知財高裁平成26年10月29日第二部判決〔商標法4条10号・指定役務を「飲食物の提供」とする商標の周知性(否定)〕

【オレンジ法律事務所の私見・注釈】

1 本件は,Xが関西圏で「海鮮炭火焼き岩山海」等の商標(原告商標)を用いて,複数の飲食店を経営していたところ,Yが,第43類「飲食物の提供」を指定役務とした「とっとり岩山海」の登録商標(登録第5545439号商標,本件商標)を受けたので,これについて無効審判請求をしたが,不成立審決(無効2013-890039)がなされたことから,審決取消を求めた事案である。

本件の争点は,原告商標が,商標法4条1項10号に該当するか否かであった。

2 特許庁は,X経営の店舗数が6店舗と少なく,店舗エリアが大阪府の東大阪市,八尾市に限られていたこと,及び雑誌・テレビ等による紹介の数が少なかったことを理由として,原告商標は,本件商標の査定時のみならず出願時においても,原告商標が原告の業務に係る指定役務を表示する商標として,取引者,需要者の間に広く認識されていたとは言えないと判断し,無効請求の不成立審決をした。

3 これに対し,Xは,①商標法4条1項10号にいう周知と認められるために必要な地理的範囲は,関西地方で周知であれば足りる,②Xの飲食店を紹介した雑誌,新聞,テレビ等は,少なくとも関西一円で大量の需要者がアクセスできたものであるから,原告商標が,商標法4条1項10号に該当する周知性と地理的範囲の条件を満たしていることは明らかである,との主張をして,審決の取り消しを求めた。

4 裁判所は,以下のように述べて,審決を維持した。

(1)①周知性の地理的範囲について,商標法4条1項10号は,先使用未登録商標に他の商標登録出願を排除する効力を認めるものであるから,同号にいう「広く認識されている」に該当するといえるための地理的範囲としては,必ずしも全国的に知られている必要まではないが,1都道府県内で知られているだけでは足りず,少なくとも関西一円などの数県にわたる相当広い範囲で,取引者・需要者に知られていることを要するというべきである。また,「広く認識されている」といえるための取引者・需要者の範囲としても,同様の趣旨から,すべての取引者・需要者に知られている必要まではないが,相当程度の取引者・需要者に知られていることを要する。

②周知性の判断について,前提となる取引者・需要者としては,飲食物の仕入業者に限られず,広く一般の消費者が含まれているということができ,一般の消費者に飲食店名が広く知られるようになるためには,宣伝広告を積極的に行う,店舗数が相当程度多い,あるいは,マスコミに数多くないし頻繁に取り上げられているなどの特段の事情を要するものというべきである。

(2)原告商標については,X経営の全店舗数・店舗エリア,店舗が紹介された雑誌・新聞の性質・発行部数・掲載頻度・掲載記事の大きさ,店舗が紹介されたテレビ番組の放送エリア・放送回数・紹介の態様,広告・宣伝の態様,店舗の名称や料理提供の態様の個性,各店舗の外観や内装への工夫等の具体的な事情を考慮しても,特段の事情は認められず,一般の消費者に全国的に知られているとは認められないことはもとより,関西地方においても広く知られているとは認められないので,商標法4条1項10号に該当しない。

5 指定役務を飲食物の提供とした商標のうち,商標法4条1項10号の該当性が認められた裁判例としては,例えば知財高裁平成26年6月25日判決がある。この裁判例(前裁判例)では,実店舗数は3つであり,本裁判例原告の6つより少ないが,本裁判例原告と異なり,新聞,雑誌,テレビ,インターネット等の情報媒体を用いた広告・宣伝活動,神戸,名古屋,東京,京都,博多,広島,仙台,新潟,和歌山など全国各地の物産展への出展,大学祭への協賛及びコンビニエンスストアの企画への参加等の積極的な広告・宣伝活動を行ったことが周知性肯定に大きく影響したと考えられる。

もっとも,本裁判例では,前裁判例では考慮されなかった,店舗の名称や料理提供の態様の個性,各店舗の外観や内装への工夫等の考慮要素が考慮されている。今後の裁判例でも,これらの考慮要素が採り入れられるのか,どの程度周知性判断に影響を及ぼすのかが注目される。

■参考判例 知財高裁判決平成26年6月25日〔商標法4条10号・指定役務を「飲食物の提供」とする商標の周知性(肯定)〕

■参考判例 東京高裁判決平成14年5月29日〔商標法4条10号・指定役務を「飲食物の提供」とする商標の周知性(否定)〕

■参考判例 東京高裁判決昭和58年6月16日〔商標法4条10号・商標の周知性(否定)〕

主文

 原告の請求を棄却する。

 訴訟費用は原告の負担とする。 

 

事実及び理由

第1 原告の求めた裁判

 特許庁が無効2013-890039号事件について平成26年4月3日にした審決を取り消す。

第2 事案の概要

 本件は,被告の登録商標(登録第5545439号商標,本件商標)に対する無効審判請求の不成立審決の取消訴訟である。争点は,商標法4条1項10号該当性判断の当否である。

 1 本件商標(登録第5545439号商標)

 本件商標は,下記のとおり,毛筆風の「とっとり岩山海」の文字(「とっとり」の文字は「岩山海」の文字の約半分の大きさ)を横書きしてなるものであり,平成23年5月12日に第43類「飲食物の提供」を指定役務として登録出願され,平成24年12月3日に登録査定を受け,同月21日に設定登録された。

 本件商標は,前商標権者である壱番株式会社から被告に譲渡され,平成25年12月26日付けで商標権の移転登録申請がなされ,商標原簿に登録されている(なお,審判請求時の被請求人と現在の被告は異なるが,特に区別する必要がない場合は,単に「被告」と表記する。)。

 【本件商標】

(省略)

 2 特許庁における手続の経緯等

  (1) 審決に至る経緯及び原告の主張する本件商標の無効原因

 原告は,①本件商標は,原告が飲食店に使用して周知ならしめた「岩山海」又は「とっとり岩山海」の商標(原告商標)と類似又は同一であるところ,原告商標は,本件商標の登録出願時(本件出願時)及び登録査定時(本件査定時)において,原告及びフランチャイジーの商標として需要者の間に広く認識されていたものであって,原告は被告にとって他人であるから,本件商標は,商標法4条1項10号に該当する,②原告商標は,原告が開店した店舗を表示するものとして需要者に広く知られていたものであり,被告が本件商標を飲食店に使用すると,需要者は,原告が提供する役務であるかのように混同するおそれがあるから,本件商標は,商標法4条1項15号にも該当すると主張し,平成25年6月3日,無効審判請求をした(無効2013-890039号事件)。

