昭和四〇年までに死亡例だけで五四例が厚生省に報告され,厚生省では一律定期接種開始後日ならずしてこの事実を知悉していたのである。

 (2) 腸パラワクチンの副反応はこのように激しい反面,その効果は常に疑問視されてきた。我が国の小中学校生徒についての成績では,ワクチンの有効性は全く証明されていない。動物実験による理論的解析によっても,腸パラワクチンの有効性は裏付けられていない。WHO後援の野外実験の結果も,「そんなによくは効かないけれども,ある程度の効果がある。」という趣旨のものであり,昭和二六年から二八年にかけて国の研究費補助により腸チフス・パラチフス研究班が行った研究も,腸チフスによる入院患者について予防接種を受けていたか否かを調べ,赤痢患者と比較したものであるが,「正攻法」による調査ではないと評価されているものなのである。チフスワクチンの効果は患者が七人出るところを二人に減らすことができる程度のもので,このワクチンを接種すれば,腸チフスにならないというほどのものではないのである。戦前の軍隊においても,腸パラワクチンを接種したにもかかわらず,流行が起きたことがしばしばであった。したがって,早くから軍隊において腸パラワクチン接種を行っていた英米を始め諸外国では,これを軍隊以外の一般人に対する一律の集団接種に用いようとは決してしなかった。

 そもそも,腸チフス・パラチフスは経口感染する消化器系感染病であり,上・下水道の整備を始めとする環境衛生の改善によって感染経路を切断する感染経路対策が流行を防止する最も有効・適切な防疫対策であることに異論をみないものである。現に,我が国においても,敗戦直後の混乱期をすぎた昭和二二年ころから激減の傾向を呈している。このように,腸パラワクチンはそもそもその有効性に問題があるばかりでなく,これを軍事上の必要性など特殊な目的のために用いる場合であればともかく,流行防止の目的で一律に強制定期接種を実施しても流行を予防することはできないものであった。

 なお,腸チフス・パラチフスに対する特効薬である抗生物質クロラムフェニコールは,昭和二五年ころには既に一般に広く使用されるに至っていたことにも注意を払わなければならない。

 (3) さらに,一〇歳以下に対する腸パラワクチン予防接種は,接種の必要性自体が存在していない。「一〇歳以下では腸チフスはほとんど問題にならない。風邪引き程度の病気だから気にすることはない」のであり,一〇歳以下の子供に対する一律強制定期接種が全く科学的根拠のないまま実施されたことは明白であった。

 (4) 以上のとおり,腸パラワクチン予防接種は,三歳以上六〇歳までの毎年を定期とする強制接種として採用すべきでなかったことが明らかであり,遅くとも本件被害児佐藤幸一郎(一六の一)に対する接種時である昭和三五年四月六日までにはこれを中止すべきであった。

 さらに,少なくとも,一〇歳以下の人間に対して接種すべきでなかったにもかかわらず,控訴人国は,法にこれを規定し,実施した落ち度がある。

 なお,腸パラワクチン予防接種は,昭和四五年法改正によって定期接種から除外され,昭和五一年に法の対象疾病からも除外された。もともと,腸パラワクチン予防接種は,昭和二三年の法制定時に,生後三六箇月から四八箇月を第一回として以後六〇歳に至るまで毎年を定期とする強制接種とされたが,このように全国民を対象として毎年一律に強制的予防接種を行うという方式は,歴史的にも世界にいまだ例をみない接種方式で,「実験的な試み」と評されるものであった。しかるに,我が国では,特にその合理性を基礎付ける具体的なデータも存在しないまま,このような独自の方式を実施したのである。

 (5) 本件被害児佐藤幸一郎(一六の一)は,昭和三五年四月六日,生後三年七箇月で腸パラワクチン予防接種を受けて死亡したものであって,控訴人国の過失は免れないというべきである。

   (四) 百日せきワクチンの若年接種を実施させた過失について

 控訴人国には二歳未満の乳幼児に対して百日せきワクチン(ジフテリアワクチン又は破傷風ワクチンとの混合ワクチンを含む。)の一律定期接種を実施すべきでなかったのに,これを実施したことについて過失かあった。すなわち,

 (1) 控訴人国は,昭和五〇年,百日せきワクチンにつき,集団接種の場合は,二歳以上の者に接種することに制度を改めた。右時点でこのように接種年齢を引き上げた理由は,①昭和四五年,予防接種事故救済措置が発足して以来,百日せきワクチン接種による脳症が我が国にも欧米並みに存在することが明らかになったからであり,②昭和五〇年に三種混合ワクチン接種後の死亡事故が発生したことを契機に調査検討したところ,ⅰ患者が減少したこと,ⅱワクチンにはまれに重篤な副反応を伴うことがあること,ⅲ脳炎・脳症等は一歳未満の乳幼児に最も多く,次いで一歳児に多いことから,医学的に急ぐ必要のないワクチンは二歳以降に接種することが望ましいこと,ⅳ百日せきは,幼児,小学校低学年でひそかな流行を起こしていると推定されること等から,年齢を引き上げるとの判断に至ったというのである。

 (2) しかしながら,控訴人国が百日せきワクチンについて接種年齢の改訂を行うにつき根拠とした事項は,以下のとおり,いずれも昭和三三年当時以前から控訴人国が十分認識し,あるいは容易に認識し得たことである。

 ア 重篤な副作用の発生に関する知見

 百日せきワクチンが乳幼児に脳炎,脳症等の重篤な副作用を発生させることがあることは,昭和八年(一九三三年)デンマークのマドソンが初めて報告して以来,多くの報告がなされている。

 昭和三三年当時までに百日せきワクチンによって重篤な神経合併症が発生することは,広く知られていたものであり,控訴人国も当然右事実を知っていたないし知り得たはずであった。

 控訴人国は,我が国において欧米並みに重篤な副作用事故が発生していることは,昭和四五年に救済措置が発足した後知ったと述べるが,同措置によって届け出られた症例には,昭和四五年以前の接種によるものも多数含まれているのであり,昭和三三年当時において,控訴人国が百日せきワクチン接種による副作用の発生状況を調査していれば,重篤な副作用事故が多く発生していたことを容易に把握できたものである。また,有馬正高らは,既に昭和三四年六月,予防接種に伴い中枢神経症状を呈した症例を報告しているが,そのうち五例は,百日せきワクチンの接種に伴うものであった。控訴人国は,右論文によって我が国においても百日せきワクチンによる重篤な中枢神経系障害が発生していることを容易に知り得たはずである。

 イ 副作用事故は二歳未満の乳幼児に多いこと

 控訴人国の予防接種研究班は接種年齢改訂の理由として,百日せきワクチン接種による事故発生は月齢の小さいほど頻度が高く,二歳までに起こりやすいことをデータが示していること,乳幼児期はストレスに対して激しい反応を呈しやすいから予防接種を避けるのが望ましいこと,小児急性神経系疾患は二歳未満の乳幼児に多く発生し,二歳未満では心身障害も未発見のことが多く,また予防接種がこれらの潜在疾患を顕在化させる引き金となったり,既存の疾患を悪化させたりする危険があることを挙げているが,これらの結論は,昭和三三年当時において控訴人国が十分な調査を尽くしていれば同様のデータを得られたはずであるし,その他の知見も昭和三三年当時既に存在していたものである。

 したがって,控訴人国は,昭和三三年当時においても,百日せきワクチンを二歳未満の乳幼児に接種することが特に危険であることを容易に知り得たものであり,このような危険があるにもかかわらず二歳未満の乳幼児に一律に定期接種を行う必要性が存在するか否かについて厳しい検討を加えるべきであったのに,これを怠った。

 ウ 患者数の減少等

 百日せき患者の発生数は昭和三〇年ころ既に激減していて,昭和三三年ころには大きな流行は存在しなかったものである。ことに患者は二歳以上に多く発生し,二歳未満の乳幼児の罹患率は低かった。また,百日せきによる死亡者数も既に昭和三〇年ころには激減しているものであり,百日せきは罹患しても死亡する危険の大きい病気ではなくなっていた。

 昭和三三年当時,既に百日せきはワクチン接種によって達成されるべき百日せきの予防効果に比べ,ワクチンによる重篤な副作用の危険が余りに大きすぎるものであった。ことに二歳未満の乳幼児についてはこの矛盾が最も著しかったものである。

 以上の事実を控訴人国は,昭和三三年当時当然知ることができたはずである。

 エ 流行阻止のため二歳未満の乳幼児に対する接種の必要性が乏しいこと

 百日せきの流行は,幼稚園児や小学生の間において発生するものであり,家庭内におり,家族以外の者と接触する機会の乏しい二歳未満の乳幼児に免疫を付与しても流行阻止には役立たず,流行阻止のためには幼稚園児や小学生に免疫を付与するのが効果的であり,また,それによって二歳未満の乳幼児がその兄姉などによって家庭内感染を受けることを防止できたのであり,このことは,昭和三三年当時においても常識であった。

 (3) 以上の事実を前提とするならば,控訴人国は,二歳未満の乳幼児については,遅くとも昭和三三年以降は百日せきワクチンの定期接種の対象から除外すべきであった。

 なお,右のように,接種年齢を引き上げることは,控訴人国に与えられた裁量の範囲内の選択の問題では決してない。予防接種による重篤な副作用の危険が存在する以上,控訴人国は,予防接種を実施する必要性,緊急性と予防接種による事故の危険とのバランスを厳しく図りつつ,可能な限り安全な方法によって予防接種をすべき高度の注意義務があるから,平常時においては,二歳以上の幼児に免疫を付与することにより百日せきの流行を防止することが可能であり,他方,二歳未満の乳幼児はワクチンによる事故発生率が高いことが判明している以上,二歳未満の乳幼児に対する百日せきワクチンの定期接種は行うべきでなかったのであり,控訴人国には漫然と二歳未満の乳幼児に対して百日せきワクチンの定期接種を実施したことに過失があったというべきである。

 (4) 被害児梶山桂子(一五の一),同井上明子(二四の一),同鈴木浅樹(二七の一),同清水一弘(三三の一),同高橋真一(四六の一),同塩入信吾(四七の一),同藤井玲子(五〇の一),同渡邊明人(五三の一)は,いずれも二歳未満で百日せき,二種混合,三種混合のいずれかのワクチン接種を受けたもので,控訴人国の右過失によって被害を受けたものである。

   (五) 百日せきワクチン,二種混合ワクチン,三種混合ワクチンの規定量を誤った過失について

 (1) 百日せきワクチン,百日せき・ジフテリア二種混合ワクチン,百日せき・ジフテリア・破傷風三種混合ワクチンによる脳症等の重篤な神経系障害は,百日せきワクチンに含まれる菌体成分(毒素)によって発生するものとされており,ワクチンの接種量(菌の量)が多ければ多いほど脳症等の神経系の障害の発生も多くなり,両者の間には相関関係があると考えられている。

 控訴人国は,百日せきワクチン又はその混合ワクチンの接種によって接種を受ける国民に脳症等の重篤な障害が発生することのないよう,接種の規定量を必要最小限に定めるべき注意義務があった。WHOは,昭和三二年(一九五七年)に百日せきワクチンの力価基準を定め,一回の接種につき国際標準ワクチン四単位を三回接種すれば免疫を付与するに十分であり,これ以上の力価を持つワクチンの接種は危険であるから,最低限度の力価でやるべきであると勧告している。アメリカでも,古くから百日せきワクチンの力価に上限値を定めている。英国では,昭和二六年(一九五一年)にメディカル・リサーチ・カウンシルが実施した調査に基づき,副作用防止のために家庭内感染率が三〇パーセント位のあまり効きすぎない力価を有する菌量のワクチンを標準ワクチンとして採用した。

 (2) ところが,控訴人国は,免疫付与の効果のみを考え,必要以上に力価が高く,したがって菌量も多い接種量を規定量と定め,脳症等の障害を発生させた。すなわち,控訴人国が定めた規定量によると,昭和三三年当時,百日せきワクチン第一期第一回の規定接種量は1.0ccであり,それに含まれる菌数は一五〇億個であった。また,昭和四八年まで二種混合ワクチン及び三種混合ワクチン第一期第二回,第三回の規定接種量は1.0ccであり,それに含まれる菌量は昭和四六年までは二四〇億個であり,昭和四七年当時は二〇〇億個であった。

 これはWHOが定めた国際標準ワクチンと比較すると,国が制定した「百日咳ワクチン基準」において国際単位との関連が定められた昭和四三年以後は,我が国の百日せき混合ワクチン1.0ccの力価は17.28単位以上,昭和四六年以後のそれは14.4単位以上であった。これは,四単位三回接種で十分とするWHOの勧告値のそれぞれ4.32倍,3.6倍の力価であった。

 昭和四三年以前においても,我が国で使用された百日せきワクチン及びその混合ワクチンの規定量の力価は,昭和四三年当時のものと同程度であり,WHOの国際標準ワクチンやアメリカ,英国その他の標準ワクチンの力価をはるかに上回るものであった。

 (3) かっては百日せきワクチンは玉石混淆といわれ,力価が安定しなかったが,昭和三一年にⅠ相菌ワクチンが使用されるようになり,十分な力価を持つようになった。国立公衆衛生院,国立予防衛生研究所などに所属する多数の学者からなる「百日咳ワクチンの改善に関する研究班」,「混合ワクチンに関する研究会」は,昭和三一年に当時我が国で使用されていた百日せきワクチンの力価は7.7で,当時のアメリカのワクチンの力価5.3をはるかに上回るものであることを明らかにしている。また,血中K凝集素価は六四〇倍を上回るもので,感染防御に必要な三二〇倍を上回る効きすぎるものであったことも明らかにしている。さらに,昭和四〇年にも,「混合ワクチン研究委員会」は,当時の我が国の標準百日せきワクチン及び試験製造された百日せき・ジフテリア混合ワクチンの力価は,WHOの国際標準ワクチンの力価の約2.6倍であること,百日せきワクチン接種後の血中凝集価を調べたところ,一回の接種菌数が二四〇億個の場合九〇五倍であり,一回の接種菌数を一七〇億個に減らした場合でも五五七倍であって,感染を防止するために必要とされる三二〇倍をはるかに上回っていることなどを明らかにしている。

 (4) WHOは,百日せきワクチンについて一回の接種菌数を二〇〇億個以下にしなければならないと定めているが,これは国際基準であるため,菌数当たりの力価が低い粗悪ワクチンをも想定しなければならず,どんな粗悪なワクチンであっても一回に二〇〇億個を超えてはならないとして定めた上限である。WHOの国際標準ワクチンは,百日せき菌五〇億個が3.6単位,すなわち五五億個が四単位であり,一回につき四単位五五億個を三回(計一六〇億個)接種すれば,十分な免疫が得られるものである。そして,前記のとおり,我が国の百日せきワクチン及び混合ワクチンはWHOの国際標準ワクチンよりも同一菌数について力価が高かったものであるから,一回の接種について五五億個以下でも国際標準ワクチンと同程度又はそれ以上の力価を有しており,感染防御は十分であったものである。

 (5) ところが,控訴人国は,百日せきワクチンについて,昭和五一年に至るまで,初回免疫第一回は一cc一五〇億個を規定量とし,二種混合,三種混合ワクチンについては,昭和四六年まで第一期第二回,第三回は一cc二四〇億個,昭和四八年まで第一期第二回,第三回は一cc二〇〇億個を規定量と定め,接種を実施し,脳症等の重篤な副作用を防止するための接種量を必要最小限に抑えるべき義務に違反した。

 控訴人国は,昭和四六年の生物学的製剤基準において百日せき混合ワクチン一cc中の菌量をWHO基準の上限値である二〇〇億個に減らし,昭和四八年の実施規則改正において混合ワクチン第一期第二回,第三回の接種量を更に半分に減らしたが,その措置は遅きに失し,なお力価は高すぎるものであった。

 控訴人国は,遅くとも,昭和三三年一〇月(被害児矢野《三九の一》の接種時)以前に百日せきワクチンにより脳症等重篤な神経系障害が発生することを知り又は知り得たものであり,このような副作用の発生を防止するため接種量を必要最小限に抑えるべきことも知り得たものといわなければならない。この点につき控訴人国に過失があることは明らかである。

 (6) 被害児矢野由美子(三九の一)は,昭和三三年一〇月一四日に百日せきワクチン第一期第一回(1.0cc150億個)の接種を受けた。同渡邊明人(五三の一)は昭和三七年四月九日に二種混合ワクチン第一期第二回(1.0cc240億個)の接種を,同藤井玲子(五〇の一)は昭和三七年一二月四日二種混合ワクチン第一期第三回(1.0cc240億個)の接種を,同井上明子(二四の一)は昭和四三年五月二七日二種混合ワクチン第一期第二回(1.0cc240億個)の接種を,同塩入信吾(四七の一)は昭和四三年四月五日三種混合ワクチン第一期第二回(1.0cc240億個)の接種を,同鈴木浅樹(二七の一)は昭和四四年九月二二日三種混合第一期第二回(1.0cc240億個)の接種を,同高橋真一(四六の一)は昭和四七年六月三〇日三種混合第一期第二回(1.0cc200億個)の接種を,それぞれ受け,本件被害を受けたもので,いずれも控訴人国の前記過失によって被害を受けたものである。

   (六) インフルエンザの一律勧奨接種を実施させた過失について

 (1) 予防接種はそれ自体人間の身体への侵襲であり,また,時として生命・健康に対する重篤な副作用を伴うものであることを考えると,厚生大臣はあいまいな根拠で接種を実施することは許されない。本件における過失を判断するに当たっては,昭和三二年の集団接種開始当時,厚生大臣には当該方式を採用することによってインフルエンザの流行防止が可能であると判断できる十分な科学的根拠があったかどうか,さらには,本件被害者に対する接種時点までに右判断を変更すべき事実が存在しなかったか否かという観点から判断しなければならない。

 ところが,インフルエンザ予防接種によってインフルエンザの流行まん延を防止することはそもそも不可能であり,右事実は当初から明らかであった。インフルエンザ予防接種は,インフルエンザに罹患した場合に生命,身体に重大な影響を及ぼすおそれのあるいわゆるハイリスクグループを対象に個体防衛の目的で用いるべきものである。すなわち,インフルエンザは,一般的には良性の感染症であり,高齢者等の罹患した場合に重症化のおそれのあるいわゆるハイリスクグループを除く健康な者にとっては,仮に罹患したとしても適切な措置をとることによって大事に至ることはなく,致命率は極めて低いものであるところ,インフルエンザワクチンの予防効果は確実でなく,その持続力も短い。しかも,インフルエンザの病原体であるインフルエンザウイルスの抗原構造は毎年変化し,流行ウイルスと完全に一致する抗原構造を持つワクチンを製造することは不可能で,その面からくるワクチンの有効性の問題もある。そして,このように,ウイルスの抗原構造が変化するため,毎年繰り返して接種を受けなければならないが,ワクチン製造上除去し難い雑菌の混入やワクチン液成分中の異種蛋白などによる反応やアナフィラキシーショックなどの危険性はそれに比例して増大することになる。このようにみていくと,インフルエンザワクチンは,広く一般的に用いられるべきワクチンとしての条件を満たしていないのである。このような限界を持つワクチンを用いてインフルエンザの流行を制圧することは,理論的にも現実的にも不可能といわなければならない。

 ところが,我が国では,昭和三七年(一九六二年)以降,集団生活を営む保育所,幼稚園,小,中学校の学童を中心に集団の勧奨接種を行ってきた。しかし,このような集団接種によってインフルエンザの流行を防止できなかったことは明らかで,小・中学校における学童等の集団接種は誤りであったのである。

 (2) 本件被害児らは,控訴人国が実施させた一律勧奨接種によって死亡あるいは重篤な後遺症の被害を受けた。しかし,このような一律勧奨接種によってインフルエンザ流行のまん延を防止できず,他方,事故発生の危険が厳然として存在しているのであるから,このような接種は本来実施すべきではなかった。控訴人国の過失は明らかである。

   (七) インフルエンザワクチンの乳幼児接種を実施させた過失

 少なくとも,諸外国においては,二歳以下の乳幼児に関し,①重篤な副反応発生の危険性が高いこと,②インフルエンザ感染の機会が少ないことが知られており,乳幼児接種が実施されたことはなかったのである。

 このような乳幼児接種の危険性は,乳幼児の本来の性質に由来するものであって,インフルエンザ予防接種が開始された昭和三二年の時点において既に明らかであった。

 ところが,控訴人国は,昭和三二年から昭和四一年までの毎年,厚生省公衆衛生局長の「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達において,二歳以下の乳幼児に対して必ず予防接種を受けるよう勧奨されたいと特に強力に接種を勧奨していた。しかるに,昭和四二年になると,公衆衛生局長通達において,「一般家庭における乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少なく,また,成人に比して二歳以下の乳幼児は副反応の頻度が高いので,慎重な予診,問診等を実施,対象の選定に留意すること,一般家庭における二歳以下の集団接種は好ましくなく,乳幼児を持つ保護者等の予防接種の励行を図ること,集団生活を営む保育所等の二歳以下の乳幼児については,従来どおり特別対策を実施し,実施に当たっては体温測定を全員に行うなど慎重に行うこと」等を通知し,更に,昭和四六年には,公衆衛生局防疫課長名で,各都道府県主管部(局)長あてに,「二歳以下の乳幼児は,成人に比して重篤な副反応の発生の頻度が高いこと,これらの年齢層はインフルエンザ感染の機会が少ないこと等に鑑み,インフルエンザの流行が予測され,感染による危険が極めて大きいと判断される十分な理由がある等特別の場合を除いては,勧奨を行わないよう」通知するに至り,控訴人国も二歳以下の乳幼児に対する一律勧奨接種が誤りであったことを認めた。

 そこで控訴人国が挙げている乳幼児接種が不適切である理由は,我が国においても諸外国においても医学上の一般的常識であったのであり,昭和四二年に至って初めて発見された新事実などではない。感染症としてのインフルエンザの性質と予防接種の役割の限界を前提とするならは,副反応発生の危険性の高い二歳以下の乳幼児にインフルエンザ流行のまん延を防止する目的で予防接種を実施する余地がなかったことは,世界共通の医学常識であり,インフルエンザ予防接種が開始された当初から明瞭な事実であった。

 控訴人国は,乳幼児がインフルエンザに罹患すると重篤となりやすいことを根拠に一時期乳幼児接種を勧奨したことを正当化しようとしているが,乳幼児は同時に副作用の発生の危険性も高く,また重症化しやすのであり,控訴人国の主張はこの点を看過している点に誤りがある。

 本件被害児吉原充(一の一),同依田隆幸(一〇の一),同越智久樹(二〇の一)の三名はいずれも接種時二歳以下の乳幼児であった。

   (八) 禁忌該当者の識別を誤った過失について

 (1) 集団予防体制の持つ問題点について

 ワクチンを安全に接種するためには,先進諸外国では,いわゆるホームドクターによる個別接種方式が広く行われている。これに対し,我が国の予防接種は,強制接種にせよ勧奨接種にせよ,殆どが被接種者を一堂に集め,短時間に多数の者に接種する集団方式で実施されている。この集団方式を基本とする我が国の予防接種体制は,禁忌該当者を接種の場で発見し,これに接種しないという見地からみて,以下のような重大な欠陥を有している。

 ア 医師の知見不十分

 一般に我が国の医師は,国が知識・情報の提供を怠っていることもあって,内科医や小児科医ですら,ワクチンの性質,安全性,副作用等,予防接種に関する十分な知見を有しているとはいえない。また,予防接種を担当する医師の資格が限定されていないため,眼科医,耳鼻咽喉科医等の非専門医が接種を担当することも少なくない。これらの非専門医は,大部分予防接種についての十分な知見を有しないばかりでなく,接種に当たって個体差や身体の変化が著しい乳幼児の健康状態を適切に判断する能力に欠けていることも多い。

 イ 担当医師と被接種者の接触の欠如

 個体差の著しい乳幼児の身体的状況を的確に診断するためには,被接種者の体質,病歴,反応様式,生活環境,保護者の知識水準等を知ることが必要であるが,予防接種を担当する医師は,ごく例外を除いては,被接種者を過去に診断したこともなく,接種の時が初対面であるから,右各事項について全くデータを持ち合わせていない。そのため,接種の際の短時間の予診だけで,これらの事項をふまえて乳幼児の身体的状況を判断することは極めて困難である。

 ウ 問診のための時間不足

 短時間に多数の者に接種するため(予防接種実施要領では,一人の医師が一時間に担当する被接種者は,種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度とされている。しかし,一人の医師が一時間に二五〇名に対して種痘を接種した例もある。),予診に十分な時間がなく,被接種者の健康状態を的確に判断することは,全くといってよいほど不可能である。

 予防接種実施要領は,「問診及び視診によって,必要があるときには更に聴打診等の方法によって健康状態を調べる」と定めているが,医師が初めてみる八〇ないし一〇〇人の被接種者について,問診を円滑に行うために使用される問診票を読み,補足的な質問を発し,更に視診を行うだけでも到底一時間では足りないはずである。

 エ 画一的な接種スケジュール

 乳幼児は,成長発育差が著しく,健康状態も変化しやすい。したがって,ワクチンを安全に接種するためには個体差や健康状態に応じて接種スケジュールや接種量を定める必要があるが,我が国の体制では,接種スケジュールや接種量はすべての乳幼児が画一的に定められている。そのため,個体差や健康状態からみて無理な接種が行われやすい。

 オ 会場等の問題

 会場や注射器具等の取扱いも,短時間に大勢の者に接種するのに適していない。一本の注射針で数名の者に接種が行われたり,会場が手狭なため,寒い日に被接種者が戸外で長時間待たされた例がある。

 以上のように,我が国の集団接種方式を基本とする予防接種体制は,被接種者の安全を殆ど顧慮しておらず,本来的に危険を内在していたといえる。

 (2) 不十分な禁忌を設定した控訴人国の過失

 ア 控訴人国は,我が国の予防接種体制の前記のような問題点を十分認識し,これを前提に行動することが求められる。したがって,禁忌の設定に当たっては,これを広く,かつ明確に定めるべきであった。

 すなわち,禁忌は,医師が接種の際の予診により禁忌該当か否かの判断を集団接種の場で容易にできるように設定されなければならず,しかも,非専門医がしばしば担当することを考慮すると,非専門医でも確実に判断でき,かつ簡単な予診によっても判定できるよう,広範囲かつ明確に設定されなければならないのである。

 イ しかるに,控訴人国は予防接種の効果面にのみ過大な評価を行い,危険については無頓着で,予防接種により生ずる副反応の機序についての研究や被害者の追跡調査,治療を殆ど行わず,禁忌の設定についても極めて不十分な対応しか行わなかった。

 すなわち,禁忌は,昭和三三年まで十分な規定がなく,同年に至って初めて予防接種規則(厚生省令第二七号)四条をもって定められたのであるが,この時定められた禁忌は,

 ①有熱患者,心臓血管系,腎臓又は肝臓に疾患のある者,糖尿病患者,脚気患者,その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者

 ②病後衰弱者,または栄養障害者,

 ③アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者

 ④妊産婦(妊娠六月までの者を除く。)

 ⑤種痘については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚病にかかっている者で,種痘により障害を来すおそれのある者の五項目しかなかった。

 その後これは昭和三九年(一九六四年)に改正され,⑤に「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ,新たに⑥として,「急性灰白髄炎の予防接種については,第一号から第四号までに掲げる者のほか下痢患者又は種痘を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ,更に昭和四五年の改正により,四号に妊娠六箇月までの妊産婦が加えられ,五号及び六号に麻疹の予防接種を受けた者が加えられ,接種間隔も二週間から一箇月に延ばされた。

 そして,昭和五一年の法改正に伴い,禁忌は以下のように定められた。

 ①発熱している者又は著しい栄養障害者

 ②心臓血管系疾患,腎臓又は肝臓疾患にかかっている者で,当該疾患が急性期若しくは憎悪期又は活動期にある者

 ③接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

 ④接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことが明らかな者

 ⑤接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

 ⑥妊娠していることが明らかな者

 ⑦痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚病にかかっている者で,種痘により障害を来たすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻疹の予防接種を受けた後一月を経過していない者

 ⑧急性灰白髄炎の予防接種については,第一号から第六号までに掲げる者のほか,下痢患者又は種痘若しくは麻疹の予防接種を受けた後一月を経過していない者

 ⑨前各号に掲げる者のほか,予防接種を行うことが不適当な状態にある者

 ウ しかし,このような禁忌事項の設定は,集団予防接種体制の下では極めて不十分なものであった。

 そもそも,強制又は勧奨により予防接種を実施するに当たっては,当初から当該ワクチンの接種によりいかなる副反応が生ずるか,又はいかなる体質的素因や身体的状況が重篤な副反応を生ずる蓋然性が高いかを十分調査して禁忌を設定すべきであった。そして,昭和三三年及び昭和五一年に設定された禁忌事項は,かかる調査をすれば容易に分かる事柄であったから,各ワクチンが強制又は勧奨接種の対象となったときに既に定められるべきものであった。

 さらに,控訴人国の設定した具体的禁忌事項は,昭和三三年設定のものも,昭和五一年設定のものも極めて限られており,別に「医師が予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかっている者」とか,「予防接種を行うことが不適当な状態にある者」といった抽象的な禁忌事項が置かれたまま終始してきた。しかし,集団接種を担当する医師は,必ずしもワクチンの専門家でも小児科の専門家でもなく,何が不適当な疾病や状態であるかについて知識を殆ど持たない医師が多いのであり,しかも,集団接種の場においては,個別接種とは異なり,医師が被接種者の健康上の経過を全く知らない上,短時間で多数の者に接種するため,禁忌該当者を発見することが極めて困難であるから,禁忌はより広くかつ判定が容易なように設定されるべきであった。

 エ 具体的にいうと,以下のような身体的状態の者は,当初から禁忌とされるべきであった。

 ⅰ 未熟児で生まれた者,出生時に異常のあった者

 未熟児には,満期出産であるにもかかわらず,出産時の体重が二五〇〇グラム以下であった乳児(SFD)と,満期前に生まれた乳児(AFD)がある。前者の場合は知恵遅れとなったり,てんかんを患う可能性が通常の出産児に比して高率であることがよく知られている。これは,脳の発育に問題があることを示している,このような乳幼児に予防接種をすれば,副反応が底上げされて現れる蓋然性は高い。

 AFDについても,出産の際に黄疸にかかったり,呼吸状態が悪かったり,低血糖であったり,感染症に罹患したりする等,通常児に比して身体全体にわたり弱点を有している。脳の発達も通常児より遅れることもある。したがって,予防接種の副反応も通常児に比し大きい。

 また,臍帯纏絡等により仮死出産により生まれたり,難産であった乳児は,出産時に脳の細胞を損傷した可能性がある等,予防接種の副反応が底上げされて大きくなる可能性が高い。

 ⅱ 発育不良あるいは発育の遅れている乳幼児

 出産時には標準の体重があっても,その後発育が標準より遅れている場合には,身体上何らかの欠陥が隠されているわけであるから,予防接種の副反応が大きくなる。

 ⅲ 虚弱体質の子

 慢性的に心臓病,結核,ぜんそく等に罹患して不健康な状態にある乳幼児は,何らかの重大な病気が隠れているおそれがあり,副反応が大きくなる蓋然性が高い。

 ⅳ かぜにかかっている子

 乳幼児の場合,かぜは発熱がなくともその症状が以後どのように変化するかも知れないし,他の疾病の始まりであることもある。したがって,予防接種の副反応が大きくなる蓋然性は高い。

 ⅴ 下痢をしている子

 下痢は,ポリオの生ワクチンについては腸の炎症によりポリオウイルスが腸管から血液中に入り,ポリオを発病させる危険があるから,禁忌であるが,その他のワクチンについても,下痢は体力を低下させ,抵抗力が減弱して副反応を増大させるし,神経疾患の発症であることも十分考えられるから,予防接種を行うべきでない。

 ⅵ 病気上がりの子

 かぜ,下痢,水疱瘡,突発性発疹,麻疹等の病気が治ったばかりの乳幼児は,依然として体力が低下し,抵抗力も弱っているから,副反応も大きくなる蓋然性が高いので,体力が十分回復するまで予防接種を行うべきではない。

 ⅶ 今までの予防接種で異常な反応を示したり,その兄弟姉妹が予防接種で特に具合が悪くなった前歴を有する子

 昭和五一年改正の予防接種実施規則四条四号は,本人に関し,これから接種しようとするワクチンと同一のワクチンについて異常反応を示した場合のみを禁忌としているが,他のワクチンについて異常反応を示した場合も,これから接種しようとするワクチンについて異常反応を示す蓋然性が高い。また,兄弟姉妹に異常反応があれば,被接種者も同様の体質的素因を有する蓋然性が極めて高いから,異常反応を示す蓋然性も高くなる。

 ⅷ アレルギー体質の子供並びに両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる子供

 昭和三三年制定の予防接種実施規則四条は,「アレルギー体質の者」とあいまいな一般的定め方をしていた。昭和五一年の改正により,「接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれのあることが明らかな者」と規定されるに至ったが,この改正は,「接種液成分に対するアレルギー」のみに限定し,かつ,「アレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者」に限定するという二重の誤りを犯した。

 すなわち,アレルギー体質とは,各種の薬物,異種蛋白その他に対して異常反応を起こして過敏症になりやすい体質をいうのであり,アレルギー体質者は,多くの異種蛋白,化学物質を含むワクチン接種によって重篤な副反応を生じる蓋然性が高い。そして,一定の条件の基に一定の特異反応がみられるときには,その他の場合もアレルギーの疑いがあるばかりでなく,乳幼児の場合には,本人の有するアレルギーがいかなる物質に特異反応を示すものかを判定することはもちろん,本人がアレルギー体質か否かを判定することも集団接種の場では不可能なことが多いのであるから,控訴人国は,アレルギー性疾患を具体的に列挙した上,そのいずれかの既往歴のある乳幼児に対する予防接種は,少なくとも当該アレルギー体質によっても異常反応が生じないことが明確にならない限り,禁忌とすべきであった。

 また,アレルギー性体質は遺伝性のものであるから,両親や兄弟に右のようなアレルギー疾患のある幼児は,アレルギー体質の可能性が強い。したがって,この場合も集団接種の場では禁忌とすべきである。

 ⅸ ポリオワクチンについては,外傷やおでき等により末端の神経細胞が破壊されていること

 腸管から血液中に入ったポリオウイルスは,手術や外傷により破壊された神経細胞がある場合には,これを経由して中枢神経に達し,ポリオを発病しやすい。したがって,神経細胞が破壊され,又は破壊されるおそれのある外傷や皮膚疾患のある場合は,禁忌であって,ポリオ生ワクチンを投与すべきでない。

 ⅹ ポリオ生ワクチン投与後二週間以内の外科手術

 ポリオ生ワクチン投与後少なくとも二週間以内は,外科手術は禁忌であって,絶対してはならない。

 しかるに,控訴人国がこの点に関し,実施要領を定め,経口生ポリオワクチン接種後間もない時期に抜歯,扁桃腺摘出等の外科手術を避けるよう保護者や接種対象者に周知徹底するよう掲記した通達を発したのは,昭和四五年七月一五日であった。

 ところが,前記のとおり,控訴人国は,集団接種の実情に目を向けず,被接種者の安全に対する配慮不足から右のような事項を禁忌として定めることを怠った。控訴人国が定めた禁忌の文言は,右で挙示した禁忌事項を一義的かつ明白に読み取れないようなものであったばかりでなく,集団接種を前提とする禁忌は広くかつ明確に定められなければならないとの要件にも違反するものであった。厚生大臣はこのような禁忌設定を誤った過失がある。

 したがって,控訴人国は,右ⅰないしⅹの禁忌を看過して接種がされた本件被害児らの死亡又は後遺症について責任を免れない。

 オ なお,医学上の問題については意見が対立することもしばしばあるが,人の生命・健康に重大な影響を持つ以上,禁忌事項の定め方について専門家の間で対立する意見が存在するからといって,直ちに行政に注意義務違反がないということはできない。

 (3) 禁忌該当者に接種を実施させないための十分な措置を講じなかった過失

 ア 禁忌該当者であることの推定

 最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決が判示するとおり,予防接種によって障害が発生したときは,禁忌該当者を識別するため必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかった等の特段の事情が認められない限り,被接種者は禁忌者に該当していたと推定される。

 本件被害児六二名は,本件予防接種によって本件後遺障害を受けあるいは死亡したものであり,予防接種の禁忌に該当していたものと推定されるものである。

 イ 厚生大臣の過失の内容

 このように,本件被害児は禁忌を看過されたまま本件接種を受けさせられたものであるが,これは,厚生大臣が禁忌該当者に接種させないためにとるべき措置を怠ったことによるものであり,この点につき,厚生大臣は過失を免れない。

 すなわち,前記最高裁判決が予防接種によって事故が発生した場合は特段の事情がない限り禁忌者に接種がされたものと推定すべきであるとした理由は,予防接種によって脳炎・脳症等の重篤な副反応が発生するのは,多くの場合,被害者が予防接種をすべきでない身体の病的状態,すなわち予防接種の禁忌に該当しているからであり,予防接種による被害防止のためには,万全の手段を尽くして禁忌該当者を接種から除外するよう務めなければらないとの基本認識に立つものであるからである。この考え方を前提とすると,厚生大臣は,法律及び勧奨によって国民に対し予防接種を実施する以上,接種担当者によって禁忌者が接種から排除されるよう適切な措置を講ずるべき高度の注意義務があったというべきである。

 ところが,控訴人国は,法施行以来,少なくとも被控訴人らが本件接種による事故に遭遇した昭和五〇年ころまで,接種率をいかにして上げ,いかに効率よく接種を行うかということだけに精力を注ぎ,いかにして接種を安全に行うかという面をなおざりにしてきた。そのため,被控訴人から被害児は,禁忌該当者であったにもかかわらず,接種現場で接種の対象から除外されずに接種を受け,本件被害を被ったのである。

 すなわち,禁忌該当者を的確に識別するためには,予診が極めて重要である。そして,このうち問診については,最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決が判示するとおり,「単に概括的,抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず,禁忌者を識別するに足りるだけの質問,すなわち予防接種実施規則四条所定の症状,疾病,体質的素因の有無及びそれらを外部的に微表する諸事由の有無を具体的に,かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする」必要がある。

 しかるに,厚生大臣は,被接種者の保護者である国民に対して,予防接種によって重大な副反応が発生することがあり,禁忌該当者あるいはその疑いがある場合は接種を行ってはならないことを告知することを怠り,かえって接種を受けなければならないことのみを強調し,保護者をして安易に接種を受けさせ,その結果,保護者が被接種者の健康状態を注意深く観察し,問診にも的確に応答する機会を奪った。また,必ずしも専門医でない接種担当医師等にも,予防接種の重大な副反応についての知識や禁忌あるいは禁忌該当の疑いのある症状についての具体的知識の提供,これらの見分け方や的確な質問の方法等について具体的方法や基準を指示するなどの指導を怠り,その結果,接種担当者が,予防接種実施規則四条所定の禁忌の有無及びそれらを外部的に微表する諸事由の有無を診断するため,具体的に,かつ,被質問者をして的確な応答ができるよう質問することのできない状態をもたらした。

 さらに,重大なのは,厚生大臣は,予防接種実施要領で,「予診の時間を含めて医師一人を含む一班が,一時間に対象とする人員は,種痘では八〇人程度,その他の予防接種では一〇〇人程度を最大限とする」と定め,右最大値程度で接種を実施することを許したが,右時間では,適切な予診・問診を行う時間的余裕は殆どなく,禁忌の有無を的確に把握できるような予診・問診は不可能であったということである。

 厚生大臣は,予診・問診が実際には殆どされずに接種が行われていることを知りながら,これを放置,容認したのである。現に本件被害児の殆ども,何ら予診・問診を受けることなく,接種を受けている。

 なお,この点で模範となる予診体制を採っている東京都渋谷区医師会が設置した予防接種センターにおいては,昭和四四年二月の開設以来昭和五二年までに各種予防接種を,集団接種の方法で八〇万七四二七人,個別接種の方法で八万八九四五人,合計八九万六三七二人に対して行ったが,同センターで接種を受けた者で重篤な副反応を起こした者は皆無であった。予診体制を充実させることによって,予防接種の被害の大部分が回避できることは,右の例からも明らかである。

 ウ 過去の予診体制について

 この予診・問診について過去厚生大臣がどのような指導・監督をしてきたかをみると,まず,昭和四五年までの予診体制は,以下のようになっていた。

 昭和三四年一月二一日付けで都道府県知事あて「予防接種の実施方法について」と題する厚生省公衆衛生局長通達を発したが,それ以前においては,予診の方法について,みるべき措置をとっていない。

 右通達の別紙として記載されている「予防接種実施要領」には,以下のような記載がある。

 ⅰ 接種前には必ず予診を行うこと。

 ⅱ 予診はまず問診及び視診を行い,その結果異常が認められた場合には,体温測定,聴打診を行うこと。

 ⅲ 予診の結果異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,原則として,当日は予防接種を行わないこと。

 ⅳ 予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては,当該予防接種にかかる疾病流行状況,被接種者の年齢,職業等を考慮し,感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが,この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで,あらかじめ都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針を決めておくこと。

 ⅴ 多人数を対象として予診を行う場合には,接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し,又は印刷物として配布して接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり,禁忌の発見を容易ならしめること。

 しかしながら,現実には,右予防接種実施要領どおりに集団接種が実施されても,禁忌該当者の排除は実行不可能であった。すなわち,同予防接種実施要領は,予防接種実施計画の作成に当たり,「個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置を考慮すること」としながらも,「医師に関しては,予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は,種痘においては八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること」としている。右の「八〇人」,「一〇〇人」は一応最大限とされているが,かかる指示を受けて予防接種を実施する都道府県知事,市町村長又は保健所長においては,この最大限の人数の者を接種対象として実施計画を立てるということは容易に推察される。一時間の接種対象を八〇人とすれば,一人当たりの予診及び接種行為に要する時間はわずか四五秒,一〇〇人とすれば三六秒である。このような短時間に医師が禁忌該当の有無を判定し得る適切な問診や視診をすることは不可能である。

 医師一人当たり一時間に八〇人ないし一〇〇人に接種を行えと指導することは,とりもなおさず,予診は十分しなくともよいと指導することである。

 しかも,集団接種の担当医師は,ごく例外を除いて接種担当者とは初対面であり,対象者の日常の健康状態について全く予備知識を持ち合わせていないのであるから,健康状態や,「疾病,体質的素因の有無及びそれらを外部的に微表する諸事情の有無」を把握するためには,家庭医などよりはるかに時間を要する。

 また,あらかじめ書面で接種対象者の健康状態や既往病歴を記載させる問診表は,予診に要する時間を短縮するのに有効であるが,昭和四五年までは採用されていなかった。

 以上のように,控訴人国の定めた予防接種実施要領は,そもそも予診を十分行うことができないような内容のものであって,いくら禁忌を定め,必ず予診を行うよう指導しても,禁忌該当者の排除は不可能であった。かかる短時間による集団接種を実施担当者に指導したこと自体,禁忌該当者の識別除外が不適切であったといわなければならず,この点において過失があった。

 また,接種現場において実際に予診が全くなされなかったにもかかわらず,控訴人国がこれに対して何らの実効的指導をしなかったことも問題である。

 予防接種実施要領の八〇人ないし一〇〇人という人数は最大限と記載されているが,予防接種を実施する市町村長等は,経費と人員確保の面からも,一応一時間当たり八〇人ないし一〇〇人を標準的な人員数として実施計画を立てていた。その上相当数の市町村では,医師一人当たり一時間に一〇〇人を上回る接種対象者を扱っていた。

 かかる短時間による集団接種のため,実際には,多くの本件被害児の場合,予診は全く行われなかった。行われても,ごく形式的なもので,適切なものではなかった。

 次に,昭和四五年以降の予診体制をみると,以下のようになっていた。

 すなわち,昭和四五年になって種痘を始めとする予防接種による重篤な被害が社会的に明るみに出たため,厚生省公衆衛生局長は三回にわたり,「種痘の実施について」と題して都道府県知事あてに通知を発し,その中で予診に関して,それまでの禁忌に加えて,現に医療を受けている者,妊娠している者等にも種痘を差し控えるものとし,予診に当たってはこれらの禁忌等及び発熱,既往症,けいれん,発育の遅れ等について留意するようにとの指示をなし,また,質問票(問診票)を利用すべき旨の指示をした。さらに,公衆衛生局長及び児童家庭局長は,同年一一月三〇日,都道府県知事あてに「予防接種問診票の活用について」と題する通知を発し,種痘以外の予防接種においても問診票を活用すべきものとした。

 問診票の活用はなるほど予診に要する時間をある程度短縮するのに効果的であろう。しかし,問診票が効果を上げるためには,それを記入する被接種者若しくはその保護者が禁忌の意味やどのような事項が禁忌に該当するかを理解し,接種に当たる医師も禁忌について十分な知見を有していることが必要である。しかし,控訴人国は,後記のように,禁忌について医師に対する指導を怠り,被接種者やその保護者に対しても禁忌についての情報を敢えて与えようとはしなかった。それ故,問診票は,それが採用された後も,予診においてどの程度の効果を上げたかは疑問である。その上,昭和四五年以降も,「一時間当たり種痘については八〇人程度,その他の予防接種については一〇〇人程度」とする接種人員数についての予防接種実施要領の定めは何ら変更されていない。問診票が効果を上げても,一人当たり三六秒ないし四五秒という時間では到底満足な予診ができないことは,前記のとおりである。

 したがって,前記公衆衛生局長の通知や問診票活用の指示によっても,前記イで述べた控訴人国の過失は消滅しない。

 エ 医師に対する指導不十分

 次に,接種担当医が禁忌該当者を的確に識別するためには,接種対象者である乳幼児の生理や,乳幼児のかかる疾病について,さらには,ワクチンの危険性や禁忌事項について十分な知見を有していなければならない。

 しかし,従来,医師は,大学で予防接種に関する教育を受ける機会が十分にはなかった。また,医師になってからも予防接種についての知見を得る機会は乏しかった。小児科を専門としない医師については,乳幼児の生理等の知見も十分でない状況にあった。

 したがって,控訴人国は,禁忌該当者を的確に識別排除するために,接種担当医に対して,単に禁忌該当事由を記載した予防接種実施規則や予防接種実施要領を示すだけでなく(これすらも,現実には行われていなかった。),具体的にいかなる症状が禁忌該当事由になるのか,その根拠は何か,禁忌該当事由を集団接種の場の短い予診で見分けるにはどのようにしたらよいのか,また,接種後に副反応が生じたらどのような手当てをしたらよいかを,明確に指導する必要があった。

 しかるに,控訴人国は,この点に関する実効的な指導を全く行わなかった。そのため,本件被害児らは,適切な予診を受けられず,禁忌該当事由があったにかかわらず,接種対象から除外されずに,本件事故に遭遇したのである。

 予防接種をするかしないかという程度の判断は,医師にとって常識で特別の訓練を受ける必要はないという考え方は,特に,眼科や耳鼻咽喉科を専門とする医師の場合には妥当しない。

 オ 接種対象者及びその保護者に対する情報提供を怠った過失

 さらに,禁忌該当者を識別排除するためには,接種対象者又はその保護者に対して,予防接種の危険性や禁忌がいかなるものであるか,またいかなる事由が禁忌に該当するかについてあらかじめ知らせておくことが必要である。そうでなければ,医師の問診に対して的確な返答をすることができないからである。まして,前述のような短時間による集団接種を行う場合には,予診時間を短縮するために接種対象者又はその保護者に対する禁忌についての情報提供が一層必要である。このような情報提供がなく,予防接種の効能のみが告知され,危険性についての知識を欠く場合には,保護者はなるべく予防接種を被保護者に受けさせたいという心理から,その身体の異常や症状,体質的素因等禁忌判定に必要な事実を進んで述べなくなり,更にはそれに応答しないというようなことにもなりかねない。

 しかるに,接種対象者やその保護者に対して,控訴人国は,当初,禁忌事項すら知らせる措置をとらず,昭和三四年の「予防接種の実施方法について」と題する通達のうちの予防接種実施要領の中に,「多人数を対象とする予診を行う場合には,接種場所に,禁忌に関する注意事項を掲記し,又は印刷物として配布して,禁忌対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり,禁忌の発見を容易ならしめること」との文言が挿入されたにすぎない。

 しかし,たとえ実施主体たる都道府県知事や市町村長等が右要領に従って注意事項を掲記し,又は印刷物として配布したからといって,接種対象者やその保護者が予防接種の危険性や禁忌の意味を理解したことにはならない。実際,本件被害児の保護者らは,右実施要領制定後の本件接種に際し,予防接種が危険であることを全く知らず,禁忌がいかなる意味を持ち,いかなる事由がこれに該当するかについて殆ど何の知識もなかったのである。

 控訴人国は,このように接種対象者やその保護者が予防接種の危険性や禁忌の意味を知らず,接種担当医の問診に際しても,禁忌の発見を容易ならしめるような的確の返答ができない状態にあることを知りながら,何の措置もとらなかった。昭和四五年六月一八日付けの公衆衛生局長から各都道府県知事あての「種痘の実施について」と題する通知の中でも,前述の予防接種実施要領中の掲示又は印刷物の配布以上の措置については何ら述べられていない。かえって,「種痘による重篤な副反応の発生は,極めてまれであるが,軽度の発熱,発赤,発疹等は従来からかなりの頻度でみられるものであり,被接種者並びに保護者がいたずらに不安を起こさないよう,接種に当たってよく周知せしめることが必要である。」として,接種を受ける側に対する十分な情報の提供よりは,情報を提供することによっていたずらな不安が生じないようにすることに注意を促していた。

 カ 以上,いずれの点からしても,控訴人国は,接種の場で禁忌該当者を的確に発見排除する措置をとらず,実施主体にも除外措置を徹底するよう指導監督をしていなかったのであって,控訴人国の過失は明白である。

 (控訴人)

   (一) 種痘の強制接種を行った過失について

 (1) 痘そうの予防対策における種痘の役割について

 ア ワクチンの安全性等について

 ワクチンは,伝染病に対する抵抗力を付与するものであり,本来,人の生命,身体に有益なものである。

 予防接種により重篤な副反応が発生する頻度ないし確率は,最も高いとされる種痘の場合でも,昭和四八年四月の種痘研究班資料によれば,第一期種痘による種痘後脳炎,脳症及び重症皮膚合併症の発生状況は,昭和四〇年から四七年において概ね被接種者一〇〇万人に対し一六人ないし三四人であり,そのうちの死亡者は,1.7人ないし8.5人とされており,極めてまれなものである。このように,ワクチンは,高い安全性を具備して,個人防衛作用と集団防衛作用を果たすものであるから,人の生命・身体にとって有益なものであり,被控訴人らのいうように危険性の高い物質ではない。被控訴人らの主張は,ワクチンの人体に対する危険性を理由とする限りにおいて,その前提自体が誤っている。

 また,被控訴人らは,伝染病の予防対策においては,感染源対策及び感染経路対策がまず採られるべき対策であり,予防接種は,例外的,補完的対策であると主張するが,伝染病の効果的かつ確実な防止を最大の使命としなければならない,現実問題としての伝染病予防対策の策定とその実施に当たっては,当該伝染病の危険性,伝染経路の特質,伝染病発見時における伝染の可能性並びに感染源対策及び感染経路対策の実効性等の諸事情を総合し,想定し得るあらゆる伝染の可能性に対応した予防対策が要求されるものであり,このことは,痘そうの場合においても同様である。後述するように,被控訴人らの主張するような感染源対策及び感染経路対策では極めて不十分であり,到底痘そうのまん延を完全に防止し得るものではないのである。

 各種伝染病についていかなる対策に重点を置くべきかについては,当該伝染病の特質等を考慮して予防科学的見地から決定すべきものである。このような考慮の結果,感受性対策に重点を置くのが相当であると判断された伝染病が予防接種法等による予防接種の対象疾病とされているのである。

 イ 痘そう予防対策における種痘の役割

 痘そうは,死亡率の高い危険な病気であるにもかかわらず,いったん罹患した以上,有効適切な治療方法がないため,その予防(感染防止)が最も重要である。

 痘そうウイルスは,人間にのみ感染し,患者のくしゃみの飛沫や痘そうの膿,痂皮の粉塵を吸い込むことによって感染する。したがって,家庭,学校,病院,隣近所など患者と密接に接触する狭い地域を中心に流行し,患者が旅行することによって他の地域へと流行していく。そして,人から人へと伝染するため,人が密集している地域ほど流行し,特に我が国のように人口密度が高く,住宅環境が劣悪である上,交通機関が発達し,人の移動が激しい国では,一度痘そうの患者が発生すれば大流行は免れない状況にあった。このような痘そうの伝染病としての特質及び我が国の状況からすると,感染源対策及び感染経路対策のみをもってその流行を防止することは到底期待し得ないものであった。

 痘そう予防の基本対策は,感受性対策としての痘そうワクチンの接種すなわち種痘であり,痘そうは種痘によってのみ真に予防が可能であり,また,根絶することができたものである。

 被控訴人らは,我が国のような痘そうの非常在国における痘そう予防対策としては,①常在国又は流行地からの国際旅客に対する検疫の強化及び国際旅客に対する種痘の義務付けよる患者の国内侵入の防止を基本とし,②患者が国内に侵入した場合は,速やかに患者を隔離し,接触者や接触の危険のある者に対し,緊急種痘(リング・ワクチネーション。包囲種痘という。)を実施する等の方策が相当であると主張するが,まず,①の検疫対策の強化によって痘そうの侵入を阻止することは基本的に不可能である。すなわち,一九六〇年代になると,我が国と諸外国を結ぶ主要な交通機関が航空機となったため,以前と異なり,患者が痘そうの潜伏期間中に我が国に上陸することとなって,潜伏期間中の痘そうの診断は容易でないため,検疫段階で感染者を発見することは不可能に近く,検疫体制の強化だけでは,痘そうの侵入を防げなくなってきたのである。また,常在国や流行地からの入国者に対する種痘の義務付け(これを確保するため「国際種痘証明書《イエローカード》」の提示制度がある。)も痘そうの輸入防止に十分でなかったことは,右制度を採った我が国や欧米諸国においてしばしば痘そうの輸入例があったことからもうかがえるところである。

 包囲種痘について,このような方策がWHOで採用されたのは,痘そうが常在し,流行しているアフリカ及びアジアの地域は,いずれも戸籍制度や衛生行政機構の整備が遅れているなどの事情から,全面的定期種痘が成果を上げられなかったこと,痘そうの伝播は従来考えられていたほど急速なものでないことが分かったため,痘そう患者を発見してからその周囲の者に種痘を接種した方が効果的であり,また経済的でもあるという理由によるもので,WHOがこれを実施したのは昭和四三年になってからであり,しかも,やむを得ない次善の策として採用したものである。

 また,包囲種痘が緊急時においてまん延阻止の機能を十分発揮するには,包囲種痘の接種対象者側にあらかじめ基礎免疫(過去の接種による免疫記憶)が備わっていることが必要である。包囲種痘が行われる場合,当該種痘が被接種者にとって再種痘であるときは,最初の種痘の免疫記憶として抗原の攻撃に対して初めのときより極めて速やかかつ強力に反応するという効果が生ずるから,当該包囲種痘は,早期にかつ大きな感染防御力を発揮する。ところが,接種を受けた者が過去に種痘を受けておらず,したがって当該種痘が初種痘である場合には,免疫ができるまでに二週間,更に発病を阻止し得るレベルまで抗体価が上昇するのに一箇月を要するため,その間に痘そうに感染する危険があり,各地で飛び火的に二次感染者が発生し,流行が拡大するおそれがあるのである。

 さらに,包囲種痘を副反応の発生の関係からみると,年長児や成人に対する初種痘は,再種痘に比較して副反応発生の危険性が高いことは広く知られている。したがって,仮に小児に対する定期種痘制度を廃止し,包囲種痘制度のみを採用すると,痘そう侵入時に初めて種痘を受ける者の年齢は高くなり,その結果,年長児や成年者に種痘後脳炎や脳症等の重篤な副反応が発生する率も高くなるという危険性がある。しかも,我が国の場合,人が密接に接触する機会が多く,人の移動も激しいため,二次感染の危険性が人数的にも地域的にも著しく大きく,包囲種痘の対象者を著しく拡大しなければならないであろうから,右の年長者初種痘の危険性は決して無視できない。さらに,大がかりな包囲種痘を迅速に実施するためには,緊急事態に備え大規模な包囲種痘の実施体制を常時かつ全国的に整備しておかなければならないが,それは,恒常的な定期種痘実施体制が確立していて初めてなし得るところである。

 以上のように,痘そう侵入の場合の緊急対策としての包囲種痘は,乳幼児に対する定期種痘体制が確立していて初めて有効かつ安全に実施することができるものである。

 ウ 種痘の効果と副反応

 被控訴人らは,ディクソンの報告を基に,従来我が国で採用されてきた一歳時,小学校入学前及び小学校卒業前の三度の種痘の接種を受けても,三〇歳を超えると,種痘の免疫効果は殆ど期待できなくなると主張する。しかし,ディクソンの報告は,初種痘についてのものであるが,再種痘の場合の免疫効果は,追加免疫効果により初種痘の場合に比較し,かなり高く,かつ長くなると考えられるから,三期にわたって追加種痘を行っている我が国の場合,ディクソンの右報告はそのまま当てはまらない。

 そして,厚生省の研究班は,昭和三九年に,第一期ないし第三期の三回の定期種痘を受けた者は,その後二,三〇年たった後においても免疫効果がある旨の研究を報告している。更に重要なことは,再種痘の場合,最初の種痘の免疫記憶として,抗原の攻撃が来ると初めての場合より非常に速やかに反応するという追加免疫効果があり,再種痘は早期かつ大きな防御力を与えるとされていることから,乳児のころに定期接種を受けている者は,痘そう流行時に再種痘を受けることにより,種痘後脳炎等の危険性なしに,種痘後数日間で免疫力を回復できる。また,免疫力の低下したグループに属し,かつ再種痘も間に合わなかったため痘そうに感染しても,その症状は不全型という著しく軽い,死亡率も低い他人に感染する能力の低いもので済むのである。そして,乳児に定期種痘を行うことにより,国内に痘そうが輸入されても,抵抗力がないため最も感染しやすく,感染した場合には死亡率が著しく高い乳幼児への感染を防ぐことができるのである。

 確かに,種痘後,極めてまれであるが,脳炎・脳症等の神経系合併症並びに進行性種痘疹,種痘性湿疹及び全身性ワクチニア等の皮膚合併症といった重篤な副反応が発生し,ときには死亡に至ることもある(その原因ないし発症機序は未だ十分解明されていないが,ワクチン側あるいは接種技術に原因があるよりは,被接種者の個体側の条件が主因を成しているとみられる。)が,その発生頻度は,第一期種痘による種痘後脳炎,脳症及び重症皮膚合併症の発生状況は,昭和四〇年から四七年において概ね被接種者一〇〇万人に対し一六人ないし三四人であり,そのうちの死亡者は,1.7人ないし8.5人である。なお,種痘研究班が別途調査した一歳未満児の急性神経疾患の年間発生率は,対象者一〇〇万人当たり約四〇〇例であり,これらの疾患が無作為に種痘後脳炎・脳症の発症時期と考えられる種痘後三週間の間に発生する確率は二三例になるので,種痘後脳炎,脳症とされた例の中には,少なからず非特異的急性神経疾患が種痘と重なって起こったにすぎないものも混入していると解される。

 右種痘による重篤な副反応の発生頻度を我が国の近年における痘そう患者の発生状況と対比すると,均衡を失するように思われがちであるが,我が国が痘そうの常在国であるアジアの近隣諸国からの痘そうの侵入の危険にさらされていたにもかかわらず,我が国の痘そう患者の発生が極めて少なかったのは,何よりも国民皆種痘の成果であったことに思いをいたせば,均衡を失するとは到底いい得ない。

 (2) 乳幼児に対する定期種痘

 ア 一般に新生児は,生後しばらくは母体からの移行抗体(母子免疫)によって伝染病の罹患から守られるが,生後六箇月ないし一〇箇月をすぎると,右移行抗体もほぼ失われる。したがって,乳幼児を危険な伝染病から守るためには,母体からの移行抗体が失われるころまでにワクチンを接種し,人工的に免疫を付与するのが相当である。種痘の第一期接種を乳幼児(生後二月から一二月)に対し実施したのも,右の趣旨に則るものであった。なお,乳幼児期のうちのいつの時期にワクチン接種を行うかは,副反応の危険性等も考慮して具体的に定められるものである。種痘にあっては,当初は,母子免疫がよく残っている方が副反応の危険性が少ないとの考えから生後二月ないし六月とされていたが,その後の研究の結果等を踏まえ,昭和四五年に生後六月ないし二四月に改められた。

 前記のように,乳幼児期に定期接種を行うことは,乳幼児を痘そうの感染から守るとともに,早期に基礎免疫を付与することにより,痘そう侵入の緊急時に再種痘を効果的かつ安全に実施するために必要であった。

 イ 被控訴人らは,乳幼児は行動範囲が狭いから痘そうに感染する可能性も他への感染源となる可能性も少ないと主張するが,昭和三〇年代ないし四〇年代の我が国では,住宅事情からみて家庭内感染の可能性が高かったし,乳幼児の感染の機会が少ないとは即断できなかった。現に,痘そうの第二次感染の可能性は,五歳以下の子供に一番多いとされているところである。

 また,被控訴人らは,ディクソンの報告を根拠に,第三期種痘後二〇年を経過した概ね三〇歳以上の成人には種痘の免疫効果が零に近くなっていると主張する。しかしながら,種痘による免疫効果は,確かに時間の経過とともに低下するが,種痘を受けた者の半数は二〇年経過後でも免疫を有し,痘そうに感染しないのである。さらに,免疫効果が低下し,患者に接触した場合の感染防御効果は失われても,基礎免疫が維持され,痘そう侵入時等の緊急時における再種痘の際に,追加免疫効果として直ちに感染防御効果を発揮し,痘そうの流行を防止する機能を果たし得るのである。そもそも,成人の種痘免疫効果の低下は,成人に対する追加種痘の必要性の根拠となっても,乳幼児の定期接種の不必要性の根拠となるものではない。

 なお,リンパ球を中心とする免疫産生細胞には,一度体内に侵入した病原体を記憶していて(基礎免疫),二度目以降の再感染に際しては,抗体を前回よりもより早くかつより多く作りだす性質,すなわち,追加免疫効果があることは,免疫学上広く知られているのであり,予防接種においては,初めに免疫細胞に十分に記憶させるための接種を行い,後は抗体が下がってきたころに発病を阻止し得るレベルまで抗体を再上昇させるために,追加免疫効果を利用して再接種を実施することが行われている。種痘にあっても,それが免疫の作用である以上,追加免疫効果が認められることは当然である。WHOが制定して痘そう流行地への旅行者に義務付けていた国際種痘証明書の携帯においても,初種痘の場合は,適切な初期種痘が行われた後八日間までは無効としていたのに対し,再種痘の場合は免疫記憶による効果があるから接種日から有効としていた。被控訴人らは,免疫学上確立された知見である種痘の追加免疫効果について,ディックの見解を引用して否定するが,右見解自体,それを裏付けるデータが示されておらず,根拠が不明なものである。

 また,一九二二年に種痘後脳炎の存在が知られるようになって以来,その発生頻度に関する多くの調査が行われた結果,年長児あるいは成人になって初めて種痘を行う場合に種痘後脳炎等の重篤な中枢神経系副反応の発生頻度か高率であることが明らかになっている。確かに,再種痘は乳幼児のときと成人になってからと二回種痘するわけであり,副反応の危険にも二度遭遇するわけで,この二度の合計危険率が成人の初種痘の危険率より少ないというデータはない(我が国では,乳幼児の定期強制種痘が完全に実施されていたため,年長児あるいは成人の初種痘という例が極めて乏しいことからやむを得ない。)が,成人の初種痘の危険性が極めて高いということは広く知られており,他方,再種痘による重篤な副反応の発生は殆ど見られないことからすると,二回の危険率を合計しても,成人初種痘の危険率より少ないことは明白である。

 また,被控訴人らは,予測された痘そう流行による被害者の数と種痘の重篤な副反応による被害者数を比較しても,種痘の副反応による被害者の数の方が多いから,乳幼児に対する定期接種は社会にとっても利益はないと主張するが,そもそも定期種痘につきコスト・ベネフィット・バランシングを考える場合,そこでのコストである種痘による副反応被害者数に対比すべきは,定期種痘を廃止した場合における痘そうの侵入流行による被害者数であるべきである。しかるに,被控訴人らは,我が国の国民皆種痘制度下における痘そう患者の発生状況を主たる根拠として種痘による被害者数に達するほど痘そう患者の発生は予測されないとするものであって,その主張は前提において失当である(あたかも,消防体制が完備した地域における火災被害の発生状況を根拠に,消防を廃止しても大した被害発生はないというに等しい。)。我が国と人的交流の盛んなインド亜大陸や東南アジア諸国が痘そうの流行地域であり,また,中国大陸における痘そうに関する情報が全く得られなかったという当時の状況下において,定期種痘を廃止した場合における痘そう流行の被害者数が種痘による重篤な副反応被害者数よりも少ないなどとは到底予測できるものではない。

 (3) 我が国の定期接種の廃止時期の妥当性について

 被控訴人らは,我が国が痘そうの事実上の非常在国になった昭和二七年(一九五二年),又は遅くとも我が国から痘そうの患者が存在しなくなった昭和三一年(一九五六年)には乳幼児に対する定期接種を廃止すべきであったし,さらに,英国及びアメリカが定期接種を廃止した昭和四六年には我が国が定期種痘を継続する合理的理由の存在しないことが一層明白になったと主張する。

 しかしながら,当時の世界の状況,特に我が国と交流の盛んなアジア地域における痘そうの流行状況,種痘を巡る医療水準,及び専門家の種痘に対する取組状況等に照らして,その当時,控訴人国において種痘廃止の行動に出ることが期待され得るような客観的状況にはなく,控訴人国には定期種痘を廃止すべき法律上の義務はなかったのであるから,種痘を廃止しなかったことにつき過失はない。すなわち,我が国が昭和五一年に至るまで定期種痘を廃止しなかったことには,以下のような合理的理由があった。

 ア 昭和二七年当時又は昭和三一年当時

 確かに,結果としてみると,昭和二七年以降痘そうによる死者は出ていないし,患者も昭和二七年に二人,二八年に六人,二九年に二人,三〇年に一人出たほか,昭和四八,四九年の各一人を除いて出ていないが,過失の有無は,当該各時点において将来に向かっての行動基準としていかにすべきであったかを検討して判断すべきであり,当時において,将来痘そうの患者数や死者数を右統計結果のように予測することはできなかったものである。しかも,昭和二七年当時はもちろんのこと(被控訴人が指摘する弘前大学の赤石教授の主張も,種痘の廃止を提言したものではない。しかも,右意見に対しては,当時国立公衆衛生院の金子義徳博士が賛成した以外は反応がなかった。),三〇年代においても,我が国の学会で定期種痘の廃止を主張する者は殆どおらず,昭和四〇年代においてさえも,例えば,昭和四三年に厚生大臣から諮問を受けた伝染病予防調査会は,コスト・ベネフィット・バランシング論を中心に検討した結果,定期種痘の廃止は時期尚早であるという結論を出し,また,昭和四四年には,日本小児科学会の予防接種委員会において,我が国は痘そう侵入の危険にさらされているので,現行の定期種痘はなお当分継続する必要があると報告されているのである。諸外国をみても,英国が痘そうの非常在国になったのは,昭和一〇年(一九三五年)であるところ,同国が世界で初めて種痘を廃止したのは,それから実に三六年後の一九七一年(昭和四六年)になってからであり,また,アメリカでも,昭和二四年(一九四九年)以降は痘そうの流入例がなかったにもかかわらず,種痘を廃止したのはそれから二二年後の昭和四六年になってからであった。この英国及びアメリカの例からみても,痘そう非常在国になったことから直ちに定期種痘を廃止し得るというものではないことが明らかである。そして,英国及びアメリカが定期種痘の廃止を決定した昭和四六年以前は,世界の殆どすべての国が定期種痘を実施していたのである。被控訴人らの主張するように,昭和二七年又は昭和三一年の時点において,我が国が定期種痘を実施していたのは極めて妥当というべきであって,これを廃止すべき法律上の義務があったとは到底いえない。

 イ 昭和四六年当時

 次に,被控訴人らは,英米両国が定期種痘の廃止を決めた昭和四六年には定期種痘を廃止すべきであったと主張するが,昭和四五年ころまでは,アジア・アフリカ及びラテンアメリカの諸国の中には未だ痘そう常在国が多数あって,世界三〇箇国以上の国々が痘そうで汚染されており,特に我が国と交流の多いインド,パキスタン,バングラデシュ,インドネシア等では毎年痘そうが流行していたから,我が国は絶えず痘そう流入の危険にさらされていたのである。しかも,そのころになると,かってと異なり,外国との主要な交通機関が航空機となったため,患者が潜伏期間中に我が国に上陸することになり,検疫体制の強化だけでは,痘そうの侵入を防ぐのは不可能になってきた。このような状況にあったため,定期種痘の廃止を主張する者は殆どいなかった。

 また,英国及びアメリカは種痘の廃止に踏み切ったが,これに対しては,世界的に著明な種痘の専門家等から廃止に疑問ないし反対の意見が出た。WHO痘そう専門委員会は,昭和四九年(一九七四年)に,痘そう流入の危険性の高い非常在国においては,常在国と同じく生下時又は生後間もない時期に種痘を行うべきであり,再種痘は,すべての子供に対して入学時と一〇歳ころとに確実に行うべきであること,危険性の高くない非常在国においては,小児期のできるだけ早い時期に種痘をし,入学時に再種痘をすべきであることに重点を置かなければならないと報告しており,WHOが痘そうの根絶の確認されていない国又はその近隣の国を除いては種痘を廃止すべきであると勧告したのは,昭和五三年(一九七八年)一二月になってからであった。それまでは,むしろ世界各国に対し,痘そうを根絶するため種痘実施を期待していたのである。

 我が国でも,昭和四六年以降学界や政府の諮問機関において定期種痘の廃止が検討されるようになったが,その中での議論も,なるべく反応の弱いより安全な種痘に切り換えていく必要はあるが,全世界,特にアジア地域の痘そうの状況に照らすと,定期種痘の廃止は時期尚早であるとするのが,一般的見解であった。被控訴人らが主張する大谷杉士教授らの見解はあくまで少数意見にとどまっていた。

 結局,我が国は,WHOの右勧告の二年前の昭和五一年一月に独自の判断で定期種痘を廃止したが,英国及びアメリカが定期種痘を廃止した前記昭和四六年から我が国が廃止した昭和五一年までに定期種痘を廃止した国は,カナダ,アイルランド,オランダ,フィジー,パプア・ニューギニア及びトンガのわずか六箇国にすぎない。西ドイツ,フランス,イタリアを初めとする先進非常在国の殆どが定期種痘を廃止したのは,我が国の廃止と同時期か後のことであった。

 右のとおり,昭和四六年当時においても,定期種痘を廃止すべきであったといい得る状況にはなかったのである。

 ウ 我が国における定期種痘の廃止に至る経緯について

 前記のとおり,英国及びアメリカが定期種痘の廃止に踏み切った昭和四六年ころから我が国においても定期種痘廃止の是非が本格的に議論されるに至ったが,伝染病予防調査会でも検討を重ね,右調査会の予防接種部会では,昭和五〇年一二月,伝染病予防調査会会長あてに予防接種の実施方法について報告をし,このうち定期種痘については,「初回の種痘を新しい細胞培養痘そうワクチンを用いて生後三六月から七二月に至る期間に実施することとし,現行の第二期,第三期の種痘を廃止することとする。」旨の意見を具申した。これを受けて,厚生省公衆衛生局長は,予防接種による被害防止に万全を期するための当面の措置として,昭和五一年一月一九日付けで,都道府県知事あて,初回種痘については細胞培養痘そうワクチンの実施方法が定められるまでの間,その実施を見合わせるとともに,第二期,第三期の種痘も実施を見合わせることをそれぞれ通達した。その後,伝染病予防調査会は,昭和五一年三月二二日,厚生大臣に対し,答申をした。右答申は,「痘そうは,流行地域における根絶計画が最近目ざましい成果を挙げつつあるが,なお,我が国への痘そう侵入の危険が全くなくなったとは考えられない。しかし,WHOの根絶計画が着々とその成果を挙げていること,乳幼児期の種痘に際しては極めてまれにであるが,重篤な副反応による事故が発生すること……を検討した結果,当面,平常時における初回種痘は,生後三六月から七二月に至る期間に細胞培養痘そうワクチンを使用して実施し,小学校入学前六月以内及び小学校卒業前六月以内の種痘はいずれも廃止する等の改正を行うのが適当である。また,将来世界の痘そうの流行状況が本質的に変化した時には,種痘の継続について再検討を行う。」というものであって,定期種痘の実施方法について改善案を示したものの,定期種痘自体を廃止すべきであるというものではなかった。

 この答申を受けて厚生省は,同年五月,答申の意見どおり定期接種の方法を改める内容の予防接種法の一部改正案を国会に提出し,可決成立の運びとなった。

 しかし,WHOの痘そう根絶計画の進展により,近い将来,痘そうの根絶が達成されると考えられたことから,厚生省は,当面定期種痘の実施を中止して根絶計画の推移を見守ることとした(昭和五一年九月一四日衛発第七二六号厚生省公衆衛生局長通知)。

 しかして,昭和五五年(一九八〇年)五月八日のWHO総会において,天然痘根絶宣言が出され,それを受けて厚生省は,予防接種法施行令を改正して(昭和五五年政令第二〇三号),定期接種の対象疾病から痘そうを除外したものである。

 ところで,定期種痘廃止のためには,①痘そう侵入のおそれが極めて低いこと,②万一痘そうが侵入した場合,早期に発見,隔離できること,③至急に緊急種痘を実施できること,④緊急種痘の効果が短期間内に期待できること,⑤年長児ないし成人に初種痘が行われても,神経系合併症の発生頻度がさほど高くならないこと,⑥以上の結果短期間内に少人数の患者発生のみで流行を阻止できることの各条件を満たす必要があるといわれているが,その中でも,①が最も基本的条件であるところ,前記のように,常に近隣諸国から痘そう侵入の危険にさらされていた我が国としては,英国やアメリカが定期種痘に踏み切った昭和四六年以降も定期種痘を継続して実施していたのであるが,昭和五〇年に至り,WHOの根絶作戦が実を結び,一〇月にバングラデシュで発症した患者を最後としてアジア地域での痘そうは根絶され,以後痘そう常在国はエチオピア一国となったため,右①の条件が満たされることになった。このような我が国を巡る痘そうに関する状況の進展を踏まえて,昭和五一年に定期種痘を事実上廃止し,世界痘そう根絶宣言が出された昭和五五年に法律上も廃止したものであるから,控訴人国の措置には十分合理性がある。

 (4) 初種痘年齢を早期に引き上げなかった措置の妥当性

 被控訴人らは,一歳未満の乳児に対する種痘は副反応の発生率が高いとする調査報告が英国,アメリカ等で発表され,西欧諸国が初種痘年齢の引上げを行ったのであるから,我が国においても,昭和三七年には接種年齢を一歳以上に引き上げるべきであったと主張する。

 しかしながら,右主張は,以下に述べるとおり理由がないものである。

 ア 我が国における初種痘年齢の推移

 我が国では,昭和二三年の法制定時,定期種痘の接種年齢を,①生後二月から一二月に至る期間,②小学校入学前六月以内,③小学校卒業前六月以内と定め,これに基づき,初種痘は,昭和四五年八月まで生後二月から一二月以内の乳幼児に対し実施されていた。その後,右初種痘は,昭和四五年八月五日,厚生省公衆衛生局長通知をもって,生後六月から二四月の間に引き上げられ,さらに,昭和五一年法律第六九号による改正に伴い,施行令において,定期種痘は,「生後三六月から七二月に至る期間」内に一回限り実施されるものとされ,従来の第二期及び第三期の種痘はいずれも廃止された(昭和五二年二月二二日政令第一七号による改正前の予防接種法施行令第一条)。しかしながら,現実には,右改正前の法律に基づく定期種痘の実施は,昭和五一年一月,定期種痘を見合わす旨の公衆衛生局長通知(昭和五一年一月一九日衛発第二五号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)により見送られ,また,右法律改正後も,WHOの痘そう根絶作戦が大詰めを迎えていたところから,定期種痘の実施を見合せ,根絶計画の推移を見守ることとした(昭和五一年九月一四日衛発第七二六号厚生省公衆衛生局長通知)。そして,昭和五五年五月八日のWHO総会における天然痘世界根絶宣言を受け,予防接種法施行令を改正して(昭和五五年政令第二〇三号),定期接種の対象疾病から痘そうを削除した。結局,定期接種は,前記昭和五一年一月一九日付けの厚生省公衆衛生局長通知で実施が見送られて以来一度も実施されることはなかった。

 イ 初種痘年齢に関する医学的知見と各国の種痘政策

 従来,初種痘の副反応の危険性については,乳児に母子免疫のある期間は,母体からの移行抗体の働きにより副反応の発現が抑制され,安全であるとの考え方が医学上一般的であり,また,母子免疫が持続し,かつ免疫産生機構が発達してくるのは生後数箇月であることから,この時期が接種最適期であるとの見解が広く支持されていた。したがって,初種痘の時期は零歳児が最も安全であり,年長になるにつれ,その危険性が高くなるとするのが,我が国のみならず世界における支配的見解であった。

 ところが,昭和三四年に,英国の医務官グリフィスが,一歳未満児において重篤な副反応発生の頻度が高く,死亡率は最も高いとの調査結果を示した。これを受けて,英国保健省は,昭和三七年に,それまで生後四月ないし五月の間とされていた初種痘年齢を,生後二年目とするよう指示した。また,同国のコニーベアは,昭和三九年に,グリフィスのデータを基に零歳児の種痘後脳炎の発生率が一歳児に比べ高い旨発表した。オーストリアは,昭和三八年に,初種痘年齢を一歳以上に引き上げた。アメリカは,昭和三八年に厚生保健省のネフらが種痘合併症の調査を行い,その結果,一歳児ないし四歳児に比較して零歳児の方が種痘合併症の発生頻度が高いとの調査報告を示した。これを受けて,アメリカ公衆衛生局は,昭和四一年,初種痘は第一と第二の誕生日の間に行うべきであると勧告した。もっとも,州の独立性の強いアメリカでは,すべての州が右勧告に従ったわけではない。なお,昭和四三年にレインが行った調査でも,種痘合併症の発生頻度は零歳児に高いと報告されている。西ドイツバイエルン州では,昭和四二年に初種痘年齢を生後一八月から三歳までと改めた。

 しかしながら,右グリフィス,コニーベア,ネフ,レインらの前記各研究報告の基となったデータの解釈については,疑問がある。すなわち,右データ上は,母数である接種数が零歳児と一歳児以上の年齢群とで大きな差があるため,数字の上では零歳児の発生率の方が高いようにみえるけれども,それは見かけ上の発生率にすぎないのであって,統計上明らかに有意差があるとはいえない。したがって,右各報告自体それまでの零歳児の方がより安全であるとする前記通説を覆すに足りる根拠とはならないものであった。また,世界の他の機関等も右報告には批判的であった。グリフィスの報告が発表された翌年の昭和三五年のWHO総会における技術討議の報告は,「グリフィスの観察が是認されるまでは,既に確立されている実際の方法に従って継続することが最良であるように思われる。」として,乳幼児期の種痘接種の継続を是認する見解を示し,また,WHO痘そう専門委員会は,英国が年齢引上げを行った昭和三七年の翌々年に,「多くの疫学的研究によれば,種痘を生後一年以内に行えば,合併症の発生頻度は少ないことが明らかにされてきている。種痘は生後三,四箇月に行うのが便利であり,効果的であろう。この年齢では,残存する母体の抗体が全身症状を少なくし,しかも初期のワクチニア反応を最大に起こさせる。」旨報告しているのである。西ドイツにおいても,ハンブルク州のワクチン研究所のエーレングート博士は,昭和四三年,一歳未満児の種痘の死亡率が一歳児,二歳児に比べて高いことは,年齢別死亡率が高いことによって説明でき,種々の根拠から種痘至適年齢は生後六月未満及び二歳児と考えられるとし,かえって一歳児の接種は種痘後の熱性けいれんの頻度を考慮すると,勧められない,一歳未満の種痘による年齢別死亡が高いという評価は意味をなさず,一歳未満の初種痘を中止する十分な根拠はないとの見解を示すなどしている。また,アメリカにおいても,初種痘年齢引上げの勧告に対して,アメリカ小児科学会その他において,多くの医師がこれに反対した。

 そして,英国,アメリカ等は初種痘年齢の引上げを行ったが,昭和四九年ころの欧州では,右に追随せず,一歳未満児に対し初種痘を行う国がベルギー,アイスランド,オランダ,スペイン,スェーデン,スイス,ギリシャと多数存在したばかりか,スェーデンにおいては,昭和四〇年以降,従来の初種痘年齢一歳ないし四歳を生後二月以内に改めているのである。

 我が国でも,厚生省は,前記英米両国等の調査結果に関心を抱き,専門家に対する研究費補助等により種痘の副反応の調査を行ってきた。種痘調査委員会が,昭和四四年に行った種痘後の副反応に関する調査では,合併症の総頻度,中枢神経合併症,皮膚合併症の発生頻度が一歳以上より一歳未満に高率であるという傾向は認められないとしている。

 ウ 我が国の政策の妥当性

 以上の状況において,厚生省が,零歳児の方が一歳児より安全であるとして,零歳児初種痘政策を継続したことは,十分医学的根拠を有する正当な政策選択であり,これを違法視することはできない。

 そして,昭和四五年に種痘による副反応事故が多発し,全国的関心を呼んだことから,厚生省は,それまで種痘副反応防止として検討されてきた事項のうち可能なものはできる限り速やかに実行に移すこととし,伝染病予防調査会予防接種部会に意見を求めた上で,昭和四五年八月五日付けの厚生省公衆衛生局長通知において,第一期種痘を生後六月から二四月の間に引き上げた。これは,前記英米両国での研究結果(一歳児において副反応の発生頻度が最も低い。)や昭和四四年に出された小児科学会予防接種委員会の検討結果を踏まえ,上限を生後二四月とし,また,一歳以上の子供になると行動が活発になって接種が大変である等の臨床家の意見や先天性の免疫異常等の禁忌事由は生後二,三箇月では発見されにくい等の事情も考慮し,また,当時の英国での合併症の頻度が六月を境にしてかなり違うことに着目し,最低年齢を生後六月としたものである。その後昭和四五年に種痘合併症の救済措置が実施され,それ以降救済申請による症例把握が容易になり,その症例集積の結果,重篤な副反応の発生頻度は必ずしも零歳児が一歳以上の幼児よりも少ないとはいえないことが徐々に明らかとなってきて,昭和五〇年ころになると,年長児初種痘の危険性はそれほどでないとの見解が大勢を占めるようになった。そして,先に厚生大臣から今後の伝染病対策のあり方について諮問を受けていた伝染病予防調査会は,昭和五一年三月,種痘年齢を生後三六月から七二月までに引き上げるよう答申し,これが基となって,同年六月一九日,予防接種法及び施行令が改正され,種痘年齢が生後三六月から七二月の期間とされるに至ったものである。

 以上のとおりであるから,昭和三七年以降昭和四八年までの本件各接種時の間,零歳児に対する初種痘は医学上十分根拠を有する知見及び諸外国の種痘政策の状況を踏まえて採用されてきたもので,右措置が医学・防疫上の知見から,明らかに是認できないと認められる場合には到底当たらない。厚生大臣が専門的技術的裁量の範囲を逸脱したものということはできない。

   (二) 腸パラワクチンの強制定期接種を実施させた過失について

 以下のとおり,厚生大臣がそれぞれの時期において選択した腸チフス・パラチフス防疫のための政策は,いずれも客観的,合理的根拠に基づくものであって,厚生大臣に認められている専門的・技術的裁量の範囲を逸脱又は濫用したものでないことは明らかで,これを違法ということはできない。

 (1) 腸パラワクチンの有効性と必要性

 腸チフスは,腸チフス菌の経口感染によって起こり,菌が血流に侵入し,菌血症を起こすことによって生ずる急性の全身性感染症であり,パラチフスは,パラチフス菌による同様の感染症であるが,腸チフスに比べて症状が一般に軽い。

 腸チフス・パラチフスは,水,牛乳,食物を介して伝染,流行を起こす代表的な経口伝染病で,衛生状態の悪い地域に多発する。感染源は,患者や保菌者の便や尿で,水による伝染が一番多く,飲食物,特に牛乳がこれに次ぐ。また,ハエも菌の伝播の媒介体として重要である。患者の約三パーセントが永続保菌者になるといわれる。

 我が国おいては,環境衛生の向上,化学療法剤の使用による治療法の進歩,定期予防接種による集団免疫の効果等により患者の発生数は減少の一途をたどってはきたが,全国的にはいまだ相当数の発生がみられ,単一感染源から広範囲な地域に流行の発生する危険性が存在している。

 腸チフス・パラチフスの予防は,公共上水道の整備といった感染経路対策と保菌者等の監視等の感染源対策に重点を置くのが基本であるが,右両対策では万全を期しえない状況下においては,感受性対策としての予防接種も重要かつ有効な予防対策であったものでる。

 また,腸パラワクチンの予防効果については,古くからの使用実績(第一次大戦前の英領インド及び第一次大戦中における米軍や英軍における接種の実績や我が国の陸海軍における使用実績等)や調査研究の成果(一九六〇年から一九六五年にかけWHOの厳正な管理下に行われた野外実験の結果やホーニックの実験等)によって確認されているところである。

 このことは,本件被害児佐藤幸一郎(一六の一)に腸パラワクチン接種がされた昭和三五年の第一三回WHO総会におけるソ連医学アカデミー事務総長の「腸チフスに対する最良のワクチンは,極めて有効であり,また,接種を受けた者については,十分の一ないし十二分の一の罹患率を減少させ得るであろう。人々の衛生状態が悪いため,腸チフスに比較的高率に罹患しているような国においては,予防接種は重要な対策ともなろう。」という演説等からもうかがえるところである。

 なお,パラチフスワクチンの効果については,必ずしもそれを裏付ける調査報告はなかったが,腸チフスワクチンの効果が明らかである以上,パラチフスワクチンについても同様にその効果が期待できると考えられる。

 (2) 腸パラワクチンの一律定期接種の必要性

 腸チフス・パラチフスの予防接種は,予防対策としては補助的対策であって,他の感染経路対策及び感染源対策と併用して有用なものとなる。したがって,腸パラワクチンの定期接種が必要か否かは,右基本的対策の実効性の程度,すなわち,上下水道の整備等の環境衛生対策と,永続保菌者の監視等感染源対策の完備の状況によって流行をどの程度防ぎ得るかにかかっているのである。

 これを法制定当時でみると,終戦後は国内の混乱,極度に悪化した衛生環境等により腸チフス・パラチフスが大流行するところとなり,昭和二二年にアメリカより分与された菌株に基づくワクチンにより全国的に予防接種を実施した結果,昭和二一年の患者数五万三〇〇〇人が昭和二二年には二万二〇〇〇人余りと激減した。このような予防接種の効果と当時の腸チフス・パラチフスの流行状況,危険性,荒廃した環境衛生等にかんがみて,昭和二三年に法が制定された際,腸パラワクチンの予防接種を定期接種と定めたのは当然であったといえる。

 その後昭和三〇年代以降をみると,予防接種等の防疫対策の推進や上下水道の普及を始めとする生活環境の整備向上等の結果,患者の発生は減少し,抗生物質の普及等により致命率も減少してきたが,昭和三〇年以降においても,なお相当数の腸チフス・パラチフス患者の発生をみている。昭和三五年においては,約一九〇〇人の患者と四五人の死者を出している。

 そして,我が国における上水道の整備状況は,昭和三五年に至っても53.4パーセントにすぎず,また,昭和三〇年代の我が国においては公共下水道は大都市の一部を除きほとんど整備されておらず,全国の大部分の地域では昔ながらの汲み取り式であった。このように我が国の生活環境は,当時の欧米諸国に比べると著しく劣悪な状況にあった。また,感染源対策としての患者の早期発見と隔離,保菌者の監視も非常に困難な面があり,患者個人の情報と分離菌株のファージ型別の結果の組合せにより全国的視野で患者の発生状況が分析されるようになったのは,ようやく昭和四一年以降であった。

 以上のような状況から,感染経路対策及び感染源対策のみをもってしては,流行を完全に防止することは困難であったところから,腸チフス・パラチフスの防疫対策としては,感受性対策としての予防接種に期待する状況が昭和三〇年代においても続いたのであって,なお腸パラワクチンの定期強制接種の実施を継続する必要性があったのである。専門家の大勢もこれを支持していた。

 (3) 一〇歳以下の小児に対する腸パラワクチン接種の必要性

 なお,被控訴人らは,腸パラワクチン接種は,一〇歳以下の小児に対しては,腸チフス・パラチフスの病気の性質からして,当初から必要がなかったと主張するが,腸チフス・パラチフスの発生は,青壮年層に多いが,小児における腸チフス・パラチフスの発生が決して少ないわけではない。また,腸チフス・パラチフスの症状をみると,小児の場合,その症状は比較的軽症であり,かつ,非典型的な症状を現すことが少なくないとされており,特に致命率においては,乳幼児が最も低率で,高年になるほど高くなる傾向を示すことは確かであるが,腸チフス・パラチフスが小児において軽症であるとはいっても,それはあくまで非常に重篤かつ危険な症状を呈することの多い成人における腸チフスとの比較においていわれることであって,腸チフス自体は小児においても決して軽い疾病とはいえず,予防措置を講ずべき必要性は十分にあるのである。

 のみならず,更に重要なことは,小児といえども,腸チフス・パラチフスに罹患したときは,菌を体外に排泄して新たな感染源となり,流行拡大の原因となる点において何ら成人と変わらないということである。

 以上のごとく,小児における腸チフス・パラチフスは,成人に比し一般に軽症とはいえ,予防措置を不要とするほど軽微なものではないばかりか,新たな感染源となって流行を拡大せしめる点においては何ら成人と異なるところはないから,集団防衛の見地からすると,小児に対しても腸パラワクチン接種を実施する必要性と合理性が存したのである。被控訴人らの主張は,小児における腸チフス・パラチフスの症状が成人に比して軽症であることを過大視し,かつ,腸チフス・パラチフスの予防接種の集団防衛の側面を看過したもので,失当というべきである。

 (4) 腸パラワクチン定期接種廃止時期の相当性

 ア 廃止の経緯

 戦後の混乱が収まり,上水道の普及を始めとする生活環境の整備向上等と予防接種の効果とが相まって患者発生の急速な減少をみるとともに,抗生物質の普及を主軸とする治療法の進歩等により患者の致命率の著しい低下をみるに至ったことから,昭和四〇年代に入ると,本来,補助的予防対策である腸パラワクチンの定期接種の継続の当否を中心として,腸チフス・パラチフス予防対策のあり方に検討が加えられるに至った。そして,伝染病予防調査会予防接種部会での検討を経て,昭和四三年一月二九日,「腸チフス・パラチフスの定期予防接種は廃止する。」旨の意見が承認され,それに基づき,昭和四五年五月の国会において予防接種法の一部改正案が可決されて,腸チフス・パラチフスの予防接種は定期接種の対象から除外された(臨時の予防接種の対象疾病としては,昭和五一年の改正により削除されるに至った。)。

 イ 廃止時期の相当性

 我が国では,昭和三〇年代後半以降の急速な経済発展ととも,上・下水道の整備等が進み,昭和四〇年代に入ると,一般的衛生状態の改善をみて感染経路対策は急速に充実し,また,健康保菌者特に永続保菌者の発見と適正な管理の目的で,昭和四一年一一月一六日付けで,「腸チフス対策の推進について」と題する公衆衛生局長通知が発せられ,これによって腸チフス・パラチフス患者・保菌者の中央管理体制が確立された。このように,感染経路対策と感染源対策が充実したことによって,感受性対策としての予防接種の廃止が実現できるに至ったのである。

 被控訴人が主張する昭和三五年に腸パラワクチンの接種を行っていない国は,主要二五箇国中わずか一,二箇国にすぎなかったのであり,他の国では任意又は一部強制として接種が行われていた。アメリカにおいて腸パラワクチンの予防接種は勧奨できないとの公衆衛生行政委員会の勧告が出されたのは,昭和四一年五月になってからであった。

 このように,厚生大臣が昭和三五年当時腸パラワクチンの定期接種を廃止しなかったのは正当であり,本件予防接種をしたことには何ら過失はない。

   (三) 百日せきワクチン接種の過失について

 (1) 百日せきワクチン及び同ワクチンを含む混合ワクチン採用の経緯

 百日せきは,気管,気管支あるいは小気管支を侵される急性の伝染病で,せきが一〇〇日続くといわれるように長期に持続することが特徴であり,その伝染力は強く,感染を免れることは困難とされるほどその罹患率は高い。治療方法としては,早期においては抗生物質が効果があるが,この時期に治療を開始することは難しく,痙咳期(一週間ないし二週間後)に入ると,治療は困難であり,また,生後直ちに罹患することから,早期の予防接種が必要なのである。

 百日せきの予防については,呼吸器系伝染病の常として感染経路対策による感染予防は極めて困難であり,しかも,感染性の強い初期のカタル症状期については,右カタル症状が他の原因によって生ずる気管支炎と区別しにくいため,罹患者の隔離によって百日せき菌の感染を防ぐことは難しい。家庭内で極めて高い罹患率(八五ないし九〇パーセント)を示すといわれる。

 このような伝染病の場合,既に有効性の認められている百日せきワクチンの予防接種を行うことが最も効果的である。

 昭和二三年六月の法制定時に百日せきも予防接種の対象疾病と定められた。接種時期は,①生後三月から六月に至る期間,②第一期接種後一二月から一八月に至る期間と定められた。

 その後京都ジフテリア事件により一時接種の中止された時期があったが,その間各種ワクチンについてそれぞれワクチン基準が作られ,「百日せきワクチン基準(厚生省告示第一〇一号)」は,昭和二四年五月に制定され,昭和二五年から右基準による国家試験に合格した百日せきワクチンによる接種が開始され,翌二六年からは,右ワクチンによる接種が広く行われるようになった。

 その後,主として予防接種の実施及び被接種者の負担を軽減する目的で,昭和三三年二月に「百日せきジフテリア混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア混合ワクチン基準(厚生省告示第一九号)」が制定され,これを受けて,同年四月,ジフテリアの予防接種の第一期及び第二期の時期が百日せきの予防接種の時期と同一時期になるよう法改正がされ,更に同年九月予防接種法施行規則及び予防接種実施規則の一部が改正され,百日せき及びジフテリアの第一期及び第二期予防接種は二種混合ワクチンが使用されることになった。

 さらに,昭和三九年一月,「百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン基準(厚生省告示第四号)」が制定され,引き続き,四三年一〇月,予防接種実施規則の一部改正が行われて,百日せき・ジフテリアの第一期,第二期の予防接種時において同時に破傷風を希望する旨の申出があった場合には,三種混合ワクチンを使用することができるものとされ,今日に至っている。

 (2) 百日せきワクチンの若年接種実施の経緯

 百日せきワクチンの定期接種の時期については,法制定当初から,生後三月から六月に至る期間,第二期は右第一期の予防接種後一二月から一八月に至る期間と定められた。これは,百日せきについては母体免疫が期待できず,乳児早期から罹患の危険があり,しかも乳児の罹患者には重症例が多く,致命率も高いことから,なるべく早期に免疫を付与すべきであるとの考え方に基づくものである。その後,昭和四九年に百日せきの副反応事故が起きるなどしたため,厚生省は,昭和五〇年二月一日,伝染病予防調査会の結論が得られるまで,各都道府県知事あて百日せきワクチン及び二種混合,三種混合ワクチンの定期接種を一時見合わせるよう通知をした。そして,伝染病予防調査会予防接種部会は,①生後三月から四八月については個別接種により行うこと,②集団接種は平常時生後二四月から四八月の期間に行うこととし,流行時又は流行のおそれのある時には,生後三月から四八月の間の必要と認める時に集団接種を行ってもよいこと,③乳幼児が保育所や幼稚園などの集団生活に入る前に接種を完了し,免疫を獲得しておくことなどの措置を行うことを条件として,百日せきワクチン及びその混合ワクチンの接種を今後とも継続して実施することが必要であるとの結論に達し,その旨を昭和五〇年三月二五日厚生大臣に答申し,厚生省公衆衛生局長は,同年四月一四日,各都道府県知事に対し,右答申に沿った通知を発して,予防接種を再開した。

 その後,伝染病予防調査会は,昭和五一年三月二二日,予防接種のあり方等について答申を出し,これを受けて昭和五一年六月,法及び予防接種法施行令の一部改正が実施され,百日せきの予防接種年齢が改められ,第一期は生後三月から四八月に至る期間,第二期は第一期接種後一二月から一八月に至る期間と定められた。そして,この改正に伴い,厚生省は,昭和五一年九月一四日付け「予防接種の実施について」(衛発第七二六号,各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)において定めた「予防接種実施要領」において,百日せき予防接種につき,先の昭和五〇年四月の行政通知をもって指示したのと同じ内容の接種時期を定め,実施主体に指示した。この結果,百日せきワクチンの接種年齢については,現行法上,生後三月からの接種が可能であり,ただ「予防接種実施要領」において,集団接種の方式による場合でかつ平常時に限っては,生後二四月から四八月の幼児に対して実施するものとされているのである。

 (3) 百日せきワクチン接種年齢の定めの合理性

 予防接種,とりわけ第一期接種の至適な時期がいつかという問題は,乳幼児を当該伝染病の罹患からより安全に守るためにはいかなる時期に最初のワクチン接種を実施するのが相当かという側面と,接種による副反応の発生を極力抑制するにはいかなる時期に実施するのが最も適当かという側面の両面からの考察が必要であると同時に,当該伝染病の現在の流行状況と将来の見通し等をも考慮して決定されるべき事項であって,高度の医学的専門的知見が要請される問題である。しかして,百日せきはいったん罹患すると幼若な乳幼児ほど重症で肺炎・脳症等の合併症を起こしやすく,致命率も高い。しかも,母子免疫も期待できないことから,生後早期にワクチン接種を開始し,人工免疫を付与する必要がある。右趣旨に則り,法は生後三月から六月までの間に第一期のワクチン接種を行い,これによって百日せきの被害の最も大きい乳児期を防御するものとし,更に,第一期接種後一二月から一八月に至る期間に第二期の追加接種を行うことにより,四,五歳ころまでの幼児期を防御するものとしているのであって,このようなワクチン接種年齢の定めは十分な合理的根拠に基づくものである。

 その後昭和五〇年の行政通知及び昭和五一年の法改正により第一期接種時期が生後三月から四八月と改定され,平常時の集団接種は生後二四月から四八月での期間に実施することに改められたが,これは,以下の事情によるものである。

 すなわち,確かに,百日せきの患者数は,昭和三四年ころから著しく減少し,特に昭和四六年から四九年までの間は年間二,三〇〇人にまで減少をみ,それに伴い百日せきによる死亡者数も急激な減少をみたが,これは,主として百日せきワクチン接種の普及とワクチン改良による感染防御効果の高いワクチンが製造使用されたことによるものである。このことは,昭和四九年,昭和五〇年の事故により予防接種を一時見合わせたことにより,昭和五〇年から五二年までの間ワクチン接種率が大幅に低下したところ,昭和四六年から昭和四九年までの百日せき届出患者数は年間二,三〇〇人台であったものが,昭和五〇年には約一一〇〇人,五一年には約二五〇〇人,五二年には約五四〇〇人,五三年には約九六〇〇人と急増していることからも明らかである。

 したがって,昭和三〇年代後半から昭和四〇年代にかけて百日せき患者数及び死亡者数が急激に減少したことから直ちに,接種年齢の引上げ等の乳幼児の免疫度の低下を来すような百日せき予防接種に関する政策変更が行われなかったことを避難するのは正当でない。

 また,百日せきワクチン接種による副反応として意識障害を伴う重篤な脳症が発生することについては,昭和四六年ころまでは医学界一般には知られていなかった。それ以前の時期においても,欧米では百日せきワクチン接種後の脳症状についての症例報告が存在し,我が国でも有馬らによる症例報告があり,その発生の可能性を指摘する見解もあったが,昭和四六年以前における我が国の支配的見解は,百日せきワクチンによって脳症は発症しないとするものであった。我が国においては,昭和四五年閣議決定に基づく予防接種事故救済措置が発足して以来,それ以前の接種によるものも含め全国からワクチン接種後の疾病症例が予防接種事故審査会に集まり,その結果,我が国における百日せきワクチン及びこれを含む混合ワクチン接種後の脳症が存在することが知られるようになったのである。

 このように,百日せき患者・死亡者数の減少は主として百日せきワクチン接種の効果によるものであり,乳幼児の免疫度が低下すれば,流行が再発する危険性があり,しかも百日せきは母子免疫も期待できないため,乳児にとってなお重篤かつ危険な疾病であるところから,乳児における早期におけるワクチン接種は依然として必要であると考えられたところ,我が国では,昭和四六年ころまでは百日せきワクチンによる脳症等の重篤な神経系反応の症例は未だ医学界一般には報告されていなかったのであるから,従前からの百日せきワクチン接種年齢を維持していたことは,十分に合理性があった。

 そして,昭和五〇年及び五一年における百日せきワクチンの接種年齢の改定は,昭和四〇年代後半からの百日せきの患者数及び死亡者数の顕著な減少傾向と同時期から徐々に明らかにされてきた百日せきワクチンの重篤な副反応の実態を踏まえ,当時全国的規模で行われた百日せき及び小児神経系疾患に関する調査研究の成果に裏付けられた疫学的知見に基づき,伝染病予防調査会の答申に基づき決定されたものであるから,右変更の時期は正当であるといわなければならない。

 (4) 被控訴人らの主張に対する反論

 被控訴人らは,百日せきワクチン接種により乳幼児に脳症等の重篤な副反応が発生することがあることは,欧米諸国での古くから症例報告等があり,昭和三三年当時既に広く知られていたところであり,控訴人においても,当然知っていたか,知り得たものであると主張する。

 しかしながら,右欧米諸国の症例報告は,要するに中枢神経系神経症状が百日せきワクチン接種後に発症したというにすぎないものであって,右症状が当該ワクチン接種によって発生したことを医学的に証明したものではない。この症例報告等の存在をもって直ちに百日せきワクチンの副反応として脳症が発生すると結論付けることはできない。しかも,右症例報告は,人種・風土を異にし,ワクチンの製法・基準も異なる外国のものであることを考えると尚更のことといえる。

 そして,我が国においては,昭和四五年に発足した予防接種事故審査委員会の審査の過程において,百日せきワクチン接種後の脳症の症例が蓄積され,百日せきワクチンの副反応として重篤な脳症が存在することが注目されるようになったのである。

 また,被控訴人らは,予防接種研究班が昭和五一年の法改正に際して作成した「予防接種法の改正をめぐる解説」に基づき,予防接種研究班は,接種年齢改訂の理由として,「百日せきワクチン接種による事故発生は,月齢の小さいほど頻度が高く,二歳までに起こりやすいことをデータが示していること」「予防接種が小児急性神経系疾患の潜在疾患を顕在化させる引き金となったり,既存の疾患を悪化させたりする危険があること」を挙げているとするが,誤りである。前者については,右文献中のデータは,百日せきワクチン接種の脳症等についての月年齢別の発症数であって頻度を示すものではないし,百日せきワクチン接種は,当時の法定接種年齢からして第一期接種はもとより第二期接種も二歳までに終了するから,右データにおいて副反応の発症数が二歳未満に集中するのは当然のことであって,これをもって百日せきワクチン接種による事故は二歳までに起こりやすいことをデータが示しているとはいえない。次に,後者については,右文献中にこれを接種年齢改訂の理由として挙げていないのである。

 そして,百日せきワクチンについては,前記のように,我が国においては昭和四六年ころまでは接種後の脳症の報告は皆無であり,同ワクチンの副反応として脳症等の重篤な中枢神経系副反応が存在するとは認識されていなかったし,認識し得なかったものである。また,昭和五〇年まで我が国の百日せきワクチンの接種は,法により第一期接種はもとより第二期接種も二歳までに行うものとされていたから,二歳未満児と二歳以上の幼児との副反応の発生状況を比較して調査することは不可能であった。

 以上のように,百日せきワクチンの接種年齢が二歳未満と法定されており,また,同ワクチンの副反応として脳症等重篤な中枢神経系疾患が存在しないと一般に考えられていた昭和三三年当時はもとより,本件各接種当時において百日せきワクチンの副反応事故が二歳未満の乳幼児において多いとする知見やデータが得られるはずはなかったのである。

 また,被控訴人らは,我が国の百日せき患者数及び死亡数について,患者数は既に昭和三〇年ころ激減しており死亡者数も既に昭和三〇年ころには激減しているのであって,百日せきは罹患しても死亡する危険性の高い病気ではなくなっていたとした上,昭和三三年当時,百日せきワクチン接種によって達成されるべき百日せきの予防効果に比べ,ワクチンによる重篤な副反応の危険は余りに大きすぎるものであり,ことに二歳未満の乳幼児については,罹患の危険が少ないのにワクチンの副作用の危険が大きく,この矛盾は最も著しかったと主張する。しかしながら,昭和三三年当時の百日せきの患者数は年間約三万人であり,これは法定・指定伝染病のうち赤痢及びインフルエンザの患者数に次ぐものであって,当時の百日せき患者数は決して少数とはいえないものであった上,百日せき患者の中で二歳未満児が占める割合は,厚生省の伝染病統計によると,昭和三一年約三〇パーセント,三二年二八パーセント,三三年二七パーセントであって,対象年齢層の数を考慮に入れると,二歳未満の罹患率が低かったとはいえないし,零歳及び一歳の各患者数は,二歳以上のどの年齢児よりも多数であることか明らかであって,右主張は誤りである。また,百日せきによる死亡についてみると,昭和三三年当時の百日せきによる致命率は,一〇〇〇〇対一五九であって,接種年齢の改定が行われた昭和五〇年当時の致命率(一〇〇〇〇対四六)と比較しても約3.5倍という高い致命率を示しており,しかも,右死亡者の中で二歳未満児の占める割合は,厚生省の人口動態統計によると,昭和三一年には約八一パーセント,三二年には約八六パーセント,三三年には約八一パーセントと極めて高い割合を占めているのである。したがって,百日せきは昭和三三年当時なお危険性の高い疾患であって,特に二歳未満児の乳幼児にとっては罹患すると死亡する可能性の高い極めて危険な疾病であったものである。

 しかも,昭和三三年当時,我が国内においては,百日せきワクチン接種後の脳症例の報告は皆無で,百日せきワクチンにより重篤な神経系合併症が発症するとは一般には認識されておらず,また,認識し得る状況にもなかったのである。

 さらに,被控訴人らは,百日せきの流行は,幼稚園児や小学生の間において発生するもので,家庭内にいて他との接触の機会の乏しい二歳未満の乳幼児に免疫を付与しても,流行阻止には役立たないと主張するが,百日せきの流行が四,五歳児までの小児を中心としてみられることは早くから知られていたことであり,しかも罹患者数,罹患率とも小児の中でも低年齢層ほど高かったのであるから,直ちに二歳未満の乳幼児に対するワクチン接種の必要性が乏しいとするのは失当である。昭和三〇年代においては,なお乳幼児が兄姉等あるいは近所の遊び仲間等からの家族内ないし家族外感染により百日せきに罹患する危険性は相当高かったことから,百日せき対策は,罹患した場合,致命率の高い乳幼児を百日せきの危険から守ることに重点が置かれ,たとえ罹患しても危険の殆どない年長児については自然感染による免疫を期待する政策を採ったのである。なお,家族内感染の少ないとされる欧米においても,乳児期早期にワクチン接種を行い,罹患率,致命率の高い乳幼児を百日せきの罹患から防衛していたのである。そして,昭和五〇年代に入り,百日せきの患者数及び死亡者数が著しく減少し,乳児が罹患しても死亡に至る危険が少なくなるとともに,核家族化による子供数の減少,住宅環境の改善等により乳幼児の家庭内感染の危険が減少するなど,百日せきを巡る状況が変化し,それが大きな要因となって,平常時の集団接種年齢を生後二四月から四八月に至る期間に改定することとなったものである。

 なお,欧米諸国の動向をみても,昭和三三年に英国保健省は,専門家の提案に基づき,三種混合ワクチンについて,①第一期接種を生後一月から六月の間に四ないし六週間の間隔で三回,第二期接種を生後一八月から二一月の間とするものと,②第一期接種を生後九月から一二月の間に二回,第二期接種を生後一八月から二一月の間とする二つの接種計画を勧告している。また,昭和三八年当時,西ドイツの小児科学会が推奨した予防接種計画案では,三種混合ワクチン接種の接種時期は,第一期接種として生後三月,四月及び五月に各一回計三回,第二期接種として生後一八月とされている。さらに,アメリカの小児科学会が昭和三九年に勧告した予防接種のスケジュールでは三種混合ワクチン接種の接種時期を第一期接種として生後1.5月から二月の間に一回,三月に一回,四月に一回計三回,第二期接種として生後一二月,更に第三期接種として四歳とされている。なお,今日においても,世界の殆どの国では,百日せきワクチンの接種は,生後二,三月の乳児早期から実施されているのである。このように,過去においてはもとより今日においても,百日せきワクチンは乳児の早い段階から接種を行うべきであるというのが世界各国に共通した認識である。

 以上のとおりであって,厚生大臣が本件各予防接種が行われた昭和三三年から昭和四四年当時までの間において,二歳未満の乳幼児に対する百日せきワクチン定期接種を廃止しなかったのは正当であり,本件各予防接種を実施したことに違法,過失はないものである。

   (四) 百日せきワクチン及び混合ワクチンの規定量を誤った過失について

 (1) 右過失と本件各健康被害との因果関係

 被控訴人らは,百日せきワクチン及び同ワクチンを含む二種,三種混合ワクチンの菌量及び力価や接種量等につき,必要以上に力価が高く,したがって菌量も多い接種量を定め,その結果脳症等の障害を発生させたと主張する。

 しかしながら,そもそも,以下のとおり,百日せきワクチンの接種量の定めに過失がないことは明らかであるのみならず,右過失と本件各被害との間に因果関係があることの証明はない。すなわち,被控訴人らは,厚生大臣が必要最低限の菌量を規定量として定め,これによるワクチン接種をしていれば,被害が発生しなかったのに,これを超える菌量を規定量として定め,これに従ってワクチン接種をしたため,本件各被害が発生したとの事実について具体的な主張,立証をしていない。むしろ,後述するとおり,百日せきワクチン接種による副反応と菌量との間には,発熱等の通常の副反応については相関関係がみられるが,重篤な副反応である脳症等については,むしろ個体側の要因に左右されることが多く,予防接種として用いられる程度の菌量の範囲内では,その発生と菌量との間に相関関係があるとは認められないのである。

 したがって,被控訴人らの主張する厚生大臣の過失と本件被害児らの身体的被害との間には,因果関係はない。

 (2) 百日せきワクチンの接種量・菌量に関する規定と改正経緯

 我が国において百日せきワクチンに含まれる百日せき菌の菌数は,生物学的製剤基準である各ワクチン基準により定められ,各ワクチンの接種量は予防接種実施規則等で定められている。

 ア 百日咳ワクチン基準及び百日咳予防接種施行心得による菌量及び接種量の規定

 ① 昭和二四年厚生省告示第一〇一号による「百日咳ワクチン基準」

  1.0cc(ml)中に一五〇億個以上の菌を含有しなければならないと定めた。

 ② 昭和二五年厚生省告示第三八号による「百日咳予防接種施行心得」

 接種量等について,第一期接種は第一回1.0ミリリットル,第二回1.5ミリリットル,第三回1.5ミリリットルを三ないし四週間の間隔をもって接種すると規定した。これにより,第一回接種における接種菌量は,一回目一五〇億個以上,二,三回目各二二五億個以上,総計六〇〇億個以上とされた。

 右の定めは,当時最も優れたものとされていた米国ミシガン州の方法で製造されたワクチンを使用し,アメリカ及び英国の野外実験で有効性が確認された接種方法,すなわち,一ミリリットル二〇〇億個の菌量のワクチンを一ccずつ一箇月間隔で三回,総量六〇〇億個を接種するとの基準を基本的に導入したものである。

 イ 昭和三一年「百日せきワクチン基準」による菌量の改定

 その後の研究成果を受け,厚生省告示第四号により新たに「百日せきワクチン基準」を制定し,百日せきワクチンの製造様菌株としてK抗原を多量に有するⅠ相菌を用いることとし,菌量については,「一cc中に一五〇億個の菌を……含むように原液を希釈する」ことに変更した。なお,接種量の定めには変更がなかった。

 ウ 昭和三三年「二種混合ワクチン基準」及び「予防接種実施規則」による菌量及び接種量の規定

 昭和三三年二月には,厚生省告示第一九号により,「百日せきジフテリア混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア混合ワクチン基準」が制定され,百日せきジフテリア混合ワクチンが使用できることになった。右基準において菌量は,混合ワクチン一ミリリットル中には百日せき菌約二四〇億個を含むようにすることとした。

 他方,同年九月,前記百日咳予防接種施行心得を廃し,「予防接種実施規則(厚生省令第二七号)を制定し,その中で,百日せき及びジフテリアについて同時に行う第一期予防接種は,百日せきジフテリア混合ワクチンを三週間から四週間までの間隔をおいて三回接種するものとし,「接種量は,第一回にあっては0.5cc,第二回及び第三回にあっては1.0ccとする」と定め,また,第二期接種については,混合ワクチンを一回接種するものとして,接種量は0.5ccとすると規定した。

 右菌量及び接種量に関する定めにより,二種混合ワクチンを用いる百日せき及びジフテリアの第一期接種における百日せき菌の接種菌量は,第一回約一二〇億個,第二,第三回,各約二四〇億個,総量約六〇〇億個と定められたことになる。

 エ 昭和三九年「三種混合ワクチン基準」等による菌量及び接種量の規定

 昭和三九年一月には,厚生省告示第四号により,「百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン基準」が制定された。

 右基準において,三種混合ワクチンの菌量について「一ミリリットル中には,百日せき菌約二四〇億個を含むようにする」と定められた。なお,三種混合ワクチンを使用して行う百日せき及びジフテリアの第一期,第二期予防接種の接種回数,間隔,接種量は二種混合ワクチンを使用する場合と同様であるから,各回の接種菌量及び総接種菌量も二種混合ワクチンの場合と同様である。

 オ 昭和四六年「生物学的製剤基準」の百日せきワクチン,混合ワクチン基準による菌量及び接種量の規定

 生物学的製剤の製造,検定の基準としては,従前から各種ワクチンごとの各別の基準が定められていたが,昭和四六年七月,厚生省告示第二六三号により,従来の右ワクチンごとの個別の基準を廃止し,これらの基準を集大成したものとして新たに「生物学的製剤基準」が制定され,その中で百日せきワクチン,二種混合ワクチン及び三種混合ワクチンの各基準が定められた。右においては,百日せき及び同ワクチンを含む混合ワクチンの菌量について,「一ml中の菌量が,……二〇〇億個を超えないようにして作る」こととされた。

 これは,当時専門家の間では,百日せきワクチン接種後の発熱は菌量に相関するという見解が定着するに至り,副反応の発現率を低下させるには接種菌量はなるべく少なくする方がよいと考えられていたところ,専門家による研究により,ワクチンの改良・開発が進んでⅠ相菌をより多く含む実用的な百日せき混合ワクチンを安定的に製造できるようになったこと及び我が国の百日せきワクチンの力価(感染防御効果)がかなり高いものであって,菌量を減らしても良好な免疫効果が期待できることが徐々に判明してきたことによるものである。また,一ミリリットル中の菌量が二〇〇億個を超えないものと改められたのは,WHOが昭和三九年に定めた国際基準における一回の接種菌量二〇〇億個以下という基準が採り入れられたためである。

 カ 昭和四八年「予防接種実施規則」の改正による接種量の改定

 百日せき混合ワクチンの改良による力価の安定性と混合ワクチン研究委員会等による接種間隔,抗体上昇と抗体保有状況などについての調査研究に基づき,昭和四八年三月,予防接種実施規則が改正され,百日せき及びジフテリア予防接種の第一期接種においては,二種又は三種混合ワクチンを毎回0.5ミリリットルの接種量で,三週間から八週間までの間隔をおいて三回接種するように改められた。

 右接種量の改定により,我が国の二種又は三種混合ワクチンを用いる百日せき及びジフテリアの第一期接種における百日せきの接種菌量は,一回当たり一〇〇億個以下,総量三〇〇億個以下と改められたことになる。

 (3) 百日せきワクチンの菌量及び力価並びに副反応

 被控訴人らは,ワクチンの接種量が多ければ多いほど脳症等の神経系障害の発生も多くなり,両者の間には相関関係があると主張するが,右主張は医学的根拠があるものではなく,失当である。旧型の百日せきワクチン及び同ワクチンを含む混合ワクチンの接種後の副反応には,接種部位の発赤腫張などの局所反応や発熱等の全身反応といった通常みられる反応のほか,ごくまれに異常な反応としてけいれんや意識障害を伴う重篤な脳症やショックの発症をみることがある。

 百日せきワクチンの右副反応は,ワクチンに含まれる副反応惹起物質に起因すると考えられるが,同ワクチンに含まれる百日せき菌の菌体成分のうちどの成分が副反応惹起物質なのか,また,副反応のいかなる症状と結び付くか,さらには,右物質の接種量と副反応発生との関係等については十分に解明されているとはいい難いが,現時点では以下のように考えられている。

 百日せきワクチンに含まれるものの中で,百日せき感染時又はワクチン接種時の症状を惹起せしめる毒性に関係ある物質と推定されるものとしては,易熱性毒素(HLT),内毒素(ET)及び百日せき毒素(PT)等が考えられているが,このうち易熱性毒素は,著しく不安定で,通常ワクチン製造工程中でほぼ完全に不活化されるから,ワクチンの副反応には関係がない。これに対し,内毒素は,強力な発熱作用を有し,ワクチン接種後の発熱や局所反応の一部に関与していることは疑いなく,また,熱性けいれんの原因である可能性もあるものであるが,これは非常に安定しており,ワクチンに百日せき菌体を使用する限り無毒化は不可能であって,百日せき副反応の主要な因子であると考えられている。また,百日せき毒素は,りんぱ球増多因子やヒスタミン増多因子が脳症の原因として疑われるものの,その薬理作用と脳症との関係は解明されておらず,今日でもなお脳症の原因は不明である。

 次に,ワクチンの接種菌量と副反応との関連をみると,百日せきワクチン接種による接種部位の発赤,腫張等の局所反応や発熱(発熱に伴う熱性けいれんを含む。)等通常の副反応は,前記のとおり,ワクチンに使用されている百日せき菌の菌体成分中の内毒素が主要な発生因子であり,しかも,内毒素は,菌体があれば必ず存在し,かつ,安定性の高い生体活性物質であるから,接種菌量が多くなれば,当然体内に接種される内毒素の量も多くなるので,通常見られる副反応の発生度も高くなるということができる。この意味で,通常の副反応は接種菌量との間に相関性があると考えられる。これに対し,接種の重篤な脳症やショックのような異常な副反応については,そもそもその発生の機序自体が明らかでなく,ワクチンに含まれる何らかの物質が因子として作用するのであろうとは考えられるものの,ワクチン中のいかなる物質がいかなる機序で副反応を発生させるかは解明されていない。その発生頻度も,我が国の基準及び規則の改正前後を通じて,予防接種として用いられる程度の用量,菌量であれば,我が国の百日せきワクチン基準に規定する菌量とWHOの百日せきワクチン国際基準に定める菌量の差によっては影響を受けるものではない。すなわち,ワクチン接種の重篤な副反応の発生は,被接種者である個体側の条件に負うところが非常に大きく,その発生頻度は使用量が増えればそれに比例して増加するというような単純な関係にはない。このことは外国の実験例でも明らかにされている。また,我が国よりも菌量の少ないワクチンを使用している国では,脳症等の発生率が低いとするデータも存在しない。

 (4) 我が国における百日せきワクチン及び百日せき混合ワクチン接種量の規定の相当性について

 ア 我が国の百日せきワクチンの菌量及び接種量の規定の合理性

 ⅰ 昭和二四年ないし三〇年

 我が国では,当時最も先進的であった米国の基準に依拠して,百日咳ワクチン基準及び百日咳予防接種施行心得を制定した。

 我が国の百日せきワクチンは,右基準に基づき,当時最も優れたものとして定評のあったミシガン法に則って製造され,昭和二五年ころから四〇年ころまで広く用いられた。しかしながら,当時未だに抗原に関する細菌学的知見が得られていなかったことから,ワクチン製造用菌株にK抗原に富んだⅠ相菌ばかりでなく,抗原性の乏しい菌(Ⅱ相菌及びⅢ相菌)も含まれていたため,この当時の我が国の百日せきワクチンの力価は,著しく不十分なものであった。

 ⅱ 昭和三一年ないし三二年

 その後の細菌学的知見により,百日せき菌は,Ⅰ相菌,Ⅱ相菌,Ⅲ相菌に分類され,マウス脳内接種法により力価を比較すると,このうちⅠ相菌は,新鮮分離菌,保存菌に関係なくそのマウス力価は強大であり,逆にⅢ相菌にはこれが殆ど認められず,Ⅱ相菌のマウス力価は比較的大きいものから殆どないものまでまちまちであることが明らかになり,野外実験においてもⅠ相菌ワクチンの感染防御効果の大きいことが実証された。そこで,厚生省は,昭和三一年に新たに「百日せきワクチン基準」を制定し,製造用菌株についてⅠ相菌を用いるべきものとした。

 このように,Ⅰ相菌ワクチンの採用により力価が高まったが,接種量に関する定めは変更されず,第一期接種の接種菌量はそのまま維持された。これは,従来,我が国の接種量は米国の基準による用法,用量に依拠して定められたものであるが,我が国の従来のワクチンでは,十分な感染防御効果を発揮できず,良好な効果を発揮するためには,接種量を更に増量しなければならないとすら考えられていたことによるものである。そして,Ⅰ相菌ワクチンの採用によって我が国の百日せきワクチンの力価は米国・英国の水準にまで達していたのであるが,これは右ワクチンを米国・英国と同量接種する(三回,総量六〇〇億個)ことにより実現されたのであるから,接種量に関する定めがそのまま維持されたのは当然のことである。

 ⅲ 昭和三三年ないし三八年

 昭和三三年二月「百日せきジフテリア混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア混合ワクチン基準」が制定され,ワクチン中の百日せき菌量は一ミリリットル当たり二四〇億個とされ,また,同年九月,予防接種実施規則が制定された。右規則により,混合ワクチンの接種量,接種方法は,第一期について一回目0.5cc,二,三回目各一ccと定められた。したがって,第一期接種における百日せき菌の接種菌量は,一回目一二〇億個,二,三回目各二四〇億個,総量六〇〇億個である。

 この時期我が国のワクチンは改良の努力が成功し,ようやく力価が先進国である米国や英国のワクチンと同等以上になった。しかし,この段階で,直ちに我が国のワクチンにつき菌量を減らし,力価を下げるということは到底期待できる状態にはなかった。

 ⅳ 昭和三九年以降

 昭和三九年に「百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン基準」が制定され,昭和四三年に「予防接種実施規則」が改正された。その結果,百日せきワクチンの百日せき菌量は一ミリリットル当たり二四〇億個,第一期接種の接種液量は,一回目0.5cc,二,三回目各1.0ccと定められ,したがって,接種菌量は,一回目一二〇億個,二,三回目各二四〇億個,総量六〇〇億個となる。この菌量,接種量,接種菌量は,昭和三三年に制定された前記二種混合ワクチンの菌量及び接種量の定めを踏襲したものであるが,これは当時の研究成果からみて,なお十分な免疫効果を得るためには,従前同様の菌量及び接種量を維持するのが相当であると考えられたからである。

 なお,昭和三九年にWHOの百日せきワクチン国際基準が採択された。右国際基準では,①一回目四IU以上とし,これを三回,合計一二IU以上を接種するとし,②一回の接種量中の菌数は,二〇国際濁度単位(二〇〇億個/ml)以下とするものと定め,ワクチン製剤の濁度,すなわち単位当たりの菌量は,各国の自由に委ねるものとされた。

 右国際基準は,米国の基準による百日せきの用法,用量の「二〇〇億個を三回,総接種菌量六〇〇億個」に依拠したものである。そして,我が国の基準,規則に定める百日せきワクチンの用法,用量は,菌量及び接種量をもって定めるに対し,国際基準は,国際単位という力価の単位で表現されているため,両者を数字で比較することはできないが,右国際基準がWHOにおいて採択された当時,我が国のワクチン関係者においては,右国際基準に定める用法,用量と我が国の基準,規則に規定する用法,用量並びにワクチンの力価との間に大きな差異があるとは考えられていなかった。したがって,WHOが国際基準を採択した後も,我が国では,従前からの菌量,接種量が維持されたのである。

 ⅴ 昭和四〇年ないし四五年

 その後,昭和四三年一〇月に,新たに厚生省告示第四三〇号により新たな「百日せきワクチン基準」が制定された。新基準では標準百日せきワクチンを,「標準百日せきワクチンは,製剤の力価を制定するための標準として,国立予防衛生研究所が交付する特定製造番号の乾燥ワクチンであって,一アンプル中に五〇〇〇億個の菌を含み,三六〇国際免疫単位に相当するものである。」と定め,菌量とともに力価を国際単位によって表示した。右基準による百日せきワクチン(菌量一ミリリットル当たり一五〇億個)は,10.8IU,二種混合及び三種混合ワクチン(百日せき菌量一ミリリットル当たり二四〇億個)は17.28IUと算定することができる。なお,新基準における前記標準百日せきワクチンの菌量及び国際単位による力価の値は,右基準改正の時点における常用標準百日せきワクチンにつき力価測定を行い,国際単位に換算した結果に準拠したものである。

 右改正後の基準による二種又は三種混合ワクチンの第一期接種における接種量は,当時の実施規則による接種量によれば,一回目の0.5cc一二〇億個,二,三回目各一cc二四〇億個,総計六〇〇億個であるから,これを国際単位に換算すると,一回目8.64IU,二,三回目各17.28IU,総計43.2IUとなる。この数値は,前記WHOの国際基準に定める総計一二IU以上に比較すると相当に高い。しかし,当時我が国の百日せきワクチンは相当に高い免疫効果を有するとは見られていたが,同時にこれを疑問とするような実験成績もあったため,果して,菌量を減量しても十分な免疫効果を有するワクチンが安定的に製造,供給できるかどうか不安がないではなく,右基準の改定に当たっては,取りあえず,検定に用いる基準ワクチンを菌量及び国際単位による力価をもって表示するにとどめ,特に菌量等は減量しなかったものである。

 ⅵ 昭和四六年ないし四七年

 昭和四六年七月に厚生省告示第二六三号をもって,「生物学的製剤基準」が制定されたが,右においては,百日せきワクチンは,「一ml中の菌数が二〇〇億個を超えないようにして作る」と定められ,混合ワクチンにつき菌量が一ミリリットル当たり二四〇億個であったものが,二〇〇億個を超えないものに減量された(なお,百日せき単味ワクチンについては右改定により菌量が増加しているが,これは基準上のことであって,現実には,既に百日せき単味ワクチンは製造,使用しされていなかった。)。

 右改定は,WHOの国際基準において安全性の基準として設定している一回接種菌量二〇〇億個以下という点を採用したものである。これは,当時医学専門家の間では百日せきワクチンの副反応は,ワクチンの百日せき菌に関係するので,菌の含有量はなるべく少なくする方がよいとの見解が一般に定着するとともに,昭和四六年ころには,我が国の百日せきワクチンは,その製造方法の改善によりかなり力価の高いものとなり,完全Ⅰ相菌による実用的な百日せき混合ワクチンが安定的に製造できるようになり,菌量を減量しても十分な免疫効果(力価)を確保できるようになったことによるものである。

 ところで,昭和四六年制定の右基準では,標準百日せきワクチンについて,「本剤は,一管中不活化百日せき菌の五〇〇〇億個,三六〇国際単位を含む乾燥製剤である」と定め,これを検定において力価試験に用いるときは,一定の生理食塩液で溶解し,「一ml中に二〇〇億個の百日せき菌を含むようにする。」としている。これは,前記昭和四三年制定の基準の同様である。したがって,昭和四六年制定の基準によるワクチンの力価は,14.4IUと算定される。そして,右混合ワクチンの第一期接種における接種量は,一回目0.5cc一〇〇億個,二,三回目各一cc二〇〇億個,総計五〇〇億個であるから,これを国際単位に換算すると,一回目7.2IU,二,三回目各14.4IU,総計三六IUとなる。この数値は,WHOの国際基準に比べると,なお相当高いものである。しかし,WHOの国際基準は「四IU三回,計一二IU」を「有効性」の下限としてそれ以上の力価を要求しているのであり,安全性は,一回の接種量は二〇〇億個を超えてはならないとして菌量規制の点に求めていると解されるから,昭和四六年制定の基準による我が国の混合ワクチンは,安全性の面でも十分であったといえる。

 ⅶ 昭和四八年以降

 昭和四八年三月に予防接種実施規則の一部改正が行われ,百日せき及びジフテリア第一期接種においては二種又は三種混合ワクチンの接種量が0.5ccあて三回,三ないし八週間間隔で計1.5cc接種するものと改められた。

 右改定により,百日せき及びジフテリアの第一期接種における接種菌量は一〇〇億個以下を三回,総量三〇〇億個以下となり,これを前記基準における標準百日せきワクチンにつき定める国際単位により換算すると,7.2IU三回,総計21.6IUになる。これは,前記WHO国際基準と比較すると,やや多いが,検定誤差等を考慮して右のように定められたものである。

 ⅷ まとめ

 以上のように,我が国におけるワクチン基準や実施規則等の制定及びその後の改定は,ワクチンの効力と副反応に関する実験研究の成果を踏まえ,厚生大臣が専門家の意見を徴して,その時期における支配的見解に基づいて決定したものであり,十分合理的根拠を有するものである。したがって,被控訴人らの主張は失当である。

 イ 力価の設定と検定誤差

 百日せき菌は変相しやすく,抗原性を欠くⅢ相菌に変わりやすいため,ワクチン製造の原材料に適するⅠ相菌を確保するためには,特殊な培養地を用い,かつ温度その他の条件管理に意を用いなければならない。また,同じⅠ相菌でも,製造に用いた菌株の相違や製造過程における不活化方法の違い,その他微妙な条件の相違によってワクチンの力価が著しく異なるものであることは,広く知られている。他方,国家検定に用いられる百日せきワクチンの力価に関する試験には,各種の方法があるが,不確定要素を排除できないことから,検定誤差を考慮して,被接種者のすべてに感染防御レベルとされる三二〇倍以上の血中凝集抗体産生が可能となるよう比較的高い力価を検定基準として採用してきたのである。これは有効なワクチンを確保するという見地から当然に要請されるものである。

 特に,百日せきワクチンは右感染防御レベルの免疫産生をもたらす力価を超えても,免疫産生が比例的に増大するわけではないが,これより力価が僅かでも下回ると,免疫産生は著しく低減するものである。

 したがって,我が国の百日せきワクチンの力価の設定は,現実に有効性のあるワクチンを確保するために必要なものであり,効果のある予防接種を実施するという見地から合理性を有するものである。

 ウ 我が国のワクチンの安全性管理

 百日せきワクチンの安全性は,菌量や力価の大小のみで決せられるものではない。例えば,副反応惹起物質あるいはその可能性が疑われる物質がどの程度含有されているか,ワクチンの不活化が完全かどうか,他の雑菌が混入していないかなども,ワクチンの安全性に係わる事項である。

 我が国においては,百日せきワクチンの国家検定に当たり,「無菌試験」,「異常毒素否定試験」などのワクチン一般につき行う理化学的試験のほか,百日せき菌の産生する毒素物質を一定水準以下に抑えるため,易熱性毒素に対する易熱性毒素否定試験,リンパ球増多因子に対するマウス白血球数増加試験,主として内毒素に対するマウス体重減少試験などの安全試験が生物学的製剤基準に規定され,実施されている。このように,百日せきワクチンの毒性に関して対象とする物質に応じてそれぞれ独立の試験を行っているのは我が国のみで,諸外国に比して,非常に厳格であり,ワクチンの安全性は高いものである。

 (5) 被控訴人らの主張に対する反論

 ア 前記のように,ワクチンの接種菌量が多ければ多いほど脳症等の神経系障害の発生も多くなり,両者の間に相関関係があるとの被控訴人らの主張は,これを裏付ける根拠が全くない。ただし,発熱やそれに伴う熱性けいれんなどの通常の副反応は,接種菌量と相関性を有するので,このような通常の副反応を防止するためには,接種量を感染防御に必要な限度でできるだけ少なくすべきであるということはいえよう。しかし,何をもって必要最小限とするかという点については,ワクチンの規定接種量は,ワクチン接種による感染防御力の設定の程度,副反応の危険性についての知見,さらに,ワクチン製造過程における不可避的な菌量・力価の検定誤差などの問題を総合的に検討して決すべきものであって,それ自体専門的技術的な事項である。

 被控訴人らは,WHOやアメリカ,英国の例を挙げ,これと我が国の接種量の定めを単純に比較して論難するが,諸外国の例が直ちに人種,国土,社会的状況の異なる我が国にそのまま妥当するものではない。なお,WHOの国際基準が規定する「接種量四IU三回,計一二IU」は有効性の下限を定めたものである。また,アメリカの基準では力価の上限を規定しているが,それは三六単位であって,国際基準のほぼ三倍になっている。

 イ 被控訴人らは,昭和三三年以前に,控訴人国は,我が国の百日せきワクチンの力価が高すぎるので,副反応の発生を防止するため接種量を必要最小限に抑えるべきことを知り得たと主張するが,ワクチンの力価は,実際にワクチンを人体に接種し,百日せき感染に対してどのような予防効果を示すかを調査することによって確認されなければ,実用に供することはできないものである。しかし,百日せきの予防接種が普及した時代においては,野外の人体実験において統計学的な批判に耐えるような実験を行うことは困難である。ワクチンの実験は,使用するワクチンの条件と被検者側の個体的条件によって実験結果が大きく左右される性質のものなのであるから,力価に関する一回の実験成績の数値のみから,直ちにその時点におけるワクチンの力価につき,一定の結論を引き出すことは誤りである。厚生大臣としては,何回にもわたる実験研究の成果が蓄積され,その結果が十分に信頼性のあるものとして広く専門家から支持されるに至って初めてその結果に依拠して菌量,接種量等の改定を行い得るのである。そのためには,事柄の性質上,相当長期の期間が必要になるのもやむを得ない。厚生大臣は,被控訴人らの挙げる各研究結果とその限界を十分承知しており,これらの研究成果の蓄積を受け,総合的な検討を加えた上で,菌量,力価等を規定したワクチン基準については,中央薬事審議会に,接種量等を規定した実施規則については伝染病予防調査会にそれぞれ諮問した上で,適切な時期にその改定を行ってきたもので,厚生大臣に何らの過失もない。

   (五) インフルエンザ予防接種実施の過失について

 (1) インフルエンザ予防接種の必要性と有効性

 ア インフルエンザ予防接種の必要性

 インフルエンザウィルスの抗原構造は,変異しやすく,また,動物にも伝播するので,いかに新種のワクチンを製造し,かつ,多くの人々が接種を受けたとしても,種全体としては永遠に生き続けることに特徴があることから,人類最後の大疫病といわれている。しかも,インフルエンザは,患者のせきから発せられたウィルスを吸い込むなどして感染するため伝播速度が極めて速く,大流行を起こすおそれが顕著である。したがって,少数の患者が出ると,抗原変異のため,当該インフルエンザの型に合う抗体を保有している者が少ないところへ飛沫感染することにより簡単に伝播していくことになる。そのため,流行が集団化し,増幅され,肺炎,気管支炎等の合併症を伴いつつ,一般成人はもちろん,比較的抵抗力の弱い乳幼児・学童等の幼弱者,更には,インフルエンザの罹患によって致命的ないし重篤な結果を生ずるおそれのある慢性心肺疾患,糖尿病その他の患者や妊産婦又は高齢者にまで感染が及び,大規模な惨事をもたらす危険が高い。

 インフルエンザは,いったん流行し始めると,急激な勢いで広がり,しばしば世界中に大流行を巻き起こし,多数の死者を発生させた(大正七,八年のスペインかぜ,昭和三二年のアジアかぜ,昭和四七,八年の香港かぜ,昭和五二,五三年のソ連かぜ等)。また,インフルエンザは,感染,発病しても,,普通一週間程度で回復し,予後は比較的良好な伝染病であるが,しばしば重篤な合併症を併発したり,重症化し,死亡する例も少なくない。このインフルエンザの合併症として最も多いのは,気管支炎,肺炎等の呼吸器系合併症である。このうち肺炎には,インフルエンザ肺炎と続発性細菌性肺炎とがあるが,前者については,抗生物質の効果がなく,しかも抗ウイルス剤は未だ開発途上にあることから,今日においても非常に危険かつ重大な合併症である。また,呼吸器系合併症のほかに,心筋炎,心外膜炎などの心臓合併症,脳症やライ症侯群などの重篤な神経系合併症がある。これらの合併症の発現頻度は極めて低いものの,症状は著しく重篤なものである。インフルエンザによる死亡者をみると,死亡率は昭和二七年以降0.1から8.5となっている。また,全伝染病患者及び死者に占めるインフルエンザ患者及び死者の割合は,昭和五二年から六二年をみると患者数中の二四パーセントないし九〇パーセント,死亡数は五六パーセントから八九パーセントを占めているのであって,伝染病により死亡する者のうち少ない年でも二人に一人が,インフルエンザ流行の年には一〇人中九人近くがインフルエンザによって死亡しているのである。更には,インフルエンザ流行があると総死亡率が有意に上昇することが古くから知られている(これを超過死亡という。)。この現象は,インフルエンザの罹患により前記合併症の発症を伴うことから,既に心肺系疾患などの基礎疾患を持つ者がインフルエンザに罹患すると,それが誘因となって,基礎疾患を悪化させることによるものと理解されている。

 このように,インフルエンザは,一般的には予後の良好な伝染病であるが,流行が激しく,非常に多数の者が罹患する上,かぜ疾患の中でも特に全身症状が強く,そのためインフルエンザの流行は一国の社会的経済的活動に大きな影響を及ぼすのみならず,個体の面からみても,重篤な合併症を引き起こして死亡する例も少なくなく,流行時には超過死亡の顕著な増加があり,決して軽視できない伝染病である。したがって,インフルエンザ流行防止のため積極的な施策が強く要請されるところである。

 それゆえ公衆衛生行政を担当する厚生大臣としては,国民の生命と健康を守るために,その流行を阻止し,国民がインフルエンザに罹患することがないように,あるいは罹患しても重症化しないように積極的にインフルエンザ予防対策を講ずることが当然の責務として要請されることになる。

 イ インフルエンザ予防対策における予防接種の役割

 インフルエンザの伝播形態は,くしゃみやせきによる飛沫を介する空気感染であるため,感染源対策や感染経路対策は困難であり,効果も期待できない。したがって,インフルエンザについては,感受性対策としてのワクチン接種が殆ど唯一の防御手段である。しかも,インフルエンザに対する有効な化学的予防剤はなく,また,ウイルス疾患一般がそうであるように,インフルエンザにはみるべき化学療法剤も殆ど開発されていない。このような現状では,ワクチン接種こそが科学的に有効な唯一のインフルエンザに対する対策といわなければならない。

 もっとも,インフルエンザウイルスは,その抗原構造が変化を起こしやすく,流行のたびごとに少しずつ抗原構造のずれを生ずる連続的変異のほかに,特にA型ウイルスにおいては突発的な不連続変異を起こすことが知られている。その結果,ある年の流行でインフルエンザに罹患して免疫を獲得した者が,抗原構造の若干異なる他の流行にさらされたときは,そのずれの分だけ免疫水準が低いことになるため,場合によっては再び罹患することになる。更に,流行株に抗原構造の不連続変異が起こった場合には,爆発的な流行を起こす。このことは,ワクチンについても同様であって,ワクチン株と流行株との間に抗原構造のずれが起これば,その分だけ効果が低下する。しかし,大きな不連続変異が起こった場合は格別,抗原構造のずれが生じた場合でも,接種したワクチンのウイルス株と実際に流行したインフルエンザウイルス株との間に共通抗原が若干でもある限り,一定の免疫効果が期待できる。また,そもそも,インフルエンザワクチンの効果は,種痘,ジフテリア,あるいはポリオワクチンのような非常に有効なワクチンと比較すると,限られた効果しかないものである。インフルエンザの自然感染によって獲得される免疫ですら,その強さや持続時間は限られたものであり,いかに優れたワクチンといえども,自然感染による免疫以上に強く,かつ,持続時間を作り出すことはできないからである。

 このような点を考慮しても,流行が予測されるウイルス株を用いて製造したワクチンを接種することが流行抑止に最も有効な手段であって,他に満足し得る手段はない。このため,WHOでは,全世界の情報を集め,これを各国に提供しているし,我が国でも更に独自の調査をして流行株を予測して,ワクチン株を決定している。

 我が国では,このインフルエンザワクチン接種は,昭和五一年までは勧奨接種として,昭和五二年以降は法に基づく義務接種として,主として広く学童等を対象に,集団接種の方式により実施してきたところである。

 このインフルエンザ対策としての予防接種の役割と接種対象については,次のような三つの考え方がある。

 ① 防疫的立場―学童等に対する接種

 インフルエンザの流行の増幅の場であると考えられる保育所,幼稚園,小中学校など集団生活をしている者らを対象に広範囲にワクチン接種を行い,これら集団の免疫度を一定の水準に維持し,もって当該被接種者の罹患を防ぐとともに,インフルエンザの流行の拡大を防止しようとする考え方である。

 ② 医学的立場―ハイリスクグループに対する接種

 一般に生体防御機能が弱く合併症が併発しやすい乳幼児や高齢者,心臓,腎臓,肝臓等内蔵器官の不全,糖尿病,肺結核など慢性疾患を有し,インフルエンザ罹患により生命の危険がある者など,いわゆるハイリスクグループを対象にワクチン接種を行い,もってハイリスクグループに属する者が危険なインフルエンザに罹患することを防ぎ,これらの者の生命・健康を守ろうとする考え方である。

 ③ 保安的立場―社会活動の基盤となるような業務に従事する者に対する接種

 インフルエンザに罹患し,休むことによって社会機能に重大な影響を及ぼすおそれのある者,例えば,医療,警察,消防,交通・通信関係などの業務に従事する者を対象にワクチン接種を行い,これらの者のインフルエンザ罹患を防ぎ,もって社会機能を維持しようとする考え方である。

 しかして,これら三種類の予防接種のどれに重点を起き,これをどのように組み合わせるかは,当該国のインフルエンザ予防についての政策決定にかかわる事柄であり,それ自体高度の専門的技術的な問題であるが,我が国では,従来から右①の予防接種に重点が置かれている。

 昭和五一年以前の勧奨接種の時代にあっては,①の考え方による予防接種は,「インフルエンザ予防特別対策」として,また,前記②,③の考え方による予防接種は,「インフルエンザ防疫対策(一般対策)」として,いずれも国の行政指導により各地方公共団体が勧奨接種として,勧奨に応じた希望者に対して実施していた。

 なお,インフルエンザ予防接種の実施形態は,流行が急激であり,流行期までに学童等多人数の集団に短期間に接種を完了する必要があることから,集団接種の方式によらざるを得ないものである。

 ウ インフルエンザワクチンの有効性

 米国におけるトマス・フランシスを中心とした実験結果や我が国における研究によって,インフルエンザワクチン接種が感染や発病,重症化等の防止に有効であることは明らかになっている。

 (2) 我が国におけるインフルエンザ予防接種政策の相当性

 ア インフルエンザ予防接種政策の推移

 我が国においては,昭和二三年に制定された法においてインフルエンザが予防接種の対象疾病とされた。その後,昭和三二年から控訴人国の行政指導に基づく一般防疫対策としての勧奨接種が始まり,昭和三七年からは右と並んで,同じく控訴人国の行政指導に基づく特別対策としての勧奨接種が実施されてきた。そして,昭和五二年からは,右勧奨接種に代わり,法に基づく一般的臨時接種が専ら学童を対象に実施されている。

 ① 旧法による臨時接種―昭和二三年から昭和五一年まで

 昭和五一年法律第六九号による改正前の法では,インフルエンザは,臨時接種の対象疾病とされていた。そして,昭和二五年に「インフルエンザウイルスワクチン基準(厚生省告示第七四号)が制定され,昭和二八年には,インフルエンザ予防接種実施の細目を定めた「インフルエンザ予防接種施行心得(厚生省告示第一六五号)」が制定され,インフルエンザ臨時接種の実施に関する法制面が整った。そして,昭和二九年一月,厚生省公衆衛生局長は,「インフルエンザ防疫実施要領(衛発第四〇号)」を発し,予防接種を含むインフルエンザ防疫対策の実施を指示している。しかしながら,昭和二〇年代においては,インフルエンザワクチンの生産がようやく緒についたばかりであって,いまだ広く供給するまでに至っていなかったことなどの事情から,昭和三一年までの間に同法に基づく臨時予防接種が実際に実施されたことはなかった。そして,昭和三二年以降は,勧奨接種が広く実施されたことから,改正前の法に基づくインフルエンザ臨時接種は,昭和五一年の法改正まで,現実には殆ど実施されることはなかった。

 ② 勧奨接種―昭和三二年から昭和五一年まで

 法による定期又は臨時の予防接種とは別に,特定疾患の感受性対策として,特定の年齢群,集団などに対し,国(厚生大臣)による通達・通知等による行政指導によって予防接種の勧奨が行われることがあり,このうち実施主体である市町村,都道府県に対して,国から一定の国庫補助又は財源措置がされる場合を特別対策と称している。

 昭和三二年から,インフルエンザ防疫対策として勧奨接種が学童,病弱者,幼児等を対象として実施され,特に昭和三七年からは,右と並んで学童を対象として特別対策が実施された。しかし,昭和五一年法律第六九号による改正後の法により,疾病のまん延予防上必要なときは,一般的な臨時接種を行うことが可能となったので(六条),インフルエンザ予防接種はこれによることとされ,従来の勧奨接種は行わないこととされた。

 すなわち,厚生省は,昭和三二年のアジアかぜの猛威を契機に,伝染病予防調査会の答申に基づき,同年九月四日付け衛発第七六八号各都道府県知事及び指定都市市長あて厚生省公衆衛生局長通知「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」を発出し,右通知に示された「インフルエンザ防疫実施要領」に基づき,インフルエンザ防疫対策(以下「一般防疫対策」という。)の実施を指導した。右一般防疫対策においては,予防接種の実施に関し,①接種対象につき,「小中学生等流行拡大の媒介者となる者に対しては,あらかじめ流行前に予防接種を実施すること,また,乳幼児,妊産婦,病弱者,老人及び重要職種の勤労者等に対しても,予防接種の免疫学的特性にかんがみ,できる限り,流行前に接種を受けるよう指導すること」とし,実施方式については,「予防接種はできる限り勧奨によって実施することが望ましいが,防疫対策上特に予防接種法六条の規定に基づく臨時予防接種を実施する必要が生じた場合は,あらかじめ厚生省と協議する」旨,地方公共団体に対して行政指導がされた。

 右通知を受けて,各地方公共団体において,住民に対し勧奨によるインフルエンザ予防接種が開始され,昭和五一年まで継続された。ただし,後記のとおり,昭和三七年以降は,学童は特別対策による勧奨接種の対象とされ,また,昭和四六年以降,二歳以下の乳幼児については,接種を勧奨しないこととされた。右接種対象者の選定は,前記の防疫的立場,医学的立場,保安的立場に立脚してされたものである。

 その後,昭和三七年春にアジアかぜの大流行が起こり,深刻な事態に立ち至ったことから,伝染病予防調査会の意見等に基づき,インフルエンザ流行の拡大を阻止するため,流行増幅の場となる集団生活者,特に学童等に対する予防対策の充実強化を図ることとし,そのためのインフルエンザ特別対策を策定して,「昭和三七年度下半期におけるインフルエンザ予防特別対策について(昭和三七年一〇月二〇日付け衛発第九二七号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」により,都道府県を行政指導し,右特別対策の実施を図った。右特別対策は,前記一般防疫対策のほかに,特に集団生活のため流行増幅の場となりやすい学校等の児童に対し,勧奨によりインフルエンザ予防接種を行うことを内容とするもので,前記通知に添えられた特別対策実施要領によれば,その対象者は,人口密度の高い地域を中心とした小・中学校,幼稚園,保育所の児童らであり,実施主体は市町村で,費用は実費徴収を原則とするが,保護者が生活保護法による被保護者又はこれに準ずる者である場合は公費負担とし,国,都道府県,市町村がそれぞれ三分の一を負担するものとされている。

 以来,インフルエンザ予防特別対策としてのインフルエンザ予防接種は,毎年同趣旨の通知によって厚生大臣の行政指導による勧奨接種として市町村により実施され,効果を上げてきたが,昭和五一年の法改正により,勧奨による接種という方法は採られなくなった。

 なお,厚生省は,インフルエンザ予防特別対策に併せ,毎年,前記「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」によるインフルエンザ防疫実施要領に基づき,インフルエンザ一般防疫対策の一環として,特別対策の対象者以外の者に対するインフルエンザワクチンの勧奨接種の実施方を行政指導した(なお,右インフルエンザ防疫実施要領は,昭和四三年に廃止され,更に,右通知も昭和四八年に廃止された。)。したがって,昭和三七年以降昭和五一年までの間は,インフルエンザ予防接種は,特別対策による勧奨接種(対象者・学童)と,一般防疫対策による勧奨接種(対象者・一般住民)とが並行して実施されていた。

 このように,インフルエンザが,法上は臨時接種の対象疾病とされているにもかかわらず,現実には,国の行政指導による勧奨接種として実施されてきたのは,旧法による臨時の予防接種は,一般に流行が起こると察せられる時に,最初の流行集団から流行が拡大しないように予防接種を実施するものとしていたが,インフルエンザの流行の拡大は極めて急速で,右のような臨時の予防接種によっては必ずしも十分な流行防止の効果を期待できなかったためである。

 ③ 乳幼児に対する勧奨接種

 乳幼児は,妊産婦,病弱者,老人等と並んでハイリスクグループとして勧奨接種の対象とされてきたが,昭和四〇年ころから,インフルエンザの副反応特に乳幼児における副反応について関心が高まったことから,厚生省は,昭和四〇年一二月及び昭和四二年一二月にそれぞれ公衆衛生局長通知を発し,乳幼児に対するインフルエンザ勧奨接種について慎重な取扱いをするよう指導した。さらに,昭和四六年九月,「インフルエンザ予防接種特別対策実施上の注意について(衛防第二〇号各都道府県衛生主管部(局)長あて,厚生省公衆衛生局防疫課長通知)」を発し,二歳以下の乳幼児については,インフルエンザの流行が予測され,感染による危険が極めて大きいと予測される十分な理由がある等特別な場合を除いては,勧奨を行わないよう指導した。

 ④ 新法による臨時接種―昭和五二年以降

 昭和五一年六月の法改正により,インフルエンザは同法上の「一般の臨時の予防接種」(新法六条)の対象疾病として位置付けられ,それまで行われてきた勧奨接種に代わり,法に基づく予防接種として実施されることとなり,今日に至っている。

 ⑤ 「インフルエンザ流行防止に関する研究班」報告以後

 その後厚生省は,昭和六一年に,改めてインフルエンザ予防接種の在り方を再検討することとし,専門家が集まって「インフルエンザ流行防止に関する研究班」を組織して研究をした。その研究報告は,「ここ一〇年程のインフルエンザの流行は規模が小さく,その症状も軽いものである。今後もこの程度の流行で済むと仮定すれば,重症化の危険の少ない学童に画一的に接種を行う必要性は低いのではないかと考えられる。しかし,かってのアジアかぜのような病原性の強いウイルスによる大規模な流行が起こる可能性についても否定できず,社会不安を招かぬようにインフルエンザ対策に慎重な配慮が必要である。」としていた。

 右研究報告を踏まえ,厚生省は,公衆衛生審議会伝染病予防部会の意見を徴した上,昭和六二年八月六日,「当面のインフルエンザ予防接種の取扱いについて」(健医発第九二四号各都道府県知事あて厚生省保健医療局長通知)を発出し,「当面のインフルエンザ予防接種については,従来どおり予防接種法の規定に基づく予防接種として実施する」が,その実施に当たっては,①インフルエンザ予防接種に関する説明書を配布し,その意義・効果や副作用等について,被接種者や保護者の十分な理解を得るよう努めること,②問診を従来以上に行うこと,③被接種者の健康状態に着目した被接種者,保護者の意向を記入する欄を問診票に設けるなどの方法により,その意向にも十分配慮すること,を指示した。

 インフルエンザ予防接種は,かっては,社会全体のために集団の免疫力を一定水準に維持していこうという社会防衛の考え方に立脚していたが,近年は,健康に対する国民意識の変化に対応して,国民個人のために個人に免疫力を付与しようという個人防衛の積み重ねであるという考え方に変わってきており,右の改革もそのような流れに合致するものである。

 イ 学童接種の相当性

 我が国では,主として「防疫上の見地」から流行増幅の場となる小・中学校の学童等を接種対象とする方式に主眼をおいてインフルエンザ予防接種を実施してきた。

 この学童接種方式は,学童自身の罹患を予防する個人防衛と同時に,集団の免疫保有率を高め,もってインフルエンザの流行を防止する社会防衛の達成を目指すものであり,インフルエンザ予防において必要かつ有効な方策である。

 このような方策が我が国において採られたのは,以下の理由による。

 すなわち,インフルエンザの流行は,一般の地域住民の流行に先行してまず集団生活をしている保育所,幼稚園などの児童,生徒を中心に発生する。右流行は,右段階で増幅され,感染を受けた児童,生徒がウイルスを家庭内に持ちかえり,家族と接触することによりウイルスの家庭内伝播を引き起こし,その結果,地域社会に流行が拡大されていく。しかも,統計的にみて,幼稚園や小中学校の児童,生徒層のインフルエンザ罹患率は最も高い。そこで,伝染病予防理論上,この最も罹患率が高く,それ故,増幅作用の著しく高い児童,生徒集団に対し重点的に高い率でワクチン接種を実施し,児童,生徒の免疫保有率を高めることにより,右集団内での流行を防止し,もって社会全体への流行に歯止めをかける効果が期待できることになるからである。

 なお,インフルエンザワクチンは,最近においてこそ,集団免疫効果,特に地域社会レベルでの流行防止効果を確実に判断できるまでの十分なデータが存在しないとされるに至っているが,被控訴人らに対する本件インフルエンザワクチンの勧奨接種が実施された昭和三九年ないし昭和四四年当時はもとより,昭和五二年以降においても,内外の専門家の間では,インフルエンザの伝播の主要な場である学校の児童,生徒に選択的にインフルエンザワクチンを接種し,免疫を付与することにより社会全体のインフルエンザの流行を防止することが十分期待できると考えられていた。

 なおまた,諸外国で我が国のような学童接種方式が採用されなかったのは,義務教育による就学率自体が我が国と様相を異にする国が多い上,経済事情や医療事情,国家全体における政府の指導力の差,これに伴う公衆衛生行政組織の充実の度合,国民の意識の違い等の理由によるものであって,学童接種方式にインフルエンザの予防効果がないことを理由とするものではない。

 (3) 乳幼児接種の実施に過失がないことについて

 ア 乳幼児に対するインフルエンザ予防接種は,罹患した場合に死亡する危険性の高い乳幼児に対してワクチンを接種し,当該乳幼児のインフルエンザ感染を防止しようとするいわゆる個人防衛を目的として,昭和三二年から開始された。

 昭和三二年から三三年のアジアかぜの大流行に際しては,老人と並んで乳幼児の被害が特に顕著であったのであり,WHOにおいても,乳幼児は,高齢者とともにハイリスクグループとしてワクチンの優先対象者とされていた。このように,インフルエンザが乳幼児にとって危険性が高い疾病であることにかんがみ,厚生大臣は,伝染病調査会の答申を得て,病弱者,老人,妊産婦などとともに乳幼児は,主として個人防衛の見地からインフルエンザワクチンの接種を受けるのが相当であるとして,乳幼児の保護者に対し勧奨して,希望者に接種するよう市町村等を行政指導したものである。

 したがって,乳幼児に対するインフルエンザワクチンの勧奨接種の実施に関する厚生大臣の行政指導は,接種対象(乳幼児)及び接種方式(勧奨による希望者に対する接種)のいずれの点においても相当なもので,右政策決定に違法な点はなく,被控訴人ら主張の過失は存しない。

 イ このように,乳幼児に対するインフルエンザワクチンの勧奨接種は,インフルエンザによる死亡率の高い乳幼児につきインフルエンザの罹患防止あるいは重症化防止に大きな役割を果たしてきたが,昭和四〇年ころからインフルエンザ予防接種後の死亡例の発生を契機として,インフルエンザワクチン接種による副反応に対する関心が高まるとともに,二歳以下の乳幼児につきワクチン接種の是非が問題とされるようになった。

 厚生省としても,昭和四〇年,昭和四一年,昭和四二年と相次いでインフルエンザワクチン接種後の死亡例の報告がされたことから,昭和四二年一二月四日「二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザ予防接種の取扱いについて(衛発第八七六号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」を発し,①一般家庭における乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少なく,また成人に比して二歳以下の乳幼児は副反応の頻度が高いので,慎重な予診,問診等を実施し,対象の選択に留意すること,②一般家庭における二歳以下の乳幼児への集団接種は好ましくなく,乳幼児を持つ保護者等の予防接種の励行を図ること,③集団生活を営む保育所等の二歳以下の乳幼児については,従来どおり特別対策を実施し,実施に当たっては体温測定を全員に行うなど慎重に行うこと,等の行政指導をした。

 右行政指導により,一般家庭における二歳以下の乳幼児に対する集団接種の方式による勧奨接種は行われなくなったが,保育所等で集団生活を営む二歳以下の乳幼児についてはインフルエンザ予防特別対策による勧奨接種(集団接種方式)がなお継続された。これは,昭和四二年当時においても,インフルエンザは年間小児の一〇ないし二〇パーセントが経験する重要なウイルス病因であるから,小児に対するインフルエンザワクチン接種推進の価値が大きいとするのが支配的見解であり,また,当時,インフルエンザによる乳幼児の死亡者が多かったこともあって,特に感染の危険性の高い保育所など集団生活を営む二歳以下の乳幼児については,インフルエンザ勧奨接種を廃止することができなかったものである。

 その後,厚生省は,昭和四六年九月二九日「インフルエンザ予防特別対策実施上の注意について(衛発第二〇号各都道府県衛生主管部《局》長あて厚生省公衆衛生局防疫課長通知)」を発して,市町村がインフルエンザ予防特別対策による勧奨接種を実施するに当たり,二歳以下の乳幼児については,成人に比して重篤な副反応の発生の頻度が高いこと,これらの年齢層はインフルエンザ感染の機会が少ないことなどにかんがみ,インフルエンザの流行が予測され,感染による危険が極めて大きいと予測される十分な理由があるなど,特別の場合を除いては,接種の勧奨を行わないよう行政指導した。この行政指導により,保育所等集団生活者を対象とする特別対策上の勧奨接種も,二歳以下の乳幼児に対しては,原則として実施しないものとされた。

 このような乳幼児に対するインフルエンザワクチン接種の取扱いは,いずれも厚生省において,乳幼児におけるインフルエンザ感染の状況,感染した場合の危険性とインフルエンザワクチンの副反応の危険性とを各時期における高度の医学専門的な知見と情報に基づき,総合的に考慮した結果,決定した行政指導によるものであり,昭和四六年に二歳以下の乳幼児につき原則としてインフルエンザワクチン接種の勧奨を行わないこととした厚生省の取扱いは相当であったことは明らかである。

 被控訴人らは,家庭内に保護されている二歳以下の乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少ないこと,乳幼児接種の危険が高いことは昭和四二年に至って初めて判明したことではないと主張し,厚生省の行政指導を非難するが,右は,学校等において感染した兄弟等からの乳幼児の家庭内感染が出生率の大幅な低下や核家族化による一家庭内の小児の数の減少によって減少したこと,乳幼児のインフルエンザ罹患による死亡ないし肺炎等重篤な合併症の発症が抗生物質による化学療法の普及,乳幼児の栄養状態の改善,医療施設の充実,国民の医学知識及び衛生思想の向上等により減少を見たことなど,乳幼児におけるインフルエンザ及びその危険性を巡る諸状況の変化を無視した議論である。

 (4) 結論

 以上のとおりであるから,本件インフルエンザ予防接種を実施した各市区町村に対し行政指導した控訴人国のインフルエンザ予防接種政策は,合理的な根拠に基づく相当なものであって,何ら違法とされる余地はなく,もとより過失もないことは明らかである。

   (六) 禁忌者に接種した過失について

 (1) 集団予防接種体制について―禁忌との関連において

 被控訴人らは,予防接種を担当する医師の資格が限定されていないため,眼科医,耳鼻咽喉科医等の非専門医には,被接種者の健康状態を適切に判断する能力に欠けていることが多いと主張する。確かに,接種医に内科医又は小児科医を充て,かつ,接種チームに医師二名以上を配し,予診担当医と接種担当医を区分するのがより望ましいことはいうまでもないが,医師の偏在等の事情にかんがみれば,各地域の実情を無視し,全国一律にこれを要求することは,予防接種自体の実施を不可能ならしめるものといわなければならない。内科医及び小児科医以外の医師をもって接種担当医とした例があったとしても,それはたまたま緊急の介護を要する患者の発生や地域の医療事情等からやむを得ずとられた例外的なものである。

 また,たとえ接種担当医が内科又は小児科以外の医師であった場合の接種といえども,それらは,内科・小児科を含む医学のすべての科目に関する専門教育を受けた上,国家試験に合格して医師資格が与えられている医学専門家によって接種が実施された点に変わりはないのであり,決してそれらが予防接種担当医としての適格性を欠いた者によって実施されたわけではないのである。

 また,被控訴人らの右主張は,本件被害児のうちどの被害児が被控訴人らのいうところの非専門医に予防接種を受けたのかという因果関係について何ら具体的に特定していないのであるから,仮に被控訴人らの主張するところを前提とするとしても,主張自体失当である。

 次に,予防接種の場所や接種担当者等集団接種の場における物的・人的設備についても,昭和三四年一月二一日衛発第三二号厚生省公衆衛生局長通知による「予防接種実施要領」において,必要な事項を定めていた。このうち,人的設備については,右要領の第一の六及び七において,「予防接種実施計画の作成に当たっては,特に個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置に考慮すること。医師に関しては,予診の時間を含めて,医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は,種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること」とし,また,「接種を行う者は,医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には,医師一人を中心とし,これに看護婦,保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し,それぞれ処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと」との定めが置かれていた。

 また,接種担当者に対する指導監督等については,右要領第一の七及び九において,「市町村長等の予防接種の実施者は,予防接種の実施に当たってあらかじめ予防接種に従事する者,特に医師に対して実施計画の大要を説明し,予防接種の種類,対象,関係法令等を熟知させること」,「接種前には必ず予診を行うこと。予診はまず問診及び視診を行い,その結果異常が認められ,かつ禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,原則として当日は予防接種を行わず,必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること。予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては,当該予防接種に係る疾病の流行状況,被接種者の年齢,職業等を考慮し,感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが,あらかじめ,市町村長等の実施者において,一般的な処理方針を決めておくこと。」,「禁忌については予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。」,「多人数を対象として予診を行う場合には,接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し,又は印刷物として配布して,接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり,禁忌の発見を容易ならしめること。」との定めが置かれていた。なお,昭和五一年の法改正にともなって新たに制定された昭和五一年九月一四日衛発第七二六号厚生省公衆衛生局長通知による「予防接種実施要領」にもほぼ同様の定めが置かれている。

 このように,厚生大臣は,右予防接種実施要領の規定に則って予防接種における物的・人的設備を整備するよう指示してきた。市町村長等の実施主体は,医師の地域的偏在や公共施設の整備の度合等によって地域により多少の差異はあっても,右指示に基づき予防接種を実施してきたのであり,我が国の集団接種方式を基本とする予防接種体制は,被接種者の安全を殆ど顧慮していないという被控訴人らの主張は理由がない。

 また,被控訴人らは,右実施要領のような一時間当たりの接種人員数の定め方では予診に十分な時間がとれないと主張する。しかしながら,右数字は伝染病予防調査会において妥当な数字として是認されたものであるし,また,接種に当たっての予診は,予防接種実施規則四条によると,「問診,視診,聴打診等の方法によって健康状態を調べ」と規定されていた(なお,昭和五一年九月一四日厚生省令第四三号により,同条は,「問診及び視診によって,必要があると認められる場合には,更に聴打診等の方法によって,健康状態を調べ」と改正された。)が,これは予診の方法を例示したものにすぎず,そのすべてを行うべきことを規定したものではないのである。本来,予診をいかなる程度まで行うべきかは,専ら医学的見地からこれを合理的に判断すべきものであって,医学的見地からは,予防接種の必要性,集団接種における時間的制約等を考慮すれば,予診はまず問診,視診を行い,その結果異常が認められる場合には,体温測定,聴打診等を行えば足りると考えられるものである。また,集団接種においては,通常,医師を中心としてこれに看護婦,保健婦,養護教諭等の補助者を配した班を構成し,班単位で予防接種の実施に当たるのであるから,予診及び接種は医師自らが担当すべきであることはもちろんであるが,医師の接種の適否を決定する前段階としては右補助者も問診に当たるなどして班が一体となって円滑な実施を行うことが予定されているのであり,更に迅速かつ効果的な予診の実施に資するため問診票の活用が指示されているのである。

 したがって,集団接種方式は,十分安全かつ合理的な方式であり,右方式の採用に関して,厚生大臣には何らの指導,監督上の過失はなかったといわなければならない。

 (2) 禁忌事項設定に不明確及び過誤のないこと

 ア 禁忌設定に当たっての基本的方針

 予防接種は時に副反応を伴い,まれには重篤な症状を呈することがあるが,これらの副反応の中には,現在の医学水準をもってしても,接種との因果関係すら不明のものや,発症の機序が十分解明されていないものが数多く存在する。しかし,予防接種後に時として重篤な副反応が発生することがある以上,できる限り,このような副反応の発生を防止するという観点からは,副反応・合併症につき因果関係の明らかなものはもちろんのこと,因果関係は不明であっても,重篤な副反応・合併症発生の蓋然性が高いと考えられる特定の身体的状態を禁忌として,予防接種の対象から除外するのは,医学上当然の措置である。そして,いかなる身体的状態を禁忌とするかは,各時代の医学的知見の進展に応じて決定されるべきものであるが,前述したように,副反応の発症機序が解明されていないため,いかなる身体的状態を禁忌とするかは,予防接種の歴史の中から経験の積み重ねによりある程度類型的に決定していくほかないものであるとともに,最終的には,接種の具体的場面において,実際に接種を担当する医師の個別具体的な判断に委ねられるべきものである。そして,接種の強制を予定する予防接種制度においては,法制度としてもこのような医学上の措置に法的根拠を与える必要があるので,厚生省は,各予防接種施行心得(厚生省告示)や予防接種実施規則(厚生省令)に予防接種の禁忌を規定してきた。

 イ 禁忌事項設定の経緯と趣旨

 我が国における禁忌事項設定の経緯を概観すると,以下のとおりである。

 ① 昭和二三年六月当時,種痘に関し「種痘施術心得」(明治四二年一二月二一日内務省告示第一七九号)が施行されていた。その一一条においては,「施術者ハ受痘者ノ健康状状態ニ注意シ左ノ各号ニ該当スル者ニハ成ルヘク種痘ヲ猶予スヘシ但シ第四号ヲ除ク外痘瘡流行ノ場合は此ノ限ニ在ラス」と規定し,次の一ないし四が禁忌事項とされていた。

 ⅰ 出生後九〇日未満の者

 ⅱ 著しく栄養障害に陥れる者

 ⅲ まん延性皮膚病に罹る者

 ⅳ 熱性病又は重症疾病に罹る者

 ② 昭和二三年一一月一一日,予防接種施行心得(厚生省告示第九五号)が制定され,右告示によって前記「種痘施術心得」が廃止されるとともに,「種痘施行心得」,「ジフテリア予防接種施行心得」,「腸チフス,パラチフス予防接種施行心得」,「発しんチフス予防接種施行心得」及び「コレラ予防接種施行心得」が定められた。

 このうち,種痘施行心得では,禁忌について「左の各号の一に該当する者にはなるべく種痘を猶予する方がよい。ただし,痘そう感染のおそれが大きいと思われるときにはこの限りでない。(一) 著しく栄養障害に陥っている者,(二) まん延性の皮膚病にかかっている者で,種痘により障害を来すおそれのある者,(三) 重症患者又は熱性病患者」と定めていた。

 また,腸チフス,パラチフス予防接種施行心得は,「有熱患者,心臓並びに血管系,腎臓その他内蔵に異常のある者,結核,糖尿病,脚気,病後衰弱者,胸腺淋巴体質の疑いがある者,妊産婦(妊娠第六箇月までの妊婦を除く。)等に対しては接種を行ってはならない。」との規定が置かれていた。

 ③ 昭和二五年二月一五日,「百日咳予防接種施行心得(厚生省告示第三八号)が制定されたが,そこには,「高度の先天性心臓疾患患者等接種によって症状の憎悪するおそれのある者に対しては予防接種を行ってはならない。」との定めが置かれた。

 ④ 昭和二八年五月九日,「インフルエンザ予防接種施行心得」(厚生省告示第一六五号)が制定され,その中に,「左の各号の一に該当する者に対しては,接種を行ってはならない。(一) 鶏卵に対し特異体質を有するもの(鶏卵を食べると,発熱,発疹,喘息,下り,嘔吐等を来す者),(二) 熱性病患者,心臓,血管系,腎臓その他内臓に異常のある者,糖尿病患者,脚気患者,病後衰弱者,胸腺淋巴体質の疑いのある者,妊産婦(妊娠第六月までの妊婦を除く。)その他の者であって,医師が接種を不適当と認める者。」との規定が置かれた。

 ⑤ 昭和三三年九月一七日,前記各施行心得を統合改善した「予防接種実施規則」(厚生省令第二七号。以下「旧実施規則」という。)が制定・施行された。右規則四条においては,以下のように定められた。

 「接種前には,被接種者について,体温測定,問診,視診,聴打診等の方法によって,健康状態を調べ,当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には,その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし,被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり,かつ,その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は,この限りではない。

 一 有熱患者,心臓血管系,腎臓又は肝臓に疾患のある者,糖尿病患者,脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者

 二 病後衰弱者又は著しい栄養障害者

 三 アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者

 四 妊産婦(妊娠六月までの妊婦を除く。)

 五 種痘については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚病にかかっている者で,種痘により障害をきたすおそれのある者」

 ⑥ 右規則は,昭和五一年の法改正に伴い,同年九月一四日改正され,四条は以下のように改められた。

 「接種前には,被接種者について,問診及び視診によって,必要があると認められる場合には,更に聴打診等の方法によって,健康状態を調べ,当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には,その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし,被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり,かつ,その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は,この限りではない。

  1 発熱している者又は著しい栄養障害者

  2 心臓血管系疾患,腎臓疾患又は肝臓疾患にかかっている者で,当該疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるもの

  3 接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

  4 接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者

  5 接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

  6 妊娠していることが明らかな者

  7 痘そうの予防接種については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚炎にかかっている者で,種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

  8 急性灰白髄炎の予防接種については,第1号から第6号までに掲げる者のほか,下痢患者又は種痘,若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者

  9 前各号に掲げる者のほか,予防接種を行うことが不適当な状態にある者」

 以上のような経過をたどり,厚生大臣は,医学水準及び禁忌設定の必要性等に照らして禁忌事項を設定・改定して今日に至ったのである。

 これらの禁忌事項は,専ら医学的見地から決定されたものであるが,医学的知見によれば,予防接種の副反応は発症の頻度,態様,及び症状の程度において一様でなく,また,一応禁忌と考えられるものでも,特別な注意を払えば接種が可能なものもあるので,あらゆる注意事項を禁忌として一律に定めることやすべての予防接種に共通する禁忌項目を選択することは不可能であるし,実際的でもない。そこで,禁忌の規定においては,基本的禁忌事項を定めるにとどめ,禁忌に該当するか否かを決定するには当該接種を担当する医師の判断を優先させようとの考え方に基づいて定めてきた。

 ウ 禁忌事項設定の十分性と具体性

 被控訴人らは,昭和三三年以前における禁忌事項の設定は不十分であり,また,国の禁忌事項の設定の仕方は,集団予防接種体制の下では極めて不十分なものであり,より具体的禁忌事項を定めるべきであったと主張するが,昭和三三年の旧実施規則制定以前における禁忌事項の設定に特段批判されるべき点はなく,各予防接種施行心得に定める禁忌事項と旧実施規則に定める禁忌事項を対比するとき,右各心得において定められた禁忌事項には各個別の予防接種における特殊性をみることができるものの,その内容自体においては,旧実施規則に定められた禁忌事項と概ね同様であるということができ,また,一般的禁忌事項を定めるについての前記のような困難性を考慮すれば,被控訴人らの主張は失当である。

 また,被控訴人らが設定すべきであったと主張する具体的禁忌事項を検討するに,「未熟児で生まれた者,出生時に異常のあった者」という事項については,このような者であっても,その後の発育が順調で接種時に健康であれば,予防接種をすることに何ら問題はなく,また,WHOの勧告に基づき,出生体重二五〇〇グラム以下のものを未熟児と呼んでいるところであり,新生児の体重は,成熟度を判定する上の尺度として有力な方法ではあるが,他に形態学的判定法や神経学生理学的判定法も有力な方法であって,体重だけで成熟度を決めるわけにはいかないとされていることからしても,右事由のみをもって予防接種を拒否することは許されない。また,満期前に生まれた乳児(ADF)が,通常児に比して身体全体に弱点を有していて,発育が順調でなければ,ワクチンに対する抵抗力が十分でなく過剰反応のおそれがある場合もあるが,その場合には,「病後衰弱者若しくは著しい栄養障害者」(旧実施規則四条二号)又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)等の禁忌に該当することとなる。したがって,右事項を禁忌事項としなければならないとはいえない。

 「発育不良あるいは発育の遅れている乳幼児」の項目についても,このような者であっても,先天的に免疫欠損症や中枢神経の障害がある等重大な疾病に罹患しておらず,体力的にも著しい栄養障害がない場合は,禁忌でない。また,右各障害の可能性がある場合は,「けいれん性体質の者」(三号)又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)等の禁忌に該当することになるから,右事項を禁忌としなければならないとはいえない。

 「虚弱体質の子」という事項については,虚弱体質で慢性的に不健康な状態にある乳幼児には,免疫欠損症等何らかの重大な病気が隠れていることがあるが,その場合には,「著しい栄養障害者」(二号)又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)等の禁忌に該当するかどうかを接種担当医の判断に委ね,もしこれに該当する場合には,禁忌として排除されることになるから,右事項を禁忌事項としなければならないとはいえない。

 「かぜにかかっている子」という事項については,かぜをひいている者でも,普通感冒のような発熱を伴わない軽症の感染症や治りかけの時期に入っていて,「少しせきが残っている」,「まだ,鼻水が少し出る」という程度の場合は,予防接種を実施しても重篤な副反応を起こすとは考えられず,あまり心配はない。かぜが免疫産生能力低下をもたらすとは考えられない。したがって,「有熱患者」(一号)に該当すれば禁忌であるとされている現行規定で十分であり,それ以外のかぜをひいている者で予防接種をすべきかどうかの判断は,接種担当医の判断に委ねるのが相当である。

 「下痢をしている子」という事項については,ポリオでは下痢が禁忌とされている(四条八号)が,それは,下痢を起こしているウイルスによってポリオ生ワクチンウイルスが干渉を受けて増殖ができず,ポリオ生ワクチンが効かないという事態が生ずることを避けるためであり,ワクチンによる副反応の発生を避けるためではない。したがって,右禁忌事項は,他のワクチン接種に適用する必要がない。もっとも,下痢をしている者で,「有熱患者」又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)等に該当すれば,禁忌であるとされるのであるから,その判断を接種担当医の判断に委ねることで十分である。

 「病気あがりの子」という事項は,病気あがりの子の中で「病後衰弱者」(二号)は,免疫産生が低下していることが多いため,禁忌ということはできるが,「病気あがりの子」であっても,病後衰弱といえない程度であれば,予防接種をすることに差し支えはない。したがって,「病気あがりの子」を一律に禁忌としなければならないとはいえない。また,病後衰弱者といえない程度の病気あがりの子についても,「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)を禁忌事項としているから,その該当性の判断を医師に委ねることで十分であるというべきである。

 「今までの予防接種で異常な反応を示したり,その兄弟姉妹が予防接種で特に具合が悪くなった前歴を有する子」という事項についても,従前の予防接種において異常反応を示した場合でも,その内容及び程度等は様々であり,かつまた,兄弟姉妹といっても,成長後はその個体差も大きいのであって,これを一律に禁忌とすべきであるとはいえない。このような場合は,その異常の程度,内容等から判断して,「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」に当たるかどうか接種担当医の判断に委ねるのが相当である。

 「アレルギー体質の子供並びに両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる子供」という事項については,アレルギー性疾患に具体的にいかなるものがあるかは接種に当たる専門家としての医師の一般的知見に属するものであるとともに,アレルギー体質の者を予防接種の禁忌とする場合には,その当然の帰結として,アレルギー体質の者に該当するかどうかは,接種するワクチンに含まれる成分に対してアレルギー体質であるか否かにより決めるべき事柄であるから,何らかのアレルギー性疾患の既往がある小児がすべて禁忌となるものではなく,疾病によってはそのような小児こそ予防接種が必要で,かつ,接種が可能な場合もある。このような点を考慮すると,「両親や兄弟にアレルギー疾患のある幼児」については,両親又は兄弟のアレルギー体質の性格,程度等を判断し,当該乳幼児が予防接種を受けることが相当でないかどうかを接種担当医の判断に委ねるのが相当である。

 「ポリオ生ワクチンについては,外傷や末端の神経細胞が破壊されていること」という事項については,末端の神経細胞が破壊されるほどの傷を体に受けていれば,当然「有熱患者」又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」等に該当することになり,その判断を接種担当医に委ねることで十分である。

 「ポリオ生ワクチン投与後二週間以内の外科手術」という事項については,外科手術は緊急性を有するものが多いのであって,これを一律に絶対してはならないという禁忌の設定は不合理であり,また,手術担当医は執刀に際して,感染性疾患については,細心の注意を払うのが医学上の常識であるから,禁忌として設定する必要性,合理性はない。

 以上のように,被控訴人ら主張のような禁忌事項を設定しなければ,禁忌事項の設定としては不十分であるなどとは到底いうことができず,かえって,被控訴人ら主張のような禁忌事項を設定することは,それにより,真に予防接種を受ける必要のある者まで排除されることになって,失当であり,控訴人が定めた禁忌事項に過誤あるいは不明確なところはないというべきである。

 なお,副反応の医学的機序が解明されていない現状においては,禁忌の定め方についても様々な考え方があり得るところであるが,そのうちどれかが正しく,それと異なるものは誤りであるとする医学的根拠も容易に見い出し難いものである。したがって,一つの見解に立って,控訴人のした禁忌事項の設定が違法であるとか,過失があるとかたやすくいうことはできない。

 (3) 禁忌該当の判断と予診体制

 ア 予診体制の強化措置について

 予診は,禁忌事項に該当するかどうかを判定し,禁忌該当者を原則として接種対象から除外することを目的とするものである。控訴人としても,この予診の重要性については十分な認識をもって,従来から体制の充実,強化に務めてきた。

 すなわち,

 ① 昭和二三年一一月一一日,種痘,ジフテリア,腸チフス・パラチフス,発疹チフス及びコレラにつき,それぞれ予防接種施行心得(厚生省告示第九五号)を定め,その中で,予診の必要性について,「施行前に被接種者の健康状態を尋ね,必要がある場合には診察を行わなければならない」と定めた。

 ② 昭和二五年二月一五日,「百日咳予防接種施行心得」(厚生省告示第三八号)においても,同様の規定を置いた。

 ③ 昭和二八年二月二四日「予防接種事故防止の徹底について」(衛発第一一九号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)をもって,「接種に従事する班の長は,……該当接種の予防接種施行心得及び関係法規の主要事項(特に免除及び禁忌に関する事項)を熟知しておくこと」を指示した。

 ④ 昭和三〇年六月一〇日「予防接種の普及及び事故防止について」(衛発第三五八号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)をもって,「予防接種法による予防接種の実施は,当然予防接種施行心得によって行われるべきであるが,そのうち特に予診及び禁忌の項については厳重な注意を払うこと」を指示した。

 ⑤ 従来の施行心得を統合した昭和三三年の旧実施規則の四条において,「接種前には,被接種者について,体温測定,問診,視診,聴打診等の方法によって,健康状態を調べ,当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には,その者に対して予防接種を行ってはならない。」ことを明らかにした。

 ⑥ 昭和三四年一月二一日「予防接種の実施方法について」(衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)をもって,予防接種の実施に当たっては,同通知で定めた「予防接種実施要領(以下「旧実施要領」という。)に従って接種するよう指示した。

 ⑦ 旧実施要領においては,以下のように予防接種の実施方法,予診及び禁忌について詳細に定めた。

 ⅰ 実施計画の作成

 予防接種実施計画の作成に当たっては,特に個々の予防接種がゆとりをもって行われ得るような人員の配置に考慮すること。医師に関しては,予診の時間を含めて,医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は,種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること。

 ⅱ 予防接種の実施に従事する者

 接種を行う者は医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には,医師一人を中心として,これに看護婦,保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し,それぞれの処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと。

 都道府県知事又は市町村長は,予防接種の実施に当たっては,あらかじめ,予防接種の実施に従事する者特に医師に対して,実施計画の大要を説明し,予防接種の種類,対象,関係法令等を熟知させること。

 ⅲ 予診及び禁忌

 接種前には必ず予診を行うこと。

 予診は,まず問診及び視診を行い,その結果異常が認められた場合には,体温測定,聴打診等を行うこと。

 予診の結果異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,原則として当日は予防接種を行わず,必要がある場合は精密検査を受けるよう指示すること。

 予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては,当該予防接種に係る疾病の流行状況,被接種者の年齢,職業等を考慮し,感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが,この判定を個々の医師のみに委ねないで,あらかじめ都道府県知事又は市長村長において一般的な処理方針を定めておくこと。

 禁忌については,予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること(例えば,インフルエンザ,発疹チフス等の予防接種については鶏卵に対するアレルギーに特別の注意を払う必要があること)。

 多人数を対象として予診を行う場合には,接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し,又は印刷物として配布して,接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり,禁忌の発見を容易ならしめること。

 ⅳ 事故発生時の措置

 予防接種を行う前には,当該予防接種の副反応について周知徹底を図り,被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること。

 予防接種を行う場所には,救急の措置に必要な設備,備品等を用意しておくこと。

 ⑧ 昭和三六年五月二二日「予防接種実施要領の一部改正について」(衛発第四四四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)を発して,予診に当たり被接種者の健康状態等の把握の資料とするため,保護者に対し,予防接種の際に母子手帳を持参するよう指導することを指示した。

 ⑨ 昭和四五年六月一八日「種痘の実施について」(衛発第四三五号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知),同年六月二九日「種痘の実施について」(衛発第四六一号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)及び同年八月五日「種痘の実施について」(衛発第五六四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)の各通知を発して,予診の実施に当たっての留意事項,質問票等の利用,禁忌事項,種痘実施に当たっての留意事項,被接種者及び保護者に対する注意事項の周知徹底等を指示した。

 ⑩ 昭和四五年一一月三〇日「予防接種問診票の活用について」(衛発第八五〇号各各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長同児童家庭局長通知)を発して,予診の充実を図るため問診票の活用等に関して次のとおり指示した。

 ⅰ 問診票の活用について

 所定の様式の問診票を予防接種実施に当たってあらかじめ配布しておき,各項目について記載の上,これを接種の際必ず持参させること。

 ⅱ 健康審査の活用等について

 予防接種を実施するに当たって,予診により被接種者の現症を把握することはもちろんであるが,被接種者の既往症,先天性潜在疾患等についても把握することが必要であるので,事前に健康診断等が励行されていることが望まれる。このような趣旨に沿って,今後はできるだけこれらの健康診断等の推進を図ることとされたい。

 このため,母子健康法に基づく乳幼児健康審査,三歳児健康審査等の結果について,十分その活用を図るとともに,この面からもこれら健康審査の受診促進を図るようあわせて配意されたい。母子健康手帳は,予防接種欄によって,従来より予防接種にも活用が図られてきたが,予防接種の際,その者の健康状態を把握する資料として活用する見地から,当面(中略)「予防接種参照カード」を問診票とあわせて作成し,母子健康手帳の予備欄に貼付する等の方法により,一層有効な活用を図られるよう配意されたい。

 予防接種の実施に当たっては,保護者の十分な理解と協力を得ることが望まれるので,母親学級等を通じ,問診票の趣旨,内容を徹底する等,予防接種に関する知識の普及を図ることはもちろん,予防接種の実施に当たっては,医師の行う健康状態の把握のみならず,母親による平常の健康状態についての積極的申出等が必要とされるものであることを徹底するよう配意されたい。

 ⑪ 昭和五一年の法改正に伴って改正された予防接種実施規則四条において,「接種前には,被接種者について,問診及び視診によって,必要があると認められる場合には,更に聴打診等の方法によって,健康状態を調べ,当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には,その者に対し予防接種を行ってはならない」ことを明らかにした。

 ⑫ 右実施規則の改正を受け,昭和五一年九月一四日「予防接種の実施について」(衛発第七二六号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)を発して旧実施要領を廃し,新たな予防接種実施要領を制定した。そこでは,予診及び禁忌につき,以下のように定めた。

 ⅰ 接種前には必ず予診を行うものとし,問診については,あらかじめ問診票を配布し,各項目について記載の上,これを接種の際持参するよう指導すること。

 ⅱ 体温はできるだけ自宅において測定し,問診票に記載するよう指導すること。

 ⅲ 予診の結果異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,原則として,当日は接種を行わず,必要がある場合は精密検査を受けるよう指示すること。

 ⅳ 禁忌については,予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。例えば,インフルエンザHAワクチンについては,鶏卵成分に対しアレルギー反応を呈したことのある者に特に注意し,また,百日せきワクチンを含むワクチンについては,けいれんの症状を呈したことのある者に特に注意する必要があること。

 ⅴ 多人数を対象として予診を行う場合には,接種場所において禁忌に関する注意事項を掲示し,又は印刷物を配布して,接種対象者から健康状態,既往症等の申出をさせる等の措置をとり,禁忌の発見を容易にすること。

 以上のような措置を講じ,予診の励行を指示してきた。そして,接種現場では,これらの諸通知を踏まえ,都道府県知事・保健所長の指導の下に,禁忌発見のための予診が行われてきたのである。

 イ 医師に対する副反応の周知等

 厚生大臣等は,前記のとおり,予防接種の実施方法,予診及び禁忌,副反応及びそれに対する対応等に関する諸措置を定め,実施主体たる市長村長を指示して接種を担当する各地域の医師に対し周知せしめる一方,日本医師会長に対して周知徹底につき協力を依頼する旨通知を発し,同会を通じて,あるいは関係法令通知等の改廃,接種上の注意事項,副反応等を医学関係雑誌に掲載するなどして,全国の医師一般に対し,周知を図ってきた。

 さらに,副反応の発現状況,その症状,発症機序等を記載した「予防接種講本(昭和二四年発行・社団法人細菌製剤協会編)」,「防疫必携(昭和二八年ないし三四年発行・厚生省防疫課編)」,「防疫シリーズ(厚生省防疫課監修)」,「日本のワクチン(昭和四二年発行・国立予防衛生研究所学友会編)」,「予防接種便覧(昭和四六年発行・社団法人細菌製剤協会)」等多数の予防接種関係資料や指導書を厚生省自ら又は関係外郭団体等を通じ刊行し,また,昭和四五年以降は,厚生省から補助金を受け運営している財団法人予防接種リサーチセンター発行の「予防接種制度に関する文献集」においてほぼ毎年,症例研究を始め,予防接種の副反応の詳細な研究成果を公表し,さらに,予防接種副反応の治療に関しては,厚生省の研究補助により実施された種痘研究班による「種痘後にみられる副作用の治療に関する研究」(昭和四四年度から四六年度),「種痘後副反応及び合併症の治療に関する研究」(昭和四七年度から四九年度),予防接種副反応研究班による「予防接種副反応の予防及び治療に関する研究」(昭和四七年度から四九年度)などの各研究報告が前記「予防接種制度に関する文献集」に掲載され,広く医学界に紹介された。

 以上のように,厚生大臣等は,予防接種の副反応,その症状,治療につき広く医師に対する啓発に意を尽くしていたのである。

 ウ 被接種者・保護者に対する周知

 次に,被接種者・保護者に対する周知の措置を挙げると,以下のとおりである。

 ① 昭和二三年の法制定に際しては,昭和二三年九月二四日「予防接種法施行に関する件(厚生省発予第七四号各都道府県知事あて厚生省事務次官通知)」を発して,講演,ラジオ,新聞,雑誌等あらゆる機会を利用して予防接種に関する衛生思想普及に務めるよう通知し,

 ② 昭和二三年一二月一〇日「予防接種法講演会開催並びに補助について(予発第一六九一号各都道府県知事あて厚生省予防局長通知)」を発して,保健所職員,市町村吏員及び一般医療関係者を対象に予防接種法令等について講習会を開催すること及び被接種者,保護者等に対し十分納得を得られるよう周知方を指示し,

 ③ 昭和三三年の旧実施規則の制定を受けて,昭和三四年一月二一日「予防接種の実施方法について(衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省衛生局長通達)」により定めた旧実施要領において,被接種者,保護者に対し,予防接種の副反応について周知徹底を図るとともに,副反応事故発生時の措置として,接種後異常な兆候があったときは,医師の診察を受け,その結果事故と認められたときには,当該予防接種の実施者に連絡するよう指示することを指示した。

 ④ 昭和四五年六月一八日「種痘の実施について(衛発第四三五号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」を発して,種痘による重篤な副反応の発生は,極めてまれであるが,軽度の発熱,発赤,発疹等は,従来からかなりの頻度においてみられるものであり,被接種者並びに保護者がいたずらに不安を起こさないよう,接種に当たってはよく周知させることが必要であること,種痘の実施後異常な兆候があった者は,速やかに医師の診療を受けるよう周知することを定め,種痘による副反応と副反応発生の場合の措置につき被接種者・保護者に対する周知徹底を指示し,

 ⑤ 昭和四五年八月五日「種痘の実施について(衛発第五六四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」を発して,「種痘実施の手引き」を定め,前記③,④をもって指示した注意事項をとりまとめ,改めて被接種者・保護者等に対する周知徹底方を指示し,

 ⑥ 昭和四五年一一月三〇日「予防接種問診票の活用について(衛発第八五〇号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長・児童家庭局長通知)」を発し,予診の充実を図るため問診票の活用を指示するとともに,問診票には,質問事項のほか,接種の際,接種後の注意事項とともに,各予防接種ごとに副反応事故の存在,その症状(通常の反応,異常な反応),異常な症状があった場合の対処等を「予防接種を受ける人並びに保護者の方々へ」と題して掲載して副反応についての周知を図るよう,書式を示して指示した。

 このように,厚生大臣等は,各種通知等により実施主体である地方公共団体の長等に対し,副反応が起こることがあること,その症状及び異常な症状があった場合の対応等につき,被接種者・保護者に周知徹底するよう指示していたのである。

 また,厚生大臣等は,禁忌等予防接種に対する注意事項や副反応について各種のパンフレットや一般向けの啓蒙書等(例えば,昭和三九年発行の厚生省公衆衛生局防疫課監修にかかる「防疫シリーズNo.4.痘そう」)を作成配布するなどして,被接種者・保護者等に対し周知を図ってきた。

 以上のように,厚生大臣等は,被接種者及び保護者に対し,禁忌,接種の際及び接種後の注意事項,副反応の存在並びに異常な症状が発生した場合の対処方法等の周知徹底を図るために必要な措置を講じていたのである。

  2 接種担当者の過失について

 (被控訴人ら)

   (一) 禁忌推定による過失責任

 (1) 禁忌者の推定と立証責任

 最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決は,「予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては,被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるが,禁忌者として掲げられた事由は,一般通常人がなり得る病的状態,比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり,ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいというべきであるから,予防接種によって右後遺障害が発生した場合には,当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。したがって,予防接種によって右後遺障害が発生した場合には,禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと,被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り,被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である。」と判示した。

 右判決によれば,予防接種によって後遺障害が発生した場合には,特段の事情が認められない限り,被接種者が予防接種実施規則四条所定のいずれかの禁忌者に該当していたと推定されることになる。すなわち,被害者側は,予防接種によって後遺障害が発生したことを立証すれば,被接種者が禁忌であったことが推定される。これに対して,国家賠償責任を追及される控訴人国側は,この推定を覆すためには,禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと,又は被接種者が個人的素因を有していたこと等の特段の事情を立証しなければならない。

 また,右判決は,単に生存する被接種者だけでなく,予防接種によって重篤な副反応を生じ,死亡するに至った被接種者にも妥当するべきは当然である。さらに,右判決は,直接には,昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の予防接種実施規則四条所定の禁忌者について判示したものであるが,昭和四五年改正後の同規則四条所定の禁忌者及び予防接種実施規則が制定された昭和三三年以前の昭和二三年一一月一一日厚生省告示第九五号による種痘施行心得所定の禁忌者についても妥当することは,当然である。

 (2) 過失の推定

 前記最高裁判決が「特段の事情」の一つとして掲げる,「禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたが禁忌者に該当する事実を発見できなかった場合」とは,接種に当たる公務員が十分な予診を行うことによって,禁忌の識別について注意義務を尽くしたこと,すなわち,公務員が無過失であったことを意味している。そして,被害者が禁忌と推定される場合に,その推定を覆すために,「注意義務を尽くしたこと」の立証責任を控訴人国等に課したことは,同時に「接種担当者の禁忌看過の過失」もまた,予防接種に起因して後遺障害が発生した事実によって推定され,控訴人国等が国家賠償責任を否定するためにこの推定を覆すには,「禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたが禁忌者に該当する事実を発見できなかったこと」,すなわち,接種を担当する公務員が無過失であったことの立証責任を負うとするのが,右判決の意図する論理であるといわなければならない。

 けだし,予防接種は禁忌者に受けさせてはならないのであって,禁忌者に接種した以上,接種担当者が予診義務を尽くさなかったと推定されるのは,当然である。この点については,既に最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決が,「適切な問診を尽くさなかったため,接種対象者の症状,疾病その他具体的条件及び体質的素因を認識することができず,禁忌すべき者の識別判断を誤って予防接種を実施した場合において,予防接種の異常な副反応により接種対象者が死亡又は罹病したときには,担当医師は接種に際し,右結果を予見し得たものであるのに過誤により予見しなかったものと推定するのが相当である。」と判示し,担当医師が予診義務を尽くさなかったときは,異常な副反応を予見できるのに過誤により予見しなかった過失が推定されるとしていたところである。

 (3) 本件における禁忌看過の過失の主張

 右考え方に基づき,接種担当者の禁忌看過の過失につき,以下のとおり主張する。

 すなわち,被控訴人ら本件予防接種被害児のうち葛野あかね(七の一),卜部広明(二六の一)及び野口恭子(六二の一)を除く五九名全員は,それぞれその主張の予防接種によって重篤な後遺障害を負ったか,重篤な副反応によって死亡したものであり,いずれも予防接種当時,予防接種実施規則所定の禁忌者であり,接種担当者に禁忌看過の過失があったものである(従来,接種担当者の禁忌看過の過失を主張していなかった阪口一美(四の一),平野直子(二五の一),小林正樹(二八の一),室崎誠子(四四の一),渡邊明人(五三の一),古川博史(五六の一),阿部佳訓(五七の一),高橋純子(五八の一),中井哲也(六一の一)の九名については主張を追加するものである。)。

 なお,本件各被害児のうち,予防接種を受けるに際して,前記最高裁昭和五一年九月三〇日判決がいうような詳細な問診を受けたものは皆無である。そもそも,厚生省は,予防接種実施要領において,「医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は,種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること」と指導してきた。この数字を接種対象者一人当たりに割り当てられる接種時間に引きなおすと,種痘で四五秒,その余のワクチンで三六秒である。このようなわずかな時間で十分な予診を行い,そのうえ接種行為も完了させることは不可能である。

 実際に,このような国の不適切な指導の下で,本件被害者の多くは,問診票の利用はもちろん,問診その他の予診も全くないまま,またその余の被害者も,問診票や問診はあっても,禁忌者を識別するに足りる問診とははるかにかけ離れた粗雑な予診をされただけで,本件予防接種を受け,それぞれその主張する被害を被ったのである。したがって,本件被害者の各接種に当たって,接種を担当する公務員が「禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くした」とは到底いえない。

 なお,本件各被害児らが,本件予防接種を受けるに際して受けた予診の状況は,別紙の「接種及び予診の状況」記載のとおりである。

   (二) 接種担当者に過失がなかったとの主張に対する反論

 控訴人は,本件被害児のうち,四名の接種については,接種担当者には過失がなかったと主張する。

 (1) 田渕豊英(三〇の一)

 被害児の接種担当の医師がかかりつけの医師であったとしても,被害児の母親が提出した問診票には,接種の月である六月中に下痢・かぜに罹患した事実が記載されており,かつ,母親は,予防接種を少しぐらい熱があっても大丈夫という程度に考えている主婦であったのであるから,接種担当医師は,接種の危険を認識してない主婦にも理解できるように,慎重に,特に現在熱があるかどうかなどを問診すべきであり,更に,母親の予防接種の理解程度が右の述べた程度であったことに照らせば,少なくとも体温測定をする必要があり,更に直接聴打診等も行うべき必要が生じたことも考えられるのである。しかるに,本件では,問診票の検討のみにより,それ以上の予診を行った形跡は全くなく,安易に接種を実施したものと認めざるを得ない。到底予診を尽くしたとはいえない。

 (2) 池本智彦(四二の一)

 被害児の母親は,予防接種の禁忌については何も知らず,したがって問診票がいかなる意味を有するかも知らず,「予防接種はしなければならないもの」という考えの下に問診票を記入したものである。しかし,問診は,医学的知識を欠く一般人に対してされるもので,質問の趣旨が正解されなかったり,的確な応答がされなかったり,素人的な誤った判断が介入して不十分な応答がされたりする危険を持っているから,的確な応答をさせるためには,応答者に質問がいかなる意味を有するかを理解させることが重要な前提となる。しかし,被害児の母親は,本件では問診票の質問事項の意味も,禁忌の存在すらも知らなかったというのであるから,問診票を使用したというだけでは担当医師が予診義務を尽くしたことにはならない。

 (3) 高橋真一(四六の一)

 接種を担当した太田医師は,胸の聴診,喉の視診,検温は行ったものの,予防接種実施規則四条所定の症状,疾病,体質的素因の有無及びそれらを外部的に徴表する諸症状の有無のすべてについて漏れなく問診等を行って異常の有無を確認したとはいえないから,太田医師が無過失であったとはいえない。

 (4) 秋田恒希(六〇の一)

 被害児は当時からアレルギー体質であった。そして,当時の予防接種実施規則四条三号には,「アレルギー体質の者」が禁忌として定められていた。しかるに,本件接種において使用された問診票には,かかる禁忌を的確に記載する欄はなく,単に「今,しっしんなどの皮膚の病気がありますか」との問いが記載されているだけである。このように,右問診票の記載は被害児の禁忌を的確に記入するようには定められていなかった。また,問診票に記入した後は,何ら担当医師の問診や視診もなしに接種がされた。しかし,問診票はあくまで担当医師のする予診の補助手段にすぎず,担当医師は被接種者が禁忌者に該当するか否かの予診を尽くさなければならないのである。しかるに,本件では,問診票が不完全である上に,担当医師自らの問診や視診がされていないのであるから,予診を尽くしたということはできない。

   (三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張

 (1) なお,本件被害児のうち別紙「禁忌該当の事由」記載の各被害児(五〇名)については,「禁忌」ないし「禁忌判定が困難な異常」が具体的に存在した。このうち,鈴木増己(一九の一),小林浩子(二一の一),末次展敏(五四の一)の各接種は,当時の種痘施行心得(昭和二三年厚生省告示第九五号)に定められた禁忌に該当し,又は禁忌該当の疑い(禁忌の判定が困難な異常があり,当日は接種を行わないとすべき事由)があり,それ以外の者は,すべて昭和五一年改正前の旧実施規則四条各号の禁忌に該当し,又は禁忌該当の疑い(禁忌判定が困難な異常)があり,旧実施要領第一の九3により,当日は接種を行うべきでないとする事由があった。

 各人の禁忌の具体的内容は,別紙の「禁忌該当の事由」欄記載のとおりである。

 これを類型別にまとめると,「本人又は両親兄弟のアレルギー」,「接種当時のかぜその他の感染症」「何日か前までのかぜその他の感染症」「病気の繰り返し,病後衰弱など」,「体重曲線の異常」,「未熟児」,「分娩異常」,「けいれん」,「下痢」,「まん延性皮膚病」,「化膿」及び「過去の予防接種での異常」,その他になる。

 ア 本人又は両親兄弟のアレルギー

 ① 本人のアレルギー

 当時の予防接種実施規則四条三号は,「アレルギー体質の者」を「禁忌」として明確に定めていた。ぜんそく,じん麻疹,湿疹等のアレルギー性疾患の既往歴のある者は,アレルギー体質の者として,予防接種は禁忌である。

 控訴人国は,「一般的なアレルギー疾患は禁忌でない」と主張するが,生後間もない乳幼児が接種しようとする当該ワクチンの成分に対してアレルギー反応を起こすか否かをあらかじめ知ることは通常あり得ない。昭和五一年改正後の予防接種実施規則の「接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者」という禁忌の定めは,無意味である。一般的に,ある物質に対してアレルギー反応を起こしやすい体質の人は,他の物質によってもアレルギー反応を起こしやすいことが経験的に知られており,このことは,アレルギー症状を呈する人には免疫学的異常があることが明らかにされたことによって裏付けられている。

 したがって,アレルギー疾患の既往歴のある者は,ワクチン接種によってアレルギーによる副反応を引き起こす蓋然性があり,予防接種は禁忌とされなければならないのである。

 ② 両親兄弟のアレルギー

 アレルギー体質は遺伝によるものとされており,両親兄弟がアレルギー疾患の既往歴を有する場合には,本人もアレルギー体質者(禁忌)である疑いがあり,「禁忌の判定が困難な異常」がある者として,集団接種による接種は行うべきではない。

 ③ 本件被害児について

 本件被害児のうち中村真弥(三八の一)については,平山証人は,同人の「ただれ」「おむつかぶれ」は接触性皮膚炎であり,アレルギー性湿疹ではないと述べているが,乳幼児にみられる湿疹の相当数はアレルギーによるものであり,乳児の顔や頭に湿疹ができている場合は,アトピー性皮膚炎の始まりと考えられる。したがって,同人の湿疹もアレルギーによるものであることが十分考えられるものである。

 また,同人の父が生卵に限ってお腹をこわすとしても,加熱処理等によってアレルゲンが変化しアレルギー反応を起こさなくなることもあるのであるから,同人の父がアレルギー体質でないとは断定できない。また,被害児の兄がアレルギー体質であることは明らかである。

 イ かぜその他の感染症

 ① かぜその他の感染症にかかっていること自体が予防接種による副反応を起こしやすいと考えられるのみならず,かぜは万病の基といわれるように,かぜその他の感染症は,様々な合併症を引き起こす危険があること,また,重大な病気がかぜの症状として現れることがあることからも,かぜその他の感染症にかかっているときは,予防接種を避けるべきである。

 したがって,かぜその他の感染症にかかっている者は,有熱状態の場合は,旧実施規則四条一号の「有熱患者」の禁忌に該当するが,有熱患者でない場合は,同号の「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかっている者」の禁忌に該当するか,あるいは,右各禁忌に該当する疑いがあり,右各禁忌の判定が困難な異常がある者に該当する。

 ② 井上明子(二四の一)は,昭和四三年五月一〇日にポリオ生ワクチンの投与を受けたが,接種前は見た目には元気であったので体温測定はせず(体温測定の指示はなかった。),接種会場でも体温測定はしなかったが,当日の夕方,投与を受けて帰ってきてすぐに母親が発熱に気がついたものである。この状況からみると,ワクチン投与当時既に発熱していた蓋然性が高い。

 渡邉敦子(二九の一)は,接種の数日前から喉がぜいぜいするかぜの症状が認められた。母親は熱がなかったと述べているが,この場合でも,体温測定してみると発熱していることが多い。したがって,同人は,旧実施規則四条一号の「有熱患者」又は「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」に該当する疑いがあった。

 佐藤幸一郎(一六の一)は,もともとかぜをひきやすく,お腹をこわしやすいなど病弱であったが,接種前約二箇月間におたふくかぜ,水痘に罹患したほか,二度かぜをひいており,本件接種当時二度目のかぜが治っていない状態であった。そこで,両親は本件接種を受けないことに決めていたが,両親不在の間に町内会長の強い指示で接種に駆り出され,両親の意思に反して副反応の特に強い腸パラワクチン接種が強行されてしまったのである。同人が旧実施規則四条二号の「病後衰弱者」,一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当していたことは極めて明白である。

 ウ 何日か前までのかぜその他の感染症

 ① かぜその他の感染症の症状が治ったとみられる場合であっても,小児の場合は,体調が元に戻るまでには相当期間を要するのであるから,「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当する又は「その判定が困難な者」とすべきである。

 ② 白井裕子(二の一)は,昭和四五年二月一三日に千葉医院で初診を受け,同月二三日にも受診し,更に三月二日になってもせきが止まらず投薬を受けるなど,かなりしつこいかぜにかかっていたことが認められ,回復までには相当な期間を要すると考えられる状態であった。したがって,三月一一日の本件接種は,「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当する疑いがあり,「禁忌判定が困難な者」として,当日の接種は行うべきではなかったものである。

 エ 病気の繰り返し,病後衰弱など

 ① 繰り返し病気にかかる者は,その背後に基礎的な疾病が隠れていることが考えられ,また,繰り返し病気にかかることにより体力が衰えていると考えられる。また,病後衰弱も同様,体力が衰えている。このような場合は,予防接種により副反応が発生するおそれがあり,旧実施規則四条一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」又は同条二号の「病後衰弱者」の禁忌に該当する,又は「禁忌の判定が困難な者」に該当するので,予防接種を行うべきでなかった。

 ② 山本勉(二三の一)は,病気の繰り返しや病後衰弱者とはいえないが,生後二箇月から六箇月間も足の感染症で入院し,輸血を一〇回も受けており,重大な病気にかかっていたことが明らかで,接種時まで年月が経過しているとはいうものの,右病気が何であったのか,後遺症が残っていないか,本人に体質的弱みがあったのではないかなど,検討すべき点が多々あり,「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当する疑いがあり,右「禁忌の判定が困難な者」に該当したものである。

 また,井上明子(二四の一)は,昭和四三年五月一〇日に発熱し,翌朝から下痢も始まり,三九度の高熱が続き,五月一七日現在もなお軟便の状態が続いており,体力は相当消耗していたと考えられる。二種混合ワクチンの接種は五月二七日に行われたが,五月一七日にも軟便で治療を受けており,軟便や不機嫌状態が五月一八日以後も続いていたものと考えられる。五月二七日の接種直後にも発熱と下痢の症状が現れており,「病後衰弱」の状態を脱していなかったことは明らかである。

 オ 体重曲線の異常

 ① 乳幼児の体重の増え方は,その乳幼児の体調,健康状態を総合的に示す最もよい指標の一つとされている。したがって,乳幼児の体重曲線が通常と異なる場合は,何らかの病気や異常が隠されていると考えられ,旧実施規則四条一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」又は同条二号の「著しい栄養障害者」の禁忌に該当し若しくは右禁忌に該当する疑いがあったか,あるいは旧実施要領第一の九3の「禁忌の判定が困難な者」に該当するというべきである。

 ② 尾田眞由美(六の一)は,生後一箇月までの体重増加がわずか二三〇グラムにすぎず,標準の三分の一にも満たない増加でしかなかったもので,極めて異常な状態であり,体力も非常に弱っていた状態であったと考えられる。本件接種当時は,右状態から二箇月も経過しない生後八八日にすぎず,また,当時の体重も五〇〇〇グラムで,標準体重五八〇〇グラムをなお相当下回る状態で,栄養状態は標準と比べ悪いと考えられる状態であった。したがって,同人は少なくとも「著しい栄養障害者」の禁忌に該当する疑いがあり,あるいは右禁忌の判定が困難な者として,本件接種は行うべきでなかった。

 また,伊藤純子(一一の一)は,生後五箇月以降生後一年一箇月ころまで八箇月もの間体重増加がなかった。これは,極めて異常な事態であり,この背後には何らかの重大な疾病や異常が存在したと考えるのが当然である。少なくとも「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当する疑いがあり,「禁忌の判定が困難な者」として,本件接種は行われるべきでなかった。

 また,高光恵子(一八の一)は,出生時は平均値を四〇〇グラム上回っていたのに,生後三箇月二五日には平均値を三五〇グラム下回る結果となっており,体重増加を妨げる何らかの異常があったと考えられる。生後三箇月から五箇月にかけては,保健所で栄養失調気味といわれる状態が続いたが,その後本件接種当時(生後一一箇月)まで,右状態がどの程度回復したかは明らかではなかった。したがって,同人は,「著しい栄養障害者」の禁忌に該当する疑いがあり,禁忌の判定困難な者であった。

 カ 未熟児

 未熟児は,満期前三七週未満で生まれた早産未熟児(AFD)にせよ,三七週以後に生まれたが体重が二五〇〇グラム以下の満期産未熟児(SFD)にせよ,予防接種による副反応が異常に強くなる危険性がある。すなわち,AFDは,強い未熟性のために仮死出産が多く,哺乳力,感染,黄疸等にも弱い上,体温が不安定であり,早く生まれたこと自体,新生児にとっては一つのストレスである。SFDも仮死を始めとしてお産のときの問題が多く,低血糖その他の異常が一般の子供に比べ多い。さらに,SFDにとって問題なのは,神経系又は他の器官に隠された疾患があって,そのためにお腹の中で順調に発育しなかったという蓋然性が高いことである。

 したがって,未熟児は,種痘施行心得(昭和二三年厚生省告示第九五号)九号,旧実施規則四条二号の「著しい栄養障害者」に該当し,かつ,集団接種の場では,同条一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」に該当する禁忌者であったというべきである。

 なお,未熟児であっても,その後体重が順調に増加した場合には禁忌に該当しないという主張があるが,体重が順調に増加したとしても,それだけで未熟児が健康児になったとみるのは早計であって,体重が順調に増加しても,前述のような未熟児に特有の疾患がなお潜在化している場合がある。特に集団接種の場では潜在的な疾病を識別することは不可能であって,専門家である小児科医が十分な時間をかけて隠れた疾病の有無を調べてから,予防接種の適否を判定すべきである。

 キ 分娩異常

 布川賢治(八の一)は,出産の際,分娩子癇と陣痛微弱があり,分娩時にメトリイリーゼ,鉗子手術がされた。したがって,同人は,母親の妊娠中毒症のために体内で酸素不足の状態にあった可能性があり,また,分娩時に仮死出産によって酸素不足の状態になった可能性がある。その上,分娩時に脳細胞を傷つけた可能性が大である。

 清水一弘(三三の一)は,出産に際し臍帯けんらくがあり,仮死出産であった。そうすると,同人も,出産後脳に酸素不足による障害があった可能性がある。

 そうすると,両名は,これらの隠れた障害によって予防接種の副反応が重大になる危険性があったから,「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」に該当していた。

 ク けいれん

 けいれん性体質の子は,旧実施規則四条三号により明らかに禁忌者に該当する。

 控訴人は,荒井豪彦(三二の一)について,禁忌者とされる「けいれん性体質の者」とは,「てんかん等基礎疾患があってけいれんを症状として繰り返す者」が対象であって,同人はこれに該当しないと主張する。

 しかし,右規則は,「けいれん性体質の者」を控訴人のいうように限定していない。そもそも,けいれんが熱性けいれんであるか,てんかんを表すけいれんであるかは区別することが困難であり,熱性けいれんの中にも良性なものと悪性なもの等いろいろな種類がある。このような事情もあって,昭和五一年の予防接種実施規則は,けいれんについて,「接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことが明らかな者」と定め,「けいれん性体質の者」であることも要件としなくなった。けいれん性体質の者を控訴人主張のように限定することは誤りである。

 その上,同人は本件二種混合ワクチン接種の二週間前に本件種痘の接種を受けたが,その後本件二種混合ワクチン接種までに三回けいれんの発作を起こしている。一過性の熱性けいれんでなかったことは明らかである。

 ケ 下痢

 乳幼児が下痢を起こすと,脱水が起きて,そのために体液のバランスが崩れ,けいれんや急性脳症などが非常に起きやすくなる。下痢は,体力を低下させ,抵抗力が減退して予防接種による副反応を増大させるし,神経疾患の発症である場合もある。

 したがって,下痢をしている乳幼児は,予防接種を避けるべきであり,旧実施規則四条一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」に該当し,禁忌者としなければならない。特に,ポリオ生ワクチンの投与については,急性脳症を起こしやすくしないためにも,下痢を禁忌としなければならない。かくして,昭和三九年の予防接種実施規則の改正で,同条六号に「急性灰白髄炎については,第一号から第四号までに掲げるもののほか,下痢患者」との文言が加わったのである。

 控訴人は,田中耕一(一三の一)につき,接種の前日に通院治療中の医師の診察を受け,ポリオ生ワクチンの投与を受けても大丈夫といわれたから禁忌でないと主張する。しかし,前日に診断した医師の判断は,明らかに前記規則の禁忌条項に違背しているばかりでなく,接種当日の被害児の下痢症状が前日と同じであったという証拠は何もないのであるから,接種に際して担当医師は,改めて禁忌に該当するか否かを診断すべきであったにもかかわらず,かかる予診は全く行われていないのである。接種担当医師の予診義務違反は明らかであり,約一箇月前から下痢症状が続いていた被害児が禁忌者であることも明白である。

 コ まん延性皮膚炎

 控訴人は,田部敦子(一二の一)について,頭部に「くさ」ができていて,そのために種痘の接種が延期されたこと,生後一一箇月の時点においても「くさ」のあったことを認めながら,「くさ」は,本件接種当時軽快していたとする。

 しかしながら,「くさ」は,脂漏性湿疹であると考えられるところ,脂漏性湿疹のある子供は,頭部のほかに全身各所に湿疹のあることが多く,実際,被害児は,接種時に頭部及び身体各所に湿疹様の皮膚の変化があったのである。

 したがって,頭部のくさがやや軽快したからといって,被害児が予防接種実施規則にいう「まん延性皮膚病にかかっている者」に該当しなくなったとは到底いえない。

 鈴木増己(一九の一)は,生来皮膚が弱く,あせも,湿疹,あせものよりなどに悩まされ,下痢をすると肛門の回りが長期間発赤し,頭部にも治療を要する湿疹があった。このように,同人は絶えず皮膚病に悩まされていたことからすると,生後一二箇月の本件接種の際にも,湿疹その他の病変があった可能性が大である。

 しかるに,同人は,この点について何ら予診を受けず,本件接種がされた。少なくとも,同人は,「異常が見られ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」に該当する。

 サ 化膿

 池本智彦(四二の一)は,昭和四三年五月二二日,ポリオ生ワクチンの投与を受けたが,接種当時同人は顔色が青白く,ちょっとおとなしく,普段は活発に体を動かすのに,乳母車に乗せても動かなかったことは,同人の母親が供述するところである。また,同人は,接種を受けた約五時間後に三九度の高熱があり,熱は六月になっても続いたこと,接種を受けてから一,二日後に母親は被害児の肛門の周囲におできを見つけ,五月末頃には切開の手術を受けた事実がある。

 以上の事実からみると,被害児は,本件接種時点で既に肛門周囲膿瘍を発症していたものである。したがって,被害児は,当時の旧実施規則四条一号の「有熱患者」の禁忌に該当するか,「その他予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかっている者」に該当する。あるいは,右各禁忌に該当する疑いがあり,右禁忌の判定が困難な異常がある者に該当する。

 シ 過去の予防接種での異常

 本人や兄弟が過去の予防接種で発熱その他の異常を示したことがある場合は,予防接種によって異常な反応を示す危険があり,「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」との禁忌の判定が困難な異常がある場合に該当し,集団接種においては接種を見合わせるべきものである。

   (四) ワクチン過量接種の過失及び複数ワクチン同時接種の過失

 (1) 被害児河又典子(三四の一)につき過量接種を行った過失

 多圧法による接種方法が採られ,接種箇所が二箇所になっている本件では,二倍の量の接種がされたと推認するのが合理的である。

 また,接種による脳炎・脳症等の神経系障害の原因は,痘苗に含まれる物質によるものであり,接種量が多ければ多いほど脳炎・脳症の副作用の危険も増大すると考えられており(平山宗宏「種痘」参照),事故防止のため痘苗の接種量は必要最小量にすべきであるとされているのである。

 控訴人は,我が国の痘苗を規定量の二倍程度接種しても十分に安全と主張するが,我が国の痘苗は,本件接種以前から実際にはポック形成単位1×108以上の力価を有することが国家検定で確認されていたものであり,我が国の痘苗の力価がWHO基準の二分の一であった事実はない。我が国の痘苗を規定量の二倍接種すれば,やはりWHO基準の二倍接種することになるのであって,規定量の二倍の接種は,予防接種事故の危険性,蓋然性があり,安全とはいえない。

 (2) 複数ワクチン同時接種を行った過失について

 ワクチンの接種は人体にストレスを加えることであり,副反応を発生させることのある接種が一つでなく二つ同時に行われれば,人体に対するストレスが同時に二つ加えられることになり,それだけ副反応の発生する危険が増大し,また,副反応が二つ重なることにより重大な結果が発生する危険がもたらされることは医学の常識である。

 また,ウイルス感染が免疫不全をもたらすことがあることは医学上確立された知見であるが,同時接種を行った場合には,一方のワクチン接種によって免疫産生能力が奪われ,他方のワクチンについて免疫不全状態となり,重大な副反応がもたらされるおそれがある。

 このように,予防接種実施要領等が複数のワクチンの同時接種を禁止しているのは,同時接種が副反応の危険を増大させ,副反応が重なることによって重大な結果をもたらすおそれがあるからである。なお,控訴人のいうWHO専門委員会の報告は,具体的な調査,研究による結論とは認め難いものである。

 (控訴人)

   (一) 最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決について

 右最高裁判決には看過し難い誤りが存在する。すなわち,右判決が二者択一の関係であるとする禁忌該当者と個人的素因を有するものという区別が必ずしも明確ではないということである。後者の個人的素因を有する者を,予防接種実施規則四条には定められていないけれども,なお,後遺障害を発生しやすい個人的素因を有するものと一応理解するとしても,それがどのようなものを指すのかの実態は一切不明である。さらに,最大の問題点は,予防接種によって後遺障害が発生した場合に,その原因については,右判決の考え方のように,禁忌該当の可能性と個人的素因を有する可能性とに一応区別できるとしても,そのいずれの原因によるかということは確定し難く,ましてやそれが禁忌者に該当していた高度の蓋然性があるなどとは到底いえないのであって,そのような医学的知見ないし経験則は存在しないという点である。

 以上のとおり,右判決が痘そうの予防接種によって後遺障害が発生した場合には特段の事情の認められない限り被接種者が禁忌者に該当していたと推定されるとした判示は誤りというべきである。

   (二) 接種担当者に禁忌看過に関し過失がないことについて

 なお,仮に前記判決の判示に従ったとしても,以下の被害児四名については,最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決に照らし,接種担当者において禁忌者を識別するために必要な問診が尽くされていたというべきであり,それにもかかわらず禁忌者に該当する事由を見い出せなかったものである。したがって,これら各接種担当者には過失は存しないというべきである。

 (1) 被害児田渕豊英(三〇の一)

 右被害児は,昭和四八年六月二二日,東京都世田谷区所在の玉川医師会館において種痘の定期接種を受けたものであるが,当日の種痘の予防接種を担当した医師は,被害児かかりつけの原医師であった。右接種の際,原医師がどのようにして被害児の健康状態を確認し,接種可能と判断したのかは必ずしも明らかではないが,同医師は,被害児のかかりつけの医師として,かねてより同人の健康状態,その他予防接種実施規則所定の症状,疾病,体質的素因等を熟知していたものと考えられるところ,右知識・経験に基づいてもなお被害児について禁忌に該当する事由を見いだせなかったことは明らかである。このように,被接種者の健康状態を熟知しているかかりつけの医師が問診票の内容を検討し,当日の被接種者を視診している場合には,少なくとも前記最高裁昭和五一年判決が集団接種の場において必要と判示しているのと同程度には被接種者について禁忌該当事由の有無が検討されているといえるから,このような場合には,右最高裁判決が要求するのと同等の予診が尽くされたものと解するのが相当であり,それにもかかわらず,本被害児については禁忌に該当する事由を発見できなかったのであるから,右接種担当者には過失はないというべきである。

 (2) 被害児池本智彦(四二の一)

 右被害児は,昭和四三年五月二二日,倉敷市の幼稚園においてポリオ生ワクチンの定期接種を受けたが,その際には,予防接種実施規則四条所定の症状,疾病,体質的素因等を具体的かつ詳細に質問事項として掲げた問診票が使用されている。その記載内容は極めて分かりやすく,被質問者から適切な回答を得ることができると思われるところ,いずれの事項についても,異常を示す記載はなかった。そして,当然のことながら,予防接種実施担当者は,右問診票を受け取って各項目をチェックし,被接種者の視診を行い,特に異常がないと認めて予防接種を実施したものと思われる。

 したがって,右被害児については,予診が尽くされたというべきであり,それにもかかわらず右被害児については禁忌に該当する事由が発見できなかったのであるから,右接種につき接種担当者に過失はないというべきである。

 (3) 被害児高橋真一(四六の一)

 右被害児は,昭和四七年六月三〇日,岡山市の太田小児科医院において,三種混合ワクチンの第二回目の接種を受けたものであるが,その際の接種担当者である太田医師は,右接種前の六月一九日から,右被害児を診察して投薬治療するなど,かかりつけの医師として同人の健康状態を熟知していた。そして,接種の際にも,問診はもちろん,視診,聴打診,検温等必要な限りの予診を尽くしたが,結局,同人が禁忌者に該当するとするだけの事由を見い出せなかったのである。このように,本件接種は,被害児の健康状態等を熟知するかかりつけの医師により十分な予診がされた上で実施されたものであって,その過程で太田医師は右被害児を禁忌に該当しないと判断したのであるから,右太田医師には過失はないというべきである。

 (4) 被害児秋田恒希(六〇の一)

 右被害児は,昭和四九年四月一二日,大井川町立母子健康センターにおいて,種痘の予防接種を受けたものであるが,その際,予防接種実施規則四条所定の症状,疾病等が具体的かつ詳細に記載されている問診票が使用されたところ,右票には異常を示す記載はされていない。そして,予防接種実施担当者は,右問診票を受け取ってその内容をチェックし,接種に際しては被接種者を視診し,異常がないと判断した上で予防接種を実施したものと推定される。

 したがって,右被害児についても,禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたというべきであり,それによっても禁忌に該当する事由を発見できなかったのであるから,接種担当者には過失がないというべきである。

   (三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張に対する反論

 被控訴人らの各人ごとの禁忌該当に関する主張((三))については,争う。

   (四) ワクチン過量接種の過失及び複数同時接種の過失について

 (1) 被害児河又典子(三四の一)につき,過量接種の過失の不存在

 予防接種実施規則八条では,種痘の痘苗の接種量につき,「痘苗は,0.1ccをおよそ一〇人に対して用いるものとする」と定め,同規則一〇条三項では多圧法における接種数につき,「接種数は一箇とする。」と定めているが,右痘苗に含まれるウイルス菌量の点については,力価試験において,ふ化鶏卵上のポック形成単位が「試料一ml当たり5×107以上」でなければならないとしている。ところで,WHOの基準では,この二倍に当たる「1×108ポック形成以上」とされており,しかも,日本の力価決定に際して,実際の接種時における力価は「1×107ポック形成単位」で十分であるが,保存中の力価低下を見込んで「5×107ポック形成単位以上」とされたものである。

 このような点を考えると,種痘に関し仮に二倍の過量接種を行ったとしても,十分安全な量と考えられるのであって,予防接種事故発生の危険性,蓋然性を有するものではない。

 また,種痘後まれに発生する脳炎・脳症等の重篤な神経系副反応については,その発生機序は必ずしも十分に解明されていないが,量が増えれば右副反応がそれだけ増加するというような単純な関係にあるものではない。被控訴人らの引用する平山論文は,接種量と局所反応との医学的機序は不明であるが,局所反応をできる限り弱くすることが望ましいとの観点から,体内に入るウイルス量を少なくすることも一方法であるといったことを述べているにすぎず,接種量が多ければ直ちに脳炎・脳症の副反応の危険が増大するとの医学的根拠を明らかにしているものではない。

 以上のように,予防接種実施規則に違反して種痘の過量接種を行ったことが直ちに予防接種事故を引き起こすものではないし,事故発生についての過失の存在を推認させるものでもない。

 また,接種個数が二個になったことから,直ちに接種量が通常の二倍になったと推認することもできないものである。

 (2) 被害児梶山桂子(一五の一)につき,ワクチンの複数同時接種を行った過失の不存在

 複数同時接種が禁止された趣旨は,①生ワクチン相互のウイルスの干渉作用による免疫産生の低下の防止,②副反応が発生した場合,原因となったワクチンを特定するための混乱の防止,という二点にある。特に,生ワクチンと不活化ワクチンの同時接種については,ウイルスの干渉作用による免疫産生の低下という現象は生じないから,それが禁止されるのは②の事情を考慮したためにすぎず,同時接種により副作用が発生する危険が増大したり,二つの副作用が重なることによって重大な結果をもたらす危険があるからではない。このことは,WHOの専門委員会の報告や原審のディック証人の証言により明らかである。

 被害児梶山が接種を受けた種痘は生ワクチンであるが,二種混合ワクチンは不活化ワクチンであって,これを同時に接種することは,予防接種事故を引き起こす原因となるものではないし,事故発生についての過失を推認させるものでもない。

  3 接種担当者の過失についての控訴人国の帰責事由

 (被控訴人ら)

   (一) 本件接種担当者の過失と控訴人国の賠償責任

 本件各被害児に対する法による強制接種は,いずれも控訴人国の機関である市区町村長又は保健所長が実施したものであるが,接種担当者による右接種は国の公権力の行使としてされたものであり,国が国家賠償法一条により損害賠償責任を負うことは明らかである。

 仮に本件各被害児に対する強制接種のうち法定期間外にされた接種の一部が国の機関たる市区町村長又は保健所長によってされたものではなく,地方自治体の事務としてされたものであるとしても,控訴人国は,その監督者又は費用負担者として,接種担当者の過失につき,国家賠償法三条により損害賠償責任を負うべきである。

 また,勧奨接種は,都道府県又は市町村が実施したものであるが,控訴人国は,その接種担当者の監督者又は費用負担者として,国家賠償法三条により損害賠償責任を負うべきである。

   (二) 法の定める期間後にされた接種についての控訴人国の責任

 (1) 市町村長は,地方自治法一四八条三項により国の機関委任事務として,「予防接種法の定めるところにより,定期又は臨時の予防接種を行うこと」とされている(同法別表第四,二,(一三))。そこで,市町村長等は,昭和五一年改正前の法以下の法令等に従って予防接種を実施したものであるが,法律が接種を義務付ける接種は,種類が多く,生後間もない短期間に数多くの接種を行わなければならないものとされており,しかも,集団接種の方法を採る場合には年間何回も接種を実施することはできにくい状況にあったため,定期接種として集団接種を実施する場合にも,接種対象として設定された乳幼児の年齢,月齢は必ずしも法律が定める期間内のものに限られず,それを超えることもしばしば起こった(例えば,被害児梶山桂子(一五の一)は,昭和四〇年二月一日生まれであるが,昭和四〇年九月八日,生後七箇月余で二種混合ワクチンと種痘の接種を受けるよう通知され,その接種を受けているが,この通知によれば,生後九箇月,八箇月,七箇月の幼児を接種の対象としていたのである。)。さらに,予防接種には禁忌事項が定められており,接種当日の体調により接種を受けられない者がいることが当然予想され,市区町村長等はこれらの者に対して体調回復後に定期接種を行う法律上の義務があったが,法が定める期間内にこれらの者のため接種を実施することは容易でなかったため,その後に実施する定期集団接種の際(法が定める期間経過後)にこれらの者に対する接種を実施していたのが実際であり,このような接種も五条の定期接種であるとの理解の下に接種を実施していたのである。すなわち,市区町村長等は,定期集団接種の際に都合により接種を受けられない者に対しては,次の定期集団接種の際に接種を受けるよう指示し,右集団接種においては,法の定める期間内の接種と期間後の接種とを区別することなく,定期接種として接種を行ったものである。

 (2) 以下の一〇名の被害児は,以下のとおり,市区町村長等が定期接種のため定めた接種日が被害児との関係では法の定める定期を徒過した後に設定されたか,本人に疾病,健康状態等やむを得ぬ事情があって定期の接種が受けられず,それがやんだ後直ちに,指示により,市区町村長又は保健所長の実施する接種を受けたものであり(山元,千葉,鈴木,矢野,室崎,塩入,藤井の七名については,当初の通知に指定された接種日自体が法の定める期間を経過しており,山元,千葉,矢野,室崎は,右通知の日に接種を受けた。鈴木,塩入,藤井は右通知の指定日は体調が悪く,指定された次の定期接種日に接種を受けた。山本,高田,高橋は,当初の通知に指定された接種日は法の定める期間内であったが,当日は体調が悪く,次の定期接種日に接種を受けた。),その接種の実施主体は,控訴人国の機関たる市区町村長等であることが明らかである。

 ① 被害児山元寛子(三の一)

 生後一年一箇月で種痘第一期の接種を受けた。同人は,静岡県磐田市長からの通知に基づき,同市長が小学校で実施した集団接種において,昭和四一年度種痘第一期の定期種痘として本件接種を受けたものである。本件接種の実施主体は,控訴人国の機関としての磐田市長である。

 ② 被害児千葉幹子(一四の一)

 生後一年二箇月で種痘第一期の接種を受けた。同人は,宮城県迫町長からの通知を受け(通知にいう「生まれて一度も接種を受けないもの」に該当する。),同町長が小学校で実施した集団接種において,種痘第一期の定期接種として本件接種を受けたものである。本件接種の実施主体は,控訴人国の機関としての迫町長である。

 ③ 被害児山本勉(二三の一)

 満四歳を過ぎた昭和四一年一二月に,同年秋ころ回覧されてきた室蘭市役所の広報により知った北海道室蘭市長の実施する第一期種痘の定期接種を室蘭保健所で受けた。勉は生まれつき虚弱体質で入退院を繰り返していたところ,数えで四歳ころから体力もつき健康になってきたので,市の広報で知った定期の種痘を受けたものである。この種痘は控訴人国の機関たる室蘭市長が実施したものである。

 ④ 被害児鈴木浅樹(二七の一)

 生後一年二箇月で三種混合ワクチンの接種を受けた。同人は,東京都世田谷保健所からの通知に基づき,世田谷区長が小学校で実施した集団接種において,三種混合ワクチン第一期第一回定期接種として本件接種を受けたものであり,その実施主体は,控訴人国の機関たる世田谷区長であった。

 なお,浅樹は,生後九箇月で三種混合ワクチン第一期第一回の接種を受け,引き続き第二回の接種を受けようとしたが,かぜのため受けることができず,その後再び保健所から通知があったので,改めて第一期第一回の接種として本件接種を受けるに至ったものである。

 ⑤ 被害児矢野由美子(三九の一)

 生後一歳で百日せきワクチンの接種を松井医院で受けた。同人は,福岡県刈田町長からの回覧板による通知に基づき,同町長が接種を松井医院に委託して実施した集団接種において,百日せき第一期第一回の定期接種として本件接種を受けたものであり,その実施主体は,控訴人国の機関たる刈田町長であった。

 ⑥ 被害児高田正明(四〇の一)

 生後一年二箇月で種痘第一期の定期接種を練馬保健所で受けた。これは生後七,八箇月のときに種痘の定期接種の通知を受けたが,下痢のため受けないでいたところ,その後練馬保健所でポリオの予防接種を受けた際,保健婦から同保健所で種痘の接種を受けるよう指示され,これに従って接種を受けたものである。したがって,実施主体は,控訴人国の機関である練馬保健所長である。

 ⑦ 被害児室崎誠子(四四の一)

 生後一年三箇月で島根県浜田市長の実施した種痘第一期の定期接種を小学校で受けた。同人は,回覧板により接種の実施を知らされ,接種を受けたものであるが,それ以前には種痘の定期接種の通知はなかった。その実施主体は,控訴人国の機関たる浜田市長である。

 ⑧ 被害児高橋真一(四六の一)

 生後一〇箇月で百日せき・ジフテリア・破傷風の三種混合ワクチンの接種を太田小児科医院で受けた。真一は,昭和四七年一月二七日に岡山市長が実施した集団接種において百日せき・ジフテリア・破傷風第一期第一回の接種を受け,引き続き第二回の接種を受けようとしたところ,微熱があったため,接種から除外された。しかし,岡山市の市政だよりにより右接種を受けるようにとの指示があったため,真一は,同年六月六日,岡山市長から市医師会を通じて接種の委託を受けていた太田小児科医院において,三種混合ワクチン第一期第一回のやり直し接種を受け,引き続き同医師から第一期第二回の定期接種として本件接種を受けたものである。したがって,本件接種の実施主体は,控訴人国の機関たる岡山市長である。

 ⑨ 被害児塩入信吾(四七の一)

 生後八箇月で百日せき・ジフテリア・破傷風の三種混合ワクチンの接種を江原医院で受けた。同人は,兵庫県西宮市長からの通知に基づき,指定された小学校で三種混合ワクチンの第一期第一回の定期接種を受けたが,その後かぜをひいたので,江原医院において第一期第二回の接種として本件接種を受けた。その実施主体は控訴人国の機関たる西宮市長である。

 ⑩ 被害児藤井玲子(五〇の一)

 生後一〇箇月で百日せき・ジフテリアの二種混合ワクチンの接種を吹田市民病院で受けた。同人は,大阪府吹田市長からの通知に基づき,同市長が吹田市民病院において実施した定期接種において,二種混合ワクチン第一期第三回接種として本件接種を受けたものである。すなわち,玲子は,回覧板による市長からの通知に基づき,二種混合の第一回,第二回の接種を指定された小学校で受けたところ,第三回に指定された当日は体調が思わしくなく接種を見送った。しかし,吹田市長の前記通知には,指定された当日接種を受けられない人は前回接種から四週間以内に吹田市民病院で接種を受けるよう指示されていたので,吹田市民病院で本件接種を受けたものである。したがって,本件接種の実施主体は控訴人国の機関たる吹田市長である。

 なお,以上一〇名の接種を実施したのが控訴人国の機関である市区町村長ないし保健所長であることは,弁護士会を通じての照会に対し,市区町村長自身がこれを認めているところである。

 (3) なお,仮に前記一〇名の者が,控訴人国の機関である市区町村長等ではなく,市区町村の実施した接種を受けたとしても,控訴人国は,地方公共団体の行う予防接種についても,行政指導の方法で広範かつ強力な監督を行ってきたから,控訴人国は,本件接種の接種担当者の監督者に該当し,接種担当者の過失につき国家賠償法上の責任を負う。

 しからずとするも,昭和五一年改正前の法二二条は,地方財政法一〇条五号により予防接種に要する経費の全部又は一部を負担することとされているのを受けて,控訴人国が,同法二〇条,二一条により都道府県が支弁又は負担する額(市町村の支弁する額の三分の二)の二分の一を負担することとしていた。したがって,控訴人国は地方自治体の実施する法九条の接種についてその経費の三分の一を負担していたことになる。そうすると,控訴人国は,費用負担者として国家賠償法上責任を負う。なお,法二〇条の文言は,特に五条及び六条の接種には限定しておらず,九条の接種についても控訴人国が費用を負担することを定めていると解される。また,控訴人国は,「各年度において,定期内に予防接種を受けると推定される者の人数を基礎として」計算した金額を負担したのであるから,定期接種を受ける予定の者に対する負担分は,全額負担していたことになる。したがって,たまたま法の定める期間経過後に接種を受けた本件被害児一〇名の分についても,控訴人国は接種の費用を負担していたことになる。また,接種を実施した市区町村長等も,期間内と期間外とを区別することなく接種を実施していたので,法の定める期間外に接種を受けた者についても控訴人国の負担金を受入れ,これを接種の費用に充当していたことになる。

   (三) 勧奨接種を受けた者についての控訴人国の責任

 (1) 監督者としての控訴人国の責任

 国家賠償法三条にいう「公務員の選任又は監督に当たる者」と民法七一五条の使用者とは同義であって,法律上,事実上公務員を指揮監督する者を指すと解される。ところが,本件勧奨接種は,インフルエンザワクチンにせよ,ポリオ生ワクチンにせよ,日本脳炎ワクチンにせよ,国の政策として実施が決定され,国が実施のすべての側面を決定し,それを通知等の形で地方自治体に流してその実施方を管理し,指導し,国がいわば地方自治体を手足のごとく使って全国的,統一的に実施していたといえるのであるから,控訴人国が実際に接種を担当した市町村の公務員の「監督に当たる者」に該当することは明らかである。これを具体的にみると,以下のとおりである。

 ① インフルエンザワクチン

 インフルエンザワクチンの幼児に対する勧奨接種は,昭和三二年以来行われてきたものであるが,その基本となった行政の発動は,昭和三二年九月四日衛発第七六八号厚生省公衆衛生局長発各都道府県知事あて「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」と題する通知であった。この通知は,都道府県知事に対し,インフルエンザ防疫対策全般について実施すべき事項を指示するものであるが,そのうち予防接種については,「特に小中学生等流行の拡大の媒介者となる者に対しては,予め流行前に予防接種を実施すること,乳幼児,妊産婦,病弱者,老人及び重要職種の勤労者等に対しても,予防接種の免疫学的特性にかんがみ,できる限り流行前に接種を受けるよう指導すること」を求め,予防接種の実施方法は,「『インフルエンザ予防接種心得』に定められている方法を厳守すること」を指示している。

 国は,昭和三七年以降,毎年都道府県知事あてに「インフルエンザ特別対策について」と題する通知を行い,学童児童等を対象とするインフルエンザワクチンの勧奨接種を指示したが,その中で乳幼児等については,一般防疫対策として前記昭和三二年九月四日付け厚生省公衆衛生局長通知によることとし,「必ず,予防接種を受けることを勧奨されたい」と指示してきた。被害児吉原充(一の一),依田隆幸(一〇の一),越智久樹(二〇の一)は,いずれも右一般予防対策としての乳幼児に対する勧奨接種を受けた者である。また,高橋尚以(五五の一)は,昭和四四年の特別対策としての勧奨接種を受けた者である。

 このように,乳幼児及び学童に対するインフルエンザの勧奨接種は,厚生省の強い指導の下で,都道府県知事が市町村をして実施させてきたもので,市町村は単なる実行部隊であり,勧奨接種を細部にわたって指揮していたのは,厚生省公衆衛生局長である。

 ② ポリオ生ワクチン

 ポリオ生ワクチンの勧奨接種については,昭和三五年八月三〇日「急性灰白髄炎(ポリオ)緊急対策要綱」と題する閣議了解により,「急性灰白髄炎患者の急激な増加の状況にかんがみ,直ちに緊急対策を講ずる必要がある」として,予防接種の実施による予防が強調され,さらに,昭和三六年九月二二日「急性灰白髄炎(ポリオ)特別対策要綱」と題する閣議了解によって,「引き続き経口生ポリオワクチンの緊急投与を実施し,流行の未然防止を期す」ことが宣言された。

 これらを受けて,厚生事務次官は,昭和三六年六月二七日都道府県知事及び指定都市市長あて「今夏の急性灰白髄炎流行における緊急対策について」と題する通達を発し,経口生ポリオワクチンの勧奨接種を行うよう指示した。右通達においては,ワクチンの入手状況に照らして投与を受ける者の年齢等による順位の指定や,ワクチンは国が買い上げ,必要な検査を実施して都道府県に交付するので,都道府県はこれを保存管理すること,投与のための経費の負担といった細部の事項についての指示も含まれていた。

 さらに,右通達を受けて厚生省公衆衛生局長から出された「今夏の急性灰白髄炎緊急対策における経口生ポリオワクチン投与要領について」と題する通知には,ワクチンの投与の際には予診を行うことといったワクチン投与の仕方や禁忌事項等につき細かく指示がされていた。昭和三七年下期以降に実施された勧奨接種は,厚生省公衆衛生局長,薬務局長の通知によって実施されたが,その内容も,右次官通達及び公衆衛生局長通知と同旨であった。

 以上のように,ポリオ生ワクチンの勧奨接種は,ポリオの流行を防ぐため,国の事業として,国の指導監督の下に実施されたのである。

 なお,右勧奨接種を受けた者は,被害児加藤則行(三六の一),藤本美智子(三七の一),小久保隆司(四八の一),大平茂(五一の一)である。

 ③ 日本脳炎ワクチン

 本件被害児のうち日本脳炎ワクチンによる被害者は,昭和四三年五月に県立尾鷲高校で高校生として接種を受けた大川勝生(四五の一)のみである。厚生省公衆衛生局長は,昭和四三年四月一六日付衛発第二七六号により,日本脳炎予防特別対策として予防接種の勧奨接種をするよう指示したが,この接種対象者には高校生は含まれていない。しかし,右通知には,特別対策のほか,昭和三二年七月一八日付衛発第五九二号厚生省公衆衛生局長通知「日本脳炎の予防対策について」を参考として一般防疫対策を実施されたいとの指示が含まれていたところ,右第五九二号通知には,「感受性対策として積極的に予防接種を受け免疫性を得ておくことは,本予防対策の一環として重要であるので,勧奨によりその普及に努めること」と記載されていた。したがって,厚生省公衆衛生局長は,右特別対策の重点対象実施者以外の者についても勧奨接種を実施するよう行政指導を行ったものというべきである。そして,これら特別対策の対象者でない者の接種についても,控訴人国は自ら実施主体として指示した市町村に対し,実施期間,接種方法,禁忌等を具体的に指定していた。

 したがって,被害児大川に対する勧奨接種についても,控訴人国は事実上接種担当者に対する指揮監督を行ってきたのである。

 (2) 費用負担者としての控訴人国の責任

 本件の勧奨接種については,控訴人国がその費用の一部を負担してきたから,控訴人国は国家賠償法三条にいう費用負担者としても賠償責任を負う。

 これをポリオの勧奨接種についてみると,ポリオの勧奨接種については,事務費(人件費,材料費等)は都道府県の支弁とするが,控訴人国がその二分の一を補助し,かつ,六歳未満の投与に使用するワクチンは控訴人国から都道府県に無償交付されたのである。控訴人国がこのように事務費の二分の一等を負担していた以上,しかも,本件勧奨接種は,自治体を手足として使いつつ,控訴人国の政策として行われてきたものであり,その実施に当たり,安全の問題を含め,技術的,専門的側面は全面的に控訴人国が決定し,指導し,監督してきたものであることを考慮すると,控訴人国は,費用負担者として国家賠償法上の責任を免れないものである(最高裁昭和五〇年一一月二八日第三小法廷判決,民集二九巻一〇号一七五四頁参照)。

 (控訴人)

   (一) 法六条の二所定の予防接種について

 昭和五一年改正前の法六条の二の予防接種は,開業医等の民間医療機関が,控訴人国と無関係に接種を実施するものであり,控訴人国の公権力の行使と擬制することはできないものである。

 なお,被害児高光恵子(一八の一)の受けた予防接種につき,被控訴人らは,国の機関である横浜市長が戸塚共立病院で実施したものと主張するが,右予防接種は,戸塚共立病院を経営する医療法人柏堤会が実施したもので,六条の二の予防接種に該当するものである。

   (二) 法の定める期間後にされた接種について

 (1) 国の機関委任事務に該当しないことについて

 国の機関委任事務として市町村長が実施する予防接種は,定期接種及び臨時接種のみであり,このことは,地方自治法別表第四の二(一三)に,市町村長が管理・執行しなければならない機関委任事務として,定期及び臨時の予防接種のみが掲げられていることからも明らかである。法の定める期間外にされた接種が定期接種に該当しないことは明らかである。

 したがって,定期外の予防接種が市区町村の公務員によってされたとしても,それは控訴人の機関委任事務としてではなく,当該地方公共団体が自らの事務(固有事務)として実施したものと解される。なお,定期外の接種がかかりつけの医師などの一般の開業医においてされたときは,右医師が実施主体ということになる。

 そうすると,本件で昭和五一年改正前の法九条所定の予防接種を受けた被害児一〇名のうち,被害児塩入信吾(四七の一)を除く九名については,市,町又は区が実施主体であり,塩入は,かかりつけの医師から三種混合ワクチンの予防接種を受けたものであるから,同人については国家賠償法上の責任を問題にする余地はないものである。

 なお,被控訴人らは,期間外にされた被害児の予防接種につき,弁護士法二三条の二の照会に対する市長等の回答をもって,機関委任事務であることの根拠としているが,九条所定の予防接種であっても,五条所定の予防接種と法的効果が同じであることから,その後の処理も定期接種を実施したものとして扱われるため,このような誤りを生じたものと推察される。

 (2) 監督責任について

 また,被控訴人らは,控訴人国が接種担当者の監督者に該当するとして,国家賠償法一条一項に基づく責任を主張するようであるが,このような責任を問うというのであれば,控訴人国の公務員が予防接種を実施した民間の医師ないし地方公共団体の公務員に対して,予防接種に関し直接指揮・監督し得るような法律関係が明らかにされなければならない。ところが,被控訴人らは,予防接種に関し厚生大臣が公権力の行使に当たる行政指導をしたから,控訴人と右医師あるいは地方公共団体の公務員との間に右の法律関係が生ずるというもののようであるが,控訴人の右行政指導は各地方公共団体に対してされたものであって,接種を担当した民間の医師ないし地方公共団体の公務員に向けられたものではない。

 そうすると,右主張をもってしては,控訴人国が右医師ないし地方公共団体の公務員に対して予防接種の実施を直接指揮・命令・監督していたことを基礎付けることはできず,控訴人国が国家賠償法一条一項の監督責任を負う根拠はない。

 (3) 国家賠償法三条について

 さらに,被控訴人らは,控訴人国が国家賠償法三条の費用負担者に該当すると主張するが,昭和五一年改正前の法二〇条ないし二二条に基づく控訴人の経費負担は,控訴人の機関委任事務である定期及び臨時の予防接種に関するものであって,地方公共団体が実施主体となる予防接種については,勧奨接種の特別対策を除き,控訴人国が経費を負担することはないものである。控訴人国は,各年度において,定期内に予防接種を受けると推定される者(生年月日によって決まる。)の人数を基礎として,標準団体規模に応じた積算方法により,地方税交付金を都道府県に支出するにすぎないのであり,定期後に予防接種を受けようとする者に対しその経費を支出することはない。したがって,地方公共団体が実施する予防接種については,当該地方公共団体においてその費用を負担しているものである。

   (三) 勧奨接種について

 (1) 監督責任について

 地方公共団体が実施主体となりその公務員が担当する予防接種の場合,右公務員に対する関係で指揮・監督の権限を有するのは,当該地方公共団体であって,控訴人国は右接種に当たる公務員の行う予防接種を直接指揮・命令・監督し得る地位にない。被控訴人らは,都道府県知事等あての通知等をもってその根拠とするが,右通知は都道府県知事等に対するものであって,そのことから控訴人国と接種担当の公務員との間に事実上の監督関係が生ずるものとはおよそいえないものである。控訴人国が各都道府県知事等に発した通知には特別対策実施要領が添付されているが,これは,厚生省設置法四条一項を踏まえ,地方自治法二四五条五項に基づき技術的な指導・助言を行ったものであり,勧奨接種の実施主体において,これらを踏まえ,地域住民の健康及び福祉保持の観点から,その固有事務として勧奨接種を実施したのにすぎず,控訴人国が各接種担当公務員を指揮・監督するような内容のものではない。

 したがって,控訴人国は,勧奨接種の接種担当者である地方公務員を指揮・監督する立場にはないから,仮に接種担当公務員に過失があるとしても,控訴人国が国家賠償法一条一項に基づき,責任を負ういわれはない。

 なお,被害児大川勝生(四五の一)は,三重県立尾鷲高等学校在学中に,日本脳炎の予防接種を希望して受けたものであり,厚生省公衆衛生局長が各都道府県知事あてに日本脳炎特別対策として予防接種を勧奨した接種対象者ではなかったから,勧奨接種ではなく,単なる任意接種にすぎない。

 (2) 国家賠償法三条の責任について

 勧奨接種においては,被接種者が実費を負担するのであって,いわゆる特別対策(勧奨接種のうち,地方自治体に対して国から一定の財源措置ないし国庫補助が行われるものをいう。)の対象者の一部を除き,控訴人国において費用を負担することはないのが原則である。

 そこで,以下特別対策について検討する。

 ① インフルエンザ及び日本脳炎の特別対策

 インフルエンザ及び日本脳炎の特別対策は,本来勧奨接種に要する費用は被接種者又は保護者から実費を徴収してこれに充てるのが原則とされていたが,保護者が生活保護法による被保護者又はこれに準ずる者である場合には,実費を徴収せず,これを公費負担とするというものであった。そして,特別対策の実施対象は,小中学校,幼稚園及び保育園の児童である。しかるところ,インフルエンザの予防接種を受けた被害児吉原充(一の一),依田隆幸(一〇の一)及び越智久樹(二〇の一)は,その接種時の年齢からして,一般予防対策としての乳幼児に対する勧奨接種を受けたものであり,特別対策の該当者に当たらない。また,被害児高橋尚以(五五の一)は,接種時年齢が九歳二箇月であり,年齢的には特別対策の該当者となり得るが,その保護者が生活保護法による被保護者又はこれに準ずる者に該当するとして公費負担がされているとは認められない。

 なお,日本脳炎の予防接種を受けた大川勝生(四五の一)は,高校在学中に接種を受けたから,特別対策の対象者に含まれていない。

 なおまた,特別対策にかかる経費の負担方法は,都道府県が実施市町村に対し公費負担額の三分の二相当額を交付し,控訴人国は,都道府県が市町村に交付した右補助金の二分の一に相当する額(すなわち全体の三分の一)を都道府県に交付するという間接補助方式を採っていたところ,右のように事業主体との関係で直接的でない費用負担につき国家賠償法三条の責任を認めることは相当でない。さらに,控訴人国は,インフルエンザ及び日本脳炎の特別対策にかかる公費負担につき法律上負担義務を負っているものではなく,勧奨接種全体に占める補助金の割合は極めて小さかったものであるから,控訴人国に国家賠償法三条の責任が生ずることはあり得ない。

 ② ポリオの特別対策について

 被控訴人らは,ポリオの勧奨接種について,事務費の二分の一を控訴人国が補助し,かつ六歳未満の者への投与に使用するワクチンを無償交付していることを根拠に,控訴人国は国家賠償法三条の責任を負うと主張するが,六歳未満用のワクチンの無償交付をもって三条にいう「俸給,給与その他の費用」に当たるとすることには解釈上無理がある。また,事務費の二分の一の補助をもって控訴人国が国家賠償法三条の費用負担者に当たると解することにも疑問がある。