 特許庁は,平成26年4月3日,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をし,同審決(謄本)は,同月11日に原告に送達された。

 なお,原告は,下記のとおり,ポップ体の「海鮮炭火焼」の文字と毛筆風の「岩山海」の文字(「海鮮炭火焼」の文字は「岩山海」の約3分の1の大きさである。)を縦書きにしてなる商標(登録第4967230号。平成17年11月22日登録出願,平成18年7月7日設定登録。)の商標権者であったが(指定役務:第43類「飲食物の提供」),被告から,平成23年5月12日に不使用取消審判請求がなされた(取消2011-300439号事件)結果,平成24年9月4日に請求成立の審決がなされ,同年10月15日に同商標権は消滅した。

 【第4967230号商標】

(省略)

 原告は,平成24年11月13日,「岩山海」の文字を標準文字からなり,指定役務を第43類「飲食物の提供」とする商標の登録出願を行ったが(商願2012-91880号),平成25年3月26日,本件商標を引用商標とする拒絶理由通知が発せられた。

  (2) 審決の判断(争点と関係の薄い部分は小さなフォントで表記する。)審決は,本件商標が商標法4条1項10号及び15号に該当しないから,無効とすることはできないと判断した。理由の要旨は次のとおりである。

   ア 原告商標の周知性について

 原告の店舗の看板やメニューに記載された「岩山海」,「岩山海ぐみ/鳥取ふるさと村」,「鶴橋/岩山海」,「岩山海ぐみ鳥取ふるさと村」又は「鶴橋岩山海」の文字,事業パンフレットに記載された「海鮮!岩山海布施本店」,「海鮮!岩山海小坂店」,「岩山海組みとく洞」,「岩山海ぐみ鳥取ふるさと村」,「鶴橋岩山海」,「とっとり岩山海なんば店」等の文字,雑誌・書籍に記載された「岩山海」,「岩山海小坂店」,「岩山海組みとく洞」,「岩山海ぐみ/鳥取ふるさと村」,「海鮮!岩山海布施本店」,「鶴橋岩山海」,「岩山海鶴橋店」の文字が商標として機能する場合があるとしても,これら各飲食店の事業主が原告であることを確認することができず,該当する飲食店は,わずかに6店舗であって,その営業地域も大阪府の東大阪市,八尾市に限られる。その他,雑誌(甲5の「関西ウォーカー」,甲6,7,11,22,28,30,31の「Meet regional」,甲14の「月刊飲食店経営」,甲21の「KANSAI1週間」等),テレビ放映(甲9,10,24)等についても,さほど多くなく,「岩山海」又は「とっとり岩山海」の文字からなる原告商標が,本件出願時及び本件査定時において,原告の業務に係る指定役務を表示する商標として,取引者,需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。

   イ 商標法4条1項10号該当性

 本件商標が商標法4条1項10号に該当するといえるためには,本件査定時のみならず本件出願時においても,原告商標が原告の業務に係る指定役務を表示する商標として,取引者,需要者の間に広く認識されていることを要する。原告商標は,本件出願時及び本件査定時において,原告の業務に係る指定役務を表示する商標として,取引者,需要者の間に広く認識されているものとは認められないから,本件商標は,商標法4条1項10号に該当するものとはいえない。

   ウ 本件商標と原告商標との対比について

 本件商標は,毛筆風の「とっとり岩山海」の文字からなるところ,「岩山海」の文字が大きく顕著に表されていること,「とっとり」の文字は「鳥取県」又は「鳥取市」に通じ,役務の提供地,内容,質等を表示するものとして認識される場合があり,自他役務の識別力が弱いことなどからすると,「岩山海」の文字部分が自他識別標識としての機能を果たす要部といえるから,全体から生ずる「トットリイワサンカイ」の称呼のほか,「イワサンカイ」の称呼をも生ずる。他方,原告商標のうち,「とっとり岩山海」は,本件商標と同一といえ,同じく「岩山海」は本件商標の要部と同一である。そうすると,本件商標と原告商標とは,構成文字の全部又は一部を共通にし,かつ,称呼を共通にする同一又は類似の商標と認められる。

 また,本件商標の指定役務と原告商標が使用されている役務とは,同一又は類似の役務といえる。

   エ 商標法4条1項15号該当性

 たとえ,本件商標と原告商標とが同一又は類似であり,本件商標の指定役務と原告商標の使用に係る役務とが同一又は類似のものであるとしても,原告商標は原告の業務に係る役務を表示する商標として,本件出願時及び本件査定時において,取引者,需要者の間に広く認識されていたものとは認められないし,また,原告が提出する証拠から,本件商標に接する取引者,需要者が,原告の業務に係る役務と混同を生じていることをうかがわせるものは発見できないから,本件商標をその指定役務について使用しても,該役務が原告又は原告と経済的・組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る役務であるかのように,その出所について混同を生じさせるおそれはなく,本件商標は,商標法4条1項15号に該当するものではない。

第3 原告主張の審決取消事由

 原告は,平成26年8月28日付け準備書面(2)において,審決の商標法4条1項15号該当性判断につき,同10号該当性判断とは異なる,固有の誤りは考えられないとして,同15号該当性判断についての取消事由の主張を撤回したため,取消事由は,同10号該当性判断に関するもののみとなり,以下のとおり,整理される。

 1 取消事由1(原告商標の周知性についての認定・判断の誤り)

  (1) 周知性の地理的範囲

   ア 審決は,商標法4条1項10号にいう周知と認められるために必要な地理的範囲について,どのような基準に依拠したのか明示していないが,少なくとも,関西地方での周知程度では同号にいう周知とはいえないと判断したことがうかがわれる。

 しかしながら,関西地方で周知であれば,商標法4条1項10号の周知商標と認められるから,審決は,周知性を肯定するための地理的範囲についての判断を誤ったものである。

   イ 審決は,原告商標の周知性に関する各証拠の評価を誤ったものである。

 すなわち,甲5の「関西ウォーカー」という雑誌は,関西一円で販売されている情報誌であり,発行された平成17年の段階では,8万部以上の部数が発行されていたと推認される。甲6,7,11,22,28,31の「MEETS Regional」という雑誌は,関西地方を中心に広く販売されている食の情報誌であるが,毎号15万部が発行されていた。

 甲9及び甲24のテレビ放映は,関西一円をエリアにしており,たとえ視聴率が低かったとしても,膨大な数の需要者の目に触れたはずである。

 甲14の「月刊飲食店経営」という雑誌は,飲食店経営者等を対象にした業界誌であるが,発行部数は8万余りであり,業界誌といっても,購読するのは成人で,飲食店の客と重なるから,講読者を需要者と同一視できる。しかも,甲14は,既に「岩山海」という名称を持つ飲食店が有名であるから,記事として取り上げて紹介したものであって,他の媒体のように,宣伝効果があるだけではない。大量の人が移動する大都市圏では,有名店の情報は,都府県を超えて周辺を含んだ広い範囲で共有されるのが通常であり,甲14のような全国的な業界誌に紹介されていることは,「岩山海」という飲食店名が関西地方で広く知られていたという事実を推認させるものである。

 甲16,20,32,33の日本海新聞は,鳥取県を中心にして発行されている地方紙であり,「岩山海」は,関西地方のみならず鳥取県においても紹介されている。鳥取県東部行政管理組合のウェブサイトや「鳥取因幡協力店ガイドブック」(甲26の1,2)の記載からも,「岩山海」という飲食店名が府県をまたいだ広い範囲で知られていた事実が,把握できる。

 甲17の大阪日日新聞は,大阪府を中心に発行されている地方紙であるが,関西一円では人の行き来が多いから,関西の広い範囲の人の目に触れていたといえる。

 以上のとおり,原告の飲食店を紹介した雑誌,新聞,テレビ等は,少なくとも関西一円で大量の需要者がアクセスできたものであるから,原告商標が,商標法4条1項10号に該当する周知性と地理的範囲の条件を満たしていることは明らかである。

 なお,甲34は朝日新聞の大阪版記事であるが,情報化が進んでいる現代において,大都市圏では飲食店の情報は府県を超えて広がっているのが普通であり,大新聞である朝日新聞が紹介するほどの店舗は,既に,関西地方で多くの人に知られていたと推認される。

 また,甲29の大阪街遊本は中国語のガイド誌であり,頒布対象は中国人観光客であるが,公益団体である大阪コンベンション協会が協賛して発行している背景には,日本人の需要者に岩山海が有名店として広く認識されている事実が存在する。大阪の居酒屋も近隣の府県の多くの人が利用するものであり,大阪で有名であれば,関西一円でも有名であることが通常であるから,大阪を代表する飲食店として外国人向けに紹介されていることからすれば,関西一円の需要者にも有名店として知られていたことが推認される。

  (2) 周知の浸透度について

   ア 需要者層のうち,どの程度の割合に知られていれば,商標法4条1項10号にいう周知商標といえるかは,商品・サービスの一般性や特殊性の相違,需要者の多寡等の種々の要因によって異なる。

 飲食店についてみると,極めて多数の店舗が存在しているのみならず,大半の国民が需要者となり得る極めて層が厚い業種であるから,需要者の知得の割合が低くても,相当程度の需要者に知られていると客観的に認められる場合は,商標法4条1項10号の保護に値する信用が形成されていると認められるというべきである。

 飲食店のように,人が主体となって店舗等でサービスを提供する業種では,体験なしにサービスの質を把握できない。しかしながら,サービスの質を確認する目的で店に出向く需要者は多くなく,初めての店舗に出向く場合は,他人による評判を頼りにすることがほとんどであり,このため,各種のガイドブックや比較サイトが多数出回っている。したがって,飲食店にとって,評判は命ともいうべきものであり,他者の紹介は高い客観性・信頼性があるため,本人の宣伝の数倍に勝る信用形成効果があるといえる。

 また,飲食店の味に関する評判は,口コミで伝播するものであり,このような評価が積み重なって,雑誌等の伝達媒体で取り上げられ,信用が有形化していくものである。

 しかも,飲食店の場合は多数人で訪れることが非常に多いため,評判の拡散性も高い。

 商標法4条1項10号の周知の浸透度の判断は,このような飲食店の持つ特殊性を十分に考慮して行われるべきである。

   イ 審決は,原告商標が商標として機能する場合があるとしても,これら飲食店の事業主が原告であることを確認することができず,該飲食店はわずか6店舗であって,その影響地域も大阪府の東大阪市,八尾市に限られており,雑誌,テレビ放映等についても,さほど多いものといえず,「岩山海」又は「とっとり岩山海」の文字からなる原告商標が,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,原告の業務に係る役務を表示する商標として,取引者,需要者の間に広く認識されていたとは認められないと判断したが,以下の点で誤りがある。

 まず,審決は,個々の証拠を分断して需要者への認知の程度を判断しただけであって,全体のつながりの中での原告商標の位置付けに目を向けていないが,このような視点では,原告商標が需要者にどのように認知されていたのかという点を正しく理解することはできない。また,個々の証拠が信用の形成にどのように貢献していたかということ以上に,繰り返し紹介されているという事実の持つ意味は重要であるにもかかわらず,審決は,各証拠を分断して表面的に検討しただけで,継続して紹介されていることの意味を探求しておらず,この点において,判断に欠落・遺漏があったというべきである。

 また,審決は,個々の証拠評価も誤っており,発行部数についての認識,紹介記事の大きさや目立ち具合についての評価,ウェブサイトの持つ広告機能,関西地方以外での紹介についての意義の評価,原告の店舗数の数や営業地域についての評価などの点にも,誤りがある。

 さらに,各媒体のうち,新聞や雑誌は,一人で見る場合もあるが,複数人が見ることも多い。特に,飲食店は多数人で訪れることが多いため,関西ウォーカー等のガイドブックの類は,複数人が回し読みすることも多く,実際に接する需要者の数は,発行部数よりもはるかに多い。幹事が雑誌に基づいて店舗を選定して多数人で来店すると,副次的効果として,来店した多数人が店舗の情報を共有するということになるため,評判が評判を呼ぶという効果が発揮されて,店舗及びこれを表示する商標に高い信用が形成されることになる。これらの点を,審決は正しく理解していない。

 2 取消事由2(商標法4条1項10号の「他人」の解釈の誤り)審決は,各店舗の経営主体と原告との関係を問題にしており,両者の関係が不明確であることを,周知性否定の理由の一つにしている。つまり,商標法4条1項10号の適用に際し,「他人」を審判請求人である「原告」と置き換えて判断したと考えられる。

 しかしながら,商標法4条1項10号の趣旨は,出所混同防止という公益性と,既に形成されている信用の保護という私益保護性との調整にあるが,同10号は,保護すべき私益の主体の氏名や名称が需要者に知られていることを要求しているわけではない。同10号に規定する「他人」とは,出願人でない「誰か」ということであり,「他人」の具体的な氏名や名称が周知である必要はない。

 周知性で判断すべきは,当該商標が広く知られていたかということだけであり,特定の「誰の」商標として知られていたかということが明らかである必要はないにもかかわらず,審決は,商標法4条1項10号の「他人」の解釈を誤って周知性に過剰な要件を課した点に誤りがある。