 なお,ポリオの勧奨接種を受けた四名の被害児のうち昭和三九年二月二八日に予防接種を受けた加藤則行(三六の一)については,特別対策の対象者には該当しない。すなわち,ポリオ特別対策による経口ポリオ生ワクチン投与の費用については,昭和三六年七月から昭和三八年度上半期までは,投与のための事務費を実施主体である都道府県が支弁し,控訴人がその二分の一を補助するというものであったが,昭和三八年度下半期(ワクチン投与実施期間が昭和三九年一月から三月上旬まで)の特別対策では,ポリオの流行も下火となったことなどから,経口生ポリオワクチンの投与は,他の勧奨接種と同様,市町村が実施するものとされ,その費用負担も,事務費,ワクチン代を含んだ実費を市町村が被投与者から徴収することを原則とし,生活保護法の被保護者等一定の低所得者については実費徴収を免除して,これらの者に対する投与を公費負担とし,その三分の一につき間接補助方式により国庫補助をするというように改められた。加藤則行については,この昭和三八年度下半期のポリオ特別対策として,名古屋市が実施した勧奨接種を受けたものである。そして,同人が実費免除により公費負担とされたとの証拠はないから,控訴人国は,同児の右予防接種につき,国家賠償法三条の費用負担者に該当しないといわなければならない。

  4 実施主体の過失による国家賠償責任について

 (控訴人)

 被害児梶山桂子(一五の一)につき,東京都中野区長が二種混合ワクチンと種痘の同時接種の計画を立案したとしても,予防接種事故発生についての過失を推認させるものではないことは,前記2(四)(2)記載のとおりである。

第五 損失補償請求について

 一 国家賠償請求に損失補償請求を併合することの可否

 (控訴人)

  1 本件は,国家賠償法一条に基づく損害賠償請求事件として,昭和四八年六月,東京地方裁判所(ワ)第四七九三号事件として提起され,その後同様の請求原因に基づき,同裁判所同年(ワ)第一〇六六六号事件,昭和四九年(ワ)第一〇二六一号事件,昭和五〇年(ワ)第七九九七号事件及び同年(ワ)第八九八二号事件が順次追加提訴され,いずれも併合の上,民事訴訟法に基づき審理が進められた。

 しかるところ,被控訴人らは,昭和五三年九月二九日付けの準備書面(十六)(昭和五三年九月二九日の第二七回口頭弁論期日に陳述)において初めて憲法二九条三項に基づく損失補償の請求をするに至った。

 その後右事件に同裁判所昭和四七年(ワ)第二二七〇号事件(併合前は国家賠償法一条に基づく請求)及び昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件(併合前から国家賠償法一条及び憲法二九条三項に基づく請求)が併合され,また,前記昭和五〇年(ワ)第八九八二号事件は取下げにより終了している。

 以上の経過からすると,京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件以外の事件においては,国家賠償法一条に基づく請求に憲法二九条三項に基づく損失補償請求の訴えの追加的変更の申立てがされ,昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件においては,国家賠償法一条に基づく損害賠償請求と憲法二九条三項に基づく損失補償請求とが併合して提起されたものということになる。

  2 ところで,国家賠償法一条に基づく損害賠償請求と憲法二九条三項に基づく損失補償請求とは,訴訟物を異にする別個の訴えであることは明らかであるところ,前者は民事訴訟法に基づき審理されるべき訴え(以下「民事訴訟」という。)であり,後者は損失補償請求という公法上の法律関係に関する事件(行政事件訴訟法四条の実質的当事者訴訟)として行政事件訴訟法に基づき審理されるべき訴えであることも明白である。

 そうすると,昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件以外の事件についてみると,本件では,民事訴訟に行政訴訟の訴えの追加的変更の申立てがされたものということになる。

 しかしながら,後記3記載のとおり,民事訴訟に行政訴訟を併合することは許されないから,右行政訴訟への訴えの変更の申立てについては,原裁判所は,これを許さないとの裁判をするべきであったところ,誤って訴えの変更を許したものであるから,右裁判を取り消し,訴え変更を許さずとの裁判をするべきである。

 なお,前記東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件については,もともと併合要件を欠く訴えが同一の訴状をもって提起された場合で,しかも二つの訴えは選択的併合の関係にあるから,損失補償請求に係る訴えを分離して独立の訴えとして取り扱う余地はない。したがって,右の訴えは,不適法として却下されるべきである。

  3 訴えの変更は,従前の請求のために開始された訴訟手続において新たな請求につき審判を求めるものであるから,訴えの変更が許されるためには,数個の請求が同種の訴訟手続によって審判され得ることという民事訴訟法二二七条の要件を満たす必要がある。そうすると,民事訴訟に行政訴訟を併合することは許されないことになる。

 もっとも,行政事件訴訟法一六条及び一九条は,関連請求の関係にある民事訴訟を行政訴訟に併合し得ることを認めている。しかし,民事訴訟と行政訴訟とが関連請求の関係にあるとしても,これとは逆に,民事訴訟に係る請求にこれと関連請求の関係にある行政事件訴訟を併合することは許されないと解すべきである。

 すなわち,行政事件訴訟法一六条,一七条,一八条及び一九条は,取消訴訟の管轄裁判所に関連請求に係る訴えの併合管轄が生ずることを認め,同裁判所に関連請求に係る訴えを移送し又は併合提起し得ることを定めたものであるが,他方,行政事件訴訟法は,関連請求に係る訴訟の管轄裁判所に取消訴訟の併合管轄権が生じ,同裁判所に取消訴訟を移送し又は併合提起し得る趣旨の規定は一切設けていない。これらの点からすると,行政事件訴訟法は,係争処分等の早期確定を図る趣旨の下に,その取消訴訟に併合し得る請求を行政事件訴訟法一三条所定の関連請求に限定した上,取消訴訟を中心にすえ,これに関連請求に係る訴訟を併合する建前を採っているのであって,取消訴訟を関連請求に係る訴訟に併合することは許容していないと解される。

 そして,当事者訴訟には行政事件訴訟法四一条二項により取消訴訟に関する前記諸規定が準用されているので,当事者訴訟を関連請求に係る訴訟に併合することは許されない。

 そして,損失補償請求と損害賠償請求とは同種の訴訟手続による場合に当たらないから,民事訴訟法二二七条により追加的に訴えを変更することもできない。

  4 以上のとおりであるから,被控訴人らの原審における損失補償請求の訴えの追加的併合は許されず,この点を看過した原審の訴訟手続の違法が治癒される余地はないから,当審において速やかに損失補償請求を認容した原判決を取り消し,訴え変更不許の裁判をするべきである。

 また,東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件については,原判決を取り消し,訴えを却下するべきである。

 (被控訴人ら)

  1 時機に遅れた主張

 控訴人の主張は正に時機に遅れた防御方法であり,却下されるべきである。すなわち,被控訴人らが,本件において憲法二九条三項に基づく損失補償の請求を主張したのは,原審における昭和五三年九月二九日付けの準備書面(十六)においてであり,それ以来既に一三年の歳月が経過している。右準備書面以降被控訴人らは,損失補償請求を中心として法律上の主張を展開したが,控訴人は,原審において併合審理の不適法を主張していないのである。当審においても,平成三年六月一〇日付けの準備書面(十七)までは,控訴人は,損失補償請求についての併合審理が不適法である旨の主張を一切していなかった。

 控訴人は,被控訴人らが損失補償の請求をした当初から右主張を行うことができたにもかかわらず,結審を目前に控えた右時期まであえてこれを行わなかったのであって,控訴人の主張が時機に後れたものであることは明らかである。

  2 併合審理の適法性

   (一) 損害賠償請求と損失補償請求とを同一訴訟手続において併合審理することが適法であることは,最高裁判所の判例(昭和四七年五月三〇日第三小法廷判決・民集二六巻四号八五一頁,昭和五七年二月五日第二小法廷判決・民集三六巻二号一二七頁)であり,実務上もこれに従った取扱いがされている。

   (二) また,本件損失補償請求と国家賠償請求訴訟とは訴訟手続的に相容れない異質のものではない。本件損失補償請求は単純な金銭の給付請求訴訟であって,これがいわゆる実質的当事者訴訟に該当したとしても,その審理手続は民事訴訟手続そのものといってよいものである。当事者訴訟については行政事件訴訟法四一条に「抗告訴訟に関する規定の準用」規定があるだけであり,同条によれば当事者訴訟に準用される同法の規定は,行政庁の訴訟参加(二三条),職権証拠調べ(二四条),判決の拘束力(三三条一項),訴訟費用の裁判の効力(三五条),関連請求に係る訴訟の移送(一三条)及び併合(一六条ないし一九条)であるが,原則として民事訴訟の規定に従って審理される実質的当事者訴訟,特に単純な金銭給付請求においては,職権証拠調べの規定以外はそもそも理論上及び実務上も適用される余地がない。すなわち,行政事件訴訟法は,民事訴訟法を基礎として,行政処分及び行政過程の持つ特殊性を手続的に規定しているのであって,その実は抗告訴訟法とでもいうべきものであり,行政処分の介在することのない,また,行政過程に直接影響を及ぼすこともない単純な金銭的請求である実質的当事者訴訟においては,行政処分の効力,関係行政庁の訴訟参加,判決の拘束力等行政過程の特殊性を手続に反映させる必要性が存在せず,行政事件訴訟法の規定が適用される余地がない。

 併合の規定である一六条ないし一九条の規定に関していえば,これらの規定は同一の行政処分に関連する紛争を一挙に解決することを目的とした規定であるから,実質は民事訴訟である実質的当事者訴訟を関連請求に追加的に併合することは,同法の趣旨に何ら反するものではない。

 しかも,適用の余地があるとされる職権証拠調べ(二四条)の規定については,同規定の適用の有無によって「行政訴訟手続」と「民事訴訟手続」を区別したとしても,一般に職権証拠調べの規定が活用されていないことは周知の事実であって,そのために訴訟当事者に不利益が生ずることはなく,そのことが併合審理の可否を論ずる根拠とはなり得ない。本件においても,職権証拠調べの規定の適用が問題となったことはなく,応訴上控訴人がそのことによって不利益を受けたこともない。

 したがって,本件損失補償請求が行政訴訟手続によって審理されなければならない理由は存しない。

 そうすると,本件損失補償請求は,民事訴訟法二二七条に基づき併合審理が可能であり,行政事件訴訟法に基づき別個の訴えを提起しなければならないとする控訴人の主張は失当である。

 二 損失補償請求権の存否

 (控訴人)

  1 憲法一三条,一四条一項,二五条と損失補償請求権

   (一) 憲法一三条は個人主義を基調とする自由権的基本権ないし基本的人権を一般的,抽象的,包括的に宣言しているものである。したがって,同条が裁判規範として現実に機能する余地があるとすれば,それは基本的人権を制約する法令,処分等の合憲性が争われた場合に同条が憲法の基本理念を表明するものとして,同条の趣旨により法令,処分が違憲無効とされる場合に限られるというべきである。

 憲法一三条の規定の趣旨,目的,内容,性質等に照らすと,国民が国に対し直接同条に基づき何らかの実体法上の請求権を取得するということはおよそ考えられないところである。

   (二) 憲法一四条一項は,近代憲法の持つ平等主義の大原則を一般的に宣言したものであり,法の内容についての制約として立法に基準を与え,また,法の執行に対する制約として,行政と裁判とを指導するものであって,いわば高次の国政指導原理たるべきものであり,裁判規範としての効力は,差別を内容とする行為(法律ないし処分)を違法とし,無効とするものにとどまり,それ以上に,国民が実質的平等を実現するように国家に要求し得る権利を含むものではない。

 右条項を根拠として国民の国に対する実体法上の請求権を認める余地は存しない。

   (三) 憲法二五条は,いわゆる生存権を保障した規定であるが,累次の最高裁判決が明らかにしたように,国民の生存権確保のための国の責務を宣言したものであって,国が個々の国民に対して具体的・現実的に義務を有することを規定したものではない。

   (四) そして,憲法一三条,一四条一項,二五条の各規定の法意は右のとおりであるから,そのような規定を総合して解釈したとしても,それらの規定から直接国民の国に対する何らかの実体法上の具体的な請求権が導き出されるということはない。

  2 憲法二九条三項と損失補償請求権

   (一) 初めに

 憲法二九条三項の趣旨は,同条一項が財産権の不可侵を規定して私有財産制を制度的に保障していること,同条二項が公共の福祉を図る見地から財産権の内在的制約あるいは政策的制約としてその内容を立法的に定め得るとしていることを前提とした上,公共の利益のために私有財産を同条二項によって許される右内在的制約あるいは政策的制約の域を超えて剥奪,制限等する必要がある場合にこれを適法になし得る道を開くとともに,その場合には,当該財産権を価値的に保障する意味で正当な補償をすべきものとしていると解するのが相当である。したがって,憲法二九条三項の意味,内容を解釈し,確定するに当たって,一項,二項との有機的関連性を何ら考慮することなく,三項のみ独立して解釈するといった手法は不適当であって,同項を正しく理解するためには,同条が全体として一定の意義を有していることを念頭におき,その中における同項の位置付けを踏まえた上でその意味内容を解釈し,確定することが必要である。

   (二) 憲法二九条三項の要件

 憲法二九条三項の「公共のために用いる」の意義については,判例は,公共のためにする財産権の制限が一般的に当然受忍すべきものとされる制限の範囲を超え,特定の人に対し特別の犠牲を課したものと認められる場合をいうものと解しており,特別の犠牲の概念を中心に右条項を解釈している。

 もっとも,この特別の犠牲の概念は本来極めて抽象的,多義的,相対的概念であって,個別具体的事案の下で何をもって特別の犠牲というかを判断するのは容易なことではないということに注意を要する。また,同条項のいう「正当な補償」の意義については,学説上完全補償説と相当補償説の対立がある。そして,完全補償説にも,①損失補償の目的は,平等原則の実現にあるから,生じた損失の全部を保障するものでなければならないとする説,②損失補償は,財産権の補償に対応するものであるから,被侵害財産の客観的価値を保障するものでなければならないとする説に分かれ,相当補償説も,①正当な補償とは,完全な補償を意味するものではなく,時の社会通念に照らし,客観的に公正妥当であれば足りるとする説,②私有財産制の下では完全な補償を原則とするが,合理的理由があるときは,例外的にそれを下回ることも許されるとする説,に分けられる。

 ところで,正当な補償の意義を完全補償と捉えると,財産権の剥奪,侵害,制限の多種多様性に応じた補償を困難かつ現実性のないものとすることから,相当補償説が通説であり,最高裁の判例(昭和二八年一二月二三日大法廷判決)も,相当補償説のうち①の説に立つことを明らかにしている。

 相当補償説の①説の論拠は,財産権はもともと憲法二九条二項に基づき内在的ないし政策的制約を受けるものであって,そのような制約による財産権の価額の低下自体は財産権者において当然受忍すべきであり,同条三項により補償の対象となるのは,それを超えて価額が低下し,あるいは財産権を喪失したときであるから,正当な補償の内容も財産権の内在的制約あるいは政策的制約の大小との関係で相対的にならざるを得ないこと,特別の犠牲といっても,土地収用法に基づく土地収用のように特別性の極めて高度なものから憲法二九条二項に基づく財産権の内在的制約との限界事例まで多種多様であり,正当な補償も特別の犠牲における特別性の程度に応じて相対的なものとならざるを得ないことにある。

 相当補償説の①説に立った場合,何をもって正当な補償とするかの基準については,「具体的な権利の侵害を認める法律の目的及び侵害行為の態様を考え,被侵害利益の性質及び程度に鑑み,補償が与えられる当時の社会通念に照らし,社会正義の観点からみて,客観的に公正妥当であるかどうかを判断して決するほかはない。」といわれている。

 なお,最高裁昭和四八年一〇月一八日第一小法廷判決は,土地収用法における損失補償について,「完全な補償」という文言を用いているが,相当の補償で足りるとした前記最高裁昭和二八年一二月二三日大法廷判決を変更したものとは解されていない。すなわち,相当補償説の①説の立場からは,右最高裁昭和四八年一〇月一八日判決は,土地収用法による収用の場合,特定の財産権の所有者に対する犠牲の特別性が極めて高い場合であることに着目して,「収用の前後を通じて被収用者の財産的価値を等しくならしめるような補償」が要求されることを判示したものと理解できる。

   (三) 憲法二九条三項に基づく損失補償請求の限界

 (1) 直接憲法二九条三項に基づき損失補償請求ができるかどうかの問題については,補償についての法律規定がなくとも右条項が直接に具体的な補償請求権の成立とその内容を規律する実体法規としての効力を持つとする実体法規説が通説・判例と目されつつある。

 しかし,憲法による直接請求を認めるとすると,まず,二九条三項に民法や商法と同じく実体法すなわち権利義務ないし法律関係そのもの,あるいはその実質的な事項,すなわちその種類,変動,効果,帰属すべき主体などを規定する法としての性質・効力を肯認することになる。しかし,憲法の数ある条項の中で憲法二九条三項についてのみ立法を待たずして直接国民の国に対する実体法上の請求権が発生するとする実体法としての性質,効力を解釈上認めることは極めて特異なことになる。

 また,特別の犠牲の概念そのものが極めて相対的なものであり,同じ「特別」でも特別性の程度が一般に近いものから極めて高度なものまで千差万別であるため,個別具体的事案について何をもって特別の犠牲というかを判断することは容易なことではない。憲法二九条三項に実体法としての性格・効力を肯認し,右条項に基づく損失補償請求権を認めようとすると,その要件は極めて抽象的・多義的・相対的なものとならざるを得ないのであって,右条項は,法律要件の点からみると,裁判規範として機能する実体法規範としてはおよそ不明確かつあいまいな内容の規定であるといわざるを得ないことになる。これは,憲法の一条項に実体法規性を認めること自体に法理論上の難点があるからである。

 憲法二九条三項に実体法規性を認めることに法理論上の難点がある以上,本来,いかなる場合に損失補償をすべきか,その要件の具体的定立は個別の立法に委ねるのが財産権の補償と法的安定性の確保に資するとともに,憲法規範としての特質にも合致するのである。

 また,憲法二九条三項から発生するとされる法的効果の内容である正当な補償の意義,内容についても,特別の犠牲の程度や憲法二九条二項に基づく財産権の内在的制約あるいは政策的制約の大小との関係で相対的にならざるを得ない。このように正当な補償の意義内容は,特別の犠牲の概念の相対性及び憲法二九条二項との相対的関係に対応して極めて相対的なものであり,概念自体の抽象性,多義性とあいまって法解釈上その意義,内容を一義的明確に把握し,確定することは著しく困難であるといわなければならない。このように,何をもって正当な補償とするかについて,直接憲法二九条三項の解釈からこれを導き出すことに関して法理論上右のような難点がある以上,右条項にいう正当な補償の内容の具体化は,当該法律関係を規律する損失補償関係法規の個別立法の中で図られるべきである。

 以上のとおり,憲法二九条三項に基づく損失補償請求権を認めるとき,その要件の中核をなす特別の犠牲の意義,内容,並びにその法的効果の内容をなす正当な補償の意義,内容は余りに抽象的,多義的,相対的であって,右条項は,法律要件,法律効果のいずれの点からみても,裁判規範として機能する実体法規範としてはおよそ不明確かつあいまいであるといわなければならない。憲法二九条三項の持つ右のような実体法規範としての難点は,裁判所が法解釈の名の下に補うには余りに重大すぎるというべきである。

 (2) そして,損失補償につき憲法二九条三項の規定を受けて具体的に立法された法律において,具体的な法律関係あるいは事実関係ごとの補償原因や補償内容,それに補償額確定手続等が規定されている場合には,憲法の右条項の趣旨を踏まえた上で,当該法律の解釈適用によりこれを解決すべきであり,また,補償規定がない場合であっても,同様の法律関係ないし事実関係について規律する法律に補償規定があるときは,同様の法律関係は同様に扱うとの法解釈の普遍的原則に照らしても,当該法律の類推適用によって解決すべきであり,それとは別個に,直接憲法の右条項に基づき損失補償請求をすることは許されないというべきである。このような立場こそ憲法の右条項が本来有すべき憲法規範としての特質に合致するものであるばかりでなく,それによって初めて右条項に実体法規性を承認したときに不可避的に生ずる損失補償の要件及び効果の抽象性,多義性,相対性に由来する裁判規範としての限界の問題を合理的かつ現実的に解決し,損失補償を巡る法律関係の法的安定性を確保することができるのである。

 (3) ところで,このように法律優先適用説的な考え方を採った場合,法律の定める補償内容が憲法二九条三項にいう正当な補償に及ばないと解されるときは,これをいかに考えるかが問題となるが,そのような場合は,まず,当該補償規定の意味・内容を憲法の右条項の趣旨によって補充した解釈により正当な補償との乖離を回避すべきであり,右のような解釈によってもなお正当な補償との乖離を回避できないときは,当該補償規定の違憲性が問題とされるべきである。そして,右違憲性が肯定されて初めて該当補償規定のうちの補償内容の上限を画する部分の効力が否定され,当初より補償規定を欠く場合に準じて直接憲法二九条三項に基づく損失補償請求の適否が論じられるべきである。

 (4) 結局,このように財産権の制限を課している法律に補償規定がなく,他に類推適用すべき法律の補償規定もない場合に,初めて直接憲法二九条三項に基づく損失補償請求が問題となり得るが,右の直接請求を認めることには,憲法の実体法規性の有無,右条項の要件及び効果の抽象性,多義性及び相対性から問題が多く,仮にこれを肯定する立場に立ったとしても,法律要件の中核をなす特別の犠牲と法律効果の内容をなす正当な補償のいずれの意義・内容についても裁判規範として裁判所の公正,安定的な使用に耐えるだけの一義的に明白かつ客観的な判断基準が定立されなければならないのである。

   (四) 生命・身体被害と憲法二九条三項

 (1) 生命・身体被害に対する憲法二九条三項の類推適用の困難性

 憲法二九条一項は,個々の国民に対しその財産権に対する国家の侵害からの自由権を保障するとともに,経済制度の基礎秩序として私有財産制を制度的に保障しているものであり,同条二項は,同条一項が私有財産制を制度的に保障していることを前提とした上,その制約として,公共の福祉の見地から「財産権の内容」を定めることを法律に委ねたものであり,三項は,公共の利益のため私有財産について同条二項によって許される内在的制約の域を超えて剥奪,制限等をする必要がある場合にこれを適法になし得る道を開くとともに,その場合には当該財産権を価値的に保障する意味で正当な補償をするべきものとしているのである。

 このような憲法二九条三項の位置付けないし趣旨,目的にかんがみると,そもそも生命・身体被害の場合に同条の中から同条三項のみを取り出してこれを類推適用し,生命・身体被害に対する損失補償の道を開こうとする発想そのものが極めて問題である。

 また,憲法二九条三項の要件の点から検討すると,憲法二九条三項により正当な補償が必要とされるのは,財産権を「公共のために用いた」場合であり,それによって生じる「特別の犠牲」に対して損失補償が必要とされてきたのであるが,そこではかかる特別の犠牲といわれる財産権の侵害は,公権力の意図的ないし目的的侵害行為に基づくものであり,結果的に偶然発生したような損害を含むものではないことはむしろ当然のこととされてきたのである。

 このような観点からみるとき,憲法上,生命・身体について右に述べた財産権に対する特別の犠牲と同じ意味での特別の犠牲を許容する余地のないことは明らかである。憲法二九条三項に規定する損失補償は,当初から適法な行為の結果として一定の損失が生ずることが意図されており,だからこそ当該損失に対して補償が必要とされるのである。そのような前提なしにたまたま損害が発生したからといって,この損害という結果にのみ注目して憲法の損失補償の法理を類推適用するということは,許されない。財産権に対する特別の犠牲について妥当する損失補償の論理は,生命・身体に対する特別の犠牲の場合に妥当する余地はない。生命・身体に対する特別の犠牲については,そのような特別の犠牲を課すこと自体が違憲違法な行為であるとして,差止めの法理ないし国家賠償法一条に基づく損倍賠償の法理で解決されるべきものである。

 (2) 本件予防接種禍に対する憲法二九条三項の類推適用の困難性

 前記のように,憲法二九条全体の構造からして生命,身体について特別の犠牲ということを許容する余地はなく,その意味で本件予防接種禍について同条三項を類推適用することはできないものであるが,その点を別にしても,予防接種禍が財産権に係る損失補償請求権の要件の中核をなす特別の犠牲と同じ意味で特別の犠牲に当たるかが検討されなければならない。

 この特別の犠牲に当たるかどうかの点は,侵害行為の対象が一般的であるかどうか,いいかえれば広く一般人を対象としているかそれとも特定人又は特定の範疇に属している人を対象としているか,被侵害者が全体に対してどういう割合を占めているかという形式的基準,及び侵害行為が財産権の本質的内容を侵すほど強度なものであるかどうかという実質的基準の両要素について客観的・合理的に判断されるべきものである。

 まず,形式的基準との関係でみると,本件各予防接種は,特定人又は特定の範疇に属する人を対象としているのではなく,広く国民一般を対象としているものである。ごくまれにではあるが一定の確率で発生する重篤な副反応の可能性を予防接種の危険性と呼ぶならば,国民一般が社会防衛,集団防衛の観点から等しくその危険性を負担するものであり,重篤な副反応が発生した者のみがその危険性を負っているものではない。このように本件予防接種禍の場合,侵害行為の態様においては何ら特別性がない。

 次に実質的基準との関係でみると,予防接種という侵害行為はその本来の性質上,当然に生命・身体に対して重大な損傷を与えるというような強度なものではない。予防接種による重篤な副反応の発現という結果は,決して意図的ないし目的的なものではなく,この点において,意図的,目的的侵害行為を特徴とする収用概念とは完全に乖離しているのである。

 このように,本件予防接種禍が財産権に係る損失補償請求権要件の中核をなす特別の犠牲と同じ意味で生命・身体に対する特別の犠牲に当たるとすることには法理論上多大の疑問があり,これを否定せざるを得ない。

 なお,予防接種を実施することではなく,重篤な副反応が生じたことをもって特別の犠牲を課したと解する立場もあるが,その立場については,なぜに憲法二九条三項にいう「公共のために用いる」ということを個別具体的な接種行為以外の点に求め得るのかが説明されなければならないであろう。このような論法を用いると,義務教育における体育の授業実施中の人身事故についても(全国的視野でみるとこのような人身事故の発生はある程度不可避的とさえいえなくもないのである。),損失補償の対象ということになるのでなかろうか。学校事故が発生したことによって他の児童生徒の健全な発育が達成されるものではないが,予防接種にあっても特定の者に副反応が生じたことによって社会防衛が達成されるものでないことは同様なのである。

 また,副作用としての特別な犠牲は意図された結果ではないとしても,単なる偶然の結果ではなく,当初から予測され,しかもやむを得ないものとしてではあれ,当初から認容された結果であるから,発生した結果に対する補償の必要性の観点からは,当初から意図された結果としての特別な犠牲と同視し得るとする説もあるが,そこでいう予防接種禍の予測,認容というものは,予防接種を受けた特定人に被害が生ずることに対する予測,認容でないことはもとより,損失補償を要する場合における意図性,目的性と対比すると,全く質的に異なるものである。このように意図性,目的性の要件を極度に緩和,抽象化することはできないといわなければならない。

 そのほか,勧奨接種については,特に以下の点を指摘し得る。すなわち,勧奨接種は,特定疾病の感受性対策として,国の地方公共団体に対する行政指導により,特定の年齢群,集団などに対し,勧奨して主に市町村が実施主体となって実施したものであるが,罰則による強制若しくは法による義務化を伴わない点で強制接種とは基本的な法構造を全く異にするものである。そして,勧奨接種の対象となったインフルエンザ,日本脳炎,急性灰白髄炎のいずれも伝染性が極めて強いか一度罹患すると極めて重篤な症状を呈するものなど,疾病自体が国民から恐れられているものであり,勧奨接種を受けた国民には,勧奨によって啓発されて自発的に接種を受けたという場合も相当割合存在すると考えられる。むしろ,勧奨により接種を受ける個々人が自己の防衛という観点を離れて専ら社会防衛,集団防衛という観点から接種を受ける場合は例外というべきで,個々人の防衛という観点から接種を受ける場合の方がむしろ一般的である。このようにみてくると,本件勧奨接種に伴う予防接種禍については,強制接種の場合に比べて国家権力による強制の要素が極めて希薄であり,この点からも,特別の犠牲に当たると解する余地はないといわなければならない。

 なおまた,日本脳炎の勧奨接種については,日本脳炎は主としてコガタアカイエカ,豚,コガタアカエイカという循環によってコガタアカエイカの感染が増幅され,ときに人が感染を受けるというものであり,人間相互の感染ということは全く考えられないのであるから,日本脳炎ワクチンは被接種者個人につき罹患した場合の重篤な症状を防ぐという個人防衛の面において存在意義を有するのであり,社会防衛,集団防衛という側面は極めて希薄である。したがって,社会防衛,集団防衛のため国家権力が国民に強制するという要素はなく,「公共のために用いる」との要件において類似性を認めることは不可能である。したがって,日本脳炎ワクチンの勧奨接種を受けたと主張する被控訴人大川勝生(四五の一)については,その面でも損失補償請求は失当である。

 (3) 本件予防接種禍と正当な補償

 仮に憲法二九条三項が生命・身体被害の場合にも類推適用されるという前提の下に,本件予防接種禍が生命・身体に対する特別の犠牲に当たるという見解を採ったとしても,本件予防接種禍について何をもって正当な補償とするか,その内容,金額を司法の場において一義的明確に確定することは不可能である。

 すなわち,正当な補償とは完全な補償を意味するのではなく,時の社会通念に照らし客観的に公正妥当であれば足りるとする相当補償説が正当であるところ,特別の犠牲における特別性の程度等に応じて,これに対する正当な補償の内容も相対的に決せられることになる。

 ところで,損害賠償と損失補償の関係についてみると,損害賠償の場合は,加害行為に起因するすべての損害が賠償の対象となるのに対し,損失補償は,特別の犠牲に対する補償であるとはいえ,それは適法な国家の公益活動によってもたらされるものであるから,国家行為により直接奪われた財産上の積極損失に対して正当な補償を与えるシステムであり,間接被害については限られた範囲で付随的に補償がされるにすぎないといわれる。したがって,生命,身体に対する特別の犠牲についての正当な補償を論ずるとき,判例上確立した賠償法理における損害賠償額の概念及び算定方法をそのまま類推適用ないし流用すべきではないが,この問題について具体的な立法もない状況下において,司法の場でこの問題に明確な回答を与えることは著しく困難というべきである。

 また,侵害行為に当たる本件各予防接種に伴う危険性は国民一般が等しく負担するものであること,予防接種を受けた個々人は等しく伝染病の危険性が免れるという利益を直接的に享受するものであり,侵害行為の態様において何ら特別性のないこと,予防接種の副反応の発現という結果は,決して意図的,目的的なものではなく,極めて偶然的に発生すること等からすると,本件予防接種禍は特別の犠牲の典型である収用概念に相当する生命・身体に対する特別犠牲と比べて極めて特別性が低いことは明らかである。特に,勧奨接種に伴う予防接種禍は,本件強制接種に伴うそれと比べて一段と特別性の程度が低い。

 そうすると,このような予防接種禍に対する正当な補償もかかる事情を反映して相対的に決定されざるを得ないものであるから,仮に特別の犠牲の典型である収用概念に相当するような生命・身体に対する特別の犠牲に対する正当な補償を最高限度のものと観念すると(この場合であっても,法理論上賠償法理における損害賠償額から慰謝料及び弁護士費用を除いた額を超えることはないというべきであろう。),本件予防接種禍の場合における正当な補償は相対的に低額なものとならざるを得ないであろう。

 しかし,このように相対的に低額なものとならざるを得ない本件予防接種禍の場合の正当な補償について,その意義,内容,算定方法を司法の場において法的安定性を確保するに足りるだけの一義的明確性をもって認定判断することは,著しく困難である。

 (4) その他の問題点

 ア 損失補償の責任の主体に関する問題点

 勧奨接種については,控訴人国が各都道府県知事等に対して勧奨接種の実施法を指示する通達を発し,これに基づいて右地方公共団体が当該行政区域内の住民に対し接種を勧奨する行政指導をして実施してきたものである。すなわち,国民との関係で接種を勧奨しこれを実施したのは,各地方公共団体であることは明らかであり,控訴人国がこれを法律等によって強制したことはない。

 そうすると,仮に本件で憲法二九条三項を類推適用して損失補償請求を認めるにしても,その相手方は,勧奨接種を実施した地方公共団体であるといわなければならない。

 イ 被害児以外の者の損失補償請求について

 憲法二九条三項を背景として個別の損失補償請求を定めた法律等に基づいて損失補償が必要とされる場合には,公共のために財産を用いられた者,すなわち当該財産の帰属主体に対してその財産の価値に応じた正当な補償を行い,かつ,それで足りるのが原則である。本件でも,生命,身体の帰属主体たる被害児に対して被害を金銭的に評価した正当な補償がされれば足りるはずである。そうすると,被害児の両親に対してまで損失補償を認める理由はない。親固有の問題としては,子供に重篤な副反応が生じたことによる精神的な苦痛というのが考えられないでもないが,これは通常の財産権における収用概念に相当する「公共のために用い」るということを前提としていないから,もともと損失補償の対象となり得ないというべきである。

   (五) いわゆる手続的類推適用説について

 なお,損失補償請求権の実質的根拠を憲法一三条,一四条,二五条に求め,ただ実体法上の請求権の形式的根拠として憲法二九条三項を類推適用する(いわば訴権性の借用である。)という説がある。

 しかしながら,憲法一三条,一四条,二五条を根拠に具体的な損失補償請求権が発生すると解することは困難である。せいぜい,これらの規定は,控訴人国に対しその被害を救済すべきであるという一般的責務を負わせることの根拠になり得る程度であり,損失補償責任という控訴人国の具体的な法的責任の発生根拠と理解することはできないというべきである。また,この説は,憲法二九条三項の訴権性を当然の前提としているが,その前提においても問題があるところであって,かかる見解を採用する余地はない。

  3 もちろん解釈説について

 大阪地裁昭和六二年九月三〇日判決及び福岡地裁平成元年四月一八日判決は,憲法二九条三項のもちろん解釈説を採用した。このもちろん解釈というのは,「規定されていない事項について,『より強い理由で』適用されると解釈する」ことをいうのであって,類推解釈とともに,一定の規定を基にして,その法理が妥当する類似の事項についてかかる規定が存するのと同様の法的処理を行おうとする解釈手法であり,類推解釈よりも類似性が強い等の場合に妥当するものである。

 しかるところ,前記で検討したとおり,憲法二九条三項の類推適用には数々の問題点があり,同条を類推適用することは不可能なのであるから,もちろん解釈によってこれを適用することが可能になるということはあり得ないものである。

  4 本件救済制度と損失補償請求

   (一) 本件救済制度と損失補償請求の可否

 控訴人国は,予防接種禍により健康被害を受けた者について,簡易迅速な救済を図る当面の措置として,昭和四五年七月三一日の閣議了解に基づく行政上の救済制度(以下「本件行政救済措置」という。)を講じ,さらに,昭和五一年法律第六九号による法改正により恒久的な法律上の救済制度として,一六条以下に救済制度(以下「本件救済制度」という。)を確立した。

 本件救済制度は,予防接種禍の特質にかんがみて,相互扶助及び社会的公正の理念に立脚した公的補償ないし国家補償の精神に基づいて創設された法的救済制度であり,講学上の体系においては,国家賠償法を根拠とする違法行為に基づく損害賠償及び憲法二九条三項ないしは右条項を受けた損失補償関係法規を根拠とする適法行為に基づく損失補償のいずれの類型にも直接的には属さないいわば第三の類型としての国家補償に属するものである。

 ところで,予防接種禍につき損失補償請求権を肯定する実質的根拠として挙げられる予防接種の集団防衛としての性格,接種における強制の契機,ごく少数ではあるが不可避的に発生する重篤な健康被害の可能性といった点は本件救済制度創設の趣旨として挙げられる点でもあるから,損失補償請求権と本件救済制度に基づく請求権とは実質的には同一の趣旨に基づくものであるということができる。したがって,本件救済制度は,憲法上の損失補償請求権の趣旨を具体化した実体法であるというべきであるし,仮にそこまではいえないとしても,同種の法律関係ないし事実関係について規律する実体法に補償規定がある場合と同視することができる。

 そうすると,予防接種禍については,憲法に基づく損失補償請求が可能であるとしても,それと同趣旨の補償規定たる本件救済制度が憲法に優先して適用されるべき法律上の制度として法定され,その給付額は補償の上限を画していると解されるから,右制度に定められた以上の補償を請求することはできないものというべきである。仮に,本件救済制度が直接的には被控訴人らに対する損失補償を定めたものではないとしても,同制度が予防接種禍を巡り国家補償的見地から社会的な公平を図る趣旨で制定されたものであることからすると,損失補償額の確定に当たっては,少なくとも本件救済制度が定めているところが可能な限り類推適用されるべきで,それが立法府の合理的裁量を斟酌してもなお低額にすぎて違憲無効であるというような例外的な場合でない限り,これを上回る請求は認められないというべきである。

 なお,本件救済制度が訴訟によらない簡易な手続により迅速な救済を与えるもので,最低の保障として定型化されたものとして立法化されたということはない。

 したがって,本件救済制度が存在する以上,憲法二九条三項等に基づき,これとは別途の又はこれを上回る損失補償請求をすることは許されない。

 そうすると,被控訴人らのうち,原告番号一,三ないし五,七,九ないし一三,一八,二一,二四,二六ないし二九,三一,三三,三四,三六ないし三八,四〇ないし四四,五〇,五三,五五,五六,五八ないし六三の各被害児に係る被控訴人らは,いずれも本件救済制度を定めて法一六条以下の適用を受け,別紙給付一覧表のとおり支給決定を受け,所要の給付を受けているものであるから,同人らの本件損失補償請求は,この点からしても,理由がない。

 また,いずれにせよ,本件救済制度を定めた法一六条以下の規定は本件予防接種禍に類推適用すべきであるから,被控訴人ら全員との関係においても,本件救済制度を上回る損失補償請求は理由がないものというべきである。

   (二) 給付に関する処分と損失補償請求との関係

 本件救済制度における給付に際しては,法令の根拠に基づき,市町村長が支給決定ないし不支給決定を行うことになっているが,右決定はいわゆる公定力のある行政処分に該当する。

 そして,支給決定を得た者は,それにより所定の給付を受ける法的地位を取得するが,支給決定の効力はそれにとどまらないものであり,当該支給決定の内容が当該予防接種禍に対する補償の給付内容,額の上限を画することになり,それとは別個の,又はそれを上回る補償請求は許さないという効果をも有するものである。受益的行政処分である支給決定が別段の法律上の留保や行政庁の意思表示もなく,予防接種禍に対する補償の一部としてされるなどということは,法常識上あり得ないのである。

 そうすると,支給決定は,予防接種禍に対する補償の給付内容,額の上限を画する効力を有するものであるから,支給決定を受けた者がこの効力はそのままにしておきながら,それとは別途の損失補償請求をするというようなことは,支給決定の公定力に反し,許されない。

 のみならず,右のような損失補償請求は,その実質において支給決定の給付内容,額に対する不服をその内容とするものであるから,行政処分に対する不服として,専ら抗告訴訟において争うべきである。したがって,本件救済制度を定めた法一六条以下の適用を受ける被控訴人らの請求は,支給決定の公定力に抵触して許されず,失当というべきである。

   (三) 本件救済制度による被害者救済の相当性

 (1) 本件救済制度による給付の種類は以下のとおりである(なお,本件行政救済措置の内容は,原判決事実摘示抗弁末尾添付の別紙一イ記載のとおりである)。

 ア 医療費 予防接種を受けたことによる疾病について,診察,薬剤又は治療材料の支給,医学的措置,手術及びその他の治療並びに施術,病院又は診療所への収容,看護等を受けた場合に,これに要した費用を支給するものである。

 イ 医療手当 予防接種を受けたことによる疾病について,診察,薬剤又は治療材料の支給等一定の医療を受けた場合に,月を単位として支給される。その額については,別紙「本件救済制度一覧表」参照。平成二年度末では通院医療手当月額は三万一〇五〇円(月三回以上通院)又は二万九〇五〇円(月三回未満通院),入院医療手当月額は三万一〇五〇円(月八日以上入院)又は二万九〇五〇円(月八日未満入院)となっている。

 ウ 障害児養育年金 予防接種による健康被害を受け,一定程度の障害の状態にある一八歳未満の者を養育する者に支給される。その額については,別紙「本件救済制度一覧表」参照。平成二年度末では,在宅障害児養育年金年額は一二九万九〇〇〇円(一級)又は七六万七〇〇〇円(二級),施設入所障害児養育年金年額は,六二万七五〇〇円(一級)又は四一万八三〇〇円(二級)となっている。

 エ 障害年金 予防接種による健康被害を受け,一定程度の障害の状態にある一八歳以上の者に支給される。その額については,別紙「本件救済制度一覧表」参照。平成二年度末で,年額は二七四万八六〇〇円(一級),一七九万四八〇〇円(二級)又は一三四万七九〇〇円(三級)となっている。

 オ 死亡一時金 予防接種を受けたことにより死亡した者の配偶者又は死亡した者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた子,父母,孫,祖父母若しくは兄弟姉妹に支給される。その額については,別紙「本件救済制度一覧表」記載のとおりである。平成二年度末で一九二〇万円となっている。

 カ 葬祭料 予防接種を受けたことにより死亡した者の葬祭を行う者に支給される。その額については,別紙「本件救済制度一覧表」記載のとおりである。平成二年度末で一三万円となっている。

 (2) ところで,予防接種禍による健康被害が発生した場合の正当な補償の額及び補償方法は,損失補償請求権の根拠を憲法二九条三項に求める以上,憲法二九条三項の趣旨に照らして解釈されるべきであることは,当然である。

 そして,前記のように,同条項の正当な補償の範囲については,判例・通説である相当補償説に従うと,侵害行為の目的,態様,被侵害利益の性質,程度等の諸要素を,当該補償を要する事態が発生した時における社会通念に照らしてどのように評価するかの問題に帰着し,一義的に確定し得ないものである。

 そこで,これを予防接種禍についてみると,予防接種制度は,伝染病の被害から社会の個々人を防衛するためのものであり,右目的を達成するためには,強制の契機が不可欠であること,侵害行為としての接種行為それ自体は格別危険とはいい難いこと,副反応事故の危険は被接種者全員が等しく受けるものであり,もとより特定個人に対する侵害を意図するようなものではなく,予防接種禍が全くの偶然に基づく不幸な事故というほかないものであること,しかし,被害の程度としては時に生死にかかわる重篤な被害をもたらすものであることなどの特質を有する。

 そして,人身被害という結果に係る面では,人身被害に係る国家賠償の場合が最も類似しているといえるが,違法有過失行為に基づく国家賠償の場合と対比すると,予防接種の目的たる公共の必要性の程度,それを必要とした社会的事情,接種行為の態様,侵害の具体的意図性の欠如等の諸点からみて,少なくとも接種態様において違法性を有しない予防接種禍による損失補償の額は,国家賠償責任が問われる場合の賠償額を相当下回るものであることは明らかである。

 そうすると,予防接種禍に対する具体的な補償のあり方については,以上のような相対的性格に照らして立法裁量が相当広く認められることになり,立法が違憲とされる場合は極めて限定されることになろう。この点では,他の類似の公的補償制度や社会補償制度との比較衡量という視点も必要であろう。

 したがって,裁判所としては,本件救済制度において実現されている補償が,各予防接種禍当時の社会通念からみて,前記の諸要素に照らし,著しく低額ないし不合理と認められ,右裁量権の広さを考慮してもなお本件救済制度の上限を画する規定が裁量権の逸脱と断ぜざるを得ないものかどうかを検討する必要がある。

 (3) そこで,本件救済制度の具体的内容をみると,障害児養育年金及び障害年金が本件救済制度の主力をなすものであるが,これらは被害児に終身支給するというものであり,医学の進歩やインフレーションの進行等社会情勢に即応できる柔軟性を有しており,一時給付に比較すると,費消,散逸等を防止する意味も認められるのであって,相当の合理性があるというべきである。そして,現在の生存障害児につき,将来の給付分につき今後あり得べき法令改正に伴う増額を度外視して平均寿命に達するまでの将来給付の金額を試算してみると,別紙「予防接種法の救済制度に基づく将来給付一覧表」記載のとおりとなり,総支給額は,被害児一人当たり一級で一億六七〇八万二一〇〇円なしい一億一〇四四万一一〇〇円,二級で一億一八三四万二四〇〇円ないし八六九〇万七七〇〇円を下回ることはなく,三級でも七九一六万一六〇〇円ないし七二二一万七六〇〇円に上るのである。

 結局,生存被害児につき,各予防接種禍発生当時における身体障害を生じた場合の不法行為に基づく損害賠償額(慰謝料及び弁護士費用は除く。)と対比しても,本件救済制度における支給金額は特に不相当ということはできない。

 また,死亡者に対する死亡一時金の金額についても,平成二年度において一九二〇万円となっていて,損失補償の額としてみた場合,社会通念上それほど低額とはいえない。なお,昭和五二年二月二四日の本件救済制度施行以前に死亡した被害児に対する給付についても(死亡時期や死亡年齢に応じ,二七〇万円から一一〇万円の幅がある。),それぞれの死亡時点に照らし,社会通念上いずれも決して不相当な金額とはいえない。

 なお,本件救済制度における障害児養育年金,障害年金及び死亡一時金は,公的補償を加味し,約二割の慰謝料的上積みをしていることにも留意すべきである。

 (4) 以上のとおりであるから,本件救済制度が憲法に違反するということはないというべきである。

  5 消滅時効及び除斥期間

 本件予防接種禍につき損失補償請求権があるとしても,以下のとおり,消滅時効を援用し,除斥期間の経過を主張する。

   (一) 会計法三〇条の五年の時効期間の経過

 本件損失補償請求権は,国に対する公法上の権利で,金銭の給付を目的とするものであるから,右請求権の消滅時効期間は,会計法三〇条により五年ということになるところ,その消滅時効の起算点は,民法一六六条により権利を行使し得る時,すなわち,権利を行使することに法律上の障害がない状態に至ったときから五年を経過することによって消滅するので,本件で問題となっている各予防接種がされたことによりそれに起因する事故と思われる症状が発生したときから五年を経過して本訴を提起した被控訴人らについては,消滅時効が完成しているというべきである。したがって,次表記載の各被害児に係る被控訴人らについては,消滅時効が完成しているものである。

番号 被控訴人ら氏名 年月日

(事故発生のころ) (備考)

一 吉原充 昭和三九年一一月九日

三 山元寛子 昭和四二年三月一六日

四 阪口一美 昭和三九年四月二九日

五 澤柳一政 昭和三八年六月二四日

六 尾田眞由美 昭和三七年一一月

日付は不明

七 葛野あかね 昭和三八年一一月二三日

八 布川賢治 昭和三八年九月一五日

九 服部和子 昭和四〇年四月二〇日

一〇 依田隆幸 昭和四〇年一二月二日

一一 伊藤純子 昭和四二年一〇月二三日

一二 田部敦子 昭和四二年二月一八日

一三 田中耕一 昭和四二年一一月一一日

一五 梶山桂子 昭和四〇年九月九日

一六 佐藤幸一郎 昭和三五年四月七日

一七 渡邊和彦 昭和三三年一〇月一七日

一八 高光恵子 昭和四一年四月二八日

一九 鈴木増己 昭和三一年一二月二三日

二〇 越智久樹 昭和四一年一一月一三日

二一 小林浩子 昭和三三年五月二八日

二二 上野一樹 昭和四三年二月二九日

二三 山本勉 昭和四一年一二月三一日

二四 井上明子 昭和四三年六月八日

二五 平野直子 昭和三六年四月六日

二六 卜部広明 昭和四〇年七月七日

二八 小林正樹 昭和三九年五月一九日

二九 渡邉敦子 昭和三六年二月六日

三二 荒井豪彦 昭和四二年一一月一六日

三三 清水一弘 昭和四〇年六月八日

三五 大沼千香 昭和三九年一二月二〇日

三六 加藤則行 昭和三九年三月一二日

三七 藤本美智子 昭和三六年八月

日付は不明

三九 矢野由美子 昭和三三年一〇月一四日

四〇 高田正明 昭和三七年一二月一四日

四二 池本智彦 昭和四三年五月二二日

四三 猪原泉 昭和三五年四月五日

四四 室崎誠子 昭和三四年一一月二四日

四五 大川勝生 昭和四三年六月五日

四七 塩入信吾 昭和四三年四月八日

四八 小久保隆司 昭和三八年六月一四日

五〇 藤井玲子 昭和三七年一二月四日

五一 大平茂 昭和三八年四月七日

五三 渡邊明人 昭和三七年四月一〇日

五四 末次展敏 昭和三二年一〇月一九日

五六 古川博史 昭和二七年一〇月二七日

五八 高橋純子 昭和四一年三月一七日

六一 中井哲也 昭和三七年一一月二二日

六二 野口恭子 昭和三八年一一月二六日

六三 藤木のぞみ 昭和四九年九月一八日

   (二) 民法七二四条前段の類推適用による三年の消滅時効期間の経過

 仮に本件損失補償請求権につき民法七二四条が類推適用されるとした場合には,以下の被害児につき民法七二四条前段による消滅時効を援用する。

 なお,民法七二四条前段の消滅時効の起算点は,「被害者又ハ法定代理人カ損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」であるところ,不法行為による損害であれば,それが不法行為に起因するものであることを認識することが必要と解する余地があるが,損失補償の場合は適法行為により損失が発生したわけであるから,行為の違法性を認識することはあり得ない。そうすると,損失補償請求権について右三年の短期消滅時効の起算点たるべき認識の内容は,控訴人国又は地方公共団体の行為に起因する損失の発生と解すべきであり,これを知った時から消滅時効が進行するというべきである。

 この立場に立って,以下起算点として二つの場合を想定し,それぞれ消滅時効を援用する。

 (1) 次の表に掲げる被控訴人らは,同表記載のころまでに予防接種事故が発生し,その際,法定代理人において事故の発生を知ったもので,同時にそれが控訴人国又は地方公共団体の行為に起因するものであることも知るに至ったというべきであり,そのころから訴え提起まで三年以上を経過している。

番号 被控訴人ら氏名 年月日

(事故発生のころ)(備考)

一 吉原充 昭和三九年一一月九日

二 白井裕子 昭和四五年三月二八日

三 山元寛子 昭和四二年三月一六日

四 阪口一美 昭和三九年四月二九日

五 澤柳一政 昭和三八年六月二四日

六 尾田眞由美 昭和三七年一一月

日付は不明

七 葛野あかね 昭和三八年一一月二三日

八 布川賢治 昭和三八年九月一五日

九 服部和子 昭和四〇年四月二〇日

一〇 依田隆幸 昭和四〇年一二月二日

一一 伊藤純子 昭和四二年一〇月二三日

一二 田部敦子 昭和四二年二月一八日

一三 田中耕一 昭和四二年一一月一一日

一四 千葉幹子 昭和四五年三月二〇日

一五 梶山桂子 昭和四〇年九月九日

一六 佐藤幸一郎 昭和三五年四月七日

一七 渡邊和彦 昭和三三年一〇月一七日

一八 高光恵子 昭和四一年四月二八日

一九 鈴木増己 昭和三一年一二月二三日

二〇 越智久樹 昭和四一年一一月一三日

二一 小林浩子 昭和三三年五月二八日

二二 上野一樹 昭和四三年二月二九日

二三 山本勉 昭和四一年一二月三一日

二四 井上明子 昭和四三年六月八日

二五 平野直子 昭和三六年四月六日

二六 卜部広明 昭和四〇年七月七日

二七 鈴木浅樹 昭和四四年九月二三日

二八 小林正樹 昭和三九年五月一九日

二九 渡邉敦子 昭和三六年二月六日

三一 吉川雅美 昭和四四年一二月一四日

三二 荒井豪彦 昭和四二年一一月一六日

三三 清水一弘 昭和四〇年六月八日

三五 大沼千香 昭和三九年一二月二〇日

三六 加藤則行 昭和三九年三月一二日

三七 藤本美智子 昭和三六年八月

日付は不明

三八 中村真弥 昭和四五年一〇月二四日

三九 矢野由美子 昭和三三年一〇月一四日

四〇 高田正明 昭和三七年一二月一四日

四一 福島一公 昭和四五年五月二六日

四二 池本智彦 昭和四三年五月二二日

四三 猪原泉 昭和三五年四月五日

四四 室崎誠子 昭和三四年一一月二四日

四五 大川勝生 昭和四三年六月五日

四七 塩入信吾 昭和四三年四月八日

四八 小久保隆司 昭和三八年六月一四日

五〇 藤井玲子 昭和三七年一二月四日

五一 大平茂 昭和三八年四月七日

五三 渡邊明人 昭和三七年四月一〇日

五四 末次展敏 昭和三二年一〇月一九日

五五 高橋尚以 昭和四四年一一月二〇日

五六 古川博史 昭和二七年一〇月二七日

五七 阿部佳訓 昭和四四年四月一四日

五八 高橋純子 昭和四一年三月一七日

六一 中井哲也 昭和三七年一一月二二日

六二 野口恭子 昭和三八年一一月二六日

六三 藤木のぞみ 昭和四九年九月一八日

 (2) 仮にそうでないとしても,次表の被控訴人ら又はその法定代理人らは,同表記載の日に予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書を作成してこれを市町村長等に提出したが,同申請書には当該予防接種の種別,実施年月日,実施者,実施場所等を記載し,これに当該予防接種済証,医師の作成した書面,都道府県の作成した調査票等を添えて提出するものとされていたから,当該被控訴人ら又はその法定代理人らは,遅くとも右申請書作成の日(申請書の作成年月日の記載されていないものは,市町村等の受付の日)までには控訴人国又は地方公共団体の行為に起因する予防接種事故の発生を知るに至ったというべきである。次表の被控訴人らは,その日から訴え提起まで既に三年以上の期間が経過している。

番号 被控訴人ら氏名 給付申請書作成年月日(備考)

二八 小林正樹 記入なし

昭四五年一二月七日保健所受付

二九 渡邉敦子 昭和四五年一二月一七日

三一 吉川雅美 同年一一月二四日

三三 清水一弘 同年一一月二日

三五 大沼千香 同年一一月二一日

三六 加藤則行 同年一二月一二日

三八 中村真弥 同年一二月二三日

三九 矢野由美子 同年一一月六日

四〇 高田正明 同年一二月一日

四一 福島一公 同年一二月七日

四二 池本智彦 同年一二月一二日

四三 猪原泉 同年一一月二五日

四四 室崎誠子 同年一一月

日付の記載なし

五〇 藤井玲子 同年一一月二五日

五一 大平茂 同年一一月三〇日

五三 渡邊明人 昭和四六年二月九日

五五 高橋尚以 同年六月一八日

五七 阿部佳訓 昭和四五年一一月一一日

五八 高橋純子 昭和四六年一月一一日

六一 中井哲也 同年一〇月一九日

   (三) 民法一六七条一項による一〇年の時効期間

 損失補償請求権については,一般債権として一〇年の経過により消滅時効にかかるとする見解も存する。この説に立つと,その起算点については,前記(一)と同様,予防接種事故発生時ということになる。そうすると,以下の表の被害児に係る被控訴人らについては,一〇年の消滅時効を援用する。

番号 被控訴人ら氏名 年月日

(事故発生のころ)(備考)

六 尾田眞由美 昭和三七年一一月

日付は不明

一六 佐藤幸一郎 昭和三五年四月七日

一七 渡邊和彦 昭和三三年一〇月一七日

一九 鈴木増己 昭和三一年一二月二三日

二一 小林浩子 昭和三三年五月二八日

二五 平野直子 昭和三六年四月六日

二九 渡邉敦子 昭和三六年二月六日

三七 藤本美智子 昭和三六年八月

日付は不明

三九 矢野由美子 昭和三三年一〇月一四日

四〇 高田正明 昭和三七年一二月一四日

四三 猪原泉 昭和三五年四月五日

四四 室崎誠子 昭和三四年一一月二四日

四八 小久保隆司 昭和三八年六月一四日

五〇 藤井玲子 昭和三七年一二月四日

五一 大平茂 昭和三八年四月七日

五三 渡邊明人 昭和三七年四月一〇日

五四 末次展敏 昭和三二年一〇月一九日

五六 古川博史 昭和二七年一〇月二七日

六一 中井哲也 昭和三七年一一月二二日

   (四) 民法七二四条後段の類推適用による二〇年の除斥期間

 古川博史(五六の一)については,予防接種時から提訴まで二〇年を経過しているから,民法七二四条後段の規定を類推適用して除斥期間の経過を主張する。

   (五) 時効援用権の濫用について

 時効は,永続した事実状態を権利関係にまで高める制度であり,その効果の発生を援用権者の援用にかからしめているのは,時効援用を潔しとしない者のためにその利益を受けない自由を留保したものであって,所定の事実状態が継続し,かつ援用がされたときは,時効の効果を認めることが当該事案の当事者間の個別具体的関係において妥当であるか否かについて判断することなく,画一的にその効果の発生を認める制度である。長期間経過後に権利濫用等一般条項の名の下に容易に個々の援用の妥当性を検討することは,本来不可能を強いる側面があるばかりでなく,ときとして時効制度自体を無意味にする危険を招来するものといわなければならない。

 したがって,信義則違反ないし権利の濫用の法理を時効制度に適用するに当たっては,特に慎重な考慮を必要とするのであり,債務者が債権者を欺罔するなどして債権者が時効中断の措置に出るのを殊更に遅らせたような事情,その他当該債務の成立及びその後の当事者間の折衝等に特殊,異常な経緯があって時効の効果を認めるのが著しく不合理であり,正義に反する結果となるような事情が存するごく例外的な事案に限定されるべきである。

 これを本件にみるに,控訴人国において被控訴人らの権利行使を妨げるといった,右例外に当たる事情は存在しないから,本件における控訴人国の消滅時効の援用が信義則違反ないし権利の濫用に当たるという余地はない。

 (被控訴人ら)

  1 生命・健康に対する特別の犠牲と憲法二九条三項の類推適用

 本件被害児らは,公共目的実現のための行為たる予防接種により,当然受忍すべき不利益の限度を著しく逸脱した特別の犠牲を余儀なくされた。本件被害児及び両親が被った生命・健康に対するこの特別の犠牲をやむを得ない犠牲と解するか,国民全体の負担においてこれを償うべきものと解するべきかは,憲法秩序上の一つの選択の問題である。

 憲法一三条,二五条,一四条一項の趣旨からみて,財産権に課せられた特別の犠牲による損失には憲法二九条三項により正当な補償が義務付けられているのに,生命・健康の特別の犠牲による損失は,本人及び家族のみの負担に帰せしめるとすることは合理性がない。

 すなわち,憲法一三条は,「人間社会における価値の根元が個人にあるとし,何にもまさって個人を尊重しようとする原理」の表明である。個人の財産権に対する特別な犠牲には補償するが,生きた個人そのもの,すなわち個人の生命や健康に対する特別な犠牲には補償しないということは,本条項の趣旨に反するものであることは明らかである。

 憲法一四条一項からは,同じ法の下に強制実施された予防接種によってそれまで健康であった幼児が,一方は免疫を,他方は死又は重篤な障害を与えられるという不公平を与えられたのであり,そのような不公平を放置することは法の下の平等の趣旨に反するということが導き出される。特別な犠牲に対する補償の法理念は憲法一四条一項によって支持されるものである。

 憲法二五条も,本件は,予防接種によって被接種者たる国民に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を全く奪ってしまったものであるが,このような健康被害に対しては補償がないとすると,憲法二五条の保障は空文と帰するのであって,同条の趣旨によれば,公共目的の行為によって健康に対し特別の損害を生じた場合は,財産権の特別損失より厚く,あるいは少なくとも同等に保護するように法の解釈適用を図るべきことになる。

 そして,公共のためにする財産権の制限が,社会生活上受忍すべき限度を超え,特定の個人に対し,特別の財産上の犠牲を強いるものである場合には,これについて損失補償請求を認めた規定がなくとも,直接憲法二九条三項を根拠として補償請求をなし得るとされている。

 このようなことからすると,生命身体に対して特別の犠牲が課せられた場合においても,憲法二九条三項を類推適用してかかる犠牲を強いられた者は直接同条項に基づき補償請求ができるということができる。

 なお,このように憲法一三条,一四条一項,二五条は,憲法二九条三項を類推適用することの合理性の説明,換言すれば財産上の特別犠牲には国に補償義務があるが,より厚く保護されるべき生命・健康に対する特別犠牲には補償義務はないとする説の憲法上の不合理性の説明のために引用されるものである。したがって,控訴人のように右三条項をばらばらにしてその一つずつについてそこから実体法上の請求権が発生しないと攻撃するのは,前提において失当である。

 そして,憲法の原理上,このような考え方は,我が国憲法秩序と同様の制度をとる国の裁判所(例えばドイツの連邦裁判所)においても当然の事理として承認されている普遍的な条理といえる。

  2 控訴人の主張に対する反論

   (一) 生命・健康被害に対する憲法二九条三項の類推適用

 (1) 憲法二九条が全体として私有財産制を保障したものであること,同条三項が直接的には財産権の収用の場合を前提にしていることは控訴人主張のとおりであるが,このことから,もちろん解釈による人身被害への類推適用が否定されることにはならない。なぜならば,我が憲法上,生命・健康が財産権より強い保護を受けていることは明白な事実であるし,損失補償の対象が財産権に限られないことは,講学上人的公用負担の観念が存在し,この場合にも損失補償の問題があることが指摘されていることからも明らかである。また,ドイツの連邦通常裁判所の判例などからみてもこの点は肯定される。

 また,家畜伝染病予防法は,家畜の伝染性疾病の発生を予防し及びまん延を防止することを目的としているが,六条一項において,「都道府県知事は,家畜の伝染病発生を予防するため,必要があるときは,家畜の所有者に対し,家畜について家畜防疫員の検査・注射,薬浴又は投薬を受けるべき旨を命ずることができる。」旨規定しており,違反者は処罰される(六五条二項)ところ,五八条一項は,「国は次に掲げる動物又は物品の所有者に対し,それぞれ当該各号に定める額を手当金として交付する。」との規定を置き,四号で「第六条第一項の規定による検査・注射を行ったため死亡した動物にあっては,当該検査,注射時における当該動物の評価額全額」として,予防接種により家畜が死亡したときは全額を補償すべきことを定めているのである。また,植物防疫法は,植物に有害な動植物を駆除し及びまん延を防止することを目的としているが,同法一八条一項一号,三号によれば,農林水産大臣は,有害動物又は有害植物が付着したり,又は付着しているおそれのある植物の栽培を制限禁止したり,そのようなおそれのある植物を所有する者に対し,当該植物の消毒,除去,廃棄等の措置を命ずることができる旨規定しており,違反に対しては罰則の制裁がある(三九条四号)が,二〇条一項は,「国は第一八条の処分により損失を受けた者に対し,その処分により通常生ずべき損失を補償しなければならない。」と定めているのである。このように,国が家畜に対する予防接種又は植物に対する防疫のために家畜や植物に被害を与えたときは,その所有者に対し社会共同の利益の維持に必要な伝染病の予防・防疫のために特別な犠牲を与えたことになるから,その所有者に国が全額の損失補償をするというのが我が国の実定法制度の構造なのである。しかるに,国民が国の法律に従って予防接種を受け,そのため死亡し,又は重篤な後遺障害を受けたときは,国家はその損失の補償をしない,あるいは一方的裁量によりその損失の何分の一,何十分の一しか補償しないとすることができるというのであれば,国家は国民を牛馬や草木にも劣った扱いをすることになる。このような主張は,国民に対して健康で文化的な最低限度の生活を保障することを定めた憲法を頂点とし,家畜や植物の予防接種・防疫の被害についてまでその全額を補償する法制度をとる我が国法秩序と根本的に背馳し,憲法解釈論として到底採りえないものである。

 (2) 次に,予防接種禍が意図的,目的的侵害行為でないことを理由に憲法二九条三項が類推適用されないとすることは,同条項の「公共のために用ひる」は財産権の意図的侵害に限定されるわけではないから,失当である。「公共のために用ひる」という意味は,我が国最高裁の累次の判決(昭和四三年一一月二七日大法廷判決,昭和五〇年三月一三日第一小法廷判決,昭和五〇年四月一一日第二小法廷判決)が判示するとおり,「公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超え,特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものである場合」,すなわち特別犠牲を指すものであって,収用に限らず法令による制限や強制などもこれに該当するものであり,非意図的な侵害もこれに含まれることはドイツの判例が明らかにしているところである。

 もとより生命・健康は意図的な侵害である収用の対象とはならないが,一般的な法令によって強制を加えた結果非意図的な被害を被ることはあり得るのであって,「収用的侵害」の対象とはなり得る。この場合においても,右の被害者は平等原則に反し,受忍限度を超える特別の犠牲を公共のために強いられたものであることに変わりはなく,意図的な侵害による特別犠牲と非意図的な侵害による特別犠牲とを補償の面で区別すべき合理性はない。

 (3) 憲法が生命・健康に対する収用とこれに対する補償を定めなかったのは,生命・健康の収用が認められるべきものではないからであり,このことから直ちに公共の目的のために設けられた制度の執行上,生命・健康の侵害が起こった場合,事後的にもこれを正当に補償することなく放置しておいてよいとする趣旨でないことは明らかである。

 また,いったん発生した被害に対し事後的に正当な補償をすることが意図的な生命・健康の収用を認めることにならないのは論理上も当然である。

   (二) 予防接種禍に対する憲法二九条三項の類推適用

 (1) 控訴人は,形式的基準からみても,予防接種は特定人を対象としたものではなく,広く一般国民を対象としており,重篤な副反応の可能性(予防接種の危険性)は,国民一般が等しく負うものであるから,侵害行為の態様において何ら特別性がなく,また,実質的基準からみても,予防接種は本来の性質上当然に生命・健康に対して重大な損傷を与えるというような強度なものではなく,重篤な副反応の発生は意図的・目的的なものではないから,そこに特別性はみられないというべきで,予防接種禍は特別の犠牲ということはできないとするが,本件で問題となっている侵害行為は,予防接種行為そのものではなく,接種が起こす重篤な副反応である(予防接種に重篤な副反応が全く生じないものであるならば,侵害行為が問題となることもなく,また,被控訴人らが損失補償を請求する必要もないのである。)。脳炎・脳症といった重篤な副反応による被害がその発生割合,症状の重さから形式的基準,実質的基準の双方を満たす特別の犠牲であることは疑いをいれないところである。控訴人の主張は,予防接種における接種行為とその結果たる被害を殊更に切り離して論じているが,法的判断において侵害とその結果とを峻別することはできないのであって,その論旨は基本的において誤りである。

 なお,最高裁昭和四三年一一月二七日の判決は,河川地附近制限令四条三項の定める制限は公共の福祉のためにする一般的制限であり,原則的には何人もこれを受忍すべきものであるが,これにより特定の個人が特別の犠牲を課されたとみられる場合には損失補償の規定がない場合でも直接請求の余地ありとしたものであり,侵害行為又は制限が広く一般的であることは,特定の人について起こる砂利採取事業を営み得なくなるという結果の特別犠牲性を否定するものではないのである。問題は,結果がどの範囲にどの程度深刻なものとして発生したかである。

 (2) また,予防接種における侵害の意図ないし目的について検討すると,国は,予防接種にはまれにではあるが不可避的に重篤な副反応が伴うことを知悉した上であえて一定年齢に達したすべての幼児に接種を義務付けているのであるから,何人かの犠牲者が出ることを欲してはいないとしても,不可避的にそのような結果が生ずることについて認識と認容があったことは否定できないというべきである。したがって,被害者が出ることは法が積極的に意図するところでも目的とするところでもないとはいい得ても,予防接種を行えば被害者が発生するという事実を認識した上であえてこれを強制する立法を制定したのであるから,被害者が出ることを消極的に許容したということができる。このように予防接種の結果特定少数者に不可避的に重大な被害を生ずるという認識と許容がある以上,意図も目的もなかったということは困難であって,そのことを理由に被害者を特別犠牲に当たらないということはできない。

 (3) なお,控訴人は,一定の確率をもって発生する予防接種事故をもって学校事故と同様であるとし,学校事故によって他の児童の健全な発育が達成されたということができないのと同じく,重篤な副反応の発生によって社会防衛が達成されたということができないから,特別犠牲に当たらないと主張するが,右主張は学校事故と予防接種事故との本質を見誤るものである。すなわち,両者を統計的数値によってのみみれば,一定の確率をもって発生しているようにみえるが,学校事故は,学校教育に不可避的に発生するものではなく,その間には学校の施設の不備,学校当局者による監視・指導の誤り,保護者,児童の過失があって発生しているのであって,関係者が注意すれば防ぐことのできる結果回避可能性がある。しかるに,予防接種事故は,ごくまれではあるが接種に不可避的に伴うものであって,人為的ミスもないわけではないが,原因不明のまま不可避的に発生するものであるから,結果回避可能性が存在しない。このようにある制度と事故との間を完全に遮断する方法が現実に存在しない以上,両者は不可分の関係に立たざるを得ないのであって,伝染病まん延防止という社会防衛のため,あえて予防接種制度を採用する以上は,その不可避的事故による被害者は,正に社会防衛のための特別の犠牲者に当たるのである。

   (三) 「特別犠牲」,「正当補償」の観念の多義性と裁判規範としての適応性

 控訴人は,憲法二九条三項の特別犠牲の観念は極めて抽象的,多義的,相対的であり,それに伴う正当補償の範囲の決定も同様であって,司法の場で一義的に決定できないと主張する。

 しかしながら,控訴人の主張は,殊更に憲法二九条三項の解釈の中に判例・学説を認めていない政策的要素なるものを混入させるなどして,必要以上に同法条を抽象的,多義的,相対的に解釈しようとしている。特別犠牲に該当するかどうかの判断は,政策的制約なる概念によって左右されるものではない。政策的制約なるものが財産権の収用や侵害を必要とする国の政策を意味するならば,それがどのように強度のものであれ,財産権を無償ないし低額で強制的に用いてよいということにはならない。憲法二九条三項は正にそのような場合における国民の財産権の保障なのである。まして,本件で侵害の対象となっているのは,国民の生命・健康である。国民の生命・健康に対する権利は,少なくとも政策的制約を受けるものではなく,政府の政治的裁量によって左右されるものではない。それ故,特別の犠牲の要件を考えるに当たって政策的な配慮や裁量を考慮すべき余地は存在せず,また,正当補償の範囲を決定する上においても全く同様である。正当補償の範囲を決定するに当たって,権利の内在的制約を考えることはあり得ても,それ以外の政策的,経済的配慮によって変化することはあり得ない。

 控訴人は,「予防接種の目的たる公共の必要性の程度,それを必要とした社会的事情,接種行為の態様,侵害の具体的意図性の欠如等の諸要素を考慮すると,予防接種禍による損失補償額は国家賠償責任が問われる場合の賠償額を相当下回る」と述べるが,控訴人の挙げるような諸要素を正当補償の観念の中に入れることは,憲法二九条三項を空文化するものである。現に財産権の収用の場合において,補償額が賠償額を下回るなどということは行われていないのである。そもそも損失補償の範囲は,侵害行為の目的や態様によって決まるのではなく,被害の度合によって決まるのである。控訴人の主張は,この両者を混淆する誤りを侵している。

 正当補償とは,「収用の前後を通じて被収用者の財産的価値を等しくならしめるような補償」であって,本件予防接種禍についていえば,「予防接種による副反応発生の前後を通じて被接種者の状態を等しくならしめるような補償」である。このような基本観念に立つ限り,生命・健康被害の損失額と賠償額の算定方法が異なったり,その額に著しい差が生ずるということはあり得ない。生命・健康被害についての正当補償の算定に当たっては,同種被害について不法行為の領域で確立した算定方式を用いるのが道理というものである。

   (四) 勧奨接種と特別の犠牲

 勧奨接種についても,予防接種を受ける国民にとっては強制接種同様これを受けることを社会的,心理的に強制されていたと認められるから,勧奨接種に特別犠牲の観念があり得ないとする控訴人の主張は誤りである。

 すなわち,インフルエンザ,ポリオ,日本脳炎の勧奨接種はいずれも国が伝染病の発生及びまん延を防止するという行政目的のために,都道府県知事及び指定都市市長あてに,特定の年齢群,集団等に対して予防接種を受けることを勧奨するよう行政指導したものである。この行政指導は,二重の意味で法に定める強制接種と同様の効果を有するものであった。まず,行政指導の直接の相手方であるすべての都道府県知事等や通達等で実施主体となるように定められた地方公共団体は,行政指導に従って予防接種を実施するか否かの選択の自由を有するものと意識することはなく,行政指導で定められたとおりに勧奨接種を実施してきた。国も,地方公共団体が国の行政指導に従うことを当然のこととして,毎年,行政指導を繰り返してきた。また,勧奨を受ける国民も,実施主体となる地方公共団体等からの回報,個別通知その他の広報による勧奨を受けて,強制接種と勧奨接種との区別を意識することもなく,国民の義務として子供に接種を受けさせなければならないと考え,あわせて勧奨された接種を受けさせることは安全であり,子供を伝染病から守ることになると信じて接種に応じたのである。勧奨は一方的に接種をすることだけを求めたのであり,しかも,国民は,予防接種によって重篤な副反応が生ずる危険のあることについて殆ど知らされておらず,禁忌の意味についても十分理解していなかったのであるから,そこに被接種者の自由意思による選択があったとするのは,事実とかけはなれたフィクションにすぎない。正に勧奨接種は,社会的心理的に強制された状況下での接種であるというべきであるから,勧奨接種による被害者に対しても,強制接種の場合と同様に,控訴人国の防疫行政の一環としての予防接種によって特別の犠牲を被ったものとして,控訴人国が損失補償義務を負うべきである。

 なお,控訴人国は,日本脳炎の予防接種については,個人防衛の面で存在意義を有すると主張するが,本件被害児にかかわる昭和四三年四月一六日付け衛発第二七六号各都道府県知事あて「昭和四三年度における日本脳炎予防特別対策について」と題する厚生省公衆衛生局長通知には,「(日本脳炎の)疾病の流行が社会各般に及ぼす影響は著しいものがあり,今後もなお一層強力な予防行政を推進する必要がある」と述べられており,特別対策実施要領の予防接種の目的欄には,「日本脳炎は毎年多数の患者が発生し,かつ他の伝染病に比して致命率が高く多くの死亡者を生ぜしめ,またその後遺症は重篤であり国民の不安が著しい疾病である。したがって,……予防接種を勧奨し,日本脳炎の流行を未然に防止を図るものとする。」と掲げられていたのであり,これらによれば,日本脳炎の勧奨接種は,日本脳炎の流行により社会の不安が引き起こされるのを防止することを目的として実施されたものであり,個人防衛に主眼をおいて実施されたものでないことが明らかである。また,昭和五一年改正後の法も,その目的を「伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために,予防接種を行い,公衆衛生の向上及び増進に寄与する」という社会防衛に置きつつ(一条),同法の定めるところによって予防接種を行う疾病に日本脳炎も加えているのである(二条二項九号)。したがって,同法も,予防接種を単に感染源対策や感染経路対策として考えているのではなく,社会に伝染病が発生すること自体を防止する手段としても考えていることが明らかである。伝染病の発生を防止すること自体が公衆衛生の向上及び増進にも寄与するし,あわせて社会の安定にも繋がるとの理解に基づくのである。以上のとおり,日本脳炎の勧奨接種は,社会から伝染病を防止するという国の公衆衛生行政の一環としてされたものであり,この点では,他のワクチンの勧奨接種や強制接種と何ら変わるところはないものである。

 なお,ドイツの判例も勧奨接種による被害者が損失補償請求権を有することを認めている。

   (五) 生命・健康被害の補償と慰謝料・弁護士費用

 (1) 慰謝料

 土地などの財産権の収用に際しては,それに伴う精神的損失に対し補償は必要でないとの見解が有力であった。この説の実質的根拠は,①財産的損失に対する補償が十分与えられれば,精神的損失はこれによって当然回復されるとみなされること,②物的損失について正当な補償が得られれば,それ以外に精神的損失を伴っても,それは社会構成員としての受忍義務の範囲内であること,③目に見えない精神的損失を客観的に評価して金銭に換算することは甚だ困難であり,かえって不公平になりかねず,補償の性質に馴染まない,ことにある。

 しかしながら,人の生命・健康に対する公的侵害について憲法二九条三項が類推適用される場合には,①生命・健康に対する侵害は,労働能力の毀損による損害のほか,本人はもとより両親や近親者の重大な精神的苦痛を必然的に伴うものであり,被害としては,むしろその方が一般的であり,かつ重大である。労働能力喪失についてさえ補償すれば,精神的苦痛の部分は受忍すべきであるというような社会常識は存在しない。むしろ,親や子の死や重大な健康被害が大きな精神的苦痛を伴うことは極めて一般的であり,他の何にもまして慰藉の対象となるとするのが,少なくとも我が国の一般的社会通念である。

 そうであるとすると,労働能力喪失や介護費に対して補償すれば,侵害の精神的苦痛はこれによって当然回復されるとか,受忍義務があるとかいうことはできない。

 また,精神的苦痛に対する評価方法は難しいが,不法行為による生命,健康の被害の場合には,裁判所はこれを算定している。本人や近親者の死あるいは重大な健康被害が生じた場合の苦痛は,一般的にかつ社会構成員に共通に生ずる事象であるから,これを定型的に捉えて金銭的に評価することは可能というべきである。

 なお,ドイツの場合は,精神的被害に対する慰謝料は,加害者に対する制裁的,懲罰的な作用を重要な目的としているから,適法行為による損失の場合はこれを除外するというのは論理一貫性があるが,我が国の場合は,慰謝料の根拠として制裁的,懲罰的目的は殆どなく,被害者のトータルな被害填補に対する補完作用が主たる目的とされているのであるから,これを適法行為による損失補填の場合に除外すべき実質的理由はないものである。

 (2) 弁護士費用

 不法行為に基づく損害賠償請求権を有する者が義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため,自己の権利擁護上,訴えを提起することを余儀なくされた場合に,弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をなし得ないと認められるときには,弁護士に訴訟遂行を委任したことによって負担することとなるいわゆる弁護士費用は,当該不法行為と相当因果関係に立つ損害と認められることは,確立した判例であるところ,権利者が自己の権利を擁護するために訴えの提起を余儀なくされ,弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をなし得ない場合が多々あることは,何も不法行為に基づく訴訟に限られない。損失補償請求権の履行を求める訴訟に要した弁護士費用についても,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟と別個に考えなければならない理由は全くない。弁護士費用は,権利者がその権利擁護上必要に迫られて支弁するもので,これを権利者の負担に帰属させるのは,権利者に犠牲を強いるもので,衡平の観点からみても不合理である。

 特に本件のごとき生命・身体の特別犠牲による損失は,収用などの場合と異なり,損失が初めから意図されたものでなく,結果的に違法と同じ状態が生じたにすぎないから,犠牲者の損失は,国家賠償法による損害と実質的に同一であるといえるのである。このような観点からも,本件における損失の類型及び算定を国家賠償における損害の類型及び算定と別個に考える実益と合理性は存在しない。

 本件で被控訴人らの主張する生命・身体に対する特別犠牲について,損失補償を認容した判例は存在せず,被控訴人らが弁護士に依頼せずに本人訴訟によって本件訴訟活動を展開することは殆ど不可能であった。そこで,被控訴人らは,中平健吉ら六名の弁護士にその訴訟の遂行を依頼したのである。

   (六) 本件救済制度との関係

 (1) 控訴人は,法一六条以下の規定に基づく法律上の救済制度の下においては,直接憲法二九条三項に基づき,右救済制度とは別個に,又はこれを上回る損失補償請求をすることは,法理論上許されないと主張する。

 しかしながら,本件において被控訴人らが主張している補償とは,損害・損失発生の原因が国にあり,したがって国が法的義務として損失を填補する場合をいうのである。ところが,これに対して国が社会政策・産業政策など様々な政策的見地から個人の損失を補填する場合もしばしば補償と呼ばれる。本件救済制度は正にこれに該当するのである。このように現行救済制度は,憲法二九条三項を前提とし,それを具体化するために設けられたものではなく,国が社会政策的見地から設けた救済措置である。この点は,控訴人自身も主張しているところであり,厚生省公衆衛生局長の国会における答弁等からも明らかである。この救済制度により給付された金員が損益相殺の限度において憲法二九条三項の補償の額に影響を与えることはあっても,それ以上に同項による補償を限定したり制限したりする性格のものでは本来ないものである。

 形式的にみても,本件救済制度を定める法一六条ないし一九条の規定は,一定の給付を行う旨を定めるのみであって,憲法を根拠とする正当補償であるとの趣旨はうかがわれないばかりか,給付の内容は著しく低額であって,増額請求を認める規定も存在していない。要するに,個人の生命・健康被害全体を評価し,その損失を憲法二九条三項に基づいて補償する仕組みになっていないのである。

 したがって,本件救済制度自体が,本件救済制度としての給付の上限を画していることはそのとおりであるが,それはあくまでも同制度に基づく給付額についてそのようにいえるにすぎず,被控訴人らが主張している損失補償とは無関係であり,損失補償の上限を画するものではない。

 もっとも,本件救済制度による給付が憲法に基づく正当補償を定めた制度でないとしても,給付内容及び給付額が正当補償と同一内容になっていれば,損失がもはや存在しないとして,これと別途にする請求が認められない場合があるかもしれないが,本件救済制度による給付額が憲法二九条三項の観点から客観的妥当性を有しないと認められる以上,損失全体について補償請求が可能とされなければならない。

 (2) なお,控訴人は,予防接種被害についての損失補償請求は,専ら抗告訴訟において争うべきであると主張するが,本件救済制度による給付の支給決定が行政処分であるとしても,それはあくまで本件救済制度の給付に関してそのようにいえるだけであって,本件において被控訴人らが主張する憲法上の請求権については,当てはまらない。被控訴人らは,本件救済制度における給付額を争っているのでなく,憲法に基づく特別犠牲に対する正当な補償を求めているのであり,本件救済制度に基づく給付を受けるにつき支給決定にいわゆる公定力が認められるとしても,それは被控訴人らの請求には無縁である。

   (七) 本件救済制度による給付の相当性

 (1) 法による救済制度による給付内容は,その金額からみても極めて不十分なものであり,予防接種による被害の損失を填補するものでは全くない。

 平成二年四月改定の障害年金,養育年金を基にAランク被害者,Bランク被害者,Cランク被害者のうちから一名づつにつき生涯給付額を算定し,最新の平均賃金及び介護料の金額を用いて損失額を算定すると,別紙「国の給付と損失額との比較表」(1)ないし(3)記載のとおりとなり,国の給付額の損失額に対する割合は,極めて低率となっている。

 死亡被害者については,その後の給付の追加支給はないので,最新の平均賃金で損失額を計算した場合,救済制度による給付額と損失額との格差は,なお一層拡大している。

 また,救済制度では,後遺障害を受けた被害者が平均余命を待たずに死亡したときは年金は打切りとなり,わずかな死亡一時金のみが支給されるにすぎないことになってしまう(平成二年現在の死亡一時金は,一九二〇万円であるが,障害年金の支給を受けた期間に応じて減額される。たとえば,支給期間が一一年以上のときは,三三パーセントが支給されるにすぎない。)。

 (2) 控訴人の主張は,将来給付が予想される障害年金を単純に加算して,将来給付額が高額であるかのごとき印象を与えようとしているが,中間利息を控除せず単純加算により比較することが不当であることはいうまでもない。

 法による障害年金の将来給付の相当性を検討する場合は,これを接種時現価で示さなければならないところ,控訴人の主張する別紙「予防接種法の救済制度に基づく将来給付一覧表」記載の金額を接種時現価でみると,一級で一億六七〇八万二一〇〇円ないし一億一〇四四万一一〇〇円とあるのは,一七三五万一三三四円ないし七四八万七四七円にすぎず,二級で一億一八三四万二四〇〇円ないし八六九〇万七七〇〇円とあるのは,一五三八万八九四九円ないし一一八六万七三三八円にすぎず,三級で七九一六万一六〇〇円ないし七二二一万七六〇〇円とあるのは,七六六万八五三六円ないし五八九万二九五六円にすぎない。

 なお,控訴人は,予防接種法施行令が定める年金額に給付予想年数を乗じているが,予防接種法による給付は,障害児養育年金については特別児童扶養手当等の支給に関する法律による特別児童扶養手当,障害児福祉手当が全額控除され(予防接種法施行令六条),障害年金についても国民年金法による障害基礎年金の四割及び同法等の一部を改正する法律による福祉手当が控除される(予防接種法施行令七条)ので,予防接種被害に対する年間の給付額は,実際には,施行令が定める金額を相当額下回るものである。

  3 損失補償請求と消滅時効・除斥期間

   (一) 時機に遅れた主張

 控訴人は,控訴審における最終準備書面において,初めて本件損失補償請求権につき,消滅時効及び除斥期間の経過を抗弁として主張するに至った。

 しかし,被控訴人らが本件訴訟において損失補償請求権を主張したのは,原審に係属中の昭和五三年九月二九日のことである。ところが,控訴人は,損失補償請求権の発生を争っただけで,その時効による消滅ないし除斥期間の経過については何ら主張することがないまま,弁論を重ねてきたものである。原審において被控訴人らが損失補償請求権の主張をした以降,控訴人が,右請求権について時効による消滅ないし除斥期間の経過を主張するについては,何らこれを妨げるべき事情はなかったものであり,控訴審の最終準備書面において右主張を行うのは,明らかに「故意又は重大な過失により時機に遅れて提出した」ものといわなければならない。また,右主張の提出により,時効の中断の再抗弁の主張の提出のため,及び時効期間の経過,中断事由の存否等についての証拠調べのため,訴訟が遅延することも明らかである。

 したがって,右主張は,却下されるべきである。

   (二) 会計法三〇条の五年の時効期間について

 (1) 会計法三〇条の時効の規定が適用されるのは,国の権利義務を早期に決済する必要があるなどの行政上の便宜を特に考慮する必要があるものだけに限定される(最高裁昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決,民集二九巻二号一四三頁)ところ,予防接種禍による損失補償請求権は,予防接種によって不可避的に発生することのある被害に対する補償請求権ではあるが,右被害は,予防接種によって通常発生するものではなく,法律や行政の意図に反して極めて例外的に発生するものである。すなわち,右請求権は,法律の規定やこれに基づく行政庁の権限行使により,法律や行政の意図するところに従い通常発生する債権,あるいは大量かつ画一的に発生する債権ではない。したがって,予防接種禍による損失補償請求権は,行政上の便宜のために特に早期に消滅を確定させる必要があるものではなく,これについて会計法三〇条は適用されないと解すべきである。

 (2) また,仮に損失補償請求権について会計法三〇条が適用されるとしても,同条の消滅時効の起算点については民法一六六条が準用されるところ,本件被害児の両親らが本件被害が予防接種により発生したことを知ったのは,予防接種被害に対する行政救済措置において予防接種によるものであるとの認定を受け,これに基づいて支給の通知を受けたときからであるが,当時予防接種被害について損失補償請求ができるとの法的見解は全く知られておらず,本件被害児の両親らが,本件被害について国に損失補償請求ができることを知ったのは,本件訴訟において損失補償請求の主張を追加する直前のころであった。

 したがって,消滅時効は完成していない。

   (三) 民法七二四条前段の類推適用による三年の消滅時効期間について

 (1) 予防接種による人身被害が発生した場合に,国の公権力の行使に当たる公務員に故意又は過失がある場合は国家賠償責任が発生し,右損害賠償請求権の消滅時効については民法七二四条が適用されるが,予防接種禍についての損失補償責任は,「公務員の故意又は過失」の要件を不要とするものの,同じ被害についての填補を求めるものであり,請求権の消滅についても異別に取り扱うべき理由は認められないので,損失補償請求権についても民法七二四条が類推適用されるべきである。

 (2) 控訴人は,右の時効の起算点は予防接種による被害であることを知ったときであるとし,本件ではそれは本件事故発生を被害者の法定代理人が知ったときであり,仮にそうでないとしても,予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書作成の日であると主張する。

 しかしながら,本件被害児の両親らは,事故発生当時,事故が予防接種に起因するものであることを知らされることなく,むしろ,医師その他の者から予防接種でこのような被害が発生するはずはなく,事故は被害児の体質に起因するものであるとの説明を受けていたのである。また,被害児の両親らは,行政救済措置による給付申請書を作成して提出したが,右の時点では予防接種によるという可能性は認識したとしても,予防接種と被害との因果関係の認定を厚生大臣ないし予防接種事故審査会の判断に委ねたものにすぎず,高度な専門的知識によらなければ判定し得ない因果関係について被害児の両親らが認識したとはいえない。

 また,本件被害児の両親らが本件被害が予防接種によるものであることを知ったのは,右給付申請に対し予防接種による被害児であるとの認定がされ,これを告知されたとき,すなわち給付の通知を受けた時であるが,前記のとおり,少なくとも本件被害児の両親らが本件訴訟において損失補償の主張を追加する当時まで,予防接種被害について国に対して損失補償請求ができるとの法的見解は知られていなかったのであるから,「加害者を知りたる時」は,右主張追加の直前であった。

 本件被害児の両親らは,「加害者を知りたる時」の直後に本件訴訟において損失補償請求の主張を追加し,時効は中断されている。

   (四) 民法一六七条一項による一〇年の時効期間について

 控訴人は,損失補償請求権については,一般債権として一〇年の消滅時効が適用されるとの説もあるとするが,予防接種禍による損失補償請求権については,民法七二四条が準用されるべきであり,民法一六七条は適用されないというべきである。

 また,その適用があるとしても,時効の起算点は,「権利を行使し得る時」であり,右時点は,本件については本件訴訟において損失補償請求の主張を追加する直前であるから,時効は中断している。

   (五) 二〇年の除斥期間の主張について

 控訴人は,予防接種による損失補償請求権については,民法七二四条後段が類推適用されると主張し,また,後段の二〇年は除斥期間と解すべきであると主張する。

 しかし,民法七二四条後段は,文言上時効期間を定めたものであることが明白であり,また,除斥期間は画一的基準により法律関係の速やかな確定を図ることを目的とするが,二〇年という期間の長さは,法律関係の速やかな確定を図る期間としては長すぎるのであって,これらの点からすると,同条後段も,前段同様,被害者保護の見地から,起算点を被害者の主観にかかわりなく規定する代わりに長期の時効期間を定めたものと解するのが合理的な解釈というべきである。

   (六) 権利濫用

 控訴人の損失補償請求権の時効消滅及び除斥期間の経過の主張は,権利濫用であり,許されない。

 すなわち,本件被害児の両親は,控訴人国の制定した法又は勧奨に従い,国民の義務として本件被害児に予防接種を受けさせたものである。

 控訴人国は,予防接種に不可避的に伴う重大な危険性を自らは十分知りながら,これを本件被害児の両親らに告知せず,被害児の両親は予防接種を回避すべき立場になかった。本件被害児の両親らは,控訴人国の制定した法とその実施の安全性を信じてこれに従ったのである。予防接種についてのすべての情報は控訴人国が独占していたのであって,本件被害児の両親らは被害児の被った重大な被害についてその原因すら知らされていなかった。

 国家はその制定した法に忠実に従った国民を保護する道義的責任がある。それなくして近代法治国家は支配の正当性の根拠を持ちえない。兵役法のように,それに服すること自体が危険をもたらすものであって,また,危険がやむを得ないものであることが法によって承認されている場合と異なって,予防接種法は,伝染性の疾病及びまん延を防止するために制定されたもので,予防接種によって被接種者に死又は重篤な後遺障害をもたらすことを法が予定し,許容しているわけではない。何ら過失がないにもかかわらず,法を遵守したことのみによって致命的な打撃を受けた善良な国民を保護することは,法治主義の上に立つ国家の最大の義務である。

 しかるに,このような弱い立場に立つ犠牲者,しかも自ら被った被害の原因や請求の根拠となるべき諸事実について知識を有し得ない被害者に対して,控訴人国が時効の援用ないし除斥期間の経過の主張をして自らの法的責任を免れようとすることは,法治国家の最大の存在理由を放棄したものというべきであり,到底許されない。

 被控訴人らのうちに訴訟提起が遅れた者がいるとしても,それは本件の請求原因となる予防接種の危険性につき高度の医学的,疫学的,法律的知識と専門的調査が必要とされるからである。その知識と情報を持つ控訴人国は,被害者を放置した上何ら情報を提供しなかったのであるから,そのために訴訟に必要な調査や法律専門家への委任が遅れたのは誠にやむを得ないところであって,これを権利の上に眠る者ということができない。訴えの提起が遅れたのは,被害者に対し保護義務を有する控訴人国が必要な何らの行為もしなかったからであり,控訴人国は,被控訴人らの訴訟の提起の遅延に責任を有する。また,予防接種被害について損失補償請求をなし得るかについては,従来定説がなく,控訴人国も強くこれを否定する立場で行政を行ってきたのであるから,被控訴人らが本訴によって損失補償請求をするまで,その主張をしなかったとしてもやむを得ない事情があるというべきである。

 このような本件の特殊性にかんがみると,訴え提起の遅延の原因を作った控訴人国が消滅時効を援用し,除斥期間の経過を主張することは,正義に反し,権利の濫用というほかはない。

 なお,民法七二四条後段が当事者の援用を要しない除斥期間の定めであるとしても,裁判所が除斥期間の経過を認め,権利の救済の道を閉ざすことそれ自体が正義と公平に著しく反する結果をもたらし,法秩序に反することになるのであるから,裁判所は,除斥期間の経過を認定するべきではなく,また,認定しないことができるというべきである。

第六 損益相殺について

 (被控訴人ら)

 控訴人国が損益相殺の対象として主張するものの中には,昭和四五年七月三一日の閣議了解に基づく行政上の救済措置及び法一六条以下の規定に基づく法律上の救済制度に基づくものにとどまらず,「地方自治体単独給付分」及び「他制度」と表示された「特別児童扶養手当」,「障害児福祉手当」,「特別障害者手当」,「福祉手当」,「障害基礎年金」に基づく給付金額も記載されている。

 しかしながら,右「障害基礎年金」及び「地方自治体単独給付分」,さらには,現行救済制度に基づく「医療費」,「医療手当」,「葬祭料」を被控訴人らの損害額から控除することは,損害填補の基本理念である公平の原則に反し,許されない。

 控訴人の主張は,各種制度に基づく様々な性格を有する各給付の趣旨,目的を個別に検討することなく,そのすべてを一律に控除することを主張する点で誤りである。

 以下,個別に検討する。

 一 障害基礎年金について

  1 障害基礎年金は,国民年金法に基づく老齢,障害,遺族の各基礎年金の一つであり(同法一五条),「憲法二五条二項に規定する理念に基づき,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的」として給付される年金である。

 右目的に従い,「国民年金事業に要する費用に充てるため」被保険者は保険料を拠出しており(八七条),一定の国庫負担も予定されているものの(八五条),国民年金事業における障害基礎年金の給付に要する費用は,基本的に被保険者等の拠出金によって賄われている。すなわち,障害基礎年金の性格は,国庫の負担による救済事業ではなく,「国民の共同連帯」の理念に立脚し,各人の保険料の拠出によってその給付に要する費用を支弁する保険制度であり,本件における障害基礎年金である国民年金法三〇条の四に基づく年金も同様である。

 したがって,障害基礎年金の給付は,拠出している保険料を還元しているという性格を有している点において,法による障害年金と異なっていることはもちろんのこと,単純な社会保障的給付とも性質を異にしており,障害保険等の給付金の場合と同様に,保険料の対価としての性質を有しているものであるから,損益相殺として控除されるべき利益には当たらないというべきである。

  2 仮に,障害基礎年金について控除する余地があり得るとしても,それは年金給付額の四割相当額に限られるというべきである。

 なぜなら,右年金給付額のうち国庫負担の割合は四割であり,その余の六割は,被保険者等の拠出金によって賄われているからである(同法八五条一項三号)。

 ところで,現行の予防接種法施行令七条によれば,予防接種による障害に関して国民年金法上の障害基礎年金を受ける場合は,同年金給付額の一〇〇分の四〇に相当する額を法に基づく障害年金から控除して支給するとされている。すなわち,法による障害年金を受けている者については,障害基礎年金は,実質的にはその六割相当額しか給付されていないのである。

 このように,併給の調整を行うこととされており,かつ,その範囲を右障害基礎年金の四割相当額に限定しているのは,国民年金法三〇条の四の規定による右障害基礎年金が,その給付に要する費用の一〇〇分の四〇に相当する額を国庫負担によって賄っている(同法八五条一項三号)ことを根拠としていると考えられる。つまり,国民年金法三〇条の四の規定による障害基礎年金の給付に要する費用のうち六割相当額の部分は,被保険者等が拠出する保険料によって賄われているのであるから,法に基づく障害年金とは併給の調整を行わないことにしているのである。

 右障害基礎年金は,国民年金法等の一部を改正する法律(昭和六〇年法律第三四号)附則二五条に基づいて,昭和六一年四月から,それまでの障害福祉年金が切り替えられたものである。予防接種法施行令旧七条三項は,障害福祉年金の支給全額を法の障害年金から控除する旨を定めていたのであるが,障害福祉年金の障害基礎年金への切替えに伴い,その四割相当額を控除することに変更されたものであり(現行施行令七条三項),これは,六割相当額が被保険者等の拠出した保険料の対価としての性質を有していることを反映したものということができる。このことは,特別児童扶養手当等の支給に関する法律の規定による特別児童扶養手当,障害児福祉手当,特別障害者手当及び国民年金法等の一部を改正する法律(昭和六〇年法律第三四号)附則九七条一項の規定による福祉年金が支給されるときは,その全額が法の障害基礎年金の給付額から控除されることと対比することによっても裏付けられる(予防接種法施行令七条三項)。

 損益相殺においても,併給の調整の場合と同様に,国庫負担部分についてはこれを控除する余地があるとしても,被保険者が自ら拠出した部分については年金の給付を受けたからといって,これを損害額から控除すべき理由はない。

 したがって,本件における障害基礎年金について損益相殺を行う余地があるとしても,同年金給付額の四割相当額に限られるべきである。

  3 国民年金法二二条は,「障害若しくは死亡又はこれらの直接の原因となった事故が第三者の行為によって生じた場合において」,「給付をしたとき」に,政府が「第三者に対する損害賠償請求権」を代位し(一項),また,「第三者から同一の事由について損害賠償を受けたとき」に,政府は給付を免責される(二項)旨を定めているが,この規定によって被控訴人らに対する障害基礎年金の給付額を控除することはできない。

 すなわち,前記のとおり,障害基礎年金は被保険者等が拠出している保険料を還元している保険制度であるから,同年金に基づく給付額を被控訴人らの損害額から控除するということは,加害者である控訴人が負うべき損害賠償責任の一部分を,被害者の拠出によって賄うことを意味するのである。

 しかしながら,このようなことが損害の公平な負担を目的とする損害填補の基本理念に反することは明らかであり,国民年金法二二条の存在を根拠に控除を認めることはできない。

 二 第三者からの見舞金について

 地方自治体が被控訴人らに給付した見舞金等は,被控訴人らの被害の窮状に対し,当面の生活上の援助に資するため,あるいは弔慰を示すために給付された金員である。このような金員は,地方自治体独自の住民福祉の立場から給付されたものであって,いわば第三者からの任意の見舞金とでもいうべきものであるから,損害填補の性質を有しておらず,その性質上,損益相殺が許されるべきものではない。

 また,仮に右金員が損害填補の性質を有する場合があったとしても,当該地方自治体は,損害が填補されたことを理由として,被控訴人らを代位して控訴人に対し損害賠償請求権を行使し得るものではないのであるから,この点においても,控訴人において右金員を控除すべき理由はない。

 三 「医療費」,「医療手当」及び「葬祭料」について

  1 控訴人は,前記閣議了解に基づく「医療費」及び現行予防接種法に基づく「医療費」,「医療手当」及び「葬祭料」をも控除すべきであると主張しているが,これは損害額の公平な負担という観点からも許されない。

 すなわち,「医療費」は,「予防接種を受けたことによる疾病について医療を受ける者」の医療費の実費であり(施行令四条),「医療手当」は,「通院に要する交通費,入院に伴う諸雑費等に充てるためのもの」とされている。また,「葬祭料」は,いうまでもなく葬儀費用である。このように,これらはいずれも実費である積極損害の補填を目的とした給付であり,被控訴人らは,本件請求において,右給付に対応する医療費及び治療,入通院に伴う諸雑費,葬祭料等の積極損害を請求していない。

 これは,被控訴人らの本件各被害が後遺症を有する者の場合,極めて長期にわたるものであり,控訴人国が初めて公式に予防接種事故の存在を認めた昭和四五年以前の費用については,現時点においてそれを積算することが事実上困難であり,また,昭和四五年以降の右諸費用については,右各制度に基づく給付によって一応充当がされていると考えられることから,あえて請求しなかったことによるのである。

 被控訴人らが本件において請求している逸失利益,介護費,慰謝料,弁護士費用等の消極損害は,右各制度に基づく給付とは全く性質を異にしており,費目としてもこれと対応するところがないことは明らかである。

 そもそもこのような医療費及び医療手当等の実費は,控訴人国が負担すべき費用であることは明らかであって,被控訴人らが右費用を請求していない以上,これを被控訴人らの損害額から控除すべき理由はない。

  2 最高裁昭和六二年七月一〇日第二小法廷判決(民集四一巻五号一二〇二頁)は,民法上の損害賠償の場合において,損害の填補がされたものとして控除することのできる給付とは,当該「保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること,すなわち,保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質であり,保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうと解すべきであって,単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。」ことを明らかにしている。

 前記のとおり,被控訴人らは,本件請求において,医療費,治療,入通院に伴う諸雑費,葬祭料等の積極損害を請求していない。すなわち,被控訴人らの請求している損害の費目には,控訴人が控除を主張している「医療費」,「医療手当」,「葬祭料」に対応する「同性質であり,相互補完性を有する」損害の費目は存在していないから,右判決の判示に従うと,右費目についてこれを被控訴人らの損害額から控除すべき理由はない。

第三節 証拠関係〈省略〉

別紙 仮執行に基づく支払額一覧表(1)ないし(8)〈省略〉

別紙  

請求金額一覧表

(注)番号欄の*は当審において請求元本につき請求を拡張したことを示す。

番号  被控訴人の氏名  請求金額(円)  遅延損害金起算日

(昭和年月日) 

一の一  吉原充  一億三六三三万三八六〇   三九・一一・九 

一の二  吉原賢二  五五〇万   三九・一一・九 

一の三  吉原くに子  五五〇万   三九・一一・九 

二の二  白井哲之  二三七〇万五五八一   四五・三・一一 

二の三  白井扶美子  二三七〇万五五八一   四五・三・一一 

三の一  山元寛子  一億三六九一万二四二一   四二・三・七 

三の二  山元忠雄  五五〇万   四二・三・七 

三の三  山元としえ  五五〇万   四二・三・七 

四の一  阪口一美  一億三四九二万一一七三   三九・四・二四 

四の二  阪口照夫  五五〇万   三九・四・二四 

四の三  阪口邦子  五五〇万   三九・四・二四 

五の一  澤柳一政  一億三五三六万七六八二   三八・六・一六 

五の三  澤柳富喜子  八二五万   三八・六・一六 

五の四  澤柳尚子  九一万六六六六   三八・六・一六 

五の五  澤柳英行  九一万六六六六   三八・六・一六 

* 六の二  尾田稔  四二五六万三二三三   三五・一二・一九 

* 六の三  尾田節子  四二五六万三二三三   三五・一二・一九 

七の一  葛野あかね  一億三四九二万一一七三   三八・一一・一四 

七の三  森山チエ子  五五〇万   三八・一一・一四 

八の二  布川正  三二三九万七〇五三   三八・九・一〇 

八の三  布川則子  三二三九万七〇五三   三八・九・一〇 

九の一  服部和子  一億三四九二万一一七三   四〇・四・七 

九の二  服部勝一郎  五五〇万   四〇・四・七 

九の三  服部眞澄  五五〇万   四〇・四・七 

一〇の一  依田隆幸  一億三四四五万一〇一六   四〇・一一・二九 

一〇の二  依田泰三  五五〇万   四〇・一一・二九 

一〇の三  依田時子  五五〇万   四〇・一一・二九 

*一一の二  伊藤定男  四八七三万九九三二   四二・一〇・一三 

*一一の三  伊藤孝子  四八七三万九九三二   四二・一〇・一三 

一二の一  田部敦子  一億三四九二万一一七三   四一・九・一三 

一二の二  田部芳聖  五五〇万   四一・九・一三 

一二の三  田部チエ子  五五〇万   四一・九・一三 

一三の一  田中耕一  五五七三万〇四四四   四二・一〇・二三 

一三の二  田中隆博  三三〇万   四二・一〇・二三 

一三の三  田中靖子  三三〇万   四二・一〇・二三 

一四の二  千葉秀三  二四二〇万三三九四   四五・三・二 

一四の三  千葉節子  二四二〇万三三九四   四五・三・二 

*一五の二  梶山健一  四〇三八万〇六七九   四〇・九・八 

*一五の三  梶山喜代子  四〇三八万〇六七九   四〇・九・八 

一六の二  佐藤茂昭  二五二七万四八四四   三五・四・六 

一六の三  佐藤千鶴  二五二七万四八四四   三五・四・六 

*一七の二  渡邊孝雄  四一四九万八六五六   三三・一〇・六 

*一七の三  渡邊豊子  四一四九万八六五六   三三・一〇・六 

一八の一  髙光恵子  八四三五万七二八四   四一・四・二三 

一八の二  徳永保春  四四〇万   四一・四・二三 

一八の三  徳永和枝  四四〇万   四一・四・二三 

一九の二  鈴木浅治郎  二三七〇万五五八一   三一・一二・一 

一九の三  鈴木節  二三七〇万五五八一   三一・一二・一 

二〇の二  越智聰  二四二〇万三三九四   四一・一一・八 

二〇の三  越智静子  二四二〇万三三九四   四一・一一・八 

二一の一  小林浩子  一億三四九二万一一七三   三三・五・八 

二一の二  小林安夫  五五〇万   三三・五・八 

二一の三  小林こう  五五〇万   三三・五・八 

二二の二  上野忠志  二三七〇万五五八一   四三・二・二一 

二二の三  上野厚子  二三七〇万五五八一   四三・二・二一 

二三の二  山本孝仁  二五八五万〇九八七   四一・一二・一三 

二三の三  山本京子  二五八五万〇九八七   四一・一二・一三 

二四の一  井上明子  一億三四九二万一一七三   四三・五・二七 

二四の二  井上忠明  五五〇万   四三・五・二七 

二四の三  井上たつ  五五〇万   四三・五・二七 

二五の二  平野賢二  二三七〇万五五八一   三六・三・二七 

二五の三  平野節子  二三七〇万五五八一   三六・三・二七 

二六の一  卜部広明  一億三四四五万一〇一六   四〇・七・二 

二六の二  卜部廣太郎  五五〇万   四〇・七・二 

二六の三  卜部せつ子  五五〇万   四〇・七・二 

二七の一  鈴木浅樹  一億三六三三万三八六〇   四四・九・二二 

二七の二  鈴木勲雄  五五〇万   四四・九・二二 

二七の三  鈴木百合子  五五〇万   四四・九・二二 

二八の一  小林正樹  一億三四四五万一〇一六   三九・五・一三 

二八の二  小林春男  五五〇万   三九・五・一三 

二八の三  小林いく子  五五〇万   三九・五・一三 

二九の一  渡邉敦子  八四三五万七二八四   三六・一・一六 

二九の二  中川正直  四四〇万   三六・一・一六 

二九の三  中川きみ  四四〇万   三六・一・一六 

三〇の二  田渕英嗣  二三七〇万五五八一   四八・六・二二 

三〇の三  田渕美也子  二三七〇万五五八一   四八・六・二二 

三一の一  吉川雅美  一億三四九二万一一七三   四四・一二・二 

三一の二  吉川禎二  五五〇万   四四・一二・二 

三一の三  吉川富美子  五五〇万   四四・一二・二 

三二の二  荒井清  三三八九万五〇四九   四二・一一・二一 

三二の三  荒井ミツイ  三三八九万五〇四九   四二・一一・二一 

三三の一  清水一弘  一億三四四五万一〇一六   四〇・六・七 

三三の二  清水一男  五五〇万   四〇・六・七 

三三の三  清水弘子  五五〇万   四〇・六・七 

三四の二  河又弘壽  三四三九万二八六一   四六・一〇・二一 

三四の三  河又正子  三四三九万二八六一   四六・一〇・二一 

三五の二  大沼満  二三七〇万五五八一   三九・一二・一五 

三五の三  大沼勝世  二三七〇万五五八一   三九・一二・一五 

三六の一  加藤則行  一億三四四五万一〇一六   三九・二・二八 

三六の二  加藤久雄  五五〇万   三九・二・二八 

三六の三  加藤かつ子  五五〇万   三九・二・二八 

三七の一  藤本美智子  八四三五万七二八四   三六・七・二五 

三七の二  竹沢潔  四四〇万   三六・七・二五 

三七の三  竹沢昌子  四四〇万   三六・七・二五 

三八の一  中村眞弥  一億三四四五万一〇一六   四五・一〇・一五 

三八の二  中村巖  五五〇万   四五・一〇・一五 

三八の三  中村眞知子  五五〇万   四五・一〇・一五 

*三九の二  矢野悟  四〇八七万八四九二   三三・一〇・一四 

*三九の三  矢野ルリ子  四〇八七万八四九二   三三・一〇・一四 

四〇の一  高田正明  一億三六三三万三八六〇   三七・一二・八 

四〇の二  高田清作  五五〇万   三七・一二・八 

四〇の三  高田敏子  五五〇万   三七・一二・八 

四一の一  福島一公  一億三四四五万一〇一六   四五・五・一八 

四一の二  福島喜久雄  五五〇万   四五・五・一八 

四一の三  本田豊子  五五〇万   四五・五・一八 

四二の一  池本智彦  五五七三万〇四四四   四三・五・二二 

四二の二  池本和能  三三〇万   四三・五・二二 

四二の三  池本愛子  三三〇万   四三・五・二二 

*四三の二  猪原正和  五〇一三万〇三〇四   三五・三・三〇 

*四三の三  猪原松枝  五〇一三万〇三〇四   三五・三・三〇 

四四の一  室崎誠子  一億三六九一万二四二一   三四・一一・一〇 

四四の二  室崎誠  五五〇万   三四・一一・一〇 

四四の三  室崎富恵  五五〇万   三四・一一・一〇 

*四五の二  大川勝三郎  三六五六万八三八六   四三・五・三〇 

*四五の三  大川たつえ  三六五六万八三八六   四三・五・三〇 

四六の二  高橋恒夫  二三七〇万五五八一   四七・六・三〇 

四六の三  高橋ちづ子  二三七〇万五五八一   四七・六・三〇 

四七の二  塩入恒男  二三七〇万五五八一   四三・四・五 

四七の三  塩入万佐子  二三七〇万五五八一   四三・四・五 

四八の二  小久保皓司  二三七〇万五五八一   三八・六・一〇 

四八の三  小久保笑子  二三七〇万五五八一   三八・六・一〇 

五〇の一  藤井玲子  一億三四九二万一一七三   三七・一二・四 

五〇の二  藤井俊介  五五〇万   三七・一二・四 

五〇の三  藤井孝子  五五〇万   三七・一二・四 

五一の二  大平正  二三七〇万五五八一   三八・三・二二 

五一の三  大平康子  二三七〇万五五八一   三八・三・二二 

五二の二  杉山末男  二三七〇万五五八一   四八・六・一九 

五二の三  杉山きみ子  二三七〇万五五八一   四八・六・一九 

五三の一  渡邊明人  一億三四四五万一〇一六   三七・四・九 

五三の二  渡邊眞美  五五〇万   三七・四・九 

五三の三  渡邊美都子  五五〇万   三七・四・九 

五四の二  末次芳雄  二三七〇万五五八一   三二・一〇・三 

五四の三  末次貞子  二三七〇万五五八一   三二・一〇・三 

*五五の二  高橋邦夫  六三六〇万四〇六六   四四・一一・一三 

*五五の三  高橋昭子  六三六〇万四〇六六   四四・一一・一三 

五六の一  古川博史  一億三四四五万一〇一六   二七・一〇・二〇 

五六の二  古川治雄  五五〇万   二七・一〇・二〇 

五六の三  古川イツエ  五五〇万   二七・一〇・二〇 

五七の三  阿部クニ  三五五五万八三七一   四四・四・一〇 

五七の四  阿部恭子  五九二万六三九五   四四・四・一〇 

五七の五  阿部光敏  五九二万六三九五   四四・四・一〇 

五八の一  高橋純子  一億三四九二万一一七三   四一・三・三 

五八の二  高橋正夫  五五〇万   四一・三・三 

五八の三  高橋幸子  五五〇万   四一・三・三 

五九の一  藁科正治  一億三六三三万三八六〇   四八・一一・一三 

五九の二  藁科勝治  五五〇万   四八・一一・一三 

五九の三  藁科雅子  五五〇万   四八・一一・一三 

六〇の一  秋田恒希  一億三四四五万一〇一六   四九・四・一二 

六〇の二  秋田恒延  五五〇万   四九・四・一二 

六〇の三  秋田令子  五五〇万   四九・四・一二 

六一の一  中井哲也  一億三四四五万一〇一六   三七・一一・二〇 

六一の二  中井浩  五五〇万   三七・一一・二〇 

六一の三  中井郁子  五五〇万   三七・一一・二〇 

六二の一  野口恭子  一億三八九一万七七一八   三八・一一・一八 

六二の二  野口正行  五五〇万   三八・一一・一八 

六二の三  野口賀壽代  五五〇万   三八・一一・一八 

六三の一  藤木のぞみ  八五九五万〇二八三   四九・九・一八 

六三の二  藤木秀  四四〇万   四九・九・一八 

六三の三  藤木トモコ  四四〇万   四九・九・一八 

   合計  六三億三二六七万一五三五    

別紙 死亡被害者の請求損害損失額一覧表 (1)〈抄〉 

別紙  

死亡被害者両親の請求損害損失額一覧表 (1)〈抄〉

番号  両親氏名  慰謝料  弁護士費用  合計額 

2の2  白井哲之  1,250万円  125万円  1,375万円 

2の3  白井扶美子  1,250万円  125万円  1,375万円 

6の2  尾田稔  1,250万円  125万円  1,375万円 

6の3  尾田節子  1,250万円  125万円  1,375万円 

8の2  布川正  1,250万円  125万円  1,375万円 

8の3  布川則子  1,250万円  125万円  1,375万円 

別紙  

Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表 (1)〈抄〉

番号  被害者 性別  生年月日 接種年月日 接種時年齢  要介護期間  得べかりし利益  介護費  慰謝料  弁護士費用  合計額 

氏名  (昭和)  (昭和) 

1の1  吉原充  男  38.9.21  39.11.9  1歳1か月  73年  4,795,300×7.9270 3,650,000×19.4322 15,000,000 (38,012,343+70,927,530 136,333,860円 

=38,012,343  =70,927,530  +15,000,000)×0.1

=12,393,987 

3の1  山元寛子  女  41.2.5  42.3.7  1歳1か月  79年  4,795,300×7.9270 3,650,000×19.5763 15,000,000 (38,012,343+71,453,495 136,912,421円 

=38,012,343  =71,453,495  +15,000,000)×0.1

=12,446,583 

4の1  阪口一美  女  38.7.27  39.4.24  8か月  79年  4,795,300×7.5495 3,650,000×19.5763 15,000,000 (36,202,117+71,453,495 134,921,173円 

=36,202,117  =71,453,495  +15,000,000)×0.1

=12,265,561 

別紙  

Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表

(1)〈抄〉

番号  両親氏名  慰謝料  弁護士費用  合計額 

1の2  吉原賢二  500万円  50万円  550万円 

1の3  吉原くに子  500万円  50万円  550万円 

3の2  山元忠雄  500万円  50万円  550万円 

3の3  山元としえ  500万円  50万円  550万円 

4の2  阪口照夫  500万円  50万円  550万円 

4の3  阪口邦子  500万円  50万円  550万円 

別紙 接種及び予診の状況

一 被害者 吉原充

 充は,昭和三九年一一月九日茨城県東海村が同村立母子センターで実施したインフルエンザワクチンの勧奨接種を受けたが,同接種においては,あらかじめ禁忌についての説明や体温測定は行われず,また,問診票は用いられなかった。

 右接種当日は,医師が一名であったにもかかわらず,午後一時三〇分から四時三〇分までの三時間に七二六名が接種を受けており,そもそも予診ができる状況ではなかった。本件接種は,問診その他一切の予診が行われないまま,接種担当者(看護婦)によって機械的に接種された。

二 被害者 白井裕子

 裕子は,昭和四五年三月一一日大阪府吹田市山手地区公民館において,国の機関である吹田市長が実施した種痘の定期接種を受けた。

 右接種に際し,あらかじめ禁忌についての説明もなく,問診票が使用されることもなく,接種当日,担当医師は母扶美子から「二月末にかぜをひいたが大丈夫でしょうか。」と質問を受けたのに対し,「今何ともなければかまわない。」と答えたのみで,他に何らの問診その他の予診も行わないまま,接種を行った。

三 被害者 山元寛子

 寛子は,昭和四二年三月七日国の機関である静岡県磐田市長が同市立東部小学校で実施した種痘第一期の定期接種を受けたが,同接種においては,あらかじめ禁忌についての説明や体温測定はなく,また,問診票の使用はなかった。

 接種担当者は,被控訴人としえに「熱がありませんね」と質問しただけで,通院治療中であった寛子の体調についてそれ以上の問診その他の予診を一切行うことなく本件接種を実施した。

四ないし六三〈省略〉 

理由

第一 請求原因一(当事者)と同二(事故の発生)等について

 一 請求の原因第一項(当事者)の事実(ただし,右のうち当事者間に争いのある「実施主体」の点及び被害児高光(旧姓徳永)恵子(一八)の「接種の性質」の点は除く。)が認められることについては,原判決理由第二の一記載のとおりであるから,これを引用する。

 二 請求の原因第二項(事故の発生)の事実が認められることは,原判決理由第二の二記載のとおりであるから,これを引用する。

 三 なお,事実認定に供した書証等の成立(写しが証拠であるものについては原本の存在及びその成立を含み,写真については各当事者が主張するとおりの写真であること。以下同じ。)について,原審提出の書証は原判決理由第一記載のとおりであるから,これを引用し(なお,書証の表示の仕方についても,原判決の表示に倣うこととする。),当審提出の書証については,別紙「当審提出の書証成立関係一覧表」記載のとおりである(右一覧表に記載のない書証等で,事実認定の用に供したものの成立については,いずれも当事者間に争いがない。)。

第二 因果関係について

 本件各事故が本件各接種に起因するものであることについては,原判決理由第二の三記載のとおりであるから,これを引用する。すなわち,当裁判所も,ポリオ生ワクチン接種により脳炎,脳症が発生すること及びインフルエンザワクチン接種によりアレルギー生脳炎が発生すること,並びに被害児尾田眞由美(六の一),同布川賢治(八の一),同依田隆幸(一〇の一),同伊藤純子(一一の一),同梶山桂子(一五の一),同井上明子(二四の一)に関する本件各事故が本件各接種に起因するものであるとの事実についての控訴人の自白の撤回が,自白の内容が真実に反するものとは認められず,許されないこと,被害児荒井豪彦(三二の一),同清水一弘(三三の一),同大沼千香(三五の一),同中村真弥(三八の一),同大川勝生(四五の一),同小久保隆司(四八の一),同大平茂(五一の一),同高橋尚以(五五の一),同中井哲也(六一の一)に関する本件各事故は本件各接種に起因するものであると認める。ただし,当事者双方の当審における主張に対応して以下のとおり付加することとする。

  1 因果関係を認めるための要件

 訴訟上の因果関係とは一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであると解される(最高裁昭和四八年(オ)第五一七号,同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)ところ,この観点に照らすと,原判決の定立した,因果関係を認めるための四要件は,充分合理性がある。

 控訴人は,原判決挙示の四要件のうち,空間的密接性は科学的概念で構成されたものではないと主張するが,これは,疾病の生ずる部位(脳の各部位,脊髄,末梢神経等)により予防接種後当該症状発生までの時間が変化する事情にあることに着目して立てた条件であり(このことは,被控訴人らの主張及び〈書証番号略〉並びに原審における証人白木博次の証言によって明らかである。),時間的密接性の要件と相俟って因果関係の認定が適切に行われることに資するものといわなければならない。控訴人の主張は採用することができない。

 また,控訴人は,「ワクチン接種のほかに原因となるべきものの考えられないこと」という要件は実質上立証責任の転換を図るもので不当であると主張する。

 しかしながら,予防接種による事故発生のメカニズムが既存の科学的知見と整合し,それらによって合理的に説明されることを前提とした上,ワクチン接種と疾病が時間的,空間的に密接しており,副反応の程度が他の原因不明のものよりも質量的に非常に強いという要件が充足されている場合,当該疾病がワクチン接種により生じたことの蓋然性は相当高度であるというべきであるから,他に明らかな原因が考えられない以上,当該疾病をワクチン接種と因果関係あるものと認定することは,経験則上合理性があるものというべきであり,これを立証責任の転換を図るものというのは当を得ない。予防接種後の神経系疾患の臨床症状や所見は予防接種以外の原因による疾患のそれと異ならないため,具体的に発生した疾患が予防接種によるものか,他に原因があるかを的確に判定することは困難であり,特に,脳炎・脳症においては,原因不明のものが六〇ないし七〇パーセントを占めるから,その判定はより困難であるとしても,その理は異ならない。なお,控訴人は,この要件の代わりに,「少なくとも他の原因による疾病と考えるよりはワクチン接種によるものと考える方が妥当性があること」を要件とすべきであるとするが,その妥当性をどのようにして判定するかが正に問題なのであって,意味のある基準とはいえない。

 また,「副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと」という要件についても,他の原因による事故である可能性を薄めるための要件であるから,この要件を置くことが特に不合理とはいえない。

 以上のとおりであって,厳密な病理学的な因果関係が不明で,かつ,ワクチン接種後の疾病発生状況についての疫学的観点からの正確な調査も行われていない本件においては,原判決採用の四要件は特段不合理なものとはいえず,控訴人の主張は採用することができない。

  2 ポリオ生ワクチンと脳炎・脳症との因果関係について

 控訴人は,ポリオ生ワクチン接種により脳炎,脳症が生ずることは極めてまれであり,仮に生ずるとしてもポリオ様の手足の弛緩性麻痺を伴うと主張し,白木博次の説は妥当性を欠くと主張する。そして,当審提出の乙第二四九号証及び当審における証人平山宗宏の証言はこれに沿うものである。

 しかしながら,右平山証人の説は,ポリオ生ワクチンには,弱毒化したポリオの生ウイルスの毒性以外毒性物質は何も含まれておらず,アレルゲンになるものが存在しないため,白木説がいうところの遅延アレルギー型の脳炎が生じる余地がなく,また,赤痢菌の場合のようにヒスタミン様物質が腸管内で産生することはないこと,仮にポリオのような生ワクチンによって脳炎・脳症が引き起こされるとするならば,それは生きたウイルスそのものによって引き起こされる(白木説にいうウイルス血症型)以外にないことを前提とする。しかしながら,〈書証番号略〉,原審における証人白木博次の証言によれば,動物の腎細胞内で繁殖させるポリオの生ワクチンの場合,その過程において様々な要因が働く可能性があり,弱毒化したポリオ生ウイルスの毒性以外毒性物質が存在しないとは断定できず,動物の神経組織と同じ成分を持った物質が生成されている可能性があること(国立予防衛生研究所を中心とした多数の専門家により執筆された「日本のワクチン」《書証番号略》も,「基準に規定された製造法に従って製造され,また,各種の試験法に合格した製品が,どの程度に,重大な障害の起こる危険線から離れているのか,また,動物を使う試験法の,免れ得ない試験結果のばらつきを,十分カバーするだけの隔たりがあるのか,といった点でも,これまでの経験上たいした事故がなかったという程度の答えしかできないことが少なくないのである。」《四〇六頁》とか,「無菌試験や不活化試験で,菌やウイルスが検出されなかったことは,その検体にいかなる生きた微生物も全く存在しないことを意味するものではない。規定された方法,使われた方法では検出できなかっただけにすぎない。無毒化試験や各種物質否定試験でも,同様に,その方法で検出できる濃度以下の含有まで否定しているわけではない。」《四〇七頁》などと述べているところである。)が認められるのである。そうすると,白木説を批判する説の前提である,ポリオ生ワクチンには弱毒化したポリオウイルス以外含まれていないということ自体に疑問があることになる。

 さらに,前掲各証拠によれば,ポリオ生ワクチンによって腸内に増殖するポリオウイルスとそれに関連する物質は赤痢菌と同様の毒素を産生しないとする平山証人の説自体も,科学的に実証がされているわけではないのであるから,ポリオ生ワクチンの投与によって腸内に増殖するポリオウイルスが,赤痢菌の場合と同様,ヒスタミン様物質を産生するという理論は,なお一つの科学的仮説として意味を持つことを否定できないと認められる。また,平山証人は,ヒスタミン様物質が脳という臓器に特異的に作用するということはいえず,それは全身の血管について血管の拡張を起こすはずであるから,ヒスタミン様物質が作用するとした場合,いわゆるショックといわれる循環障害の重い反応が出るはずであると述べるが,白木説も,脳以外の組織でヒスタミンないしその類似物質が過剰に生産され,血流によって脳に到達すれば,急性脳症,脳浮腫を来し,それにショック症状も合併する以上,それは全身性の血行障害の存在を意味するものであり,ヒスタミン様物質は何ら脳特異性のものではないと主張している(〈書証番号略〉参照)のであるから,右の点は白木説の科学的仮説としての合理性を直ちに否定するものではないと考えられる。

 そして,実際にも,ポリオ生ワクチン接種の副反応として遅延アレルギー型の脳脊髄白質炎が生じたとみる余地のある症例がドイツのクリュッケ教授によって紹介されているところである(〈書証番号略〉)。右で紹介されている六つの症例はいずれもポリオ生ワクチン投与後に生じた脳脊髄白質炎であり,そこでは厳密な意味で生ワクチン接種との因果関係が論じられているわけではないが,白木説にいう遅延アレルギー反応型の脳炎の実例として充分説明ができるものである(なお,右証拠によれば,クリュッケ教授自身も,これらの症例につき,現在の知見ではその因果関係を否定し得る根拠はないとしていることが認められる。)。また,埼玉大学の皆川教授の一剖検例報告(〈書証番号略〉)も,ポリオ生ワクチン投与後に生じた急性脳症の事例に関するもので,それ自体ではワクチン投与との因果関係を実証するものではないが,白木説の一つの傍証となり得る。また,ポリオ生ワクチンの投与により即時型アレルギーの症状を示したとの報告(〈書証番号略〉)も存在するところであって,これも白木説の裏付けとなるものである。