第4 被告の反論

 1 取消事由1(原告商標の周知性についての認定・判断の誤り)に対して

  (1) 周知性の地理的範囲

   ア 商標法4条1項10号による周知商標の保護は,登録主義法制下で,例外的に,未登録商標であっても,それが周知である場合には,既登録商標と同様に,これとの間で出所の混同のおそれを生じさせる商標の登録出願を排除することを,認めようとするものである。しかも,商標登録出願が排除されると,出願人は,その出願商標を,日本全国にわたり,登録商標としては使用できなくなり,排除の効力は全国に及ぶ。これらの点からすれば,商標法4条1項10号における周知といえるためには,特別の事情が認められない限り,全国的にかなり知られているか,全国的でなくとも,数県にまたがる程度の相当に広い範囲で多数の取引者・需要者に知られていることが必要であると解すべきである。

 「飲食物の提供」の役務も,全国又は相当広い地域にわたり多数展開されている店舗において一定の商標を使用して提供されることは珍しいことではなく,「飲食物の提供」の役務に使用する商標の周知性についての地理的範囲を狭く解する必要性は認められない。

   イ 「海鮮!岩山海布施本店」,「海鮮!岩山海小坂店」,「岩山海組みとく洞」,「岩山海ぐみ鳥取ふるきと村」,「鶴橋岩山海」,「とっとり岩山梅なんば店」の営業地域は,東大阪市(「海鮮!岩山海布施本店」,「海鮮!岩山海小坂店」,「岩山海組みとく洞」),八尾市「岩山海ぐみ鳥取ふるきと村」,大阪市中央区(「とっとり岩山海なんば店」)及び大阪市生野区(「鶴橋 岩山海」)である。仮に周知性を要求する地理的範囲が関西地方や大阪府で足りるとしても,原告商標が,本件出願時及び本件査定時において,原告の業務に係る役務を表示する商標として,取引者,需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできないという結論に,変わりはない。

   ウ 仮に,本件商標の登録出願日までの間の雑誌7件(甲5ないし7,11,14,21,22)及びテレビ放映2件(甲9,24。甲10を含めても3件)すべてが,原告が,飲食物の提供という業務について,「岩山海」又は「とっとり岩山海」という標章を使用していたという内容であったとしても,「海鮮!岩山海布施本店」がオープンしたとされる平成16年8月から本件出願日までの6年9か月の間に,メディアにこの程度の回数や頻度で取り上げられたことが,商標法4条1項10号の周知性獲得を裏付けるものとはいえない。

 原告は,原告商標が,複数種類の媒体で,平成17年から平成24年末(本件出願日よりも後の期間を含む。)に至るまで長期にわたって繰り返し紹介されたと主張するが,長期間の間に散発的に取り上げられたにすぎない。

 まして,雑誌7件及びテレビ放映2件(又は3件)は,さまざまな店舗を取り上げたものであって,原告商標に対応するものはその一部にすぎないから,これらの雑誌,テレビ放映の事実は,原告商標の周知性獲得を裏付けるものとはいえない。

 本件出願後,本件査定前に発行された雑誌(甲30,31)には,それぞれ「鶴橋 岩山海」及び「岩山海 鶴橋店」と表示されているが,これらが本件商標の登録査定時における商標法4条1項10号の周知性獲得を裏付けるものとはいえない。

 甲16,20,32,33は,日本海新聞又はそのウェブサイトにおける鳥取県内産品の販路拡大やアンテナショップ開設,とっとりふるさと大使等に関する記事,居酒屋「岩山海」と鳥取県との関わり等に関する記事にすぎず,原告商標の周知性を裏付けるものではない。しかも,甲32,33は本件商標の登録出願後のものである。

 甲26の1のウェブサイト及び甲26の2のガイドブックは,「とっとり岩山海なんば店」と鳥取県との関わりを示すものにすぎず,原告商標の周知性を裏付けるものではない。

 甲17の大阪日日新聞の発行部数はわずかであるから,関西の広い範囲の人の目に触れたとはいえない。

 甲34の朝日新聞は,本件査定後に発行されたものであるし,「わがまちの繁盛店 岩山海布施店」に関する記事は,大阪府を【大阪市内】【大阪東部】【大阪北摂】【大阪堺泉州】【大阪河内】【第2大阪】の6つに分割した地域の1つである【第2大阪】地域において配布されるものにのみ存在する地域面であり(甲48),購読地域は極めて限られていた。

 甲29の「大阪街遊本」は,発行日が不明であり,発行部数,頒布方法,頒布地域等は一切明らかでないし,その掲載内容も,各地域における他の飲食店と共に,料理の特徴,味,価格等について店舗を紹介するものであり,岩山海の店舗が他の飲食店と比較して極めて目立つというほどのものではないから,本件出願時における原告商標の周知性を裏付けるものとはいえない。

  (2) 周知の浸透度

 商標法4条1項10号による周知商標の保護は,登録主義法制下で,例外的に,未登録商標であっても,それが周知である場合には,既登録商標と同様に,これとの間で出所の混同のおそれを生じさせる商標の登録出願を排除することを,認めようとするものであり,排除の効力は全国に及ぶから,同10号における周知といえるためには,特別の事情が認められない限り,全国的にかなり知られているか,全国的でなくとも,数県にまたがる程度の相当に広い範囲で多数の取引者・需要者に知られていることが必要であると解すべきである。飲食店数及び需要者数が多数であったとしても,「飲食物の提供」の役務に使用する商標について,需要者の知得の割合が低くても周知と認める必要性は認められない。

 初めての店舗であっても,その店舗についての本人の宣伝によって出向くことも多い。また,飲食店についてのガイドブック,雑誌の紹介記事,比較サイト等の内容が,必ずしも十分な信用をおけるものではなく,他人の評判に基づくものとは限らないし,他人の評判と各人の評価にはしばしば差があるから,雑誌等に掲載されたことが信用形成に直結するものではない。さらに,信用と周知は同じ意味ではない。信用が高い飲食店であっても,広く知られてはいないということは少なくない。店舗数が少なくてもその店舗名が周知になることはあるが,よほど特別な事情がある場合に限られる。

 2 取消事由2(商標法4条1項10号の「他人」の解釈の誤り)に対して

 商標法4条1項10号は,「他人」自体が需要者の間に広く認識されていることを要件とするものではなく,特定の者又はその者と一定の関係を有する者の業務上の信用が商標に十分に化体されていることを要件とするものである。したがって,使用者自体が周知となる必要はないが,一定の何人かの商品又は役務の識別標識であるという点において周知でなければならないのであり,審決は,かかる枠組みから何ら逸脱するものではない。原告は,審決を正しく理解していない。

第5 当裁判所の判断

 1 認定事実

 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(甲3と甲40は同一であり,以下,認定の根拠となる証拠を摘記するときは,甲3のみを記載する。)。

  (1) 原告商標を用いた原告の経営する居酒屋の店舗(「岩山海」グループ)について

   ア 原告は,平成16年8月,大阪府東大阪市高井田に「海鮮!岩山海」との名称で居酒屋を開店し,布施本店とした。布施本店は,近鉄奈良線,大阪線の布施駅(大阪難波駅から約15分)から徒歩約10~15分の場所に位置する。布施本店の看板には,白い下地に,少し小さめに「海鮮」という文字が赤く横書きされ,「岩山海」という文字が毛筆風で黒く縦書きされている。また,店内のメニューにも「海鮮!岩山海」と黒字で記載されているが,文字の大きさは「岩山海」の部分が大きい。(甲1ないし6,9)

 その後,原告は,平成18年7月21日,上記個人経営の居酒屋を法人化し(商業登記簿登録上の代表取締役は,A及びB),飲食店の経営,飲食業に関するフランチャイズチェーン店の加盟募集,加盟店の営業指導等の経営コンサルタントに関する業務等を目的とする,株式会社岩山海を設立した(甲3,38,39)。

 原告ないし株式会社岩山海は,次々に新店舗を開き,「岩山海」を名称に含む店舗は,布施本店以外に,フランチャイズチェーン店を含め,大阪府東大阪市長堂に「岩山海組みとく洞」(みとく洞。既に閉店),大阪府東大阪市御厨に「海鮮!岩山海小阪店」(小阪店),大阪府八尾市山城町に「岩山海ぐみ鳥取ふるさと村」(八尾店),大阪市生野区鶴橋に「鶴橋岩山海」(鶴橋店),大阪市中央区難波の「とっとり岩山海なんば店」(なんばCITY店),東京都八王子市横山町に「いわさんかい八王子店」(八王子店)がある。

 店舗名について,小阪店では,店舗正面の入り口の上に岩のオブジェが設置され,その一部がくり抜かれて店舗名が表記されているが,そこでは,海の中を背景に「岩山海」という文字が,毛筆風で黒く記載され,白く縁取りされている。八尾店の看板には,「岩山海」という文字が黒く縦書きで,その下に「ぐみ」という文字が「岩山海」という文字よりは小さく黒く横書きで,更にその下に「鳥取ふるさと村」が「岩山海」という文字よりは小さく赤く縦書きで記載されているが,店内のメニューでは,「岩山海ぐみ」という文字が小さく記載され,その下に「鳥取ふるさと村」と大きく記載されている。鶴橋店では,看板が店舗正面壁上部と店舗正面壁右側の2箇所に設置され,「鶴橋」という文字が 「岩山海」よりも小さく赤く,その下に「岩山海」という文字が黒く記載され,店内のホワイトボードやメニューには同じ文字の大きさで「鶴橋岩山海」と記載されている。(甲1ないし3)

 このように,「岩山海(「いわさんかい」を含む。)」,「とっとり岩山海」という原告商標は,原告ないし原告が設立した株式会社岩山海が経営ないしフランチャイズする居酒屋という役務を表示する機能を果たしている。

   イ 「岩山海」グループは,鳥取県北西部に位置する境港に出向いて食品を仕入れて,客に提供しており,店舗や座席によっては,七輪が客のテーブルに設置され,客自ら又は店舗スタッフがそれを用いて海鮮を焼くことができるスタイルが採用されている(甲3)。

  (2) 雑誌,新聞での紹介

   ア 布施本店が,平成17年10月11日号「関西ウォーカー」の「秋の味覚SPECIAL」の特集記事の1つとして,69ページ左下で紹介された(同じページの3店舗と比較すると,掲載スペースは小さい。)。「関西ウォーカー」は,エリア情報誌であり,隔週火曜日に発行されていたが,布施本店が紹介されたのは,通算291号に当たる。同誌の発行部数は,平成20年4月から同年6月までの平均が約12万9000部,平成21年10月から同年12月までの平均が約11万8000部,平成24年10月から翌年9月までの平均が約8万4000部であり,販売地域は,関西地方である(ただし,その他の地域でも大型書店では入手可能である。)。(甲3,5,54,56,57)

   イ 布施本店が,平成18年1月号「Meets regional」で,12ページ全部を使って紹介された。「Meets regional」は,エリア情報誌であり,毎月1回発行されていたが,布施本店が掲載されたのは,通算211号に当たる。同誌の平成24年10月から翌年9月までの平均発行部数は,約15万部であり,エリア情報誌としては当該期間中で最も多いが,テレビ情報誌と比較すると,最も発行部数が多い「月刊 ザ テレビジョン」の約4分の1であり,販売地域は関西地方が中心である(ただし,首都圏他全国の主要都市でも入手可能である。)。(甲3,6,56,58)

   ウ 布施本店が,平成18年4月ころ,中国語の「大阪街遊本」というフリーペーパーのガイドブックで紹介された。同誌は,18ページから25ページにかけて「大阪美食天国」というグルメ特集を組み,布施本店は,他の5店舗と共に,25ページの「大阪美食天国 探訪“老街区”美味」で紹介され,24ページには,大阪市浪速区にある「グリル 梵」といった比較的知名度のある店も紹介されている。なお,同誌は,大阪府立中之島図書館において,平成21年1月9日から同年3月11日まで開催された「第5回 A GUIDE BOOK to OSAKA」で展示され,ウェブサイトでも紹介された。(甲29,64)

   エ 小阪店が,平成18年9月号「Meets regional」(219号)で,74ページの下半分を使って紹介された(甲3,7)。

   オ みとく洞が,平成19年1月号「Meets regional」(223号)で,58,59ページの見開き2ページを使って紹介された(甲11)。

   カ 八尾店が,平成19年8月号「月刊飲食店経営」で,62,63ページを使って紹介された。「月刊飲食店経営」は,毎月1回発行されていたが,八尾店が紹介されたのは通算388号に当たる。同誌の発行部数は,約8万2000部である。(甲14,61)

   キ 布施本店が,「Meets regional ほんまにうまい本」で,京阪神地域の400店舗の1つとして,93ページの1ページ全部を使って紹介された(甲3,28)。