 さらに,〈書証番号略〉によると,厳密な意味で統計的に有意な差があるとまではいえないにせよ,ポリオ生ワクチン接種後生じた脳炎・脳症には接種後一週間前後を中心とした統計的なある程度の集積性がみられる。また,ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係を必ずしも否定しない学者が他にも存在する(福見秀雄・〈書証番号略〉)。そして,何よりも,権威ある学者等を結集したと推認される国の予防接種調査会自体が,本件被害児に対する予防接種法(以下「法」という。)に基づく給付の審査に際し,手足の弛緩性麻痺を伴わないものも含めてポリオ生ワクチンと脳炎・脳症との因果関係を肯定し,これを受けて厚生大臣は,疾病が予防接種によるものであることを認定しているのである(この事実は当事者間に争いがない。)。そして,法一六条は,「当該疾病,障害,死亡が当該予防接種を受けたことによるものであると認定したときは」と明確に規定しているのであるから,行政上の救済措置であるから因果関係の判断はあいまいなままで認定したということはできず,控訴人国も,その時点でポリオ生ワクチンから脳炎・脳症が発症することがあるということを事実上認めたものといわざるを得ない(なお,本件全証拠によるも,特に右認定時点以後に医学上の新たな知見が加わり,従来と異なる判断がされるのもやむを得ないというような事情が存在することを認める証拠はない。)。

 このようなことを総合すると,ポリオ生ワクチン接種から脳炎・脳症が発症することがあるものというべきである。

第三 損失補償請求について

 一 損失補償請求の訴えの適法性の有無

  1 控訴人は,東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件以外のその余の事件については,民事訴訟法に基づいて審理されるべき訴え(以下「民事訴訟」という。)である国家賠償請求の訴えに行政事件訴訟法に基づいて審理されるべき訴え(以下「行政訴訟」という。)である損失補償請求の訴えを追加的に併合提起したものと解されるものであるが,行政事件訴訟法上,民事訴訟に行政訴訟を追加的に併合することは許されないから,裁判所は,損失補償請求への訴えの追加的変更を不許する旨の裁判をするべきであり,また,右一五三〇八号事件については,併合要件を欠く損失補償請求に係る訴えを同一の訴状をもって,選択的併合の趣旨で提起したものであるから,右の訴えは不適法な訴えとして却下すべきであると主張する。

  2 確かに,控訴人主張のように,本件は,当初国家賠償法一条に基づく損害賠償請求事件として提訴(東京地方裁判所昭和四八年(ワ)第四七九三号)され,その後同じ国家賠償法一条に基づく損害賠償請求として追加提訴された事件(東京地方裁判所昭和四八年(ワ)第一〇六六六号,昭和四九年(ワ)第一〇二六一号,昭和五〇年(ワ)第七九九七号及び第八九八二号《ただし,右第八九八二号事件は,その後取り下げられた。》)が順次併合されて審理が進められていたところ,昭和五三年九月二九日付けの準備書面(一六)において原告から初めて憲法に基づく損失補償の請求がされるに至ったこと,その後,更に国家賠償法一条を根拠に損害賠償を請求する東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第二二七〇号及び国家賠償法一条に基づく損害賠償と憲法に基づく損失補償を請求する昭和五六年(ワ)第一五三〇八号が併合されたことは,記録上明らかである。

 そして,憲法を根拠として国に対して損失補償を請求する訴えと国家賠償法に基づき損害賠償を請求する訴えとは訴訟物の異なる別個の訴えであり,前者の訴えは行政事件訴訟法四条にいう「公法上の法律関係に関する訴訟」に当たり,後者の訴えは民事訴訟法に基づいて審理される民事訴訟に当たると解されることも,控訴人の主張のとおりである。したがって,両者の訴えを併合することの可否が問題となる。

  3 まず,右一五三〇八号事件については,訴状において既に損失補償請求権に基づく請求と国家賠償法に基づく請求の両者が記載されていることに照らすと,行政事件訴訟法四一条二項,一六条を根拠に,右二つの訴えは当初から併合して提起されたものと認められる。しかも,両者の訴えは,同一の予防接種の副反応事故を巡る損失補償請求と国家賠償請求であるから,行政事件訴訟法一三条六号の関連請求に当たることは明らかであり,また,原審の東京地方裁判所が国を被告とする本件損失補償請求訴訟の管轄権を有することも疑いないところである(民事訴訟法四条二項参照)から,右事件は,損失補償請求に関連請求に係る訴えである国家賠償請求を併合して提起したものと認められる。したがって,右併合提起は,行政事件訴訟法一六条の要件を具備しており,適法というべきである。

  4 次に,右一五三〇八号事件以外の事件について検討する。

 この点については,仮に控訴人の主張するように民事訴訟に行政訴訟を追加的に併合することが許されないという立場を採ったとしても,行政事件訴訟法七条,民事訴訟法一三二条は,行政訴訟と民事訴訟との弁論の併合を許容していると解されないかを検討する必要がある。

 そして,右については,以下の理由により,行政訴訟と民事訴訟との弁論を併合することは許されると解すべきである。すなわち,民事訴訟法二二七条は,訴えの客観的併合につき,「同種ノ訴訟手続ニヨル場合ニ限リ」という文言を置いて,異種の訴訟手続によるものは併合を認めないことを明らかにしているが,同法一三二条においては文言上そのような限定が付されていないところ,弁論の併合は裁判所の訴訟指揮によりされるものであって,当事者のイニシアティブによりされる民事訴訟法二二七条の訴えの客観的併合の場合より広く認めることには根拠がないとはいえないこと,行政事件訴訟法一三条の規定は,移送された関連請求に係る訴え(その中には民事訴訟も含まれる。)と行政訴訟との弁論の併合をすることを当然予定している規定であることが,その理由である。

 そうすると,本件では,前記のように,損失補償請求の訴えについても原審の東京地方裁判所に管轄があるから,いったん損失補償請求の訴えを別個独立に東京地方裁判所に提起した上で,裁判所が職権でこれと損害賠償請求の訴えとの弁論の併合をすることができることになる。

 また,行政訴訟を民事訴訟に追加的に併合することが許されないとしたときでも,右行政訴訟は,原則として,これを民事訴訟から分離して,独立の訴えとして取り扱うべきである(なお,最高裁昭和五五年(行ツ)第一四一号,同五九年三月二九日第一小法廷判決参照)。

 ところで,本件の審理経過をみるに,右二つの訴えは,原審において,特段釈明等もされないまま,そのまま併合して審理され,判決されたこと,控訴人(被告)からも,当審の平成三年八月八日の第二五回口頭弁論期日までは,併合審理することにつき特に異議は出されていなかった事実が認められる。

 このような審理経過からすると,本件は,本来ならば明示的に,いったん国家賠償請求の訴えから損失補償請求の訴えを分離する旨の決定がされ,その後再び両者の弁論を併合する旨の決定がされるべきであったはずのところ,その過程が黙示的にされたと認めるのが相当である。

 なお,両者の訴えについては,昭和五五年一〇月一三日の第四四回口頭弁論期日において原告ら(被控訴人ら)により選択的併合の関係にある旨が明らかにされている。これは,弁論の併合をした当初段階では単純併合の関係にあったものを,選択的併合に併合の態様を変更する意味を持つと解される(すなわち,両請求について並列的に審判を求めるというものから,どちらかの請求が認容されれば,他の請求については審判を求めないというものに変更するものである《実質的にみると,これは条件付きの訴え取下げの意味を持つと考えられる。》。)。このような併合の態様の変更も一種の訴えの変更と解される。そして,本件のように,二つの訴えが,一方の請求権が満足されれば他方の請求権は実体的には消滅を来すというような関係にある場合は,このような変更を認めても被告(控訴人)が特段不利益を受けるとは考えられないから,特にこのような変更は許されないとする根拠は見い出し難い。のみならず,控訴人は右変更に特に異議を述べず,実体上の争点について反論してきたのであるから,右変更はいずれにしても適法であるというべきである。

  5 そうすると,控訴人の主張のように,民事訴訟に行政訴訟を追加的に併合することが許されないとしても,本件では,損失補償請求と国家賠償請求とは適法に(選択的に)併合されていると解されるから,控訴人の主張は採用し難い。

 二 損失補償請求権の存否

 そこで,次に,予防接種による重篤な副反応により生命や健康を著しく損なったことに対して,憲法二九条等を根拠として損失補償請求権が発生するか否かについて判断する。

 被控訴人らは,本件予防接種被害は,伝染病の予防という公共目的実現のための行為たる予防接種により当然受忍すべき不利益の限度を著しく逸脱した特別の犠牲と評価できるところ,財産権に課せられた特別の犠牲による損失に対しては憲法二九条三項により正当な補償が義務付けられるのであるから,個人の尊重をうたう憲法一三条,法の下の平等を定める一四条一項,健康で文化的な生活を営む権利を定める二五条の趣旨からして,生命・健康にかかる特別犠牲による損失に対しても,憲法二九条三項を類推適用して,当然補償請求ができると解されると主張する。

 確かに,昭和二三年に制定された法は,予防接種を法律上の義務として広汎に実施することにより伝染病の予防を図ろうとするものであって,国家又は地域社会において一定割合以上の住民が予防接種を受けておけば,伝染病の発生及びまん延の予防上大きな効果があることに着目して,主として社会防衛の見地から国民に対して接種を義務付けているものである。法一条において,「伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために,予防接種を行い,公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする。」とあるのは,この趣旨である。また,後記第四の二2(一)(2)ないし(六)認定のように,ポリオ生ワクチン,インフルエンザワクチン及び日本脳炎ワクチンについては,ある時期法律の根拠によらず,行政指導の形で国民に接種を勧奨し,任意に接種を受けてもらういわゆる勧奨接種が実施されたが,それも同じく社会防衛,集団防衛の目的を有していたものである(右事実は当事者間に争いがない。)。他方,後記第四の二2(二)認定のように,予防接種は異物であるワクチンを人間の体内に注入するものであって,それなりの危険を伴い,脳炎,脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応が発現することも絶無ではないことが,経験的に知られている。しかしながら,このような事故に対して損失補償請求権が当然生ずるか否かについては,公権力の行使によって国民の利益が侵害された場合につき,憲法が全体としてどのような定めを置いているかを検討しなければならない。

 この点について,憲法一七条は,まず公務員の違法行為によって生じた損害につき,「法律の定めるところにより,その損害の賠償を求めることができる。」として,どのような場合に賠償を請求できるかの具体的要件の定め方は法律にゆだねた。そして,これを受けて国家賠償法が制定され,その一条において「公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは,…これを賠償する責に任ずる。」と定め,国の公権力を行使する公務員の違法な行為については,故意又は過失という主観的帰責事由がないときは,国は損害賠償の責任を負わないこととされた。そして,このような国家賠償法の定め方は,一般に違憲とは解されていない。すなわち,憲法は,国家の違法な公権力の行使により生じた損害をすべて補填することを当然には要求していないと解されるのである。なお,このような国家賠償制度も,国民の納める税によって運用されるのであるから,国民全体による損害の分担という意味を持つのであり,公権力の行使の過程で特定の個人に生じた損失を国民全体で補填する実質を有するのであって,正義実現のための公平原則ないし平等原則に結び付くものである。

 他方,憲法二九条三項は,国が,私有財産を公共のために用いるときは,補償を求めることができるとする。この補償は,公共目的遂行のために特定の国民に生じた損失を国民全体で負担するというものであるから,右国家賠償の場合同様,公平原則に実質的根拠の一つを負うものと理解される。そして,同条項が対象としているのは,二九条全体の文言ないし構造及びその沿革からして,財産権の侵害の場合に限られ,かつ,財産権を法に基づいて適法かつ意図的に侵害する場合である。このように,同条が対象とするのは財産権を適法に侵害する場合であるから,前記の違法な行為を対象とする国家賠償ではまかなえない分野の損害填補を規定しているものということができる。

 さらに,憲法四〇条に刑事手続による生命・身体の自由の侵害に対する損失補償の規定(四〇条。抑留又は拘禁が違法であったか適法であったかを問わず補償を認めるものである。)が置かれている。これは,憲法上刑事手続による場合は,公権力による生命・身体の自由に対する侵害が許容されていること(なお,個人の尊厳の確立を基本原理とする憲法秩序の下では,生命・健康といった非財産的利益に対する適法な侵害という事態は,刑事手続による場合を除いて考え難いというべきである。)から,その場合の損失補償につき規定を置いたものと理解される。

 これらの規定を総合すると,憲法は,公権力の違法な行使によって生じた損害(財産的損害であると非財産的損害であるとを問わない。)については憲法一七条に規定を置き,それではまかなえない財産権に対する公権力による適法な侵害に対しては憲法二九条三項で損失補償を定め,また,身体の自由や生命という非財産的利益に対する適法な侵害が憲法上許容されている刑事手続の場合について憲法四〇条に損失補償の規定を置き,全体として公権力の行使による個々の国民の利益侵害に対する損害填補について一つの体系を形作っているものと認められる。そして,憲法は,公務員の違法な行為により特定の国民が被った損害のすべてを国家で負担することまでは要求していないと解されるのである。

 ところで,予防接種による重篤な副反応事故の場合を考えると,ここでいう副反応事故とは生命を失ったり,それに比するような重大な健康被害を指すのであるから,法が予防接種を強制する結果として特定の個人にそのような重大な被害が生ずることを容認しているとは到底解することができない。個人の尊厳の確立を基本原理としている憲法秩序上,特定個人に対し生命ないしそれに比するような重大な健康被害を受忍させることはできないものである。予防接種によりまれではあるがそのような被害が生ずることが知られているとしても,そのことから直ちに,法が特定個人に対するそのような侵害を許容している(特定個人にそのような被害を受忍することを義務付けている)と結論付けることは到底できないものといわなければならない(なお,このようにいうことから,逆に法が予防接種を国民一般に義務付けること自体が直ちに違憲であるなどということにはならない。当該予防接種制度の公益性,公共性を考えると,法秩序上是認できない損失がまれに生ずるとしても,制度全体としては,これを適法かつ合憲と評価すべきものである。)。講学上の人的公用負担においても,このような生命ないし健康に対する重大な侵害までを負担内容として認めることはできないものである。

 このように,法は予防接種を義務付けているが,予防接種の結果として重篤な副反応事故が生ずることを容認してはいないのであるから,客観的にみると(現在の医学でその結果を事前に具体的に予見できるかどうかは別として),ある特定個人に対し予防接種をすれば必ず重篤な副反応が生ずるという関係にある場合には(予見できないためその判断が事前にはできないとしても),当該個人に対して予防接種を強制することは本来許されないものであるといわなければならない。その場合は,予防接種の強制の事前差止めを求める余地さえ生ずる可能性があるということができる。それ故,法一二条は,「腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは,あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは,その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定を置き,また,法一五条を受けて,厚生省令等の形式で,禁忌や予診についての規定を設けて,重篤な副反応事故が起こる蓋然性の高い者を予防接種の対象から除外する措置を採っているのである。このように,予防接種により重篤な副反応が生じた場合には,本来当該個人には予防接種を強制すべきでなかったという意味で,予防接種の強制は違法であったということができる。また,予防接種を受けるかどうかを形式的には国民の任意に委ねている勧奨接種の場合も,その実態が,後記認定(第四の二2(一)(2))のように,強制接種と変わらないものであるとするならば,右の議論がそのまま妥当する。したがって,以下においては,この勧奨接種の場合も当然含めたものとして論ずることとする。

 このような違法な強制の結果被害を受けた個人が国に対して責任を問えるか否かは,前記のような現行憲法の体系の下では,本来,憲法一七条の国家賠償の問題であるというべきである。そして,予防接種による重篤な副反応の発生の過程で公権力を行使した(国の)公務員に故意又は過失があった場合を想定すると,その場合の接種は違法であって,国家賠償法一条により責任を問うことができることは明白である。これに対し,公務員に主観的要件がないという場合を想定すると,憲法一七条を受けて制定された国家賠償法が無過失責任を採用しなかった結果として,国家賠償法上の責任は問えないということになるにすぎない。そして,そのような結果は,憲法自体が,前記のように,公権力行使による特定個人の損失と国民全体の負担の調整の結果として,容認しているところといわなければならない。

 もっとも,被控訴人は,本件予防接種被害は,適法な公権力の行使(予防接種)による意図せざる侵害である,あるいは違法な公権力の行使による意図せざる侵害であるとしても,憲法二九条三項は,財産権に対する侵害が特別の犠牲に当たるかどうかだけを補償の要件としており,国家の財産権侵害行為が適法か違法か,意図的侵害か非意図的侵害かといった点は問わないものであるところ,本件の予防接種被害が,公共目的の遂行により特定少数の者に生じた生命・健康に対する著しい侵害であって特別の犠牲に当たることは明らかであり,しかもここで特別の犠牲の対象とされた人間の生命・健康は,憲法上,財産権よりもより高い価値を与えられているから,その侵害に対しては,当然,憲法二九条三項が類推され,損失補償請求権が生ずると主張する。

 しかしながら,前記のように,本件予防接種被害を適法行為による侵害であるとみることはできないものであり(なお,憲法二九条三項は,適法行為による意図せざる侵害までも対象としているということができないと解すべきであるが,その点はしばらくおく。),また,憲法二九条三項を違法な侵害行為にまで拡張して解釈することは,前記の体系の下で右条項は法に基づく適法な侵害に関する規定であることが明らかであるから,憲法解釈の枠を超えるものというべきである。

 控訴人は,右のような主張の根拠としてドイツの判例等を引用するが,ドイツにおいては,現行のボン基本法よりはるか以前のプロイセン一般国法七四条,七五条に定式化された犠牲補償請求権の法理が長い歴史の積み重ねを経て,慣習法ないし法の一般原理として妥当しているのであり,予防接種被害に対する救済を認めたドイツの裁判例自体もこの犠牲補償請求権に依拠しているのである。これに対して,我が国では,そのような伝統が全くなく(明治憲法の下では,国の責任は極めて限定された範囲でしか認められていなかった。),現行憲法において初めて国家賠償や損失補償に関する規定が置かれたのであるから,ドイツとは事情が異なり,ドイツの判例が依拠する犠牲補償請求権の法理等は根拠とはなし難いものというべきである。

 むしろ,従来,我が国では,控訴人が主張する,「特別犠牲」の観点からすると損失補償の問題として捉えられる事柄についても,一貫して国家賠償の問題として捉え,処理されてきたのである。仮に,被控訴人らのいうように,特別の犠牲という要件を充足さえすれば,損失補償請求権が生ずるとすると,一般に公権力の行使はすべて公共目的のため行使されるものであるから,その適用範囲は極めて広くなるおそれがあり,その外延は不明確となり,憲法の体系が崩されて国家賠償と多くの場面で競合し,国家賠償法が故意・過失という主観的要件を要求していることの意味を失わせ,実質上違法無過失責任を認めることに繋がりかねないのである。

 のみならず,もともと,生命身体に特別の犠牲を課すとすれば,それは違憲違法な行為であって,許されないものであるというべきであり,生命身体はいかに補償を伴ってもこれを公共のために用いることはできないものであるから,許すべからざる生命身体に対する侵害が生じたことによる補償は,本来,憲法二九条三項とは全く無関係のものであるといわなければならない。したがって,このように全く無関係なものについて,生命身体は財産以上に貴重なものであるといった論理により類推解釈ないしもちろん解釈をすることは当を得ないものというべきである。

 以上のとおりであるから,憲法二九条三項を,公権力の行使が適法か違法かを問わず,特別の犠牲が結果として生ずれば損失補償を命じた規定と解した上,予防接種被害も同様に特別の犠牲と観念し得るが故に,損失補償請求ができると解釈することはできないものといわなければならない。

 なお,憲法一三条,一四条一項,二五条等から,生命・健康に対する特別の犠牲に対しては補償請求権が実体法上の権利として生ずるとする考え方もあるが,この考え方も採用することができない。確かに,憲法一三条,一四条,二五条の趣旨等にかんがみると,公共目的遂行の過程で生じた人身事故については,何らかの救済をすることが望ましいということがいえなくもないが,他方,前記のように,現行憲法は,一七条,二九条三項,四〇条において体系的に国家の公権力の行使の過程で特定の国民に生じた損失填補の要件を定めた上,違法行為に対する損害填補を定めた憲法一七条においては,特定個人に対する損失と国家(国民全体)の負担の調整の結果として,違法であっても主観的責任のない行為については,それにより生じた損害がいかに重大なものであろうと,損害填補を必ずしも要求していないのであるから,憲法の前記各条項から当然に損失補償が義務付けられるとは到底いうことができない。

 また,右の点はしばらくおくとしても,憲法一三条は,個人主義を基調とする自由権的基本権ないし基本的人権を一般的,抽象的,包括的に宣言しているものであって,同条から国民が国に対して何らかの実体法上の請求権を取得することは考えられない。憲法一四条も,平等主義の原則を一般的に宣言したものであり,裁判規範としては,差別を内容とする行為(法律ないし行政行為)を違法・無効とする(なお,それにより生じた損害に対して国家賠償法により損害賠償が命じられることもあるにすぎない。)にとどまるものであって,国家に対して実質的平等を実現するよう要求する権利まで含むものではない。また,憲法二五条は,福祉国家の理念に基づきすべての国民が健康で文化的な生活を営み得るよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したのであって,国家行為による生命・身体への侵害に対する保護に関する規定ではないから,同条から補償請求権を直接根拠付けることも困難である。そして,このような性質を有する規定を幾ら総合しても,そこから実体法上の請求権が生ずることはないといわなければならないから,この点からしても,右各条項から損失補償請求権を根拠付けることはできない。

 以上のとおりであるから,本件予防接種被害につき,憲法上損失補償請求権が当然存在するということはできないものといわなければならない。

第四 禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について

 一 禁忌該当者であることの推定について

  1 予防接種によって重篤な後遺障害が発生した場合には,昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の予防接種実施規則(昭和三三年厚生省令第二七号。なお,以下では昭和五一年厚生省令第四三号による改正に至る前の予防接種実施規則を「旧実施規則」と総称する。)四条所定の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当する事由を発見することはできなかったこと,被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り,被接種者は禁忌者に該当していたものと推定される(最高裁昭和六一年(オ)第一四九三号,平成三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号三六七頁参照)。なお,右判決は,直接的には,痘そうの予防接種についてのものであり,また,昭和四五年改正前の旧実施規則四条所定の禁忌者について判示したものであるが,右の理は,種痘以外の予防接種についても,また,昭和三九年改正前の旧実施規則,昭和四五年改正後の旧実施規則(後記二2(三)(6)参照)及び旧実施規則制定前の各予防接種施行心得(後記二2(三)(2)参照)所定の禁忌者についても同様に当てはまるというべきである。

  2 もっとも,控訴人は,以下の四名については,接種担当の医師において予診を尽くしたが,禁忌者に該当すると認められる事由を発見できなかったという特段の事情が存在すると主張するので,この点を検討する。

   (一) 被害児田渕豊英(三〇)

 控訴人は,同児は,昭和四八年六月に東京都世田谷区玉川医師会館において種痘の接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が,医師会で接種を担当した医師は同児の普段からの掛かりつけの医師であって,同人は,当然同児の健康状態を熟知していたはずであるから,そのような医師が提出された問診票の内容を検討し,かつ,当日被接種者を少なくとも視診している以上,後記最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決が判示した程度に予診が尽くされたというべきであると主張する。

 確かに,原審において被控訴人田渕英嗣は,被害児の接種を担当し,かつ,問診をしたのは同児の掛かりつけの医師であったこと,同人は被害児の健康状況をよく知っていた旨供述するが,〈書証番号略〉(問診票)及び右被控訴人本人尋問の結果によると,被害児の掛かりつけの医師と接種に際し提出された問診票に予診担当医師として記載されている医師とは別人であることが認められるところ,被害児を接種会場に連れていったのは母親であって,右被控訴人は,直接現認したわけではなく,被害児の母親からの伝聞を述べているにすぎないものであること,本件接種の昭和四八年という時期からみると,後記二2(八)(4)認定のような渋谷区予防接種センターの方式を踏襲して,予診担当医師と接種担当医師とが別人であったのに,不馴れな母親が,接種そのものを担当した顔馴染みの医師のことのみを記憶していて,予診担当医師の存在を明確に認識しなかったという可能性もあること等を総合すると,右被控訴人の供述のみではなお,本件被害児の予診を担当した医師が同児の掛かりつけの医師であったと認めるに足りず,むしろ,予診担当医師は,問診票記載のとおり,掛かりつけの医師とは別人であったものと認めるのが相当である。そうすると,控訴人の主張はその前提を欠くというべきである。

 そして,他に同児につき予診を尽くしたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見できなかったと認めるに足る証拠はない。

   (二) 被害児池本智彦(四二)

 控訴人は,本件被害児は,昭和四三年五月二二日,幼稚園においてポリオ生ワクチンの予防接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が,右接種においては,問診票が利用されたところ,右問診票には異常を示す記載はなかったのであり,接種担当医師は,当然,右問診票をチェックし,被接種者の視診を行った上異常がないと認めて接種を行ったものと推認されるから,本件は,禁忌を識別するために必要とされる予診を尽くしたのに禁忌に該当する事由を発見できなかったというべきであると主張する。

 確かに〈書証番号略〉によれば,本件接種においては問診票が利用されており,提出された問診票にはすべて異常がない方に丸が付されていたことが認められるが,原審における被控訴人池本愛子本人尋問の結果によれば,接種担当の医師は,問診票を受け取っただけで,直ちに接種を実施したことが認められるのであって,被接種者を充分視診したものとは認めることができない。しかも,本件で使用された問診票の内容が仮に充分なものであったとしても,後記二2(七)認定のように,専門家でない者が記入した問診票である以上,禁忌を識別するためには,接種担当医師はなお問診等をする必要があったのであるから,本件では到底予診を尽くしたということはできない上に,本件で使用された問診票は,例えば熱の有無を尋ねる項をみると,熱の有無をあるかないか抽象的に尋ねているだけで,体温測定を現実にさせた上でその結果を記入させるようにはなっていないが,しかしながら,後記二2(七)認定のように,乳幼児の場合,保護者が熱がないと思っていても現実には熱があったということが往々見られるのであり,熱があるかないかだけを問う本件の問診票は,問診票としてはそれ自体不充分なものであった。このような問診票の記載に依拠してそれ以上は予診を行わなかったという点からも,禁忌を識別するに足りる予診が尽くされたと認めることはできないものといわなければならない。

   (三) 被害児高橋真一(四六)

 控訴人は,本件被害児は,昭和四七年六月三〇日,太田小児科医院において三種混合ワクチンの個別予防接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が,同医師は同児の掛かりつけの医師として同児の接種前の健康状態を熟知しており,しかも,接種の際問診はもちろん,視診,聴打診,検温等必要な限りの予診を尽くしたが,同児が禁忌者に該当するとする事由を見い出せなかったと主張する。

 確かに,〈書証番号略〉及び原審における被控訴人高橋ちづ子本人尋問の結果によれば,接種をした高橋医師は被害児の掛かりつけの医師であったこと,接種前,検温をし,かなりていねいに問診や聴打診等を実施した上,接種を行ったことが認められる。しかし,右被控訴人尋問の結果によると,当時同人の居住していた地域では,三種混合ワクチンにより重篤な副作用が生ずるという事実は殆ど知られておらず,接種後本件被害児に高い発熱が続いた際にも,診察した右高橋医師らからは,三種混合ワクチンによる重篤な副反応の可能性があるといった話は全く出なかったこと,後記二2(一〇),(二)認定のように,昭和四七年ころは,いまだ一般に,接種を担当する医師や国民に予防接種の副反応や禁忌の内容について周知が充分尽くされていなかった状況にあったことに照らすと,右被控訴人の供述のみでは,接種を担当した医師が,後記二2(七)認定の,禁忌を識別するのに必要な事項全部に亘って問診等の予診を尽くしたとは直ちに断定できないというべきであり,他に本件で禁忌を識別するに足る予診が尽くされたと認める証拠はない。

   (四) 被害児秋田恒希(六〇)

 控訴人は,本件被害児は,昭和四九年四月一二日,町立母子センターにおいて種痘の接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が,右接種においては問診票が用いられており,そこには何ら異常を示す記載はされていないのであり,接種担当者は,このような問診票をチェックし,被接種者を視診した上で接種を実施したものと思われるから,禁忌者を識別するに足る予診を尽くしたが,禁忌者に該当する事由を発見できなかったというべきであると主張する。

 確かに,〈書証番号略〉及び原審における被控訴人秋田令子本人尋問の結果によると,問診票には異常がない方にすべて丸が付けられていたことが認められるが,他方,右証拠によれば,接種に際しては,問診票を役場の職員に出し,役場の職員がそれをチェックしただけで,それ以上接種を担当する医師や保健婦が直接問診したり,充分視診したりすることなく接種が実施されたことが認められる。したがって,本件でも,禁忌者を識別するに足る予診が尽くされたということはできない(問診票に異常を示す記載がないということだけで,それ以上医師が問診等をしなくとも予診を尽くしたということができないことは,前記のとおりである。)。

   (五) 結論

 以上のとおりであるから,本件被害児六二名は,いずれも接種当時施行されていた各予防接種施行心得ないし旧実施規則にいう禁忌者に該当していたものと推定される。

 二 厚生大臣が禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について

  1 前記のように,昭和二三年に制定された法は,国家又は地域社会において一定割合以上の住民が予防接種を受けておけば,伝染病の発生及びまん延の予防上大きな効果があることに着目して,主として社会防衛の見地から国民に対し接種を義務付けるものである。また,後記2(一)(2)認定のように,ポリオ生ワクチン,インフルエンザワクチン及び日本脳炎ワクチンについては,ある時期法律の根拠によらず,行政指導の形で国民に接種を勧奨し,任意に接種を受けてもらういわゆる勧奨接種が実施されたが,それも同じく社会防衛,集団防衛の目的を有していたものである。

 ところで,後記2(二)認定のように,予防接種は,異物であるワクチンを人間の体内に注入するものであって,それなりの危険を伴い,軽度の発熱,発赤,発疹等の副作用が相当程度生ずることが知られている。さらに,脳炎・脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応が発現することも絶無ではないことが,経験的に知られている。特に,種痘の副反応として種痘後脳炎が発症する事実は,古く戦前から認識されていたところである。

 法は,社会防衛の見地から国民に予防接種を義務付けているが,そのことが同時に,接種を受ける個々の国民に,軽度の発熱,発赤,発疹といったそれほど症状の重くない副反応はともかくとして,その程度を越えた,生命にもかかわるような重篤な副反応が生ずるのを受忍することまで義務付けているものでないことは当然である。そして,このように予防接種によって生命にもかかわる重篤な副反応事故が生ずる危険性がある以上,予防接種を強制する国としては,予防接種を受ける個々の国民との関係で,可能な限り,予防接種によってこのような事故が生じないよう努める法的義務があるというべきである。

 法(昭和五一年法律第六九号による改正前の法を指す。以下同じ。)自体も,特に戦前から症状の激しい副反応が生ずることが知られていた腸チフス・パラチフスにつき,一二条に,「腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは,あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは,その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定を置いて,その趣旨を表しているが,この趣旨は,単に腸チフス・パラチフスの予防接種のみに止まるものではなく,すべての予防接種について妥当するものであるといわなければならない。すなわち,法三条は,その一項において,「何人もこの法律に定める予防接種を受けなければならない。」と規定しているが,前記のとおり,法が制定された昭和二三年当時既に,予防接種によってまれではあるが脳炎・脳症といった重篤な副反応が生じることが知られていたのであるから,法三条一項の規定を文字どおりすべての人に予防接種を受ける義務を課したものと解釈することはできない。けだし,客観的にみて,予防接種をすれば必ず重篤な副反応が生じる者がいる場合に,その者に対しても予防接種を受ける義務を課したものと解することはできないからである。したがって,「予防接種を行うときは,あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは,その者に対して予防接種を行ってはならない。」という前記腸チフス・パラチフスの予防接種に関する規定は,すべての予防接種について妥当するものというべきである。そして,法一五条は,「この法律で定めるものの外,予防接種の実施方法に関して必要な事項は,省令で定める。」と省令への委任を規定しているが,この省令で定めるべき予防接種の実施方法に関して必要な事項の中には,あらかじめする禁忌徴候の有無についての健康診断(いわゆる予診)に関する事項,その前提となる禁忌の設定に関する事項,あるいはこれらの周知徹底に関する事項等,予防接種による事故の発生を防止するために必要な事項が含まれているというべきであり,省令を定め,それを施行する直接の責任者は,その省の義務を統括する大臣であって,伝染病の伝播及び発生の防止その他公衆衛生の向上及び増進の業務全般を所掌している行政官庁は厚生省である(厚生省設置法参照)から,厚生省の業務を統括する厚生大臣は,予防接種による事故の発生を防止するために必要な措置をとるべき法的義務を負っているものといわなければならない。換言すれば,法は,厚生大臣に,予防接種の実施の細目を定めあるいは予防接種を国の施策として実施する際に,予防接種を受ける個々の国民に予防接種による重大な事故が生じないよう結果の発生を回避する義務を課しているものというべきである。

 また,法に直接の根拠を置かず,国が地方自治体を介し,行政指導の形で国民に予防接種を勧奨し,国民をして任意に接種を受けさせるいわゆる勧奨接種についても,後記2(一)(2)認定のように,国が広い意味でその施策として遂行するものであって,強制接種と同様に国がその実施の具体的内容を詳細に定めて地方自治体に流し,地方自治体の実施方を管理指導するものであり,この場合の国と地方自治体との関係は,地方自治法二四五条の助言・勧告ないし直接的な法的根拠を持たない行政指導の関係と解されるものであるが,地方自治体としては選択の余地なく,国の指導に従って勧奨接種を実施してきたものであり,勧奨を受けた国民の側も,勧奨接種と強制接種の違いについて特段意識することなく,勧奨接種も強制接種同様当然受けなければならないものと考えてこれを受けていたものであるから,厚生省の業務を統括する厚生大臣には,条理上,勧奨に応じて接種を受ける個々の国民に重大な事故が生じないよう結果の発生を回避する法的義務があるというべきである。

 なお,この点について,控訴人は,国が予防接種によって事故が生じないよう努める義務は,一般的,抽象的な政治的行政的責任であって,法的義務ではないと主張するが,予防接種事故が生じないように努める義務は,国民全体に対する関係においては,あるいは一般的,抽象的な政治的行政的義務であるということができようが,予防接種を受ける個々の国民は,国が施策として行う予防接種の直接の対象者なのであるから,このような地位にある予防接種を受ける個々の国民に対する関係においては,予防接種事故が生じないよう努める義務は,単なる一般的抽象的な政治的行政的義務ではなく,正に法的義務そのものであるといわなければならない。

  2 そこで,以下,厚生大臣においてこの観点から注意義務を尽くしたということができるかどうかについて検討する。

 〈書証番号略〉並びに原審における証人福見秀雄,同青山英康,同佐分利輝彦,同木村三生夫,同米島正一,当審における証人鴨下重彦,同平山宗宏並びに原審及び当審における証人白井徳満の各証言,原審における分離前被告石山五郎本人尋問の結果,原審における被控訴人吉原くに子,同阪口邦子,同小林いく子,同大沼満,同加藤かつ子,同服部真澄,同依田時子,同梶山喜代子,同卜部せつ子,同清水弘子,同田部チエ子,同徳永和枝,同越智静子,同山本京子,同高橋幸子,同伊藤孝子,同田中靖子,同荒井ミツイ,同上野忠志,同池本愛子,同大川勝三郎,同塩入万佐子,同鈴木百合子,同鈴木勲雄,同吉川富美子,同阿部クニ,同白井哲之,同千葉節子,同中村真知子,同福島豊子,同河又正子,同高橋ちづ子,同田渕英嗣,同杉山末男,同藁科雅子,同秋田令子,同藤木トモコ,同古川イツエ,同鈴木節,同末次貞子,同渡辺孝雄,同小林こう,同矢野ルリ子,同室崎富恵,同尾田節子,同佐藤千鶴,同猪原松枝,同平野賢二,同中川きみ,同竹沢昌子,同高田敏子,同藤井孝子,同渡辺美都子,同中井郁子,同澤柳富喜子,同森山チエ子,同布川則子,同小久保笑子,同大平正,同大平康子,同野口正行(第一回),同野口賀寿代の各本人尋問の結果並びに原審及び当審における被控訴人山元としえ,同井上たつ各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

   (一) 予防接種実施の法的形態等

 (1) 法によれば,予防接種は定期予防接種と臨時予防接種とに分けられるが,このうち,本件事故に関係する定期予防接種は,市町村長が保健所長の指示を受けて行うものである(五条)。この市町村長の行う予防接種事務は国のいわゆる機関委任事務であって,市町村長は主務大臣(厚生大臣)の指揮監督の下で事務を遂行するものである(地方自治法一五〇条参照)。そして,現実にも,厚生省当局は,予防接種行政の統一的推進の観点から,国の省令,通達・通知等によって,後記のように,事務のやり方等につき細かく市町村長を指揮・監督してきた。

 なお,昭和二六年法律第一二〇号による改正後は,定期に予防接種を受ける義務を負う者がその定期内に自発的に一般の医師等に申し出て予防接種を受けた場合も,法上の定期の予防接種を受けたものとみなされることになった(六条の二)。

 また,疾病その他やむを得ない事故のため定期内に予防接種を受けることができなかった者は,その事故消滅後一月以内に予防接種を受けなければならない(九条)とされていた。

 (2) 他方,法に基づく強制接種としてではなく,特別の法的根拠に基づかない行政指導として,一定のワクチン接種を国民に勧奨し,これを希望する者に対して自治体が主催して接種を実施するいわゆる勧奨接種も実施された。この勧奨接種は,国が広い意味でその施策として遂行するものであって,厚生省当局において実施の具体的内容等を詳細に定めて,それを通知等の形で地方自治体に流して地方自治体の実施方を管理指導し,それを受けて地方自治体が住民に勧奨してその実施する接種を受けさせるというものである。この場合の国と地方自治体との関係は,地方自治法二四五条の助言・勧告ないし直接的な法的根拠を持たない行政指導の関係と解されるものであるが,地方自治体としては選択の余地なく,国の指導に従って勧奨接種を実施してきたものであり,また,勧奨を受けた国民の側も,勧奨接種と強制接種の違いについて特段意識することなく(国や地方自治体も,勧奨に当たり,この点を特に区別して説明していないのが普通であった。),勧奨された予防接種は,法に基づく強制接種と同様,当然受けなければならないものと考え,接種を受けるという実情にあった。

   (二) 予防接種の副作用の危険性について

 (1) 予防接種は,異物であるワクチンを人間の体内に注入するものであって,それなりの危険を伴い,発熱,発赤,発疹等の副作用が相当程度生ずることが知られており,この副作用として,脳炎・脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応(合併症)が発現することも絶無ではないことが,経験的に知られている。特に,種痘の副反応として種痘後脳炎が発症することは,古く戦前から認識され,相当数の症例が報告されていたところである。

 (2) 昭和二三年に法を制定し,痘そう以外の伝染病についても広く予防接種を義務付けるに至った当時から,厚生省当局は右事実を充分承知していた。昭和四九年ころ厚生省公衆衛生局長の地位にあった証人佐分利輝彦も,この事実を法廷で認めている。

   (三) 禁忌の意味と禁忌についての規定の変遷

 (1) このような副反応事故の発生を防止することを目的として,従来から,重篤な副反応(合併症)の発生する蓋然性が高いと経験的に考えられる特定の身体的状態を禁忌として,それに該当する者を予防接種の対象から除外するという措置が採られてきた。それを法的に根拠付けたのが,種痘法(明治四二年法律第三五号)の下では種痘施術心得(明治四二年一二月二一日内務省告示第一七九号)一一条であった。

 (2) 法の施行に伴い,各種の伝染病につき予防接種を罰則の強制の下で国民に義務付ける一方で,禁忌者を予防接種の対象から除外するための法的措置として,まず,腸チフス・パラチフスについては,法一二条二項において,「腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは,あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは,その者に対して予防接種を行ってはならない。」旨の規定が置かれた。さらに,厚生省告示の形で,昭和二三年一一月一一日,予防接種施行心得(厚生省告示第九五号)が制定され,前記種痘施術心得が廃止されるとともに,「種痘施行心得」,「ジフテリア予防接種施行心得」,「腸チフス,パラチフス予防接種施行心得」,「発しんチフス予防接種施行心得」及び「コレラ予防接種施行心得」が定められた。

 右各心得においては,予防接種の禁忌が以下のように定められた。

 ① 種痘施行心得八項

 「左の各号の一に該当する者にはなるべく種痘を猶予する方がよい。但し,痘そう感染の虞が大きいと思われるときにはこの限りでない。

   (一) 著しく栄養障害に陥っている者

   (二) まん延性の皮膚炎にかかっている者で,種痘により障害を来す虞のある者

   (三) 重症患者又は熱性病患者」

 ② ジフテリア予防接種施行心得八項

 「脚気,心臓又は腎臓の疾患で相当な疾病がある者及び胸腺淋巴体質の疑がある者等に対しては予防接種を行ってはならない。」

 ③ 腸チフス,パラチフス予防接種施行心得八項

 「有熱患者,心臓並びに血管系,腎臓その他内蔵に異常のある者,結核,糖尿病,脚気,病後衰弱者,胸腺淋巴体質の疑がある者,妊産婦(妊娠第六箇月までの妊婦を除く。)等に対しては接種を行ってはならない。」

 ④ 発しんチフス予防接種施行心得七項

 「鶏卵に対し特異体質を有する者,有熱患者,心臓並びに血管系,腎臓その他内蔵に異常のある者,糖尿病,脚気,病後衰弱者,胸腺淋巴体質の疑がある者,妊産婦(妊娠第六箇月までの妊婦を除く。),五歳以下の者等に対しては,接種を行ってはならない。」

 ⑤ コレラ予防接種施行心得七項

 「有熱患者,心臓並びに血管系,腎臓その他内蔵に異常のある者,結核,糖尿病,脚気,病後衰弱者,胸腺淋巴体質の疑のある者,妊産婦(妊娠六箇月までの妊婦を除く。),乳児等に対しては接種を行ってはならない。」

 (3) 昭和二五年二月一五日,「百日咳予防接種施行心得」(厚生省告示第三八号)が制定され,右八項において,「高度の先天性心臓疾患患者等接種によって症状の憎悪するおそれのある者に対しては予防接種を行ってはならない。」と定められた。

 (4) 昭和二八年五月九日,「インフルエンザ予防接種施行心得」(厚生省告示第一六五号)が制定され,右心得七項において,次の事項が予防接種に対する禁忌事項とされた。

 「左の各号の一に該当するものに対しては,接種を行ってはならない。

   (一) 鶏卵に対し特異体質を有するもの(鶏卵を食べると発熱,発しん,ぜん息,下り,おう吐等を来す者)

   (二) 熱性病患者,心臓,血管系,腎臓その他内蔵に異常のある者,糖尿病患者,脚気患者,病後衰弱者,胸せんりんぱ体質の疑のある者,妊産婦(妊娠第六月までの妊婦を除く。)その他の者であって,医師が接種を不適当と認める者」

 (5) 昭和三三年九月一七日,前記各「施行心得」を統合・改善した旧実施規則(厚生省令第二七号)が制定施行された。

 右規則四条においては,以下のとおり禁忌事項が定められた。

 「接種前には,被接種者について,体温測定,問診,視診,聴打診等の方法によって,健康状態を調べ,当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には,その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし,被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり,かつ,その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合には,この限りでない。

 一 有熱患者,心臓血管系,腎臓又は肝臓に疾患のある者,糖尿病患者,脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者

 二 病後衰弱者又は著しい栄養障害者

 三 アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者

 四 妊産婦(妊娠六月までの妊婦を除く。)

 五 種痘については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚病にかかっている者で,種痘により障害をきたすおそれのある者」

 (6) 旧実施規則は,昭和三九年の改正(厚生省令第一七号)により,五号に「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ,新たに,六号として,「六 急性灰白髄炎の予防接種については,第一号から第四号までに掲げる者のほか下痢患者又は種痘を受けた後二週間を経過していない者」が付加された。さらに,昭和四五年の改正(厚生省令第四四号)により,四号の「(妊娠六月までの者を除く。)」の部分が削除され,五号の「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」及び六号の「種痘を受けた後二週間を経過していない者」の部分に,それぞれ麻しんの予防接種を受けた者が加えられ,間隔も二週間から一箇月に延長された。

 (7) その後,昭和五一年の法の改正に伴い,旧実施規則は,同年九月一四日,厚生省令第四三号により改正され,禁忌を定める四条も以下のように改められた(以下右改正後の予防接種実施規則を「新実施規則」という。)。

 「接種前には,被接種者について,問診及び視診によって,必要があると認められる場合には,更に聴打診等の方法によって,健康状態を調べ,当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には,その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし,被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり,かつ,その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は,この限りではない。

  1 発熱している者又は著しい栄養障害者

  2 心臓血管系疾患,腎臓疾患又は肝臓疾患にかかっている者で,当該疾患が急性期若しくは憎悪期又は活動期にあるもの

  3 接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

  4 接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者

  5 接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

  6 妊娠していることが明らかな者

  7 痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚病にかかっている者で,種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

  8 急性灰白髄炎の予防接種については,第1号から第6号までに掲げる者のほか,下痢患者又は種痘,若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者」

   (四) 禁忌規定遵守の効果について

 このように定められた禁忌を注意深く守ることによって,脳炎・脳症といった重篤な副反応を含め,副反応全体の出現する割合は著しく減少するものと認められる。この点について,予診をいくら厳重にしても,脳炎・脳症といった重篤な副反応の減少には繋がらないと悲観的な意見を述べる学者(原審における木村三生夫証人等)もいるが,①アメリカの学者(右木村証人自身が論文で引用するネフ)を初め多くの学者がこの点を肯定していること(ネフは,「種痘の禁忌を更に良く守ることによって,《合併症》の罹病率,死亡率は著しく低減し得るであろう。」と述べている〈書証番号略〉。),また,②昭和四五年に種痘禍が新聞等に報道され,社会問題化して,医師や国民の関心を引くにいたり,また,厚生省当局も禁忌の識別のため問診票を導入するよう指示するなど一定の対策をとるに至った時期以後(特に昭和四八年ころから),都立豊島病院へ予防接種後の異状を主訴として入院する児童の数が顕著に減少した事実があること,③後記のように,予診を専門にする医師と接種を担当する医師とを分け,予防接種の適否につきダブルチェックをする体制をとるなど禁忌識別のための予診を厳格に行っている渋谷区の予防接種センターでは,約九〇万件の予防接種を実施しながら重篤な副反応事故が一例も発生していないという事実があること,④国立予防衛生研究所長であった福見秀雄がした,非常に細かい問診をした場合と集団接種で普通する程度に問診をとどめた場合とでは細かい問診をした群の方が副作用の出る率が少なかったという実験が存在すること,さらに,⑤厚生省公衆衛生局長(佐分利輝彦)も,法廷で,人口動態統計における種痘による死亡者の数が昭和四五年を境に相当減少している一番大きな要因としては予診を厳しくやるようになったことが挙げられると述べていることなどに照らし,予診を厳格に実施し禁忌を注意深く守ることにより,脳炎・脳症といった重篤な副反応を含めた副反応の全体が著しく減少すると認めるのが相当である。

 なお,前記のように,禁忌は予防接種による副反応防止のため定められたものであるが,ポリオ生ワクチン接種において下痢を禁忌としている理由につき,生ワクチンウイルスの増殖が妨げられる,すなわちワクチン接種の効果が生じないことを懸念したもので,ワクチン接種による副反応防止とは関係がないとの説に立つ学者(平山宗宏等)もいるところである。しかしながら,乳幼児の下痢の場合を考えると,下痢は,水分も失われ食欲もなくなるなどの全身的症状を意味し,下痢が重篤な副反応に結び付く可能性を否定できないものと認められるから,副反応の防止と無関係とはいえないと解するのが相当である。前記説に立つ学者(平山)も,他方では「下痢は,発病したばかりのときなどは,どのように悪化するか分からないので,予防接種は延期する方がよい。」と論じているところである(同人著「予防接種」〈書証番号略〉参照)。

   (五) 予診等の体制

 このような禁忌該当者を識別し,これを予防接種の対象から除外するためには,専門家である医師による予診が必要であるが,予診及び接種の体制等については,以下のように定められていた。

 (1) 昭和二三年一一月一一日制定の「予防接種施行心得」においては,各施行心得の六項ないし七項において,「予診」と題して,「予防接種の施行前に被接種者の健康状態を尋ね,必要がある場合には診察を行わなければならない。」との定めが置かれ,また,四項又は五項において,「実施者の一般的注意」と題して,「常に丁寧な態度で実施に当たり,いやしくも被接種者の取扱が粗雑に流れないよう注意しなければならない。急いで実施する場合でも,医師一人について一時間に接種する人数はおよそ一五〇人(種痘は八〇人)とする。」との定めが置かれた。

 (2) 昭和二五年二月一五日制定の「百日咳予防接種施行心得」においても,七項に「予診」と題して前項と同様の規定を置き,また,五項において「実施者の一般的な注意」と題して,「常に丁寧な態度で実施に当たり,いやしくも被接種者の取扱が粗雑に流れないよう注意しなければならない。急いで実施する場合でも医師一人について一時間に接種する人数は,およそ一〇〇人とする。」との規定が置かれた。

 また,昭和二八年五月九日制定の「インフルエンザ予防接種施行心得」においても,六項に「予診」と題して前項と同様の規定が置かれ,また,四項に「実施者の一般的注意」と題して,「常に丁寧な態度で実施に当たり,いやしくも被接種者の取扱が粗雑に流れないよう注意しなければならない。急いで実施する場合でも医師一人について一時間に接種する人数は,およそ一五〇人とする。」との規定が置かれた。

 (3) なお,予防接種に際し結核を感染せしめた事故等を契機として,昭和二八年二月二四日「予防接種事故防止の徹底について(衛発第一一九号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)」が発せられ,そこにおいて,「接種に従事する班の長は,…該当接種の予防接種施行心得及び関係法規の主要事項(特に免除及び禁忌に関する事項)を熟知しておくこと」が指示された。また,赤痢ワクチンによる発熱の事故等が生じたことを契機として,昭和三〇年六月一〇日,「予防接種の普及及び事故防止について(衛発第三五八号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)」が発せられ,「予防接種法による予防接種の実施は,当然予防接種施行心得によって行われるべきであるが,そのうち特に予診及び禁忌の項については厳重な注意を払うこと」が指示された。

 (4) 従来の施行心得を統合した昭和三三年の旧実施規則四条においては,「接種前には,被接種者について,体温測定,問診,視診,聴打診等の方法によって,健康状態を調べ,当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には,その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定が置かれた。

 (5) 昭和三四年一月二一日「予防接種の実施方法について(衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」をもって,予防接種の実施に当たっては,右通知で定めた実施要領(以下「旧実施要領」という。)に従って接種を実施するよう指示された。

 右実施要領(第一の六以下)においては,予防接種の実施方法,予診及び禁忌等について以下のように定めた。

 「六 実施計画の作成

 予防接種実施計画の作成に当たっては,特に個々の予防接種がゆとりをもって行われ得るような人員の配置に考慮すること。医師に関しては,予診の時間を含めて,医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は,種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること。

 七 予防接種の実施に従事する者

  1 接種を行う者は,医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には,医師一人を中心とし,これに看護婦,保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し,それぞれの処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと。

  2 都道府県知事又は市町村長は,予防接種の実施に当たっては,あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して,実施計画の大要を説明し,予防接種の種類,対象,関係法令等を熟知させること。

 (中略)

 九 予診及び禁忌

  1 接種前には,必ず予診を行うこと。

  2 予診は,まず問診及び視診を行い,その結果異常が認められた場合には,体温測定,聴打診等を行うこと。ただし,腸チフス,パラチフス混合ワクチン又は百日せきジフテリア混合ワクチンを用いて行う予防接種の場合には,できる限り体温測定を全員に対して行うこと。

  3 予診の結果,異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,原則として,当日は予防接種を行わず,必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること。

  4 予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては,当該予防接種に係る疾病の流行状況,被接種者の年齢,職業等を考慮し,感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが,この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで,あらかじめ,都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針を決めておくこと。

  5 禁忌については,予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること(たとえば,インフルエンザ,発しんチフス等の予防接種については,鶏卵に対するアレルギーに特別の注意を払う必要があること。)。

  6 多人数を対象として予診を行う場合には,接種場所に,禁忌に関する注意事項を掲示し,又は印刷物として配布して,接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること。

 (中略)

 十三 事故発生時の措置

  1 予防接種を行う前には,当該予防接種の副反応について周知徹底を図り,被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること。

 (中略)

  3 予防接種を行う場所には,救急の処置に必要な設備,備品等を用意しておくこと。」

 (6) 昭和三六年五月二二日「予防接種実施要領の一部改正について(衛発第四四四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」が発せられ,予診に当たり,被接種者の健康状態把握の資料とするため,保護者に対し,予防接種の際に母子手帳を持参するよう指導することが指示された。

 (7) 昭和四五年になると,痘そうの予防接種による副反応の問題が新聞等のマスコミにおいて大きく取り上げられるなどして,一種の社会問題となった。それを背景として,

 ①昭和四五年六月一八日「種痘の実施について(衛発第四三五号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」が発せられ,応急の措置として,以下のとおり指示がされた。

 「第一 予診の実施方法

 予診の実施にあたっては特に次の事項に留意すること。

  1 過去における種痘接種の有無

  2 過去一ヵ月以内における急性灰白髄炎,ましんワクチンの接種の有無

  3 発熱の有無

  4 湿疹等皮膚疾患の有無

  5 既往症等

 (1) 現在又は最近医療を受けていることの有無

 (2) けいれん(ひきつけ)の既往の有無

 (3) 発育の明らかなおくれの有無

 (4) 妊娠の有無

 これらの事項について,あらかじめ一定の様式による質問票等を準備しておき,被接種者又は保護者に記入させ,これを医師が確認するなどの方法を考慮すること。

第二(中略)

第三 禁忌について

  1 実施者は,予防接種実施規則第四条各号に掲げる禁忌例のほか,

 (1) 急性灰白髄炎又はましんの予防接種を受けた後一ヵ月を経過していない者

 (2) 現に医療を受けている者

 (3) 妊娠していることが明らかな者

 についても種痘を行わないよう指導すること。

  2 接種前に健康状態を調べ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,当日は種痘を行わないこと。

 この場合,必要があれば精密検診を受けるよう指示すること。

第四 被接種者及び保護者への周知の徹底

 種痘による重篤な副反応の発生は,極めてまれであるが,軽度の発熱,発赤,発疹等は,従来からかなりの頻度において見られるものであり,被接種者並びに保護者がいたずらに不安をおこさないよう,接種にあたってはよく周知せしめることが必要である。なお周知にあたっては,次の点に特に留意すること。

  1 接種対象者に対して通知等を行う際には,…被接種者が乳幼児の場合には,保護者に対し,被接種者の体温測定等を事前に行うよう勧奨するとともに,保護者が同行するよう指導すること。

 (以下略)」

 ②続いて,昭和四五年六月二九日「種痘の実施について(衛発第四六一号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」をもって,「種痘の実施に当たっては,市町村長と地域の医師会と協議し,できる限り被接種者の掛かりつけの医師によって種痘を受けられるよう指導すること。乳幼児の保護者に対して通知を行う際には,予め,別紙様式の質問表(略)を配布し,各項目について,保護者が母子健康手帳等を参照して記載し,これを接種する際に持参するよう指導すること。」が指示された。

 ③さらに,昭和四五年八月五日「種痘の実施について(衛発第五六四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」をもって,種痘の定期にある者,その保護者等に対して種痘の必要性,特に満二歳程度までに初回接種を受ける必要性や,種痘に当たって注意しなければならない事項について周知徹底を図ることや,種痘の接種時期を生後六月から二四月の間とし,この間の健康状態が良好な時期に受けるよう指導することが適当である旨の指示がされるとともに,種痘実施の手引きが添付された。

 右手引きにおいては,種痘実施の必要性を説くほか,「第三 接種前の注意」として,

 「1 被接種者及び保護者への周知徹底

 種痘をはじめ,各種予防接種による副反応として,軽度の発熱,発赤,発しん等は,通常みられるものであり,被接種者及び保護者が,いたずらに不安をおこさないよう接種にあたってよく周知せしめることが必要である。

 なお,接種対象者に対して通知等を行う際には,(中略)

 (1) 別紙様式による質問票を予め配布しておき,各項目について記載の上,これを接種の際に必ず持参させること。

 (2) 現に医療を受けている者,あるいは,けいれん(ひきつけ)の既往症のある者は,必ずその旨を申出させること。

 (3) 被接種者が乳幼児の場合は,必ず保護者が同行すること。

 等について特に留意すること。

 (中略)

  3 予診の実施について

 接種前の健康状態の調査にあたっては,特に次の事項に留意するとともに,その実施の際には別紙質問票を参考とすること。

 (1) 過去における種痘の有無

 (2) 過去一ヵ月以内における急性灰白髄炎,ましん,BCG等の接種の有無

 (3) 体温測定すること。

 (4) 湿疹等皮膚疾患の有無

 (5) 現在又は最近医療を受けたことの有無

 (6) けいれん(ひきつけ)の既往症の有無

 (7) 発育の明らかなおくれの有無

 (8) 家族内の過去一ヵ月以内におけるましん等のり患者の有無」

 が指示され,

 また,「第四 禁忌について」において,

 「1 予防接種実施規則第四条に掲げる禁忌例のほか,

 (1) 現に医療を受けている者

 (2) けいれん(ひきつけ)の既往症のある者

 (3) 発育が明らかにおくれている者

 等についても接種を行わないよう指導すること。

  2 禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,当日は接種を行わないこと。この場合,必要があれば精密検診を受けるよう指示すること。」

 等の指示がされた。

 ④昭和四五年一一月三〇日「予防接種問診票の活用等について」(衛発第八五〇号都道府県知事等あて厚生省公衆衛生局長・児童家庭局長通知)をもって,種痘以外にも問診票の活用を図るべく,問診票の様式例を設定し,これをあらかじめ配布しておき,各項目について記載の上,これを接種の際必ず持参させることが指示されるとともに,「健康審査の活用等について」と題して,以下のとおり指示がされた。

 「(1) 予防接種を実施するに当たって,予診により被接種者の現症を把握することはもちろんであるが,被接種者の既往症,先天性潜在疾患等についても把握することが必要であるので,事前に健康診断等が励行されていることが望まれる。このような趣旨に沿って,今後はできるだけこれら健康診断等の推進を図ることとし,保護者に対し,健康診断の励行については指導徹底を図ることとされたい。(中略)

 (2) 母子健康手帳は,予防接種欄によって,従来より予防接種にも活用が図られてきたが,(中略)予防接種の際,その者の健康状態を把握する資料として活用する見地から,当面別紙四の例による『予防接種参照カード』を問診票とあわせて作成し,母子健康手帳の予備欄に貼付する等の方法により一層有効な活用を図られるよう配意されたい。

 (3) 予防接種の実施に当たっては,保護者の十分な理解と協力を得ることが望まれるので,母親学級等を通じ,問診票の趣旨,内容を徹底する等,予防接種に関する知識の普及を図るはもちろん,予防接種の実施に当たっては,医師の行う健康状態の把握のみならず,母親による被接種者の平常の健康状態についての積極的申出等が必要とされるものであることを徹底するよう配意されたい。」

 (8) その後,昭和五一年の法改正に伴って改正された新実施規則四条に,「接種前には,被接種者について,問診及び視診によって,必要があると認められる場合には,更に聴打診等の方法によって,健康状態を調べ,当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には,その者に対して予防接種を行ってはならない。」旨の規定が置かれた。

 (9) 右規則改正を受け,昭和五一年九月一四日「予防接種の実施について(衛発第七二六号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」が発せられ,旧実施要領を廃止し,新たに新実施要領が制定され,予防接種の実施方法,予診及び禁忌等について以下のように定めた。

 「6 実施計画の作成

 予防接種の実施計画の作成に当たっては,地域の医師会と十分協議するものとし,特に個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置を考慮すること。医師に関しては,予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員が種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度となることを目安として配置することが望ましいこと。

 なお,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な場合の一般的処理方針等についてもあらかじめ決定しておくことが望ましいこと。

 (中略)

  9 予診及び禁忌

 (1) 接種前に必ず予診を行うものとし,問診については,あらかじめ問診票を配布し,各項目について記載の上,これを接種の際に持参するよう指導すること。

 (2) 体温はできるだけ自宅において測定し,問診票に記載するよう指導すること。

 (3) 予診の結果異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,原則として,当日は接種を行わず,必要がある場合は精密検診をうけるよう指示すること。

 (4) 禁忌については,予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。

 例えば,インフルエンザHAワクチンについては,鶏卵成分に対しアレルギー反応を呈したことのある者に特に注意し,また,百日せきワクチンを含むワクチンについては,けいれんの症状を呈したことのある者に特に注意する必要があること。

 (5) 多人数を対象として予診を行う場合には,接種場所において禁忌に関する注意事項を掲示し,又は印刷物を配布して,接種対象者から健康状態,既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易にすること」

 などの規定が置かれた。

   (六) 勧奨接種の体制について

 前記のように,予防接種の中には,法に基づき国民の義務として実施されているもののほか,特別の法的根拠に基づかない行政指導として一般国民に接種を受けることを勧奨し,これを希望する者に対して接種するものがあった(インフルエンザ,日本脳炎,急性灰白髄炎)。具体的には,国が地方自治体に年ごとに通知を発して一定の予防接種を勧奨するよう行政指導し,地方自治体がそれに基づき住民に予防接種を勧奨し,地方自治体の実施する接種を受けさせるというものである。

 これらについても,その各時点における予防接種施行心得,予防接種実施規則ないし予防接種実施要領に準じて実施することの指示がされていた(例えば,インフルエンザの勧奨接種については,昭和三二年九月四日付け「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」《衛発第七六八号各都道府県知事・指定都市市長あて厚生省公衆衛生局長通知》記二の「予防接種の方法は,『インフルエンザ予防接種施行心得』に定められている方法を厳守すること」参照〈書証番号略〉。また,昭和三八年四月三〇日付け「昭和三八年度におけるインフルエンザ予防特別対策について」《衛発第三四〇号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知》添付の「昭和三八年度におけるインフルエンザ予防特別対策実施要領5の「おって,接種の禁忌については昭和三四年一月二一日衛発第三二号通知『予防接種の実施方法』によること」参照〈書証番号略〉。また,日本脳炎については,昭和三二年七月一八日付け「日本脳炎の予防対策について」《衛発第五九二号各都道府県知事・政令指定都市市長あて厚生省公衆衛生局長通知》の記三の「なお,本ワクチンの副反応は,他ワクチンに比し軽微であるが,皆無とはいえないので,発熱者その他禁忌者の除去に務め,又各種予防接種施行心得に準じて慎重に実施されたい。」旨の部分参照〈書証番号略〉。また,昭和四三年四月一六日付け「昭和四三年度における日本脳炎予防特別対策について」《衛発第二七六号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知》添付の昭和四三年度における日本脳炎予防特別対策実施要領6の「禁忌」の項の「予防接種実施規則四条及び昭和三四年一月二一日衛発第三二号通知『予防接種の実施方法について』に準ずること」参照〈書証番号略〉。また,ポリオ生ワクチンについては,例えば,昭和三九年一月二八日付け「昭和三八年度下半期急性灰白髄炎特別対策における経口ポリオ生ワクチン投与の要領について」《衛発第四八号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知》の「8 予診及び禁忌」の項において,以下のように定められていた〈書証番号略〉。すなわち,「(1)予診 投与前には必ず医師による予診を行うこと。最初に問診及び視診を行い,必要に応じて体温測定さらに打聴診等必要な検査を行うこと。(2)禁忌 予診の結果,投与対象者が次のいずれかに該当し又はその疑いがあると認められる場合には,投与を行わないこと。ア 発熱もしくは下痢等を伴う急性疾患にかかっている者。イ 重症な結核,代償不全を来した心臓血管系疾患にかかっている者。ウ 病後衰弱者。エ 著しい栄養障害者。オ その他医師が投与を行うことが不適当と認める者か,種痘後二週間を経過していない者。」)。

   (七) 禁忌識別のための予診の対象事項とその特質

 ところで,禁忌を識別するために必要な予診の対象たる事項は後記のように多岐に亘るものであって,予診はある程度時間をかけて慎重に実施することが必要である。このことは,予防接種禍が社会問題となった昭和四五年以前からも説かれていたところで,例えば,昭和二四年発行の細菌製剤協会編「予防接種講本」においては,腸チフス・パラチフスの予防接種について論じている中で,「事前の診察,既往症及びかってのワクチンに敏感なりしや否やの陳述等を充分参考にして,以て用量等に深甚の配慮を加えられん事を,担当医に期待する。」と述べているし,昭和四二年七月発行の国立予防衛生研究所学友会編の「日本のワクチン」(初版)においても,「被接種者の禁忌をもれなく発見するためには,接種前の予診はできるだけ念入りにおこなわなければならない。」と説かれている。

 最高裁判決も,昭和四五年改正前の旧実施規則四条に関してであるが,「インフルエンザ予防接種は,接種対象者の健康状態,罹患している疾病,その他身体的条件又は体質的素因により,死亡,脳炎等重大な結果をもたらす異常な副反応を起こすこともあり得るから,これを実施する医師は,右のような危険を回避するため,慎重に予診を行い,かつ,当該接種対象者につき接種が必要か否かを慎重に判断し,実施規則四条所定の禁忌者を的確に識別すべき義務がある。……問診は,医学的な専門知識を欠く一般人に対してされるもので,質問の趣旨が正解されなかったり,的確な応答がされなかったり,素人的な誤った判断が介入して不充分な対応がされたりする危険性をももっているものであるから,予防接種を実施する医師としては,問診するにあたって,接種対象者又はその保護者に対し,単に概括的,抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず,禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問,すなわち実施規則四条所定の症状,疾病,体質的素因の有無及びそれらを外部的に徴表する諸事由の有無を具体的に,かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある。」と判示しているところである(最高裁昭和五〇年(オ)第一四〇号,同昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決・民集三〇巻八号八一六頁参照)。

 そして,予防接種の禁忌を識別するための予診に際して医師が考慮すべき事項は,以下のような多岐に亘るものである(木村・平山「予防接種の手引き」(改訂増補版),「日本のワクチン」(改訂第二版)参照)。

 (1) 職業・年齢

 (2) 現在の疾病の有無

 (3) 既往歴

  ア 出生時の状態

  イ 神経系疾患

 (4) アレルギー

  ア 特異的アレルギー

  イ 一般的アレルギー

  ウ 湿疹

 (5) 予防接種歴及びその際の副反応

 (6) 家族歴

  ア 特にアレルギー性家系,遺伝性神経疾患

  イ 家族内の湿疹患者の有無

 (7) 妊娠の有無

 (8) その他予防接種を行うことが不適当な状態にあるもの

  ア 心身の発達の遅れのある小児

  イ 免疫不全

 (なお,禁忌を識別するための予診の対象事項は,禁忌の定め方いかんにより多少変わることも考えられるが,基本的部分は共通であり,また,旧実施規則制定以後は,右に掲げた事項がそのまま妥当するものと解される。)

 また,予防接種における予診は,①病気の診察を受けに来る場合とは異なり,接種対象者ないしその保護者は特段問題意識を持たずに来所することが多く,健康状態等について自発的な申出を期待しにくいこと,②従来予防接種は恒常的に受けられるような体制にはなっておらず,接種の機会が限られているところが殆どであったため,被接種者の側では,多少調子が悪い場合でもそれを自分の方から積極的に申し出ず,無理をしてでも予防接種を受けようという姿勢で臨むことが多かったこと,③乳幼児が対象の場合,本人は何も申し出ることができないから,母親等の保護者の認識に頼ることになるが,小児科の臨床においては,母親が発熱していないと答えても,現実には発熱している例も多く,問診に対する保護者の答えは必ずしも信頼できないといった特徴がある。また,予診に問診票を利用する場合でも,問診票は予診の導入部であって,その記載をみればそれで終わりというものではなく,それを手掛かりに医師が問診・視診等をして判断することが必要であって(後記認定の渋谷区の予防接種センターの所長を長く務めた村瀬敏郎医師は,これを問診票を立体的に読むことが必要であると表現している。),問診票を利用したとしても的確な予診を行うには,それなりに時間がかかるものである。そして,医師であれば,常識として予防接種の副反応や禁忌について充分承知しているというものでは必ずしもなく,予防接種の副反応は免疫学の知識等も関係する分野であって,一年に一回か二回しか接種を担当しない一般の医師が,その方面の知識を事前に自分で勉強して充分に持っているとは限らず,それ故,後に予防接種禍が社会問題化した際には,後記のように,医師等を対象とした予防接種の手引書作成の要望が強かったのである。

   (八) 我が国における予防接種の実施体制と運用の実際

 予防接種の副反応事故をできるだけなくすため,前記のように,法制定当時から禁忌や予診についての定めが置かれていたのであるが,このような予診を実施するために,予防接種実施に当たってどのような体制がとられ,それが実際どのように運用されてきたかを,以下において検討する。

 (1) 個別接種と集団接種

 予防接種の実施形態としては,個人個人が掛かりつけの医師のところで予防接種を受けるという個別接種の方法もあり,外国特に先進諸国ではそれが主流になっているところが多いが,我が国では,戦後一貫して,学校又は保健所等の一定の場所に接種対象者を多数集め,実施主体が開業医を臨時に雇用し,あるいは地域の医師会に一括委託して医師会が会員の中から接種を担当する医師を選定して接種を実施するいわゆる集団接種の方法が中心をなしてきた。これは,接種率を上げるには,個人の自発的意思に負う部分の多い個別接種より,一定の会場に地域の接種対象者を集めて接種を実施する方が都合のよいことや,接種を担当する医師等の人数の少なさや地域的偏在の問題,接種コストの問題,あるいは我が国ではいわゆるホーム・ドクターがいるとは限らないといった事情からきたものである。

 ただし,前記のように,昭和二六年法律第一二〇号による改正後は,定期の予防接種につき,市町村長の行うもののみならず,一般の医師について自発的に受けたものも,この法律によるものとして認めることとされ,その限りでは,個人が自発的に掛かりつけの医師等から接種を受ける道が開かれていた。

 現に,本件被害児六二名の接種の時期は,昭和二七年から昭和四九年までに広く分布しているが,掛かりつけの医師等から個別接種の形で予防接種を受けた者は,昭和三三年接種の矢野由美子(三九),昭和三七年接種の藤井玲子(五〇),昭和三八年接種の澤柳一政(五),葛野あかね(七),野口恭子(六二),昭和四〇年接種の服部和子(九),卜部広明(二六),昭和四二年接種の荒井豪彦(三二),昭和四三年接種の塩入信吾(四七),昭和四七年接種の高橋真一(四六)にすぎない(うち,葛野,野口,卜部は,法六条の二の接種であり,それ以外は,地方自治体の機関等が予防接種を個々の開業医等に委嘱した結果,もよりの開業医等から個別接種の形で接種を受けたものである。)。

 (2) 集団接種の運用体制

 厚生省の行政施策も集団接種が予防接種の中心であるということを前提として立てられてきた。前記のように,昭和三四年の旧実施要領制定前の各予防接種施行心得には,急いでする場合でも医師一人が一時間に接種する人数はおよそ一五〇人とする(ただし,種痘は八〇人,百日せきは一〇〇人)との定めが置かれていたし,また,予防接種会場については,「十分に広くて清潔な場所を選び,換気,室温等に注意しなければならない。」との規定が設けられていた。また,昭和三四年制定の旧実施要領においても,集団接種を前提に,予防接種実施計画の作成に当たっては,特に個々の予防接種がゆとりをもって行えるような人員の配置に考慮すること,医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は,種痘では八〇人程度,種痘以外では一〇〇人程度とすることといった定めや,接種場所につき,採光,換気等に十分な窓の広さ,照明設備等を有する清潔な場所であり,冬期に十分な暖房設備を備えていることといった物的設備についての定めが設けられていた。

 (3) 集団接種の運用の実態

 しかしながら,集団接種の運用の実態をみると,以下のように,旧実施要領等の定めは殆ど遵守されず,これから乖離した運用がされていた。

 ア 昭和二〇年代から昭和三三年の旧実施規則制定ころまで

 昭和二〇年代は,戦後の混乱期で,特にその前半はコレラ,痘そう等の外来伝染病や発疹チフス等が大流行した時代であり,厚生省当局は,伝染病対策として予防接種の実施を急ぎ,特に接種率の向上に防疫対策の重点を置いた。

 そして,前記のように,当時の各予防接種施行心得においても一応接種前に予診をすることがうたわれてはいたが,他方では,厚生省当局から,「急いでするときは」という条件が付されてはいたものの,種痘・百日せき以外の予防接種では一時間に一人の医師がおよそ一五〇人(種痘は八〇人)を対象に接種する(すなわち予診をして接種をするのに一人わずか二四秒《種痘では四五秒》しかあてられない。)のを標準として許容するかのごとき基準が示され,むしろそれが常態化した状況の下で,現実には医師による予診は殆どされないまま接種が実施されていた。しかも,冬でも暖房設備のない学校等に大勢の乳幼児等を集めるなど,接種のための物的施設等の整備も充分されていなかったのである(なお,昭和三四年八月八日発行の日本医事新報〈書証番号略〉参照)。

 本件被害児の関係でも,昭和二七年に種痘の定期接種を受けた古川(五六)は,接種に際し問診その他一切の予診を受けなかった。また,昭和三一年に種痘の接種を受けた鈴木(一九),昭和三二年に接種を受けた末次(五四)に対しても何ら予診は実施されなかった。

 なお,昭和二六年ころになると,コレラや痘そう,発疹チフス等の伝染病は殆ど姿を消し,昭和二〇年代後半ころからは,日本社会は一時の異常な状態から脱して次第に落ち着きを取り戻し,防疫対策の中心も流行を繰り返す赤痢,日本脳炎,インフルエンザ,急性灰白髄炎等に移るようになったが,右のような予防接種体制に大きな変化はみられなかった。

 イ 昭和三三年の旧実施規則制定ころから昭和四五年ころまで

 昭和三四年になり,前記のように集団接種体制の整備を内容とする通知が発せられ,一人の医師が担当する接種の人員の上限に歯止めをかける等の指示が出された。しかし,厚生省当局の姿勢は,依然として接種率の向上の方に重点が置かれていた。このことは,以下のことからも窺うことができる。すなわち,旧実施規則の施行にあたり,日本医師会は,昭和三四年一月三〇日付けで,厚生省公衆衛生局長に対し,「従来,予診は比較的簡便にされていたが今後はどうするのか。」という趣旨の問合わせを発した(この問い自体からも当時は予防接種に際し予診がかなり簡略にされていたという実情が窺われる。)ところ,厚生省公衆衛生局長は,「予防接種実施規則四条の規定は,健康診断を行う際の診断方法の水準を示したものであって被接種者一人一人に対して同条に示されたすべての方法による診察を行う趣旨でないことは,従前のとおりであります。」と回答し,従前の予診のやり方を今後も踏襲すれば足りるかのごとき回答をしているのである。

 また,実施主体である市町村レベルでは,人的・物的双方の側面から右のような指示を守ることは難しいという声が強かったし,そもそも予防接種が危険なものであるという認識にも乏しかったため,予診のために充分時間を割ける態勢を組もうという意欲に乏しく,現実には,旧実施要領の接種人員の上限の定め等を努力目標として接種を実施しているところが多かった。そして,依然として旧実施要領の定める上限を上回る多人数を一人の医師が担当して接種が実施されることも少なくなかったのである。その実態については,例えば昭和四五年一〇月一七日発行の日本医事新報に登載された,船橋市の医師の「当市では,二時間の間に二人の医師が約一〇〇〇人内外の人に接種をしなければならず,一五秒に一人あて行わなければならない。」という内容の記事からも窺うことができる。本件被害児の関係をみると,自治体等による調査結果の形で実態が明確にされたものだけに限定しても,昭和三五年接種(腸パラワクチン)の佐藤(一六)の場合は医師一名・保健婦二名で二時間に二八八名(一時間一四四名の割合)の接種が実施されているし,昭和三九年接種(インフルエンザワクチン)の吉原(一)の場合は医師一名につき三時間で七二六名(一時間当たり二四二名の割合)の接種がされ,昭和四五年接種(種痘)の千葉(一四)の場合は,医師一名で約一時間一〇分の間に一六九名の接種が実施されているのである。

 なお,仮に厚生省当局の定める旧実施要領の上限の人数を守ったとしても,接種担当医師が一人に割ける時間は,接種に要する時間を含め,種痘の場合でわずか四五秒,それ以外の予防接種では三六秒程度しかなく,接種を実施する外に一人一人に必要な予診を行う時間的余裕はなかったものである。

 以上のような態勢にあったため,集団接種は,事務職員等による受付,看護婦ないし保健婦等による消毒,医師(ときには保健婦)による接種と流れ作業のように進められ,予診といっても,受付の係員や看護婦等が熱の有無をチェックする程度であって,医師による直接の問診等は殆どの場合省略されていた実情にあり,このような予診の実情は,本件被害児の予防接種の際の状況からみても明らかである。

 すなわち,本件被害児のうち昭和三三年から昭和四五年までの間に集団接種の形で接種を受けた者の予診の状況をみると,医師から一切問診等の予診を受けていないことが証拠上明らかな者だけでも,昭和三三年に接種を受けた渡邊(一七)(接種自体も保健婦が行った。),同小林(二一),同矢野(三九),昭和三四年の室崎(四四),昭和三五年の尾田(六),同佐藤(一六),同猪原(四三),昭和三六年の平野(二五),同渡邉(二九),昭和三七年の高田(四〇),同渡邊(五三),同中井(六一),昭和三八年の布川(八),同小久保(四八),同大平(五一),昭和三九年に接種を受けた吉原(一),同阪口(四),同小林(二八)(保健婦から熱はないか,かぜをひいていないかとの質問を受けただけである。),同大沼(三五),同加藤(三六)(保護者からの質問に対し,保健婦から熱さえなければよいとの答えが返ってきただけである。),昭和四〇年の依田(一〇)(保護者の方から鼻水が出ているが接種を受けてもよいかと尋ねたところ,熱がなければよいとの返事があったのみである。),同梶山(一五),同清水(三三),昭和四一年の田部(一二),同高光(旧姓徳永)(一八),同越智(二〇),同山本(二三)(保護者からの被害児は体が弱くて予防接種を医師に止められているが大丈夫でしょうかとの質問に対し,保健婦から,「今は異常ないのでしょう。熱はないのでしょう。」との答えがされただけである。),同高橋(五八),昭和四二年の伊藤(一一),昭和四三年の上野(二二),同井上(二四),同池本(四二),昭和四四年の吉川(三一),同高橋(五五),昭和四五年の白井(二)(保護者の方から最近かぜを引いたが接種を受けてよいかと尋ねたところ,今なんともなければかまわないとの答えがあっただけで,それ以上特に問診等はされなかった。),同千葉(一四),同福島(四一)(保護者からのかぜをひいて鼻水が出ているとの申出に対し,熱がなければ大丈夫との答えがされただけである。)の多数に上る。さらに,保護者の方から会場で熱を計ることを申し出て,熱を計ったところ三七度二分あったが,特に健康状態について問診等を受けることなく接種を受けたケースとして昭和三六年の藤本(三七)の例がある。また,医師から熱の有無のみ質問されたケースとして昭和四二年の山元(三)の例がある。そのほか,医師から異常はありませんかとだけ尋ねられたケースとして昭和四二年の田中(一三)の例,医師から熱の有無及び下痢の有無のみ尋ねられたケースとして昭和四四年の鈴木(二七)の例がある。さらにまた,医師が聴診を行い,熱の有無やかぜをひいていないかどうかは尋ねられたが,それ以外の禁忌症状については問診等を受けなかったケースとして,昭和四五年の中村(三八)の例がある。

 右の時期に開業医等から個別に接種を受けた例をみても,昭和三七年の藤井(五〇)及び昭和三八年の葛野(七)は何ら予診をされずに接種が実施されているし,昭和四〇年の服部(九)は,看護婦から熱はないかと尋ねられたのみで接種が実施された。また,昭和四〇年の卜部(二六)の場合は,接種当日を含め直前三日間かぜ気味で熱も若干あり,医師にみてもらっていたところ,当該医師から,種痘を受ける子供が他にもいるが同時にやると便利だから来いといわれ,その日も若干熱があったにもかかわらず,接種に際して特段の診察もなしに無造作に接種がされたというのである。昭和四二年接種の荒井(三二)も,問診や体温測定等もされずに接種が実施されているし,昭和四三年の塩入(四七)も,保護者がかぜを引いていると告げたにもかかわらず,医師は聴診をしただけで,それ以上,問診も体温測定もせず,接種を行っている。また,昭和三八年の野口(六二)は,過去一年以内にたびたびけいれんの発作を起こし,掛かりつけの医師(接種をした医師)の診察を受けていて,接種をした医師はけいれんの発作について熟知していたにもかかわらず,特に禁忌に注意することなく種痘の接種が行われた。このように,予診の時間が充分とれるはずの個別接種の事例でも,多くは,本来なされるべき予診が尽くされていないという状況にあった。

 ウ 昭和四五年ころ以降

 さらに,昭和四五年に種痘禍が社会問題になり,厚生省から次々と通知が出され,問診票の活用等が指示された後(ただし,一人の医師が接種し得る人数の上限の定めについては特に変更が加えられていない。)の本件被害児の予診の実情をみても,昭和四六年の河又(三四)は,問診票への記入を求められ,また,事前に体温測定は行ったものの,それ以上医師から直接問診等はされないまま(過去に湿疹等が出たことがあり,問診して検討すべきケースであった。),接種が実施されているし,また,昭和四八年の藁科(五九)の場合も,保健婦が入り口で問診票をチェックしただけで,接種担当の医師の問診等はされないまま接種がされ,昭和四九年の秋田(六〇)の場合も,問診票を役場の職員がチェックしただけで,担当の医師の問診等はされないまま接種が実施されている。また,同じく昭和四九年に接種を受けた藤木(六三)の場合も,保健婦が問診票をチェックした際に,保護者から,未熟児で生まれたこと,帝王切開で出産したこと,過去一箇月以内にかぜで医者の治療を受けたことの申出がされたが,保健婦限りで接種に問題なしと判断され,医師の問診は全くされず接種が実施された。このように,昭和四五年以降も,問診票は広く利用されるようにはなったものの,なお医師による直接の問診,視診等の予診の重要性についての認識は,現場の接種担当医師等にまで充分浸透していなかった実情にある。

 エ 以上のような予防接種の運用の実情は,昭和三四年八月八日発行の日本医事新報の「集団予防接種は,これでよいのか」と題する記事(〈書証番号略〉参照)等で紹介されているなど,いわば公知の事実だったのであり,厚生省当局も充分承知していたものと推認される。

 (4) 渋谷区予防接種センターの運用について

 予診等を充分実施できるような体制をとって予防接種を実施してきた模範的な例とされる,渋谷区医師会が運用する渋谷区予防接種センターのやり方をみると,以下のような体制で運用されている。

 すなわち,東京都から予防接種業務の委託を受けた渋谷区の医師会は,昭和四四年に予防接種の業務を集中管理し,かつ,予防接種を恒常的に受けられるようにするための常設会場として渋谷区予防接種センターを開設した。そこでは,予診室と接種室を物理的に分け,予診を専門に担当する医師と接種を担当する医師を別々に配置し,まず,予診を担当する医師が問診票を見ながら問診等の予診を行い(問診票のチェックだけで済ますということはない。),そこで接種可と判断された被接種者につき,接種室で再度接種担当医師がチェックした上接種するというシステムを採用している。また,予診室の入口のところに予防接種を受けるに当たっての注意等を記載した注意書を目につきやすいように掲示し,事前に必ず体温の測定をしてもらった上(家庭でしてこなかった人にはその場で体温計を貸して計らせる。),問診票の記載をしてもらっている。医師二人が一組となって,一時間当たり通常,四〇人ないし六〇人程度を処理している。また,予防接種に関する諸問題につき,医師会内部の予防接種センター運営委員会において常時研究会を組織して研究を行い,予診のレベルアップ等に努力している。また,渋谷区予防接種センターが主催して外部の会場で集団接種を行う場合も,必ず,予診と接種を担当する医師を分け,接種をしてもよいかどうかにつき二重チェックができる態勢をとっている。しかも,予診担当対接種担当を二対一の割合で配置し,かつ,予診担当には予防接種センター運営委員を務めるようなベテランの医師を配置するという予診重視の態勢をとっている。なお,外部での集団接種の場合は,一五〇人程度を三人一組の医師が担当し,一時間半程度で処理するようにしている。そして,このように,外部での集団接種の場合は,一人に当てられる時間がやや短いという問題等もあるので,接種について問題のあるケースはやや広めに振るい落とすようにし,そういう人は予防接種センターの方に回ってもらって慎重に判断するというシステムをとっている。

 このようなやり方で予防接種を実施してきた結果,渋谷区予防接種センターは,昭和五二年までで約九〇万件の予防接種を実施したが,重篤な副反応事故は全く生じていない。

   (九) 予防接種の副反応事故を巡る厚生省の姿勢

 昭和四五年に予防接種禍が社会問題となるまでも,厚生省当局は,予防接種による副反応事故の発生状況については,予防接種の実施主体からの個別的な報告や人口動態統計等によってある程度把握していた。しかし,昭和四五年に種痘の副反応事故が新聞等に報道され,社会問題化するまでは,国として積極的な実態調査をしたことはなかった。そして,厚生省当局は,昭和四〇年代になるまで長らく,自己が把握した予防接種の副反応事故例については,これを外部には公表しないという対応をとっていた(昭和二八,二九年ころ厚生省防疫課に勤務していた蟻田功は,昭和四七年七月に行われた講演会の中で,「当時は,事故例を集計しても,防疫課長の机の引出しにしまって絶対に公表しないという態度であった。」と述べている。また,昭和四二年ころ厚生省防疫課長を務めた春日斉も,同じ講演会において,「五年前(すなわち昭和四二年ころ)に公衆衛生院の疫学研究会のときに初めて種痘の副作用というものを防疫課長として一応オープンにした。そのとき,当時予研の痘そうワクチンの責任者から,そんなことをしていいのかというお叱りがあった。」と述べている。)。このような厚生省当局の態度・姿勢は,厚生省当局が予防接種の普及,接種率の向上の方に主として関心がいき,予防接種事故の存在を公開することは,その妨げになるという認識を持っていたことから生じたものと推認される。昭和四五年に開かれた日本公衆衛生学会のシンポジウムにおいても,従来,関係者は,予防接種を普及し,広めていくことがすなわち国民の健康を守ることだという信念の下に,事故や副反応という小の虫には目をつむっていくという姿勢で予防接種の業務を推進してきた旨シンポジウムの司会者が発言している。

   (一〇) 接種を担当する医師等の状況と厚生省の施策

 (1) 現実に接種を担当する一般の開業医等は,このような厚生省当局の姿勢の下,予防接種の副反応や禁忌の重要性等について認識を深める機会がなかった。

 すなわち,前記のように,予防接種にあたり適切な予診をし,禁忌を識別するためには,それなりの知識が必要なのであって,医師であれば何人でも常識でできるというものではないところ,医学教育の場でも,昭和三〇年代ころまでは,予防接種に伴う副反応や禁忌の問題を学生に体系的に教えるということはなく,一般の医師が体系的に予防接種の副反応や禁忌の問題を勉強する場はなかったのである。

 そして,前記のように,予防接種による副反応の実態については長く公表されず,予防接種の必要性のみが強調されていたため,年間数回臨時に駆り出される程度の開業医(その中には,小児科や内科が専門でない医師も混じっていた。)は,予防接種の副反応や禁忌の問題に対する関心が薄かった。予防接種を担当する医師といえども,予防接種実施規則や予防接種実施要領等の存在を充分には知らず,これをあらかじめ読んで接種に臨む者は少ないという実情にあった(昭和四五年七月一八日発行の日本医事新報〈書証番号略〉参照)。医師会でも,この問題について特段指導をしていなかった(このことは,昭和三八年ころ葛飾区医師会の会長を勤め,また,昭和四〇年ころから予防接種担当の東京都医師会の理事を勤めた米島正一医師が法廷における証言の中で明確に認めているところである。)。

 そのため,昭和四五年に予防接種禍が新聞等のマスコミに報道され,社会問題化するまでは,一部の専門家を除き,一般国民はもとより,一般の医師の間でも,予防接種により重篤な副反応が生ずることがあるという事実についての認識に乏しかった。また,医師達の間に予防接種による副反応を防止するために禁忌が設定され,禁忌を識別するためには,予診が重要であるという認識も充分浸透していなかった。

 (2) このような状況にあるにもかかわらず,昭和四五年ころまでに,厚生省当局が一般の医師を対象に,予防接種の副反応事故及びそれを避けるための禁忌の重要性等について周知を図るために具体的な措置をとった形跡はない。厚生省当局がとった措置は,日本医事新報に予防接種実施規則や予防接種実施要領の全文を登載した程度であった。前記米島医師は,昭和四五年以前には,厚生省や東京都から医師会に対し,会員に対して予防接種実施規則等について周知を計るようにという指導を受けたことは殆どないと述べている。

 なお,本来ならば昭和三三年の旧実施規則の制定がそれまでのルーズな予診の実情を改善する良い機会であったが,厚生省当局は,前記のように,昭和三四年の医師会からの問合せに対し,昭和三三年以前の予診のやり方を昭和三三年の改正でも否定しないかのごとき回答をし,従前からの予診のやり方を改善するよう積極的に指導しなかったのである。

 そして,厚生省当局も関与して予防接種の副反応や禁忌についての文献や論文が次々と刊行され出したのは,昭和四五年以降であり,しかも,一般の医師等の目につくような形で刊行され出したのは,多くは昭和四〇年代も末ころになってからである。たとえば,予防接種副反応研究班という公的な名前で,予防接種を担当する医師向けに,予防接種の副反応や禁忌の内容につき詳細に解説した手引きの案が作成されたのは,昭和四九年四月になってからであり,それが正式に手引書として刊行されたのは,ようやく昭和五〇年七月になってからであった(なお,右手引きの前書には,「予防接種が社会問題化してから,多くの解説書が出されてきたが,接種を行う医師や予防接種担当者向けの手引きのようなものは殆どなく,それに対する要望もかなり強いものであった。」と記載されている。昭和四七年二月五日発行の日本医事新報〈書証番号略〉には,秋田の医師からの,「ただ一回じんましんの既往があってもだめか。三歳児でただ一回熱性けいれんのあと二年以上経過していても不可か。」という禁忌の具体的内容を問う質問とそれに対する回答が載せられているが,この質問の内容からも,その当時の一般の医師の禁忌についての認識の程度が窺え,右「前書」の記述を裏付けるものとなっている。)。

 (3) そのため本件被害児の接種を担当した医師の多くは,予防接種の副反応の危険を充分認識せず,伝染病予防上必要であるという意識の下,禁忌についての充分な知識もなしに,接種を実施した。その典型的例が野口(六二)のケースであり,前記のように,同女は,過去一年以内に何回かけいれんの発作を起こしており,明らかに当時定められていた禁忌に該当したのに,けいれん発作のことを熟知していた掛かりつけの医師によって,種痘の接種がされている。同医師は,予防接種実施規則の存在は全く知らず,製薬会社の注意書(そこでは,禁忌事項として「けいれん」に触れられていない。)のみ了知していたのである。また,昭和四二年接種の山元(三)の場合も,接種の五日前位から下痢と発熱があり,しかも一時高熱によるひきつけまで起こし,前日もだるそうに一日寝ているという状況であった(最終的に右症状が医師により完治と診断されたのは,予防接種の三日後であった。)のに,被害児を前日診察した掛かりつけの医師は,熱さえなければ予防接種(集団接種)を受けてよいと助言し,それに従って被害児は予防接種を受けている。さらに,昭和四〇年接種の卜部(二六)の場合も,接種当日までの三日間風邪で若干熱があり,当該医師の診察を三日続けて受けていたのに,無造作に接種が実施されているのである。また,本件各被害児に予防接種の副反応が現出した後も,開業医の段階でそれが予防接種による副反応である疑いがあると診断された例は極めて少ない。多くの医師は予防接種の副反応の可能性を頭から否定していた。

 (4) そして,昭和四五年に予防接種禍が社会問題となった以降も,なお昭和四八,九年ころまでは,禁忌の内容や禁忌識別に当たっての予診の重要性等について一般の開業医の段階まで充分周知徹底されていなかったため,昭和四五年以降接種を受けた本件被害児の接種の状況にみられるように,禁忌識別のための予診が不充分なまま接種が実施された例が少なくなかった。

 (5) 確かに,控訴人が主張するように,昭和四五年以前にも,昭和二四年には社団法人細菌製剤協会編で「予防接種講本」が出され,また,昭和二八年には厚生省防疫課編で「防疫必携」,昭和三九年には厚生省防疫課監修で「防疫シリーズ・痘そう」がそれぞれ刊行されているが,このような書籍は防疫の専門家以外の,接種を現実に担当した一般の開業医等の目にまで広く触れるものではなく,また,そこでの副反応事故についての分析も,例えば,「防疫シリーズ・痘そう」では,日本では種痘後脳炎の発生はきわめてまれで心配はいらないと断定しているなど,予防接種を推進する方向での記述が目立つものであった。

 (6) 以上のような状況にあったため,本件被害児の多くは,前記のように,予診を殆ど受けずに接種を実施されたものである。また,問診等予診を受けた者にしても,予診において考慮すべき事項は,前記のとおり相当多岐にわたるものであるのに,そのような点にまで充分配慮を巡らした予診を受けた者は皆無であったと推認される(なお,昭和四七年に掛かりつけの医師から個別接種の形で接種を受けた高橋(四六)の場合も,前記一2(三)認定のように医師からかなり丁寧な予診を受けたことは認められるが,右(4)認定の当時の時点における一般の医師層への禁忌についての周知の状況及び前記一2(三)認定の副反応現出後の右掛かりつけの医師の言動等に照らすと,なお禁忌を識別するに足るすべての事項を網羅した予診はされていないと推認される。)。

   (一一) 一般国民に対する周知の態勢について

 (1) 予防接種の禁忌は,前記のように,被接種者の現在及び過去の健康状態や,発育状況,家族のアレルギーの有無等の情報を知ることによって判断されるものであるから,被接種者の側が禁忌の重要性について充分認識を持ち,積極的に接種担当医師に自分の知っていることを申し出ることが必要である。そのためには,接種の対象となる国民(乳幼児の場合は保護者)が,予防接種の副反応と禁忌についてある程度知識を持ち,医師が禁忌を判断するのに必要な情報を提供するよう動機付けがされていることが必要である。

 (2) この点については,前記のように,旧実施要領において,一応,「多人数を対象として予診を行う場合には,接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し,又は印刷物として配布して,接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること」,「予防接種を行う前には,当該予防接種の副反応について周知徹底を図り,被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること」が定められていた。

 (3) しかし,現実には,実施主体である地方自治体の機関の側には禁忌の重要性等についての認識が乏しく,その点を積極的に周知させようという姿勢に乏しかったため,学校等で集団接種が行われるような場合でも,全く禁忌についての掲示がされないか(本件被害児の関係では,自治体の調査結果としてその点が明確になっているものだけを挙げても,昭和三五年接種の佐藤(一六)や昭和四五年接種の千葉(一四)の場合がそうである。),たとえ掲示されたとしても,注意事項を紙に書き教室の黒板に張っておくといった,被接種者側の注意を殆ど引かない,形式的な周知方法がとられることが多かった。また,被接種者に対し予防接種の実施を知らせる通知等の中でも,禁忌については全く触れていないものが多かった(例えば,被害児阪口(四)の関係で昭和三九年に奈良市が発行した「定期種痘通知書」〈書証番号略〉参照。)。また,自治体関係者の禁忌の内容の理解が正確でないことも多かったため,たとえ禁忌について触れている場合でも,禁忌のすべてを網羅しない不完全なものも多かった(例えば,中野保健所が昭和四〇年九月に発行した「秋の定期予防接種のお知らせ」の中には一応禁忌についての注意が記載されているが,なぜか当時の旧実施規則に定められていた「アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者」の項や,種痘についての「まん延性の皮膚病にかかっている者」の項等の記載が落ちているのである〈書証番号略〉。また,港区役所から昭和四三年四月一〇日に発行された「区のお知らせ」の中では,予防接種の注意事項として,「小児まひワクチン服用の前後二週間以内は種痘はできません。また,生ワクチン服用と種痘の前後一ヵ月以内は『はしか』ワクチンの接種はできません。」とだけ記載されている〈書証番号略〉。また,追町長名義で昭和四五年二月二六日に発行された「種痘の実施について」の中では,「ア ハシカの予防接種を受けて一ヵ月を経過しないもの。イ 現在ひふ病にかかっているもの ウ 医師に不適当と認められるもの」のみが禁忌として記載されている〈書証番号略〉。)。

 さらに,自治体が交付する母子手帳(母子健康手帳)の記載内容をみると,昭和四〇年代の初め頃までに使用されている母子手帳では,予防接種は法律上の義務であり,必ず予防接種を受けるようにという記載のみがされ,禁忌については何ら触れられていない。また,昭和四〇年代半ばころになると,昭和四四年九月出生の白井(二)の母子健康手帳には,禁忌の記載があるが,種痘の禁忌としては,「まん延性の皮膚病にかかっている人」と「小児マヒ生ワクチン服用後,二週間以内の人」のみが掲げられ,また,小児マヒ生ワクチンの禁忌としては,「下痢をしている人」と「種痘後二週間以内の人」のみが掲げられており,正確を欠く内容になっていた(〈書証番号略〉)。また,昭和四四年七月に出生した吉川(三一)の母子健康手帳に付いている各予防接種の個人票の注意事項欄をみると,ジフテリア・百日せき予防接種個人票及び腸チフス・パラチフス予防接種個人票には,「熱があったり『からだ』の具合が良くない時は,必ず医師に相談してください。」との記載が,種痘予防接種個人票には「熱があったり『からだ』の具合の悪い人,又は生ポリオワクチンを飲んで二週間たっていない人はうけないでください。」との記載が,急性灰白髄炎予防接種個人票には「熱があったり下痢をしている人,又は『種痘』をうけてから二週間たっていない人はうけないで下さい。」との記載が,それぞれされていただけであり,禁忌の記載としてはやはり極めて不完全なものでしかなかった(〈書証番号略〉)。

 (4) 厚生省当局は,このような実情を充分承知していたものと推認されるが,特に具体的には改善を指導しないままこれを放置した。

 (5) 確かに,控訴人が主張するように,昭和二三年の予防接種法制定に際しては,昭和二三年九月二四日付けで「予防接種法施行に関する件(厚生省発予第七四号各都道府県知事あて厚生省事務次官通知)」を発して,「この法律の目的を達成するため最も必要なことは国民の公衆衛生知識の向上であるから,講演,ラジオ,新聞,雑誌等あらゆる機会を利用して,予防接種に関する衛生思想普及に努められたい。」旨通知し,また,昭和二三年一二月一〇日付けで「予防接種法講習会開催並びに補助について(予発第一六九一号各都道府県知事あて厚生省予防局長通知)」を発して,保健所員,市町村吏員及び一般医療関係者を対象に予防接種法令等について講習会を開催すること及び被接種者,保護者等に対して充分納得が得られるよう周知方を指示しているが,右「予防接種法施行に関する件」の通知が同時に「予防接種を広汎且つ強力に行うことにより伝染病予防の完璧を期す」ことを「法律の目的」としてうたっていることからも明らかなように,ここでの国民に対する啓発の狙いは,専ら国民が伝染病予防に対する予防接種の効果を認識して自発的に予防接種を受けるようにすることに向けられていたのであって,予防接種の副反応及び禁忌についての周知がその内容に含まれていたとは到底解されないものである。

 (6) その後,昭和四五年の種痘禍の報道等により予防接種の副反応の問題が社会問題化したことにより,厚生省当局は,前記のように,矢継ぎ早やに通知を発し,問診票を活用すること等を指示するとともに,被接種者及び保護者への周知の徹底についても指示したが,その内容は,なお,軽度の副反応は従来から見られるもので,被接種者及び保護者がいたずらに不安を起こさないよう,また,予防接種に関する知識を普及させて予防接種に理解と協力を求めよという点に重点を置くものであった。

 ただ,昭和四五年一一月三〇日の「予防接種問診票の活用について」と題する通知においては,予防接種の実施に当たっては,母親による被接種者の平常の健康状態についての積極的申出等が必要とされるものであることを徹底するよう指示し,問診票には質問事項のほか,「予防接種(種痘)には思いがけない事故がおこることがありますから,次の点によく注意してください。1 健康診断 予防接種(種痘)を受ける際には,必ず健康診断をうけてください。保護者は子供の健康状態を詳しく医師に話して下さい。2 問診票は責任をもって記入して下さい。それには母子手帳などを参考にして下さい。(略)」などと記載するよう書式を示して指示している。

 (7) また,昭和四五年以降次第に,予防接種の副反応や禁忌について触れた一般人向けの啓蒙書も刊行されるようになったが,その多くは昭和四〇年代末以降刊行された(厚生省公衆衛生局保健情報課指導「予防接種の知恵」昭和四九年刊行,厚生省公衆衛生局保健情報課編「ママのための予防接種読本」昭和四九年刊行,福見秀雄他編「じょうずに予防接種をうけるために」昭和五三年刊行,厚生省公衆衛生局保健情報課監修「予防接種ハンドブック」昭和五三年刊行等)。なお,昭和四五年以前に出された厚生省防疫課監修の「防疫シリーズ・痘そう」(昭和三九年刊行)においては,種痘の副作用として種痘後脳炎の存在について触れているが,前記のように,そのような種痘の副作用は,「日本での発生はきわめてまれですから,決して種痘をおそれる必要はないのです。」で結んでいる。また,同書は,禁忌についてはごく簡単にしか触れていない(しかも,なぜか当時既に廃止されていた種痘施行心得の文言をそのまま記載しているのである。)。

  3 以上の認定事実を総合すると,以下のように結論付けられる。すなわち,

   (一) 予防接種は時に重篤な副反応が生ずるおそれがあるもので,危険を伴うものであり,その危険をなくすためには事前に医師が予診を充分にして,禁忌者を的確に識別・除外する体制を作る必要がある。そのためには,①集団接種の場合は,医師が予診に充分時間が割けるように,接種対象人員の数を調節し,あるいは接種する医師と予診を専門にする医師を分けるなどの体制作りが必要であり,また,②臨時に駆り出される,しかも,予防接種の副反応や禁忌について充分教育を受けていない開業医を念頭に,予防接種による副反応と禁忌の重要性等について周知を図り,予診等のレベルの向上を図る必要があり,さらに,③接種を受ける国民に対しても,重篤な副反応の発生するおそれのあることや禁忌の意味内容等についてわかりやすく説明し,必要な情報を進んで医師に提供するよう動機付けをする必要があるというべきである。

   (二) そして,伝染病の伝播及び発生の防止その他公衆衛生の向上及び増進を任務とする厚生省の長として同省の事務を統括する厚生大臣としては,右の趣旨に沿った具体的な施策を立案し,それに沿って法一五条に基づく省令等を制定し,かつ,予防接種業務の実施主体である市町村長を指揮監督し(地方自治法一五〇条。法に基づく接種の場合),あるいは地方自治法二四五条等に基づき(勧奨接種の場合)地方自治体に助言・勧告する,さらには,接種を実際に担当する医師や接種を受ける国民を対象に予防接種の副反応や禁忌について周知を図るなどの措置をとる義務があったものというべきである。なお,法に基づく予防接種は国の事務であって,主務大臣である厚生大臣は事務の実施につき市町村長を全面的に指揮・監督する立場にあったものであり,また,勧奨接種の場合は,法的には地方自治体が国の指導に従うか否かは任意であるといえるが,実際は自治体側には選択の余地がなく国の指導に従って接種を実施するという関係にあったのであるから,予防接種の実施に地方自治体の機関ないし地方自治体が介在しているからといって,厚生大臣に右で述べた義務がないということはできない。法六条の二の個別接種についても,これは,国の強制予防接種制度の一環として組み込まれているものであって,法による予防接種としての効果を持つものであるから,予防接種を国の施策として全体として遂行する立場にある厚生大臣としては,予防接種の副反応,禁忌事項及び予診の重要性等について,この個別接種を実施する一般の医師及びこれを受ける国民にも周知徹底させ,予防接種事故の発生を未然に防ぐ義務があったものというべきである。

 そして,厚生大臣は,法制定の当時から,予防接種による副反応事故を発生させないためには,禁忌を定めた上,医師が予診をして禁忌に該当した者を接種対象から除外する措置をとることが必要であることを充分認識していたものである。

   (三) ところが,厚生大臣は,長く,伝染病の予防のため,予防接種の接種率を上げることに施策の重点を置き,予防接種の副反応の問題にそれほど注意を払わなかったため,以下のとおり,前記の義務を果たすことを怠った。すなわち,

 (1) 昭和三三年以前をみると,各予防接種施行心得に「予防接種の施行前に被接種者の健康状態を尋ね,必要がある場合には診察を行わなければならない。」旨の定めが置かれていたものの,急いで実施する場合の医師一人当たりの一時間当たりの接種対象の人数をおよそ一五〇人(これでは予診と接種の時間を合わせて一人わずか二四秒しか当てられないことになる。ただし,種痘は八〇人,百日せきは一〇〇人)とするなど,適切な予診を行うにはほど遠い体制で予防接種を実施することを許容し,しかも現場で予診が殆どされていない実情を知りながら,それを放置した(なお,禁忌について周知を図るようにという通知を出したことはあるが,それが実現できるような具体的施策は特にとらなかった。)。

 (2) 昭和三三年の旧実施規則では,予診について比較的詳しい定めを置き,また,昭和三四年に制定された旧実施要領においては,医師一人当たりの一時間当たりの接種人員を最大限種痘で八〇人,種痘以外では一〇〇人と定め,一応歯止めはかけたものの,なお適切な予診をするには不充分な体制(右の上限の人数の場合,被接種者一人に当てられる時間は,種痘で四五秒,種痘以外では三六秒にすぎない。)を継続することを許容し,しかも,現実には,右実施要領さえ充分守られない実情にあることを知りながら,それを積極的に改めるよう指示することなく放置した(医師会からの問い合わせに対し,昭和三三年以前の極めて不充分な予診のやり方を昭和三三年以降も踏襲して構わないかのごとき回答をしている。)。

 (3) 昭和四五年以降は,問診票を導入するよう指示するなど予診の問題にもそれなりに注意を払うようにはなったが,なお,集団接種における一時間当たりの接種人員の上限を引き下げるなどの措置はとられなかった。

 (4) また,昭和四五年以前は,国民に対して予防接種事故の実態を公表しないのみならず,接種を担当する医師に対しても予防接種事故についての情報を充分には提供せず,禁忌について積極的に周知を図るような措置をとらなかった。

 (5) 昭和四五年以降も,一般の医師向けに厚生省当局が関与して予防接種の禁忌を解説した手引書を作ったのは昭和四〇年代の末ころであり,それまでは,予防接種の禁忌等についての周知は充分なものでなかった。接種を受ける側の国民に対しても,いたずらに不安が生じないようにすることに重点が置かれていた。そして,一般国民向けに予防接種の副反応や禁忌に関して分かりやすい解説書等が刊行され出したのは昭和四〇年代の末頃であった。

   (四) そのため,昭和四五年以前は,禁忌の重要性について一般の医師も国民も充分認識を持たず,したがって,適切な予診がされずに予防接種が実施された。また,昭和四五年以降は,問診票が活用されるなどその点についてある程度改善がみられたが,集団接種において医師が充分予診のできるような体制までは整備されなかった。そして,昭和四〇年代末頃までは,予防接種の副反応や禁忌の重要性等につき医師に対する情報提供や国民に対する周知が不充分であったため,医師による予診の重要性の認識が充分浸透せず,依然として予診不充分なまま接種が実施される状況にあった。

 また,個別接種等で予診をする時間が充分あった場合においても,禁忌の重要性や内容について充分な情報提供がなかったため,医師は,予診をせず接種を実施したり,予診をした場合でも,禁忌にかかわるすべての事項を網羅した予診を尽くすことなく接種を実施した例が多かった。

   (五) そして,前記のように,本件被害児六二名は,いずれも接種当時施行されていた各予防接種施行心得ないし旧実施規則所定の禁忌者に該当していたものと推定されるところ,昭和二七年から昭和四九年の間に発生した本件被害児らの副反応事故は,結局,右(三),(四)で述べたことが原因となって,現場の接種担当者(医師)が禁忌の識別を誤り,本件被害児らが禁忌者に該当するのにこれに接種をしたため生じたものと推認される。

   (六) なお,副反応事故について周知を図るような措置をとると,接種率が下がり,法が目的とする社会防衛が果たせないというおそれがあるから,厚生大臣がそのような措置を充分とらなかったとしてもやむを得ないとする考え方もあり得ないではない。しかしながら,予防接種の副反応には,発生する率はごくわずかとはいえ,死亡にもつながる重大なものが含まれるのであり,国が,社会防衛の目的で,国民を強制ないし勧奨して接種を受けるよう仕向けた以上,国としては被害を避けるための措置を可能な限り尽くすべきであったというべきである。国が,その国民の健康に関する施策を遂行する場合において,その施策の遂行によって国民の生命身体に被害が生じないよう充分配慮して万全の措置をとり,国民の生命身体に被害が生じる結果の発生を回避すべき義務があることは,当然であるといわなければならないからである。

 そうすると,社会が混乱状態にあって外来の伝染病が流行し危機的状況にあった昭和二〇年代はさておくとしても(なお,昭和二〇年代に予防接種を受けた被害児古川(五六)及びその両親の損害賠償請求は,後記のとおり,いずれにせよ除斥期間が経過しており,認めることはできないものである。),少なくとも右古川を除くその余の被害児に対して接種がされた昭和三〇年代以降は,伝染病の流行は相当程度落ちつきを見せ,日本社会はそのような危機的状況から脱していたのであるから,副反応や禁忌について周知を図ったためある程度接種率が下がったとしてもやむを得ないというべきであるのみならず,いたずらに恐怖心をあおらず,正しい知識を与えるように務め,集団接種で禁忌に該当するかどうか判断できないものは個別接種に回すなどの体制を適切に整えれば,それほど接種率が下がらなかった可能性もあり,要は工夫次第であったということができるものであるから,厚生大臣が禁忌等について周知を図る等の措置をとれば接種率が下がりすぎて法の目的である社会防衛が果たされなくなってしまうことは直ちに断定できず,この点を根拠に厚生大臣が国民や医師等に予防接種の副反応や禁忌について周知を怠ったことを正当化することはできないものといわざるを得ない。

 また,このように副反応事故をなくすため予診を重視する態勢をとると,個別接種による割合が増大し,接種を担当する医師等の人手がより多く必要になり,接種のコストも増えるなどの問題も生じようが,生命・健康の侵害という重大な法益侵害との対比からすると,コストや人手の問題を理由に,厚生大臣のとってきた行動が正当化されるということはできない。

   (七) そして,厚生大臣は,以上のような,禁忌を識別するための充分な措置をとらなかったことの結果として,現場の接種担当者が禁忌識別を誤り禁忌該当者であるのにこれに接種して,本件各事故のような重大な副反応事故が発生することを予見することができたものというべきである。また,前記のとおり,本件被害児らはすべて禁忌該当者と推定されるものであるから,厚生大臣が禁忌を識別するための充分な措置をとり,その結果,接種担当者が禁忌識別を誤らず,禁忌該当者をすべて接種対象者から除外していたとすれば,本件副反応事故の発生を回避することができたものというべきであり,したがって,本件副反応事故という結果の回避可能性もあったものということができる。

  4 以上のとおりであって,厚生大臣には,禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失があるものといわざるを得ず,国は,古川(五六)を除くその余の被害児らに重篤な副反応事故が生じたことに対して,国家賠償法上責任を免れないものというべきである。

第五 被害児古川(五六)を除くその余の被害児及びその両親の被った損害について

 一 被害児古川(五六)を除くその余の本件被害児及びその両親が本件接種により被った被害の原判決口頭弁論終結時までの状況は,被害児については原判決理由第二の二認定のとおりであり,被害児の両親については原判決理由第二の五1認定のとおりであるから,それぞれこれを引用する。また,最近の状況は,別紙「現在の状況一覧表」の「右認定に供した証拠」欄記載の証拠によれば,右表の「現在の状況」欄記載のとおりであると認められる。

 二1 以上認定の原判決事実摘示添付の原告ら主張一覧表の「接種後の状況」,「現在の症状」及び「両親の被害状況」の各欄並びに別紙「現在の状況一覧表」の「現在の状況」欄記載の事実に基づき,被害児古川(五六)を除くその余の被害児及び両親が被った損害を以下の算定方法により個別に算定するものとする。

  2 被害児を本件各事故によって死亡した被害児と生存している被害児とに分け,さらに,後者の生存している被害児については,症状の軽重により,ア 日常生活に全面的に介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(これを「Aランク生存被害児」という。),イ 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(これを「Bランク生存被害児」という。),ウ 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各被害児(以下これを「Cランク生存被害児」という。)とにそれぞれランク分けをして,各被害児及び両親等の損害を算定することとする。

   (一) 死亡した各被害児の損害について

 (1) 得べかりし利益の喪失

 死亡した各被害児が,本件各接種によって本件各事故にあわなければ,一八歳から六七歳までの四九年間就労できたはずである。

 そして,それぞれ一八歳時から本件口頭弁論終結時である平成四年における満年齢時までについては,毎年,それぞれの一八歳時の年の賃金センサスの第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成二年賃金センサスの第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず,これを喪失したものと推認し,右額を基礎として,生活費控除を男子五割,女子三割とし,ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して,右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。

 また,右時点以降満六七歳時までは,平成二年賃金センサス第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず,これを喪失したものと推認し,右額を基礎として,生活費控除を男子五割,女子三割とし,ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して,右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。

 (2) 介護費

 死亡した各被害児のうち,発症後死亡するに至るまで一年以上生存し,日常生活に全面的に介護を必要とした者については,右介護に費やされた労務を金銭に換算すると,介護開始時点以降死亡時点に至るまでの物価の推移(公知の事実である。)等を考慮し,要介護期間中,平均して,昭和四〇年代に死亡した者(五名)は年に三六万円(月三万円・一日一〇〇〇円の割合)を要し,昭和五〇年代に死亡した者(三名)は年に七二万円(月六万円・一日二〇〇〇円の割合)を要し,昭和六〇年代以降に死亡した者(二名)は年に一二〇万円(月一〇万円・一日約三三〇〇円の割合)を要したとそれぞれ認定するのが相当である。なお,後記のとおり,予防接種事故発生時から遅延損害金の請求を認容することにかんがみ,ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除するものとする。

 (3) 慰謝料

 被害児伊藤純子(一一の一)及び同高橋尚以(五五の一)の両名が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,後記認定のAランク生存被害児と同額の金一〇〇〇万円をもって相当とする(なお,死亡被害児の固有の慰謝料につき,被控訴人らは,当審係属後死亡した右両名に係わる分以外は請求していない。)。

 (4) 結論

 以上の算定根拠により死亡した各被害児の損害を個別に算定する(円未満は切捨てる。以下同じ。)と,別紙各「死亡被害児損害額計算票」記載のとおりとなる。

   (二) 死亡した各被害児の両親の損害の算定根拠

 (1) 慰謝料

 死亡した各被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各金八〇〇万円をもって相当とする。

 ただし,被害児伊藤(一一)及び同高橋(五五)の両親については,前記のように,右両名についてのみ被害児自身に対する慰謝料を認めたこと等を考慮して,各金三〇〇万円をもって相当とする。

 (2) 結論

 以上の算定根拠により死亡した各被害児の両親の損害を個別に算定すると,別紙各「死亡被害児両親損害額計算票」記載のとおりとなる。

   (三) 日常生活に全面的介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(Aランク生存被害児)の損害の算定根拠

 (1) 得べかりし利益の喪失

 前記認定によれば,Aランク生存被害児としては,事実摘示添付の別紙「Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」記載の者がこれに該当すると認められるが,Aランク生存被害児の状況に照らすと,同人らの労働能力喪失率は一〇〇パーセントと認めるのが相当であり,Aランク生存被害児が,本件各接種によって本件各事故にあわなければ,一八歳から六七歳までの四九年間就労できたものと認められる。

 そして,それぞれ一八歳時から本件口頭弁論終結時である平成四年における満年齢時までは,毎年,それぞれの一八歳時の年の賃金センサスの第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成二年賃金センサスの第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず,これを喪失したものと推認し,右額を基礎として,ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して,右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。

 また,右時点以降六七歳時までは,平成二年賃金センサス第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず,これを喪失したものと推認し,右額を基礎として,ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して,右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。

 (2) 介護費

 Aランク生存被害児の介護の状況に照らすと,発症後死亡するに至るまでその生涯にわたり日常生活に全面的に介護を要するものと認められる。そして,右要介護期間としては,Aランク生存被害児の本件各接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間(当裁判所に顕著な昭和六三年簡易生命表によることとし,一歳未満は切り捨てる。)に一致すると認めるのが相当である。そして,右介護に費やされる労務を金銭に換算すると,介護の開始時点から本件口頭弁論終結時である平成四年の満年齢時までは,介護開始時点以降口頭弁論終結時点までの物価の推移等を考慮し,これを平均して,昭和三〇年代に介護が開始された被害児については年に九六万円(月八万円・一日約二七〇〇円の割合)の介護費用を,昭和四〇年以降に介護が開始された被害児については,年に一二〇万円(月一〇万円・一日約三三〇〇円の割合)の介護費用を,それぞれ要したと認めるのが相当である。また,それ以後の期間については,年に一八〇万円(月一五万円・一日五〇〇〇円の割合)を要すると認める。これらの金額を基礎として,ライプニッツ式計算法によりそれぞれ接種時までの年五分の割合による中間利息を控除して右要介護期間の介護費相当額の本件各接種当時における現価を求めることとする。

 (3) 慰謝料

 Aランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は,金一〇〇〇万円をもって相当とする。

 (4) 結論

 以上の算定根拠によりAランク生存被害児の損害額を個別に算定すると,別紙各「生存被害児(Aランク)損害額計算票」記載のとおりとなる。

   (四) Aランク生存被害児の両親の損害の算定根拠

 (1) 慰謝料

 Aランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各金三〇〇万円をもって相当とする。

 (2) 結論

 以上の算定根拠により,Aランク生存被害児の両親の損害を個別に算定すると,別紙「生存被害児(Aランク)両親損害額一覧表」記載のとおりとなる。

   (五) 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(Bランク生存被害児)の損害の算定根拠

 (1) 得べかりし利益の喪失

 前記認定によれば,Bランク生存被害児としては,事実摘示添付の別紙「Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」記載の者がこれに該当すると認められるが,右Bランク生存被害児の状況に照らすと,Bランク生存被害児の労働能力喪失率は七〇パーセントと認めるのが相当であり,Bランク生存被害児が本件各接種によって本件各事故にあわなければ,一八歳から六七歳までの四九年間就労することができたものと認められる。そして,それぞれ一八歳時から本件口頭弁論終結時である平成四年における満年齢時までは,毎年,それぞれの一八歳時の年の賃金センサスの第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成二年賃金センサスの第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず,その七〇パーセントを喪失したものと推認する。そこで,右額を基礎として,ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して,右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。

 また,右時点以降六七歳時までは,平成二年賃金センサス第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず,その七〇パーセントを喪失したものと推認し,右額を基礎として,ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して,右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。

 (2) 介助費

 Bランク生存被害児の介助の状況に照らすと,発症後死亡するに至るまでその生涯にわたり日常生活に介助を必要とするものと推認され,右要介助期間は,Bランク生存被害児の本件各接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間(当裁判所に顕著な昭和六三年簡易生命表によることとし,一年未満は切り捨てる。)に一致するものと認める。右介助に要する労務を金額に換算すると,Aランク生存被害児の同時期における介護費用の五〇パーセントとみるのが相当である。すなわち,介助開始時点から本件口頭弁論終結時である平成四年の満年齢時までは,昭和三〇年代に介助が開始された被害児については年に四八万円(月四万円)の介助費用を,昭和四〇年以降に介助が開始された被害児については年に六〇万円(月五万円)の介助費用を,それぞれ要すると認めるのが相当である。また,それ以後の期間につていは,年に九〇万円(月七万五〇〇〇円)を要すると認める。これらの金額を基礎として,ライプニッツ式計算法によりそれぞれ年五分の割合による中間利息を控除して右要介助期間の介助費相当額の本件各接種時における現価を求める。

 (3) 慰謝料

 Bランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は,金八〇〇万円をもって相当とする。

 (4) 結論

 以上によりBランク生存被害児の損害を個別に算定すると,別紙各「生存被害児(Bランク)損害額計算票」記載のとおりとなる。

   (六) Bランク生存被害児の両親の損害の算定根拠

 (1) 慰謝料

 Bランク生存被害児の両親の精神的苦痛に対する慰謝料は,各両親一人につき各金二〇〇万円をもって相当とする。

 (2) 結論

 以上の算定根拠によりBランク生存被害児の両親の損害を個別に算定すると,別紙「生存被害児(Bランク)両親損害額一覧表」記載のとおりとなる。

   (七) 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各生存被害児(Cランク生存被害児)の損害の算定根拠

 (1) 得べかりし利益の喪失

 前記認定によれば,Cランク生存被害児としては,事実摘示添付の別紙「Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」記載の者がこれに該当すると認められるが,右Cランク生存被害児の状況に照らすと,Cランク生存被害児の労働能力喪失率は四〇パーセントと認めるのが相当であり,Cランク生存被害児が本件各接種によって本件各事故にあわなければ,一八歳から六七歳までの四九年間就労して,それぞれ一八歳時から本件口頭弁論終結時である平成四年における満年齢時までは,毎年,それぞれの一八歳時の年の賃金センサスの第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成二年賃金センサスの第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず,その四〇パーセントを喪失したものと推認する。そこで,右額を基礎として,ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して,右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。

 また,右時点以降六七歳時までは,平成二年賃金センサス第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず,その四〇パーセントを喪失したものと推認し,右額を基礎として,ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して,右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。

 (2) 介助費

 Cランク生存被害児は,発症後一応他人の介助なしに日常生活を維持することが可能となるに至るまで(前記認定事実に照らすと,田中耕一《一三》については六年間,池本智彦《四二》については一〇年間と認める。),両親等の介助を必要としたものと認められる。要した介助の程度や当時の物価水準等を考慮し,右介助に要した労務を金銭に換算すると,右要介助期間を通じ,これを平均して,田中耕一(一三)については年に一八万円(月一万五〇〇〇円・一日五〇〇円の割合),池本智彦(四二)については年に三六万円(月三万円・一日一〇〇〇円の割合)をもって介助費と認めるのが相当である。そこで,右額を基礎として,ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右要介助期間の介助費相当額の本件各接種当時における現価を求める。

 (3) 慰謝料

 Cランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は,金五〇〇万円をもって相当と判断する。

 (4) 結論

 以上の算定根拠によりCランク生存被害児の損失を個別に算定すると,別紙各「生存被害児(Cランク)損害額計算票」記載のとおりとなる。

   (八) Cランク生存被害児の両親の損害の算定根拠

 (1) 慰謝料

 Cランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各金一〇〇万円をもって相当とする。

 (2) 結論

 以上の算定根拠によりCランク生存被害児の両親の損害を個別に算定すると,別紙「生存被害児(Cランク)両親損害額一覧表」記載のとおりとなる。

第六 控訴人の抗弁について

 一 違法性阻却事由について

 控訴人は,本件各接種の実施は法令及び法令に準ずる通達に基づく正当行為であり,かつ社会的に相当な行為であるから,行為の違法性が阻却されると主張する。確かに本件各接種の実施自体は法令及び法令に準ずる通達等に基づくものではあるが,前記のように,厚生大臣は,右接種を実施させるに当たり,禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠ったものであるから,その責任を免れることはできない。控訴人の主張は採用できない。

 二 損害賠償請求権の時効及び除斥期間について

  1 三年の消滅時効(民法七二四条前段)

   (一) 控訴人は,原判決事実摘示第三の二1(一)記載の表に掲げられた各被害児及びその両親については,同表記載の日ころに本件各接種による本件各事故発生を知り,そのころに損害及び加害者を知ったというべきであり,損害賠償請求権は消滅時効により消滅していると主張する。

 確かに右各被害児及びその両親は,右表記載のころ本件各事故発生を知った事実は当事者間に争いがないが,民法七二四条の加害者を知りたる時とは,単に損害発生の事実を知ったのみでは足りず,加害行為が不法行為であることを知った時と解すべきであるところ,右争いのない事実のみから本件各事故が前記のような厚生大臣の過失行為に基づく違法なものであることを知ったと推認することは到底できない。

   (二) また,控訴人は,原判決事実摘示第三の二1(二)記載の表に掲げられた各被害児及びその両親については,同表記載の日に予防接種事故に対する行政措置に基づく給付申請書を作成してこれを当該市町村長に提出したから,同人らは遅くも右申請書作成の日までには,損害及び加害者を知ったと主張する。

 しかしながら,右救済措置は予防接種が違法であることを前提としないものであって(この事実は当事者間に争いがない。),右のため申請書を提出したことをもって直ちに同人らが本件各事故が厚生大臣の過失行為に基づく違法なものであることを知っていたことにはならない。

   (三) 他に同人らが損害及び加害者を知った時から本訴提起までに三年以上の期間が経過したことを認めるに足りる証拠はないから,本件各損害賠償請求権が民法七二四条前段の規定による消滅時効により消滅したとする控訴人の主張は理由がない。

  2 除斥期間(民法七二四条後段)