   ク 平成20年4月27日付け大阪日日新聞(21頁(社会面)右上)において,鳥取県の情報を定期的に発信する「鳥夢スクエア」というイベントの開催,C知事の同イベントへの参加と併せて,なんばCITY店の開店が紹介された。同記事には,「岩山海」グループにはなんばCITY店以外にも店舗があることや,原告(ただし,名字のみ。)が鳥取ふるさと大使に委嘱されたことについての記載もあった。大阪日日新聞は,地方新聞で,平成18年7月から同年9月の発行部数の平均は7750部であり,宅配エリアは,平成12年8月ころは,ほぼ大阪市内に限られていたが,平成15年に大阪府内の吹田市,豊中市,守口市,堺市,泉佐野市,岸和田市,箕面市,池田市まで拡大し,その後,部数の伸び悩みで縮小し,大阪市と吹田市,豊中市,池田市,守口市の一部となっている。また,駅やコンビニでの即売は,大阪府内ほぼ全域と神戸市,京都市などの通勤圏エリアに浸透しているが,輸送の関係で大阪府であっても配達されていない地域がある。(甲17ないし19,46,60)

   ケ 平成20年6月28日付け日本海新聞(10頁右上)において,鳥取県東部アンテナショップが大阪市内に開設された記事が掲載され,ページの右側4分の1を5段使った記事の中で,なんばCITY店の開店及び原告が同店の社長を務めていること等が紹介された。日本海新聞は,地方新聞で,その発行部数は約17万部であるが,鳥取県でのシェアが高い。(甲20,47,59)

   コ 布施本店が,平成20年10月21日号「KANSAI1週間」の「K☆1 流・行・通・信」という特集記事において,「NEO海鮮居酒屋」として,121ページの右側を使って紹介された。「KANSAI1週間」は,平成22年6月の休刊までの間,関西地方で発行された雑誌で,平成11年3月の創刊時の発行部数は35万部であったが,平成22年3月には発行部数が8万部まで落ち込んだ。(甲3,21,62,63)

   サ 鶴橋店が,平成20年12月1日発行「Meets regional京阪神の晩ごはん」の66ページ(大阪紹介部分の16ページ目)で,他の2店舗と共に紹介された(甲22)。

   シ 難波CITY店は,鳥取県東部広域行政管理組合が平成21年8月20日に発刊した「鳥取因幡協力店ガイドブック」において,関西で鳥取に出会える32店舗の1つとして紹介され,その後も「鳥取因幡協力店」のウェブサイトで紹介されている(甲26の1,26の2,35)。

   ス 鶴橋店が,平成23年9月号「Meets regional」(279号)の「夕方から行く疎開道路」を紹介した40ページにおいて,6店舗の1つとして紹介された(甲30)。

   セ 鶴橋店が,平成24年2月号「Meets regional」(284号)の41ページで,9店舗の1つとして紹介された(甲31)。

   ソ 布施本店が,平成24年12月20日付け朝日新聞(第2大阪版)の28ページ(地域面)の左上で,「わがまちの繁盛店」として紹介された。朝日新聞の地域面は,大阪府内だけで大阪市内,大阪東部,大阪北摂,大阪堺泉州,大阪河内,大阪第2の6種類があり,それぞれ記事が異なる。(甲34,48)

  (3) テレビでの紹介

   ア 布施本店が,平成18年9月9日,MBS毎日放送「せやねん」という番組で紹介された。同番組は,毎週土曜日午前9時25分から午前11時45分まで放送されていた。同日は,Dの長男出産に伴う経済動向などと並んで,「秋だサンマがウマイ」という特集が組まれ,地元で人気のおいしい魚を食べさせてくれる店として,3店舗が取り上げられ,布施本店は,番組開始から約1時間35分後に,そのうちの1店目として紹介された。同店に関する部分では,店長である原告と他の店員が実際にサンマ定食を作り,それを食べた感想が述べられた。(甲3,8,9)

   イ みとく洞が,平成18年10月,YTV読売テレビ「あさパラ!」という番組で紹介された。同番組は,毎週土曜日午前10時58分から放送されていた。(甲3,10)

   ウ なんばCITY店が,平成21年1月21日,MBS毎日放送「Eの魔法のレストラン」という番組で紹介された。同番組は,毎週木曜日午後6時55分から午後7時54分まで放送されていた。同日は,「御堂筋激安うまいもんパレード2009」という特集が組まれ,なんばCITY店は,「境港直送の海鮮が食べられる難波のマル秘スポット」として,8店舗のうちの最後に紹介された。同店に関する部分として,Eを含めた4人のタレントが同店を訪れ,店内の備品のほかに,かに汁や刺身の盛り合わせ,魔法の大山鶏つみれ鍋定食,魔法の海鮮丼といった料理を紹介するとともに,飲食をしたり会話をするシーンが放映された。(甲3,23,24)

  (4) 広告,宣伝

   ア 八尾店が平成19年5月16日にオープンするに際し,ちらしが作成されて配布されたが(甲12),作成枚数や配布された地域は不明である。また,八尾店のパンフレットは,それ以外にも作成されたが(甲13),同様に作成枚数や配布された地域は不明である(外観からしても,周辺に配布されたものかどうか定かでない。)。

   イ 「岩山海」グループが,平成19年11月18日限定で,境港を巡るカニ食べ放題の日帰りツアーを企画し,ちらしが作成されて配布されたが(甲15),作成枚数や配布された地域は不明であり,参加者数も不明である。

   ウ 布施本店のリニューアルオープンに際して,ちらしが作成されて配布されたが(甲27),作成枚数や配布された地域は不明である。

  (5) 原告の知名度

   ア 平成20年3月12日号日本海新聞において,24ページ(地域総合面)右約3分の1を使って県大阪事務所の鳥取県産品の視察ツアーが紹介されたが,その中で「岩山海」グループの代表者である原告の,鳥取県産日本酒に関する感想が,2段にわたって紹介された(甲16)。

   イ 平成24年11月1日の日本海新聞の記事,及びそれを引用するネット版日本海新聞には,「関西からのメッセージ」として,「岩山海」グループのプロデューサーである原告の鳥取県産食材を提供する飲食ビジネスにかける思いが,紹介された(甲32,33)。

   ウ 原告は,平成20年4月26日以降,鳥取県から,とっとりふるさと大使に委嘱されている。とっとりふるさと大使に委嘱されているのは,他に,ゆうちょ銀行代表執行役会長のF,元バレーボール選手のG,ヴァイオリニストのH,女優のIやJ,モデル・タレントのK,歌手のL,Jリーグ所属サッカーチームのガイナーレ鳥取などがいる。(甲19)