 前記認定のように,被害児古川(五六)は,昭和二七年一〇月二〇日に本件接種を受け,接種の約一週間後の同年一〇月二七日にけいれん等の重篤な副反応が発症した。ところが,被害児古川及びその両親からの訴え提起は昭和四九年一二月五日にされ(右事実は,記録上明らかである。),不法行為の時から二〇年を経過した後にされたことは明らかである。したがって,被害児古川及びその両親の各損害賠償請求権は,既に本訴提起前の右二〇年の期間が経過した時点で法律上当然に消滅したものといわなければならない。

 なお,民法七二四条後段の規定は損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当であるから,当事者から本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても,右期間の経過により本件請求権が消滅したものと当然判断すべきであり,被控訴人ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は,主張自体失当であって,採用の限りでない(最高裁昭和五九年(オ)第一四七七号,平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁参照)。

 また,被控訴人らは,民法七二四条後段が除斥期間を定めたものであるとしても,本件では,訴え提起が遅れたことにやむを得ない事情があって,裁判所が除斥期間の経過を認めることは,正義と公平に著しく反する結果をもたらし,法秩序に反すると主張するが,一定の時の経過によって法律関係を確定させるため,被害者側の事情等は特に顧慮することなく,請求権の存続期間を画一的に定めるという除斥期間の趣旨からすると,本件で訴え提起が遅れたことにつき被害者側にやむを得ない事情があったとしても,それは何ら除斥期間の経過を認めることの妨げにならないというべきであり,その制度の趣旨からして,本件で除斥期間の経過を認定することが,正義と公平に著しく反する結果をもたらすということは到底できない。

 よって,被害児古川博史(五六の一),父治雄(五六の二)及び母イツエ(五六の三)の各損害賠償請求権につき,除斥期間の経過を主張する控訴人の抗弁は理由がある。

 三 損益相殺等について

  1 抗弁第三項について

 予防接種による健康被害に対する救済制度が存在するからといって,それとは別に違法な公権力の行使を理由として国家賠償法に基づき損害賠償請求ができないとする理由はない。現行の法がそのような趣旨を含むものとは到底解されない。控訴人の抗弁第三項は採用できない。

  2 抗弁第四項1について

 次に抗弁第四項1の主張について判断する。

 本件各被害児及びその両親が事実摘示添付の別紙「給付一覧表」記載のとおりの各費目の各支払を受けた事実は,当事者間に争いがない。

 被控訴人らは,このうち「障害基礎年金」,「地方自治体単独給付分」,「医療費」,「医療手当」及び「葬祭料」を被控訴人らの損害額から控除することは,公平の原則に反し許されないと主張するので,この点をまず検討する。

   (一) 障害基礎年金について

 障害基礎年金は,国民年金法に基づく老齢,障害,遺族の各基礎年金の一つであり(同法一五条),「老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的」(一条,二条)として給付される年金である。疾病にかかり,又は負傷し,一定の障害の状態になったときに,支給される(三〇条)。

 ところで,同法は,被控訴人ら主張のとおり,国民の相互連帯の思想に基づき,国民から保険料を徴収し,それを原資の一部として給付を実施する仕組みを採用しており,その意味で障害基礎年金の給付はこのような保険料支払の対価としての性質がないとはいえない。

 しかし他方,同法は,「政府は,障害若しくは死亡又はこれらの直接の原因となった事故が第三者の行為によって生じた場合において,給付をしたときは,その給付の価額の限度で,受給権者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。」(二二条一項),「前項の場合において,受給権者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは,政府は,その価額の限度で,給付を行う責めを免れる。」(二二条二項)旨の定めを置いている。このように第三者の行為により障害基礎年金給付の発生事由である障害が生じた場合は,障害基礎年金を支給した限度で国が損害賠償請求権を取得し,その結果その限度で被害者は損害賠償請求権を失うことになる。また,加害者から「同一の事由について」損害賠償の支払がされたときは,その限度で国は障害基礎年金の支払を免れることになる。すなわち,法は,国民年金法の障害基礎年金の給付も損害賠償もともにその障害の状態から生じた損害を補填する実質を有することに着目し,第三者の加害行為により障害の状態が生じた場合には,国民年金法による給付の保険料の対価としての性質は特に顧慮せず,同一の事由による損害の二重填補を排除しているのである。この法の考え方は,障害の状態を引き起こした加害者がたまたま国である場合にも妥当するというべきである。少なくとも国が先に同一の事由について損害賠償を支払ったときは,右二項を類推適用し,支払った限度で,国が障害基礎年金の支払を免れることについては,異論がないところであろう(障害基礎年金の対価的性格を云々しても,そのことは第三者加害の場合にも同様に当てはまることであるから,有効な反論にはなり得ない。)。そして,障害基礎年金給付が先にされた場合にも,二重に損害填補を認めない法の趣旨に照らし,その限度で,国は損害賠償の責めを免れるというべきである(観念的には,国は障害基礎年金を支払った限度で損害賠償請求権を取得することになるが,右請求権は債権者と債務者の混同により消滅するにすぎないともいえよう。)。確かに,そのように解すると,国民の負担する保険料によって相当部分がまかなわれている国民年金法に基づく給付の故に国が損害賠償債務をその分免れる結果になるが,保険料によってまかなうというのは,結局保険料を支払っている国民全体の負担になることを意味し,国が負担を免れるというのも,帰するところ,結局納税者である国民全体が負担を免れることを意味するから,そのような結論をとることが不合理であるとはいえない。

 そうすると,既に本件各被害児に支給済である障害基礎年金については,これを全額損害賠償額から控除すべきことになる。

   (二) 地方自治体単独給付分について

 地方自治体等が独自に別紙「給付一覧表」の「地方自治体単独給付分」記載のとおりの額を本件各被害児ないしその両親に給付したこと,その給付の趣旨は原判決事実摘示の抗弁末尾添付の別紙二の「備考」欄記載のとおりであることは,当事者間に争いがない。右事実に弁論の全趣旨を併せると,地方自治体等が被控訴人らに給付した金員は,地方自治体等が独自に,主として住民福祉の観点から,一部は補装具購入の補助金,医療費,交通費等の実費補填の名目で,大部分は見舞金,弔慰金の名目で支給したものであって,予防接種事故を機縁として第三者から贈られた任意の見舞金,弔慰金に類する性質のものであり,損害填補の実質を有していないと認められる。

 そうすると,これらの金員については,損益相殺の対象とするべきではない。

   (三) 「医療費」,「医療手当」及び「葬祭料」について

 法一九条は,一項において,「市町村長は,給付を受けるべき者が同一の事由について損害賠償を受けたときは,その価額の限度において,給付を行わないことができる。」と定めており,この「同一の事由」が認められるときは,法に基づく給付と損害賠償とは相互補完の関係に立つことになるから,法に基づく給付がされたときは,その限りで,損益相殺の対象とするのが相当である。

 ところで,ここでいう「同一の事由」とは,法の給付の趣旨目的と損害賠償の趣旨目的とが一致することをいい,単に同一の災害から生じた損害であることを指すものではなく,法上の給付の対象となった損害と損害賠償の対象となる損害とが同性質で,法上の給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうと解される(最高裁昭和五八年(オ)第一二八号,同六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二〇二頁参照)。

 ところで,法ないし行政上の救済制度における「医療費」とは,「予防接種を受けたことによる疾病について医療を受ける者」の医療費の実費であり(施行令四条),「医療手当」とは,「通院に要する交通費,入院に伴う諸雑費等に充てるためのもの」である。また,「葬祭料」はいわゆる葬儀費用を意味する。このような給付の内容・性質にかんがみると,これらが本件請求に係る逸失利益,介護費用,慰謝料,弁護士費用という損害の費目と「同一の事由」の関係にあるとは認められない。

 したがって,これらの「医療費」,「医療手当」及び「葬祭料」については損益相殺の対象とはしない。

   (四) その他

 弁論の全趣旨によれば,その他の後遺症一時金,後遺症特別給付金,障害児養育年金,障害年金,特別児童扶養手当,障害児福祉手当,特別障害者手当,福祉手当は,いずれも本件請求に係る逸失利益ないし介護費(介助費)と同一の性質を有し,相互補完の関係にあるものと認められる。

 したがって,その額を各被害児の逸失利益ないし介護費(介助費)の額から控除する。

 また,弔慰金,再弔慰金,死亡一時金は,いずれも慰謝料的性質を有すると認められるから,その二分の一の額を各被害児の両親の慰謝料額の中からそれぞれ控除する(ただし,被害児伊藤純子(一一の一)の関係では,同児の固有の慰謝料請求を認めたことに伴い,支払われた死亡一時金を同児と両親に認めた各慰謝料額の割合で按分した上,これをそれぞれの慰謝料額の中から控除することとする。)。

  3 抗弁第四項2及び第五項について

 抗弁第四項2及び第五項の主張が理由がないことは,原判決理由第二の五4(二)及び5記載のとおりであるから,これを引用する。

第七 結論

 一 各人の認容総額について

  1 損益相殺後の損害額について

 以上により各被害児及びその両親の各損害額から現実に給付がされた額を控除すると,各被害児については別紙各「死亡被害児損害額計算票」ないし「生存被害児損害額計算票」の「差引計算」欄記載のとおりとなり,被害児の両親については別紙各「死亡被害児両親損害額計算票」の「差引計算」欄記載のとおりとなる。

  2 弁護士費用

 本件訴訟の経緯,立証の難易,後記のように事故時から遅延損害金を付することとの関係で中間利息を不当に利得することのないようにする必要があること等一切の事情を考慮すると,前記控除額を差し引いた認容額の五パーセントに当たる金額をもって,本件各事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

 右算定方法により個別に算定すると,各被害児については別紙各「死亡被害児損害額計算票」ないし「生存被害児損害額計算票」の,死亡被害児の両親については別紙各「死亡被害児両親損害額計算票」の,生存被害児の両親については別紙各「生存被害児両親損害額一覧表」の,各「弁護士費用」欄記載のとおりとなる。

  3 相続関係について

 そして,請求の原因第六項の事実中,死亡した各被害児の両親が,各二分の一の割合で各被害児の国に対する損害賠償請求権を相続した事実は,当事者間に争いがない。

 また,死亡した被害児阿部佳訓(五七の一)父玄造(五七の二)が昭和五六年一〇月八日に死亡し,同人の妻クニ(五七の三)が二分の一,子の古賀恭子(五七の四),阿部光敏(五七の五)が各四分の一の割合により玄造(五七の二)の損害賠償請求権を相続したこと,被害児澤柳一政(五の一)の父清(五の二)が昭和六一年五月一六日死亡し,同人の妻富喜子(五の三)が二分の一,子である被害児一政(五の一),尚子(五の四)及び英行(五の五)がそれぞれ六分の一の割合により清(五の二)の損害賠償請求権を相続した事実は,当事者間に争いがない。

  4 結論

 右事実に基づき,被控訴人らが控訴人国に対して有する損害賠償請求権を算定すると,別紙「被控訴人ら債権額一覧表」(円未満は切り捨てる。)記載のとおりとなる。

 二 結論

  1 以上のとおり,当審において拡張された請求を含む被控訴人らの本訴請求は,被控訴人古川博史(五六の一),同古川治雄(五六の二)及び同古川イツエ(五六の三)を除くその余の被控訴人らが,国家賠償法一条に基づく損害賠償として,「被控訴人ら債権額一覧表」の右各被控訴人らに対応する「合計額」欄記載の各金員及びこれに対する不法行為時である本件各予防接種の日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求はいずれも理由がない。

 よって,控訴人の被控訴人梶山健一(一五の二),同梶山喜代子(一五の三),同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)に対する控訴をいずれも棄却するとともに,原判決主文第二項中,右被控訴人らの国家賠償法に基づく各請求のうち,別紙「被控訴人ら債権額一覧表」記載の同人らに対応する「合計額」欄記載の各金額から原判決主文引用の別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金額を差し引いた各残額部分の支払請求及びこれに対する右別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分(本判決主文引用の別紙「取消一覧表」参照)をいずれも取り消し,控訴人に対し右取消しに係る各金員及び右「合計額」欄記載の各金員に対する本件各接種の日(被控訴人梶山健一(一五の二),同梶山喜代子(一五の三)については昭和四〇年九月八日,被控訴人河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)については昭和四六年一〇月二一日)から右別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「遅延損害金起算日」欄記載の各日の前日までの年五分の割合による遅延損害金(本判決主文引用の別紙「認容金額一覧表(一)」参照)の支払を命じ,同人らの当審において拡張した請求のうちその余の部分及びその余の附帯控訴をいずれも棄却することとする。

 また,原判決主文第一項中被控訴人古川博史(五六の一),同古川治雄(五六の二)及び同古川イツエ(五六の三)の各勝訴部分をいずれも取り消し,同人らの各請求(当審における請求拡張部分を含む。)及び附帯控訴をいずれも棄却することとする。

 さらに,右七名を除くその余の被控訴人ら(以下「本件被控訴人ら」という。)につき,損失補償請求を認容した原判決主文第一項をいずれも取り消すとともに,原判決主文第二項中,本件被控訴人らのうち本判決主文引用の「取消一覧表」記載の者らの国家賠償法に基づく各請求のうち,別紙「被控訴人ら債権額一覧表」記載の同人らに対応する「合計額」欄記載の各金額から原判決主文引用の別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金額を差し引いた各残額部分の支払請求及びこれに対する右別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分(本判決主文引用の別紙「取消一覧表」参照)をいずれも取り消し,改めて国家賠償法一条に基づく損害賠償として,控訴人が本件被控訴人らに対し,別紙「被控訴人ら債権額一覧表」の同人らに対応する「合計額」欄記載の各金員及びこれに対する本件各接種の日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金(本判決主文引用の別紙「認容金額一覧表(二)」参照)を支払うことを命じるとともに,本件被控訴人らの当審において拡張した請求のうちその余の部分及びその余の附帯控訴並びに控訴人のその余の控訴はいずれも棄却することとする。なお,損失補償請求と損害賠償請求とは選択的併合の関係にあるから,このように損害賠償請求を一部認容する結果,原判決主文第一項中本件被控訴人らにつき損失補償請求権に基づき金員の支払を命じた部分は右認容した損害賠償額の範囲内で当然失効するものであるが,なおここに確認的意味でこれを取り消すものである。

  2 ところで,控訴人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てについて判断すると,控訴人が右申立ての理由として主張する事実関係は,被控訴人らが争わないところである。そして,被控訴人梶山健一(一五の二),同梶山喜代子(一五の三),同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)を除くその余の被控訴人らに対する関係では,前記のように原判決が変更されることになるから,原判決に付された仮執行宣言もその限度で効力を失う。

 そうすると,右被控訴人らの関係では,右仮執行宣言に基づき給付した各金員の返還及びこれに対する給付の翌日(昭和五九年五月一九日)から各返還済みまで年五分の割合による損害金の支払を求める控訴人の申立ては理由があることになる。

  3 なお,仮執行宣言については,当審において新たに被控訴人らの請求を認容する部分及び被控訴人らに対し民訴法一九八条二項に基づき原状回復等を命ずる部分のいずれについても,その必要がないものと認め,これを付さないこととする。

  4 よって,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条,民訴法九六条,八九条,九二条,九三条を適用して,主文のとおり判決する。




主文

  一 被告は,別紙「認容金額一覧表」記載の各原告に対し,各原告に対応する同表「認容金額」欄記載の各金員及びこれに対する各原告に対応する同表「遅延損害金起算日」欄記載の各日からそれぞれ支払済みに至るまで各年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

  二 原告らのその余の請求を棄却する。

  三 訴訟費用は被告の負担とする。

  四 この判決は,第一項記載の認容金額につき各三分の一の限度において仮に執行することができる。 


事実

第一節 当事者双方の求めた裁判

 第一 請求の趣旨

 一 被告は,請求の趣旨末尾添付の請求金額一覧表記載の各原告に対し,各原告に対応する同表「請求金額」欄記載の各金員及びこれに対する各原告に対応する同表「遅延損害金起算日」欄記載の各日からそれぞれ支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

 二 訴訟費用は被告の負担とする。

 三 仮執行の宣言。

 第二 請求の趣旨に対する答弁

 一 原告らの請求をいずれも棄却する。

 二 訴訟費用は原告らの負担とする。

 三 担保を条件とする仮執行の免脱宣言。

第二節 当事者双方の主張

 第一 請求の原因

 一 当事者

 請求の原因末尾添付の原告主張一覧表(一)ないし(四八)及び(五〇)ないし(六三)(以下「原告主張一覧表」という)の「接種の状況」欄の「被害児」欄記載の各被害児(以下「各被害児」という)は,いずれも「接種の状況」欄記載のとおり,「ワクチンの種類」欄記載のワクチン(以下「本件各ワクチン」という)の予防接種(以下「本件各接種」という)を受けた者であり,原告主張一覧表「両親欄」記載の者は,いずれも,各被害児の両親である。

 二 事故の発生

 各被害児は,原告主張一覧表「接種後の状況」及び「現在の症状」欄記載のとおり,本件各接種を受けた後,死亡し,あるいは重篤な後遺障害を有する(以下「本件各事故」という)に至つた。

 三 因果関係

  1 本件各ワクチンの接種により,時として死亡または脳炎・脳症等の重大な後遺障害が発生することがあることは,広く知られている。

  2 なお,ポリオ生ワクチンの接種によつては,脳炎・脳症は起こり得ないとの見解もあるが,ポリオ生ワクチンは,サルの腎細胞にウィルスを培養したもので,これに抗生物質その他の保存剤等を加えて作られるものであつて,このワクチン液に他の微生物が含まれないという保障は全くなく,また,経口投与されたワクチン液のポリオウィルスが,腸内で増殖し,これにより腸壁に多量のヒスタミン等の化学的媒介物が産生され,血液を介して全身に広がることは充分あり得ることであり,これらの過程のなかでなんらかの物質が即時型アナフィラキシーとしての脳症を招く引き金になり,遅延型アレルギーを引きおこす原因になることは充分あり得ることである。

  3 また,インフルエンザワクチンの接種によつては,アレルギー性脳炎が起こることは考え難いとの見解もあるが,米国において,Aニュージャージ型(いわゆるブタ型)インフルエンザについて行われた予防接種によつて,遅延型アレルギー反応である末梢神経の多発神経炎(ギラン・バレー症候群)が発生したことが確認されており,遅延型アレルギー反応が,末梢神経に多発神経炎という型で現われる場合には,いわゆるギラン・バレー症候群となり,脳に現われる場合には脳炎となるのであるから,ブタ型インフルエンザワクチンにより末梢神経炎が発生する以上,同じ発生機序にもとづくアレルギー性脳炎が脳に発生する蓋然性はきわめて高いものと言える。そして,ブタ型インフルエンザワクチンについて遅延型アレルギー反応(末梢神経の多発性神経炎)の発生があるならば,ふ化した卵の尿膜腔液で同じ製法により製造され,その化学的成分も変るところのない他の型のインフルエンザワクチンからも,同様のアレルギー性反応が発生すると考えるのが自然科学的にはごく自然である。

  4 ところで,ワクチン接種と重篤な副反応との因果関係は,以下の四つの要件が満たされるときは,これを肯定すべきである。

   ① ワクチン接種と予防接種事故とが,時間的,空間的に密接していること。

 時間的密接性とは,発症までの時間(潜伏期)が一定の合理的期間内におさまつていることを意味するが,ワクチンにより神経性障害の三つの型(急性脳症型,ウイルス血症型,遅延型アレルギー反応型)により異なり,更に被接種者の個体差があるため一定時間を頂点に自然曲線をえがき,従つて長短一定の幅があることが認識されなければならない。更に免疫学と神経病理学の双方の総合考慮やワクチンの接種が経口であるか,皮下接種であるかも潜伏期間を考慮する上で必要である。以上のような時間的密接性はまた,脳,脊髄,末梢神経等のうちどの部分が侵されるかによつて変わるのである(空間的密接性)。

   ② 他に原因となるべきものが考えられないこと。

 これは,他の原因が,一般的抽象的に考えうるというのでは足りず,具体的に存在したことが明らかであり,かつその原因と障害との間の因果の関係も明らかとなつているものでなければならない。

   ③ 副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと。

 この要件は,①,②の要件程に重要ではないが,従前全く見られなかつた症状が強烈に現われるということである。

   ④ 事故発生のメカニズムが実験・病理・臨床等の観点から見て,科学的,学問的に実証性があること。

 これは,事故発生のメカニズムについての知見が既存の科学的知見と整合し,それらによつて説明されうるということである。

  5 右の考え方に従つて考察すれば,本件各事故は,いずれも右四つの要件を満たすものであり,本件各接種に起因するものであることが認められる。

 なお,各被害児について個別的因果関係の存在は,原告主張一覧表「因果関係」欄記載のとおりである。

 四 責任

  1 安全確保義務違反による債務不履行責任

   (一) 本件各接種には,原告主張一覧表「接種の状況」欄の「接種の性質」及び「実施主体」欄記載のとおり,以下の四つの場合がある。

    ① 本件各接種の各実施当時施行されていた予防接種法(以下「法」という)五条所定の定期の予防接種につき,被告国の機関委任事務として,市町村長(但し,昭和三九年七月一一日法律第一六九号による予防接種法の改正前においては,東京都の区の存する区域にあつては保健所長であり,右改正後は,区長を含む。以下,市町村長,保健所長,区長の総称として単に「市町村長等」という。)が実施するものを受けた場合(以下「法五条所定の接種」という)。

    ② 法六条の二により,定期の予防接種を受けるべき者が,その定期の期間内に市町村長等以外の者(本件各接種においては開業医)が実施する当該予防接種を受けた場合(以下「法六条の二所定の接種」という)。

    ③ 法九条により,疾病その他やむを得ない事故のため定期の期間内に予防接種を受けることができなかつた者が,その事故の消滅後一月以内に(被告国の機関委任事務として市町村長等が実施し,あるいは開業医が実施する)当該予防接種を受けた場合(以下「法九条所定の接種」という)。

    ④ 特定疾病の感受性対策として,被告国の行政指導に基づき,地方公共団体が,特定の年齢群,集団等に対し,接種を勧奨,実施する予防接種を受けた場合(以下「勧奨接種」という)。

   (二) 法五条所定の接種,法六条二所定の接種,及び法九条所定の接種は,いずれも被告国が,法三条により何人に対してもその接種を受け,または受けさせる義務を課し,これに違反した場合には法二六条により刑事罰を課して接種を強制しているものにつき,各被害児がその義務の履行として接種を受けたものであり,また,勧奨接種は,被告国の行政指導に基づき地方公共団体が接種を強く勧奨し,これにより各被害児の両親は,法律上の強制と同視しうる程の心理的強制を受け,各被害児に接種を受けさせたものである。

   (三) 右によれば,被告国と本件各接種の被接種者である各被害児との間には,本件各接種を受けたことにより,法律あるいは行政行為に基づく特別密接な社会的接触関係が生じたものである。

   (四) ところで,予防接種に関する以下の諸事実,即ち,ワクチンは病原微生物を弱毒化ないし不活化したものあるいは病原微生物が産出する毒素であり,人体に害作用を及ぼす危険性の高い劇薬であつて,予防接種には常に事故発生の危険が存在すること,一旦事故が発生するやその被害は極めて重篤であり,死亡や脳炎等回復不能な重大な結果をもたらすこと,予防接種によつて右のような重大な被害が発生することは,本件各事故中最も古い接種時である昭和二七年以前より,古くから医学界及び公衆衛生行政当局によつて知られていたもので,被告国は予防接種によつて現実に被害が発生している事実を認識し,本件事故に見られるごとき被害が発生する蓋然性をあらかじめ予見しながら,あえて予防接種を実施していたものであること,他方,右のような重大な危険を伴うにもかかわらず,予防接種は,医療上の治療行為とは異なり,被接種者が現実に病気に罹患している場合に,その生命・身体に対する現実の危険を排除するためになされるものではなく,公衆に免疫を付与することによつて将来伝染病が発生した場合にそのまん延を防ぐため,いわば将来の不確定な危険をあらかじめ回避するためになされるものにすぎず,医療上の治療行為の場合には,生命・身体のより重大な具体的危険を排除するため生命・身体のある程度の危険をおかしてまで治療を行うことが許される余地があるが,予防接種の場合には,現実に伝染病が流行している場合に緊急避難として許される余地が考えられる以外に,このような考え方が許容される余地は全くなく,予防接種を実施するにあたつては,万が一にも,被接種者に死亡あるいは重篤な障害を発生させることがあつてはならないこと,接種を受ける国民は接種の安全を確保すべき能力,手段を全く持たず,被告国が完全に安全を保証してくれるとの絶大な信頼のもとに予防接種を受けるほかないのに対し,被告国は,伝染病予防という行政目的を実現するために,組織的に予防接種を行うものであり,予防接種の安全確保につき,人的,物的にも最高水準の科学を最も良く活用でき,これに関する情報を独占できる立場にあること,強制によりなされる予防接種の場合には,国民は,法律上接種を受けるよう強制されているのであるから,国民が予防接種の安全性を自主的に判断して,接種による事故の危険を回避することは,そもそも全く不可能であり,また,勧奨によりなされる予防接種の場合も,国民は接種の安全性を自主的に判断することはできず,被告国の公衆衛生事業に協力すべき義務感のもとに,被告国の行政指導に基づき地方公共団体が行う勧奨に応じて接種を受けることになるのが実情であること,等の諸事実に照らせば,被告国は前記被接種者との間の法律ないし行政行為に基づく特別密接な社会的接触関係に基づき,被接種者に対し,接種により生命・身体を侵害する事故が発生することのないよう,あらゆる人的・物的設備を動員して調査・研究等に全力を尽し,接種の実施にあたつては常に最高水準の安全性を確保すべき最高度の注意義務(債務)を負つていたものである。

   (五) しかるに,被告国は,右債務の履行を怠り,その結果,本件各事故を惹起させたものである。

  2 厚生大臣の故意または過失による国家賠償法一条の責任

   (一) 被告国は,衛生行政の最高機関として厚生省を設置し,同省は,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進を図ることを任務とし,国民の保健,薬事等に関する行政事務及び事業を一体的に遂行する責任を負つているものであり,厚生大臣は,衛生行政の主務大臣として,同省の事務を統括しているものである。

   (二) 厚生大臣は,本件各接種のなかで,法五条所定の接種及び法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものにつき,被告国の機関委任事務として,市町村長等をしてこれを実施させていたものであつて,その遂行を統括し,これを指揮監督するという公権力の行使に当つていたものである。

   (三) また,本件各接種のなかで,法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種のうち実施主体が開業医のものは,いずれも法三条により何人もその接種を義務付けられ,法二六条によりこれに違反した者は刑罰を科せられるとされている予防接種につき,法五条所定の市町村長等が実施する接種を受けなかつた者が,これに代るものとして,接種義務の履行のために接種を受けた場合であるから,厚生大臣としては,これらの予防接種についても,実施主体の開業医に対し,これらが行う予防接種を監督,指導するという公権力の行使に当つていたものである。

   (四) 更に,本件各接種のうち,勧奨接種については,厚生省公衆衛生局長あるいは厚生省事務次官が,都道府県知事(指定都市市長を含む場合もある)宛に勧奨接種の実施を指示した通達をなし,これに基づき各地方公共団体が国民に対して接種を勧奨し,これを実施していたものであつて,厚生大臣は,厚生省衛生局長あるいは厚生省事務次官をして,右通達をなさしめて勧奨接種の実施につき行政指導を行い,その実施を監督,指導するという公権力の行使に当つていたものである。

   (五) 厚生大臣は,前記の各公権力の行使たる職務を執行するにつき,以下のとおり故意または過失があり,その結果,本件各事故を惹起させたものである。

    (1) 未必の故意

 厚生大臣は,予防接種の施行により一定の確率で死亡または回復不能の重大な後遺障害が発生することを認識しながら,それをやむを得ないものとして,本件各接種を各実施主体に実施させていたものであり,その結果,各被害児に対し,予想された本件各事故を惹起させたものであつて,このことは,厚生大臣が,前記各公権力の行使たる職務の執行につき,本件各事故の発生について未必の故意を有していたものである。

    (2) 推定される過失(過失の立証責任の転換)

 緊急避難が成立するような例外的な場合をのぞき,伝染病予防という公衆衛生の目的のために個人の生命・身体が犠牲にされることは絶対的に許されないものであり,厚生大臣としては,前記各公権力の行使たる職務を執行するにつき,予防接種により死亡又は重篤な障害が万一にも発生することのないよう万全の注意を尽すべき最高度の注意義務を負つていたものであるから,予防接種によつて事故が発生した場合には,それだけで厚生大臣の右公権力の行使たる職務の執行につき何らかの過失があつたものと推定されるべきである。

 また,予防接種は,その全過程を被告国が管理し,被告国が組織的に実施するものであり,また予防接種の実施過程に過失があつたか否かは,被告国のみがよくこれを知りうる立場にあり,更に,予防接種事故の原因の究明は高度に専門的な医学上の調査,研究を要することがらであつて,高度の専門的調査,研究能力を有し,知識や情報を独占する被告国のみがその原因を明らかにすることができるものであり,一私人にすぎない原告らには予防接種上の過誤を明らかにする能力や知識・情報は皆無に等しいから,このような実態のもとで,原告らに厳格な過失の立証責任を負担させることは,被害救済の途を閉ざすこととなり,著しく正義,公平の理念に反する結果となる。従つて,この点からも過失の推定が肯定されるべきである。

 以上により,本件各事故の発生により,厚生大臣の前記各公権力の行使たる職務の執行につき過失があつたことが推定され,過失の立証責任が転換されるから,被告国が,厚生大臣の職務執行に過失がなかつたことについて立証責任を負うことになる。

    (3) 具体的過失

 厚生大臣が前記各公権力の行使たる職務を執行するについて,予防接種事故を発生させる危険性,蓋然性を有する注意義務違反があつたときは,右職務執行に関して,事故発生についての過失(当該注意義務違反と結果との因果関係,結果の予見可能性,結果の回避可能性等)があつたことが事実上推定されるところ,厚生大臣は,本件各接種に関し,前記各公権力の行使たる職務を執行するについて,予防接種事故発生の危険性,蓋然性を有する以下のとおりの六つの注意義務違反があつた。

     ① 実施すべきでない接種を実施させた過失

      (a) 腸チフス・パラチフスワクチン接種を実施させた過失

 腸チフス・パラチフス予防接種は,昭和二三年法制定時に生後三六月から四八月を第一回として以後六〇歳に至るまで毎年を定期とする強制接種とされた。しかし,腸チフス・パラチフスは経口感染する消化器系伝染病であり,上・下水道の整備をはじめとする環境衛生の改善によつて感染経路を切断する感染経路対策が,流行を防止するもつとも有効・適切な防疫対策であり,また,特効薬(抗生物質クロラムフェニコール)による治療法も確立され昭和二〇年代後半には既に一般化されており,腸チフス・パラチフスは治療可能な疾病となつていた。他方,腸チフス・パラチフスワクチンの有効性には疑問が提起され,反面,副作用の激しさについては定評があり,昭和二二年以降昭和四〇年までの間に厚生省に報告のあつた接種後死亡例だけでも,五四例に及んでいた。

 従つて,腸チフス・パラチフスワクチンは,全国民を対象とする定期強制接種をすべきワクチンではなく,例えば,少なくとも被害児幸一郎(一六の一)が接種をうけた昭和三五年四月六日までには定期強制接種を廃止すべきものであつたから,厚生大臣としては,本件各接種当時,被告国の機関委任事務として,市町村長等をして,腸チフス・パラチフスワクチンにつき法五条所定の接種を行わせるべきではなかつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,漫然と右接種を実施させていたものであり,この点につき過失があつた。

      (b) インフルエンザワクチン接種を実施させた過失

 インフルエンザに罹患しても,心臓疾患,糖尿病等の基礎疾患を有する者や高齢者等以外の者は,個人あるいは医師の注意で大事には至らないものであり,インフルエンザ自体は,一般的には良性の感染症であつて,地球上で集団生活をする以上,避け難い疾患であり,気道感染をおこす病原体の中でインフルエンザウィルスが占める役割は大きくない。他方,インフルエンザワクチンは,あまり予防効果ないしその持続性がなく,そのうえ,流行ウィルスの抗原性が毎年変化するため流行ウィルスに完全に一致するワクチンを用意することは不可能であるから,予防接種によつてインフルエンザの流行を制圧することは不可能である。従つて,インフルエンザワクチンは,広く一般に用いられるべきワクチンとしての条件を欠いているものであり,インフルエンザに罹患することによつて生命・身体に重大な影響を生じるおそれのある者(ハイ・リスク・グループ)に対してのみなされるべきものであつて,一般人に対して一律集団接種を行うことは有害ですらある。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,地方公共団体に対し,小,中学校の児童,生徒を中心とする一般人に対する一律集団接種を勧奨し,これを実施させるような行政指導を行うべきではなかつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,昭和三二年以降毎年,厚生省公衆衛生局長をして,都道府県知事及び指定都市市長宛に,当該年度における「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達を発して勧奨接種実施方を行政指導し,都道府県知事等は,右通達の一部を構成する「インフルエンザ特別対策実施要領」に基づき接種方を市町村に指示し,市町村はこれを受けて国民に通知を発して,昭和三六年までは,小,中学生等流行拡大の媒介者となる者,乳幼児・老齢者等致命率の高い者,警察・消防署等公益上必要とされる職種の人々を対象に,昭和三七年以降は,流行増幅の場である人口密度の高い地域を中心とした保育所,幼稚園,小・中学校の児童を対象に,集団の勧奨接種を行つていたものであつて,厚生大臣の右行政指導に過失があつた。

      (c) 種痘接種を実施させた過失

 わが国において痘そうはすでに戦前に非常在化(外国から持ち込まれる以外国内で発生することはない)していたが,昭和二一年,引揚者,復員兵の帰還等によつて国内にもち込まれ,患者一万七,九五四名,死者三,〇二九名の発生をみた。しかし翌二二年には患者は三八六人と激減し,法が制定された同二三年には患者二九人,死者三人となり流行は終熄し,昭和二七年以降,死者はなく,同三一年以降患者の発生もない。昭和四八年同四九年に各一例の移入があつたが,二次感染もなく治癒している。昭和二一年の患者及び死者の増加は,戦後の混乱期の一時的な現象であり,わが国は昭和二五年には完全に非常在国になつたということができる。非常在国においては,防疫関係者及び医療関係者以外の一般市民が痘そう患者と直接に接触する可能性はほぼ零にひとしく,ましてやひとりで歩き回ることのない乳幼児については皆無といつてよい。非常在国においては,痘そうに罹患する危険性より,種痘の副作用という,より大きな危険に人々はさらされているのであつて,わが国においても,種痘後脳炎をはじめとする種痘による死亡及び重篤な後遺症の存在は,早くから知られており,医学雑誌に掲載された症例報告だけみても,昭和二〇年までに三二例を数えていた。従つて,非常在国においては,防疫,医療関係者を確実に免疫するとともに,痘そうが持ち込まれたときに,いち早く患者を発見し流行を防止すること(疫学的制御法)が第一の課題であり,この方法によることは,痘そうの感染症としての特徴やわが国の公衆衛生体制の水準に照らし,わが国において有効かつ容易に実現可能であつた。

 従つて,わが国が痘そう非常在国となつた昭和二五年ころには,乳幼児に対する強制定期種痘は廃止し,痘そう患者及び罹患の可能性のある接触者を監視し種痘を実施する疫学的制御法を採用すべきであつたものであり,遅くとも国内に患者が存在しなくなつた昭和三一年には乳幼児に対する強制定期種痘は廃止すべきであつた。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,種痘につき,被告国の機関委任事務として,市町村長等をして,法五条所定の接種,あるいは法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものを,それぞれ行わせるべきではなかつたものであり,また,法六条の二所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が開業医であるものにつき,実施主体の各開業医に対し,右各接種を行うことがないよう監督,指導すべきものであつた。

 しかるに,厚生大臣は,漫然と市町村長等をして法五条所定の接種及び法九条所定の接種を実施させ,また,法六条の二所定の接種及び法九条所定の実施主体である各開業医に対する右監督,指導を怠つたものであり,この点につき過失があつた。

     ② 若年接種を実施させた過失

      (a) 種痘の若年接種を実施させた過失

 種痘による一歳以下の乳幼児の事故率が,一歳を超える幼児のそれに比し著しく高く,危険が大きいことは,英国における調査により,昭和三五年頃から知られており,同国においては,昭和三七年から,それまで生後四ないし五か月の間に接種が行われていたのを生後二年目に行うよう改められ,これに続いてオーストリーにおいても,昭和三八年に接種年齢が一歳以上に引き上げられ,また米国においても,種痘副作用の調査の結果,昭和四一年に接種年齢が一歳から二歳に引き上げられ,更に,昭和四八年には西ドイツにおいても,接種年齢が一八か月ないし三歳に引き上げられた。痘そうの非常在国においては,外国から入つて来た痘そう患者に零歳児が接触する機会はもともと非常に少いので,接種年齢を一歳以上に引き上げても,社会の伝染病に対する全体的抵抗力にはほとんど影響がなく,従つて,一歳未満児に対する接種の危険が高いことがわかりさえすれば接種年齢の引き上げを容易に実行できるのである。そして,欧米先進諸国の接種年齢引き上げの事実とその理由,根拠は当時厚生省の容易に知りえた事実であつた。従つて,わが国においても,英国が接種年齢を引き上げた昭和三七年には,接種年齢を生後一年以上に引き上げるべきものであつた。しかるに,わが国においては,昭和四五年八月に,厚生省公衆衛生局長通達により,接種年齢が六か月以上二四か月までに引き上げられ,更に,昭和五一年に,法の改正により,三六か月以上七二か月までに引き上げられたにすぎないものである。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,種痘につき,被告国の機関委任事務として,市町村長等をして,法五条所定の接種を行わせるにつき,一歳未満の乳幼児に対してはこれを行わせるべきではなかつたものであり,また,法六条の二所定の接種につき,実施主体の各開業医に対し,一歳未満の乳幼児に対する接種を行うことがないよう監督,指導すべきものであつた。

 しかるに,厚生大臣は,漫然と市町村長等をして,法五条所定の接種を一歳未満の乳幼児に対して実施させ,また,法六条の二所定の接種の実施主体である各開業医に対する右監督,指導を怠つたものであり,この点につき過失があつた。

      (b) インフルエンザワクチンの若年接種を実施させた過失

 インフルエンザワクチンの二歳以下の乳幼児に対する接種は,重篤な副作用発生の危険性が高いものであることは医学の常識であり,また家庭内に保護されている右年齢層の乳幼児は,インフルエンザ感染の機会が少く,一律の予防接種実施はデメリットが大きいものであるから,欧米諸国においては,右危険性を考慮して,乳幼児に対する一律の接種が強制ないし勧奨されたことは一度もなかつた。わが国においても,昭和四二年一二月四日,厚生省公衆衛生局長が,各都道府県知事宛に,「二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザ予防接種の取扱いについて」と題して,「一般家庭における乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少なく,また成人に比して二歳以下の乳幼児は副反応の頻度が高いので,慎重な予診,問診等を実施し,対象の選択に留意すること,一般家庭における二歳以下の集合接種は好ましくなく,乳幼児をもつ保護者等の予防接種の励行をはかること,集団生活を営む保育所等の二歳以下の乳幼児については,従来どおり特別対策を実施し,実施に当たつては体温測定を全員に行うなど慎重に行うこと」等を通知(衛発第八七六号)し,また,昭和四六年九月二九日には,厚生省公衆衛生局防疫課長が,各都道府県衛生主管部(局)長宛に,「インフルエンザ予防接種特別対策実施上の注意について」と題して,「二歳以下の乳幼児は,成人に比して重篤な副反応の発生の頻度が高いこと,これらの年齢層はインフルエンザ感染の機会が少ないこと等にかんがみ,インフルエンザの流行が予測され,感染による危険が極めて大きいと判断される十分な理由がある等特別の場合を除いては,勧奨を行わないよう」等を通知(衛防第二〇号)するに至つた。

 しかし,二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザワクチンの接種が危険性の高いものであり,一律の接種をすべきでないことは,インフルエンザ予防接種が開始された昭和三二年の時点において既に明らかであつたものである。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,地方公共団体に対し,二歳以下の乳幼児に対する一律の接種を勧奨し,これを実施させるような行政指導を行うべきではなかつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,昭和三二年から昭和四一年まで毎年,厚生省公衆衛生局長をして,都道府県知事及び指定都市市長あてに,当該年度における「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達を発し,特に乳幼児に対しては,「必ず予防接種を受けるよう勧奨されたい」として,二歳以下の乳幼児に対する一律の勧奨接種の実施につき強く行政指導を行つていたものであつて,この点につき過失があつた。

      (c) 百日咳のワクチンの若年接種を実施させた過失

 百日咳ワクチンが乳幼児に脳炎,脳症等の重篤な副作を発生させることがあることは,昭和八年にデンマークにおいて報告されて以来,米国や英国における同様の多くの報告によつて広く知られていた。乳幼児期はストレスに対して激しい反応を呈しやすく,また,小児急性神経系疾患は二歳未満の乳幼児に多く発生し,二歳未満では心身障害も未発見のことが多く,予防接種がこれらの潜在疾患を顕在化させるひきがねとなつたり,既存の疾患を悪化させたりする危険があり,百日咳ワクチン接種による事故発生は月齢の小さいほど頻度が高く,二歳までに起こりやすいものである。他方,百日咳患者発生数は,既に昭和三〇年頃激減しており(昭和二二年一五万二,〇七二名であつたものが,昭和三〇年には一万四,一三四名となつている),昭和三三年当時は,すでに大きな流行は存在しなかつたものであり,ことに患者は二歳以上に多く発生し,二歳未満の乳幼児の罹患率は低かつたものである。また百日咳による死亡者数も,すでに昭和三〇年頃には激減しているものであり(昭和二二年一万七,〇〇一名であつたものが,昭和三〇年には四〇一名となつている)。百日咳は罹患しても死亡する危険の大きい病気ではなくなつていたものであつて,その背景には,栄養状態の改善と,抗生物質の使用等による治療の進歩があつた。従つて,百日咳は,ワクチン接種によつて達成されるべき百日咳の予防効果に比べ,ワクチンによる重篤な副作用の危険があまりにも大きすぎるものであり,ことに二歳未満の乳幼児に対する接種は,百日咳の流行が,幼稚園児や,小学生の間において発生するものであり(流行は五歳前後である),家庭内におり,家族以外の者と接触する機会の乏しい二歳未満の乳幼児に免疫を付与しても,流行阻止には役立たず,流行阻止のためには,幼稚園児や小学生に免疫を付与するのが効果的であり,またそれによつて二歳未満の乳幼児がその兄姉などによつて家庭内感染を受けることを防止することができるのであるから予防接種を実施する意義は少ないにもかかわらず,副作用の危険は大きく,この矛盾が最も著るしかつたものである。そこで,被告国は,昭和五〇年,百日咳ワクチンは,集団接種の場合は,二歳以上の者に接種することに制定を改めた。しかしながら,以上の各事実は,いずれも,既に昭和三三年当時以前から,被告国が充分認識し,あるいは容易に認識しえたことであるから,被告国は遅くとも昭和三三年以降は,流行阻止のためには接種する意義に乏しいが,ワクチンによる重篤な障害を受ける危険が高い二歳未満の乳幼児については,百日咳ワクチンの定期接種の対象から除外すべきであつたものである。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,百日咳ワクチン(ジフテリアワクチンまたは破傷風ワクチンとの混合ワクチンを含む)につき,被告国の機関委任事務として,市町村長等をして,法五条所定の接種,あるいは法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものを,それぞれ行わせるにつき,二歳未満の乳幼児に対してはこれを行わせるべきではなかつたものであり,また,法六条の二所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が開業医であるものにつき,実施主体の各開業医に対し,二歳未満の乳幼児に対する接種を行うことがないよう監督,指導すべきものであつた。

 しかるに,厚生大臣は,漫然と市町村長等をして,法五条所定の接種並びに法九条所定の接種を二歳未満の乳幼児に対して実施させ,また,法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種の実施主体である各開業医に対する右監督,指導を怠つたものであり,この点につき過失があつた。

      (d) その余のすべてのワクチンの若年接種を実施させた過失

 ワクチンは生物学的製剤そのものであり生ワクチンの毒性,不活化ワクチンの不活化,トキソイドの無毒化,外来微生物による汚染,微生物の構成有害成分,微生物の産生した有害成分,培地,培養細胞,臓器由来の有害物質,添加物質(保存剤,アジュバント,安定剤,抗生物質,その他)等神経系障害をきたす多数の因子がそこに含まれており,人体にとつて本来的に危険なものであるということができる。ことに,生後一歳未満の乳幼児,特に生後六か月未満の乳児は脳及び血液関門の発育が不十分であるため,年長児や成人に比し,神経系の反応性が強烈で,それ故に損傷を受けやすく,このことは生物学的製剤内の危険な諸因子によつても,乳幼児の神経系はおかされやすいことを意味する。また,乳幼児は,病気や異常(器質的てんかん,免疫異常等)がある場合でもそれが未だ隠されていて,明らかになつていないことも多く,このことは予防接種の禁忌の発見が困難であることを意味する。更に,乳幼児は家庭内にいて社会的接触が少ないので,感染の可能性は一般に小さいものである。従つて,一歳未満の乳幼児については,伝染病の具体的流行と感染の可能性と一旦罹患した場合の伝染病の重さ等を総合的に考慮して,その必要性が明らかな場合でない限り,少くとも一律の集団接種は避けるべきであることは明らかである。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時において,その余のすべてのワクチン(但し,本件事故との関係で具体的に問題となるのはポリオ生ワクチン)について,地方公共団体に対し,六か月未満の乳児に対する一律集団接種を勧奨し,これを実施させるような行政指導を行うべきではなかつたものであり,また,被告国の機関委任事務として,市町村長等をして法五条所定の接種を行わせるにつき,六か月未満の乳児に対してはこれを行わせるべきではなかつたものである。

 しかるに,厚生大臣はポリオの流行に対処するため,昭和三六年六月二七日,厚生省事務次官をして都道府県知事及び指定都市の市長宛に「今夏の急性灰白髄炎流行における緊急対策について」と題する通達を発して,六か月未満の乳児も接種対象者としたポリオ生ワクチンの勧奨接種の実施方を行政指導し,これに基づき都道府県等が市町村に指示をし,市町村はこれを受けて国民に通知を発して六か月未満の乳児も対象者としたポリオ生ワクチンの勧奨接種を実施したものであり,昭和三七年以降は,毎年厚生省公衆衛生局長をして同様の通達を発して行政指導を行い,これに基づき都道府県知事等が市町村に指示して六か月未満の乳児も対象者としたポリオ生ワクチンの勧奨接種を実施して来たものである。更に,厚生大臣は,ポリオ生ワクチンにつき,被告国の機関委任事務として,漫然と市町村長等をして法五条所定の接種を六か月未満の乳児に対しても実施させていたものであつて,以上の点につき過失があつた。

     ③ 禁忌該当者に接種を実施させた過失

      (a) 禁忌設定不充分の過失

 ワクチンは,生ワクチン(種痘,ポリオ)にせよ,不活化ワクチン(インフルエンザ,百日咳,腸チフス,パラチフス,日本脳炎)にせよ,はたまたトキソイド(ジフテリア,破傷風)にせよ,生きたウィルスまたは不活化したウィルス,細菌のほか,他の雑菌,それから出された毒素,培養に使われた動物,鶏卵等の細胞,防腐剤,安定剤等の化学物質を多く含んでおり,これらを含んだワクチン液を人体に接種すれば,ワクチン本来の目的である当該ウィルスまたは細菌に対する免疫抗体が生じるほか,種々の副反応を生じ,これら副反応には,①物理的刺激による反応および毒素様物質による反応,②アレルギー性の反応,③生ワクチンによるウィルス感染症状があり,本件各被害児の多くが蒙つたような脳炎,脳症等の重篤な中枢神経障害もその中に含まれ,死亡するに至ることもある。副反応,特に脳炎,脳症のような重篤な副反応の発生機序は必ずしも完全に解明されているわけではないが,被接種者の健康状態,罹患している疾病その他身体的条件または体質的素因により副反応に大きな差を生じ,場合によつては脳炎,脳症等の重大な結果をもたらすことのあることは,専門家の一致して認めるところである。従つて,重篤な副反応を生じる蓋然性の高い体質的素因を有する者や不健康者に対する接種は禁忌として接種しないことが必要である。

 ところで,わが国には,昭和三三年に至るまで禁忌について充分な規定が置かれたことがなく,同年になつて初めて予防接種実施規則(厚生省令二七号)四条により,禁忌として,以下の五項目が定められた。

一号 有熱患者,心臓血管系,腎臓又は肝臓に疾患のある者,糖尿病患者,脚気患者,その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者

二号 病後衰弱者,又は著しい栄養障害者

三号 アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者

四号 妊産婦(妊娠六月までの妊婦を除く)

五号 種痘については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚病にかかつている者で,種痘により障害を来すおそれのある者

 その後,これは昭和三九年に改正され,五号に「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ,新たに六号として「急性灰白髄炎の予防接種については,第一号から第四号までに掲げる者のほか下痢患者又は種痘を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ,更に昭和四五年の改正により,四号に妊娠六か月までの妊産婦が加えられ,五号及び六号に麻しんの予防接種を受けた者が加えられ,接種間隔も二週間から一か月に延ばされた。また,経口生ポリオワクチンについては,昭和四五年七月一五日付都道府県知事宛公衆衛生局長通達により,予防接種実施要領に定められた「接種後間もない時期に抜歯,扁桃腺摘出等の外科的手術を避ける」べきことを保護者や接種対象者に周知徹底することとされた。その後,昭和五一年九月には,法の改正に伴い,禁忌は次のように改められた。

一号 発熱している者又は著しい栄養障害者

二号 心臓血管系疾患,賢臓又は肝臓疾患にかかつている者で,当該疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるもの

三号 接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

四号 接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者

五号 接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

六号 妊娠していることが明らかな者

七号 痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚病にかかつている者で,種痘により障害を来たすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

八号 急性灰白髄炎の予防接種については,第一号から第六号までに掲げる者のほか,下痢患者又は種痘若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者

九号 前各号に掲げる者のほか,予防接種を行うことが不適当な状態にある者

 しかし,本件各接種当時において,本件各ワクチンの接種により如何なる副反応を生じるか,また如何なる体質的素因や身体的状況が重篤な副反応を生じる蓋然性が高いかを充分調査してさえいれば,右の昭和三九年及び昭和五一年設定の禁忌事項は,本件各接種当時においても当然に禁忌事項として設定されるべきものであつた。

 更に,接種を担当する医師は,必ずしもワクチンの専門家でも小児科の専門医でもなく,何が禁忌事項に該当する「不適当な」疾病や状態であるかについての知識を殆んど持たない者が多かつたから,本件各接種当時における禁忌事項としては,右に掲げたものではなお不充分であり,より具体的,明確な禁忌事項として以下の一〇項目の体質的素因及び身体的状況も禁忌事項に設定されるべきものであつた。

一項 未熟児で生まれた者,出生時に異常のあつた者

   未熟児には,満期出産であるにもかかわらず,出産時の体重が二五〇〇グラム以下であつた乳児(SFD)と,満期前に生れた乳児(AFD)がある。前者には知恵遅れとなつたり,てんかんを患う可能性が通常の出産児に比して高率であることはよく知られており,それは,胎内での身体,特に脳の発育に問題があることを示している。このような乳幼児に予防接種をすれば,副反応が底上げされて現われる蓋然性は通常児に比しすこぶる高いものと考えられる。また,後者についても,出産の際に黄疽にかかつたり,呼吸状態が悪かつたり,低血糖であつたり,感染症に罹患したりする等,通常児に比して,身体全体にわたり通常児より弱点を有しており,また,脳の発達も通常児より遅れることもあり,従つて,予防接種の副反応も通常児に比し大きいと考えられる。

   また,臍帯纒絡等による仮死出産で生れたり,難産であつた乳児は,出産時に脳の細胞を損傷した可能性がある等,予防接種の副反応が底上げされて大きくなる蓋然性が高い。

二項 発育不良あるいは発育の遅れている乳幼児

   出産時には標準の体重があつても,その後発育が標準より遅れている場合には,身体上何らかの欠陥が隠されているわけであるから予防接種の副反応が大きくなる蓋然性が高い。

三項 虚弱体質の子

   慢性的に心臓,結核,ぜんそく等に罹患して不健康な状態にある乳幼児は,何らかの重大な病気がかくれている疑いがあり,副反応が大きくなる蓋然性が高い。

四項 風邪にかかつている子

   乳幼児の場合,風邪は発熱がなくともその症状が以後どのように変化するかも知れないし,他の疾病の始まりであることもあるから,予防接種の副反応が大きくなる蓋然性が高い。

五項 下痢をしている子

   下痢はポリオの生ワクチンについては腸の炎症によりポリオウィルスが腸管から血液中に入り,ポリオを発病させる危険があるから禁忌であるが,その他のワクチンについても,下痢は体力を低下させ,抵抗が減弱して副反応を増大させるし,神経疾患の発症であることも充分考えられるから,予防接種は行うべきではない。

六項 病気あがりの子

   風邪,下痢,水疱瘡,突発性発疹,風疹,麻疹等の病気がなおつたばかりの乳幼児は,依然として体力が低下し,抵抗力も弱つているから,副反応も大きくなる蓋然性が高い。

七項 今までの予防接種で異常な反応を示したり,その兄弟姉妹が予防接種で特に具合の悪くなつた前歴を有する子

   被接種者本人につき,これから接種しようとするワクチンと同一のワクチンについて異常反応を示したことがある場合のみならず,他のワクチンについて異常反応を示した場合も,これから接種しようとするワクチンについて異常反応を示す蓋然性が高く,また,兄弟姉妹に異常反応があれば被接種者も同様の体質的素因を有する蓋然性が極めて高いから異常反応を示す蓋然性も高くなる。

八項 アレルギー体質の子並びに両親または兄弟にアレルギー体質者がいる子

   アレルギー体質とは各種の薬物,異種蛋白その他に対して異常反応を起こして,過敏症になりやすい体質をいうのであり,アレルギー体質者は,多くの異種蛋白,化学物質を含むワクチン接種によつて重篤な副反応を生じる蓋然性が高い。ところで,一般にアレルギー性疾患としては,皮膚について,じん麻疹,クインケ浮腫,結核性紅斑,眼について,フリクテン,交感性眼炎,アレルギー性結膜炎,角膜炎,呼吸器について,アレルギー性鼻炎,気管支喘息,枯草熱,大葉性肺炎,消化器について,食餌性胃炎,アレルギー性下痢,漿液性肝炎,循環器について,結節性動脈周囲炎,閉塞性動脈内膜炎,アレルギー性紫斑病,等があるが,更に,湿疹,ストロフルス等他に多くのものがある。そして一定の条件のもとに一定の特異反応が見られる時には,その他の場合もアレルギーの疑いがあり,また,アレルギー性体質は遺伝性のものであるから,両親や兄弟に右のようなアレルギー疾患のある幼児は,アレルギー体質の可能性が強いものである。従つて,禁忌の設定の仕方としては,単に「アレルギー体質の者」とあいまいな一般的な定め方をしたり,「接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者」に限定すべきではなく,右にあげたようなアレルギー性疾患(じん麻疹,アレルギー性鼻炎,気管支喘息,アレルギー性下痢等は幼児にも多い)を具体的に列挙した上,被接種者の乳幼児本人またはその両親や兄弟姉妹にそのいずれかの既応歴がある場合には,少くとも当該アレルギー体質によつても異常反応が生じないことが明確にならない限り禁忌とすべきであつた。

九項 ポリオワクチンについては,外傷やオデキ等により末端の神経細胞が破壊されていること

   腸管から血液中に入つたポリオウィルスは,手術や外傷により破壊された神経細胞がある場合には,これを経由して中枢神経に達しポリオを発病しやすいから,神経細胞が破壊され,または破壊されるおそれのある外傷や皮膚疾患のある場合は禁忌である。

一〇項 ポリオ生ワクチン投与後二週間以内の外科手術

   ポリオ生ワクチン投与後少くとも二週間以内は外科手術は禁忌であつて絶対してはならない。

 仮りに,右に掲げた一〇項目の禁忌事項のうち,項ないし九項目の体質的素因,及び身体的状況の一部が,充分な診察を行つたうえで接種時期や接種量を適宜変更することにより接種が可能になるという意味で「絶対的」な禁忌でないとしても,集団接種の場においては禁忌事項に設定されるべきものであつた。なぜならば,集団接種の場合には,接種を担当する医師の資格が限定されていないため,眼科医,耳鼻咽喉科医等の非専門医が接種を担当することも少なくなく,これらの非専門医は大部分予防接種についての充分な知見を有しないばかりでなく,接種にあたつて個体差や身体の変化が著しい乳幼児の健康状態を適切に判断する能力にも欠けていることが多いこと,個体差の著しい乳幼児の身体的状況を的確に診断するためには,被接種者の体質,病歴,反応様式,生活環境,保護者の知識水準等を知ることがぜひとも必要であるが,予防接種を担当する医師は極く少ない例外を除いては,被接種者を過去に診察したこともなく,接種の時が初対面であるから,右の各事項について事前には全くデータを持ち合わせておらず,そのため,接種の際の短時間の予診だけでこれらの事情もふまえて乳幼児の身体的状況を判断することは極めて困難であること,短時間に多数の者に接種するため(予防接種実施要領では,一人の医師が一時間に担当する被接種者は種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度とされているが,一人の医師が一時間に二五〇名に対して種痘を接種した例もある),予診に充分な時間がなく,被接種者の健康状態を的確に判断することは,全くといつてよいほど不可能であること,乳幼児は,成長発育差が著しく,健康状態も変化しやすいから,ワクチンを安全に接種するためには個体差や健康状態に応じて接種スケジュールや接種量を定める必要があるが,集団接種の場合は,これらがすべての乳幼児に画一的に定められるため,個体差や健康状態からみて無理な接種も少なからず行われやすいこと,会場の設営や注射器具等の取扱いも,短時間に大勢の者に接種するのに適しておらず,会場が手狭まのため寒い日に被接種者が戸外で長時間待たされたり,一本の注射針で数名の者に対する接種が行われたりした例も数多くあること等,いわゆるかかりつけのホームドクターから個別接種を受ける場合に比較して,重大な欠陥を有しているものである。従つて,集団接種の場合には,予防接種やその副反応についての知見が不充分な非専門医が,被接種者の病歴や発育歴について全く知らず,しかも接種に際しての予診も極めて簡単にしかできなくても,禁忌に該当するか否かについて簡単な予診によつて確実に診断できるよう,禁忌事項は,広範囲かつ明確に設定されなければならないものであり,前記一項ないし九項の体質的素因及び身体的状況を禁忌として設定すべきものであつた。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,既に,以上に掲げたすべての禁忌事項について,これを禁忌事項として明確に設定しておくべきであつた。

 しかるに,厚生大臣は,右禁忌事項の設定を怠り,その結果,本件各接種の各実施主体をして,禁忌該当者に対しても接種を実施させ,あるいは,医師をして,ポリオ生ワクチン投与後二週間以内の者に対する外科手術を行わせたのであつて,この点につき過失があつた。

      (b) 禁忌該当者に接種させないための措置不充分の過失

 乳幼児に対する接種における問診は,被接種者本人にではなく,その保護者になされるが,医師の質問に答える両親その他の保護者が,予防接種の危険性と禁忌の意味及び範囲について,予め充分知らされ,この知識に基づいて,乳幼児の観察を予め充分に行つていない限り,医師の質問に的確な答えをすることができないものである。従つて,予診が有効であるためには保護者に予防接種の危険性並びに禁忌の意味及びこれに該当する事由について予め周知徹底させることが必須となる。しかるに,わが国では,昭和三四年一月になつて初めて「接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示または印刷物として配布する」よう,予防接種実施要領をもつて都道府県知事宛に通達が発せられたにすぎず,しかも知事がこのような通り一遍の掲示や印刷物の配布を守つたからといつて,保護者は予防接種の危険性や禁忌の意味を理解できたわけではなく,本件各被害児の保護者らは,右通達以後の本件各接種に際しても予防接種の危険であることは全く知らず,禁忌が如何なる意味をもち,如何なる事由がこれに該当するかについても殆んど全く知らなかつたものである。

 また,集団接種の場合には,禁忌該当者を的確に識別して予防接種の対象から除外するに充分な予診時間を確保する余裕のある予防接種実施計画を樹立することが必要である。しかるに,わが国では,昭和三四年一月になつて初めて予防接種実施要領が作成され,公衆衛生局長通達衛発第三二号をもつて各都道府県知事に対しこれに従つた予防接種を実施するよう通知があつたが,右予防接種実施要領によつてすら,「予診の時間を含めて,医師一人を含む一班が,一時間に対象とする人員は,種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること」されており,被接種者一人当りの持ち時間は四五秒ないし三六秒しかなく,このような短時間に医師が過去に一度も診察したことのない被接種者について,充分な予診をし,接種をすることは,不可能なことである。しかも実際には,右の実施要領に定める最大限度をも超える過密計画で予防接種は行われてきたものである。

 更に,接種担当医が禁忌該当者を的確に識別するためには,乳幼児の生理,疾患についても,またワクチンの危険性,禁忌該当事由の意義についても充分な知見を有していることが必要であるが,医師は従来一般に予防接種に関する教育を大学で受ける機会は充分なかつたし,医師になつてからも予防接種について知見を得る機会に乏しく,まして,小児科を専門としない医師は,乳幼児の生理や疾患についても充分な知見を有していないものである。従つて,禁忌該当者を的確に識別排除するためには,接種担当医に対し,単に禁忌該当事由を記載した予防接種実施規則や実施要領を見せるだけでなく,具体的に如何なる症状が禁忌該当事由になるか,その根拠は何か,禁忌該当事由を短い予診で見分けるにはどのようにしたらよいか,また,接種後に副反応が生じたらどのような手当をしたらよいかを明確に指導する必要があつたものである。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,各被害児の保護者に対し,本件各ワクチンの危険性並びに禁忌の意味及びこれに該当する事由の周知徹底を行い,また,本件各接種の各実施主体に対し,集団接種において禁忌該当者を排除するに充分な予診時間を確保する余裕のある予防接種実施計画を樹立するよう監督,指導し,更に,本件各接種担当者に対し,禁忌該当者の的確な識別及び除外について指導し,また一般の医師に対し,ポリオ生ワクチン投与後二週間以内の者に対する外科手術の禁止を周知徹底すべきであつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,いずれもこれを怠り,その結果,本件各接種の各実施主体をして,禁忌該当者に対しても接種を実施させ,あるいは,医師をして,ポリオ生ワクチン投与後二週間以内の者に対する外科手術を行わせたものであつて,この点につき過失があつた。

     ④ 過量接種を実施させた過失

      (a) 百日咳ワクチン接種量の定め方を誤つた過失

 百日咳ワクチン(百日咳とジフテリアの二種混合ワクチン及び百日咳とジフテリアと破傷風の三種混合ワクチンを含む)による,脳症等の重篤な神経障害は,百日咳ワクチンに含まれる菌体成分(毒素)によつて発生するものとされており,ワクチンの接種量(菌の量)が多ければ多いほど脳症等の精神系障害の発生も多くなり,両者の間には相関関係があると考えられている。世界保健機構(WHO)は,昭和三二年に百日咳ワクチンの力価基準を定め,一回の接種につき国際標準ワクチン四単位(百日咳菌五五億個)を三回(計一六五億個)接種すれば免疫を付与するに充分であり,これ以上の力価をもつワクチンの接種は危険であるから最低限度の力価でやるべきであると勧告しており,米国でも古くから百日咳ワクチンの力価に上限値を定め,英国では,副作用防止のため家庭内感染率が三〇パーセント位のあまり効きすぎない力価を有する菌量のワクチンを標準ワクチンとして採用している。

 しかるに,わが国においては,百日咳ワクチン及びその混合ワクチンについて以下のとおり接種の規定量等が定められた。

接種量

 昭和二五年百日せき予防接種施行心得

 百日咳ワクチン

  初回免疫 第一回1.0ミリリットル,第二,第三回1.5ミリリットル

  追加免疫 1.0ミリリットル

 昭和三三年予防接種実施規則

 百日咳ワクチン

  第一期 第一回1.0ミリリットル,第二,第三回1.5ミリリットル

  第二期 1.0ミリリットル

 百日咳混合ワクチン

  第一期 第一回0.5ミリリットル,第二,第三回1.0ミリリットル

  第二期 0.5ミリリットル

 昭和四八年予防接種実施規則

 百日咳混合ワクチン

  第一期 第一回0.5ミリリットル,第二,第三回0.5ミリリットル

  第二期 0.5ミリリットル

 昭和五一年予防接種実施規則

 百日咳ワクチン

  第一期 0.5ミリリットル三回

  第二期 0.5ミリリットル

菌量

 昭和二四年「百日咳ワクチン基準」1.0ミリリットル中に一五〇億以上の菌を含有しなければならない。

 昭和三一年「百日咳ワクチン基準」1.0ミリリットル中に一五〇億個の菌を含むように原液を稀釈する。

 昭和三三年「二種混合ワクチンに関する基準」

 1.0ミリリットル中に百日咳菌二四〇億個を含むようにする。

 昭和三九年「三種混合ワクチンに関する基準」

 1.0ミリリットル中には,百日咳菌約二四〇億個を含むようにする。

 昭和四六年「生物学的製剤基準」

 百日咳ワクチン(混合ワクチンを含む)の菌量は,1.0ミリリットル中の菌数が二〇〇億個を超えないようにしてつくる。

 右規定量,菌量にすると,昭和三三年当時,百日咳ワクチン第一期第一回の規定接種量は1.0ミリリットルであり,それに含まれる菌数は一五〇億個であつたものであり,また,昭和四八年までに二種混合ワクチン及び三種混合ワクチン第一期第二回,第三回の規定接種量は1.0ミリリットルであり,それに含まれる菌量は昭和四六年までは二四〇億個であり,昭和四七年当時は二〇〇億個であつた。これをWHOが定めた国際標準ワクチンと比較すると,「百日咳ワクチン基準」において国際単位との関連が定められた昭和四三年以後は,わが国の百日咳混合ワクチン1.0ミリリットルの力価は17.28単位以上,昭和四六年以後のそれは14.4単位以上であり,これは四単位三回接種で充分とするWHOの勧告値のそれぞれ4.32倍,3.6倍の力価であつた。また,前記百日咳ワクチン基準が定められた昭和四三年以前においても,わが国で使用された百日咳ワクチン及びその混合ワクチンの規定量の力価は昭和四三年当時のものと同程度であり,WHOの国際標準ワクチンや米国,英国その他の標準ワクチンの力価をはるかに上回わる効きすぎたものであつた。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,百日咳ワクチンにつき,必要最小限の接種量(菌数,力価)を定めるべきであつた。

 しかるに,厚生大臣は,右接種量の定め方を誤り,その結果,本件各接種の各実施主体をして過量接種を実施させたものであつて,この点につき過失があつた。

      (b) 種痘ワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失

 種痘による脳症・脳炎等の神経系障害の原因は種痘に含まれる物質によるものと考えられており,接種量が多ければ多いほど脳炎・脳症等の副作用の危険も増大すると考えられているから,種痘の接種量及び術式を決めるにあたつては,必要最少量が接種されるように定め,また,種痘の接種にあたつては決められた接種術式により規定量を厳格に守つて接種すべきものである。

 ところで,わが国では,昭和三三年の予防接種実施規則で,種痘は切皮法又は多圧法(乱刺法)で行うものと定められ,痘苗の接種量は一人0.01ミリリットルとし,切皮法は皮膚を緊張させ痘苗を塗つた後針で長さ五ミリメートルの十字に切皮して行い,第一期種痘では切皮は二個とされ,また,多圧法(乱刺法)は,緊張した皮膚面に0.01ミリリットルの痘苗を三ミリメートルの円形にぬり,それに針先をあて圧迫し,表皮に傷をつけ,圧迫回数は第一期種痘では一〇から一五回とされた。その後,副反応の防止のため,昭和四五年六月一八日付通知により,第一期の種痘はなるべく多圧法によるよう指導がなされるとともに,多圧法の回数を従来の一〇ないし一五回から五ないし一〇回に減らし,多圧の範囲は従来三ないし五ミリメートルの円内とされていたものを直径三ミリメートル以内とすると定められた。更に,昭和五一年の予防接種実施要領では接種後一分以上経過した後残つているワクチンをふきとるべきことが指示された。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,本件各接種の各実施主体並びに各接種担当者に対し,規定量を超えた痘苗の接種が危険であるから,定められた接種量や術式を厳格に守るべきこと,過量の痘苗が被接種者の皮膚についた場合にはふきとるべきことを,周知徹底すべきであつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,右周知徹底を怠り,その結果,本件各接種の各実施主体をして,過量接種を実施させたものであつて,この点につき過失があつた。

      (c) ポリオ生ワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失

 ポリオ生ワクチンによる脳炎・脳症等の神経系障害の原因は,ポリオウィルスだけでなく,ワクチンに含まれるサルの腎細胞,チメロサール,フェノール等の添加物その他の物質によるものと考えられ,接種量が多ければ多いほど右副反応の危険も増大すると考えられる。

 ところで,わが国では,ポリオ生ワクチンの規定量について,一回につき1.0ミリリットルと定められていた。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,本件各接種の各実施主体並びに各接種担当者に対し,右規定量を守るべきことを周知徹底すべきであつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,右周知徹底を怠り,その結果,本件各接種の各実施主体をして,過量接種を実施させたものであつて,この点につき過失があつた。

      (d) インフルエンザワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失

 わが国では,昭和二八年のインフルエンザ予防接種施行心得により,一三歳以上の者には1.0ミリリットルを,一三歳未満の者には0.5ミリリットル以下を,それぞれ一回皮下または筋肉内に注射すると定められ,昭和三三年制定の予防接種実施規則でも同様に規定された。その後,昭和三七年の予防接種実施規則の改正により,一五歳以上の者にあつては,0.5ミリリットルを,六歳以上一五歳未満の者にあつては,0.3ミリリットルを,一歳以上六歳未満の者にあつては,0.2ミリリットルを,一歳未満の者にあつては,0.1ミリリットルを,各二回,一週間から四週間の間隔をおいて皮下に注射するように定められた。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,本件各接種の各実施主体並びに各接種担当者に対し,右規定量を守るべきことを周知徹底すべきであつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,右周知徹底を怠り,その結果,本件各実施主体をして,過量接種を実施させたものであつて,この点につき過失があつた。

      (e) 百日咳ワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失

 わが国においては,右(a)記載のとおり,必要最小限の接種量をはるかに上回わるものではあつたが,百日咳ワクチンについて規定接種量が定められていた。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,本件各接種の各実施主体並びに各接種担当者に対し,少なくとも右規定量を超える接種を行うことがないよう周知徹底すべきであつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,周知徹底を怠り,その結果,本件各実施主体をして,右規定量を超えた過量接種を実施させたものであつて,この点につき過失があつた。

     ⑤ 他の予防接種との間隔を充分にとらないで接種を実施させた過失

      (a) 接種間隔の定め方を誤つた過失

 ワクチン接種による脳症・脳炎等の副作用が発生するおそれがある間に他の予防接種を行うと,人体に対する強いストレスが加わることになり,あるいは一方のワクチンに人体の免疫生産能力が奪われることになり,ワクチンによる副作用が発生する危険が増大し,また,二つの副作用が重なることによつて重大な結果をもたらす危険があるから,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種をしてはならず,また,生ワクチン接種後一か月,不活化ワクチン接種後一週間は他のワクチンを接種してはならないものである。

 しかるに,わが国においては,昭和三六年の予防接種実施要領改正において「混合ワクチン以外は二種類以上を同時接種しない」ことを定め,昭和三九年の予防接種実施規則が,ポリオワクチンと種痘との間隔は二週間以上あけなければならないとしたものの,「生ワクチン接種後一か月は他のワクチンの接種をしない」と定めたのは昭和四五年七月一一日の予防接種実施規則改正及びそれに件う通知においてであり,また,不活化ワクチン接種後一週間は他のワクチン接種をしてはならないことについては,実施規則,通知等で何ら指示がなされていない。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種当時,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種及び生ワクチン接種一か月以内,不活化ワクチン接種後一週間以内の他のワクチンの接種を禁止すべきであつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,右禁止を怠り,その結果,本件各接種の各実施主体をして,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種及び接種間隔を充分にとらない接種を実施させたものであつて,この点につき過失があつた。

      (b) 複数同時接種の禁止を守らせるための措置不充分の過失

 厚生大臣は,昭和三六年の予防接種実施要領改正により「混合ワクチン以外は二種類以上を同時にしない」と定められた以後の本件各接種当時において,本件各接種の各実施主体並びに各接種担当者に対し,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種が禁止されることを周知徹底すべきであつたものである。

 しかるに,厚生大臣は,右周知徹底を怠り,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種が行われていることを知りながらこれを黙認していたものであり,その結果,本件各接種の各実施主体をして,混合ワクチン以外の複数同時接種を実施させたものであつて,この点につき過失があつた。

     ⑥ 接種会場の管理に瑕疵のある状態で接種を実施させた過失

 接種会場の管理に瑕疵がある場合,そのために被接種者の体調が崩れ,それが予防接種事故の発生につながることがある。

 従つて,厚生大臣としては,本件各接種の各実施主体に対し,被接種者の安全を配慮した接種会場の管理をするよう監督,指導すべきものである。

 しかるに,厚生大臣は,右監督,指導を怠り,その結果,本件各接種の各実施主体をして接種会場の管理に瑕疵のある状態で接種を実施させたものであつて,この点につき過失があつた。

 各被害児の関係で以上の六つの過失のうちいかなる具体的過失があったかは,原告主張一覧表「厚生大臣の具体的過失」欄記載のとおりである。

  3 接種担当者の過失による国家賠償法一条あるいは三条の責任

   (一) 本件各接種のうち,法五条所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものについて,接種を行つた各接種担当者は,被告国の機関委任事務として右接種を実施する市町村長等から委嘱を受けて接種を行つたものであるから,被告国の公権力の行使に当る公務員として右接種を行つたものである。

   (二) 本件各接種のうち勧奨接種について,接種を行つた各接種担当者は,右接種の実施主体である各地方公共団体から委嘱を受けて,当該地方公共団体の公権力行使に当る公務員として右接種を行つたものであるが,被告国は,実施主体の各地方公共団体に対し,行政指導により,右接種の実施方法,目的,実施の対象,時期,実施主体,実施形式,接種方法,禁忌,費用負担等について詳細に定めて,右公権力の行使を監督し,あるいは右接種実施の費用を負担していたものである。

   (三) 本件各接種の右各接種担当者は,接種を行うにつき以下のとおり過失があり,その結果,本件各事故を惹起させたものである。

    (1) 推定される過失(過失の立証責任の転換)

 前記四,2,(五),(2)に記載したと同様の理由により,本件各事故の発生により,各接種担当者が本件各接種を行うにつき何らかの過失があつたことが推定され,過失の立証責任が転換されるから,被告国が,各接種担当者の接種行為に過失がなかつたことについて立証責任を負う。

    (2) 具体的過失

 本件各接種の各接種担当者が,本件各接種を行うについて,予防接種事故を発生させる危険性,蓋然性を有する注意義務違反があつたときは,事故発生についての過失(当該注意義務違反と結果との因果関係,結果の予見可能性,結果の回避可能性等)があつたことが事実上推定されるところ,各接種担当者は,本件各接種を行うについて,予防接種事故発生の危険性,蓋然性を有する以下のとおりの三つの注意義務違反があつた。

     ① 禁忌該当者に接種を行つた過失

 各接種担当者は,前記四,2,(五),(3),(a)に掲げた各禁忌事項のいずれかに該当する者に対して接種を行うべきではなかつたものである。

 しかるに,各接種担当者は,禁忌看過により,禁忌該当者に対して接種を行つたものであつて,この点につき過失があつた。

     ② 過量接種を行つた過失

 各接種担当者は,本件各接種のうち種痘,ポリオ生ワクチン,インフルエンザワクチン及び百日咳ワクチンの接種につき,前記四,2,(五),(3),④,(b),(c),(d),(e)に掲げた各規定接種量に従つた接種を行うべきであつた。

 しかるに,各接種担当者は,右各規定量を超える接種を行つたものであつて,この点につき過失があつた。

     ③ 混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を行つた過失

 各接種担当者は,本件各接種を行うについて,前記四,2,(五),(3),⑤,(a)に掲げたとおり,昭和三六年の予防接種実施要領改正による混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種はしないとの定めに違反した接種を行うべきではなかつたものである。

 しかるに,各接種担当者は,右定めに違反した接種を行つたものであつて,この点につき過失があつた。

 各被害児の関係で以上の三つの過失のうちいかなる具体的過失があつたかは原告主張一覧表「接種担当者の具体的過失」欄記載のとおりである。

  4 実施主体あるいはその長の過失による国家賠償法一条あるいは三条の責任

   (一) 本件各接種のうち法五条所定の接種及び法九条所定の接種のうち市町村長等が実施主体であるものについて,各実施主体の市町村長等は,被告国の機関委任事務として,右接種を実施したものであるから,被告国の公権力の行使に当る公務員として右接種を実施したものである。

   (二) 本件各接種のうち勧奨接種の実施主体である地方公共団体の長は,当該地方公共団体の公権力の行使に当る公務員として右接種の遂行を統括していたものであるが,被告国は,実施主体の各地方公共団体に対し,行政指導により,右接種の実施方法,目的,実施の対象,時期,実施主体,実施形式,接種方法,禁忌,費用負担等について詳細に定めて,右公権力の行使を監督し,あるいは右接種実施の費用を負担していたものである。

   (三) 本件各接種のうち法五条所定の接種及び法九条所定の接種の各実施主体である市町村長等あるいは勧奨接種の実施主体である地方公共団体の長は,本件各接種を実施し,あるいは本件各接種の遂行を統括するにつき,以下のとおりの過失があり,その結果,本件各事故を惹起させたものである。

    (1) 推定される過失(過失の立証責任の転換)

 前記四,2,(五),(2)に記載したと同様の理由により,本件各事故の発生により,本件各接種の右各実施主体あるいは実施主体の長が接種を実施し,あるいは接種の遂行を統括するにつき,何らかの過失があつたことが推定され,それによつて,過失の立証責任が転換されるから,被告国が右各実施主体あるいは実施主体の長が,本件各接種を実施し,あるいは本件各接種の遂行を統括するにつき過失がなかつたことについて立証責任を負う。

    (2) 具体的過失

 本件各接種の右各実施主体あるいは実施主体の長が,本件各接種を実施し,あるいは本件各接種の遂行を統括するについて,予防接種事故を発生させる危険性,蓋然性を有する注意義務違反があつたときは,事故発生についての過失(当該注意義務違反と結果との因果関係,結果の予見可能性,結果の回避可能性等)があつたことが事実上推定されるところ,本件各接種の右各実施主体あるいは実施主体の長が,本件各接種を実施し,あるいは本件各接種の遂行を統括するについて,予防接種事故発生の危険性,蓋然性を有する以下のとおりの注意義務違反があつた。

  混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を実施し,あるいはかかる接種の遂行を統括した過失

  本件各接種の右各実施主体あるいは実施主体の長は,本件各接種を実施し,あるいは本件各接種の遂行を統括するについて,前記四,2,(五),(3),⑤,(a)に掲げたとおり,昭和三六年の予防接種実施要領改正による混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種はしないとの定めに違反した接種を実施し,あるいはかかる接種を統括遂行すべきではなかつたものである。

  しかるに,本件各接種の右各実施主体あるいは実施主体の長は,右定めに違反した接種を実施し,あるいはかかる接種の遂行を統括したものであつて,この点につき過失があつた。

  いかなる各被害児の関係で右過失があつたかは,原告主張一覧表「実施主体あるいはその長の過失」欄記載のとおりである。

  5 損失補償責任

   (一) 法三条は,何人に対しても同法に定める予防接種を受けまたは受けさせる義務を課し,これに違反した場合には法二六条を以つて刑事罰を科することとしていたものであり,法五条所定の接種,法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種は,いずれも右義務の履行として接種が行われたものである。法が,同法に定める予防接種を国民に強制しているのは,伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防し,公衆衛生の向上と増進に寄与することを目的としたものであつて,集団防衛,社会防衛のためである。

   (二) また,被告国が,行政指導により,地方公共団体に対し勧奨接種を実施させているのも,特定の疾病の感受性対策として特定の年齢群,集団等に対して予防接種を受けさせることにより,伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するためであつて,やはり集団防衛,社会防衛を目的としたものである。そして,被告国から行政指導を受けた地方公共団体は,毎年例外なくこれに従つて,国民に対し接種を勧奨してこれを実施していたものであり,かかる勧奨を受けた国民のほとんどすべての者が心理的強制を受けて,勧奨に応じて接種を受けていたものであつて,国民にとつては法による強制接種も勧奨接種も,接種の実施手続,実態に何ら変りのないものである。

   (三) 被告国による法律上の強制あるいはこれと同視しうる事実上の強制により,各被害児は本件各接種を受けたものであるが,その結果惹起された本件事故は,各被害児にとつて受忍することのできない特別犠牲であり,被告国は憲法二九条三項によりこれに対する正当な損失補償をすべき義務を負うものである。

 即ち,憲法二九条三項は,直接には財産権の収用ないし制限に関する規定であるが,憲法一三条後段は「生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」と定め,憲法二五条一項は「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定めており,これらの規定に照らせば,憲法二九条三項の解釈適用に当り,社会公共のための財産権の侵害については補償するが,同じく社会公共のためになされた生命・健康の侵害については補償しないとすることは到底許されない背理である。

 憲法二九条三項が,生命・健康侵害の補償について直接触れていないのは,そもそも「収用」という概念が歴史的には財産権,それも古くは所有権について発生したからであるが,近時は,収用の対象となる「権利」も財産権から営業利益など無形の財産的価値をも含めるようになつたし,「用いる」という「収用」概念も次第に拡大的に解され,収用類似の侵害行為まで含めるに至つているものである。

 そもそも,特別犠牲に対する損失補償は,特定人に対し,公益上の必要に基づき,特別異常なる犠牲を加え,しかもそれがその者の責に帰すべき事由に基づかぬものである場合には,正義,公平の見地から,全体の負担において,その私人の損失を調整する制度である。ところで,予防接種は伝染病から社会を集団的に防衛するためになされるものであるが,不可避的に被接種者に死または重篤な身体障害を生ぜしめる副反応を起こさせることがあり,被告国は,その事実を承知しながら,右犠牲の発生よりも伝染病に対する社会集団防衛の利益を優先させるという政策判断を行い,法による強制あるいは行政指導による事実上の強制により国民に対する予防接種を実施し,その結果として,予測されたとおり少数の国民に死あるいは重篤な身体障害がもたらされたものである。伝染病のまん延防止という社会公共の利益のために犠牲となつた少数者に対し,その犠牲によつて利益を受けた大多数の者が負担を分担することは,共同社会の基本理念である公平の原則に合致するものであり,その分担すべき犠牲は財産的犠牲に限定されるとすべき合理的根拠は全く存しない。むしろ,人生最大の悲劇である生命と健康の犠牲に対してこそ懇篤に補償すべきである。右理念の法的表現がまさに国家補償の理念と法制度であり,本件のような被害に対する補償を除外して国家補償の制度は考えられないものである。

 更に,生命・身体に対する被害は,同時に甚しい財産的損失を伴うから,生命・身体と財産権が次元を異にするとして前者に対する補償義務を否定することは許されないものである。

   (四) 以上により,被告国は憲法二九条三項に基づき各被害児及びその両親が本件各事故により蒙つた損失について正当な補償をすべき義務を負つている。

 五 損害ないし損失

 原告主張一覧表「接種後の状況」及び「現在の症状」欄記載のとおり,各被害児は,ほとんど全員未だ物心のつかない乳児期に被害(本件各事故)に遭い,ある者は死亡し,他の大部分の者も中枢神神損傷により回復不能の重度の知能障害と脳性麻痺による重度の視覚,聴覚,言語,運動等の機能障害を受け,自我に目覚めた人間としての生活を享受できないまま生きながらえるものであつて,生命・身体に対する侵害としてこれ程苛酷なものはない。

 また,原告主張一覧表「両親の被害状況」欄記載のとおり,本件各事故は,単に被接種者たる各被害児にのみ被害を与えたものではなく,各被害児の両親にも甚大な被害を与えたものである。生存している各被害児の両親は,まさに四六時中各被害児の介護に追われ,精神的にも疲弊し切つており,特に母親は,介護に明けくれ自分の時間を持つことができない者が多く,しかもかかる生活は,各被害児が生存する限り続くものであつてより有意義な人生を享受する可能性を全く奪われたものといえる。また,両親が介護に没頭しているあおりを受けて家庭は明るさを失い,各被害児の兄弟姉妹も父母の愛情を受ける機会がほとんどなかつたものであり,家庭を主宰する両親の精神的苦痛は甚大であつた。

 以上のような本件各事故の被害の特質,被害状況に鑑み,各被害児及びその両親が蒙つた損害ないし損失(以下単に「損害」という)を以下の根拠により個別に算定すると,請求の原因末尾添付損害額一覧表(一)ないし(八)の記載のとおりとなる。

   (一) 死亡した各被害児の損害の算定根拠(本節末尾添付損害額一覧表(一)の算定根拠)

    (1) 得べかりし利益の喪失

     ① 過去の得べかりし利益の喪失

 原告らが請求拡張の申立をした昭和五七年一〇月二五日に近接する昭和五七年九月一日を基準とする年齢(以下「現在年齢」という)が一八歳を超える者については,昭和四五年から昭和五五年までの一一年間の賃金センサスによる産業計・企業規模計全労働者年間平均賃金の合計を一一で除した平均(一九〇万六七七二円)を下まわる一九〇万円に,生活費控除を五割とし現在年齢から一八歳をひいた数を掛けた数値が過去のうべかりし利益の喪失額である。

     ② 将来の得べかりし利益の喪失

 昭和五六年賃金センサスによる産業計・企業規模計全労働者年間平均賃金三一〇万五二〇〇円に,生活費控除を五割とし,労働可能年数六七歳から現在年齢を減じた年数のホフマン係数(現在年齢一八歳未満の者は,一八歳から現在年齢を減じた年数のホフマン係数を右ホフマン係数から減ずる)を乗じた数値が将来のうべかりし利益の喪失額である。

    (2) 過去の介護費

 発症後死亡に至るまで一年以上生存した各被害児については,介護に要した費用を生存期間一年につき一二〇万円とし,これに生存期間年数を乗じた数値が過去の介護費である。

 右年間一二〇万円の介護費用は月一〇万円に相当するが,発症から死亡まですべての各被害児は精神的肉体的な生存能力を奪われ,両親始め家族の全面的介護を要したのであつて,現在時点で全面的介護に要する経費が少くとも月二一万円以上を要していることを考えれば,月一〇万円を過去の平均介護費とすることは少きに失することこそあれ,決して多額ではない。また,本件訴訟の如き多数の被害者を原告とする共同訴訟においては,個別的積上げ算定方式による場合であつても社会常識上許しうるある程度の推計的な類型規準数値を用いることが認められるのは当然である。

   (二) 死亡した各被害児の両親の損害の算定根拠(本節末尾添付損害額一覧表(二)の算定根拠)

    (1) 慰謝料

 本件各事故が,被告国の法律上あるいは事実上の強制による予防接種によつて生じたこと,各被害児は全く無抵抗の幼児または少年であり,本人は勿論その両親にも何らの過失もなく,重大な被害に遭つたこと,各被害児は可愛いい盛りの幼児,成長期の少年で,それまで健康な成長を遂げてきたにもかかわらず突如として,悲惨な死を遂げるに至つたこと,及び本件訴訟において,当然出捐を要したであろう医療費,葬儀費,実費等の経費を一切請求していないこと等を考慮すれば,死亡した各被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各一五〇〇万円が相当である。

    (2) 弁護士費用

 被告国は,死亡した各被害児の両親に対し,その損害の賠償ないし損失の補償を拒み続けてきたものであり,一〇年に及ぶ本件訴訟は,原告らにとつて権利実現のため誠にやむを得ざる手段であつた。従つて,請求額の一割を訴訟遂行のための弁護士費用として被告国が負担するのは当然である。

   (三) 日常生活に全面的介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(以下「Aランク生存被害児」という)の損害の算定根拠(本節末尾添付損害額一覧表(三)の算定根拠)

    (1) 得べかりし利益の喪失

 前記死亡した被害児の得べかりし利益の喪失額の算定と同一の基準(但し生活費控除はない)により算定した数値が,Aランク生存被害児のそれぞれの過去及び将来の得べかりし利益の喪失額である。

    (2) 介護費

     ① 過去の介護費

 前記死亡した被害児の過去の介護費と同様,年間平均介護費一二〇万円に発症から現在年齢までの年数を乗じた数値が過去の介護費である。

     ② 将来の介護費

 現在の年間介護費二五五万五〇〇〇円(一日七〇〇〇円の割合)に各被害児の現在年齢を基準として昭和五六年簡易生命表による平均余命年数のホフマン係数を乗じた数値が将来の介護費である。

    (3) 慰謝料

 Aランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は,少くとも一〇〇〇万円を下らない。

    (4) 弁護士費用

 前記のとおり請求額の一割が相当である。

   (四) Aランク生存被害児の両親の損害の算定根拠(本節末尾添付損害額一覧表(四)の算定根拠)

    (1) 慰謝料

 被告国の法律上あるいは事実上の強制に従つて予病接種を受けさせたばかりに,最愛の子供の生活能力あるいは精神能力を失わせた両親の悲哀はこれにまさるものはない。しかも今までこの子供の介護のために献身してきたし,またこれからも終身献身する両親には,自分たちの幸福や生活を享受する余裕は全く奪われている。従つて,Aランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各一〇〇〇万円を下ることはない。

    (2) 弁護士費用

 前記のとおり,請求額の一割が相当である。

   (五) 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(以下「Bランク生存被害児」という)の損害の算定根拠(本節末尾添付損害額一覧表(五)の算定根拠)

    (1) 得べかりし利益の喪失

 前記Aランク生存被害児の得べかりし利益の喪失額の算定と同一の基準によつてえられた数値に,労働能力喪失率の八〇パーセントを乗じた数値が,Bランク生存被害児のそれぞれの過去及び将来の得べかりし利益の喪失額である。

    (2) 介助費

     ① 過去の介助費

 昭和五七年九月一日に至るまでの介助費は,平均月五万円とするのが相当であり,年間平均介助費六〇万円に発症から現在年齢までの年数を乗じた数値が過去の介助費である。

     ② 将来の介助費

 Bランク生存被害児に対する介助費は,Aランク生存被害児に対する全面介護費用の半分として,一日三五〇〇円,年間一二七万七五〇〇円を要するとするのが相当であり,これに前記Aランク生存被害児の将来の介護費の算定と同様,現在年齢を基準とした平均余命年数のホフマン係数を乗じた数値が将来の介助費である。

    (3) 慰謝料

 Bランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は,少くとも一〇〇〇万円を下らない。

    (4) 弁護士費用

 前記のとおり,請求額の一割が相当である。

   (六) Bランク生存被害児の両親の損害の算定根拠(本節末尾添付損害額一覧表(六)の算定根拠)

    (1) 慰謝料

 Bランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各一〇〇〇万円を下ることはない。

    (2) 弁護士費用

 前記のとおり,請求額の一割が相当である。

   (七) 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各被害児(以下「Cランク生存被害児」という)の損害の算定根拠(本節末尾添付損害額一覧表(七)の算定根拠)

    (1) 得べかりし利益の喪失

 前記Aランク生存被害児の得べかりし利益の喪失額の算定と同一の基準によつてえられた数値に,労働能力喪失率の六七パーセントを乗じた数値が,Cランク生存被害児のそれぞれの過去及び将来の得べかりし利益の喪失額である。

    (2) 過去の介助費

 Cランク生存被害児が,一応他人の介助を必要としなくなるまでには,両親等の介護があつたものであり,その費用は少なくとも平均月五万円,年間平均六〇万円とするのが相当であり,これに発症から現在年齢までの年数を乗じた数値が過去の介助費である。

    (3) 慰謝料

 Cランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は,少くとも一〇〇〇万円を下らない。

    (4) 弁護士費用

 前記のとおり,請求額の一割が相当である。

   (八) Cランク生存被害児の両親の損害の算定根拠(本節末尾添付損害額一覧表(八)の算定根拠)

    (1) 慰謝料

 Cランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各一〇〇〇万円を下ることはない。

    (2) 弁護士費用

 前記のとおり,請求額の一割が相当である。

 六 相続

 死亡した各被害児の両親は,各被害児の被告国に対する損害賠償請求権ないし損失補償請求権を,各二分の一の割合で相続した。

 死亡した被害児阿部佳訓(五七の一)の父阿部玄造(五七の二)は,昭和五六年一〇月八日に死亡し,同人の被告国に対する損害賠償請求権ないし損失補償請求権は,妻である原告阿部クニ(五七の三)が二分の一,子である原告阿部恭子(五七の四)及び原告阿部光敏(五七の五)が各四分の一,の各割合により相続した。

 七 結論

 よつて,原告らは,被告国に対し,債務不履行あるいは国家賠償法一条または三条による損害賠償請求権ないし憲法二九条三項による損失補償請求権に基づき,前記各損害(損失)金のうち,前掲請求金額一覧表「請求金額」欄記載の各金員及び右各金員に対する本件各事故の後の日であり,各訴状送達の日の翌日である同表「遅延損害金起算日」欄記載の各日からそれぞれ支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

損害額一覧表(一) 死亡被害児の損害〈省略〉

同     (二) 死亡被害児の両親の損害〈省略〉

同     (三) Aランク生存被害児の損害〈省略〉

同     (四) Aランク生存被害児の両親の損害〈省略〉

同     (五) Bランク生存被害児の損害〈省略〉

同     (六) Bランク生存被害児の両親の損害〈省略〉

同     (七) Cランク生存被害児の損害〈省略〉

同     (八) Cランク生存被害児の両親の損害〈省略〉

 第二 請求の原因事実に対する認否

 一 請求の原因第一項(当事者)の事実中,原告主張一覧表の各「接種の状況」欄〈省略〉記載の事実のうち以下の事実を除き,その余の事実は認める。

 二 請求の原因第二項(事故の発生)の事実中,原告主張一覧表の各「接種後の状況」欄〈省略〉記載の事実のうち以下の事実は認め,その余の事実はいずれも不知。

 三1 請求の原因第三項(因果関係)1の事実中,インフルエンザワクチン接種により脳炎が,ポリオ生ワクチン接種により脳炎,脳症が発生することがあるという事実は否認し,その余の事実は認める。

  2 同項2の事実は否認する。

 ポリオ生ワクチン接種により脳炎,脳症が発生するということについては,ワクチン投与の始まつたころから,その関連は否定的であつたが,ポリオの流行時に,脳炎症状がごくまれに出ていたというデータがあつたため,サーベイランスにおいては,ポリオとは考えにくい症例Cに分類したうえ報告が求められていた。この結果は,①接種当日から一か月にわたつて広く分布し,ピークと思われるものが見当らないこと,②昭和四〇年を境として,症例B,Cの届出が減つているが,その理由として,診断基準等の徹底により,届出が,より正確な診断に基づいて行われるようになつたと推測されたこと,③WHOの集計は,症例Aに相当するものに限られていること,等の理由から,ポリオ及びポリオ生ワクチンによつて脳炎,脳症が起こるという考え方は完全に否定されるに至つた。もしポリオ生ワクチン投与後にアレルギー性脳炎が起こつたとしたら,それは,たまたまワクチン投与後に何らかの原因(ワクチンとは無関係)で脳炎が起こつた症例というだけのことである。予防接種事故審査会においても,当初はポリオ生ワクチン投与後の脳炎様症状を救済の対象としていたが,因果関係は否定的に考えていたものである。

  3 同項3の事実中,米国において,一九七六(昭和五一)年一〇月一日から同年一二月一六日の間に行われたAニュージャージー型インフルエンザワクチンの接種によつてギラン・バレー症候群の多発が認められた事実は認め,その余の事実は否認する。

 狂犬病ワクチン接種によつて脱髄性脳脊髄炎が起こることは一般的に認められており,特に昭和四七年以前に使用されていた狂犬症ワクチンは,動物(ヤギ)の脳から作るため,すべての動物の脳にある共通抗原に対して産生される一種の自己抗体が脳脊髄に作用して脱髄現象を起こすのではないかと考えられている。また,日本脳炎ワクチンについても,製造上マウスの脳を使用しており,微量ではあるが,ワクチンに脳物質が含まれる関係から,脳脊髄炎が起こり得るのではないかということが問題となり,調査が行われた結果,集計された症例の中には,その可能性を示唆するものもないではなかつた。これに対して,インフルエンザワクチンには,右両ワクチンと製造方法が異なるため,神経組織は全く含まれていない。また,脳物質以外の向神経性共通抗原の存在については,仮説の域を脱していない。従つて,インフルエンザワクチンの接種によつて,脳炎を起こすことは,現代の医学では考え難いものである。インフルエンザワクチン接種後に種々の神経症状を呈した症例報告が散見されることはあるが,それらによつて,特定の病型及び接種から発症までの時間に集積性を認めることはできない。米国において,一九七六(昭和五一)年一〇月一日から同年一二月一六日の間に行われたAニュージャージー型インフルエンザワクチンの接種によつてギラン・バレー症候群の多発が認められたということも,これは末梢神経系の疾患であり,また,この時のワクチン株に限つた発症であつて,その後,これ以外の株では認められていない。その他種々の疫学的データから考えても,インフルエンザワクチンと脳炎との因果関係を支持するものは,何ら見出すことができない。

  4 同項4の事実は争う。

 同項4において原告らが主張するワクチン接種と重篤な副反応との因果関係を肯定するための四つの要件とは,一見因果関係を肯定し得るための要件を具体的に掲げているかのような観を呈してはいるが,その実は専ら救済の必要性にのみ視点を置いた立論であつて,因果関係存否判断のための基準としては有用性に乏しいものと言わざるを得ない。

 一般的に,医療行為と結果発生(障害)との因果関係については,訴訟上の立証の程度としては,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挾まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるとされている。ここでいう高度の蓋然性の証明は,一般論としての結果発生の蓋然性と具体的事例における結果発生の蓋然性の二つが求められていると考えるべきである。ところで,通常,予防接種後の神経系疾患の臨床症状や病理学的所見は,予防接種以外の原因による疾患のそれと異なるものではないため(非特異性),具体的に発生した疾患が予防接種によるものであるか,あるいは他に原因があるかを的確に判定することは困難である。特に,脳炎・脳症においては,もともと原因不明なものが全体の六〇パーセントないし七〇パーセントを占めており,その判定は,より困難である。そこで,一般論として,あるワクチン接種によつて,ある疾病(本件訴訟に即していえば,脳炎・脳症)が起こり得るというためには,①接種から一定の期間内に発生した疾病が,それ以外の期間における発生数よりも統計上有意に高いことを示す信頼できるデータが存在し,かつ,②当該予防接種によつて,そのような疾病が発生し得ることについて,医学上,合理的な根拠に基づいて説明できること,を要件とすべきである。次に,現実に発生した疾病が,接種したワクチンによつて起こつたとするためには,③接種から発症までの期間が,好発時期,あるいはそれに近接した時期と考えられる中に入り,かつ,④少なくとも他の原因による疾病と考えるよりは,ワクチン接種によるものと考える方が,妥当性があること,を要件とすべきである。

  5 同項5の事実中,以下(一)及び(二)に掲げる各被害児を除くその余の各被害児の本件各事故が本件各接種に起因するとの事実は認め,(二)に掲げる各被害児の本件各事故が本件各接種に起因するとの事実は,初め認めたが,それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから,その自白を撤回し,否認し,その余の事実は争う。

   (一) 初めから因果関係を否認する各被害児

    (1) 被害児荒井豪彦(三二の一)

 船津医院の昭和四二年一一月一六日初診のカルテによれば,傷病名等は,「咽頭炎(開始四二年一一月一六日,転帰治ゆ)。咽頭炎(開始四二年一二月一〇日,転帰治ゆ)。咽頭炎(開始四二年一二月三一日)。咽頭炎(開始四三年一月一〇日,転帰治ゆ)。てんかん様けいれん発作(開始四三年二月七日)。咽頭炎(開始四三年四月一日,転帰治ゆ)。咽頭炎(開始四三年七月一〇日,転帰治ゆ)」で,既往症,原因,主要症状等欄の昭和四三年四月六日の記載に「けいれん発作一回」とある。

 また,昭和大学病院小児科の昭和四二年一二月一一日初診(同日から同月一五日,昭和四三年一月三日から同月五日入院)の外来,入院カルテによれば以下のとおりである。初診時の外来カルテでは,主訴は「けいれん発作」で発病経過は「一一月,種痘をし,二五日にけいれん,全身強直性けいれん,チアノーゼ(−),五〜六分,熱?。一二月八日,数秒間のけいれん,一昨日より風邪気味。昨日,けいれん,持続五〜六分,嘔吐二回,けいれん後は睡眠する,ガスストーブ使用中。」とある。昭和四二年一二月の入院カルテ(同月一一日入院,同月一五日軽快退院)では,入院時診断「けいれんの精査」,診察後診断「乳児一過性痙攣」,主訴「けいれん」,発病経過は「一一月七日,種痘。一一月一七〜一八日,善感し,発赤,腫脹あり。その後熱性けいれん五〜六分,強直性けいれん→睡眠。一二月八日,入浴後軽いけいれん。一二月九日,風邪気味(軽度の咳嗽,鼻漏)。一二月一〇日,けいれん五分,熱(−)。嘔吐二回(けいれんと関係なし)。チアノーゼ(−)。」とあり,診断は「けいれん(乳児期の一過性)」,鑑別診断は「①てんかん,②髄膜炎,③脳炎,④強縮症,⑤低血糖症。」で,退院時総括には「入院前三回のけいれん。この精査のため入院す。原因については,けいれんは,最初が発熱と共に起り,次二回は発熱とは関係なかつた。乳児期のけいれんには,いろいろいわれているが,検査にて所見なしのときは,一過性の痙攣として,成長と共に消失する様である。今回の結果については,脳波の成績にて結論を出したい。」とあり,退院後の外来カルテにちよう付された神経科からの昭和四二年一二月二三日付け脳波検査結果報告書では,「正常範囲の所見です。」とある。

 更に,同病院の昭和四三年一月三日の入院カルテでは,発病経過は「一二月三〇日頃より風邪ひき感が続き,今朝,けいれん発作を認めた。午前九時二〇分〜一〇時三〇分。」とあり,診断は「熱性けいれん」で,退院時結語欄には「来院時約一時間けいれん発作持続。顔面蒼白,チアノーゼ(+)。酸素欠乏状態?。熱なし。けいれん〔一単語不明〕!!母親「来院前に解熱剤坐薬を挿入している」〔一単語不明〕。けいれんは発熱によるものと考えられた。」とあり,入院中の記載には異常は認められない。

 以上の被害児豪彦(三二の一)の病状経過を概観すると,昭和四二年一一月七日に本件種痘接種,同月一六日ごろ咽頭炎に罹患,同月二一日に本件ジフテリア・百日咳二種混合ワクチン接種を受け,同月二五日に数分間の全身強直性けいれんを生じている。その後は一か月に一,二回のけいれんを生じているが,その他の神経学的異常所見は認められず,同年一二月二三日の脳波も正常所見を示している。その後,てんかんとして治療を受けたが難治性であり,次第に心身の発達に影響を受け,重症心身障害児の状態で死亡したものである。

 前記の症状経過から被害児豪彦(三二の一)の病態を考察するに,昭和四二年一一月二五日の発作は持続が短いこと及び全身強直性という型からは熱性けいれん様であるが,昭和大学病院小児科の昭和四二年一二月一一日初診の外来,入院カルテの入院病歴には熱があつたと記載されているものの,外来病歴には「熱?」とあり,発熱があつたとしてもけいれんを惹起するほどのものではないと判断するのが妥当である。してみると,その後無熱時にけいれんがあることからみて,同児は,いわゆるてんかんと診断するのが相当と考えられる。

 そこで更に個別的に検討するに,まず,本件ジフテリア・百日咳二種混合ワクチン接種との因果関係であるが,同児の場合接種からけいれん発作までの期間が四日という通常はみられない長期間であることからみても,トキソイド及び死菌ワクチンとの因果関係はないと考えられる。

 次に,本件種痘接種との因果関係についてみると,接種後一八日目の一一月二五日に発熱があつたと仮定した場合には,本件種痘接種が同児の発熱の原因となつたことは否定できないかのごとくである。しかし,種痘後の発熱は接種局所の反応の強い時期に現れることが多いものであるところ,同児の場合,局所反応は前記昭和大学病院小児科入院病歴によると一一月一七日から一八日に強く現われており,発熱した同月二五日との間にかい離があること及び同月一六日に船津医院を受診し咽頭炎と診断されていることからすると,同月二五日の発熱はむしろ咽頭炎によるものとみるのが相当である。また,同児の発熱は前述したように一般にけいれんを惹起する程度のものではなく,いわんや右程度の発熱がその後のてんかんの原因となる中枢神経障害をもたらしたなどとは医学的にみて到底考えられないものである。なお,このことはけいれん発作後の一二月二三日の脳波が正常所見を示していることからも裏付けられるものである。従つて,本件種痘接種との因果関係もないというべきである。

    (2) 被害児清水一弘(三三の一)

 笠間医院笠間医師の昭和四五年一一月一三日付診断書によれば,「昭和四〇年七月七日,急激に発熱四〇度C,長期に亘るけいれんを伴う症候あり。以後無熱時に於ても全身けいれんを伴ふ癲癇状頻発す。」とある。

 東京大学医学部附属病院小児科鈴木昌樹医師の昭和四五年一二月一八日付診断書によれば,診断は「てんかん」で,「昭和四〇年六月二五日から,反復するけいれん発作で来院。昭和四〇年七月二〇日の脳波検査では棘波はなかつたが,けいれん発作(無熱性)をくり返すので上記の診断のもとに抗けいれん剤(アレビアチン,ルミナール,プロミナール)を同年八月一六日より使用開始し,以後投薬継続,昭和四二年七月三一日まで通院した。昭和四一年五月一八日の脳波所見でも棘波はみられなかつた。」とある。

 東京女子医科大学病院小児科福山医師の昭和四五年一二月二二日付証明書によれば,診断は「てんかん」で,「生下時体重二五〇〇g,臍帯けんらく,仮死で出生し,以後順調であつた所,生後六カ月で二種混合予防注射を行つた所,同夜四〇度Cの高熱と共に全身けいれんが出,以後当科へ精査のため入院(昭和四二年一二月一四日〜二五日,三才一カ月)まで一日〇〜四回続き,入院中やや発作が減少,一日〇〜一回になつた。」とある。

 埼玉県小児保健センター前川医師の昭和四五年一二月二四日付診断書によれば,「東京女子医大より昭和四三年八月当センターを紹介され,以来現在迄当方において経過観察を行つております(慈恵医大にて投薬を受けてます)。けいれん発作,知能遅延,行動異常,言語遅延等初診時にみられた症候は現在も殆んど変化ありません。脳波では棘波は認められませんが異常で,ルミナール,アレビアチン,マイソリン,ゲモニール等の種々の薬剤に対し発作は非常に抵抗性です。」とある。

 前記東京女子医大福山医師の昭和四六年四月九日付証明書によれば,「現在の状態は次の如くです。①てんかん(月に五〜六回)大発作…発作のため頭,顔の外傷が絶えぬ。②精神薄弱(推定IQ五〇位)。③過動性行動異常…抑止がきかず,常に動き回る。④言語障害…発音不明瞭。⑤運動失調,運動機能拙劣だが歩行可能…ころびやすい,ただし明瞭な麻痺はない。以上の重度障害のため,片時も親が眼を離せない。日常動作も介助を要す(食事,着脱衣,排尿,排便)。」とある。

 以上の資料によれば,被害児一弘(三三の一)は,本件接種当日に高熱とともにけいれんを起こし,更に接種後一八日目に反復するけいれん発作を起こしたため受診したところ,てんかんと診断され治療を開始したが難治性で,六年後には精神薄弱,運動失調等を伴うに至つたことが概観される。

 そこで被害児一弘(三三の一)の疾患と本件接種との因果関係についてみると,笠間医師の診断書によれば,昭和四〇年六月七日「発熱」及び「けいれん」の記載があるのみで,その他に脳炎等器質的障害を疑わせる症状の記載はなく,鈴木医師の診断書にもそのような記載はない。従つて,発熱が同日の本件接種によることは否定できないと思われるものの,その後の同児のてんかん及び知能障害との因果関係は到底考えられない。殊に,同児は仮死出産であることから考えると,元々てんかんの素因があつて,前述の発熱により初発の発作が誘発されたにすぎず,同児のてんかんは,本件接種をしなくとも顕在化したものと考えられる。

    (3) 被害児大沼千香(三五の一)

 菊池病院菊池医師の昭和四五年一一月三日付証明書によれば,「昭和三九年一二月一五日種痘をうけたところ,一六日夕刻より発熱あり。翌日,悪心,嘔吐,発熱,脱水症状を主訴として来院し,その治療を行つたが,症状軽快せず,症状は増悪の一路をたどり,遂に昭和三九年一二月二〇日鬼籍に入る。以上は私の記憶及び家族の証言に依り記したものである。」とある。

 福島県の昭和四六年一月六日付調査書に添付された昭和三九年一二月二四日付聴取書(本宮町厚生課職員による)によれば,聴取日時等については,「一二月二三日午後四時,菊池病院において担当医嶋貫医師により次のように聴取した。」とあり,診療記録としては「三九年一二月一六日初診。嘔吐,下痢の症状を呈していた。一七日,下痢三回〜七回〜八回,嘔吐。投薬は,呑まず,注射を行う。一八日,夜間ネムラず,唇が乾燥する。二回診察をうけた。尚,種痘を接種したことを発見す。一九日,朝来診。一七日より三八〜三九度の熱あり。夜も診察をうけ,注射した。二〇日,午前五時頃診療をうけ,脳炎症状をきたしてヒキツケたので入院,三〇分後に死亡した。」とあり,「医師は,種痘による反応は全く見あたらず直接死因は消化不良中毒症である。リンゲル注射を話したがしないと言つた,腸管外性消化不良症の原因は急性咽頭炎である,両親等が認識が足りないのではないか等話していた。」とある。なお,前記菊池医師の昭和三九年一二月二〇日付死亡診断書によれば,「発病年月日,昭和三九年一二月一七日。死亡年月日時分,昭和三九年一二月二〇日午前五時三五分。直接死因,腸管外性消化不良症。発病より死亡までの期間,四日間。」とある。

 被害児千香(三五の一)の本件接種後の経過は,接種翌日に嘔吐,下痢を伴う容態の変化があり,その後は定型的な消化不良性中毒症を呈し,同児の両親が担当医の申し出た適切な治療を拒否したこと等も加わつて症状は増悪し,発病の日から五日目には脳炎症状を来してひきつけを起こし,その三〇分後に死亡するに至つたというものである。

 嘔吐,下痢という症状が,種痘の反応として接種翌日に生ずるということは通常考えられないことであり,また,同児の発病後の症状には,消化不良性中毒症の定型的な経過がみられる。同児は前述のとおり発病後五日目に脳炎症状を来してその三〇分後に死亡しているが,これは消化不良性中毒症による死亡直前の末期症状であり,その全経過を通じて,消化不良性中毒症以外の要因が作用した形跡は全く見当らない。なお,一二月という初冬の時季は,感冒性消化不良症あるいは乳児胃腸炎が起こりやすい時期であることを併せ考えると,消化不良性中毒症が本件接種後に偶発したにすぎないと解さざるを得ないものであり,本件接種との間に因果関係はないというべきである。

    (4) 被害児中村真弥(三八の一)

 中村医院中村医師の証明書によれば,「…昭和四五年一〇月一五日に第二回目の生ワクチンを服用,数日後より感冒様症状?あり。一〇月二一日朝,ケイレン発作にて往診依頼あり。体温37.0度C,右半身の強直性けいれんあり,フェノバール,メロチン,ベナ注射を用いたが,ケイレンはその後も再々出現,一〇月二二日に至るも(朝37.8度C)止らぬため入院を指示致しました。…」とあり,同医師の昭和四五年一二月二三日付診断書によれば,「昭和四五年一〇月二一日初診。ケイレンを主訴として往診,体温37.0度C,フェノバール,メチロン,ベナ注射を行う。午後も再び発作あり往診。昭和四五年一〇月二二日,体温37.8度C,再びケイレン発作あり。クロロマイセチン,アリメジン投与,フェノバール,ベナ注射。右半身麻痺の疑いあり,即時入院指示す。」とある。

 十三市民病院酒井医師の昭和四七年一〇月二八日付診断書によれば,病名は「脊髄性小児麻痺の疑」で,「昭和四五年一〇月一五日ポリオ生ワクの内服を受けるも異状なく,昭和四五年一〇月一九日37.0度前後の微熱,少量の鼻汁あり,哺乳慾やや減少。一〇月二一日午前一〇時頃突然けいれん発作,流延,右側半身けいれん,鎮痙剤の注射を受けやや軽快,二〇分後に再び発作あり処チを受けて機嫌良好。昭和四五年一〇月二二日午前中に再びけいれん発作,処チを受けて少し良好となるも,再びけいれん発作,嘔吐,便秘勝ち,発熱38.5度Cを認めたため,本院に直ちに入院。その後発熱38.5度前後,鎮痙剤もけいれん発作を認めるためしばしば使用する状態のため,脊髄性小児麻痺を疑ひ葛城保健所に連絡し,大阪市立桃山病院へ一〇月二四日転医する。……」とある。

 大阪市立桃山病院杉山医師の昭和四五年一二月一〇日付証明書によれば,発病までの経過としては,「昭和四五年一〇月一五日午後三時ポリオ生ワクチン服用後異状なし。一〇月一九日微熱37.0度C,食欲やや減退。一〇月二一日午前一〇時,けいれん,流延,右側全半身けいれん,体温37.1度C。二〇分後再度けいれん。鎮痙剤注射後睡眠,覚醒後機嫌良。一〇月二二日午前一〇時けいれん(ゆるく二〜三分間)。午後一時頃再度けいれん三〇分持続,大阪市立十三市民病院に入院す。一〇月二三日,一〜二回けいれん,体温38.5度C。一〇月二四日午前二時,同六時けいれん。食欲普通,無欲状,下痢二回,体温39.6度C。一〇月二四日,大阪市立桃山病院に入院す。なお,一〇月二一日より一日一〜二回浣腸施行。」とある。また,入院時所見及び経過としては,「体温39.1度C,脈博一六〇,体格中,栄養良,顔貌やや蒼白,皮膚色蒼白,皮膚画紋症(+),舌白苔。……咽頭や充血。意識障害(+)。躯幹及び四肢の筋痛(+)。目下けいれん,運動麻痺共に(−)。膝蓋腱,アキレス腱,提睾筋反射,左右共に(+)。腹壁反射やや減弱。バビンスキー,オッペンハイム左右共に(−)。当院入院前(一〇月二三日)採取したるリコール所見,初圧四〇〇,終圧一五〇,外見透明,ノンネ,パンディ(−),細胞数三,糖六三mg/dl。入院後二日目より九日目までO2吸入施行。入院後三日間体温三九度Cを上下するも,九日目より三七度Cを上下,以後次第に平熱になる。……一一月一六日,心音やや強盛,呼吸音やや粗裂。項部強直(−),肝(+)。整形外科との共診に於ては,下腱反射減弱,右下肢及び上肢伸展力弱く,一二月一〇日現在入院加療中。……」とある。

 大阪市立小児保健センター内科大浦医師の昭和四七年六月一日付診断書によれば,診断は「右痙性片麻痺,症候性てんかん,精神薄弱」とある。

 吉本病院田中医師の昭和四七年一一月一日付診断書によれば,傷病名は「脳性麻痺」とあり,京都市児童院心身障害児診療所滝本医師の昭和四八年一〇月二七日付診断書によれば,「……①てんかん発作(大発作,小発作あり。脳波―昭和四八年五月二一日記録―異常),②重度精神発達遅滞(白痴級),③脳性麻痺等の症状を有し,寝がえりが出来る程度で,食事,排泄,脱着衣は全面介助にたよつている。……」とある。

 以上の資料を総合して検討すると被害児真弥(三八の一)の経過は,本件接種後四日目に軽度の感冒様症状を示し,接種後六日目にけいれんの頻発をみて,脳炎(又は脳症)の経過をたどり,その後遺症としててんかん,精神薄弱,脳性麻痺を残したものと概観される。

 ポリオウイルスの神経組織に対する親和性は非常に選択的で,脊髄前角,延髄運動核の神経細胞に対する親和性が高く,まれに小脳歯状核,親床下部,淡蒼球,大脳運動領を冒すことがある程度である。臨床病像も脊髄型が最も高頻度にみられ,球麻痺型,脊髄球麻痺型がこれに続いており,それ以外の部位を責任病巣とする症状は,以前ポリオが流行していた時代においてもほとんど認められていなかつたものである。極めてまれには脊髄型,球麻痺型に随伴した脳炎も症例報告されているが,その中には球麻痺に起因した呼吸不全による意識障害を脳症状と誤認したものすらみられるのであつて,ポリオ生ワクチンウイルスによつて被害児真弥(三八の一)の症例のように大脳皮質を運動領のみならず,他の部位まで広範に冒すことは考えられない。更に,野生のポリオウイルスによる脳炎の発生は極めてまれであつて,ポリオ生ワクチンウイルスでは脊髄型のポリオの発生すら極めてまれであることを考慮すると,高度に弱毒化されたポリオ生ワクチンウイルスの侵襲によつて脳炎が発生することは考えられないものである。

 世界的にみて,一〇数年にわたるポリオ生ワクチンの歴史のうちで,弱毒ポリオウイルスによつて脳炎が起こり得ることを明らかにした報告はなく,また,我が国で,ポリオ生ワクチン接種後に発病した脳炎について調査した報告でも,接種から発病までの日数に集積性は認められておらず,脳炎の発症はワクチン接種とは無関係なものであることを示している。従つて,ポリオ生ワクチンによつて脳炎が起こることはないと考えるのが相当である。

 右の次第で,被害児真弥(三八の一)の前記症状の発生は,本件接種とは因果関係がないというべきである。

    (5) 被害児大川勝生(四五の一)

 岡田医院の昭和四三年一月二五日初診のカルテによれば,傷病名は「気管支炎(開始四三年一月二五日,転帰治ゆ)。肋間神経痛(開始四月二日,転帰治ゆ)。気管支炎・気管支喘息(開始五月二四日)。」,「気管支喘息(開始四三年五月二四日,転帰死)」で,同年六月五日の記載には「早朝より気分よく元気に話していたが,昼過ぎ二階へ上つて間もなく呼吸停止,意識消失し,約一五分後死。」とあり,また,同医院岡田医師の昭和四三年六月五日付死亡診断書によれば,「発病年月日,昭和四三年五月三〇日。死亡年月日時分,昭和四三年六月五日午後二時五五分。直接死因,気管支喘息(発病から死亡までの期間六日)。その他の身体状況,気管支炎(同一三日)。」とある。

 被害児勝生(四五の一)の父勝三郎(四五の二)の昭和五四年一二月一五日付弔慰金支給申請書によれば,「日脳予防接種の翌日は登校したが,帰宅後ぜんそく発作,六月一日から休校,五月三一日より医師の診察治療を受けていたが,四三年六月五日午後二時五五分死亡。」とある。

 右の経過をみると,被害児勝生(四五の一)は,本件接種前より気管支喘息を有していたもののようであるが,死亡の状況は原因不明の突然死ともいうべきものであり,日本脳炎ワクチンによつて接種後六日目にこのような死亡が起こるとは考えられない。本件接種が気管支喘息を増悪したという可能性を検討してみても,前記岡田医院の昭和四三年一月二五日初診のカルテ及び父勝三郎(四五の二)の昭和四五年一二月一五日付弔慰金支給申請書によれば,被害児勝生(四五の一)は本件接種翌日には登校しており,また六月五日には,「早朝より気分よく元気に話していた」というのであり,本件接種の影響は,仮にあつたとしても,一過性のものにすぎなかつたと解さざるを得ず,死亡に至らせるほどの病状増悪との因果関係はないというべきである。

    (6) 被害児小久保隆司(四八の一)

 東京都立大塚病院小児科の昭和三八年六月一四日初診のカルテによれば,「昭和三八年六月一四日午後二時三〇分入院(紹介,駒込病院),同日退院(転帰,死亡)。入院後診断,敗血症。確定診断,敗血症。」で,現病歴は「六月一〇日,生ワクチン服用。その夕方,便がゆるくなり二回,熱なし,嘔吐なし,食欲普通。六月一一日,軟便二回,治療なし。一二日,熱が38.7度Cに上昇し,水様便頻回となる→島田医師(サルファ剤二回)。その夕方,嘔吐一回。一三日,朝不機嫌。夜,熱が四〇度Cに上昇。CM―S二〇〇mg及びSM0.2注射。一四日,早朝,顔面蒼白となり解熱せず。意識不明瞭となる。CM―S二〇〇mg注射。」とあり,入院時現症では「顔貌,蒼白で軽度チアノーゼ。呼吸困難,軽度。口唇,チアノーゼ。舌,やや乾燥。咽頭,強度充血。左扁桃,白色膿苔あり。両下肢,軽度強剛。膝蓋反射,両側亢進。アキレス腱反射,正常。ケルニッヒ症候,両側(+)。」とある。また,同病院橋本医師の昭和三八年六月一四日付死亡診断書によれば,「発病年月日,昭和三八年六月一〇日。死亡年月日時分,昭和三八年六月一四日午後九時五四分。直接死因,敗血症(発病より死亡までの期間,五日間)。直接死因の原因,急性咽頭炎。」とある。

 右によると,被害児隆司(四八の一)の発病及びその後の経過は,本件接種当日の夕方から軟便を呈し,接種後二日目より発熱とともに水様便頻回となり,夕方に嘔吐一回,接種後三日目の夜には体温四〇度Cに上昇し,接種後四日目になつても解熱せず意識不明瞭となり入院(午後二時三〇分),入院時には急性咽頭炎の所見とともに脳症状を認め,同日午後九時五四分に死亡するに至つたというものである。

 同児の死亡原因は,死亡診断書によれば「急性咽頭炎による敗血症」とされているが,ポリオ生ワクチンにより敗血症が起こることはあり得ないものである。しかも,敗血症発病を証明するに足る資料はなく,病状経過からみれば,むしろ消化不良性中毒症による死亡である可能性が高いと考えられる。

 ワクチンの成分は五〇パーセント庶糖液であり,その一ミリリットルの投与が下痢を引き起こすとは考えられない。また,ワクチン中のウイルスが増殖して影響したのではないかという点についても,ポリオウイルスは元来下痢を引き起こす性質のものではないことから,ポリオ生ワクチンウイルスによる下痢も考え難い。一方,乳児は種々のウイルスや細菌による下痢を起こしやすいものであり,被害児隆司(四八の一)の場合も発熱,下痢,咽頭所見等の経過からみて,ポリオ生ワクチンウイルス以外の何らかの感染症から消化不良症を来したものと判断すべきものである。

 加えて潜伏期の面からみても,投与されたポリオ生ワクチンウイルスが腸管内で増殖し,ウイルス血症により他の身体各部に到達して症状を現わすためには,一定の時間を必要とするものであるところ,被害児隆司(四八の一)の場合は,接種当日より軟便症状を呈し,接種後二日目から発熱とともに水様便頻回となり,接種後四日目には脳症状を生じて死亡しており,右の経過に照らして,本件接種が同児の右症状に影響したとは到底考えられないことである。

    (7) 被害児大平茂(五一の一)

 石神医院の昭和三八年四月六日初診のカルテによれば,傷病名は「感冒性下痢症?(三八年四月六日開始,三八年四月七日終了,転帰死亡)→小児マヒワクチン内服後胃腸障害」で,「三〜四日間,風邪様症状で下痢持続し,38.3度Cの発熱が続く(一日便通四〜五回,オムツを代える度に出ている)。食欲不振(

)。稍々ひきつけ発作の様に全身けいれんが起る。人工乳を吐く,のませると直ぐに吐く。腹部は,蛙腹の様に膨満している。グル音(

)。小児マヒワクチン内服後,木村医院ニテ診テモラツテイタト。浣腸:便―粘血便,少量,黄色イ糞便。四月七日,午前中外来ニ。発熱高く,体温40.5度C。ひきつけ発作(

)。浣腸:糞便,粘血便(

),黄色イ便(−)。午後一時,再びひきつけ発作。発熱(

)。午後一時,死亡。」とあり,同医院石神医師の昭和三八年四月八日付死亡診断書によれば,「発病年月日,昭和三八年三月二三日。死亡年月日時分,昭和三八年四月七日午後一時〇分。直接死因,急性消化不良症(発病から死亡までの期間,約一五日間)。直接死因の原因,小児麻痺ワクチン内服。」とあるが,昭和三八年四月一九日保健所受付の人口動態調査死亡票によれば,直接死因の原因の欄において,「小児麻痺ワクチン内服後」との記載が=を引いて抹消されており,「医師に照会の結果抹消」とある。

 被害児茂(五一の一)の父正(五一の二)の昭和四五年一一月三〇日付弔慰金支給申請書によれば,「昭和三八年三月二二日,急性灰白髄炎生ワクチンを服用,その後から乳を飲まなくなつた。二三日,発熱し,乳を飲ませてもすぐに吐く。木村小児科医院に受診。二四日,ひきつけ,けいれんをおこす。二五日,衰弱著るしい。四月六日,ひきつけ,けいれんをおこし,石神医院に受診,治療を受けた。夜,お茶をおいしそうに飲む。四月七日,熱高く,コーヒー状の吐瀉物を出し始める。午後一時死亡。」とある。

 被害児茂(五一の一)の発病経過は,前記弔慰金支給申請書の記載によれば,本件接種当日から食欲不振,接種翌日から発熱,嘔吐,接種後二日目にひきつけ,けいれんの症状を呈しているが,潜伏期の面からみて,前記(6)で述べたとおり,本件接種がこれらの発症に原因を与えたものとは考えられない。