  (6) その他の媒体

 個人のブログ(デザウマ)において,「いわさんかい」という特徴的な名称を有し,料理の提供方法が豪快な居酒屋として,布施本店が紹介されている(甲25)。

 2 取消事由1について

  (1) 検討

   ア 商標法4条1項10号は,先使用未登録商標に他の商標登録出願を排除する効力を認めるものであるから,同号にいう「広く認識されている」に該当するといえるための地理的範囲としては,必ずしも全国的に知られている必要まではないが,1都道府県内で知られているだけでは足りず,少なくとも関西一円などの数県にわたる相当広い範囲で,取引者・需要者に知られていることを要するというべきである。また,「広く認識されている」といえるための取引者・需要者の範囲としても,同様の趣旨から,すべての取引者・需要者に知られている必要まではないが,相当程度の取引者・需要者に知られていることを要するというべきである。

   イ 本件商標は,飲食物の提供を指定役務とするところ,「岩山海」グループも,同様に,居酒屋として,海鮮や酒などの飲食物の提供に原告商標を使用している。そして,本件出願時や本件査定時において,家族連れで居酒屋に行くことも珍しくなくなっており,居酒屋は,飲酒の有無にかかわらず,年齢層や性別を問わずに利用されるのが一般的であるといえる。そうすると,原告商標の周知性を判断する前提となる取引者・需要者としては,飲食物の仕入業者に限られず,広く一般の消費者が含まれているということができる。

   ウ 食べログに登録された,大阪府,兵庫県及び京都府内の居酒屋の店舗数は,それぞれ5万9385,3万2391,1万8558であり(甲49ないし51),飲食店の種類には,居酒屋以外にもレストラン,日本料理店,中華料理店等が存在するから,京阪神地域の飲食店だけでも,相当多くの店舗が存在すると認められる。したがって,特定の店舗が新聞,雑誌やテレビ等で取り上げられたとしても,一般の消費者が,記事や番組で紹介された数多くの飲食店の中から当該店舗に注目し,その店舗名等を記憶にとどめることには直ちにつながらず,一般の消費者に飲食店名が広く知られるようになるためには,宣伝広告を積極的に行う,店舗数が相当程度多い,あるいは,マスコミに数多くないし頻繁に取り上げられているなどの特段の事情を要するものというべきである。

   エ(ア) 上記認定事実によれば,原告の経営する店舗のうち,原告商標ないしその主たる部分である「岩山海」(ひらがなの「いわさんかい」を含む。)を名前に含む店舗は,①大阪府の2大歓楽街として知られるミナミの最南端で,大阪府南部地域の交通拠点の難波にあるショッピングモール「なんばCITY」内の,なんばCITY店,②大阪環状線と近鉄奈良・大阪線のターミナル駅であり,焼肉で有名な鶴橋にある鶴橋店を除けば,人口の密集する中心部や観光地にはなく,東大阪市や八尾市の近鉄沿線上,あるいは,東京都の23区内から離れた八王子市にある。そして,全店舗数も関西に5つ,関東に1つの合計6つにすぎない。

 (イ) また,新聞や雑誌での紹介について検討するに,「関西ウォーカー」の発行部数は少なくないが,毎週発行され,布施本店が紹介されるまでに既に290号が発行されていた上に,毎号で多数の店舗が紹介されるから,ページの3分の1以下のスペースを使って一度取り上げられただけであれば,購読者に注目され,記憶にとどめるほどであったとは認められない。

 「Meets regional」の発行部数は比較的多く,原告商標を持つ「岩山海」グループのいずれかの店舗が,平成18年以降,約3年後の本件出願時までに5回,本件査定時までに更に2回掲載され,その際最大1ページを使って紹介されていたと認められるが,毎月発行され,本件査定までに最後に掲載されたのは284号であり,毎号で多数の店舗が紹介されていることからすると,この程度の頻度や掲載の大きさでは,購読者に注目され,記憶にとどめるほどであったとは認められない。

 「KANSAI1週間」も,本件出願時や本件査定時の発行部数は8万部を上回る程度であったと推認され,それ自体は少なくないが,週刊誌であり,掲載されるまでの約9年間で450号は発行されていたと考えられる上に,毎号で多数の店舗が紹介されていることからすると,1回だけ,1ページの半分のスペースを用いて掲載されただけでは,購読者に注目され,記憶にとどめるほどであったとは認められない。

 「鳥取因幡協力店ガイドブック」の発行部数は不明であるし,ウェブサイトも含めて,紹介されているのは関西地方で鳥取の雰囲気が楽しめる店舗であるから,鳥取県にゆかりや関心のある者が自ら入手ないしアクセスしない限り接触しない情報であって,一般的な消費者が情報を得る媒体とはいえない。仮に入手ないしアクセスしたとしても,32店舗のうちの1つとして並列的に紹介されているにすぎず,入手ないしアクセスした者に注目され,記憶にとどめるほどであったとは認められない。

 「大阪街遊本」は,主に中国人観光客を対象とするフリーペーパーであって,関西地方在住の一般の消費者に読まれるものではない。仮に読まれることがあったとしても,約32ページの雑誌の1ページの中で取り上げられただけでは,読者に注目され,記憶にとどめるほどであったとは認められない。また,同誌が取り上げた店舗の選定基準は不明であり,知名度が高い店舗だけが選ばれているとは必ずしもいえない。

 「月刊飲食店経営」の発行部数も少なくないが,購読者層は,主として,飲食店経営者や飲食業に関心を有する者という特定の層と推測される上に,毎月発行され,八尾店が紹介されるまでに387号発行され,毎号で,全国の多数の店舗が紹介されていることがうかがわれるから,1回だけ見開き2ページを使って紹介されただけであれば,購読者に注目され,記憶にとどめるほどであったとは認められない。同誌で八尾店を含めた「岩山海」グループについて言及されたことも,経営の観点からの紹介記事と考えられ,知名度の高さを示すものとは必ずしもいえない。

 「大阪日日新聞」は地方新聞であって,発行部数は少ないし,「日本海新聞」も鳥取県での購読が中心であり,関西地方においては読者層が限定されていると考えられる。また,これらの新聞のイベント紹介の記事中に,原告や原告商標が掲載されたとしても,購読者に注目され,記憶にとどめるほどであったとは認められない。

 なお,「朝日新聞」での紹介も地方面での掲載であり,読者層が限定されていることからすると,特に地域限定で紹介するという記事と推測され,関西地方全般で知名度があったことを前提とするものではない。

 そして,これらの新聞や雑誌における紹介を総合的に見ても,掲載された新聞や雑誌が限定されている上に,本件出願時までの約5年半の間に12回,本件査定時までの約7年でも14回であって,掲載の頻度も高くないことからすると,購読者に注目され,記憶にとどめるほどであったとは認められない。このことは,新聞や雑誌が多人数で回し読みされる場合があることを考慮したとしても,変わりない。

 (ウ) テレビでの紹介も,関西地域限定の番組で,約2年半の間に3回放映されただけであるし,そのうち内容が確認できる2回の放映の中では,他の店舗と並列的に紹介されたにすぎない。