 また,石神医院のカルテによれば,被害児茂(五一の一)は四月初め(初診四月六日の前三,四日間)から感冒様症状で下痢,発熱が持続し,四月六日にはけいれん,嘔吐,腹部膨満,グル音,粘血便を認め,四月七日に死亡するに至つている。以上の経過は,感冒性消化不良症を思わせるものであるが,浣腸を施して粘血便をみていることから,細菌性腸炎の可能性も強いものと考えられる。しかし,いずれの場合であつてもこれらの症状はポリオ生ワクチンの接種によつて生ずるものではなく,また,前記(6)で述べたとおり,ポリオ生ワクチンによつて下痢が引き起こされることも考えられないことから,被害児茂(五一の一)の症例は,急性消化不良症又は乳児胃腸炎が,本件接種後に偶発したにすぎないと考えざるを得ないものであり,本件接種とは因果関係がないというべきである。

    (8) 被害児高橋尚以(五五の一)

 岩井小児科医院岩井医師の昭和四六年六月一〇日付診断書によれば,病名は「急性咽頭扁桃炎兼ヘルペス性口唇炎」で昭和四四年一一月一一日発病,同月一三日初診。上記疾患にて一一月一三,一五両日,パラキシゾルM及びアミノバールの筋注,内服としてロイコマイシンドライシロップ,ママレット,ヘシテリン等を使用させることをみとむ。」とある。

 岩手県立釜石病院小児科の昭和四四年一一月一六日初診の入院カルテによれば,「四四年一一月一七日入院,同月二〇日退院」,傷病名は「急性上気道炎(診療開始,四四年一一月一六日,転帰中)。結核の疑い及びリウマチ熱の疑い(診療開始一一月一七日,転帰中)。急性髄膜脳炎(診療開始,一一月一九日,転帰中(転医)終了,一一月二〇日)」,主訴は「高熱」で,「一三日,インフルエンザの予防接種を受ける。その後発熱(三八〜三九度C)が続く。軽い咳嗽あり。市内某医院で治療を受けたが解熱せず,昨夜(一六日)外来でメチロン等注射した。一七日午前中,入院す。嘔吐(+),関節痛なし,発疹なし。」とあり,入院時現症では「顔貌正常,意識明瞭,発疹なし」等とあり,一一月一九日の記載には「早朝午前四時半頃けいれん(五分位との事)。意識混濁,再び発熱,初め右手のけいれんだつたとの事,後に全身となる。……午後一時すぎ,再びけいれん。……午後一〇時四〇分,けいれん。呼吸時々とめる。……膝蓋腱反射,弱。アキレス腱反射,弱。バビンスキー反射,両側(+)。ケルニッヒ症候(+)。項部強直(

)。全身の知覚過敏状。意識昏迷状で,時々昏睡様となる。四肢の麻痺なし。」とあり,一一月二〇日の記載には「意識混蒙状。時々けいれん(全身の)あり。尿失禁あり。体温37.1度C。盛岡岩手医大におくる。」とある。

 岩手医科大学小児科の昭和四四年一一月二〇日初診の入院カルテによれば,「昭和四四年一一月二〇日入院,同四五年四月二日退院」,最終診断は「二次性脳炎?」,主訴は「けいれん発作」で,入院時髄液所見は「初圧一三〇,終圧九〇(排泄三cc),水様透面,細胞数一五〇〇/3(主にリンパ球),パンディ(±),ノンネ(±),トリプトファン(+)弱。」とあり,経過の要約としては「インフルエンザ予防接種の後に,発熱,けいれん,意識混濁が長い間続き,その結果微細脳損傷をきたしたものと思われる。脳代謝ふ活剤,高圧タンク等により,脳波によつても棘波が少くなり,自宅にて経過をみることにした。」とある。

 弘前大学医学部神経精神医学教室大沼医師の昭和四六年三月四日付診断書によれば,病名は「てんかん,脳炎後遺症」で,「前記患者は昭和四五年九月二一日より昭和四五年一一月一四日まで入院し,精査を受けた。現在患者は難治性てんかん,性格行動の異常及び知能の低下を持つており,これらは脳実質の器質的障害にもとずくものである事は,脳波,気脳写等の結果から明らかである。……」とある。

 宮古児童相談所晴山所長の昭和四九年一月七日付判定書によれば,「面接月日,昭和四八年一二月二七日」で,「本児は精神遅滞は十分認められ,今後の望ましい発達を遂げることは困難であることが予想され,むしろ年令の発達と共にIQの低下があるであろう。更に情緒,行動面にも重い障害を認めることができる。」とある。

 以上の経過によると,被害児尚以(五五の一)は,本件接種後から発熱が続き,接種後六日目に脳炎症状の発症をみ,その後,脳炎後遺症としててんかん,精神薄弱等を残しているものである。

 本件接種当日から発熱が続き,接種後六日目に脳炎症状の発現をみていることから,ワクチンによる発熱から急性脳症を起こしたと考えることはできない。すなわち,ワクチンによる発熱(又は,発熱に対するワクチンの影響)が六日間も持続することは考えられず,発熱があつたとしても一過性のものにすぎず,後の脳炎症状にまで影響するとは考えられない。また,右症状を急性脳症であるとの見解を採れば,髄液の細胞増多を説明し難く,この面からも急性脳症との見解は採り難い。髄液所見で細胞増多,蛋白軽度増等を認めており,病状経過等を考え併せれば,ウイルスの脳侵襲による一次性脳炎又は感染に伴う二次性脳炎とみられるものであり,インフルエンザワクチンとの関連は考え難いものである。強いて関連の可能性を求めるとすれば,アレルギー機序による脳炎の発生であるが,この場合には接種当日から発熱するとは考えられず,また,インフルエンザワクチンによるアレルギー性脳炎発生が確認された例もないことから本件接種によるものとは考え難いものである。

    (9) 被害児中井哲也(六一の一)

 東京医科大学病院大角医師の昭和四六年一月二九日付証明書によれば,「昭和三七年一一月二〇日三種混合接種後三七度台の発熱を来たし,一一月二二日よりけいれんを認めないが嘔吐,嗜眠状態を来たす。二四日,紹介されて来院。臨床的に髄膜炎と考えられる所見を認めて入院。昭和三八年一月八日,全身状態は回復するも腰に力が入らない,首がすわらない等の症状を残して退院した。尚,三八年一月二五日に聴力障害,一二月二八日に後遺症と思われるけいれん発作を認めている。」とあり,同病院小児科の昭和三七年一一月二四日初診のカルテによれば,予防接種歴では「種痘(+)。百日咳,ヂフテリア,混合二回目まで(+)。流感ワクチン二回すみ。」とあり,入院時の検査所見は,髄液では「外観,無色透明。細胞数一五三二/3。細胞種,リンパ球三〜四/一視野,好中球四〜五/一視野。バンデー(+4)。ノンネアヘルト(+3)。糖,5.0mg/dl。食塩,六二三mg/dl。塗抹標本にて,グラム陰性小球菌を認めた。」末梢血液では「赤血球五一六万。白血球二万三〇〇〇(桿状球一%,分葉球八〇%,好酸球一%,リンパ球一八%。」とあり,昭和三七年一二月五日の記載には「一一月二七日の髄液培養にて緑膿菌がでているとのこと。」とある。

 黒川クリニック黒川医師の昭和四九年二月七日付診断書によれば,病名は「症候性癲癇,聾唖,精神発達遅滞」で,「当院では四七年五月二四日より癲癇,問題行動に対して治療並びに指導を行つているが,重度の障害で,今後も長期に亘つて治療を要する。」とある。

 被害児哲也(六一の一)の発病の時期からみて,本件二種混合ワクチン第一回目接種が同児の発病に影響を与えたとは考えられない。

 同児の症例の経過は,昭和三七年一一月二〇日から発熱,二二日から嘔吐,嗜眠状態を呈し,二四日には臨床的に髄膜炎と考えられる所見を認めて入院したというもので,髄液所見,末梢血液所見等を併せて考察すれば,化膿性髄膜炎であることは疑う余地がない。原因菌は特定されるには至つていないが,検査結果からみて,髄膜炎菌又は緑膿菌であつた蓋然性が高いとみられる。

 発病日を昭和三七年一一月二二日とすると,本件種痘接種後一六日目,本件二種混合ワクチン第二回目接種後二日目となるが,まず,潜伏期間の面からみてこれらのワクチンによつて化膿性髄膜炎が起こることは考えられない。また,同児の病状経過は化膿性髄膜炎の経過としてすべて了解されるものであつて,予防接種による化膿性髄膜炎の増悪の蓋然性も認め難く,同児の右症状は本件接種とは因果関係がないというべきである。

   (二) 初め因果関係を認めたがこれを撤回し否認する各被害児

    (1) 被害児尾田眞由美(六の一)

 昭和三八年一二月二日に岡山大学医学部附属病院小児科へ入院した際のカルテによれば,本件接種の「翌日より発熱し,三日間,三九度Cの熱が続いた。意識は明瞭であつた。下熱後四日目(種痘后七日目),突然意識消失一分間持続。チアノーゼ(+),眼球上転(+),発作后入眠(+),左右差(−)。痙攣があつたかどうか不明。以后,かような発作は全く見られなかつたが,二才八ケ月の時(三八年五月)遊んでいて突然くずれるように横たわつた。痙攣(−),チアノーゼ(+),呼んでも返事をしない。約三〇秒持続后再び遊び出した。こんな発作が,八月頃まで毎月一回位見られた。八月頃より発作の型が変り,二種類の発作が見られるようになつた。その一つは,全身痙攣もしくは右又は左の半身痙攣で約三〇秒間持続。意識消失(+),チアノーゼ(+),週に二,三回。もう一つの発作は,瞬間的に頭を前に垂れるか,体全体が前につんのめるような発作である。チアノーゼの有無不明。シリーズの形成(−),手は上げない。一日に五,六回。又,この頃(三八年八月)から歩く事が徐々に不能になつてきた。又,言語も一語云えなくなつた。治療は全く受けていない。」とある。

 町立牛窓病院の昭和四九年一月一七日付診断書によれば,「病名,種痘後脳炎後遺症,現症知能障害(+),言語発声なし。四肢運動殆んどなく歩行全く不能,大小便失禁,四肢(特に上肢)がけいれん発作一日三回位」とある。

 被害児眞由美(六の一)は,本件接種の翌日に発熱しているが,種痘接種による発熱がこのように短時間で生ずることは,考えられないことである。従つて,この発熱は,種痘以外の原因によるものと考えるのが相当である。

 また,右発熱はその後解熱し,本件接種から七日目に一分間の意識消失がみられるが,極めて短時間でしかも一過性のものであり,この症状だけからは,種痘後脳炎または脳症が起こつたとみることはできない。そして,前掲岡山大学附属病院のカルテによると,右以後二歳八か月になるまで右のような発作は全くみられず,問題となるてんかん症状が発症したのは接種から二年以上後のことであつて,同児の死亡時までのてんかん症状は,本件接種とは関係のない典型的なてんかんの自然経過として理解すべきである。

 従つて,同児の本件接種後の発熱,一過性の発作(意識消失)及びてんかん症状は,今日の医学的知見に照らすといずれも本件接種との因果関係はないというべきである。

    (2) 被害児布川賢治(八の一)

 被害児賢治(八の一)の母親である則子(八の三)の記憶によれば,本件接種の日から六日目の昭和三八年九月一五日,同人は同児を本件接種後初めて入浴させているが,そのときの同児の症状は,熱もなく元気な様子であり,種痘の接種部位も「疱瘡の痕ももうカラカラしてきれいにもうほとんど黒い瘡ぺたがついた程度」の状態であつた。

 大溪医師の昭和四五年一二月二一日付の診断書によれば,「昭和三八年九月一五日夕方,痙攣発作をおこして,来院す。浣腸,ビタカンファー,コントミンの注射にて一応発作が治癒した。」とある。

 新潟大学医学部附属病院の昭和三八年一〇月二四日付の小児外来病床日誌によれば,「主訴痙攣」,「吸引分娩」,「九月一五日(約四〇日前)沐浴させた際,右手足に間代性痙攣あり,意識は消失して三〇分位で治まつた,熱なし(37.3度),一〇月二日(一四日前)同様痙攣が右側のみにみられた,一〇月一二日本学精神科で脳波撮影境界異常と云われ,アレビアチンを現在まで服用していたが,一〇月二一日(三日前)同様痙攣が今度は左側のみに表われ,流唾もあつたという(いつもお風呂に入れたあと痙攣が来る)昨日お風呂で左方への眼振がみられた。テタニー様なところはないらしい。」とあり,「熱性疾患(−),第一回の発作は種痘後五日,痙れんの後チアノーゼが来る,振せん様の単調な手足(偏側)の運動が一五分位つづく,意識は失われる様である。」と記載されており,抗けいれん剤の投与が行われている。

 新潟大学医学部附属病院小児科岩谷医師の昭和四五年一一月二九日付証明書によれば,「種痘接種(昭和三八年九月一〇日)後五日目,熱発,種痘疹あり,生後初めて間代性痙攣あり,その後痙れん頻発,抗痙剤を投与したが時々痙攣をきたした。」とあるが,前掲小児科外来病床日誌には熱発,種痘疹の記載はなく,母親の記憶からも,熱発,種痘疹があつたとは認められない。

 種痘による神経系合併症が種痘ワクチンの体内吸収によつて生じるものである以上,右合併症の判定にはワクチン作用の徴表となる確実な善感(確定反応)を示すことが必要である。ちなみに,初種痘の場合の接種から善感等への通常の経緯をみると,接種部位は,接種後三日目ころから発赤を伴う小丘疹となり,五ないし六日に小水痘が形成され,七ないし九日の間にその径は最大となり,直径一〇ミリメートル位の膿疱とその周囲に一五ないし二五ミリメートルの硬結を伴う発赤が認められる。その後,一〇日目ころから痂皮化し始め,一二日目ころには完全に痂皮化し,周囲の炎症像も次第に消褪するという経過をとる。そして,右善感の判定は,接種後六ないし八日目に行われ,中心に水疱又は膿疱を有し周囲に発赤を伴う等の状態をもつて善感の判定が下されるのである。

 右に述べたところから明らかなように,接種日から六日目ころは善感している場合であれば小水痘が形成される時期である。ところが,前記のとおり,被害児賢治(八の一)の場合接種日から六日目の時点でおよそ善感をうかがわせるような状態は認められないのであるから,種痘ワクチンの作用が働いていなかつたということになり,本件接種による合併症の発症を想定することはできないというべきである。

 同児の場合,本件接種日から六日目の入浴後にみられたけいれん発作は,右に述べたところに併せて,発熱もなく,一五分位の短時間で治まつていることを考慮すると,種痘後脳炎によるものとは考えられない。むしろ,その後定型的なてんかん発作に移行していることから考察すると,最初の発作もてんかん性のものとみるのが妥当である。加えて,同児は出産時鉗子分娩が行われており,それによる影響,若しくはそのような分娩方法によらざるを得なかつた母子の状態が,同児のてんかん性素因を形成したということも医学的には考えられるのである。

 従つて,同児は本件接種から五年半余経過した後,てんかん大発作重積で死亡したものであるが,今日の医学的知見からすると,死亡の原因として本件接種が影響したとは認められないというべきである。

    (3) 被害児依田隆幸(一〇の一)

 被害児隆幸(一〇の一)の事故報告書によれば,「昭和四〇年一二月一日から三日まで発熱(三九度)のため堀越小児科医院へ通院,同月五日ひきつけのため木村小児科医院へ入院し,三九度の発熱が一週間続き,同四一年一月七日退院,翌日から一二月二〇日まで通院,同四二年一月国立小児センターの脳波検査で右側頭部に異状,同年四月には左側に異状を認める」とある。

 木村小児科医院の昭和四五年一一月一〇日付の診断書には,「脳炎で昭和四〇年一二月六日から同月二六日まで入院した」とある。

 上秦野病院鶴丸医師の昭和五二年九月一三日付の診断書には,診断名「精神薄弱兼てんかん」と記載されている。

 以上の経過をみると,被害児隆幸(一〇の一)の発病経過は,本件接種の二ないし三日後に発熱,六ないし七日目に脳炎様の症状を起こし,徐々に精神薄弱等の後遺症を呈することになつたものと要約される。

 インフルエンザワクチン接種後に脳炎を起こしたという事例は,医学文献上,いくつかの報告があるが,現在までのところその因果関係を肯定できるものはない。一般に乳幼児は,脳炎(脳症)に罹患しやすいものであり,被害児隆幸(一〇の一)の場合は,本件接種後に,たまたま,右ワクチン以外の何らかの原因で脳炎を発症したと考えるのが相当であつて,同児の場合も,今日の医学的知見に照らすと,本件接種との因果関係が否定される事例である。

    (4) 被害児伊藤純子(一一の一)

 関西医科大学小児科学教室松村医師の調査表によれば,「四二年一〇月二三日,37.5度発熱,不機嫌,午後には三九度に上昇,けいれん三回(一回目三〜四分,二回目五〜六分,三回目約一分)以後数回のけいれん発作をきたす。その間嘔吐五〜六回あり。同二四日早朝には意識こん濁し,来院。」,入院後「けいれんは一〇月二六日には無くなつたが,意識障害をのこす。網膜に出血斑を認めた。四〜五病日(一〇月二六〜二七日)にはテール便を出す。発熱は一一日間で解熱したが,意識は回復せず。」とあり,「上記の者はポリオワクチン接種後の脳症コンパーティブルケースと考えられます。」とある。

 大阪赤十字病院村上医師の昭和四六年一一月一五日付診断書では,病名「脳性麻痺,知能発達遅延,てんかん」となつている。

 被害児純子(一一の一)は,本件接種後一〇日後に脳症を発症したというものであるが,今日の医学的知見からすると,右接種と脳症の発症との間の因果関係は否定されなければならない。即ち,前記(一)(4)で述べたとおリポリオウイルスの神経組織に対する親和性は非常に選択的で,脊髄前角,延髄運動核の神経細胞に対する親和性が高く,まれに小脳歯状核,視床下部,淡蒼球,大脳運動領を冒すことがある程度である。臨床病像も脊髄型が最も高頻度にみられ,球麻痺型,脊髄球麻痺型がこれに続いており,それ以外の部位を責任病巣とする症状は,以前ポリオが流行していた時代においてもほとんど認められていなかつたものである。極めてまれには脊髄型,球麻痺型に随伴した脳炎も症例報告されているが,その中には球麻痺に起因した呼吸不全による意識障害を脳症状と誤認したものすらみられるのであり,まして高度に弱毒化されたポリオ生ワクチンウイルスによつて大脳皮質を運動領のみならず,他の部位まで広範に冒すことは考えられない。更に,野生のポリオウイルスによる脳炎・脳症の発生は極めてまれであつて,ポリオ生ワクチンウイルスでは脊髄型のポリオの発生すら極めてまれであることを考慮すると,高度に弱毒化されたポリオ生ワクチンウイルスの侵襲によつて脳炎・脳症が発生することは考えられないものである。

 世界的にみて,一〇数年にわたるポリオ生ワクチンの歴史のうちで,弱毒ポリオウイルスによつて脳炎・脳症が起こり得ることを明らかにした報告はなく,また,わが国で,ポリオ生ワクチン接種後に発病した脳炎・脳症について調査した報告でも,接種から発病までの日数に集積性は認められておらず,脳炎・脳症の発症はワクチン接種とは無関係な偶発的なものであることを示している。従つて,ポリオ生ワクチンによつて脳炎・脳症が起こることはないと考えるのが相当である。

 右のとおり,被害児純子(一一の一)の前記症状の発生は,本件接種とは因果関係がないというべきである。

    (5) 被害児梶山桂子(一五の一)

 被害児桂子(一五の一)が最初に受診したという黒田医師の昭和四五年一一月三〇日付診断書によれば,「四〇年九月九日高熱ありて,感冒様症状あり,対症療法を行ふ」とあり,けいれん発作については何ら触れられていない。

 昭和四二年ころ受診したという国立小児病院の岡田医師の同四五年一二月一日付診断書によれば,「百日咳・ジフテリア混合ワクチンの予防接種によつて発熱性の一過性のけいれんを惹起したが重篤な後遺症は認められなかつた」とあり,右けいれんが接種後間もなく発症したとの記載はない。

 医師森下昌壽の昭和四五年一〇月一五日付診断書によれば,「昭和四三年五月頃より軽度の熱発により週二回程度,けいれん発作を反復し今日に至る」と記載されている。

 右によると,本件接種の直後からけいれん発作を起こすようになつたとは認め難い。被害児桂子(一五の一)の母親である喜代子(一五の三)は,右接種の翌日からけいれん発作が発症していた旨述べているが,けいれん発作は重要な症状であり,前掲各医師の診断書にこれにそう記載がないことに照らすと,接種直後からのけいれん発作は認められないというべきである。仮に,接種直後ころけいれん発作の発症があつたとしても,それは「一過性のけいれん」であり,また脳炎,脳症等器質的障害を疑わせる症状は認められていない。

 被害児桂子(一五の一)の場合,てんかん発作発症の経緯を裏付ける医学的資料は必ずしも充分ではないが,一応これを明記している前掲森下医師の診断書によれば,同児のけいれん発作が反覆継続して生じるようになつたのは本件接種から二年八か月を経過したころからのことであり,右接種が影響したものとは考えられない。

    (6) 被害児井上明子(二四の一)

 高橋医師の昭和四六年一月七日付の診断書によれば,「昭和四三年五月十二日,体温39.0度,咽頭発赤,……五月十五日体温36.4度,朝より水様便二回,風疹様発疹あり,同月十七日軟便粘液便混,病名急性咽頭炎兼乳児下痢症」,「六月八日発熱38.5度,けいれんにて来院処置後転医,病名痙攣」とある。

 倉形医師の昭和四六年一月六日付診断書では「病名(1)消化不良症(2)日本脳炎の疑」,「昭和四三年六月九日より一〇日まで発熱痙攣にて加療した」とある。

 東邦大学病院有馬医師の昭和四四年一月一七日付の診断書によれば,「病名脳炎後の脳性麻痺」,「四三年六月一一日より意識障害,痙攣,高熱が約一週間続き」,右処置後「高度の知能及び運動発達遅延を残して退院」とある。

 被害児明子(二四の一)は脳炎を起こし,その結果として後遺症を残したものであつて,脳炎の発症時期は六月八日ころと認められる。

 今日の医学的知見によると,ジフテリア・百日咳混合ワクチン接種後の中枢神経系副反応については,百日咳ワクチンによる毒素様反応によつて,急性脳症の病像を示すことがあるとされているが,その発症時期は,大部分が接種当日,遅くとも四八時間以内であることが知らされている。被害児明子(二四の一)の症例において本件二種混合ワクチン接種の直後には何らの症状も訴えておらず,脳炎症状は一二日後ころに起きているから,同児の脳炎が,右ワクチンにより起こされたものとは考えられない。

 次に,同児の脳炎と本件ポリオ生ワクチン接種との関係であるが,(4)において述べたとおり,ポリオの自然感染においては,脊髄性小児麻痺の形をとるのが普通であり,かつてポリオの流行していた時代でも,脳炎の症例はほとんどなかつたものである。まして生ワクチン中の弱毒ポリオウイルスによつて,脳炎が起こり得ることを明らかにした報告はなく,また,我が国で調査した例でも接種から発症までの日数に集積性は認められておらず,脳炎はポリオ生ワクチン接種とは無関係な偶発的なものと考えられている。

 従つて,被害児明子(二四の一)の現症は,今日の医学的知見に照らすと,本件のいずれの予防接種とも因果関係は認められないものというべきである。

 四1(一) 請求の原因第四項(責任)1(一)の事実は,本件各接種には,原告らが主張する四つの場合以外に,被接種者が地方公共団体から勧奨を受けることなく任意に予防接種を受けた任意接種〔被害児勝生(四五の一)の場合〕があると訂正のうえ認める。

   (二) 同項1(二)の事実中,勧奨接種につき,地方公共団体が接種を強く勧奨し,これにより各被害児の両親は法律上の強制と同視しうる程の心理的強制を受けて各被害児に接種を受けさせたとの事実は争い,その余の事実は認める。

   (三) 同項1(三)の事実は争う。

 安全配慮義務が問題となり得る特別密接な社会的接触関係とは,少なくとも国と国家公務員の関係のように私法上の雇傭と共通する面の多い継続的,身分的,特殊的な基本的法律関係が存在し,安全配慮義務がその付随義務としてとらえられる場合を指すものと解すべきである。ところで,予防接種における被告国と被接種者の関係においては,右のような継続的,身分的,特殊的な基本的法律関係は存在しない。そもそもそこには法律関係あるいは基本的法律関係とみられるものが存在しないばかりでなく,仮にそれに準ずる何らかの関係があるとしても,それは継続的,身分的な関係ではなく,個々の予防接種に関する一回的な関係である。また,国民が法律により一定の予防接種を義務付けられるのは,原則として国民全部に課せられる普遍的,一般的な義務であつて,法律関係というべきものではなく,特別な社会的接触の関係には該当しない。原告らの主張は,社会的法治国家,福祉国家の思想に基づき国が国民生活のほとんどの部面に何らかの形で関与,接触している今日において,それらをすべて国と国民各個人間の私法的債務関係として構成する考え方に道を開くことになり,従来の基本的な法理論,法常識を否定するとともに実際上も収拾のつかない事態を招来するおそれがある。

   (四) 同項1(四)の事実中,ワクチンは病原微生物を弱毒化ないし不活化したもの,あるいは病原微生物が産出する毒素を無毒化したもので,劇薬に指定されており,通常大なり小なりの副反応を伴つており,まれに致死あるいは脳炎など重篤な後遺症をもたらすことがあること,予防接種によつてまれに前記のような重大な被害が発生することが原告ら主張の時期以前から医学界及び公衆衛生当局によつて知られていたこと,予防接種は,医療上の治療行為とは異なり,被接種者が現実に病気に罹患している場合に,その生命身体に対する現実の危険を排除するために実施されるものではなく,医療上の治療行為には生命身体のより重大な具体的危険を排除するため生命身体のある程度の危険を冒しても治療を行うことが許される場合があるが,予防接種を実施するにあたつて被接種者に死亡あるいは重篤な障害を発生させることが本来あつてはならないこと,強制によりなされた予防接種の場合,国民は法律上接種を受けるよう強制されること,との事実は認め,その余の事実は争う。

 被告国が予防接種を強制ないし勧奨する場合において,被接種者の生命,身体の安全を絶対的に保証すべしとする原告らの主張は,少なくとも従来及び現在の科学水準の下においては,事実上一切の予防接種を中止せよというに等しく,予防接種による伝染病の予防,公衆衛生の維持増進という予防接種法上の公益目的の全面的放棄を求めるに帰するものであつて失当である。被告国が可能な限り被接種者の安全確保のための措置を講ずべきことはもとより当然であり,被告国は予防接種に際し事故発生を防止するための万全の措置を講ずべき広義の義務があると解されるが,この義務の性格は,被告国がいわゆる予防接種行政において国民一般に対して負つている抽象的な行政的責務と解すべきで,個々の国民に対する特定の法律的義務ではなく,ましてや原告らの主張するような債務不履行責任の前提としての債務ではない。従つて,右責務の履行の確保及びこれに関する批判は,被告国の行政責任を問うものとして専ら国会,世論等を通じた政治的コントロールによつてなされるべき筋合いのものであり,個々の国民が右義務違反ありと主張して被告国に対し損害の賠償を請求することはできないと解すべきである。

 仮に私法上の問題としても,他人に対するいわゆる安全義務(広い意味の安全配慮義務)は,一般社会生活上の関係においても(義務の程度は状況に応じて様々だとしても)常に存在するが,これに対する違反は不法行為規範によつて律せられるものである。ただし,安全配慮義務が雇傭契約に付随する義務としては握される場合は,それによつてはじめて債務不履行責任の追求が可能となるもので,この考え方を公務員関係に拡張することはできる。ところが,予防接種においては右のような基本的関係が存在しないのであるから,仮に原告ら主張の安全確保義務が法的な義務として存在しうるとしても,それは不法行為規範の前提となる義務を厳格化する根拠には成り得ても債務不履行責任の根拠には到底成り得ないというべきである。

   (五) 同項1(五)の事実は争う。

 なお,安全配慮義務違反による債務不履行を請求原因とする場合でも,右義務の内容及び客観的義務違背を主張,立証するのは債権者側の責任であるから,かかる主張を欠く原告らの主張はそれ自体失当である。

  2(一) 同項2(一)の事実は認める。

   (二) 同項2(二)の事実は認める。

   (三) 同項2(三)の事実中,厚生大臣としては,本件各接種のうち,法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種のうち実施主体が開業医のものについて,実施主体の開業医に対し,これらが行う予防接種を監督,指導するという公権力の行使に当つていたとの事実は争い,その余の事実は認める。

 被告国の機関以外の者が実施主体となつて実施した法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種を受けた者は,被告国の実施した予防接種を受けたものとの義務履行の効果のみが擬制されるのであつて,当該接種を被告国の公権力の行使と擬制するものではなく,右各接種が被告国の公権力の行使に該当しないことはいうまでもない。

   (四) 同項2(四)の事実中,厚生大臣が勧奨接種の実施を監督,指導するという公権力の行使に当つていたとの事実は争い,その余の事実は認める。

 勧奨接種は,被告国の行政指導に基づくものではあるが,右行政指導によつて地方公共団体に予防接種を実施すべき義務が生ずるわけではなく,予防接種を実施するかどうかは各地方公共団体が右行政指導に基づいて判断,決定するのであつて,それは被告国の行為ではない。従つて,勧奨接種は地方公共団体の固有事務であり,被告国の公権力の行使には該当しない予防接種である。

   (五)(1) 同項2(五)冒頭事実は争う。

    (2) 同項2(五)(1)の事実中,ワクチンは通常大なり小なりの副反応を伴つており,予防接種の施行により稀に致死あるいは脳炎など重篤な後遺症をもたらすことがあるが,公衆衛生行政当局によつて認識されている事実は認め,その余の事実は争う。

 結果あるいは損害発生の事実のみから違法性を認める考え方は,民法の不法行為に関する解釈としても採り得ないが,特に,国家賠償法の解釈としては,単なる結果,損害のみから行為の違法性を導き出すことはできない。なぜならば,私的行為の場合とは異なり,公権力の行使は,それが適法な場合であつても,相手方の権利や自由を制限し,その法益を侵害するのがむしろ通例であるからである。行為あるいは結果の外形だけで論じる限り,予防接種それ自体がある意味で身体に対する侵害を内包している。身体侵害の絶対的違法性という立場を徹底すれば,被告国の強制や勧奨による予防接種はすべて廃止されるべきものといわざるを得ないことになる。仮に,被告国が右の見解におもねて現に実施している予防接種を廃止するとしたならば,そのような逃避的態度は現代における社会的福祉国家の役割を全く放てきするものと非難されるのみならず,具体的には,伝染病の発生とまん延による,別の形での国民の生命身体に対する侵害の危険を放置するものとして被告国の責任が国民から強く問われることにもなろう。憲法二五条二項は公衆衛生の向上増進に努めるべき国の積極的責務を宣言し,これを受けて予防接種法等の現行法令は伝染病予防対策としての予防接種に重要な位置付けを与えている。予防接種による重篤な副反応の発生は,あえていうまでもなく法の目的とするところではないが,公務員の職務行為の違法性の本体は,結果ではなく職務行為自体の違法と解すべきであるから,事故の結果だけからさかのぼつて予防接種の違法を論ずることは相当ではない。そして,故意や過失の有無は客観的な違法行為(職務行為の違法)の存在を前提としそれとの関連でのみ論じられるものであり,違法行為の存在しない本件各接種において,厚生大臣に未必の故意が成立する余地はない。予防接種によりごくまれに重篤な副反応が生じ得る可能性を厚生大臣が認識していたとしても,そのことだけから同人に未必の故意があるとか違法行為があるとすることはできない。現代社会には多くの自然的または社会的な災害,事故,疾病等の危険が内在している。そして,とりわけ現代社会の特徴として,一方で便益を増進しあるいは危険を回避するための科学技術の進歩が,他方では不可避的に新しい別個の危険を生み出す場合が現出し,かつ,増加の傾向にあることが指摘される。予防接種もその重要な事例としてあげられる。無論,このような新しい危険に対しては,それを回避,減少するための対策を講ずる必要があることはいうまでもないが,そのために角を矯めて牛を殺すような結果となつては,科学技術の進歩の意義はないし,社会生活そのものが麻痺してしまうであろう。主に刑法で論じられる「許された危険」や「社会的相当行為」の理論は右のような現代社会の状況に対応するもので(違法性阻却事由とされることもあるが,一定の場合は構成要件該当性も否定される。),民法上も実質的にこれと共通する考え方が広く認められつつある。特に国家公務員の職務行為については前述の理由で一層強く同様の考え方が認められるべきである。これに反して結果違法の考え方を貫徹するときは現代の社会経済活動の大半が停止せざるを得ない。

    (3) 同項2(五)(2)の主張は争う。

 原告らの右主張は,被告国が予防接種において,死亡または重篤な障害が万一にも発生することのないよう万全の注意を尽すべき最高度の注意義務を負つていることを前提とし,この義務を損害賠償請求権を基礎付ける個々の国民に対する法律的義務ととらえていることによるものと解される。たしかに,被告国は予防接種に際し事故発生を防止するための万全の措置を講ずべき広義の義務があると解されるが,この義務の性格は,被告国がいわゆる予防接種行政において国民一般に対して負つている抽象的な行政的責務と解すべきで,個々の国民に対する特定の法律的義務ではない。まして不法行為に基づく損害賠償請求権を基礎付け得る私法的義務ではない。従つて,右責務の履行の確保及びこれに関する批判は,被告国の行政責任を問うものとして専ら国会,世論等を論じた政治的コントロールによつてなされるべき筋合いのものであり,個々の国民が右義務違反ありと主張して被告国に対し損害の賠償を請求することはできないと解すべきである。よつて,原告らの右主張は失当である。

    (4)① 同項2(五)(3)冒頭事実は争う。

 被告国が予防接種による死亡その他の重篤な副反応の発生を防止するため万全の措置を講ずべき広義の義務を負つているとしても,右義務の性格は憲法に由来し国民一般に対する抽象的な政治的,行政的責務であつて,個々の国民に対する法律的義務ではない。国家賠償法一条に基づく責任の要件としての行為の違法性は,当該公務員が第三者に対して負う職務上の義務に違反したことを指すと解すべきである。原告らが主張する厚生大臣の六つの具体的過失の前提となる義務は,少なくとも右のような第三者に対する職務上の義務としては認められない。また,伝染病予防及び予防接種対策は高度の専門科学的,技術的な知見・情報に基づく政策判断の問題であり,その具体的内容,即ち予防接種の具体的な範囲,対象者の年齢,実施方法等をいかに定めるかは,事柄の性質上,立法府の裁量及びそのもとでの行政庁の裁量に委ねられている。そして,右のような予防接種行政における被告国の安全確保措置の法的性格からも,これに対する批判,是正は専ら民主国家のルールに従つた政治的コントロールでなさるべきものである。しかるところ,原告らが「過失の事実上の推定」の前提として主張する厚生大臣の注意義務違反なるものは,個々の予防接種に関する具体的過失ではなく,いずれも前記のような伝染病予防及び予防接種政策の基本的内容に関係し,その多くは法令の内容の当不当をいうに帰するものであるから,前記理由によりそれ自体失当といわなければならない。原告らのいう過失の推定等に関する一般的な理論自体は是認するとしても,それらは,一般に事件の外形的な事実関係から,特別のことがない限り被告に過失があつたであろうと考えられる場合に直接証拠なしに被告の過失を認めるための理論であり,高度の蓋然性を有する定型的事象経過が存在することを前提とし,通常は多数の裁判例の積み重ねによつて成立するものである。しかるに,本件では原告ら主張の義務違反自体が存在せず,定型的事象経過も存在しないので,右理論を適用する前提がない。また,先にも触れたように,原告らは,具体的過失即ち特定の予防接種における不手際や過誤を主張するものではなく,単に抽象的,一般的な予防接種行政上の義務違反を主張して過失の推定を主張するものであるが,このような抽象的主張事実に基づく過失の推定は従来の裁判例や学説の全く予想しないところである。

 また,昭和二三年の予防接種法,同法施行令,同三三年の予防接種実施規則,同三四年の予防接種実施要領などは,その後の改正も含め,いずれも裁量権の範囲内における立法及び行政の専門技術的な政策判断に基づくもので,これらの準則にのつとつて行われた本件各接種はいずれも本来的に合法であり,それ自体として違法の問題は生じない。原告らが厚生大臣の具体的過失として主張する事項は,個々の予防接種に関する具体的過失ではなく,右のような裁量の範囲内での被告国の政策判断の当不当を争うに帰するから,それ自体失当といわなければならない。

 原告らが厚生大臣の具体的過失としてあげる予防接種関係法令の定め及びその下での予防接種行政上の措置は,いずれもそれぞれの時点における専門技術的政策判断として合理的かつ正当な根拠があり,これを不当とし,ましてこれを違法とする原告らの主張は失当である。

 なお三権分立の建前や憲法五一条の趣旨からも,立法機関の行為は国家賠償法一条にいう公権力の行使に含まれないと解すべきであり,仮に含まれるとしても立法機関の行為及びその委任に基づく政令省令等の行政立法には,特にそれが本件のような専門技術的事項に関するときは広範な裁量の余地が承認されるべきであり,右裁量の範囲内の行為については,仮に当不当の問題があつても違法の問題を生じることはない。

 原告ら主張の六つの具体的過失が抽象的な政策判断の不当の主張であることの帰結として,仮にこれらの過失があると仮定してもそれと各原告らの重篤な副反応発生との因果関係は,多くの場合に抽象的可能性の域を出ず,具体的に明らかではない。

     ②(a) 同項2(五)(3)①(a)の事実中,腸チフス・パラチフス予防接種は,昭和二三年の法制定時に生後三六月から四八月を第一回として以後六〇歳に至るまで毎年を定期とする強制接種とされた事実,腸チフス・パラチフスは経口感染する消化器系伝染病であり,上・下水道の整備をはじめとする環境衛生の改善によつて感染経路を切断する感染経路対策が流行を防止する基本的防疫対策であるとの事実,特効薬(抗生物質クロラムフェニコール)による治療法も確立されたとの事実,腸チフス・パラチフスワクチンにつき,市町村長等により法五条所定の接種が実施されていた事実は認め,その余の事実は争う。

 わが国では腸チフス・パラチフスの予防接種が明治四三年以来陸軍で実施され,大正五年からは海軍でも実施されて,いずれも明らかに罹患率の減少をみており,その有効安全であることが確認されてきた。また,米国等の諸外国においても,広く腸チフス・パラチフスの予防接種が行われ,その効果が認められてきた。昭和三五年当時予防接種を実施していた国は二三か国(強制……日本,一部強制……一三国,任意……九国)であつた。終戦直後は国内の混乱等により腸チフス・パラチフスが大流行するところとなつたが,昭和二二年には米国から分与された菌株に基づくワクチンにより,全国的に予防接種を実施した。その結果,昭和二一年の腸チフス・パラチフス患者は五万三〇〇〇名余りであつたのが,昭和二二年には二万二〇〇〇名余りと半数以下に減少した。このような予防接種の効果と,腸チフス・パラチフスの全国的な流行状況,危険性にかんがみて,昭和二三年の予防接種法では,腸チフス・パラチフスの予防接種は定期の予防接種と定められたものである。右当時までの腸チフス・パラチフス予防接種の有効性,安全性に関する文献例は,多数あり,これらをも踏まえて右のように定められたものであることはいうまでもない。その後,昭和二六年から二八年にわたり,被告国の研究費補助により腸チフス・パラチフス研究班が行つた腸チフス・パラチフス混合ワクチンの研究の結果や,WHOの後援により昭和三五年以降に諸外国で行われた野外実験の結果によつても,腸チフス・パラチフスの予防接種の有効性,安全性が確認されたのである。ところで,腸チフス・パラチフス患者の発生は,戦後環境衛生の整備とともに予防接種の効果等により減少したが(昭和三五年までの腸チフス患者の発生は毎年一五〇〇人以上である。),その後一般衛生状態の改善につれて,環境衛生対策や患者,保菌者の発見,治療により予防が可能と考えられるようになつたため,昭和四三年に出された伝染病予防調査会の意見に基づき,昭和四五年の予防接種法改正によつて腸チフス・パラチフスの予防接種は定期接種の対象から除外され,右各疾病は昭和五一年には予防接種法の対象疾病からもはずされるに至つたものである。予防接種を行うかどうかは,上下水道の整備等の感染経路対策と永続保菌者の監視等の感染源対策及び予防接種という感受性対策を総合的に評価して決定するものであり,従つて,終戦後の極度に悪化した衛生環境及び衛生行政組織の不備による感染源発見の困難を考えれば,昭和二三年の法制定時,定期接種として取り入れられたのは当然であり,本件各接種当時,接種を実施させたことが過失だとはいえない。

      (b) 同項2(五)(3)①(b)の事実中,昭和三二年以降毎年,厚生省衛生局長が,都道府県知事及び指定都市市長宛に,当該年度における「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達を発して勧奨接種実施方を行政指導し,都道府県知事等は,右通達の一部を構成する「インフルエンザ特別対策実施要領」に基づき接種方を市町村に指示し,市町村はこれを受けて国民に通知を発して,昭和三六年までは,小,中学生等流行拡大の媒介者となる者,乳幼児・老齢者等致命率の高い者,警察・消防署等公益上必要とされる職種の人々を対象に,昭和三七年以降は,流行増幅の場である人口密度の高い地域を中心とした保育所,幼稚園,小,中,学校の児童を対象に,集団の勧奨接種を行つていた事実は認め,その余の事実は争う。

 インフルエンザは,発熱,頭痛,咳等のいわゆる風邪症状のほか,合併症として肺炎,気管支炎,脳炎,心筋炎等を伴う極めて伝染性の強い急性呼吸器系伝染病であり,特に若い年齢層の罹患率が高いうえに,幼児及び老年期に高い死亡率を示すとともに,大流行の際には常に総死亡率の著明な増加があり,肺炎,気管支炎等の合併症を起こして死亡する者も多いとされている。他方,インフルエンザに対して有効な化学療法剤ないし化学予防剤が発見されていないので,ワクチンは,今日科学的に有効な唯一の予防手段とされている。

 インフルエンザワクチンの接種を勧奨することを行政指導する直接的契機となつたのは,昭和三二年のアジア風邪の流行である。すなわち,同年にアジア風邪の流行があり,それは報告されたものだけでも患者数九八万三一〇五人,死者七七三五人を数える大流行であつた。このため,前記のとおり昭和三二年以降特別対策を実施してきたものである。なお,この特別対策は,WHOを通じての諸外国の情報交換や各都道府県の協力を得て行う流行予測調査等に基づき,抗原構造の変異等に関する科学的予測の裏付けのもとに実施されているものであることはいうまでもない。

 インフルエンザウイルスは,その抗原構造に変化を起こしやすく,流行のたびごとに少しずつ抗原構造のずれを生じる。殊にA型ウイルスにおいては,このような連続的変異の他に突発的な不連続変異(従来の株と関連のない新しい亜型の出現)を起こすことが知られている。その結果,ある流行で,インフルエンザに罹患して免疫を獲得した者が,抗原構造の若干異なる他の流行に曝された場合には,そのずれの分だけ免疫水準が低いこととなり,場合によつては再度罹患することとなる。更に,流行株に抗原構造の不連続変異が起こつた場合には爆発的な流行を起こすことになる。ワクチンについても同様であつて,ワクチン株と流行株との間に抗原構造のずれが起これば,その分だけ効果が低下することになる。しかしながら,有効な化学療法剤若しくは化学予防剤がまだ開発されていないに等しく,ワクチンが科学的に有効な唯一の方法となつている現状においては,流行が予測されるウイルス株を用いてワクチンを製造することが流行抑止に最も有効な手段であるため,WHOではインフルエンザセンターを設けて全世界的な探知網をめぐらし,わが国においても疫学調査や流行予測事業等を行つて流行株の把握等に努めてきている。

      (c) 同項2(五)(3)①(c)の事実中,わが国の昭和二一年の痘そうの患者が一万七九五四名,死者が三〇九二名であり,翌二二年には患者三八六名と激減し,法が制定された昭和二三年には患者二九名,死者三名となり,昭和二七年以降死者はなく,昭和三一年以降患者の発生もないとの事実,昭和四八年と昭和四九年に各一例の移入があつたが,二次感染もなく治癒している事実,種痘後原因不明の合併症のあることが以前から知られており,今世紀初めのころから種痘後脳炎の症例が報告され,その中には死亡や重篤な症例のある事実,種痘につき,市町村長等による法五条所定の接種及び法九条所定の接種が,開業医による法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種がそれぞれ実施されていた事実は認め,その余の事実は争う。

 痘そうは,現在よりおよそ五〇〇年ぐらい前に東アジアの高温多湿の密林地帯で発生し,世界各地に広まつて行つたウイルス性の伝染病であり,その症状は,約一二日間(誤差七〜一七日間)の潜伏期間の後に,二ないし四日間の発熱,インフルエンザのような頭痛,関節痛,腰痛が生じ,それと続いて発疹が顔及び上半身に生じ一日又は二日のうちに全身に広がり,その後丘疹が生じ,発疹が生じて三日目ぐらいには水疱疹となり,発疹が生じて四,五日目には膿疱疹となり,それが乾燥してかさぶたとなり発疹発生後二ないし三週間後には痂皮が落ち,治癒に向かうというものである。死亡率は,軽いもの(分離型)で一七パーセント程度に達し,重い融合型,扁平型,出血型になると死亡率は一〇〇パーセント近くになる。そうして,この痘そうのための治療方法はなく,抵抗力のない患者は全身衰弱を来し死亡する。従つて,患者のなかでも特に抵抗力の弱い一歳未満の乳児の死亡率が高く,分離型でも四〇パーセントに達する。また幸いに生き残つて治癒した場合でも患者の顔面には顕著な斑痕(いわゆる「あばた」)が残り一生涯消えることはなく,失明することもある。

 痘そうウイルスは人間にのみ感染し,患者のくしやみの飛沫や痘そうの膿,痂皮の粉塵を吸い込むことによつて感染する。従つて,家庭,学校,病院,隣近所など患者と密接に接触する狭い地域を中心に流行し,患者が旅行することによつて他の地域へと流行して行く。そして,人から人へ伝染するため人が密集している地域ほど流行することとなる。欧米諸国と比較するとわが国の場合,住宅が狭く家族が集まつて生活をすることが多いことから,家庭内での感染可能性が高いだけではく,大都市及びその周辺の団地など人口密度が高く,その上人の移動が盛んなため,ひとたび患者が発生したときは,東南アジア諸国同様に大流行する可能性が大きいのである。最近のように両親と子供だけからなる核家族が増えると,乳幼児も母親と一緒に外出することが多くなり,しかも,痘そうの感染は,家族などの人と人が密接に接触する場所で越こる以上,乳幼児が痘そうに感染する機会が少ないとはいえず,現に,痘そうの第二次感染の可能性は五歳以下の子供に一番多いとされている。

 潜伏期の患者や種痘を受けていたため軽度の患者については痘そうの発見は極めて困難であり,しかも呼吸器系感染症であるため感染源対策及び感染経路対策は充分な予防対策となり得ないものであつて,有効な治療方法がないことを考え合わせるならば,種痘こそ痘そう予防の基本対策となるべきものである。

 痘そうの流行状況については,世界における痘そう患者発生数は,最近二〇年間についてみると,昭和三三年の二四万六〇〇〇人をピークにおおむね一〇万人前後の発生となつていた。昭和四一年からWHOが大規模な予算を投入して痘そう根絶計画を開始したため,痘そうの流行をみる国の数は年々減少し,昭和四四年当時汚染国は四二か国を数えたものの,昭和四九年にはインド,バングラデッシュ及びエチオピアの三国がその発生の大半を占めるまでに減少し,完全に封じ込め作戦は成功した。しかし,痘そう撲滅作戦の進捗により流行国における患者数の把握が確実になるにつれて,報告される数は年々増大し,昭和四八年には一三万五〇〇〇人(二か月弱で一万一二八〇人の発生),昭和四九年二一万三〇〇〇人となり,痘そうの流行はその後も続いていた。例えば,バングラデッシュ,インド,パキスタン三国の患者発生数は,昭和四七年四万五二一四人,昭和四八年一二万六六〇八人と,昭和四八年はその前年に比して三倍近い発生数となつていた。そして,昭和五〇年になつて,撲滅作戦は急速に実を結び,年間の患者数は一万九〇〇〇人と激減し,同年末には遂にアジアにおいて新発生ゼロになるに至り,昭和五三年には痘そうの流行はなくなり,WHOは昭和五四年一〇月二六日痘そうが根絶した旨の宣言をするに至つた。

 わが国では,昭和三〇年以後は,痘そうの患者の発生はないものの,昭和四八年にバングラデッシュからの帰国者一名が,昭和四九年にインドからの帰国者一名が,痘そうに罹患していたが,国立予防衛生研究所の北村敬博士らが当時研究していた痘そう早期診断法により早期に発見できたこと,患者が種痘接種者であつたため軽症で伝染力が弱かつたこと,定期の種痘接種により国民の間に免疫があつたこと,ワクチニアヒト免疫グロブリンの接種及びリングワクチネーションの実施が有効であつたこと等により,二次感染者の発生をみなかつた。

 前述のように痘そうは死亡率の高い病気であるにもかかわらず治療薬はなく,わが国のように人口密度が高く住宅環境が悪く交通機関が発達し人の移動の激しい国では,ひとたび痘そう患者が発生すれば大流行はまぬがれない状況にある。しかしながら各国で種痘を採用し強制接種を行つてきたことにより,わが国や欧米諸国では外国からの輸入により痘そうが小規模に流行することはあつても常在しなくなつた。このようにわが国や欧米諸国で痘そうを根絶させるための唯一の武器が種痘であつたことは,その後WHOが種痘を武器として全世界から痘そうを根絶したことからも明らかである。

 そこで,わが国に痘そうが常在しなくなつた昭和三一年以降も種痘の強制接種を続ける必要があつたかが問題であるが,前述のように,昭和四五年ころまでは,世界の三〇か国以上の国々が痘そうで汚染され,わが国も汚染国との交流による痘そうの侵入の危険性に常にさらされていたのである。かつては,わが国と諸外国との主要な交通機関が船舶であつたため,船舶上で発病することが多く,入国者に対する検疫体制さえ完備していればある程度痘そうの侵入を防げたのである。しかしながら,昭和三五年代になるとわが国と諸外国を結ぶ主要な交通機関は航空機となり,患者が潜伏期間中にわが国に上陸することとなるので,検疫体制の強化だけでは痘そうの侵入を防げなくなつてきたのである。このような状況下でわが国では,一方で,隣国であり香港を通して接触のある中華人民共和国内での流行状況が分からず,他方,痘そう常在国であるインド,パキスタン,バングラデッシュ,インドネシア等との交流も増加し,航空機による渡航者が増大し何時輸入例に見舞われるかわからない状態にあつた。ちなみにヨーロッパにおいては,毎年のように痘そうが輸入され特に昭和四七年にはユーゴスラビアで痘そう常在国からの帰国者が痘そうを持ち帰り国内に大流行させ,そのため国の行政がまひし,一七四名の患者が発生した例が報告されている。わが国においても,前記のように昭和四八年,昭和四九年に各一例づつ輸入されたが,これらの時には幸にも流行は見なかつたものの,右ユーゴスラビアにおけるように,流行感染患者が発生してもおかしくない状況にあつたことは研究者により指摘されているところである。WHOが昭和四七年から痘そう根絶計画を実施してその成果が上がり,わが国及び欧米諸国に痘そうが輸入される危険がなくなつたのは昭和五三年になつてからのことである。

 このような状況下にあつて,欧米諸国も古くから定期に強制的に種痘を行つて免疫水準を維持するとともに,輸入時の緊急種痘により免疫を補完して痘そうの流行を阻止してきたのであつて,この方法はWHOの痘そう根絶計画においても妥当な方法と考えられてきたのであり,昭和四四年当時ヨーロッパの多くの主要国においても痘そう非常在国になつた後も種痘の強制接種が続けられていたのである。ところで,WHOの痘そう根絶計画が進み痘そう常在国が少くなるに従つて,各国で報道機関などにより種痘による事故が強調されるようになり,痘そう侵入の可能性より種痘による事故の方が大きいということで定期種痘廃止の主張がでてきて,昭和四六年にイギリスがこれを廃止し,アメリカ合衆国公衆衛生局も定期強制種痘の廃止を決定したのである。しかし,これに対しては,種痘の専門家からは疑問が呈示され,WHOが,痘そうの根絶が確認されていない国又はその近隣の国を除いて種痘を廃止すべきであると勧告したのは昭和五三年一二月になつてからであり,それ以前は世界各国に対し痘そう根絶計画を効果あらしめるため強制種痘の継続を期待していたのである。わが国は,昭和五一年に独自の見解により定期強制種痘を廃止したが,昭和四六年から昭和五〇年までに強制種痘を廃止していた国は八カ国(うち三カ国は南太平洋の島国)しかなくわが国が昭和五一年に定期種痘を廃止したことはWHOや諸外国及び痘そう研究者より早すぎると非難されることはあつても遅すぎると非難されることはない。イギリスが昭和二四年に強制種痘を廃止した当時,他のヨーロッパ諸国はかえつて種痘を強化していたのであつたから,かかるイギリスの立法措置は例外的なものというべきである。しかも,強制種痘を廃止したとはいえ,昭和四六年までは政府は一方で地方の保健行政機関に種痘のための便宜供与を確保するように要請し,他方で,国民に対し子供はワクチンの接種を受けることになつているということを書いた書面を送付し種痘の接種を事実上強制していたのである。そうして,昭和四六年に至り,イギリスは任意の種痘をも全廃したのであるが,これに対し,フランス,ベルギー等の近隣諸国は種痘の廃止は時期尚早であり他の諸国において迷惑である旨強い非難をしているのである。イギリスはこのような早い時期に種痘を強制接種から任意接種に変更し免疫率が下がつたため,他のヨーロッパ諸国に比べ,輸入患者からの第二次感染による流行に見舞われたのである。

 痘そう患者が発生した時にその危険の及ぶ最少限の場所と人を選んで種痘を行うような包囲種痘の方法が実施されたのは昭和四三年九月にアメリカ合衆国の疫学者ヘンダーソンとベニンの疫学者ヤクベらの研究に基づいてWHOが西アフリカで行つたのが最初であつて,それまではWHOでも痘そう根絶のためには全面的な定期種痘しかないと考えそれを実施していたのであり,昭和四三年四月当時においてわが国が定期種痘を実施していたことを目してこれを非難する理由とはなり得ない。

 なお,WHOが定期種痘から包囲種痘に種痘の強制方法を変更したのは,開発途上国では戸籍制度が整備されておらず一定の集団の八〇パーセント以上の人に種痘による免疫を確保するのが困難であり,ヘンダーソンの研究で明らかになつたように痘そうの伝播が遅いものであれば,痘そうの患者を発見してからその周囲の者に種痘を接種した方が安くかつ効果的であるという理由によるものであつた。しかし,わが国で昭和四三年ころ定期種痘を廃止し専ら侵入時の包囲種痘のみに頼る政策を採用することには次のような危険があつた。ヘンダーソンらの研究によれば,アフリカのような高温の地域では痘そうの伝播力は低いということであるが,わが国のような秋から春へかけての寒冷な気候の下でも伝播力が弱いかが確認されておらず,わが国のような気候の下ではアフリカより伝播力が強い危険があつた。そうして伝播力が同じだとしても,わが国の場合,開発途上国と異なり,保育園,学校,朝夕の通勤ラッシュなど人の密接な接触の機会が多く更に交通機関の発達により人の移動が激しく,第二次感染の危険が人数的にも地域的にも著しく大きく,包囲種痘の対象者を著しく拡大しなければならなくなる。しかも,包囲種痘により初種痘を受けた者は免疫ができるまで二週間かかり,その間に痘そうに感染するおそれがあり,全国各地で飛び火的に二次感染が流行するおそれもある。そうして,最も重要なことは,包囲種痘制度のみを採用したならば,痘そう流行時に初めて種痘を受ける者の年齢は必然的に高くなり,その結果,種痘後脳炎の発生率も高くなるという面での危険性があることである。包囲種痘にこれらの危険性があり,かつ痘そうの伝播力について資料のない時点では,包囲種痘制度と定期種痘制度との優劣をにわかに決し得るという状況にはなかつたのである。

 種痘を受けた者の半数は二〇年後でも免疫を有し痘そうに感染しないのであり,更に重要なことは,乳児のころに定期種痘を受けている者は,痘そう流行時に再種痘を受けることにより,種痘後脳炎の危険性なしに,種痘後数日間で免疫力を回復でき,また,免疫力のなくなつたグループに属し,かつ再種痘も間にあわなかつたため不幸にして痘そうに感染しても,その症状は不全型という著しく軽いもので,死亡率も低く他人に感染する能力の低いものですむのである。そうして,更に,乳児に定期種痘を行うことにより,国内に痘そうが輸入されても,抵抗力がないため最も感染しやすく,感染した場合には死亡率が著しく高い乳幼児への感染を防ぐことができるのである。このように,乳児に対する定期種痘は個人のレベルでも集団のレベルでも痘そうの予防に役立つているのである。

 以上のとおりであるから,昭和三一年当時はもとより,昭和四〇年代以降においても,わが国は東南アジア諸国からの痘そう輸入の危険に常にさらされており,同じ非常在国の欧米諸国を含め全世界においても,痘そうの輸入・流行を防ぐためには,全国民に対する定期的強制種痘しか適切な方法はないと考えられてその定期強制種痘が実施されていたことにかんがみるとき,わが国において昭和三一年以後も定期強制種痘を実施してきたことには,合理的理由があり,これを目して違法ということはできない。

     ③(a) 同項2(五)(3)②(a)の事実中,種痘による一歳以下の乳幼児の事故率が一歳を超える幼児のそれに比し著しく高く危険が大きいとの調査結果が英国において昭和三九年に発表された事実,同国においては昭和三七年から,それまでは生後四ないし五か月の間に接種が行われていたのを生後二年目に行うよう改められたが,これに続いてオーストリーにおいても,昭和三八年に接種年齢が一歳以上に引き上げられ,また米国においても,昭和四一年に接種年齢が一歳から二歳に引き上げられ,更に,昭和四八年には,西ドイツにおいても,接種年齢が一八か月ないし三歳に引き上げられたとの事実,わが国においては,昭和四五年八月に,厚生省公衆衛生局長通達により,接種年齢が六か月以上二四か月までに引き上げられ,更に,昭和五一年に,法の改正により,三六か月以上七二か月までに引き上げられたとの事実,種痘につき,市町村長等により法五条所定の接種が,開業医により法六条の二所定の接種が,それぞれ一歳未満の乳幼児に対して実施されていたとの事実は認め,その余の事実は争う。

 従来,世界的に初種痘は零歳児にするのが最も安全であると信じられ,またそのようなデータが発表されていたところ,昭和三四年にイギリスのグリフィスが,初種痘後の種痘後脳炎の発生の危険は一ないし三歳児より零歳児の方が大きいという研究結果を発表した。しかしながら,グリフィスの研究を継続発展させたコニベアの昭和三九年の報告によると零歳児,一歳児,二歳以上の三群の間で種痘後脳炎の発生率の有意の差は認められない。他方,昭和三八年に米国においてネフが発表した調査結果によるも零歳児と一ないし三歳児との間に種痘後脳炎の発生率において統計上有意の差はない。また,レーンの昭和四四年の報告によつても零歳児の方が一ないし三歳児に比較して統計上有意に初種痘による種痘後脳炎の発生率が高いとはいえない。西ドイツでは,エーレングード博士の研究があるが,同博士が昭和四四年に発表した論文によると,種痘後脳症の発生率は,零から二四か月の間では一二ないし二四か月児すなわち一歳児が最も高く,六か月未満が最も低いことが明らかにされている。そうして,同博士は昭和四三年において,零歳児の死亡率が高いのは,零歳児一般の死亡率が高いことからも説明できるとし,種々の要因を総合して考えると一歳児への初種痘の接種は勧められないとし,初種痘年齢は零歳児(特に六か月未満)又は二歳児が好ましいとする。更に,オーストリーの例によると,零歳児と一ないし二歳児との間に種痘後脳炎による死亡率に統計的に有意な差はない。結局,昭和三四年にグリフィスにより,零歳児の初種痘は従来通説が考えていたのと異なり種痘後脳炎の発生率が高いのではないかという疑問が呈示されたが,その事実を統計学的に有意に示すデータはなく,いまだ一学者の見解(それも他の学者によつて認められていない見解)にすぎなかつたのである。そうして,昭和四八年当時でも種痘の世界的権威者であるベネンソン博士は,生後三ないし六か月児に初種痘をするのが良いと主張しており,零歳児初種痘危険説は確立していなかつたばかりか,逆に零歳児特に六か月未満児が最も安全であるという学説が有力だつたのである。

 わが国でも,英米の調査結果に関心を抱き,厚生省は,専門家に対する研究費補助等により種痘の副反応の調査を行つてきた。その主なものを挙げると,昭和三八年には研究費補助により松田心一博士(国立公衆衛生院)を中心とする研究班が痘そうの免疫度に関する調査研究を行い,同三九年には,厚生省において一三道府県の協力を得て痘そうの免疫度に関する調査研究を行うと同時に,種痘後副反応の調査研究を併せ行つている。また,昭和四一年以降は,厚生省の研究費補助により全国の小児科の研究者を中心として組織された種痘研究班が種痘の副反応に関する調査研究,各種痘苗株の比較研究,急性神経系の疾患の調査研究等を行い,その研究結果は予防接種リサーチセンターから予防接種制度に関する文献集として発表されたほか各種雑誌に発表された。

 急性神経系疾患の研究は,予防接種事故が問題となり始めたころ,そもそも乳児には予防接種と全く関係なく発生する脳炎・脳症があり,この数について把握しなければ予防接種に起因する脳炎・脳症を明らかにできないということで研究が開始されたものである。わが国の研究結果の概要は,金子順一によつて「急性神経系疾患の実態調査」として報告されている。ところで,前述の初種痘零歳児危険説との関係で見ると,グリフィスやコニベアの研究ではこの点が考慮されていないのに対し,エーレングードやベネソンは,乳児の急性神経系疾患や乳児の死亡率を考慮して,零歳児は危険でないと主張しているのである。

 更に昭和四四年には,厚生省の補助金により,種痘調査委員会が東京都,川崎市における種痘後の副反応に関する調査を行つたが,この調査では,合併症の総頻度,中枢神経系合併症(脳炎),皮膚合併症の発生頻度が一歳以上より一歳未満に高率であるという傾向は認められなかつた。

 なお,わが国においては,零歳児が一歳児と比べて安全か否かのデータが昭和四〇年代に至るまでほとんど集積されていないが,これは予防接種法により大半の者が生後二か月から生後一二か月までの間に接種を受けており,一歳児になつてから初種痘を受ける者がほとんどなかつたことに起因するものである。そうして,零歳児が最も安全であるという見解が通説である時に,通説に反対する学説が一つ提示されたというだけで直ちに一部の者に一歳児初種痘を行つてデータを集めることは被告国の行政の立場からは許されないのである。従つて,わが国における初種痘接種年齢研究のためのデータが昭和四〇年代になつて集積されるようになつても,これをもつて直ちに被告国が初種痘年齢についての研究を怠つたことにはならないのである。

 以上のように,零歳児の初種痘を行うことが危険か否かについては,現在も専門家の間に定説はなく,特に昭和四五年まで初種痘年齢を生後二か月ないし一二か月と定めておいたことは,当時の多くの専門家の合理的な根拠に基づく見解に従つたものであり,これを不当あるいは違法とすることはできない。

      (b) 同項2(五)(3)②(b)の事実中,イギリス及びアメリカ合衆国において二歳未満の乳幼児にインフルエンザ予防接種を実施していない事実,わが国においても,昭和四二年一二月四日,厚生省公衆衛生局長が,各都道府県知事あてに,「二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザ予防接種の取扱いについて」と題して,「一般家庭における乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少なく,また成人に比して二歳以下の乳幼児は副反応の頻度が高いので,慎重な予診,問診等を実施し,対象の選択に留意すること,一般家庭における二歳以下の集合接種は好ましくなく,乳幼児を持つ保護者等の予防接種の励行をはかること,集団生活を営む保育所等の二歳以下の乳幼児については,従来どおり特別対策を実施し,実施に当たつては体温測定を全員に行うなど慎重に行うこと」等を通知し,また,昭和四六年九月二九日には,厚生省公衆衛生局防疫課長が,各都道府県衛生主管部(局)長あてに,「インフルエンザ予防接種特別対策実施上の注意について」と題して,「二歳以下の乳幼児は,成人に比して重篤な副反応の発生の頻度が高いこと,これらの年齢層はインフルエンザ感染の機会が少ないこと等に鑑み,インフルエンザの流行が予測され,感染による危険が極めて大きいと判断される十分な理由がある等特別の場合を除いては,勧奨を行わないよう」等を通知するに至つた事実,昭和三二年から昭和四一年まで毎年,厚生省公衆衛生局長が,都道府県知事及び指定都市市長あてに,当該年度における「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達を発し,二歳以下の乳幼児等に対する勧奨接種の実施につき行政指導を行つていた事実は認め,その余の事実は争う。

 インフルエンザは,学校などの集団生活の場が,その流行の温床となり,流行増幅の機能を果たすものであること,及び乳幼児,老齢者(特にその中でも弱者)や,慢性の呼吸器あるいは循環器疾患の患者がインフルエンザに罹患すると重篤となりやすいことは医学の常識であり,また,医療従事者や交通通信関係の仕事をしている人達が罹患すると社会の混乱を招くおそれがあると考えられることも当然である。従つて,このような人達に対して予防接種を勧奨することは医学上当然のことである。このようなことから,昭和三二年に被告国が行政指導により接種を勧奨した際,その対象者は,小,中学生等流行拡大の媒介者となる者,乳幼児,老齢者等致命率の高い者及び公共上必要とされる職種の人,としたのである。ところが,昭和四〇年ころからインフルエンザ予防接種に伴い重篤な副反応が発生する事例が報告されてきたため,被告国は専門家の参集を依頼する等して常に慎重な検討を重ね,その結果,前記のとおり,昭和四二年及び昭和四六年の各通知をなすに至つたものである。

      (c) 同項2(五)(3)②(c)の事実中,百日咳ワクチンが乳幼児に脳炎,脳症等の重篤な副作用を発生させることがあることは,昭和八年にデンマークにおいて報告されて以来,米国や英国においても同様の報告がなされた事実,わが国の百日咳患者発生数は昭和三〇年ころから減少傾向にあり(昭和二二年一五万二〇七二名であつたものが,昭和三〇年には一万四一三四名となつている),百日咳による死亡者数も昭和三〇年ころには減少傾向にあつた(昭和二二年一万七〇〇一名であつたものが,昭和三〇年には四〇一名となつている)事実,罹患後早期(カタル期)においては,抗生物質が治療に効果がある事実,昭和五〇年,百日咳ワクチンは,平常時の集団接種の場合は,生後二四か月から四八か月の者に接種するよう指導するようになつた事実,百日咳ワクチン(ジフテリアワクチンまたは破傷風ワクチンとの混合ワクチンを含む)につき,市町村長等により法五条所定の接種及び法九条所定の接種が,開業医により法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種が,それぞれ二才未満の乳幼児に対して実施されていたとの事実は認め,その余の事実は争う。

 予防接種法は伝染病の危険性とそれが全国的に発生するか否かに着眼して,定期の予防接種を定めたが,百日咳の予防接種も,その危険性,流行性を考慮して定期の予防接種と定めたものであり,当時,百日咳の予防接種が有効,安全であることは,米国,ドイツ等の諸外国において既に確認されており,わが国においても戦後の実績や戦前からの調査,研究により確認されるに至つたものである。そして,従来わが国においては,生後三か月から六か月までに定期第一期の接種を行つてきたのであるが,以下の事実,即ち,百日咳ワクチン接種後の脳症例は,外国で報告されていたが,わが国では脳症例の報告は認められず,脳症はほとんどないといわれてきており,脳症が欧米なみに存在することが明らかになつてきたのは,昭和四五年予防接種事故救済措置が発足して以来であり,わが国では昭和三三年当時においては,百日咳ワクチンにより重篤な神経系合併症が国内でも発生することはいまだ認識されていなかつたこと,昭和三三年当時,百日咳ワクチン接種の実施により患者数,死亡数とも著しく減少していたこと,昭和三三年当時,百日咳ワクチンによる死亡はほとんど存在しなかつたこと,昭和三三年当時の百日咳による致死率は,一万対一五九であり,昭和五六年の率(一万対五六)に比べ約二八倍と高い値を示していたこと,百日咳に関しては,母親からの免疫が期待できず,乳幼児でも容易に罹患し,一度発症すると有効な治療法がないこと,厚生省大臣官房統計情報部の統計によると,百日咳患者のなかで二歳未満の乳幼児の占める割合は,昭和三一年約三〇パーセント(一八五五分の五四八),昭和三二年約二八パーセント(一九九九分の五七六),昭和三三年約二七パーセント(三〇一八分の八一四)となつており,二歳未満の乳幼児の罹患率が低いとは到底いえないこと,同部の別の統計によると,百日咳による死者のなかで二歳未満の乳幼児の占める割合は,昭和三一年約八一パーセント(三三二分の二七〇),昭和三二年約八六パーセント(三四〇分の二九一),昭和三三年約八一パーセント(四七八分の三八七)となつており,二歳未満の乳幼児では百日咳に罹患すると死亡する可能性が高かつたこと,に照らせば,被告国が,昭和三三年当時二歳未満の乳幼児を対象として百日咳ワクチンの予防接種を行つたのは適切なことであつた。

 なお,昭和四五年予防接種事故救済措置が発足して以来,百日咳ワクチン接種後の脳症例が欧米なみに存在することが明らかになつてきたのに加えて,昭和五〇年三種混合ワクチン接種後の死亡事故が発生したことを契機に,被告国は伝染病予防調査会の意見を求める等により検討の結果,患者の発生が減少したこと,ワクチンにはまれに重篤なる副反応を伴うことがあること,予防接種と無関係に発生する脳炎,脳症,急死例などは一歳未満の乳幼児に最も多く,次いで一歳児に多く,疫学的に急ぐ必要のないワクチンは二歳以降に接種することが望ましいこと,百日咳ワクチンの既往のない小児の抗体保有状況をみると,幼児,小学校低学年でひそかな流行を起こしていると推定されるので,最小限幼児期から学童期にかけて免疫を維持する必要があること等を考慮して,百日咳ワクチンの予防接種は被接種者の健康状態の良好な時期に,できる限りかかりつけの医師によつて接種を受けるよう個別接種を推進するとともに,個別接種及び流行時又は流行のおそれのある時の集団接種は生後三か月から四八か月に,平常時の集団接種は生後二四か月から四八か月に,しかも保育所,幼稚園等の集団生活に入る前に第一期及び第二期を完了するよう指導することとし,更に昭和五一年には,予防接種法の改正により,第一期は生後三か月から四八か月に至る期間に改正された。

      (d) 同項2(五)(3)②(d)の事実中,ワクチンは生物学的製剤そのものであり,各種伝染病の病原体を弱毒化または不活化したもの,及びその産生する毒素を無毒化したものであつて,劇薬に指定されており,人体にとつて異物であるとの事実,ポリオの流行に対処するため,昭和三六年六月二七日,厚生省事務次官が,都道府県知事及び指定都市の市長宛に「今夏の急性灰白髄脳炎流行における緊急対策について」と題する通達を発して,六か月未満の乳児も接種対象者としたポリオ生ワクチンの勧奨接種の実施方を行政指導し,これに基づき都道府県等が市町村に指示をし,市町村はこれを受けて国民に通知を発して六か月未満の乳幼児も対象者としたポリオ生ワクチンの勧奨接種を実施し,昭和三七年以降は,毎年厚生省公衆衛生局長が同様の通達を発して行政指導を行い,これに基づき都道府県知事等が市町村に指示して六か月未満の乳児も対象者としたポリオ生ワクチンの勧奨接種を実施して来た事実,ポリオ生ワクチンが法定の定期接種とされてからは,市町村長等が法五条所定の接種を六か月未満の乳児に対しても実施していた事実は認め,その余の事実は争う。

 予防接種の接種年齢は,伝染病罹患の危険性,予防接種の有効性,安全性等を総合的に考慮して決すべきものであり,母体からの移行免疫のある間に予防接種を行うのが安全とする考え方もあつて,一般的に,生後六か月未満の乳児に対する接種は避けるべきであるということはできないし,六か月未満が特に危険であるということもできないものである。

     ④(a) 同項2(五)(3)③(a)の事実中,ワクチンは,生ワクチン(種痘,ポリオ)にせよ,不活化ワクチン(インフルエンザ,百日咳,腸チフス,パラチフス,日本脳炎)にせよ,はたまたトキソイド(ジフテリア,破傷風)にせよ,これを人体に接種すれば,ワクチン本来の目的である当該ウイルスまたは細菌に対する免疫抗体が生じるほか,種々の副反応を生じ,これら副反応には,①物理的刺激による反応及び毒素様物質による反応,②アレルギー性の反応,③生ワクチンによるウイルス感染症状があり,脳炎,脳症等の重篤な中枢神経障害もその中に含まれ,死亡するに至ることもある事実,被接種者の健康状態,罹患している疾病その他身体的条件または体質的素因により副反応に大きな差を生じ,場合によつては脳炎,脳症等の重大な結果をもたらすことのある事実,重篤な副反応を生じる蓋然性の高い体質的素因を有する者や不健康者に対する接種は禁忌として接種をしないことが必要である事実,わが国では昭和三三年に予防接種実施規則四条により,禁忌として,原告ら主張の五項目が定められた事実,その後,これは,原告ら主張のとおり,昭和三九年,昭和四五年,昭和五一年に改正された事実,接種を担当する医師は,必ずしもワクチンの専門家でも小児科の専門医でもない事実,未熟児で生まれた者や出生時に異常のあつた者のなかには,ワクチンに対する抵抗力が十分でなく過剰反応のおそれがある場合があり,その場合は,「病後衰弱者,著しい栄養障害者」または「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」等の禁忌に該当する事実,発育不良あるいは発育の遅れている乳幼児には免疫欠損症や神経系疾患が潜在している可能性があり,かかる可能性がある場合は,「けいれん性体質の者」または「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」等の禁忌に該当する事実,虚弱体質で慢性的に不健康な状態にある乳幼児には,免疫欠損症等何らかの重大な病気がかくれている場合があり,虚弱体質の子供であつて,免疫欠損症であることが明らかとなつた者や,病後衰弱者または著しい栄養障害者等に該当する者は禁忌である事実,風邪にかかつている子供は,「有熱患者」,「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」等に該当するときは禁忌である事実,下痢患者はポリオ生ワクチンについては禁忌であり,その他のワクチンについても「有熱患者」,「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」に該当するときは禁忌である事実,病気あがりの子が,「病後衰弱者」等に該当する場合は禁忌である事実,これから接種しようとするワクチンと同一のワクチンについて異常反応を示したことが明らかな者は禁忌であり,今までの予防接種で他のワクチンについて異常反応を示したり,その兄弟姉妹に予防接種で特に具合の悪くなつた前歴を有する子は,「アレルギー体質の者」や「けいれん性体質の者」等に該当する場合は禁忌である事実,アレルギー体質とは各種の薬物,異種蛋白その他に対して異常反応を起こして,過敏症になりやすい体質をいい,一般にアレルギー性疾患としては,皮膚について,じん麻疹,クインケ浮腫,結核性紅斑,眼について,フリクテン,交感性眼炎,アレルギー性結膜炎,角膜炎,呼吸器について,アレルギー性鼻炎,気管支喘息,枯草熱,大葉性肺炎,消化器について,食餌性胃炎,アレルギー性下痢,漿液性肝炎,循環器について,結節性動脈周囲炎,閉塞性動脈内膜炎,アレルギー性紫斑病等があるほか,更に,湿疹,ストロフルス等他に多くのものがある事実,一定の条件のもとに一定の特異反応が見られる時には,その他の場合もアレルギーの疑いがあり,また,アレルギー性体質は遺伝性要因が関与しており,両親や兄弟にアレルギー性疾患のある幼児は,アレルギー体質の可能性がある事実,経口ポリオ生ワクチン接種後間もない時期に,抜歯,扁桃腺摘出等の外科的手術は避けるべきである事実,集団接種の場合には,接種を担当する医師の資格が限定されていないため,眼科医,耳鼻咽喉科医等の非専門医が接種を担当することも少なくなく,予防接種を担当する医師は極く少ない例外を除いては,被接種者を過去に診察したこともなく,接種の時が初対面である事実,予防接種実施要領では,一人の医師が一時間に担当する被接種者は種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とするとされている事実,禁忌事項はできるだけ明確に定める必要がある事実は認め,その余の事実は争う。

 予防接種は大なり小なりの副反応を伴い,稀には重篤な症状を呈することがあり,これらの副反応の発生要因の多くは現在の医学水準をもつてしても充分明らかではないが,重篤な副反応を伴うことがある以上,このような副反応につき医学的因果関係の明らかなものはもちろんのこと,因果関係は不明であつても,重篤な副反応発生の蓋然性が高いと考えられる特定の身体的状態を禁忌として,予防接種の対象から除外することは,医学上当然の措置である。しかして,いかなる身体的状態を禁忌とするかは,その時の医学の進歩の状況に応じて考慮されるものであるが,それは予防接種の歴史の中から経験の積み重ねにより決められるべきものであるとともに,実際に接種する医師の判断が優先されるべきものである。

 法制度としても,このような医学上の措置に法的根拠を与える必要があるので,厚生省は各予防接種心得や予防接種実施規則等に予防接種の禁忌を規定してきた。これらの禁忌事項は,専ら医学的見地から定められたものであるが,医学の見地からすれば,予防接種の副反応は一様ではなく,かつワクチンは種類も多岐にわたるため,あらゆる注意事項を禁忌として定めることやすべての予防接種に共通する禁忌項目を選択することは不可能に近く,また一応禁忌と考えられるものでも,特別な注意を払えば接種が可能な場合もあるので,禁忌の規定は,禁忌事項を基本的なものにとどめ,禁忌に該当するか否かを決定するには当該接種を担当する医師の判断を優先させようとの考え方に基づいて定めてきたものである。

 昭和三三年の予防接種実施規則(昭和五一年改正前)により定められた禁忌事項もこのような考え方に基づくものであつて,種痘固有の禁忌事項以外は,一般的に異常反応発生の蓋然性が高いと考えられる特定の身体的状態を類型的に規定したものである。即ち右規則四条一号は,疾病に罹患しているか否かの見地から,異常反応発生の蓋然性が高いと考えられる疾病を例示的に規定し,同条二号は,体力的見地から病後衰弱者や著しい栄養障害者を禁忌と定め,同条三号は,体質的見地からアレルギー体質の者とけいれん性体質の者を禁忌とし,同条四号は,医学的に特殊な身体的状態にあるか否かの見地から妊娠七月以後の妊婦を禁忌としたのである。

 ところで,原告らが禁忌事項として主張する事項は,アレルギー体質の子供及びポリオ生ワクチン投与後間もない時期の外科的手術を除き,いずれも医師が禁忌を判断するに当つて注意すべき事項ではあるが,必ずしも禁忌というものではない。即ち,未熟児で生まれたり,難産であつたものでも,発育が順調で接種時に健康であれば問題ではなく,発育不良あるいは発育の遅れている子供や虚弱体質の子供も先天的に中枢神経の障害がある等の重大な疾病に罹患しておらず,体力的にも著しい栄養障害がない等の場合は禁忌ではなく,風邪にかかつている子供も普通感冒のような発熱を伴わない軽症の感染症は禁忌といえず,下痢をしている子供も,ポリオ生ワクチン以外は,現に悪化するおそれのないかぎり禁忌とはいえない。また,今までの予防接種で異常な反応を示したり,その兄弟姉妹に予防接種で特に具合の悪くなつた前歴を持つ子供についても,同種のワクチンによる異常反応の既往のある場合以外は,接種するワクチンに対してアレルギー体質でない等の場合には禁忌といえず,アレルギー体質の子供又は両親,兄弟にアレルギー体質者がいる子供についても,単たる喘息,じん麻疹等の一般的なアレルギー疾患はそれだけでは禁忌ではないし,両親や兄弟にアレルギー体質者がある場合であつても被接種者がそうでなければ禁忌ではないのである。また,アレルギー性疾患には具体的にいかなるものがあるかは接種に当たる専門家としての医師の一般的知見に属すべきものであるとともに,アレルギー体質の者を予防接種の禁忌とした当然の帰結として,アレルギー体質の者に該当するか否かは,接種するワクチンに対してアレルギー体質であるか否かにより決めるべき事柄であるから,すべてのアレルギー性疾患の既往がある小児が禁忌となるものではなく,疾病によつてはそのような小児こそ予防接種が必要で,かつ接種可能な場合もある。また,禁忌事項は,集団接種の場合と個別接種の場合とで異なるべきものではない。

 原告らが禁忌として主張する事項は,いずれも,昭和五一年改正前の予防接種実施規則四条各号に定める禁忌の有無を具体的に判断するに当たつて,考慮すれば足りるものばかりであつて,疾病によつてはそのような小児こそ予防接種が必要で,かつ接種可能な場合もあるものであり,当時としては禁忌の定め方に何らの非難を受けるようなものではなかつたものである。

 厚生省は,昭和三四年一月二一日付「予防接種の実施方法について(衛発第三二号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通知)」により定めた予防接種実施要領において,予診の結果異常が認められ,かつ禁忌に該当するかどうかの判断が困難な者に対しては,原則として,当日は予防接種を行わず,必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること,予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当つては,当該予防接種に係る疾病の流行状況,被接種者の年齢,職業等を考慮し,感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが,この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで,あらかじめ都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針を決めておくこととする等,集団接種の特性を考慮した指導をしてきたのであつて,原告らが禁忌と主張する者についても十分な注意がなされるよう配慮してきたものである。

 要するに,禁忌はその時の医学水準に応じて決められるものであるとともに,接種をするに当つて被接種者の身体的状態につき注意すべき事項がすべて禁忌となるものではないし,それらをすべて禁忌に規定することも不可能であり,また禁忌項目は多ければ多いほどよいというものでもない。

 原告らの主張は,禁忌を判断するに当たつて注意すべき事項をすべて禁忌と主張しているだけであつて失当であることは,以上により明白である。

      (b) 同項2(五)(3)③(b)の事実中,乳幼児に対する接種における問診は被接種者本人にではなく,その保護者になされる事実,禁忌を予め保護者に告知すべきである事実,わが国では,昭和三四年一月に「接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示または印刷物として配布すること。予診の時間を含めて,医師一人を含む一班が,一時間に対象とする人員は,種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること。」等予防接種実施要領が定められ,公衆衛生局長通達衛発第三二号をもつて都道府県知事に対し,右実施要領に従つた予防接種を実施するよう要求がなされた事実は認め,その余の事実は争う。

 被告国は,昭和三四年に予防接種実施要領を定め,禁忌事項の周知,予診の方法,禁忌についての注意事項,禁忌の判定困難な場合の措置等につき各都道府県知事を通じて保健所長,市町村長等に通知するとともに医師会にも通知する等によりその周知を図つてきたものであり,集団接種の場合は,右実施要領に基づき接種対象者に対する通知を行う際に禁忌についても伴せて周知させ,また接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し,又は印刷物として配布して健康状態及び既往症等の申出をさせてきたものである。

 また,厚生省公衆衛生局長は,各都道府県知事に対し,昭和四五年六月一八日「種痘の実施について」を発して,接種前に被接種者ごとに質問票等に記入させること,乳幼児の場合は保護者に対し体温測定などを事前に行うよう勧奨すること,及び禁忌についての注意事項等を通知し,同じく同年六月二九日「種痘の実施について」を発して,質問票の様式を定め,乳幼児への接種前にこれを配布し,接種の際に持参するよう指導することを通知し,更に同年八月五日「種痘の実施について」を発して先の通知の徹底を図るとともに必要な注意事項をとりまとめて「種痘の手引き」を定め,また同年一一月三〇日「予防接種問診票の活用等について」を発して,種痘以外の問診票の様式を定めてこれを種痘以外にも活用することを通知し,また,これらの通知は,前記予防接種実施要領の場合と同様の方法により周知されていたものである。

     ⑤(a) 同項2(五)(3)④(a)の事実中,百日咳ワクチンによる脳症等重篤な神経障害は,百日咳ワクチンに含まれる菌体成分によつて発生し,ワクチンの接種量と副作用の間には相関関係があるとする説が存在する事実,WHOが,昭和三二年に定めた標準百日咳ワクチンには免疫単位がつけられており,百日咳菌五〇億個が3.6単位相当し,昭和三九年のWHOの百日咳ワクチン国際基準では,四単位を三回(合計一六〇億個)を接種すれば充分な免疫を与えるとされ,一回量は二〇〇億個を超えてはならないとされている事実,米国でも古くから百日咳ワクチンの力価に上限値を定め,英国では,副作用防止のため家庭内感染率が三〇パーセント位のあまり効きすぎない力価を有する菌量のワクチンを標準ワクチンとして採用している事実,わが国においては百日咳ワクチン及びその混合ワクチンについて原告らが主張するとおりの接種の規定量等が定められた事実,右規定量,菌量にすると,昭和三三年当時,百日咳ワクチン第一期第一回の規定接種量は1.0ミリリットルであり,それに含まれる菌数は一五〇億個であつたものであり,また,昭和四八年まで二種混合ワクチン及び三種混合ワクチン第一期第二回,第三回の規定接種量は1.0ミリリットルであり,それに含まれる菌量は昭和四六年までは二四〇億個であり,昭和四七年当時は二〇〇億個であつた事実,これをWHOが定めた国際標準ワクチンと比較すると,百日咳ワクチン基準において国際単位との関連が定められた昭和四三年以後は,わが国の百日咳ワクチン1.0ミリリットルの力価は17.28単位以上,昭和四六年以後のそれは14.4単位以上であつた事実は認め,その余の事実は争う。

 ワクチンの用量は,その効果と安全性を考慮して決められたものであるから,ワクチンの改良を離れて論ずることはできない。百日咳ワクチンは使用菌株や不活化法により力価が変動するので,従来から,生物学的製剤基準では力価の安全性を考慮して百日咳菌の含量の上限を定めてきた。ワクチンの効果は,その力価だけでなく,用法,用量によつても差が出るものであり,ワクチンの改良による力価の安全性と用法,用量等についての調査,研究の成果が集積されて,用法,用量の改正が行われてきたのである。従つて,このような改正がなされる以前においては,従来の用量が必要かつ充分と考えられてきたのであつて,ワクチンの改良や,改良されたワクチンについての調査,研究の成果のなかつた昭和三三年以前から接種量が過量であつたとする原告らの主張は,科学の進歩の過程を無視した素朴な結果論にすぎず,相当ではない。

 なお,百日咳ワクチンの接種による局所発赤,腫脹,発熱等の通常の副反応は,ワクチンに含まれる副反応惹起物質の量に関係するので,目的とする効果が得られる範囲で,用量はなるべく少ないことが望ましいことは当然であるが,接種後脳症,ショック等の副反応については,ごく微量を接種する場合ならともかく,従来の用量であれ,改正後の用量であれ,このような副反応は用量の差とは関連がないと考えられているものである。すなわち,予防接種後にまれに起こる脳炎,脳症等の重篤な副反応は,抗ガン剤や麻酔薬のように,量が増えれば反応がそれだけ増加するというような単純な関係にはないのである。

      (b) 同項2(五)(3)④(b)の事実中,種痘の接種量及び術式を決めるにあたつては,免疫をつけるのに必要最小量が接種されるように定め,また,種痘の接種にあたつては決められた接種術式により規定量を厳格に守つて接種すべきものである事実,わが国では,昭和三三年の予防接種実施規則で,接種術式,接種量について,原告らが主張するとおりの定めがなされた事実,その後,昭和四五年六月一八日付通知により,原告らが主張するとおりの指導,定めがなされた事実,更に,昭和五一年の予防接種実施要領では,原告らが主張するとおりの指示がなされた事実は認め,その余の事実は争う。

      (c) 同項2(五)(3)④(c)の事実中,わが国では,ポリオ生ワクチンの規定量について,一回につき1.0ミリリットルと定められていた事実は認め,その余の事実は争う。

      (d) 同項2(五)(3)④(d)の事実中,わが国では,インフルエンザワクチンの接種量につき,原告らが主張するとおりの定めがなされた事実は認め,その余の事実は争う。

      (e) 同項2(五)(3)④(e)の事実中,わが国において,百日咳ワクチンについて規定接種量が定められていた事実は認め,その余の事実は争う。

     ⑥(a) 同項2(五)(3)⑤(a)の事実中,生ワクチン相互では,一つの予防接種と他の予防接種が近接して行われると免疫産生のうえで干渉が起こる可能性がある事実,現在では,混合ワクチンを除き種類の異なるワクチンの同時接種を避けること及び生ワクチン相互は一か月の間隔を保つこととされている事実,わが国においては,昭和三六年の予防接種実施要領改正において「混合ワクチン以外は二種類以上を同時接種しない」ことを定め,昭和三九年の予防接種実施規則が,「ポリオワクチン接種後二週間は種痘を,種痘後二週間はポリオワクチンの接種をしない」ことを定め,昭和四五年の予防接種実施規則改正により「ポリオ又は麻しんワクチン接種後一か月以内は種痘を,種痘又は麻しんワクチン接種後一か月以内はポリオワクチンの接種をしない」ことを定め,通知により,右実施規則の解釈として,「生ワクチン接種後一か月は他のワクチンの接種をしない趣旨」とされた事実,不活化ワクチン接種後一週間は他のワクチン接種をしてはならないことについて実施規則,通知等で何ら指示がなされていない事実は認め,その余の事実は争う。

 種類の異なるワクチンの同時接種の是非や採るべき接種間隔の問題は,免疫学的に検討すべき事柄である。従来から,一般に異なるワクチンの同時接種は可能であるといわれてきたが,免疫学的調査,研究の成果等に基づいて,わが国では前記のとおり接種間隔が定められてきたものである。現在では,生ワクチン相互では免疫産生のうえで干渉があり得ること,副反応発現の際の無用の混乱を避けることが望ましいことを考慮して,生ワクチン接種後は一か月,不活化ワクチン接種後は二,三日の間隔をあければ接種可能であるが,念のため一週間以上の間隔をあけることが望ましいと考えられているが,異なるワクチンを同時に接種することも可能であるとの見解もあり,昭和四七年のWHOの報告では,種痘とジフテリア,百日咳,破傷風,コレラ,腸チフス,不活化ポリナワクチン,BCG,黄熱,麻疹または生ポリオワクチンの同時接種には,なんらの支障はなく,ワクチン投与の技術的問題が解決されるならば,種痘と同時に他の抗原を投与する計画を採用すべきではないという理由はないとしている。また,米国では,通常,幼児に百日咳,ジフテリア,破傷風の混合ワクチンとポリオ生ワクチンを同時接種しており,更に,麻疹,風疹,流行性耳下腺炎(いずれも生ワクチン)の三種混合ワクチンが接種され,麻疹撲滅計画や先天性風疹症候群対策に大きな効果を上げている。

 わが国では,以上に述べたように,科学の知見を検討して生ワクチン相互の接種間隔を制定または改正するとともに,予防接種実施要領で異なるワクチンの同時接種はしないことを定め,現実には,不活化ワクチン接種後の他のワクチンとの接種間隔に関する知見をも考慮した妥当な計画に基づいた予防接種が行われているものである。

      (b) 同項2(五)(3)⑤(b)の事実は争う。

     ⑦ 同項2(五)(3)⑥の事実中,厚生大臣としては,本件各接種の各実施主体に対し,被接種者の安全を配慮した接種会場の管理をするよう監監,指導すべきであつた事実は認め,その余の事実は争う。

     ⑧ 同項2(五)(3)末尾事実中,各被害児に関する原告主張一覧表の各「厚生大臣の具体的過失」欄記載の事実についての認否は以下のとおりである。

      (a) 各「実施すべきでない接種を実施させた過失」欄記載の事実のうち,各被害児が本件各接種を受けた事実は認め,その余の事実は争う。

      (b) 各「若年接種を実施させた過失」欄記載の事実のうち,各被害児が本件の各接種を受けた当時の年齢が原告ら主張のとおりであつた事実は争う。

      (c) 各「禁忌該当者に接種を実施させた過失」欄記載の事実のうち,原告主張一覧表(一)の被害児充(一の一)に対し体温測定が行われなかつた事実,同表(九)の被害児和子(九の一)は在胎一〇か月の満期産であつたが体重二二〇〇グラムの未熟児であつた事実,同表(二四)の被害児明子(二四の一)は昭和四三年五月一二日発熱し,同月一五日,下痢及び風疹様発疹ができ,右両日及び同月一七日に通院加療を受け,また同年六月八日に発熱した事実,同表(三一)の被害児雅美(三一の一)は本件接種当時股関節脱臼であつた事実,同表(四六)の被害児真一(四六の一)は昭和四七年六月一九日医師によつて消化不良と診断された事実,同表(四七)の被害児信吾(四七の一)は昭和四三年三月七日百日咳・ジフテリア,破傷風三種混合ワクチン第一期第一回の接種を受けた事実,同表(四八)の被害児隆司(四八の一)は昭和三八年五月二〇日第一回ポリオ生ワクチン接種を受けた事実,同表(五〇)の被害児玲子(五〇の一)は昭和三七年九月一三日種痘の,同年一〇月一二日百日咳・ジフテリア二種混合ワクチンの接種を受けた事実,同表(五四)の被害児展敏(五四の一)は在胎九か月で出生し,出生時体重は二一七〇グラムの未熟児であつた事実は認め,同表(一)の被害児充(一の一)に対し接種を行つたのが看護婦である事実,原告らが主張する各被害児の本件各接種当時の該当禁忌事項のうち右に列挙した事実以外の事実は不知,その余の事実は争う。

      (d) 各「過量接種を実施させた過失」欄記載の事実中,各「百日咳ワクチンの接種量の定め方を誤つた過失」欄記載の事実のうち各被害児に対し百日咳ワクチンの規定量が接種された事実は認め,各「種痘の規定量を守らせるための措置不充分の過失」,「ポリオ生ワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失」,「インフルエンザワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失」,「百日咳ワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失」欄記載の各事実のうち,原告らが主張するとおり各被害児に対し規定量を超えた接種が実施された事実は不知,その余の事実は争う。

      (e) 各「他の予防接種との間隔を充分とらないで接種を実施させた過失」欄記載の事実中,原告主張一覧表(一五),(二四),(三二),(四八),(五三),(六一)に記載の各被害児(一五の一,二四の一,三二の一,四八の一,五三の一,六一の一の各被害児)につき,原告らが主張するとおりの複数ワクチンの同時接種あるいは他のワクチン接種後に本件各接種が実施された事実は認め,同表(三),(一〇),(二一),(四〇),(四一)に記載の各被害児(三の一,一〇の一,二一の一,四〇の一,四一の一の各被害児)につき,原告らが主張するとおりの複数ワクチンの同日接種あるいは他のワクチン接種後に本件各接種が実施された事実は不知,その余の事実は争う。

      (f) 原告主張一覧表(五一)の「接種会場の管理に瑕疵のある状態で接種を実施させた過失」欄記載の事実中,本件接種当日は三月二二日とはいえ,寒風の強い日であつたが,接種会場に集まつた大勢の人は,会場内ではなく屋外に列を作つて待たされ,被害児茂(五一の一)の場合は約四〇分も寒風の中屋外で待たされたとの事実は不知,その余の事実は争う。

  3(一) 同項3(一)の事実は認める。

   (二) 同項3(二)の事実中,本件各接種のうち勧奨接種について,接種を行つた各接種担当者は,右接種の実施主体である各地方公共団体から委嘱を受けて,当該地方公共団体の公権力の行使に当る公務員として右接種を行つたものである事実は認め,その余の事実は争う。

   (三)(1) 同項3(三)冒頭事実は争う。

    (2) 同項3(三)(1)の主張は争う。

    (3)① 同項3(三)(2)冒頭事実は争う。

     ② 同項3(三)(2)①の事実中,各接種担当者は,本件各接種当時設定されていた禁忌事項のいずれかに該当する者に対して接種を行うべきではなかつた事実は認め,その余の事実は争う。

     ③ 同項3(三)(2)②の事実中,各接種担当者は,本件各接種のうち種痘,ポリオ生ワクチン,インフルエンザワクチン及び百日咳ワクチンの接種につき各規定接種量に従つた接種を行うべきであつた事実は認め,その余の事実は争う。

     ④ 同項3(三)(2)③の事実中,各接種担当者は,本件各接種を行うについて,昭和三六年の予防接種実施要領改正による混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種はしないとの定めに違反した接種を行うべきではなかつた事実は認め,その余の事実は争う。

     ⑤ 同項3(三)(2)末尾事実中,各被害児に関する原告主張一覧表の各「接種担当者の具体的過失」欄記載の事実についての認否は以下のとおりである。

      (a) 各「禁忌該当者に接種を行つた過失」欄記載の事実はいずれも争う。

      (b) 各「過量接種を行つた過失」欄記載の事実中,各接種担当者(原告ら主張の接種担当者についての認否は,一に記載したとおりである。)が本件各ワクチンの規定量に従つた接種を行うべきであつた事実は認め,各接種担当者が各被害児に対し規定量を超えた過量接種を行つた事実はいずれも不知。

      (c) 各「混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を行つた過失」欄記載の事実のうち,原告主張一覧表(一五)に記載する事実中,被害児桂子(一五の一)が種痘と二種混合ワクチンの同時接種を受けた事実は認め,同表(四〇)に記載する事実は不知。

  4(一) 同項4(一)の事実は認める。

   (二) 同項4(二)の事実中,本件各接種のうち勧奨接種の実施主体である地方公共団体の長は,当該地方公共団体の公権力の行使に当る公務員として右接種の遂行を統括していたものである事実は認め,その余の事実は争う。

   (三)(1) 同項4(三)冒頭事実は争う。

    (2) 同項4(三)(1)の主張は争う。

    (3) 同項4(三)(2)の事実中,本件各接種の各実施主体あるいは実施主体の長は,本件各接種を実施し,あるいは本件各接種の遂行を統括するについて,昭和三六年の予防接種実施要領改正による混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種はしないとの定めに違反した接種を実施し,あるいはかかる接種の遂行を統括すべきでなかつた事実,原告主張一覧表の各「実施主体あるいはその長の過失」欄記載の事実のうち同表(一五)に記載する事実中,被害児桂子(一五の一)が種痘と二種混合ワクチンの同時接種を受けた事実は認め,同表(四〇)の同欄記載の事実は不知,その余の事実は争う。

  5(一) 同項5(一)の事実は認める。

   (二) 同項5(二)の事実中,被告国が,行政指導により地方公共団体に対し,勧奨接種を実施させているのは,特定の疾病の感受性対策として特定の年齢群,集団等に対し予防接種を受けさせることにより,伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するためであつて,集団防衛,社会防衛を目的としたものである事実は認め,その余の事実は争う。

   (三) 同項5(三)の事実は争う。

 財産権の収用ないし制限に関する憲法二九条三項をそれと全く性格を異にする生命身体の犠牲に単純に類推適用することはできない。原告ら主張のとおり,生命身体の安全は一般に財産より高度の法益として位置付けられるとしても,両者を単に量的に比較することはできず,その間には質的な次元における相違が存するのであり,後者に関する救済補償の法理を単純に前者に類推すべきではない。

 予防接種事故被害に対する被告国の補償は,立法上行政上の責務ではあつても,具体的な立法等をまたずして個々の被害者に対し具体的に負担する義務ではない。即ち,事故被害者の補償請求権を憲法二九条三項その他の憲法規定や条理から直接導き出すことはできず,具体的な補償義務の存否及びその要件効果をどう規定するかは立法府の裁量に委ねられていると解される。

   (四) 同項5(四)の事実は争う。

 五 請求の原因第五項(損害ないし損失)の事実中,原告主張一覧表の各「接種後の状況」欄記載の事実についての認否は二に記載したとおりであり,本件各事故の被害の特質,被害状況に鑑み,各被害児及びその両親が蒙つた損害ないし損失を個別に算定すると請求の原因末尾添付損害額一覧表(一)ないし(八)記載のとおりとなるとの事実,原告らが主張する(一)ないし(八)の損害の算定根拠は争い,その余の事実はいずれも不知。

 なお,債務不履行責任が,債権者・債務者という契約当事者の間でのみ成立するものであることはいうまでもないところ,予防接種について強いて右の当事者の関係を措定するとすれば,一方の当事者は被接種者本人をおいてほかになく,してみれば,被接種者本人に係るもの以外の損害について被告が債務不履行責任を負うべきいわれは全くないというべきである。

 六 請求の原因第六項(相続)の事実中,死亡した各被害児の両親が,各二分の一の割合で各被害児を相続した事実,死亡した被害児阿部佳訓(五七の一)の父玄造(五七の二)が昭和五六年一〇月八日に死亡し,妻であるクニ(五七の三)が二分の一,子である原告阿部恭子(五七の四)及び原告阿部光敏(五七の五)が各四分の一,の各割合によりこれを相続した事実は認め,その余の事実は争う。

 第三 抗弁

 一 違法性阻却事由もしくは責に帰すべからざる事由の存在

 本件各接種の実施は法令及び法令に準ずる通達に基づく正当な職務行為であり,かつ社会的にも相当な行為であるから,行為の違法性は阻却されるものであり,右の違法性阻却事由は,債務不履行責任を問題とする場面における債務者の責に帰すべからざる事由に当る。

 二 時効及び除斥期間

  1 三年の消滅時効(民法七二四条前段)

  (一) 次表記載の各被害児及びその両親は,同表記載の日ごろに本件各接種による本件各事故発生を知つたのであるから,そのころに損害及び加害者を知つたというべきである。従つて,同人らについては,そのころから本訴提起に至るまでに既に三年以上の期間を経過しているから,民法七二四条前段の規定による消滅時効の期間が満了しているものであり,被告国はこれを援用する。

   (二) 右に記載の日ごろに損害及び加害者を知つたのではないとしても,次表記載の各被害児及びその両親は,同表記載の日に予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書を作成して,これを当該市町村長等に提出したが,同申請書には,当該予防接種の種別,実施年月日,実施者,実施場所等を記載し,これに当該予防接種済証,医師の作成した書面,都道府県の作成した調査票等を添えて提出するものとされているから,同人らは,遅くとも右申請書作成の日(但し,申請書の作成年月日の全く記入されていないものは,市町村等の受付の日)までには,民法七二四条前段に規定する損害及び加害者を知るに至つたというべきである。従つて,同人らについては,その日から本訴提起に至るまでに既に三年以上の期間を経過しているから,民法七二四条前段の規定による消滅時効期間が満了しているものであり,被告国はこれを援用する。

  2 一〇年の消滅時効(民法一六七条一項)

 次表記載の各被害児及びその両親が本訴を提起したのは本件各接種実施の日から一〇年以上経過した後であるから,同人らの被告国に対する債務不履行責任に基づく請求につき,被告国は右消滅時効を援用する。

  3 二〇年の除斥期間(民法七二 四条後段)

 被害児古川博史(五六の一)は,昭和二七年一〇月二〇日に本件接種を受けたものであり,同日から同児及びその両親が本訴を提起するに至るまでに,既に二〇年以上の期間が経過している。

 三 救済制度の存在

  1 わが国の予防接種による健康被害に対する救済制度は,抗弁末尾添付の別紙一記載〈省略〉のとおりである。

  2 仮に,原告らが主張するように,国民の生命身体の安全に関する特別の犠牲について,憲法二九条三項の類推適用や条理によつて被害者の損失補償請求権を導き出すことが理論的に可能であるとしても,少なくともそれは,補償に関する法律が全く制定されていない場合に限られるべきである(一般的補償請求権の補充性)。

 予防接種被害を理由とする損失補償請求については,前記のとおり救済制度が法制化され,それが内容の面からみても額の面からみても,現在のわが国におけるこの種被害に対する救済としては客観的妥当性を有する以上,右救済制度に基づく請求以外は許されず,これと別途の補償請求権は認められない。

  3 損失補償も損害賠償も,その目的は基本的かつ究極的には損害の填補あるいは被害の救済にあり,両者の要件・効果の相違は著しく小さくなつているのが現状である。そして,現代における立法及び解釈の課題は,社会保障制度なども含めたこれら諸制度の有機的関連に留意しつつ,右究極の目的をいかに全体として有効適切に達成するかにかかつており,もはや今日,これらの制度の内容や相互関係をかつて考えられたような硬直的・固定的・独立的なものと解することはできない。特に,近時,不法行為法,国家補償法などの分野で,法の重要な機能,理念として「資源の適正な配分」が強調されるに至つており,もとより補償法の最も重要な目的は被害の適正な救済,補償にあるわけではあるが,その方法や限界については,限られた資源をいかに適切かつ公平に配分するかという視点も欠くことができない。

 従つて,既に被告国が多額の国費を投じて運営し,将来にわたつてこれを維持発展させることが予定されている前記国家補償的救済制度の性格,内容を,全く同質的な損失補償請求についてはもとより,損害賠償請求においても度外視することは到底許されない。

 以上によれば,個々の予防接種に関して具体的接種行為の過失が問われる事案はともかく,それ以外のもの(予防接種政策の一般的不当を主張する事案を含む)については,前記法制化された救済制度による給付と別個の損害賠償請求は許容しないのが現行予防接種法の趣旨と解すべきである。

 四 損益相殺等

  1 各被害児及びその両親が,本件各事故に関し,前記三1の救済制度等に基づいて,昭和五七年一二月三一日現在までに被告国から給付を受けた額は,抗弁末尾添付別紙二記載〈省略〉のとおりである(右別紙の「旧制度」欄記載の金員は,昭和五一年法律第六九号による予防接種法の一部改正によつて法的救済制度が創設される前の,いわゆる行政救済措置に基づくものであり,「新制度」欄記載の金員は,右法的救済制度に基づくものである。なお,各項目の金員を被害児と両親のいずれが受領したかは,抗弁末尾添付別紙一の「対象者」欄記載のとおりである。)。

 原告らの本件請求が何らかの形で認められる場合には,右各給付を受けた金員は,損益相殺,重複填補,または実質上の一部弁済として当該原告らの認容額から控除されるべきである。

  2 原告らが主張する逸失利益や介護費は,前記三1の救済制度における,一八歳以上の各被害児が給付を受ける障害年金や一八歳未満の各被害児の養育者が給付を受ける障害児養育年金などの給付と実質的に対応し重なり合うものであり,後者を無視して前者の損害・損失を算定することはできない。もし,右救済制度に基づき将来給

付を受ける額を,未払いだからといつて無視し,賠償・補償金から控除しないとすれば,将来分の損害・損失はその限度で填補されることになるから,右現行救済制度の給付を将来にわたつて継続させる実質的根拠は失われることになる。

 労災保険法は,使用者行為災害における年金給付と民事賠償の関係についての調整規定として,同法六七条一項一号「事業主は,当該労働者又はその遺族の年金給付を受ける権利が消滅するまでの間,その損害の発生時から当該年金給付に係る前払一時金給付を受けるべき時までの法定利率により計算される額を合算した場合における当該合算した額が当該前払一時金給付の最高限度額に相当する額となるべき額(次号の規定により損害賠償の責を免れたときは,その免れた額を控除した額)の限度で,その損害賠償の履行をしないことができる。」,同二号「前号の規定により損害賠償の履行が猶予されている場合において,年金給付又は前払一時金給付の支給が行われたときは,事業主は,その損害の発生時から当該支給が行われた時までの法定利率により計算される額を合算した場合における当該合算した額が当該年金給付又は前払一時金給付の額となるべき額の限度で,その損害賠償の責めを免れる。」の規定を設けている。右規定は,単に労災保険に関する特殊例外的な取扱いとみるべきではなく,むしろ重複填補の調整問題に関する一つの法的なモデルとして,他にも類推することができるものである。そして,予防接種法にはこの種の調整規定がないが,問題の性質は使用者行為災害に近く,むしろそれ以上に給付主体の同一性,内容の共通性が顕著であるといえる。

 従つて,仮に予防接種法の救済制度による給付と別に損害賠償ないし損失補償が認められるとしても,右救済制度が法的な裏付けをもち,その履行が確実である以上,右労災保険法の趣旨を類推し,右救済制度による将来給付分も現在額に換算したうえで賠償・補償額から控除するのが相当である。

 ちなみに,各被害児及びその両親らが受ける将来給付分は抗弁末尾添付別紙三記載のとおりであり,これに昭和五六年簡易生命表による平均余命年数に対応するホフマン係数を乗じて現価を計算すると,抗弁末尾添付別紙四記載のとおりとなる。

 五 履行の猶予

 仮に四2の将来給付分の控除が認められないとしても,障害児養育年金及び障害年金相当額については,右年金の所定の給付履行時期(現行では四半期ごとに経過三か月分をまとめて支給する。)までは,労災保険法六七条一項一号の趣旨を類推し,その限度で履行の猶予がなされるべきであり,被告国は本訴で右履行の猶予を主張する。

 第四 抗弁事実に対する認否

 一 抗弁第一項の事実は争う。

 二 1(一) 抗弁第二項1(一)の事実中,被告国が主張する各被害児及びその両親が,被告国が主張する日ごろに本件各接種による本件各事故発生を知つた事実は認め,その余の事実は争う。

 民法七二四条にいわゆる損害を知るとは,単純に損害を知るに止まらず加害行為が不法行為であることも併せ知る意である。被告国が主張する各被害児及びその両親は,本件各事故により被害の発生した事実は知つたが,その被害がいかなる行為の違法性によるものか知らなかつたし,また知り得る立場になかつた。予防接種の違法性を知るには,専門的知見と調査を必要とするのであつて,それを知つたのは本件各訴提起の直前である。

   (二) 同項1(二)の事実中,被告国が主張する各被害児及びその両親が,被告国が主張する日に予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書を作成して,これを当該市町村長等に提出した事実,同申請書には,当該予防接種の種別,実施年月日,実施者,実施場所等を記載し,これに当該予防接種済証,医師の作成した書面,都道府県の作成した調査票を添えて提出するものとされていた事実は認め,その余の事実は争う。

 被告国が主張する行政救済措置は,予防接種を受けた者のうちには実施にあたり過失がない場合において,極めてまれではあるが重篤な副反応が生ずる例がみられ,国家賠償法または民法により救済されない場合があるので,これらについて救済制度を設けたものであつて,予防接種の違法性が存在していないことを前提とする制度である。従つて,予防接種によつて被害を受けた各被害児及びその両親らが右制度による給付申請書を作成したからといつて,当該各被害児の受けた予防接種の違法性を知つていたとはいえないことは明白であり,不法行為による損害賠償請求の時効は進行していない。

  2 同項2の事実中,被告国が主張する各被害児及びその両親が,本訴を提起したのは,本件各接種実施の日から一〇年以上経過した後である事実は認め,その余の事実は争う。

 およそ,消滅時効は権利を行使することを得るときより進行する。被告国が主張する各被害児及びその両親らは,確かに本件各事故により損害を受けたことを知つたが,それが被告国とのいかなる契約ないし契約類似関係によつて生じたものであるのか知らなかつた。通常の契約関係と違つて,予防接種を受けるに当つての同人らと被告国との関係は特異なものであり,高度の法的知識によらなければ確知できないのであるから,同人らが本件訴訟を本件訴訟代理人に委任するまで債権の存在を知らなかつたのはやむを得ぬところであり,従つて権利を行使し得るときになかつたのであるからその間時効は進行しない。予防接種実施の日をもつて債権の行使をし得る日とする被告国の主張は誤りである。

  3 同項3の事実は認める。

 但し,民法七二四条後段の規定は消滅時効の規定であつて,除斥期間の規定ではない。

 三1 抗弁第三項1の事実は認める。

  2 同項2の事実中,予防接種被害について救済制度が法制化されている事実は認め,その余の事実は争う。

 憲法二九条三項によつて被害者の損失補償請求権が認められる以上,補償に関する法律が制定されていても,被害者は,正当な補償額と法律による補償額との差額を請求できることは当然である。そうでない限り,補償額は自由に立法府が決め得ることとなり憲法二九条三項の趣旨は全く失われてしまう。憲法の同条項は補償を義務づけると共に,その補償額を正当な補償と定め,これを立法府の自由裁量に委ねないとしたところに本質的意義が存するのである。

  3 同項3の事実は争う。

 四1 抗弁第四項1の事実中,抗弁末尾添付別紙二に記載の事実のうち,被害児梶山桂子(一五の一)が,後遺症特別給付金の昭和五一年度分のうち金一八万円及び同費目のその余の年度分の,同児及びその両親がその余の費目の,各支払いを受けた事実,被害児小林浩子(二一の一)が,後遺症特別給付金の昭和五一年度分のうち金一五万三〇〇〇円及び同費目のその余の年度分並びにその余の費目の各支払いを受けた事実,被害児藤本美智子(三七の一)の両親が障害児養育年金昭和五三年度分のうち金四九万四〇〇〇円の,同児がその余の費目の,各支払いを受けた事実,被害児池本智彦(四二の一)が,後遺症特別給付金のうち昭和五〇年度分として金一四万四〇〇〇円及び同費目の昭和四九年度分並びにその余の費目の各支払いを受けた事実,被害児古川博史(五六の一)が障害年金の昭和五七年度分のうち金七六万二四五〇円及び同費目のその余の年度分並びにその余の費目の各支払いを受けた事実,その余の各被害児及びその両親が別紙二に記載のとおりの各費目の各支払いを受けた事実は認め,その余の事実は争う。

 被告国が主張する既払い分のうち,医療費(旧制度及び新制度のものを含む)は,予防接種を受けたことによる疾病について,各被害児が実際に医療に要した費用を補填するために支払われたものであるところ,原告らは本件訴訟において医療に要した費用を損害額及び損失額として主張していないから,被告国主張の医療費の支払い額はこれから控除されるべきではない。

 被告国が主張する医療手当は,医療を受けた者に対して,医療を受けた日数の多少,入通院の別に応じて月単位で支給されるものであることからみても,またその支給額からみても,医療を受けた者の入,通院に伴う交通費,その他の諸経費に対する補填として支払われるものと解されるところ,原告らは本件訴訟においてかかる諸経費も損害額及び損失額として主張していないから,被告国主張の医療手当の支払い額もこれらから控除されるべきではない。

 被告国が主張する地方公共団体からの支給は,地方公共団体が,各被害児に対する見舞いの趣旨で支給したものであり,損害及び損失を補填する趣旨のものではないから,原告ら主張の損害額及び損失額から控除されるべきではない。

  2 同項2の事実中,労災保険法が被告国が主張する規定を設けている事実は認め,その余の事実は争う。

 五 抗弁第五項の主張は争う。

 第五 再抗弁

 原告らのうち若干訴訟提起の遅れた者があるにしても,それは本件訴訟の請求原因となる予防接種の危険性については高度の医学的,疫学的,法律的知識と専門的調査が必要であつたからである。その知識と情報を持つ被告国は昭和四五年に僅少の救済措置を採るまで全く被害者を放置したうえ何らの情報の提供をしなかつたのであるから,そのために訴訟に必要な調査や法律専門家への委任が遅れたのは誠にやむを得ないところであつて,被告国は一部原告らの訴提起の遅延に責任を有する。訴提起の遅延の原因をつくつた被告国が消滅時効を援用することは,いたずらに原告らを困惑させるだけであつて,信義則に反し権利の濫用という他はない。

 また,被告国は,被害児大川勝生(四五の一)を除くすべての各被害児を予防接種事故の被害者と認定し一時金ないし定期金を給付しているものであり,これはその責任を承認したものであるから,このような場合に敢て本訴において時効の主張をすることはそれ自体信義則に反する。

 第六 再抗弁事実に対する認否

 再抗弁の事実中,被告国が被害児大川勝生(四五の一)を除くすべての各被害児を予防接種事故の被害者と認定し一時金ないし定期金を給付している事実は認め,その余の事実は争う。

第三節 証拠〈省略〉 

理由

第一 事実認定に供した書証等の成立等について

 理由中において認定の用に供した書証(写真を含む)中,その成立(写しが証拠であるものについては原本の存在及びその成立を含み,写真については各当事者が主張するとおりの写真であること。以下同様。)について争いのあるもの,及び当裁判所がその成立を認めた根拠は以下事実認定(証拠)表(一)のとおりである。

 そして,右以外の事実認定の用に供する各書証等の成立については,いずれも当事者間に争いのないものである。

 なお,昭和四七年(ワ)第二二七〇号事件の関係で併合前に採用,取調べ済みの甲号証及び乙号証については,各書証番号の上に右事件番号を付して特定することとし,昭和四八年(ワ)第四七九三号,同第一〇六六六号,昭和四九年(ワ)第一〇二六一号,昭和五〇年(ワ)第七九九七号事件の関係で右昭和四七年(ワ)第二二七〇号事件と併合前に採用,取調べ済みの甲号証及び乙号証については,右事件の関係で採用,取調べ済みの甲号証及び乙号証と書証番号が重複する限度において,各書証番号の上に昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件との表示を付して特定することとする。

 そして,四〇〇番台の書証番号を持つ甲号証及び乙号証は,いずれも四〇〇番に家族固有番号を加えた番号によつて各被害児ごとの各論立証に関する書証としており(例えば,甲第四〇六号証の一で,被害児尾田眞由美(六の一)に関する原告提出の書証であり,乙第四〇六号証は,同じく右被害児に関する被告提出の書証である。),その余の甲号証及び乙号証(但し,昭和四七年(ワ)第二二七〇号の事件番号を付した書証を除く。)は,いずれも原被告双方が総論立証のため提出した書証としていることを付言する。再に,昭和四七年(ワ)第二二七〇号の事件番号を付した甲号証及び乙号証には,総論立証に関する書証と被害児野口恭子(六二の一)の各論立証に関する書証が併存している。

   事実認定(証拠)表(一)〈省略〉

第二 請求の原因事実等について

 一 請求の原因第一項(当事者)の事実中,原告主張一覧表の各「接種の状況」欄記載の事実のうち当事者間に争いのある事実については,以下「事実認定表」(二)のとおり各証拠により認定し,その余の事実は,いずれも当事者間に争いがない。

   事実認定表 (二)〈省略〉

 二1 請求の原因第二項(事故の発生)の事実のうち,原告主張一覧表「接種後の状況」欄記載の事実中次表の「事実認定表」(三)記載の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

   事実認定表 (三)〈省略〉

  2 前掲の争いのない事実及び以下に掲げる「事実認定(証拠)表」(四)に記載の各証拠を総合すれば,各被害児は,原告主張一覧表「接種後の状況」及び「現在の症状」欄,各記載のとおり,本件各接種(インフルエンザワクチン,種痘,ポリオ生ワクチン,百日咳ワクチン,日本脳炎ワクチン,腸チフス・パラチフスワクチン,百日咳・ジフテリア二種混合ワクチン,百日咳・ジフテリア・破傷風三種混合ワクチン等のうち,一種類または二種類の接種)を受けた後,死亡し,あるいは重篤な後遺障害を有するに至つた各事実が認められる。

   事実認定(証拠)表(四)〈省略〉

 三1 請求の原因第三項(因果関係)1の事実中,ポリオ生ワクチン接種により脳炎,脳症が起こる事実及びインフルエンザワクチン接種によりアレルギー性脳炎が起こる事実を除き,その余の事実は当事者間に争いがない。

  2 証人白木博次の証言及び〈乙号証〉によれば,西ドイツ,マックス・プランク脳研究所クリユッケ教授の論文(甲第一六〇号証)が,ポリオ生ワクチン接種後一二日から二五日を経て,全過程二〇ないし六〇日で死亡した六剖検例の神経病理学が,いずれも遅延型アレルギー反応の神経障害を明示していることについて記述していること,埼玉医科大学精神科の皆川正男らの論文(甲第一六二号証)が,ポリオ生ワクチン接種後約七日後に急性脳症を呈し半球萎縮を残した剖検例が存在することについて記述していること,がそれぞれ認められる。

 〈乙号証〉によれば,昭和三六年のポリオ生ワクチン使用を契機として翌三七年に結成されたポリオ監視委員会がポリオ生ワクチンの調査(サーベイランス)として副反応の臨床分類をした結果,昭和三七年から昭和四九年までの間にC型(ポリオとは考えにくい症例。臨床的に外傷,脳腫瘍,脳血管障害,脳炎,脳性小児麻痺などと診断されるもの,麻痺を伴わないものなどが含まれる。ただし,厳密な意味ではポリオウイルス感染症を否定できない。)に分類された症例が,一〇一件その割合は14.3パーセントに達したことが認められる。

 〈甲号証〉によれば,予防接種リサーチセンターの副反応研究班が集計したわが国のポリオ生ワクチン接種後に生じた副反応の報告例の中には,接種後一か月以内に三〇例の脳炎,脳症が報告されていること,二種混合ワクチン,三種混合ワクチン,インフルエンザワクチン接種後の脳炎,脳症の発生状況は,二種混合ワクチン,三種混合ワクチンでは接種後四日以降,インフルエンザワクチンでは接種後一一日以降は,何ら脳炎,脳症が発生しておらず,ポリオ生ワクチン接種後の脳炎,脳症の発生状況は,これらのワクチン接種後の脳炎,脳症の発生状況とは異なつていること,が認められ「ポリオ生ワクチン接種後の脳炎,脳症の発生がポリオ生ワクチン接種とは無関係な偶発的なものにすぎないとは言い難いことが認められる。

 〈甲号証〉によれば,ポリオに感染した場合の病型として脳炎型があること,昭和三〇年から昭和三五年までの間に東京大学医学部小児科において扱つたポリオ患者のうち八名,2.5パーセントが脳炎型を示したこと,が認められる。

 証人白木博次の証言及び〈甲号証〉によれば,ポリオ生ワクチン接種により脳炎,脳症が起こる機序について以下のとおり説明され得ることが認められる。即ち,急性脳症を起こす典型例に疫痢に罹患した場合があるが,この場合は赤痢菌が腸内に感染して腸壁で増殖する時にヒスタミンあるいはヒスタミン様の物質を産出し,この物質が脳の血管の拡張,収縮をもたらし急性脳症を惹起するものであると説明されている。また,ヒスタミンを幼若犬の頸動脈に注入した結果,脳に血管けいれんが起き,そのために脳の神経細胞が破壊されたという実験結果が報告されている。そして,ワクチン接種によつて肥伴組胞の免疫抗体(IgE)にワクチンが働き,そこからヒスタミンが放出されるということも明らかにされている。従つて,ポリオ生ワクチン接種により,疫痢の場合と同様に腸壁でヒスタミン様物質が産出され,あるいは肥伴細胞からヒスタミンが放出され,かかる物質が脳血管のけいれんを導き急性脳症を惹起するという仮説を立てることが可能である。更に,ポリオ生ワクチンは,猿の腎臓細胞にウイルスを培養して製造されたものであるから,ウイルスと腎細胞との間で有害物質が産出される可能性もあり,ワクチンに培地,培養細胞,臓器由来の有害物質が入ることを防ぐことはできず,また,ワクチンにはチメロサール等の保存剤等が添加されており,これらの物質が急性脳症やあるいは遅延型アレルギー反応を起こすことも考えられる。

 以上認定の諸事実を総合すれば,ポリオ生ワクチン接種によつて脳炎,脳症が起こり得ることにつき経験則上高度の蓋然性があると認められる。

 右認定に反する証人木村三生夫の証言(第一,二回)は以下のとおりの理由によつて採用しない。

 木村三生夫証人は,ポリオ生ワクチン接種の副反応として脳炎,脳症が起こらない根拠として,第一にポリオが流行した時代にポリオ脳炎と呼ばれる症例がごく稀に存在したが,かかる症例がポリオウイルスによつて起こつたか否かについてはポリオウイルスが分離されておらず不明であること,第二にポリオウイルスに脳炎を起こす性質がごく稀にあつたとしてもポリオ生ワクチンは猿の脳の中に注射をして異常のなかつたものが検定に合格しているのであるから,ポリオ生ワクチン接種によつて脳炎を起こす例はもつと少なくなるはずであること,第三に幼児には原因不明による脳炎,脳症が起こるから,ワクチンと脳炎,脳症との間の因果関係を肯定するためには,ワクチン接種後の脳炎,脳症の発生率が原因不明による脳炎,脳症の発生率を越えた疫学的な有意差を持つたものでなければならないが,ポリオ生ワクチン接種後の脳炎,脳症の発生にはかかる有意差が認められないこと,第四にポリオ生ワクチン接種後に起こつた脳炎,脳症と見られる症例の発生状況を見ても,接種当日から一か月以後まで一様に分布しており,種痘後脳炎のような特定の時期に集積してその脳炎が起こつたということがないこと,第五にポリオ生ワクチンが猿の賢臓で増殖培養して製造されるためワクチン中に猿の腎臓という異種たん白を含んでいるとしても,日常異種たん白である卵や肉を食べても脳炎や脳症が起こることはないのであるから,経口投与されたポリオ生ワクチンに含まれる異種たん白が脳炎,脳症を起こすとは考えられないこと,第六にクリユッケの論文(甲第一六〇号証),皆川正男らの論文(甲第一六二号証)は,いずれもポリオ生ワクチン接種後に見られた脳炎,脳症がポリオ生ワクチン接種のウイルス感染によつて起こつたものであることを明らかにしているものではないこと,等があげられる旨証言する。