 例えば,「せやねん」では,旬の素材を用いて,安価においしい料理を提供する飲食店という,関西地方では極めてありふれた特集の中で取り上げられたものであって,有名な店として知られている前提で紹介されたわけでもない。

 また,「Eの魔法のレストラン」も,激安のおいしい料理を提供する店というありふれた特集を放映したもので,その中でマル秘スポットとして紹介されており,有名ではない前提で紹介されている。その上,明らかになんばCITY店のサービスとは関係ない場面も多い。

 上記各テレビ放映の視聴率は明らかではないが,仮にテレビ放映による影響が予想以上に大きいとしても,本件では,テレビ放映後に,「岩山海」グループに客が多数来店したことをうかがわせるような証拠もない。

 (エ) その他の広告や宣伝は,ちらしの作成枚数や配布地域が不明であり,その効果も不明である。居酒屋のオープンやリニューアルオープンに際してのちらしも,関西地方全域で「岩山海」の名称を周知させるために配布されたとは認められない。

 また,個人のブログ(デザウマ)の影響力も不明であるが,仮に,全国からアクセスされていたとしても,このことから,知名度が直ちに上昇するものでもない。

 (オ) 原告は,平成20年4月26日にとっとりふるさと大使を委嘱されたが(甲19),同じくとっとりふるさと大使を委嘱された上記有名人たちほど知名度があるとは認められない。また,鳥取県にゆかりがある者でなければ,通常,とっとりふるさと大使に誰がなっているかを容易には知り得ないし,その中に原告の名前を見つけたとしても,「岩山海」との関係は容易に認識できない。

 (カ) 「岩山海」の読みである「いわさんかい」は,関西弁で「痛めつけてやろうか」,「やりこめてやろうか」という意味を持ち,関西人が見聞きした場合,用いられている漢字から来る「岩」,「山」,「海」といった自然以外の意味を併せ持つ掛詞的な名称といってよいが,一度見聞きすれば記憶に定着するほど個性的というわけではない。

 また,「岩山海」グループは,境港から直送した海産物を提供すること,七輪を用いて客が自ら海鮮を焼く場合があることを特徴とする飲食店であるが,際立って個性的であるとまでは認められない。

 さらに,各店舗の外観や内装には一定の個性的な工夫がなされているが,「岩山海」の名称を広く普及させるほどのものではない。

 (キ) 以上によれば,原告商標は,一般の消費者に全国的に知られているとは認められないことはもとより,関西地方においても広く知られているとは認められない。このことは,都市近郊における人の行き来に伴う情報の伝播を踏まえたとしても,同様である。

   オ したがって,本件商標が,商標法4条1項10号に該当しないとした審決の判断に誤りはない。

  (2) 原告の主張について

   ア 原告は,審決は,関西地方で周知であっても商標法4条1項10号に該当する商標に当たらないと判断したものであって,同号で周知性を認めるために必要な地理的範囲の判断を誤ったものであると主張する。

 しかしながら,審決は,原告商標の新聞,雑誌での掲載状況,テレビでの放映状況等からすれば,原告商標が,原告の業務に係る役務を表示する商標として,取引者や需要者の間に広く認識されていたとはいえないと判断したにすぎない。審決は,周知と認められるために必要な地理的範囲について明示しておらず,原告商標が関西地方で周知であったことを認めた上で,それだけでは商標法4条1項10号の周知性が認められないと判断したわけではない。

 原告の主張は,審決を正しく理解しないものであって,採用できない。

   イ 原告は,審決は,飲食店の特殊性,すなわち,最初に店舗を訪問するに際しては他者の評判が重要であること,評判が口コミで拡大し,しかも,多数人で訪問することも多く,拡散性が高いことといった点が十分考慮されておらず,過度に高い周知性を要求したと主張する。

 しかしながら,飲食店であっても,顧客が自分の趣味,趣向で店を選択することはあり得るし,飲食店自身が,テレビやラジオでのCM,新聞,雑誌やインターネットでの広告などの媒介手段を用いて,知名度を上げることができるから,他者の評判だけが,飲食店の周知性を基礎付ける上での決定的な事情とはいえない。

 原告の主張は,飲食店において周知性を高める媒介手段が他者の評判であると根拠なく限定した上で,これを審決が考慮しないと論難するものであって,前提において採用できない。

 また,飲食店において,需要者の知得の割合が低くても,周知性は広く認められてよいとする原告の主張の当否をおくとしても,原告商標が,関西地方において,一般の消費者に知られているとは認められないことは,上記(1)で判示したとおりであるから,いずれにせよ,原告商標の周知性を否定した審決の判断に誤りはない。

   ウ 原告は,審決は,発行部数や記事の大きさについての評価や雑誌等の回し読みによる副次的な評判拡散効果の看過といった個々の証拠評価を誤っている上に,個々の証拠を分断して需要者への認知度を判断しており,全体のつながりを見ていない点において視点を誤っており,紹介が繰り返されていることの意義も見落としている旨主張する。

 しかしながら,個々の証拠を正当に評価した上で,それらを相互に関連させて総合的に考慮したとしても,原告商標に周知性が認められないことは上記(1)で判示したとおりである。

 原告の主張は採用できない。

 3 取消事由2について

  (1) 原告は,審決は,商標法4条1項10号にいう「他人」に当たるためには,具体的な氏名や名称が周知であることが必要とするものであって,「他人」の解釈に誤りがある旨主張する。

  (2) 確かに,商標法4条1項10号が適用されるためには,商標が「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するもの」として周知されていなければならないが,ここにいう「他人」とは,特定人の氏名まで周知されていなくてもよく,当該商標を使用して製造・販売等する商品又は役務について,特定の主体が判断できれば足りるというべきである。

 しかしながら,審決は,原告商標は,本件出願時及び本件査定時において,原告の業務に係る「飲食物の提供」という役務を表示する商標として取引者,需要者の間に広く認識されているものとは認められないと判断したにすぎない。すなわち,かかる審決の判断は,「岩山海」の新聞,雑誌での掲載状況,テレビでの放映状況等からすれば,取引者や需要者である一般の消費者にとって,原告商標ないしその主たる部分である「岩山海」という名称が付された飲食物の提供サービスという役務の主体が,特定の者ないし団体であると判断できないこと,ここで問題となる特定の者ないし団体とは,原告のことであることを判示したにすぎないのであって,商標法4条1項10号にいう「他人」に該当するためには,取引者,需要者が原告の氏名を特定して認識することまで要求したものではない。

  (3) 原告の主張は,審決を正しく理解しないものであって,採用の限りではない。

第6 結論

 以上より,原告の請求は理由がない。

 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。