 しかしながら,第一の点については,証人白木博次の証言によれば,遅延型アレルギー反応はウイルス自体が脳に行かなくてもウイルスが引金となりウイルス以外のあるいはウイルスによつて作られた他の何かによつて起こり得るものであり,ウイルスが分離されなければウイルスと脳炎との因果関係は認められないというものではないことが,第二の点については,証人白木博次の証言によれば,ポリオ生ワクチンはある程度ポリオウイルスと同じような変化を生体に生ぜしめるものでなければ免疫抗体を作ることができないから,猿の脊髄にポリオ生ワクチンを注射した場合脊髄に軽い炎症を起こすものでなければ検定に合格しえないことが,第三の点については,証人白木博次の証言によれば,副反応の三つの型である急性脳症,ウイルス血症,アレルギー性脳炎のそれぞれによつて潜伏期が異なるということを考慮したうえ調査が行われているか否か疑問であり,ポリオの調査(サーベイランス)に当つて急性脳症系の潜伏期が七日以上のものが切り捨てられ,疫学的統計の中で原因不明の脳症として処理されている可能性があること,調査方法自体が被接種者全員について副反応の発生の有無につき追跡調査を行うという方法ではなく,正確な統計とは言い難いこと,副反応の発生には個体側の条件が非常に重要であり,個体差を無視した統計学的処理は医学的に正しいものではないことが,第四の点については,右のとおり集積性判断のための資料の正確性に疑問があるうえ,木村三生夫証人が証言している集積性の判断のために使用している資料は,甲第七〇号証によれば三〇例にすぎずそこから集積性についての正確な判断ができるかどうかにも疑問があり,右の症例三〇例について見れば,脳炎,脳症がポリオ生ワクチン接種後一日から一一日以内に集積性を持つて発生したものと認めることもできることが,第五の点については,証人白木博次の証言によれば,異種たん白である魚や卵を食べた場合にアレルギー性反応を起こすことはよく知られており,またポリオ生ワクチンの接種は生きたウイルスを含んでいるから赤痢菌が腸壁でヒスタミン物質を作ると同様にポリオウイルスが腸においてヒスタミンを作る可能性もあり,単なる食事と同列に扱うことができないことが,また,甲第三九号証によれば,ポリオ生ワクチンの製造過程に用いられる物質に対するアレルギー症状として,サルアレルギー及び絹アレルギーの症例報告があることが,第六の点については,証人白木博次の証言によれば,ウイルスが脳に行かなければアレルギー性脳炎が起こらないという考えは否定されており,クリユッケ論文は慎重な記載ではあるがポリオ生ワクチン接種とアレルギー性脳炎の因果関係を肯定していものと言えることが,それぞれ認められ,以上に照らせば,当裁判所としては,証人木村三生夫のポリオ生ワクチン接種によつて脳炎,脳症は起こらないとの証言は採用しないこととする。

  3 請求の原因第三項(因果関係)3の事実中,アメリカ合衆国において昭和五一年一〇月一日から同年一二月一六日の間に行われたAニュージャージー型インフルエンザワクチンの接種によつてギラン・バレー症候群の多発が認められた事実は当事者間に争いがない。

 証人白木博次の証言及び〈甲号証〉によれば,クリユッケの論文(甲第一六九号証)がインフルエンザ様症状感染によつてアレルギー性脳炎が起こつた剖検例が存在することについて記述していること,インフルエンザワクチンの接種はインフルエンザの自然感染に似たようなものであつて,毒性のないウイルスが感染するだけであり,インフルエンザワクチンに含まれるウイルスは不活化されてはいるがウイルスの化学的物質は残つていること,アレルギー性機構があつた場合に遅延型アレルギー反応が末梢神経に現われれば多発性神経炎に,脳に現われれば脳炎になるのであるから,Aニュージャージー型インフルエンザワクチン接種により末梢神経の遅延型アレルギー反応である多発性神経炎(ギランバレー症候群)が起こる以上,同じ発生機序によりインフルエンザワクチン接種によりアレルギー性脳炎が発生することが充分考えられること,がそれぞれ認められる。

 以上の事実を総合すれば,インフルエンザワクチン接種によつてアレルギー性脳炎が起こり得ることにつき経験則上高度の蓋然性があると認められる。

 右認定に反する証人木村三生夫の証言(第二回)は以下のとおりの理由によつて採用しない。

 木村三生夫証人(第二回)は,インフルエンザワクチン接種によつてアレルギー性脳炎が起こるとは考え難い根拠として,第一にインフルエンザワクチンには狂犬病ワクチンや日本脳炎ワクチンと違い神経性組織が含まれていないこと,第二にインフルエンザワクチンは非常に多数の者に対して接種が行われているが,アレルギー性脳炎と考えられる症例数は偶発的に起こるアレルギー性脳炎の発生頻度を超えているとは認められないこと,第三にアメリカ合衆国においてAニュージャージー型インフルエンザワクチン接種によつてギランバレー症候群が多発したことの発生機序がよくわかつておらず,同ワクチン接種によつてアレルギー性脳脊髄炎は起こつていないこと,第四にインフルエンザワクチン接種によつてアレルギー性脳炎やギランバレー症候群が起こつたということは明らかでなく偶発性のものかどうか不明であること,等があげられる旨証言する。

 しかしながら,第一の点については,証人白木博次の証言によれば,インフルエンザワクチンは鶏卵培養するため卵たん白が含まれており,これがアレルギー反応を起こすことが考えられること,第二の点については,証人木村三生夫(第二回)の証言によつても,わが国におけるインフルエンザワクチンによるアレルギー性副反応については現在調査中であることが認められ,インフルエンザワクチン接種後のアレルギー性脳炎の発生頻度が正確に把握できていない以上これと偶発的アレルギー性脳炎の発生頻度を比較することはできないこと,第三及び第四の点については,前記のとおり証人白木博次の証言により,Aニュージャージー型インフルエンザワクチン接種によるギランバレー症候群の発生という事実からインフルエンザワクチン接種によるアレルギー性脳炎の発生を肯定することに合理性があること,がそれぞれ認められ,これらの事実に照らせば,当裁判所としては,証人木村三生夫(第二回)のインフルエンザワクチン接種によつてアレルギー性脳炎が起こるとは考え難いとの証言は採用しないこととする。

  4 証人白木博次の証言によれば,ワクチン接種とその後に発生した疾病との因果関係を肯定するための要件としては,次の四つの要件をあげるのが合理的であると証言している。

 即ち,

「① ワクチン接種と予防接種事故とが,時間的,空間的に密接していること。

 時間的密接性とは,発症までの時間(潜伏期)が一定の合理的期間内におさまつていることを意味するが,ワクチンによる神経性障害の三つの型(急性脳症型,ウイルス血症型,遅延型アレルギー反応型)により異なり,更に被接種者の個体差があるため一定の時間を頂点に自然曲線をえがき,従つて長短一定の幅があることが認識されなければならない。更に免疫学と神経病理学の双方の総合考慮やワクチンの接種が経口であるか,皮下接種であるか,皮内接種であるか,も潜伏期間を考慮する上で必要である。以上のような時間的密接性はまた,脳,せきずい,末梢神経等のうちどの部位が侵されるかによつても変わるのである(空間的密接性)。

 ② 他に原因となるべきものが考えられないこと

 これは,他の原因が,一般的抽象的に考えうるというのでは足りず,具体的に存在したことが明らかであり,かつその原因と障害との間の因果の関係も明らかとなつているものでなければならない。

 ③ 副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと。

 この要件は,①,②の要件程に重要ではないが,従前全く見られなかつた症状が強烈にあらわれるということである。

 ④ 事故発生のメカニズムが実験・病理・臨床等の観点から見て,科学的,学問的に実証性があること。

 これは,事故発生のメカニズムについての知見が既存の科学的知見と整合し,それらによつて説明されうるということである。」

 の四要件である。

 もつとも,右の要件について,被告である国は,右の要件は因果関係の存否の判断のための基準としては有用性に乏しく,専ら本件訴訟における患者の救済の必要性にのみ視点を置いた立論であると主張し,その理由として,「一般的に,医療行為と結果発生(障害)との因果関係については,訴訟上の立証の程度としては,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挾まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるとされている。ここでいう高度の蓋然性の証明は,一般論としての結果発生の蓋然性と具体的事例における結果発生の蓋然性の二つが求められていると考えるべきである。ところで,通常,予防接種後の神経系疾患の臨床症状や病理学的所見は,予防接種以外の原因による疾患のそれと異るものではないため(非特異性),具体的に発生した疾患が予防接種によるものであるか,あるいは他に原因があるかを的確に判定することは困難である。特に,脳炎・脳症において,もともと原因不明なものが全体の六〇パーセントないし七〇パーセントを占めており,その判定は,より困難である。そこで,一般論として,あるワクチン接種によつて,ある疾病(本件訴訟に即していえば,脳炎・脳症)が起こり得るというためには,①接種から一定の期間内に発生した疾病が,それ以外の期間における発生数よりも統計上有意に高いことを示す信頼できるデータが存在し,かつ,②当該予防接種によつて,そのような疾病が発生し得ることについて,医学上,合理的な根拠に基づいて説明できること,を要件とすべきである。次に,現実に発生した疾病が,接種したワクチンによつて起こつたとするためには,③接種から発症までの期間が,好発時期,あるいはそれに近接した時期と考えられる中に入り,かつ,④少なくとも他の原因による疾病と考えるよりは,ワクチン接種によるものと考える方が,妥当性があること,を要件とすべきである」と主張する。

 証人木村三生夫(第二回)は,ワクチン接種とその後に発生した疾病との因果関係を肯定するためには,ワクチン接種後特定の時期に特定の疾病が当該疾病の通常の発生率を超えた頻度で発生することが必要である旨証言する。

 しかしながら,同人の証言によつても,わが国においてワクチン接種後の疾病発生状況について正確な調査が行われているとは言えず(当裁判所は右の調査の義務は被告国が負うべきものと考える。),当該疾病の通常の発生率とワクチン接種後の発生率を比較するということが理論的には可能であつても,実際の統計値として有意の差になつて現われるとは言い難いことが認められ,これを因果関係の判断基準としてあげることは適当でない。

 そして,被告国が主張する要件の①及び④は原告らが主張し,証人白木博次が証言する要件の③と,被告国が主張する要件の②は原告らが主張し,前記同証人が証言する要件④と,更に被告国が主張する要件③は,原告らが主張し,同証人が証言する要件①に対応して考えることができる。

 そこで検討するに,本件でのワクチン接種と重篤な副反応との因果関係の存否を判断する基準というのは,訴訟上は,結局のところ,裁判所の事実認定の問題として,右の因果関係があるといえるかどうかの問題ということができる。

 ところで,右の観点から,本件における因果関係の存否の問題について,原被告双方共,科学(医学)上の証明として論理必然的証明への努力をなしており,双方共にわが国医学界の最高峰に在る証人の証言によつてこれを立証しようとしていることが認められる。しかしながら,訴訟上におけるその証明は科学的証明とは異なり,科学上の可能性がある限り,他の事情と相俟つて因果関係を認めても支障はなく,またその程度の立証でよいというべきである。

 そこで,当裁判所としては,原告被告双方の主張並びにその立証活動を比較検討した結果,本件においては,被告の主張も考慮に入れたうえで,原告主張の四つの要件の存在をもつて,因果関係存否の判断基準とすることが合理的であると認め,以下,右の基準に従つて判断する。

  5 請求の原因第三項(因果関係)5の事実中,本件各事故のうち被害児吉原充(一の一),同白井裕子(二の一),同山元寛子(三の一),同阪口一美(四の一),同澤柳一政(五の一),同葛野あかね(七の一),同服部和子(九の一),同田部敦子(一二の一),同田中耕一(一三の一),同千葉幹子(一四の一),同佐藤幸一郎(一六の一),同渡邊和彦(一七の一),同徳永恵子(一八の一),同鈴木増己(一九の一),同越智久樹(二〇の一),同小林浩子(二一の一),同上野一樹(二二の一),同山本勉(二三の一),同平野直子(二五の一),同卜部広明(二六の一),同鈴木浅樹(二七の一),同小林正樹(二八の一),同中川敦子(二九の一),同田渕豊英(三〇の一),同吉川雅美(三一の一),同河又典子(三四の一),同加藤則行(三六の一),同藤本美智子(三七の一),同矢野由美子(三九の一),同高田正明(四〇の一),同福島一公(四一の一),同池本智彦(四二の一),同猪原泉(四三の一),同室崎誠子(四四の一),同高橋真一(四六の一),同塩入信吾(四七の一),同藤井玲子(五〇の一),同杉山健二(五二の一),同渡邊明人(五三の一),同末次展敏(五四の一),同古川博史(五六の一),同阿部佳訓(五七の一),同高橋純子(五八の一),同藁科正治(五九の一),同秋田恒希(六〇の一),同野口恭子(六二の一),同藤木のぞみ(六三の一)に関するものが本件各接種に起因するものである事実は,当事者間に争いがない。

   (二) 本件各事故のうち被害児尾田眞由美(六の一),同布川賢治(八の一),同依田隆幸(一〇の一),同伊藤純子(一一の一),同梶山桂子(一五の一),同井上明子(二四の一)に関するものが本件各接種に起因するものであるとの事実につき,被告国は初めこの事実を自白したが,その後撤回を主張するので,右自白の撤回が許されるか否かについて判断する。

 自白の撤回が許されるためには,自白の内容が真実に反し,かつ錯誤に基づくものであることが必要であると解されるので,まず右自白が真実に反するものであるか否かについて,右各被害児について順次判断することとする。

(1) 被害児尾田眞由美(六の一)について

 前記二で認定した原告主張一覧表(六)の「接種後の状況」欄記載の事実(原告尾田節子(六の三)本人尋問の結果(第一,二回)によれば,被害児眞由美(六の一)が本件接種後二週間目位に最初のけいれん発作を起こし,生後六か月過ぎころからけいれんが段々激しくなり,発作の回数も増えて行つた事実を認めることができる。)及び証人白木博次の証言を総合すれば,被害児眞由美(六の一)の発症後死亡するに至るまでの症状経過に照らすと,右眼斜視や小発作の発現は脳幹部が損傷を受けたことによるものと考えられ,その原因としては,アレルギー性脳炎が想定されること,右発症までの潜伏期を考察すると,本件接種後一四日目ころの発症であり,種痘接種による遅延型アレルギー性脳炎の潜伏期に充分該当すること,従つて,同児の本件事故は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,一旦損傷を受けた脳幹部はその後発育せず,脳の他の部位が発育するにつれて不均衡が生じ,その結果発作の形態が変化し,点頭てんかんが起きるようになり,その重積発作により同児は死亡するに至つたということが充分説明可能であること,同児は本件接種前にけいれん発作を起こしたことはなく,本件接種以外に本件事故の原因となるべきものが具体的には考えられないこと,同児の発症後の症状経過は本件接種前には全く見られなかつた重大なものであり,なおまた死亡するに至つていること,種痘接種によりアレルギー性脳炎が起こり得ることは争いがないこと,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件接種後の臨床症状には脳症や脳炎の発症を認めるに足るだけのものはなく,また,種痘接種後にてんかんが集積性を持つて有意な差で発現したという報告例もないから,同児の本件事故が本件接種に起因するものとは認められない旨証言する。

 しかしながら,同証人の右証言は,同児の本件接種後の症状経過につき,もつぱら乙第四〇六号証の入院カルテにのみ基づき判断し,同児の母節子(六の三)本人尋問の結果(第一,二回)には基づかないものであり,同証人の右証言によつても,最初の発作の後ですぐ斜視が出現したとすれば本件接種と因果関係がある脳障害が存在したことを肯定しているものであつて,以上によれば,当裁判所としては,同児の本件事故と本件接種との因果関係を否定する証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

 以上によれば,同児の本件接種と本件事故との因果関係についての被告国の自白が真実に反するものと認めることはできない。

(2) 被害児布川賢治(八の一)について

 前記二で認定した原告主張一覧表(八)の「接種後の状況」欄記載の事実及び証人白木博次の証言を総合すれば,被害児賢治(八の一)の発症後死亡するに至るまでの症状経過に照らすと,同児の症状はアレルギー性脳炎によりけいれん発作の後遣症が生じ,その大発作重積による心臓麻痺により死亡した典型例と認められること,発症までの潜伏期を考察すると,本件接種後五日目であり,脳の狭い部位に病巣が生ずれば早く症状が出現するから,本件接種後五日目の発症は種痘接種によるアレルギー性脳炎の潜伏期の範囲内に充分入つていること,従つて,同児の本件事故は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,同児は鉗子分娩により出生しているが,仮死出産ではないから出産の際に脳に損傷を受けたとは考えられず,その後の成長は本件接種を受けるまで順調であつたから,本件接種以外に本件事故の原因となるべきものが考えられないこと,同児の発症後の症状経過は本件接種前には全く見られなかつた重大なものであり,なおまた死亡するに至つていること,種痘接種によりアレルギー性脳炎が起こり得ることは争いがないこと,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故が本件接種に起因するものとは言い難い旨証言し,その根拠として,同児が本件接種により善感したかどうか不明であり,善感がない場合は種痘による脳炎・脳症は起こり得ないこと,同児の症状経過に照らしても,発熱がないから同児のけいれんを脳炎・脳症によるものと認めることはできず,本件接種前に脳に障害を持つていたことによると考えるのが妥当であること,本件接種の影響を肯定するとしても,せいぜいかかるてんかん素因を有する同児に対し第一回目のけいれんを誘発した可能性がないとは言えないという程度の影響しかなく,その後のけいれんの頻発とは関係がないと言えること,等をあげる。

 しかしながら,原告布川則子(八の三)本人尋問の結果(第一,二回)によれば,同児が本件接種により善感したことが認められ,また,証人白木博次の証言によれば,善感していない場合でも種痘後脳炎・脳症は起こり得ること,前記のとおり同児の発症は症状経過に照らしアレルギー性脳炎と認められること,一回でもけいれんを起こすと脳の血管に血が通わなくなり,脳細胞が酸素不足により破壊され,臨床的には無症状のように見えても脳に軽い病変が起こり,それが焦点となつて次のけいれんを誘発し,それによつて起つた脳の病変が更に焦点となつて次のけいれんを誘発し,ある程度脳に変化が起こればてんかんとなり,以後次々とけいれんを起こし,大けいれんへと拡大発展して行くことが考えられること,が認められ,右に認定した事実に照らせば,当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

 以上によれば,同児の本件接種と本件事故との因果関係についての被告国の自白が真実に反するものと認めることはできない。

(3) 被害児依田隆幸(一〇の一)について

 前記二で認定した原告主張一覧表(一〇)の「接種後の状況」欄及び「現在の症状」欄記載の事実並びに証人白木博次の証言を総合すれば,被害児隆幸(一〇の一)の発症後の症状経過に照らすと,アレルギー性脳炎が考えられないこともないがどちらかと言えば急性脳症が考えられること,発症までの潜伏期を考察すると,本件接種後六日ないし七日目の発症であり,急性脳症の潜伏期としては遅い方ではあるが,ワクチンの種類や個人差によつて急性脳症の潜伏期は異なるものであり,本件接種後六日ないし七日目の発症はなおインフルエンザワクチン接種による急性脳症の潜伏期の範囲内に入ると言えること,アレルギー性脳炎の発症と見ても,接種後六日ないし七日目の発症が早過ぎるとは言えないこと,従つて,本件事故は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,肺炎症状がある場合には非常に稀ではあるがインフルエンザウイルスによつて脳が侵されるという可能性があるが,同児は本件接種当時鼻水を出してはいたが肺炎症状にあつたとは認められず,本件接種以外に本件事故の原因となるべきものが具体的に考えられないこと,同児の発症後の症状経過は本件接種前には全く見られなかつた重大なものであること,インフルエンザワクチン接種により急性脳症が起こり得ることは争いがないこと,がそれぞれ認められ,また,前記三3で認定したとおりインフルエンザワクチン接種によりアレルギー性脳炎も起こり得るものである。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件接種と本件事故との因果関係は極めて薄いと言わざるを得ない旨証言し,その根拠として,同児の発症を脳症の発症と見ると接種後二日目の発熱は遅過ぎ,脳炎の発症と見ると接種後六日目のけいれんの発現は早過ぎることをあげる。

 しかしながら,前記のとおり証人白木博次の証言によれば,脳炎,脳症の潜伏期はワクチンの種類や個人差によつて相当の差があり,同児の発症はなお脳炎あるいは脳症の潜伏期の範囲内に入つていると言えることが認められ,また,証人木村三生夫(第二回)の証言によつても,発症までの時間が人によつて随分異なることを肯定していることが認められ,以上に照らせば,当裁判所としては,本件接種と本件事故との因果関係は極めて薄いとの証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

 以上によれば,同児の本件接種と本件事故との因果関係についての被告国の自白が真実に反するものと認めることはできない。

(4) 被害児伊藤純子(一一の一)について

 前記三2で認定したとおり,ポリオ生ワクチン接種によつて脳炎・脳症が起こることが認められるところ,前記二で認定した原告主張一覧表(二)の「接種後の状況」欄及び「現在の症状」欄記載の事実並びに証人白木博次の証言を総合すれば,被害児純子(一一の一)の発症後の症状経過に照らすと,典型的なポリオ生ワクチン接種による急性脳症とその後遣症と認められること,発症までの潜伏期を考察すると,本件接種後一〇日目の発症であるが,ポリオ生ワクチン接種は経口接種であるため副反応の潜伏期が延びる傾向にあり,本件接種後一〇日目の発症は,ポリオ生ワクチン接種による急性脳症の潜伏期の範囲内に充分入ること,従つて,本件事故は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,本件接種以外に本件事故の原因となるべきものが具体的に考えられないこと,同児の発症後の症状経過は本件接種前には全く見られなかつた極めて重大なものであること,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故と本件接種との因果関係を否定する旨証言するが,その根拠とするところは,ポリオ生ワクチン接種によつては脳炎・脳症は起こり得ないとの考え方に基づくことに尽きるものであり,この点については,前記三2で認定したとおり,当裁判所としては,同証人の考え方は採らず,従つて同証人の右証言は採用しないこととする。

 以上によれば,同児の本件接種と本件事故との因果関係についての被告国の自白が真実に反するものと認めることはできない。

(5) 被害児梶山桂子(一五の一)について

 前記二で認定した原告主張一覧表(十五)の「接種後の状況」欄記載の事実(原告梶山喜代子(一五の三)本人尋問の結果及び甲第四一五号証の五によれば,被害児桂子(一五の一)は本件接種の翌日からけいれん発作を起こすようになつた事実を認めることができる。)及び証人白木博次の証言を総合すれば,被害児桂子(一五の一)の発症後死亡するに至るまでの症状経過に照らすと,急性脳症の発症及びその後遺症であるけいれん重積発作による心臓麻痺による肺のうつ血によつて惹起された肺炎による死亡が考えられること,発症までの潜伏期を考察すると,本件接種の翌日の発症であり,種痘あるいは百日咳・ジフテリア二種混合ワクチンの接種による急性脳症の潜伏期に典型的に該当すること,従つて,同児の本件事故は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,本件接種前に同児がけいれん素因を有していたことを窺わせるに足る事実は全くなく,本件接種以外に本件事故の原因となるべきものが考えられないこと,同児の発症後の症状経過は,本件接種前には全く見られなかつた重大なものであること,種痘あるいは百日咳・ジフテリア二種混合ワクチンの接種により急性脳症が発症することがあることは争いがないこと,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故と本件接種との因果関係を否定する旨証言し,その根拠として,本件接種の翌日にけいれんが起こつたとしても乙第四一五号証の診断書によれば発熱性の一過性けいれんにすぎないものであり,かかるけいれん発作をもつて脳炎・脳症の発症と見ることはできないこと,右の一過性のけいれんが後のてんかんの発症の原因となつたとは考えられないこと,等をあげる。

 しかしながら,証人白木博次の証言によれば,前記のとおり同児の発症は急性脳症と認められるものであること,一回でもけいれんを起こすと脳の血管に血が通わなくなり,脳細胞が酸素不足により破壊され,臨床的には無症状のように見えても脳に軽い病変が起こり,それが焦点となつて次のけいれんを誘発し,それによつて起こつた脳の病変が更に焦点となつて次のけいれんを誘発し,ある程度脳に変化が起こればてんかんとなり,以後次々とけいれんを起こし,大けいれんへと拡大発展して行くと考えられること,が認められ,右認定した事実に照らせば,当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

 以上によれば,同児の本件接種と本件事故との因果関係についての被告国の自白が真実に反するものと認めることはできない。

(6) 被害児井上明子(二四の一)について

 前記三2で認定したとおり,ポリオ生ワクチン接種によつて脳炎・脳症が起こることが認められるところ,前記二で認定した原告主張一覧表(二四)の「接種後の状況」欄及び「現在の症状」欄記載の事実並びに証人白木博次の証言を総合すれば,被害児明子(二四の一)の発症後の症状経過,特に髄液所見に照らすと,急性脳炎が起こつたことは明らかであり,高度の知能及び運動の発達遅延状況に照らすと,右急性脳炎はポリオ生ワクチン接種による遅延型アレルギー性脳炎と考えられること,発症までの潜伏期を考察すると,本件ポリオ生ワクチン接種後二九日目の発症であり,遅延型アレルギー反応の潜伏期の範囲内に入ること,従つて,同児の本件事故は本件ポリオ生ワクチン接種と時間的,空間的に密接していると言うことができること,他のウイルス感染による脳炎であるか否かについては検査が行われ,その結果これが否定されており,本件ポリオ生ワクチン接種以外に本件事故の原因が考えられないこと,同児の発症後の症状経過は本件接種前には全く見られなかつた極めて重大なものであること,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件ポリオ生ワクチン接種に起因するものと認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故と本件ポリオ生ワクチン接種及び本件百日咳・ジフテリア二種混合ワクチン接種のいずれとの因果関係も否定する旨証言するが,本件事故と本件ポリオ生ワクチン接種との因果関係を否定する根拠とするところは,ポリオ生ワクチン接種によつては脳炎・脳症は起こり得ないとの考え方に基づくことに尽きるものであり,この点については,前記三2で認定したとおり,当裁判所としては,同証人の考え方を採らず,従つて同証人の右証言は採用しないこととする。

 以上によれば,同児の本件接種と本件事故との因果関係についての被告国の自白が真実に反するものと認めることはできない。

 更に,本件全証拠によるも右各被害児の本件各接種と本件各事故の各因果関係についての被告国の自白が錯誤に基づいたものと認めることはできない。かえつて,証人木村三生夫(第二回)の証言によれば,右各被害児の各事故について審査を行つた予防接種事故審査会の医学専門家の見解が,右自白当時と現在において因果関係を否定する方向で特に変わつたということがないことが認められる。

 そうすると,本件における被告国の自白の撤回(取消し)は許されないものである。

   (三) 次に本件各事故のうち被害児荒井豪彦(三二の一),同清水一弘(三三の一),同大沼千香(三五の一),同中村真弥(三八の一),同大川勝生(四五の一),同小久保隆司(四八の一),同大平茂(五一の一),同高橋尚以(五五の一),同中井哲也(六一の一)に関するものが本件各接種に起因するものであるか否かについて順次判断する。

(1) 被害児荒井豪彦(三二の一)について

 前記二で認定した原告主張一覧表(三二)の「接種後の状況」欄記載の事実(原告荒井ミツイ(三二の三)本人尋問の結果及び甲第四三二号証の四によれば,被害児豪彦(三二の一)が本件種痘接種後九日目の昭和四二年一一月一六日午前零時過ぎに発熱,けいれんを起こした事実を認めることができる。)及び証人白木博次の証言を総合すれが,被害児豪彦(三二の一)の発症後重症心身障害を起こし死亡するに至るまでの臨床症状に照らすと同児には,急性脳症が疑われること,発症までの潜伏期を考察すると,昭和四二年一一月一六日の発熱,けいれんを発症とみると本件種痘接種後九日目であるところ,甲第一五八号証のスピレインの論文によれば,種痘後の急性脳症が二日から一八日の潜伏期で発生した例があることが認められ,九日という潜伏期はやや長い方の例ではあるが,種痘後の急性脳症の潜伏期の自然曲線の中に入つていること,また,同月二五日の発熱,けいれんを発症とみると本件二種混合ワクチン接種後四日目であり,二種混合ワクチン接種後の急性脳症の発生は二日以内というのが大多数であるが,四日であつてもなお自然曲線の範囲内に入つていると言えること,従つて,同児の急性脳症は本件種痘接種あるいは本件二種混合ワクチン接種と時間的,空間的に密接していると言えること,同児は本件種痘接種前にけいれんを起こしたことはなく,また,同児の父母兄弟にもてんかん素因はなく,同児のけいれんが本件種痘接種や本件二種混合ワクチン接種とは無関係であり,元々のてんかんによるものであると認めるに足る具体的事実は存在せず,他に本件事故の原因となるべきものが考えられないこと,同児の発症後の症状経過は本件接種前には全く見られなかつた非常に強いもので,重症心神障害を起こし死亡するに至つていること,種痘や二種混合ワクチンの接種により急性脳症が発生することがあることは争いがないこと,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件種痘接種あるいは本件二種混合ワクチン接種のいずれかに起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故は本件接種に起因するものではない旨証言し,その根拠として,第一に昭和四二年一一月一六日に同児に発熱,けいれんがあつたとしても,それは脳炎,脳症の症状ではなく,乙第四三二号証の一の船津医院のカルテによれば,同児は同日同医院において咽頭炎の所見で投薬を受けたことが認められるから,咽頭炎により発熱しその熱により熱性けいれんを起こしたとも考えられ,また,本件種痘接種により発熱し,その熱によつて熱性けいれんを起こしたものと見れるとしてもそのけいれんは一過性のものであり,脳に障害を起こす可能性はないこと,第二に昭和四二年一一月二五日のけいれんは,本件二種混合ワクチン接種後四日目であり,通常二種混合ワクチンによつてけいれんが起こるのは当日か翌日までがほとんどであるから,本件二種混合ワクチンとの因果関係ははつきりせず,また,本件種痘接種によつて右けいれんが誘発された可能性があるとしても,右けいれんは五,六分のものであり,急性脳症と考えられるような症状ではないから,これが後に脳障害を残すことはなく,その後起こるようになつたけいれんと本件種痘接種とは因果関係がないこと,第三に同児はその後もけいれんを起こしているが,乙第四三二号証の二によれば右けいれんは無熱時のものであり,脳波は正常範囲という検査結果もあることが認められ,その後の症状経過に照らすと右けいれんは生来のてんかん素因によるてんかん性のものと認められること,等をあげる。

 しかしながら,証人白木博次の証言によれば,右の第一の点については,咽頭炎による発熱があつたとしてもけいれんがある以上は脳障害があつたと言えるものであり,一回でもけいれんを起こすと脳の血管に血が通わなくなり,脳細胞が酸素不足により破壊され,臨床的には無症状のように見えても脳に軽い病変が起こり,それが焦点となつて次のけいれんを誘発し,それによつて起こつた脳の病変が更に焦点となつて次のけいれんを誘発し,ある程度に変化が起こればてんかんとなり,以後次々とけいれんを起こし,大けいれんへと拡大発展して行くことが考えられること,第二の点については,二種混合ワクチン接種後四日目の発症はなお潜伏期の自然曲線内に入つていること,五,六分のけいれんであつても右のとおり脳に軽い病変が起こりそれが焦点となつて次々にけいれんを誘発して行くことが考えられること,第三の点については,同児は本件接種前にけいれんを起こしたことはなく同児の両親兄弟にてんかん素因を持つた者もいないことから,同児が生来のてんかん素因を有しておりその発作としてけいれんが起こつたという蓋然性は,右けいれんが本件接種に起因する蓋然性に比較し極めて低いこと,がそれぞれ認められ,以上に照らせば当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

(2) 被害児清水一弘(三三の一)について

 前記二で認定した原告主張一覧表(三三)の「接種後の状況」欄及び「現在の症状」欄記載の事実「原告清水弘子(三三の三)本人尋問の結果及び乙第四三三号証の一によれば,被害児一弘(三三の一)が本件接種当日の昭和四〇年六月七日の夕方に最初のけいれんを起こした後同月二五日に東大病院に入院するまでの間にけいれん発作を繰り返していた事実を認めることができる。)並びに証人白木博次の証言を総合すれば,被害児一弘(三三の一)がけいれん発作を繰り返し,知能,言語の遅延,行動異常,脳性麻痺,精薄の後遺障害を有するに至つたという臨床経過に照らせば急性脳症が考えられること,発症までの潜伏期を考察すると,本件接種をした当夜に発症しており,二種混合ワクチン接種による急性脳症は接種当日か接種後二日以内に起こるのが大多数であるということにそのまま該当するものであり,同児の急性脳症は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,同児は本件接種前にてんかん素因があるような症状は示しておらず,同児の家族にもてんかん素因を有する者はなく,同児に元々てんかんの素因があつたと認めるに足る具体的事実は存在せず,他に本件事故の原因となるべきものが考えられないこと,同児の後遺症の程度は本件接種前には全く見られなかつた非常に重いものであること,二種混合ワクチン接種により急性脳症が発生することがあることは争いがないこと,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の昭和四〇年六月七日のけいれんは本件接種によるものであるかもしれないが,その後のけいれんは,同児が元々有していたてんかん素因によるものと認められる旨証言する。

 しかしながら,前記のとおり,同児が元々てんかんの素因を有していたものと認めるに足りる具体的事実は存在せず,当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

(3) 被害児大沼千香(三五の一)について

 前記二で認定した原告主張一覧表(三五)の「接種後の状況」欄記載の事実及び証人白木博次の証言を総合すれば,被害児千香(三五の一)の発症後死亡するに至る経過に照らすと,アレルギー性脳炎あるいは急性脳症が疑われるところ,乙第四三五号証の二の調査書添付の聴取書によれば,本件接種後五日目に脳炎症状を来たしたとの記載があるが,脳炎症状を説明できる髄液の炎症性細胞の増加の所見の記載はないから脳症であるか脳炎であるかは明らかではなく,短期間で死亡したという状況に照らせば,どちらかと言えば急性脳症が疑われること,発症までの潜伏期を考察すると,本件接種後五日目の発症というのは,右発症が急性脳症であるとしても,前記のとおり甲第一五八号証のスピレインの論文には種痘接種後二日から一八日の潜伏期で急性脳症が発症した例の記載があり,種痘接種による急性脳症の潜伏期の自然曲線の中に十分入るものであり,右発症がアレルギー性脳炎であるとしても,種痘接種によるアレルギー性脳炎の潜伏期は五日ないし一〇日であるからその潜伏期の中に入るものであり,いずれにしろ本件事故は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,同児は本件接種の翌日から嘔吐や下痢を起こしているが,急性脳症の前駆症状として悪心,下痢,発熱,脱水症状等が生じ得るものであり,同児の右症状が本件接種とは無関係の消化不良性中毒症の偶発によるものであると認めるに足る具体的事実は存在せず,他に本件事故の原因となるべきものが考えられないこと,同児の発症後の症状経過は本件接種前には全く見られなかつた重大なもので短期間に死亡するに至つていること,種痘接種により急性脳症あるいはアレルギー性脳炎が生ずることがあることは争いがないこと,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故は本件接種に起因するものとは考えにくい旨証言し,その根拠として,第一に種痘接種により当日あるいは翌日に発熱,嘔吐,下痢等の症状を呈するということはあり得ず,それらの症状はウイルス性の冬期乳児嘔吐下痢症と考えるべきであり,乙第四三五号証の二,三にこれと同旨の記載があること,第二に接種後五日目に生じた脳炎症状は,右各症状とのつながりからみれば本件接種によるというよりは右疾病によるものと考える方が妥当であること,等をあげる。

 しかしながら,証人白木博次の証言によれば,第一の点については,前記のとおり種痘接種による急性脳症の前駆症状として接種当日あるいは翌日に発熱,嘔吐,下痢等が生ずることがあること,第二の点については,偶発的消化不良症により発熱,嘔吐,下痢等が生ずることはあるが,本件接種と時間的,空間的な密接性をもつて本件事故が生じている以上,本件事故が偶発的消化不良症により起こつたという蓋然性は,本件事故が本件接種により起こつたという蓋然性に比し極めて乏しいものと考えられること,がそれぞれ認められ,以上に照らせば当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

(4) 被害児中村真弥(三八の一)について

 前記三2で認定したとおり,ポリオ生ワクチン接種によつて脳炎・脳症が起こることが認められるところ,前記二で認定した原告主張一覧表(三八)の「接種後の状況」欄及び「現在の症状」欄記載の事実並びに証人白木博次の証言を総合すれば,被害児真弥(三八の一)の発症は本件接種後六日目であるが,ポリオ生ワクチン接種の経口接種であるため皮下接種に比べて抗体価の上昇が遅く,従つてポリオ生ワクチン接種による急性脳症の潜伏期は皮下接種のものに比べて長くなり,本件接種後六日目の発症はポリオ生ワクチン接種による急性脳症の潜伏期の範囲内に入ること,同児の発症経過に照らせば本件事故は最も典型的なポリオ生ワクチン接種により起こつた急性脳症及びその後遺症であると認められること,他に本件事故の原因は考えられないこと,同児の症状経過は本件接種前には全く見られなかつた非常に重大なものであること,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故と本件接種との因果関係は否定的である旨証言するが,その根拠とするところは,ポリオ生ワクチン接種によつては脳炎,脳症は起こり得ないとの考え方に基づくことに尽きるものであり,この点については,前記三2で認定したとおり,当裁判所としては,同証人の考え方は採らず,従つて同証人の右証言は採用しないこととする。

(5) 被害児大川勝生(四五の一)について

 前記二で認定した原告主張一覧表(四五)の「接種後の状況」欄記載の事実及び証人白木博次の証言を総合すれば,日本脳炎ワクチン接種により急性脳症やアレルギー性脳脊髄炎が起こるところ,アレルギー性脳脊髄炎の中には中枢神経が冒されるものと末梢神経が冒される多発性の神経炎型とがあること,被害児勝生(四五の一)は本件接種後六日目に急死しているが,日本脳炎ワクチンは皮下接種であるから,六日という期間に照らせば急性脳症よりはアレルギー性脳脊髄炎の発生が疑われ,同児の突然死の原因としては,心臓,肺,横隔膜を支配する自律神経系に多発性神経炎が起こり心臓や呼吸が停止したことが考えられること,右のように考えれば同児の本件事故は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,同児は気管支喘息と肋間神経痛の持病を有していたが,これらの疾病で死亡したとする可能性は,右のように本件接種による自律神経系の多発性神経炎によつて心臓,呼吸の停止が起き死亡したとする蓋然性に比し極めて低いこと,他に本件事故の原因は考えられないこと,同児の症状経過は本件接種後六日目に急死したという極めて重大なものであり,本件接種前には見られなかつた症状が強烈に現われたと言えること,同児が死亡するに至つた原因は右のとおり説明し得ること,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の臨床症状に照らすと脳脊髄炎をうかがわせるものはなく,自律神経の多発性神経炎というものもあまり聞かず,同児の死亡は原因不明の突然死であつて本件接種とは関係がない旨証言する。

 しかしながら,原告大川たつえ(四五の三),同大川勝三郎(四五の二)の各本人尋問の結果によれば,同児は本件接種当時一七歳の高校生でそれまで順調に成育し,普通に学校に通い,特に野球部の選手としてスポーツに励んでいたことが認められ,このような同児が原因不明の突然死をしたとするのは不合理であり,証人白木博次が証言するように,そのような突然死の可能性は,本件接種のアレルギー反応による自律神経系の多発性神経炎による死亡の蓋然性に比し著しく低いと言わざるを得ず,当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言を採用しないこととする。

(6) 被害児小久保隆司(四八の一)について

 前記三2で認定したとおり,ポリオ生ワクチン接種により脳症が起こることが認められるところ,前記二で認定した原告主張一覧表(四八)の「接種後の状況」欄記載の事実及び証人白木博次の証言を総合すれば,被害児隆司(四八の一)は本件接種後四日目に意識不明,両下肢筋強剛,膝蓋反射両則亢進等の症状を示し死亡するに至つているが,右症状は急性脳症の症状と見ることができるところ,ポリオ生ワクチン接種は経口接種であるから副反応の潜伏期が延びる傾向にあり,本件接種後四日目の発症というのはポリオ生ワクチン接種による急性脳症の潜伏期に十分入ること,右事実に照らせば,同児の本件事故は,本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,同児は本件接種当夜から嘔吐,発熱,下痢を起こしたことが認められるが,ポリオ生ワクチン接種による急性脳症の前駆症状としてそれらの症状が生じ得るところ,これらの症状が消化不良によるということを認めるに足る具体的事実は存在せず,仮にその可能性があるとしてもその蓋然性は本件接種によるものとするのに比して極めて低く,他に本件事故の原因となるべきものは考えられないこと,同児の症状経過は本件接種後四日目に死亡したという極めて重大なものであり,本件接種前には見られなかつた症状が強烈に現われたと言えること,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故と本件接種との間に因果関係はない旨証言し,その根拠として,第一にポリオ生ワクチン接種によつては脳炎・脳症は起こらないこと,第二にポリオ生ワクチン接種により下痢が生ずるか否か不明であり,同児の本件接種当日に生じた嘔吐,発熱,下痢の症状に照らせば,消化不良性中毒症である可能性が高く,それにより死亡したと認める方が妥当であること,をあげる。

 しかしながら,第一の点については,前記三2で認定したとおり,当裁判所としては,ポリオ生ワクチン接種により脳炎,脳症は起こらないとの証人木村三生夫の考え方は採らず,第二の点については,証人白木博次の証言によれば,同児の本件接種当日の症状が消化不良によるものであるとしてもその消化不良の原因としては本件接種による蓋然性が高いことが認められ,以上に照らせば当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

(7) 被害児大平茂(五一の一)について

 前記三2で認定したとおり,ポリオ生ワクチン接種により脳炎・脳症が起こることが認められるところ,前記二で認定した原告主張一覧表(五一)の「接種後の状況」欄記載の事実及び証人白木博次の証言を総合すれば,被害児茂(五一の一)は本件接種後二日目にひきつけ,けいれんを起こし,接種後一六日目に再びひきつけを起こし死亡したものであつて,右症状経過に照らせば本件接種後二日目に急性脳症を起こしたものと見ることができ,これはワクチン接種による急性脳症の潜伏期に合致することが認められ,右事実に照らせば同児の本件事故は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,本件接種後に生じた発熱,嘔吐,下痢等の症状も本件接種に原因する可能性があり,本件接種以外に本件事故の原因となるべきものが存在したという具体的事実は認められないこと,同児の発症後死亡するに至るまでの経過に照らせば本件接種前には見られなかつた症状が強烈に現われたと言えること,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故と本件接種との間に因果関係はない旨証言し,その根拠として,第一にポリオ生ワクチン接種によつては脳炎・脳症は起こらないこと,第二に同児の本件接種後の発熱,嘔吐,下痢の症状及び浣腸で粘血便が出ていること,コーヒー様吐しや物があつて死亡していること等に照らせば,同児の症状は細菌性下痢症であると認められること,等をあげる。

 しかしながら,第一の点については,前記三2で認定したとおり,当裁判所としては,ポリオ生ワクチン接種により脳炎・脳症は起こらないとの証人木村三生夫の考え方は採らず,第二の点については,前記のとおり証人白木博次の証言によれば,本件接種後の発熱,嘔吐,下痢が本件接種に原因する可能性があり,他方,同児が細菌性下痢症であつたことを認めるに足る具体的事実は存在しないことが認められ,以上に照らせば,当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

(8) 被害児高橋尚以(五五の一)について

 前記三3で認定したとおり,インフルエンザワクチン接種によりアレルギー性脳炎が起こることが認められるところ,前記二で認定した原告主張一覧表(五五)の「接種後の状況」欄及び「現在の症状」欄記載の事実並びに証人白木博次の証言及び甲第四五五号証の四を総合すれば,被害児尚以(五五の一)の発症経過,髄液所見に照らすとアレルギー性脳脊髄炎が考えられること,発症までの潜伏期を考察すると本件接種後三日目の発症であり,遅延型アレルギー反応の潜伏期の範囲内に入ること,従つて,本件事故は本件接種と時間的,空間的に密接していると言えること,他のウイルス脳炎を疑わせる所見は何一つ存在しないこと,同児の発症後の症状経過は本件接種前には見られなかつた強烈な症状であること,がそれぞれ認められる。

 以上によれば,同児の本件事故は,前記三4で認定した予防接種との因果関係を肯定するための四つの要件をいずれも満たすものであり,本件接種に起因するものであると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故が本件接種に起因するものである可能性はかなり薄い旨証言し,その根拠として,第一にインフルエンザワクチン接種によつてアレルギー性脳脊髄炎が起こるとは考え難いこと,第二に同児には本件接種前に咽頭扁桃炎及び咳があつたものであり,これらの症状は風邪ウイルスによつて起こつたものと考えられるところ,風邪ウイルスが脳炎を起こした可能性があること,等をあげる。

 しかしながら,第一の点については,前記三3で認定したとおり,当裁判所としては,インフルエンザワクチン接種によりアレルギー性脳炎が起こるとは考え難いとの証人木村三生夫の考え方は採らず,第二の点については,証人木村三生夫(第二回)の証言によつても,同児の脳脊髄炎が風邪ウイルスによるものであるか否かについてウイルス学的分析等はなされておらずその具体的根拠は明らかでないことが認められ,また,前記のとおり証人白木博次の証言によれば,本件接種による以外に他のウイルス脳炎を疑わせる所見は何一つ存在しないことが認められ,以上に照らせば,当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

(9) 被害児中井哲也(六一の一)について

 前記二で認定した原告主張一覧表(六一)の「接種後の状況」欄及び「現在の症状」欄記載の事実並びに証人白木博次の証言及び甲第一七一ないし同第一七四号証を総合すれば,被害児哲也(六一の一)の症状は緑膿菌による脳脊髄炎に感染したための結果であると認められるが,同児は一か月あまりのうちに三回の本件接種とインフルエンザワクチンの任意接種(この接種を受けたことは原告中井郁子(六一の三)本人尋問の結果により認められる。)を受けたものであり,これらのワクチンが抗体価の奪い合いを起こした結果緑膿菌に対する抗体価が上がらず,不顕性感染の状態で体内に生存していた緑膿菌が顕性感染に転じたという可能性があり,これを否定できるだけの具体的根拠は存在しないことが認められる。

 従つて,同児の本件事故は直接的には緑膿菌による脳脊髄炎に感染したためと認められるが,なお本件接種に起因するものと認めるに足る高度の蓋然性があると認められる。

 これに対し,証人木村三生夫(第二回)は,同児の本件事故と本件接種との間に因果関係はない旨証言し,その根拠として,同児の症状経過,髄液所見に照らせば,同児の症例は肺炎球菌,インフルエンザ球菌,髄膜炎菌,緑膿菌等の細菌による化膿性髄膜炎であるが,予防接種によつて化膿髄膜炎が起こるとは考えられず,また,本件接種の間隔もアメリカ合衆国の基準等に照らし特段問題があるわけではなく,免疫状態に影響があるとは考えられず,従つて,本件事故は本件接種とは無関係の偶発的疾病によるものと考えるのが相当であることをあげる。

 しかしながら,前記のとおり証人白木博次の証言及び甲一七一ないし同第一七四号証によれば,本件接種が同児の免疫状態に影響を与えた蓋然性のあることが認められ,当裁判所としては,証人木村三生夫の右証言は採用しないこととする。

 四1(一) 請求の原因第四項(責任)1(一)の事実中,本件各接種のうち被害児大川勝生(四五の一)が受けた接種を除くその余の接種には,法五条所定の接種,法六条の二所定の接種,法九条所定の接種,勧奨接種の四つの場合があるとの事実は当事者間に争いがない。

 被害児勝生(四五の一)が受けた予防接種の性質は,前記一の原告主張一覧表(四五)の「接種の性質」について認定したとおり尾鷲市の勧奨による接種である。

   (二) 請求の原因第四項(責任)1(二)の事実中,法五条所定の接種,法六条の二所定の接種,及び法九条所定の接種は,いずれも被告国が法三条により何人に対してもその接種を受け,または受けさせる義務を課し,これに違反した場合には法二六条により刑事罰を課して接種を強制しているものにつき,各被害児がその義務の履行として接種を受けたものであるとの事実,及び勧奨接種は被告国の行政指導に基づき地方公共団体が各被害児の両親に対し接種を勧奨したものであるとの事実は,当事者間に争いがない。

 原告吉原くに子(一の三),同依田時子(一〇の三),同越智静子(二〇の三),同竹沢昌子(三七の三),同小久保笑子(四八の三),同大平康子(五一の三),同高橋昭子(五五の三)各本人尋問の結果及び甲第四五五号証の三並びに弁論の全趣旨を総合すれば,勧奨接種の実施につき,実施主体の各地方公共団体は,回覧,個別通知,広報車による広報,広報紙への登載,申込書の配付等の方法により各被害児の両親に対し接種を受けるよう勧奨し,各被害児の両親は,勧奨接種と強制接種の勧奨と強制との違いについて特段意識することなく勧奨された予防接種であつても必ず受けねばならないものと考えて,各被害児に接種を受けさせたものであること,そして,予防接種を受けることについて,そのような意識が医者等の特殊な専門家を除く国民一般の考え方であつたことが認められる。

   (三) 以上の事実に照らせば,被告国と本件各接種の被接種者である各被害児との間には,本件各接種を受けたことにより法律あるいは行政指導に基づく社会的接触関係が生じたものと認められる。

   (四) そこで,右社会的接触関係に基づき,原告らが主張する被告国が本件各接種の被接種者である各被害児に対し,債務としての安全確保義務を負つていたか否かについて判断する。

 右の安全確保義務は,一般的には,ドイツ民法六一八条一項,三項,六一九条およびスイス債務法三九三条に規定されているように雇用契約の内容として,使用者が,労務給付の場所,設備,機械,器具を供すべき場合には,労務の性質の許す範囲において労務者の生命及び健康に危険を生じないように注意する義務を負うものとされている。

 そして,原告らは,右の考え方が,本件においても妥当し,いわゆる予防接種を実施しようとする被告国と本件各接種の被接種者である各被害児との間においても,被告国は,予防接種によつて,被接種者の生命,身体等に危険を生じさせないよう万全の注意をする義務を負つているのであり,その義務が安全確保義務であり,その義務を本件各接種の被接種者である各被害児に対し,債務として負つていると,主張するのである。

 そこで,右の原告らの主張を本件について,一般的に敷えんして検討してみると,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において,当該法律関係の付随的義務として当事者の一方または双方が相手方に対して,信義則上安全配慮義務(講学上の一般的な表現であり,原告らの主張する安全確保義務と同意義である。)を負うことがあると解されるが,かかる安全配慮義務の前提となる特別な社会的接触関係とは,私法上の雇傭契約関係や公務員に関して見られるような継続的,身分的,特殊的な基本的法律関係が存在し,その中で,安全配慮義務が,その付随的義務としてとらえられる場合を指すものと解すべきであり,予防接種における被告国と被接種者との接触関係は,右の場合とは異なり,個々の予防接種に関する単なる一回的なものであるから,かかる接触関係によつては信義則上の付随義務として,いわゆる債務としての安全配慮義務を認めることはできないものと解すべきである。たしかに,右のような一回的な接触関係たる予防接種の場合においても,被告国が各被接種者の生命・身体及びその健康等の安全を確保すべき義務を負うことは否定できないが,かかる義務は債務としてとらえるべきものではなく,不法行為における注意義務としてとらえるべきであり,仮にそのような義務違反が存在した場合には,それは,不法行為規範によつて律せられると解するのが相当である。

  2(一) 請求の原因第四項(責任)2(一)の事実は当事者間に争いがない。

   (二) 請求の原因第四項(責任)2(二)の事実は当事者間に争いがない。

   (三) 請求の原因第四項(責任)2(三)の事実中,本件各接種のうち法六条の二所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が開業医でありそれらが行うものは,いずれも法三条により何人もその接種を義務付けられた(法二六条によりこれに違反した者は刑罰を科せられるとされている)予防接種について,法五条所定の市町村長等が実施する接種を受けなかつた者が,これに代るものとして,接種義務の履行のために接種を受けた場合であるとの事実は,当事者間に争いがない。

 ところで,被告国の機関以外の者(開業医のほか前記一で認定したとおり区市町村の地方公共団体が実施主体である場合もある)が実施主体となつて実施した法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種を受けた者は,法の規定の趣旨に照らせば,被告国において実施した予防接種を受けたと同様に接種義務の履行の効果が擬制されると解されるが,右各実施主体は被告国の委任を受け,その機関として各接種を実施するわけではなく,被告国とは関係なく,自ら各接種を実施するものであるから,かかる接種の実施をもつて,それを被告国の公権力の行使と擬制するものではないと解される。

 しかしながら,乙第四六号証の二によれば,厚生省令の予防接種実施規則により法に基づいて行う予防接種の実施方法が定められていること,乙第四六号証の三によれば,右予防接種の実施方法の細部については,各都道府県知事宛公衆衛生局長通達により,厚生省において定めた予防接種実施要領に従つて行うよう示達されていること,乙第四九号証の二ないし四によれば,種痘については特に詳細に実施方法が定められ公衆衛生局長が各都道府県知事宛通知していること,乙第四六号証の四によれば,予防接種実施上の疑義について照会があつたときは,公衆衛生局長がこれに対し回答していること,乙第四七号証,同第四八号証の二,三によれば,予防接種ワクチンの取扱いについて,公衆衛生局長,薬務局長,薬務局細菌製剤課長等が各都道府県知事,各都道府県衛生主管部(局)長宛通知していること,乙第四九号証の五によれば,予防接種実施の際の問診票の活用等についても公衆衛生局長が通知していること,がそれぞれ認められる。

 右通達,通知等は,法に基づいて行われるすべての予防接種の実施方法等に関するものであるから,被告国の機関である市町村長等が実施する法五条所定の接種及び法九条所定の接種のみならず,開業医及び地方公共団体が実施する法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種にも適用されるものであり,右の諸事実に照らせば,厚生大臣は,公衆衛生局長等をして右のような通達,通知を発令させて,法五条所定の接種及び法九条所定の接種の実施主体である被告国の機関の市町村長等を指揮,監督するのみならず,法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種の実施主体である開業医及び地方公共団体に対しても当該予防接種の実施方法等につきいわゆる行政指導を行つていたものと認めるのが相当である。

 そこで,右行政指導が,国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」に該当するか否かについて検討するに,一般に行政指導は,命令,禁止等の行政処分とは異なり,法的拘束力を持たず,単に行政指導の相手方に一定の行為を期待するにすぎない非権力的作用であるといわれている。そして,違法な行政指導による損害の発生に対して,国家賠償法の適用が認められるか否かについては,結局,いわゆる行政指導が,同法一条にいう「公権力の行使」に該当するかの問題に還元される。そして,右の問題も,いわゆる行政指導に服従を拘束する「公権力性」を認めるか否かの評価の違いということができる。そこで,当裁判所としては,ある行政指導につき,相手方にこれに従うか否かの完全な自由が認められている場合には,当該行政指導は,「公権力の行使」に該当しないと解するのが相当であると考えるが,しからざる場合,即ち,相手方が行政指導に従わざるを得ない状況におかれている場合には,当該行政指導は,いわゆる公権力の行使に該当すると解するのが相当であると考え,以下,右の考え方によつて検討する。

 そこで,右の見地から本件行政指導について検討すると,弁論の全趣旨によると,当時の被告国が法律の規定により強制していた予防接種は,伝染病の予防という防疫行政目的を実現するために,国としては接種の対象者すべてに完全に実施する必要があるとの方針で臨んでおり,そのためそれが全国的規模で,しかも組織的に行なわれるべきものであり,しかも,それらの実施には,専門的知識が必要とされていたこと,そこで,現場で,現実に予防接種を実施しようとする各実施主体等は,予防接種に関する国の技術的助言等を期待し,その指導に依拠して,予防接種を実施するというのが実情であり,そこには国が計画し,実行しようとする防疫行政に協力し,もしくは協力しないとすることについての選択の自由はなく,常に行政指導に従うという状況下で接種を実施していたのが厚生行政の実態であつたと認めることができる。

 そうだとすると,右のような実情のもとで被告国の行う行政指導は,いわゆる「公権力の行使」に該当する行為と認めるのが相当である。

   (四) 請求の原因第四項(責任)

 2(四)の事実中,本件各接種のうち勧奨接種については,厚生省公衆衛生局長あるいは厚生省事務次官は都道府県知事(指定都市市長を含む場合もある)宛に勧奨接種の実施を指示した通達をなし,これに基づき各地方公共団体が国民に対して接種を勧奨しこれを実施していたものであり,厚生大臣は,厚生省衛生局長あるいは厚生省事務次官をして,右通達を発令させて勧奨接種の実施につき行政指導を行つていたとの事実は,当事者間に争いがない。

 昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈乙号証〉によれば,被告国は,毎年各地方公共団体に対し,勧奨接種の実施につき実施方法等を詳細に定めて行政指導を行つており,かかる行政指導を受けた各地方公共団体は,選択の自由もなくこれに従つて勧奨接種を実施していたことが認められ,また,前記1(二)で認定したとおり,勧奨接種の実施につき,実施主体である各地方公共団体は,回覧,個別通知,広報車による広報,広報紙への登載,申込書の配付等の方法により,国民に対し接種を受けるよう勧奨し,国民は勧奨接種と強制接種の違いについて特段意識することなく,勧奨された予防接種であつても,それは強制接種と同様に必ず受けねばならないものと考えて,接種を受けていたのが当時の社会一般の実情であつたこと,また,弁論の全趣旨によれば,厚生行政の一環として,予防接種を実施する被告国としては,被接種者たる一般国民の意識が,右のような実情にあることを知悉していたことが認められ,右認定の事実によると,被告国の行う勧奨接種の実施を指示する本件での行政指導は,前記(三)で説示と同様,国家賠償法上の公権力の行使に該当すると認めるのが相当である。

   (五) そこで,厚生大臣が以上の各公権力の行使たる職務を執行するにつき,本件各事故発生についての故意または過失があつたか否かについて判断することとする。

    (1) 請求の原因第四項(責任)2(五)(1)(未必の故意)の事実中,ワクチンは通常大なり小なりの副反応を伴つており,予防接種の施行によりまれに致死あるいは脳炎など重篤な後遺症をもたらすことがあることが,公衆衛生行政当局によつて認識されていた事実は,当事者間に争いがない。

 しかしながら,右事実から直ちに,厚生大臣が,予防接種の施行により一定の確率で死亡または回復不能の重大な後遺障害が発生してもやむを得ないものとして本件各接種を各実施主体に実施させていたものと認めることはできず,他に右事実を認定するに足りる証拠はない。

 従つて,厚生大臣が,右各公権力の行使たる職務の執行につき,本件各事故発生について未必の故意を有していたものと認めることはできない。

    (2) 国家賠償法一条一項の規定に照らせば,同項にいう公務員の過失の存在については賠償を請求する者においてその立証責任を負うものと解され,その立証責任を転換すべき合理的理由はない。従つて,原告らが主張する推定される過失の議論は,当裁判所としては,これを採用しない。

    (3) 厚生大臣が前記各公権力の行使たる職務を執行するについて,予防接種事故を発生させる危険性,蓋然性を未然に防止すべき注意義務を有し,その注意義務違反があつたときは,右職務執行に関し,事故発生についての過失があつたと推定するのが相当である。

 そこで,以下原告らの主張する厚生大臣の六つの注意義務違反(事故発生についての具体的過失)の存否について順次判断することとする。

 ① 実施すべきでない接種を実施させた過失について

 厚生大臣が,被告国の機関である市町村長等をして法五条所定の接種及び法九条所定の接種を実施させ,また,法六条の二所定の接種の実施主体である開業医並びに法九条所定の接種の実施主体である地方公共団体及び開業医に対し,当該予防接種の実施方法等について行政指導を行つていたのは,いずれも法律がこれらの予防接種を受けることを国民に強制していることから,厚生大臣としてその法律の規定,趣旨に従つたにすぎないものと解される。しかしながら,諸般の事情に照らし,予防接種による被接種者の生命,身体に対する危険を避けるためには予防接種を実施しないことが必要不可欠であるという特別の事情が認められる場合には,厚生大臣としては,法の改廃を待つことなく,法五条所定の接種及び法九条所定の接種の実施主体である市町村長等をして当該予防接種の実施を中止させ,また,法六条の二所定の接種の実施主体である開業医並びに法九条所定の接種の実施主体である地方公共団体及び開業医に対し,当該予防接種を実施することがないよう行政指導すべき,各注意義務を負つていたものと解される。

 また,勧奨接種の場合においても,諸般の事情に照らし,被接種者の生命,身体に対する危険を避けるためには予防接種を実施しないことが必要不可欠であるという特別の事情が認められる場合には,厚生大臣としては,地方公共団体に対し,当該予防接種の実施をしないように行政指導すべき注意義務を負つていたものと解される。

 そして,厚生大臣が以上の各注意義務に違反したときは,国家賠償法上の過失があると解するのが相当である。

 そこで,以下,腸チフス,パラチフスワクチン,インフルエンザワクチン,及び種痘について,本件各接種当時,厚生大臣に右各注意義務違反があつたか否かについて順次検討することとする。

  (a) 腸チフス・パラチフスワクチン接種を実施させた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)①(a)の事実中,腸チフス・パラチフスワクチン(以下「腸・パラワクチン」という)の接種は,昭和二三年の法制定時に生後三六月から四八月を第一回として以後六〇歳に至るまで毎年を定期とする強制接種とされていた事実,腸チフス・パラチフス(以下「腸・パラ」という)は経口感染する消化器系伝染病であり,それらは,上・下水道の整備をはじめとする環境衛生の改善によつて感染経路を切断する感染経路対策が流行を防止する基本的防疫対策であるとの事実,特効薬(抗生物質クロラムフエニコール)による治療法も確立されたとの事実,腸・パラワクチンの接種につき市町村長等により法五条所定の接種が実施されていた事実は,当事者間に争いがない。

 昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉,及び証人福見秀雄の証言を総合すれば,腸・パラワクチンの有効性については,昭和二三年の法制定当時からこれを疑問視する見解があつたこと,その後も昭和二九年に弘前大学の赤石英教授が腸・パラワクチンの実際的有効率は0.017にすぎない旨の見解を発表したこと,同年に岩手県北上市において腸チフスの集団発生があつたが,腸・パラワクチンの接種者と非接種者の間で罹患率,潜伏期,致命率等に有意な差はなかつたこと,昭和三三年に安原美王麿博士が,腸・パラワクチンの有効性に疑問がある等の理由により日本伝染病学会において腸・パラワクチン接種の再検討を訴え,その後も同ワクチンの強制接種の中止を主張していたこと,昭和三五年から昭和四〇年にかけて,WHO(世界保健機構,以下同じ。)の後援により,ユーゴスラビア,英領ギアナ,ポーランド,ソ連等において腸チフスワクチンの有効性についての野外実験が行われた結果,一定の効果があるとされたことに対しては,英領ギアナにおける水系感染の場合は菌量が少ないからワクチンがある程度有効であつても,日本においては食物感染が多いため菌量が多く,日本におけるような少量のワクチン接種では有効性は期待できず,かといつて有効性を期待できるように接種量を増やすことは副作用の危険性に照らし困難であり,日本の小中学生に対する腸・パラワクチン接種の成績,動物実験の結果によつてもわが国の現行腸・パラワクチンの有効性は裏付けられなかつたとの見解があること,パラチフスワクチンについてはWHO後援の右野外実験によつても有効性は裏付けられなかつたこと,日本における戦後の腸・パラ患者の減少については,全年齢層にわたる罹患率の低下によるもので,腸・パラワクチン接種対象である特定の年齢層に特に罹患率の低下があつたためではないから予防接種の行政効果は認められなかつたとする見解があること,腸・パラワクチンの危険性については,戦前から軍隊などで使われ,かなり副作用があることが知られていたものであり,昭和二二年から昭和四〇年までに腸・パラワクチンの副作用のために死亡したものは四九名にのぼつていたこと,接種量が実際上少量とされるようになつた昭和二八年以降は死亡事故が減少していること,腸・パラの危険性については,戦後は腸・パラの診断法が確立され,昭和二六年遅くとも昭和三〇年以降は抗生物質の投与により死亡率の低い病気となり,感染経路対策としての上下水道の完備と感染源対策としての保菌者の早期発見,治療,監視により防疫可能となつたとする見解や,一〇歳以下の子供については腸・パラは風邪ひき程度の病気にすぎず予防接種の必要性はなかつたとする見解があること,以上のことから腸・パラワクチンの定期接種廃止論として,昭和三〇年以降は腸・パラワクチンの国民皆接種の必要はなかつたとする見解や,一〇歳以下の子供に対する腸・パラ接種は,戦後アメリカ合衆国の占領政策が廃止された時点で廃止すべきであつたとする見解があること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件〈乙号証〉及び証人福見秀雄の証言を総合すれば,一九一三年(大正二年)にイギリスの腸チフス対策委員会が軍隊において腸チフスワクチンを接種した結果,接種を受けた兵土と接種を受けなかつた兵士の間で腸チフス罹患者数が明瞭に違つたと報告されたこと,その後腸チフスワクチンの有効性が一般に認められ漸次普及していつたこと,各国の軍隊での腸チフスワクチンの予防接種の結果,接種後の患者発生数が著明に減少し,軍隊だけでなく一般にも次第に腸チフスワクチン接種が浸透していつたこと,昭和二三年の法制定当時,腸・パラワクチン定期接種の法制化につき,日本の学界では,全然効果がないとする見解もあり,論争があつたが,一般的には実施した方がよいとする見解が大部分であつたこと,法制定当時,それまで日本で使用されていた腸・パラワクチンは,アメリカ合衆国の軍隊で大規模に使用され効果があるとされていたものと同様のものであつたこと,法制定当時の日本の腸・パラ発生状況,致命率,臨床医学の限界,荒廃した環境衛生などを考えれば,腸・パラの防疫を予防接種に期待したのは当然であつたこと,昭和二六年から昭和二八年にかけて,日本において全国一八の伝染病病院に入院した腸・パラ患者と赤痢患者を比較検討した結果,当時市販の腸チフスワクチンの予防接種により接種後一年以内では明らかに発生防御効果があり,発病率を二分の一から三分の一に減少させると結論されたこと,昭和三〇年ころの一般的見解は,戦後腸・パラ患者が激減した原因については,同じ経口伝染病である赤痢が当時大流行していたことから考えて,予防接種の効果であるとしていたこと,昭和三二年ころ,公衆衛生院の疫学部長松田心一らの調査の結果,推計学的計算により腸チフスワクチンの接種者と非接種者の間にワクチンの効果につき有意の差があるとされたこと,WHOの後援によりユーゴスラビア,英領ギアナ,ポーランド,ソ連等で一九六〇年(昭和三五年)以降行われた国際標準腸・パラワクチンの効果についての野外実験の結果,腸チフスワクチンに一定の効果があることが認められたが,日本の現行腸チフスワクチンも国際標準ワクチンに近似しており,有効であると考えられること,その後ホーニックの実験によつても一定の菌量の腸チフスに対しては,ワクチンの効果が認められたこと,パラチフスワクチンの効果については必ずしもその裏付けがなかつたが,昭和四六年当時においても,腸チフスワクチンの効果が明らかな以上パラチフスワクチンについてもその効果を期待できる研究を企画することが可能であるとされていたこと,腸・パラによる死亡率は,抗生物質が使用されるようになつて格段の減少を来たしたが,今なお腸・パラの症状はかなり激しいものであり年間一,二名の死亡者がおり,恐しい病気であることに変りはないこと,抗生物質の使用によつても永続保菌者の除菌は困難であること,日本においても昭和三〇年以降も腸・パラの水系感染があり,また食物感染だからといつても必ずしも菌量が多いとは限らないこと,昭和三〇年当時の日本の上水道普及率は32.2パーセントでかなり低く,昭和三五年でも五三パーセントにすぎないこと,昭和三〇年度の日本の水洗便所,下水処理・糞尿処理浄化槽の普及率は,それぞれ6.4パーセント,3.3パーセントであり,昭和四一年度でも7.4パーセント,8.7パーセントにすぎないこと,腸・パラの保菌者の管理は非常に困難であり患者個人の情報と分離菌株のフアージ型別の結果の組み合わせにより全国的視野で患者発生情況が分析されるようになつたのは昭和四一年以降であること,腸・パラワクチンの定期強制接種の廃止論としては,証人福見秀雄が昭和四一年一〇月に,当時腸・パラの感染源対策としてチフス菌のフアージ型の台帳が次第に整備され,感染源の追跡が可能となつていたこと,患者数が毎年減少の一途をたどつていたこと,昭和二八年ころから腸・パラワクチンの実際の接種量が0.1ミリリットルの皮内注射とされるようになり接種効果に疑問があつたこと,右接種量によつてもなお副作用の危険があつたこと,強制接種とされているにもかかわらず実際の接種率が極めて低調であつたこと等の理由から,伝染病予防調査会腸チフス予防接種小委員会において,腸・パラワクチンの定期強制接種の廃止を提案したこと,しかし当初は廃止に反対する意見の方が多数であつたこと,その後同委員会において昭和四一年一一月,昭和四二年一月,同年三月の三回にわたり腸・パラワクチンの効果,副作用,それに伴う理論と実際が詳細に検討討議され,最終的に証人福見秀雄の意見が容れられたこと,その後同委員会の意見を受けて,昭和四五年に至り法改正によつて腸・パラワクチンの定期強制接種が廃止されたこと,一九八一年(昭和五六年)当時においても,韓国,フィジー,ソロモン諸島が腸チフスの予防接種を実施していること,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,予防接種の専門家の間において腸・パラワクチン定期接種の是非についてそれぞれ見解の対立があつた本件各接種当時(具体的には被害児佐藤幸一郎(一六の一)が接種を受けた昭和三五年四月六日)において,厚生大臣として,法律が腸・パラワクチンの定期強制接種の実施を命じているにもかかわらず,その規定に敢えて従わず,腸・パラワクチンにつき市町村長等をして法五条所定の接種を実施させないとする注意義務を負つていたものと認めることはできない。

  (b) インフルエンザワクチン接種を実施させた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)①(b)の事実中,昭和三二年以降毎年,厚生省公衆衛生局長が,都道府県知事及び指定都市市長宛に,当該年度における「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達を発して勧奨接種の実施につき行政指導を行い,都道府県知事等は,右通達の一部を構成する「インフルエンザ特別対策実施要領」に基づき接種の実施を市町村に指示し,市町村はこれを受けて国民に通知を発して,昭和三六年までは,小・中学生等流行拡大の媒介者となる者,乳幼児・老齢者等致命率の高い者,警察・消防署等公益上必要とされる職種の人々を対象に,昭和三七年以降は,流行増幅の場である人口密度の高い地域を中心とした保育所,幼稚園,小・中学校の児童を対象に,集団の勧奨接種を行つていた事実は,当事者間に争いがない。

 昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈乙号証〉によれば,厚生省公衆衛生局長は,昭和三七年以降毎年各都道府県知事宛に,各年度における「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達を発して,流行増幅の場である人口密度の高い地域を中心とした保育所,幼稚園,小・中学校の児童を対象としたインフルエンザ予防特別対策としての勧奨接種の実施を行政指導するに際し,右通達により,右対象者以外の者に対する一般防疫対策としての勧奨接種の実施についても行政指導を行つており,それによれば,昭和三七年から昭和四一年までは,「特に,乳幼児,老齢者,及び,医療従事者,警察,消防,電力,運輸,通信,報道関係者等の公益上必要とされる者に対しては必ず予防接種を受けるよう勧奨されたい。」と明示して一般防疫対策としての勧奨接種の実施を行政指導しており,本件各接種のうちインフルエンザワクチン接種を受けた各被害児は,右特別対策としての勧奨接種あるいは右一般防疫対策としての勧奨接種の対象者であつたことが認められる。

 証人ジョージ・ディック及び同海老沢功の各証言並びに昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉を総合すれば,インフルエンザの抗原構造の違いによる株の数は極めて多く,毎年流行するインフルエンザの抗原構造は次々と変化し,不連続変移が起こつたときは従前のワクチンはほとんど効かず,連続変移であつてもあまり効かないことがあり,抗原構造の変移に対処して,流行する株に有効なワクチンを用意することは困難であること,インフルエンザワクチン接種による免疫効果の持続期間もせいぜい三,四か月にすぎないこと,従つて,インフルエンザワクチン接種を受けた者にもインフルエンザが流行したことがあること,インフルエンザワクチン接種により血中抗体価の上昇があつても,それがインフルエンザの感染を完全に抑えるものとは断言できないとする見解があること,インフルエンザワクチン接種によつて,被接種者が,インフルエンザ感染による発症が抑えられるとしても,その人から他の人にインフルエンザが伝播するのを防止する効果は期待できないとする見解があること,インフルエンザワクチンはふ化鶏卵を使用して製造されるため卵の成分が入つているが,鶏卵は食品として頻繁に摂取されるものであるため卵アレルギーを有する人も多く,また個々の卵について雑菌が入つているか否かを検査しその品質を管理することが非常に難しいため,ワクチンに雑菌が混入することが避け難く,卵アレルギーや雑菌の内毒素が原因で副作用を起こす危険性が高いとする見解があること,インフルエンザワクチンを子供の時から毎年接種していると将来大人になつてインフルエンザワクチン接種を受けた時にアナフィラキシー様ショックを起こす可能性があるとする見解があること,抗生物質の使用等の化学療法の発達や呼吸困難となつたときの気管切開,酸素療法等の技術水準の向上により細菌性肺炎による死亡率は極めて減少したから,昔のようにインフルエンザの流行により死亡率が増加する可能性は非常に少なくなつたとする見解があること,インフルエンザは,慢性の心肺疾患,内分泌性疾患等の基礎疾患を有する人や高齢者(ハイリスクグループ)にとつては危険な疾病であるが,一般の健康人にとつては良性の疾患であり危険性の少ないものであるとの見解があり,一九六二年(昭和三七年)にアメリカ合衆国公衆衛生局長官は,ハイリスクグループ以外の人々にインフルエンザワクチンを接種することの有効性を強調すべきでないと勧告していること,ハイリスクグループの人に限定してインフルエンザワクチンを接種すべきであるとするのが,その当時からの欧米の学者の一般的見解であり,その旨の見解を表明した論文等が数多く存在していること,欧米諸国においては,ハイリスクグループの人のほか,罹患危険性の高い医療従事者,学校の寄宿舎の生徒等一定の人に対して選択的にインフルエンザワクチンの勧奨接種を実施しており,ソ連においてインフルエンザ生ワクチンが社会一般に広く使用されている以外に,インフルエンザワクチンを一律に広く接種している国はないこと,インフルエンザを全国的に流行させる役割を果しているのは小・中学生に限られるものではなく,小・中学生に対するインフルエンザワクチン集団接種により流行増幅を防止し得たという明確な成績は示されていないこと,小・中学生はインフルエンザに罹患しても最も致命率の低い階層であること,毎年,小・中学生の学童一般に対して一律にインフルエンザワクチン接種を実施している国は日本のほかになく,これを支持する学説も日本以外の国にはないこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,証人福見秀雄,同大谷明,同木村三生夫(第一回)の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈乙号証〉を総合すれば,インフルエンザに対する有効な予防方法はワクチン接種のみであり,他に満足すべき方法はないこと,WHOのインターナショナル・インフルエンザ・センターはインフルエンザに関する各国の情報を集め,流行の初期の段階でその年に流行が予測されるインフルエンザの型を決定しており,日本の国立予防衛生研究所内にあるナショナル・インフルエンザ・センターは,WHOと情報交換をし,日本において接種すべきワクチン株を決定し,厚生省に勧告していること,厚生省においても毎年インフルエンザの流行予測事業を実施していること,インフルエンザワクチン接種によつて血球凝集阻止抗体(HI抗体)価が一二八倍以上あれば,まずインフルエンザには罹患しないという効果が期待でき,HI抗体価が六四倍から一六倍位であれば,発症は軽くて済むという効果が期待できるとされていること,インフルエンザの罹患率曲線と免疫度分布曲線によつてインフルエンザワクチンの効果率を計算すると,流行ウイルスとワクチンの抗原構造が一致した場合その効果率は約八〇パーセントになること,毎年インフルエンザワクチンを接種することにより,接種したワクチンの型と実際に流行したインフルエンザの型がずれたとしても,若干でも共通抗原がある限り翌年の接種において一定の追加免疫効果が期待できること,卵アレルギーの存在については問診によつて容易に知り得るものであり,鶏卵に付着している雑菌がワクチンに混入する可能性があることについては,精製法の進歩,鶏舎の管理のチェック等により非常に減少しており,インフルエンザワクチンは,生物学的製剤基準に基づいて製造され,有効性と安全性のための各種試験を経ていること,子供のころから毎年インフルエンザワクチン接種を受けたことによりアナフィラキシーショックが起こつたという例は今まで存在していないこと,インフルエンザは,全身症状として発熱,頭痛,全身倦怠,違和感,腰痛,四肢痛,関節痛などが,呼吸器症状としてくしゃみ,咽頭痛,鼻閉,咳などが,また軽度の消化器症状として食欲不振,嘔吐,腹痛,下痢などが見られるほか,合併症として肺炎,気管支炎などを伴う極めて伝染性の強い急性呼吸器系伝染病であり,大正七,八年にかけてのスペイン風邪の流行の際は,全世界の罹患者は七億,死者二〇〇〇万名を超えたと言われており,日本においてもインフルエンザによる死亡者数は昭和二〇年以降においても相当数にのぼつていること,インフルエンザの流行年には超過死亡の著明な増加があり,肺炎,気管支炎等の合併症を起こして死亡する率はインフルエンザを死因とする統計学的数値の何倍かに達すると推定されること,昭和三三年にアジア風邪が流行した時,小・中学校の学童が流行増幅に果たしている役割について全国的に詳細な調査が行われたが,小・中学校の学童の罹患率は明らかに高く小・中学校が流行増幅の場になつていることが判明したこと,昭和三七年から行われたインフルエンザ特別対策の実施にあたり,厚生省は諮問機関の伝染病予防調査会の意見を聞いているが,同会においては,インフルエンザの流行の拡大,伝播の経路として重要部分をしめる小・中学校の学童に接種することが,流行増幅を抑えるのに一定の効果があるとの証人福見秀雄の提案が採用されたこと,一九八〇年(昭和五五年)から一九八一年(昭和五六年)にかけてアメリカ合衆国ではインフルエンザの大流行があり,超過死亡数は一五万名以上と推定されたが,日本においては小・中学校の学童にインフルエンザワクチン接種を実施しているので流行の拡大がかなり防止されたとする見解があること,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,予防接種の専門家の間において,一般人に対するインフルエンザワクチンの一律接種の是非について各見解の対立があつた本件各接種当時(具体的には各被害児がインフルエンザワクチン接種を受けた昭和三九年から昭和四四年までの間),において,厚生大臣として,地方公共団体に対し,小・中学校の児童,生徒を中心とする一般人に対するインフルエンザワクチンの一律勧奨接種の実施をしないように行政指導すべき注意義務を負つていたものと認めることはできない。

  (c) 種痘接種を実施させた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)①(c)の事実中,わが国の昭和二一年の痘そうの患者が一万七九五四名,死者が三〇九二名であり,翌二二年には患者は三八六名と激減し,法が制定された昭和二三年には患者二九名,死者三名となり,昭和二七年以降死者はなく,昭和三一年以降の患者の発生もないとの事実,昭和四八年と昭和四九年に各一例の移入があつたが,二次感染もなく治癒している事実,種痘後原因不明の合併症のあることが以前から知られており,今世紀初めのころから種痘後脳炎の症例が報告され,その中には死亡や重篤な症例のある事実,種痘につき,市町村長等により法五条所定の接種及び法九条所定の接種が,開業医により法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種が,それぞれ実施されていた事実は,当事者間に争いがない。

 なお,前記一の原告主張一覧表の各「実施主体」について認定したとおり,本件各接種には,地方公共団体によつて種痘の法九条所定の接種が実施された場合もある。

 証人ジョージ・ディック,同青山英康,同大谷杉士の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉を総合すれば,イギリスにおいては,昭和の初めころから種痘事故の報告があり,他方一九三五年(昭和一〇年)以来国内において痘そうの発生がなく,一九三五年(昭和一〇年)代には種痘のみが痘そう制御の唯一の方法ではないとの考え方が一般的になつていたこと,一九四六年(昭和二一年)にイギリスで強制種痘が廃止されたこと,イギリスにおいて,一九五〇年(昭和二五年)以降一九七〇年(昭和四五年)までの間に痘そうの集団免疫率は一〇ないし一五パーセントしかなく,痘そう常在国から一三回にわたる痘そう患者の輸入があつたが,流行は一定地域の小さい規模にとどまり,一〇三名の患者と三七名の死亡者が生じたにすぎず,患者の隔離,接触者への接種,その後の接触者の監視,行動規制により,充分制御できたこと,他方,右期間内に種痘により死亡した者は一〇〇名に達していたこと,証人ジョージ・ディックは,イギリスにおいて,一九六二年(昭和三七年)以来定期種痘廃止のための努力を続けていたこと,イギリスは,一九七一年(昭和四六年)に定期種痘の勧奨も廃止するに至つたこと,アメリカ合衆国においても,一九七一年(昭和四六年)に定期種痘廃止が勧告され,一九七二年(昭和四七年)にアメリカ合衆国保健教育省公衆衛生局は,種痘合併症の危険,痘そう輸入の可能性,痘そうが輸入された時に予想される病気の広がりの三因子について数量分析を行い,種痘合併症の危険は種痘の利益を上回わつているとして,定期種痘を廃止すべきとしたこと,日本においては,昭和二九年に金子義徳が,日本公衆衛生雑誌に,ワクチンの効果についてはワクチンのマイナス面即ち副作用を含めて価値判断がなされるべきであり,不幸な犠牲者を出さないために予防接種を中止すべきであるという議論も成り立つのではないかとの意見を発表したこと,日本において現実に使用されていた種痘の株では副反応の発生は除去し得ず,種痘により重篤な副反応が生ずることは,日本においても昭和の初期から知られていたものであり,一九五〇年(昭和二五年)にWHOにおいて作成された死因分類表の中には,予防接種または種痘による不慮の傷害という分類項目があり,そのころには予防接種の専門家で種痘により重篤な副反応が起こることを知らない者はいなかつたこと,種痘後脳炎,脳症の発症があつた場合,三分の一が死亡し,三分の一が植物人間となつてしまうとの見解があり,これらの症状に対しては有効な特異的治療法はなく,対症療法しかないこと,種痘により完全に個人が痘そうから守られるという期間は二年ないし三年にすぎず,二〇年を経過すると感染防御効果はほとんどないとの見解があること,イギリスのいくつかの町で,九五パーセント以上の住民が免疫を持つていたにもかかわらず痘そうが流行した例があり,同様の例は中央ジャワにおいても見られ,また,インドのラオは,八〇パーセントの率で種痘が行われたにもかかわらず痘そうが流行した例があることを報告していること,日本と同じように種痘の定期強制接種を実施していた西ドイツにおいて,一九六〇年(昭和三五年)以降七回の痘そうの輸入があつたことに照らせば,日本において二〇年近く痘そう患者が発生しなかつたことが定期強制種痘による基礎免疫効果によるものとは言えないとする見解があること,種痘接種を受けた者が不完全な接種のため痘そうに罹患したときはその症例が変化したものとなり,かえつて新しい流行の原因となるとする見解があること,昭和四七年以降は日本においても,定期強制種痘の廃止を主張する見解がいくつか出されたこと,痘そう患者は,感染してから平均一四日目,発熱後二,三日目の皮膚疹の出現前までは,伝染力がなく,人間以外に痘そうウイルスを維持している動物は存在せず,全く症状のないウイルス保持者はいないから,痘そうの診断は割合容易であり,従つて,痘そうの非常在国においては,痘そうが持ち込まれる可能性に対しては疫学的監視によつて対処すればよく,優秀な公衆衛生機関があり,優秀な疫学的監視が行われていれば,種痘の定期強制接種を続ける必要はないとの見解があり,定期強制種痘を廃止した場合の代替措置としては,防疫体制を強化し,痘そうが輸入された場合に接触者や接触可能性者に対して緊急種痘を実施するといういわゆるリングワクチネーションが考えられるとする見解があること,非常在国に痘そうが輸入された場合,定期種痘が行われていたとしても必ず接触者及び接種可能性者に対する緊急種痘が実施されねばならないとの見解があること,以上から,日本においても,日本が痘そうの非常在国となつた昭和二五年ないし昭和三〇年当時において,幼児に対する定期強制種痘はやめるべきであつたとする見解があり,その理由とするところは,種痘の免疫力はそれほど長く持続しないこと,痘そうの伝播力はそれほど強くなく,侵入の危険性もそれほどないこと,痘そうの輸入があつても早期の診断やリングワクチネーションにより拡大は防止できること,これらの点から種痘による利益(ベネフィット)と副作用による出費(コスト)の均衡(バランス)を考えると後者の方が上回わること,等であること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,証人福見秀雄,同北村敬,同木村三生夫(第一回)の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈乙号証〉を総合すれば,昭和三〇年代においては,日本の学会で定期種痘廃止論を主張する者はほとんどいなかつたこと,昭和三五年当時,世界各国のほとんどが強制種痘の接種を実施していたこと,一九六四年(昭和三九年)に,WHO痘そう専門委員会は,痘そう患者の増加傾向が依然として継続しており,痘そうが根絶されるまで,各国は恒久的な予防接種計画を続けて行うべきであり,痘そう侵入の危険性が高い国々は,新生児,移民等を対象とする種痘や全年齢層の定期的接種により,地域住民の免疫度を維持すべきであると報告していること,日本においても昭和四二年に,日本は痘そう常在国に囲まれ,また持ち込まれる機会も著しく増大しているので,常時種痘を行つて痘そうに対する集団免疫度を高めておくことが非常に重要であるとの見解があつたこと,昭和四三年に,厚生大臣から伝染病予防調査会に対し,今後の予防政策のあり方について諮問がなされ,同調査会予防接種部会種痘委員会において定期種痘の是非についてコスト・ベネフィット・バランスィング論を中心に検討が行われたが,全体の結論としては,定期種痘の廃止はまだ時期尚早であるというものであつたこと,昭和四四年には,日本小児科学会予防接種委員会においても,日本は痘そう侵入の危険性に絶えずさらされているので現行の定期種痘はなお当分継続する必要があると報告されたこと,当時,ヨーロッパの多くの国では痘そう非常在国となつたのちも強制種痘接種が続けられていたこと,一九七〇年(昭和四五年)ころにはイギリスにおいても定期種痘廃止につき賛否両論があつたこと,一九七〇年(昭和四五年)当時,アジア,アフリカ,南米の諸国にはいまだ痘そう常在国があり,しかも日本に近いアジアに常在していた痘そうは特に致命率の高いものであつたため,これらの国との交流がさかんになるにつれて,痘そう侵入の危険性に対する不安感は強く,定期種痘廃止論を主張する者はほとんどいなかつたこと,当時の見解の大勢としては,痘そう常在国と交流の多い日本は常に痘そう侵入の危険にさらされており,しかも痘そうの予防には種痘以外に有効な手段がなく,予め基礎免疫を与えておかなければ,流行時における臨時予防接種に際し迅速な免疫の上昇を期待できず,また高年齢児に初回種痘を行うと重篤な副反応の危険性が高いなどの理由により,種痘を継続して実施する必要があるというものであつたこと,昭和四六年においても,ヨーロッパにおける痘そうの発生状況を見れば,日本が過去二〇年間患者数零を続けたのは幸運としか言いようがなく,種痘事故絶滅の方法は,種痘そのものを必要としないようにすることであり,それは痘そう根絶によつてのみ達成することができるとの見解があつたこと,日本の学界等において定期種痘廃止論が討議されるようになつたのは,アメリカ合衆国やイギリスで定期種痘が廃止された昭和四六年以降であり,その討議の中では,なるべく反応の弱いより安全な種痘に切り替えて行く必要はあるが,全世界の痘そう患者の発生状況に照らすと定期種痘の廃止までは踏み切れない,アメリカ合衆国やイギリスにおいて定期種痘を廃止したからといつて,日本が直ちに中止するのは時期尚早であるとの見解が有力であつたこと,昭和四七年に証人福見秀雄は,定期種痘を廃止し,一定の者に対する選択的接種と検診・診断体制の強化,リングワクチネーションの実施によつて痘そうの防疫は可能である旨の見解を表明したが,当時そのような意見は未だ少数意見であつたこと,一九七二年(昭和四七年)には,ユーゴスラビアにおいて,イラクからの帰国者が痘そうを持ち帰り,国内に大流行させ患者一七五名,死者三四名を出し国家としての機能が一,二か月間ほとんど停止するという状況が生じたこと,イギリス,アメリカ合衆国においては,定期種痘が廃止されたのちにおいても,例えば,一九七三年(昭和四八年)にベネンソンがアメリカ合衆国において定期種痘廃止は時期尚早であるとの見解を出すなど,廃止に反対の意見がいくつか出されており,フランス,ベルギー等,イギリスの近隣諸国も,種痘廃止は時期尚早であり他の諸国に迷惑であると非難していたこと,日本においても,昭和四八年に,種痘政策の変更に当つては,世界の痘そう流行状況の判定が根本になるべきで,今後数年間その動向を見たうえで判断すべきであるとの見解があつたこと,イギリスにおいては,定期種痘廃止後に痘そう輸入患者からの第二次感染による流行が相当数にのぼつたこと,一九七四年(昭和四九年)にWHO痘そう専門委員会は,痘そう輸入の危険性の高い非常在国では,常在国と同じく生下時または生後間もない時期に種痘を行うべきであり,再種痘はすべての子供に対し入学時と更に一〇歳になつたころ確実に行うべきであること,危険の高くない非常在国では,保健機関がそれほど発達していない国が定期種痘を廃止すれば,痘そうが一度侵入するとそれが発見される前に特に感受性の高い住民の間で広くまん延するので,そのような政策は悲惨な結果をもたらすから,小児期にできるだけ早い時期に種痘をし,学校入学時に再種痘をするということに重点を置かなければならないと報告していること,昭和五〇年当時においても,日本では,まだしばらくの間痘そう輸入に対する施策の充実を図りつつ痘そう根絶計画の経過,全世界の痘そう患者の発生の推移を見た上で,できるだけ早い時期に種痘を廃止したいとの見解が多かつたこと,昭和五一年に,伝染病予防調査会予防接種部会において,それまで継続検討して来た定期種痘の是非について答申がなされたが,それによれば,定期種痘の実施方法の改善案が示されたが,定期種痘自体を廃止すべきとはされなかつたこと,日本は昭和三〇年ころには痘そうの非常在国となつたが,当時,インド,バングラディシュ,パキスタン,アフガニスタン等で毎年痘そうが流行しており,これらの国から痘そうが侵入する危険性があり,また,中国の痘そう発生状況が不明であつたものであり,痘そうが日本に侵入する可能性が小さくなつたのは昭和五〇年以降であるとする見解があること,国際旅行が船で行われていた時代には,船内で約二週間の潜伏期間を経過し,その後の臨床症状の発現により検疫で感染者を発見することが可能であつたが,潜伏期間内においては痘そうの診断は容易でなく,航空機による大量高速旅行の時代になると,検疫段階で感染者を発見することは不可能に近いとの見解があること,日本において昭和四八年と昭和四九年の二回,痘そう輸入患者が発生したのは,航空機の大型化と高速化のもとでは,検疫段階で痘そうの侵入を阻止することは不可能であることを実証したものであるとの見解があること,日本で昭和四八年と昭和四九年に各一例ずつの痘そう輸入患者の発生があつたにもかかおらず二次感染の発生がなかつたことについては,輸入患者が日本人で種痘を受けていたため症状が軽く,咽頭部の粘膜に異常が見られず気道を介しての感染が極めて弱かつたと推定されるとか,接触者の側に定期種痘による免疫があつたことによると考えられる,などの見解があること,種痘の効果については,厚生省の研究班が昭和三八年に,第一期ないし第三期の三回の定期種痘を受けた者は,その後二,三〇年たつたのちにおいても一定の免疫効果がある旨研究報告していること,再種痘の効果については,一度種痘を受けると二〇年位は免疫記憶があり,抗原の攻撃が来ると初めての場合より非常に速やかに反応するという効果があり,再種痘は早期にかつ大きな防御力を与えるとされていること,WHOが制定して痘そう流行地への旅行者に義務付けていた種痘証明書の携帯においても,初種痘の場合は接種後一週間以上たたなければ認めないとしていたのに対し,再種痘の場合は免疫記憶による効果があるから接種の翌日から有効としていたこと,集団免疫の効果については,全人口の均一に分布した七〇パーセント以上の人が種痘を受けて免疫になつていると,人から人への伝播を唯一の方法とする痘そうは,その社会から消えざるを得ないとの見解があり,八〇パーセントの接種率のもとでも痘そうが流行した例があるとのインドのラオの報告に対しては,二〇パーセントの種痘漏れの集団がある特定の部落に集中している場合は,その部落に痘そうが残つており,そこから流行が始まるということがあるとの見解があること,痘そうに対しては有効な原因療法がなく,対症療法もあまり効果がないこと,成人初種痘は副作用の危険が高く,このことも乳幼児に定期種痘を実施しなければならないという考え方の背景をなしており,リングワクチネーションの考え方に対しては,痘そう輸入患者が発見され,その接触者及び接触可能性者に対し包囲接種が行われたとしても,接種を受けた者が初種痘の場合は免疫ができるまで二週間かかり,その間に痘そうに感染し,流行が拡大して行くおそれがあり,犠牲者が必ず出ること及び包囲接種が年長児や成人の初種痘の場合副作用が増強されることが問題であるとの指摘がなされていること,リングワクチネーションの方法が現実に実施されたのは,一九六八年(昭和四三年)にWHOが西アフリカで行つたのが最初であり,それは開発途上国では戸籍が完備されておらず皆接種が困難であつたためであつて,それ以前においては,WHOも痘そう根絶のためには全面的定期種痘しかないとしていたこと,日本が非常在国となつたのちも一律強制種痘を続けていたことは,ウイルス学的には一つの正しい方法であつたとする見解があること,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,予防接種の専門家の間において種痘の定期接種の是非について各見解の対立があつた本件各接種当時(具体的には各被害児が種痘接種を受けた昭和二七年から昭和四九年までの間)において,厚生大臣として,法が種痘の定期強制接種の実施を命じているにもかかわらず,その規定に敢えて従わず,種痘につき,市町村長等をして法五条所定の接種及び法九条所定の接種を実施させないとする注意義務,並びに開業医あるいは地方公共団体に対し法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種を実施することがないよう行政指導すべきであるとする注意義務をそれぞれ負つていたものと認めることはできない。

 ② 若年接種を実施させた過失について

 厚生大臣が,被告国の機関である市町村長等をして乳幼児に対し法五条所定の接種及び法九条所定の接種を実施させ,また,法六条の二所定の接種の実施主体である開業医並びに法九条所定の接種の実施主体である地方公共団体及び開業医に対し,乳幼児に対する当該予防接種の実施方法等について行政指導を行つていたのは,いずれも法が一定の年齢の乳幼児についてこれらの予防接種を受けるよう国民に強制していることから,厚生大臣としてその法の規定,趣旨に従つたにすぎないものと解される。しかしながら,諸般の事情に照らし,被接種者である乳幼児の生命,身体の危険を避けるためには予防接種を実施しないことが必要不可欠であるという事情が認められる場合には,厚生大臣としては,法の改廃を待つことなく,法五条所定の接種及び法九条所定の接種の実施主体である市町村長等をして乳幼児に対する当該予防接種の実施を中止させ,また,法六条の二所定の接種の実施主体である開業医並びに法九条所定の接種の実施主体である地方公共団体及び開業医に対し,乳幼児に対する当該予防接種を実施することがないよう行政指導すべき,各注意義務を負つていたものと解される。

 また,勧奨接種の場合においても,諸般の事情に照らし,被接種者である乳幼児の生命,身体の危険を避けるためには予防接種を実施しないことが必要不可欠であるという事情が認められる場合には,厚生大臣としては,地方公共団体に対し,乳幼児に対する当該予防接種の実施をしないよう行政指導すべき注意義務を負つていたものと解される。

 そして,厚生大臣が以上の各注意義務に違反したときは,国家賠償法上の過失があると解するのが相当である。

 そこで,以下,種痘,インフルエンザワクチン,百日咳ワクチン,及びその余のすべてのワクチンについて,本件各接種当時,厚生大臣に右各注意義務違反があつたか否かについて順次検討することとする。

  (a) 種痘の若年接種を実施させた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)②(a)の事実中,一九六四年(昭和三九年)イギリスにおいて,種痘による一歳以下の乳幼児の事故率が,一歳を超える幼児のそれに比し著しく高く危険が大きいとの調査結果が発表された事実,同国においては一九六二年(昭和三七年)から,それまでは生後四ないし五か月の間に接種が行われていたのを生後二年目に行うよう改められたが,これに続いてオーストリーにおいても,一九六三年(昭和三八年)に接種年齢が一歳以上に引き上げられ,またアメリカ合衆国においても,一九六六年(昭和四一年)に接種年齢が一歳から二歳に引き上げられ,更に,一九七三年(昭和四八年)には西ドイツにおいても,接種年齢が一八か月ないし三歳に引き上げられたとの事実,わが国においては,昭和四五年八月に,厚生省公衆衛生局長通達により,接種年齢が六か月以上二四か月までに引き上げられ,更に昭和五一年に,法の改正により,三六か月以上七二か月までに引き上げられたとの事実,種痘につき,市町村長等により法五条所定の接種が,開業医により法六条の二所定の接種が,それぞれ一歳未満の乳幼児に対して実施されていたとの事実は,当事者間に争いがない。

 証人ジョージ・ディック,同大谷杉士の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉を総合すれば,一九六〇年(昭和三五年)にイギリスにおいて,グリフィスが,一歳未満の乳幼児の種痘合併症の発生,致死率が最も高いことを指摘したこと,これを受けて同国厚生省常設医事勧告委員会は,定期種痘は生後四,五か月にではなく,できれば生後二年目になされるべきことが望ましい旨勧告し,この勧告に基づき,一九六二年(昭和三七年)に同国厚生省は,同国の郡及び市評議会宛にその旨の指示をしたこと,その後一九六四年(昭和三九年)にコニーベアにより,一九五一年(昭和二六年)から一九六〇年(昭和三五年)までの間にイングランドとウエールズにおいて行われた種痘による合併症について,種痘疹,種痘後脳炎の発生率が一歳未満児の場合他の年齢群に比較しはるかに多いことが明らかにされたこと,アメリカ合衆国においては,一九六三年(昭和三八年)にネフによつて,種痘副作用の発生頻度調査が行われ,一歳未満児の副作用は他の年齢層に比べて多く,もし初種痘が生後一年の後まで延期され,禁忌者の選別が行われれば,種痘に伴う疾病率及び死亡率ははつきりと減少するだろうとの指摘がなされたこと,この指摘を受けて,アメリカ合衆国公衆衛生局は,一九六六年(昭和四一年)に初種痘を生後二年目に延期するよう勧告したこと,その後一九六八年(昭和四三年)にネフ,レインらにより更に大規模な種痘副作用の発生頻度調査が行われ,同様の結果が得られたこと,日本においては,昭和三七年に金子義徳が,日本の初種痘の方法や時期について慎重に検討されねばならない旨指摘していること,グリフィス,コニーベア,ネフ,レインらの報告により一歳未満の乳幼児の方が他の年齢層に比べて種痘副作用の危険が高いことが明らかにされ,イギリス,アメリカ合衆国において種痘政策の変更があつたことは,日本においても昭和四二年に紹介されていること,遅くともその頃には一歳未満の乳幼児に対する種痘副作用の危険性が高いとの考え方が定説となつていたとする見解があること,日本においても,昭和四六年以降において,日本の統計によつても一歳未満の乳幼児に対する種痘が危険なことが示されており,少なくとも生後一二か月以降なるべく満二歳近い時に初種痘を行うよう改められるべきであるとする見解がいくつか出されたこと,痘そう非常在国においては,外国からの痘そう輸入患者に零歳児が接触するという機会は非常に少なく,また零歳児が感染経路となつて更に誰かに痘そうが感染して行くということは通常考えられないとの見解があること,乳幼児種痘によつて二〇年後の痘そう流行を抑える効果はほとんどなく,乳幼児に対する初種痘及びその後の定期種痘が完全に実施されたとしても,それだけで痘そうの侵入を防ぐことはできないとの見解があること,一歳未満の乳児に対する初種痘が予備的接種の意義を持ち,成人に対する初種痘に比べて副反応の発生率が低いとしても,一歳未満児に対する初種痘の場合は再種痘が行われるから二回の危険があり,一歳未満児の初種痘と一五歳以上において行われる再種痘の危険度を合わせたものは,成人初種痘の危険度の約1.5倍も大きいとの見解があること,再種痘の場合促進反応を示し効果の出現が早いということを裏付ける資料(データ)は存在しないとの見解があること,初種痘より再種痘の方が種痘後脳炎の発生可能性は低いとの説があるが,痘そうが侵入した場合に緊急種痘の必要があるのは一万名以下にすぎず,その中からの種痘後脳炎発生率を下げるために乳幼児に対し一律定期強制種痘を実施するというのは,コスト・ベネフィット・バランスィング論から考えても不合理であるとする見解があること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,証人北村敬,同木村三生夫(第一回)の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈乙号証〉を総合すれば,一歳未満児に対する種痘は副作用発生の危険性が高いとするグリフィス,コニーベア,ネフ,レインらの報告が出される以前においては,乳幼児はできるだけ早いうちに種痘をする方法が安全であり,年長になればなるほど副作用の危険が高いとするのが支配的見解であつたこと,一九六〇年(昭和三五年)にWHO痘そう専門委員会は,グリフィスの報告が従来のデータと対照的であるので観察が解決されるまでは既に確立されている実際の方法に従つて継続することが最良であるように思われるとして,乳児期の種痘接種の継続を是認する見解を示していること,その当時,世界各国のほとんどすべてが一歳未満児に対する強制種痘を実施していたこと,一九六四年(昭和三九年)においても,WHO痘そう専門委員会は,痘そうが根絶されるまで,各国は恒久的な予防接種計画を続けて行うべきであり,非常在地においては生後三,四か月に行うのが便利であり効果的であるとの報告をなしていること,一九六八年(昭和四三年)に西ドイツのエーレングートは,零歳児の種痘による死亡率が高いのは零歳児一般の死亡率が高いことからも説明でき,種々の要因を総合すると初種痘年齢は六か月未満または二歳が好ましいとの見解を示し,また同人は一九六九年(昭和四四年)に,種痘後脳炎の発生率は二四か月までの間では一二か月から二四か月児が最も高く,六か月未満が最も低いと報告していること,一九七三年(昭和四八年)にベネンソンは,生後三ないし六か月児に初種痘を実施するのがよいとの見解を示していたこと,コニーベアの調査結果に対しては,一歳未満と一歳以上で種痘副反応の発生率に統計学上の有意差があると言えるかは疑問であるとする見解があること,ネフの調査結果に対しては,一九七二年(昭和四七年)にWHO主催の種痘ワクチン国際シンポジウムにおいて,データがはつきり得られるまでは現在までに受け入れられている効果の試みられたワクチンをやめてしまうのは賢明でないとされたこと,レインの調査結果に対しては,一歳未満と一歳から四歳までとの間で種痘後脳炎の発生率に統計学上の有意差があるとは言えないとの見解があること,日本において,昭和四一年に発足した厚生省種痘研究班が行つた種痘合併症の調査結果では,種痘後脳炎の発生頻度が一歳未満と一歳以上で差があるかどうかは症例数が少なく不明であつたが,イギリス及びアメリカ合衆国において一歳から二歳の間に種痘をするように種痘政策の変更があり,また右種痘研究班の調査結果では,局所反応の発生率は一歳以上よりも一歳未満の方が高かつたことから,昭和四四年の小児科学会予防接種委員会において,初種痘を現行法の範囲内でなるべく遅く満一歳に近い時期に行うのも一案であるとされたこと,また,昭和四五年の伝染病予防調査会予防接種部会において,初種痘年齢の上限はイギリス,アメリカ合衆国なみに二歳に引き上げても悪くなることはないが,下限については,従来の初種痘年齢を肯定する見解もあり,また,一歳以上の子供になると歩き回わるなどして種痘を行うのが大変であつたり,接種部位を引つ掻いて膿ませたりすることも多いとする小児科医の考え方もあつたことから,イギリスにおける合併症集計例により全身性ワクチニアの発生頻度がその前後で差があるとされた生後六か月とするとされたこと,このような接種年齢の期間延長は,各年齢毎の副反応の発生頻度の比較の調査(サーベイランス)を続けるという意味もあつたこと,これを受けて,昭和四五年八月に厚生省公衆衛生局長が,第一期接種年齢を生後六か月から二四か月の間にする旨の通達を各都道府県知事宛に発したこと,昭和四五年に種痘合併症に対する救済措置が設置され,それ以降救済申請による症例把握が容易となり,症例集積の結果,昭和四七,八年ころになつて,重篤な副反応の発生頻度は一歳未満よりも一歳以上の方が少なく,二歳以上になると更に少なくなるということが明らかになつたこと,そして昭和五〇年ころになると年長児初種痘の危険性はそれほどでないとの見解が大勢を占めるようになり,昭和五〇年一二月に伝染病予防調査会予防接種部会は,第一期接種年齢を三六か月から七二か月までに引き上げるよう答申し,これが基となつて昭和五一年にその旨の法改正が行われたこと,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,予防接種の専門家の間において初種痘を実施すべき時期について各見解の対立があつた本件各接種当時(具体的には昭和三七年以降において一歳未満の各被害児が種痘接種を受けた昭和三七年から昭和四八年までの間)において,厚生大臣として,法が初種痘年齢を規定しているにもかかわらず,その規定に敢えて従わず,種痘につき,市町村長等をして一歳未満の乳幼児に対する法五条所定の接種を実施させないとする注意義務,及び開業医に対し一歳未満の乳幼児に対する法六条の二所定の接種を実施することがないよう行政指導すべき注意義務,をそれぞれ負つていたものと認めることはできない。

  (b) インフルエンザワクチンの若年接種を実施させた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)②(b)の事実中,イギリス及びアメリカ合衆国において二歳未満の乳幼児にインフルエンザ予防接種を実施していない事実,わが国においても,昭和四二年一二月四日,厚生省公衆衛生局長が,各都道府県知事宛に「二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザ予防接種の取扱いについて」と題して,「一般家庭における乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少なく,また成人に比して二歳以下の乳幼児は副反応の頻度が高いので,慎重な予診,問診等を実施し,対象の選定に留意すること,一般家庭における二歳以下の集合接種は好ましくなく,乳幼児を持つ保護者等の予防接種の励行をはかること,集団生活を営む保育所等の二歳以下の乳幼児については,従来どおり特別対策を実施し,実施に当たつては体温測定を全員に行うなど慎重に行うこと」等を通知し,また,昭和四六年九月二九日には,厚生省公衆衛生局防疫課長が,各都道府県衛生主管部(局)長宛に「インフルエンザ予防接種特別対策実施上の注意について」と題して,「二歳以下の乳幼児は,成人に比して重篤な副反応の発生の頻度が高いこと,これらの年齢層はインフルエンザ感染の機会が少ないこと等に鑑み,インフルエンザの流行が予測され,感染による危険が極めて大きいと判断される十分な理由がある等特別の場合を除いては,勧奨を行わないよう」等を通知するに至つた事実,昭和三二年から昭和四一年まで毎年,厚生省公衆衛生局長が,都道府県知事及び指定都市市長宛に,当該年度における「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達を発し,二歳以下の乳幼児等に対する勧奨接種の実施につき行政指導を行つていた事実は,当事者間に争いがない。

 証人ジョージ・ディック,同福見秀雄,同海老沢功の各証言及び〈甲号証〉を総合すれば,乳幼児は一般の家庭内にいる限り,両親等の家族がインフルエンザワクチン接種を受けていれば,インフルエンザ感染の確率は少なく,また罹患しても他へ流行を拡大する感染源としての役割は小さいから,特に予防接種の対象とする必要はないとの見解があること,乳幼児は一般的に抵抗力が弱いためワクチン接種による副作用の危険が高く,一九六一年(昭和三六年)にアメリカ合衆国において,インフルエンザワクチン接種により五歳以下の子供の四〇パーセントが全身反応の副作用を生じたとの報告例があり,日本においても,昭和四六年に,インフルエンザワクチン接種により神経系の障害を残したもの二四例中,二歳以下のものが一三例であり,そのうち一一例は一歳以下であつたとする報告例があること,乳幼児に一旦副反応が生じた場合,他の年齢層の人に比較して手当がしにくいこと,ソ連において乳幼児一般にインフルエンザ生ワクチンを接種している以外に,乳幼児一般にインフルエンザ不活化ワクチンを接種している国はなく,その理由としては,乳幼児にとつてインフルエンザは危険な病気ではなく,接種の必要がないこと,及び乳幼児に予防接種の副反応が生じた場合非常に重い症例となること,があげられるとする見解があること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,証人福見秀雄,同大谷明,同木村三生夫(第一回)の各証言及び〈甲号証〉を総合すれば,乳幼児は身体機能の未発達なところがあり,インフルエンザのような熱性疾患に罹患した時は,成人に比べて重症になる危険性が高いこと,昭和三二年から昭和三三年にかけてのアジア風邪流行の際,乳幼児の罹患率はかなり高く死亡率も老人についで高かつたこと,昭和三三年ころにおいては,乳幼児はインフルエンザに弱くワクチン接種が必要であるとするのが小児科一般の考え方であり,伝染病予防調査会においても,乳幼児のインフルエンザによる死亡率は高いからハイリスクグループに入れるべきであるとする意見があつたこと,WHOにおいても,乳幼児は高齢者とともにインフルエンザに感染した場合生命に危険があるおそれがあるから,インフルエンザワクチン接種の優先的対象者とすべきであるとしていたこと,昭和四〇年ころからインフルエンザワクチン接種による副反応に対する関心が高まり,特に二歳以下の乳幼児に事故例が多かつたため,伝染病予防調査会において二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザワクチン接種の是非が検討されるに至つたが,接種中止には反対の意見もあつたこと,伝染病予防調査会において検討が重ねられた結果,最終的には集団生活を営まない二歳以下の乳幼児に対しては集団接種は好ましくないとの結論が出され,これを受けて昭和四二年に厚生省公衆衛生局長が各都道府県知事宛にその旨の通知を発して行政指導を行つたこと,昭和四二年当時においても,インフルエンザは小児にとつて年間一〇ないし二〇パーセントは経験されるものであり重要なウイルス病因であるから,インフルエンザワクチン接種推進の価値が大きいとする見解があり,また昭和五〇年当時においても,乳幼児はインフルエンザの被害を受けやすいからこれをインフルエンザワクチンの接種対象とすべきであるとの見解があつたこと,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザワクチン接種が危険性の高いものであり,一律の接種をすべきでないことが,インフルエンザ予防接種が開始された昭和三二年の時点において既に明らかであつたとは認められず,厚生大臣が,本件各接種当時(具体的には二歳以下の各被害児がインフルエンザワクチン接種を受けた昭和三九年から昭和四一年までの間)において地方公共団体に対し,二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザワクチンの一律勧奨接種の実施をすべきでない旨の行政指導すべき注意義務を負つていたものと認めることはできない。

  (c) 百日咳ワクチンの若年接種を実施させた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)②(c)の事実中,百日咳ワクチンが乳幼児に脳炎,脳症等の重篤な副作用を発生させることがあることは,一九三三年(昭和八年)にデンマークにおいて報告されて以来,アメリカ合衆国やイギリスにおいても同様の報告がなされた事実,わが国の百日咳患者発生数は昭和三〇年ころから減少傾向にあり(昭和二二年一五万二〇七二名であつたものが,昭和三〇年には一万四一三四名となつている),百日咳による死亡者数も昭和三〇年ころには減少傾向にあつた(昭和二二年一万七〇〇一名であつたものが,昭和三〇年には四〇一名となつている)事実,罹患後早期(カタル期)においては,抗生物質が治療に効果がある事実,昭和五〇年に百日咳ワクチンは,平常時の集団接種の場合は生後二四か月から四八か月の者に接種するよう指導するようになつた事実,百日咳ワクチン(ジフテリアワクチンまたは破傷風ワクチンとの混合ワクチンを含む)につき,市町村長等により法五条所定の接種及び法九条所定の接種が,開業医により法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種が,それぞれ二歳未満の乳幼児に対して実施されていたとの事実は,当事者間に争いがない。

 なお,前記一の原告主張一覧表の各「実施主体」について認定したとおり,本件各接種には,地方公共団体によつて二歳未満の乳幼児に対し百日咳ワクチンの法九条所定の接種が実施された場合もある。

 証人ジョージ・ディック,同白井徳満の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉を総合すれば,百日咳ワクチン接種により重篤な副反応が生ずることがあることは,一九三三年(昭和八年)にデンマークのマドソンが報告して以来,欧米においてアメリカ合衆国のバイエルズ,モル,トゥーミィー,スイスのケンク,イギリスのベルグ,コックバーン,スゥエーデンのシュトレームらにより数々の報告例があること,日本においても昭和三四年に有馬正高らにより百日咳ワクチン接種による重篤な中枢神経系障害の発生が報告されて以来,昭和四一年には伊藤順通らにより,昭和四三年には小松代鍈一により,同様の報告がなされたこと,厚生省も昭和三七年四月以降発生した百日咳ワクチン接種による神経系障害の事例を持つていたとの見解があること,イギリスにおいては一九五五年(昭和三〇年)代後半には百日咳ワクチン接種による事故の存在が広く認識されていたこと,日本においても昭和二七年以降百日咳ワクチン接種により毎年脳症が発生していたとのデータが存在していること,昭和二六年に額田粲は,乳幼児の百日咳感染は年長児からの二次感染であり,乳幼児は行動範囲が狭く流行源にならないから,百日咳の予防接種はまん延の原因となる幼稚園児及び小学校児童に対して行うべきであり,生後三か月から一八か月の乳幼児を接種対象とすることは不適当であるとの見解を表明したこと,百日咳の届出患者の年齢分布によれば,患者数は零ないし一歳よりも二歳以上に多いこと,昭和三〇年に赤石英は,百日咳ワクチンの実際的有効率は0.039にすぎないとの見解を発表したこと,昭和四八年に森藤靖夫は,百日咳の患者発生の減少,特に死亡者がないこと,抗生物質による治療が可能であることを掲げて,百日咳ワクチン接種は,有効にして安全確実な新ワクチンが開発されるまで中止するか法の枠からはずしてしまう英断が望ましいとの見解を示したこと,昭和四八年に安原美王麿は,百日咳の治療法の進歩により死者数は激減しており,昭和四四年の三種混合ワクチン接種による犠牲者数が百日咳による死亡者数を上回つているとして,百日咳ワクチン接種の廃止を主張したこと,昭和四八年の日本医学総会において,百日咳ワクチン接種は生後一年以降に行うのが合理的であるとの意見が出されたこと,岡山県では,昭和四七年に発生した三種混合ワクチン接種による死亡事故を契機に昭和四八年四月以来百日咳ワクチン接種を中止したが,その後昭和五〇年三月ころから百日咳患者が多発し始めたものの,症状は一般に軽く抗生物質も効果があり,昭和五〇年度に同県下で見られた幼若乳児の百日咳重症例は四名であり,重篤期間は比較的短かく,一夜または半日間の慎重な治療で速やかに快方に向かつたこと,右接種中止以後四年間同県下では百日咳ワクチンによる死亡者はいなかつたこと,一九七五年(昭和五〇年)当時,西ドイツでは百日咳ワクチン接種を廃止する動きがあつたが,その根拠についてエーレングートは,西ドイツの疫学的状態に照らせば百日咳は危険性の少ない病気であり,それに対して百日咳ワクチン接種によつて起こる危険性は病気自体の危険性より大きいとの見解を示していたこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,証人金井興美,同木村三生夫(第一回)の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈乙号証〉,〈甲号証〉を総合すれば,百日咳は極めて伝染力の強い呼吸器系伝染病であり,感染後七日から一〇日の潜伏期を経て,カタル期と呼ばれる一,二週間にわたる時期となるが,カタル期が最も菌をまきちらし周囲に感染させる危険性が大きいにもかかわらず,症状は軽い咳が出る程度で普通の風邪や気管支炎と区別しにくく百日咳であるとの診断が容易でないため,感染源対策として患者を隔離することによつて感染を防ぐことがむずかしく,また家庭内感染が多いため感染経路対策も取りにくく,感受性対策としての予防接種が感染予防の主要な手段であること,百日咳の場合,乳児が母親からもらう母子免疫効果が期待できないとされており,一般に乳幼児が百日咳に罹患することが多く,しかも症状は重く,合併症を起こす率も一歳未満児特に六か月未満児に高く,痙咳期になると抗生物質も効果がないから,致命率も相当高いこと,従つて,百日咳の予防においては六か月未満児の罹患を防止することが一番重要であること,百日咳ワクチンの有効性を示す調査研究は数多く集積されており,一九四二年(昭和一七年)以来一〇年間にわたつてイギリスで行われた野外実験により有効であるとの評価が最終的に決定されたこと,日本においても,百日咳の疫学に関する研究班の昭和四八年から昭和四九年にかけての研究により,少なくとも三回以上の百日咳ワクチン接種を受けた子供は,その後数年間にわたつてかなりの免疫を持つていることが明らかにされたこと,日本では百日咳ワクチンについて四つの安全試験が行われており,日本の百日咳ワクチンの品質管理は世界のトップレベルにあること,昭和四三年ころから百日咳患者数が減少した原因の一つに百日咳ワクチンの普及,改良があげられるとする見解があること,昭和四六年当時においては,日本において百日咳ワクチンより重篤な脳症状を起こした報告例はないとの見解が有力であつたこと,一九七二年(昭和四七年)当時,イギリスでは,百日咳ワクチンは生後六か月から一年以内の乳幼児に接種すべきであるとされていたこと,一九七四年(昭和四九年)のWHO主催の会議において,百日咳ワクチン接種はなお必要であるとの勧告がなされたこと,一九七四年(昭和四九年)当時,アメリカ合衆国小児科学会が推奨している予防接種スケジュールによれば,三種混合ワクチンは生後六か月以内に三回接種するようにとされていたこと,日本において昭和四九年一二月と昭和五〇年一月に三種混合ワクチンによる事故が起き,集団接種は一時中止され,伝染病予防調査会予防接種部会百日咳小委員会において百日咳ワクチン接種の是非が検討されたが,同委員会においては,百日咳の予防接種を実施しなければ早晩患者が増えることは目に見えており,接種をやめたままにしておくことはできないが,接種を再開するには事故が起きないようにしなければならず,現行のワクチンで接種を実施するには接種年齢の引き上げが考えられるが,百日咳に罹患した場合の危険性は小さい年齢の方が高いから,そのかねあいから,流行のない平常時には集団接種としては二歳以降に開始し,四歳に達する前に二期まで完了しておくこととの改正案が答申されたこと,その改正の理由としては,抗生物質等による治療法の進歩等により百日咳による死亡者が減少したこと,昭和四八年から昭和四九年にかけての疫学調査により百日咳患者は一歳未満ではなくむしろ二歳以上に多く,血中の抗体保有率は五,六歳の年長児の方が多くこの年齢層にひそかに流行が起こつていると見られることが判明したこと,五,六歳の年長児に予防接種の効果があるようにしておけばそれらの子供を通して家庭内感染により一歳未満児が感染することを防げるであろうこと,一歳未満児に中枢神経障害が起きやすいこと,等があげられたこと,この答申に基づき昭和五〇年に厚生省公衆衛生局長が右答申に沿つた通達を発したこと,昭和五〇年以降再び百日咳患者が増加し特に一歳未満のワクチン未接種児の罹患が多かつたが,その原因としては予防接種率の低下があげられるとの見解があること,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,予防接種の専門家の間において乳幼児に対する百日咳ワクチン接種の是非について各見解の対立があつた本件各接種当時(具体的には二歳未満の各被害児が百日咳ワクチン,二種混合ワクチン,三種混合ワクチンの接種を受けた昭和三三年から昭和四四年までの間)において,厚生大臣として,法が百日咳ワクチンを接種すべき年齢について規定しているにもかかわらず,その規定に敢えて従わず,百日咳ワクチン,二種混合ワクチン,三種混合ワクチンにつき,市町村長等をして二歳未満の乳幼児に対する法五条所定の接種及び法九条所定の接種を実施させないとする注意義務,並びに開業医あるいは地方公共団体に対し二歳未満の乳幼児に対する法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種を実施することがないよう行政指導すべき注意義務を,それぞれ負つていたものと認めることはできない。

  (d) その余のすべてのワクチンの若年接種を実施させた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)②(d)の事実中,ワクチンは生物学的製剤そのものであり,各種伝染病の病源体を弱毒化または不活化したもの及びその産生する毒素を無毒化したものであつて,劇薬に指定されており,人体にとつて異物であるとの事実,ポリオの流行に対処するため,昭和三六年六月二七日,厚生省事務次官が都道府県知事及び指定都市の市長宛に「今夏の急性灰白髄炎流行における緊急対策について」と題する通達を発して,六か月未満の乳児も接種対象者としたポリオ生ワクチンの勧奨接種の実施方について,行政指導を行い,これに基づき都道府県知事等が市町村に指導をし,市町村はこれを受けて国民に通知を発して六か月未満の乳児も対象者としたポリオ生ワクチンの勧奨接種を実施し,昭和三七年以降は,毎年厚生省公衆衛生局長が同様の通達を発して行政指導を行い,これに基づき都道府県知事等が市町村に指示して六か月未満の乳児も対象者としたポリオ生ワクチンの勧奨接種を実施して来た事実,ポリオ生ワクチンが法定の定期接種とされてからは,市町村長等が法五条所定の接種を六か月未満の乳児に対しても実施していた事実は,当事者間に争いがない。

 証人海老沢功,同白井徳満,同白木博次の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉を総合すれば,すべてのワクチンは,副反応として神経障害を来たす多数の因子を含んでおり,人体にとつて本来的に危険であるとする見解があること,生後一歳未満特に生後六か月未満の乳児は脳及び血液関門の発育が不充分であり,免疫産出組織も未成熟であるため,非常に抵抗が弱く,あらゆる外的因子に対し神経系の反応が強烈に起き損傷を受けやすいこと,乳児は病気や体質異常があつてもこれが明らかになつていないことが多く,禁忌の発見は年長児に比べると困難であること,以上の点から,生後一歳未満,特に六か月未満の乳児については,あらゆるワクチンについて伝染病の具体的流行と感染の可能性と一旦罹患した場合の伝染病の重さ等を疫学的に総合的に考慮して,どうしてもその時期に接種しなければならないというはつきりした必要性が明らかな場合でない限り,少なくとも一律集団接種は避けるべきであるとする見解があること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,証人木村三生夫(第一回)の証言によれば,現実に伝染病患者が発生しており,接種を実施しなければ乳児に危険が生ずるという場合には,乳児に対しても接種を実施しなければならないことが認められ,また昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈乙号証〉によれば,ポリオは以前「小児麻痺」の臨床名で呼ばれており,それは麻痺患者が主として小児に発生したからであり,乳児にとつてポリオは危険な疾病であること,ポリオ予防のため唯一の方策は予防接種であること,ポリオ生ワクチン接種により昭和三七年ころからポリオ患者及び死亡者数は急速に減少して行つたが,その後も毎年ポリオ患者は発生しており,昭和三七年から昭和四九年までの間の届出患者数は七〇六例にのぼつていたこと,昭和五二年当時においても,ポリオ生ワクチンは生後三か月から一八か月の間に二回投与されるべきであるとの見解があつたこと,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,六か月未満の乳児に対するあらゆるワクチンの接種が当然に禁止されるべきものとは認めることはできないし,ポリオ生ワクチンに関する右事実に照らせば,ポリオ生ワクチンが法定接種とされる以前の本件各接種当時(具体的には六か月未満の各被害児がポリオ生ワクチン接種を受けた昭和三八年及び昭和三九年)において,厚生大臣として,地方公共団体に対し,六か月未満の乳児に対するポリオ生ワクチンの勧奨接種の実施をしないように行政指導すべき注意義務を負つていたものと認めることはできず,また,ポリオ生ワクチンが法定接種とされたのちの本件各接種当時(具体的には六か月未満の各被害児がポリオ生ワクチン接種を受けた昭和四二年及び昭和四三年)において,厚生大臣として,法がポリオ生ワクチンを接種すべき年齢について規定しているにもかかわらず,その規定に敢えて従わず,ポリオ生ワクチンにつき,市町村長等をして六か月未満の乳児に対する法五条所定の接種を実施させないとする注意義務を負つていたものと認めることもできない。

 ③ 禁忌該当者に接種を実施させた過失について

  (a) 禁忌設定不充分の過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)③(a)の事実中,ワクチンは,生ワクチン(種痘,ポリオ),不活化ワクチン(インフルエンザ,百日咳,腸チフス,パラチフス,日本脳炎),はたまたトキソイド(ジフテリア,破傷風)でも,これを人体に接種すれば,ワクチン本来の目的である当該ウイルスまたは細菌に対する免疫抗体が生じるほか,種々の副反応を生じ,これら副反応には,①物理的刺激による反応及び毒素様物質による反応,②アレルギー性の反応,③生ワクチンによるウイルス感染症,があり,脳炎,脳症等の重篤な中枢神経障害もその中に含まれ,死亡するに至ることもある事実,被接種者の健康状態,罹患している疾病その他身体的条件または体質的素因により副反応に大きな差を生じ,場合によつては脳炎,脳症等の重大な結果をもたらすことのある事実,重篤な副反応を生じる蓋然性の高い体質的素因を有する者や不健康者に対する接種は禁忌として接種をしないことが必要である事実,わが国では昭和三三年に予防接種実施規則四条により,禁忌として,以下の五項目即ち,「一号,有熱患者,心臓血管系,腎臓又は肝臓に疾患のある者,糖尿病患者,脚気患者,その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者,二号,病後衰弱者又は著しい栄養障害者,三号,アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者,四号,妊産婦(妊娠六月までの妊婦を除く),五号,種痘については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚病にかかつている者で,種痘により障害を来すおそれのある者」とすることが定められた事実,その後これは昭和三九年に改正され,五号に「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ,新たに六号として「急性灰白髄炎の予防接種については,第一号から第四号までに掲げる者のほか下痢患者又は種痘を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ,更に昭和四五年の改正により,四号に「妊娠六か月までの妊産婦」が加えられ,五号及び六号に「麻しんの予防接種を受けた者」が加えられ,接種間隔も二週間から一か月に延ばされた事実,その後昭和五一年九月には,法の改正に伴い,禁忌は以下の九項目即ち,「一号,発熱している者又は著しい栄養障害者,二号,心臓血管系疾患,腎臓又は肝臓疾患にかかつている者で,当該疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるもの,三号,接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者,四号,接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者,五号,接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者,六号,妊娠していることが明らかな者,七号,痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については,前各号に掲げる者のほか,まん延性の皮膚病にかかつている者で,種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者,八号,急性灰白髄炎の予防接種については,第一号から第六号までに掲げる者のほか,下痢患者又は種痘若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者,九号,前各号に掲げる者のほか,予防接種を行うことが不適当な状態にある者」に改められた事実,接種を担当する医師は,必ずしもワクチンの専門家でも小児科の専門家でもない事実,未熟児で生まれた者や出生時に異常のあつた者の中には,ワクチンに対する抵抗力が充分でなく過剰反応のおそれがある場合がある事実,発育不良あるいは発育の遅れている乳幼児には免疫欠損症や神経系疾患が潜在している可能性がある事実,虚弱体質で慢性的に不健康な状態にある乳幼児には,免疫欠損症等何らかの重大な病気がかくれている場合がある事実,アレルギー体質とは各種の薬物,異種蛋白その他に対して異常反応を起こして,過敏症になりやすい体質をいい,一般にアレルギー性疾患としては,皮膚について,じん麻疹,クインケ浮腫,結核性紅斑,眼について,フリクテン,交感性眼炎,アレルギー性結膜炎,角膜炎,呼吸器について,アレルギー性鼻炎,気管支喘息,枯草熱,大葉性肺炎,消化器について,食餌性胃炎,アレルギー性下痢,漿液性肝炎,循環器について,結節性動脈周囲炎,閉塞性動脈内膜炎,アレルギー性紫斑病,等があるほか,更に,湿疹,ストロフルス等他に多くのものがある事実,一定の条件のもとに一定の特異反応が見られる時には,その他の場合もアレルギーの疑いがあり,また,アレルギー性体質は遺伝性要因が関与しており,両親や兄弟にアレルギー性疾患のある幼児は,アレルギー体質の可能性がある事実,経口ポリオ生ワクチン接種後間もない時期に,抜歯,扁桃腺摘出等の外科的手術は避けるべきである事実,集団接種の場合には,接種を担当する医師の資格が限定されていないため,眼科医,耳鼻咽喉科医等の予防接種についての非専門医が接種を担当することも少なくなく,予防接種を担当する医師は,極く少ない例外を除いては,被接種者を過去に一度も診察したこともなく,接種の時が初対面であることがある事実,予防接種実施要領では,一人の医師が一時間に担当する被接種者の数は種痘では八〇名程度,種痘以外の予防接種では一〇〇名程度を最大限とするとされている事実,禁忌事項はできるだけ明確に定める必要がある事実,は当事者間に争いがない。

 証人青山英康,同白井徳満,同白木博次の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉を総合すれば,昭和四五年当時,禁忌の定めが明確でなく,第一線の医師へ責任転嫁をするような内容であると批判する見解があつたこと,昭和四六年の日本医学会総会において,現行の予防接種実施規則で決められている禁忌症の記載があまりにも不明確であつて,当事者である医師は判断に困惑する場合が少なくないとの意見が出されたこと,昭和四七年当時,禁忌の定め方があいまいであるため,接種を見合わせるか否かの判断が困難であるとの見解があつたこと,家庭医(ホームドクター)による個別接種方式に比べ,集団接種方式の場合は,接種担当医が被接種者の病歴,発育歴等を知らず,また,実施要領に定める一時間当りの接種人数に従つたとしても,なお非常に多数の被接種者に対し一定の時間で接種を完了しなければならないため,一人一人について充分な予診を行うことが困難な状況にあり,実際には実施要領に定める一時間当りの接種人数を超えた接種が行われていたこと,問診票を使用しないで禁忌に留意して接種を行うとすれば一時間に七名から一〇名位しか接種を行うことができず,問診票を使用しても一時間に三〇名位しか接種を行うことができないとする見解があること,集団接種において眼科医,耳鼻咽喉科医等の予防接種についての非専門医が接種を担当する場合,ワクチンの性質,安全性,副作用等の予防接種に関する知見を充分有していないばかりでなく,接種に当つて乳幼児の健康状態を適切に判断する能力にも欠けていることが多いとする見解があること,集団接種における禁忌とは,最終的にその予防接種をすべきでないということを意味するものではなく,その場ではひとまず接種を見合わせ,あらためて個別的に接種の是非を判断すべきことを意味すると理解すべきであるとする見解があること,原告らが,予防接種実施規則に定める禁忌事項に比べより具体的,明確な禁忌事項として,その設定されるべきであつたことを主張する一〇項目(請求原因第四項(責任)2(五)(3)③(a)の項に記載)の体質的素因及び身体的状況について,これを集団接種における禁忌事項とすべきであるとする見解があること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,証人福見秀雄,同木村三生夫(第一回)の各証言及び〈証拠〉を総合すれば,ある事項に該当する者に対しても一定の場合には接種できるという場合には,かかる事項は禁忌としてではなく注意事項として挙げ,最終的には接種担当医に接種の是非の判断を任せるのが適当であるとする見解や,禁忌とはいつても,その中には絶対的な禁忌からある程度の注意ですむものまで種々の段階のものがあり,ワクチンの種類によつても変化するもので,接種担当医の総合的判断が重視されるとする見解があること,集団接種の場で禁忌とされたものも特別な注意を払えば個別接種において接種可能となる例も決して少ないものではなく,昭和五一年の改正前の予防接種実施規則が定める禁忌事項は,絶対的な禁忌から接種時の注意程度でよいものまで種々の段階のものが含まれておりこれは,集団接種を対象とした禁忌であると言えるとする見解があること,禁忌の項目を決めるに当つては,できるだけ多くの項目をあげ,細かく規定すべきであるという考え方と,規定はなるべく少なくし,個々の事例に当つてはなるべく医師の判断を優先させるべきであるという考え方とがあるとの見解があること,昭和四八年の日本医学総会においては,将来改正される規則においては,ワクチンごとに特有な禁忌症のみを問題とし,その他の一般的禁忌事項については予防接種を行う医師の判断に任すのがよいという意見が強調されたこと,昭和五一年の禁忌事項の改正では,従来よりも医師の判断によつて接種の可否を決める余地が大きくなつたとする見解があること,予防接種をするかしないかという程度の判断は,医師にとつての常識であり,特別に訓練を受けなければできないというようなものではないとの見解があること,昭和二三年の法制定時に,厚生省告示である痘そう,ジフテリア,腸チフス,パラチフス及びコレラの各予防接種施行心得により各予防接種ごとの禁忌事項が定められ,その後昭和二五年には百日咳予防接種施行心得により,昭和二八年にはインフルエンザ予防接種施行心得により,これら各予防接種の禁忌事項も定められ,昭和二六年には腸チフス・パラチフス予防接種施行心得が改正され禁忌事項が追加されたこと,かかる禁忌事項の定め方は当時としては合理的なものであり,新しいワクチンが開発,使用されるようになる度に,そのワクチンについての禁忌事項,注意事項が定められて来たとする見解があること,伝染病予防調査会には禁忌事項に関する小委員会があり,そこで禁忌事項の定め方について討議されていたこと,予防接種実施要領が定める一時間当りの接種人員数は,最大限を定めたものであり,伝染病予防調査会において妥当な数字であるとして決められたものであること,原告らが,禁忌事項として設定されるべきであつたと主張する一〇項目にわたる体質的素因及び身体的状況のうち,一項「未熟児で生まれた者,出生時に異常のあつた者」は,ワクチンに対する抵抗力が充分でなく過剰反応のおそれがあり「病後衰弱者又は著しい栄養障害者」(昭和五一年改正前の予防接種実施規則四条二号)または「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」(同条一号)等に該当するときは禁忌であり,二項「発育不良あるいは発育の遅れている乳幼児」は,神経系疾患が潜在している可能性または免疫欠損症の可能性があり「けいれん性体質の者」(同条三号)または「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」(同条一号)等に該当するときは禁忌であり,三項「虚弱体質の子」は,免疫欠損症があり「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」(同条一号)または「病後衰弱者又は著しい栄養障害者」(同条二号)等に該当するときは禁忌であり,四項「風邪にかかつている子」は,「有熱患者,その他医師が予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかつている者」(同条一号)等に該当するときは禁忌であり,五項「下痢をしている子」は,「有熱患者,その他医師が予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかつている者」(同条一号)等に該当するときは禁忌であり,六項「病気あがりの子」は,「病後衰弱者」(同条二号)等に該当するときは禁忌であり,七項「今までの予防接種で異常な反応を示したり,その兄弟姉妹が予防接種で特に具合の悪くなつた前歴を有する子」は,「アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者」(同条三号)等に該当するときは禁忌であり,八項「アレルギー体質の子並びに両親または兄弟にアレルギー体質者がいる子」は,「アレルギー体質の者」(同条三号)に該当するときは禁忌であること,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,予防接種の専門家の間において禁忌の定め方について各見解の対立があつた本件各接種当時(具体的には,原告らが禁忌該当者であつたと主張する各被害児が接種を受けた昭和三一年から昭和四九年までの間)において,厚生大臣として,昭和三九年及び昭和五一年に予防接種実施規則により設定された各禁忌事項あるいは原告らが禁忌事項であると主張する一〇項目の体質的素因及び身体的状況について,これらをすべて禁忌事項として設定しておくべき注意義務を負つていたものと認めることはできない。

  (b) 禁忌該当者に接種させないための措置不充分の過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)(b)の事実中,乳幼児に対する接種における問診は,被接種者本人にではなく,その保護者になされるという事実,禁忌を予め保護者に告知すべきであるという事実,わが国では,昭和三四年一月に「接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示または印刷物として配布すること。予診の時間を含めて,医師一人を含む一班が,一時間に対象とする人員は,種痘では八〇人程度,種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること。」等,予防接種実施要領が定められ,厚生省公衆衛生局長通達衛発第三二号をもつて都道府県知事に対し,右実施要領に従つた予防接種を実施するよう要求がなされた事実は当事者間に争いがない。

 証人青山英康,同白井徳満の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉を総合すれば,問診が有効に行われるためには,接種を担当する医師や,被接種者の保護者等に対し,予防接種の危険性の有無,いかなる性質の危険であるか,どの程度の頻度で起こるか,禁忌にはどのようなものがあるか等について,予め告知されている必要があるとする見解があること,昭和三四年に予防接種実施要領が定められる以前はもちろん,それ以後においても被接種者の保護者は,予防接種の危険性や,禁忌がいかなる意味を持ち,いかなる事由がこれに該当するかについて殆んど知らなかつたこと,集団接種においては,接種担当医は,被接種者の病歴,発育歴を知ることはほとんどなく,また,実施要領に定める一時間当りの接種人数に従つて接種を行つたとしても,なお非常に多数の被接種者に対し一定の時間で接種を完了しなければならないため,一人一人について充分な予診を行うことが困難な状況にあり,更に現実には実施要領に定める一時間当りの接種人数を超えた接種が行われていたこと,問診票を使用しないで禁忌に留意して接種を行うとすれば一時間に七名から一〇名位しか接種を行うことができず,問診票を使用したとしても一時間に三〇名位しか接種を行うことができないとする見解があること,乳幼児の健康状態の把握は大人の健康状態の把握に比べむずかしく,乳幼児についての禁忌の判断は容易ではないが,医師は,従来一般に,予防接種について,禁忌の見分け方とか,どのように接種したらよいか等の安全対策等に関する教育を大学で受ける機会が充分でなく,大学卒業後においても講習等による勉強の機会は少なく,昭和四六年以前において,被告国が接種担当医に対し特に禁忌についての指導をしたことはないとの見解があること,特に集団接種においては,眼科医,産婦人科医等の予防接種についての非専門医も接種を担当することがあり,その場合これら非専門医は,予防接種についての教育,訓練を受けたうえで接種に当る必要があるが,これら非専門医に対して,予防接種の危険性,禁忌等についての情報さえ充分に提供されるという現状ではなかつたとする見解があること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,証人福見秀雄,同木村三生夫(第一回),同佐分利輝彦の各証言及び〈乙号証〉を総合すれば,昭和三三年の予防接種実施規則により禁忌事項が定められたが,それ以前においても予防接種施行心得により禁忌が定められていたこと,従つて,接種を担当する医師としては,当然かかる禁忌事項に留意のうえ接種を行うべきであつたこと,昭和三四年に厚生省公衆衛生局長は,各都道府県知事宛に「予防接種の実施方法について」と題する通達を発して,予防接種法に規定する予防接種の実施に当つては,予防接種実施要領に従つて接種を実施するよう指導したこと,予防接種実施要領には,「接種対象者に対する通知」と題して,「接種対象者に対する通知等を行う際には,禁忌等の注意事項も併せて周知させること,接種前あらかじめ保護者及び接種対象者に対し,経口ポリオ生ワクチン接種後間もない時期に抜歯,扁桃腺摘出等の外科的手術を避けることを周知徹底せしめること」,更に,「実施計画の作成」と題して,「予防接種実施計画の作成に当つては,特に個々の予防接種がゆとりをもつて行われ得るような人員の配置に考慮すること,医師に関しては,予診の時間を含めて,医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は,種痘では八十名程度,種痘以外の予防接種では百名程度を最大限とすること」,「予防接種の実施に従事する者」と題して,「都道府県知事又は市町村長は,予防接種の実施に当つては,あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して,実施計画の大要を説明し,予防接種の種類,対象,関係法令等を熟知させること」,「予診及び禁忌」と題して,「接種前には,必ず予診を行うこと,予診は,先ず問診及び視診を行い,その結果異常が認められた場合には,体温測定,聴打診等を行うこと,予診の結果,異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,原則として,当日は予防接種を行わず,必要がある場合は精密検査を受けるよう指示すること,予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当つては,当該予防接種に係る疾病の流行状況,被接種者の年齢,職業等を考慮し,感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが,この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで,あらかじめ,都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針をきめておくこと,禁忌については,予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること,多人数を対象として予診を行う場合には,接種場所に,禁忌に関する注意事項を掲示し,又は印刷物として配布して,接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること」,更に,「事故発生時の処置」と題して「予防接種を行う前には,当該予防接種の副反応について周知徹底を図り,被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること」等が記載されていたこと,厚生省は,実施規則や実施要領の内容を周知徹底させるため,各都道府県知事を通じて市町村長等に通知するほか,医師会等にも通知し,更に新聞,ラジオ,テレビ等も利用して一般の医師に対する周知徹底も図つていたこと,予防接種実施要領の定める一時間当りの接種人員数は,伝染病予防調査会において妥当な数字であるとして決められたものであり,また,右接種人員数は最大限度を定めているのであるから,各実施主体においてその限度内でゆとりをもつて予防接種が行われ得るような実施計画を作成することが可能であること,昭和四五年に厚生省公衆衛生局長は,各都道府県知事宛に,三回にわたり,「種痘の実施について」と題して,予診実施にあたつての留意事項,質問票等の利用,禁忌事項,種痘実施にあたつての留意事項,被接種者及び保護者に対する注意事項の周知徹底,等について,通知を発していること,また同年に厚生省公衆衛生局長及び同省児童家庭局長は,都道府県知事,指定都市市長,政令市市長宛に,「予防接種問診票の活用等について」と題して,種痘以外の予防接種についても問診票を活用すること等を通知していること,予防接種をするかしないかという程度の判断は,医師にとつて常識であり,特別に訓練を受けなければならないというようなものではないとの見解があること,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,厚生大臣として,本件各接種当時(具体的には原告らが禁忌該当者であつたと主張する各被害児が接種を受けた昭和三一年から昭和四九年までの間)において,各被害児の保護者に対し,本件各ワクチンの危険並びに禁忌の意味及びこれに該当する事由の周知徹底方を行うべき注意義務,本件各接種の各実施主体に対し,集団接種において禁忌該当者を排除するに充分な予診時間を確保する余裕のある予防接種実施計画を樹立するよう監督,指導すべき注意義務,及び本件各接種の接種担当者に対し,禁忌該当者の的確な識別及び除外について指導すべき注意義務を負つていたにもかかわらず,いずれもこれを怠つたものとは認めることはできず,また,厚生大臣が,右本件各接種当時において,一般の医師に対し,ポリオ生ワクチン投与後二週間以内の者に対する外科手術の禁止を周知徹底すべき注意義務を負つていたものと認めるに足りる証拠はない。

 ④ 過量接種を実施させた過失について

  (a) 百日咳ワクチンの接種量の定め方を誤つた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)④(a)の事実中,百日咳ワクチンによる脳症等重篤な神経障害は,百日咳ワクチンに含まれる菌体成分によつて発生し,ワクチンの接種量と副作用の間には相関関係があるとする説が存在する事実,WHOが一九五七年(昭和三二年)に定めた標準百日咳ワクチンには免疫単位がつけられており,百日咳菌五〇億個が3.6単位に相当し,一九六四年(昭和三九年)のWHOの百日咳ワクチン国際基準では,四単位を三回(合計一六〇億個)を接種すれば充分な免疫を与えるとされ,一回量は二〇〇億個を超えてはならないとされている事実,アメリカ合衆国でも古くから百日咳ワクチンの力価に上限値を定め,イギリスでは,副作用防止のため家庭内感染率が三〇パーセント位のあまり効きすぎない力価を有する菌量のワクチンを標準ワクチンとして採用している事実,わが国においては百日咳ワクチン及びその混合ワクチンについて,接種量については,昭和二五年に出された百日咳予防接種施行心得によれば,百日咳ワクチンの初回免疫第一回1.0ミリリットル,第二,第三回1.5ミリリットル,追加免疫1.0ミリリットル,昭和三三年の予防接種実施規則によれば,百日咳ワクチンの第一期第一回1.0ミリリットル,第二,第三回1.5ミリリットル,第二期1.0ミリリットル,百日咳混合ワクチンの第一期第一回0.5ミリリットル,第二,第三回1.0ミリリットル,第二期0.5ミリリットル,昭和四八年の予防接種実施規則によれば,百日咳混合ワクチンの第一期第一回0.5ミリリットル,第二,第三回0.5ミリリットル,第二期0.5ミリリットル,昭和五一年の予防接種実施規則によれば,百日咳ワクチンの第一期0.5ミリリットル三回,第二期0.5ミリリットルと,菌量については,昭和二四年百日咳ワクチン基準によれば,1.0ミリリットル中に一五〇億以上の菌を含有しなければならない旨,昭和三一年百日咳ワクチン基準によれば,1.0ミリリットル中に一五〇億個の菌を含むように原液を稀釈する旨,昭和三三年二種混合ワクチンに関する基準によれば,1.0ミリリットル中に百日咳菌二四〇億個を含むようにする旨,昭和三九年三種混合ワクチンに関する基準によれば,1.0ミリリットル中には,百日咳菌約二四〇億個を含むようにする旨,昭和四六年施行の生物学的製剤基準によれば,百日咳ワクチン(混合ワクチンを含む)の菌量は,1.0ミリリットル中の菌数が二〇〇億個を超えないようにしてつくる旨,それぞれ定められた事実,右規定量,菌量にすると,昭和三三年当時,百日咳ワクチン第一期第一回の規定接種量は1.0ミリリットルであり,それに含まれる菌数は一五〇億個であつたものであり,また,昭和四八年まで二種混合ワクチン及び三種混合ワクチン第一期第二回,第三回の規定接種量は1.0ミリリットルであり,それに含まれる菌量は昭和四六年までは二四〇億個であり,昭和四七年当時は二〇〇億個であつた事実,これをWHOが定めた国際標準ワクチンと比較すると,百日咳ワクチン基準において国際単位との関連が定められた昭和四三年以後は,わが国の百日咳混合ワクチン1.0ミリリットルの力価は17.28単位以上,昭和四六年以後のそれは14.4単位以上であつた事実は,当事者間に争いがない。

 証人白井徳満の証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉を総合すれば,百日咳ワクチンの接種量と発熱等の副作用発生の間に相関関係があることは,実験的に確認されていること,百日咳ワクチン接種による脳症の発生についてもその原因は百日咳ワクチン中の毒素によるものとする考え方が有力であり,かかる考え方によれば,脳症の発生と百日咳ワクチンの接種量の間にも相関関係があることになるとする見解があること,昭和三一年当時,既に日本の百日咳ワクチンとアメリカ合衆国の百日咳ワクチンの力価比較の実験が行われ,日本のワクチンの力価が著しく高いとされていたこと,百日咳ワクチンについてのWHOの国際基準は,四単位以上の力価のワクチンは子供に不都合な副反応を起こす危険があるかもしれないため,力価基準を満たしつつ菌量が最小限であることを確保するように作られていること,昭和三七年ころから,日本の百日咳混合ワクチンを国際標準ワクチンと比較すると,日本のワクチンはかなり力価が高く副作用の点で問題があるから,現行ワクチンの力価及び百日咳菌含有量を減らす必要があるとする見解があり,同様の見解は,昭和四〇年,昭和四二年,昭和四三年,昭和四五年と繰り返し出されていたこと,日本においては,虚弱児や乳幼児に対し,副作用に対する懸念等の理由で必ずしも規定接種量が守られず,止むを得ず減量接種を行つているという現状があつたこと,岡山県医師会は,昭和四七年に,百日咳ワクチン接種による事故を防止するため0.3ミリリットル三回の減量接種に踏み切つたが,当時,各種文献資料を検討した結果,右接種量でも,なお充分免疫効果があるとの確信が持たれていたこと,右減量接種によつてもけいれん発生頻発の副反応が発生したこと,百日咳ワクチンの一回の接種量を滅らしても接種間隔によつては免疫効果はほとんど劣らないとの報告がいくつか出されたことから,昭和四八年の日本医学会総会において,百日咳ワクチン接種量は副反応を軽減するためと免疫効果の点から0.5ミリリットル宛三回接種で充分であるとの意見が出されたこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,証人金井興美の証言及び〈乙号証〉を総合すれば,日本の昭和二四年の百日咳ワクチン基準は,アメリカ合衆国ミシガン州の二〇〇億の菌数を一か月間隔で三回合計六〇〇億接種するという方法をもとにして定められたものであること,百日咳ワクチンは,実際の製造における使用菌株とか不活化の方法により力価が変動しやすいこと,日本において昭和三〇年から昭和四三年ころまでは,百日咳ワクチンの検定において力価が足りないで不合格となつたものが非常にたくさんあつたこと,WHOの標準ワクチンの一回接種量は四単位以上とされているのに対し,わが国では7.2単位の接種が行われているのは,検定誤差等を考慮してのことであつて,百日咳ワクチンは四単位以上に力価を上げても防御効果はさほど上がるものではないが,四単位より下まわつた場合はたちまち効果がなくなるものであり,四単位といつてもデリケートな条件の動物実験をやつて決めるものであるから,同一人が同一ロットのワクチンを検定しても三倍位の差が生じ,四単位とされていても1.3単位しかないという可能性もあり,日本のワクチンのように7.2単位としておく方が効かないワクチンが出て来る可能性が少ないこと,WHOの国際基準は力価の最小が四単位であつてそれ以上の力価を要求しており,安全性については菌量で規制しているものであること,アメリカ合衆国のワクチンはWHOの濁度基準で作られたワクチンの倍の菌数をもつていること,発熱,接種局所反応などは接種する菌量が多ければ多いほど頻度が高くなるといえるが,脳症,ショック,けいれん等の副反応の発生頻度は,日本のワクチンの菌量とWHOの国際標準ワクチンの菌量の差程度によつては影響を受けないとの見解があること,日本における専門的研究成果が集積され,また力価の安定したワクチンが作られるようになつたことから,伝染病予防調査会予防接種部会等において検討された結果,日本のワクチンの力価が高すぎるとの見解が反映されて,昭和四八年,昭和五一年に接種量や菌数についての基準が改正されて来たものであつて,その改正前においては従来の接種量,菌数を肯定する見解があつたこと,日本においては,百日咳ワクチンについて四つの安全試験が行われており,WHOの定める基準よりも厳格であつて,ワクチンの品質管理という点では世界のトップレベルにあること,がそれぞれ認められる。

 以上の諸事実を総合勘案すれば,予防接種の専門家の間において日本の百日咳ワクチンの接種量,菌量の是非について各見解の対立があつた本件各接種当時(具体的には各被害児が百日咳ワクチンあるいは百日咳混合ワクチンの接種を受けた昭和三三年から昭和四七年までの間)において,厚生大臣として,百日咳ワクチン,百日咳混合ワクチンにつき,必要最小限の接種量(菌数,力価)を定めるべき注意義務に違反したものと認めることはできない。

  (b) 種痘の規定量を守らせるための措置不充分の過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)④(b)の事実中,種痘の接種量及び術式を定めるにあたつては,免疫をつけるのに必要最小量が接種されるように定め,また,種痘の接種にあたつては決められた接種術式により規定量を厳格に守つて接種すべきものである事実,わが国では,昭和三三年の予防接種実施規則で,種痘は切皮法または多圧法(乱刺法)で行うものと定められ,痘苗の接種量は一人0.01ミリリットルとし,切皮法は皮膚を緊張させ痘苗を塗つた後,針で長さ五ミリメートルの十字に切皮して行い,第一期種痘では切皮は二個とされ,また,多圧法(乱刺法)は,緊張した皮膚面に0.01ミリリットルの痘苗を三ミリメートルの円形に塗り,それに針先をあて圧迫し,表皮に傷をつけ,圧迫回数は第一期種痘では一〇から一五回とされた事実,その後昭和四五年六月一八日付通知により,第一期の種痘はなるべく多圧法によるよう指導がなされるとともに,多圧法の回数を従来の一〇ないし一五から五ないし一〇回に減らし,多圧の範囲は従来三ないし五ミリメートルの円内とされていたものを直径三ミリメートル以内とすると定められた事実,更に,昭和五一年の予防接種実施要領では接種後一分以上経過した後残つているワクチンをふきとるべきことが指示された事実は,当事者間に争いがない。

 右争いのない事実及び〈乙号証〉を総合すれば,昭和三三年以前は厚生省告示の痘そう予防接種心得により,昭和三三年以後は厚生省令の予防接種実施規則により,種痘の接種量,接種術式等が定められたこと,昭和三四年に厚生省公衆衛生局長は,各都道府県知事宛に「予防接種の実施方法について」と題する通知を発して,予防接種法に規定する予防接種の実施に当つては予防接種法及びこれに基づく命令の定めるところによるほか「予防接種実施要領」によることとするとの指導をしており,右通知に添付された予防接種実施要領には,都道府県知事又は市町村長は,予防接種の実施に当つては,あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して,実施計画の大要を説明し,予防接種の種類,対象,関係法令等を熟知させることとの記載があつたこと,その後昭和四五年六月に厚生省公衆衛生局長は,各都道府県知事宛に「種痘の実施について」と題する通知を発して,種痘の接種術式について新たな指導を行つたこと,また,同年八月には,厚生省公衆衛生局長は,各都道府県知事宛に,同じく「種痘の実施について」と題する通知を発して,関係者の指導の際に「種痘の手引き」を利用せられたいとの指導を行つており,右通知に添付された種痘の手引きには,種痘の術式等について極めて詳細な注意事項が記載されていたこと,がそれぞれ認められる。

 以上のとおり,種痘の接種量,接種術式について明らかな定めがなされ,これに基づいて各都道府県知事に対し各指導がなされている以上,各実施主体及び各接種担当者としては,当然に右定めを知りこれを遵守すべきものであつたと解するのが相当である。

 従つて,以上の諸事実に照らせば,仮に各被害児が本件各接種により種痘の過量接種を受けた事実があるとしても,右事実から直ちに,厚生大臣が本件各接種当時(具体的には原告らが種痘の過量接種を受けたと主張する各被害児が接種を受けた昭和三一年から昭和四九年までの間)において,本件各接種の各実施主体並びに各接種担当者に対し,規定量を超えた痘苗の接種が危険であるから,定められた接種量や術式を厳格に守るべきことを周知徹底すべき注意義務を負つていたにもかかわらず,これを怠つたものであるとの事実を推認することはできず,他に右事実を認定するに足る証拠はない。

  (c) ポリオ生ワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)④(c)の事実中,わが国ではポリオ生ワクチンの規定量について,一回につき1.0ミリリットルと定められていた事実は当事者間に争いがない。

 〈乙号証〉によれば,厚生省公衆衛生局長は昭和三九年に,昭和三八年度下半期におけるポリオの特別対策について,各都道府県知事宛に「昭和三八年度下半期急性灰白髄炎特別対策における経口生ポリオワクチン投与の要領について」と題する通知を発して,投与の術式については,「投与液を一ミリリットルあて消毒したピペット等で計量しスプーンに取り分け服用させること,投与直後大半を吐き出した場合は,あらためて一ミリリットルの投与液を服用させること,投与液の分注は瓶のゴム栓を取り除いて,一ミリリットルの計量が正しくできるピペット等を用いて行うこと」等を指導していること,ポリオ生ワクチンが法定接種とされたのちは,昭和三九年の予防接種実施規則により,接種量は毎回1.0ミリリットルとすると定められたこと,同年の各都道府県知事宛「予防接種の実施について」と題する厚生省公衆衛生局長通知により,予防接種法に規定する予防接種の実施に当つては,予防接種法及びこれに基づく命令の定めるところによるほか,「予防接種実施要領」によることとする旨の指導がなされ,右通知に添付された予防接種実施要領には,経口生ポリオワクチンの接種は年齢に関係なく希釈した経口生ポリオワクチン一ミリリットルを経口投与すること,希釈した経口ポリオ生ワクチンは,消毒したピペット等で計量し,接種用さじに一ミリリットルずつ注入し服用させること,投与直後接種液の大半を吐き出した場合は,あらためて一ミリリットルの投与液を服用させること,等が定められていたこと,また,同予防接種実施要領には,都道府県知事又は市町村長は,予防接種の実施に当つては,あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して,実施計画の大要を説明し,予防接種の種類,対象,関係法令等を熟知させることとの記載があつたこと,がそれぞれ認められる。

 以上のとおり,ポリオ生ワクチンの接種量について明らかな定めがなされ,これに基づいて各都道府県知事に対する各指導がなされている以上,各実施主体及び各接種担当者としては当然に右定めを知り,これを遵守すべきものであつたと解するのが相当である。

 従つて,以上の諸事実に照らせば,仮に各被害児(具体的には原告らがポリオ生ワクチンの過量接種を受けたと主張する被害児井上明子(二四の一))が本件各接種によりポリオ生ワクチンの過量接種を受けた事実があるとしても,右事実から直ちに,厚生大臣が本件各接種当時(具体的には右被害児井上明子(二四の一)が接種を受けた昭和四三年五月一〇日)において,本件各接種の各実施主体並びに各接種担当者に対し,ポリオ生ワクチンの規定量を守るべきことを周知徹底すべき注意義務を負つていたにもかかわらず,これを怠つたものであるとの事実を推認することはできず,他に右事実を認定するに足る証拠はない。

  (a) インフルエンザワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)④(d)の事実中,わが国では,昭和二八年のインフルエンザ予防接種施行心得により,一三歳以上の者には1.0ミリリットルを,一三歳未満の者には0.5ミリリットル以下を,それぞれ一回皮下または筋肉内に注射すると定められ,昭和三三年制定の予防接種実施規則でも同様に規定された事実,その後,昭和三七年の予防接種実施規則の改正により,一五歳以上の者にあつては0.5ミリリットルを,六歳以上一五歳未満の者にあつては0.3ミリリットルを,一歳以上六歳未満の者にあつては0.2ミリリットルを,一歳未満の者にあつては0.1ミリリットルを,各二回,一週間から四週間の間隔をおいて皮下に注射するように定められた事実は,当事者間に争いがない(但し,右の「一週間から四週間の間隔をおいて」と定められたのは後記認定のとおり昭和四七年の予防接種実施規則の改正によつてであり,それまでは「おおむね一週間の間隔をおいて」とされていたものである。)。

 昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の乙第一八ないし同第二七号証,同第二九ないし同第三一号証によれば,厚生省公衆衛生局長は,昭和三七年から昭和四九年まで毎年,各都道府県知事宛に,当該年度における「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通知(但し,昭和四二年度は「日本脳炎等予防特別対策について」と題する通知)を発して,インフルエンザ予防特別対策について,右通知に添付された当該年度の実施要領に基づいて実施するよう指導していたものであり,右各年度における実施要領にはいずれもインフルエンザワクチンの接種方法についての定めがあり,昭和三七年の実施要領では,「接種量は三か月以上一年未満0.1ミリリットル,一年以上六歳未満0.2ミリリットル,六歳以上一五歳未満0.3ミリリットル,一五歳以上0.5ミリリットルを約二週間の間隔で二回皮下に注射すること,ただし,事情によつてこの間隔が一週間より若干は延長されても差し支えないこと」と記載され,昭和三八年から昭和四六年までの実施要領では,「接種方法は,予防接種実施規則第二四条の規定によること,即ち,接種量は三か月以上一年未満0.1ミリリットル,一年以上六歳未満0.2ミリリットル,六歳以上一五歳未満0.3ミリリットル,一五歳以上0.5ミリリットルを約一週間(昭和四四年以降は「約」でなく「おおむね」とされている。)の間隔で二回皮下に注射すること」と記載され,昭和四七年以降の実施要領では,従前の実施要領における「おおむね一週間の間隔をおいて」という記載が「一週間から四週間の間隔をおいて」と訂正された以外は従前の実施要領と同様の記載がされていたことが認められる。

 以上のとおり,インフルエンザワクチンの接種量について明らかな定めがなされ,これに基づいて各都道府県知事に対する各指導がなされている以上,各実施主体及び各接種担当者としては当然に右定めを知り,これを遵守すべきものであつたと解するのが相当である。

 従つて,以上の諸事実に照らせば,仮に各被害児(具体的には原告らがインフルエンザワクチンの過量接種を受けたと主張する被害児吉原充(一の一)が本件各接種によりインフルエンザワクチンの過量接種を受けた事実があるとしても,右事実から直ちに,厚生大臣が本件各接種当時(具体的には右被害児吉原充(一の一)が接種を受けた昭和三九年一一月九日)において,本件各接種の各実施主体並びに各接種担当者に対し,インフルエンザワクチンの規定量を守るべきことを周知徹底すべき注意義務を負つていたにもかかわらず,これを怠つたものであるとの事実を推認することはできず,他に右事実を認定するに足る証拠はない。

  (e) 百日咳ワクチンの規定量を守らせるための措置不充分の過失について

 請求の原因第四項2(3)④(e)の事実中,わが国においては,百日咳ワクチン及びその混合ワクチンについて,接種量については,昭和二五年百日咳予防接種心得によれば,百日咳ワクチンの初回免疫第一回1.0ミリリットル,第二,第三回1.5ミリリットル,追加免疫1.0ミリリットル,昭和三三年予防接種実施規則によれば,百日咳ワクチンの第一期第一回1.0ミリリットル,第二,第三回1.5ミリリットル,第二期1.0ミリリットル,百日咳混合ワクチンの第一期第一回0.5ミリリットル,第二,第三回1.0ミリリットル,第二期0.5ミリリットル,昭和四八年予防接種実施規則によれば,百日咳混合ワクチンの第一期第一回0.5ミリリットル,第二,第三回0.5ミリリットル,第二期0.5ミリリットル,昭和五一年予防接種実施規則によれば,百日咳ワクチンの第一期0.5ミリリットル三回,第二期0.5ミリリットルと定められていた事実は,当事者間に争いがない。

 〈乙号証〉によれば,厚生省公衆衛生局長は昭和三四年に各都道府県知事宛に「予防接種の実施方法」についてと題する通知を発して,予防接種法に規定する予防接種の実施に当つては予防接種法及びこれに基づく命令の定めるところによるほか「予防接種実施要領」によることとするとの指導をしており,右通知に添付された予防接種実施要領には,「都道府県知事又は市町村長は,予防接種の実施に当つては,あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して,実施計画の大要を説明し,予防接種の種類,対象,関係法令等を熟知させること」との記載があり,また接種用具の整備として,一定の大きさの注射器を揃えておくことについても記載があり,昭和三六年の予防接種実施要領では,揃えておくべき注射器は二ミリリットル以下のものとされたこと,これは一本の注射器で数人分のワクチンを吸収して分割接種する場合に過量に接種することを避けるためであること,がそれぞれ認められる。

 以上のとおり,百日咳ワクチン,百日咳混合ワクチンの接種量について明らかな定めがなされ,これに基づいて各都道府県知事に対し各指導がなされている以上,各実施主体及び各接種担当者としては,当然に右定めを知りこれを遵守すべきものであつたと解するのが相当である。

 従つて,以上の諸事実に照らせば,仮に各被害児(具体的には原告らが百日咳混合ワクチンの規定接種量を超える接種を受けたと主張する被害児藤井玲子(五〇の一)が本件各接種により百日咳ワクチン,百日咳混合ワクチンの規定接種量を超える接種を受けた事実があるとしても,右事実から直ちに,厚生大臣が本件各接種当時(具体的には右被害児藤井玲子(五〇の一)が接種を受けた昭和三七年一二月四日)において,本件各接種の各実施主体並びに各接種担当者に対し,百日咳ワクチン,百日咳混合ワクチンにつき少なくとも規定量を超える接種を行うことがないよう周知徹底すべき注意義務を負つていたにもかかわらず,これを怠つたものであるとの事実を推認することはできず,他に右事実を認定するに足る証拠はない。

 ⑤ 他の予防接種との間隔を充分にとらないで接種を実施させた過失について

  (a) 接種間隔の定め方を誤つた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)⑤(a)の事実中,生ワクチン相互では,一つの予防接種と他の予防接種が近接して行われると免疫産生のうえで干渉が起こる可能性がある事実,現在では,混合ワクチンを除き種類の異なるワクチンの同時接種を避けること及び生ワクチン相互は一か月の間隔を保つこととされている事実,わが国においては,昭和三六年の予防接種実施要領改正において「混合ワクチン以外は二種類以上を同時接種しない」ことを定め,昭和三九年の予防接種実施規則が,「ポリオワクチン接種後二週間は種痘を,種痘後二週間はポリオワクチンの接種をしない」ことを定め,昭和四五年の予防接種実施規則改正により「ポリオ又は麻しんワクチン接種後一か月以内は種痘を,種痘又は麻しんワクチン接種後一か月以内はポリオワクチンの接種をしない」ことを定め,通知により,右実施規則の解釈として,「生ワクチン接種後一か月は他のワクチンの接種をしない趣旨」とされた事実,不活化ワクチン接種後一週間は他のワクチン接種をしてはならないことについて実施規則,通知等で何ら指示がなされていない事実は,当事者間に争いがない。

 証人ジョージ・ディック,同白井徳満,同白木博次の各証言及び昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈甲号証〉を総合すれば,複数の予防接種を実施する場合に接種間隔をあける必要があるのは,ワクチン接種による副作用が発生するおそれのある期間に他の予防接種を行うと人体に対する強いストレスが加わることになり,あるいは一方のワクチンに人体の免疫産生能力が奪われることになり,ワクチンによる副作用が発生する危険性が増大するからであり,また,二つの副作用が重なることによつて重大な結果をもたらす危険性があるからであるとの見解があること,同様の見解として,昭和四一年に中村文弥は,種痘と三種混合ワクチンの同時接種に反対する理由として,副作用その他の点からということをあげていること,昭和四二年に国分義行は,種痘と二種混合ワクチンとの同時接種は少なくとも第一回注射時には避けねばならないことが実験的に証明されており,各種予防接種の同時接種は幼若な乳児に対して大きな負担を与えるのみならず,いろいろの副作用を惹起するとの見解を示していること,大谷杉士は,不活化ワクチン接種後二週間位は間隔をあけて他の予防接種をすべきであり,その理由は,ワクチン接種によつて体にかなりの負担がかけられているので,次のワクチンを正常に迎え得るように体の態勢が整つてから次の予防接種をする方がよいという生理的一般論であるとの見解を有していること,証人ジョージ・ディックは,生ワクチン接種後免疫学的な安全期間として少なくとも三週間はおいて,最初の生ワクチンによつて起こる副作用の発生を見極めたうえで次の接種を行うべきであるとの見解を有していること,昭和五〇年当時,木村三生夫らにより,ワクチン同志ではお互いに約一か月,不活化ワクチン同志では約一週間以上,不活化ワクチン接種後に生ワクチン接種をする場合は約一週間以上,生ワクチン接種後に不活化ワクチンを接種する場合は約一か月の各期間をあけることが望ましいとの見解が出されたこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,前記当事者間に争いのない事実に照らせば,わが国においては,予防接種の間隔について適宜改正が行われて来たものと認めるのが相当であり,かかる事実に照らせば,右認定の諸事実から直ちに,厚生大臣が本件各接種当時(具体的には,各被害児が昭和四五年以前において生ワクチン接種後一か月以内に他のワクチンの接種を受けた昭和三七年から昭和四三年までの間,各被害児が不活化ワクチン接種後一週間以内に他のワクチンの接種を受けた昭和三三年から昭和四五年までの間,各被害児が昭和三六年以前において混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を受けた昭和三二年)において,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種及び生ワクチン接種後一か月以内,不活化ワクチン接種後一週間以内の他のワクチンの接種を禁止すべき注意義務を負つていたとの事実を推認することはできず,他に右事実を認定するに足る証拠はない。

  (b) 複数同時接種の禁止を守らせるための措置不充分の過失について

 被害児梶山桂子(一五の一)が昭和四〇年九月八日に百日咳・ジフテリア二種混合ワクチンと種痘の同時接種を受けた事実は当事者間に争いがなく,甲第四一五号証の三によれば,東京都中野区において,昭和四〇年九月当時,種痘と百日咳・ジフテリア二種混合ワクチンの同時接種の実施計画を組んだ接種が実施されていたことが,原告高田敏子(四〇の三)本人尋問の結果及び甲第四四〇号証の一によれば,被害児高田正明(四〇の一)が昭和三七年一二月八日に種痘と百日咳・ジフテリア二種混合ワクチンの同時接種を受けたことが,それぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,〈乙号証〉によれば,厚生省公衆衛生局長は,昭和三四年に,各都道府県知事宛に「予防接種の実施方法について」と題する通知を発して,予防接種の実施に当つては予防接種法及びこれに基づく命令の定めるところによるほか「予防接種実施要領」によることとすることとの指導をしており,右通知に添付された予防接種実施要領には,「都道府県知事又は市町村長は,予防接種の実施に当つては,あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して,実施計画の大要を説明し,予防接種の種類,対象,関係法令等を熟知させること」との記載があり,また,昭和三六年の予防接種実施要領では,「混合ワクチンを使用する場合を除き,二種類以上の予防接種を同時に同一対象に対して行うことは,避けること」とされたこと,が認められ,以上のとおり,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種の禁止について明らかな定めがなされ,これについて各都道府県知事に対する指導がなされている以上,各実施主体及び各接種担当者としては,当然右定めを知りこれを遵守すべきものであつたと解するのが相当である。

 右事実に照らせば,前記認定の混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種が行われたとの事実から直ちに,厚生大臣が昭和三六年以降の本件各接種当時(具体的には前記のとおり被害児梶山桂子(一五の一)及び被害児高田正明(四〇の一)が接種を受けた昭和三七年及び昭和四〇年)において,本件各接種の各実施主体及び各接種担当者に対し,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種が禁止されることを周知徹底すべき注意義務を負つていたにもかかわらず,これを怠つたものであるとの事実を推認することはできず,他に右事実を認定するに足る証拠はない。

 ⑥ 接種会場の管理に瑕疵のある状態で接種を実施させた過失について

 請求の原因第四項(責任)2(五)(3)⑥の事実中,厚生大臣としては,本件各接種の各実施主体に対し,被接種者の生命・身体および健康等の安全を配慮した接種会場の管理をするよう監督,指導すべきであつた事実は,当事者間に争いがない。

 原告大平康子(五一の三)本人尋問の結果によれば,被害児大平茂(五一の一)は,昭和三八年三月二二日に本件接種を受けたが,当日は寒風の強い日であつたにもかかわらず,大勢の接種を受けようとする人々が接種会場の屋外に列を作つて待たされており,生後六か月にも達しない同児が約四〇分も寒風のふきすさぶ屋外で待たされたことが認められ,昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の甲第二六号証によれば,昭和三四年ころ,集団接種の接種場所に小,中学校の校舎が利用されていて,冬でも消毒のための火種としての炭火鉢一つしかなく,ほこりだらけの冷たい教室で多くの乳児が半裸で泣きわめいているという光景があつたことが,それぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,乙第四六号証の三及び弁論の全趣旨によれば,厚生省公衆衛生局長は,昭和三四年に,各都道府県知事宛に「予防接種の実施方法について」と題する通知を発令して,予防接種法に規定する予防接種の実施に当つては予防接種法及びこれに基づく命令の定めるところによるほか「予防接種実施要領」によることとすることとの指導をしており,右通知に添付された予防接種実施要領には,「接種又は検診の場所」と題して,接種場所の選定について配慮すべきことが記載されており,その中には「冬期には充分な暖房設備を備えていること」との記載があること,予防接種実施要領は,「予防接種法に規定する予防接種の実施の場合のみならず,予防接種法に基づかない勧奨接種の場合にも遵守されるべきものであること」と定められていることがそれぞれ認められる。

 右事実に照らせば,前記認定の集団接種における会場の実状に関する事実から直ちに,厚生大臣が本件各接種当時(具体的には原告らが接種会場の管理に瑕疵のある状態で接種を受けたと主張する被害児大平茂(五一の一)が接種を受けた昭和三八年三月二二日)において,本件各接種の各実施主体に対し,被接種者の安全を配慮した接種会場の管理をするよう監督,指導すべき注意義務を負つていたにもかかわらず,これを怠つたものであるとの事実を推認することはできず,他に右事実を認定するに足る証拠はない。

 更に,具体的には,被害児大平茂(五一の一)が接種を受けた会場の管理に瑕疵ある状態であつたとする事実を認定するに足る証拠はない。

  3(一) 請求の原因第四項(責任)3(一)の事実は当事者間に争いがない。

   (二) 請求の原因第四項(責任)3(二)の事実中,本件各接種のうち勧奨接種について,接種を行つた各接種担当者は,右接種の実施主体である各地方公共団体から委嘱を受けて,当該地方公共団体の公権力の行使に当る公務員として右接種を行つたものである事実は,当事者間に争いがない。

 被告国が,勧奨接種の実施主体である各地方公共団体に対し,勧奨接種の実施方法,目的,実施の対象,時期,実施主体,実施形式,接種方法,禁忌,費用負担等について詳細に定めて行政指導を行つていても,右争いのない事実によれば,勧奨接種の実施は,被告国の公権力の行使として行われるものではなく,各地方公共団体の固有の公権力の行使として行われるものであるから,かかる公権力の行使を管理する行政主体は被告国ではなく,被告国が国家賠償法三条一項にいう公務員の監督に当る者ということはできない。

 また,乙第一号証によれば,勧奨接種には,実施主体の各地方公共団体に対し,被告国から一定の国庫補助がなされる場合があり,それが特別対策と称されることが認められるが,補助金の交付は国家賠償法三条一項にいう費用の負担には該当しないと解される。

 以上により,被告国は,勧奨接種につき,接種担当者の過失によつて生じた損害について国家賠償法上の損害賠償責任を負うことはない。

   (三) そこで,以下,本件各接種のうち,法五条所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものについて,被告国の公権力の行使に当る公務員として右接種を行つた各接種担当者が,右接種を行うにつき,本件各事故発生についての過失があつたか否かについて判断することとする。

    (1) 請求の原因第四項(責任)3(三)(1)の主張について判断するに,国家賠償法一条一項の規定に照らせば,同項にいう公務員の過失の存在については賠償を請求する者においてその立証責任を負うものと解され,原告らが主張するようなその立証責任を転換すべきであるとする合理的理由はない。

    (2) 本件各接種の各接種担当者が,本件各接種を行うについて,予防接種事故を発生させる危険性,蓋然性があり,それを未然に防止すべき注意義務に違反することがあつたときは,事故発生についての過失があつたと推定するのが相当である。

 そこで,以下原告らの主張する各接種担当者の具体的過失としての三つの注意義務違反(事故発生についての具体的過失)の存否について順次判断することとする。

 ① 禁忌該当者に接種を行つた過失について

 請求の原因第四項(責任)3(三)(2)①の事実中,各接種担当者は,本件各接種当時設定されていた禁忌事項のいずれかに該当する者に対しては接種を行うべきではなかつたとする事実は当事者間に争いがない。

 ところで,乙第四六号証の二によれば,予防接種実施規則四条が,「接種前には,被接種者について,体温測定,問診,視診,聴打診等の方法によつて,健康状態を調べ,当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には,その者に対して予防接種を行つてはならない。」と定めて禁忌事項を掲げていることが,また,乙第四六号証の三によれば,昭和三四年一月二一日衛発第三二号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通達「予防接種の実施方法について」に添付された「予防接種実施要領」には,「予診の結果,異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては,原則として,当日は予防接種を行わず,必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること」と定められていたことが,それぞれ認められる。

 右予防接種実施規則四条は,予診の方法として,問診,視診,体温測定,聴打診等の方法を規定しているが,予防接種を実施する医師は,右の方法すべてによつて診断することを要求されるわけではなく,特に集団接種のときは,まず問診及び視診を行い,その結果異常を認めた場合または接種対象者の身体的条件等に照らし必要があると判断した場合のみ,体温測定,聴打診等を行えば足りると解するのが相当である(予防接種実施要領第一の九項2号参照)。そして,問診は,医学的な専門知識を欠く一般人に対してなされるものであるから,質問の趣旨が正しく理解されなかつたり,的確な応答がされなかつたり,素人的な誤つた判断が介入し,そのため充分な対応がなされなかつたりする危険性ももつているものであり,予防接種を実施する医師としては,問診するにあたつて,接種対象者またはその保護者に対し,単に概括的,抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず,禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問,即ち予防接種実施規則四条所定の症状,疾病,体質的素因の有無及びそれらを外部的に徴表する諸事由の有無を具体的に,かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務があるというべきである。もとより集団接種の場合には時間的,経済的制約があるから,その質問の方法は,すべて医師の口頭質問による必要はなく,質問事項を書面に記載し,接種対象者またはその保護者に事前にその回答を記入せしめておく方法(いわゆる問診票の利用)や,質問事項または接種前に医師に申述すべき事項を予防接種実施場所に掲記公示し,接種対象者またはその保護者に積極的に応答,申述させる方法や,医師を補助する看護婦等に質問を事前に代行させる方法等を併用し,医師の口頭による質問を事前に補助せしめる手段を講じることは許容されるが,医師の口頭による問診の適否は,質問内容,表現,用語及び併用された補助方法の手段の種類,内容,表現,用語を総合考慮して判断すべきである(最高裁判所昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決集三〇巻八号八一六頁参照)。

 右の考え方は,医師でない者が現実の接種行為を行つた場合にも妥当するものと解するのが相当である。

 また,昭和三三年九月一七日の予防接種実施規則制定以前においても,各接種担当者は右に述べた方法により適切な予診を行い,各予防接種施行心得により定められていた各禁忌事項に該当する者を識別すべきものであつたと解するのが相当である。

 そして,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な場合の措置に関する前記予防接種実施要領の定めが置かれる以前においても,予診により何らかの異常が認められ,これが禁忌事項に該当するかどうかの判定が困難な場合に,禁忌事項に該当するかどうか不明のまま接種を行つてはならないことは接種担当者としては,当然のことであると解される。

 以上によれば,各接種担当者は,被接種者に対し,右に述べた方法により適切な予診を行い,その結果,予防接種施行心得あるいは予際接種実施規則の定める禁忌事項に該当すると判断された場合はもちろんのこと,異常が認められるが右禁忌事項に該当するか否かの判定が困難な場合にも,当日は予防接種を行わないようにすべき注意義務を負つているものと解するのが相当である。

 そして,予防接種施行心得あるいは予防接種実施規則により禁忌事項が定められた趣旨に照らせば,各接種担当者が右注意義務に違反して接種を行つたときは,かかる注意義務違反は予防接種事故を発生される危険性,蓋然性を有するものであり,かかる事実が認められる場合には,接種担当者は,事故発生についての過失があつたものと推定するのが相当である。

 なお,前記2(五)(3)③(a)で認定した諸事実に照らせば,各接種担当者が本件各接種当時において,予防接種施行心得あるいは予防接種実施規則により禁忌事項と定められていた事項以外で原告らが禁忌事項であると主張する各事項に該当する者に対して,接種を行つてはならない注意義務を負つていたものと認めることはできない。

 そこで,以下,本件各接種のうち,法五条所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものについて,その各接種担当者が,適切な予診を行わず,予防接種施行心得あるいは予防接種実施規則の定める禁忌事項に該当しあるいは異常が認められ右禁忌事項に該当するか否かの判定が困難な各被害児に対し,接種を行つたか否かについて個別的に判断することとする。

 〔1〕 被害児白井裕子(二の一)について

 原告白井哲之(二の二)本人尋問の結果及び甲第四〇二号証の七によれば,被害児裕子(二の一)は,昭和四五年二月末に風邪をひいていた事実が認められる。

 しかしながら,他方において,原告白井哲之(二の二)本人尋問の結果及び甲第四〇二号証の五及び七によれば,被害児裕子(二の一)は,本件接種当日は元気そのもので体調がよく,接種前に自宅で検温したときも平熱であつたことが認められる。

 以上の事実を総合すれば,被害児裕子(二の一)が本件接種当時,予防接種規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告白井哲之(二の二)本人尋問の結果によれば,被害児裕子(二の一)の父哲之(二の二)は,子供のころから皮膚が多少過敏でかぶれやすい傾向があり,虫さされなどに弱く,全身がかゆくなり,こすると赤くなつてその跡がいつまでも残るという体質を持つていること,同児の弟の直貴は,父に似て虫さされに弱く,その跡がずつと残るという体質を持つていること,同児の姉の淳子にも,呼吸器系にアレルギーを生じて来ていること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児裕子(二の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔2〕 被害児澤柳一政(五の一)について

 原告澤柳富喜子(五の三)本人尋問の結果及び甲第四〇五号証の七によれば,被害児一政(五の一)の母富喜子(五の三)は,同児は小さいころからよく風邪をひき,あせもや湿疹ができたりしたことがあり,裸にすると大腿部を絶えずかいていたことを記憶していること,同児の弟の英行はアレルギー体質であること,母富喜子(五の三)も気管や皮膚が弱いこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児一政(五の一)が本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔3〕 被害児尾田眞由美(六の一)について

 原告尾田節子(六の三)本人尋問の結果(第一回)及び甲第四〇六号証の二によれば,被害児眞由美(六の一)の出生時の体重は二七七〇グラムであり,生後一か月,二か月時の体重も標準以下であつたこと,同児の母節子(六の三)は,同児が出産予定日より二週間程早く出生し,その後の発育も良好でなく,生後一か月時の定期検診では,医師より栄養剤の注射をされ,母乳のほかにミルクも飲ませるように言われたことを記憶していること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児眞由美(六の一)が本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行なうことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「著しい栄養障害者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔4〕 被害児布川賢治(八の一)について

 甲第四〇八号証の二によれば,被害児賢治(八の一)の出生の際陣痛微弱により鉗子手術が行われたことが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児賢治(八の一)が本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔5〕 被害児服部和子(九の一)について

 被害児和子(九の一)が出生時の体重二二〇〇グラムの未熟児であつたことは当事者間に争いがなく,原告服部眞澄(九の三)本人尋問の結果及び甲第四〇九号証の三,四によれば,同児は双生児の第二児として軽度の仮死状態で出生したこと,同児の母眞澄(九の三)は,同児が出生後約一か月間哺育器に入つていたこと,三か月検診の際,標準より小さく,顔色は青白く,一見すると病的な感じを受けたこと,を記憶していること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児和子(九の一)が本件接種当時予防接種規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「著しい栄養障害者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告服部眞澄(九の三)本人尋問の結果によれば,被害児和子(九の一)の母眞澄(九の三)及び姉昭子が抗アレルギー的鼻炎の症状を有しており,また,母眞澄(九の三)の父はアルコールによつて湿疹が出る体質であつたことが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児和子(九の一)が本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔6〕 被害児伊藤純子(一一の一)について

 甲第四一一号証の二によれば,被害児純子(一一の一)の体重は,生後九か月一七日目の昭和四二年六月二日で八二五〇グラム,一〇か月二三日目の同年七月七日で同じく八二五〇グラム,一歳一か月二一日目の同年一〇月六日で八〇五〇グラムであり,同年六月と七月では体重の増加がなく,同年一〇月の体重は同年六月の体重より以下であつたこと,同児の身長は右同年六月以降いずれも標準数値を下まわつていたこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児純子(一一の一)が本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「著しい栄養障害者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔7〕 被害児田部敦子(一二の一)について

 原告田部チエ子(一二の三)本人尋問の結果によれば,被害児敦子(一二の一)の母チエ子(一二の三)は,同児が湿疹のできやすい子であり,本件接種の半年ほど前の昭和四一年三月八日に種痘の予防接種を同児に受けさせようとしたところ,当時同児の頭部に湿疹,いわゆる「くさ」のようなものができていたため,接種が行われなかつたこと,本件接種当時も同児の頭部に少々軽い「くさ」のようなものがあつたこと,を記憶していること,同児の母チエ子(一二の三)は昭和四四年ころからじん麻疹が出るようになり治療,投薬を受けていること,同児の父芳聖(一二の二)も若いころ寒冷じん麻疹が出たことがあること,同児の兄の聖裕は幼児のころじん麻疹が出て治療を受けたことがあること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,他方において,原告田部チエ子(一二の三)本人尋問の結果及び甲第四一二号証の一によれば,被害児敦子(一二の一)は,頭部にいわゆる「くさ」のようなものができていたため種痘の接種を受けなかつた昭和四一年三月八日以降本年接種までの間に,同年四月二五日,同年六月一四日,同年七月七日にジフテリア・百日咳二種混合ワクチンの,同年五月一一日にポリオ生ワクチンの,同年五月三一日,同年六月七日に日本脳炎ワクチンの各接種を受けており,これらの各接種当時同児の体調に異常はなかつたことが認められる。

 右事実に照らせば,前記認定事実が直ちに,被害児敦子(一二の一)が本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」,「種痘については,まん延性の皮膚病にかかつている者で,種痘により障害を来すおそれのある者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔8〕 被害児田中耕一(一三の一)について

 原告田中靖子(一三の三)本人尋問の結果によれば,被害児耕一(一三の一)の母靖子(一三の三)は,同児が本件接種の一か月位前から緑茶色の粘液状の便を出し,小児科の二見医院に通院し,消化不良の診断を受けて投薬を受けていたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,他方において,原告田中靖子(一三の三)本人尋問の結果によれば,同人が本件接種の前日に右二見医院において被害児耕一(一三の一)を診察してもらい,明日ポリオ生ワクチンの接種を受けてもよいかどうかを尋ね,医師より大丈夫だと言われたことが認められる。

 右事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,被害児耕一(一三の一)が本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」,「急性灰白髄炎の予防接種については,下痢患者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔9〕 被害児梶山桂子(一五の一)について

 原告梶山喜代子(一五の三)本人尋問の結果によれば,被害児桂子(一五の一)の母喜代子(一五の三)は,同児が牛乳を飲む度に口のまわりにぶつぶつができ,また生後少し経つたころ,頭頂部全体にわたりかさぶたのようなかぶれができたことがあることを記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児桂子(一五の一)が本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔10〕 被害児佐藤幸一郎(一六の一)について

 原告佐藤千鶴(一六の三)本人尋問の結果によれば,被害児幸一郎(一六の一)の母千鶴(一六の三)は,同児は軽い仮死状態で出生し,すぐ呼吸を始めたものの,その後の体重増加は標準以下であり,風邪をひきやすく,またよく下痢を起こしたため,近所の坂上医院でしばしば診療を受けていたこと,坂上医師から,同児は風邪をひきやすい体質あるいは虚弱体質などと言われていたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児幸一郎(一六の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告佐藤千鶴(一六の三)本人尋問の結果及び甲第四一六号証の四,同号証の九によれば,被害児幸一郎(一六の一)は,昭和三五年一月末ころ耳下腺炎に罹患し,二週間位保育園を休み,それが治癒して間もなくの同年二月初旬ころ水痘に罹患し,二週間位保育園を休んだこと,同児の母千鶴(一六の三)は,同児を連れて,同年二月末から同年三月一〇日ころまで広島県呉市に旅行をし,その後同月末から同年四月初めにかけて新潟県村上市に旅行をしたこと,その旅行の影響もあつて,同児は本件接種の一週間位前に風邪をひいたこと,を記憶していること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児幸一郎(一六の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔11〕 被害児渡邊和彦(一七の一)について

 原告渡邊孝雄(一七の二)本人尋問の結果及び甲第四一七号証の二によれば,被害児和彦(一七の一)は,在胎一〇か月の出産であつたが,同児の母豊子(一七の三)は妊娠中,尿中のたん白量が極めて多く,そのため,入院治療が必要とされ,同児は出生時の体重一三〇〇グラムの超未熟児として出生したこと,同児は出生後一か月半程哺育器に入れられて育てられたこと,同児の生後四か月目の体重は四五〇〇グラムで標準体重六一五〇グラムの四分の三以下しかなかつたこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児和彦(一七の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「著しい栄養障害者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔12〕 被害児徳永恵子(一八の一)について

 原告徳永和枝(一八の三)本人尋問の結果及び甲第四一八号証の二によれば,被害児恵子(一八の一)は,出生時の体重は三四〇〇グラムであつたが生後三か月二五日目の体重は五四五〇グラムで標準体重を下回つていたこと,同児の母和枝(一八の三)は,母乳が不足気味で同児の発育は必ずしも順調でなく,生後三か月から五か月位の間は,保健所で栄養失調気味であると言われたことを記憶していること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児恵子(一八の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「著しい栄養障害者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告徳永和枝(一八の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児恵子(一八の一)が本件接種の一週間以前に保健所で行われた種痘接種の際は風邪気味であつたため接種を受けなかつたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,原告徳永和枝(一八の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児恵子(一八の一)が本件接種当日に風邪をひいた様子ではなかつたことを記憶しており,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時予防接種実施規定が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 更に,原告徳永和枝(一八の三)本人尋問の結果によれば,被害児恵子(一八の一)の母和枝(一八の三)は,同人が冷い風にあたるとその部分に湿疹のようなものができたことがあること,同児の父保春(一八の二)は飲酒によりじん麻疹のようなものが出たことがあること,を記憶していることが,甲第四一八号証の二によれば,同児は本件接種前の昭和四〇年一一月一三日に接種を受けた三種混合ワクチンにより発熱したことが,それぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児恵子(一八の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔13〕 被害児鈴木増己(一九の一)について

 原告鈴木節(一九の三)本人尋問の結果及び甲第四一九号証の六の一,同号証の六の三,同号証の六の四によれば,被害児増己(一九の一)は皮膚が弱く湿疹ができやすい過敏体質であつたこと,同児の母節(一九の三)も湿疹性の体質であつたこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,痘そう予防接種心得では「アレルギー体質者」は禁忌とされておらず(痘そう予防接種施行心得の内容は公知の事実である。),右認定事実から直ちに,被害児増己(一九の一)が,本件接種当時痘そう予防接種施行心得が定める「まん延性の皮膚病にかかつている者で種痘により障害を来す虞のある者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔14〕 被害児小林浩子(二一の一)について

 原告小林こう(二一の三)本人尋問の結果及び甲第四二一号証の二によれば,被害児浩子(二一の一)は体重二三五〇グラムの未熟児で出生したこと,同児の母こう(二一の三)は,同児の在胎は九か月と一週間で予定日より三週間早い早産であつたことを記憶していること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,原告小林こう(二一の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児浩子(二一の一)が生後四か月少し過ぎて標準体重に達し,本件接種当時は標準体重を超えていたことを記憶しており,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時痘そう予防接種施行心得が定める「著しく栄養障害に陥つている者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告小林こう(二一の三)本人尋問の結果によれば,同人は幼児のころ疫痢にかかりその後は,ぜんそくのアレルギーを持つ患者であり,被害児浩子(二一の一)の姉佳子は幼児のころストロフルス(小児性麻疹様苔癬)があり,長じてからはアレルギー性鼻炎が発現していること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,痘そう予防接種施行心得では「アレルギー体質者」は禁忌とされておらず,右認定事実から直ちに,被害児浩子(二一の一)が,本件接種当時,痘そう予防接種施行心得が定める禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔15〕 被害児上野一樹(二二の一)について

 原告上野忠志(二二の二)本人尋問の結果及び甲第四二二号証の七によれば,被害児一樹(二二の一)の母厚子(二二の三)は気管支ぜんそくを患つており,結婚したときから気候の変り目などに呼吸困難に陥るような症状を呈したことがあつたこと,同児の父忠志(二二の二)は四十数年にわたり皮膚病的なかゆみに悩まされていたこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児一樹(二二の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔16〕 被害児井上明子(二四の一)について

 被害児明子(二四の一)が昭和四三年五月一二日に発熱し,同月一五日,下痢及び風疹様発疹ができ,右両日及び同月一七日に通院加療を受け,また同年六月八日に発熱した事実は,当事者間に争いがない。

 原告井上たつ(二四の三)本人尋問の結果及び甲第四二四号証の五及び六によれば,被害児明子(二四の一)は,本件ポリオ生ワクチン接種を受けてから帰宅した日の夕方に発熱し,翌朝には下痢があつたことが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児明子(二四の一)が,本件ポリオ生ワクチン接種当時予防接種実施規則が定める「有熱患者,その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「急性灰白髄炎の予防接種については,下痢患者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告井上たつ(二四の三)本人尋問の結果及び甲第四二四号証の五,六によれば,被害児明子(二四の一)は,本件二種混合ワクチン接種を受けた日の翌日に発熱,下痢をしていることが認められる。

 しかしながら,原告井上たつ(二四の三)本人尋問の結果によれば,被害児明子(二四の一)は昭和四三年五月一一日から同月一七日までは体調が悪く医師の治療を受けていたが,本件二種混合ワクチン接種当日は既に体調は回復し落着いていたので接種に連れて行つたものであることが認められ,この事実に照らせば,前記当事者間に争いのない事実及び前記認定事実から直ちに,同児が,本件二種混合ワクチン接種当時予防接種実施規則が定める「有熱患者,その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔17〕 被害児中川敦子(二九の一)について

 原告中川きみ(二九の三)本人尋問の結果によれば,被害児敦子(二九の一)の母きみ(二九の三)は,同児が本件接種当時風邪気味でのどがぜいぜいしていたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,原告中川きみ(二九の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児敦子(二九の一)の右風邪の状態が医師の診察を受ける必要があるほどのものでなく,熱もなかつたことを記憶していることが認められ,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔18〕 被害児田渕豊英(三〇の一)について

 原告田渕英嗣(三〇の二)本人尋問の結果及び甲第四三〇号証の五,七によれば,被害児豊英(三〇の一)は,本件接種の二〇日位前に五,六日間下痢が続き,その終りころには風邪気味となり,二,三日間鼻水をたらし,一週間位風邪が続いたこと,右症状で医師の診療を受けたこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,原告田渕英嗣(三〇の二)本人尋問の結果によれば,被害児豊英(三〇の一)に本件接種を行つた医師は,同児が前記症状により診療を受けていたかかりつけの医師であり,同医師が接種をしても大丈夫だと言つたことが認められ,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔19〕 被害児吉川雅美(三一の一)について

 被害児雅美(三一の一)が本件接種当時股関節脱臼であつた事実は,当事者間に争いがない。

 原告吉川富美子(三一の三)本人尋問の結果及び甲第四三一号証の二によれば,被害児雅美(三一の一)は,出生時に身長五一センチメートル,体重三三八〇グラムと比較的大きかつたにもかかわらず,その後ミルクの飲み方が悪く,ミルクを吐くこともあり,本件接種当時は身長,体重とも標準を下回つていたことが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児雅美(三一の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「著しい栄養障害者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告吉川富美子(三一の三)本人尋問の結果及び甲第四三一号証の二によれば,被害児雅美(三一の一)は昭和四四年一一月二一日当時風邪をひいていたこと,同児の母富美子(三一の三)は,同児が右風邪によりその後二回位本件接種前に通院しており,毎日のようにぐずつて泣いており,本件接種当日もぐずつて泣いていたことを記憶していること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,原告吉川富美子(三一の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児雅美(三一の一)が本件接種当日熱がなかつたようなので接種に連れて行つたこと,同児はそのころ泣くことは泣いていたが元気であつたことを記憶していることが認められ,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔20〕 被害児荒井豪彦(三二の一)について

 原告荒井ミツイ(三二の三)本人尋問の結果及び甲第四三二号証の四によれば,被害児豪彦(三二の一)は,本件種痘接種を受けた九日後の昭和四二年一一月一六日に全身硬直のひきつけを起こし,その後本件二種混合ワクチン接種までに更に小さいけいれんを起こし医師の治療を受けたことが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児豪彦(三二の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定めていた「けいれん性体質の者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔21〕 被害児清水一弘(三三の一)について

 原告清水弘子(三三の三)本人尋問の結果及び甲第四三三号証の一,乙第四三三号証の三によれば,被害児一弘(三三の一)は,出産予定日の一三日前に出生し,出生時の体重は二五〇〇グラムであり,臍帯けん絡があつたこと,仮死出産の疑いもあつたこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児一弘(三三の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔22〕 被害児河又典子(三四の一)について

 原告河又正子(三四の三)本人尋問の結果によれば,被害児典子(三四の一)の母正子(三四の三)は,同児が,生後一〇か月ころに二度程頭部におできができ医師の治療を受け,また本件事故後に入院中,絆創膏にかぶれたことがあることを記憶していること,同児の父弘壽(三四の二)は,魚やアルコールでじん麻疹が出ること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児典子(三四の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」,「種痘については,まん延性の皮膚病にかかつている者で,種痘によつて障害を來すおそれのある者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔23〕 被害児大沼千香(三五の一)について

 原告大沼満(三五の二)本人尋問の結果によれば,同人は,冬冷たい空気に接触すると突然鼻水とくしやみが出てそれが一〇分から一五分間続くことがあり,かかりつけの医師から,アレルギー性鼻炎と言われたことがあること,被害児千香(三五の一)の妹の照子も湿疹ができて,幼稚園から小学校の一,二年まで皮膚科の病院に大分通つたこと,被害児千香(三五の一)も,本件接種前の夏に通常のあせもとは違うような湿疹ができ二,三度通院したことがあること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児千香(三五の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」,「種痘については,まん延性の皮膚病にかかつている者で,種痘により障害を来すおそれのある者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告大沼満(三五の二)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児千香(三五の一)が本件接種の四,五日前に軟便症状を呈していたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児千香(三五の一)が,本件接種当時予防接種規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔24〕 被害児中村真弥(三八の一)について

 原告中村眞知子(三八の三)本人尋問の結果及び甲第四三八号証の一の四,同号証の二の一,乙第四三八号証の一によれば,被害児真弥(三八の一)は,皮膚が弱く,おむつかぶれができてそこがただれるようなことが多く,昭和四五年七月一九日には頭部に湿疹ができ,同年八月四日には顔面湿疹で通院していること,同児の兄謙太郎は小学校に通うようになつてから二,三度じん麻疹ができ通院したこと,同児の父巖(三八の二)は生卵を食べると下痢をすること,同児は昭和四五年九月一〇日と同年一〇月二日に百日咳・ジフテリア・破傷風三種混合ワクチンの接種を受けたが,いずれの時も接種当日の夜から翌朝にかけて微熱が出たこと,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児真弥(三八の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔25〕 被害児福島一公(四一の一)について

 原告福島豊子(四一の三)本人尋問の結果によれば,被害児一公(四一の一)の母豊子(四一の三)は,同児が風呂上がりに背中などに一時赤い斑点を生じさせていたこと,頭部に湿疹ができたこともあること,本件接種前に結膜炎に罹患して通院していたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児一公(四一の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」,「種痘については,まん延性の皮膚病にかかつている者で,種痘により障害を来すおそれのある者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告福島豊子(四一の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児(四一の一)が本件接種の一週間位前から風邪をひいており,熱はなかつたが鼻水が出ていたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から真ちに,被害児一公(四一の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔26〕 被害児池本智彦(四二の一)について

 原告池本愛子(四二の三)本人尋問の結果によれば,被害児智彦(四二の一)の母愛子(四二の三)は,同児が,本件接種を受けに行く時,普段よりはちよつとおとなしくて顔色が青白かつたようであつたこと,本件接種当日の夜九時ころに三九度の発熱があつたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児智彦(四二の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「有熱患者,その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告池本愛子(四二の三)本人尋問の結果によれば,同人の父,即ち被害児智彦(四二の一)の祖父がペニシリンかマイシンのアレルギー体質者であること,同児の兄龍太郎はピリン系アレルギー体質者であること,がそれぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児智彦(四二の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔27〕 被害児猪原泉(四三の一)について

 原告猪原松枝(四三の三)本人尋問の結果及び甲第四四三号証の二によれば,被害児泉(四三の一)は,在胎一〇か月の満期出産であつたが,出生時の体重は二二五〇グラムしかない未熟児であつたことが認められる。

 しかしながら,原告猪原松枝(四三の三)本人尋問の結果及び甲第四四三号証の二によれば,被害児泉(四三の一)は生後三か月目位で標準の身長,体重となつたこと,看護婦の資格を有し,現在もそれを職業としている同児の母松枝(四三の三)の目から見て,本件接種当日には,同児に特に変わつたところはなく健康であつたこと,がそれぞれ認められ,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔28〕 被害児杉山健二(五二の一)について

 原告杉山末男(五二の二)本人尋問の結果及び甲第四五二号証の一の三によれば,被害児健二(五二の一)は,風邪をひきやすく,皮膚に湿疹ができやすかつたことが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児健二(五二の一)が,本件接種当時,予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告杉山末男(五二の二)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児健二(五二の一)が本件接種の一〇日ないし一五日位前から風邪をひき,本件接種当日も熱はひいたが鼻水が出るような状態であつたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児健二(五二の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔29〕 被害児末次展敏(五四の一)について

 被害児展敏(五四の一)は在胎九か月で出産し,出生時体重は二一七〇グラムの未熟児であつた事実は当事者間に争いがない。

 原告末次貞子(五四の三)本人尋問の結果及び甲第四五四号証の二によれば,被害児展敏(五四の一)は,本件接種当時においても標準体重に達していなかつたことが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児展敏(五四の一)が,本件接種当時痘そう予防接種施行心得が定める「著しく栄養障害に陥つている者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔30〕 被害児藁科正治(五九の一)について

 原告藁科雅子(五九の三)本人尋問の結果によれば,被害児正治(五九の一)の母雅子(五九の三)は,同児が本件接種の一週間位前に鼻水を出していたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,原告藁科雅子(五九の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児正治(五九の一)が本件接種の一週間位前に鼻水を出していた際,熱はなく元気がよかつたこと,本件接種当日も熱はなく食欲もあり,いたつて健康であつたこと,を記憶していることが認められ,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告藁科雅子(五九の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児正治(五九の一)の兄治が,本件接種以前において三種混合ワクチンの第一回目接種により四〇度近い熱を出しひきつけを起こしたことがあることを記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児正治(五九の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「けいれん性体質の者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔31〕 被害児秋田恒希(六〇の一)について

 原告秋田令子(六〇の三)本人尋問の結果によれば,被害児恒希(六〇の一)の母令子(六〇の三)は,同児が出生後間もなく口腔内や舌に白いカビのようなものが生じ,産院で薬をもらつてつけ一〇日位で治つたことがあること,虫に刺されると腫れやすく,蚊に目の縁を刺されて目が開かない位腫れたことがあること,昭和五四年の秋ころに,風が強い時に目が赤く充血し,目やにが出て目が開かなくなるようなことがあり,医師からアレルギー性結膜炎であると言われたことがあること,同児の父恒延(六〇の二)は薬を飲むと吐き気を催すことがあること,同児の姉光代は保育園に入るころまで,口内炎をよく起こし,またあせもがひどく,医師の治療を受けたことがあること,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児恒希(六〇の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」,「種痘については,まん延性の皮膚病にかかつている者で,種痘により障害を来すおそれのある者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告秋田令子(六〇の三)本人尋問の結果及び甲第四六〇号証の二によれば,被害児恒希(六〇の一)は,出産予定日より一七日早く出産したことが認められる。

 しかしながら,原告秋田令子(六〇の三)本人尋問の結果及び甲第四六〇号証の二によれば,被害児恒希(六〇の一)の出生時の体重は三六〇〇グラムであり,その後の体重も標準を超えていたことが認められ,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時予防接種実施規則が定める各禁忌事項のいずれかに該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔32〕 被害児藤木のぞみ(六三の一)について

 原告藤木トモコ(六三の三)本人尋問の結果及び甲第四六三号証の二によれば,被害児のぞみ(六三の一)は,在胎一〇か月で出産したが,出生時の体重は二二七五グラムの未熟児であり,そのため哺育器に約一〇日間入れられ,約一か月間入院していたことが認められる。

 しかしながら,甲第四六三号証の三によれば,被害児のぞみ(六三の一)は,本件接種当時においては,同じころに生まれた子供に比べて発育が遅れているということがなかつたことが認められ,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「著しい栄養障害者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 また,原告藤木トモコ(六三の三)本人尋問の結果によれば,被害児のぞみ(六三の一)の母トモコ(六三の三)は,同児が出生後半年位してから風邪をひきやすくなり,二か月に一度は風邪で医師の治療を受け,一旦風邪をひくと熱が出て一週間位は薬を飲むような状態となり,医師から気管支ぜんそくなどと診断されたことがあること,同児の兄豊も幼児期によく扁桃腺が腫れ,半年に一度は医師の治療を受けていたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,被害児のぞみ(六三の一)が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「アレルギー体質の者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできない。

 更に,原告藤木トモコ(六三の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児のぞみ(六三の一)が本件接種直前の昭和四九年九月初めころ風邪気味で医師の治療を受けたことがあることを記憶していることが認められる。

 しかしながら,原告藤木トモコ(六三の三)本人尋問の結果によれば,同人は,被害児のぞみ(六三の一)が,本件接種当日は熱もなく鼻水も咳も出ておらず,風邪の症状はなかつたことを記憶していることが認められ,この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児が,本件接種当時予防接種実施規則が定める「医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」,「病後衰弱者」その他の禁忌事項に該当していたものと認めることはできず,また,「異常が認められ,かつ,禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」であつたと認めることもできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 ② 過量接種を行つた過失について

 請求の原因第四項(責任)3(三)(2)②の事実中,各接種担当者は,本件各接種のうち種痘,ポリオ生ワクチン,インフルエンザワクチン及び百日咳ワクチンの接種につき各規定接種量に従つた接種を行うべきであつた事実は,当事者間に争いがない。

 昭和三三年九月一七日の予防接種実施規則制定前においては予防接種施行心得により,右制定後においては予防接種実施規則により,各ワクチンについての接種量が定められた趣旨に照らせば,各接種担当者が接種に際して,規定量に従つた接種を行うべき注意義務を有しており,その注意義務に違反して過量接種を行つたと認められる場合には,かかる注意義務違反は予防接種事故を発生させる危険性,蓋然性を有するものであり,事故発生についての過失があつたものと推定するのが相当である。

 そこで,以下,本件各接種のうち,法五条所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものについて,その各接種担当者が,各被害児に対し,規定量を超える接種を行つたか否かについて個別的に判断することとする。

 〔1〕 被害児白井裕子(二の一)について

 原告白井哲之(二の二)本人尋問の結果及び甲第四〇二号証の五及び七によれば,被害児裕子(二の一)の母扶美子(二の三)は,本件接種において同児の受けた種痘の接種量が多く,他の子供の場合は接種部位が乾くまでに一〇分程度しか要しなかつたのに対し,同児の場合は二〇分以上も要したことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔2〕 被害児阪口一美(四の一)について

 原告阪口邦子(四の三)本人尋問の結果によれば,被害児一美(四の一)の母邦子(四の三)は,同児が本件接種を受けた際,接種部位の切り口から血が滲んでおり,接種液が盛り上がつているような感じであつたこと,同児の後から接種を受けた子供が五,六人も同児より先に帰つて行つたにもかかわらず,同児は接種部位の乾くのが遅く三〇分も待たされたこと,種痘後脳炎の発症により奈良県立医科大学付属病院に入院した後,同児の接種部位を見たところ,すごく腫れて化膿しており,それがくずれた状態になつていたこと,発疹も出ていたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔3〕 被害児尾田眞由美(六の一)について

 原告尾田節子(六の三)本人尋問の結果(第一,第二回)によれば,被害児眞由美(六の一)の母節子(六の三)は,同児に対する本件接種において,一回目の切皮がうまくなされず,ワクチン液をつけ直して切皮をやり直したこと,同人の目から見て接種量が多いように思われたこと,他の子供は一〇分位で接種部位が乾いたが,同児の場合は,なかなか乾かず四〇分位を要したこと,接種後三,四日目ころから接種部位が腫れ上がり,一週間目の検診の際は,接種部位を中心に後頭部から上腕にかけて真つ赤に腫れていたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔4〕 被害児田部敦子(一二の一)について

 原告田部チエ子(一二の三)本人尋問の結果によれば,被害児敦子(一二の一)の母チエ子(一二の三)は,同児が本件接種を受けた際,接種部位の乾きが他の子供に比べて遅く,同児の後から接種を受けた子供が同児より先に帰つてしまつたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔5〕 被害児梶山桂子(一五の一)について

 原告梶山喜代子(一五の三)本人尋問の結果によれば,被害児桂子(一五の一)の母喜代子(一五の三)は,同児が本件接種のうち種痘接種を受けた際,接種部位の乾きが他の子供に比べて一〇分位遅かつたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔6〕 被害児鈴木増己(一九の一)について

 原告鈴木節(一九の三)本人尋問の結果によれば,被害児増己(一九の一)の母節(一九の三)は,同児が本件接種を受けた際,接種液が盛り上がるほどに付けられ,接種部位の乾きが遅く,前後して接種を受けた子供が接種部位が乾いて帰つて行つた後も一人だけ残され,最後に看護婦から,乾かなくても帰つてよいと言われたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔7〕 被害児井上明子(二四の一)について

 原告井上たつ(二四の三)本人尋問の結果によれば,被害児明子(二四の一)の母たつ(二四の三)は,同児が本件ポリオ生ワクチン接種を受けた際,初めに口に入れられたワクチンを吐き出したため,更にもう一度ワクチンの経口投与を受けたことを記憶していることが認められる。

 しかしながら,予防接種実施要領第二の六項3号(2)には,ポリオ生ワクチンの接種方法について,「投与直後接種液の大半を吐き出した場合は,あらためて一ミリリットルの投与液を服用させること。」との定めがあり(乙第四六号証の三),この事実に照らせば,前記認定事実から直ちに,同児がポリオ生ワクチンの規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔8〕 被害児中川敦子(二九の一)について

 原告中川きみ(二九の三)本人尋問の結果によれば,被害児敦子(二九の一)の母きみ(二九の三)は,同児が本件接種を受けた際,接種は上腕二か所に切皮法で行われたが,そのうちの一つに付けられた接種液が切り口に盛り上がるほど多く,口で吹いて乾かそうとしても約二時間も乾かなかつたこと,一週間後の検診日には接種部位が真つ赤になつて大きく腫れ上がり,その後も風呂に入れない日が大分あつたことを記憶していること,また甲第二九号証の九によれば,同児の腕には現在もかなり大きな瘢痕が残つていることが,それぞれ認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔9〕 被害児吉川雅美(三一の一)について

 原告吉川富美子(三一の三)本人尋問の結果によれば,被害児雅美(三一の一)の母富美子(三一の三)は,同児が本件接種を受けた際,一期種痘を受ける乳児と二期種痘を受ける六歳児とが区分されずに一緒に接種を受けたが,接種担当医はそれを整理することもなく雑談をしながら接種を行つていたこと,同児の接種部位の痘苗の乾きが遅く,同児の後から接種を受けた者が先に接種部位が乾いてどんどん帰つて行くのに,同児は乾きが遅いため衣服を着るのが最後の方になつてしまつたこと,一週間後の検診の際,同児の腕は肘から肩にかけて大きく腫れ上がり,検診医から「こんなに腫れたのかい。よくつき過ぎた。」と言われたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔10〕 被害児猪原泉(四三の一)について

 原告猪原松枝(四三の三)本人尋問の結果によれば,被害児泉(四三の一)の母松枝(四三の三)は,同児が本件接種を受けた際,接種部位の乾くのが遅く,乾くまで三〇分位も待たねばならず,同児の後から接種を受けた人が何人も先に帰つて行つたこと,接種後三日目位から接種部位が赤く腫れ上がり,それが検診の時まで続いたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔11〕 被害児杉山健二(五二の一)について

 原告杉山末男(五二の二)本人尋問の結果によれば,被害児健二(五二の一)の父末男(五二の二)は,同児の母きみ子(五二の三)が,同児を本件接種を受けるため連れて行つたが,本件接種を受けた際,同児の接種部位の乾きが遅く,そのため,一〇分位も他の人に比べて帰宅が遅れたと聞いたこと,同児の接種部位を見たところ,同児の兄一志のときに比べてずつと大きい接種跡があつたこと,接種の数日後,接種部位は,直径が五センチメートル位の大きさで赤く腫れ上がり,膿んでいるような状態になつたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔12〕 被害児末次展敏(五四の一)について

 原告末次貞子(五四の三)本人尋問の結果によれば,被害児展敏(五四の一)の母貞子(五四の三)は,同児が本件接種を受けた際,一週間前に種痘を受け不善感となつた場合に比べて接種量が多いように思われたこと,前回は五分位で接種部位が乾いたが,本件接種においては三〇分間位も待つたが乾かず,やむなく腕まくりしていた洋服をおろして帰宅したところ,接種液がシャツにくつついていたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔13〕 被害児髙橋純子(五八の一)について

 原告髙橋幸子(五八の三)本人尋問の結果によれば,被害児純子(五八の一)の母幸子(五八の三)は,同児が本件接種を受けた際,接種担当者は,一旦接種液をつけた種痘針を同児の腕のところに持つて来たが,ちよつと首をかしげて,もう一度種痘針に接種液をつけ直してから接種を行つたこと,同児の接種部位の乾きが遅く,ストーブの横で乾かしたにもかかわらず一緒に接種を受けた子供より一〇ないし一五分程度長くかかつたこと,を記憶していることが,また,原告髙橋正夫(五八の二),同髙橋幸子(五八の三)各本人尋問の結果によれば,同児の父正夫(五八の二)及び母幸子(五八の三)は,同児の接種部位が善感の判定のころ相当の大きさに赤く腫れ上がつていたことを記憶していること,同児には現在でも直径三,四センチメートルの種痘の跡が残つていることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔14〕 被害児藁科正治(五九の一)について

 原告藁科雅子(五九の三)本人尋問の結果によれば,被害児正治(五九の一)の母雅子(五九の三)は,同児が本件接種を受けた際,接種部位の乾きが遅く,同児より後に接種を受けた子供四,五人が衣服を整えて先に帰つた後まで衣服を着ることができなかつたこと,一週間後の検診の際,接種部位を中心に肘から肩にかけて赤く腫れ上がつていたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔15〕 被害児秋田恒希(六〇の一)について

 原告秋田令子(六〇の三)本人尋問の結果によれば,被害児恒希(六〇の一)の母令子(六〇の三)は,同児が本件接種を受けた際,接種部位の乾くのが遅く,同児より五分位後に接種を受けた人が先に帰つてしまつたこと,一週間後の検診の際,接種部位が他の人に比べて大きく腫れていたこと,を記憶していることが認められる。

 しかしながら,右事実から直ちに,同児が種痘の規定量を超えた過量接種を受けたものと推認することはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。

 〔16〕 被害児河又典子(三四の一)について

 原告河又正子(三四の三)本人尋問の結果及び甲第四三四号証の七によれば,被害児典子(三四の一)は,本件接種において多圧法により種痘の接種を受けたが,接種箇所は二か所であつたことが認められる。

 ところで,乙第四六号証の二によれば,予防接種実施規則は,多圧法の接種数は一箇とし,切皮法の接種数は第一期の種痘にあつては二箇とする旨定めていたことが認められる。

 従つて,多圧法により二か所の接種を受けた被害児典子(三四の一)は,種痘の規定量の二倍にあたる過量接種を受けたものと推認される。

 以上によれば,被害児典子(三四の一)に対し本件接種を行つた接種担当医師は,種痘の規定量に従つた接種を行うべき注意義務に違反して過量接種を行つたもので,本件事故発生についての過失があつたものと認められる。

 ③ 混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を行つた過失について

 請求の原因第四項(責任)3(三)(2)③の事実中,各接種担当者は,本件各接種を行うについて,昭和三六年の予防接種実施要領改正による混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種はしないとの定めに違反した接種を行うべきではなかつた事実は,当事者間に争いがない。

 昭和三六年の予防接種実施要領改正により混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種が禁止された趣旨(前記2(五)(3)⑤(a)で認定したとおり,複数の予防接種を実施する場合に接種間隔をあける必要があるのは,ワクチン接種による副作用が発生するおそれのある他の予防接種を行うと人体に対する強いストレスが加わることになり,あるいは一方のワクチンに人体の免疫産生能力が奪われることになり,ワクチンによる副作用が発生する危険が増大するからであり,また二つの副作用が重なることによつて重大な結果をもたらす危険があるからであるとの見解がある。)に照らせば,各接種担当者が昭和三六年以降において混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を行つてはならない注意義務があり,その注意義務に違反して接種を行つたときは,かかる注意義務違反は予防接種事故を発生させる危険性,蓋然性を有するものであり,その場合には,右接種担当者は,事故発生についての過失があつたものと推定するのが相当である。

 そこで,以下,本件各接種のうち,法五条所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものについて,その各接種担当者が,昭和三六年以降において,被害児に対し,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を行つたか否かについて個別的(本件においては,次の被害児梶山桂子(一五の一)のみである)に判断することとする。

 被害児梶山桂子(一五の一)について

 被害児桂子(一五の一)が種痘と百日咳・ジフテリア二種混合ワクチンの同時接種を受けた事実,右種痘接種は法五条所定の接種として実施された事実は,当事者間に争いがない。

 原告梶山喜代子(一五の三)本人尋問の結果によれば,被害児桂子(一五の一)は,本件接種会場において,まず先に二種混合ワクチンの接種を受け,その直後に接種担当医師黒田から種痘接種を受けた事実が認められる。

 右事実に照らせば,本件種痘接種担当医師黒田は,本件種痘接種を行えば本件二種混合ワクチンと同時接種になることを知りながら,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種をしてはならない注意義務に違反して本件種痘接種を行つたものと認められ,本件事故発生についての過失があつたものと認められる。

  4(一) 請求の原因第四項(責任)4(一)の事実は当事者間に争いがない。

   (二) 請求の原因第四項(責任)4(二)の事実中,本件各接種のうち勧奨接種の実施主体である地方公共団体の長は,当該地方公共団体の公権力の行使に当る公務員として右接種の遂行を統括していたものである事実は,当事者間に争いがない。

 被告国が,勧奨接種の実施主体である各地方公共団体に対し,勧奨接種の実施方法,目的,実施の対象,時期,実施主体,実施形式,接種方法,禁忌,費用負担等について詳細に定めて行政指導を行つている場合であつても,右争いのない事実によれば,勧奨接種の実施は,被告国の公権力の行使として行われるものではなく,各地方公共団体の公権力の行使として行われるものであるから,かかる場合における公権力の行使を管理・監督する行政主体は被告国ではなく,従つて,被告国は国家賠償法三条一項にいう公務員の監督に当る者ということはできない。

 また,乙第一号証によれば,勧奨接種には,実施主体の各地方公共団体に対し被告国から一定の国庫補助がなされる場合があり,特別対策と称されることがあると認められるが,補助金の交付は国家賠償法三条一項にいう費用の負担には該当しないと解される。

 以上により,被告国は,勧奨接種につき,実施主体の各地方公共団体の長の過失によつて生じた損害について国家賠償法上の損害賠償責任を負うことはない。

   (三) そこで,以下,本件各接種のうち,法五条所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものについて,被告国の公権力の行使に当る公務員として右接種を実施した各市町村長等が,右接種を実施するにつき,本件各事故発生についての過失があつたか否かについて判断することとする。

    (1) 請求の原因第四項(責任)4(三)(1)の主張について判断するに,国家賠償法一条一項の規定に照らせば,同項にいう公務員の過失の存在については賠償を請求する者においてその立証責任を負うものと解され,原告らが主張するその立証責任を転換すべきであるとする合理的理由はない。

    (2) 本件各接種の各実施主体である市町村長等が,本件各接種を実施するについて,実施計画の立案等に予防接種事故を発生させる危険性,蓋然性を未然に防止すべき注意義務を有し,その有する注意義務に違反することがあつたときは,事故発生についての過失があつたと推定するのが相当である。

 そこで,以下原告らの主張する各実施主体の市町村長等の注意義務違反(事故発生についての具体的過失)の存否について判断することとする。

 混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を実施した過失について

 請求の原因第四項(責任)4(三)(2)の事実中,本件各接種の各実施主体は,本件各接種を実施するについて,昭和三六年の予防接種実施要領改正による混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種はしないとの定めに違反した接種を実施すべきでなかつた事実は,当事者間に争いがない。

 前記3(三)(2)③で認定したとおり,昭和三六年の予防接種実施要領改正により混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種が禁止された趣旨に照らせば,各実施主体の市町村長等が,昭和三六年以降において混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を実施してはならない注意義務に違反して接種計画を立案しこれを実施したときは,かかる注意義務違反は予防接種事故を発生させる危険性,蓋然性を有するものであり,事故発生についての過失があつたものと推定するのが相当である。

 そこで,以下,本件各接種のうち,法五条所定の接種,及び法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものについて,その実施主体の各市町村長等が,昭和三六年以降において,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種の計画を立案し,被害児に対しかかる接種を実施したか否かについて個別的(本件においては,次の被害児梶山桂子(一五の一)のみである。)に判断することとする。

 被害児梶山桂子(一五の一)について

 被害児桂子(一五の一)が種痘と二種混合ワクチンの同時接種を受けた事実,右種痘接種は法五条所定の接種として東京都中野区長により実施された事実は,当事者間に争いがない。

 原告梶山喜代子(一五の三)本人尋問の結果及び甲第四一五号証の三によれば,被害児桂子(一五の一)の母喜代子(一五の三)は,東京都中野保健所長より「昭和四〇年九月八日,塔ノ山小学校において,昭和四〇年一月一日から同年六月三〇日までの出生者に対し,種痘第一期及びジフテリア・百日咳二種混合ワクチン第一期一回目の接種を行う」旨の通知を受けて,同児を本件接種当日右接種会場に連れて行き,まず先に本件百日咳・ジフテリア二種混合ワクチン接種を受け,その直後に本件種痘接種を受けたものであることが認められる。

 右事実に照らせば,東京都中野区長は,二種混合ワクチン(生後六カ月以下の者に対しては東京都中野区長が実施する法五条所定の接種,生後六か月を超える者に対しては東京都中野区が実施する法九条所定の接種)と種痘(東京都中野区長が実施する法五条所定の接種)の同時接種の計画を立案したものと認められる。

 以上によれば,東京都中野区長は,混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を実施してはならない注意義務に違反して,二種混合ワクチンと種痘の同時接種の計画を立案し,これに基づいて,被害児桂子(一五の一)に対し,東京都中野区が実施した法九条所定の本件二種混合ワクチン接種の直後に法五条所定の本件種痘接種を実施したものと認められ,本件事故発生についての過失があつたものと認められる。

  5 以上により,被害児河又典子(三四の一)につき,接種担当者が過量接種を行つた過失が,被害児梶山桂子(一五の一)につき,接種担当者が混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を行つた過失及び実施主体が混合ワクチン以外のワクチンの複数同時接種を実施した過失が,それぞれ認められるので,以下,被告主張の抗弁第一項違法性阻却事由の存在及び抗弁第三項救済制度の存在について順次判断することとする。

   (一) 抗弁第一項の違法性阻却事由の存在について

 被害児河又典子(三四の一)及び被害児梶山桂子(一五の一)に対する本件各接種が,いずれも予防接種法に基づくものであることは,当事者間に争いがないが,しかしながら前記認定のとおり,右各接種の接種担当者あるいは実施主体は,予防接種実施規則あるいは予防接種実施要領に違反したものであり,その各行為の違法性が阻却されるものと解することはできない。

   (二) 抗弁第三項の救済制度の存在について

    (1) 抗弁第三項1の事実は当事者間に争いがない。

    (2) 抗弁第三項3の主張について判断するに,被害児河又典子(三四の一)及び被害児梶山桂子(一五の一)については,接種担当者あるいは実施主体の具体的過失が認められるものであり,法制化された救済制度が存在し,これによる給付がなされていたからといつて,これと別個に損害賠償請求をすることが許容されないものと解することはできない。

  6(一) 請求の原因第四項(責任)5(一)の事実は当事者間に争いがない。

   (二) 請求の原因第四項(責任)5(二)の事実中,被告国が,行政指導により地方公共団体に対し勧奨接種を実施させているのは,特定の疾病の感受性対策として特定の年齢群,集団等に対し予防接種を受けさせることにより,伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するためであり,集団防衛,社会防衛を目的としたものである事実は,当事者間に争いがない。

 昭和四八年(ワ)第四七九三号外事件の〈乙号証〉によれば,被告国は,毎年各地方公共団体に対し,勧奨による接種の実施につき実施方法等を詳細に定めて行政指導を行つており,かかる行政指導を受けた各地方公共団体は,右指導に従う,または従わないとする選択の自由はなく,すべて例外なくこれに従つて勧奨接種を実施していたことが認められ,また,前記1(二)で認定したとおり,勧奨接種の実施につき,実施主体である各地方公共団体は,回覧,個別通知,広報車による広報,広報紙への登載,申込書の配付等の方法により,国民に対し接種を受けるよう勧奨し,国民は勧奨接種と強制接種の違いについて特段意識することなく,勧奨された予防接種は必ず受けねばならないものと考えて,接種を受けていたのが当時の社会一般の実情であつたこと,また,弁論の全趣旨によれば,厚生行政の一環として,予防接種を実施する被告国としては,被接種者たる一般国民の意識が,右のような実情にあることを知悉しており,また,被告国は,予防接種による副反応として被害が発生することは,諸外国においても,またわが国においても今世紀初めから指摘され,被告国も一九四七年(昭和二二年)以降,予防接種被害のうち,死亡者数をWHOに対し報告してきたこと,更に被告国は,予防接種は一〇万人に接種をすると,二ないし三名の割合で副反応による死亡や重篤な後遺障害の結果が発生する虞のあることが統計的にも明らかにされているが,予防接種によつて,その数は少なく,そして極く稀にではあるが,不可避的に死亡その他重篤な副反応を生ずる虞があるという右の事実について,これを社会一般に公表し,被接種者である国民一般に周知徹底させる努力をすることなく,防疫行政の名のもとに,一般国民に対し,すべての国民が予防接種を受けるよう奨励し,その実施方を推進していたこと,右のような社会情勢が本件事故発生前の厚生行政の実情であつたことをそれぞれ認めることができる。

 右のような実情からすると,予防接種を受ける国民にとつては,いわゆる勧奨接種についても,強制接種と同様に,これを受けることを社会的,心理的に強制されていたとでもいうべき状況の下で接種を受けていたものと認めるのが相当である。

   (三) そこで請求の原因第四項(責任)5(三)の主張について判断するに,右認定のとおり,被告国は,伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防し,公衆衛生の向上の増進に寄与するとの公益目的実現のため,各種予防接種につき,法により罰則を設けてその接種を国民に強制し,あるいは各地方公共団体に対し,国民に接種を勧奨するよう行政指導して各種予防接種を実施していたものである。

 被告国のかかる公益目的実現のための行為によつて,各被害児の両親は,各被害児に本件各接種を受けさせることを法律によつて強制されるあるいは心理的に強制された状況下におかれ,その結果,前記認定のとおり各被害児は本件各接種を受け,そのため死亡しあるいは重篤な後遺障害を有するに至つたものであり,このことにより,各被害児及びその両親は,前記認定のとおり予防接種に通常随伴して発生する精神的苦痛を超え,それらを著しく逸脱した犠牲を強いられる結果となつた。そのことは,本件各被害児およびその両親にとつて,予防接種により当然受忍すべき不利益の限度を著しく逸脱した特別の犠牲を余儀なくされたものということができる。

 他方,本件における各被害児及びその両親の蒙つた特別犠牲に対し,その余の一般的国民は,予防接種の結果,幸にして,各被害児らのような不幸な結果を招来することなく,また各予防接種によつて伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防され,よつて,予防接種法が目的としている国民一般の公衆衛生の向上及び増進による社会的利益を享受しているのである。

 そうだとすると,本件においては,各予防接種の結果蒙つた各被害児及びその両親らの特別の犠牲は,予防接種を行うという国民全体の利益のために,已むを得ない犠牲であると解すべきか,はたまた,本件における各被害児及びその両親らの蒙つた具体的ないわば個人の犠牲は,国民全体の負担において,これを償うべきものと解すべきかの一つの政策の問題に帰着するということができる。

 ところで,憲法一三条は「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」と規定し,また,憲法二五条は「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定し,更に,憲法一四条一項は「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定している。そこでこれらの憲法の諸規定の趣旨に照らして,本件について検討してみると,いわゆる強制接種は,予防接種法第一条に規定するように,伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために実施し,よつて,公衆衛生の向上と増進を図るという公益目的の実現を企図しており,それは,集団防衛,社会防衛のためになされるものであり,いわゆる予防接種は,一般的には安全といえるが,極く稀にではあるが不可避的に死亡その他重篤な副反応を生ずることがあることが統計的に明らかにされている。しかし,それにもかかわらず公共の福祉を優先させ,たとえ個人の意思に反してでも一定の場合には,これを受けることを強制し,予防接種を義務づけているのである。また,いわゆる勧奨接種についても,前示のとおり,被接種者としては,勧奨とはいいながら,接種を受ける,受けないについての選択の自由はなく,国の方針で実施される予防接種として受けとめ,国民としては,国の施策に従うことが当然の義務であるとのいわば心理的社会的に強制された状況の下で,しかもその実施手続・実態には,いわゆる強制接種となんら変ることのない状況の下で接種を受けているのである。そうだとすると,右の状況下において,各被害児らは,被告国が,国全体の防疫行政の一環として予防接種を実行し,それを更に地方公共団体に実施させ,右公共団体の勧奨によつて実行された予防接種により,接種を受けた者として,全く予測できない,しかしながら予防接種には不可避的に発生する副反応により,死亡その他重篤な身体障害を招来し,その結果,全く通常では考えられない特別の犠牲を強いられたのである。このようにして,一般社会を伝染病から集団的に防衛するためになされた予防接種により,その生命,身体について特別の犠牲を強いられた各被害児及びその両親に対し,右犠牲による損失を,これら個人の者のみの負担に帰せしめてしまうことは,生命・自由・幸福追求権を規定する憲法一三条,法の下の平等と差別の禁止を規定する同一四条一項,更には,国民の生存権を保障する旨を規定する同二五条のそれらの法の精神に反するということができ,そのような事態を等閑視することは到底許されるものではなく,かかる損失は,本件各被害児らの特別犠牲によつて,一方では利益を受けている国民全体,即ちそれを代表する被告国が負担すべきものと解するのが相当である。そのことは,価値の根元を個人に見出し,個人の尊厳を価値の原点とし,国民すべての自由・生命・幸福追求を大切にしようとする憲法の基本原理に合致するというべきである。

 更に,憲法二九条三項は「私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために用いることができる。」と規定しており,公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超え,特定の個人に対し,特別の財産上の犠牲を強いるものである場合には,これについて損失補償を認めた規定がなくても,直接憲法二九条三項を根拠として補償請求をすることができないわけではないと解される(昭和四三年一一月二七日最高裁大法廷判決・刑集二二巻一二号一四〇二頁,昭和五〇年三月一三日最高裁第一小法廷判決・裁判集民一一四号三四三頁,同年四月一一日最高裁第二小法廷判決・裁判集民一一四号五一九頁参照)。

 そして,右憲法一三条後段,二五条一項の規定の趣旨に照らせば,財産上特別の犠牲が課せられた場合と生命,身体に対し特別の犠牲が課せられた場合とで,後者の方を不利に扱うことが許されるとする合理的理由は全くない。

 従つて,生命,身体に対して特別の犠牲が課せられた場合においても,右憲法二九条三項を類推適用し,かかる犠牲を強いられた者は,直接憲法二九条三項に基づき,被告国に対し正当な補償を請求することができると解するのが相当である。

   (四) 以上により,被告国は,憲法二九条三項に基づき,各被害児(但し,原告らは,憲法二九条三項に基づく損失補償請求と国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求を選択的併合として請求しているので,前記認定のとおり接種担当者あるいは実施主体について国家賠償法上の過失が認められた被害児梶山桂子(一五の一)及び被害児河又典子(三四の一)の二名を除く。以下同様。)及びその両親に対し,これらの者が本件各事故により蒙つた損失について正当な補償をすべき義務を負つているものと認められる。

  7 そこで,以下,被告が主張する抗弁第三項の救済制度の存在について判断することとする。

   (一) 抗弁第三項1の事実は当事者間に争いがない。

   (二) 抗弁第三項2の事実中,予防接種被害について救済制度が法制化されている事実は,当事者間に争いがない。

   (三) しかしながら,右法制化された救済制度が,内容の面からみても,額の面からみても,現在のわが国におけるこの種被害に対する救済としては客観的妥当性を有すると認めるに足る証拠はない。

 そして,憲法二九条三項の類推適用により,本件各事故により損失を蒙つた各被害児及びその両親が,被告国に対し,損失の正当な補償を請求できると解する以上,救済制度が法制化されていても,かかる救済制度による補償額が正当な補償額に達しない限り,その差額についてなお補償請求をなしうるのは当然のことであると解される。

 従つて,救済制度が法制化されている場合に,救済制度に基づく請求以外に別途補償請求をすることは許されないとする被告国の抗弁第三項2の主張は理由がない。

 五1 前記二で認定した原告主張一覧表「接種後の状況」及び「現在の症状」欄記載の事実及び以下の事実認定(証拠)表(五)に記載する各証拠により認められる同表「両親の被害状況」欄記載の事実によれば,本件各事故により被接種者たる各被害児はもちろんのことその両親も甚大な損害ないし損失を蒙つたことが認められる。

事実認定(証拠)表(五)〈省略〉

  2 ところで前記認定の原告主張一覧表「接種後の状況」「現在の症状」及び「両親の被害状況」の各欄記載の事実に,弁論の全趣旨を総合すると,本件における原告らの蒙つた損害額または損失額を算定するについて考慮すべに事情として,次の事実を認めることができる。

   (一) 本件事故は,伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防し,もつて公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的として,全国的な規模で被告国等によつて,組織的に実施された予防接種の結果発生したものであり,その予防接種は,社会防衛,集団防衛のためになされ,その結果,予防接種によつて極く稀に,しかしながら不可避的に,少数の個人に死亡その他重篤な副反応が生ずることがあることを認識していたけれども,それにもかかわらず,被告国は,公共の福祉のためには,予防接種を実施せざるを得ない社会情勢の下でなされたものであること。

   (二) 本件における各被害児らは,ほとんど全員,未だ物心のつかない乳児期に本件各接種により被害に遭い,ある者は,死亡し,他の大部分の者も重度の知能障害と脳性麻痺による重度の視覚,聴覚,言語,知能,運動等の機能障害を受け,いわゆる植物人間や動物人間となり,そして,これら生存被害児の全員は,中枢神経を損傷しており,現在の医学では,その後遺障害が軽快する見込みは全く存在しないといえること,しかも本件における事故の被害者は判然としており,その被害者の側には,過失ともいうべきものが全くなく,他方,加害者ともいうべき者として,どの機関に,あるいは誰に対してその違法性を追求することができるかが困難な事実であること。

   (三) 本件予防接種による被害は,単に各被害児に損害または損失を与えただけではなく,各被害児の両親,兄弟姉妹らの家族全員の生活をも不幸に陥れた。各被害児の両親(特に母親)はまさに四六時中被害児の介護に追われ,精神的にも疲弊しきつており,しかも,そのような生活は,一時的なものではなく,被害児が生存する限り続くのである。そのうえ,両親が被害児の介護に没頭しているあおりを受けて,各被害児の家庭は明るさを失い,被害児の兄弟姉妹も,父母の愛情を受ける機会がほとんどなかつたといつてもよい状態であつたこと,また,被害児の父についても被害児による経済的負担の増大により,心ならずも転職や就労時間の延長を強いられており,それらが要因となり,多くの被害児の家庭は崩壊寸前の危険性にさらされている。そして,他方,これに対して,その大多数の一般国民は,予防接種による防疫目的を達成し,それによつて平穏無事の日常生活を営んでいること,そうすると,本件における各被害児らは,その数は決して多くはないが,伝染病のまん延を防止するという社会公共の利益のために犠牲となつた被害者であるといえること。

   (四) 各被害児及びその両親らは,本件予防接種を受けるについて,被告国の防疫行政として,ある者には,接種を受けない場合には刑罰を科するという強制により,また,ある者には,国や公共団体等の強い勧奨により,それぞれ予防接種を受けたものであり,被害者である被接種者らには,当時としては,予防接種を受けるまたは受けないとすることの選択の自由は全くなく,従つて,自らの意思で各人の本件事故を回避する可能性は全く期待できない状況下にあつたといえること。

   (五) 本件においては,他の公害事件等でいわれるように,交通事故その他の通常の生命・身体に対する侵害事件におけると異なり,被害者が加害者の立場に立つことはあり得ないという,被害者と加害者との地位の非交替性が指摘されるべきであること。

  3(一) 以上の諸事実に照らせば,本件訴訟においては,損失補償における正当な補償額の算定は通常の事件の損害額の算定と同様の方法によるべきものと解するのが相当である。

 そこで,前記認定の原告主張一覧表「接種後の状況」,「現在の症状」及び「両親の被害状況」欄記載の事実に基づき,各被害児及びその両親が蒙つた損害(被害児梶山桂子(一五の一)及び被害児河又典子(三四の一)並びにその両親についての各損害)ないし損失(その余の各被害児及びその両親についての各損失)を以下の根拠により個別に算定することとする。

   (二) そして,個別算定にあたつては,本件にあらわれた一切の事情を勘案し,次のとおりの各ランクに分けて算定するのが相当であると認める。即ち,各被害児について,本件各事故によつて(1)死亡した被害児と(2)生存している被害児とに分け,更に後者の生存している被害児については,症状の軽重により,(イ)日常生活に全面的介護を必要とする後遺症を有する各被害児(これを「Aランク生存被害児」という。)(ロ)日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(これを「Bランク生存被害児」という。)(ハ)一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各被害児(これを「Cランク生存被害児」という。)とにそれぞれランク分けにする。そして,更に右各被害児らの両親等の各損害または各損失についてそれぞれ算定することとする。

  4(一) 死亡した各被害児の損害ないし損失の算定根拠

    (1) 得べかりし利益の喪失

 死亡した各被害児が,本件各接種によつて本件各事故に遭わなければ,一八歳から六七歳までの四九年間就労して,その間少なくとも,毎年,男子は金三七九万五二〇〇円,女子は金二〇三万九七〇〇円(当裁判所に顕著である昭和五七年賃金センサス第一巻第一表の産業計,企業規模計,学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金を参考にしてそれと同額)の収入を取得することができたにもかかわらず,これを喪失したものと推認される。そこで右の額を基礎として,生活費控除を男子五割,女子三割とし,ライプニツッ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右期間の得べかりし利益の喪失額の本件各接種当時における現価を求める。

    (2) 介護費

 死亡した各被害児のうち,発症後死亡するに至るまで一年以上生存し,日常生活に全面的介護を必要とした者については,介護の状況に照らし,介護に要した費用は年間金一二〇万円と認めるのが相当である。そこで右の額を基礎として,ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右要介護期間(一年未満は切捨てる)の介護費相当額の本件各接種当時における現価を求める。

    (3) 弁護士費用

 本件訴訟の規模,立証の難易度その他諸般の事情に照らせば,死亡した各被害児が被告国に対し,右損害ないし損失につきその支払いを請求して権利の実現を図るには,弁護士に委任し訴訟を提起する必要があつたと認めるのが相当であり,弁護士費用相当額として以上の損害ないし損失額の7.5パーセントに当る金額をもつて,本件各事故と相当因果関係のある損害ないし損失と認めるのが相当である。

    (4) 以上の算定根拠により死亡した各被害児の損害ないし損失を個別に算定する(円未満は切捨てにより計算する。)と以下に掲げる「死亡被害児の認定損害損失額一覧表」(1),(2)記載のとおりとなる。

   死亡被害児の認定損害損失額

   一覧表(1)(2)〈省略〉

   (二) 死亡した各被害児の両親の損害ないし損失の算定根拠

    (1) 慰謝料

 死亡した各被害児の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各金八〇〇万円をもつて相当とする。

    (2) 弁護士費用

 本件訴訟の規模,立証の難易度その他諸般の事情に照らせば,弁護士費用相当額として右損害ないし損失額の7.5パーセントに当る金額をもつて,本件各事故と相当因果関係のある損害ないし損失と認めるのが相当である。そうすると右金額は,各人につき金六〇万円となる。

    (3) 以上の算定根拠により死亡した各被害児の両親の損害ないし損失を個別に算定すると以下に掲げる「死亡被害児両親の認定損害損失額一覧表」(1)ないし(3)記載のとおりとなる。

   死亡被害児両親の認定損害損失額一覧表(1)(2)(3)〈省略〉

   (三) 日常生活に全面的介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(Aランク生存被害児)の損失の算定根拠

    (1) 得べかりし利益の喪失

 本件にあらわれた各訴訟資料ならびに証拠資料により,Aランク生存被害児の労働能力喪失率は一〇〇パーセントと認めるのが相当であり,Aランク生存被害児が,本件各接種によつて本件各事故に遭わなければ,一八歳から六七歳までの四九年間就労して,その間少なくとも,毎年,男子は金三七九万五二〇〇円,女子は金二〇三万九七〇〇円(その根拠は前記のとおり)の収入を取得することができたにもかかわらず,その一〇〇パーセントを喪失したものと推認される。そこでこれらを基礎として,ライプニツッ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右期間の得べかりし利益の喪失額の本件各接種当時における現価を求める。

    (2) 介護費

 Aランク生存被害児の介護の状況に照らせば,発症後死亡するに至るまでその生涯にわたり日常生活に全面的介護を必要とするものと推認され,右要介護期間は,Aランク生存被害児の本件各接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間(当裁判所に顕著な昭和五七年簡易生命表によることとし,一年未満は切捨てる。)に一致するものと認めるを相当とする。そして,右介護に費される労務を金銭に換算すると,右要介護期間を通じて年間金一二〇万円を要すると認めるのが相当である。そこでこれらを基礎として,ライプニツッ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右要介護期間の介護費相当額の本件各接種当時における現価を求める。

    (3) 慰謝料

 Aランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は,金一〇〇〇万円をもつて相当とする。

    (4) 弁護士費用

 本件訴訟の規模,立証の難易度その他諸般の事情に照らせば,弁護士費用相当額として以上の損失額の7.5パーセントに当たる金額をもつて,本件各事故と相当因果関係のある損失と認めるのが相当である。

    (5) 以上の算定根拠によりAランク生存被害児の損失を個別に算定する(但し,円未満は切捨てにより計算する)と以下に掲げる「Aランク生存被害児の認定損失額一覧表」(1)ないし(3)記載のとおりとなる。

   Aランク生存被害児の認定損失額一覧表(1)(2)(3)〈省略〉

   (四) Aランク生存被害児の両親の損失の算定根拠

    (1) 慰謝料

 Aランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各金三〇〇万円をもつて相当とする。

    (2) 弁護士費用

 本件訴訟の規模,立証の難易度その他諸般の事情に照らせば,弁護士費用相当額として右損失額の7.5パーセントに当る金額をもつて,本件各事故と相当因果関係のある損失と認めるのが相当である。そうすると,右金額は,各人につき,金二二万五〇〇〇円となる。

    (3) 以上の算定根拠によりAランク生存被害児の両親の損失を個別に算定すると以下に掲げる「Aランク生存被害児両親の認定損失額一覧表」(1)ないし(3)記載のとおりとなる。

   Aランク生存被害児両親の認定損失額一覧表(1)(2)(3)〈省略〉

   (五) 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(Bランク生存被害児)の損失の算定根拠

    (1) 得べかりし利益の喪失

 本件にあらわれた各訴訟資料ならびに証拠資料により,Bランク生存被害児の労働能力喪失度は七〇パーセントと認めるのが相当であり,Bランク生存被害児が,本件各接種によつて本件各事故に遭わなければ,一八歳から六七歳までの四九年間就労して,その間少なくとも,毎年,男子は金三七九万五二〇〇円,女子は金二〇三万九七〇〇円(その根拠は前記のとおり)の収入を取得することができたにもかかわらず,その七〇パーセントを喪失したものと推認される。そこでこれらを基礎として,ライプニツッ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右期間の得べかりし利益の喪失額の本件各接種当時における現価を求める。

    (2) 介助費

 Bランク生存被害児の介助の状況に照らせば,発症後死亡するに至るまでその生涯にわたり日常生活に介助を必要とするものと推認され,右要介助期間は,Bランク生存被害児の本件各接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間(当裁判所に顕著な昭和五七年簡易生命表によることとし,一年未満は切捨てる。)に一致するものと認めるを相当とする。そして,右介助に費される労務を金銭に換算すると,右要介助期間を通じて年間金六〇万円を要すると認めるのが相当である。そこでこれらを基礎として,ライプニツッ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右要介助費相当額の本件各接種当時における現価を求める。

    (3) 慰謝料

 Bランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は,金八〇〇万円をもつて相当とする。

    (4) 弁護士費用

 本件訴訟の規模,立証の難易度その他諸般の事情に照らせば,弁護士費用相当額として以上の損失額の7.5パーセントに当たる金額をもつて,本件各事故と相当因果関係のある損失と認めるのが相当である。

    (5) 以上の算定根拠によりBランク生存被害児の損失を個別に算定する(但し,円未満は切捨てにより計算する。)と以下に掲げる「Bランク生存被害児の認定損失額一覧表」記載のとおりとなる。

   Bランク生存被害児の認定損失額一覧表〈省略〉

   (六) Bランク生存被害児の両親の損失の算定根拠

    (1) 慰謝料

 Bランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各金二〇〇万円をもつて相当とする。

    (2) 弁護士費用

 本件訴訟の規模,立証の難易度その他諸般の事情に照らせば,弁護士費用相当額として右損失額の7.5パーセントに当る金額をもつて,本件各事故と相当因果関係のある損失と認めるのが相当である。そうすると,右金額は,各人につき,金一五万円となる。

    (3) 以上の算定根拠によりBランク生存被害児の両親の損失を個別に算定すると以下に掲げる「Bランク生存被害児の認定損失額一覧表」記載のとおりとなる。

   Bランク生存被害児両親の認定損失額一覧表〈省略〉

   (七) 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遣症を有する各被害児(Cランク生存被害児)の損失の算定根拠

    (1) 得べかりし利益の喪失

 本件にあらわれた訴訟資料ならびに証拠資料により,Cランク生存被害児の労働能力喪失率は四〇パーセントと認めるのが相当であり,Cランク生存被害児が,本件各接種によつて本件各事故に遭わなければ,一八歳から六七歳までの四九年間就労して,その間少なくとも,毎年,男子は金三七九万五二〇〇円,女子は金二〇三万九七〇〇円(その根拠は前記のとおり)の収入を取得することができたにもかかわらず,その四〇パーセントを喪失したものと推認される。そこでこれらを基礎として,ライプニツッ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右期間の得べかりし利益の喪失額の本件各接種当時における現価を求める。

    (2) 介助費

 Cランク生存被害児は,発症後一応他人の介助なしに日常生活を維持することが可能となるに至るまで,両親等の介助を必要としたものと認められ,右介助に費された労務を金銭に換算すると,右要介助期間を通じて年間金六〇万円を要したものと認めるのが相当である。そこで右の額を基礎として,ライプニツッ式計算法により年間五分の割合による中間利息を控除して右要介助期間の介助費相当額の本件各接種当時における現価を求める。

    (3) 慰謝料

 Cランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は,金五〇〇万円をもつて相当とする。

    (4) 弁護士費用

 本件訴訟の規模,立証の難易度その他諸般の事情に照らせば,弁護士費用相当額として以上の損失額の7.5パーセントに当る金額をもつて,本件各事故と相当因果関係のある損失と認めるのが相当である。

    (5) 以上の算定根拠によりCランク生存被害児の損失を個別に算定する(但し,円未満は切捨てにより計算する)と以下に掲げる「Cランク生存被害児の認定損失額一覧表」記載のとおりとなる。

   Cランク生存被害児の認定損失額一覧表〈省略〉

   (八) Cランク生存被害児の両親の損失の算定根拠

    (1) 慰謝料

 Cランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は,各両親一人につき各金一〇〇万円をもつて相当とする。

    (2) 弁護士費用

 本件訴訟の規模,立証の難易度その他諸般の事情に照らせば,弁護士費用相当額として右損失額の7.5パーセントに当る金額をもつて,本件各事故と相当因果関係のある損失と認めるのが相当である。そうすると,右金額は,各人につき,金七万五〇〇〇円となる。

    (3) 以上の算定根拠によりCランク生存被害児の両親の損失を個別に算定すると以下に掲げる「Cランク生存被害児両親の認定損失額一覧表」記載のとおりとなる。

   Cランク生存被害児両親の認定損失額一覧表〈省略〉

  3 そこで,以下,被害児梶山桂子(一五の一)及びその両親の各損害賠償請求権につき,抗弁第二項1で被告が主張する三年の消滅時効の援用について判断することとする。なお,被告国は,各被害児及びその両親の損失補償請求権に対しては,消滅時効期間の経過,時効の援用を主張していない。

 被害児梶山桂子(一五の一)及びその両親が,昭和四〇年九月九日ころに本件接種による本件事故発生を知つた事実は,当事者間に争いがない。

 民法七二四条の加害者を知りたる時とは,加害行為が不法行為であることを知つた時と解すべきであるところ,右当事者間に争いのない事実から直ちに,被害児梶山桂子(一五の一)及びその両親が,昭和四〇年九月九日ころに,本件事故が被告国の公権力の行使に当る公務員である本件接種担当医師あるいは実施主体の東京都中野区長の過失行為に起因する違法なものであることを知つたものと推認することはできず,他に,同人らが損害及び加害者を知つた時から本訴提起に至るまでに三年以上の期間が経過したことを認めるに足る証拠はない。

  4 次に抗弁第四項の損益相殺等について判断する。

   (一) 抗弁第四項1の事実中,抗弁末尾添付別紙二に記載の事実のうち,被害児梶山桂子(一五の一)が,後遣症特別給付金の昭和五一年度分のうち金一八万円及び同費目のその余の年度分の,同児及びその両親がその余の費目の,各支払いを受けた事実,被害児小林浩子(二一の一)が,後遣症特給付金の昭和五一年度分のうち金一五万三〇〇〇円及び同費目のその余の年度分並びにその余の費目の各支払いを受けた事実,被害児藤本美智子(三七の一)の両親が障害児養育年金昭和五三年度分のうち金四九万四〇〇〇円の,同児がその余の費目の,各支払いを受けた事実,被害児池本智彦(四二の一)が,後遺症特別給付金のうち昭和五〇年度分として金一四万四〇〇〇円及び同費目の昭和四九年度分並びにその余の費目の各支払いを受けた事実,被害児古川博史(五六の一)が,障害年金の昭和五七年度分のうち金七六万二四五〇円及び同費目のその余の年度分並びにその余の費目の各支払いを受けた事実,その余の各被害児及びその両親が抗弁末尾添付別紙二に記載のとおりの各費目の各支払いを受けた事実は,当事者間に争いがない。

 乙第一四六号証によれば,被害児藤本美智子(三七の一)の両親が,昭和五三年度分の障害児養育年金として金五四万六〇〇〇円の支払いを受けていることが,乙第一四七号証によれば,被害児古川博史(五六の一)が,昭和五七年度分の障害年金として金一一五万八八〇〇円,昭和五八年一月ないし同年三月分の障害年金として金三九万六三五〇円の,各支払いを受けていることが認められる。

 抗弁末尾添付別紙二に記載の事実のうち,右当事者間に争いのない事実及び右認定事実を除くその余の事実については,これを認めるに足る証拠はない。

 ところで,右各費目の給付は,各被害児及びその両親の損害ないし損失の填補の性質を有するものと認めるが相当であり,衡平の理念に照らし,抗弁末尾添付別紙二記載の各費目のうち,旧制度における弔慰金及び再弔慰金,新制度における死亡一時金及び葬祭料,並びに地方自治体単独給付分のうち死亡者慰金,弔慰金,死亡見舞金等として給付されたものについては,その二分の一の額を各被害児の両親の損害額ないし損失額から,その余の費目についてはその額を各被害児の損害額ないし損失額から,それぞれ控除するのが相当である。

   (二) 抗弁第四項2の主張について判断するに,予防接種法の救済制度による給付が法的な裏付けをもち,将来にわたり継続してその履行が行われることが確実であつても,いまだ現実の給付がない以上,そのような将来の給付額を損害額ないし損失額から控除することが必要であるとすべき理由はなく,抗弁第四項2の主張は失当である。

   (三) 以上により,各被害児及びその両親の各損害額ないし各損失額から現実に給付がなされた額を控除すると,以下に掲げる「損害賠償・損失補償債権額一覧表」(1)ないし(7)記載のとおりとなる。

  5 そこで,次に抗弁第五項の履行の猶予についての主張の判断をするに,将来給付分のうち障害児養育年金及び障害年金相当額については,各年金の所定の給付履行時期までは,その限度において履行の猶予がなされるべきであるとすべき理由はなく,抗弁第五項の主張は失当である。

 六 請求の原因第六項の事実中,死亡した各被害児の両親が,各二分一の割合で各被害児を相続した事実,死亡した被害児阿部佳訓(五七の一)の父玄造(五七の二)が昭和五六年一〇月八日に死亡し,それによつて同人の妻クニ(五七の三)が二分の一,右夫妻の子供で被害児佳訓(五七の一)の姉である恭子(五七の四),同じく兄である光敏(五七の五)が各四分の一の各割合により右玄造(五七の二)の損失補償請求権を相続した事実は,当事者間に争いがない。

 右当事者間に争いのない事実に基づき,原告らが被告国に対して有する損害賠償請求権ないし損失補償請求権を算定すると,以下に掲げる「原告債権額一覧表」(1)ないし(7)記載(円未満は切捨てる)のとおりとなる。

第三 結論

 以上により,原告らの本訴請求は,前掲「原告債権額一覧表」の「合計額」欄記載の各金員並びに右各金員に対する本件各事故発生の後の日であり,各訴状送達の日の翌日である主文末尾添付別紙「認容金額一覧表」の「遅延損害金起算日」欄記載の各日からそれぞれ支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は失当であるからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条,九二条但書を各適用し,仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し,右認容金額の三分の一の限度において仮執行を相当と認め,仮執行の免脱宣言は相当でないのでこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。